「査察……ですか?」
「あぁ」
 機動六課本部隊舎・裏庭――尋ねるギンガに、手近な岩に腰かけているマスターコンボイはあっさりとうなずいてみせた。
「しかも、地上本部から……? 本局じゃなくてですか?
 機動六課は本来本局の部隊で、地上での所属は間借りしてるだけなんじゃ……?」
「そうなんだよねぇ……」
 眉をひそめ、尋ねるギンガに答えたのはアスカだ。
「それがわざわざ本局に話をつけて、堂々と乗り込んできてくれたワケ。
 どう考えても、粗探しを兼ねた本局への牽制だね――『オレらのシマで勝手すんじゃねぇやワレぇっ!』みたいな」
「そう、ですか……」
 アスカの言葉にうなずくギンガの表情は重い――所属部隊が丸ごと本局に対して好意的である108部隊の彼女だが、それでも本質的には地上部隊の枠組みの中にいる身だ。そんな彼女にとって、両者のにらみ合いはあまり気分のいいものではないのだろう。
「まったく、ギンガもずいぶんとイヤなタイミングで戻ってきたもんだよね」
「ははは……」
 アスカの言葉に、ギンガは思わず苦笑して――
「まぁ、おかげでなのは達が査察対策に追われ、こうしてのんびりできているんだがな」
 そう口をはさんできたのはマスターコンボイだ。査察を前にのんびりしているのもどうかと思うが、やることがないのでは仕方がないと自らを納得させ、ギンガは彼の視線の先の光景へと意識を向けた。
 そこには、シャープエッジの世話している巨鳥のヒナ、ウミとカイ――そしてヴィヴィオの姿があった。
 シャープエッジに育てられ、彼の六課合流に伴い保護されたウミやカイとなのはに連れられて六課にやって来たヴィヴィオ、ここで暮らしている者同士、自然と顔を合わせることになったワケだが――成鳥になれば大型トランスフォーマーにも負けない体躯となる巨鳥のヒナであるウミ達は、今でも十分にヴィヴィオを上回る背丈を有している。最初の頃はヴィヴィオも怖がって近寄らなかったものだが、今ではすっかり仲良しである。
「うんしょ、うんしょ……」
「ほらほら、ヴィヴィオ、がんばれー♪」
 そんなヴィヴィオは、現在ヒナ鳥の一方――カイの上によじ登ろうと奮闘中。本日のヴィヴィオのお世話係を仰せつかったスバルが応援する中、なんとか上に登ろうとピョンピョンと飛び跳ねている。
 と――そんなヴィヴィオをウミが助けた。彼女のお尻を自らの頭で押し上げ、なんとかカイの上に登らせてあげる。
「のれたー♪」
「うんうん。
 ヴィヴィオ、ウミに『ありがとう』って言わなきゃね?」
「はーい♪
 ウミ、ありがとう♪」
「ぴっ♪」
 スバルに促され、礼を言うヴィヴィオにウミは元気な泣き声を返し――ヴィヴィオを乗せたまま、カイはゆっくりと歩き出した。まるで乗馬でもするように、ヴィヴィオを乗せて中庭を歩き回る。
 微笑ましいその光景に、ギンガは査察への不安も忘れて笑みを浮かべ――
「しかし……」
 不意にその場に立ち上がり、マスターコンボイが口を開いた。
「どうしたの?」
「あの小娘が人造生命体であることは間違いないんだな?」
「うん」
 自らの問いに応じたマスターコンボイの問いに、アスカはあっさりとうなずいている。
「もうひとつ。
 魔力が強い以外は、普通の人間の娘と変わらなかった……それが診断結果だと聞いているが、本当か?」
「はい……
 ただ、その魔力にしても、割と強い、という程度だったそうですけど……」
 この問いにはギンガがうなずいた――二人の答えに、マスターコンボイは何やら難しい顔で考え込んでしまう。
 そんな彼の姿にアスカとギンガは思わず顔を見合わせるが、かまわずマスターコンボイはその場を後にする。
 その脳裏に渦巻くのは、今のやり取りでハッキリと確信した疑念――
(…………ヤツが人造魔導師の素体だとすると……ヤツのあの状態が腑に落ちん。
 わざわざ人工的に作り出した割には、魔力が強い“だけ”……それも、常識の範疇内といった程度のものでしかない……)
 ヴィヴィオを見ていればわかる。彼女はごくごく普通の女の子だ。
 だからこそ――その出生と照らし合わせた場合、明らかに不自然な点が浮かんでくる。
(その程度の存在……わざわざ作り出す意味があるか……?
 あの小娘程度の魔導師の才覚なら、探せば割と簡単にスカウトできると思うが……)
 ふと足を止め――振り向き、カイに乗ったままスバルにじゃれつくヴィヴィオへと視線を向ける。
(どういうことだ……?
 あの小娘は、ただ人造魔導師の製造データを積み重ねるための“練習台”だったのか?
 それとも……)

 

(まだ、あの小娘は“未完成”なのか……?)

 

 


 

第50話

(知りたくなかった)師の足跡
〜ヴォルケンリッター壊滅事件〜

 


 

 

「管理局地上本部――三等陸佐、オーリス・ゲイズです」
「機動六課部隊長――二等陸佐、八神はやてです」
 そして、ついに査察の時が訪れた――車から降り、敬礼するオーリスに対し、はやてもまたビシッと答礼する。
 階級的にははやての方が上だが、オーリスは部隊としては格上の地上本部からの派遣。1階級程度の階級差であれば簡単に引っくり返る――実質の格上であるオーリスに対し失礼のないように、と気合を入れるはやてだったが――
「………………」
 オーリスはそんな彼女にかまわず、不意に周囲に視線を配った。どうしたのかとはやてが眉をひそめるが、かまわず整列した部隊員(勤務・訓練組を除く)の列、その一角へと向かい――

「お久しぶりです! イクト教官!」

『え………………?』
「貴様も息災のようで何よりだな、オーリス・ゲイズ。
 あと、教職は本職じゃない。『教官』はよせ」
 突然イクトに頭を下げたオーリスの姿に、はやて達の目がテンになる――しかし、当のイクトは“気をつけ”の姿勢を解き、いつものように腕組みするとごくごく平然とそれに答えた。
「ウワサは聞いている――うまくレジアス・ゲイズの手綱を握っているようだな。
 あの強硬派の急先鋒が未だにおとなしくしているのは、ひとえに貴様の功績だというもっぱらの評判だぞ」
「い、いえ……」
 イクトの言葉に、ほめられたオーリスは少しばかり照れつつうつむいて――

「…………イクトさん」

 静かな声がイクトに向けられた。振り向くと、フェイトがイクトに対し鋭い視線を向けている。
「オーリス三佐と、お知り合いなんですか?
 なんだか、すごく親しそうですけど……」
「ん?
 ……あぁ、お前らは知らないんだったな」
 いつもと同じ声色と口調――しかし、そこには何やらイクトに対して非難めいたものが宿っていた。首をかしげながらも、イクトは彼女の問いに対し簡単に説明することにした。
「オレが聖王教会ばかりではなく、カリム・グラシアやゲンヤ・ナカジマを通じて管理局から依頼を受けて動くこともあることは前に話したな?
 そういった依頼のひとつで、何度か初級幹部課程の教鞭を執ったことがあったんだが……その“何度か”の中でもっとも優秀だったのが、彼女だ」
「つまり……昔の教え子、ですか?」
「そういうことだ」
 聞き返すはやてにうなずくと、イクトはオーリスへと振り向き、
「しかし、まさか貴様が査察官としてやって来るとはな。
 貴様の父は、よほどこの部隊に“注目”していると見える」
「えぇ。
 だから私が派遣されたんです――“ちゃんと査察できるように”」
「そうか」
「そうです」
 セリフだけ聞けば、なんてことのない仕事上のやり取りだ。二人の笑顔も先ほどと変わらない――が、二人の間の空気は明らかに一変していた。これが漫画であったなら、彼らの周りだけブリザードが描かれているに違いない。
 先ほどまでの師弟としての二人ではなく――査察側と被査察側としての二人の姿がそこにはあった。
「では、さっそく案内をお願いします」
「あ、はい……」
 時間にしてほんの数秒のにらみ合いを経て、振り向いたオーリスがはやてに告げる――我に返り、はやては彼女を伴って隊舎へと向かう。
 が――
「………………?」
 ふとオーリスが何かに気づいた。不思議に思ったはやてが彼女の視線を追うと、ちょうどなのはやライカからの教導を終えたフォワード陣が隊舎に戻ってきたところだった。
「あぁ、うちの部隊のフォワードチームです」
 そうオーリスに説明するはやてであったが――
「…………そ、そんな……!?」
「………………?」
「部隊編成を見た時、『まさか』とは思っていましたが……!」
 当のオーリスは驚愕の表情を浮かべ、呆然とつぶやく――どう考えても今のはやての説明すら聞こえていそうにない、まさに“それどころではない”といった様子のオーリスに首をかしげるはやてだったが、
「あぁ、はy……八神部隊長。
 その方が……査察の?」
 なのはの方がこちらに気づいた。いつもの友人同士としてではなく部下としてはやてに尋ね、その後ろではスバル達も居住まいを正す。
「礼が遅れ、失礼しました。
 管理局本局嘱託、高町なのは一等空尉相当官であります」
 そして、改めて敬礼し、なのはが名乗る――が、オーリスの口から発せられた言葉はその場の誰もが予想しなかったものだった。
「…………スバル・ナカジマ……」
「へ?」
「……ギンガ・ナカジマも……」
「はい?」
 挙がったその名に、呼ばれた二人が思わず声を上げる――が、それにかまわず、オーリスははやてへと向き直り、
「八神二佐」
「は、はい!?」
 突然の行動も意味がわからないが、かけられた声もまたかなり低かった。はやては思わず身を硬くして――
 

