それはある晴れた昼下がりのこと――

「………………」
 意識を集中、身体の中を流れる“力”の循環を感じ取る。
 そしてその流れを自らの意志で変え、前面にかざした右手――指さすように差し出した人さし指の先端に集めていく。
 イメージするのは世界を疾駆し、目標を撃ち貫く光の矢。そのイメージに沿って、集めた“力”を解放し――
 

 なのはの指から放たれた光の弾丸は、目標を大きく外れてその後ろの茂みへと消えていった。
 

「…………あー……」
 “標的”として置かれた空き缶はまったくの無傷。なのはは軽くため息をつき――
「珍しいわねー」
「あひゃあっ!?」
 自分ひとりだと思っていた場に、突然新たな声――驚き、情けない声を上げながら振り向くと、
「アンタがひとりで自主トレ、ってのもそうだけど……ものの見事に狙いを外したわね……」
「あ、えっと……」
 現れたライカの言葉に、なのはは気まずそうに視線を泳がせて――
「…………あれ?」
 ライカは、少し離れたところでビーストモードのプリムラが赤い宝石を――待機状態のレイジングハートを持って待機しているのに気づいた。
「何? 今の、レイジングハートのサポートなし?」
《そうだよー♪》
「あ、はい……
 デバイスのサポートなしのシューターで……いつもよりも魔力弾の圧縮率を上げてみたんです」
 尋ねるライカに対し、レイジングハートを掲げたプリムラが答え、なのはがそれに補足する。
「サポートなしだと、どのくらいの圧縮率まで命中率と両立して撃てるか……って、試してみたんですけど……」
「その結果が……これ?」
「はい……」
 ライカに答え、なのはは軽く苦笑してみせる。
「ダメですね……ちょっと、レイジングハートやプリムラ達に頼りすぎてたかもです」
「まぁ、それについては人のこと言えないわねー……あたしも、狙いについては“フラッシュ・コマンダー”のターゲッティングサイトにかなり頼ってる部分、あるしね」
 そうなのはに答えると、ライカは軽くため息をつき――
《もーまんたいっ!
 なの姉のサポートは私達のお仕事! なの姉は今まで通り私達に頼ってくれればいいのだー!》
〈All right.〉
「あんたらがそうやって過保護だからこその現状でしょうが。自覚しなさい」
 両手を上げて自己主張するプリムラと同意するレイジングハートに、ライカはため息まじりにそうツッコミを入れる。
「あ、そういえば……」
 と、ふと思い出し、なのははポンッ、と手を叩いてライカに尋ねた。
「そういえば……前にオーリス三佐に見せてもらった、はやてちゃん達とジュンイチさんの模擬戦の記録、覚えてます?」
「あぁ、はやて達のトラウマの“元凶”?」
 ライカの答えに思わず苦笑するが、気を取り直してなのはは続ける。
「あの時、ジュンイチさん、自分のオールレンジ武器と一緒に精霊力の火炎弾を操ってましたけど……やっぱり、アレってジュンイチさんが独力で?」
「あー……なのは達魔導師組からすればトンデモナイことだろうけど……残念ながらその通り。
 ジュンイチはアレを、誰のサポートも受けずに自分だけでコントロールできるのよ」
 先ほどとは別の意味でため息をつき、ライカはそう答える。
「ジュンイチの能力特性は“エネルギー制御特化”――
 対物防御を極限まで犠牲にして対エネルギー防御に特化させた力場を代表格として、エネルギーの制御から圧縮から節約から、とにかくエネルギーを扱うことに関しては当代随一とまで言われるほどの実力者よ。
 ……まぁ、その代償として、物理系に関してはてんでダメで、本人の技量頼みなんだけどねぇ……」
「あちらを立てればこちらが立たず、ですか?」
「そうそう、そんな感じ」
 なのはの言葉にクスリと笑みをもらし――特に急ぎの用もなかったこともあり、ライカはそのままなのはの自主トレに付き合ってやることにした。

 

