ここで一度、確認しておこう。
 ジェイル・スカリエッティとて人間である。そして、彼によって生み出されたナンバーズもまた、その特殊性を除けばやはり人間である。
 人間である以上、生きていくための衣食住の維持は不可欠――なので、彼らもまた、普通の“人”としての生活を営んでいる部分はやはりある。

 

 さて。
 なぜこんな話を最初にしたのかといえば――

 

 

 

 今回の騒動は、そんなスカリエッティ一派の“日常”の一コマから始まったからである。

 

 

「はー、お遣いなんてめんどくさいっスねー」
「そう言うな」
 服装は私服。しかし他の勢力には戦闘用のコスチューム姿しか知られていない彼女達にとってはれっきとした変装――市街地のド真ん中、歩道を歩きながらつぶやくウェンディに、チンクはため息まじりにそう答えた。
《我らとて食事をしなければ身がもたんし、補給でクライアントをあてにして接触の機会を多く作るのもまずい。強奪などは論外だ。
 目立たず、目立っても怪しまれず――そうして生活に必要なものをそろえるには……》
《普通に、普通の人間の暮らしの中に混じるのが一番妥当……もう耳タコっスよ》
 念話で告げる自分よりも小柄な姉に答え、ウェンディは改めてため息をつく。
「それに、これはまだ“外”での経験の浅いお前達の社会勉強も兼ねている。
 感情の乏しいディード達には難しい話だが、表情の豊かなお前達は“外”での“仕事”も多くなるだろうからな」
「だったら、あたしとセインの組み合わせでいいじゃないっスか。
 なんでチンク姉が?」
「『お前とセインの組み合わせだと、遊び呆けてばかりで1日が終わる』とお前達以外の全員の意見が一致した。
 そこで私がお前についた――教育係というワケだ」
「うへぇ〜……」
「腐るな。適材適所というヤツだ」
 言って、チンクとウェンディは買い物を済ませると1件の手入れの行き届いたビルへとやってきた。
 スカリエッティ達が“クライアント”との連絡その他の活動のために表向き用意している“一般人としての住居”だ――無論、その中は実際には使われておらず、クライアントの遣いと直に接触する際に使う応接室と巧妙にオフィス風に偽装された転送回収装置があるのみだ。
 とはいえ、ここが“表向き”とはいえ住居である以上、何かしらの届け物はあるワケで――
「…………フンッ、またダイレクトメールの類か。
 まったく、こういう輩はどこで住人のことを調べているのやら……」
「でも……ここを“モノホン”と思い込んでる時点で大ハズレなんスけどねー……」
 ポストに入っていた郵便物を確かめながらつぶやくチンクにウェンディがつぶやくと、
「………………む?」
 チンクの、郵便物をチェックする手が止まった。
「どうしたんスか?
 何か気になるダイレクトメールでも?」
「いや……違う」
 ウェンディに答えると、チンクは問題の郵便物を束の中から引き出した。
 ごく普通の定形封筒だ――広告のようなうたい文句も見られず、ダイレクトメールという気配ではない。
「ただの手紙のようだ……誤配だろうか?」
「でも……宛先、ウー姉っスよね……?
 差出人は?」
「ちょっと待て……って!?」
 ウェンディに答え、チンクは封筒を裏返し――そこに記された名前を見て思わず驚きの声を上げた。
 不思議に思い、ウェンディもまた差出人の名前を見ようとのぞき込んできて――彼女もまた、そこに記されていた名前に目を丸くした。
 二人をここまで驚かせた、その差出人の名前は――

 

 

 

 ――グリフィス・ロウランだった。

 

 


 

第59話

一筆奏上!
〜春が来た来たふみが来た?〜

 


 

 

「ウーノ宛に、機動六課の補佐官から手紙だと?」
「あぁ」
 問題の手紙は、発信器、盗聴器等に対する入念なチェックを経てすぐにアジトへと持ち帰られた。事情を聞き、姿を見せたトーレに対し、チンクは緊張した面持ちでうなずいた。
 その場には手紙を発見したチンクとウェンディ、やってきたトーレだけでなく、セインやディエチ、さらには先日加わったばかりの新しい姉妹、セッテ、オットー、ディードの姿もある。
「グリフィス・ロウランって……確か機動六課の部隊長補佐官だよね?
 そんな人が、どうしてウーノに手紙を……?」
「それはわからん。
 少なくとも、我々の素性が知られた様子はない。なのになぜ……」
 首を傾げるディエチにチンクが答えると、
「機動六課から、私に手紙ですって?」
 ようやく当事者の到着だ。一同の集まるミーティングルームに、手紙の宛先人であるウーノがクアットロを伴って姿を見せた。
「あれ? ドクターは?」
「『興味がない』って言って、ラボに残ってるわ」
 尋ねるセインに答えると、ウーノはチンクへと向き直り、
「それで……どういうことなの?」
「私にもわからない。
 スキャンしてみたが、盗聴器や発信器、そのほか各種追跡手段の類はもちろん、危険物も一切見つからなかった――正真正銘、ただの手紙だ」
「それが私に……?」
 まったくもってワケがわからない。二人で首をかしげるチンクとウーノだったが、
「あの……手紙の内容を確認するのが最善ではないでしょうか?」
 手を挙げ、そう提案するのは新メンバーのひとり、末の妹にあたるディードだ。
「危険物の類がないのは確認できているのですから、開封しても問題はないかと。
 それに、内容を読めば、この手紙の意図もわかるのではないでしょうか?」
「それもそうね……」
 ディードのその提案に同意し、ウーノは手際よく封筒を開封。中に収められていた、きれいに折りたたまれていた便せんを取り出し、目を通し――思いきり眉をひそめた。
「どうしましたの? ウーノ姉様」
 尋ねるクアットロに対し、ウーノは無言で便せんを差し出した。それを受け取り、クアットロはその内容に目を通した。
「……『手紙、受け取りました。文通よろしくお願いします……』?
 手紙? 文通? どういうことですの?」
「私にもさっぱり。
 一体どういうことなのかしら……?」
 手紙を読み上げ、首をかしげて尋ねるクアットロにウーノが答え――トーレは不意に視界のすみで動きがあったことに気づいた。
 2名ほど、コソコソとこの場から出ていこうとしている――その姿にため息をつき、
「……IS発動、“ライドインパルス”」
 自らの能力を発動。素早くその“2名”の行く手に回り込んだ。
「セイン、ウェンディ……
 二人そろってどこへ行くつもりだ?」
「あ、えっと……
 なんか、つまんなさそーな話だったから、今のうちに“大一番”に向けての訓練でも……と思って……」
「そ、そうっスよー。
 あたし達は純粋に自主トレを……」
「ならば、コソコソと出ていくことはあるまい?」
 しどろもどろになりながらも答えるセインとウェンディだったが、トーレはあっさりとそう答える。
「どうやら、この件に関して“いろいろと”知っているようだな……
 とりあえず、知っていることを洗いざらい話してもらおうか」
『ひ、ひぃぃぃぃぃっ!?』
 告げて、底知れぬプレッシャーを放つ姉の姿に、セインとウェンディは身を寄せ合い、ガタガタブルブルと震え上がるのだった。

