「…………行くのか?」
「とーぜん」
 早朝、108部隊隊舎――まだ陽も昇る前、薄暗い隊舎の前で、ジュンイチはホクトをおぶった状態でそう答えた。
「ホクトも復活して、ここに居座ってる理由もないからなー」
 そう告げるジュンイチの背中で、ホクトは時間が時間のため、ぐっすりと眠っている――人目につかないうちに姿を消そうと考えたからこそのこの時間での移動。“睡眠”を最大の回復手段としている彼女には正直悪い気がしないワケではないが、あくまで“気がする”だけなので容赦なくこのまま出て行くつもりだ。
「というか、ここにゃはやて達とかも来るんだから、さっさと消えなきゃアイツらとのエンカウント率跳ね上げるだけでしょうが。
 エンカウント率低いままでいいんだよ――オレははぐれメタルでいたいんだよ。ただのスライムなんか興味ないんだよ」
「お前はどー考えてもラスボスだろうが。りゅうおうとか」
「『1』が例に挙がるあたり、世代だよねー」
 こちらのネタ振りにあっさりノッてきたゲンヤに答えると、ジュンイチはホクトを背負い直し、
「じゃあ、オレはこのまま消えるけど……ひとつだけ忠告」
「何だ?」
「機動六課の設立の“裏事情”……オッサンも知ってるよな?」
「…………あぁ」
 後見人にこそなってはいないが、自分も六課の立ち上げには少なからず関わったひとりだ――はやてから聞いた“事情”を思い返しつつ、ゲンヤはジュンイチの問いにうなずいた。
「どーせオッサンのことだから、“本番”の時には六課の応援に……とか考えてるんだろうけど、残念ながらそれはあきらめた方がいい。
 たぶん……いや、絶対に助けに行けないから」
「どういうことだよ?」
「何、簡単な話さ」
 聞き返すゲンヤに答え――ジュンイチは告げた。

 

「オレが犯人側なら、絶対にそんなこと許さないからだよ」

 

 


 

第52話

優しい亀裂
〜ずっと一緒にいたいから〜

 


 

 

「じゃあヴィヴィオ、行ってくるね」
「行ってきます」
 制服をピシッ、と着こなし、出勤準備完了――そろってヴィヴィオに出かけるあいさつをするなのはとフェイトだったが、
「うぅ〜……」
 当のヴィヴィオは置いてきぼりが不満なのか、思いっきりふくれっつら面である。
「アイナさん、ヴィヴィオをよろしくお願いします」
「はい。
 ほら、ヴィヴィオ――なのはママ達に『いってらっしゃい』って」
「うぅ〜……」
 なのはに相手を任されたアイナにうながされても、ヴィヴィオの機嫌は直らない。それどころか、なのはのすそにひしっとしがみついてしまう。
「あー、こら、ヴィヴィオ……」
「ダメだよ、ヴィヴィオ。
 なのはママ、お昼には帰ってくるから。ね?」
 なんとか説得しようとするフェイトだったが、ヴィヴィオはなおもぐずるばかりでなのはを捕まえる手を放そうとはせず――
「おはよう……ございます……」
 スバルを先頭にフォワード陣がやってきたのは、ちょうどその時だった。あいさつしようとしたスバルだったが、目の前の光景にその声も尻すぼみになってしまう。
「何ナニ? “また”?」
「あー、うん……」
 そんなスバルの後ろから顔を出し、アスカがヴィヴィオを指さしながら尋ねる――うなずき、なのははヴィヴィオの頭をなでてやる。
「あはは、さすがのなのはちゃんも、ヴィヴィオが相手じゃ形無しだね」
 そんななのはの姿に苦笑すると、アスカはヴィヴィオの前にしゃがみ込み――
「――えいっ♪」
「ひゃあっ!?」
 まさに一瞬の早業――自分に気づいたヴィヴィオの手から力の抜けた一瞬のスキを見逃さず、アスカはヴィヴィオをなのはから引きはがし、自分の腕の中に招き入れていた。
「やーっ! マーマー!」
「ダメだよ、ヴィヴィオ」
 すぐになのはの元に戻ろうと腕の中でもがくヴィヴィオだが、アスカはそんなヴィヴィオに優しく告げた。
「そんなになのはママにベッタリだと、ヴィヴィオと仲良くしたい他のみんなが寂しいよ?」
「みんな……?」
「うん。
 スバルお姉ちゃん、ティアナお姉ちゃん、エリオおにいちゃん、キャロお姉ちゃん……他にもヴィヴィオと仲良くなりたい子はいっぱいいるんだよ。
 なのに、ヴィヴィオがなのはママにくっついてばっかりじゃ、みんなヴィヴィオと遊べないでしょ?」
 聞き返すヴィヴィオに笑顔で答え――アスカは視線で傍らに控えていたアイナを促した。その意図を読み取ったアイナもヴィヴィオの前にしゃがみ込み、
「そうよ、ヴィヴィオ。
 私だって、ヴィヴィオと仲良くしたいのよ?」
「だから……ね?
 なのはママとだけじゃなくて、みんなとも、仲良くしてくれないかな?」
「…………うん……」
 アイナの援護を受けたアスカの言葉に、ヴィヴィオはようやく納得した。緩めたアスカの腕からスルリと脱出すると、アイナが差しのべてきたその手を握る。
「えっと……ごめんね、アスカちゃん」
「なんのなんの。
 新米ママさんには荷が重いだろうからねー。このくらいのことは喜んで引き受けてあげるよ♪
 ……でも、最終的には自分であしらえるようには、なってもらわないとね」
「うぅ……精進します……」
 最後にチクリと釘を刺すアスカの言葉に、なのはは思わずシュンと肩を落とす――どちらが教官でどちらが教え子かわからないその光景に、フェイトは思わず苦笑するのだった。
 

 ともあれ、納得したヴィヴィオとアイナに見送られ、なのは達はそろって隊舎に出勤である。
「まったく……みんなもわざわざ毎朝様子を見に来なくてもいいのに……」
「あー、その……何て言うか……」
「その……なんかおもしr……もとい」
「何か手伝えることがあるかな、って……」
「一応、待機を……」
 そう答えるのはスバル達フォワード基本メンバー4名――うっかりティアナがもらしかけた本音は、幸いなのはの耳には入らなかったようだ。
「フェイトちゃんも難儀だねー。
 エリオくん達の世話をしてきた経験があるとは言え、新米ママさんのフォローは大変でしょ?」
「私はそんなに……
 やっぱり、ヴィヴィオが本当のママだと思ってるのは、なのはの方みたいだから」
 尋ねるアスカにフェイトがそう答えると、
「ほほぉ……
 つまり、貴様はヴィヴィオにしがみつかれて困っているなのはの苦労を肩代わりしてやることもせず、高みの見物としゃれ込んでいたワケか」
「い、イクトさん……その言い方はイヂワルです……」
 むろん本心からの言葉ではないだろうが、彼の場合、本当にたまにしかこういうジョークを言わないから完全に不意打ちをくらってしまう――軽く笑みを浮かべながらからかうイクト(実は先のやり取りもスバル達の後ろからしっかり見ていた)の言葉に、フェイトは軽く頬をふくらませて抗議の声を上げる。
「でも……やっぱりヴィヴィオにとって、一番はなのはさんなんですね……」
「『フェイトママも好きー♪』って、言ってましたけどねー」
「そ、それはそれで、うれしいんだけど……」
 キャロとスバルの言葉にフェイトが照れていると、ふと思いついたティアナが少しばかりイジワルな笑みを浮かべ、
「まぁ、ヴィヴィオがあんまりフェイトママのことを『好き好き、大好きー♪』だと、どこかのちびっ子二人が嫉妬するかも知れないしねー♪」
『えぇっ!?』
「あー、ちょうどよかったのかなー♪」
 どこかわざとらしいティアナのその言葉に驚く二人を見て、ティアナの意図に気づいたスバルも楽しそうに話に加わってくる。
「べ、別に嫉妬なんかしませんよ」
「子供じゃないんですから……」
「いや、十分子供でしょ」
 一方、当のエリオとキャロは案の定食いついてきた――ムッとして答える二人の言葉にアスカがツッコむと、
「…………テスタロッサ?」
「え? あ、はい?」
 そんなスバル達――中でもエリオやキャロの様子を、フェイトはどこか複雑そうな表情で見つめていた――イクトに声をかけられ、ふと我に返って声を上げる。
「どうした? いきなり黙り込んで」
「あ、いえ……
 大丈夫です。なんでもありませんから……」
 尋ねるイクトに答え、フェイトは歩調を早めて一足先に隊舎へ――そんな彼女に置いていかれる形となり、イクトは思わずなのはと顔を見合わせるのだった。
 

「レリックの出現は、あれからまったくなしか……」
「ガジェットは時々、姿を現してはすぐに消えてるだけ……
 例の召喚師や仲間のゴッドマスター達の反応も出てきません」
「ディセプティコンや瘴魔も最近パッタリ見かけませんし……
 唯一活発なのは、ユニクロン軍とカイザーズくらいですか……地球でしょっちゅうぶつかってるみたいです。
 ただ、こっちも“レリック”の関連は確認されていません」
 一方、こちらは部隊長室――朝一番で上がってきた交代部隊の報告書に目を通してつぶやくはやての目の前で、ルキノやアルトもまた、報告のために持ってきた夜間のサーチデータを確認してそう答えた。
「静か……っちゅうワケやないけど……なんちゅうか、こう着状態やな……」
「大きな動きの前兆でしょうか……」
「このままフェードアウトしてってくれれば、それに越したことはないんやけどな……そうもいかんやろ」
「ですね……」
 ルキノに答えるはやてにアルトが同意すると、はやては手元のウィンドウを閉じ、
「まぁ、動きが止まってる今のうちに、捜査担当はガンガン捜査を進めてもらって、その分、隊舎と前線メンバーは、多少の休みも取ってもらおう」
「あ、そうだ……」
 そのはやての言葉に“そのこと”を思い出した。ルキノはちょうどいいとばかりにはやてのデスクにデータを転送。改めて展開されたはやてのウィンドウに問題のデータが表示された。
「これ、新しいオフシフトのプランです。
 前線は、訓練と警邏けいら業務以外、なるべくオフにしてあります」
「ふーん……うん。これでえぇやろ」
 ルキノの言葉を聞く一方で内容を確認。現状と照らし合わせて適切かを判断した上で、はやてはルキノにOKを出した。
「おおきにな、アルト、ルキノ。
 二人も忙しいと思うけど……しっかり休んでな。
 それぞれの将来のための勉強も、ちゃんとせなあかんしな」
「ありがとうございます。
 大丈夫ですよ、私達なら」
「ちゃんと合間を見て、休んだり、勉強したりしてますから」
「そっか」
 答える二人の言葉に微笑むと、はやてはふと気づいて二人に告げた。
「そういえば、言ってへんかったけど……私は今日も午後から外回りや。
 副隊長ズとリインを連れてくから、その間は……」
「はい。
 緊急時は、なのはさん達分隊長のみなさん、イクトさん達や……」
「グリフィスさんの指示で。
 それ以外の時は、適当にやっておきます♪」
「その意気や。
 肩肘張りっぱなしも疲れるし、けじめをしっかりつけて、緩められる時は緩めとき。
 ほな、よろしくね」
「はい」
「失礼します」
 改めてはやてに一礼し、アルト達は部隊長室を後にした。
「ふー、まずは一段落……
 給湯室でお茶入れて、一休みしよっか♪」
「さんせー♪」
 息をつき、提案するルキノの言葉にアルトも同意。二人はその足で給湯室へと向かい――
「あぁ、二人とも。おはよー♪」
『って、ライカさん?』
 そこには意外な“先客”が――今まさに自らお茶を淹れようとしていたライカにあいさつされ、二人は思わず声を上げた。
「ライカさん、なんでこんな朝早くから?」
「非正規隊員ですから、夜勤とか、ないですよね……?」
「んー? 違う違う。
 ちょっと、昨日書類を残しちゃってたからね……早出して仕上げてたの。
 で、それも終わってグリフィスへの提出もOK出て、一休みしよー、と思ってここに来たところで、ちょうどアンタ達が来た、と、そーゆー流れ」
 尋ねるアルトとルキノに答え、ライカは手元の紙箱をのぞき込み、
「で……二人も休憩?
 だったら一緒にどう? お茶菓子も数に余裕あるし」
「いいんですか?」
「もち。
 ってゆーか、ひとりでお茶飲んでもつまんないしね。むしろcome hereよ」
 思わず聞き返すアルトにあっさりと答え、ライカは食器棚から人数分の皿やカップを取り出し始め、
「あわわ、ライカさん!」
「そのくらいは私達がやりますから!」
 はるか格上の彼女にそんなことをさせては申し訳ないと、アルトとルキノはあわてて作業に加わるのだった。