「………………
 …………同情いたします」
 

「………………はい?」
 続いたのは意外な一言――思わず目がテンになるはやてに対し、オーリスはスバル達を視線で示しながら、どこか言いにくそうに、
「彼女達がここにいる、ということは……当然、“彼”も……」
「“彼”…………?
 ……あぁ、ジュンイチ?」
 気づき、傍らで声を上げたライカの挙げた名に、ビクリ、と肩を震わせたのははやて――ではなく、オーリスの方だった。はやてはむしろ、自分よりも早く硬直したオーリスの反応に毒気を抜かれている様子だ。
「今この場にいないということは正式な所属ではないのでしょうが……彼女達のいるところに彼が出張ってこないはずがありません。
 相変わらず、彼には苦労させられているようですね……」
「え? あ、いや……」
 すみません。自分の知る限りノータッチ“のはず”です――そう答えようとするはやてだったが、どうやらオーリスの耳には届いていないようだ。
「むしろ、彼がからんでいて今まで問題が表面化しなかった方が奇跡と言うべきでしょう。
 それだけであなた達の手腕が知れるというもの――中将には『問題なし』と報告しておきましょう」
「………………」
 まくし立てるオーリスに、はやては口をはさむこともできず、ただ口をパクパクさせるしかない――今のオーリスの様子は明らかに尋常ではない。どう見ても冷静な思考ができていない。
 ――いや、むしろ冷静な思考を自ら放棄している――冷静な思考の下でジュンイチのことを考えること、それ自体を恐れている感じだ。
 意外な展開に若干置いていかれる形になり、しばしリアクションに困るはやてではあったが――
「…………はぁ……
 では……そういうことで、お願いします……」
 せっかく「問題なく報告しておく」と言ってくれているのだから、その思惑に便乗することにした。
 

「な、何がどうなったのかよくわかんないけど……査察の方はOK、ってことでいいのかな?」
 問題はないだろうが、査察のために来た以上は部隊を見て回る必要がある――そう言って、オーリスははやての案内で六課の各所を見回りに行ってしまった。状況がつかめないまま置き去りにされ、なのはが首をかしげると、
「いいんじゃない?
 本人が『問題なしって報告しておく』って言ってたんだからさ」
 そう言い出したのはアスカだ。起動状態のまま携えていた長柄の戦斧――愛用のアームドデバイス“レッコウ”を操作し、

〈中将には『問題なし』と報告しておきましょう〉

「この通り、発言はちゃんと記録しといたから、後から撤回されても大丈夫♪」
「い、いつの間に……」
 ちゃっかり録音しておいたオーリスのセリフを再生し、笑顔で付け加えるアスカの言葉に、ティアナは思わず苦笑する。
「しっかし、ここでもアイツの名前が影響してくるなんてねぇ……
 相変わらず、何もしてなくてもあたし達を振り回してくれるヤツだわ、ホント」
「あ、あはは……」
 何にせよ、オーリスのあの豹変振りに“あの男”がからんでいるのは間違いなさそうだ。肩をすくめ、ため息をつくライカにスバルが苦笑していると、
「……あ、あのぉ……」
 どこか気まずそうに、キャロが手を挙げて声をかけてきた。
「…………ずっと、聞こう、聞こうと思っていて、聞きそびれてたんですけど……
 スバルさんの“お師匠様”って……柾木ジュンイチさん、っていうんですよね……?」
「うん。そうだよー」
「名前くらい、今さら確認することでもないでしょ。
 アイツにまつわるウワサなら、局にいればイヤでも耳に入ってくるでしょうし」
「あ、いえ……
 わたしが聞きたいのは、名前じゃなくて……」
 うなずくスバルと口をはさんでくるライカに対し、キャロは手をパタパタと振って、
「その人って……ひょっとして、髪の毛がエリオくんみたいなツンツンの黒髪で、真っ黒で黄色い縁取りの入った武道着を着ていて、頭にやっぱり黒いバンダナを巻いて、木を削りだした剣を武器にしてますか?」
『………………?』
 そう言ってキャロが挙げた外見的特徴があまりにも具体的過ぎて、ライカとスバル、そしてギンガは思わず顔を見合わせた。
 その暴れっぷりのあまりのハデさ故に管理局でもその名を知られたジュンイチではあるが、それ以外の場ではまったくと言っていいほど目立ちたがらないため、その姿を知るものは意外と少ない。
 その上なまじ“武勇伝”がハデすぎる分、ウワサの上でもその暴れぶりが先行する形となり――結果、彼の姿を言葉で説明できる者と言えば、彼と直に面識を持った人間くらいしかいないのが実情なのだ。
 しかし、キャロはそんなジュンイチの外見的特徴を事細かに挙げてみせた。ということは――
「え? え?
 ちょっと待ってよ、キャロ?」
 あわててキャロに待ったをかけ、ライカは手元にウィンドウを展開、ジュンイチの顔写真を表示すると彼女に見せ、
「コイツなんだけど……?」
「あ、はい。この人です」
「ど、どうしてキャロが知ってるの?」
「えっと……
 フェイトさんに引き取ってもらうちょっと前に、一緒に仕事をしたことがあって……」
 確認するライカにうなずき、次いで尋ねるスバルにキャロが答えると、
『あぁぁぁぁぁっ!』
 その一方で、ライカの表示したジュンイチの写真を指さし、エリオとティアナが同時に声を上げていた。
 

「えっと……じゃあ、確認しようか?
 まず、スバルとギンガにとっては言わずと知れた“師匠”にして“お義兄にいちゃん”。
 キャロとは、以前一緒に仕事をしたことがあって……」
「両親から引き離されて、連れて行かれた研究施設から助けてもらって……フェイトさんと会わせてくれたのが、この人です……」
「あたしは……兄が死んだ後、少しだけ鍛えてもらって……」
 とりあえずオフィスへと移動、一通り話を聞いてまとめに入るなのはの言葉に、エリオとティアナが後に続く形でそう答える。
「んー、あたしは前々から知らない仲じゃないし……
 そう考えると、前線フォワード全員、あの人とつながりがあったんだねぇ……」
「み、みたいですね……」
 本当に、あの男はどこで何をしているのか――肩をすくめ、つぶやくアスカの言葉に、なのはは意外な展開にそう言葉をにごすしかない。
「そっか……
 師匠、ティア達とも会ってたんだね……ぜんぜん気づかなかったよ」
「ホントねぇ……
 結局最後まで名前を教えてくれなかったし、アンタと話してる時でも、写真とか見たことなかったしねぇ……」
 写真を見ていればすでに気づいていたのだろうが――つぶやくスバルの言葉に、ティアナは息をついてそう同意する。
 むろん、写真を見ることができそうな機会はいくらでもあったのだが、スバルが局内で彼の名や顔を直接出すことを避けているのを知っていた自分が気を遣い、自ら辞退していたのだが――
「………………って?」
 と、そこまで考え、ティアナはふと眉をひそめた。スバルやギンガを交互に見ながら、尋ねる。
「アンタもギンガさんも、あんまり驚いてないことない?」
「あー、だって、ねぇ……」
 そんなティアナの問いに、スバルは複雑な表情でギンガへと視線を向け――そのギンガが、ため息まじりに答えた。
「ジュンイチさんの場合……どこで誰と知り合っていても『ジュンイチさんだから』の一言で片づけられちゃうから……」
 全員が納得した。
 と――
「おいおい、ギンガ。
 そりゃ禁句だって」
 突然かけられた声に振り向くと、ヴィータがビクトリーレオやシグナム、スターセイバーを伴ってやってきたところだった。
「ヴィータ副隊長……?
 今日は交代部隊と一緒に、こないだの戦闘の現場検証だったんじゃ……?」
「それが終わって、ちょうど戻ってきたところだ」
 尋ねるスバルにシグナムが答え、彼女達もまた話の輪の中に加わってくる。
「やれやれ……査察が来ている重要な時にのん気に外回りとはな」
「査察が来ているからと言って、しなければならない仕事をおろそかにはできまい」
 肩をすくめるマスターコンボイにスターセイバーがそう答えると、
「スターセイバーの言う通りです」
 新たな声は、はやての案内でオフィスにやってきたオーリスのものだった。
 部隊長付陸曹であるリインはもちろん、案内役であろうシャマル、さらには護衛のためだろうか、ザフィーラも一緒だ――あわててなのは達が整列、敬礼するのを手で制し、
「とりあえず……差し当たって問題となり得るところはありませんね。
 多少締めつけがゆるいところが散見されますが……それも些細なレベル。むしろ“あの男”が関わっているのにこの程度ですんでいるのはまさに奇跡と言っていいでしょう」
「あー、えっと……」
 すみません。それはあくまで誤解なんです――などと言える空気ではない。どうしたものかとはやてに視線を向けるなのはだが、その視線を向けられたはやてはオーリスの背後で「やれやれ」とばかりに肩をすくめるのみ。どうやら彼女の中では一足先にあきらめの境地に達しているらしい。
 と――
「えっと……オーリス三佐?」
 そんな微妙な空気の中、手を挙げた“勇者”はスバルだった。
「どうしましたか?」
「あ、いえ……
 一体、師匠が何したんですか……? 三佐がそこまで言うなんて……」
 そんなスバルの疑問はもっともなものだったが、当のオーリスの答えは――
「………………
 ……すべて挙げ始めたら明日までかかりますが」
「ごめんなさい」
 スバルは頭を下げるしかなかった。
「まぁ、代表的なものでもシャレにならないものばかりですが……」
 そう告げかけて――オーリスはふと何かを思いついたようだ。軽く振り向き、はやてへと視線を向け、
「…………そうですね。
 身近なところとして、“あの件”のことでも」
『“あの件”……?』
 オーリスのその言葉に、なのは達は思わず首をかしげ――
「ちょっ、オーリス三佐!?
 “あの件”って……まさか、三佐も知ってらっしゃるんですか!?」
「えぇ、まぁ……
 何しろ“彼”がらみですし……“柾木ジュンイチ対策”の一環として、記録にも目を通しています」
 一方で顔を引きつらせたのがはやてだ。あわてて声を挙げるが、オーリスはあっさりとそう答える。
「一体どうしたってのよ、はやて?」
「あ、いや、えっと……」
 さすがに不審に思い、尋ねるライカだが、はやては脂汗をダラダラと流しながら言葉をにごすばかりだ。
 見れば、付き添っていたシャマルやザフィーラにリイン、そして自分達側に並んでいるシグナムやヴィータも顔が引きつっていて――そんな彼女達の様子に、アスカはある可能性に思い至った。
「……はやてちゃん達のその嫌がりよう……
 ……ひょっとして、はやてちゃん以下ヴォルケンズが全員“あの人”に苦手意識持ってるのと関係してたりする?」
「はぅあっ!?」
 そのアスカの指摘はまさに“図星”――ショックを受け、はやては力なくその場に崩れ落ちる。
「な、何があったんですか? 一体……」
「う、うーん……」
 さすがに彼女のこの様子を前にしては尋ねずにいられないギンガだったが、そんな彼女の問いにもはやては複雑な表情でうなるばかりで――
「……あなたが話さないようなら、私が……」
「あー、いや……それには及びません」
 それでも、話さない、という選択は場の空気が許しそうにない――代わりを買って出ようとしたオーリスの言葉に、はやても覚悟を決めたようだ。彼女を制して立ち上がり、
「順を追って話すな。
 あれは……スバルやギンガも巻き込まれた、例の空港火災、あれから1年以上経った頃やった……」
 

