「あぁ、お帰りー」
「はーい、ただいまー」
自分達の使っている移動拠点――ホクトを伴い帰還。ブリッジに顔を出したジュンイチは、気楽な口調で出迎えたイレインに自らもまた気楽に返事を返した。
「事情は把握してるな?」
「もち。
その子の部屋の方も格納庫の方も、バッチリ準備できてるわよ」
尋ねるジュンイチに答えると、イレインはジュンイチのズボンを引っ張ってついてきていたホクトの前に進み出て、目線の高さを合わせるようにかがみ込み、
「初めまして、だね。
あたしはイレイン・ナカジマ。一応、アンタが“お姉ちゃん”って言ってる二人――スバルとギンガのお姉ちゃん代わりをさせてもらってるの」
「じゃあ、わたしにとってもお姉ちゃんだね!
初めまして! ホクトです!」
名乗るイレインに対し、ホクトも笑顔で答える――微笑ましい空気になってきた二人だが、ソコに嬉々として茶々を入れてくるのは当然ジュンイチだ。
「ナカジマ家に“入った”時期を基準にすると、お前もスバル達の“妹”なんだけどなー」
「うっさいわね。
ソレ言ったら、アンタだって“ナカジマ家歴”はスバル達より短いじゃないの」
「オレは『ナカジマ』姓じゃねーし♪」
「ゲンヤさんは改姓させる気マンマンっぽいけどねー……主に“婿入り的な意味”で」
ジュンイチの言葉にため息まじりに――そして最後の部分は聞こえないように小声でそう答え、イレインは“敵”は強大だとばかりに肩をすくめる。
当然、最後のつぶやきを聞き逃したジュンイチがその真意を知りえようはずがない。そんな彼女の態度に首をかしげつつ、ジュンイチはホクトを見下ろし、
「とりあえず……ここの中を見学してくるといい。
そう広い船じゃねぇし、迷うこともないだろ」
「はーい!」
ジュンイチに答えると、ホクトはパタパタとブリッジを出て行く――それを見送るジュンイチに、イレインは苦笑まじりに肩をすくめ、
「まだ秘密にしなきゃならない話題だからって、うまいこと追い出したわねぇ。
ぃよっ、この不良パパ♪」
「うっせ」
舌打ちと共に答えると、ジュンイチは改めて彼女に向き直り、
「…………で? “こっち”の方は?」
「相変わらずよ」
あっさりとイレインはそう答えた。
「“蜃気楼”も“マグナ”も、実戦投入にはまだかかるわ」
「やっぱりか……
とりあえず聞くけど、進捗状況は?」
「まず、“蜃気楼”の方だけど……もうアンタも知ってることだけど、本体は完成済み。
今でもとりあえず稼動は可能だけど……一番肝心の、必要なデータの蒐集が進んでないからね。今動かしても、能力は半分も出せないわよ」
「半分、か……
本体が完成してるのを考えると……使うのはオススメしないけど、使うなら使い方を考えろ、ってレベルだな」
「そゆコト。
ま、アンタならそれでも問題ないんだろうけどさ」
ジュンイチに答えると、イレインはため息をつき、
「まぁ、今言ったとおり“蜃気楼”はそこそこ大丈夫なんだけど……問題は“マグナ”よ。
動力系がちっとも安定域で動作してくれない」
「…………やっぱりか……」
イレインの言葉に、ジュンイチは改めてため息をつく――そんな彼に、イレインは続ける。
「元々デリケートここに極まれり、なんてシロモノだしねぇ……とりあえず霞澄さんにもデータは送ったけど、思いっきり渋い顔されたわよ。
ここまでくると、あたし達でどうにかなるモンじゃないわね」
「そっか……」
そううめき、ジュンイチはため息まじりに頭をかき、
「やっぱ、“開発者サマ”に直接お願いするしかないか……」
「素直に協力してくれるとは思えないわね。
あの子、最後まで動力に“アレ”を使うの反対してたの、忘れたワケじゃないでしょ?
それを黙って使ってたのがバレたら……怒られるでしょうね、間違いなく」
「だから気が進まなくて、今まで先送りにしてきちまったんだろうが……」
痛いところを突いてくるイレインにジュンイチが答えた、その時――
「………………ん?」
不意に視線を向けた先に、ジュンイチはそれを見つけた。
サブコンソールに表示された、新たにデータが登録されたことを示すシステムメッセージだ。
「おい、これ……」
「あぁ、六課からの定時連絡よ」
「アリシア達か……」
答えるイレインの言葉に、ジュンイチはデータを読み出し――操作と同時、目の前に展開されたウィンドウにその映像が映し出された。
スバル&マスターコンボイVSブレード――昼間の模擬戦の様子である。
「あのブレードと、ねぇ……
まったく、ムチャするんだから」
「まったくだn……」
イレインの言葉に答えかけ――不意にジュンイチの表情が停止した。
「………………?
どうしたの? ジュンイチ」
「少し映像、戻すぞ」
首をかしげるイレインに答え、ジュンイチは映像をほんの少しだけ巻き戻し、ある一定のシーンをリピート再生する。
場面は、スバルのゴッドオンしたマスターコンボイが、ブレードに向けてディバインテンペストを撃った直後のシーン――すぐにこの映像と連動している分析データを読み出し、この場面でどのようなデータが計測されていたのかを確認する。
そこに表示されていたデータは――
「………………ジュンイチ。
これって……」
「…………あぁ」
自分と同様の結論に達し、イレインがうめく――うなずき、ジュンイチはその映像の一部を拡大した。
映像の視点は“彼ら”の背後から。拡大されたマスターコンボイの右手には、ディバインテンペストの“力”の残滓――二人の“色”ではなく、虹色に煌く魔力がまとわりつき、パチパチと火花を散らしている。
その魔力の輝き――それが持つ“意味”を、ジュンイチ達は知っていた。
「さすがは“あの二人”ってトコか……
まさか……」
「こんなに早く、“この領域”への取っ掛かりに片足引っかけやがるとは、ね……♪」
第53話
家族の肖像
〜Lightning HeartU〜
「………………」
時空管理局・地上本部――その正面ロビーで、イクトはソファに腰かけ、じっと目を閉じて沈黙していた。
決して眠っているワケではない。考えているのは、先ほどの戦闘の後のフェイトの姿――
(テスタロッサめ、ずいぶんと落ち込んでいたな……
あれで『なんでもない』などと言われて、誰が信じるものか……)
「まぁ、だからと言って、聞いたところでヤツが素直に話してくれるとも思えんが……」
思わず思考を口に出し、イクトがつぶやくと、
「何を話してもらうんですか?」
「フィニーノか」
声をかけてきたのはシャリオだ――すでに気配で彼女の接近に気づいていたイクトは、驚くこともなくそう応える。
「ひょっとして、フェイトさんのことですか?」
「貴様も気づいていたか……」
「えぇ」
先ほどの戦闘以来、フェイトは明らかに気落ちしてた――見るからに「悩んでます」というオーラをまき散らしていたフェイトの姿を思い出し、シャリオはイクトにうなずいてみせる。
「タイミングからして、エリオやキャロがからんでいるのはわかるのだが……何をそんなに悩んでいるのやら」
「フェイトさん、何かあっても抱え込んじゃいますからね……」
シャリオにうなずき、イクトは改めて息をつき、
「オレはエリオ達の義兄であり、テスタロッサにも、先日ザインの件で悩みを晴らしてもらった借りがある。
正直、アイツらがすれ違っているのは見ていていい気分がしない。何とかしてやりたいのだが……」
そうつぶやき――イクトはシャリオが何やら意味ありげに笑っているのに気づいた。
「どうした? フィニーノ」
「いえいえ。
『本当に理由はそれだけかなー?』と思いまして」
「………………?