 そしてまたある日――

「はい、チェックメイト」
「ぐ………………」
 あっさりと告げたライカの言葉に、ヒューマンフォームのマスターコンボイの表情が強張る――機動六課・本部隊舎のレクルームの一角で、二人はチェス盤を前に向き合っていた。
「はい、毎度ありー♪」
「…………チッ」
 笑顔で告げるライカの言葉に、マスターコンボイは舌打ちしながらクレジット端末を取り出し、ライカに向けて投げ渡す。
 それを受け取り、ライカが自販機に向かうのを見送ると、マスターコンボイは完璧なまでに詰められた眼下のチェス盤へと視線を戻した。
 と――
「あれー? 何ナニ? チェス?」
 新たな闖入者――背後からチェス盤をのぞき込み、アリシアはそう声をかけてくる。
「ライカちゃんとしてたの?」
「あぁ。
 以前、グリフィス・ロウランがウーノ女史とのデートの際にやっていたのを思い出して、少しな……」
「今んトコ、マスターコンボイの全戦全敗ねー」
 余計なことを付け加えてくるライカをギロリとにらみつけるが――それで状況が変わるワケではない。素直に敗北を認め、マスターコンボイは軽くため息をつく。
「アハハ、相手が悪いよ。
 ライカさん、あのジュンイチさんにだって3本に1本は勝てるんだから――“瘴魔大戦”の時、クセ者ぞろいのブレイカーズで参謀を務めた経歴はダテじゃないんだから」
「“ブレイカーズ”……?」
「当時のあたし達のチーム名よ。
 ブレイカーが複数集まったから“ブレイカーズ”――なかなかシンプルでしょ?」
 眉をひそめるマスターコンボイに答え、戻ってきたライカが買ってきたジュースを飲み始める。
「ってーか、アリシア……『3本に1本しか勝てない』って言うけど、そもそもアイツが反則すぎなのよ。
 アイツとあたし達とは、そもそもの土台が違うんだから――ブレイカーに覚醒するまで実戦経験のなかったあたし達と違って、アイツは齢8つの頃から暴れてんのよ」
「ほぉ……
 ナカジマ姉妹の話に寄れば、確かヤツは今26と聞いている……戦歴18年か。
 なのはが10年目であることを考えると、なかなかの経歴だな」
「まぁ、現状として……現役世代の中じゃ、あたしの知る限り一番のベテランよね……」
 マスターコンボイの言葉に肩をすくめ、ライカは買ってきたジュースをすする。
「しかし……8歳と言えば、なのはやエリオ・モンディアル達の初陣よりも早いだろう。
 いったい何がどうなれば、そういうことになるんだ? 紛争とは無縁の、バカがつくほど平和な国に生まれ育ったガキだったんだろう?」
「あぁ、それはアイツの家の家系が特殊でね……」
 マスターコンボイに答え、ライカはジュンイチの家系、すなわち柾木家について説明し――

 

 

 

「…………最近、思うのよ。
 みんな、ジュンイチの話題が出るたびにあたしに話を振ってくるのよねぇ……イクトもいるってのに、なぜかあたしばっかりに。
 いちいち答えるあたしもあたしだけど……そもそもあたしは、アイツの情報開示窓口じゃないんだっての。まったく……」
 

 以上。

 

 なんやかんやで名前が六課内に知れ渡るにつれ、ジュンイチの話をアレコレ“語らされる”頻度の増してきたライカ女史の愚痴でした。

 

 


 

第65話

それぞれの“夢”
〜死闘開幕4日前〜

 


 

 

作業記録
新暦0075年9月8日

 プランT−A“ゆりかご”案件の進捗は順調。
 初期製作機ファーストロットである私からナンバー4までの戦闘機人はすべて、私達の創造主“Dr.ジェイル・スカリエッティ”が指し示す未来に向かって、揺らぐことなく忠実に進行中。
 4日後に控える対抗組織襲撃も準備は万端。
 最終製作機、ナンバー7、8、12も機体、武装、トランステクター、いずれも調整完了。
 プランはすべて問題なし――

 
第一機人ファースト・ナンバーズ、ウーノの記録より抜粋――

 