 新暦72年7月某日――

「はぁ?」
 ゲンヤからの“意外な提案”に、ジュンイチは思わず声を上げた。先日購入し、半分ほどまで読破した本をパタンと閉じながらこちらに振り向いた。それに伴い、本のタイトルが視界に入ってくる。
 “法に触れない100の暴力”――思わずゲンヤがツッコみそうになる一方で、ジュンイチはそんな彼に不思議そうに聞き返してきた。
「模擬戦……?
 オレと八神組が?」
「その呼び方だと極道っぽいからやめてやれ」
「もしくは土建屋さん?」
「話をそらすな」
 ジュンイチに答え、ゲンヤは軽くため息をつき――そんな彼の脇から、はやてがジュンイチに声をかけた。
「あの……ジュンイチさん。
 実は私、自分の部隊を持ちたいな、って思ってまして……」
「知ってるよ。
 そのために、今こうして108部隊オッサンのトコに研修に来てんだろう?」
 答えるジュンイチにうなずき、はやては続ける。
「そのためにも……もっともっと、いろんなことを勉強せなあかんと思うんです。
 捜査官としても、魔導師としても……そして部隊長としても、もっといろんな経験を積まな……」
「で…………オレと模擬戦?」
「はい。
 ジュンイチさんやったら、戦い方も豊富やし……勉強になると思うんです」
「ふーん…………」
 はやてのその言葉に、ジュンイチはしばし考え、
「……シグナム達は、承知してるのか?」
「『むしろ望むところ』って言ってました。
 ジュンイチさんさえ首を縦に振れば、すぐにでも始められる状態です」
「………………」
 はやての答えを脳内で十分に吟味し――ジュンイチは改めてはやてに尋ねた。
「…………ほんっ、とぉぉぉぉぉぉに、いいの?」
「はい」
 念を押すジュンイチに対し、はやては迷いなくうなずき――
 

「そうか……」

 

 そのことを

 

 

「………………わかった」

 

 

 

 彼女は 直ぐに後悔する  ことになる

 

 

「ルールはオレVSヴォルケンズ人間組6名で、管理局訓練規定に則った模擬戦形式。
 トランスフォーマー組はとりあえず留守番な」
 それから約一時間後――共に旧市街区画を利用した模擬戦場に入場しながら、ジュンイチははやて達にそう告げた。
「勝利条件は単純。
 確保でも撃墜でもかまわない。とにかく相手を戦闘不能にすれば勝ちだ」
「ずいぶんと貴様に不利な条件ではないか?――6対1だぞ」
「さて、そいつぁどうかな?
 ま、どっちが不利か、なんて、始まればわかるんだ。ここで議論してもしょうがねぇだろ」
 尋ねるザフィーラに答えると、ジュンイチは両手を大きく広げて模擬戦場全体を示し、
「フィールドはもちろんこの模擬戦場全域。スタート地点は自由。
 模擬戦開始は30分後。好きな場所で開始の合図を待ってろ。
 …………じゃ、オレも自分のスタート地点確保に行くからこれにて失礼。スタート後に会おうぜ♪」
 言って、ジュンイチは一足先に地を蹴り、廃棄都市の中へ――振り向き、シグナムもまたはやてへと振り向き、
「主はやて。我々も」
《がんばるですー!》
「せやな」
 シグナムの言葉にうなずき、はやては彼女達を一様に見回し、
「みんな、教わる側やからって気楽にかまえんと、むしろジュンイチさんに目に物見せてやるつもりでいくで!」
『《応っ(です)!》』
 

 それから30分――ジュンイチの指定した模擬戦の開始時刻となり、開始を告げるサイレンが模擬戦場に響き渡る中、はやて達は廃棄都市の一角、廃ビルの上から戦場全体を見渡していた。
「……仕掛けてきませんね」
「ま、予想はしとったけどなぁ……」
 サイレンの音が止んで約10秒。周囲はいたって静かなままだ――警戒しつつも声をかけてくるシグナムに、はやてもまたシュベルトクロイツをシャマルのクラールヴィントと連動、周囲をサーチしながらそう答える。
「本気でジュンイチさんがこっちを叩き落とすつもりなら、開始も待たずに全力砲撃が飛んできとったはずやからな。
 あの人のことや。それをせぇへんかったっちゅうことは……『修行』と称して、こっちの弱点突きまくってくるつもりやな」
「そ、それって……アイツの一番大好きな分野じゃんかよ……」
《た、大変そうですぅ……》
 はやてのつぶやきに思わずイヤそうな顔をするヴィータの言葉に、リインは冷や汗まじりに周囲を見回す。
 怪しい気配は今のところ見られないが――不安を感じ、リインは共にいる時の定位置であるジュンイチの頭の上に舞い降りた。そのまま彼のぼさぼさの髪の中に隠れようとするが、残念ながらジュンイチの髪では長さが足りず、“頭隠して尻隠さず”状態である。
「となると、まずは居場所を特定するのが第一ですね」
 そんなリインや彼女の行動に困惑するジュンイチの姿に苦笑するものの、シグナムは気を取り直してそう提案した。
「“実は我々のすぐそばに布陣していた”などということを平然としでかすからな。
 まったく、型破りと言うか無謀と言うか……」
「そうか?
 オレは相手の盲点をついたナイスな手だと思うけど?」
 うめくシグナムに対し、ジュンイチはリインを頭の――髪の中から「しっしっ」と追い出しながらそう告げる。
「オレに言わせてもらえば、『まんざらオレのことを知らないワケじゃないんだし、そのくらい読みやがれやコン畜生』ってな感じなんだけどねぇ……」
「そりゃ、お前にとっちゃそうだろうけどさぁ……」
 続けるジュンイチの言葉にヴィータがうめき――

 

 次の瞬間――

 

 

 ヒラリとかわしたジュンイチの足元を、振り下ろされたレヴァンティンとグラーフアイゼンが豪快に撃ち砕いていた。

 

 

「まさか、本当に我らの中に紛れてくるとはな……
 相変わらず、とことんふざけた男だ」
「はっはっはっ、まだまだ甘いなー、お前ら」
 レヴァンティンをかまえ、油断なくこちらの動きを観察しながら告げるシグナムに、ジュンイチはカラカラと笑いながらそう答えた。
「今言ってやったろうが――『知らない仲じゃないんだから、ちったぁこっちの思考も読みやがれ』って。
 “いつの間にやら敵の輪の中に”なんて、オレの昔からの持ちネタのひとつだぜ♪」
「『ネタ』とか言うなぁぁぁぁぁっ!」
 言い返し、ジュンイチに向けてグラーフアイゼンで殴りかかるヴィータだったが、ジュンイチは彼女の振るう鉄槌をことごとくかわしていく。
「ヴィータ、下がれ!」
 そんなヴィータにシグナムが鋭く言い放った。ヴィータが後退する動きにタイミングを合わせて素早く飛び込み、さらにその過程でカートリッジをロードし――
「紫電、一閃!」
 雷光を伴ったレヴァンティンがジュンイチに迫る――が、すでにそこにジュンイチの姿はなく、
「えいっ」
 ぬっ、とシグナムの眼前に右手が突き出された。
 一瞬の刹那に紫電一閃をかいくぐり、シグナムの視界のわずかに外側へ逃れていたジュンイチの右手だ。
 伸びようとする中指を、親指が押さえ、押し留めている――俗に言うデコピンの体勢だ。
 だが――シグナムは見た。
 ジュンイチの右手と自分の顔との間に、真紅の光球が生まれていることに。
 それがジュンイチの“力”――しかもかなりの出力のそれをビー球程度のサイズにまで“凝縮”したものだと気づき、シグナムの背筋が凍りつくが、反応するにはすでにすべてが遅すぎた。
 つまり――
「やぁ」
 デコピンはただの引き金。気の抜けたジュンイチの声と同時、解放された彼の中指に弾かれた光球が爆裂した。すぐ目の前で起きた爆発は、シグナムの姿を炎と突風、煙によって覆い隠してしまう。
「シグナム!」
「問題ない!」
 思わず声を上げるザフィーラだが――爆煙の中から聞こえるシグナムの声が彼女の無事を伝えてきた。
「ヤツと同じ“炎”属性の私が、この程度の爆発で……」
 うめき、シグナムは爆煙の中から姿を見せ――
『《………………え?》』
 現れた彼女の姿に、はやて達は思わず停止した。
「………………? どうしました?」
 異変に気づき、尋ねるシグナムだったが――
 

 その頭はアフロになっていた。
 

「ぶぁはははははっ!
 何だよ、シグナム、その頭!?」
「頭…………?
 ……って、何だコレわぁぁぁぁぁっ!?」
 断言してもいい。こんなものを前にしてはシリアスな空気の維持など不可能だ――爆笑するヴィータの言葉に、シグナムはようやく自分の頭の状態に気づいた。自分の頭のアフロを抱えて絶叫する。
「爆発か!? 今の爆発でこーなったのか!?
 ありえねーだろ。あははははっ!」
「う、うるさいっ!」
 ガマンなどできるはずもない。腹を抱えて爆笑するヴィータに、シグナムは顔を真っ赤にして言い返し――
「楽しい? おもしろい?」
 その言葉と同時、ヴィータの顔面にもジュンイチの右手が突き出され、
「じゃ、お前も♪」
 再びデコピン→爆発の流れ――先のシグナムと同様の一撃をジュンイチから受け、
「で、でぇっ!? あたしも!?」
 爆発の中から飛び出してきたヴィータもまた、見事なアフロ頭となっていた。
「あははははっ! これでおそろいだな。
 いやー、見事なモンだぞ、お前ら♪」
「うっせぇっ!
 あああああ、人の頭になんてコトを……」
 大笑いするジュンイチの言葉に、ヴィータは言い返しながら自分の頭に手を伸ばす。
 ジュンイチの一撃で、自分とシグナムの頭は見事なアフロヘアと化していた。シグナムはもちろん、自分の頭も見事な“黒髪”“帽子の上から”アフロを築き上げ――
『って、カツラかぁぁぁぁぁっ!』
 タネを明かせばなんてことはない。爆発に紛れてカツラをかぶせただけ――怒りの咆哮と共にアフロのカツラを投げ捨て、シグナムとヴィータはイタズラ大成功とばかりに大爆笑しているジュンイチをにらみつける。
「貴様……どこまで我々をバカにすれば気が済む!?」
「そりゃもちろん、お前らがオレのオモチャである限り♪」
「だぁれがいつ、てめぇのオモチャになった!?」
「そんなの、オレに“そうだ”って認識された瞬間からに決まってるだろうが!」
『断言するなぁぁぁぁぁっ!』
 キッパリと言い切るジュンイチの言葉に、ヴィータとシグナムが同時に打ちかかる――が、
「そんなの!」
 ジュンイチはすさまじい勢いで迫り来る二人に対し、むしろ前方へと踏み込んだ。レヴァンティンとグラーフアイゼン、双方の軌道のさらに内側に飛び込むことで、その一撃を回避する。
(飛び込まれた――!?)
(やられる――!?)
 あっさりと懐への侵入を許し、シグナムとヴィータが戦慄。そんな二人にジュンイチが迫り――
 