 

 さて、そんなスカリエッティ派のアジトでの出来事から時間は数日ほどさかのぼり――

『お疲れさまでしたーっ!』
「はい、お疲れー」
 報告書を提出し、その日の業務は終了――そろって頭を下げるスバル達に対し、なのはは笑顔でそう応じた。
「みんなは週末はオフだっけ?」
「はい。
 こないだつぶれちゃったお休みの埋め合わせです♪」
「それはいいけど、あまりハメを外しちゃダメだよ」
 ライカに答えるスバルをなのはがたしなめると、
「おい、アスカ」
 そんな一同の中にいたアスカに、ヴァイスが声をかけてきた。
「あぁ、ヴァイスくんも終わった?」
「おぅともよ」
 とたん、疲れを見せていたアスカの表情が変わった。元気に尋ねるアスカにヴァイスが答えるのを、なのは達は微笑ましく見守っていたが、
「…………なんだ、お前達はもう上がりか?」
 そんな彼女達に声をかけ、資料を持って戻ってきたイクトが自分の席に腰かける――そんな彼のデスクをスバルは何の気なしにのぞき込み、
「はい。
 イクトさんは……聞くまでもありませんね」
「………………面目ない」
 彼の正面のウィンドウには半分も進んでいない作成中の報告書――苦笑するスバルに、イクトは深々とため息をつく。
「手伝いましょうか?」
「魅力的な申し出だが、遠慮しておく。
 何かとお前達に頼っていては、いつまで経っても成長しないからな」
「人に頼ってすら成長してないじゃない、アンタ」
 見かねて手伝いを申し出たエリオに答えるイクトにライカがツッコむと、その傍らからフェイトがイクトに声をかけてきた。
「そういえば……イクトさんも確か明日お休みですよね?
 何か予定があるんですか?」
「いや、特にないな。
 今夜、グランセニックから『相談がある』とかで飲みに誘われていてな……二日酔いに備えての休みだ。
 恥ずかしながら、酒は弱い方なのでな」
「そうなんですか……
 実は、私も休みを合わせてて、エリオ達と遊びに出ようかと思ってるんですけど……大丈夫だったら、どうですか?」
「ふむ……」
 フェイトからの誘いにイクトが考え込んでいると、
「相変わらず仲がいいですねー、二人とも」
「ホントですね」
 そんなイクトやフェイトに声をかけてきたのはアルトとルキノだ。二人の言葉に、イクトとフェイトは顔を見合わせ、
「まぁ……仲はいいな、うん。
 テスタロッサはエリオ達の保護者だからな」
「ですよね。
 イクトさんはエリオ達の“お兄ちゃん”なんですから」
「いや、そういうことじゃなくて……」
 二人の直接の関係のことを言っているのに、この二人ときたら――答えるイクトとフェイトにルキノが苦笑すると、
「ちょっとちょっと、イクトさーん!」
 声を上げ、パタパタと駆けてきたのはアリシアである。
「アリシアか……
 今度は何だ?」
「またまたー♪ とぼけちゃって♪」
 次から次へと――そんな思いをため息に込め、尋ねるイクトだったが、アリシアはニヤニヤと笑みを浮かべ、
「聞いたよー。
 イクトさんってば――」
 