それだけだが?」
「………………」
「おい、ちょっと待て。
なぜそこで『仕方がないなー、この人は』とでも言いたげに肩をすくめる?」
思わず尋ねるが、シャリオは何やら楽しげにしているばかりでこちらの問いに答える様子はない――これ以上の問答に意味はないと判断し、イクトはため息をついてソファから立ち上がった。
「イクトさん?」
「ここでイラついても始まらん。
少し、出てくる――ジャックプライムを道案内に連れて行くから、貴様らの足は局の車両を手配しておく」
「『出て』……?
一体、どこへ……?」
尋ねるシャリオだったが――イクトは背中越しに彼女に答えた。
「“先輩”のところだ」
あっさりとそう答え、イクトはそのまま立ち去っていってしまう――ひとり残され、シャリオは思わず首をかしげた。
「『先輩』って……誰?」
「はぁ…………」
機動六課、隊員宿舎屋上――夜空を見上げ、エリオはひとりため息をついていた。
こなた達の調書を取るのは、「エリオ達ががんばってくれたのに、自分達が待機だけで終わりというのも申し訳ない」とスバル達が引き受けてくれた。今頃はスバルとこなたが意気投合し、ティアナとかがみが二人の手綱を握るのに必死になっていることだろうが――幸いエリオはそこまで思考は至らない。わからない方がいい事も世の中には確かにあるのだ。
と――
「きゅくー♪」
「あぁ、フリード……」
そこにバサバサと羽ばたきながら飛来したのはフリードだった。エリオのとなり、屋上の手すりの上へと器用に舞い降りる。
「きゅくる?」
「うん、ひとりだよ。
キャロはまだお風呂だと思う」
フリードの言葉はわからないが、最近はその身振りで彼の意志はだいたい理解できるようになってきた。しきりに周りを見回し、誰かいないか探しているフリードに、エリオは苦笑まじりにそう答える。
と――
「エリオくん、フリード」
「キャロ。
お風呂、もう上がり?」
「うん」
ウワサをすれば何とやら――やってきたキャロは、声をかけてくるエリオに笑顔でうなずいてみせる。
「エリオくんは?」
「なんとなく……ボーッ、としてた」
「そっか……」
エリオの答えにうなずき――キャロはエリオの顔をのぞき込み、
「ご一緒してもいい?」
「もちろんどうぞ」
もちろんエリオに拒否する理由はない。同意を取り付け、キャロは彼のとなりに並び立ち、
「……いい風だね……」
「今日は、天気もいいし……星もきれい」
風呂上りの身体に、少し潮の香りの混じった風が心地良い――のんびりと夜風にあたりながら、エリオとキャロは笑いながら夜空を眺める。
「キャロの故郷は、星のきれいな世界だったんだよね?」
「うん。
アルザスの夜空は、本当にすごい数の星が見えるの」
「そっか……」
キャロの答えに、エリオは頭上の星空へと視線を戻し、
「ボクが星を見たのは……ジュンイチさんに助けられた、あの時が初めてかな……?
あの時、ジュンイチさんに炎の中から、あの研究施設から助けられて……強く生きることを教えられて……
それからフェイトさん達が来るまでの、ほんの短い間だったけど……その間に、星空を見ながらいろんなことを考えてた……」
自分がジュンイチに救い出された時のことが思い出される――あの日、すべてをあきらめかけていた自分はジュンイチから最後の最後まであきらめないでがんばる強さをもらった。
そしてフェイトと出会い、再び人を信じる勇気をもらった。
あの二人がいるから、自分はここにいられる――エリオがそんなことを考えていると、
「不思議だねー……」
不意に、キャロがそんなことを言い出した。
「わたし達、生まれた世界も、すごしてきた時間も、ぜんぜん違って……哀しいこととか、たくさんあったのに……
……それなのに、今こうやって一緒に、ミッドの星空を見てる……
ジュンイチさんが支えてくれて……フェイトさんが見つけてくれたから……」
「…………そうだね……
ボクも、ちょうど二人のことを考えてた」
と――そこで二人の会話が止まった。
理由は……なんとなくわかる。
今話題に挙がった、自分達の“今”を作ってくれた二人――その一方、自分達にもっとも身近な人の、哀しげな姿が脳裏によみがえる。
「ねぇ……フェイトさん、今日……」
「やっぱり、寂しそうだったね」
つぶやくキャロに答え、エリオは視線を落とした。
「心配かけないように、がんばってるつもりなんだけど……」
「フェイトさん、優しいから……ボク達が甘えたりすると大変だし」
「仕事はがんばれてると思うけど……」
エリオの言葉につぶやき――キャロは彼へと顔を向け、尋ねる。
「もしかして、いろいろ空回りしちゃってるのかな?」
「……フェイトさん、最近、ますますお仕事大変だし……
だから、迷惑かけないように、二人で一緒にがんばろう、って、決めて……」
「うん……
フェイトさんに、笑っててほしいだけなのに……なんか、うまくいかないね……!」
心配をかけたくない。安心してほしい。そう思って、がんばっているのに――その想いが実らない。つぶやくうちに、キャロの目に涙が浮かぶ。
「どうして、だろうね……」
「どうして、かな……?」
もう、どうすればいいかわからない――気づけば、エリオも、キャロと共に静かに涙していた。
「う〜ん、ここの食堂、なかなかに美味よのぉ♪」
「でしょでしょ?
ついついいっぱい食べちゃうんだよねぇ……」
夕食も済んで、お腹は程よく腹八分目――満たされた食欲という幸せを満喫しつつ、こなたとスバルは宿舎に続く道を歩きながら上機嫌で笑みを交わし、
「っていうか……なんで私達、調書取った後も居座ってるのかしら……?
