「ティアぁ、ねぇ、ティアぁ」
 今日も外はいい天気――元気に2段ベッドの上段から跳び下り、スバルはティアナを起こそうと彼女の肩を揺すっていた。
「今日はあたし達が訓練場セットの当番なんだから、早く起きてよー。
 ねぇ、ティアってばー」
「うにゅ……」
 しかし、返ってくるのは間の抜けた返事――寝ぼけているどころか、未だ覚醒にすら至っていない。
 そんなティアナに、スバルはため息をつく――かに見えたが、
「…………フフッ♪」
 むしろ、その口元に笑みが浮かんだ。

「…………ん……」
 覚醒し始めた意識が最初に感じたのは、胸に加えられた圧迫感だった。
 だが、決して不快なものではない。むしろ心地よいその感覚に引きずり上げられるように、ティアナはゆっくりと目を開けて――
「…………あ、起きた?」
 そんな彼女に声をかけてきたのはスバルだった。
 何をしているかと思えば、ティアナの上に馬乗りになり、両手で彼女の両胸をムニムニともんでいて――
「――って、何をしてるかアンタはぁぁぁぁぁっ!」
 状況を理解すると同時、ティアナは全身のバネでスバルをはね飛ばした。すかさずベッドから飛び起き、床に放り出されたスバルの尻にゲシゲシとヤクザキックの雨をお見舞いする。
「あんたはまた! ちょっと油断するとそうやってすぐセクハラを!」
「ふぇ〜ん、ただのスキンシップなのにぃ〜っ!」
「だいたいねぇ! アンタ最近、もぐり込むのといいその手つきといい、なんかムダにレベルアップしてない!?」
「あ、わかるー?
 八神部隊長直伝なんだよ♪」
「何教えてんのよ、あの人わぁぁぁぁぁっ!」
 

「………………っ!」
「…………っ!」
「……ティアさんとスバルさん、今日も元気だなー……」
 スバルとティアナの部屋の喧騒は、自分達の部屋にも届いてくる――身を起こしたベッドの上でそれを聞き、どこかズレたコメントをもらすのはキャロである。
 ともあれ、自分達もそろそろ支度しなければ――軽く背伸びした後、となりで眠る姉代わりの女性を起こしにかかる。
「アスカさーん。起きてくださーい」
「みゅう〜……」
 ユサユサと肩を許すが――ダメだ。ついさっきまでのティアナと同様に完全に寝ぼけている。頭から布団をかぶって夢の中への篭城立てこもりを敢行してくれる。
「アスカさん、アスカさぁ〜ん」
 目が覚めてしまえばすんなり覚醒するアスカだが、それまでが一苦労だ。あきらめず、キャロは懸命にアスカの肩を揺すり――
「……にぁあ〜……♪」
「って、きゃあっ!?」
 アスカの魔の手がキャロへと伸びた。せっかく起きたキャロを布団の中へと引きずり込み、いかにも愛おしそうに抱きしめる。
「ち、ちょっ、アスカさん!?」
「……みゃあ〜……♪」
「いや、アスカさん、起きてください!
 アスカさぁ〜〜〜〜んっ!」

 

 

 以上――
 

 「最近フォワード陣にも“百合臭”が漂ってきたかなぁ♪」などと“機動六課のセクハラ大王”(19歳・女性)に言わしめた、フォワードチーム女性陣の朝の風景でした。

 

 


 

第51話

守りたいから
〜束の間の日常〜

 


 

 

「はーい、集合!」
 朝の早朝訓練のメニューを一通りこなし、なのははそう声を上げてスバル達やGLXナンバーの面々を呼び集めた。
「みんな、今日は目立ったミスもなくて、なかなか良好でした。
 今後もこの調子でね」
『ありがとうございました!』
 なのはの言葉に、スバル達が元気にうなずき――
「へーい」
「失礼な返事を――」
「するなでござるよ、兄上」
 いつものように面倒くさそうな返事を返すアイゼンアンカーは、最近対応に慣れてきたジェットガンナーとシャープエッジがムダなく張り倒す。
 ともあれ、フォワード陣は朝練を終えて解散。スバル達が朝食前に汗を流そうと寮に戻っていく一方で、なのはは一足先に朝食にすべく隊舎に向かい――
「………………あ」
 前方に、フェイトとヴィヴィオの姿を発見した。
「ヴィヴィオーっ!」
「………………♪」
 追いついてきたなのはの上げた声に、ヴィヴィオの表情が輝いた。フェイトの手を離れ、トテトテとなのはの元へと駆けてくる。
「おはよう、ヴィヴィオ。ちゃんと起きられた?」
「うん!」
 尋ねるなのはにヴィヴィオが元気にうなずくと、フェイトがヴィヴィオの前にかがみ込み、、
「ヴィヴィオ。
 なのはさんに『おはよう』って」
「ん。
 おはよー」
「うん。おはよう」
 フェイトの言葉にうなずき、素直に朝のあいさつをしてくるヴィヴィオに対し、なのはも笑顔で改めてあいさつする。
「朝ごはん、一緒に食べられるでしょう?」
「うん」
 大丈夫なら一緒に食べようか――そんな意味を込めて尋ねるフェイトになのはがうなずくと、
「………………あ♪」
 そんな彼女達の眼下で、ヴィヴィオが何かに気づいた。なのはの元を離れて駆けていき、
「おはよー♪」
「む………………」
 そこにいたのは、ガスケットとアームバレットを引き連れ、なのは達とは別に隊舎を目指していた、ヒューマンフォームのマスターコンボイだ――フェイトに促されたあいさつを さっそく実践するヴィヴィオだったが、マスターコンボイはロコツに顔を引きつらせた。
「ほら、マスターコンボイ。
 ヴィヴィオがあいさつしてくれたんだから、マスターコンボイも『おはよう』って」
「ぐぅ………………
 ……お、オハヨウ……」
「うん♪」
 フェイトに言われ、マスターコンボイもしぶしぶあいさつする――棒読みなあいさつだが、ちゃんと返事の返ってきたことがうれしいヴィヴィオは笑顔でうなずく。
 一方、マスターコンボイにとってはどうにもしっくりこないようで――
「…………どうも苦手だ。こういう空気は……」
「最初にヴィヴィオの大泣きを止めた人のセリフには、聞こえませんよ」
「あの時のように、普通に会話をする分には特に問題はない。
 だが……こんな毎朝のあいさつなど、オレがやり慣れているとでも思っているのか?」
 クスリと笑みを浮かべるなのはにマスターコンボイが答えると、
「おはよー、チビスケ♪」
「おはよー♪」
 一方であっさりと受け入れているのがガスケットだ――かがみ込んで声をかけるガスケットに、ヴィヴィオもまた笑顔で答えるが、
「おはようなんだな♪」
「………………っ!」
 軽量級で人間よりも少しばかり大きい、といったサイズのガスケットと違い、中量級のボディのアームバレットは、かがみ込んでもなおヴィヴィオの頭上から見下ろす形で、どうしても威圧感を与えてしまう――案の定、ヴィヴィオは気圧されてなのはの背後に逃げ込んでしまう。
「こら、ヴィヴィオ。
 アームバレットさんにもあいさつしなきゃ」
「…………おはよー」
 たしなめるなのはに促され、なんとかあいさつするヴィヴィオだが、その身はなのはの後ろに隠れたままで――

