そこは、耳を覆いたくなるほどの騒音に包まれていた。
 ベルトコンベアの駆動音、ネジを絞め込むスクリュー音、溶接の火花が散る音――騒音の中、次々に組み上げられていくのはガジェットT型だ。
 そう。ここはガジェットの無人製造プラント。完璧なカモフラージュの施されたそこは、建造した張本人であるスカリエッティ派の面々しかその存在を知らない場所である――
 

 ――はずだった。
 

 しかし、その中枢部に今、人知れず異変が起きていた。
 生産ラインの轟音も届かない、中央制御システムの保管室――スカリエッティの尖兵たるナンバーズのメンバーが時折メンテナンスに訪れるだけの、普段は静寂に包まれたその部屋に、不意にカタカタと音が鳴り始めた。
 音の発生源は天井を走る換気ダクトだ。それは次第に音量を上げていき――やがてガタンッ!と音を立ててダクトの通風口のフタが室内に落下し、
「……誰かいませんかぁ?
 ……いませんね、っと♪」
 通風口の中から顔を出してきたのはジュンイチだった。器用にダクトの中から身体を引っ張り出し、ヒラリ、と室内に降り立つ。
 そして――彼は今回のターゲットである、このプラントの中枢制御システムへと向き直った。右手、その五本の指をワキワキとうごめかせつつ、笑顔で告げる。
「さて、と……
 そんじゃ――」

 

「イタズラタイムとまいろーか♪」

 

 


 

第62話

六課が静止する日
〜医食同源、“毒”食同源!?〜

 


 

 

「はい、と……」
「確かに。
 ありがとうございます、八神部隊長」
 目の前に差し出されたのは、自分を除くすべての勤務管理者の印の押された休暇願――内容に目を通し、問題なしと判断して承認の印を押印するはやてに、アルトは笑顔で頭を下げた。
「大変やねー。
 先輩の結婚式って、こないだも別件でなかったっけ?」
「そうなんですよ。
 もう、すっかりご祝儀貧乏ですよ」
 その休暇理由は「先輩の結婚式に出席するため」。前にも似たような理由で休暇を申請していたのを思い出し、苦笑するはやての言葉にアルトはため息をつく。
「まぁ、専門職のアルトちゃんは普通の職場よりも先輩・後輩の上下関係がキビシイもんね。
 そう簡単には断れないわよね」
「そうなんですよねぇ……
 はぁ……私自身の“お相手”だって見つからないのに、何やってんだろ……」
「じゃあ、さ……」
 そんな二人のやり取りに口をはさんでくるのは霞澄だ――ため息をついて同意するアルトに対し、人さし指をピッ、と立てて提案する。
「余興で『あんなに一緒だったのに』でも歌ってやれば?」
「それだ!」
「やめなさいよ!」

 霞澄の提案に拳を握り締めてうなずくアルトに、なのはと訓練の打ち合わせをしながら話を聞いていたライカがあわてて待ったをかけた。
「霞澄さんもなんつー曲を薦めてんですか!
 鈴香んトコの結婚式の時、ジュンイチがそれ歌って啓二さんと大乱闘になったの、忘れたんですか!?」
「忘れるワケないでしょ――あんな愉快な嫌がらせ」
「覚えてる理由に問題がありすぎです!」

「え、えっと……」
 二人のやり取りについていけず、苦笑するのはライカに放置されてしまったなのはだ。笑いながらライカと霞澄のやり取りを見物しているはやてに尋ねる。
「えっと、話が見えないんだけど……今霞澄さんが薦めた曲って、そんなにマズイの?」
「んー……わかりやすく言うと……」
 尋ねるなのはの問いに、はやてはしばし考え、答えた。
“日本アニソン史上、歌詞的にもっとも結婚式で歌ったらあかん曲”ってところか」
「……ふ、ふーん……」
 

「…………お。
 何だよ、また愛しのウーノさんからの手紙か?」
「『愛しの』って何ですか。
 いつもの文通の返事ですよ」
 グリフィスの手の中の手紙に気づき、ヴァイスが手を伸ばす――それをスルリとかわし、グリフィスはため息まじりにそう答える。
「なんだよ、つれないな」
「またこの間みたいな大騒ぎにしたいんですか? あなたは」
 肩をすくめるヴァイスにグリフィスが答えると、
「あの……補佐官……」
 不意に声がかけられた――振り向くと、そこにはどこか気まずそうなルキノの姿があった。
「ルキノ……どうしたんだい?」
「あ、あの……えっと……」
 何かの書類の確認だろうか。聞き返すグリフィスだが、ルキノは何やらモジモジするばかりで答えない。
「……おい、ルキノに何かしたのか?」
「してないですよ」
 様子のおかしいルキノの姿に、思わず小声で尋ねるヴァイスにグリフィスが答える――と、
「あ、あの……これ!」
 そんな二人の様子に気づかないほどに緊張したまま、ルキノは手にしていたちょっとした厚さのプラスチック箱を差し出した。
 突然の行動に思わず我を忘れ、グリフィスは差し出されるままに箱を受け取った――開けてみると、その正体が明らかになった。
 弁当だ。おそらくは昼食用――ルキノのマジメな性格が反映されたのか、具も米飯もきれいに整った形で詰め込まれている。
「これ……ボク、に……?」
「は、はい……」
 状況は理解した――しかし、理解した情報に思考がついていかない。思わず尋ねるグリフィスに、ルキノは顔を真っ赤にしてうなずいて――
「何ナニ? 気になるあの子にお弁当?」
 ひょっこりと顔を出してそんなことを言い出すのはアリシアだ。
「ルキノってば、ひょっとしてウーノさんに対抗? やるー♪
 グリフィスくんも大変だねー♪ いわゆる“モテ期”ってヤツ?」
『あ、アリシアさん!』
 告げるアリシアにの言葉に、グリフィスとルキノが顔を真っ赤にして声を上げる――その様子を何の気なしに見物していたアスカだったが――
「…………そっか」
 不意に、ポツリ、とそうつぶやいた。
「そういえば、その辺のイベントはまだだったね……」
 誰に言うでもなくつぶやき、しばし考え――
「………………うん」
 結論を固め、アスカはひとりうなずいていた。
 