「私達も、やっと12人……全員戦闘態勢が整ったな」
「あぁ。
 予定は順調、素晴らしいことだ」
 アジトのレクルーム――淹れたての紅茶をカップに注ぎつつ、チンクはつぶやくトーレにそう答えた。
「まぁ、すでに任務中のナンバー2の合流はいくらか遅れるが……」
 全体の“スケジュール”を思い出しながら、トーレがチンクに告げた、その時、
「失礼いたします、トーレ、チンク」
 そこに姿を見せたのはセッテだった。
「セッテ……どうした?」
「空戦シムのスペースを使用したく……許可をいただきにまいりました」
 聞き返す自分に、セッテは感情の込められていない淡々とした口調でそう答える――息をつき、トーレはそんな彼女に答えた。
「空いているなら好きに使え。
 いちいち許可は必要ない」
「わかりました。
 以後そのように」
「それから、動作と言動にはもう少し気を使え。
 あまりに“機械すぎる”ぞ」
「はい。すみません、トーレ」
 不自然さすら覚えるほどに感情の見えないセッテの言動に釘を刺すトーレに、セッテはそれでも淡々と頭を下げ――そんな彼女にチンクが声をかけた。
「他の妹達は、動作チェックを終えて機体洗浄でもしてる頃だろう。
 親睦を深めてきたらどうだ?」
「ありがとうございます。
 ですが、空戦シムの実行を優先したく」
「そうか……まぁ、がんばってこい」
「失礼します」
 チンクの激励に答え、セッテはレクルームを後にして――それを見送り、チンクは思わず苦笑した。
「あれもまた、少々変わった子だな。
 先日の一件では、同じものが嫌いとわかって親近感を抱いたものだが」
「それはこの間のゴキブリ瘴魔獣の一件か?」
 せっかく同じ思いを共有できると思ったのに――“同志”を得損ねて少しばかり残念そうなチンクに軽くツッコみ、トーレは自分の分の紅茶をすすり、
「まぁ……我々の開発コンセプトを思えば、あれが一番完成度が高いと言える。
 余分なものは何もない、純粋なる戦機だ」
 そう告げて――息をつき、トーレは「だが」と続けた。
「ただの機械では頭部に脳が詰まっている必要もない。
 少しは考えることを覚えさせるさ」
「作戦決行まで、あと4日はあるものな……
 ……まぁ、セインやウェンディのようになれとは言えんがね」
「やめろ、恐ろしい。
 例の“文通”の一件だけ見ても、二人が怒らせたウーノの暴走がどれだけの“被害”をもたらしたか、知らんワケではなかろう」
 チンクの捕捉に少しばかり眉をひそめ、トーレはセッテの去っていった出入り口へと改めて視線を向けた。
「我々くらいで、ちょうどいいんだがな……これがなかなか難しい」
「まぁ、うちの妹達は全員、個性も出て良い感じだと思うぞ」
 そうトーレに答えると、チンクは「私も洗浄に行くとしよう」と席を立った。
 