「…………いーんだな、いーんだな。
 どーせオイラは子供のアイドルにはなれないんだな……」

 むしろ、アームバレットの方がすねていた。

 

 それから小一時間が経ち、部隊長室――

「いきなり呼び出してすまんなー」
「あ、いえ……」
 朝食を終え、オフィスで書類仕事をしていたところに突然の呼び出し――いきなりの呼び出しについてまず謝罪するはやての言葉に、ティアナは若干恐縮しながらそれに応じた。
「いやな、今日これから本局に行くんやけど、よかったら、ティアナも一緒に来とくか? って話なんやけど」
「本局……ですか?」
 なぜ本局に行くのに自分に声がかかるのか――用件はわかったがその理由が理解できず、首をかしげるティアナに対し、はやてはクスリと笑みをもらし、
「今日会う人は、フェイト隊長のお兄さん、クロノ・ハラオウン提督なんよ。
 執務官資格持ちの、艦船艦長さん……将来のためにも、そういう偉い人の前に出る経験とか、しといた方がえぇかな、って思ってな」
「あー……
 ありがとうございます! ぜひ、同行させてください!」
「そうこなくっちゃな♪」
 

「…………あれ?
 スバル……ティアナは?」
 そんなやり取りが部隊長室で繰り広げられていることを露知らないなのはは、オフィスにティアナの姿がないことに気づき、スバルにその所在を尋ねていた。
「さぁ……
 さっき部隊長室に呼ばれてましたけど……」
「はやてちゃんのところに?」
 スバルの答えになのはが顔を見合わせると、ガスケットとアームバレットが顔を見合わせ、
「何だ何だ?
 アイツもとうとう書類の再提出でもくらったか?」
「まっさかー。
 イクトの旦那じゃあるまいし――どぶぁっ!?」
「悪かったな、再提出の常連で。
 それと、再提出の場合呼び出してくれるのは八神ではなくグリフィス・ロウランだ」
 答えるついでに余計な事を言ってくれたアームバレットを易々としばき倒すのは当の本人、イクトである。
「それから……ランスターについてだが、本局に行く八神に同行するそうだ。今さっきお前達への伝言を言付かった」
 言って、イクトは自分のデスクで充電していたナビゲーション端末を取り上げ、懐にしまい込む――それを見て、なのはは彼に尋ねた。
「あれ?
 イクトさん……お出かけですか?」
「ライトニングやギンガ、その他諸々に同行して現場調査だ――スプラングとヴァイスの送迎でな」
「あぁ、それで……」
 言われて、スバルは自分の席でうつ全開な空気をまき散らしているアスカへと視線を向ける――オフィスワークということで、ヴァイスと駄弁ろうと思っていたのに当てが外れた、というところだろう。
 スバルがそんなことを考えている一方で、イクトはなのはへと向き直り、
「貴様は、確か今日はオフィスか……しかし、他のメンバーはどうした? 姿が見えんが」
「えっと……まず、ヴィータちゃん達はオフシフトです。
 ジェットガンナー達は108部隊……AIの成長度合いを霞澄さんがチェックしたいらしくって……
 で、マスターコンボイさんは……いつもの調子かな? さっきすれ違った時、ブリッツクラッカーさんや晶ちゃんと自主トレに行くって言ってました」
「そうか……
 そうなると、本部待機の前線メンバーがずいぶんと少なくなるが……まぁ、こちらも出動先は近場だ。何かあっても急行できるだろう」
「あはは……何事もないことを祈ってます……」
 言われてみれば、それぞれが任務で動いているとはいえ、事実上この本部隊舎で稼動状態となる前線メンバーは戦力が半減した状態だ。苦笑するスバルの姿に肩をすくめ、イクトはオフィスを後にして――それを見送ったなのははスバルに声をかけた。
「ねぇ……スバル……」
「えぇ……」
 なのはの言わんとしていたことは、すでにスバルも理解していた。
「今、イクトさん……ヘリポートと反対方向に曲がっていきましたね……」
 仮に事件が起きても、未だに隊舎内で道を間違うようなイクトの参戦は期待しないでおこう――そう心に誓う二人であった。
 

 ところ変わって、こちらは次元空間内、時空管理局本局――その艦船ドックに、今まさに入港を完了した次元間航行艦の姿があった。
 次元航行部隊所属、XV級艦“クラウディア”である。

「アンカー配置。
 位置、固定しました」
「待機状態に入ります」
「よし。
 補給と簡易点検を受ける――手の空いた者から休息に入れ」
 ブリッジクルーの報告にうなずき、これからのことを指示――入港に伴うシークエンスを一通り終了し、クロノは軽く息をついた。
 と――
「お疲れ、クロノくん」
 そんな彼に声をかけてきたのは、今回の航海に同道していたヴェロッサだ――後のことはクルーに任せ、二人は一足先にブリッジを後にした。
「はやてが来るまでは、まだ時間があるな……」
「ま、のんびり待つとしようか。
 ……あ、そうだ」
 つぶやくクロノに答え――ふと“そのこと”を思い出したヴェロッサは右手に魔力を集中。簡易転送で何かの紙箱を取り出した。
 その中身は――
「ケーキでも食べるかい?
 自作モノだけど、なかなかいい出来だよ」
「ヴェロッサ……前にも言ったじゃないか。
 ボクは甘いものは苦手だと……」
「ご心配なく。
 そうくると思って、ちゃんと甘さ控えめさ」
「……やれやれ、お見通し、か……」
 ヴェロッサにはクロノのリアクションなどお見通しだった。先手を打たれ、クロノは軽くため息をつくのだった。

「しかし……」
 “クラウディア”艦長室――ヴェロッサの持ってきたケーキを口に運んでいたクロノは、不意に口を開いたヴェロッサの言葉にその動きを止めた。
 そんな彼の目の前で、ヴェロッサが展開したウィンドウに映し出されたのは、レジアス・ゲイズの身辺データである。
「キミの依頼どおり、内密に地上本部の中身――ゲイズ中将の周りを調べてみたけど……なんともはや、おもしろいくらい豪腕な政略家だよね」
「あぁ……
 実力者であり、人をひきつける牽引力もある――優秀な方ではあるんだが……」
「時折、それが行きすぎるきらいがあるのが唯一の欠点、か……
 ジュンイチが彼のことを認めていながらも反発するのだって、その“行きすぎ”が原因のようなものだしね……」
 付け加えるヴェロッサの言葉にうなずき、クロノは紅茶をすする。
「本部長からして、彼の後輩だしな……
 黒いウワサが絶えないとはいえ、彼が地上の正義の守護者であるのも、また事実だ」
「企業や政界からの支援も山ほどあり、管理局最高評議会の覚えもめでたい……
 確かに本局としちゃ、扱いの難しい人物だね――ジュンイチとは別の意味で」
 ヴェロッサの言葉、特に最後の部分に思わずうなずいてしまうが――きっとそれは必然だと納得し、クロノは軽くため息をつく。
「おかげで、こちらとしてはうかつな介入はできない。
 それでなくても、次元航行部隊うみ地上部隊りく――本局と地上本部は、ことあるごとに衝突を――」
 と、クロノがそこまで告げたところで、ブリッジからの通信を知らせるアラームが響いた。次いで、展開されたウインドウに現れた、管制官を務める女性クルーがクロノに告げた。
〈失礼します、クロノ艦長〉
「どうした?」
〈八神はやて二佐がいらっしゃいました〉
「そうか……わかった。
 ありがとう」
 言って、通信を切ったクロノの目の前で、ヴェロッサは優雅な立ち振る舞いと共に立ち上がり、
「さて、と……
 それじゃあ、かわいい妹分を迎えに行くとしようか」
「あぁ」