「……しっかし、八神部隊長といい、なのはさんとフェイトさんといい、ウチの隊長達はいろいろすごいよねー」
 湯飲みに注がれたお茶をすすり、アルトがそうつぶやいたのは、お茶菓子としてライカが用意していたまんじゅうが半分ほどその数を減らした頃のことだった。
「ちょっとちょっと、あたし達はすごくないっての?」
「あ、いや……ライカさんやイクトさんは別格じゃないですか」
 自分の名前が挙がらなかったことに口をとがらせるライカに対し、アルトはあわてて弁明の声を上げる。
「ライカさん達の精霊力や瘴魔力って、魔力、霊力、気を全部ひっくるめてるじゃないですか――三つの力を全部引き出してるって時点で、もうすでに魔導師よりも高出力なんですよ。
 その上、さらにそれを統合して出力上げてるから……」
「一番下のノーマルランクでも魔導師で言えばニアSランク級、なんて、ねぇ……」
「まぁ、そりゃそうなんだけどね……」
 アルトや、彼女に続くルキノの言葉に、ライカは苦笑まじりに肩をすくめてそう答える。
「でも、魔力だけを見ると、実際のところ意外と大したことないのよ。
 “ノーマル”の中でも一番魔力の強いファイで、魔力単体でBランク相当、“コマンダー”のあたしでA……“マスター”ランクの平均がAAA+で、一番魔力値の高いジュンイチでようやくS+なんだから。
 あー、ちなみにイクトはSランク相当ね」
 そう言って、ライカは自分の茶をすすり、
「で? 何でいきなりそんな話を?」
「あ、えっと……
 『私達と、そんなに歳は変わらないのに……』と思って」
「さっきのアンタの『別格』発言、そのままアイツらに適応しなさい。
 それで万事丸く収まるから」
「丸い……ですか? それ」
 あっさりとライカが即答する――となりでルキノが首をかしげるが、そちらは軽くスルーしておく。
「で……私達はどうなのかな?って。
 こないだ、スバル達とも話してたんですけど、私達がこれから先、経験とか積んで、昇進していって……でも、私はなんか、人の上に立ってる、っていうヴィジョンが浮かばないんですよね」
「まぁ、言えてるねー」
 アルトの言葉に、「そうそう」と同意してきたのはルキノである。
「私もアルトも、進路が専門職だもんね。
 後輩はできても、部下はできないし」
「うん……
 でさ、スバルなんかは、順当に行けば何年後かには班長とか分隊長になってるだろうし」
「でしょうね」
「ティアナも執務官試験受かれば、副官とかつくだろうし」
「そうね」
「アスカさんも、このまま“古代遺物ロストロギア”の研究に携わっていけば、博士号のひとつも取れるんじゃないかな?」
「うーん……」
 順当にアルトの言葉に相槌を打っていたライカだったが、アスカの話になった途端に顔をしかめた。アルトとルキノが思わず顔を見合わせるが、疑問の声が上がるよりも早くアルトに尋ねる。
「でもさ、その流れでいくと、エリオやキャロはどうだったの?
 あの二人から、局でやりたいことがある、って聞いた覚えがないんだけど」
「そうなんですよ。
 その時も、『エリオもキャロは、ぜんぜん想像つかないね』って話になって」
「そうだね。
 あの子達は、局員として昇進したい、とかじゃないだろうし」
 アルトの答えにルキノが笑いながら答えると、ライカは天井を仰いでしばし考え、
「……やっぱり、あの二人はフェイトのそばにいたいから、なんでしょうね」
「うーん……機動六課に配属希望出したの、それもあると思いますよ」
「もちろん、それが通ったのはフェイトさんの私情、とかじゃなくて、能力的に六課のプランと適合したから、っていうのが大きいと思いますけど……」
 ライカの言葉にアルトとルキノは順番にそう答えてくる。
「結局、二人とも執務官補佐、って方向には進まなかったワケだし」
「フェイトさんのそばにいたいだけなら、それが一番だもんね」
「実際、自分の子供とか、家族を副官にしてるパターンとか多いしね」
「そっか……
 リイン曹長とかも、ある意味そんな感じだもんね」
 互いにそう自分達の意見を確認し合うアルト達だったが――
「ふーん……」
 ライカは何やら腑に落ちないようだ。難しい顔で考え込んでいる。
「……ライカさん?」
「ん?
 あぁ、気にしないで。ちょっと今の話で思うところがあっただけだから」
 首をかしげるルキノにあっさりとそう答えるライカだったが――
(そう……エリオとキャロは、自分達から志願して、六課への配属を希望した……それはいい)
 その裏では、しっかりと今の話題に対する“推理”を続けていた。
(でもって、二人が六課のプランに適合したから採用が決まった……これも異論はないわ。実際フォワード要員として優秀だし。
 ただ……)
 彼女が疑問に思うのは、もっと根本のところ――
(二人は、六課設立の話を聞いて、自分達の意志で配属を願い出たけど……そもそも“どうやって六課設立のことを知ったの?”
 自然保護区で局員やってたキャロはまだわかるけど……エリオは魔法の指導こそ受けていたし、本局で暮らしてたけど……当時はあくまで保護施設暮らし。
 いくら当事者の身内だからって、“新部隊の設立”なんて重要な話がホイホイ舞い込んで来るような環境じゃない……)
 そう考える中、真っ先に挙がるのはあらゆる理不尽を覆してしまう“あの男”の存在――
(まさかとは思うけど……“仕組んだ”んじゃないでしょうね、ジュンイチのヤツ……
 あの二人とも、それぞれ面識があるらしいし……)
 本人に会った際、問いただすべき事項がまた増えた気がするが――あまりこちらに思考を割いているとアルト達が不審に思いかねない。この問題は後でじっくり考えようとライカが考え事を切り上げると、
「そうそう、そういえば……」
 考え込むこちらの様子に、向こうも話題を変えるべきだと思ったのだろう。わざとらしい明るい声で、ルキノがライカに声をかけてきた。
「家族って言えば……ライカさんの家がすっごいお金持ちってホントですか?」
「ウチ?
 んー、まぁ、金持ち、って言えば金持ちかな?
 ただ……」
 ルキノの言葉に答え、ライカは考え込むようなそぶりを見せ、
「ウチは本質的には商家だからねぇ……やたらと事業の規模がデカイ、ってだけで。
 資産のほとんどが事業の運転資金としてフル活用状態。実際の生活費用って意味じゃ、意外と生活は質素なもんよ?」
「はぁ……そういうモンですか……」
「そそ。
 他のセレブさん達はともかく、商売命のお金持ちさんってのはそーゆーモンよ」
 納得するルキノに答え、ライカは逆にルキノに聞き返した。
「そーゆールキノは?
 やっぱ、局員一家だったりするの?」
「ウチですか?
 両親兄弟、じいちゃんばあちゃんまで健在で……その内私とじいちゃんだけが局員です」
「あー、兄弟がいるんだ」
「そういえば、ライカさんはひとりっ子だったんですよね?
 ウチは三人兄弟で……私は真ん中です。
 そういえば……アルトも真ん中だったよね?」
「うん。
 兄、兄、私、弟……」
 ルキノに答え、アルトが指折り数えながら兄弟を挙げていき――
「――ぶっ!」
 話を振った張本人がいきなり吹き出した。何事かとアルトやライカが注目する中、ルキノはなんとか落ち着いて口を開く。
「そうだそうだ……
 アルト、そういう環境で育ったから、7歳くらいまで自分が男の子だと思ってたんだよn――」
「わあぁぁぁぁぁっ!」
 そんなルキノの口から出てきたのは、アルトにとっては穴を掘って埋めたい過去――大声を上げ、アルトはあわててルキノに待ったをかけた。
「る、ルキノ!?
 なんで知ってるの!?」
「ヴァイス陸曹と、整備部の子達に」
 あっさりとルキノは即答してくれた。
「そんで、7歳の時、学校のトイレで――」
「あぁぁぁぁぁっ!」
 ルキノに皆まで言わせず、アルトは素早く彼女の口をふさぎ――ぎぎぎぃっ、と擬音がつきそうな動きでライカへと向き直り、
「え、えっと……ライカさん?
 できれば、この件に関するツッコミは……」
「うん。わかってる。
 問いたださなきゃいいんでしょ?」
「はい!」
 答えるライカの言葉に、アルトはコクコクとうなずいてみせて――
「もう知ってるから聞くまでもないし」
 後に続いたその言葉にピシリと硬直した。
「ひ、ひょっとして……ライカさんもヴァイス陸曹から?」
「ううん」
 恐る恐る尋ねるアルトだったが、ライカはフルフルと首を左右に振ってみせる。
「ひとり忘れてない?
 最近アイツにベッタリで、こーゆー話題が大好きっぽい子のコト」
「あー……アスカさんですか」
 心当たりに思い至り、納得するルキノに、ライカは無情にもうなずいてみせる。
「他にも、あの子が集めてきた話だと……」
「え? 何ですか、何ですか!?」
「わぁぁぁぁぁっ!」
 自分の記憶の中から“アスカ情報”を引っ張り出しつつ告げるライカに、ルキノがすかさず食いついてきた。そんな二人を止めようと大声を上げるアルトだったが――そんな彼女の奮闘もむなしく、給湯室ではしばらくの間、アルトの“恥ずかしい過去”が延々と暴露され続けることとなったのであった。
 