 通り過ぎた。
 

『………………は?』
 てっきり、このまま一気に墜とされると思っていた――何もされずに終わり、シグナムとヴィータが思わず声を上げ――そんな二人にシャマルが告げる。
「――ダメ!
 二人とも、ジュンイチくん、逃げるつもりよ!」
『――――――っ!?』
「そーゆーこった!
 あ〜ばよ、とっつぁん方♪ ひゃっほぉ〜いっ♪」
「待たんか、貴様ぁぁぁぁぁっ!」
 気づけば、ジュンイチはすでに離脱の体勢を見せていた。専用“装重甲メタル・ブレスト”、“ウィング・オブ・ゴッド”を着装。大空へと飛び立つジュンイチの姿に、シグナムは思わず声を上げる。
「逃がすかよ!」
 その一方で素早く対応したのがヴィータだ。生み出した多数の鉄球を撃ち放ち――射撃魔法“シュワルベフリーゲン”によってジュンイチの進路をふさぎ、
「逃がさんぞ、柾木!」
 そんな彼に向け、シグナムが渾身の力で斬りかかった。ジュンイチもまた愛用の霊木刀“紅夜叉丸”を物質再構築能力“再構成リメイク”によって爆天剣へと変化させ、彼女の一撃を受け止める。
「ったく、相変わらず速い上に重い……!」
「ほめ言葉と受け取っておこうか。
 もっとも――貴様にほめられても、うれしくないがな!」
 うめくジュンイチに言い返すと、シグナムは彼を押し返し、
「でぇりゃあぁっ!」
「ちぃっ!」
 そこにヴィータが追いついてきた。彼女のグラーフアイゼンによる一撃をかわし、ジュンイチは改めてヴィータ、シグナムと対峙する。
「やれやれ……ここで決着つける気マンマンですかい」
「当然だ」
「てめぇをこのまま逃がすと、またふざけた手で強襲してくるだろうが」
「ま、そりゃそうなんだけどね」
 答えるヴィータとシグナムの言葉に、ジュンイチはあっさりと認めて肩をすくめ、
「仕方ない。
 じゃ、相手してあげるついでに、ひとつ講義といこうか」
「講義、だと……?」
「そ。“講義”。
 “訓練”“修行”とは違うからしてあしからず♪」
 眉をひそめるシグナムに答えると、ジュンイチは右手――その人さし指をピッと立て、
「唐突だけど……召喚術、っつーもんがある。
 一般的なファンタジーにおいては“契約した召喚獣を呼び寄せる術”としてイメージが定着している召喚術だけど……ミッド式やベルカ式においては少し違った意味合いを持つ。
 離れたところにいる仲間や自分の戦力を転送魔法によって自分のところに呼び寄せたり、逆召喚として近くにいる味方を目的地に転送したり。
 “使役している相手の封じられた力を解放する”っつーのも含まれてるけど、だいたいは最初に挙げた二つが管理局で使われている“召喚術”にあたる」
 

「…………ジュンイチさん、何話しとるんや?」
「何か……召喚魔法について講釈してるみたいですね……?」
 その様子は、うかつに彼らを追わず、地上から様子をうかがっているはやて達も見守っていた。眉をひそめるはやてのつぶやきに、両者のやり取りをモニターしていたシャマルはジュンイチの意図が読めずに首をかしげ――
「…………あら?」
 突然、その足元が“真っ赤に”輝き始めた。
 

「長々とした講釈はいい。
 結局……貴様は何が言いたい?」
「別に大したことじゃないよ。単なる確認、かな?」
 彼が何の意図もなくこんな場で講義など始めるはずがない。必ず何かある――ジュンイチに対して警戒を最大レベルにまで強め、尋ねるシグナムに対し、ジュンイチはあっさりとそう答え、
「つまり……召喚術師、っつーのは、すなわち転送系のエキスパートでもある――そういう意味じゃ、シャマルも召喚術師、ってことになるのかな?」
 そう彼が締めくくり――同時、彼の足元を真紅の光が駆け抜けた。二重円の中に六芒星を描き、精霊術独特の術式陣を描き出す。
「召喚術!?
 アイツ、召喚できたのかよ!?」
「そんなワケがない!」
 話の流れから考えれば、ジュンイチが使おうとしている術は――驚くヴィータだったが、対し、シグナムはそれをあっさりと否定した。
「かつてヤツ自身が言っていた――『自分は転送移動ができないから、いつも移動には苦労している』と!
 あれは術式陣に見せかけた、何らかの攻撃のはずだ!」
「なるほど……
 ったく、相変わらず人の意識をとにかくよそにそらしたがるヤツだな!」
 シグナムの言葉にうめき、ヴィータはグラーフアイゼンをかまえ、
「けど、それがわかればするコトぁ決まってる!」
「あぁ。
 攻撃が来る前に――貴様を叩くまで!」
 咆哮と共に一気に加速。ジュンイチに向けて飛翔する二人だが――
「あー、訂正がふたつ」
 対し、ジュンイチは動じることもなくそう告げた。
「ひとつ。
 今の話は意識誘導なんかじゃない――ちゃんと“今してること”に関係してる。
 それからもうひとつ――」
 そう告げるジュンイチの言葉に伴い、足元の術式陣が輝きを増し、同時、彼の目の前に光の塊が生まれる。
「やはり何かの攻撃か!」
「させるかぁぁぁぁぁっ!」
 そんな彼に向け、シグナムとヴィータが襲いかかり――ジュンイチは告げた。
「オレってさぁ、確かに“自分を”転送するのは壊滅的にヘタクソだけどさぁ……」

 

 

「“人を”転送するのは、ムチャクチャ得意なんだよね」

 

 光が弾けたその中に、シャマルの姿が現れた。

 

 

「え? えぇっ!?」
《し、シャマルーっ!?》
 いきなりシャマルの姿が消え、見上げればジュンイチの目の前に――ジュンイチの転送術によって連れ去られたシャマルの姿に、地上ではやてとリインが声を上げる。
 だが、当事者達の動揺はそれ以上で――
「え………………?」
「へ………………?」
「は………………?」
 いきなり転送されたシャマルはもちろん、ヴィータやシグナムからも思わず間の抜けた声が上がる――が、渾身の力で振るわれた炎の魔剣と鋼の鉄槌は急には止まれない。
 結果――
 

 シグナムとヴィータの放った攻撃は、そのすべてがジュンイチに楯にされたシャマルを直撃していた。
 

 直後、それぞれの獲物に込められた魔力が炸裂する――大爆発が巻き起こる中、シグナムとヴィータが聞いたのは爆音ではなく、悲鳴だったような気がした。
 ひうぅぅぅぅぅぅぅ……………………ぽてっ、とシャマルは眼下のビルの屋上に落下。しばしその場を沈黙が支配する中、ジュンイチはおもむろにシグナム達をぴっ、と指さし、
「いーけないんだ、いけないんだ♪
 仲間を攻撃して墜としちまってやんのー♪」
「誰のせいだぁぁぁぁぁっ!」
 全力を振り絞り、ヴィータが絶叫した。
「てめぇ、何シャマルを楯にしてやがるんだ!」
「何か問題でもある?」
「ありまくりだろうが! シャマルだぞ、シャマル!」
「だから?」
 言い返すヴィータにも、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「普段はともかく、今は模擬戦で対戦中。思いっきり敵同士だろうが。
 敵を楯にして何が悪い! むしろ合理的だとほめてもらおうか!」
「誰がほめるかぁっ!」
 ジュンイチに言い返し、ヴィータがグラーフアイゼンで殴りかかるが、ジュンイチはそれをあるいはかわし、あるいは防ぎ、ことごとくをしのいでしまう。
 ヴィータがジュンイチに技量で劣るワケではない――むしろクロスレンジではグラーフアイゼンと爆天剣の打撃力の差も手伝ってジュンイチを圧倒できるぐらいなのだ。
 それをできないでいるのは、ひとえにジュンイチがそれを許さないから――不利なクロスレンジを迷うことなく放棄。自身が確実に有利に立てるその内側、外側での戦闘に徹しているためだ。
 今も、ヴィータの振り下ろしたグラーフアイゼンをバックステップでかわすと懐に右手を突っ込み、
「――っ、らぁっ!」
「でぇっ!?」
 投げつけるにはあまりにも近い距離で迷わず苦無くないを投げつけてきた。防御は間に合わず、ヴィータはあわててその場を飛びのいて――
「もら――」
「――われてたまるか!」
 そのスキをつこうとしたジュンイチを阻んだのはシグナムだった。ジュンイチとヴィータの間に割って入り、ヴィータを狙ったジュンイチの爆天剣の刃をレヴァンティンで受け止める。
「元より6対1――卑怯とは言うまいな!?」
「今は5対1だけどなー♪ シャマルさん墜ちたし」
「誰のせいだっ!?」
「オレのせいだ!」
「わかっているならよし!」
 軽口の叩き合いが途切れると同時、両者は互いに弾かれるように間合いをとった。改めてそれぞれの獲物をかまえ――
「だぁりゃあっ!」
「っと――――っ!」
 体勢を立て直し、打ちかかってきたヴィータのグラーフアイゼンを、ジュンイチはバックステップで回避するが、
「逃がすかよ!」
 打ち下ろしたその体勢から、ヴィータは強引に横薙ぎの一撃につなげてきた。これはかわしきれず、ジュンイチは爆天剣で受け止める――が、遠心力とグラーフアイゼンに込められた魔力に押し切られた。弾き飛ばされ、宙に浮かされ――
「でぇえぇぇぇぇぇいっ!」
「ちょ――――っ!?」
 さらにヴィータは振り上げたグラーフアイゼンを振り下ろしてきた。さすがのジュンイチもこれには驚きの声を上げ――直撃を受け、眼下の廃ビルへと叩き込まれる!
「……逃がすかよ!」
 どうせ仕留められてはいないだろうが、うかつな深追いは危険だ。ジュンイチの場合は特に――ほんの一瞬だけためらうヴィータだったが、それよりもジュンイチに仕切り直す余裕を与える方がよほど危険だと判断した。脳裏に響く警鐘を無視し、ジュンイチの叩き込まれた廃ビルへと飛び込んでいく。
 案の定、ジュンイチが叩きつけられたと思われる廃ビル中の廊下に彼の姿はない――が、顔を上げたヴィータの視界にビルの奥へと走るジュンイチの姿が入ってきた。
「待ちやがれ!」
 逃がしてたまるか――迷わず地を蹴り、ヴィータは彼の後を追って廃ビル内の廊下を駆けていく。
 階段に飛び込み、足音から上に向かったと判断し、勢いよく駆け上がる――上の階に飛び出すと、予想通りジュンイチはそこにいて――
「――――って!?」
 すでに、精霊術の術式構築を完了していた。ヴィータの背筋を寒気が走り――
轟虎破錐撃グランド・ストライカー!」
 ジュンイチが“力”を解き放った――ただし、解放された精霊力はいつものように炎となって燃え盛ることはなく、術式に従いそのあり方を変え、周囲のコンクリートに干渉。ジュンイチの正面に無数の岩の錐が乱立し、しかもその発生が自分の方にも及んでくる!
「“地”属性の術かよ!?」
 ジュンイチは“炎”属性、そんな彼が“地”属性の術を放つ――予想外の攻撃に思わず声を上げるが、そんなヴィータの脳裏に、かつてジュンイチ本人から受けた説明が呼び起こされた。
 