「今夜合コンなんだって?」
 

 その一言で、その場の空気が静止した。
 周りに居合わせたなのは達だけではない。オフィス内にいたその他の隊員も含め、現在室内にいるすべての人間の動きが止まっていた。
 誰もが、今のアスカの言葉を脳内でじっくりと分析し――
『合コン!?』
 告げたアリシアを除く全員の叫びが、場の静寂を粉砕した。
「ご、合コン!? オレがか!?」
「ちょっ、イクトさん、どういうことですか!?」
「オレだって知らん!」
 思わず声を上げたところに、フェイトが詰め寄ってくる――大あわての彼女に、イクトもまた混乱する頭で何とかそう答える。
「合コン……合コン……」
 その一方で、その単語に馴染みがないのはそういったことに縁のなかったマスターコンボイだ。しばし時間をかけ、自分が六課に身を寄せてからかき集めた一般常識に関わる知識の中から該当する単語を引っ張り出し、
「…………あぁ、そうだ。
 以前ロングアーチの小娘ども――具体的にはそこの二人がオレのデスクに放り出していった雑誌に記述があった」
「アルト、ルキノ……」
「ちゃんと自分達の雑誌は自分達で片づけなきゃダメじゃない」
「あぅ……」
「す、すみません……」
 ポンと手を打ってつぶやいたマスターコンボイの発言にはさりげないイヤミが利いていた。ツッコまれた二人がフェイトとなのはに頭を下げていると、
「……あー、一応聞くんだけど」
 今のやり取りを聞き、なんとなく“イヤな予感”に見舞われた。脳裏の不吉な予感を抑えつつ、ティアナはマスターコンボイに対し口を開いた。
「あんた……その雑誌を見て、“合コン”についてちゃんと正しく学習したワケ?
 “マスターコンボイ”と“女性向け雑誌”って、誤解の種をばらまくだけの組み合わせっていう気が激しくするんだけど」
「失礼な。
 確かにオレは人間の常識にはうとかったが、それも今までの経験を通じてちゃんと学習している」
 ムッとしてそうティアナに答えると、マスターコンボイはコホンと咳払いし、
「合コンとは……盛りのついた男と女が、身体に悪い飲物を飲みながら、不道徳な行為に及ぶ会合だろう?」
『………………』
 その言葉に、なのは達は思わず天井を仰いだ。
 とりあえず……間違ってはいない。
 ただし、言い方が激しく問題だった。
「………………?
 どうした?」
「あー、うん。
 とりあえず、マスターコンボイさんのことはまた後日の話、ということで……」
 困惑する一同に首をかしげ、尋ねるマスターコンボイにそう答えると、なのはは改めてイクトへと振り向き、
「今は、イクトさんの合コンの話でしょう?」
「そ、そうだ!
 おい、なぜオレが合コンに出るなどという話になってるんだ!?」
「何でも何も……さっき(コミケに参加するための)休暇申請出しに庶務に行ったら、庶務の子達が大喜びで話してたよ。
 いよっ♪ この色男♪」
「だ、だが、今夜は確かグランセニック達から『相談がある』と……」
 そう答えかけ――イクトは不意に動きを止めた。
 そのまま、今の自らの言葉と今の状況を照らし合わせる――そんなイクトの背後を、ヴァイスとアスカはコソコソと通り過ぎていき――
「おい、そこの二人」
 それを見逃すイクトではなかった。すかさず放たれた“力”の帯がヴァイスとアスカの四肢にからみつき、その動きを封じ込める。
「おい、グランセニック……
 確か今夜、『相談がある』と言っていたな?」
「い、言ってましたよ……」
「だから、“『イクトさん達を連れてくるように』って強制された合コンをどう断ろうか”っていう相談を……」
 イクトに組み伏せられたヴァイスと傍らに転がったアスカ、二人の言い訳にイクトはため息をつき、
「ふざけるな。
 事件も本格的に動いてきて、しかも公開陳述会という大きな行事も近い。
 テスタロッサと警備の準備の手伝いを約束している他にも、やらなければならないことが山積みなんだ――オレは行かない」
「ち、ちょっと待ってくださいよ、イクトの旦那!」
「そーだよ! イクトさんはみんなのお目当てのひとりなのに!」
 イクトの言葉に、ヴァイスやアスカは思わず声を上げ――
「何ナニ? 合コン?
 ねぇ、メンバー足りてるの? 他誰?」
「って、霞澄さんもナニ行く気になってるんですか……」
 乱入してきたのはあわてて身支度を整え始めた霞澄――思わずツッコミを入れるライカに苦笑しつつ、シグナムはコーヒーの注がれたマイカップへと手を伸ばし――ふと眉をひそめた。
「そういえば……アサギに飲みに誘われていたのはいつだったか……」
 今の“合コン”の話題で思い出したが、肝心の日取りが思い出せない――イクトの“説教”が終わった後で聞いてみよう、と考えながらコーヒーをすするシグナムを尻目に、アスカが現在決まっているメンバーを列挙し始める。
「えっとね、あたしとヴァイスくん、イクトさん、それからシグナムちゃん……」
「って、シグナム!?」
「ぶっ!?」
 アスカの挙げた名前に、フェイトが思わず声を上げ――驚いたのは当の本人も同じだった。思わず飲みかけていたコーヒーを吹き出しそうになり、シグナムはゴホゴホと咳き込んでいる。
「ち、ちょっと待て!
 アサギ、貴様が飲み会に誘っていたのは――」
「うん、今夜だよ」
 あわてて問いただすシグナムだが、アスカはイクトのバインドに捕まったままあっさりとうなずいてみせる。
「シグナム……結婚してるのに合コンに出るつもりか?」
「シグナム、さいてー」
「ご、誤解だ!
 私もアサギにハメられたクチだ! 合コンなどとは聞いていない!」
 半眼のスターセイバーやジャックプライムに弁明の声を上げ、シグナムはアスカへと向き直り、
「そういうワケだ! 私も行かないからな!」
「えー? それは困るよ!」
 宣言するのはある意味当然のこと――しかし、そんなシグナムにアスカはあわてて声を上げた。
「シグナムさんがいないと始まらないんだから!
 なんたって――イクトさんやヴァイスくんを差し置いての“女性参加者からの”一番人気なんだよ!」

 間。

「…………どうせ私はそういう役どころさ……
 所詮、恭也と知佳以外には同性にしかモテない女なのさ……」
「…………あー、ゴメン。まぢゴメン」
 アスカの言葉がクリティカルヒット。オフィスの隅で体育座りをして陰鬱な空気を身にまとうシグナムの姿に、アスカは思わず謝罪する。
 と――そんな中、デスクの電話が呼び出し音を立てた。あわててルキノが受話器を取り、
「はい、機動六課メインオフィスです。
 ……はい、少々お待ちください♪」
 相手が名乗ったと思われるしばしの間の後、ルキノはおもむろに受話器を下ろした。笑みを浮かべ、シグナムに声をかける。
「シグナム副隊長」
「どうした?」
 何か連絡事項か――“仕事モード”に頭を切り替えて聞き返すシグナムだったが、ルキノは笑顔で“爆弾”を投下した。

「知佳さんからお電話です♪」

『………………』
 再び、オフィスの中が静寂に包まれた。
「ち、知佳が……?」
「はい。
 シグナム副隊長と同じ、高町恭也さんの奥さん……というか、恭也さん“とシグナム副隊長の”奥さんの、高町知佳さんです」
 そんな中、最初に再起動したのはシグナム――直前のやり取りがやり取りだっただけに冷や汗をダラダラ流しながら尋ねるが、ルキノは追い打ちとばかりに両者の関係を強調しながらそう答える。
「い、いったいどうしたというんだ……?」
 今のやり取りを聞かれていたはずはあるまいが、それでも思わず緊張しながら手近な電話の受話器を取り――
「知佳ーっ! シグナムったらなー!」
「待てぇぇぇぇぇいっ!」