 所変わって、アジトの温水洗浄施設、すなわち浴場では――

「ふぇ〜〜〜〜……
 一汗かいた後の温水洗浄は極楽だねぇ〜」
「いや、まったく」
 そこでは、先ほどチンクがセッテに知らせたとおり、他の妹達がすでに入浴中――のんびりと湯につかりながら満足げにつぶやくセインに、ディエチもまたしみじみとうなずいてみせる。
 と――
「やっほ――――いっ!
 おっじゃまっしまーす♪」
「ちょっ、うわ、うわわっ!
 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 上機嫌で飛び込んできたのはウェンディだ――思いきり巻き込まれたノーヴェを小脇に捕まえた状態で、勢いよく湯船に飛び込んでくる。
「てんめぇ、ウェンディ!
 何してくれやがる!」
「ノーヴェがまたイライラしてっから、気分転換してあげたんじゃないスか〜♪
 感謝するっスよ♪」
 ウェンディ自身は楽しいだろうが、巻き込まれた自分はたまらない――湯船の中で立ち上がり、ウェンディに向けて抗議の声を上げるノーヴェだったが、当のウェンディは気にする様子もなく、湯船の中を泳ぎながらひょうひょうとそう答える。
「うるせぇ!
 ブッ壊すぞ、てめぇ!」
「お、やるっスか?
 受けて立つっスよ?」
「二人とも、ケンカすんなー」
 そんなウェンディの態度に、ノーヴェはますますムキになり、ウェンディはますます調子に乗る――“爆発”の気配を感じ取り、ディエチは二人をいさめようとそう呼びかけるが、泳いでいるウェンディと頭に血が上っているノーヴェ、二人の耳にはそもそも届いていないようだ。
 これは止められないな、と、ディエチは思わずため息をつき――しかし、終止符は意外なところから打ち込まれた。
 ガンッ!ゴンッ!と音を立て、ノーヴェとウェンディ、二人の脳天に拳骨が落とされたのだ。
「ったぁーっ!?」
「な、何すんだ!? っつーか誰だ!?」
 瞬く間に二人の脳天にコブが膨れ上がる――殴られた部位を押さえ、ウェンディとノーヴェが声を上げ――
「あたしだけど何か?」
 低く、ドスの利いた声が二人に答えた。ビクリ、と肩をすくませ、二人が振り向くと、セインが満面の笑みでその場に仁王立ちしていた――ただし、その目はまったく笑っていない。
「せ、セイン姉……?」
「な、何……?」
「ったく、二人揃って、あたしの安住の地でぎゃあぎゃあと……!」
 先ほどまでの勢いはどこへやら。静かなプレッシャーに怯える二人にセインは静かにそう告げる。
「いいか……一度しか言わないからよく聞けよ。
 風呂に飛び込まない! タオルを湯につけない! 泳がない! 何より騒ぐな!」
『……はーい……』
「返事は!?」
『Sir! Yes,ser!』
(温泉奉行……)
 (無機物への)“潜航”という能力ゆえか、トランステクターが潜水艦であるがゆえか、セインは水に関わる安らぎというものに強い思い入れがある。具体的には水泳やこの温水洗浄だ。
 なるほど、その楽しみのひとつを満喫しているところへ無粋な乱入をされればそりゃ怒るか――ひとり蚊帳の外に放り出されたディエチがそんなことを考えていると、
「相変わらず騒がしいな」
 姿を見せ、そんな彼女達の様子に苦笑するのはチンクだ――見れば、彼女の他にもディードが控えている。元々そのためにトーレと別れたチンクはともかく、ディードも入浴に訪れたのか、すでにスーツを脱ぎ、タオルで前を隠した体勢だ。
「あぁ、チンク……」
「説明なら不要だ。
 どうせ、二人が騒ぎを起こしたんだろう?」
 ため息をつき、応じるセインにチンクが答えると、ウェンディはチンクやディードの背後でタオルなどの備品の補充に現れたオットーの姿に気づいた。
 オットーだけスーツを着たままなのを見て、首をかしげながら尋ねる。
「オットーは入らねーんスか?」