 その晩――
「………………あれ?」
 仕事も終わり、いざ隊舎に戻ろうというそのタイミングで、食堂の前を通りかかったシャリオは、厨房から何やら声が聞こえてきているのに気づいた。
 明日の仕込みにしては楽しそうな声だ。気になってのぞき込んでみると、
「告げられた時刻ときの始まり〜♪
 一瞬で届く結末〜♪
 弱きものは常にィ、黒い時間の中で〜♪」
 上機嫌に鼻唄など歌いながら厨房に立ち、料理に励んでいたのはアスカだった。手際よくフライパンを振るい、中の肉や野菜を炒めていく。
「未来、奪い去る言葉〜♪
 微笑み消し去る二文字〜♪
 ………………?」
 何やら物騒な歌詞を並べ立てて――アスカは不意にこちらに向けて声をかけてくる。
「どしたの? シャーリーちゃん」
「あ、えっと……」
 背中越しにこちらの気配を感じ取ったのだろうか。視線を手元のフライパンから外さないまま声をかけてきたアスカに若干驚きつつ、シャリオはカウンター越しに厨房をのぞき込む。
「アスカさん、料理できたんですね……」
「あはは、六課こっちに来て以来、ほとんどしてなかったからねー。
 でも、一応チョコチョコとは作ってたんだよ? こんなに本格的なのはそれこそ久し振りだけど」
 本来なら「失礼な」と怒り出すところだが、自分の日頃の行動がそういうイメージを植えつけていたのだと省みればそんな気も起らない。シャリオの言葉に、アスカは笑いながらそう答える。
「でも……なんでまたいきなり?」
「んー、昼間のルキノちゃん見ててね、『あたしも差し入れを……』とか思っちゃったワケよ」
「あー、ヴァイス陸曹ですか」
 アスカの答えに、シャリオはあっさりと“相手”の目星をつける――というか、ここ最近の仲の良さを見れば、相手が誰かなど一目瞭然。正直な話、推理するまでもない。
「まぁ、実際に作って持ってくのはまだ先の話なんだけどね。
 しばらく台所に立たせてもらってなかったから、本命の前にカンを取り戻しておかないと」
「じゃあ、今作ってるのは練習用ですか?」
「そゆこと」
 シャリオに答え、アスカは出来上がった野菜炒めを皿に盛りつけた。
 『カンを取り戻さなければ』と言う割には、見た感じ問題はない――それどころかかなりおいしそうだ。見ているだけで食欲をそそられるものがある。
「シャーリーちゃん、食べる?
 練習がてら、まだまだいろいろ作るけど」
「あー……ありがたい申し出ですけど、今は遠慮しておきます」
 正直、もったいないとは思う――が、アスカのその提案に、シャリオは申し訳なさそうに頭を下げた。
「もう時間も遅いですし、今食べちゃうと、その……」
「あぁ、体重?」
「………………ノーコメントで」
 しばしの“間”とプイとそらした視線がすべてを物語っていた――シャリオの答えに、アスカは笑いながら肩をすくめる。
「じゃあ、さっさと退散した方がいいよー。
 さっきから料理の方チラチラ見てるでしょ。食欲に屈伏しかかってるよ」
「実は……さっきから香りだけでも吸い寄せられそうな感じだったり。
 じゃあ、私はこれで」
「ばいばーい♪」
 明るいアスカの声に見送られ、シャリオは食堂を後にした。
 と――
「あれ、シャーリー?」
 声をかけられ、振り向くとそこには声をかけてきたなのはを始め、フェイト、はやてや守護騎士達――アリシアと、今厨房で料理をしているアスカを除く六課の隊長陣が勢ぞろいしていた。
「今帰り?」
「あ、はい……
 みなさんは?」
「私達は、訓練関係の打ち合わせでもう少し残業。
 で、同じく残業してたはやて達と夜食でも、と思って……」
 なのはに聞き返すシャリオにはフェイトが答える――それを聞き、シャリオは「ちょうどいい」と手を叩き、
「だったら、今ちょうどアスカさんが厨房借りて料理の練習してますよ。
 味見役を探してたみたいですから、便乗してきたらどうですか?」
「あー、さっきから匂ってくるいい匂いはそれか……」
「匂いでこれなら、相当に期待ができそうだな」
「せやね。
 お料理の先輩として、厳しく評価したろうやないの♪」
 シャリオの言葉にヴィータやシグナム、はやてが笑顔でうなずき、彼女達は一路食堂へ。それを見送り、きびすを返したシャリオは隊舎に戻ろうと玄関に向かい――
「あぁ、シャーリーさん」
 そこへ偶然出くわしたのはキャロだった。
「あれ、キャロ?
 どうかしたの? こんな時間に」
「えっと……アスカさんがまだ戻ってきてないから、お仕事ならお手伝いした方がいかな、って思って……」
「そうなんだ。
 ホント、キャロは“お姉ちゃん”思いだねー♪」
 どうやら、キャロは自分の“姉”を自称するアスカがなかなか戻ってこなかったことから、心配して戻ってきたらしい。彼女の頭をなでてやり、シャリオは笑顔でアスカの居場所を教えた。
「アスカさんなら厨房だよ。
 『ヴァイスくんに差し入れ作ってあげるんだー♪』って、練習してたから」

