「フンッ!
 ハァッ!」
 気合と共にレヴァンティンが空を斬り裂く――本部隊舎の中庭で先ほどから続けていた素振りに区切りをつけ、シグナムは静かに息をついた。
 と――
「もう大丈夫みたいだな」
「無論だ。
 いつまでも床に伏せってばかりもいられないからな」
 声をかけてきたのは自らの夫――声をかけてくる恭也に、シグナムは不敵な笑みを浮かべてそう答え、
「そうだろう? 知佳」
「まぁ、確かにシグナムらしいよねー♪」
 すでに気づいていたシグナムの言葉に、木の陰に隠れていた知佳が姿を現した。シグナムの肩をポンと叩いて告げる――が、不意に口を尖らせ、ピッ、と人さし指を立ててシグナムに告げる。
「でもね――『らしい』のと、『すべき』なのとは違うんだよ。
 私としては、まだまだ休んでほしいんだからね。そこは忘れないでね」
「わ、わかっているさ……」
「本当に?」
 詰め寄られ、若干気圧されながらうなずくシグナムだったが、知佳はそんな彼女の瞳をのぞき込み、
「お願いだからムチャしないでよ。
 ママになるの決定したのに、産まれてくる子供に心配かけたくないでしょ?」
「わかった。わかったから……」
 何とか知佳をなだめながら、シグナムは彼女にそう答え――
「………………ん?」
 ふと動きを止めた。空を見上げながらしばし知佳の言葉を反芻し、ゆっくりと彼女へと視線を戻す。
「今……『私が母親になる』と言わなかったか?」
「言ったよ?」
「し、しかし、私は別に、子供など……」
 言いかけ――シグナムは気づいた。
「そ、そういえば、この間『直接顔を合わせて話したいことがある』と……
 ……ま、まさか……!?」
「そういうこと♪」
 あっさりとシグナムに答えると、知佳は彼女にそれを見せた。
 その表紙にはミッド語で――
「『母子手帳』……
 やはり、そうなのか?」
「ま、まぁ、な……」
 シグナムの問いに、恭也は少しばかり照れながらそっぽを向く――もう間違いないという確信と共に、シグナムは再び知佳へと視線を戻した。
「えっと……ゴメンね?
 なんか、先越しちゃった形になっちゃって……」
 自分と同じ“恭也の妻”であるシグナムとしては、知佳が先に子供をもうけてしまったのは複雑ではないか――そんなことを考えながら、申し訳なさそうに声をかける知佳に対し、シグナムは静かに顔を伏せた。
 その手が、ゆっくりと知佳の手を取り、顔を上げたシグナムは――
「よくやった、知佳!」
 瞳がものすごく輝いていた。
 

「あー、やっぱそういうことやったか……」
「部隊長、気づいてたんですか?」
「なんとなくなー」
 そんなシグナム達の様子をうかがっているのは、はやて、アルト、ルキノの3人――感極まって知佳に抱きつくシグナムの姿を待機状態のシュベルトクロイツを通じて動画に収めつつ、はやてはニヤニヤと笑いながらルキノに答えた。
「でも、シグナム副隊長、本当にうれしそうですね……」
「普通だったら、間違いなく修羅場突入な光景なのに……」
「まぁ、あの二人の場合はいろいろあったんよ」
 ともあれ、3人の視線は反撃とばかりに知佳にじゃれつかれるシグナムやそんな二人を苦笑まじりに見守る恭也へ――しみじみとつぶやくアルトとルキノに、はやては笑いながら肩をすくめ、
「あの二人に言わせると、『飽きるくらいケンカしたんだから、後はもう仲良く知るしかないじゃない』ってな……実際、そのくらいのケンカをやらかしたし」
「そ、そうなんですか……?」
「せや」
 思わず聞き返すアルトに、はやては苦笑まじりにうなずき、告げる。
「『スッキリするまでやらせりゃいーじゃん』とか言い出した、ジュンイチさんのプロデュースでな」
『………………』
 ものすごい説得力だった。

 

 


 

第64話

蜘蛛の糸
〜小さな幸せ、小さな希望〜

 


 

 