「ゥオォラァッ!」
 気合よりも喜悦が多分に込められた咆哮と共に、刃が振り下ろされてくる――後方に跳んだロボットモードのマスターコンボイの目の前で、ブレードの振り下ろした斬天刀が大地を粉々に撃ち砕き――
「でやぁぁぁぁぁっ!」
「おせぇっ!」
 そこへスバルが飛び込んできた。繰り出されたリボルバーナックルの一撃を力任せに引き戻した斬天刀で受け止め、そのまま弾き返す。
「へっ、どうしたどうした! そんなもんかよ!?」
「さすが……なのは達が一目置くだけのことはあるな!」
「剣術オンリーのルールだと、ジュンイチさんでも半殺し寸前まで追い込まれますしね!」
 楽しそうに言い放つブレードの言葉にうめき、スバルとマスターコンボイは一旦合流し、改めてブレードと対峙する。
「で? ヤツを以前から知る者として、対策は?」
「作戦立てたって通用しません!
 どーせ力ずくで破られます!」
 尋ねるマスターコンボイだったが、スバルはキッパリとそう答えた。
「ここはやっぱり――」
「正面突破だな!
 むしろそっちの方が大歓迎だ!」
 スバルの言葉にうなずき、マスターコンボイは彼女と視線を交わし――
『ゴッド、オン!』
 咆哮と共に“力”を解放――二人がひとつの身体に宿り、マスターコンボイ・ウィンドフォームが六課訓練場に降臨した。

「いよいよスバル達も全開だね……」
「ブレードを相手に、たった二人でゴッドオンなしで5分……よくもった方だな」
 その光景を、なのは達は待機スペースで見守っていた――つぶやくなのはに、「午前中の訓練くらいは」と立ち会っているヴィータが相槌を打つ。
《うぅ……スバル、大丈夫かなぁ……?》
「やっぱり、オレも行った方が良かったんじゃねぇか?」
「仕方ないでござるよ。
 今回の模擬戦は、あくまでマスターコンボイ殿がブレード殿と戦うことを所望し、スバル殿はその手助けとして名乗りを上げたワケでござるから……」
「ロードナックルが出ていって、“マスターコンボイとスバル&ロードナックル”の構図にしては、マスターコンボイの希望に添えないというものだ」
 不安げにつぶやく弟に同意するロードナックル・クロだが、そんな彼をなだめるのはシャープエッジとジェットガンナーだ。
「ま、いいんじゃないの? ボクらはここで見学ってことで。
 いやー、めんどくさくなくていいねー♪」
「……少なくともおめーはあそこに放り込んだ方が良かったかもな」
 相変わらずモノグサ全開な発言をかましてくれるアイゼンアンカーをにらみつけると、ヴィータは軽く息をつき、
「しっかし、ブレードとやり合いたがったマスターコンボイにスバルがサポートを申し出た時はどうなることかと思ったけど……」
 つぶやき、ヴィータはブレードに向けて拳を――その両腕に装着したアームブレードモードのオメガをかまえるスバルとマスターコンボイへと視線を向けた。
「余計な心配だったな。
 むしろ、いつもよりも息が合ってやがる……」
「うん。
 マスターコンボイさんは相変わらずだけど、スバルがうまくそれに合わせてる……」
 ヴィータの言葉になのはが同意すると、
「気遣ってるのかもねー、マスターコンボイのこと」
 そんな二人に、なぜか小声でそう告げたのはアスカだった。
「『気遣ってる』……?」
 首をかしげるなのはに、アスカはサムズアップした右手で自分の後方をクイクイと指し示し――見れば、ティアナやエリオ、キャロもまた、心配そうに模擬戦の様子を見守っている。
「…………何しやがった?」
「こないだ、みんなにちょっとした謎かけをね」
 会話の流れから、彼女が“仕掛け人”であることは容易に想像がつく――ジト目で尋ねるヴィータに答え、アスカは先日スバル達と交わした会話をなのは達にも語って聞かせた。
「『家族を失った子と、知らない子』……」
「『どっちが幸せで、どっちが不幸なのか』……か?」
「そ。
 ちなみに……二人はわかる?」
 聞き返すアスカに対し、なのはとヴィータは思わず顔を見合わせる。
「……って、おめーはわかるのかよ?」
 自分の結論が出なかったのをごまかすように声を上げるヴィータだったが、アスカは笑いながら肩をすくめ、
「ハッキリした答えを出そうとするから、そうやって困ることになるんだよ。
 結論から言えば、答えなんかないんだよ――そもそも“どう不幸なのか”、その定義が違うんだもん。一番の土台からして違うんだから、どっちがどっち、って比べられる問題でもないでしょ。
 それに……何より当人達がそれを『不幸だ』って思ってなきゃ、不幸としての定義自体が成り立たない――違う?」
「じゃあ、どうしてそんなこと言ったの?」
「考えてほしかったんだよ――“家族”ってヤツをね」
 尋ねるなのはに、アスカはあっさりとそう答える。
「他のみんなはともかく、フォワード陣ってその辺複雑な事情を抱えてる子ばっかりじゃない――だから、今回の話をちょうどいい機会として、ちょっとその辺りを思い返してほしかったの。
 そこからどういう結論に行くかはそれぞれしだいだけど……自分達が今願ってることは、そういう経験があったからこそのものなんだ、って……そうやって自分達の原点に返ることは必要でしょ? “いつも”じゃなくてもいいけど……時々くらいは、ね。
 で、マスターコンボイのことがちょうどよく浮上してきたから、いい機会だと思ってさ」
「そういうことかよ……
 ったく、自分も教わる側だってのに、ホントそーゆートコで気が回るよな」
「ごめんね、アスカちゃん。
 ホントなら、そういうフォローは私達がしなきゃいけないのに……」
「フォローがいるところをフォローする。そこに立場の違いなんて些細な問題でしょ? 気にしなくていいよ」
 苦笑するヴィータとなのはの言葉に、アスカは笑いながらそう答えると模擬戦場へと視線を向けた。
「それより……今はあっち、でしょ?
 なんかいい勝負しそうじゃない――見逃すと、後悔するかもよ?」

「へっ、ようやく本気かよ」
「そういうことだ。
 待たせてすまなかったな――何分こちらもスロースタータなのでな」
「ぜんぜんそう思ってねぇクセに、よく言うぜ」
 ゴッドオンを完了、戦闘準備の整ったこちらに対し、斬天刀を肩に担いだブレードが嬉々として声をかける――互いに軽口を叩き合い、それぞれに獲物をかまえる。
「スバル・ナカジマ――今回は完全に引っ込んでいてもらうぞ。
 悪いが、コイツとはとことんやり合ってみたい」
《わかってるよ》
 自身の内面――“裏”側に下がっているスバルに告げるマスターコンボイだったが、当のスバルはあっさりとそう答える。
《あたしは今回、最初っから裏方に回るつもりだったし。
 サポートはバッチリしてあげるから……思う存分やっちゃえ!》
「言われるまでもない!」
 告げるスバルに答えると同時――マスターコンボイは地を蹴り、ブレードに向けて突撃をかけた。
「おぉらぁっ!」
「なんの!」
 当然、ブレードも嬉々として斬りかかってくる――腕に装着された、装着型のブレードに変形したオメガを一閃、右腕のそれでカウンターを狙ったブレードの一撃を受け止める。
「さすがにこいつぁ止めやがるか!
 だがな――まだまだ続くぜ!」
 そんなマスターコンボイに対し、ブレードは嬉々として跳躍、マスターコンボイの頭上から斬天刀を振り下ろす――斬撃を叩きつける反動で自らを空中に留め、防御を固めたその上から何度も力任せに斬りつけられ、さすがのマスターコンボイも顔をしかめる。
「くぉ……っ、のぉっ!」
 トランスフォーマーと人間の体格さ、そんなものは関係ない。このままでは確実に押し切られる――ブレードの実力を垣間見、マスターコンボイは戦慄と共にブレードを強引に押し返した。距離を取り、距離を取ってかまえ直す。
「何なんだ、ヤツは……!
 このオレが、先手を取れないだと……!?」
 ブレードの実力も十分に脅威だったが、それ以上に先に一撃を入れてやろうと意気込んでの突撃を力任せに押し返されたことに対する衝撃の方が大きかった――突撃に失敗したその事実に、マスターコンボイはしびれの残る右腕を振り、
「…………『様子見』とか『実力を見極める』とか……そんな考えは捨てるべきか。
 スバル・ナカジマ! イグニッションだ!」
《もうですか!?》
「それだけの価値がある相手と見た。
 単なる興味で挑んだ非礼のわびも込めて――全力のディバインテンペストで一気に叩く!」

「《フォースチップ、イグニッション!》」
 スバルとマスターコンボイの咆哮が交錯し――二人のもとにセイバートロン星のフォースチップが飛来した。そのまま、マスターコンボイのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
 それに伴い、マスターコンボイの両足、両肩の装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
 二人に告げるのはトランステクターのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
 Final break Stand by Ready!〉

 強烈なエネルギーが周囲で渦巻く中、制御OSが告げる――身がまえた二人の目の前に環状魔法陣が展開され、その中央、そして同時に右拳にも魔力スフィアが形成される。
 そして、右腕のエネルギー加速リング“アクセルギア”が装着されたオメガのブレードもろとも高速回転、発生したエネルギーが右拳のスフィアにまとわりつき、その周囲で渦を巻いていく。
 そして、マスターコンボイは右拳を大きく振りかぶり――
「猛撃――」
《必倒ぉっ!》