 まだ完全に係留が済んでいないため、本局内とは言え艦の出入りは転送によって行なわれる――転送を終え、はやてとティアナはクラウディアの艦内転送ポートにその姿を現した。
「はわぁ……」
「フフフ、ティアナってば、すっかり“おのぼりさん”やね」
「あ…………す、すみません……」
 最新鋭艦であるクラウディアの中は、ずっと地上勤務だったティアナにとっては新鮮なものばかり――ついつい呆けてしまっていたところをはやてにツッコまれ、顔を赤くして頭を下げるのもご愛嬌か。
 と――
「はーやて♪」
「ようこそ、クラウディアへ」
「あぁ、クロノくん。ロッサ」
 そんなはやて達を出迎えたのはヴェロッサとクロノだ――ティアナが敬礼する一方で、はやては気楽に応じ、
「しっかし、すごい艦やねー。さすがは新造艦やね」
「まぁな」
 素直に絶賛するはやての言葉に苦笑し、謙遜まじりにそう答え――クロノは不意に表情を引き締めた。
「……臨時査察を受けたそうだが……大丈夫だったか?」
「あぁ、なんとかなったよ。
 ……って言っても……ジュンイチさんのネームバリューに半分以上助けられた形やけどな」
「………………なるほど」
 それだけで何があったのかを悟るには十分すぎる――あえて多くは語らず、クロノははやての言葉にうなずいてみせる。
 そんなクロノに苦笑しつつ、はやては彼にティアナを紹介することにした。
「紹介するよ。
 ウチのフォワードリーダー、執務官志望の――」
「ティアナ・ランスター二等陸士であります!」
「あぁ」
「よろしくー♪」
 ティアナの言葉に、二者二様のリアクションが返ってくる。どちらがどちらのリアクションかは、まぁ今さら言うまでもないとして――ともあれ、はやて達は艦長室へと移動。まずはヴェロッサの入れてくれたお茶で一息入れることにした。
 はやてが自らケーキを切り分け(その際クロノ達が一足先に食べていたことが判明、はやてに軽くにらまれる、などということがあったがそれはさておき)、ヴェロッサが紅茶を注ぐ――その一方で、ティアナは応接用ソファの脇に控えていたが、
「キミも座れば?」
「い、いえ……自分は、ここで……」
「そうかい?
 じゃあ、ケーキはどうだい?」
「いえ……自分は結構です」
 それに気づいたヴェロッサが声をかけるが、ティアナは恐縮きわまるとばかりに姿勢を正し、彼らの輪に入ってこようとはしない。
 そんなティアナとヴェロッサのやり取りに苦笑しながら、クロノははやてに対し念話で“本題”に触れた。
《前線メンバーにまで、今回の全容を?》
《ううん。
 予言関係はぼかしてあるよ――地上本部が襲われる可能性だけ》
《そうか……》
 まだまだ経験の浅い彼女達のことだ。今回の件の“裏”を知れば余計な緊張を招きかねない――はやての対応を適切だと評し、クロノは改めて紅茶を口に注ぎ込んだ。
 

「テロ行為……って、地上本部に、ですか……?」
「まぁ……“そういう可能性がある”っていう程度だけどね……」
 一方、こちらは現場調査に向かう途中のスプラングの機内――尋ねるキャロに、フェイトは彼女を安心させるようにそう答えた。
「でも、可能性はある以上、警戒は必要……と、そういう話」
「確かに……」
 付け加えるアリシアの言葉にうなずくのはエリオだ。
「管理局施設の魔法防御は鉄壁だけど……ガジェットを使えば」
「そういうことだ」
 エリオに答え、イクトは息をつき、続ける。
「エリオの言う通り、地上本部の魔法防御は鉄壁だ。
 しかし、裏を返せば魔法による攻撃しか想定していない――そのスキをつけば、いともたやすく陥落させられる」
「管理局法では、質量兵器の保有は原則禁止だし、部隊装備としての保有にも上限がある……どうしても対処しづらい」
「質量兵器……
 拳銃とかですか?」
「それよりももっと強力なヤツだよ」
 イクトに付け加えたフェイトの言葉に、キャロの脳裏に浮かぶのはライカから受けた“実働教導”の中で相対した犯罪者達の持っていた拳銃の類だ――そんな彼女に苦笑し、アリシアが説明してやる。
「魔力やトランスフォーマーのスパークエネルギーとか、精霊力とか……そういう“生命エネルギー”の類を使用しない物理兵器、っていうのが一番わかりやすい定義かな?
 第108管理外世界ジュンイチさんトコみたいな魔法文化のない世界じゃ未だに一般的な兵器だし、先史時代のミッドや魔法成立以前のベルカも、そういう兵器がほとんどだったんだよ」
「聞いたことがあります……
 『一度作ってしまえば、子供でも使える』とか、『指先ひとつで、都市や世界を滅ぼしたり』とか……」
「そう。
 管理局は創設以来、平和のため、安全のためにそういう武装を根絶して、“古代遺物ロストロギア”の使用も規制し始めた……それが、150年位前」
 アリシアに答えるエリオにうなずき、フェイトは彼らにそう説明し――
「でも、いろんな意味で武力は必要。
 さて、どうしたでしょう?」
「え……?
 えっと……」
 と、そこでフェイトはいきなり質疑応答に方針変更――突然の問いに戸惑うキャロだったが、
「比較的クリーンで安全な力として、魔法文化が推奨されました」
「正解」
 答えたのはエリオだ――ほぼ満点とも言える回答に、フェイトは笑顔でうなずいてみせる。
「魔法の力を有効に使って、“管理局システム”は、今の形で各世界の管理を始めた……
 次元空間に本局、発祥の地、ミッドチルダに地上本部を置いて……それが今の暦“新暦”の始まり――75年前。
 で、その頃の一番の混乱期に管理局を支えて、今の形に仕上げた功労者が、彼の三提督……」
「はぁ……」
「なるほど……」
 フェイトの説明に、エリオとキャロは納得してうなずいて――そこで流れを断ち切り、アリシアは話を本来の筋に戻しにかかった。
「で……本題。
 そういう歴史背景のおかげで、管理局は質量兵器にあまり重きを置いてない――そこをつかれると、どうしても対応は後手に回らざるをえないの。
 でもって、今その“懸念”に一番近いところにいるのが……」
「魔法を無効化する、AMFと、それを持つガジェットドローン……」
 つぶやくキャロにうなずき、フェイトは改めて二人に告げる。
「ガジェットが出たら、“レリック事件”以外でも六課が出動になるよ――と、そういう話。
 そのことは、頭に入れておいてね」
『はい!』
 元気にうなずくエリオとキャロに微笑みを返し――フェイトは内心で息をついた。
(ホントは、エリオとキャロにはもっと平和で、安全な道に進んでほしかったんだけど……)
 そして、フェイトは待機状態のバルディッシュに視線を落とし――先日の聖王教会でのやり取りを思い出した。
 