「ボクは後で」
 尋ねるウェンディだったが、答えはあっさりと返ってきた。
「集団洗浄は苦手です」
「そうなの?」
「ちゃんと洗浄しないとばっちくなるぞー」
「すみません、姉様がた」
 答えるオットーにディエチやセインが告げるが、そんな二人にはディードが頭を下げる。
「オットーの身体は、私がちゃんと洗浄していますから」
「そーいやそうか」
 ディードの言葉に、セインは納得してそううなずいて――
「ひとりではきれいにしきれん部位もあるしな。
 協力し合わねば」
「今のチンク姉が言うと説得力ありまくりっスねー……特にそのシャンプーハット」
「うるさい」
 自分のつぶやきに、ウェンディがすかさずツッコんでくる――ノーヴェにシャンプーハットをかぶせてもらったその姿のまま、チンクは頬を赤くしてそっぽを向いてしまう。
「じゃあ、オットー、また後で」
「うん、ディード」
 ともあれ、オットーは備品の補充を終えて次の仕事へ――声をかけるディードにオットーが答えると、
「そーいえばさー」
 そんなオットーの背中に声をかけたのはセインだ。振り向くオットーに対し、首をかしげながら尋ねる。
「オットーって……あたしらと同じ女性体?
 それとも、もしかして男性体?」
 一応オットーの来ているスーツも自分達のそれと同じ身体にフィットしたタイプのものだが、その上に若干サイズが大きめのジャケットを羽織っているせいで、正直なところ身体の凹凸は判別しづらい。加えてまだ幼さの残る中世的な顔立ちも相まって、オットーの性別は外見からは判断しづらいものがある。
 最近自分達に加わったばかりの新たなメンバーを前に、まだそのあたりのことをハッキリと知らされていないセインがそう尋ねるのはムリもない話だったが――
「あはは、そんなの決まってるじゃないっスかー」
 笑いながらそう答えるのはオットー本人ではなくウェンディである。
「あたし達みんな女性体なのに、ひとりだけ男の子にする理由なんかないっしょ?
 女の子に決まってるっスよ」
「でもさぁ、あたしらみんな、オットーが服脱いでるトコ見たことないだろ。
 服の上からじゃ、ちょっと判別つかないだろ、オットーの場合」
「いーや、女の子っスよ」
 答えるセインだったが、ウェンディは自信タップリにそう言い切り、
「チンク姉だってこんなに奇麗に真っ平なのに、ちゃんと女性体じゃないっスか」
「よーし、ウェンディ。貴様は洗浄が済んだら表に出ろ」
 迷うことなく断言してくれたウェンディに、チンクがこめかみをひきつらせてそう告げて――そんな二人をあっさりとスルーし、改めてセインはオットーへと向き直り、
「で、どうなんだ? 実際のところは」
『…………秘密です』
 しかし、当のオットーは、ディードと二人で声をそろえてそう答える。
「どうして?」
「クアットロ姉様が秘密にするように、と」
「おのれ、メガネ姉――略してメガ姉
 理由を尋ねるディエチに答えたディードの言葉にセインが肩をすくめると、ウェンディへの追及をあきらめたチンクはすぐ傍らでノーヴェが肩どころか口元まで湯船につかっているのに気づいた。
「どうした? ノーヴェ」
「いや……
 アイツが男性体なら、なんか恥ずかしいな……って……」
 尋ねるチンクに、ノーヴェは顔を真っ赤にしながらそう答え――
「うんうん、カワイイ反応っスねー♪」
「普段は物腰キツイのに、こういうところは初々しいよねぇ」
「うっ、うっさい!」
 そんなノーヴェの反応は、周りにとっては格好の“さかな”だった。微笑ましさにほおを緩ませるウェンディやディエチに、ノーヴェは思わず声を上げ――
「………………みなさん。
 そのまま外で裸のままでいると、急性鼻咽頭炎(風邪のこと)にかかる可能性がありますが」
 裸で、浴槽の中とはいえ立ち上がって話している姉達を気遣ったディードのツッコミが入った。
 

