「マスターコンボイ! みんな!」
 パニックに陥り、暴走したチンクの攻撃により、マスターコンボイが――さらにはチンクの“妹”達までもが爆発に呑み込まれた。思わず上げたアスカの声も、爆音にかき消されてしまう。
 原理はわからない(おそらくはチンクのインヒューレントスキル“ランブルデトネイター”の効果だと思われる)が、マスターコンボイに取りついていた瘴魔獣群、その身体に突き刺さっていたブラッドサッカーの飛翔斬撃体“ブラッドファング”が一斉に爆発――多数の爆発の相乗効果によって格段に威力が引き上げられており、アスカも自身が爆風に耐えるので精一杯。とても救出に動ける状況ではない。
 これではマスターコンボイもディエチ達も――内心で冷や汗を流すアスカだったが、そんな彼女の焦りは次の瞬間に払拭されることになる。
 ただし――
 

「…………くぉら」
 

 予想だにしなかった人物の声によって。
「え………………?」
 ここで聞くことになるとは思っていなかったその人物の声に、アスカは思わず声を上げ――
「このバカチンクが……!
 何血迷って、妹達にまで手ェ出してやがる!」
 その言葉と共に、爆炎が勢いよく吹き散らされ――
「フォローしてやったオレに感謝しろよな。
 もっとも――現在進行形でパニック真っ最中のその様子じゃ、今オレがここにいることすらわかってなさそうだけどさ」
 そう告げると、現れたジュンイチは目の前に展開し、ディエチ達“だけ”を守っていた防壁を消滅させ――

「…………オレにはフォローなしか……」
「さすがのオレも、零距離で爆発かまされたヤツを守るのはちとムリだ」

 装甲を真っ黒に焦がされたマスターコンボイからの苦情に、肩をすくめてそう答えた。

 

 


 

第63話

戦士のけじめ
〜一夜限りの呉越同舟〜

 


 

 

「貴様……どういうつもりだ!?」
 その登場はまさに突然――チンクの攻撃によって巻き起こった爆発からディエチ達を守ったジュンイチの姿に、マスターコンボイは思わず声を上げた。
「どうもこうもないよ。
 瘴魔が出たからザインの仕業なんじゃないかと思って出てきてみたら、チンクのヤツが妹ともども攻撃しようとしてるじゃねぇか――さすがに見かねて、出す気のなかったちょっかいを出しちまったんだよ」
 対し、ジュンイチはあっさりとそう答えるとチンクのゴッドオンしたブラッドサッカーへと視線を向けた。
 そのチンクは、対決を熱望していたジュンイチがこの場に現れたことにも気づかず、周囲でわらわらと姿を現し続けているゴキブリ型の瘴魔獣への攻撃に必死になっている――先ほど妹達もろとも攻撃を仕掛けたことといい、周囲の状況を完全に見失っているようだ。
「やれやれ……あのチンクがあそこまでおびえるとはねぇ……
 ゴキブリのどこがそんなに怖いのやら」
「怪談話するたびに最低1週間はひとりで寝られなくなる人がそれを言う?」
「………………なるほど」
 アスカのツッコミに納得してうなずき――ジュンイチは息をつき、
「とはいえ、このままほっとくワケにもいかないよなぁ……
 …………しゃーない。止めるか」
 そう告げた瞬間――ジュンイチの姿が消えた。
 ――否、消えた“ように見えた”
 告げたその瞬間には、ジュンイチはすでに地を蹴っていた――瞬間的にトップスピードに到達し、ジュンイチは一気にチンクとの間合いを詰めにかかる。
 そんな彼に向け、チンクもブラッドファングを放つ――が、その視線はどう見てもジュンイチを捉えていない。明らかに無意識下の、本能レベルでの反応だ。
 それ故に鋭い反撃だが、逆に言えば、本能的な反応であるが故に“考えなし”に放たれた反撃――わずかに狙いの甘かったその攻撃を紙一重でかわすと、ジュンイチはブラッドサッカーを自らの間合いにとらえ、
「ちったぁ落ちつけ――このチンクシャ!」
 彼女のゴッドオンしたブラッドサッカー、その顔面を思いきり蹴り飛ばす!
 強烈な衝撃を受け、吹っ飛んだブラッドサッカーは仰向けに大地に叩きつけられる――着地するジュンイチの前で、数秒の沈黙を経てムクリと身を起こす。
「わ、私は……?」
「やれやれ、やっと頭の血が下がったか」
 顔面を蹴られた衝撃により、身を起こしたチンクは我に返っていた――状況が呑み込めずに周囲を見回すが、ジュンイチの言葉にようやく彼の存在に気づいた。
「き、貴様、柾木!?
 どうしてここに!?」
「マスターコンボイと反応が変わらないなぁ……」
 驚くチンクの言葉にため息まじりにそうこぼすと、ジュンイチは再び数を増やし始めた瘴魔獣の群れへと視線を向け、
「とにかく、話は後だ。
 再度チンクがパニックにならんウチに、さっさとこいつらを片づける」
 そう告げると、ジュンイチは静かに息をつき、右手をかざし――そこに炎が生み出された。
 炎は分かれ、まとまり、いくつもの炎弾へと姿を変える。そのすべてを操り、ジュンイチは思い切り振り被り、
炎弾丸フレア・ブリッド!」
 解き放った。投げつけるかのようなフォームで撃ち出された火炎弾は一斉に飛翔し、瘴魔獣を次々に撃ち抜き、爆砕していく。
「す、すごい……!」
「あれだけたくさんいたのに……」
「っつーか、アイツらが弱すぎるんだよ。
 “瘴魔獣”っつー括りの中じゃ、格段に弱い部類に入る――っつーか、あんな弱さで“瘴魔獣”なんて、他の瘴魔獣に失礼なくらいだよ。
 要は数ばっかりで、ちっとも“力”が強くない――広域攻撃ができれば、一掃するのはそう難しい話じゃないけど……」
 言って、ジュンイチはチンクへと視線を向けた。
 次いでウェンディ、セッテを背負ったディエチ、セイン、マスターコンボイ、アスカ……順に視線を移していき、
「見事にひとりもいねぇじゃねぇか、広域型……」
「悪かったっスね、射撃型で!」
 告げるジュンイチにウェンディが言い返すと、
「……どういうつもりだ?」
 そんな会話に、チンクは冷静さを取り戻した、落ち着いた口調で割り込んできた。
「なぜ私達をフォローした?
 貴様が機動六課の味方なのはわかっている――だが、それならマスターコンボイとアスカ・アサギを守れば済んだ話のはずだ」
「心配すんな。
 れっきとした“個人的感情による勝手な行動”だから」
 尋ねるチンクに対し、ジュンイチはチンクを見返し、
「敵のしでかすことだろうと――“姉が妹を爆殺する”ってのは、個人的に見過ごしていい問題じゃないんだよ、オレにとっちゃな」
「………………っ」
 “姉が妹を爆殺する”――ジュンイチのその指摘は、容赦なくチンクの心をえぐり抜いた。
 確かに、ジュンイチがあそこで介入しなければ、トランスフォーマーのマスターコンボイはともかく、戦闘機人とはいえ生身であるディエチ達はただでは済まなかったはずだ。最悪ジュンイチの言う通り――そこまで思考が至り、チンクの背筋を寒気が走る。
「オレはオレの勝手で手を出しただけだ。
 恩も責任も感じる必要は――」
 そう言いかけ――ジュンイチは動きを止めた。しばし意識を集中して気配を探り、
「…………やべ、スバル達が来た」
「って、機動六課か!?」
「あぁ」
 声を上げるセインに答えると、ジュンイチはきびすを返し、
「っつーワケで、アイツらに見つかりたくないオレはさっさとトンズラさせてもらうよ。
 お前らもさっさと逃げるんだな――あばよ!」
「ま、待て、柾木ジュンイチ!」
 あわててマスターコンボイが声を上げるが、かまわない――ジュンイチは一足飛びに近くのビルの屋上へと跳び上がり、そのまま姿を消していってしまった。
「あ、あー、えっと……」
「………………行っていいよ」
 自分達はこのまま行ってしまっていいのだろうか――行動に迷うウェンディだったが、対するアスカはあっさりとそう答えた。
「いいの?
 私達を捕まえるのが、あなた達の仕事のはずでしょ?」
「今、お墨付きが出たでしょ? 『さっさと逃げろ』って。
 捕まえるべきところでそう言いだしたんだもん。きっと何かしらの意味、何かしらの考えがある――少なくともあたしはそう思う」
「…………そう」
 聞き返すディエチだが、アスカはジュンイチの言葉を根拠にそう答えた。うなずき、ディエチは背中のセッテを背負い直し、
「そういうことなら――礼はいらないね?」
「むしろされてもつっ返すよ。
 ほら、さっさと行きなさい。スバル達が気づいちゃうよ」
「うん。
 それじゃ……行くよ、チンク」
「あ、あぁ……」
 答えるアスカにうなずき、ディエチはこちらに背を向ける――彼女に促され、チンクもまた、ゴッドオンを解除してその場に降り立つとディエチ達と共に路地裏へと消えていった。
「…………ありがとね、見逃してくれて」
「オレもオレで考えがあってのことだ」
 アスカが礼を言うのは、ジュンイチに従う必要などなかったのにディエチ達を見逃すことに同意してくれたマスターコンボイ――対し、マスターコンボイはあっさりとそう答えた。
「あの瘴魔獣……あれで全部ではあるまい。
 後続に備えることを考えると、あそこでヤツらの逮捕にこだわるのは消耗を招くマイナス要因でしかない」
「確かにねー……」
 確かにマスターコンボイの言う通り、なのは達が倒れて明らかに戦力不足である現状を考えれば、あそこはムリをせずに見逃すのが戦略的にもベストの選択だ。こちらの消耗を避けられる上、敵同士のつぶし合いも期待できるから――うなずき、アスカは戦闘の爪痕の残る街並みを見回した。
「にしても……ワラワラ出てきて、ただ暴れ回るだけ、か……行動パターンが野良瘴魔そのものじゃない。
 ミッドで瘴魔が自然発生しない以上、ザインが差し向けたんだろうけど……それにしちゃお粗末すぎる……
 まったく、何考えてるんだか……」
 