「え゛………………?」

 しかし、それに対するキャロの反応はシャリオの予想に反したものだった。シャリオの「アスカが厨房にいる」というその言葉を聞き、一気にその顔から血の気が引いていく。
「アスカさんが……料理を?」
「うん。
 私は……その、ちょっと最近“増え”ちゃったから、辞退したんだけど……」
 確認を取るキャロに、内容が内容なだけに少しばかり顔を赤くして答えるシャリオだったが――
「…………正解です……」
「………………え?」
 ただならぬ表情で答えるキャロの言葉に、シャリオは目を丸くした。
「ひょっとして……アスカさんの料理、食べたことないんですか?」
「う、うん……
 どういうことなの? キャロ」
「あれは料理じゃありません。
 むしろ武器です――ううん、兵器です。
 ……もういっそ、トラップといった方がいいかも……」
「………………
 ……え、えっと、キャロ?」
 発言の内容に情けも容赦も一切感じられない。放っているのがいつも心優しいキャロであることが信じられないぐらいだ。
「えっと……つまり、どういう料理なの?」
 脳が『聞いてはいけない』と激しく警告するが――尋ねずにはいられなかった。シャリオの問いに、キャロはいつになく真剣な、且つ怯えを含んだ表情で告げた。
「アスカさんの料理……すっごくキレイですっごくおいしそうなんです。
 けど……その見た目と味、ものすごいレベルで比例してるんです」
「………………?
 それのどこが危ないの? 見た目と味が比例してるってことは……」
 キャロの話に首をかしげるシャリオだったが――そんな彼女にキャロは答えた。
「いや、比例してるって言っても――」

 

 

“マイナス方向”に」

 

 

「………………」
 その一言で、ようやく合点がいった。キャロの言いたいことを悟り、シャリオの顔から血の気が引いた。
 同時に、アスカの言っていたセリフが脳裏に蘇る――

『しばらく台所に“立たせてもらってなかった”から――』

 あの彼女のセリフ――「立たせてもらってなかった」というのが、もし彼女の“腕前”ゆえのことだったとしたら――
「危ないところだったんですよ、シャーリーさん……」
 ひとつ間違えば“あの料理”の新たな犠牲者になっていたところだ――青ざめるシャリオに告げるキャロだったが、
「………………ううん。
 危険は……まだ去ってないよ……」
 そんな彼女に、シャリオは青ざめたままそう答えた。
「どういうことですか?」
「実は……さっき、私と入れ違いに、なのはさんやフェイトさん達が、そろって食堂に……」
「え………………?」
 その言葉に、キャロが思わず脳裏に“最悪の事態”を描き出し――

『ひあぁぁぁぁぁっ!?』

 その“最悪の事態”が現実のものとなったことを示す悲鳴が響き渡った。
 

「………………と、いうワケで。
 現在、機動六課ウチの上層部は事実上完全に機能停止状態だ」
 なんでこんなことになったのやら――頭脳回路に心労から痛みを覚えつつ、マスターコンボイはスバル達にそう告げた。
「で…………“犯人”は?」
「責任を取らされて部隊長室にカンヅメだ。
 柾木霞澄の監督の下、隊長業務を強制代行させられている」
 尋ねるのは夜食を自前で用意し、食堂に行かなかったために難を逃れたイクトだ――答えて、マスターコンボイは改めてため息をつく。
「で、でも、今の話だとビッグコンボイ副隊長達は無事なのよね?
 だったら、問題はないんじゃ……」
「“怖いもの見たさ”で残されていた料理に手を出したビクトリーレオとジャックプライムが撃沈した。
 生き残った面々はヤツらやシグナム・高町らが倒れたことで空いた穴を埋めに交代部隊行き――しばらくはこっちに合流できないだろうな、あの様子だと」
 いくらはやて達が倒れたと言っても、それだけではまだ“機能停止”というほどのダメージには至っていないのでは――手を挙げて指摘するティアナだったが、マスターコンボイはそんな彼女の希望的観測も粉みじんに粉砕してくれる。
「ど、どうしよう……?
 今事件とか起きたら……」
「それについては、ライカ・グラン・光凰院が“Bネット”から補充人員を手配できないか問い合わせを……」
 六課の主力の大半がリタイアしているのだ。事件が起きても対応しきれるか――不安をもらすスバルにマスターコンボイが答えると、
「あー、それなんだけど……」
 そのライカの声がマスターコンボイに向けられた。振り向けば、戻ってきたライカがミーティングルームの入り口で頭を抱えていた。
「“Bネットウチ”の子達はあてにできないわ。
 地元――108管理外世界の方の地球で大規模演習の予定が入っててね……一応ジーナ達に声かけたんだけど、あの子達も参加の予定だったから、すぐには抜けられないみたい。
 早く来れても2日後……それまでは、今の人員とゲンヤさんトコでなんとか連携してやってくしかないわ」
「で、でも、よその部隊とか……」
「打診したわよ――グリフィスくんがとっくに」
 それでも口を開いたギンガだったが、ライカはそんな彼女にも苦い顔で答えた。
「108部隊以外はどこも冷たいモンよ。
 機動六課が本局寄りだからって、みんなレジアス中将の顔色うかがっちゃって……どこの部隊もあの手この手でお茶を濁して、結局人員の提供はどこからもなし。
 心当たりの最後の1ヶ所に断られた時のグリフィスの顔、見ものだったわよー。本気でこめかみに青筋浮かべてたわ」
「な、何よ、それ!」
「やれやれ……所轄のムダな縄張り意識が、最悪な形で飛び火したな」
 自分達の派閥に属していなければ、同じ管理局の仲間が困っていても知らん顔だというのか――思わず怒りの声を上げるティアナに同意し、イクトはため息をつくとライカへと視線を向け、
「つまり……なのは達が復帰するまでは、オレ達もまた、なのは達の業務を代行しなければならないワケだな?」
「そういうことね。
 一応、どうしても隊長格の確認がいるところはアリシアがやってくれるそうだし、市街地で事件が起きたらよその部隊も出ざるを得ないからそっちに押しつければいい。
 みんながすることになるのはそれ以外の、一般的な業務ね」
「やれやれ……面倒なことになったね、どーも」
「隊長業務か……ボクらにできるかな?」
《誰かがやらなきゃならねぇんだ。やるしかないだろ》
 イクトに答えるライカの言葉に、相変わらずやる気のない返事を返すのはアイゼンアンカーだ。そのとなりで不安げにつぶやくロードナックル・シロには、彼の右肩のディスプレイに映る兄・クロである。
「幸い、日頃から高町なのは一等空尉相当官達が業務をそつなくこなしているおかげで、さほど書類仕事などもたまってはいないはずだ。
 各自の負担も最小限ですむ確率はきわめて高い」
「後は事件さえ起きなければ完璧、でござるな。
 姫、母君殿のためにも、彼女の代役、見事努め上げてみせましょうぞ!」
「う、うん……」
「そ、そうだね。がんばろう!」
 ジェットガンナーの言葉にシャープエッジも同意。彼に背中を押される形でキャロやエリオもうなずいて――
「事件とかそーゆーコト言うならさぁ……」
「隊長格が半壊滅状態って時点で、じゅーぶん事件だと思うんだな」
「そこ。みんな同じこと考えてるんだからそーゆーコトはツッコまない」
 痛いところをえぐるガスケットとアームバレットに、シグナルランサーがツッコんだ。
 