「《ディバイン、テンペスト!》」

 右拳を環状魔法陣中央のスフィアに叩きつけた。二つのスフィアの魔力エネルギーが炸裂、強大な魔力の奔流となってブレードに襲いかかり――
「おぉらぁっ!」
 それに対し、ブレードは真っ向から応じた。力いっぱい斬天刀を振るい――そこから放たれた“力”の刃の群れが、ディバインテンペストの魔力流に向けて飛翔する。
 むろん、それでディバインテンペストが止められるはずもないが――“散らす”には十分すぎた。光刃の群れは次々にディバインテンペストの魔力流をかき分けていき、ブレードに届く前に霧散させてしまう。
《ウソッ!? あたし達のテンペストが!?》
「チッ、そういう止め方で来るか……」
「てめぇらの砲撃、“魔力砲”って呼び方をしちゃいるが、実質的には炸裂性を負荷した魔力を固めもしねぇでぶちまけるパターンが主流じゃねぇか。高町六女なのはのエクセリオンバスターなんかがそのいい例だ。
 単なる魔力の流れなら、かき分ける程度は難しい話じゃねぇ」
 驚くスバルやうめくマスターコンボイに対し、ブレードはそう答えて斬天刀をかまえ――
「………………ん?」
 不意にマスターコンボイは自分の右手に起きている“それ”に気づいた。
 ディバインテンペストの余韻か、魔力の残滓がくすぶり、パチパチと火花を散らしている――それ自体も今までに見られなかった現象だったが、
(なんだ……? この魔力光の色は……)
 その魔力の色は、自分の青紫色でも、スバルの空色でもなかった。
 それどころか、火花が散るたびにその色を変えている。まるで――
(…………虹色……?)
 そうたとえるのが一番しっくり来る。思わず胸中で眉をひそめるマスターコンボイだったが、
「どうした――こんな時に考え事かよ!?」
 そんな彼らに、ブレードは遠慮なく斬りかかってきた。マスターコンボイもすぐに意識を切り換え、それに応じ――模擬戦がマスターコンボイ達の敗北で終わる頃には、そんな異変のことなどきれいさっぱり忘れ去っていた。
 

「…………っと、お昼か……」
「だな」
 それから小一時間、舞台は再び部隊長室――昼休みの開始を告げる鐘を聞き、はやてとビッグコンボイは息をついて端末を落とした。
「ほな、移動開始しよか?
 ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ……準備はえぇか?」
「はい。
 スターセイバー達も、すでに外でスタンバイしています」
 一同を代表してはやてに答えるのはシグナムだ――それぞれに時間を見計らい、つい十数秒前に顔をそろえたばかりの守護騎士達ははやての前に集合し、
「それに……リインも」
《お待たせですー♪》
 向かってくる気配に気づいたはやての言葉と同時、リインが部隊長室に飛び込んでくる。これにて守護騎士ヴォルケンリッター、全員集合である。
「私は聖王教会久しぶりね」
「あたしもあんまり行ってないなー」
「シグナムは“またまた”ですね♪」
「このメンバーの中では、主はやてに次いで訪問しているからな」
「そうだな……」
 聖王教会にはしょっちゅう出向いている者もいれば、ほとんど出向いていない者もいる――はやてを先頭に移動する中、シャマルとヴィータがつぶやき、それを聞いて話を振ってきたリインとザフィーラにシグナムがうなずいてみせる。
「シグナムは仲良しのシスターシャッハがいらっしゃるもんね」
「仲良しか……
 確かに良くしていただいてはいるが……」
「模擬戦やって楽しい相手なんだから、“仲良し”でいいだろ?」
 “仲良し”という表現を使うような関係とはどこか違うのだが――シャマルの言葉に眉をひそめるシグナムだったが、そんな彼女に答えるのはヴィータである。
「シスターシャッハもたいがいガチンコ好きだし」
「安い物言いをするな。失礼な」
 ケタケタと笑いながら告げるヴィータをシグナムがたしなめると、
「シグナムの言う通りだぞ、ヴィータ」
 そんなシグナムに同意し、ビッグコンボイは息をつき――
「本当の“ガチンコ好き”というのは――ブレードのように敵味方かまわず強いヤツと見るや否や問答無用でぶった斬りに来るヤツのことを言うんだ」
「…………そーいや、ウチのTF組で真っ先に斬られたの、お前だったよなー」
「……人間組ではお前だがな」
 八神家の中で、ブレードに対しては自分達がある意味最初の被害者だ――“同類”として同情の視線を向けてくるヴィータに、ビッグコンボイはため息まじりにそう答えた。
 

「八神部隊長や副隊長達もお出かけなんですね……」
「うん。聖王教会だって」
 はやて達はビークルモードのスポーツカー形態となったアトラスで移動、スターセイバー達がビークルモード、ビーストモードにトランスフォームしてその後に続く――隊舎から出てきたところでちょうどその後ろ姿を見かけ、つぶやくエリオにはシャリオが答える。
「また、教会の人達と会議なのかな……?」
「だとすれば、拙者達が手伝える問題ではござらんな……」
「そーそー」
 首をかしげるキャロにはシャープエッジが答え、アイゼンアンカーも自分の合体用ビークル、ブルーアンカーとグリーンアンカーを呼び出しながらそう続ける。
「ボクらはボクらで、ボクらにできることをやってればいいんだよ。めんどくさくない程度にね」
「またアイゼンアンカーはそーゆーコト言う……」
「でも事実でしょ?」
 眉をひそめるジャックプライムにもアイゼンアンカーはあっさりとそう答え――
「さて、こっちもお出かけだよ」
「近隣の捜査部回りと、警備打ち合わせだ」
 そんな一同に対し、空気を引きしめるようにフェイトとイクトがそう告げる。
「隊舎の方はなのはやスターズが残ってるし、こっちは捜査関係。
 二人とも、今後の勉強って意味でもちゃんと見てるんだよ」
『はい!』
 告げるフェイトに、エリオ達は元気にうなずき――ふと思い出し、キャロはエリオに声をかけた。
「そういえば……ヴィヴィオ、今頃なのはさんとお昼食べてる頃かな……?」
「そうだね……」
 今日の仕事が外回りでさえなかったら一緒に昼食をとれたのだが――ほんの少しだけ残念がり、エリオとキャロはフェイト達の後に続いて歩き出した。
 

「あー……むっ」
 訓練中は模擬戦場を見渡すために使われる待機スペースだが、隣接する湾内を一望できるその見晴らしの良さから、六課の隊員が外で食事をとる際はよく利用されている――待機スペースのベンチに腰かけ、ヴィヴィオはなのはの手製のサンドイッチにかぶりついた。
「おいしい?」
「うん!」
「あー……ほら、ついてる」
 笑顔でうなずくヴィヴィオだが、その頬にはかぶりついた際に飛んだと思われるパンくず――苦笑し、なのはは人さし指でそれを取ってやる。
「……なんか……入りづらいね……」
「そ、そうね……」
「だから言ったんだ。
 ムリに同席せずに、素直に食堂で食べていればいいものを……しかもオレまで引っ張り出しおって」
 一方、そんな二人の間に漂う空気を前に、身の振りように困っているのはスバル達――少し離れたベンチで自分達の分のサンドイッチをかじりながらつぶやくスバルやティアナに、ヒューマンフォームのマスターコンボイは不機嫌そうにそう答え、
「まーまー、マスターコンボイ様」
「こーゆートコでのメシってのも、なかなかオツなんだな」
「……その気楽さよりも、なぜ当然のように貴様らがこの場に加わっているのかについて、まず問いただしたいんだがな、オレは」
 そんな彼をなだめるガスケットとアームバレットの言葉に、マスターコンボイは改めてため息をつく。
 と――
「………………?」
 ヴィヴィオがそれに気づいた。なのはの脇に置かれた魔法瓶を指さし、
「ママ、これなーに?」
「あぁ、給湯室で作ったキャラメルミルクだよ」
 言って、なのはは魔法瓶のフタを開け、ヴィヴィオにそのかおりをかがせてあげる。
「わー♪ 甘くていいにおい♪」
「でしょう?
 このサンドイッチ、全部食べてからのお楽しみね♪」
「うん♪」
 なのはの言葉にヴィヴィオは笑顔で答え――その、邪気のまったく宿らない笑顔のまま、なのはに告げる。
「あのね、ママ……」
「ん?」
「なのはママ、ホントのママじゃないけど、ホントのママより大好き♪」
『………………っ』
 その言葉に――なのはだけではない。そんな彼女達の会話が耳に届いていたスバル達、マスターコンボイも一様に動きを止めた。聞こえなかったのか気にしていないのか、ガスケットとアームバレットはそんな一同の様子に思わず首をかしげる。
「……ありがとう、ヴィヴィオ」
 内心の動揺を極力押さえ込み――精一杯の笑顔でそう答えると、なのははヴィヴィオに対し言い聞かせるように続ける。
「でも……ヴィヴィオ、ホントのママのこと、まだ思い出せないんでしょ?
 だったら、比べるの、おかしくないかな?」
「んー……」
「ヴィヴィオのママ……きっとどこかにいるんだし……いつか急に、思い出すかもしれないし……」
「…………ホントのママ……いるのかな……?」
「いるよ、きっと……」
 もちろん、人造生命体であるヴィヴィオに“ママ”がいる可能性は低いのだが――そんな想いはおくびにも出さず、なのははヴィヴィオに対し笑顔でそう告げる。
「なのはママが、ヴィヴィオのホントのママだったらいいのに……」
「…………そうだね……」
 先ほどまでの“建前”とは違う、それは心からの言葉――ヴィヴィオに答え、なのはは彼女を優しく抱き寄せた。
「私も、そう思う……私も、ヴィヴィオとずっと一緒にいたいよ……
 でもね、私がちゃんとお仕事しないと、困っちゃう人がいるしね。
 スバルにティアナ、エリオにキャロ、アスカちゃん、フェイトママとか……はやてちゃんとか。
 なのはママのお仕事、困ってる人を助けるお仕事だから……ヴィヴィオにも、どうしてもいろいろ、寂しい想いさせちゃうんだ」
 つぶやくように告げて――なのはは自分の幼い頃のことを思い出した。
 まだ自分が魔法と出会う数年前――父・士郎が“仕事”の中で重傷を負った。
 始めたばかりの“翠屋”と、士郎の看病――当時多忙を極めた高町家の中、何もできないなのははただ寂しさに耐え、こらえるしかなかった。
 あんな思いを、ヴィヴィオにはさせたくない――そんな想いを、言葉に込めてなのはは続ける。
「でも、きっとどこかにいる、ヴィヴィオのホントのママなら、ずっと一緒にいてくれる……ヴィヴィオが寂しい時にも、泣きたい時にも……」
「ヴィヴィオ、泣かないよ。
 寂しくないよ」
「ホントかなー?」
「ホントー!」
 わざとらしくからかうなのはに、ヴィヴィオは笑顔で答える――そんな彼女達の背後で、マスターコンボイは不意にその場に立ち上がった。
「マスターコンボイさん……?」
「マスターコンボイ様……?」
「行くぞ」
 いきなりのその行動に首をかしげるスバルやガスケットに、マスターコンボイはあっさりとそう言い放ち、一足飛びに待機スペースから飛び降りていってしまった。
「どうしちまったんだ? マスターコンボイ様……」
「なんか、居心地悪そうだったんだな」
 顔を見合わせ、首をかしげるガスケットとアームバレットをよそに、スバルはマスターコンボイの去っていった方へと視線を向けた。
「マスターコンボイさん……やっぱり、気にしてるのかな……?」
 スバルが気にかけるのは、先日キャロから聞いた“マスターコンボイに家族がいない”という事実――どこか影を感じさせたその姿に、スバルは思わず自分の境遇を思い返してしまう。
「…………母さん、か……」
 その言葉に気づいたのは、となりにいた彼女だけ――励ましの言葉も持てない自分にどこか苛立ちを感じながら、ティアナは無言でサンドイッチにかじりついた。
 