「…………なかなかやりますね……」
 瘴魔獣達は数を減らされて互いに危機感を感じたのか、進攻の手を止めて引き上げてしまった――その光景をビルの屋上から見下ろし、ザインはひとりつぶやいた。
「雑魚の数ばかり増やす役立たずとして放り出したのに、なかなかどうして……
 手放してしまったのは、私としたことがいささか早計だったようですね」
 少しだけ残念そうにつぶやくが――あくまで“少しだけ”だ。彼の口元には確かに笑みが浮かんでいる。
「しかし、これだけ大規模に暴れてくれたんです。局の思惑はどうあれ、世間は私達瘴魔に注目せざるを得ない……
 私達瘴魔にとって、生きやすいものへと世界は着実に変わっている……」
 そうつぶやくと、ザインは海の方へ――機動六課の本部隊舎がある方向へと視線を向けた。
「さぁ、機動六課……
 世界が私達を恐れ、私達を憎む――それは私達にとって何よりの糧、何よりの力になる……
 果たして、あなた達にこの流れが止められますかね……?」
 

「マスターコンボイさん、大丈夫?」
「装甲を焦がされたのと、爆発の衝撃で内部のシステムがいくつかつぶされただけだ。問題はない」
 再生カプセルでの治療を終え、ミーティングルームに戻ってきたマスターコンボイの姿に、スバルがパタパタと駆け寄ってくる――あっさりと答えると、マスターコンボイはライカやイクトへと振り向き、尋ねる。
「それで、状況はどうなっている?」
「『いい』か『悪い』か、一言で言えば……『悪い』ね。
 ヒラの局員でも倒せるくらいのザコばっかりだけど……数が異常よ」
「108部隊だけではなく、近隣の部隊も総出で出動したが、それでも物量差に押し込まれていた。
 貴様らの巻き込まれた“騒ぎ”のおかげかは知らないが、ヤツらがあそこで引き上げなければ、少し危なかったな」
 返ってくる答えはどうひいき目に見ても芳しくない――マスターコンボイに答えると、ライカとイクトはそろってため息をつく。
 そんな彼女達にうなずき、アリシアもまた頭をかきながら一同に告げる。
「このまま分体相手にしてても、消耗するばっかりでジリ貧よ。
 なのは達が戦力外な以上、一気に終わりにしたかったけど……結局“本体”を叩けずじまいってのは痛いねー」
「『本体』……?」
「あの瘴魔獣達、いくらなんでも力が弱すぎた。
 あたしも、瘴魔獣との接触経験がそんなにあるワケじゃないけど……あの程度の力じゃ、本来は瘴魔獣どころか、下級瘴魔にすらなれないと思う。
 そんな程度の“力”しか、あの瘴魔獣達は持っていなかったの」
「おそらく、現れたのはムリヤリ“量産”された分身体……ヤツらを生み出した“オリジナル”が、どこかにいるはずなんだ。
 そいつさえ叩ければ、後は簡単なんだが……」
 首をかしげるエリオにアスカが答え、続いてイクトがエリオに告げる。
「いずれにせよ、さっさと叩きたいところね。
 この騒ぎのせいで、街中が外出禁止令みたいなものだもの――このままじゃ、経済的にもかなりイタイことになるわよ」
「ですね……」
 つぶやくライカにティアナが答えると、
「…………フンッ、くだらん」
 そんな、話し合う一同の姿に鼻を鳴らし、マスターコンボイはミーティングルームを出ていく。
「兄さん、どこに行くんですか?」
「“現場百回”――ヤツらの出てきた辺りをもう一度見回ってくる。
 ここであぁだこうだと憶測を語っているよりは、よほど効率がいいだろうさ」
「あぁ、待ってよ。
 それなら分析役がいた方がいいでしょ? あたしも行くから――」
 キャロに答えるマスターコンボイの言葉に、アスカがそう言いながら席を立ち――
「アスカさんは隊長業務代行の続きです。
 今の出動の分の報告書もしっかり仕上げてもらいます――逃げようったってそうはいきませんから」
「にゃあぁぁぁぁぁっ!」

 そうは問屋がおろさない――グリフィスにあっさりと捕獲され、アスカは悲鳴と共に退場していった。
「……ま、まぁ、アスカさんはしょうがないとして……あたし達も行きましょうか。
 調べるなら、人手は多い方がいいし」
 アスカの退場によって流れた微妙な空気を打ち払うようにパンパンと手を叩き、ティアナはそうスバル達を促すが、
「貴様らも引っ込んでいろ」
 あっさりとマスターコンボイはスバル達の同行を断った。
「本体が見つかろうが見つからなかろうが、ヤツらとの戦闘では山ほどザコを相手にすることになる。
 どう転ぼうが体力勝負になる――貴様らは体力を温存しておけ」
 そう告げて、マスターコンボイは今度こそミーティングルームを後にして――ポツリ、と付け加えた。
「それに……どうせ“ヤツ”も来ているだろうからな。
 ややこしいことになるのはまっぴらだ」
 