「情報源が不確定、ということもありますが……“管理局の崩壊”という事態そのものが、現状ではありえない話ですから……」
「そもそも、地上本部がテロやクーデターにあったとしても……それがきっかけで本局まで崩壊、っていうのも、考えられへんしなぁ……」
 なのは達隊長格一同やライカ、イクト達を前に、告げるカリムにはやては思考をめぐらせながらそう付け加えた。
「まぁ、本局でも警戒強化はしているんだがな……」
「問題は地上、か……」
 つぶやくクロノに告げるのはイクトだ――うなずき、クロノは続ける。
「ゲイズ中将は、予言そのものを信じておられない。特別な対策は、とらないそうだ」
「異なる組織同士が協力し合うのは、難しいことです……」
「全部が全部、“Bネット”みたいな外部交流オープンなワケじゃないもんねー……」
 クロノとカリムの言葉に、ライカはそう言いながら紅茶をすする。
「協力の申請も、“内政干渉”や“強制介入”という言葉に置き換えられれば、即座にいさかいの種になる。
 それでなくても、ミッド地上本部の武力や、発言力の強さは以前から問題視されているしな……」
「だから、表立っての主力投入はできない、か……」
 クロノの言葉に納得するフェイトの言葉に、マスターコンボイも息をつき、
「なるほど……
 それで、多少反則でも、地上で自由に動ける戦力を用意する必要があったワケだ」
「せや。
 “レリック事件”だけでことが済めば良し。大きな事態につながっていくようなら、最前線で事態の推移を見守って……」
「地上本部が本腰を入れ始めるか、本局と教会の主力投入まで、前線でがんばる……」
「そう。
 それが……六課の意義や」
 マスターコンボイの言葉に補足するはやてになのはが付け加える――うなずき、はやては説明をそう締めくくった。
「もちろん、みなさんに任務外でご迷惑はおかけいたしません」
「それは大丈夫です」
「部隊員達への配慮は、八神二佐から確約をいただいてますし」
 ことは単なる“古代遺物ロストロギア”関連事件では収まらないかもしれない――巻き込んでしまった責任からか、なのは達に告げるカリムだが、フェイトもなのはも落ち着いた様子でそう答え、
「“Bネットウチ”は大丈夫よ――組織自体が管理局の中に属してないから、 地上本部もうるさく言えないし。
 その気になったら、六課に何かあった時の避難先にだって使えちゃうわよ」
「乗りかかった船、というヤツだ――たとえこれからどれほどの迷惑がかけられようと、今さら放り出すつもりはない」
 ライカとイクトもまた、自信に満ちた笑みを浮かべてカリムに告げる。
 そんな一同に対し、カリムは息をついてその場を仕切り直し、改めて告げた。
「改めて、聖王教会騎士、カリム・グラシアがお願いします。
 華々しくもなく、危険も伴う任務ですが……協力を、していただけますか?」
「非才の身ですが……全力で」
うけたまわります」
 カリムの言葉になのはとフェイトがハッキリと断言し――
「…………フンッ、くだらん」
 いきなりそんなことを言い出したのはマスターコンボイだ。
「ちょっ、マスターコンボイさん、そんな言い方……」
「悪いが、オレは貴様らとは違って、この世界がどうなろうと知ったことじゃない」
 あわててなのはがたしなめるが、マスターコンボイは悪びれることもなくそう答え――
「………………だが」
 それでも、カリムをまっすぐに見据え、告げた。
「管理局がなくなれば六課もなくなる――それは、オレが“六課のコンボイ”である以上、決して看過できない事態だ。
 局を守るのが機動六課を守ることにつながるのなら――手を貸すのもやぶさかじゃない」
「まったく……素直に“なのはやスバル達を守りたいから手を貸してやる”くらい言えばいいのに」
「うるさい」
 肩をすくめるアリシアに言い放ち、マスターコンボイはプイとそっぽを向いてしまう――その姿に、なのは達は顔を見合わせ、思わず笑みをこぼすのだった。
 

(地上と、次元世界うみの平和と安全……
 エリオ達も含めた、部隊の子達の安全と将来……
 はやての立場と、なのはが飛ぶ空……
 そして……)
 先日のやり取りを思い出し、フェイトは対面する席に座るイクトへと視線を向けた。
(……全部守るのは大変だけど、私がしっかりしなきゃ……)
 改めて決意を固め、フェイトはバルディッシュを強く握りしめた。
 

「終わったぁ……」
「はい、お疲れさん♪」
 苦手な書類もがんばればなんとか――未処理の書類を片付け、背伸びするスバルにアスカが労いの声をかける。
 ちなみにアスカはとっくに書類を終わらせ、リアルギアの収拾してきたデータをまとめている――なぜか六課女性陣の画像データばかりなのは気のせいだろう。フォルダ名が「はやてちゃん宛」となっているのもきっと気のせいだろう。むしろそうであってほしい。
 一抹の不安を懸命に自分の中で納得させつつ、スバルは書類が仕上がったことを報告しようとなのはへと振り返り――
「…………なのはさん……?」
「………………?」
 首をかしげたスバルの声にアスカが見やると、なのはが心ここにあらずといった様子で何やら考え込んでいる。
 ボンヤリと彼女が見つめているのは、目の前のウィンドウに表示されたヴィヴィオの姿だ。
 軽く息をつき、なのははふと顔を上げ――