しかもこの後もダベる気まんまん、って空気だし」
「すみません。夕食だけじゃなくて、お風呂まで……」
「あぁ、いいのよ。
エリオくん達を助けてくれたんだし、そのお礼……ってことで♪」
現在の状況に困惑するかがみのとなりで頭を下げるみゆきに、アスカはカラカラと笑いながらそう答える。
「なんか、こないだ『思いっきりぶつかるかも』って別れた関係って感じがしないわねー、こうなっちゃうと」
「言わないで。
誰が“原因”かは、もうわかりきってるワケだし」
もう敵対の可能性なぞどこか彼方に捨て去っている一同の様子に、かがみはティアナに答え、“元凶”たる二人へと視線を向けた。
言うまでもなくスバルとこなただ――元々同じ師に師事していた、同門である二人だ。スバル自身は先日の“対談”の時からすでに仲良くしたいと考えているフシがあったし、こうなるのはむしろ必然だったのかもしれない。
さらに、今回は非戦闘要員として同行していたゆたか達の存在も大きかった。当初は「後々やりあうかもしれないんだから」と必要以上にからむのを避けたがっていたティアナやかがみだったが、「仲良くしてくれないんですか?」とゆたかに哀しそうな顔をされては、もはや白旗を揚げるしか選択肢は残されていなかった。
「なんていうか……苦労してるのね、アンタも……」
「わかってくれますか?」
「痛いほどに……」
多くはいらない。ほんの少し言葉を交わすだけでわかりあえた――そのあり方を言い表せない不思議なシンパシーを感じながら、かがみはティアナに答え、ガッチリと握手を交わす。
「そういえば……そっちは時間、大丈夫?
知り合いに今夜の宿をお願いした、って言ってなかった?」
「えっと……」
一方、アスカは今後のことをみゆき達に尋ねていた。みゆきのとなりのつかさが、待機状態の“ミラー”で時間を確認する。
現在時刻は夜9時直前、といったところ――出歩くには「遅い」時間ではあるが、宿泊先としてあてにしている恭也達は喫茶店を営む身だ。職業柄、彼らがフリーになるにはもうしばらくかかるだろう。
「まだ少し、大丈夫ですね。
お願いした方達が仕事を終えるまで、まだありますから」
「そう?
でも、時間が時間だしねぇ……帰る時は、誰か護衛をつけてあげようか?」
答えるみゆきにアスカがそう提案すると、
「あれ…………?」
不意に、ゆたかが不思議そうな声を上げた。
見れば、彼女は宿舎の方を見つめていて――
「ゆたか……?」
「どうしたの?」
「え? あ、えっと……」
みなみやひよりに声をかけられ、我に返ったゆたかはどう答えたものかしばし迷っていたが、
「えっと……スバルさん」
意を決し、ゆたかはスバルへと向き直り、尋ねた。
「あの宿舎の屋上って……どう上がればいいんですか?」
「……っく、ぐすっ……!」
「……なんでだろ……!
…………おかしいよね、エリオくん……!」
どれだけぬぐっても、涙はとめどなくあふれてくる――こみ上げてくる想いを抑えられず、エリオとキャロは宿舎の屋上で泣き崩れていた。
と――
「……エリオくんと……キャロちゃん、だよね……?」
不意に、聞きなれない声がかけられた。振り向いた二人の前にいたのは――
「えっと……」
「小早川、ゆたかさん……?」
「うん♪」
つぶやくエリオやキャロに答え、ゆたかは優しく微笑んでみせた。
「ホントに大丈夫? ゆたかちゃんに任せて……」
「戦いじゃないんだし、いいでしょ、別に」
そんな彼女達の様子を、スバル達は屋上に続く階段の影から見守っていた――尋ねるティアナに、こなたは気楽な口調でそう答える。
「まぁ、ムリだとしても……とりあえずはやらせてあげよう?
偶然だったのかもしれないけど……最初に二人に気づいたのは、ゆーちゃんなんだからさ」
「…………かも、しれないね。
まだ知り合ったばかりなのに、エリオくん達を気遣ってくれた……ゆたかちゃんにはそのくらいの権利はあるよ、きっと」
告げるこなたに答えると、アスカは外の3名に聞こえない程度にパンパンと手を叩き、
「ほら、私達はちょっと下がろうか。
キャロちゃん達はともかく、ゆたかちゃんはあたし達がここにいるのを知ってるんだから……あたし達がいたままじゃ、落ち着いて相談に乗ってあげられないでしょ?」
アスカのその言葉にうなずき、スバル達はぞろぞろと階下に引き上げていく――最後に、アスカは少しだけ振り向き、告げた。
「まぁ……ぜんぜん違う形で“同じ道”を歩いてるゆーちゃんなら、案外解決させられちゃうかもしれないけどね」
「どうしたの? 二人とも」
「あ、いや……えっと……」
「何でも、ないです……」
尋ねるゆたかの問いに、エリオとキャロは自分達の頬を流れる涙のことを思い出した。あわててゴシゴシと涙をぬぐうが――
「なんでもない……こと、ないよね?」
そんな二人に対し、ゆたかはハンカチを差し出した。
「スバルさん達には、話してみたの?
さっき話してみたけど……いい人達だよね? きっと相談に乗ってくれるよ?」
「で、でも……」
「うん……」
尋ねるゆたかだが、エリオとキャロは困惑気味に顔を見合わせた。
「フェイトさん……ボク達の、保護者をしてくれる人のことなので……」
「お二人とも、お母さん、いませんから……きっと、困らせちゃいます……」
「あー、そうなんだ……」
確かに、それは向こうもこちらも気を遣いあって堂々巡りになってしまいそうだ。エリオとキャロの答えに思わず苦笑するゆたかだったが、
「でも……私は、話してほしいかな?」
それでも、ゆたかは気を取り直し、二人に改めて相談を求めた。
「今日会ったばかりの私に話すのは気が引けるかもしれないし、実際、力になれるかどうかわからないけど……それでも、話せば楽になることって、きっとあるよ?」
「…………はい……」
優しく告げるゆたかの言葉にエリオがうなずき、二人はゆたかに今日の出来事について語り始めた。
舞台は移り、喫茶“翠屋”クラナガン支店――
「…………と、いうワケで、貴様をあてにしたワケだ」
「なるほど、な……」
事情を説明するのに加え、参考として最近の様子も見ている限り詳細に説明した――フェイト達のことを相談し、締めくくるイクトに対し、恭也は息をついてそううなずいてみせた。
「要するに、フェイトがエリオ達のことで何か悩んでいるようだが、それに対してどうすることもできない、そもそもどうすればいいのか、それ自体がわからなくて困ってる……そんな解釈で間違いないか?」
「あぁ」
確認する恭也に答え、イクトはため息をつき、
「テスタロッサに直接聞いたところで、こちらに心配をかけまいと『何でもない』の一言で片づけられるのがオチだ。
正直、オレの頭ではこれ以上は手詰まりでな……」
「だから、オレ……か?」
「そうだ。
高町なのはの実の兄であり、テスタロッサ達にとっても“兄”である貴様なら、何か解決策を思いつけるのでは……と思ってな」
「なるほどな……」
イクトの言葉に、恭也は深々と息をつき――
「まぁ、他にも問題はあると思うんだけどねー……イクトくんの場合は特に」
「…………?