「精霊術には術式の構築の必要があること、そしてチャージに時間がかかるっつー弱点があるのは説明したとおりだ。
 けど――当然ながらデメリットばかりじゃない。メリットだっていくつかある」
 『魔裂鬼まさき先生のブレイカー講座』と書かれた横断幕(手製)を背後に用意した黒板(手製)の上にかけ、ジュンイチは目の前のベンチ(これまた手製)に並んで腰かけているはやて達にそう切り出した。
「まず第一に、ブレイカーじゃない普通の人間にも使える点。
 ……まぁ、精霊力の行使が前提条件になる以上、魔力、霊力、気……この辺全部使えるようになって、精霊力として発現できるようになった、普通の人間……ってことになるんだけど」
「つまり……その“前提条件”さえクリアすれば、ブレイカーじゃない人間でもブレイカーの能力を使える……ってことですか?」
「あぁ。
 そもそも、精霊術の技術的な発想自体が、“ブレイカーでない人間がブレイカーの能力を行使する”って点にあるからな」
 手を挙げ、聞き返すシャマルにそう答え、ジュンイチは「結局精霊力じゃなきゃ使えないっつー問題はクリアできずじまいなんだけど」と付け加えて肩をすくめる。
「で、もうひとつの利点。
 ブレイカーじゃない人間が使うことを目標としている――この着眼点のおかげで、使い手の属性を気にせずに使える、っていう点だ。
 精霊術の場合、属性の決定は使い手の精霊力の質じゃなく、術の構築式の中で決定される――この特性が、属性の固定されているオレ達ブレイカーでも、別の属性の術が使えるようになってるんだ。
 お前らでたとえるなら……シグナムが“水”属性、“氷”属性の術を使えるようになる、みたいなもんかな?」
「シグナムが、“氷”属性……?」
 ジュンイチの説明に、はやては思わずシグナムへと視線を向けてつぶやいて――
《ダメですーっ!》
 注目され、戸惑うシグナムの前にリインが飛び出してきた。
《“氷”属性はリインの担当です!
 シグナム、覚えちゃダメですからね!》
「あ、いや……」
 そもそも覚える気はない。今受けている説明も、魔導師にとって未知の存在に等しいブレイカーについて学ぶためのものなのだが――“氷”属性゛ある自分の領分を侵されてたまるかとばかりに息巻くリインに、詰め寄られるシグナム以外の全員が苦笑した。
 

(そうだったな――精霊術なら、お前も自分の属性以外のモンが使えるんだったよな!
 ――――けど!)
「偉そうにご高説を垂れたのが失敗だったな!
 さすがにいきなりは驚いたけど――アイゼン!」
〈Explosion!〉
 自分に向けて迫りくるコンクリートの錐の群れを前に、ヴィータは動揺に打ち勝ち、グラーフアイゼンをかまえた。カートリッジをロードし、グラーフアイゼンをラケーテンフォルムへと変化させる。
 そして――グラーフアイゼンのヘッドから魔力の奔流が噴射された。強烈な推進力を得たヴィータは力いっぱいグラーフアイゼンを振り回し、
「でぇ、りゃあぁぁぁぁぁっ!」
 迫るコンクリートの錐を一撃粉砕。そのまま発生済みのコンクリートの森を突破し、ヴィータは一気にジュンイチへと襲いかかる。
 身がまえるジュンイチに向けてグラーフアイゼンを振りかぶり、
「ラケーテン――ハンむばっ!?」
 その動きが止まった。
 ジュンイチの正面に展開されていた、“不可視の何か”に激突して。
 強烈な衝撃に脳が揺れるのがハッキリとわかる中、ヴィータの頬に伝わってくるのは“何か”の冷たさと、肌に対する独特の強い摩擦抵抗――
「が、ガラス……!?」
「それも、“再構成リメイク”で作ったオレ製強化ガラス♪
 もうわかると思うけど、“轟虎破錐撃グランド・ストライカー”はこいつを作るのをごまかすための 目くらましだったんだよ♪」
 笑顔で答えるジュンイチの明るい声が、なんだか子守唄のようにも感じられ――そこまでがヴィータの限界だった。
 激突の衝撃で思い切り揺さぶられた脳が思考を放棄。意識を手放し、ヴィータはその場に崩れ落ちる――ガラスに頬を押し付ける形で、ずるずるずる……などと微妙な効果音を伴って沈んでいく“お約束”もバッチリだ。
 そして、ジュンイチは目の前の強化ガラスを“再構成リメイク”によって分解。そんな彼女の前にひざまずき――
「はい、確保♪」
 いつの間にかすりむいていた頬の擦り傷に絆創膏を貼ってやり――ついでに『確保』と手書きで記したラベルシール(荷造り用)を、ペタリと彼女の額に貼りつけた。
 

 ヴィータと、先ほど撃墜判定と相成ったシャマルはクロノ直伝のストラグルバインドでガッチリと拘束――ついでにシャマルの額にも『確保シール』を貼り付け、ジュンイチは二人をまとめて廃ビルの屋上に転がした。
 そのまま近くの手すりを“再構成リメイク”によって再構築、大きく赤十字を描いたフラッグを作り出してその場に立てる。こうしておけば、はやても意味を悟ってここに砲撃の流れ弾が来ることは避けてくれるだろう。
「さて、と……
 それじゃ、残りのメンバーを叩き落としにいくか」
 つぶやき、意気揚々とジュンイチは移動を開始。廃ビルの並ぶ旧市街を屋上伝いに飛び移っていき――
「――――――来たっ!」
 左方から迫りくる巨大な閃光――当然反応し、回避するジュンイチだったが、閃光は彼の脇を駆け抜けたすぐ先で炸裂、大爆発を起こす。
「“フレースヴェルグ”――はやてとリインか!」
 閃光の飛来した方を見れば、そこには確かにリインとユニゾンしたはやての姿――しかも、すでに次弾のチャージも完了している。
 そして、ジュンイチに向けた第2射が放たれるが――
「甘いぜ――はやて!」
 言い放ち、ジュンイチは自身を包み込む力場へとさらに“力”を流し込んだ。力場が強化されたところにはやての砲撃が直撃、爆発を起こし――
「……忘れたのかよ?
 オレの力場が、エネルギー攻撃には絶対無敵な防御力を持ってるっとことをさ」
 爆発が収まったその後には、まったく無傷なジュンイチの姿があった。
「当然、魔力砲撃だって例外じゃない。
 オレの力場を魔力砲撃で破りたかったら、かの有名なアルカンシェルでも持ってこい!」
 自信タップリに胸を張り、ジュンイチがはやて達に言い放ち――
「しかし――動きは止められる!」
「――――――っ!?」
 いきなりの咆哮に、ジュンイチはとっさに身をひるがえし――飛び込んできたシグナムのレヴァンティンをギリギリのところで受け止めた。
 間髪入れず彼女を弾き飛ばして対峙し、ジュンイチは改めて爆天剣をかまえ直す。
「なるほど……
 こっちの動きをはやてとリインに封じさせて、そのスキをついてきやがったか」
「そのくらいしなければ、どこまでもふざけ倒す貴様をとらえることなどできはしまい」
「やれやれ……言葉にトゲありまくり。嫌われたもんだねぇ」
 「どこまでもふざけ倒す」の部分を強調するシグナムの言葉に、ジュンイチは軽く肩をすくめ、
「で? これからどうするつもりだ?
 お前らもいたんじゃ、はやてお得意の広域攻撃も使えないだろ」
 「シャマルと同じように遠慮なく楯にさせてもらう」――言外にそう告げるジュンイチだったが、
「フッ、知れたこと」
 対し、シグナムはあっさりと答え、レヴァンティンをかまえた。
「この手で貴様を叩き落とせば済む話!」
「やれやれ。それでヴィータが叩き落とされたばっかりだろうに……学習能力ないねぇ」
 断言するシグナムの言葉に、ジュンイチは軽くため息をつき――
「フッ」
 そんなジュンイチに対し、シグナムは不敵な笑みを浮かべてみせた。
「貴様にしては読みが浅いな。
 誰が……」