「……どうしたの? かかってこないの?」
「こなた…………!」
 目の前に立ちふさがるのは、こなたのゴッドオンしたカイザーコンボイ――悠々とこちらに尋ねてくるが、そんな彼女の姿に、マスターコンボイにゴッドオンしたスバルは困惑を隠せない。
 久々の“レリック”反応に急きょ出動してみれば、そこに待ちかまえていたのはこなた以下カイザーズの面々だった――こなただけではない。かがみ達もまた、それぞれのトランステクターにゴッドオンし、こちらと対峙している。
 彼女達の後ろには、ケースに収められた“レリック”――構図的には攻めるスバル達と守るこなた達、といった感じである。
「どうして!?
 なんで戦わなきゃいけないの!?」
「そんなの、必要があるからに決まってるジャン♪」
「だから、その理由を――」
 最近は何だかんだで仲良くしていたのに、なぜここで戦わなければならないのか――あっさりと答えるこなたに、スバルは声を荒らげるが、
《……なるほどな》
「マスターコンボイさん……?」
 そんな中、ゴッドオンしているスバルに自分の身体のコントロールを任せて“裏”側に引っ込んでいたマスターコンボイは何かに気づいたようだ。訝しむスバルにかまわず、上空で戦闘態勢を維持したまま推移を見守っているなのは達に念話で伝える。
《なのは……貴様らもどうせ気づいてるんだろう? ヤツらの目的に。
 ここは乗っておいた方がこちらとしてもメリットはあるだろう――オレ達で相手をする。貴様らは引っ込んでいろ》
《そうだね。
 マスターコンボイさん、スバル達をお願いします》
《任せろ》
「だーかーらー!
 どういうことなんですか!? なのはさんもマスターコンボイさんも、二人だけで納得してないで教えてくださいよーっ!」
 考えていることは一緒か――皆まで言うまでもなくマスターコンボイに同意するなのはだったが、それ故に交わされた主語の欠けた会話はスバルの困惑を加速させるには十分すぎた。たまりかねて声を上げるスバルに対し、マスターコンボイはため息まじりに説明してやる。
《わからんか?
 敵対の意思がないこと、同じ事件の解決を目指していること――それは相互に確認済みだ。
 だが――対外的には“目的は同じでも手を取り合うつもりはない”ということになっているのを忘れていないか?》
「あ………………」
《そうした観点からも、ここいらで一戦入れて、“敵対関係もあり得る”と周りにアピールしておく必要がある……そういうことだ》
「そういうこと♪
 っつーワケで、ケンカついでに、お互い模擬戦でもいかがですか? ってことで♪」
 ようやく気づき、呆けるスバルにマスターコンボイとこなたが答える――最初からその気だった者と早くから気づいていた者、二人はおおむねやる気のようだ。
「そういえば……あなた達とは本格的に戦ったことはなかったのよね」
「言っておくけど、負ける気はしないよ」
「我々も、日々を漫然と過ごしていたワケではないのだからな」
 一方、双方のリーダー格もすでにやる気十分――かがみの言葉にティアナがうなずき、ジェットガンナーもまたジェットショットをかまえてそう告げる。
 そんな彼女達の様子に、当初は困惑していたエリオやキャロも事情を呑み込み、シャープエッジやアイゼンアンカーと共に戦闘準備――その様子に苦笑し、ギンガはスバルに告げる。
「スバル。ちょうどいい機会なんじゃない?
 結局、こなたとは本気の手合せ、したことないでしょ?」
「ギン姉まで……」
 ギンガの言葉に思わずため息をつくスバルだったが――
「……まぁ、しょうがないか。こなた達とはおおっぴらに仲良くできないから、こういう機会でもなきゃ模擬戦なんてできないし……
 …………うん! やっぱりやろう! 思いっきり!」
 結果としてギンガの言葉が決定打となった。パンッ!と顔を叩いて気合いを入れ――
《…………お前が叩いたの、オレの顔なんだが》
「あ、あわわっ、ごめんなさい!」
「アハハ、相変わらず見てて楽しいコンビだよねー♪」
 ゴッドオンしている以上、彼女の身体はマスターコンボイの身体でもある――“裏”側から口をはさむマスターコンボイに、スバルはあわてて頭を下げる。傍から見るとひとり芝居のようでこっけいで、こなたが笑い声をあげるのもムリのない話というものだ。
「…………そこ。いつまでも遊ばない」
「さっさと始めたいんだけど」
「あ、ごめーん、ティア!」
「むぅ……これはこれで楽しいのにぃ……」
 そこへ、そんな彼女達のやり取りに焦れたティアナとかがみのツッコミが飛ぶ――素直に謝るスバルに対しこなたが口をとがらせるが、それでも互いに間合いを計りながら対峙する。
 そして――
「それじゃ、いくよ、こなた!」
「おぅともよー!」

 スバルとこなたのかけ声が、開戦の合図となった。
 

「…………毎回毎回、いきなりね。
 お茶も用意してあげられないじゃない」
「用意させると間違いなく“リンディ茶”が出てくるだろうが」
 一方、リンディのオフィスには来客が――ため息をつくリンディに対し、ジュンイチはあっさりと言い放つ。
「それで? 今日はどうしたの?」
「あー、チョイ待ち」
 ともあれ、改めて尋ねるリンディだったが、ジュンイチ派そんな彼女に待ったをかけた。
「まだ役者がそろってない。
 話は、残りのメンツがそろってからにしようか」
「『役者』……?」
 ジュンイチの言葉にリンディが首をかしげ――
「……失礼するわね、リンディ」
 言って、オフィスにやってきたのは――
「レティ……?
 あなたも、ジュンイチくんに呼ばれたの?」
「えぇ」
 眉をひそめ、尋ねるリンディにレティはあっさりとうなずく。
「私達に用って、一体……」
 ジュンイチの用件が読めず、思わず首をかしげるリンディだったが――ふとその動きが止まり、
「――――はっ!
 まさか……ジュンイチくん、こんなところで私達二人を手篭めに――」
 

 ――かぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇ○ぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇ――
 

「ゴメン。私が悪かったからソレはやめてちょうだい。
 威力よりもネタ的な意味でいろいろ危険すぎるから」
 迷わず某バトル漫画の必殺技の再現に入ったジュンイチに、リンディはすかさず待ったをかけた。
 

「ふー、ふー……」
「うん、ちゃんと冷やさないとね」
 陽も沈み、昼間の業務や出動の喧騒も落ち着いてきた機動六課本部隊舎――食堂では、好物であるキャラメルミルクを冷ますヴィヴィオになのはが付き添っていた。
「ヴィヴィオ、早く飲みたくてしょうがないみたいですね」
「でも、ちゃんと覚まさないと後で泣くのはヴィヴィオだし……」
「まぁ、子供ってのはたいてい猫舌なものだしね」
 そんな彼女達の様子を、周りは微笑ましく見守っている――キャロの言葉に答えるギンガに、ティアナは苦笑まじりに同意する。
 その言葉を聞き、マスターコンボイはおもむろに視線を動かし――
「………………何?」
「特に深い意味はない」
 ココアに片っ端から氷をぶち込んでいるスバルの問いに、マスターコンボイはあっさりとそう答え、
「まぁ、その辺は口にしないのが優しさってもんだよねー♪」
「貴様も貴様で、何を当然のように居座っている」
 自分の分の夕食をつつきながら口をはさんでくるこなたに、マスターコンボイは半眼でそううめく。
 そう。昼の模擬戦の後、こなた達カイザーズも六課隊舎へ――ロングアーチと交わせられる範囲でのデータ交換を終え、今はこうしてスバル達と共に夕食にありついている、という流れだ。
「ホント、いつ食べてもここの食堂はおいしいよねー♪」
「そうですね。
 ついつい食が進んでしまいます」
「それに、量もタップリ食べられますからね。
 ボクやスバルさん、ギンガさんもずいぶんと助かってるんですよ」
 以前にも食べたことはあるが、相変わらず上等な食堂の食事に舌鼓を打つつかさとみゆきに対し、エリオは笑いながらうなずき――
「そのせいで、体重計が怖いのが若干2名」
『言わないでください!』