「つまり……ドクターの捉えた反応は瘴魔獣のものだったワケか……」
「そういうこと。
 まったく、ひどいめにあったよ」
 所変わって、スカリエッティのアジト――報告を受け、納得するトーレにセインは肩をすくめてそう答えた。
「セッテちゃんとチンクちゃんは?」
「二人とも休ませたよ。
 セッテは目を回したままだし、チンクも凹んでたし……」
「……ムリもない。チンクにしては、あまりにも“らしくない”失態だったからな」
 クアットロに答えるディエチにトーレがうなずき――そんな彼女達にウェンディが尋ねた。
「それで……どうするっスか?」
「どうもせん。このまま放置だ」
 対し、トーレは迷うことなくそう答えた。
「ドクターの研究のためのサンプルにはなるかもしれんが、あの増殖力は厄介だ。
 ヘタに捕えても、手に負えないほどに数を増やされては目も当てられん。今回はさっさと機動六課に始末をつけてもらおう。
 まぁ、機動六課と瘴魔、双方共倒れ、というのが理想だがな」
「では、私達は待機ということで」
「あぁ」
 確認するディードにトーレがうなずいた、その時――
「…………あら?」
 手元にウィンドウを展開したクアットロが突然声を上げた。
「どうした? クアットロ」
「えっと……実は、ゴキブリが怖くてパニックに陥ったチンクちゃんをいぢくってあげようと思って、通信を入れてみたんだけど……」
「また悪趣味なことをする……」
「それはそれ。問題はそこじゃないから」
 ため息をつくトーレに答えると、クアットロは告げた。
「チンクちゃん、部屋にいないわよ?」
 

「………………」
 眼下では、瘴魔との戦闘のあった商店街を局員達がせわしなく駆け回っている――その頭上、近くのビルの屋上に、静かに佇むチンクの姿があった。
 彼女が見つめているのは、先の戦闘でパニックに陥っていた自分が暴れ回っていたエリアだ。
 すなわち、そこはディエチ達を自分の攻撃に巻き込みかけた辺りで――

『“姉が妹を爆殺する”ってのは、個人的に見過ごしていい問題じゃないんだよ』

 ジュンイチの言葉が脳裏に蘇る――歯がみし、チンクは自らの拳を握りしめ――
「…………やはり、来ていたか」
 突然声がかけられた――振り向くと、そこにはヒューマンフォームのマスターコンボイがひとり佇んでいた。
「貴様……!」
「やめておけ。
 お互い、戦うためにここに来たワケではあるまい」
 うめき、かまえるチンクに答えると、マスターコンボイは彼女のとなりに並び立ち、眼下の戦闘の爪痕を見下ろす。
「……戦いにきたワケではないというのなら、何をしに私の前に現れた?
 さっきの戦いで無様な姿をさらした私のことを笑いにきたのか?」
「『無様』か……
 確かに、この上なく“無様”だったな、さっきの貴様は――おかげでひどい目にあった」
 尋ねるチンクだが、マスターコンボイはやはりあっさりとそう答える。
「だが――だからこそ、今の貴様の気合いがすさまじいとわかる。
 あれだけの醜態をさらした後だ――普通は羞恥から穴倉にでも閉じこもりそうなものを、こうしてまた出てきているんだからな」
 そう告げて――マスターコンボイは視線だけをチンクに向けた。
「けじめを……つけるつもりなんだろう?
 あの醜態をさらす原因となった、あの瘴魔獣を自分の手で叩くことで、妹達だけでなく、自分に対してもケリをつけたい――違うか?」
 マスターコンボイのその指摘に、チンクからの答えはない。
「…………オレが貴様の立場だったなら、そういう理由で今ここに立つと思ったんだがな」
 沈黙したままのチンクに、マスターコンボイは息をついてそう告げて――
「…………だから、捕まえないのか? 私を」
「違うな」
 口を開いたチンクの言葉は疑問――しかし、マスターコンボイはあっさりとその疑問を否定した。
「オレは六課に協力しているが、管理局に協力しているワケではないし、管理局の“法”とやらを守るつもりはない。
 オレは六課に牙をむく者を叩くのみ――敵意を示さないヤツにまで手を出すほど、ヒマではない」
「そうか……」
「そうだ。
 ……“貴様と同じで”な」
 その言葉に、チンクの動きが止まった。
「先の戦いの際、我に返ったお前は柾木ジュンイチには敵意を向けていたが、機動六課の隊員であるオレやアスカ・アサギに対しその傾向はなかった。警戒はしていたがな。
 そのことから、貴様個人としては、六課に敵対する理由はないと考えることができる――敵対勢力として、ナンバーズとしての使命感以外でオレ達と戦う理由はないとオレは判断した。
 だから今、こうして貴様と並び立てる――貴様に、オレへの攻撃の意思がないとわかるからな」
「………………フンッ、食えない男だ」
 マスターコンボイの言葉に、チンクは思わず苦笑する――それはすなわち、マスターコンボイの言葉が事実であると言外に肯定するものだった。
「貴様、戦士よりもプロファイラの方が天職ではないか?」
「そんな退屈な仕事に興味はない」
「そうか」
 チンクがうなずき――そこで会話が止まった。しばしの静寂の後、停滞した空気を破ったのはチンクだった。
「…………あの時冷静だった貴様はどう見た? あの瘴魔獣を」
「敵意も、殺意も全く感じなかった。
 おそらくは自我も第三者の制御もなかった――あの行動は、すべてヤツらの生命体としての本能だったと判断できる」
 冷静に答えるが――そんなマスターコンボイにも疑問がまったくないワケではなかった。
「だが……逆に、“だからこそ”引っかかる。
 元々瘴魔の関係者だったライカ・グラン・光凰院や炎皇寺往人の話では、このミッドチルダで瘴魔が自然発生する可能性はほぼゼロに等しいらしい。
 つまり、アレを作り出したのは今ミッドチルダにいるもうひとりの瘴魔神将、ザインの仕業だというのがもっとも有力な説だが、それにしては作戦らしい動きがまったく見られない」
「なるほど……」
 二人は知らない。今回の瘴魔獣はその増殖力ゆえに手に負えなくなったザインが放逐した“捨て瘴魔獣”であることを。
 だからこそ、そこに致命的な矛盾を勝手に作りだしてしまった。思考が堂々巡りに陥り、二人は無言で眼下の捜査の光景を見下ろし――
〈マスターコンボイ!〉
 そこへ、六課からの通信が入った――突然開いたウィンドウに、グリフィスの姿が映し出される。
「どうした?
 何かあったのか?」
〈あ、いえ……そういうワケでは。
 現状の分析が終わったので、一応そちらにも、と……〉
「そうか……」
 つぶやき、チラリとウィンドウの死角のチンクへと視線を向けるが――今の彼女と敵対するつもりはない。あっさりとグリフィスに続きを促した。
「なら、説明しろ」
〈はい。
 敵瘴魔獣は魔導師ランクDランク相当。局員であれば、力場などの能力の特殊性に気をつければ難なく撃破可能。問題はその数……と、ここまではわかってますよね?〉
「あぁ」
〈あとは……出現エリアに偏りがあることがわかりました〉
「偏り、だと……?」
〈はい〉
 聞き返すマスターコンボイに答えると、グリフィスはウィンドウの画像を地図のそれに切り替えた。
〈敵瘴魔獣が出現したのは商店街やレールウェイのターミナル周辺が中心です。
 逆に、オフィス街などにはほとんど現われていません〉
「どういうことだ?
 ヤツらは人の負の精神を求める……となれば、商店街もオフィス街も関係ない。人がいる場所こそがヤツらの出現場所になるはずだ。
 それなのに、なぜヤツらは商店街などに……?」
〈そこまでは……〉
 聞き返すマスターコンボイにグリフィスが答えると、
「…………おい、グリフィス・ロウラン」
 不意に、チンクが通信に乱入してきた。彼女の存在に気づき、グリフィスは思わず目を丸くする。
〈お前は、ナンバーズの!?
 どうしてマスターコンボイと!?〉
「そんなことはどうでもいい。
 今の貴様の報告を確認させてもらう」
 しかし、驚くグリフィスに一切かまわず、チンクはグリフィスに対し先の報告の確認を取る。
「貴様の話だと……ヤツらは商店街ばかりに現れて、オフィス街には現れていないんだな?」
〈そ、そうだ。
 我々やお前達ナンバーズの迎撃を受け、追いやられたものが逃げ込んだぐらいで……〉
「そうか……」
 そのグリフィスの答えに、チンクは腕組みしてしばし思考を巡らせて――
「…………ひょっとしたら、ヤツらは本当に誰にも操られていないのかもしれない。
 単に、ベースとなったご……ゴキブリ、の、本能に従っただけなのかも……」
「どういうことだ?」
 名前を出すのも辛いのだろう。『ゴキブリの』のくだりで少しだけ詰まったチンクだが、マスターコンボイはかまわず彼女の真意を問いただす。
「簡単な話だ。
 マスターコンボイ――オフィス街に多く、商店街に少ない施設は何だ?」
「それは……“オフィス街”というからには、オフィスだろう?」
「そうだ。
 ならばその逆――オフィス街に少なく、商店街に多いのは?」
「当然、商店だろう――」
 言いかけ――マスターコンボイは動きを止めた。
 となりのウィンドウでは、グリフィスもまた「あ」と口を開けて呆けている――呆然としたまま、二人が口々に結論を口にする。
「商店街に多くあり……」
〈ゴキブリを媒介とした、あの瘴魔獣が狙いそうな店は……〉
 