 

「『“私だけで”貴様を落とす』と言った?」

 

「――――――っ!?」
 シグナムの言葉と同時、ジュンイチはとっさに身をひるがえすが――ジュンイチが対応するよりも速く飛び込んできた、人間形態のザフィーラの拳が彼を近くの廃ビルの屋上に叩きつける!
「っ、てぇ……!
 やってくr」
 「やってくれるじゃないか」と告げかけたジュンイチの言葉が途切れる――間髪入れずに繰り出したシグナムのレヴァンティン、その第2形態である連結刃“シュランゲフォルム”がジュンイチに襲いかかった。周りの床ごと、ジュンイチに立て続けの斬撃をお見舞いし、
「おぉぉぉぉぉっ!」
 そこへザフィーラが追撃。真上から打ち落とした拳で、ジュンイチの身体を屋上の床に叩きつける!
「確かに、主の砲撃すら防いでみせる貴様の対エネルギー防御は脅威だ。
 だが、そこまで極端に対エネルギー防御に特化させた代償として、物理的衝撃に対しては極めてもろい――確か、貴様自身が我らに語ったことだったな?」
 舞い散る土煙の中、ザフィーラは倒れるジュンイチにそう告げて――
「――――なっ!?」
 しかし、土煙が晴れ、彼は驚愕することになる。
 そこにジュンイチの姿はなく、代わりに調達先不明の丸太が残されていた。
 そして、丸太には一枚の走り書き――

『残念無念、また来週〜♪』

「変わり身、だと……!?」
 ジュンイチを捉えた自らの拳は確かな手応えを伝えてきた。間違いなく、文句なしの直撃だったはずだ。
 つまり、消えたとすればその後だが、自分とシグナムの一撃を受け、それでもそこまでの余裕を残していたというのか――いつの間にか姿を消したジュンイチに、ザフィーラは思わずうめいて――気づいた。
 周囲の土煙が未だに晴れない。目の前のそれはあっさりと晴れたというのに。
「まさか――煙幕!?
 だとすれば、ヤツは、どこに……!?」
 彼の性格上、逃げるためとは思えない。必ず仕掛けるために近くにいるはず――そう考え、懸命に周囲を探るザフィーラだったが、ここで彼はひとつ、決定的なミスを犯した。
 その場で迎撃しようとせず、素直に煙幕の中から離脱してシグナムと合流すべきだったのだ――そんなザフィーラの背後で、ジュンイチは無言、無音で右足を後方へと振り上げた。
 自分の目線からしてやや下方に位置する“目標”を目視するつもりはない。視界の中のあらゆる物の位置関係からその位置を正確に割り出し、渾身の力で右足を――
 

 カキ〜〜〜〜〜〜ンッ♪(←比喩的表現。要深読み)
 

 危うく男をやめかけて、股間を押さえたまま口から泡を吹いて意識を手放しているザフィーラの額には『確保』シール――煙幕に紛れてザフィーラを抱え、スタコラサッサとシグナムから離脱。ヴィータ、シャマルのとなりにザフィーラを転がすと、ジュンイチは改めてはやて達の迎撃に向かうことにした。
「残りははやてとリイン、シグナムか……
 とりあえず、厄介なのは近づかせてもらえないはやて達か……」
 しかし、その態度はとても模擬戦の真っ最中とは思えない――のんびりと人気のないビル街を歩きながら、ジュンイチは頭をかきながらそうつぶやき――
「それは、私では貴様の相手になり得ないという侮辱か?」
「心配するな。
 お前がオレに勝てないのは、実力じゃなくて単に相性の問題だからさ」
 言って、姿を見せたシグナムに、ジュンイチはあっさりとそう答える。
「しかし――そうだとしても主のもとへは行かせん。
 我らヴォルケンリッター、たとえ最後のひとりになろうとも、散っていった仲間達のためにも、必ずや貴様を討つ!」
「うっわー、ヴィータ達死人扱いだよ」
 まぁ、それも“常在戦場”を体現したかのような彼女らしい一面ではあるのだが――シグナムの言葉にジュンイチは思わず苦笑し――
「――――――っ!?」
 気づいた。
 周囲に魔力が収束していく――しかし、ジュンイチが離脱しようとするよりも早く、無数の魔力刃が彼の力場“の内側に”出現、彼を狙い、一斉に降り注ぐ!
 

「悪いなぁ、ジュンイチさん。
 私、基本“離れたところからブッ放す”ことしかできへんからな――そこを最大限活かさせてもらったわ」
 その光景は、レヴァンティンの中継によって確認していた――爆煙に包まれたジュンイチの姿に、5ブロック以上離れたところで空中に佇むはやては静かにつぶやいた。
「リイン、ジュンイチさんは?」
《反応に動きなしです。
 さっきザフィーラにしたみたいに、煙に紛れて逃げた様子はないです》
「せやろな。
 あの人が同じ手を同じ戦場で何回も使うはずないし」
 自分の指示で、一体化している小さな相棒がすぐに状況を確認する――リインの答えに、はやてはあっさりと答えた。
「さぁ、気合入れるよ、リイン。
 “やられたら危険域ギリギリまでやり返す”のがあの人やからな――墜ちてないとしたら、これからが本番や」
《は、はいっ!》
 はやての言葉にリインがうなずき――そんな彼女の言葉どおり、ジュンイチは爆煙の中から上空に飛び出し、背中のゴッドウィングを広げてこちらへと向き直る。
「やっぱ、平気ですか……」
 

《やっぱ、平気ですか……》
「何が『平気』だ!
 力場の内側から思いっきり叩き込んできやがって! ムチャクチャ痛いぞ!」
 距離が距離だ。直接話すことはない――念話で届いたはやての言葉に答え、ジュンイチは反撃とばかりに炎を生み出すが、
「させん!」
 当然、シグナムがそれを見逃すはずがない。ジュンイチが炎を解き放つよりも速く、彼に向けて裂帛の気合と共に斬りかかる。
「ったく、相変わらずはやて命かよ!」
「当然だ!
 我が剣、常に主はやてのために!」
「ないがしろにされた恭也さんと知佳さんがかわいそうだなー」
「………………」
「あ、黙った」
 ジュンイチにツッコまれ、シグナムはつばぜり合いの体勢のまま沈黙する――が、それも一瞬のこと。ジュンイチを力任せに弾き飛ばし、
「我が剣、常に主はやてと恭也と知佳のために!」
「人生に編集点入れやがったな、てめぇ!?」

 手前数秒のやりとりを丸々なかったことにする勢いで再び言い放つシグナムに、ジュンイチはすかさずツッコミを入れる。
「いずれにせよ、我が剣のサビと消えろ、柾木!」
「あー、もう、ムダにテンション上げやがって……」
《半分はジュンイチさんのツッコミが原因やと思うんですが》
 すかさずはやてがツッコんでくるが、ジュンイチもまた聞こえないフリであっさりとやりすごし、
「…………仕方ない。
 あーなっちゃったシグナムは手がつけられないし……さっさと“詰む”か」
 言って、ジュンイチが取り出したのは――
《携帯電話……?》
 そう。はやてがつぶやいた通り、ジュンイチが取り出したのは自分の携帯電話――何のためらいもなくそれを開き、ジュンイチは何かのデータを読み出し始める。
「何のつもりだ……?」
「心配しなくてもいいよ。
 この一手で――“詰み”だから」
 携帯電話で、一体何をするつもりなのか――警戒を強めるシグナムに答え、ジュンイチは“送信”ボタンを押し、
「………………む?」
 同時、シグナムの眼前にウィンドウが展開された。
 どうやら、ジュンイチの送信したデータは彼女宛のようだ。眉をひそめ、シグナムは送られてきたデータを展開し――動きが止まった。
 そのまま、しばしウィンドウの画像を凝視し――
「ぶはぁっ!?」
 うめき声と同時、シグナムの結界が真紅に染まった。
 その内側、シグナムからほとばしった真紅の液体によって。
 ――いや、言い方を変えよう。

 

 ハードなエロ漫画の原稿を直視したシグナムが、豪快に鼻血を吹き出した、と。

 

「フッ、知佳さんからリサーチ済みだよ。
 イクトに負けず劣らずの異性への免疫のなさ――ちっとも治ってないそうじゃないか」
 完全にのぼせ上がり、飛行魔法の維持もままならなくなったシグナムが墜落していくのを見送り、ジュンイチは不敵な笑みを浮かべ――
《って、何しとんのやぁぁぁぁぁっ!》
「お、さっそくツッコんできやがったか」
 念話越しに思い切りツッコむはやてに対し、ジュンイチはあっさりとそう応じた。
《シグナムに何見せたんですか!?》
「んー?
 ハードな百合モノの同人誌の生原稿」
《あっさりとそう答えんでください!》
 本当に「それが当然」とばかりに答えるジュンイチの言葉に、はやては力いっぱい言い返し――
「…………お前がソレ、言うかねぇ……」
《………………はい?》
 唐突に態度を一変させ、呆れたようにため息をつくジュンイチに、はやては思わず動きを止めた。
「オレ、言ったよな? 『“生”原稿』って。
 さて……その“生原稿”は、どこから手に入れたんだろうなー?」
《ま、まさか……》
 心当たりは――残念ながらあった。ダラダラと冷や汗を流すはやてに対し、ジュンイチはニヤリと笑みを浮かべ、
「そう――その通り!
 お前がウチの母さんに意見を聞こうと持ってきて、『エロ過ぎてサークルチェックに引っかかる』とボツになって母さんに預けていった、あの時の原稿だぁ!」
《あぁぁぁぁぁっ!
 やめて私の黒歴史ぃぃぃぃぃっ!》