 すかさず声を上げたガスケットに待ったをかけ、とっさに受話器を戻した。保留をまだ解いてなかったのは幸いだ。
 ダメだ、ここで応対しては周りが何を言い出すかわからない。そう判断すると、シグナムはそそくさととなりに併設された会議室に向かい――
「ルキノ、何番の回線だ?」
「スターセイバー!」

 代わりに出ようとしたスターセイバーを一喝、シグナムは会議室へと消えていき――しばしの沈黙の後、その場の誰もが会議室とオフィスを隔てた扉に殺到した。

「ど、どうした? 知佳。
 店で何かあったのか?」
〈あ、ううん。そうじゃないの〉
 扉の向こうには聞き耳を立てる一同の気配――なのはやフェイトの気配まであることに内心で涙しつつ、尋ねるシグナムだったが、知佳はごくごく明るい口調でそう答えた。
〈あのさ……シグナム、今夜時間ある?〉
「い、いや……事件もここ最近になって大きく動いてきている……当分の間は、正直難しいな」
〈そっか……〉
「………………?
 何だ? 何か大事な話か?」
〈うん〉
 あっさりと知佳はうなずく――何か問題が起きたのかと不安になるシグナムだったが、知佳の声色に深刻な感じはない。
〈でも、急ぎでもなければ電話越しにするような話でもないし……だから、帰ってこれた時に話すね〉
「あ、あぁ……」
 知佳の言葉にうなずくと、シグナムは首をかしげながら受話器を下ろした。
 

「何話してるか聞こえる?」
「ううん……よく聞こえないよ」
「ギン姉は?」
「私もダメね……」
 こういう“色恋”の話題に敏感なのは“お年頃”のメンバーの多い機動六課ならでは、か――会議室の扉やその周辺の壁にピタリと張りつく一同の中、なのはやフェイト、スバルとギンガが言葉を交わし、
「ちょっと、マスターコンボイ、どこ行くのよ?」
「興味がないから引き上げるんだよ!」
「じゃあなんでこのメンツに紛れてんのよ!?」
「貴様が引きずり込んだんだろうが!」
 一方、さっさと引き上げようとしたのは、元々興味のなかったところにこの動きに巻き込まれたマスターコンボイだ――立ち去ろうとしたところを巻き込んだ張本人ティアナに捕まり、なんとか逃れようと懸命に抵抗を試みていると、
 

「何をしてるんですか?」
 

 かけられたその声に、場がシンッ、と静まり返った。
 全員がほぼ同時に振り向くと、そこには書類を手にしたグリフィスの姿があった。
「ぐ、グリフィスくん……」
「こ、これは、その……」
 マジメなグリフィスは日ごろから“ハメを外す”ということには少しばかりうるさいところがある。増してや今は課業時間中――“六課の風紀委員”を前にあわてて弁明の声を上げるアスカとヴィータだったが、
「あんまり、騒がないでくださいね。
 他の人のジャマになりますから」
『………………へ?』
 帰ってきたのは「小言」にもならない注意の言葉――思わず拍子抜けする一同をよそに、グリフィスは単に通りがかっただけだったのか、そのままオフィスを出ていってしまった。
「…………どうしたんだろ?
 ……なんか、いつものグリフィスくんらしくないんじゃない?」
「うん……
 いつもなら、ここで『仕事中に何してるんですか!』くらいのレベルで小言のひとつも言うところなのに」
 その姿は明らかにいつも自分達が見ている彼のものではなかった――首をかしげる霞澄にロードナックル・シロが同意すると、となりでヴァイスも腕組みして考え込みながらつぶやく。
「そーいや、最近アイツ、付き合い悪いよな……
 仕事が終わってからも寮の部屋に閉じこもっちまってさ」
「部屋に……でござるか?」
「あぁ」
 聞き返すシャープエッジに、ヴァイスはそう答えてうなずいてみせた。
「しかもけっこう遅くまで起きてるみたいだぜ――夜間シフトの時でも、オレ、風呂だけは寮のを使ってんだよ。でっかいからのびのびできるし。
 で、その風呂のために戻ってきた時も、ここ最近はたいてい電気がついてるしさ」
「何してるんだろ?
 昇任試験……は、まだ先だし……」
 ヴァイスの言葉にスバルが首をかしげていると、
「………………ねぇ、アリシアちゃん」
 そんな中、霞澄はとなりのアリシアに声をかけた。
「キミ達ゴッドアイズの仕事って何だっけ?」
「分析と調査……だね」
 彼女の言わんとしていることは言葉にするまでもなく理解できた――うなずき、アリシアは笑みを浮かべた。
 

 ニヤリ、と――それはもう、邪悪に。

 