「〈食料品店!〉」

 

「つまり……敵は何の戦略もなく、ただ食料を狙っていただけだというのか?」
〈おそらくは〉
 その仮説は、すぐに対策を話し合うイクト達にも知らされた――尋ねるイクトに対し、マスターコンボイはあっさりとそう答える。
〈戦った印象として、ヤツらは数以外に特筆すべき能力は見られなかった。
 大方、増殖力しか能のない役立たずとして切り捨てられたんだろう。それが、生きるために本来他者の恐怖や憎しみの感情を食らうところを……〉
「ゴキブリの本能が勝り、食料を求めて商店を狙った、か……
 なんてことだ。瘴魔獣だから、と言うだけで、オレ達みんな『ザインの策略ではないか』と考えすぎてしまっていたワケか……」
 結論にたどり着いてみれば、なんてことのないオチが待っているとは――マスターコンボイの言葉に、イクトは思わずため息をつく。
「やれやれ、めんどくさいオチがついたねー」
「“大山鳴動してネズミ一匹”とはこのことだな」
「おや、ジェットガンナー、難しい言葉を知っているでござるな」
「ねーねー、どういう意味?」
《アレコレ大騒ぎしたあげく、結局大したコトがなかった、ってたとえだよ》
 トランスデバイス達もこれには一様に呆れ顔だ。アイゼンアンカーの言葉にジェットガンナーが呆れ、シャープエッジやロードナックル兄弟も思い思いに肩をすくめる。
「だけど……これで対策が見えたわね」
「はい」
 しかし、呆れるような結果であれ、真相が見えたからにはその先にも思考が届く――告げるライカに、ティアナは力強くうなずいた。
「相手に作戦がなく、ただ暴れてるだけなら……裏をかかれる心配なく思いきり攻められる。
 ここは一気に攻めて追い散らすのが一番だと思います」
「でも……“オリジナル”が残ってたら、また数を増やされるんじゃ……?」
 ティアナの提案に対し、手を挙げてそう告げるエリオだったが、
「ううん、それはないよ」
 対し、エリオにフォローを入れるかのようにそう告げるのはキャロである。
「ゴキブリがどうだったかは……“ルシエの里”でもあまり縁がなくてよくわからないけど、昆虫って、群れを作る子達はたいていクイーンをてっぺんにコミュニティを作るから……」
「そういうこと。
 今回の瘴魔獣も同じ構造だとするなら、分体を蹴散らせば、形勢不利と見た分体は、群れのボスである“オリジナル”を守ろうとして集結する……つまり、分体を蹴散らすことは、そのまま“オリジナル”の居場所の特定、そしてそこからの撃破につながるってワケよ」
「そ、そっか……」
 キャロと、彼女の説明に補足するライカの言葉に、エリオは納得してうなずく――と、そこに口をはさむのはロードナックル・シロである。
「けどさ……どうやってあの分身を追い散らすの?
 こっちが出られるメンツ総出でかかっていって、それでも数で負けてたんだよ?」
「だよねぇ……」
 ロードナックル・シロの問いに、スバルも何か方法はないものかと考え込み――
「簡単な話じゃねぇか」
「だなだな」
 そう口をはさんでくるのはガスケットとアームバレットだ。
「何か手はあるの?」
「当然!」
「オレ達を甘く見ちゃダメなんだな!」
「そうは言うがな……」
 尋ねるティアナに自信タップリに答える二人だが、そんな二人にイクトはため息をつき、
「さっきの出動の際、敵の最密集区域に突撃をかました挙句、数に任せて袋叩きにあっていたヤツに言われてもな……」
「それでも負けてなかったんだからいいじゃねぇか!」
「1匹殴り飛ばす間に5匹ぐらいから蹴飛ばされてただろうが……」
 言い返すガスケットにイクトがツッコむと、ライカがそんなイクトをなだめ、
「まぁまぁ。
 とりあえず……あまり役に立ちそうもないけど、一応案くらいは聞いておきましょうよ。
 ダメで元々ってヤツでも、万にひとつ……ううん、億にひとつ、くらいのことはあるでしょ」
「てめぇはオレ達をフォローしたいのかトドメを刺したいのかどっちだ!?」
「失礼なんだな!」
 ライカの言葉にアームバレットと共に抗議の声を上げ、ガスケットはコホンと咳払いし、
「ま、それはともかく、だ……
 要するに、アイツらはゴキブリなんだろ? だったら、倒し方もゴキブリと同じでいけるんじゃねぇか?」
「まぁ……考え方としては、な。
 復活されても困るから、トドメは精霊力なり魔力なりで浄化する必要はあるだろうが……」
 答えるイクトに答えると、ガスケットはニヤリと笑みを浮かべ、
「となりゃ……やっぱコレしかないだろ!
 ズバリ、ゴキブリホイホイ!」
「アイツら全部捕まえられるほどの大きさのものを作れと?」
 すかさずツッコむのはアナライザー(アスカの代わり)として会議に出席していたシャリオである。
「だったら、消毒はどうなんだな?」
〈街全体を消毒しろと言うか〉
 口をはさむアームバレットにはマスターコンボイが通信越しにツッコんでくる。
「まったく……お前達と来たら……予想通り全くダメじゃないか。
 次は何だ? ゴキブリ団子とでも言うつもりか?」
「あー、そうだよ!
 まさしくその通りだったさ、こんちくしょう!」
 呆れまじりにつぶやくイクトに、半ばやけくそ気味にガスケットが言い返し――
「…………いけるよ、それ」
 不意に口を開いたのはスバルだった。
「ゴキブリ団子だよ!
 その手なら、きっといけますよ!」
「『いける』って……お前なぁ……
 確かに、相手はゴキブリだが、今は怪人態なんだぞ。
 そんなヤツに通用するような毒……など……」
 スバルの言葉を否定しかけ――不意にイクトの言葉が勢いを失った。
 見れば、他の面々も気づいたようだ。一様に顔を見合せて――
 