 意地悪な笑みと共に告げるアスカの言葉に、かがみとティアナが声をそろえて抗議する。
「まったく……そういうアスカさんはどうなんですか?」
「いつもバクバク食べてるし……かなり危ないんじゃないんですか?」
「フフンッ、残念でした♪
 あたしだって前衛組だよ。カロリー消費激しいから、そんな心配ないもんねー♪」
 反撃とばかりに告げるかがみとティアナだが、アスカは自信タップリにそう答える――相変わらずはやてに再三のセクハラを試みられて(、その度に撃退して)いる抜群のプロポーションを前に、ティアナとかがみは軽く怒りの念を抱き――
「それに、『残念でした♪』はもうひとつ。
 うちの家系、いくら食べても体重増えないんだよねー♪」
『うらやましすぎる!』
 続くアスカの言葉に、その怒りが一瞬にして殺意に昇華されたりもしたがそれはさておき。
「はい、ヴィヴィオちゃん♪」
「ありがとー♪」
 そんな喧騒をよそに、すっかりヴィヴィオと打ち解けているのがゆたかだ。サンドイッチを取り分け、手渡すゆたかに、ヴィヴィオは笑顔で礼を言う。
「ゆたか……楽しそうだね」
「うんうん、微笑ましい光景っスよねー♪」
 そのゆたかとヴィヴィオの姿を前に、優しげな笑みと共につぶやくみなみにひよりが同意し――
「そうだね。
 ヴィヴィオ、今まで同年代の知りあいってエリオ達やリインしかいなかったから……ゆたかちゃんと仲良くなりたくてしょうがないんだよ、きっと」
((ゴメンナサイ。
 『同年代』についてはむしろスバル達とです!))
 小柄で童顔なのが災いし、今でも子供扱いの絶えないゆたかだが、それでも自分達と同じ16歳――となりで微笑ましくヴィヴィオとゆたかを見守るなのはの言葉に、みなみとひよりは思わず心の中で謝罪する。
 そんな中――
「…………おい、ギンガ・ナカジマ。
 それから、泉こなた」
 声をかけた二人にしか聞こえない、そのくらいの小声で、マスターコンボイはギンガとこなたを呼びつけた。
「食事が済んだら、少し付き合え」
 

「で?
 アポなしでいきなり私とレティを集めた理由は?」
「だから待てとゆーに。
 まだひとり来るから」
「『もうひとり』……?」
 顔を合わせるなりのボケツッコミも一段落。気を取り直して尋ねるリンディにジュンイチが答える――その言葉にレティが首をかしげると、
「まったく……いきなり呼びつけたかと思えば、やっぱりアポなしの突撃だったか」
 今のやり取りを聞いていたのか、オフィスの入り口に寄りかかり、ため息まじりにジュンイチに告げるのはゲンヤである。
「これで全員?」
「うん。全員。
 だから……お待ちかねの“用件”に入ろうか」
 入室してくるゲンヤをよそに尋ねるリンディに答えると、ジュンイチは改めて3人を見回した。
「話ってのは、ホクトのこと。
 それから……」
 

「ホクトや、スバルとギンガの母親、クイントさんのことさ」

 

「どうしたんですか? こんなところに呼び出して」
 名指しで呼ばれ、連れてこられたのは隊舎の屋上――自分達を先導してきたマスターコンボイに、ギンガは静かにそう尋ねた。
「話なら早くしてほしいよねー。
 エアコンの効いた隊舎の中にさっさと帰りたいんだけど」
「心配するな。そのことについてはオレも同意見だ。
 しかし――だからと言って中で話す、というワケにもいかなくてな」
 パタパタと手で顔をあおぎながら告げるこなただが、マスターコンボイは同意しつつも彼女の意見を却下した。
「聞かれたくないヤツがいる話をするにはここが一番だ。盗み聞きの警戒がたやすい」
「…………どういうことですか?」
「マジメな話だ」
 聞き返すギンガに答えると、マスターコンボイは彼女とこなたを交互に見渡し、
「なのは達にももちろん話すが――お前達には先立って話しておく。
 聞いたが最後、確実に暴走しそうなヤツがひとりいる――近しいお前らにはそのフォローを期待している」
「そのために、先立って話しておいて、いざ知られた時に落ち着いた対応を……ってこと?」
「そういうことだ」
 マスターコンボイがこなたに答え――その言葉にこなたとギンガは思わず顔を見合わせた。
「私達が共通で近しい人間、となると……」
「ひょっとして、スバル……?
 マスターコンボイさん、どういうことなんですか?」
「そう急くな。今話す」
 尋ねるギンガ達にそう前置きすると、マスターコンボイは落ち着いた口調で――
「…………先日のゴキブリ瘴魔獣の一件の際、ナンバーズのチビスケ――チンクからある情報の提供を受けた」
 ――「そう心がけている」と一目でわかるほどに“落ち着きすぎた”口調でそう告げた。
 