「………………あ」

 こちらをのぞき込んでいたアスカとバッチリ目が合った。
「……アスカちゃん、どうしたの?」
「あ、いやー、別に?」
 尋ねるなのはに答え、アスカは“手にしたマジックを”背中に隠s――
「ちょっとストップ」
 ――uそうとしたところで、身を乗り出してきたなのはにその手をつかまれた。
「アスカちゃん……
 このマジックは何かなー? これで何に何を書こうとしてたのかなー?」
「もちろん、ボケーッとしてたなのはちゃんの額に『肉』の一文字を」
「やっぱり……」
「ご不満?
 じゃあ赤文字で……」
「底力でも出してほしいの?」
「なら『骨』」
「完全に別人だよ!」
 あっけらかんと告げるアスカにツッコみ、なのははため息をつき、
「まったく……そういうところはノリノリなんだから……
 スバルも、そういうのは遠慮なく止めていいんだよ」
「あ、アハハ……」
「止められたってムリだよー、性分ですから♪
 それより……」
 スバルが思わず苦笑するとなりから、笑顔でなのはに即答し――アスカはなのはの目の前のウィンドウを指差し、
「データセット、終わってるよ」
「え………………?」
 アスカの指摘になのはがウィンドウへと視線を戻すと、確かに画面の最上部に“SETTING COMPLETE”の表示が。
「っとと……
 ダメだねー、ボーッとしちゃって……」
 あわててデータの処理を進め、ウィンドウを落としたなのはがつぶやくと、ちょうどそこに午前の課業終了を知らせる鐘が聞こえてきた。
「ちょうどお昼か……
 寮に戻ってヴィヴィオと食べるんだけど、アスカちゃんとスバルもどう?」
「はい!
 ご一緒します!」
「ってことは……アイナさんの手作り!?
 行く行く! あたしもー!」
 アイナというのは、彼女達の寮の寮母であり、日中ヴィヴィオの面倒を見てくれている人でもある――「なのはと一緒」ということで無条件にうなずくスバルのとなりで、アスカもまた手を挙げて名乗りを挙げた。

「でも……ヴィヴィオって、この先どうなるんでしょうか……」
 不安げにスバルがそう口を開いたのは、寮に戻る道中でのことだった。
「ちゃんと受け入れてくれる家庭が見つかれば、それが一番なんだけど……」
「難しい……ですよね。
 やっぱり……“普通”と違うから……」
「……そうだね……」
 悲しいことだが、それが現実だ――スバルのつぶやきになのはがうなずくと、アスカがスバルへと視線を向け、
「スバルのところ……は、ムリだよね。
 ゲンヤおじさんもギンガも、二つ返事でOKしそうだけど……みんな局員じゃ、昼間ヴィヴィオの相手をしてくれる人はいないもんね。夜勤オンリーに勤務形態切り替えるんならともかく」
「はい……」
 なのはの答えや、それに伴って自分の家庭を候補に挙げるアスカの言葉に、スバルはうつむいてそううなずく。
「アスカさんのところは?」
「ウチも、実家はみんな外に出てるしねぇ……難しいかな?」
 聞き返すスバルにアスカが答えると、
「やっぱり……見つかるまで、時間がかかると思うんだ。
 だから……」
 不意になのはが口を開いた。そう前置きすると、二人に対して笑顔を向けて、
「当面は、私が面倒を見ていけばいいのかな? って……」
「なのはさんが……?」
「うん。
 エリオやキャロに対する、フェイトちゃんみたいな……保護責任者ってヤツにしとこうかな、って」
 スバルに答え、なのはが告げると――
「………………なのはちゃん」
 そんななのはの肩をつかみ、アスカは真剣な表情で告げた。
「……いくらヴィヴィオの魔力が高いからって、人はそう簡単に“悪魔”には育てられないんだよ?」
「どういう意味!?」

 ともあれ、なのはがそういうことを思い立ったのであれば早速行動あるのみ――スバルとアスカは、寮に戻るなりヴィヴィオをつかまえ、保護責任者の話を伝えることにした。
 二人としては、なのはが保護者になってくれる、ということでヴィヴィオが喜ぶと思っていたのだが――
「………………?」
「あー、だから、えっと……」
 当のヴィヴィオはそもそも保護者うんぬんがわかっていない。不思議そうに首をかしげるヴィヴィオに対し、スバルは懸命の説明を試みるが、その成果は今のところ芳しくはないようだ。
「うーん……なんて言えばいいのかなぁ……」
「……あー、そうだよね……
 ヴィヴィオくらいの歳の子に、保護者っていうのがどういうものか、なんて説明しづらいよね」
 肩をすくめてつぶやくなのはだが、それでもスバルはどうにかヴィヴィオにわかってもらおうと頭をひねり、
「んーと、んーと……
 ……つまり、しばらくはなのはさんがヴィヴィオのママだよ、ってこと」
 そう告げるスバルの言葉に、ヴィヴィオはなのはのことを見上げ、
「…………ママ?」
「………………あ゛」
 つぶやくようになのはを「ママ」と呼んだヴィヴィオの言葉に、スバルの笑顔が固まった。
 考えてみればなのははまだ未成年、しかも独身だ。そんな彼女を“ママ”呼ばわりしてもよかったのか――自分の例えがまずかったのではないかと冷や汗を流すスバルだったが、
「…………ママでも、いいよ」
 結論として、それは杞憂だった。ヴィヴィオに対して優しく微笑み、なのはは彼女の頭をなでてやる。
「ヴィヴィオのホントのママが見つかるまで、なのはさんがママの代わり。
 ヴィヴィオは……それでもいい?」
 そう尋ねるなのはの言葉に、ヴィヴィオはしばし考えていたようだったが、
「…………ママ……?」
「はい、ヴィヴィオ♪」
 まるで確かめるように名を呼ぶヴィヴィオに、なのはは笑顔で応え――
「…………ふぇ……」
 不意に、ヴィヴィオの目から涙があふれた。
「……ぅわぁぁぁぁぁんっ!」
「えっ!? あっ!? 何っ!?」
「もう、なんで泣くのかな?
 大丈夫だよ、ヴィヴィオ」
 そして、そのまま“堤防”は一気に決壊――泣き出し、なのはに抱きつくヴィヴィオの姿に、きっかけを作ってしまったスバルは大慌て。なのはもなだめようと彼女の背中をなでてやるが、ヴィヴィオが泣き止む様子はない。
「きっと……寂しかったんですよ。
 『ママ』って……母親と呼べる人がいないことが、子供にとってどれだけ不安か……」
「そうですね……
 なのはちゃん。今は気がすむまで泣かせてあげたら?」
「は、はい……」
 そんな彼女達に助け舟を出すのは寮母のアイナだ。となりで同意し、対案するアスカの言葉に、なのはは苦笑まじりにうなずいて――
「しかし……」
 つぶやき、アスカが不意に笑みを浮かべた。ニヤニヤと笑いながらなのはとヴィヴィオへと視線を向け、
「……『ママでもいいよ』ねぇ……
 それってやっぱ、“悪魔”と書いて“ママ”と読むってヤツ?」
「あ、アスカちゃん……
 だから、何かにつけて“悪魔”ネタを持ち出すのやめてもらえないかな?」
 いくら自分の異名が“管理局の白い悪魔”だからって、他ならぬ自分はその呼び名は非常に不本意なのだ。アスカの言葉に思わずうめくなのはだったが――
「でもでも、そういう趣旨の発言、実際してるじゃない。
 具体的には10年前、マスターコンボイに対して」
「………………」
 反論は見事に封じ込められた。
 