「はやての騎士達は、相変わらず仲良しでいいね……」
「あのはやてが主だもの」
 一方、こちらは聖王教会――はやて達の到着の報せを受け、つぶやくヴェロッサに対しカリムは笑顔でそう答える。
 しかし――なぜ管理局本局の査察官であるヴェロッサがここにいるのか?
 もちろん、カリムの義理の弟である彼がここを訪れるのは珍しいことではないのだが――残念ながら、今日はそんなプライベートな用件ではない。カリムとはやて達による、六課の捜査会議に同席するためにやってきたのだ。
「しかし……カリムやクロノ君の依頼で、いろいろ調べるうち、地上部隊でのはやての評価も、いろいろ耳に入ってきたんだけど……」
「うん……」
 唐突に話題を変えたヴェロッサの言葉、その内容に、カリムの笑顔が曇る――若干申し訳ない思いを抱きつつ、ヴェロッサは続ける。
「10年前の“GBH戦役”、その中である意味管理局が一番の当事者だった“闇の書事件”……その“闇の書”の伝承者だったはやてについて、問題視している人は、やっぱり多いね。
 シグナム達が“闇の書”の騎士だった、ってことを知ってる人はかなり少ないみたいだけど……」
「そっちについては、けい様がきっちり情報統制をかけてるみたいだしね」
「情報戦でも反則級だからねー、あの人は」
 カリムの言葉にうなずくヴェロッサだが――だからこその問題もある。直ぐに深刻な表情に戻り、続ける。
「でも……その分、はやてがひとりで“闇の書”の過去を被ってる気がする……
 むしろはやては、進んでそれを選んでるような……」
「そうね……」
 ヴェロッサの言葉に、カリムは渋い顔でうなずいてみせる。
「『そんな評価も覆せるくらい、それでも人を救えるくらいでないと』って、はやては強がるけど……やっぱりけい様のようには、ね……
 大変な仕事を任せている身で、勝手かもしれないけど……彼女達には、できれば笑っていてほしい……」
「幸せになるのも楽じゃないよ。
 はやても、幸せになりたくて戦ってるワケじゃないだろうし」
 カリムの言葉に、ヴェロッサは肩をすくめてそう答える。
「恋人のひとりもできれば、少しは違うんだろうけど……あの子の場合、“想い人”が“想い人”だからね」
「いろいろ抱いてる想いが複雑だものね……」
 思わず苦笑するカリムの姿に、彼女のまとう空気が少しだけ和らいだことを感じつつ、ヴェロッサはさらに彼女をなだめるように告げる。
「まぁ……はやては強い子だよ。大丈夫」
「うん……」
「カリムが心配顔をしてると、またはやてに心労をかけるよ」
「………………うん」
 たたみかけるヴェロッサに、ようやくカリムの顔に笑顔が戻ってきた。
「じゃあ、ちょっと話題を変えるわね」
「うん」
 気を取り直し、告げるカリムにうなずくヴェロッサだったが――
「最近……局の方に、あなたの話をよく聞くのね」
「え? ボク?」
 カリムの振ってきた話題は自分のことらしい――思わずヴェロッサが声を上げるが、カリムはかまわず続ける。
「それによると……あなたは相変わらず、仕事の成果は優秀でも、職務態度によろしくない部分が目立つ、って」
「い゛っ……いや、それは……」
「遅刻やサボリも、最近ますます多いって言うし」
「そ、それは、こう……職務上いろいろと……ね?」
「あんまり過ぎるようだと、またシャッハに叱ってもらわないといけないわよ?」
「それは勘弁」
 なんとかごまかそうとするヴェロッサだったが――そんな彼の態度にカリムは迷わず“最終兵器”を投入した。シャッハの名前を出したとたん、ヴェロッサは迷わず頭を下げた。
「シャッハ、怒ると怖いんだから……」
「なら、ちゃんとする?」
「してるしてる!
 …………時々は」
 ブンブンと首を縦に振り――それでも姉に対してウソをつききれないのが彼らしい。小声でポツリと付け加えるヴェロッサに、カリムは軽くため息をつき――
「失礼します」
「こんにちはー♪」
 ウワサをすればなんとやら。現れたのはシャッハ本人――その後に続き、彼女に案内されてきたはやてが執務室に姿を見せる。
「いらっしゃい、はやて♪」
「ロッサは……何やの?
 また叱られてるんか?」
「『また』って、失礼な……」
 出迎えるカリムのとなりでヴェロッサははやての言葉にため息をつき、
「あー……私の出番ですか?」
「シャッハもシャッハで、腕まくりとかしない」
 ため息まじりにそでをまくったシャッハにも、ヴェロッサはすかさずツッコみを入れる。
「まったく……シャッハはシスターのクセに、すぐ暴力を振るうんだから」
「『愛のムチ』と言ってください。
 あなたが子供の頃からずっと、あなたが立派な大人になれるよう、教育してるんですから」
「フフッ。
 シスター・シャッハのきびしい教育と、カリムの優しい指導を受けてもなお、その性格を未だキープし続けているあたり、ロッサはホンマに大物なんやなー、って、よく思うよ」
「そうだろ、そうだろ。
 尊敬してくれ」
「うん。してるしてる♪」
「って、軽いよ……」
 あっさりとうなずくはやての言葉に、ロッサは思わずため息をつき――このままではシャクなので、そんなはやてやシャッハに、心ばかりの反撃を試みることにする。
「まぁ、実際のところ、ボクなんかまだまだだよ。
 なんせ……ジュンイチって言う“超大物”がいるんだから」
「じ、ジュンイチさん、か……」
 ヴェロッサの挙げたジュンイチの名に、彼に対し苦手意識を持つはやては思わず頬を引きつらせ、
「彼ですか……!」
 対し、別の意味で頬を引きつらせるのはシャッハだ。
「確かに、彼もいつもいつも問題ばかり……!
 オマケに何度叱ってもちっとも堪える様子もないですし……」
「というか……むしろ自分からシャッハを刺激して、さらに事態を悪化させるのよね……しかもわざと」
「で、そのたびに周りが際限なく巻き込まれるんだよね……」
 怒りに震えるシャッハの姿に、思わず苦笑するカリムにヴェロッサが付け加え、
「その結果、追撃戦の過程でジュンイチに攻撃を全部かわされて、外した攻撃で物を壊しまくったシャッハが叱られる側に回る、と……
 一番“被害”が大きかった時は、確か聖堂が半壊したんだっけ?」
「フフフ、そうですね……
 悪いのは彼なのに、いつの間にか私が悪人にされるこの屈辱……一度たりとも忘れたことはありません……!
 次こそ、この私の双剣で正義の鉄槌を……!」
 ヴェロッサの言葉に決意を込めてつぶやくシャッハ――そうやって毎回リベンジに燃えるから“同じことの繰り返し”になっているのでは? というツッコミは全員がスルーする。言ったところでシャッハがあきらめるはずがないのだから。
「ところではやて……守護騎士の皆さんは、もう?」
「うん。毎度おなじみの定期診断。
 “闇の書”がらみの経歴上、おおっぴらに検査させられないとはいえ、お世話になってばっかでごめんな、カリム」
「いいのよ。
 私達が好きで協力を申し出ているのだから」
 はやての言葉に笑顔で答えると、カリムは息をついて気を取り直し、
「それじゃあ……守護騎士の診断が済むまで、私達は今後の会議ね。
 はやて……」
「うん」
 促すカリムに答え、はやてはカリムの対面の席に座る――ヴェロッサや、怒りを引っ込めたシャッハも同様に着席し、はやては静かに口を開いた。
「それじゃあ、“レリック”について長期調査に出てもらってたフォートレス……あの子の持ち帰ってくれた情報についての報告から……」
 

「それでは……今後ともよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ。
 ありがとうございます」
 言って、一礼する先方の捜査官に対し、フェイトは微笑みと共にそう応え、
『失礼します!』
 エリオとキャロも捜査官に頭を下げ、彼女達は捜査部を後にし、隊舎の正面ロビーに出てきて――
「おー、グッドタイミング♪」
「こちらも終わったぞ」
 捜査部に出向いていたフェイト達と並行、この部隊の武装隊と連携の打ち合わせを済ませてきたジャックプライムやイクト達もちょうどこの場に戻ってきた。
「シャーリー、そっちはどう?」
〈あ、私はもう少しかかりそうなので……お先にどうぞ〉
 これで残るは彼女だけ――フェイトが通信をつなぎ、尋ねるが、技術部に顔を出していたシャリオは少し申し訳なさそうにそう答える。
〈ちょうど、ライトニングのフォワード二人はオフタイムに入ってるしね〉
「すみません……」
「ありがとうございます」
 シャリオの言葉にエリオやキャロは申し訳なさそうに頭を下げて――
「気にしなくていいよ、二人とも。
 シャーリーのことだから、どうせ向こうの技術部の人達とメカ関係の話で盛り上がって、盛大に脱線したのが遅れてる原因だろうし」
〈あうあうあう……〉
 ジャックプライムの言葉に、シャリオはとたんに落ち着きをなくす――どうやら図星だったらしい。
 そんなシャリオに苦笑しながら隊舎の外に出ると、外はもう夕焼け空だ――打ち合わせに集中して気づかなかったが、もうけっこうな時間になってしまっている。
「あぁ……そっか、もう夕暮れ時か……
 けっこうかかったね」
「うん」
「夕焼け、キレイですねー……♪」
「きゅくるー♪」
 ジャックプライムの言葉にエリオとキャロ、フリードが笑顔で答えると、
「私は、地上本部に行く時間まで、少しあるかな……?
 みんな、残してる仕事とかないよね?」
「はい♪」
「大丈夫です」
「拙者達も問題はないでござるよ」
「めんどくさいことは残したくないからねー」
 尋ねるフェイトにはシャープエッジやアイゼンアンカーも加わって口々に答え、
「イクトさんは?」
「問題ない」
 ある意味一番の問題は彼だ――尋ねるフェイトに、イクトは静かにそう答える。
「幸いというか、今朝早く最後の報告書の提出を終えたところだ」
 その“報告書”が5日前の市街地警邏の報告である点は決して口にしない――心ばかりの見栄を張るイクトの心中に気づくことはなく、フェイトは一同に対して提案する。
「じゃあ、ちょっとだけ寄り道して、ご飯食べていこうか?」
「ご飯?
 ひょっとして、恭也のトコ?」
「ううん、違うよ」
 真っ先に身内の店を候補に挙げるジャックプライムだが、フェイトはそんな彼の予測をあっさりと否定した。エリオやキャロへと向き直り、笑顔で告げる。
「エリオやキャロの好きな卵料理、とってもおいしい店をアルトが教えてくれたんだ。
 だから……今日はそっちに行こうか?」
『はい!』
 告げるフェイトの言葉に、エリオとキャロは笑顔でうなずく――明らかに卵料理よりもフェイトの気遣いに喜んでいる二人の姿に、さすがに空気を読んだアイゼンアンカーはいつもの軽口を引っ込め、シャープエッジと二人で肩をすくめるのだった。
 