「まずは事実関係のおさらい。
 ホクトはスバル達の“妹”であり、オレの細胞も受け継いでる――と、そこまでは前に話したよな?」
 改めて話し始めるジュンイチの言葉に、ゲンヤやリンディ達はそろってうなずいてみせる。
「で……前に話した時は、主にオレの細胞についてだったんだけど……今日はさっきも言った通り、母親であるクイントさんの方についてだ」
「クイントの……?」
 聞き返すゲンヤにうなずき返し、ジュンイチは続ける。
「まず……技術的な視点から見て、ホクトはスバルやギンガと同じ技術で生まれてる。同じクイントさんの因子を受け継いでる、事実上の“妹”だ。
 そこから考えて、ホクトを生んだ連中はスバル達を生んだのと同じヤツら――“組織”自体はクイントさんがツブしてるから、その生き残り、ってことになるんだろうが……肝心な要素が、今まで判明した事実からスッポリと抜け落ちてる」
「肝心な、要素……?」
「そ」
 首をかしげるレティに対し、ジュンイチはあっさりとうなずいた。
「その“生き残り”のみなさんって……クイントさんの細胞や、クイントさんのDNAをどこから調達したんだ?」
「そんなの、クイント本人からだろう?」
 ジュンイチの疑問にあっさりと答えるゲンヤだったが、ジュンイチは無言で首を左右に振ることでそれを否定した。
「そう考えると、おかしなことがあるんだよ。
 オッサン達も知っての通り、細胞もDNAも、きわめてデリケートな生体組織だ――やたら高度なミッド、すなわち管理局の技術でも、その保存技術は必ずしも完璧じゃない。
 じゃあ、普通にクローンを生み出す場合と、人造魔導師を生み出す場合、それぞれのケースにおいて必要とされる、オリジナルの細胞の“鮮度”ってのはどのくらいなんだろうね?
 はい、リンディさん」
「わ、私!?
 えっと……」
 突然ジュンイチから話を振られ、リンディがあわてる――が、すぐに落ち着きを取り戻し、自分の知識を引っ張り出しながら答える。
「……ただ普通にクローンを作るだけなら、今のミッドの技術ならそんなに気にする必要がない、くらいには。単なる細胞保存だけなら、環境さえ維持できればそれこそ半永久的に可能なくらいなんだし。
 ただ……人造魔導師となると話は別。遺伝子操作とかで細胞に負担をかけるから、より良質な状態が――ジュンイチくんの言葉を借りるなら、より高い“鮮度”が求められる。
 実質、人造魔導師に使用する上で適切なオリジナルの細胞の“鮮度”は……採取から2年以内、それが限界よ」
「うん、正解♪
 基本的にクローンってのは生きた細胞もしくは死後間もない、まだ機能の失われていない細胞からじゃないと作れないから、今の説明を基準にするなら、人造魔導師としてのクローンを産むことが可能なのは、“オリジナル”の死亡から2年が限界、ってことになる」
 リンディの答えに満足げにうなずき、補足するジュンイチだったが、そんな彼の説明に、ゲンヤは思わず首をかしげた。
「だがよぉ、ホクトの6歳って年齢は、身体検査から割り出した身体年齢からもハッキリしてんだろ?
 クイントが逝っちまったのが8年前――ホクトの年齢の6歳と細胞保存の2年、そこに細胞を培養するのに必要とされる期間を足せば、クイントの生前にホクトを産むことは……」
「そうよね……」
 顔を見合わせ、つぶやくレティとゲンヤだったが――
「あのさぁ、そこの“親御さんズ”……
 大事なことを忘れてない?」
 対し、ジュンイチは深々とため息をつき、彼らに告げた。
「アンタらがホクトを作った連中だとして……」
 

「わざわざ、赤ん坊からホクトを育てるつもり?」
 

『あ………………』
「自分達の手で命いぢくり回して、そうやって人ひとり“造”っちまうような連中だぜ。のん気に子育てなんぞするかよ。間違いなく、成長は加速度的に行われたはずだ。
 ついでに言うなら、すでにマリーさんに頼んでホクトの細胞も再調査済み。にらんだとおり、刺激を加えて細胞分裂を活性化させた痕跡があった。
 つまり――ホクトの自己申告である“6歳”っつー年齢は、あくまで彼女の身体年齢にすぎない、ってことさ」
 その言葉に顔を見合わせるゲンヤ達に構わず、ジュンイチは続ける。
「研究者としての心理からすれば、自分達の“作品”の出来栄えは一刻も早く知りたいはずだ。
 となれば……少なくとも自分の意志で魔力を使えるようになる年ごろ、自分達のしてほしいことを理解できるだけの年ごろまで、一気にホクトを育てたと見ていい。
 前世の記憶を受け継ぐ、転生系能力者であるオレのケースはあてにならないけど……今までいろんなガキどもを見てきた経験から言わせてもらえば、その条件を満たせる年齢は幼稚園に通い出す年齢層――だいたい4歳から5歳程度ってところだろう」
「今のホクトさんの身体年齢が6歳として……今のジュンイチくんの仮説の通りだと、ホクトさんが生まれたのは1年から2年前。
 細胞分裂を自然妊娠の場合と等倍で行ったと考えると、そこからプラス10ヶ月、つまり約1年……」
「最長で3年、ってワケだ。
 そこに“素材”の細胞の状態を維持できる限界期間である2年を加えても5年前……クイントさんが死んだのが8年前だから、生前のクイントさんから細胞を得たっていう仮説じゃ、どう考えたってつじつまが合わない」
 リンディに答えると、ジュンイチは息をついて頭をかき――
「………………つまり、何か?」
 そんな彼に、ゲンヤは低い声色で尋ねた。
「クイントは……少なくとも5年前までは確かに生きていた、そういうことか?」
「あぁ」
 ハッキリとジュンイチはうなずいてみせた。
「つまり、あの一件……クイントさんは殺されたんじゃなくて、拉致されたんだと思う。
 ただ……それはそれで、引っかかることはあるんだけどね。
 8年前の一件から、ホクトが生まれるまで最低3年――3年間もあの人を止めていられたんだ。“それがその後も続いている”可能性は、決して低くない。
 ……いや、むしろそっちの可能性の方が高いとオレは思ってる」
「それじゃあ……」
 聞き返すゲンヤに、ジュンイチはもう一度、ハッキリとうなずいてみせた。