「うーん……どうしたものか……」
 にぎやかながら事件も起きず、平穏な一日が終わりを告げようとしている――課業時間も終わり、戻ってきた自室で、グリフィスはひとり頭を抱えていた。
 時計を見れば、いつの間にか8時過ぎ――課業終了後からすでに3時間も困り果てていたことになる。
 ここは一度気分転換でもした方がいいだろうと考え、グリフィスはコーヒーを淹れに立ち上がり――その瞬間、突然自室の扉がノックされた。
「あ、はーい」
 返事をしながら扉を開けるグリフィスだったが、廊下には誰もいない。
「………………?」
 ガスケット達あたりが無意味にイタズラでもしに来たのだろうか。確かめてみようと、グリフィスは廊下に出てきて――
「どわぁっ!?」
 そのまま前につんのめった。
 いきなり足が地面に張りついたように動かせなくなった――見れば、ガムテープを輪にして作った即席の両面テープが床に貼られている。自分はこれに足をとられたようだ。
「が、ガムテープ!? 誰が!?」
 明らかに人為的なものだ。どういうことかとグリフィスが声を上げ――
「かかれーっ!」
『おーっ!』
「ぅわーっ!?」
 物陰に隠れていた霞澄の号令と同時、一同が一斉に飛び出してくる――真っ先に飛び出してきたスバルとアルトによって、グリフィスは瞬く間にしばり上げられてしまい、
「よーし! これよりグリフィス・ロウランの居室にガサ入れを敢行する!
 家宅捜索開始ーっ!」
『おーっ!』
「えっ!? 何!? 何事!?」
 続けて、霞澄の号令を受けたライカとアリシアを先頭に家宅捜索開始――状況についていけず、グリフィスは思わず声を上げる。
「ど、どういうことですか、霞澄さん!?」
「フッ、とぼけてくれるわね。大したポーカーフェイスだこと」
 とりあえず首謀者と思われる霞澄に状況の説明を求めるグリフィスだったが、霞澄はそう答えてニヤリと笑い、
「ヴァイスくんから聞いたわよ――最近、課業後はずっと部屋に“おこもり”なんですって?
 男の子が部屋に閉じこもってやることなんてただひとつ!
 そう! とても口に出して言えないような、エロエロなことをしていたに違いない! その証拠を押さえるのよ!」
「思いっきり口に出してるじゃないですか!
 というか、それ以前にあなたも女性なんですから少しは発言に慎みってものを持ってくださいよ!」
 グッ!と拳を握りしめて力説する霞澄にツッコむグリフィスだったが、当然ながらエキサイトしている霞澄の耳には入らない。
「ギンガさん、ティアナ、みんなを止めてくれ!」
 もはや独力ではどうにもなるまい。グリフィスは良識ある二人に救援を要請するが――
「へ、へー……男の子って言ってもさすが補佐官。片付いてるわね……」
「ジュンイチさんの部屋とは大違いねー」
 若干の照れは残っているものの、むしろノリノリで参加していた。
「シャーリー! ルキノ!」
 続けて頼るのは幼馴染とマジメな同僚のコンビだが――
「い、いいんですか……?」
「いーのいーの。
 あ、ルキノ、そっちのソファの下お願い。あ、普通に下じゃなくて、クッションの下ね?」
 幼馴染に同僚が取り込まれていた。
「え、エリオ、キャロ!」
 最後に頼るのはこの二人。さすがにこの二人なら抵抗感もあるだろうと踏んでのことだが――
「え、エロエロ……」
「……ドキドキ」
 むしろ抵抗感がありすぎて半フリーズ状態。顔を真っ赤にしてほぼ完全に動きを止めている。
「助けを呼んでもムダよ、グリフィスくん。
 ヴィータちゃんやスターセイバー、ビクトリーレオは交代部隊の指揮で本部隊舎だし、シグナムちゃんとイクトくんは結局合コンから逃げられなかったし。
 はやてちゃんとリインちゃん、ビッグコンボイ、ジャックプライムは外回りで遅くなるって話で、なのはちゃんとフェイトちゃんには『ヴィヴィオちゃんに』ってディズニー映画のDVD詰め合わせをプレゼントしといたから 、きっと今頃ヴィヴィオちゃんと一緒に鑑賞会ね。
 マスターコンボイとブレードくんは、元々こういうのには興味を持たないしねー」
「どれだけ計画的犯行なんですか、あなたわっ!」
 「計画通り」と言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべる霞澄にグリフィスが声を張り上げるが、むろんそんなことで事態が好転するはずもない。
「でも……見つからないですねー」
「“してた”んなら、それなりに手の届くところに置いてそうなんだけどねー……」
「ちょっと、ホントに“してた”んでしょうね?」
「してませんよ!」
 だが、今のところ“家宅捜索”の成果はない。スバルやアルトの言葉に眉をひそめ、尋ねる霞澄にグリフィスは全力で言い返した。
「みんなそろって、ボクが何してたと思ってるんですか!
 ボクはただ――文通の返事をどう書こうか迷ってただけですよ!」
『…………………………はい?』
 そのグリフィスの言葉に、一同の動きが停止した。
 

「まったくもう……みんなが男子寮で騒いでるってアイナさんから聞いて、何事かと思ったら……」
「霞澄さん……みんなを止めなきゃいけない立場のあなたが暴走してどうするんですか……」
「あはは……ゴメン」
 ほぼ完璧に隊長達の介入を阻止していたかに見えた霞澄だったが、“穴”は意外なところに――アイナから報告を受け、やってきたなのはやフェイトにたしなめられ、霞澄は苦笑まじりにそう謝罪した。
 彼女達がいるのは寮の食堂――あのままグリフィスの部屋で騒ぐのは部屋の広さ的な問題もあり断念。こちらに移動してきたのだ。
「でも……グリフィスくん、文通って、なんでまた?」
「あー、実は……」
 それにしても、通信技術が発達したこのご時世に手紙とは珍しい――どうしてそんなことを始めたのか、経緯が気になったなのはの問いに、グリフィスもまたことの次第を語り始めた。
 

 それは、ほんの数日前のこと――

「えっと……あれは、なのはさんとライカさんか……」
 外に出かけた用事から戻ってきてみれば、訓練場のはるか上空で幾度も交わる桃色と深紅の閃光――赤い方はヴィータかもと思ったが、彼女に光線系の射撃魔法はない。模擬戦を繰り広げる二人の正体を的確に推察し、グリフィスは車から降りてつぶやいた。
 何の気なしに海沿いの道路まで出てくると、予想通り、上空でなのはとライカが激しい空中戦を展開している。
 なのはのシューターによる包囲とバスターによる砲撃を、ライカは自慢のスピードでことごとくかわしていくが――逆に彼女の攻撃はなのはの強固な防御に阻まれて届かない。先日の隊長チームVS“Bネット”チームの模擬戦では勝利をおさめたライカだったが、なのはとの1対1ではあまり相性が良くないようだ。
 そんな彼女達の華麗な空中戦をしばし観戦し、グリフィスは職場に戻ろうときびすを返し――
「………………?」
 気づいた。
 自分の足もとからコツコツと音がする。
 音の出所はすぐ脇の海からだ。のぞき込んでみると、今自分のいる道路を支えているコンクリートの土台に、波によって運ばれてきたと思われるガラスのビンが何度もぶつかっていた。コツコツという音の正体はこれだったようだ。
「まったく……いつになっても、こういうことをする人はなくならないな……」
 エコロジーに対する意識の高いミッドチルダでも、やはりゴミをポイ捨てする不心得者はいるものだ。ため息をつき、グリフィスは手すりのすき間から海上に身を乗り出してビンを回収し――
「…………ん?
 何か、入ってる……?」
 ビンの中には、何か便せんのようなものが入っていた。首をかしげ、グリフィスはそれを取り出し――そこにはこう書かれていた。