 やがて、その視線は部隊長室のある方へと向けられた。

 

「…………はい、確かに」
「や、やっと終わったぁ……」
 最後の書類に目を通し、問題がないことを確認――グリフィスの言葉に、アスカは普段はやてが使っている部隊長室の机の上に突っ伏した。
「じゃあ、ボクはこれをまとめておきますから……アスカさんは瘴魔獣の対策会議に」
「鬼ぃーっ! 悪魔ぁーっ!」
「ボクが悪魔なら、八神部隊長達を全滅させたあなたはさしづめ死神ですか」
「なんか今日のグリフィスくんツッコミ厳しくない!?」
「厳しくされる“根拠”がないとでも?」
「ゴメンナサイ」
 グリフィスに冷たく返され、アスカは机の上で土下座する――「机の上に登らないでください」とだけ注意し、グリフィスは部隊長室を出ていった。
 机から降りながらそれを見送り――グリフィスの姿が扉の向こうに消えたとたん、アスカは再び机に突っ伏した。
「あぅ〜〜……なんであたしがこんな目にぃ……」
 明らかに自業自得である。
 もうこのまま今日は自宅警備員にでもなろうかとダメ人間全開の思考に傾きかかっていたアスカだったが、そんな彼女の耳が、何やら廊下の外で繰り広げられているやり取りを捉えた。

「お、オレが行くんスか?」
「当たり前だろう。
 アイツがお前のために料理を作ろうとしたことが今回の事件の発端なんだからな。
 この役目を果たせるのはお前だけだ。頼むぞ」
「イクトの旦那まで……
 はいはい、わかりましたよ」

「………………?」
 どうやらヴァイスとイクトが話しているようだが、何の話をしているのか――机に突っ伏したまま考えるアスカだったが、不意に彼女のいる部隊長室の扉が開き、
「おーい、生きてるかー?」
「ヴァイスくん……?」
 姿を見せたのはヴァイスのみだった。何の用だろうかと首をかしげるアスカに対し、ポリポリと鼻をかきながら、
「……あー……なんか、お前がオレに、と思って作った料理で今みたいなことになっちまったって聞いてよ……」
「あぁ、そのこと?
 き、気にしなくていいよ! ヴァイスくんは悪くないから! 悪いのはあたしだし!
 それに、ヴァイスくんが食べる前に隊長のみんなが身体を張って止めてくれたワケだし!」
「…………最後の部分、ぜってぇ隊長のみんなの前で言うなよ」
 アスカの言葉に思わず苦笑し、ヴァイスは気を取り直して彼女に告げる。
「だ、第一、『気にするな』って言うなら、むしろお前の方だろ。
 みんなをブッ倒しちまったのはお前の料理なんだし」
「う゛………………っ」
 ヴァイスの言葉に、アスカの表情が曇った――あわててヴァイスもフォローに入る。
「い、いや、オレが言いたいのはそこじゃねぇよ!
 オレが言いたいのは、『そんな失敗の一回くらいであきらめんな』ってことさ!」
「あきらめるな……?」
「そうそう!」
 聞き返すアスカに、ヴァイスはブンブンと首を縦に振る。
「これが片付いたら、お前の手料理、改めて食わせてくれよ、な?」
「でも……今また作ったって、またはやてちゃん達が倒れちゃったのと同じような料理しか……」
「だったら、練習すればいいじゃねぇか」
 うつむくアスカに対し、ヴァイスはあっさりとそう答えた。
「ちょうど敵さんもおとなしくしてるみたいだし、練習してきたらどうだ?
 出動になったら出なきゃならねぇだろうけど、それまでは……な?」
「そういうワケにもいかないよ。
 みんな、瘴魔獣対策でいろいろ考えてるんだろうし……アナライザーのあたしが一番がんばらなきゃならない時なんだから……」
「い、いや、今は料理の練習にがんばってくれ!」
 話しているうちにやる気を取り戻したらしい。立ち上がったアスカの肩をつかみ、ヴァイスは力強くそう告げる。
「ヴァイスくん……?」
「あ、いや……
 ……そ、そう! 再発防止! 再発防止のために、ちゃんとした料理を作れるようになってくれ! な!?」
「…………なんか、すっごーく間に合わせな理由な気がする」
「そ、そんなことねぇって!
 ほら、さっそく練習練習!」
「う、うん……」
 訝しげな視線を向けるアスカの不審を強引に押し切ることでムリヤリ回避し、ヴァイスは彼女の背を押して送り出す――アスカの姿が扉の向こうに消えると同時、ヴァイスは深々と息をついてその場にへたり込んだ。
 と――
「…………さすがはグランセニック。見事な手際だ」
「何が『さすが』なのか理解しかねる……っつーか理解したかないんですがね」
 アスカに気取られないよう細心の注意を払いながら、部隊長室に入ってきたのはイクトだった。彼の言葉に、ヴァイスは思わず苦笑する。
「ったく……こういうのはこれっきりにしてくださいよ。
 アイツをだますのは、いい気分がしないんで」
「わかっている。オレとてこういうのは本来主義じゃない」
 ヴァイスに答え、イクトは軽くため息をつき、
「ともかく、これで反撃の目処は立った。
 後は――」
 

「“あっち”の問題だな」

 

 舞台は移り、市街地の対瘴魔最前線では――
「…………どういうことか、説明してもらいたいんですけど」
「どうもこうも、事情は説明したはずだが?」
 剣呑なまなざしと共に、ティアナは迷わずクロスミラージュの銃口を彼女の額に押しつけた――しかし、対するチンクは動じることなく彼女に答えた。
「私も私で、あの瘴魔獣には返さなければならない借りがある。
 同じ相手に用があるのだ。足を引っ張り合うよりは、足並みをそろえた方が得策なのは、少し考えればわかるだろう」
「そんな理由で、ガジェットとつるんでるあなた達を『はい、そうですか』って信用できるワケないでしょ!」
「て、ティア……」
 素直に答えるチンクだが――今まで敵対していただけに、その素直さが逆にティアナの不審を買っていた。語気を荒らげるティアナに、スバルも戸惑いがちに声をかけるぐらいしかできない。
 だが――
「そのくらいにしておけ」
 そんな剣呑な空気にもまったく動じることなく、二人の間に割って入ったのはマスターコンボイだ。
「コイツを今回の戦列に加えることを進言したのはオレだ。
 貴様のその態度は、すなわちオレへの不信と捉えるが?」
「そ、そういうこと言ってるんじゃ……」
「『そういうこと』だよ、十分にな」
 ティアナに答えると、マスターコンボイはチンクへと向き直り、
「こいつは、感情ではなく状況で敵味方を切り替えられる――そのくらいの分別はある相手だ。
 本来は敵同士であろうと、共に戦う状況下で、共に戦う相手を背中から撃つようなマネはせんさ」
「…………言い切るじゃない。
 そんなに信用できるの? コイツ」
「コイツは信用しちゃいないさ」
 あっさりとティアナに答えるマスターコンボイのその言葉に、当事者であるチンクも眉をひそめるが、
「オレが信じてるのはコイツじゃない――コイツの今までの行動だ。
 こいつは、先の戦闘で味方まで巻き込みかけた自分の行動を自ら猛省し、けじめをつけようと現場に戻ってきた――戦士である以前に、人として芯の通ったその行動から、オレは彼女を戦列に加えても問題はないと判断した」
「…………つくづく、貴様はプロファイラが向いていると思うんだがな」
「その話はいい」
 ため息をつき、つぶやくチンクにマスターコンボイが答えると、
「……わかりました。
 今回はマスターコンボイさんの判断を信じます」
 息をつき、そう告げたのはギンガだ。「ギンガさん!」とティアナが声を上げるのにもかまわず、チンクへと歩み寄り、
「たぶん、今回限りになると思うけど……よろしくお願いします」
 言って、ギンガは右手を差し出した――その意味は容易に知れたが、チンクは素直にその手を取ってもいいものかと思わず眉をひそめる。
 そのまま、時間にして約数秒、チンクは対応を吟味していたが、
「………………間違いなく、今回限りになるだろうが、よろしく頼む」
 結局、ギンガの言葉を真似てそう告げながら、チンクは彼女の手を握り返した。
 