 

「チビスケの話の通りなら――」

 機動六課のマスターコンボイ――

 

「ハッキリ言えば物的証拠は何ひとつない。
 だから、こいつはあくまでオレのカンにすぎないんだけどさ……」

 リンディ達を前にしたジュンイチ――

 

 

 それぞれの場所で――

 

 それぞれの根拠で――

 

 

「クイント・ナカジマは……生きている可能性がある」

「クイントさん……まだ生きてんじゃねぇか?」

 

 二人は、同じ結論を口にした。

 

 

「く、クイントが、生きてるってのか……!?」
 ジュンイチの言葉は、クイントの夫であるゲンヤを動揺させるには十分すぎた。呆然とつぶやくゲンヤだったが、ジュンイチは無言で、しかしハッキリとうなずいてみせる。
 それが何よりの肯定だったが――しかし、そうなると逆に新たな疑問が浮上してくる。
「だ、だけどよぉ……オレは確かに、返ってきたアイツの遺体と対面してるし、それを確かに葬った。
 アイツが生きていたとなると、あの死体は何だったんだ?
 ニセモノじゃなかったってのは、オレが確かめたんだから間違いないぜ」
「そう。ゲンヤのオッサンは確かにクイントさんの遺体を確認した。
 オレも、そのオッサンの言葉を信じたから、つい最近まで気づけずにいたんだけど……それこそが盲点の元だったんだ」
 そうゲンヤに答えると、ジュンイチは悔しげに歯噛みして、
「あの時のオレは、クソ数の子どもに“殺されてた”せいで遺体とも対面できなかったし、葬儀にも出られなかった。
 直接見たワケじゃねぇから、断言はできない。あくまで矛盾を解消するための“仮定”の話になるけど――」
 

「もし、その死体が“オッサンの目もあざむけるぐらいに精巧なニセモノ”だったとしたら、話は違ってこない?」
 

「なん、だと……!?」
「そう考える“根拠”ならある」
 ジュンイチのその言葉に、思わず呆然とするゲンヤだったが、ジュンイチは間髪入れずにそう告げる。
「オレだって、これでも戦闘経験18年。8年前の時点でも10年のキャリアがあった。
 その中で、戦場での負傷も数えきれないくらいしてきた――当然、それに対する手当てで戦場医療の経験もしこたまある」
「そいつぁ知ってる。
 けど、それがどうかしたのか?」
「あの時も、できる限りの範囲内でみんなの状態は把握してた、ってことさ」
 聞き返すゲンヤに答え、ジュンイチは一束の書類を一同の前に差し出した。
「これは……検死報告書?」
「そ。
 “8年前の事件”の時の……クイントさんのね」
 書類に目を通し、つぶやくリンディに答えてジュンイチは続ける。
「その検死報告書に書かれてる、クイントさんのケガの状況――あの時、戦闘中とはいえ直接クイントさんを診たオレとしても、その内容におおむね異論はない。
 ただ1ヶ所だけ――“右腕についての記述”以外は、ね」
「右腕……?」
「あぁ」
 聞き返し、リンディの脇から報告書をのぞき込むレティに答え、ジュンイチはその“矛盾”の正体を明かした。
「その報告書によると、クイントさんの右腕は“上腕部の単純骨折”ってなってるけど……」

 

「オレが診た時、クイントさんの右腕は“複雑骨折”してた」

 

『――――――っ!?』
「粉々に砕けてた骨が、なんで検死された時にはポッキリ折れた状態になってんの?
 逆ならあり得ないこともないけど、これっておかしすぎるだろ」
 明かされた矛盾点に言葉を失うゲンヤ達に対し、ジュンイチは肩をすくめてそう答えた。
「ギンガやスバルの件もある――クイントさんの細胞が、オレがミッドに迷い込むよりも前から裏ルートに流れていたのは間違いない。
 もし、オッサン達が見たクイントさんの死体が、そうした細胞で作ったクローンを使った“ニセモノ”だったとしたら?」
「そうか……
 クローンである以上、その身体はクイントと寸分違わない……“そう”だって可能性に気づいてない限り、単なる検死じゃまず見抜けない……
 そして、クイントの身体である以上、オレの目すらもごまかせる……!」
「ゼストのおっさんやメガーヌさんが“アレ”で、どうしてクイントさんだけ……って思ってたけど、これでスッキリしたぜ。結局クイントさんも同じ目に逢ってたんだ。
 要するにミスリード狙い――優秀な魔導師がひとりでも多くほしかったけど、3人全員拉致ったんじゃ容易に狙いがバレちまう。それを避けるため、クイントさんの偽死体で“優秀な魔導師が狙いじゃない”と思わせようとした、ってところか……
 直接遺伝子情報マトリクスを読み取れるオレが、あの時点じゃおネンネだったからなぁ……あの時その場にいられたら、気づけたかもしれなかったんだけど……」
 ゲンヤに答え、ジュンイチは悔しげにつぶやきながら頭をかくが――
「だから……」
 そう続けながら顔を上げたジュンイチは、“戦士として”の顔でゲンヤに告げた。
「確かめさせてほしい」
「『確かめる』って、いったいどうやって……」
 ジュンイチに聞き返しかけ――レティはある可能性に気づいた。
「ちょっと待って。
 ジュンイチくん、あなたまさか……!?」
「その『まさか』だよ」
 あっさりとジュンイチはうなずいた――ゲンヤに向けて、改めて告げる。
「オレに……」
 