「ふむ……」
 首都クラナガンの地下――決して自然にできたものではない、しかし誰もその存在を知らない、そんな空洞に、“水”の瘴魔神将“幻水”のザインの姿があった。
 だが、その表情は優れない。眼下のその光景にため息をつき、つぶやく。
「私としたことが、失態でしたね……
 まさかここまでになってしまうとは……“素体”が“素体”であるというのに、少し甘く見ていましたか……」
 状況を甘く見ていたがために起きた眼下の事態――自嘲気味につぶやくが、それで事態が好転するワケではない。すぐに意識を切り替え、打開策を探る。
「さて、一番簡単な解決策は“処分”してしまうことですが……私の攻撃力ではそれも不可能ですか。
 となると……」
 しかし、それは自分の力では事態の解決が不可能であることを再認識する結果となった。もう一度ため息をつき、結論を口にする。
「やはり……外に放り出して、よその勢力に片づけてもらうのが一番ですね」
 そうと決まれば話は早い。ザインは右手を目の前にかざし――同時、眼下の“ソレら”の足元に、巨大な転送術の術式陣が浮かび上がった。
 

「なのはママ、だいじょーぶ?」
「うん、大丈夫だよ。
 心配してくれて、ありがとうね、ヴィヴィオ」
 体調、意識共に後遺症はなく、単にダメージが尾を引いて足腰が立たないだけ、とは自分達と同じく倒れたシャマルの診断――不安げに尋ねるヴィヴィオに答え、なのはは医務室のベッドの上で身を起こして彼女の頭をなでてやる。
 その一方で――
「そう……エリオ達が……」
「あぁ。
 みんなで協力し、お前達の業務の中で手を出せる部分を代わりにこなす、ということで話がまとまった」
 話を聞き、つぶやくフェイトにはイクトがそう答える。
「でも……権限的には大丈夫でも、まだエリオ達には難しい部分もあるし……」
「その辺りは、周りがフォローするだろうさ。
 端末が使えない、というだけで、オレだって、仕事について何もわからないワケではないんだしな」
「普通、端末の扱いはわかっても仕事はわからない、って人の方が大勢だと思うんですけど」
「そこには触れるな」
 フェイトのツッコミに口を尖らせ、イクトはプイとそっぽを向く――が、すぐに気を取り直してフェイトに告げる。
「まぁ……心配だというお前の気持ちもわからないでもない。
 だが、足腰の立たない今のお前が出ていったところで、むしろ気を遣わせてしまうだけだろう。今は休んで、一刻も早く回復しろ」
「………………はい」
 告げるイクトの言葉にフェイトがうなずき――
「ホントに仲いいよねー、フェイトちゃんとイクトさん」
「フェイトママ、イクトにーにと仲良しー♪」
 そんな二人の姿に、なのはとヴィヴィオは笑顔で顔を見合わせる。
「なんかもう、ラブラブって感じだよねー」
「らぶらぶー♪」
「こら、なのは。ヴィヴィオにおかしなことを吹き込むな」
 なのはの言葉に笑顔ではやし立てる(おそらく意味は自分でもわかっていないのだろうが)ヴィヴィオの姿に、イクトはあわててなのはへと待ったをかける。
「そ、そうだよ、なのは。
 私とイクトさんは、別に、そういう関係じゃ……」
「えー? そう?
 横から見てると、とってもお似合いの二人に見えるんだけどなー」
 イクトに続き、顔を赤くしながら否定の声を上げるフェイトだったが、なのはは彼女にしては珍しくニヤニヤと笑いながらそう答える。
「そ、そういうなのははどうなの?
 ユーノとかマスターコンボイとか……」
「ヤだなー、フェイトちゃん。
 二人とも大切な“お友達”だよ」
「でしょう?
 私達も似たようなものというか、その……」
「…………どっちもどっちや」
《ですです》
 フェイトとなのはのやり取りに、すぐ脇のベッドで休んでいるはやてとリインはため息まじりにツッコミを入れた。
 

「………………大丈夫か? ヴィータ」
「なんとかなー……」
 そんな彼女達の反対のベッドで寝ているのは倒れた守護騎士達――ため息をつき、ヴィータは尋ねるシグナムにそう答えた。
「油断していた……
 まさか、シャマル以外にもあんな料理を作れる者がいたとは……」
「っつーか、どーゆー調理の仕方したんだよ?
 現場検証したフォートレスの話じゃ、食える食材しか使われてなかったし、調理器具の汚れから逆算したレシピにもおかしなところはなかったんだろ?」
「不思議なこともあるものだな……」
 シグナムとヴィータ、二人はしばし言葉を交わし――不意に、同時に視線を“そちら”に向け、
「残念だったなー、シャマル」
「お前の数少ない個性だった“殺人料理人”の肩書きが奪われたぞ」

「奪われるまでもなく返上するわよ、そんな肩書き!