『人と人とのつながりは、まるでこの海みたいなものだと思いませんか?
 大きすぎて、どこに通じているかはわからなくても、こうしてあなたと私はつながっているんですから。

 私と――文通してくれませんか?』

 そして――手紙にはさらに写真が添えられていた。便せんの折り目のすき間からこぼれたその写真を拾い上げ、グリフィスはそこに写る女性の姿を見た。
 

 しかし――彼は知らない。知る由もない。

 その写真に写っていたのが――

 

 自分達が追いかけている次元犯罪者ジェイル・スカリエッティの片腕にして“ナンバーズ”の長女、ウーノだということを。
 

「…………と、いうワケで……」
 だいたいの経緯はこんなところか――説明するグリフィスの話に、なのは達は思わず顔を見合わせた。
「それで、とりあえず返事を書こうと思ったんですけど――」
「――どう書けばいいのかとアレコレ考えても何も浮かばず、自分の無力を突き付けられながらここ数日を過ごしていた、と」
「その通りだけどハッキリ言わないでくれないかな?」
 間違ってはいないが、他人からハッキリ言われると情けないことこの上ない――サラリと言ってのけるアイゼンアンカーの言葉に、グリフィスは思わず頭を抱えて抗議という名のツッコミの声を上げる。
「けどよぉ、そんなに返事を書くのに困るんなら、無視しちまえばいいだろうが」
「だなだな」
「そ、そういうワケにもいかないよ」
 あっとりと無視すべきと提案するのはガスケットで、同意するのはアームバレット――騒ぎを聞きつけてきた二人の言葉に、グリフィスは顔を上げてそう答えた。
「経緯はどうあれ、『文通したい』という手紙を受け取ってしまったのはボクなんですから。
 そこから文通するかどうかはともかく、返事はちゃんと書いてあげなきゃならないでしょう」
「まったく、律儀というか、何と言うか……」
「まぁ、その律儀さが、今現在思いっきり自分の首を絞めつけてることには気づいた方がいいと思いますけどね」
 グリフィスらしいその答えに、シャリオとアルトが肩をすくめる――そんな二人の言葉に肩をすくめると、霞澄はグリフィスへと向き直り、
「ところで……結局どう書こうと思ってるの?」
「な、なんでそんなことまで答えなきゃならないんですか?」
「そりゃもちろん、おもしろおかしくいぢり倒……もとい、アドバイスしてあげるために決まってるじゃない!」
「本音ほぼだだ漏れじゃないですか!」
 答える霞澄の言葉に力いっぱい言い返し、グリフィスはバンッ!と机を叩いて立ち上がり、
「そんなこと言われて、『はい、わかりました』って答えるはずないでしょう!
 あきらめて、もう帰ってくださいよ!」
「もう……わかったわよ。
 そこまで言うなら聞かないわよ」
 グリフィスの言葉に、霞澄は肩をすくめてそう答え――
「おい、柾木母。
 言われたもん回収してくたぞ」
「貴様の言っていた“ロウランの手紙”というのはこれでいいのか?」
「OKOK。
 いやー、さすがはブレードくんにマスターコンボイくん。こういうトコでは興味がないだけに遠慮がないわねー♪」
「あああああああああっ!」
 問題の“手紙”はみんなが不在の間に乗り込んだ“この二人”によって回収されていた――ブレードと共に現れたマスターコンボイの手に握られた手紙を見て、グリフィスは思わず声を上げた。そのまま手紙を取り返そうと駆け出し――
「はい、取り押さえてー♪」
「了解した」
「わぁぁぁぁぁっ!」
 霞澄の号令で動くのはジェットガンナーだ。自らの創造主の言葉に迷わず従ったジェットガンナーによってあっという間に取り押さえられてしまうグリフィスを尻目に、霞澄は便せんを開き、
「『初めまして。
 手紙読みました』……」
「ちょっ、何音読してるんですか! やめてくださいよ!」
 人前で自分の手紙を読まれるなと恥ずかしいにもほどがある――ジェットガンナーに取り押さえられたまま抗議の声を上げるグリフィスだが、対する霞澄は気にすることもなく手紙を読み続ける。
「『ボクはグリフィス・ロウランといいます。
 こんな広い海に流された手紙が、巡り巡ってボクのところに届くなんて、なんだか不思議な縁を感じますね』……」
 だが、手紙を読み進めるに連れて、その表情は次第に渋いものへと変わっていった。しまいには読むのをやめてしまい、ため息まじりにグリフィスに告げた。
「全然、ダメね」
「だ、ダメ、ですか……?」
「そうよ」
 断言され、思わず聞き返すグリフィスに対し、霞澄はあっさりとそう答える――グリフィスに向けて便せんをピラピラと振ってみせ、
「何よ、このありきたりで当たり障りのない文章。独創性ってものがまるでないじゃない」
「独創性なんかいらないでしょう、あいさつの手紙なのに……」
 そう答え、放してくれたガスケットの下で身を起こすグリフィスだったが――
「このバカチンがぁっ!」
 そんなグリフィスを霞澄の拳が襲った――まるで熱血教師ドラマのようなノリで殴り飛ばされるグリフィスに向け、霞澄はビシッ!と指を突きつけ、
「そんなことで、この文通相手のハートを射止められるとでも思ってるの!?
 相手の興味を引こうって時に、個性を見せなくてどうするの!?」
「は、『ハートを射止める』って、ボクは何もそこまで……」
 反論しようとしたグリフィスに対し、霞澄はまったく聞いていない。有無を言わせぬ勢いで、やはり力強く言い放つ。
「いい? 文通っていうのは、お互いのイマジネーションの限りをつくした感動対決なのよ!
 己の文章力のすべてをかけて、相手の心を揺さぶる一文で想いを伝える! そこに妥協の余地など、ありはしないのよ!」
『おぉ…………!』
 拳を握り締めて力説する霞澄の言葉には問答無用で相手をうなずかせる強烈な説得力があった。グリフィスは無意識のうちにコクコクとうなずいてしまい、周りで聞いているなのは達も思わず感嘆の声と共に拍手を贈る。
「増してやこれは最初に届いた一通目に対する最初の返事。
 言わば相手の先制パンチに対する反撃なのよ。ここで勢いをつけられなければ、以後延々と主導権を許すことになるわ。
 今後のことを考えるなら、ここが一番負けられない一戦なのよ!」
 そう告げると、霞澄は事前に用意していたのだろう、白紙の便せんとペンを取り出し、
「自己紹介に求められるのはシンプルさとわかりやすさ! そして相手に『こいつはただ者じゃない』と思わせるだけのインパクト!
 それらを兼ね備えた、究極の殺し文句が、これだ!」
 言って、霞澄は便せんにその“殺し文句”を書き記し、グリフィスに突きつけた。
 なのは達ものぞき込んできたその便せんには、シンプルにただ一言。
 