「つまり……ビンゴ?」
「そ。大当たり」
 自分達の移動拠点のブリッジ――尋ねるイレインの問いに、じゃれついてきたホクトを肩車してやっているジュンイチはあっさりとそう答えた。
「“ジャマ者”を蹴散らした後、改めてクイントさんの墓を調べた。
 さすがに、肉の部分はとっくに土に還ってたけど……骨に、成長期とかに見られる急速成長の跡が見つかった。
 しかも、その肉体が死ぬ直前まで成長を続けていたような明確さでね――明らかに、クイントさんの当時の年齢まで急速成長させた証拠だよ。
 一応、オメガスプリームにも調べてもらったけど……」
《間違イアリマセン。
 埋葬サレテイタくいんと女史ハ、くろーんニヨル偽者デス》
 答えるジュンイチの言葉には、名前の挙がったオメガスプリーム本人がスピーカー越しにそう答える。
「ジャマしてくれたカスタムガジェットについては?」
「カスタマイズに使われたパーツは、モノこそ良かったけど、市販の品ばかり――数も流通してるパーツばかりだったから、そこから追いかけるのは、ちょっと難しいかな」
 次に気にするのは、調査を妨害しようとした“ジャマ者”のこと――尋ねるイレインに、今度はすずかがそう答えた。そのまま、ジュンイチに視線を向け、
「でも……本当によかったんですか?
 “蜃気楼”、カスタムガジェット相手に使っちゃって」
「そうよねー。
 差し向けたのがスカリエッティじゃなかったとしても、アイツにデータが渡った可能性は高いわよ」
「心配ないよ」
 結果的に手の内をさらしてしまった可能性を危惧する二人だが、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「“蜃気楼”の方は、別にバレてもよかったのさ。
 ……いや、そもそも、バレたらバレたで、それはそれでメリットもある――どっちに転んでも、オレに損はなかったんだ」
「どういうことよ?」
「“蜃気楼”のことが知られたのなら、知った連中の目は否応なくそっちに行く――“他の戦力”を隠すには、もってこいの客寄せパンダさ」
「『他の戦力』……?」
 イレインに答えるジュンイチの言葉の意味するところに気づけず、首をかしげるホクトだったが――
「…………ぁ……」
 対し、すずかは気づいたようだ。口元に手をあてて小さく声を上げると、ジュンイチに確認する。
「ひょっとして、ジュンイチさん……
 “マグナ”や……“イグニッションフォーム”のことを言ってる?」
「正解」
 尋ねるすずかに、ジュンイチはあっさりと答えた。
「“イグニッションフォーム”は、“擬装の一族ディスガイザー事件”の時にいくつか使ってるからな――使った分については、すでにスカリエッティも情報を握ってると思った方がいい」
「だったら、その“イグニッションフォーム”っていうのは隠す意味がないんじゃない?」
「ところがそうでもない」
 聞き返すホクトだったが、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「ここで重要なのは、当時はまだ“イグニッションフォーム”は未完成だった、ってことだ。
 未完成な状態を確認し、そこから先の情報はパッタリ途絶――そこにまったく毛色の違う“蜃気楼”が出てきたら、見てる連中はどう思うかな?」
「……『“イグニッションフォーム”は完成をあきらめて、“蜃気楼”に乗り換えた』……とも取れるわね」
「そゆこと」
 イレインに答え、ジュンイチは肩をすくめ、
「実際にはあらかた完成してる“イグニッションフォーム”だけど、向こうはそれを知らない――そこに出てきた新デバイス。
 当然、周りの目は新しい戦力である“蜃気楼”に向く――未完成状態のデータしか知らない“イグニッションフォーム”が出てくるとは、夢にも思うまいよ。
 “マグナ”の方は、そもそも手がかりすらさらしてないからなおさらだ――可能性に気づいてそうなのはスカリエッティくらいかな? 材料ブン取ったの、アイツのトコからだし」
「あー、なるほど……」
 自分の頭上でようやく納得するホクトに苦笑すると、ジュンイチはイレインやすずかに視線を戻し、
「それに……スカリエッティ達はオレの用意周到さをよく知ってる。
 それはつまり、“大一番”を前に手の内をさらすようなマネはしない人間だと、そうオレを評価してるってことだ。
 そんなオレが、遠慮なく“蜃気楼”という手の内をさらしてきた――『柾木ジュンイチは大きな戦いはしばらくないと思ってる。だから安心して手の内をさらしてきた』、そうアイツらは考えるだろうよ。
 だから、この時点でアイツらは頭の中から外したはずさ――」