 っていうか、『数少ない個性』ってナニ!?」
 告げるヴィータとシグナムの言葉に、シャマルはベッドの上で力いっぱい反論する。
「うぅっ、いーのよいーのよ。みんなして私をいぢめるんだから……
 ブレードさんだって最高のグッド“バッド”タイミングでまた出て行っちゃった後だし……」
「何…………?
 ブレードのヤツ、“また”いなくなったのか?」
「そうなのよ。
 医務室とはやてちゃんのデスクに書き置きだけ残して……」
 聞き返すシグナムに答えると、シャマルはベッドの上からがんばって手を伸ばし、デスクの上に置かれた自分に宛てた書き置きを手にとってシグナム達に見せる。
 そこにはシンプルに一言。

『退屈だから出てく。ブレード』

「………………ま、まぁ、確かに最近、模擬戦でしか暴れてなくて、『マヂモンの殺し合いがしたい』って物騒なことぬかしてやがったな、アイツ」
「まったく……相変わらず、好き勝手に生きている男だな」
 遠回しな言い方などせずド直球ストレート――シンプル極まりない手紙に、ヴィータやシグナムは思わず苦笑する。
「うぅっ……いつもいつも、本当に支えてほしい時にはそばにいてくれないのよ、あの人は……」
「『本当に支えてほしい時』か? 今のこの状況が……」
 今のこの状況、あの男が聞いたら支えるどころか爆笑するのは間違いない――ベッドの上で「よよよ」と泣き崩れるシャマルの姿に、シグナムは思わずつぶやいて――
「シグナム、ヴィータ」
 そこへ現れたのは、“事件”当日はヴィヴィオにつきっきりだったために“直撃”を免れたザフィーラである。
「どうした? ザフィーラ」
「客だ」
 ヴィータに答えながらザフィーラが脇に退き、彼に続く形で医務室に入ってきたのは――
「大丈夫か? シグナム」
「なんか、倒れたって聞いてたけど……」
「き、恭也!? 知佳!?」
「ヴィータ♪ お義姉さんがお見舞いにきたよー♪」
「エイミィまで!?」
 そこに現れたのは二人の“家族”――現れた恭也達の姿に、シグナムとヴィータはそれぞれに驚きの声を上げる。
「ど、どうして!?
 あたしら、何も知らせてねぇのに!?」
「あたしが連絡したのよ」
 どうして今の自分達の状態を知ったのか――困惑するヴィータに答えたのは、恭也達に続いて医務室に現れたライカだった。
「ライカ殿が知らせてくれたのか?」
「当然でしょ?
 家族が倒れたっつーのに、連絡しないワケにはいかないでしょうが」
 尋ねるシグナムの問いに、ライカは頭をかきながらそう答え――
「そんなこと言って、私には誰も呼んでくれてないじゃないですかぁ……」
「アンタは八神家かぞく全員ここにいるでしょうが」
「ブレードさんにいてほしいんですよぉ……」
 もっとも、報せたところでブレードが戻ってくるとも思えないのだが――自分に答えるライカの言葉に、シャマルは涙ながらにつぶやく。
「まったく……あんなののどこがいいんだか……」
 そんなシャマルの言葉に、ライカはため息まじりに肩をすくめて――

 ――――――

「え………………?」
 “それ”を感じ取り、ライカは思わず顔を上げた。
「ライカ…………?」
 突然の彼女の異変にヴィータが首をかしげるが、ライカはその問いに答えるどころではなかった。
「何よ、これ……!
 何なのよ、“この数”……!?」
 

「あー、買った買った♪」
「満足したか? ウェンディ」
 その頃、クラナガン市街には買い出しに来ていた私服姿のウェンディとチンク、そしてセッテの姿があった――本屋で大量の雑誌を買い込み、ホクホク顔のウェンディにチンクが尋ねる。
「チンク。
 そろそろ転送基地に戻らなければ、予定時間までに戻れませんが」
「そうか。
 では、今回はもう引き上げるとしようか」
 そんなチンクに告げるのは、本日が初の外出となったセッテだ。
 正確に現在時間と移動時間等を考慮して提案する彼女の言葉に、チンクは優しく微笑みながらうなずいて――
「あー、ちょっと待って」
 そんな彼女達に新たな声がかけられた――振り向くと、そこには自分達と同じく私服姿に“変装”したセインとディエチの姿があった。
「セイン、ディエチ……?」
「どうかしたんスか?」
「ちょっとしたお遣いだよ。
 で……3人にも手伝ってもらいたくって」
 今日はセイン達の外出の予定はなかったはずだ。何の用かと尋ねるチンクとウェンディに対し、セインはため息まじりにそう答えた。そのとなりで、ディエチがチンク達に説明する。
「実は……10分くらい前、この近くに設置した観測用のセンサーが不審なエネルギー反応をキャッチしたんだ。
 それで……」
「ウーノから調査を依頼された……か?」
「そういうこと♪」
 結論を予測し、確認するチンクにセインがうなずくと、
「それで……反応があったっていうのは?」
「ここから1ブロック先の路地裏。
 敵対勢力のどれかの仕業だった場合に備えて、1ブロックずらして転送してもらったんだけど……」
 尋ねるウェンディにディエチが答えた、その時――
「キャアァァァァァッ!」
 突然、彼女達の進行方向から悲鳴が上がった。
 