『お前を殺す』
 

「どこのガンダムパイロットですか!?
 これ、美少年チームものの走りになった某ガンダム作品の有名ゼリフですよね!? アリシアさんから“布教”と称してムリヤリ見せられたことありますよ!」
「でもインパクトは十分でしょう?」
「十分すぎますよ! 明らかに間違った方向性で!」
 あっさりと答える霞澄に対し、グリフィスは力いっぱい言い返した。
「なんで手紙を受け取ってお返ししよう、って時に殺人宣言なんですか!
 相手のハートを物理的に射止めてどうするんですか! 言葉そのままの意味で殺し文句じゃないですか!」
「ぶーぶー!」
「子供っぽく頬をふくらませてもボツです、ボツ!
 というか、そういう仕草はすさまじく似合うのでやめてもらえないでしょうか!?」
 口をとがらせる霞澄の姿に、グリフィスは思わず頭を抱え――
「はいはいはーい!」
 元気に手を挙げたのはアリシアである。
「次、あたし、惨状……じゃない、参上!」
「その言い間違いからしてすでに危険な気がするんですが……何かいい案があるんですか?」
「なきゃ手を挙げないよー。
 そんなこんなで……こーゆーのはどう?」
 グリフィスに答え、アリシアは便せんにスラスラと自分の考えた文面を書き記すとグリフィスの眼前に突きつけた。
 

『キミ……ボクに釣られてみる?』
 

 迷わずグリフィスは便せんを破り捨てた。
「ちょっとーっ!
 グリフィスくん、何すんの!?」
「さっきの名乗りの元ネタからして予想はしてましたがね、見事に予想通りですよ!」
 便せんを破り捨てられ、抗議の声を上げるアリシアに対し、グリフィスは全力で反論する。
「だいたい、相手にこれの元ネタが通じたらどうするんですか!?
 ヲタクとして見られて、思いっきり引かれますよ!」
「大丈夫よ。
 ネタが通じるってことは向こうもその作品知ってるってことじゃない。話弾むよー。いいことじゃない」
「ちっとも良くないんですよ!
 それじゃ実際はヲタクじゃないボクが話についていけなくなるじゃないですか!
 それともヲタクになれと!? あなた方、ボクにもヲタクになれと!?」
「むしろウェルカム」
「何が『ウェルカム』ですか!」
 ピッ、と人さし指を立てて答えるアリシアにツッコみ、グリフィスはため息をつき、
「まったく……霞澄さんもアリシアさんも、インパクトとかそっち方面に気をとられて、完全にネタに走ってるじゃないですか。
 二人とも、これがどういう手紙かわかってますか?」
『文通を求める相手への返事でしょ?』
「だったら“返事”としての礼節をわきまえてくださいよ!」
 声をそろえて答える霞澄とアリシアにグリフィスが答えると、
「なら、今度はオレだな」
 そう言って手を挙げたのは、その場にいた誰もが予想だにしなかった人物で――
「ガスケットが……?
 あんた、こーゆー手紙とか書いたことあるの?」
「うっせぇよ。
 確かにねぇけどさ、これでも地球で10年暮らしてたんだぜ。手紙ってヤツの“定番”くらい心得てるぜ」
 思わず眉をひそめ、尋ねるティアナに対し、ガスケットはムッとしながらそう答える。
 とりあえず霞澄の用意した便せんとペンではトランスフォーマーとしては小柄な彼の身体でも小さすぎると判断。手書きはあきらめ、立ち上げた端末の中空キーボードに文面を打ち込んでいく。
 

『この手紙と同じ内容のものをあと30人の人に出さなければあなたは不幸に』……
 

「違うっ! それ違うっ!
 確かに受け取った手紙に対して出すものだし“定番”だけど、それは激しく間違ってる!」
 ガスケットの記した文面はまさに“不幸の手紙”――声を上げ、グリフィスはあわててストップをかけた。
「まったく……自信満々に出てくるから何かと思えば……」
「す、スンマセ〜ン……」
 そんなガスケットの姿にため息をつくのは傍観していたマスターコンボイ――肩を落とすガスケットの目の前で息をつき、
「そもそも、“手紙”という点にとらわれすぎなんだ、貴様らは。
 『手紙なんだから』と言っても、何も文面でインパクトを出すことにこだわる必要はあるまい。
 むしろ、そう思わせておいての変化球――手紙の周りの小道具にさりげない工夫を凝らすのも手のひとつだろう」
「小道具……?」
「まぁ見ていろ。
 ガスケットとは一味違うことを教えてやる」
 意外な提案に首をかしげるスバルだったが、マスターコンボイはそう答えて食堂を出ていった。
 しかし、すぐに戻ってくる――自分の持ってきたそれを霞澄の用意していた手紙のセット一式に加え、確認を始める。
「便せん、よし。
 封筒、よし。
 切手、よし。
 カミソリ、よs――」
「同じ同じ!
 っつーかさらにひどい!」