「クイントさんの墓を、暴かせてほしい」
 

「は、墓を暴くって……
 ジュンイチくん、自分が何を言ってるか――」
「わかった上で言ってるよ、残念ながらね」
 よりにもよって墓暴きとは、とんでもないことを言い出した――思わず声を上げるリンディだが、ジュンイチの表情はあくまで真剣だ。
「あの事件の直後なら、まだ探る手段はあったかもしれない……でも、今となっては、確かめられるあてはもう、葬られたクイントさんを直接調べるしかない……
 オレだってやりたかないけど……いろいろ考えて、それでもやっぱり、これしかないって思ったんだ……!」
 そう告げるジュンイチの拳は強く握られ、震えている――あまりにもいつものひょうひょうとした姿とかけ離れた今のジュンイチの様子に、リンディもレティも彼の“本気”を察して黙り込むしかない。
 一方、そんな彼の“本気”を真っ向からぶつけられたゲンヤは――
「………………バカヤロウ」
 しばしの沈黙の後、ジュンイチに向けて静かにそう答えた。
 立ち上がり、ジュンイチの前まで進み出ると、右手を上げ――
「てめぇひとりで、全部背負い込もうとすんじゃねぇよ」
 ポンッ、とジュンイチの頭に手を置いた。
「その話……オレも乗るぜ。
 アイツの墓を暴くことで、お前ひとりが罪を被るコトぁねぇ。
 オレも一緒に……背負ってやらぁな」
「…………ゴメン」
 本当に、その一言しか出てこない――自分が負うことを覚悟していた“罪”への相乗りを宣言したゲンヤに対し、ジュンイチは心から頭を下げたのだった。
 

「どういうことですか!?
 母さんが生きてるかもしれないって……!?」
「あくまで可能性の域を出ない話だが……な」
 マスターコンボイが告げたのは、ジュンイチがゲンヤ達に語ったのとは別の“根拠”によるクイント生存の可能性――声を上げるギンガに、マスターコンボイはそう告げながらギンガをなだめた。彼女が落ち着いたのを確かめた上で、説明を始める。
「チビスケの話によれば、ヤツらは以前から戦闘機人に関する事件を追っていたクイント・ナカジマのことは注目していたらしい。
 そんな中、8年前の“事件”でクイント・ナカジマは死亡――しかし、その後も、度々彼女の名を収集したデータの中に目にする機会があったという。
 しかも……日付からして“クイント・ナカジマの死後に新規に作成されたと思われるデータ”を、だ」
「元からあったデータを編集したデータとかじゃないの?」
「それならば話は早かったのだがな……」
 あっさりとこなたが指摘するのは至極もっともな可能性――しかし、マスターコンボイはため息まじりにそれを否定した。
「残念ながら、チビスケ側の情報戦担当によればその可能性は低いらしくてな――そいつ自身も首をひねっていたらしい。
 その際、チビスケも今の貴様と同じことを聞いたらしいのだが……データの中には、“8年前には存在しなかった機器”で測定されたものも含まれていたそうだ」
「つまり……母さんが死んだ後に、生きている母さんのデータが測定されたことになる……ってことですか?」
「そういうことだ」
 聞き返すギンガに、マスターコンボイはうなずき、答えた。
「事実だけを見れば、明らかに矛盾しているが……たったひとつの希望的観測でそれはひっくり返る。
 すなわち――“クイント・ナカジマの生存”という可能性に目を向けるだけで、ヤツから聞かされたすべての情報にすっきりと筋が通る」
 そう告げると、マスターコンボイは改めてギンガとこなたを見渡し、
「これでわかっただろう?
 オレがスバル・ナカジマに先駆け、前もって貴様らに話した理由が」
「確かに……
 これを聞いたら、あの子は確実に、母さんを助けようと先走るでしょうね……」
 確認するマスターコンボイの言葉に、ギンガも深刻な表情でうなずき返す。
「そういうことだ。
 まだ生きているという確かな確証が得られたワケではないし、たとえ生きていたとしても、所在も明かされない内から闇雲に動いても徒労に終わるだけ――そう考えられるタイプではないからな、あの小娘は」
「………………?」
 そんなギンガに同意するマスターコンボイだったが――その言葉に首をかしげるのはこなたである。
「どういうこと? チンクが知ってたってことは、スカリエッティのところに捕まってるんじゃないの?」
「今の話の、何を聞いていた?
 チビスケの話の中で、一度でも『クイント・ナカジマを見た』という情報はなかった――彼女も生存の可能性に思い至る“根拠”を得ていただけで、確証を持っていたワケではなかったんだろう」
 そう答えると、マスターコンボイは息をつき、
「とにかく、オレの得た情報と推論は以上だ。
 その上で、今後の動きだが――」
「八神二佐達に改めてこのことを話して、母さんのことも調べてもらう……だね。
 チンク達が戦闘機人であることは明らかだし、彼女達が集めたデータに母さんの名前が出てきたってところから見ても、母さんとチンク達――つまりスカリエッティ一派が無関係だったとも思えないもの」
「あとは……スバルの耳には入らないようにしないとね。暴走防止のためにも。
 ……あ、となると、エリオくんやキャロちゃんにも話せないかな? あの二人、すぐ顔に出るし」
「そういうことだ。
 まだ仮定ばかりの話で、本腰を入れて動くには少しばかり根拠が弱い――できることなら、確証を得られるまでは慎重にいきたいし、八神はやて達にもその前提で動いてもらうべきだろう」
 ことがことだけに、こなたもとなりのギンガと同様、真剣な表情でうなずく――二人の答えにそう締めくくると、マスターコンボイはため息をつき、
「まったく……六課に来て以来、こういう問題が次から次に挙がってきて、まったくもって不愉快だ。
 こうなると、大帝時代に懐かしさすら覚えてくる」
「いいじゃないですか。
 人のことで悩めるのは、その人とつながってる、確かな証拠なんですから」
「オレが言っているのはそこじゃない――状況がややこしいのが不満なんだ」
「つまり、つながりについては否定しない、と♪」
「うるさい」
 ギンガに答えるマスターコンボイの言葉をこなたが茶化す――彼女の頭を軽くはたき、マスターコンボイは夜空を見上げた。
「ブレードではないが、もっとスッキリした、力押しでガンガン戦える状況の方がオレの好みだ。
 この件も、さっさと物証なり何なりが出てきてくれれば、まだ方向性が定まるものを……」
「仕方ないですよ。
 母さんが死んだ事件からもう8年……物証なんて、そう簡単には……」
 イライラしながらつぶやくマスターコンボイに、ギンガがなだめるようにそう答える――
 