 一方、倒れたなのは達に代わって隊長業務を引き受けたスバル達は――
『あぅ〜〜………………』
 思いっきり燃え尽きていた。
「な、何よ、この仕事量は……」
「難しい仕事、全部補佐官とかが引き受けてくれたのに……それでもこの量って……」
 ようやく一段落ついたところで、全員が集中力を切らしてデスクに突っ伏した。うめくティアナに同意し、顔を上げたスバルは目の前の画面に表示された――否、画面を“埋め尽くした”処理済みデータの一覧へと視線を向けた。
 そのすべてが、本来なのは達がこなすはずだった仕事だ。今頃、ティアナやギンガ、エリオとキャロ――そしてトランスフォーマー用のオフィスで仕事をこなしているはずのトランスデバイス達の目の前の画面も似たような感じになっているはずだ。
「フェイトさん達、毎日これ以上の量の仕事をこなしてるんですよね……」
「それでいて、わたし達の訓練とか、事件の捜査とか……」
「ホント、頭が下がるわよね……」
 隊長業務がここまで大変なものだとは、正直思っていなかった。エリオやキャロの言葉に、ギンガも苦笑まじりに同意して――
「まったく、よくやるな、貴様らは」
「アンタは何もしなさすぎなのよ!」
 自分のデスク(ヒューマンフォーム時用)に両足を投げ出し、あくびまじりに告げるマスターコンボイに対し、ティアナは跳ね起きながら言い放つ。
「ったく、人ががんばってなのはさん達の穴を埋めようとしてるって時に、ひとりだけ『関係ありませんよー』的なツラしてくれちゃって……」
「知ったことか。
 オレはお前らのその行動に賛同したワケじゃない――『手伝う』といった仕事や任された仕事をせずに文句を言われるならまだしも、介入も引き受けもしなかった仕事をしなかったからと叱られる覚えはない」
「だからってねぇ……」
 あっさりと言い放つマスターコンボイの言葉に、ティアナが声を荒らげて――オフィス内に警報が響いたのは、まさにその時だった。
「警報!?」
「事件!?」
 一番このタイミングで起きてほしくなかったことが起きた――飛び起き、スバルとギンガが声を上げ――
「みんな!」
 まさに狙いすましたかのようなタイミングでオフィスに飛び込んできたのはライカだった。
「ライカさん、事件です!」
「今状況の確認を――」
「必要なし!」
 ライカに告げ、警報の内容を確かめようとするティアナとエリオだったが、ライカはそんな二人に鋭く言い放った。
「状況はわかってるわ!
 何が起きてるか――ちゃんと“感じてる”から!」
「『感じてる』……?
 それって、もしかして……」
 自分達は何も感じていない。ということは、このメンバーの中ではライカだけが“それ”を感じていることになる――そこから事態を推測したギンガに、ライカはうなずき、告げた。
「ご名答。瘴魔よ。
 しかも――」
 

「なぜか、わんさかお出ましよ」

 

「ぅわたたたたたっ!?」
 襲いかかる黒い影の振り下ろした鋭い爪をかわし、セインはあわてて距離を取る――チンク達と合流し、彼女達は襲撃者“達”と対峙した。
 全身を黒光りする生体装甲で覆われた、昆虫型の瘴魔獣――しかも1体や2体ではない。同型のそれが、何体も姿を見せている。先ほどから言葉を発しないことから、言語能力はさほど高くはないようだ。
 最初の悲鳴は、彼らによって襲われ、あわれな肉塊と化した犠牲者を見つけた目撃者のもの――その悲鳴に引き寄せられたのか、彼らは路地裏から次々に姿を現したのだ。
「何なんスか、コイツら!」
「たぶん、この間の乱戦の時に出てきた生物兵器の仲間……放たれてるエネルギーの波形が8割がた一致してる」
 声を上げるウェンディに答え、ディエチは油断なく瘴魔獣達をにらみつける。
(どうする……?
 エネルギーの強さから考えて、戦って倒すのはそう難しい相手じゃない……
 けど、民間人の逃げ回ってるこの場で戦って、目撃されるのは得策じゃない……!)
「チンク、どうする……?」
 警戒を解かないまま、ディエチは傍らのチンクに尋ねる――が、肝心のチンクからの返事はない。
「………………チンク?」
 不思議に思い、振り向くディエチの視線の先で、チンクは何やら真っ蒼な顔で固まっている。
「チンク姉、どうしたんスか!?」
「――――――ハッ!
 す、すまん……」
 そんなチンクに、ウェンディが大声で呼びかける――そこまでやって、ようやくチンクは我に返った。
「なんだか、ヤツのあの姿を見ていたら、言い知れぬ悪寒が……」
「私もです、チンク……」
 どうやら、異変に見舞われているのはチンクだけではないようだ。セッテもまた、どこか青ざめた顔で目の前の瘴魔獣群を見つめている。
「ったく、二人ともどうしたんだよ?」
「そういえば、ドクターがこないだのヤツを解析して、アイツらはベースとなる生命体に魔力とは別種の生命エネルギーが宿って生まれるみたいだ、って言ってた。
 ひょっとしたら、アイツらのベースになってる生き物に何かあるのかも……」
「ベース、って……」
 二人に尋ねるセインにディエチが告げ――その言葉に、ウェンディは目の前の瘴魔獣群をまじまじと観察した。
「黒くって、テカテカしてて、ウジャウジャと……
 見たところ虫型っスけど……こんな虫、いたっスかね?」
 首をかしげてウェンディがつぶやき――セインの脳裏にある昆虫の名前が浮かんでいた。
 目の前の瘴魔獣は人型としてかなり洗練された体格をしている。格闘型として見るなら満点の出来と言ってもいい。これで色がコレでなかったならまだ別の虫も候補に挙げられただろうが――ウェンディが挙げた特徴を聞いた後ではもはや“ヤツ”の名前しか浮かばない。
「あー、そりゃアレだ。
 人呼んで“台所の黒い悪魔”。ズバリ言っちまえばゴキブr」

 ――――――パタッ。

「わぁぁぁぁぁっ!? セッテぇっ!?」
 セインの言葉を待たずして、“事実”を認識した瞬間意識を手放したのが約1名――直立不動の姿勢のまま、真横に倒れたセッテの姿に、ウェンディは思わず悲鳴を上げる。
「セッテ!? しっかりするっス! セッテ!」
 あわててセッテを揺り起そうとするが、セッテからの反応は一切なくて――
「…………『へんじがない。ただのしかばねのようだ』」
「お前も落ちつけ!」