「まったく……何を考えてるのかしら……
 いくら、あの瘴魔獣に煮え湯を飲まされたからって、よりによって機動六課と共闘するだなんて……」
 一方、チンクの行動はアジトのウーノも知るところとなっていた。妹のまさかの行動に、ウーノは鈍痛を訴えるこめかみを押さえながらそうつぶやく。
「帰ってきたら、キツく言っておかないと……」
 そうつぶやくウーノだったが――
「必要ないよ」
 そんな彼女をいさめたのは、ちょうど姿を見せたスカリエッティだった。
「しかし、ドクター。
 彼女の行動は、一歩間違えば私達全員を危険にさらしかねないもので……」
「わかっているよ。
 わかった上で、『必要ない』と言ってるんだよ」
 反論しかけたウーノだったが、スカリエッティはあっさりとそう答えた。
「彼女は自分で自分が許せないのだろう。
 妹達を、もう少しで巻き添えにしてしまうところだったんだからね」
「そ、それはそうですけど……」
「彼女にも譲れないものがあるんだろう。
 ここは、彼女の顔を立てて上げようじゃないか」
「…………わかりました」
 まるで、彼は彼女の行動による危険性すらも楽しんでいるようだ――スカリエッティの言葉には未だ納得しかねるものがあったが、それでもウーノは素直にうなずいてみせた。
 

〈こちらブリッツクラッカー!
 今んトコ、西地区から北地区に瘴魔の姿はないな!〉
〈こちらジェットガンナー。
 同じく、東地区から南地区に反応はない〉
〈スプラングだ。
 二人のさらに上空から広域サーチをかけてるけど、二人と同じだな。
 街を出た、ってのはないみたいだ〉
「了解だ」
 数少ない飛行メンバーでは厳密なサーチは期待できないが、それでも“やらないよりマシ”だ。上空から索敵してくれているメンバーの言葉にうなずくと、イクトは通信を切り、
「細かなサーチはムリにしても、全体的にかからないとなると、やはり地下に隠れている可能性が大きいな……
 とりあえず、“エサ”は配置したし、そのうちかかるとは思うが……」
 そうつぶやくと、イクトは軽く息をつき――
「『思うが……』じゃないよ!」
「おっと」
 背後からアスカがレッコウで打ちかかってきた――あっさりと凱竜剣で受け止め、イクトはアスカに尋ねる。
「どうした?」
「『どうした?』とか聞く!?
 アレだよ、アレ!」
 言って、アスカが指さしたのは道路に置かれた、瘴魔獣を帯び席寄せるための“エサ”、すなわち――
「なんであたしの料理があんなことになってるの!?
 おかしくないかな!?」
「何を言う。
 どうせ練習用だったんだろう? だったら有効活用してやればいいだけの話だろうが」
「どういう『有効活用』!?
 ってゆーか、最初からこれを狙って料理させたんでしょう! ヴァイスくんをけしかけたのもそのためでしょ!」
「確かにけしかけたのは事実だし、やらせたのもオレだが……それでオレを責めないでもらいたいな。
 お前の“実績”がなかったら、誰も貴様の料理でこんなことをしようなどとは思わなかったのだから」
「うぐ…………っ」
 イクトの答えに思わず詰まるが――それでもなんとか心を落ち着け、アスカは深々と深呼吸して、
「ま、まぁ、今回ばっかりはイクトさんの読みも外れるだろうから、あたしとしてはいいんだけどね。
 いくらあの瘴魔獣が脳みそカラッポの分身体でも、あんなあからさまなワナに引っかかるはずが……」

〈こちらジェットガンナー。
 瘴魔獣の群れがマンホールから出てきたのを確認。
 アスカ・アサギ研究員の料理に向けて行動を開始〉

『………………』
 タイミングよくジェットガンナーから入ってきた報告に、彼女達のいる本陣が微妙な沈黙に支配される。
「…………ま、まぁ、それでも、あたしの料理でダメージとか、そんなことあるワケないし……」
 それでも、まだ自分の料理が“ワナ”として機能するかは未知数だ――半ば祈りに近い思いと共に、アスカはそう告げて――

〈こちらブリッツクラッカー!
 メチャクチャ効いてるぞ! 連中フラフラだ!
 …………あ、1体くたばったみたいだ。勝手に吹っ飛びやがった〉

「瘴魔ぁぁぁぁぁぁっ!」
 ことごとく自分の希望を打ち砕いてくれる瘴魔獣達に、アスカの怒りの咆哮が響き――
 

 その場の全員がシカトした。

 

 

「よっしゃ、反撃開始だ!」
「今まで好き勝手してくれた分、万倍返しだよ!」
 瘴魔獣達がアスカの料理で弱体化したのを受け、各地で反撃を開始――スバルやロードナックル・クロが突撃をかけ、瘴魔獣達を次々にブッ飛ばし、
『フォースチップ、イグニッション!』
「三点――」
「粉砕!」

『トライアングル、スパルタン!』

 ティアナとジェットガンナーもまた、広範囲にばらまいた魔力弾で瘴魔獣達を蹴散らしていく。
「姫、お下がりを!」
「きゅくー!」
「う、うん!」
 一方で、シャープエッジとフリードがキャロを守って瘴魔獣達を迎え撃ち――
「めんどくさいから……
 ブルーアンカー、グリーンアンカー、いちゃえ♪」
「それダメぇぇぇぇぇっ!」
 自分のクレーン型ビークルを突撃させ、次々に瘴魔獣を轢き飛ばすアイゼンアンカーに、エリオが思いきりツッコんだ。
 

「私達は、こっちの担当ですね」
「だねー♪」
 そして、ギンガと司令部から前線に合流したアスカは二人で別の地区を担当――それぞれにかまえ、瘴魔獣達をにらみつける。
「まぁ、ギンガちゃんは下がってていいよ。
 ちょっと広域攻撃かけるから、取りこぼしをよろしく♪」
 しかし、アスカは獲物をギンガに譲るつもりはなかった。ギンガにそう告げるとレッコウをかまえ、
「人の料理をワナに使われるわ、それであっさりやられてくれるわ……
 アスカちゃんはとってもご機嫌ナナメです!」
〈Load cartridge!〉
 言って、アスカはノーマルカートリッジで魔力を強化し、
「あたしの手料理に失礼ぶちかました報いを思い知れぇっ!
 タぁイラントぉっ! バスタァァァァァッ!」
 放たれた砲撃が、容赦なく瘴魔獣達を吹き飛ばす!
 