どういうことだ? 高町知佳」
口をはさんできたのは、奥のキッチンから出てきた知佳だ。彼女の言葉に、イクトは思わず眉をひそめて聞き返す。
「前々から思ってたけど……『心配してる』ってことを表に出すことが、どうやったってこうやったって苦手でしょ、イクトくんって。
どうせ、いつものその口調で『どうかしたか?』なんて聞いたんでしょ?
イクトくんの口調、それでなくても強いんだから……それじゃ、フェイトちゃんとかはどうしても『怒られてるんじゃないか』って不安になっちゃうよ」
「む………………」
「図星だったみたいだね。
そうやって無意識に相手にプレッシャーかけちゃうの、イクトくんの悪いクセだよ?」
「ぐぅ…………!」
「そのクセ、相手を心配する気持ちはしっかりあるから、相手が問題を解決するまで引き下がらないし……
まぁ、元々責任感の強い性格だし、瘴魔時代のリーダー経験もあるし……その上フェイトちゃん達よりも年上で戦士としても大先輩。
年長者な分、『自分がしっかりしなきゃ』って肩肘張っちゃうのも、ムリのない話なんだけどね」
「………………!」
「ち、知佳さん、知佳さん……」
「え?」
あわてて恭也が待ったをかけ、知佳はふと我に返り――見れば、彼女に痛いところを遠慮なくえぐられまくったイクトは見事撃沈。カウンター席に突っ伏している。
「ご、ごめん、イクトくん……!」
「いや、いい……
オレも治したいと思ってることだ。気にするな」
「ちっとも治ってないけどねー」
背後で余計なことを言うのは、イクトをここまで案内してきたジャックプライム――その瞬間、イクトは迷わず手にしたフォークを投げつけた。
ロボットモードの彼の装甲にビシッ!と突き刺さり、「知佳さんと対応が違うーっ!」と抗議の声が上がるが、かまうことなく恭也達に対して続ける。
「と、とにかく……今解決すべきはテスタロッサのことだ。
何かいい方法はないか?」
改めて尋ねるイクトに、恭也と知佳は思わず顔を見合わせた。しばし考えた末、知佳が彼に聞き返す。
「イクトくん……本当に心当たりはないの?
“エリオくん達関係”ってところまではわかったんでしょ?」
「それとて、さっき話した一件の後だったおかげで気づけたようなものだ。
正直なところ……そこから先はまったく思い当たらない」
ため息まじりに答え、イクトは恭也の淹れてくれたコーヒーをすすり、
「ダメだな……エリオやキャロの“義兄”を自称しておきながら、こんな肝心な時に何もできない。
たかが数ヶ月では、アイツらのことをわかってやるには足りなかったか……」
「いや、そんなことは……」
先ほど凹ませてしまった手前、あわててフォローに入る知佳だったが――
「…………それじゃないのか?」
不意に口を開いたのは恭也だった。
「恭也、『それ』とは……?」
「いや……
フェイトの元気がないのは、今のイクトと同じコトを考えているからなんじゃないか……そう思ってな」
聞き返すイクトに対し、恭也は改めてそう答えた。
「聞けば、フェイトは六課では捜査主任を担当しているそうだな?
となれば、当然訓練に参加する時間は限られてくる……」
「しかし、ヤツとて可能な限り訓練に顔を出している。
ちゃんと、エリオ達のことを見ているぞ」
「だからこそ、なおさらだ」
反論の声を上げたイクトだったが、そんな彼に恭也はハッキリと言い切った。
「たまに顔を出すだけで……その間のことをフェイトは見られない。
彼女が見るのは、なのはの訓練によって以前顔を出した時よりも明らかに実力を上げた二人の姿……」
「そっか……
フェイトちゃん、親なのに……二人の“成長”に立ち会えてないんだよね……」
「エリオ達がフェイトを気遣って、何かあっても自分達で何とかしようとするのも、一役買っているんだろうな……
二人としては、フェイトに心配をかけたくないんだろうが……だからと言って、頼ってもらえないというのは、やはりさびしいものだ」
「10年前の、恭也くんとなのはちゃん達みたいな?」
「…………あー……まぁ、そんなところだ」
知佳の指摘に苦笑まじりに答えると、恭也は息をつき、
「なのに、当のエリオ達はそんなフェイトの姿を見て、『彼女に心配をかけている』とますますがんばってしまう。
そして、そのせいでフェイトはますます寂しさを感じてしまう……完全な悪循環だ
……ところで……」
と、そこで恭也は不意に話を止めて“そちら”へ視線を向け、
「ついて来れているか?」
「と、当然だ!」
“兄”としてはまだまだ新米の彼にとってはまったく未知の分野の話だ。混乱するのもある意味当然――尋ねる恭也に対し、思考がオーバーフロー直前まで追い込まれていたイクトはあわてて現実に帰還し、そう答える。
「つまり、問題なのはテスタロッサがエリオ達とすごせる時間がとれないでいること。エリオ達がそんなテスタロッサを気遣って、当てにしようとしないこと……その結果起きてしまっているコミュニケーション不足……だな?」
「まぁ、多少飛躍してる気はするが……そんなところだ」
必死に頭をフル回転させ、確認するイクトの言葉に、恭也はとりあえず合格点を出しておく。
「フェイトは……今でこそいい環境にいるが……オレと知り合う前のことだが、少し寂しい想いをしたことがあったそうでな……」
「知っている。
“PT事件”……だな?」
確実に関係していること。しかし、多くを語るワケにもいかないこと――フェイトの“根源”とも言えるその名を口にするイクトに、恭也は真剣な面持ちでうなずいてみせる。
「そうした関係から、フェイトは人との“つながり”に対し、少し……いや、かなり臆病なところがある。
過保護なところがあるのも、その“つながり”を再確認したいから、と考えれば納得がいく。
心配をかけたくないから頼るワケにはいかない……エリオ達の気遣いは確かに有意義ではあるが、フェイトにとっては、な……」
「そういう“すれ違い”も、また同様の原因、か……」
恭也の言葉にうなずくと、イクトはコーヒーの残りを飲み干して立ち上がり、
「礼を言う。おかげで光明が見えた。
隊舎に戻り……少し、テスタロッサと話してみる。
エリオ達と共に……“家族”として、な」
「あぁ。それがいい」
恭也のその言葉に小さな笑みと共にうなずき、イクトは会計(コーヒー代+オリジナルブレンドの豆一袋)を済ませる。「もう帰るの?」とジャックプライムがイクトに尋ねた、その時――
「イクトくん」
不意に、知佳がイクトに声をかけた。カウンターから出て、イクトの方に歩み寄りながら、どこか芝居がかった仕草で右手の人さし指をピッ、と立て、
「最後にひとつだけ。
キミがフェイトちゃんをそこまで気にかけるのは……どうして?」
「決まっている。
“保護者仲間”だからだ」
「…………ホントに?」
「待て。
なぜ貴様までフィニーノと同じような反応を返す?」
「だって……ねぇ?」
「『ねぇ?』ではわからん」
知佳に答えると、イクトは改めてきびすを返し、
「…………あぁ、そうだ」
知佳に対し、思い出したように付け加えた。
「さっきの『最後にひとつだけ』。なかなかの再現度だったが……杉下右京のマネをしたいなら、メガネのひとつくらいは用意しておくべきだったな」
「え………………?」
意外な“反撃”にキョトンとする知佳に不敵な笑みを見せ、イクトはジャックプライムと共に今度こそ出ていった――店内に静寂が戻り、知佳は恭也に告げた。
「…………通じちゃったよ、『相棒』ネタ……」
「知らなかったのか?