「……そういえば……」
 市街地を走る、一台の中型トラック――フェイトの教わった店に向かう、ビークルモードのジャックプライムの車内で、運転席に座るフェイトはふと思い立ち、後ろのシートに並んで座っているエリオやキャロに声をかけた。
「二人とも、仕事とか忙しいけど、大丈夫?」
「はい。がんばってます!」
「『スバルさんやティアさん、アスカさんや兄さんともうまくやれてる』って、みなさん言ってくださいます♪」
 尋ねるフェイトの問いに対し、エリオやキャロは満面の笑顔でそう答える。
「私が言うのも何だけど、フォワードのみんなはいいチームだよ。
 ……もちろん、それぞれのパートナーのトランスデバイスのみんなも含めて、ね」
「最近は、分隊にこだわらないいろんな組み合わせも練習してるんです」
「エリオくんとティアさん、とか、アスカさんと兄さん、とか……」
「そうなんだ……」
 答えるエリオとキャロの言葉に、フェイトは静かにうなずいて、
「……あのね。
 ホントはね……こんな感じに、みんなで食事とか休憩とか、もう少し時間を取れたらいいんだけど……」
「い、いえ!
 ティアさんとスバルさん達もいるのに、ボク達だけ特別扱いみたいになるの、イヤですし……」
 一緒にいられる時間が少ないのを申し訳なさそうに謝るフェイトの言葉に、エリオはあわててフォローの声を上げる。
 しかし、フェイトのエリオ達を思いやる心も本物だ。心なしか重い口調で続ける。
「でも……
 寮の部屋だって、なのはが個室で私と二人が一緒、って案もあったのに……」
「保護者の隊にいるからって、甘えてたりとか、ダメですから」
「そうだけど……」
 答えるキャロの言葉に、フェイトは軽く息をつき――
「それ以前に」
「あいたっ!?」
 そんなフェイトのこめかみに、イクトは軽くデコピンをお見舞いした。
「エリオとてそれなりに成長している――そんなヤツと異性である貴様らが同室、というのはいささか問題だろうが。
 “母親”をするのもいいが、少しはそういったエリオの心情も汲んでやれ――以前、海鳴でオレはそう言ったはずなんだがな?」
「あ…………
 す、すみません……」
 イクトの言葉にそのことを思い出し、フェイトはシュンと肩を落として謝り――そんなフェイトに、イクトは小さく笑みを浮かべて告げる。
「まぁ、“レリック事件”や“その先の事件”も無事に解決――事後処理まで片づけば、少しは気も抜ける状況になるだろう」
「そうですよ。
 だから、ボク達――」
「みんなでがんばって、事件を解決して……ゆっくりするのは、それからでもぜんぜん大丈夫です!」
「うん……」
 イクトの言葉に、エリオやキャロも後に続く――そんな彼らに、フェイトの顔にようやく笑みが戻った。
「……そうだね。
 事件が解決したら、うんと長い休暇をもらうから……」
「“レリック事件”の解決と、スカリエッティの逮捕、ですね?」
「フェイトさんが、ずっと追いかけてきた犯罪者……逮捕できれば、安心して一休みできますね♪」
「ボク達もがんばらないと、だよ、キャロ」
「うん、エリオくん!」
 フェイトに答え、互いにうなずき合うエリオとキャロだったが――
「…………やれやれ、今度は“こっち”か……」
「………………?
 イクトさん……?」
 小声でつぶやいたイクトの言葉は、フェイトがかろうじて聞き取れるほど小さなものだった。視線を向けるフェイトに答えることもなく、イクトは窓から見える車外の風景に視線を向け――
「――――――っ!
 止まれ、ジャックプライム!」
「え――――――?」
 いきなり声を上げたイクトの言葉に、ジャックプライムは驚きながらも速度を落とし、路肩に車を寄せた。
「どうしたんですか? イクト兄さん」
「あれを見ろ」
 尋ねるエリオに答え、イクトはすぐ脇の歩道、やや前方を指さして――
「あの子達……!」
 そこに見覚えのある一団を発見し、フェイトは思わず声を上げた。
 

「さて……どうしようか?」
 通話を終えた携帯電話をパタンと閉じ、こなたは雑踏の中、共に歩く友人一同に尋ねた。
「“宿”の方は知佳さんに恭也さんの説得をお願いしたし……晩御飯もお世話になる?」
「さすがにそこまでは面倒かけられないわよ」
 そう答えるのはかがみだ。視線を動かし、自分達の後に続くゆたか、みなみ、ひよりの3名に視線を向け、
「増してや、今回はミッションとか関係なくて、こないだフイになった休みの取り直しと、ゆたかちゃん達へのミッドチルダの案内――完全にプライベートなんだから」
「晩御飯はどこかで済ませて……“翠屋”にはそれからにしましょう」
「そうだね♪
 食後のデザートぐらいだったら、私達のお小遣いでなんとかなるし♪」
 かがみや彼女に同意するみゆきに続くのはつかさだ――“翠屋”のスイーツの味を思い出しているのか、その顔はすでにゆるみきっている。
「じゃ、そーゆーことで……」
 どこか手ごろなお店はないか――つぶやき、周囲を見回したこなただったが、
「…………あれ?
 あの人って……」
 後方からこちらを追って駆けてくる人物に気づいた。
「確か……フェイトさん、でしたっけ?」
「やっぱり、キミ達だったんだ……」
 尋ねるこなたに対し、追いついてきたフェイトがつぶやくように告げる――その後からは、エリオ達やイクト、マイクロンボディのアイゼンアンカーが追いついてくる。
「どうしてここに?
 まさか、また何かのミッションで?」
「ううん。違うよ。
 今回は完全にプライベート♪ 私達だって、いつもいつも戦ってばっかりじゃないんだからさ」
 尋ねるフェイトに軽いノリと共にそう答えると、こなたは逆にフェイトに聞き返した。
「で……そっちはお仕事? 制服だけど」
「まぁ、そんなところだ。
 ……と言っても、あとはテスタロッサが地上本部に用を残しているだけでな。すでに仕事の片付いているオレ達は単なる付き添いだ」
 フェイトに代わりこなたに答えるのはイクトだ。
「それで、今からテスタロッサが地上本部に出向く時間まで、夕食でも……と思っていたところに貴様らを見つけたんだ」
「あ、そなの?」
 そのイクトの言葉に、こなたの表情が輝いた。笑顔でイクトに対して提案する。
「ねえねえ、食事だけでいいから、一緒させてもらっていいかな?
 私達もこれから食事だったんだけど、どこにしようか、ちょっと迷ってたんだよね♪」
「一緒に?
 でも……」
 互いに敵意はないとはいえ、立場上は対立の可能性も孕んだ相手だ――こなたからの同席の申し出に、フェイトは思わず困惑の声を上げるが、
「ホントですか?」
「食事はみんなでする方が楽しいですもんね♪」
 エリオやキャロはまんざらではなさそうだ――こなたの提案に対し、うれしそうに顔を輝かせる。
「…………別に、いいんじゃないのか?」
 そんなエリオ達の姿に困惑するフェイトだったが――笑みを浮かべ、そんな彼女に小声で告げるのはイクトだ。
「いずれにせよ、先日約束したデータの共有の件でまた顔を合わせる予定だったんだ。それが少し、本来の用件とは違った形で早まっただけだと思えば」
「で、でも……」
「それに……貴様にとってはチャンスだとも思うがな」
 未だに納得しかねるフェイトにイクトは彼女の反論を封じ込めながらそう付け加えた。
「貴様とて、道は違えど最終的な志を同じくするヤツらとは戦いたくはあるまい?
 こういった場を活かし、交流を深めておけば、後々彼女達を“説得”する上でプラスになる――そうは考えられんか?」
「……それは……そうですけど……」
 イクトの言うことは、多少甘い計算が混じっている気がするが決して間違ってはいない――しぶしぶうなずくフェイトに対し、イクトは満足げにうなずき、
「よし、ウチの指揮官の許可は取り付けた。
 貴様らも同席してかまわんぞ」
「やたー♪」
 あれ? 私ひょっとして丸め込まれた?――唐突に進み始めた話に思わずフェイトが硬直する中、こなたは喜びながらイクトに向けて手をかざした。
 意図を汲み取り、応じてやろうと軽く手を挙げたイクトとハイタッチを交わし――
 

 フェイトやエリオ達、六課メンバーのデバイス――待機状態で懐に収められたそれから、緊急事態を示すアラートが鳴り響いた。
 

〈機動六課、ロングアーチ1、緊急事態です!〉
「こちらライトニング――どうしたの?」
 すかさず連絡してくるのは、出向いた部隊の技術部でコンソールを借り、臨時のオペレータルームを構築したシャリオだ。すぐにフェイトが応答し、状況を確認する。
〈海岸線にガジェットが出現!
 T型対人12機、航空U型、対人18機……対TF型の存在は確認できません。
 位置は、第7海岸区画!〉
「住民区画が、すぐ近く……!」
「そうなの!?」
 シャリオの状況説明に、キャロが不安げにつぶやく――思わず声を挙げ、尋ねるつかさにも真剣な表情でうなずいてみせる。
〈“レリック”反応はないんですが……〉
「少し距離があるけど……六課よりは私達が近いね。
 私達が出動する!」
 説明を続けるシャリオに答えると、フェイトはエリオ達に向き直り、
「エリオ、キャロ……
 ごめん、お仕事」
『はい!』
 フェイトの言葉に、エリオとキャロが力強くうなずいて――
「私達も行くよ」
 あっさりと名乗り出るのはこなただ。
「住宅街、近くなんでしょ?
 人助けなら目的は一緒なんだし……管理局のメンツ以外は問題ないでしょ?
 ってゆーか、私達は最初からそっちの指揮下じゃないんだし、止めたって勝手に行くよ。OK?」
「でも…………」
 一緒に食事、という程度の問題ではない。これは実戦なのだ――こなた達を戦力に加えることにためらいを覚えるフェイトだったが、
「…………わかった。
 貴様らにも手伝いを頼もう」
「い、イクトさん!」
 となりであっさりと同意したイクトに、フェイトは思わず声を上げた。
「貴様が言いたいことはわかる。
 両者の関係だけではないんだろう? 貴様が心配しているのは」
「………………」
 イクトの言葉に、フェイトは無言でうつむいてみせる――しかし、その沈黙、その不安げな表情が、彼女の心情を明確に物語っていた。
「エリオ達だけでなく、泉達の身も案じるか……本当にいい意味で“お人よし”だな。
 だが――泉も言った通り、彼女達はそもそもオレ達の指揮下にはいない。止めたところで止まりはしないさ。
 止めても止まらんのなら、むしろ目の届くところに置いておいた方がいい」
 おそらく、これが“あの”柾木でもそうするだろう――そう付け加えると、イクトはこなた達へと付け加え、
「だが――三つだけ、条件をつけさせてもらう」
「何よ?
 自分達の指示に従え、とか言うの?」
 告げるイクトの言葉に、ムッと口をとがらせて聞き返すかがみだが――
「そうじゃないさ。
 ひとつは“トランステクターの使用の厳禁”――場所が場所だ。ゴッドマスター・トランスフォーマーのフルドライブモードは、モード移行の余波も含めて承認できない。
 二つ目。そっちの非戦闘要員はここに残れ。心配だろうが同行は許さん。
 ジャックプライム、アイゼンアンカー、シャープエッジ――今回の相手には対TF型はいない。出番の期待できない貴様らでその護衛だ。戦場に向かおうとするなら迷わず止めろ。
 そして三つ目……」
 あっさりと答え、“条件”を列挙するイクトはフェイトを指さし、最後の条件を告げる。
「貴様らさえも気遣うあのお人よしの“心配”を、“ただの杞憂”で終わらせろ。
 つまり――」
 