「ちなみに使用した原稿は“シグ知佳”本」
《いやぁぁぁぁぁっ!
 若気の至りなんや! 見逃してぇぇぇぇぇっ!》

 きっと今頃、全力で頭を抱えていることだろう――念話で話しているためその姿を確認することはできないが、それだけはなんとなく確信できたジュンイチであった。
 

「何で!?
 なんでジュンイチさんがアレ持ってるの!?」
《母さんが嬉々として見せに来たんだよ!
 『これでも見てちょっとは異性に興味を持ちなさい』とか言って!》
 思わず声を上げるはやての言葉に、ジュンイチの方もタガが外れたようだ。力いっぱい言い返してくる。
《お前だって、あの人が同じ理由で毎月のようにエロゲ買ってオレんトコ持ってきてること知ってんだろ!
 そんな人にあんなモン渡せば、間違いなくそーなることぐらい読めよ!
 おかげでとばっちりくらったあずさが、エロさにやられて3日も寝込んだんだぞ! どーしてくれる!
 それ考えれば、このくらいの仕返しは当然だろうが!》
「そ、それはそうやけど……」
 内容が果てしなくアホらしいのも、二人とも模擬戦のことが頭の中からキレイサッパリ消え去っていることも、もうこの際ツッコむまい――ジュンイチの言葉に、間違いなく“発生源”であるはやては思わず言葉に詰まり――
《…………あのー……》
 そんな二人の間に、リインははやてにユニゾンしたまま口をはさんできた。そのまま、二人が口を開くよりも先に告げる。
《その理屈だと……ジュンイチさんにその“原稿”を見せられたシグナムも完全にとばっちりだと思うんですけど……》
「《………………》」
 その、実に的確なツッコミに対し、はやてとジュンイチはしばし無根で考え込み――
「……シグナムになんてことするんや!
 仇は必ず取ったる! 覚悟してや、ジュンイチさん!」
《ぬかせ!
 てめぇらも叩き落として、全滅させてやらぁ!》

《二人まで人生に編集点入れないでください!》

 何事もなかったかのように元のやり取りに復帰するはやてとジュンイチに、リインもまた力いっぱいツッコみを入れる。
《二人とも、状況わかってボケてるですか!?
 模擬戦してるんですよ! 戦ってるですよ!》
 シグナムもヴィータもザフィーラもシャマルも――ツッコミを期待できる面々は皆撃墜済みだ。「自分がやらねば誰がやる」と気合を入れ、話を元通りシリアスな空気に戻そうとするリインだったが――
《忘れてないけど?》
 まったく変わらないノリで、ジュンイチはそう答えた。
《忘れてないから、こうしてベラベラしゃべって――》
 

《時間稼いでたんじゃないか》
 

「《え………………?》」
 その言葉に、リインはもちろん、ボケ側にいたはやても思わず動きを止めた。声をそろえて首をかしげ――
《やっちゃえ――フェザーファンネル、あぁんど、炎弾丸フレア・ブリッド♪》
「《わひゃあぁぁぁぁぁっ!?》」
 ジュンイチの言葉と同時――唐突に炎の弾丸と精霊力のビームの嵐がはやて達へと襲いかかった。ジュンイチが忍ばせていたフェザーファンネルと精霊力の炎弾が、一斉にはやて達へと攻撃を開始する。
「ま、まさかさっきまでのボケツッコミは!?」
《そゆこと♪
 話に注意を向けさせて、攻撃準備を整えるまで意識をそらしてたんだよ♪
 とはいえ、言ってたこと自体は全部ホントのことで、全部本音なんだけどねー。ホントのことだから、ホンキの言葉だから、相手もソレに乗ってくるってことだよ♪》
 余裕の態度で告げるジュンイチだが。当のはやてはその言葉に応える余裕はない。
 何しろ、ジュンイチが作り出したフェザーファンネルと炎弾は1発や2発ではない――視界を覆い尽くすほどのオールレンジ攻撃が自分に向かって襲いかかってきているのだから。
 もちろん、はやても負けてはいない。周囲に展開した防壁で、ジュンイチの攻撃にしっかりと耐えているが――
「うん。やっぱこの程度じゃビクともしないよねー♪」
「――――――っ!?」
 聞こえた声は、念話ではなく明らかな肉声――戦慄するはやてに対し、接近してきていたジュンイチは彼女を覆う攻撃の嵐の外でニッコリと笑いながら爆天剣をかまえた。
「ひ――――っ!?」
 対応しなければならない。しかし、対応しようとすれば防壁を解かざるを得ず、そうなればフェザーファンネルと炎弾の餌食――どうすることもできず、頬を引きつらせるはやての前で、ジュンイチは爆天剣を思い切り後方へ振りかぶった。
 そのまま、バックスイングの要領で力を溜め――
「ジュンくん――セカンドゴロぉっ!」
「《み゛ゃあぁぁぁぁぁっ!?》」
 思い切りはやて達をブッ飛ばした。明らかに“防壁を破壊するため”ではなく“防壁もろともブッ飛ばすため”の一撃が、はやてとリインをまとめてカッ飛ばす。
 ただし、上方向ではなく下方向へ――技の名が“ホームラン”ではなく“セカンドゴロ”なのはおそらくコレが原因だろうが、そんなことはどうでもいい。はやてとリインは勢いよくビル街に突っ込んでいく。
 当然、防壁は維持したまま――そんな状態の二人が“ビル街のド真ん中に”思い切り叩き込まれればどうなるか。
 答えは簡単。見事なまでの“ピンボール状態”の出来上がり――ビルの外壁や道路のアスファルトに幾度となくバウンドしつつ、はやて達は実に2ブロックは弾き飛ばされ、そこでようやく停止する。
「ひ、ひどい目にあった……」
《ま、まだまだですぅ……》
 しかし、今のはやてとリインの防御力を持ってすれば、まだまだ撃墜にはほど遠い――少し目を回したまま、はやてとリインがそうつぶやき――
「悪いな――終わりだよ」
「《え………………?》」
 そう告げるジュンイチは、はやて達の真上にいた。
 ただし、その視線ははやて達には向いていない。目の前のビルに向けて爆天剣をかまえ――そこではやては気づいた。
「ま、まさか……ジュンイチさん!?」
「残念だが……その“まさか”だ♪」
 ニッコリと笑ってははやてに向かって“死刑宣告”。爆天剣に生み出された炎の刃がその長さを増していく――もう数十メートルにはなるのではないか、というところまで炎の刃を伸ばし、ジュンイチはそれを思い切り振りかぶった。
 そして――
 

「オレ的最終奥義――」
 

 斬った。

 目の前のビルを、横一文字に。それはもうあっさりと。
 

 当然、斬られた上の部分はゆっくりと下の階層から切り離されていき――

 

 

「名づけて――“びるでぃんぐ、はんまあ”」
 

「《ウソぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?》」

 

 

 巨大な鉄とコンクリートの塊が、はやて達に向けて落下して――

 

 

 

 はやて達の撃墜、それに伴う模擬戦の終了を知らせるサイレンが、土煙に包まれた模擬戦場に響き渡った。

 

「……と、まぁ、そんなワケで、さんざんにもてあそばれた挙句に惨敗を喫したワケです」
 記録映像も交え、途中までははやてと守護騎士一同が入れ代わり立ち代わり話していたが、あまりの恥ずかしさに次々と脱落――結局、あまりの内容に固まるなのは達に対してそう締めくくったのはオーリスだった。
「そ、そりゃ、頭の上に一部とは言えビルを落っことされたら、そりゃトラウマになるよね……」
 一番まともな落とされ方をしたと言えるヴィータでさえ、“ガラスの壁に頭から突っ込んで……”という有様だ。まったく関係のない第三者が聞いたら「どこのコメディだ?」と聞き返してきそうなそのやられっぷりを語られ、アスカは頬を引きつらせながらそううめき――
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!』
 一方、スバルとギンガは、話の途中からずっとはやて達に謝り通しだ。
「本当に、ごめんなさい!
 ジュンイチさんが、とんだご迷惑を……」
「あ、あはは……えぇよ、気にせんでも」
 心の底から申し訳なさそうに謝るギンガに、はやてはなんとか再起動してそう応える。
「私も認識が足らんかったんよ……
 ジュンイチさんが日頃から犯罪者相手に“お遊びモード”でいたぶりまくってるんは、とりあえず知ってたんやけど、まさかそれが身内にも適応されるやなんてなぁ……」
「“親しき仲こそ容赦なし”。遠慮しなきゃ崩れるようなヤワな絆に用はない――アイツが日頃から言ってることじゃない」
 うめくはやてにライカが答え――ふとアスカは眉をひそめた。首をかしげながら、ギンガに尋ねる。
「……ねぇ、ギンガ。
 ギンガはその時部隊にいなかったの? 確か、その頃にはもうゲンヤおじさんの部隊に配属されてたでしょ?」
「わ、私は……その頃は、ちょうど別件の捜査に出ていて……」
 その言葉に――アスカはなんとなく確信した。
「…………間違いなく、狙ったね」
「狙ったな、間違いなく」
「あ、あの……二人とも?
 『狙った』って、一体……?」
 つぶやくアスカのとなりでイクトも同意する――話についていけずになのはが尋ねると、アスカがそれに答えた。
「“ギガトロン事件”の時のちょっとしたやり取りが原因で、スバルやギンガの前でだけは“お遊びモード”を封印してるからねー、あの人。
 だから、ギンガがいたら“お遊びモード”には絶対にならない」
「しかし、そのギンガは捜査のために部隊を離れていた――だからアイツはあっさりとはやての提案を受け入れた」
「それって……八神部隊長達を“お遊びモード”で遠慮なく痛めつけるために……?」
「この推理、限りなく当たりに近いんだろうなー、残念ながら」
 自分やイクトに確認するティアナの言葉に、アスカは天井を仰いでため息をつく。
「これでわかったでしょう?
 “あの男”と関わった以上、現場での絶対の安全が保証される代わり、その他の部分では確実にタダではすまない――それが絶対の結末です。
 まったく、有益なのか害悪なのか……功績も被害も大きいだけに、つくづく判断に困ります」
 ともあれ、そう話をまとめると、オーリスははやてへと向き直り、
「これからも、あの男には苦労をかけられるでしょうが……がんばってください」
「は、はぁ……」
 実際には彼はいないのだから“そういう意味”ではがんばりようがないし、いたとしても自分達が止められる相手ではないからやはりがんばりようがない――オーリスの言葉に、はやては言葉をにごしてうなずくしかなかった。
 