 その頃、陸士108部隊、本部隊舎――

「………………」
 適当にデスクに腰かけて、ジュンイチは1枚の写真を無言で眺めていた。
 その写真に写るのは今は亡きクイント――我ながら感傷的になっていると自嘲し、ジュンイチは懐に写真をしまい込み――
「……あ、ここにいた」
「………………?」
 いきなりかけられた声に振り向くと、そこにはゲンヤに案内されたレティの姿があった。
「どうしたんスか?  わざわざオッサンに案内させて。
 ブレインジャッカーならいないよー。こないだ――ホクトが大丈夫だってわかって安心したのか、あの後姿消したっきり、一度も帰ってきてねぇし」
「もちろん、ホクトちゃんのお見舞いよ」
 尋ねるジュンイチに答えると、レティは不意に後方に視線を向け――
「それに……私も、彼女に会ってみたかったからね。
 レティにお願いして、同行させてもらっちゃった♪」
 レティの後ろに控えていたリンディが、ジュンイチに向けて笑顔で告げる。
 だが、それに対するジュンイチの反応は――
「いい年こいて『もらっちゃった♪』はどうなのさ○○ピーッ!歳」

 

 直後、オフィスの中を魔力と炎の渦が荒れ狂った。

 

 

「彼女の具合はどうなの?」
「経過は順調だよ」
 オフィスでの激闘を全力でなかったことにして、現在、医療棟をホクトの病室に向けて移動中――尋ねるレティの問いに対し、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「でも……まだ眠ったままなんでしょう?
 あれから結構経ってるのに……」
「んー、一口に『眠ったまま』って言っても……」
 言って、ジュンイチは目的の病室のドアを開け――
「……うみゅう……すぴー……」
「こんなだし」
 安らかに寝息を立てて、気持ち良さそうに眠っているホクトを指し、二人に告げる。
「命に別状がないとは言え、こないだの戦いでエネルギーを遠慮なく吐き出したからなー。
 “オリジナル”であるオレみたいに“生体核バイオコア”の動作が安定してるワケじゃないし……どうしたって、回復には時間がかかるよ 。
 オレの場合、ひたすら食うのが回復には一番なんだけど……コイツの場合、それがどうも睡眠みたいなんだ。
 まぁ、それにしたって、そろそろ目くらい覚ます頃合なんだけど……」
「そう……」
 答え、息をつくジュンイチの言葉に、レティはホクトに対して気遣わしげな視線を向けて――
「…………んぁ……」
「お、ウワサをすればなんとやら、かな?」
 不意にホクトがうっすらと目を開けた。彼女の意識が覚醒していくのを見とめ、つぶやいたジュンイチの言葉にその場の全員の視線がホクトに集中する。
 自分が注目を浴びているなど微塵も気づかず、ホクトはムクリと身を起こすと、寝ぼけ眼でキョロキョロと周囲を見回す。
 と、その視線がジュンイチ達へと向けられ、
「…………パパ……?」
『パパ…………?』
 ホクトの口から出たのは展開上予想だにしなかった単語だった。一瞬首をかしげる一同だったが――やがてその視線はゲンヤへと集まった。
「あはは、ゲンヤさん、パパだって」
「ギンガさん達を“姉”だって断言してたみたいだし……やっぱりわかっちゃうのかしらね」
「うーむ……」
 レティの、リンディの言葉にゲンヤがうめく中、ホクトは1週間以上眠っていたとは思えないほどよどみない動作でベッドから飛び降りる。
 そのまま、パタパタと走り出し――
「パパっ!」
 満面の笑顔でジュンイチに飛びついた。
「会いたかったよ、パパ!」
「ハハハ、はーい、パパですよー……」
 スリスリとほお擦りしながら告げるホクトに、ジュンイチも笑顔で頭をなでてやり――笑顔のまま動きが停止した。
 顔を上げ、しばし思考をめぐらせ、驚愕のあまり停止しているゲンヤ達の姿に現実を認識し――

 

「って、『パパ』ってオレかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 

 驚きの絶叫が響き渡った。

 

 

「そういえば……」
 詳しい報告も終わり、今は軽く雑談中――ティアナがヴェロッサと共に必要なデータの受け取りに出ている中、はやてはクロノにそう切り出した。
「アースラは、今どうしてるん?」
「あぁ……来月、廃艦処分が決まったよ」
「そっか……」
 話題に挙げるのは、自分達がかつてお世話になったL級艦船の現在――尋ねるはやてに、クロノはどこか懐かしげにそう答える。
「前に見た時は、まだがんばれそうやったけど……」
「長期任務には、耐えられそうにないからな」
 クロノの言葉にうなずくはやてだが、やはり感慨深いものは隠せなくて――
「ちょう、寂しいな……
 アースラは私達の思い出の船やから……」
「十分働いたんだ。もう休ませてやらないとな……」
 “思い出の船”と言うなら、自分の方がむしろ――しかし、そんな思いはおくびにも出さず、クロノははやてにそう答えて紅茶を飲み干すのだった。

「はい、これがデータだよ。
 機密、とまではいかないけど、それなりに重要なデータだから、気をつけてね」
「あ、はい……」
 言って、ヴェロッサが差し出したのは一枚のデータチップ――なくさないように、ティアナは受け取ってすぐ自分のカバンにしまい込む。
 と――そんな彼女に対し、ヴェロッサはおもむろに口を開いた。
「ティアナ……だっけ」
「はい?」
「キミから見て……はやてはどう?」
「それは……」
 いきなりの問いに戸惑ったものの――旧知の仲だし、近況を知りたいのだろうと納得し、ティアナは素直に彼の問いに答えることにした。
「優秀な魔導師で、優れた指揮官だと……」
「そうか……
 はやてとクロノくん、そしてボクの義理の姉、カリム……3人はけっこう前からの友人同士でね。
 その縁で、ボクも仲良くしてもらってるんだけど……」
「はい……存じ上げてます……」
 答えるティアナにうなずき、ヴェロッサは続ける。
「古代ベルカ式の継承者同士だし……何よりはやてはいい子だ。優しいしね。
 妹みたいなものだと思ってる……だから、いろいろと心配でね」
「はぁ……」
 ヴェロッサの言葉に、ティアナの脳裏に浮かんでくる人物がいた。
 自らの兄、ティーダだ――彼も自分のことを同じように見ていたのか。そんなことをチラリと考えるが、そんな彼女に気づかず、ヴェロッサは続ける。
「強力な希少技能レアスキルや魔法、高い戦力、人を使える権限や権力……
 そういう力を持つ、っていうことは、同時に孤独になっていく、ということでもある――ボクはそう思う」
 そう答えるヴェロッサの視線は遠くを見つめていて――まるで兄のことを思い出したティアナと同様、ここにはいない誰かのことを思い出しているかのようだ。
「それでも、必要とはされる。頼られもする。
 だけど……それは人間としてではない。その人の持っている、“力”そのものが必要とされているだけ……
 もちろん、これは極論だ。実際には、そんなにデジタルじゃない」
「なんとなく……わかります。
 “強い力を持つ者には、そういった重圧や寂しさがつきまとう”って……」
「そう。それ」
 答えるティアナに、ヴェロッサは笑顔で返してきた。
「まぁ、つまり……ボクが言わんとしていることは、だね……」
 ともあれ、ヴェロッサにとってはこれからの話こそが核心――そこでコホンと咳払いし、彼はティアナと正対し、告げた。
「前線メンバーと部隊長との間だと、いろいろ難しいかもしれないけど……“上司と部下”ってだけじゃなく、人間として……女の子同士として、接してあげてくれないかな?
 はやてだけじゃない――キミの隊長達にも」
「…………わかってます」
 その言葉から、心の底からはやて達のことを気遣っているのがわかる――そんなヴェロッサの言葉に、ティアナは笑顔でうなずいた。
「けっこう、そういう距離って縮まってきてるんですよ――ウチの部隊。
 今まさにアコース査察官が心配していたことが原因で、一度モメにモメて以来……」
「あぁ、聞いてるよ。
 スカイクェイクにこっぴどく叱られたんだって?」
「は、はい……」
 思えば、あの騒動は自分が引き金を引いたようなものだ。あっさりと返してくるヴェロッサに、ティアナは思わず苦笑するのだった。
 