「ケガしないで、無事に帰れ」

 

「あれだね!」
 視界に捉えた港湾区では、暗くなり始めた中、ガジェットのカメラアイの輝きが不気味にその存在を主張している――先日の市街戦でも見せた、空色のプロテクター付バリアジャケットに身を包んだこなたは、空中に展開したブレイズロードの上を疾走しつつ目標を確認した。
 フェイトやイクト、“竜魂召喚”を受けたフリードに乗るキャロも飛行許可を得て、こなたの周囲を飛翔、現場に向かっていて――
〈こなたさん、それにフェイトさん達も気をつけてください!〉
 すぐ脇に浮かぶ、縦長の六角形型のプレートから聞こえたみゆきの声が、こなただけでなくフェイト達にもそう告げた。

「ガジェットの動きが変です!
 1ヶ所に向かってません!」
 生身での戦闘では後方要員となるみゆきとつかさはやや後方のビルの屋上にて状況をサーチ――RPGやファンタジーで見かけそうな、紺色の僧侶服を思わせるデザインのバリアジャケットを装着したみゆきは、目の前に開いた魔導書型デバイス“ブレイン”の頁に描かれたレーダー画面を見ながらそう伝え、
「はぐれガジェットかとも思ったんだけど……ゆきちゃんが言うには、それぞれグループがちゃんとフォーメーションを組んでるって!」
 彼女の役目はビットを飛ばしての索敵や通信の中継。こなたのすぐそばに浮いていた六角形のプレートがそれだ――本体である腕輪型デバイス“ミラー”に向け、長袖・ロングスカートのメイド服を思わせるデザインのバリアジャケットに身を包んだつかさがそう付け加えた。

「こちらを意図的に分断しようとしてる……ってところかな?」
「わからない……
 分断にしても動きがあからさまだし……」
 尋ねるこなたに答えるのは、すぐ頭上を飛行するフェイトだ。こなたの問いにしばし思考をめぐらせ、
「とにかく、油断しないでいこう。
 空中は私とイクトさんで――地上はみんなで叩いて!」
『了解!』

「着弾地点の、安全確認……!」
 地上のガジェットに先制攻撃を放つのはキャロとフリード――つかさのミラーによるサポートを受けつつ、ケリュケイオンによって周辺をサーチ。安全を確認し、キャロはフリードに指示を下す。
「フリード、ブラストレイ!」
「グォォォォォォッ!」
 キャロの号令のもと、フリードは力強く咆哮――眼前に“力”を集め、解き放った火炎の弾丸は狙い違わず地上のガジェット群の中央に着弾。まき起こった爆発が周囲のガジェットを吹き飛ばす。
「5機撃墜!」
「残りを一気に蹴散らすわよ!」
 エリオに答えるのは、ミニスカートに丈の短いジャケット、色は迷彩服を思わせる濃い目のグリーン――どこかティアナのそれと通じるものを思わせるバリアジャケットを装着したかがみだ。
「行くわよ、“クーガー”!」
〈了解です〉
 そうかがみに答えるのは彼女の手の中の拳銃型デバイス――専用デバイス“クーガー”である。
 ジャケットデザインといいデバイスが拳銃型であることといい、そして何より強がりが目立つその性格といい――つくづくティアナに似ていると苦笑するエリオだったが、
「そん――じゃ!」
 かがみのそのかけ声と同時――エリオは自分が「似ている」と思ったのは彼女のほんの一部分でしかなく、大きく違う部分もあるのだということを理解することになる。
 なぜなら――ティアナであれば距離を取ってクロスミラージュでの射撃となるであろうこの局面で、かがみは迷わずガジェットに向けて駆け出したのだ。
 当然、ガジェットの反撃がかがみを狙う――が、放たれた光弾を、かがみはまるでダンスでも踊るかのような軽快なステップでかわしていき、
「まずは――1機!」
 先頭のガジェットの懐に飛び込むと至近距離からクーガーの引き金を引いた。放たれた魔力弾が、容赦なくT型の装甲を撃ち貫く。
 そのまま間髪入れずに破壊したガジェットと自らの位置を入れ替える――自分の左サイドに回ってきていた別のT型の射撃を大破したガジェットの残骸で防ぎつつ、そのまま相手に向けて残骸を蹴り飛ばした。
 2機のガジェットがぶつかり合い、引っくり返るその間に、かがみは素早く間合いを詰めた。倒れたガジェットの上に飛び乗り、先ほどと同じように至近距離からクーガーの魔力弾を叩き込む。
 そんな彼女に向けて迫る3機目のガジェット――気づき、振り向くかがみに向けてベルト状のアームを伸ばすが、
「なんのっ!」
 かがみは迷わずクーガーの銃身で迫り来るアームを弾き飛ばした。さらにオマケとばかりにアームに向けて射撃、炸裂した魔力弾がアームを中ほどで断ち切る中、爆発に紛れて懐に飛び込むと再度の射撃でカメラアイを撃ち抜く。
「す、すごい……!」
 そして、そんなかがみの独特の戦闘スタイルはエリオに驚嘆の声を上げさせるには十分すぎた。
 射撃型――特にミッド式のそれは、基本的に近接戦闘には向いていない。それが管理局における一般的なイメージだ。実際、なのはも近接戦闘は苦手分野だし、単独戦闘の多い執務官を目指し、近接戦闘も視野に入れた訓練をしているティアナやフェイトも、デバイスに近接戦闘用の形態を組み込むことで対応している形だ。
 だが、かがみは明らかに違う。クーガーは終始拳銃としての形態を保ったまま、あくまで“ガンナーとして”接近戦をこなしている。
 相手の攻撃をかわし、懐に飛び込んで撃つ――中長距離射撃に優れる精密射撃型のティアナとは真逆、近接戦闘に特化した“機動射撃型”のガンナー、それがかがみの魔導師としての戦闘スタイルなのである。
「エリオくん、ボサッとしない!
 私ひとりに全部押し付ける気!?」
「は、はい!」
 かがみの戦いぶりに驚くエリオに、当のかがみからの叱責が飛ぶ――我に返り、エリオはあわてて彼女の後に続いて駆け出した。
「ストラーダ!」
〈Explosion!〉
 エリオの言葉に従い、ストラーダがカートリッジをロード――そんな彼に向け、キャロも上空からブーストによるサポートに入る。

 ―― 我が乞うは城砦の守り
若き槍騎士に、清銀の盾を!

〈Enchant!
 “Defence Gain”!〉

 キャロの言葉にケリュケイオンが応じ、エリオのバリアジャケットが強度を増す――ブーストによって防御力を強化され、エリオはガジェットの1機に向けて突撃をかける。
「ありがと、キャロ!
 これで安心して――攻撃だけに、専念できる!」
〈Stahlmesser!〉
 キャロへの謝辞と共にストラーダを一閃。繰り出された斬撃はガジェットが防御しようと伸ばしたアームもろともその機体を両断する。
「エリオくん、やるー♪
 私も負けてらんないね!」
 そして、エリオやかがみに続き、こなたもまたガジェットに突撃――目標に向けて軌道を変え、急降下するブレイズロードの上を疾走し、
「せー、のっ!」
 すれ違いざまにアイギスを一閃。一撃で両断するとそのまま次のガジェットに向けて跳躍する。
 と――彼女の両脚に装着したマグナムキャリバー、その後部に備えられた推進システムが“右足だけ”作動した。噴射された魔力の勢いに任せ、こなたはまるでコマのように高速回転し、
「こなちゃん旋風脚っ!」
 高速回転と共に放たれる回し蹴りの連打がT型に襲いかかり、一瞬にして粉々にしてしまう。
 そのまま着地、噴射の収まった右足で回転にブレーキをかけるこなたに向け、別のガジェットが光弾を放ち――
「危ない!」
 そんな彼女を守ったのはエリオだ。ストラーダでこなたに迫る魔力弾を弾き、
「ジャマなのよ、アンタはっ!」
 攻撃を仕掛けたガジェットはかがみのクーガーから放たれた魔力弾で粉みじんに爆砕される。
「アンタは、またそーやってスキの大きい技を乱戦で!
 私達がフォローしなかったら――」
「してくれるから、使えるんだけどねー♪」
 当面の脅威を排除し、こなたに詰め寄るかがみだったが、対するこなたはあっさりとそう答える。
「いつも守ってくれてありがとねー、かがみん♪」
「う゛…………っ……」
 笑顔で礼を言われ、さすがのかがみも思わずたじろぐ――赤くなった頬を隠すようにプイとそっぽを向き、
「ま、まぁ、アンタとは同じ“カイザーズ”のフロント要員なんだし、フォローするのは当たり前のことで――」
 言いながら、かがみはこなたへと振り向いて――
「さーて、次行こうか、次!」
「って、えっ!?
 いいんですか!? かがみさんほっといて!?」
「………………!」
 当のこなたはそんなかがみをほったらかしにして戦闘に復帰――戸惑うエリオも置き去りにした彼女に、かがみは無言でクーガーをかまえ、
「な、に、を……やっとるか、アンタわぁぁぁぁぁっ!」
 放たれた魔力弾はこなたが叩き斬ろうとしていたガジェットへと――こなたも巻き込みつつ襲いかかった。
 