「結果オーライな結末とはいえ……なんか、グダグダな査察になっちゃったね……」
「う、うん……」
 こちらに同情するだけ同情して、オーリスは査察を終えて引き上げていった――見送りを終えて隊舎に戻り、つぶやくアスカになのはは苦笑するしかない。
「まさか、あの人の影がちょっとだけちらついただけでこんなことになっちゃうなんて……
 ホント、すごい人なんだね……」
「す、すごい、って言うか……ムチャクチャ、って言うか……」
 なのはのつぶやきに、スバルは思わずフォローしようとするが――さすがにあんな話の後ではスバルもフォローのしようがない。
 そもそも、はやて達を終始ふざけた態度で振り回していた、という今の話で、どうして「すごい」などという言葉が出てくるのか――
「すごい人、だよ」
 それでも、なのははハッキリ言い切った。
「何の疑いも持たれずにはやてちゃん達の中に紛れ込んだことといい、サポートのプロであるシャマルさんをあっさり転送魔法……あ、彼の場合は術だっけ? それで回収しちゃったことといい……
 それに……最後にはやてちゃんの動きを止めた誘導弾とオールレンジ兵装の同時コントロール――たぶん、私でもレイジングハートとプリムラの処理容量を総動員して、ようやく、っていうレベルだと思う。
 態度がすごくふざけてるせいで隠れてるけど、やってることはそれ以上にハイレベルだよ」
「へぇ……話に圧倒されてるかと思えば、ちゃんと見るべきところは見てんじゃない。
 さすがは“エース・オブ・エース”」
 あのムチャクチャな光景の中で、よく見ているものだ――注目すべき点を挙げていくなのはの言葉に、ライカは軽く口笛を吹いて絶賛する。
「世の中、上には上がいるもんだね……
 私も負けていられないね」
「ま、まだ上を目指すんですか……?」
「もちろん!
 すごい人がいるってわかった――まだたどり着けるかもしれない領域があるってわかった。
 スカイクェイクさんに怒られるまで、状況に甘えちゃってた部分があった、その間のブランクのこともあるし、もっともっとがんばらなきゃ」
 これ以上強くなられたら、彼女を目標とする自分達はどうすればいいのか――思わず冷や汗を垂らすティアナになのはが答えると、
「それはどうかなー?」
 不意に、アスカがそんななのはに異を唱えた。
「世の中、たどり着くべき“上”と、そうじゃない“上”がある。
 あの人のたどり着いた“上”が、果たしてどっちなのか……」
「…………アスカちゃん?」
 その意味深な言葉に、思わず首をかしげるなのはだったが――
「そ、れ、よ、り♪」
 そんななのはの追求よりも早く、アスカはクルリとスバルへと振り返り、
「ところでスバル……
 なんかモノスゴイ話が出たせいで流れちゃってたけど……あたし達全員がスバルの“お師匠様”の知り合いだったことが判明した、っていうの、忘れてないよね?」
「あ、はい……
 忘れて、ませんけど……」
 スバルが答え――アスカの口元がニヤリと歪んだ。
「じゃあ……こっちは覚えてる?」
 言って、アスカは手斧を模したデザインの携帯端末――待機状態のレッコウを取り出した。音声データを呼び出し、再生ボタンを押し――

〈なんか、ウチの“師匠”が言いそうなパワフル理論だよねぇ、それ〉
〈言われてみれば……
 案外、同一人物だったりして〉
〈アハハ、まっさかー! いくら何でもそんな偶然ナイナイ!〉
〈“師匠”、来る人は拒まないけど自分から人に関わることなんかしない人だもん。
 ホントに“師匠”だったらアイスをたっぷりおごってあげる! そんなこと賭けてもいいくらいありえないよ〉
〈へー、そこまで言うんだ。
 だったらあたしは“同一人物説”に1票!
 負けたらアイスおごってあげるよ、スバル♪〉
〈ふふん、じゃあ、その時を楽しみにしてますねー♪〉

「あ………………」
 聞こえてきたのは、かつてフォワード陣の間で交わした会話の一部――詳細を思い出し、スバルの顔から血の気が引いた。
「さ、さっきといいコレといい、いつの間に記録してたんですか!?」
「はっはっはっ、甘く見すぎだよー♪
 レッコウがデータ分析担当だって、忘れてた?」
 詰め寄り、声を上げるスバルに答えると、アスカはスバルの肩をつかみ、
「みんな喜べーっ! 今日のオヤツはスバルのオゴリでアイスパーティーじゃあっ!」
「えっ!? ちょっ!? アスカさん!?」
「何? あたしにしかおごらないつもり?
 大丈夫だよー♪ スバルがおごってくれるあたしのアイスを、みんなに分けてあげるだけだから♪」
「いや、そういう問題じゃなくてーっ!?」
 わめくスバルにかまわず、アスカは彼女をしっかりと捕まえたまま食堂を目指す。他の面々もそれに続く中――
(それにしても……)
 後に続くギンガは、ある疑問を抱いていた。
(さっきアスカさんが言ってた……私達の前でジュンイチさんが“お遊びモード”にならない理由……
 『“ギガトロン事件”の時のちょっとしたやり取り』……)
 胸中でつぶやき、ギンガは問題のやり取りを思い出した。

 

「貴様……! 『すべての力で叩きつぶす』などと言っておいて、やることがコレか……!」
「失敬な。
 『すべての力で叩きつぶす』っつったからこその、この戦い方なんだろうが」
 うめくギガトロンだったが、ジュンイチは唇を尖らせてそう答えた。
「力に技、能力に根性――でもって知力。
 直接ブッ叩くのに加えてオツムも使うんだぜ。相手の裏をかいて何が悪いってんだ」
「裏のかき方がえげつないと言ってるんだ!」
「お上品にやってて相手の裏なんかかけるか!」
「開き直るな!」
 断言するジュンイチの言葉にギガトロンが言い返し――
「あのぉ……」
 さすがに見かねたか、アリシアが口をはさんできた。
「何?」
 まさかお前まで文句言うつもりじゃないだろうな?――そんなセリフを視線に存分に込め、見返してくるジュンイチに一瞬ひるむものの、アリシアはおずおずとジュンイチに告げた。
小さい子達ギンガちゃんとスバルちゃんも見てるワケだし、できればもーちょっとクリーンな戦い方をしてもらえると……」
「よし、ギガトロン。
 正々堂々真っ向勝負といこうじゃないか」

「変わり身早いな、ヲイっ!?」

 アリシアの言葉にあっさりと身をひるがえしたジュンイチの姿に、ギガトロンは思わずツッコミの声を上げた。

 

(あのやり取り以来、ジュンイチさんは本当に、私達の前では一度も“お遊びモード”になってない……
 でも……)
 眉をひそめ、ギンガはスバルを連れて食堂に向かうアスカへと視線を向けた。
(あのやり取りのことは、その場にいた人達と……事件に関わった人や、ジュンイチさんから話を聞いた、柾木家の人達しか知らないはずなのに……
 どうして、アスカさんは知っていたんだろう……?)
 

「……どう?
 又聞きとはいえ、実際に猛威を“振るわれた”人達の生のコメントは」
「う、うーん……」
 査察があるとはいえ、通常勤務をおろそかにはできない――部隊長代行として待機していた指令室で、フェイトはアリシアのつぶやきに苦笑してみせた。
 二人が話しているのは、先ほどオーリスがはやて達と共に語った“ヴォルケンリッター壊滅事件”の顛末――彼女達のやりとりは、こちらでもきっちりモニターされていたのだ。
 だが、アリシアに対し、フェイトの態度は否定的で――
「……ずっと付き合いのあったアリシアには悪いんだけど……私は、ちょっと……
 大事な人を守らなきゃならない戦いの場……そのための力を磨かなきゃならない模擬戦の場で、どうしてそんなにふざけられるのか……」
「理解できない? ジュンイチさんのこと」
「できるの? アリシアは」
「………………」
 聞き返すフェイトの言葉に、アリシアは不意に目を細めた。どこか寂しげに、フェイトに答える。
「…………“させられた”かな? あたしの場合は」
「『させられた』…………?」
 首をかしげるフェイトに対し、アリシアは静かにうなずく。
「局入りを熱望してるフェイト達には、あまり言いたくないんだけど……管理局も結局は組織。時には、個人の感情を捨てなきゃならない時もある……
 それこそ、9を守るために1を捨てなきゃならないような時も……
 7年前の……“擬装の一族ディスガイザー事件”が、まさにそれだった……」
 真剣な話に、フェイトの表情も引き締まる――良くも悪くもマジメな妹に、アリシアは続けた。
「けど……ジュンイチさんはそれを良しとしない。それが納得できない。でも、自分ひとりで1も9も全部守れるってうぬぼれてもいない。
 だから……あの人は1を守るために管理局に背を向けてきた。9の分を管理局に丸投げして、ね」
「管理局が9しか守らない限り、彼は1を守るため、絶対に私達と合流しない……そういうこと?」
 聞き返すフェイトに、アリシアは無言でうなずく。
「あの人が守るのは、あくまで“あの人が守りたいもの”だけだからね。
 あたし達を何度も守ってくれたのも、あの人が“管理局の味方”だからじゃない――あの人は、あくまで“あたし達の味方”でしかない。
 そして……その“あたし達”の中には……たぶん、フェイトや、なのはも入ってる」
 「だって、あたしの家族だから」と付け加えるアリシアだが、フェイトはその言葉の裏に潜むものに気づいた。
 もし、彼女の話が事実だとしたら――
「気づいたみたいだね」
 そんなフェイトの心情を察し、アリシアは静かに告げた。
「ジュンイチさんは、あたし達に対しては常に味方だけど……必ずしも管理局の味方、ってワケじゃない。
 あの人は、“組織の倫理”を蹴飛ばしたあげく足蹴にして、その上に“個人の倫理”を堂々と飾りつける人だから」
「……もし、“その時”が来たら、アリシアは……」
「………………ゴメン」
 つぶやくフェイトに、アリシアは謝罪の言葉と共に視線を伏せた。
「もし、あの人が本気で決意を固めたなら……あたしは管理局よりも、ジュンイチさんに従う。
 たとえその結果、管理局と袂を分かつことになっても……
 その結果、ジュンイチさんが……」

 

 

「管理局にとって、スカリエッティ以上の脅威になるとしても、ね……」


次回予告
 
アスカ 「うーん、うーん……」
ヴァイス 「どうした?」
アスカ 「いやね、ヴィヴィオを乗せたカイの姿に、なんか見覚えが……」
ヴァイス 「見覚え……?
 ただ、でっかいヒヨコが人を乗せて走り回ってるだけじゃねぇか」
アスカ 「あ、それだ!
 ほら、アレ! 『FF』シリーズのチョコb――」
ヴァイス 「天下のスクエニを敵に回したくないなら、それ以上何も言うな!」
アスカ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第51話『守りたいから〜束の間の日常〜』に――」
二人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/03/14)