「おーおー、みんなやってるねー♪」
「私達も負けてられないね!」
 また別の一角には、人知れず“手伝い”に現れていたジュンイチとホクトの姿があった。未だ管理局の部隊に捕捉されていない瘴魔獣達の前に立ちふさがる。
「ひさびさの戦いだもんね――暴れちゃうぞぉっ!
 にーくん、カウント!」
The count-down, the beginning.カウントダウン開始
 Remaining time,残り時間 “5:00”.〉
 言って、久々のバリアジャケット姿で相棒を握るホクトに答え、相棒=“にーくん”ことニーズヘグが彼女の戦闘可能残り時間をカウントし始め、
「そんじゃ、オレもコイツのテストとまいろうか♪」
 ジュンイチもまた、懐から漆黒の宝石を取り出し――告げる。
「揺らめけ――蜃気楼」
 その言葉と同時――ジュンイチの周囲が待機モードの蜃気楼から放たれた“何か”に覆われた。
 そして、それが晴れた後には、“装重甲メタル・ブレスト”を装着したジュンイチの姿があり――
「…………あ、珍しい。白色だ」
「“オリジナル”が元々黒いカラーリングだからなー。黒くしたってイマイチ代り映えしないんだよ」
 手にした“それ”を見てつぶやくホクトに答え――ジュンイチは“白いバルディッシュ”を肩に担いだ。
 

〈順調です! みんな、各地で瘴魔獣を蹴散らしてる!〉
「ほぉ……
 アスカ・アサギも本望だろう。自分の料理が作戦に貢献したんだからな」
〈………………今のところ、撃墜数1位ですよ、彼女……主に怒りのせいで〉
 つぶやく自分の言葉に、報告のために通信してきたシャリオが苦笑する――マスターコンボイは、現在チンクと二人で瘴魔獣の殲滅せんめつにあたっていた。
 「裏切りの危険はなくても、それでも連携面から一緒には戦えない」とのティアナの意見により、フォワードチームとチンクを組ませるのは見送ったのだ――暗に「後々戦う相手に手の内を見せたくない」というティアナの思惑を汲み取り、マスターコンボイも同意したため、この組み合わせでの迎撃となったのだ。
 しかし――
「チンク! どうした!
 手が止まりがちだぞ!」
「わ、わかっている!」
 覚悟を決めて臨んだといっても、そう簡単に恐怖が克服できるワケではない――マスターコンボイに答え、ブラッドサッカーにゴッドオンしたチンクは攻撃を繰り返すが、やはりその攻撃にはキレがない。
「…………まぁ、今現在でも十分押せているから、かまわんか……
 今のうち、そいつらを叩いて恐怖の克服の足しにでもするんだな」
 そんなチンクの姿にため息をつき、マスターコンボイが告げるが――
〈………………マスターコンボイさん!〉
 本部から通信――アルトの切羽詰まった声から、それが緊急を要するものだと判断し、マスターコンボイはすぐに彼女に報告を促した。
「何があった?」
〈敵が集結を開始!
 ライカさんやキャロの読み通り、“オリジナル”を守ろうとしてるんだろうけど……〉

〈それが、マスターコンボイさん達の方に向かってるんです!〉

「何だと!?」
〈たぶん、“オリジナル”はマスターコンボイさん達のすぐそばにいるんだと思います!〉
 驚き、声を上げるマスターコンボイに答え――また何かあったようだ。アルトは一瞬ウィンドウ映像の外に視線を向けた後に付け加える。
〈瘴魔獣達が地下にもぐり始めました!
 きっと“オリジナル”は地下に――〉
 そう言いかけた、その時――突然、辺りの地面が鳴動を始めた。
「こ、これは……!?」
〈気をつけてください!〉
 驚き、うめくマスターコンボイにはルキノが告げる。
〈地下の瘴魔力反応が増大!
 同時に数が減少――これは、“オリジナル”が分身体を吸収しているものと思われます!〉
「形勢不利と見て、散らしていた力を一点に集めたか……!」
 ルキノの報告にマスターコンボイがうめき――直後、目の前のアスファルトを砕き、それは地下から出現した。
 漆黒の――集まった瘴魔獣達が寄り集まったできた巨大なまゆが。
「こ、これは……うぅ……っ!」
「気押されるな!
 コイツらは、“力”を“オリジナル”に返した後の、ただの抜けがらだ!」
 ただでさえ気持ちが悪い今回の瘴魔獣群がひと固まりにより集まったその光景に、チンクを強烈な吐き気が襲う――ゴッドオンしたままでは実際に吐くこともできず、口元を押さえる彼女にマスターコンボイが答えると、突然繭が粉々に砕け散った。
 そして――
「グァアァァァァァッ!」
 咆哮し――分体の“力”を吸収、ロボットモードのマスターコンボイ達と同サイズまで巨大化した、人型よりも元のゴキブリに近い容姿の瘴魔獣“デスローチ”がその姿を現した。
「フンッ、分身どもの“力”を集めて巨大化、か?
 特撮ドラマでは使い古されたネタだな」
 そんなデスローチに対し、マスターコンボイは不敵な笑みを浮かべ――
「…………いや、待て……
 ……まさか……!」
 イヤな予感にとらわれた。恐る恐るとなりへと視線を向け――
「ご、ごき……ごき、ゴキブリが……!」
「やっぱりか……!」
 より素体に近い姿で現れたデスローチに、抑えていた恐怖心が呼び起こされたのだろう。再び金縛りにあったかのように動きを止めてしまったチンクの姿に、マスターコンボイは憎々しげに舌打ちし――
「――ならば!」
〈Hound Shooter!〉
 その瞬間、行動方針が決まった。オメガからハウンドシューターを、ブランクフォームである自分の放てる限界数まで増やした状態で放ち、デスローチの眼前で花火のように炸裂させる。
 見た目がハデなだけでまるで威力のない攻撃――しかし、ハデであるがゆえに、その攻撃はデスローチの注意を引くには十分すぎた。行動を開始したデスローチは迷うことなくマスターコンボイへと向かう。
「そうこなくては――こっちもしかけたかいがないがな!」
 そんなデスローチに言い放ち、マスターコンボイは地を蹴った。一気に間合いを詰め、オメガを思いきり叩きつけるが――デスローチの眼前で不可視の壁に阻まれてしまう。
「クッ、力場か……!」
 ブランクフォームの自分では力場を抜けるだけの攻撃力は発揮できない。舌打ちするマスターコンボイだが、対応するよりも早く、デスローチの前足がマスターコンボイを弾き飛ばす!
「ぐ………………っ!」
 それでも、なんとかマスターコンボイは踏みとどまり、転倒だけは免れる――が、そんな彼にデスローチはさらに突撃。頭上からのしかかられる形となり、マスターコンボイは完全に動きを止められてしまう。
「…………だが……逆に言えば好機!
 チンク! 今だ――コイツを撃て!」
「………………っ!」
 しかし、見方を変えれば“デスローチが自分に釘づけにされている”とも言える――このスキを逃すまいとマスターコンボイが呼びかけるが、デスローチの“まさにゴキブリ”といった外見に恐怖心がよみがえってしまったチンクはビクリと肩をすくませるだけだ。
「……この、バカが……!」
 しかし、それでもマスターコンボイはチンクへと呼びかけるのをやめなかった。デスローチの下からチンクへと呼びかける。
「貴様……その程度の器だったのか!?
 妹達を巻き込みかけた自分が許せなくて……そんな自分にけじめをつけたくて、この戦列に加わったんじゃなかったのか!?
 自分で決めたのなら……最後まで貫いてみせろ!」
 その言葉に、チンクからの返事はない。
 だが――マスターコンボイは確かにそれを見た。
 自分の呼びかけに対し、チンクがわずかに肩を震わせたこと。
 そして――その震えを合図に、彼女の恐怖による震えがピタリと止んだことに。
 だから、さらに彼は言葉を重ねる。
「怖くてたまらない相手なんだろう!? だったらさっさとコイツを蹴散らしてしまえ!
 それでも、ヤツへの恐怖がジャマと言うなら――」
 