「部隊データを改めて確認したが……はやて達は身内と部下に恵まれているな」
「そうだね……ティアナもいい子だった」
 はやて達と別れ、再びクラウディアのブリッジ――今まさに話題に挙がった部隊データを前につぶやくクロノに、ヴェロッサもまた同意する。
 だが、言葉とは裏腹に、ヴェロッサの表情は暗いままで――
「でも……“罪の意識”は、なかなか消えないんだろうね……
 はやては相変わらず、生き急ぎすぎているように思う」
「そうだな……」
 つぶやくヴェロッサの言葉に、クロノは静かに息をついた。
「“GBH戦役”では“闇の書の闇”によって中規模次元浸食を引き起こしかけ、彼女自身も初代リインフォースを失った。
 そして“擬装の一族ディスガイザー事件”では、彼女を守るためにジュンイチさんが……
 あの子は、それをすべて自分の罪だと感じている。償おうと逸りすぎている……」
 心の優しい彼女は、目の前で起きたことを決して他人事とはとらえられない。自分の周りで誰かが傷つけば、「自分が守ってあげられれば」「自分がもっとしっかりしていたら」と自分の罪として受け止めてしまうきらいがある。
 そしてそれは――
「まったく……トラウマ級に苦手なクセして、“そういうところ”はジュンイチさんにそっくりなんだからな、はやては」
「…………そうだね……」
 クロノのその言葉、そこに込められているのは、名前の挙がったはやてや、なのは達ですら知らない事実――苦笑まじりにヴェロッサがうなずくと、クロノは改めて画面に目を戻し、
「ともかく……この件をクリアすれば、はやての指揮官敵性は立証される。
 “闇の書事件”についても、言える者は少なくなるさ」
「だね……」
 クロノの言葉にヴェロッサがうなずき――しかし、クロノは不意に眉をひそめ、
「しかし……なのはやフェイト、アリシア……イクトさん達もついているとはいえ、心配ではある。
 こっちでも、フォローしてやりたいが……」
「やれやれ……本局が表立って動いちゃマズイ、って、言ったばかりじゃないか」
 なのは達の“兄貴分”としての性分が顔をもたげたか――苦笑まじりにクロノをたしなめ、ヴェロッサは気を取り直して告げる。
「ボクに任せて。
 査察官って立場は、秘密行動にむいてるしさ」
「すまないな……頼む」
 

「まー、考えてみればわかるはずのことではあったんだけどな」
 喧騒も収まり、オフィスへと移動――デスクに腰かけ、ゲンヤは静かに息をついた。
「ホクトのヤツぁジュンイチの細胞を持ってるんだよな?
 つまりヤツは、第二世代の“遺伝子強化人間マトリクス・ブースター”ってワケだ」
「だから……第一世代の“遺伝子強化人間マトリクス・ブースター”であるジュンイチくんを親として認識してる……?」
「おそらくな」
 聞き返すレティにゲンヤがつぶやくと、
「それで……パパさんはどうするつもりなの?」
「『パパ』って言うな」
 ニヤニヤと笑いながら尋ねるリンディに対し、再び眠ってしまったホクトを膝枕で寝かせているジュンイチは憮然とした様子でそう答える。
「どうもこうもねぇよ。
 コイツはスバル達の“妹”で……オレの“力”をも受け継いでる。
 つまり……“力”の限界って問題を抜きにしても、コイツはこれから先、常に危険にさらされることになる……
 なら、やることなんか決まってるだろ」
 言って、ジュンイチは眠るホクトの頭をなでてやり、
「コイツも守るさ。
 身体のことからも、“敵”からも……」
 静かな、しかし、迷いのない強さを宿した言葉だった。ジュンイチの言葉に、レティとリンディは顔を見合わせ――
「それもいいがな……」
 不意に、ゲンヤはそんなジュンイチに声をかけた。
“すべて”が終わった時……殴られる覚悟、くらいはしておけよ」
 その言葉に、ジュンイチはピタリと動きを止めた。
「お前のやってることの善悪はともかく、カヤの外に置かれたことに対しては間違いなく怒るぜ、アイツらは。
 それがスバルか、ギンガか、八神の嬢ちゃんかは知らないがな……」
「やれやれ。
 嫌われるのはともかく、殴られるのはまっぴらなんだけどね」
 苦笑まじりにそう答えると、ジュンイチはホクトを“お姫様抱っこ”の要領で抱きかかえて立ち上がり、
「ま、その時はカウンターも反撃もなく、素直に殴られてやるさ。
 “アイツらを巻き込まずに”ことを終わらせる――その代償がその程度で済むなら、安いもんさ」
 言って、ジュンイチは「ホクトを寝かせてくる」とその場を後にして――
「やれやれ……アイツも、アレがなければ文句の付け所のないヤツなんだがな……」
 そんなジュンイチを見送り、ゲンヤはため息まじりにつぶやいた。
「アイツ……周りのヤツはもちろん、身近なヤツらに嫌われることにすら、何の抵抗もないからな……」
「それ自体が哀しいのか、それを寂しいと感じられないのが哀しいのか……難しいところね」
 ゲンヤの言葉に、レティもまたため息まじりに同意してみせ――
「だったら……」
 そんな二人に、リンディは静かに告げた。
「私達で守ってあげましょう。
 誰にも守ってもらえない……あの子の、心を……」
「…………だな」
 リンディの言葉にうなずき、ゲンヤはジュンイチの出て行ったオフィスの出入り口へと視線を向け、
「ホクトの存在が、アイツにとってプラスに働いてくれればいいんだがな……」
 