「はぁぁぁぁぁっ!」
〈Ax Saber!〉
 フェイトの咆哮に伴い、バルディッシュが魔力刃を飛ばす――放たれた金色の刃はAMFを難なく貫き、航空型のガジェットU型を両断、破壊する。
〈13機目、撃墜!〉
《いい感じですよ、フェイト!》
「うん!」
 管制をフォローしてくれるシャリオや、鎧となって自らに装着されているジンジャーの言葉にフェイトがうなずくと、
「フェイトさん!」
「キャロ!?」
 そこに声をかけてきたのは、フリードに乗ったキャロ――地上を任せていたはずの彼女の登場に、フェイトは思わず声を上げた。
「ダメだよ、エリオ達についてなきゃ……」
「地上の12機、もう終わりました!
 こっちをお手伝いします!」
「え…………?」
 エリオの元に戻るようたしなめようとしたフェイトに対し、キャロはキッパリと答える――思わず声を上げるフェイトだったが、
「事実だ。
 よく見てみろ」
 イクトの言葉に地上へと視線を向けると、確かにもう戦闘の光は確認できない。
 そして――
「フェイトさん、おまたー♪」
「地上はもう大丈夫です!」
 驚くフェイトの前に伸びてくるのは真紅の帯状魔法陣、ブレイズロード――その上を駆け、こなたとエリオが二人一緒に追いついてくる。
 さらに、地上からはかがみの魔力弾――地上からの支援射撃に、残ったガジェット達は散開、離脱体勢に入る。
〈残り5機! 拡散して逃げていきます!〉
「逃がす手はないな……
 手分けして叩く。問題はないな?」
「はい!」
「大丈夫です!」
 提案するイクトに答えるのはエリオとキャロだ。こなたのブレイズロードから跳躍、エリオはフリードの背に飛び移りキャロと合流する。
「1機も逃がさん――残さず落とすぞ!」
『了解!』
 イクトの言葉にその場の全員の声が唱和――離脱するガジェットの追撃に移行した。
 

「ふわぁ……
 お姉ちゃん達、すごーい……」
「やりますねー、先輩達」
「まぁ、ボク達の知らないところで片っ端からガジェットつぶしてたみたいだからねー。
 ぶっちゃけ、ウチのフォワードチームよりも対AMF戦の参加数、多いんじゃないかな?」
 そんな彼女達の姿は、シャリオやみゆきのモニターによってジャックプライム達にも届けられていた――ビークルモードの自分の車内で戦闘の映像を見て、感嘆の声を上げるゆたかやひよりに、ジャックプライムは笑いながらそう答える。
「ってゆーか……キミらは見たことないの? こなた達の戦闘とか」
「私達、お姉ちゃん達が戦ってるのを知ったの、つい最近なんです。だから……」
「訓練の様子は見せてもらったことはあるんですけど、実戦は……」
 車外から尋ねるアイゼンアンカーにゆたかとみなみが答えると、
〈ガジェット、全機撃墜確認……増援、ありません。
 スターズ分隊、待機レベルC。もうしばらく、そのまま待っていてください〉
 シャリオからの通信が戦闘の終了を告げる――全体通信なのか、隊舎で待機しているなのは達スターズ分隊への連絡も込められている。
「さて、終わったみたいだし……ボクらも合流しようか?」
 これで、自分達の待機も晴れて解除だ。笑顔でゆたか達に告げると、ジャックプライムはフェイト達と合流すべく自らを発車させた。
 

 しかし――戦いの行く末を見つめていたのは、ジャックプライム達だけではなかった。
「あーらら……やっぱりあれくらいじゃ瞬殺、ですか……」
 はるか上空――もう中継の必要のなくなったウィンドウの映像を停止。録画していた今回の戦闘の映像を再生させながら、クアットロはどこかつまらなさそうにつぶやいた。
 と――
「クアットロが見せたかったものって……あんなの?」
 そんな彼女に尋ねるのはルーテシア――単独行動中なのは、アギトやゼストの姿はそこにはない。
 ともあれ、フェイトを始めとした六課ライトニング分隊+αの戦闘を“あんなの”と言い切るルーテシアに対し、クアットロは軽く肩をすくめ、
「半分正解、半分間違ぁい♪
 お見せしたかったのは、ガジェットが壊されるところではなく――あの召喚師と少年の方です」
「召喚師……」
 つぶやくルーテシアにうなずき、クアットロは映像をエリオとキャロがクローズアップされたところで停止させた。
「お嬢様は辛くてもひとりでがんばっていらっしゃるのに、あの子達はいつも兄妹いっしょ。“お母さん”も一緒で破壊活動ですよ。
 まったく無神経な人達ですねー」
「……『人の幸せをうらやんでも仕方ない』って、ゼストが言ってた」
「チッチッチッ♪ それは正論ですが――ただの強がりです」
 答えるルーテシアだったが、クアットロは笑いながらそう答える。
「あの部隊の前線メンバーにおいて、お嬢様の究極召喚――“白天王”に対抗できそうなのが、あの召喚師……
 あの白い竜以外にも、もう一騎“真竜”クラスを持ってるらしいですから」
「あの子が……?」
 聞き返すルーテシアにうなずき、クアットロは続ける。
「それに、あのちびっ子槍騎士も、ガリューとはそれなりにいい勝負をするでしょうし……」
「…………負けない」
 と、そこでルーテシアの口調が変わった――自分達の苦戦をにおわせるクアットロの言葉に、彼女の言葉には若干の苛立ちのようなものが混じり始めていた。
「ガリューも、“白天王”も……無敵だから」
「なら、いいんですけど……」
 ルーテシアに答えると、クアットロはマントをひるがえして仰々しく一礼し、
「ルーテシアお嬢様の“レリックコア”探し……そのお邪魔をしそうな相手の予習コーナーが、このクアットロの余計なお世話で済むなら、それが何よりですから」
「…………ありがとう、クアットロ……
 じゃあ、また……ごきげんよう……」
 そんなクアットロに礼を告げると、ルーテシアは転送魔法でその場から離脱――その場には、クアットロひとりが残された。
「…………これで、仕込みはOK、と……」
 そうつぶやき、メガネの位置を直すクアットロの口調からは、すでに先ほどまでの柔らかさは消えうせていた。
「これであのお嬢様も……だいぶ扱いやすくなる……フフフ……」
 その口元に浮かぶのは悪意ら感じさせる歪んだ笑み――ルーテシアのガリュー達への愛着につけ込み、たきつけることに成功したクアットロは、これからの展開に思いを馳せてひとり笑い続けるのだった。
 

「お姉ちゃん達、お疲れさまー♪」
「あー、ゆーちゃん♪」
 ジャックプライム達が現場に到着した時には、すでに最寄りの部隊が到着して現場検証が始まっていた――かがみ達と共にジャマにならないよう脇に控えていたこなたは、やってきたゆたかに笑顔で声を上げた。
「えぇ。撃墜した時間はこの通り……他に機影は確認できませんでした……」
「わかりました」
 一方、局の所属であるフェイトはイクトやエリオ達と共に応援部隊に状況の報告中――告げるフェイトに捜査官のひとりがうなずくと、
〈フェイトさん〉
 そこへ、シャリオが通信をつないできた。
〈すみません……警戒レベルが下がりましたんで、そろそろ地上本部の方に〉
「うん」
 気づけば、地上本部での会議までもうほとんど時間の余裕はない――着いたら即会議、というぐらいまで差し迫った現在の時間を把握しつつ、フェイトはシャリオの言葉にそううなずく。
〈夕ご飯……食べ損ねちゃいましたね。
 私の方が先に着きそうなんで、ササッとお腹に入れられそうなもの、作っておきますから〉
「うん……ありがとう、シャーリー」
 言って、フェイトが通信を終えると、
「もう出ますか?
 こっちはもう大丈夫です」
「六課の捜査部の人達も来てくれるそうですし……」
 そんなやり取りを聞きつけたエリオやキャロが、フェイトに声をかけてきた。
「ごめんね。
 食事……」
「平気です」
「また今度、楽しみにしてます♪」
 この騒動がなければ、みんなで楽しく夕食を食べられたのに――謝るフェイトだったが、二人はそんな彼女に笑顔で答え、
「…………あ、そうだ」
 キャロが何か思い出したようだ。自分の制服のポケットを探り、
「フェイトさん……まだこれから会議とかありますよね?
 よかったら、これ……」
 そう言って、キャロがフェイトに差し出したのは、包装紙に包まれたキャンディだ。
「アスカさんが、知り合いの方に作ってもらったものだそうです。
 なんでも、ほんのちょっとだけですけど、体力や魔力の回復効果もあるって……」
「い、いいよ……
 キャロのでしょ? コレ」
 なんだか申し訳ないような気がして、返そうとするフェイトだったが、
「えっと……実は、まだ何個かあって……さっき、エリオくんやこなたさん達にもおすそ分けしてきたところなんです」
「おいしいですよ、それ」
 答えるキャロにエリオも加わり、二人はフェイトの手を取り、キャンディをしっかりと握らせる。
「…………ありがとう、エリオ、キャロ」
「それじゃあ」
「フェイトさん」
『行ってらっしゃい♪』
「…………うん……」
 笑顔で自分達を送り出してくれる二人に対し、フェイトは微笑みながら応え、待っているイクトやジャックプライムのもとへと向かう――そんなフェイトを見送るエリオとキャロだったが、
「…………エリオくん」
「うん……」
 エリオもキャロも、去り際のフェイトの表情から確かに感じ取れたものがあった――小声で声をかけるキャロに対し、エリオもまた小さくうなずく。
「どしたのー?
 二人は私達を隊舎に連れてって“調書”を取るんでしょ? 早く済ませちゃおうよ」
 そんな二人に声をかけるこなただったが、彼女の明るさを前にしてもエリオ達の表情は晴れないままだ。
「………………?
 どしたの?」
「あぁ、えっと……」
 不思議に思い、尋ねるこなたにエリオは思わず言葉をにごす――彼女達に話していいものかと一瞬逡巡するが、
「実は……さっきのフェイトさん……」
 

「……シャーリー」
〈はい〉
 ジャックプライム達に向けて歩きながら、フェイトはシャリオへと通信をつなぐ――すぐに応じるシャリオだったが、フェイトの顔を見て思わず眉をひそめた。
〈……どうかしたんですか?
 なんだか、元気がありませんけど……〉
「さっき……食事、用意してくれるって言ってたけど……あれ、やっぱりいいや」
〈はい?〉
「なんだか……今夜は、胸が一杯で……」
 首をかしげるシャリオに答え、フェイトはキャロからもらったキャンディをしっかりと握りしめた。
 彼女や、エリオの気遣いが伝わってくる、そのことがフェイトにはとてもうれしくて――

 

 

 

 

 

 エリオ達に気を遣わせてしまっていることが、とても哀しくて――

 

 

 

 

 

 

 とても、寂しかった。


次回予告
 
ルキノ 「ライカさん、ライカさん!
 エリオやキャロが、こなたちゃん達を連れて帰ってくるって!」
ライカ 「何ですって!?
 よぅし、すぐに出迎えの準備よ!」
アルト 「大丈夫です!
 もうアスカさんやヴァイス陸曹に連絡済! 歓迎会の支度は二人にお願いしておきました!」
ライカ 「食堂に料理の手配も忘れないでよ!」
グリフィス 「キミ達……今回ほんっとにヒマ人モード全開だね……」
ライカ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第53話『家族の肖像〜Lightning Heart U〜』に――」
4人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/03/28)