「まずは、その恐怖からねじ伏せろ!」
 

 その言葉と同時――

 

 

 飛来した刃の雨が、マスターコンボイの上のデスローチを弾き飛ばした。

 

 一撃あたりの衝撃は小さくても、大量のそれが重なれば巨体を吹き飛ばすのも造作はない――真横から不意打ちを受け、デスローチはマスターコンボイの上から弾き飛ばされ、大地に叩きつけられる。
 そして――
「そうだな……」
 言って、チンクはマスターコンボイのすぐとなりに悠々と並び立った。
「“こいつを倒して恐怖を克服しよう”と考えるからいけないんだ。
 恐怖さえ克服してしまえば――普段通りの力さえ出せれば、こんな瘴魔獣など恐るるに足らん。
 こんな単純なことも忘れてしまうとは――確かに相当まいっていたようだな、私は」
「フッ、そういうことだ。
 恐怖は敵を何倍も大きく見せる――だが、それさえなくせば、こんなヤツはただの巨大な虫にすぎん」
 もう大丈夫のようだ――チンクの言葉にうなずくと、マスターコンボイは彼女と並び立ち、
「ならば……もう遠慮は要るまい。
 元々がザコだ。アスカ・アサギの料理のダメージによる弱体化の分も考えれば、これ以上弱らせる必要もあるまい」
「譲ってくれるのか?」
「こちらはすでに溜飲を下げた。気にするな」
「すまない」
 マスターコンボイの言葉にうなずき、チンクは息をついて気持ちを落ち着け、
「フォースチップ、イグニッション!」
 チンクが咆哮するのと同時、飛来したミッドチルダのフォースチップが彼女のゴッドオンしたブラッドサッカーの背中、ウィングの基部に備えられたチップスロットへと飛び込んでいく。
「戦姫――召来!」
〈Full drive mode, set up!〉
 そして、チンクの宣言と共にフルドライブモードが起動。一気に出力を増したブラッドサッカーのもとに、射出していたブラッドファングが一斉に殺到した。彼女のかざした右手に集まり、“力”によってつなぎ合わされて巨大なブレードを形成する。
「ギャアァァァァァッ!」
 まるで悲鳴のような鳴き声と共に、デスローチがそんなチンクに襲いかかる――だが、そんなデスローチの突進を、チンクはブラッドファングの集結したブレード“ファングブレード”で弾き返す。
 さらに、ファングブレードで一撃、二撃……立て続けに叩き込む斬撃が、デスローチを打ち据え、弾き飛ばす!
 そして――
「とどめだ!」
 チンクがファングブレードをかざして咆哮し――ブラッドファングが再び散った。フォースチップの“力”を宿したままブラッドサッカーの周囲に配置され、
「ゆけ!」
 チンクの操作で一斉に動く――横薙ぎに振るわれた右手の動きに従い、一斉にデスローチへと襲いかかり、全方位から斬りつける。
 その猛攻に、デスローチの生体装甲はズタズタに斬り刻まれ――チンクが頭上に右手を振り上げると同時、ブラッドファングは一斉に上昇、デスローチの頭上に集団を形成し、
「万刃――血風!
 ブラッディ、ストリーム!」

 振り下ろした。同時、すべてのブラッドファングが急降下してデスローチへと襲いかかり――その全身を抉り、貫く!
「血煙の中――沈め」
 最後の一撃で大きく地面を抉られたクレーターの中心で倒れるデスローチへと背を向け、チンクが告げ――デスローチの巨体が爆発、四散した。
 

〈敵瘴魔獣の撃破を確認。
 分身体は残っているか?〉
「もう大丈夫だよ。
 合流し損ねてたノロマな瘴魔獣も、みんなで見つけて叩いてくれた――もう反応は残ってないよ」
 通信をつなぎ、尋ねるマスターコンボイの問いに、指令室で指揮官を務めていたアリシアがそう答える。
〈そうか……
 ならば、チンクはこのまま返すが、問題はないか?〉
「うん。
 もともと、今回限りの共闘って形だったんだし……いいよいいよ」
 確認するマスターコンボイの言葉に、アリシアは手をパタパタと振ってそう答え――
「ホントは、ものすごく問題行動だと思うんですけどね……」
「現状からしてすでにカイザーズと非合法協力体制敷いてんのに、何を今さら」
 脇から突っ込んでくるグリフィスに、アリシアはミもフタもなくそんなことを言いきってくれるのだった。
 

「……だそうだ。
 帰っていいぞ」
「すまんな」
「法など知るか。
 オレはオレのやり方を通すだけだ――これでもし、六課と対立することになろうと、それはそれで必然というものだ」
 瘴魔獣との戦闘が終わり――それは同時に、彼らの共闘体制の終了も意味していた。見逃してくれることに礼を言うチンクだが、マスターコンボイはあっさりとそう答える。
「わかったらさっさと帰れ。
 規則にうるさい執務官志望の小娘が来る前にな」
「そうさせてもらう」
 マスターコンボイに答え、チンクはブラッドサッカーの翼を広げ――ふと思い留まり、マスターコンボイに告げる。
「…………そうだな。
 マスターコンボイ。今回の礼に、ひとつ貴様に教えておこうか」
「何………………?」
 突然の提案に眉をひそめるマスターコンボイだったが、そんな彼にかまわずチンクは彼に耳打ちし――
「………………何だと……!?」
「貴様なら、この情報、有意義に使えよう。
 これで、正真正銘貸し借りなしだ――次に戦場でまみえた時は、全力で貴様らを叩きつぶす」
 その“情報”を聞かされ、驚がくに目を見開くマスターコンボイだが――そんな彼にかまわず、チンクはそのままその場から飛び去っていった。
「バカな…………!
 もし、ヤツの言葉の通りなら……!」
 「信じられない」、「もし事実なら……」、二つの感情がせめぎ合い、CPUの処理量が加速度的に上昇する――軽くショートしかかり、マスターコンボイはめまいを感じるが、なんとか持ち直して踏ん張ってみせる。
「もし、それが事実だったとすれば……!
 チンクよ……“ヤツら”がこの件に関わったのは、タチの悪い運命のイタズラだとでも言うつもりか……!?」
 うめき、天を仰ぐマスターコンボイ だったが――夜空に輝く月は、彼の問いに答えるでもなくただ静かに輝き続けていた。


次回予告
 
エリオ 「キャロ……今回の話で、『ゴキブリとはあまり縁がなかった』って言ってたよね?」
キャロ 「うん。そうだよ。
 里にいた時も、ほとんど見なかったし……」
エリオ 「でも……ルシエの里って山奥だったんだよね?
 むしろいっぱいいそうな気が……」
イクト 「わかっていないな、エリオ」
エリオ 「はい……?」
イクト 「その気になったら辺り一面焼け野原にできる竜がゴロゴロしている里に、虫とはいえわざわざ出向くと思うのか?」
エリオ 「………………そっか……」
キャロ 「最強の番人ですよねー♪」
エリオ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第64話『蜘蛛の糸〜小さな幸せ、小さな希望〜』に――」
3人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/06/13)