 “不幸の手紙”どころか“カミソリレター”に走るとは――全力でツッコみ、ライカはすぐさまマスターコンボイの持ち込んだカミソリの刃を取り上げた。
「あんた達はネタに走った霞澄さんやアリシア達以前の問題よ!
 二人とも、手紙をなんだと思ってるワケ!?」
「柾木霞澄が言っていただろう! 『文通は対決だ』と!」
「だからちゃんと攻撃力のある手紙にしたんじゃねぇか! 何が悪いんだよ!」
「言葉通りに真に受けるなぁぁぁぁぁっ!」
 口々に答えるマスターコンボイとガスケットに、ライカは天井を仰いで絶叫する。
「そもそも、今まで挑戦した4人、誰ひとり“あいさつ”っていう根本的なポイントに触れてないってどういうことよ!?
 話が脱線していくどころか、そもそも正規のレールにすら乗ってないじゃないの!」
「だったら、ライカちゃんが書いてみなさいよ」
「いいわよ! やったろーじゃないの!」
 ぷぅと頬をふくらませて言い返してくる霞澄に答え、ライカは便せんとペンを手に取った。席に着き、スラスラと書き始める。
「みんな、他人事だからって気持ちが入ってないのよ。
 いい? こういうのは、自分がこの子と文通しようとしてると思って、感情移入して考えてあげなきゃ。
 そういう心がまえでやれば、この通り……」
 

『初めまして。
 ボクはグリフィス・ロウランといいます。
 手紙読みました。文通、これからよろしく』
……
 

 と、そこまで書いてライカの動きが止まった。
「………………」
『………………?』
 そのまま、じっと便せんを凝視する――どうしたのかと一同が見守る中、おもむろに便せんを束ごと手にして立ち上がった。スタスタと窓際に向かうと窓を開け、
「……って、やってられるかぁぁぁぁぁっ!」
 便せんの束をグシャグシャと丸め、渾身の力で空の彼方に投げ飛ばした。間髪入れずに放った精霊力の弾丸が丸まった紙くずを一撃のもとに焼き尽くす。
「何が悲しくて、自分の恋も実ってないのに他人の文通の世話しなきゃならないのよ!
 10年想い続けて、未だにカスリもしないわよ! そのクセ、相変わらず決めるところはビシッと決めてカッコイイトコ見せつけてフラグ立て直しまくってくれるし!
 おかげであきらめようと思う度にほれ直しよ! どーなってんのよ、あの超絶フラグメイカーの朴念仁!
 助けが欲しいのはこっちだっつーの! ふざけんじゃないわよぉぉぉぉぉっ!」
「感情移入したあげくに逆ギレしないでくださいよ!
 しかもさりげに惚気のろけ入ってるし!」
 いつもの落ち着いた物腰はどこへやら。ダンダンと地団太を踏んで夜空に向けて絶叫するライカにグリフィスがツッコむ――そんなカオスな光景を前に、ティアナは思わず傍らのなのはに声をかけた。
「あの……なのはさん……」
「ん?」
「ハイティーンやら大人やらがこれだけ顔をそろえて……なんで未だにスタートラインにすら立てないんでしょうか? あたし達……」
「………………」
 なのはは答えることができなかった。

 

 そして、舞台は現在、スカリエッティのアジトに戻り――

「……今の話を整理すると、こういうことか?
 お前達はウーノになり済まして文通を求める手紙を出すことにした。
 しかし外出の機会も限られている上に、相手の心当たりもない。そこで手紙をビンに入れて流し、それを拾うであろう人物に望みを託すことにした、と……」
「そ、そういうことだね……」
 ウーノ宛に届いた“返事”の手紙、そのそもそもの元凶はセインとウェンディの二人――その場に正座させられた状態で、セインは今までの二人の証言をまとめたトーレにうなずいた。
「ところが、それがどこをどう間違ったのか、よりによって機動六課の補佐官であるグリフィス・ロウランが手紙を拾い、しかもこうして返事まで返してくれたワケか……」
 つぶやき、トーレは再び手元の便せんに視線を落とした――読めば読むほどごく普通の文章、文通を承諾する旨の手紙だ。どうやら霞澄達の出したネタの数々は総ボツをくらったようだ。
「こっちの素性に気づいたかな?」
「いや、二人の話した手紙の内容とウーノの写真だけでは、その可能性は低いだろう」
 トーレに尋ねるディエチに答えるのはチンク――「ウーノの顔はヤツらに知られていないからな」と付け加えつつセインとウェンディへと向き直り、
「だが、それにしてもお前達のしたことは軽率だ。
 たとえ手紙を拾ったのがグリフィス・ロウランでなかったとしても、外部の人間と接触を持てば、そこから足がつく可能性も皆無ではないんだぞ?」
「チンクの言うとおりよ。
 しかも、結果的にあなた達の軽率な行動のせいで、機動六課の人間と接点ができてしまったのよ」
 チンクの言葉にうなずくと、一番の当事者たるウーノは心なしか鈍痛を訴え始めたこめかみを押さえながら二人に尋ねた。
「まったく……なんでそんなことをしたの?」
「うぅっ、だって、だって……」
 ウーノの冷たい視線に対し、ウェンディはバツが悪そうに告げた。
「ウー姉、もうイイ歳なのに、ずっとドクターのお世話ばっかりじゃないっスか。浮いた話のひとつもないじゃないっスか!
 妹として心配っスよ! 街に出た時に本で読んだっスよ! そーゆーの嫁ぎいき遅れ”って――」

 

 

 

 その日。

 

 アジトに修羅が降臨した。


次回予告
 
ウーノ 「まったく……あなた達ときたら……」
セイン 「あはは……ゴメンナサイ」
ウーノ 「そもそも、私の写真なんてどうやって手に入れたの?」
セイン 「クア姉が持ってたよ?
 他にももっときわどい写真もあるとか……」
   
  間。
   
ウェンディ 「あれ? クア姉は?」
ウーノ 「写真の勉強をさせに、通りすがりの仮面ライダーのところに弟子入りに行かせたわ」
ウェンディ 「え………………?」
ウーノ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第60話『交わるふみ、すれ違う想い
 〜正しい(?)文通の進め方〜』に――」
3人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/05/16)