「そうか……なのはがママになってくれたんだね」
「うん」
 その日も特に事件が起きることもなく、無事に終わろうとしていた――寮に戻り、話を聞いたフェイトの言葉に、ヴィヴィオは笑顔でうなずいた。
 実は、すでになのはから一報は受けているのだが――ヴィヴィオも話したくてしょうがないだろうから、おとなしく聞いてあげるのも彼女のためだ。
 それに――そのことについて、フェイトもまたヴィヴィオに“報告”があったから――
「でもね……実は、フェイトさんわたしもちょっとだけ、ヴィヴィオのママになったんだよ」
「………………?」
「“後見人”っていうのになったからね――ヴィヴィオとなのはママを見守る役目があるの」
 「ちょっとだけ」とはどういうことだろうと首をかしげるヴィヴィオに、フェイトは丁寧に説明してやる。
 その言葉の意味を、ヴィヴィオはじっくりと考えて――
「“なのはママ”と……“フェイトママ”?」
「うん♪」
「そうだよ♪」
 つぶやくヴィヴィオに答え、なのはとフェイトは彼女の手をとってあげる。そんな二人に、ヴィヴィオは改めて満面の笑顔を浮かべるのだった。
 

 一方、フェイトと共に現場調査に出ていた面々は、スバル達居残り組と合流して夕食中である。
「それにしても、なのはさんとフェイトさんがママって……」
「ヴィヴィオ……ものすごい無敵な感じ……」
 それはライトニングの二人の言――山盛りに盛られたパスタを自分の取り皿に移しながらつぶやくエリオに、キャロはその光景を想像して思わず苦笑する。
「フンッ、いくら周りが強かろうが、ヴィヴィオは所詮小娘のままだろうが」
「まぁ、実力主義のアンタらしいセリフね。
 けどさ……」
 対し、憮然とした様子で答えるのはヒューマンフォームで積み上げられたホットドッグをひとつ手に取るマスターコンボイ――同じ山から別のホットドッグを手に取り、ライカが答え、
「……その“小娘”に、今日半日振り回されたアンタが言っても、ねぇ……」
「うるさい」
 午後からは書類仕事でもしようかと自主トレを切り上げ、戻ってきたところでヴィヴィオに見つかったのが運の尽き――冷たくあしらったが最後、すぐに涙ぐむヴィヴィオを相手に強気に出ることもできず、結局なのは達が仕事を終えるまで相手をさせられたマスターコンボイは、ライカの指摘にムッとしてホットドッグをかじる。
 そんなマスターコンボイに意味深な笑みを向けると、ライカは改めてスバル達を見回し、
「けど、それを言うならアンタ達みんなそうじゃない。
 スバルやギンガは“管理局の白い悪魔”高町なのはと“Bネット&管理局の黒き暴君”柾木ジュンイチ――最強タッグの教え子だし」
「そういえば、そうですよね……」
 ライカの言葉にギンガが納得し、
「エリオやキャロだって、そのなのはから教えを受けて、しかもフェイトの保護まで受けてて……」
「はい」
「とっても、よくしてもらってます♪」
 今度はエリオとキャロが笑顔でうなずき――
「で、ティアナはアリシアからのバックアップ――実際、ゴッドアイズの情報分析力、ティアナの執務官試験対策に使おうか、とか何とか、隊長・副隊長二人して真剣に話し合ってるみたいだし」
「ちょっと待て! それは職権乱用だろうが!」
「えー?
 別にいーじゃん。カンニングしてるワケじゃなし」
「貴様は黙ってろ主犯のひとりっ!」
 あわててマスターコンボイがツッコミの声を上げるが、当事者ティアナは未だ戻らない上、“主犯アスカ”に反省の色はまったくなしときている。ため息をつき、マスターコンボイは改めてイスに腰かけ、
「……そういえばさぁ……」
 そんな喧騒を「いつものこと」とあっさり流し、ライカはエリオやキャロに声をかけた。
「二人にとって、フェイトってどんな存在よ?」
「どんな……って、フェイトさんはボクらの保護責任者で――」
「あー、そうじゃなくて」
 良くも悪くもマジメなエリオは額面どおりの答えを返してくる――それを制し、ライカは苦笑まじりに補足する。
「保護者、被保護者って、要は“家族”じゃない。
 “家族”として、二人はフェイトのことをどう見てるの? “お姉ちゃん”? “お母さん”?」
「んー……どうでしょうか……
 考えたこともありませんでした……」
「わたし達、フェイトさんが“家族”になってくれて、それだけでうれしかったので……」
 ライカの問いは、エリオ達にとっても予想外のものだったようだ。顔を見合わせてつぶやく二人に、アスカはニヤリと笑みを浮かべ、
「それはそれは、おもしろそうだねー。
 明日、早速フェイトちゃんに聞いてみよっか?」
「あ、アスカさん!
 恥ずかしいからやめてください!」
 アスカの提案に、エリオはあわてて待ったをかける――そんな彼女達の姿にスバルも笑い声を上げ――

「……“家族”か……」

『………………?』
 不意に上がった声に視線を向けると、マスターコンボイが何やら苦虫をかみつぶした様子で黙り込んでいるのに気づいた。
「どうしたの? マスターコンボイさん」
「大したことじゃない」
 尋ねるスバルに対し、マスターコンボイはあっさりとそう答え――
「毎度のコトながら、“家族”という概念だけはどうも実感がわかん――それだけだ」
「え………………?」
 告げられたその一言に、スバルは思わず動きを止めた。しかし、そんなスバルにかまわず、マスターコンボイは食べかけのホットドッグを口の中に放り込み、その場から立ち去っていってしまった。
「……マスターコンボイさん……?」
 発言の意図がわからず、首をかしげるスバルだったが――
「……そういえば……前に、聞いたことがあります……」
 不意に口を開いたのはキャロだった。
「兄さん……家族がいないって……」
「いない……って、孤児ってこと?」
「そこまでは……」
 自分が聞いているのは、マスターコンボイに家族がいない、ということだけだ――ライカの問いに、キャロは困惑気味にそう答え、
「ただ……兄さん、“家族”っていうのがわからないって言ってました。
 ということは……」
「気づいた時には、もういなかった……」
 キャロの推測に、真っ先にその結論に達したギンガがつぶやく。
 と――
「“家族”を知らない、ね……」
 再びその言葉を反芻したのはアスカだった。
「最初から家族を知らなきゃ、失われる哀しみを味あわずにすむ……でも、逆に家族から愛される幸せを知ることもない。
 さて……」

 

「家族を失った子と、知らない子……」

 

 

「どっちが幸せで、どっちが不幸なんだろうね……」

 

 

 その問いに――誰も答えることはできなかった。


次回予告
 
イクト 「今日も一日事件もなし。
 平和でいいことだな」
マスターコンボイ 「果たして、『平和』と言えるのか……?」
イクト 「………………?」
   
ブレード 「ぅおぉらぁっ!」
なのは 「に゛ゃあああああっ!?」
スバル 「なのはさん!?」
ブレード 「でぇりゃあっ!」
スバル 「のわぁぁぁぁぁっ!?」
   
マスターコンボイ 「平和な分、アイツが模擬戦で暴走してるんだが」
イクト 「……あのバカ……! 最近出番がないと思ったら……!」
マスターコンボイ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第52話『優しい亀裂〜ずっと一緒にいたいから〜』に――」
マスターコンボイ&イクト 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/03/21)