 某国民的RPGのセリフを引用したウェンディの後頭部を、セインは力いっぱい張り倒す。
「くそっ、目立てない上にセッテまで気絶したんじゃ……
 チンク姉! どーすんのさ!?」
 このままでは戦えない。撤退が最善だが――自分では判断がつかず、今いる中で一番の姉へと振り向くセインだったが、
「………………って、チンク姉?」
 またしてもチンクの動きが止まっている。どうしたのかと声を上げ――セインは気づいた。
 先ほどのチンクとセッテのやり取りを思い返し、ウェンディの腕の中で意識を手放しているセッテへと視線を向ける。
『………………まさか』
 ウェンディやディエチも同様の結論に達したようだ。目の前で瘴魔獣が臨戦態勢に入っていることも忘れ、一斉にチンクへと視線を向ける。
 そんな3人の視線を受けたチンクはと言うと――
 

「………………ゴキブリ……
 ゴキブリゴキブリゴキゴキブリゴゴキブリゴキブゴキブリブリブリ……」

 

 …………コワレていた。
 視線を落とし、前髪が隠れた状態で、まるでイカれたレコード盤のようにブツブツとその名を繰り返すその姿は、対峙している瘴魔獣達も困惑し、手を出しかねているほどだ。
 しかし、しばしの後、低い声で続いていたそのつぶやきがピタリと止まる。形容しがたい沈黙が周辺一帯を支配し――
「…………死、ねぇぇぇぇぇいっ!」
『わぁぁぁぁぁっ!
 チンク(姉)が壊れたぁぁぁぁぁっ!?』
「出ろぉぉぉぉぉっ! ブラッドバぁぁぁぁぁットぉっ!」
 ディエチ達3名が悲鳴を上げたのにも気づかない。完全にパニックに陥ったチンクは、辺りの目も省みず――幸い民間人は皆逃げ出してしまった後だったために目撃者の心配をすることだけは避けられたが――に自身専用のコウモリ型トランステクター、ブラッドバットを呼び出す。
 そんな彼女の呼びかけにも律儀に答え、ブラッドバットは彼女の頭上に飛来し――
「ゴッドオン――トランスフォーム!」
 そのままチンクはブラッドバットへとゴッドオン。間髪入れずロボットモードへとトランスフォームし、
「ブラッドサッカー、Exterminate!
 ブラッドファング――Shoot!」

 それでも名乗りは忘れなかった。自らのトランスフォーマーとしての名を名乗ると同時、射出した飛翔斬撃体“ブラッドファング”の群れを瘴魔獣群に向けて解き放つ!
 