 

「『オレに“4日後”の作戦を読まれてる』って可能性をね」

 

 

「………………」
 訓練場全体を見回せる待機スペース――スバル達の訓練に加わることなくその場にあぐらをかいて座り込み、ヒューマンフォームのマスターコンボイは、ひとり瞑想のように意識を集中させていた。
 と――
「……あぁ、ここにいた」
 そんな彼の姿を発見したのはなのはだ。パタパタとこちらに駆けてくるが、マスターコンボイは意識を集中させたまま何の反応も示さない。
 彼が何をしているのか、すぐに気づいたなのはも素直に待つことにして、近くのベンチに腰を下ろし――
「…………何の用だ?」
 結局、マスターコンボイが反応したのはそれから5分ほど経った後のことだった。
「マスターコンボイさんこそ、こんなところでひとりでイメージトレーニング?
 スバル達に混ざればいいのに」
「気になることが多くてな……ヤツらの安全確保に気を配れるほど集中できる保障はできん」
「『気になること』ですか……」
 マスターコンボイの言葉に、その意味するところに気づいて視線を落とす――それでも、なのはは意を決して口を開いた。
「…………クイントさんのことですか?」
「あぁ。
 貴様も、その件でここに来たんだろう?」
「うん……」
 そのマスターコンボイの読みは正解だった――確認の言葉に対し、なのはは静かにうなずいてみせる。
「マスターコンボイさんから話を聞いて、フェイトちゃんが動いてくれたけど……当時クイントさんを検死した検死官、行方不明になってました」
「だろうな。
 そんなことだろうとは思っていた」
 なのはの言葉にうなずくと、マスターコンボイは眼下の訓練場を見下ろした。
 スバル達は、今日はシグナムと、ちょうど六課を訪れていたところにシグナムから手伝いを頼まれたシャッハとの模擬戦の真っ最中――だからこそなのはがこうして自分のところに来ることができているのだが、あのシグナムとシャッハが相手ではスバル達が叩きのめされるのも時間の問題だろう。
 シャッハのデバイス、ヴィンデルシャフトの一撃を受け、吹っ飛ぶスバルの姿に息をつき、マスターコンボイはなのはへと視線を向けることなく彼女に告げる。
「もし……プライマスとは別に、運命を司れる神とやらがいるなら、そいつはよほど皮肉な展開が好きらしいな。
 母親が追い、命を散らした事件……その手掛かりが、今アイツらの関わっている事件に浮上してきたんだからな」
「だね……」
「だが、それも事件を片付けていくうちに芋づる式に解決していくだろう。
 オレとしては、このゴチャゴチャした状況は不愉快極まりない――オレの精神衛生のためにも、さっさと終わりにしたいところだ」
「『自分のために』ってところが、いかにもマスターコンボイさん、って感じだね」
 マスターコンボイの言葉に苦笑し――なのはは不意に表情を引き締めた。
「で……その“事件”の方だけど」
「何か動きが?」
「うん。
 はやてちゃんの方に、カリムさんから予言の最終予測が届いて――」

「“4日後”……だろう?」

「――って、え…………?」
 自分の言葉をさえぎり、あっさりと告げたマスターコンボイの言葉に、なのはは思わず声を上げた。
「なんで、知って……?」
「“知っていた”ワケじゃない。
 “読んでいた”だけだ」
 しかし、尋ねるなのはにも、マスターコンボイはやはり当然のことと言わんばかりのあっさりさでそう答える。
「向こうしばらくの局の予定と、近々事態が動くという先だってのカリム・グラシアの予言の見解――この二つを照らし合わせれば、襲撃の上で最良のタイミングはそこしかない」
 なのはに答え、マスターコンボイは改めて彼女へと向き直った。
 