 しかし――

 

 

 すでに“物証”はジュンイチの目の前に“現われて”いた。

 

「………………ビンゴ」
 夜の暗闇の中、ジュンイチは喜びとも苦笑ともとれない微妙な笑みと共にそううなずいた。
 クイントの死の真偽を確かめるため、彼女の墓を暴く許可を求めたジュンイチにゲンヤが同意――二人は早速、クイントの眠る墓地へと足を運んでいた。
 先に述べたとおり、周囲はすでに日が沈んで真っ暗闇――いくら理由があろうと「墓を掘り返す」なんてマネを白昼堂々やるワケにはいかない。倫理的に問題がありすぎだ。
 そんなワケで、「人数が増えればその分見つかる確率も増す」とリンディとレティには居残りをお願いし、こうして墓地に“向かっていた”のだが――
「まさか、到着前に“コイツら”に出くわすとはね……
 しかも、明らかにオレ達狙いだし。どう考えても“偶然の遭遇”じゃないでしょコレ」
 言いながら、無造作に左手を振るう――それを合図に、ジュンイチの周囲に常時展開されている力場が前面に収束した。厚みを増し、強度を増した力場が防壁となり、飛来した光弾を受け止める。
 光弾を受け止めると、力場はすぐに通常の常時展開状態に戻る――油断なく周囲に気を配りつつ、ジュンイチは襲撃者達と対峙した。
 ガジェットT型。数は20……いや、25機。目の前の20機に加え、潜伏して奇襲を狙っている5機の気配を、ジュンイチは正確に感じ取っていた。
 操っている者の存在を感じない以上、命令だけを受けてあとは自動、といったところだろうが――それで奇襲狙いというのはムダに知能が高い。さらに言えば目の前の20機が姿を現した時の動きもキレが良かった。
 ソフト面、ハード面共にいつものガジェットよりも上のレベルだ。おそらくはガジェットをカスタマイズした特別仕様といったところか。
 しかし、何よりジュンイチをいら立たせたのは――
「…………黒色かい。
 ノーマルと色分けするにしたって、別の色選べよ――オレとパーソナルカラー被ってるじゃんか」
「今の展開で最重要視するのはそこなんだな」
 ご丁寧にその機体色は黒系で統一されていた――夜戦仕様と考えれば納得なのだが、日頃から黒系の服装を好むジュンイチにとってはマネをされているようでいい気分はしないようだ。口をとがらせるジュンイチに、ゲンヤはため息まじりにツッコミを入れる。
 だが――ジュンイチとて今の状況が意味するところをわかっていないワケではなかった。気を取り直すと改めて正面のガジェット群と正対し、
「にしても……“クイントさんのこと”に気づいて動いたとたんに“コレ”とはねぇ……
 行動がわかり易すぎて涙が出るぜ」
 「おかげで墓暴きせずに済んだから感謝はするけど」と付け加え、ジュンイチは息をつき――そんな彼にゲンヤが尋ねる。
「…………コレ、スカリエッティの差し金だと思うか?」
「思わない」
 尋ねるゲンヤに、ジュンイチはあっさりと即答した。
「スカ公やクソ長女はこういうのに興味持たないし、クソ眼鏡ならもっと陰湿な手でくる。
 クソスパイは“本業”中のはずだし、チンクとクソスピードスターは真っ向勝負大好きの脳筋だから問題外。
 指揮官組の誰もがこんな手を使わないスカ組の仕業じゃないよ、コレ」
 めんどくさそうに答えるが――
「つまり、さ……」
 そうつづけるジュンイチの口元には、確かな笑みが浮かんでいた。
「これもこれで、別件の“確証”ってこと。
 とうとう、オレ達に直接関わる形で動きやがったんだ――スカ公とは別に、ヤツらの戦力を利用できる……そんな手を打てるヤツらがね」
「お前さんが前々から考えてた、“スカリエッティとつながってるヤツら”……やっぱりいたってことか」
「オレも『確証はない。けどそう考えなきゃ説明のつかないことがあるからそう仮定する』って程度だったんだけど……ここまできちゃったら否定する方がバカらしいよねー」
 そうゲンヤに答えながら、ジュンイチは懐に右手を突っ込みながらガジェット群に向けて歩き出し、
「とはいえ……クイントさんの死体を調べようとした矢先にこれだ。
 つまり……コイツらを差し向けた連中は、クイントさんの死体をオレ達に調べられたらマズイってことさ。
 オレ達の仮説……大正解、ってところかな?」
 言って、取り出したのは漆黒の宝石――
「おいおい、もう見せちまうのか?
 スカリエッティ達に情報が行くかもしれないぜ」
「問題ねぇよ。
 『知られないのが最上だけど、知られたところで“知られたこと”を前提に動けば問題ない』――情報戦なんてそんなもんさ」
 告げるゲンヤにそう答え――ジュンイチは宝石を掲げ、告げる。
「揺らめけ――“蜃気楼”」
 瞬間――ジュンイチの周囲に渦が巻き起こった。砂塵のような“何か”がジュンイチを中心に渦を巻き、一気に周囲にばらまかれる!
 そこから、時間にしてわずか数秒――ジュンイチは“何か”の渦の中からその姿を現した。
 コスチュームは愛用の“装重甲メタル・ブレスト”、“ウィング・オブ・ゴッド”――ただし、右手には通常のアーマーに代わり“蜃気楼”のガントレットが装着されている。以前は左手に着けていたものだが、テストを重ねるうちに装着位置を変更したのだろうか。
 そして腰の装備も、右腰のアーマーの代わりに“蜃気楼”のポーチが取りつけられている。
「特別サービスだ」
 そして、ジュンイチはそう言いながら右手のガントレットに左手をかけた。ガントレットに開けられた穴に指をかけて引っ張ると、内部に収納されたトレイのようなものが顔を出す。
 続いて、左手で右腰のポーチから取り出したのは1枚のカード――そこには、インラインスケートを思わせる、もっと言うならスバル達の“キャリバー”を思わせるデザインのローラーブーツと、左右一対のリボルバーナックルが描かれている。
「“蜃気楼”の発動、フルバージョンで見せてやるよ」
 言いながら、ジュンイチはそのカードをトレイにセット。トレイの四方の爪がカードが落ちないようホールドし、
「理由は……『もう見せちまえ』って腹括ったのがまずひとつ」
〈ローラーブーツ、アンド、リボルバーナックル!〉
 トレイをガントレットの中に押し込んだ。同時、電子音声が日本語的発音な英語でジュンイチに告げ――最初の発動時にジュンイチを包み込み、そのまま霧散したかと思われた白銀の“何か”がジュンイチのもとに殺到した。その四肢にからみついたかと思うと、互いに結合し、先のカードに描かれていたものと同じ、漆黒のローラーブーツとリボルバーナックルへと姿を変える。
「でもって、もうひとつの理由は……」
 そして、ジュンイチはそう言いながら静かに腰を落としてかまえ――