「リボルバー、キャノン!」
 咆哮と共に、スバルが魔力をまとったリボルバーナックルを叩きつける――ガードの上からでも強力な一撃を受け、瘴魔獣は“力”負けし、爆発、四散した。
「よし!」
「スバル、まだまだいるんだから、油断しない!」
 敵を仕留め、ガッツポーズを取るスバルにティアナが言い放つ――すぐにスバルも機動を再開し、次の瘴魔獣に狙いを定める。
「くそっ、何なんだよ、コイツら!」
《数が多すぎるよぉっ!》
「センサー感知圏内にも、まだ多数の反応を確認」
 そんな二人のパートナー達も奮闘中――次々に瘴魔獣を殴り倒すロードナックル・クロやシロに告げ、ジェットガンナーも上空から瘴魔獣群に射撃をお見舞いする。
「なんでこう、めんどくさいことばっかり続くかな!」
「そんなの、ボクに聞かれても!」
「姫、このようなヤツらを相手にすることはありませぬ!
 拙者の後ろに!」
「きゃくー!」
「う、うん!」
 口々に言いながら獲物を振るうエリオとアイゼンアンカーの脇で、シャープエッジとフリードもキャロを守って瘴魔獣群と対峙し、
「ここが市街地でなかったら――迷わず焼き尽くせるものを!」
「ぜーたく言わない!」
 彼らへの対処が“本職”である彼女達ももちろん大暴れ――舌打ちしながら炎弾を放つイクトに答え、“装重甲メタル・ブレスト”を着装したライカが専用銃“カイザーブロウニング”で瘴魔獣を狙い撃つ。
 しかし、倒しても倒しても瘴魔獣は溢れかえってきていて――
「ロングアーチ、状況は!?」
〈目標は、クラナガン市街の広範囲にわたって出現しています!〉
 さすがにこの状況では「はやて達を倒した責任を取って部隊長代行」などと言っている場合ではない。スバル達と共に出動し、レッコウを振るいながら尋ねるアスカに対し、本部隊舎の指令室でオペレートに回っているシャリオは自分の手元のデータを確認しながらそう答える。
〈108部隊や近隣部隊も出動し、その進攻は抑えられてますけど……むしろ問題は数ですよ〉
「だよねー。
 一般的な魔導師でもなんとかなる、くらいの強さだけど、この数は……!」
 シャリオに答え、アスカは再び振るったレッコウでまた1体、瘴魔獣を斬り倒し――
〈なら、コイツらの出所をたどれ!〉
 通信に割り込み、そうシャリオに告げたのは――
「マスターコンボイ!?」
「これだけの数がまとまって隠れていたり、何者かの転送で一気に出現したとは考えづらい!
 これは、何かしらの“発生源”があり、そこから出現したと考えれば自然だ!」
 声を上げるアスカに答える声は肉声――すぐ近くで瘴魔獣をオメガで斬り捨て、合流してきたロボットモードのマスターコンボイが通信の向こうのシャリオに告げ、
〈そうだね。
 マスターコンボイさんの言う通りだよ〉
〈なのはさん!?〉
 新たに通信に割り込んできたのはなのはだ――通信を聞いていたのだろう。スバルの驚きの声も聞こえてくる。
〈大丈夫なんですか!?〉
〈大丈夫じゃないけど……アドバイスするくらいの余裕はね〉
 尋ねるティアナに答えると、なのはは改めてシャリオに告げる。
〈シャーリー、マスターコンボイさんの言う通り、きっとその瘴魔獣達は市街のどこかで“発生”してる。
 その出所を見つけ出して、そこを叩けば……〉
〈わ、わかりました!〉
 なのはに答え、サーチに取りかかったシャリオからの通信が途絶える――それまで持ちこたえようと、マスターコンボイはオメガをかまえ直し――
『どわぁぁぁぁぁっ!?』
 すぐ近くで悲鳴が上がった。
 同時、何発も巻き起こる大爆発――その中から命からがらといった様子で飛び出してきた面々の姿に、アスカは思わず声を上げた。
「あぁぁぁぁぁっ! アンタら!」
「機動六課の!?」
「あ、アンタ達……ウェンディちゃん!? セインちゃん!?
 ディエチちゃんもいるし……あれ? 見ない顔もいるね」
「あぁ、最近加わった子だから……って、そうじゃなくて!」
 驚きながらも普通に応対してきたアスカに普通に答えかけ、ディエチは思わず声を上げた。
「何してるのさ!?
 キミ達、管理局なら早くコイツら何とかしてよ!」
「ムリ言わないでよ! 数が多すぎるって!
 だいたい、それを言うならそっちだって余裕で蹴散らせる実力者ぞろいでしょ!?」
「その『実力者』がパニクって暴走してるっスよ!」
 気絶したままのセッテを背負ったディエチに言い返すアスカに対し、ウェンディはそう反論した。
「暴走? どういうことよ?」
「チンク姉がゴキブリ嫌いだったもんだから、コイツら見てパニックを起こしちゃって……」
 聞き返すアスカにセインが答えた、その時――曲がり角の向こうで爆発が巻き起こった。その爆発の中から、先ほどのウェンディ達のように難を逃れた瘴魔獣達がこちらに向けて逃れてくる。
「あわわわわ、来た、来たっス!」
 そんな光景にウェンディが声を上げ――それは現れた。
「フフフ……今宵のブラッドファングは血に飢えておるわ……」
「って、どこの辻斬り!?」
 きわめてアブナイ空気をその身にまとい、曲がり角の向こうからチンクのゴッドオンしたブラッドサッカーが姿を現した――アスカの言葉に何か返したいところだが、彼女の『辻斬り』というたとえがあまりにハマりすぎていてツッコミもままならない。
 そんなチンクの気迫に生存本能自体が危険を訴えたか、周囲の瘴魔獣達は闘争本能も何もかもかなぐり捨てて逃げだす始末。その結果――
「こ、こいつら!」
「なんでこっちら逃げてくんのよ!」
 彼らは進路上にいたマスターコンボイ達に向けて迷わず突っ込んできた。あわててマスターコンボイやアスカが迎撃するが、瘴魔獣達は次から次に襲いかかってくる。
「がんばれー! 負けるなー!」
「ファイトっス!」
「って、貴様ら、ジャマだ!」
 そんなマスターコンボイの足元には、彼を楯にしたウェンディ達――意図せずつまづきそうになり、マスターコンボイは思わず声を上げる。
「貴様らも戦え! 戦えるんだろう!?」
「ムチャ言わないでよ!」
「こっちは気絶した子を抱えてるんスよ!」
「貴様ら二人は手ぶらだよな!? どう見てもディエチとかいうヤツに気絶したヤツ押しつけてるよな!?」
 反論するセインとウェンディに向けてマスターコンボイが言い返すと、
「マスターコンボイ!」
「――――――っ!?」
 アスカの声に反応しようとするが――間に合わなかった。振り向いた彼に向け、逃げ延びてきた瘴魔獣の何体かが飛びかかり、その巨体にしがみつく!
「こ、こら! 離れろ!」
 あわてて振りほどこうとするマスターコンボイだが、瘴魔獣達はガッシリと捕まって放さず――
「そこか!
 ブラッドファング!」
「ちぃっ!」
 そんなマスターコンボイ――正確には彼にしがみついている瘴魔獣達――に向け、チンクがブラッドファングを飛翔させた。とっさに身をひるがえし、マスターコンボイは瘴魔獣を楯にしてブラッドファングを防御する。
 なんとかチンクの攻撃をしのぎ、安堵の息をつくマスターコンボイだったが――
「何してるっスか!
 早くそいつら引きはがすっス!」
 ウェンディの緊張はむしろ高まっていた。マスターコンボイに向けてあわてて声を上げる。
「気づかないんスか!?
 さっきからチンク姉が起こしてる爆発――“ブラッドファングしか使ってないチンク姉がどうやって起こしてるか”!」
「――――――っ!?」
 その言葉に、彼女の言葉の意味をさとったマスターコンボイが息を呑み――
「IS発動……!」

 

「“ランブルデトネイター”!」

 

 チンクの咆哮と同時――

 

 

 炸裂したブラッドファングの爆発が、マスターコンボイを――

 

 

 

 ウェンディ達もろとも呑み込んだ。


次回予告
 
アスカ 「うぅ……けっこう自信作だったのに……なんでみんな倒れちゃったんだろ……」
ウェンディ 「そんなにスゴイ料理だったんスか?」
アスカ 「そんなはずないよ!
 ちゃんとレシピ通りに作ったのに!」
セイン 「どれどれ………………?」
   
  間。
   
セイン 「…………ぐふぅっ」
ウェンディ 「セイン、しっかりするっス! セインーっ!」
マスターコンボイ 「………………ムチャシヤガッテ……」
アスカ 「ぅわーんっ!」
ウェンディ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第63話『戦士のけじめ〜一夜限りの呉越同舟〜』に――」
3人(セイン以外) 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/06/06)