プレシーズンから最新のシーズン7、劇場版、果ては深夜枠の『裏相棒』まで。すべてリアルタイムで完全制覇するほどの大ファンだぞ。
ちなみに、『杉下右京のファンであって水谷豊のファンではない』というのが本人の主張だ」
「ふ、ふーん……」
「う〜む……姫達は大丈夫でござろうか……」
「なんか、寂しそうだったよねー……」
舞台は再び機動六課の隊舎――自分達のオフィスで、落ち着きなくつぶやくシャープエッジに、いつもはひょうひょうとしているアイゼンアンカーもまた複雑な表情でそう答えた。
「やはり、励ましに行った方が良いでござろうか……?」
「めんどくさいけど、そうした方がいいかもねー」
そうと決まれば行動あるのみ。提案するシャープエッジに答え、アイゼンアンカーは立ち上がり――
「あー、待て待て」
そんな二人に声をかけたのはシグナルランサーだった。
「どうしてでござるか? シグナルランサー殿」
「ボクらのジャマする気?
そんなに自分だけ出動の機会に恵まれなくて“隊舎のヌシ”になってるのが悔しいの?
仕方ないでしょ。今までまともに市街地が戦場になったことないんだから。市民の避難誘導が仕事のシグナルランサーの出番なんかあるはずないよ」
「よーし、アイゼンアンカー。お前は今すぐ表に出ろ」
抗議の声を上げる二人――というより後半のアイゼンアンカーの言葉に頬を引きつらせ、シグナルランサーはアイゼンアンカーに自慢の槍の切っ先を突きつける。
「……って、そうじゃなくて。
二人が行くのは、今回は筋違いだ、って言ってるんだ」
しかし、今は暴れるべき時ではない――息をつき、シグナルランサーは槍を収めた。
「そりゃ、二人はエリオとキャロのパートナーだよ。そこは否定しないし、むしろ絶対にしちゃいけないとも思ってる。するヤツがいたら迷わずこの槍でブチ貫く、ってくらいにはね。
でもさ……お前らの場合、エリオ達をフォローしようとするあまり、“それ以上のところ”まで遠慮なく踏み込みかねないんだよ」
『………………っ』
真剣な表情で告げるシグナルランサーの言葉に、シャープエッジも、アイゼンアンカーも思わず反論に詰まった。
「エリオ達のためとなれば、普段はモノグサなアイゼンアンカーですら人格変わるからな……お前らがどれだけあの二人を大切に思ってるかは、周りから見ればよくわかる。
でも……お前らはその想いが強すぎるせいで、本当ならマスター自身が解決しなきゃならない問題にまで平気で踏み込んでしまう。
マスターが自分達で足を踏み出さなきゃならないところで、マスターの手を引いてムリヤリ踏み出させてしまう――それがお前らなんだよ」
告げるシグナルランサーに対し、シャープエッジもアイゼンアンカーも返す言葉を思いつけず、ただ黙り込むしかない。
「行くこと自体は止めないさ。心配なのはわかるから。
けど……今回のコレは、あくまでエリオ達とフェイトとの間に起きている問題だ。お前らが出しゃばっていい問題じゃない」
「し、しかし……」
「大丈夫だよ」
なおも言葉をにごすシャープエッジに対し、シグナルランサーはあっさりと答えた。
「さっきのアイゼンアンカーのセリフじゃないが、今まで完全に“隊舎のヌシ”だったからな……出撃せず、ずっと“普段の彼ら”を見てきた分、お前らよりはわかるんだ。
エリオ達はしっかりしてるし、フェイトもちゃんと“親”をやってる。
それが今は、それがちょっとすれ違ってるだけ――オレ達が何かしなくても、きっと、明日には元通り笑い合えるさ。
アイツらの“家族”としてのつながり……ほんの少しでいいから、信じてやれ」
その言葉に一切の迷いはない――心からフェイト達の“絆”を信じるシグナルランサーの言葉に、アイゼンアンカーとシャープエッジは思わず顔を見合わせた。
「………………フンッ」
そんな彼らのやり取りを、マスターコンボイは自分のデスクで、憮然とした様子でながめていた。
「マスターコンボイ様……?」
「どうしたんスか?」
「気にするな」
尋ねるガスケットとアームバレットにもあっさり答え、マスターコンボイは何の気なしに天井を見上げる。
「…………“家族”か……」
またこの話だ――ヴィヴィオ達の話といい今のアイゼンアンカー達の話といい、この手の話になるとどうも自分は弱い。
無論、理由はわかっている――自分にこの手の経験があまりにも足りていないからだ。
自分に家族はいない――かつてマスターコンボイはキャロやアスカにそう語った。
実際、彼は家族というものを知らずに育った。気づけばひとりで生きていた。
自らの魂であるスパークを意図的に分裂させ、それを別の身体に宿すことで子を成す――そんなトランスフォーマーの生態を知っても、すでにその頃にはそんなことなど気にもならないほど“独り”に慣れきっていた。
生きるために戦い、力をつけ――やがてその力を伸ばすことに生きがいを感じるようになり、気づけばデストロンの破壊大帝にまでのし上がっていた。
“家族”を知らず、“つながり”を知らず――“絆”を知らず、彼は育ってきたのだ。
もちろん、今は違う。なのはがいて、スバル達がいる。
なのはと、スバル達と“絆”を紡ぎ――それを守りたいと願い、自分はここにいる。
だが――自分はそこで止まる。
自分には“絆”がある――だが“家族”はいない。