 

「てめぇらの“黒幕”への、宣戦布告だ!」

 

 咆哮と共に地を蹴ったジュンイチは――次の瞬間にはすでに、1機目のガジェットを粉々に殴り砕いていた。
「てめぇらの“黒幕”に伝えてくれるかな?」
 そのまま、ジュンイチは素早く身をひるがえし、
「『クイントさんは、いずれ必ず返してもらう』ってな!」
 続く2機目を、繰り出した蹴りで容赦なく粉砕した。
 

〈てめぇらの“黒幕”に伝えてくれるかな
 『クイントさんは、いずれ必ず返してもらう』ってな!〉
《……言ってくれるな、若造が》
 カスタムガジェットを相手に暴れ回るジュンイチ――その様子は、健在なガジェットを通じて“彼ら”の元にも届いていた。暗がりの中、“彼ら”のひとりがジュンイチの言葉にそうつぶやく。
《気にせずともよかろう》
《あの男がひとりであがいたところで、我らの“世界”は揺るぎはせんよ》
 その言葉に、“彼ら”の別のメンバーがそう答えるが――
「油断は禁物ですよ」
 そんな“彼ら”に、答える者がいた。
「あの男は、自分の戦う理由のためならどんなことでも平気でします。
 そう――10年前、自分の仇をいぶり出すために、国内の軍事基地を片っ端から壊滅させたようにね……」
《貴様のいた軍を止められなかったような惰弱な軍と我らを一緒にされては困る》
「組織、という意味では同じですよ」
 “彼ら”のひとりが答えるが、乱入者は平然とそう答えた。
「あの男は、かつて自らの復讐のために“個人で組織と戦う”ための力を徹底的に磨き上げた。
 あの男の戦いは、組織が相手の場合の方がより精彩を増す――あの男と戦う組織は、組織である、という時点で不利な状況に立たされるのです」
《ずいぶんと警戒しているな》
《まぁ、貴様らのくだらん野心をつぶしたのもあの男――恐れるのも当然か》
「あの男への恐れ……否定はしませんよ。
 しかし……だからこそ取れる対策もあることも、ご理解いただきたい」
 “彼ら”にそう答えると、乱入者はうやうやしく一礼し、
「ご心配なく。
 私は“最高の結果”を出すために、ただ全力を尽くすのみです」
《わかった。
 ならば、存分にその力を振るうがいい――》
 

《ザインよ》
 

「かしこまりました。
 必ずや“最高の結果”を出すことを、お約束いたしましょう」
 “彼ら”の言葉にそう答え、乱入者は――瘴魔神将、“幻水”のザインはうやうやしく一礼し――
(…………そう。“最高の結果”を出して見せますよ。
 ただし……“私にとっての”ね……)
 内心にそのどす黒い本性を渦巻かせ、ザインは口元をニヤリと歪ませるのだった。


次回予告
 
ギンガ 「母さんが死んだと思っていた事件から8年……
 生きていたとして、どうしていたんでしょうか?」
マスターコンボイ 「囚われの身としても、貴様らの母親ならばおとなしくはしていまい。
 そのことを考えれば、眠らされていたと考えるべきだろう」
こなた 「な、なんだってーっ!?
 8年間も寝放題!? うらやましすぎる!」
マスターコンボイ 「そこを気にするのか? お前は……」
こなた 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第65話『それぞれの“夢”〜死闘開幕4日前〜』に――」
3人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/06/20)