“家族”を知らないが故に、“家族”を知るなのは達との違いを感じずにはいられない。
なのは達のそれと酷似し――しかし確かな欠落のある自分と周りとの関係に、最近は苛立ちを感じることも多くなってきた。
昔の自分のように『そんなものは気にしなくてもいい』などと笑い飛ばせればどれほど楽か――気にしなければいいと思っていても、そんな自分の感情とは関係のないところで、自分の制御から外れた自分が叫んでいるのがハッキリとわかる。
自分の中に生まれた確かな矛盾に、マスターコンボイは知らず知らずの内に舌打ちし――
「………………む?」
自分のデスクの端末の一角、新着メールの着信を示すインジケータランプが灯っているのに気づいた。
もちろん、彼が自分から第三者にアドレスを教えるはずがない。話に聞く迷惑メールか――そんなことを考えながら、マスターコンボイはメールをセキュリティスキャンにかけ、ウィルスなどがないことを確認した上でウィンドウに表示した。
内容によっては、気晴らしに思い切り笑い飛ばしてやろうという魂胆だったが――
「………………ほぅ」
そこに示された“署名”に、マスターコンボイは思わず声を上げていた。
「……そっか……
フェイトさんが、寂しそうだったから……」
「はい…………」
「そう、です……」
一方、こちらは隊舎の屋上――話を聞き終え、うなずくゆたかに、ようやく落ち着きを取り戻してきたエリオやキャロもまた、静かにうなずいてみせる。
「えっと……私は、今日二人と初めて会ったから、よくわかんないけど……エリオくんもキャロちゃんも、『フェイトさんのために』がんばってきたんだよね?」
再び、二人はうなずく――どうすればいいか、正直に言えばまったく見当もつかないが、それでもなんとかしてあげたい。慎重に言葉を選びつつ、ゆたかは二人に対して告げる。
「えっとね……エリオくん、キャロちゃん。
私もね……二人と、同じだったんだよ」
「ゆたかさんも……?」
「うん」
思わず聞き返すキャロに、ゆたかは優しく笑いながらそう答えた。
「私は……二人と違って、戦うことなんかできない……とっても弱くて、いつも身体を壊してばっかりで……
でも、だからお姉ちゃん達に心配をかけたくなくて……なんとかしようって、自分なりにがんばってた……“二人と同じ”っていうのは、そういう意味。
でもね……」
言って、ゆたかはエリオやキャロの頭をなでてやり、
「それが逆に、お姉ちゃん達に心配をかけてた。
心配させたくなくて……少しくらいなら、辛くてもガマンしてて……結局、それで倒れちゃって、余計に心配をかけちゃって……
フェイトさんが心配してるのは、きっとそこなんじゃないかな?
第一印象だけだけど、とっても優しそうな人だと思ったもん――きっと、しっかりしてる二人を見て、二人がムリしてるんじゃないか、って、心配してるんじゃないかな?」
「ムリなんて……してないと、思うんだけど……」
「かも、しれないよね。
今のエリオくん達、とっても落ち込んでるけど……さっき、会ったばっかりの時は、みんなといて、とっても楽しそうに見えたし」
困惑気味に答えるエリオに、ゆたかはゆっくりとそう答え、
「でも……フェイトさんが、そのことをわかってるとは、限らないんじゃないかな?」
『あ………………』
「そういうところも、二人は私と同じなんだよ。
心配させたくなくて、がんばって……それが相手にどう見えてるか、そういうところを、ちっとも考えてなかった……違う?」
ようやく、話すべきこと、向かうべき結論がゆたかにも見えてきた――指摘され、思わず声を上げるエリオとキャロに、うんうんと自分でもうなずきながらゆたかは続ける。
「だからさ……ちゃんと、伝えよう?
自分達がどんな想いでここに来て、どんな想いで今を過ごしてるか……フェイトさんに、ちゃんとね。
大丈夫。“家族”なんだもん。きっと、お話聞いてくれるよ」
優しく、気遣うように告げるゆたかに、エリオとキャロは顔を見合わせて――
『…………はい』
ハッキリとうなずいてみせた。
「…………エリオ達、大丈夫かな……?」
「大丈夫だと思うよ」
一方、こちらはレクルームに退避したスバル達――心配そうにつぶやくスバルに、こなたはあっさりとうなずいた。
「ゆーちゃん、身体弱くてねー。何度も何度も、私達に心配かけたくないから、ってムリしてた。
でも……その分だけ、ゆーちゃんはちゃんとわかってる。本当にどうしようもない時は、素直に誰かに頼ればいいんだって」
「それと、今の話と、どうつながるのよ?」
「“話し合い”が始まってから早10分――手に負えなかったらとっくに白旗揚げてる時間だってこと♪」
尋ねるティアナにこなたが笑顔で答えた、その時――
「…………おい」
「あれ……イクトさん?」
不意に声をかけてきたのは、ジャックプライムに連れられて戻ってきたイクトだった――ジャックプライムと別れ、ひとりで姿を見せた彼に、スバルは思わず声を上げた。
「フェイトちゃんとシャーリーちゃんは?」
「別行動だ。
そろそろ戻るだろうと思ってな――本局で合流しようとするよりもこちらに戻って待ち伏せた方が確実に捕まえられると踏んで、戻ってきた」
尋ねるアスカに答えると、イクトは一同を見回し、
「それより……エリオとキャロはどうした?
あの二人にも同席してもらいたいのだが……」
「あぁ、エリオくん達なら……」
尋ねるイクトにみゆきが答えかけた、その時――
「あれ、イクト兄さん……?」
ウワサをすれば何とやら――ゆたかやキャロ、フリードと共にちょうど戻ってきたエリオが、イクトの姿を見て声を上げる。
「イクト兄さんが帰ってきてる、ってことは……」
ひょっとしたら、フェイトも戻ってきているのでは――思わず身がまえてしまうキャロだったが、
「安心しろ。
別行動で戻ってきたから、テスタロッサはいない」
「そ、そうなんですか……」
イクトの言葉に、キャロは安堵の息をつき――
「………………あ。
エリオ、キャロ……イクトさんも……」
「ふ、フェイトさん!?」
「えっと、あの……!?」
「…………あー……
間に合わなかったが、『すぐに戻ってくるだろう』と付け加えるつもりではいたからな?」
まさに“ウワサをすれば何とやら”というタイミングで戻ってきた――レクルームに通りかかったフェイトや、彼女の登場に驚くエリオ達に対し、イクトはため息まじりにそう弁明
する。
しかし、彼女が帰ってきてくれたのはありがたい――コホンと咳払いし、イクトはフェイトに告げる。
「テスタロッサ」
「は、はい……」
「少し……話したい。
それも……エリオ達と、一緒に」
「…………はい……」
イクトの言葉――「エリオ達と一緒に」というその一言で、彼の“話したいこと”には察しがついた。意を決し、フェイトは小さくうなずいてみせた。
「本当にここでいいのか?」
「うん……
この部屋は、エリオとイクトさんの部屋……住んでる人が二人とも“話し合い”に参加するんだもの。ちょうどいいよ」
別の意味でちっとも“ちょうどよくない”のだが――主に倫理的なところで。
そんな意見はすでに伝えたはずなのに、「気にしないよ?」とあっさり返してくれたフェイトに内心で涙しつつ、抵抗を押し切られたイクトはフェイトやキャロを、そして自分と同じくこの部屋の住人であるエリオを室内に通した。
そして自分が最後に続けば、室内のデスクに腰かけたキャロはともかく、フェイトは二段ベッドの下の段――すなわち自分の寝床に腰かけている。いろいろとヤバげなものを感じつつ、イクトは思わず天井を仰いだ。
「……ま、まぁ……前置きをするような空気でもないことだし、いきなりだがオレの私見だ」
しかし、いつまでも嘆いてばかりもいられない。今までの思考を心の奥底にしまい込みつつ、イクトは座布団の上にドッカリと腰を下ろし、場を取り仕切るべく口を開いた。
「ハッキリ言うなら、貴様ら……いや、オレも含めて“オレ達”か。とにかく、オレ達は少しお互いの意見を交換することをしなさすぎたように思う。
そして……そのことに、オレは何の疑問も抱けずにいた。そのせいで、お前らに対して視線を向けるべきところを、気遣うべきところを、少し見誤っていたようだ。
結果……今回のこの事態に対し、オレは何もできなかった。まずは、そのことを謝罪させてくれ」
「そ、そんな……」
「イクト兄さんは、別に……」
「そ、そうですよ!」
言って、いきなり頭を下げるイクトに対し、あわててフェイト達が口々にフォローの声を上げるが、
「……そうやって、すぐに相手をかばい立てするのも、今回の遠因のひとつだと思うんだ、オレは」
『う゛………………』
イクトの指摘には身に覚えがありすぎた。思わずうめき、フェイト達は互いに顔を見合わせる。
「で……最終的な結論として、オレはお前達のことをもっと知りたいと思う。
何ができて、何が好きで、何が楽しいとか……そんなことを目に見える形ではなく、お前達がどう考えて“そう”なっているのか……その心の内をオレに教えてほしい。
そしてそれを……お前達同士でも、やってほしいとオレは思う」
「…………そうだね。
イクトさんの言う通りだ」
まさに今、言いたいことをひとつひとつまとめながら話しているのか、その言葉は途切れ途切れで、つながりも少しおかしいが――だからこそ、彼の想いが確かに込められていた。自分でもかみ締めるように告げるイクトの言葉に、フェイトは静かにうなずいた。居住まいを正し、エリオやキャロへと向き直り、
「えっとね……エリオ、キャロ」
『はい……』
「あのね、二人は最近、本当にしっかりしてくれて、いろんなことをちゃんとできるようになってくれて……すごくうれしいんだよ。
だけど……二人があんまりいい子すぎて、しっかりしすぎてて……」
「あ、あの!」
告げかけたフェイトに対し、エリオはあわてて待ったをかけた。
「ボク達は……ボク達が、心配をかけてて……」
「それで、フェイトさんに、大変な想いとか、寂しい想いをさせちゃってるって……」
「え…………?
ち、違うよ。心配なさ過ぎて……大変じゃなさ過ぎて、困ってたんだよ……」
自分を弁護するように――「フェイトさんは悪くない。悪いのは自分達だ」と言わんばかりの勢いのエリオ達に、フェイトは思わず身を乗り出して答える。
「私が、ちゃんとできてなくて、だから、ムリしてるんだって……」
「ムリじゃないです!」
「一生懸命ではありますけど、ムリなんかじゃないです……!」
「そう、なの……?
私……二人の保護者でいられてる?
ちゃんと優しくできてないの、不満じゃない?」
「ふ、不満なんて!」
「あるワケないです!」
思わず、確認するように尋ねるフェイトだが、エリオ達の答えに迷いはなかった。
「私達、もうヴィヴィオみたいな小さな子供じゃないんです」
「ワガママを言うことしかできなかった、小さな頃のボク達から……少しずつ、変わっていけたらと思ってます。
でも……」
二人でフェイトにそう告げて――エリオは息をつき、フェイトに告げた。
「そのことで……こなたさん達と一緒にいた、ゆたかさんに言われちゃって……
『そう思ってることを、フェイトさんは知ってるのか』って……」
「…………そう、だね……」
エリオの言葉に、フェイトは静かにうなずいた。
「私……二人がそうやって思ってくれてること、ちっとも知らなかった……
二人のこと、昔の……小さな子供の頃のままで見てた……かも……」
「確かにな。
貴様は少し、エリオに対し無遠慮すぎるところもあったしな」
「い、イクトさん……!」
付け加えるイクトの言葉に、フェイトは思わず頬をふくらませる――そんなフェイトに笑みを返し、イクトは彼女の頭をなでてやり、
「だが……お前は今回のことでそのことに気づけた。
なら……すべきことは決まっているだろう?」
「はい…………」
イクトの言葉にうなずくと、フェイトはエリオやキャロに対し改めて告げた。
「私も……二人に自分の想いを伝えてなかった。
二人の保護者なんだから、もっと頼ってほしい。もっとワガママを言ってもいい……そう思っていても、思うだけで、二人に伝えようとはしていなかった……
結局……同じだったんだね、私達……」
「はい」
「そうですね」
「だから……これからはじっくり話そう。
もう、こんなすれ違い方、しないように……」
フェイトの言葉に、エリオとキャロが笑顔でうなずく――そんな3人を微笑ましく思いながら、イクトは不意にその場に立ち上がった。
「イクトさん?」
「『じっくり話し合う』んだろう?
茶がいるだろう――今淹れてやる」
「い、いいですよ!」
「それならわたし達がやります!」
「あ、いや、私が!」
イクトの言葉に、フェイト達は3人が3人、あわててイクトを手伝おうと立ち上がる――あまりにもそろったその動きに、思わずキョトンと顔を見合わせるフェイト達に、イクトはクスリと笑みを浮かべ、提案した。
「なら、みんなで淹れるか」
『…………はい!』
「…………うまく、いったみたいだね」
「もめてる様子もないし……たぶん」
もっと近くで様子をうかがいたいところだが、“相手側”にイクトがいる以上これ以上近づいては気づかれてしまう――イクトやエリオの部屋を廊下の角の向こうから見守り、つぶやく
こなたにスバルがうなずく。
「ゆーちゃん、お疲れさま。
おかげでエリオくん達、なんとかなったみたいだよ♪」
「た、大したことしてないよ……
ただ、自分と似てるところがあって、ほっとけなかっただけだし……」
満足げに微笑み、労うこなたに対し、ゆたかは両手をパタパタと振りながらそう答えるが、
「そんなことないって♪
小早川さんの力があってこそっスよ♪」
「ゆたかが、とても優しいから……だから、二人をはげましてあげられたんだよ」
「あぅあぅあぅ……」
親友の二人までもが持ち上げてくる――ひよりやみなみの言葉に、ゆたかは顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。
「ま、それはそれとして……どうなることかと心配だったけど、大丈夫だったみたいね」
「そうですね」
「よかったねー♪」
いずれにせよ、エリオもキャロも、元気になってくれてよかった――安堵の息をつくティアナにみゆきやつかさが同意すると、
「まぁ……だからって、問題が残らなかったワケでもないんだけどね」
一方、苦笑まじりにつぶやくのはアスカだ。肩をすくめて振り返り――
「うぅっ、なんでボクだけ仲間ハズレ……
ボクだって、エリオ達の保護者なのにぃ……」
「ったく、この子はこの子で、間が悪いって言うか何て言うか……」
イクトやフェイトがそろってすっぽかしてくれた帰隊の報告を代行している間にトントン拍子に話が進み、気づけば完全な置いてきぼり――ヒザを抱えていぢけているジャックプライムの背中に、アスカはつぶやいてため息をつく。
「あのさぁ、そんなに仲間ハズレが寂しいなら、さっさと突撃かければいいじゃない。
マスターコンボイなんかモロそーゆートコあるでしょ? 自分が言いたいことを言うためなら、KYと言われようが白けられようがおかまいなs……」
呆れ半分にジャックプライムに告げて――アスカはふと気づいた。振り向き、スバルに尋ねる。
「そういえば……マスターコンボイは?
ぜんぜん姿を見ないけど」
「えっと……あたし達がこなた達の調書を取ろうとした時には、もう別行動でしたけど?
確か、『オフィスで書類を片付ける』って言ってたけど……」
「いや、それにしたって時間かけすぎでしょ。
マスターコンボイ、いつも速攻で書類仕上げるのがパターンなんだし」
スバルの答えに頭をかきながら、アスカはオフィスの方へと視線を向けた。
「おっかしいなぁ……
いつもはスバル達が困ってるとツンデレ全開でしゃしゃり出てくるのに……」
思わず首をかしげるアスカだったが、その疑問に答えを返せる者はいない。
何しろ――
その時、マスターコンボイは誰にも気づかれることなく、六課から姿を消していたのだから。
「…………ここか……」
つぶやき、“目的地”に到着したマスターコンボイはビークルモードからロボットモードへとトランスフォーム。目の前の建物を見上げた。
人目を忍ぶように建造された、今では廃棄された研究施設――ガレージから中に入るが、ロボットモードのままではそこから奥に進めず、ヒューマンフォームへと姿を変え、人間用の通用口から奥へと進んでいく。
警備システムも完全に沈黙しているのか、特に何も起きることなく研究所の奥へとたどり着く――機材もすべて運び出されて何も残されていない、広々としたホールを見回す。
「何もないではないか。
アドレスは確かにここだが……」
つぶやき、マスターコンボイは目の前に展開したウィンドウに先ほど受信したメールを表示してみる。
メールの本文には、ただこの場所のアドレスだけ――発信者の“署名”が“署名”だっただけに、何かあるのではないかと来てみたが、見事なまでに何もない。
「あの男め……まさか、今度はこのオレを振り回して遊んでいるだけではないだろうな……?」
今まで聞いてきた“彼”の話からして、そんな仮説も否定できないのが複雑なところだ。だんだんと苛立ちを覚え、マスターコンボイがうめき――
「そういう理由じゃ、ないんだけどな」
不意に、マスターコンボイに向けて声がかけられた。
「オレが見せたかったのは“ここにあるもの”じゃない。
この場所、そのものさ」
「…………この場所が、何だと言うんだ?」
新たな声を手がかりに、相手の居場所を特定――背後の通路から姿を現し、ホールに続く階段をゆっくりと降りてくる“彼”に、マスターコンボイは振り向きながらそう聞き返す。
「この場所自体に意味がある、と言ったな?
ここは一体何だ? “レリック事件”や、ジェイル・スカリエッティに関係があるのか?」
「そっちについては、“現場のひとつ”以上の意味はないよ」
問いを重ねるマスターコンボイだが、“彼”はあっさりとそう答える。
「だが……オレ“達”にとっては、重要な意味を持つ。
だから……お前にこの場所のことを知っておいてほしかった。
スバルと二人で“次の段階”に進みつつあるお前に……知っておいてほしかったんだよ」
「スバル・ナカジマと……?
どういう意m――」
「“ナンバーズ”」
マスターコンボイの言葉に重ねるように、“彼”はその名を口にした。聞き覚えのあるその名に、マスターコンボイの動きが止まる。
「それは確か、先日の戦いで……」
「そう。
こないだお前らがやり合った、ガジェット達の“向こう側”にいる連中――スカリエッティによってこの世に生を受けた戦闘機人によって構成された、戦闘機人だけのゴッドマスター部隊。
それが……ナンバーズ」
答え、“彼”はマスターコンボイの目の前でその足を止めた。
「ここは8年前……首都防衛隊に属していた“ある部隊”がそのナンバーズと交戦した現場だ」
「ここが……?」
“彼”の言葉に、マスターコンボイは眉をひそめながら周囲を見回す――そんなマスターコンボイに、“彼”は――
「そう。
ここは、お前達の知らない、もうひとつの“始まり”の場所。
オレ、ゼストのオッサン、メガーヌさん……」
柾木ジュンイチは、淡々とその事実を告げる。
「そして……」
「スバルとギンガの母親、クイントさん。
みんなの運命を、変えた場所だ」
スバル | 「えっと……アイナさん。 アイナさんって……あたし達の寮の寮母さんなんですよね?」 |
アイナ | 「えぇ。 男子寮も女子寮も、一手に引き受けさせてもらって――」 |
スバル | 「その割に……今までちっとも出番、ありませんでしたね?」 |
アイナ | 「………………」 |
間。 | |
アイナ | 「フッ、いいんですいいんです。 どうせ私は日陰者……日常の裏側でひっそりと消えていく、そんな存在でしかないんです……!」(いじいじ) |
アスカ | 「あぁっ! アイナさんがすねた!」 |
ティアナ | 「あんたは! また余計なコト言ってぇっ!」 |
スバル | 「ぅわぁ〜〜〜〜〜〜んっ! ごめんなさぁ〜〜〜〜いっ!」 |
アスカ | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第54話『“一番”は誰?〜勃発、ベストパートナー決定戦!?〜』に――」 |
4人 | 『ゴッド、オン!』 |
(初版:2009/04/04)