「4日後……?」
「そう……4日後だ」
 顔を上げ、聞き返すジェノスラッシャーに、ジェノスクリームは落ち着いた様子でそう答えた。
「かねてから計画していた、管理局戦力への攻撃作戦を、4日後に決行する」
「またずいぶんといきなりだな。
 まぁ、以前からコツコツと準備だけは進めていたから、問題がないと言えばないが……」
「4日後に行うことに、意味があるのか?」
「その通りだ」
 突然の提案に首をかしげるブラックアウトとショックフリートだったが、そんな二人にもジェノスクリームはあっさりとうなずく。
「4日後、地上本部で重要な会議が行われるらしくてな……警備のため、地上部隊の大半が集結する。
 普通なら手を出すのは愚かなことだが……逆に考えれば、困難だからこそ意味がある。
 そこを襲撃し、しかも大打撃を与えれば、我々の力を示す絶好のデモンストレーションとなるのだからな」
「やれやれ、簡単に言ってくれるねぇ」
 勢力規模で勝る管理局が、しかもわざわざ戦力を集中させているところに乗り込むだけでもそもそも大事だというのに、その上打撃まで与えるという――ジェノスクリームの言葉に肩をすくめるジェノスラッシャーだったが、
「だったらお前は留守番だな」
「冗談じゃねぇ。
 ようやく本気で暴れられるんだろう? 出ないなんて手があるかよ?」
 ツッコむジェノスクリームに答え、ジェノスラッシャーは不敵な笑みを浮かべてみせる。そんな兄弟に笑みを返し、ジェノスクリームは同僚達を見回し、
「仮に、壊滅させることがかなわずとも、先手を取ればかなりの優位に立てる――それに、同じようなことを考えた他の勢力もおそらく我々に便乗して介入してくるはずだ。
 うまく混戦に持ち込めれば……各勢力の主力の力を考えれば、少なくとも引き分け以下はあり得まい。
 それに――重大なイベントに襲撃を許し、しかも万全の戦力を整えていながら苦戦を強いられたとなれば、管理局の権威は確実に失墜することになるだろう」
「『引き分け以下はない』か……
 負けのあり得ない戦いほど、つまらんものはないな」
「そうか?
 オレは、負け散った敵を追い回す掃討戦も嫌いじゃないがな」
 ため息をつくショックフリートのとなりで、ブラックアウトが余裕を思わせる声色で答える――うなずき、ジェノスクリームは続ける。
「すでにレッケージ達は現場への潜入を開始している。
 “Robots in disguise”――トランスフォーマーならではの戦い方というものを、未だトランスフォーマーの扱いに慣れない管理局のヤツらやガジェットの親玉どもに見せてやろうじゃないか」
 

「……なるほど、な……」
「あぁ。
 悪くない話だろう?」
 納得するサウンドウェーブにうなずくと、ノイズメイズは笑いながら肩をすくめてみせた。
「えーっと……つまり、どういうことなんじゃ?」
「あー、つまりだ」
 一方、わかっていないのは力押し専門のランページ――となりでエルファオルファも首をかしげているのを見て苦笑し、ドランクロンがノイズメイズの説明を繰り返してやる。
「4日後の地上本部――重要な会議があるために、管理局は警備のため戦力を集結させる。
 そこを襲えば、自分達の力を見せつけられる――そんなデモンストレーションの場と考えた他の勢力は、一斉に侵攻を開始するだろう」
「そううまくいくのか?
 警備のために戦力が集結するんだろう? まともに考えれば、戦力的に不利すぎる」
「だからこそだ。
 どんな形であれ、その戦力差をひっくり返せば精神的に優位に立てる――リスクも大きいが、それ以上のリターンがあるとなれば、どの勢力の軍師達もこの機会を黙って逃すとは思えない」
 首をかしげるエルファオルファにドランクロンが告げると、今度はランページが彼に確認する。
「要するに、獲物が勝手に集まってくるから、まとめて片づけてやろうっちゅうことじゃろう?
 なら、思う存分叩き潰してやろうじゃないか。ゴチャゴチャしとるところに、ワシらがリミッターを解除してかかれば――」
「…………そんなだから、お前は作戦を任せられないんだ」
「えぇじゃろ。
 考えるのはお前らの仕事なんじゃから」
「あっさり言いきらないでもらいたいんだが」
 「何を当然のことを」と言わんばかりに答えるランページにうめき、ドランクロンはため息をつき、
「考えても見ろ。
 この戦い――オレ達以外にもディセプティコンやガジェットの黒幕ども、瘴魔とかいうモンスター軍団、そしてあの高町なのは達のいる機動六課――それだけの勢力が名乗りを上げている。
 どの勢力のヤツらもバカじゃない。さっき言った通り、4日後の地上本部にはそれらの勢力が集結することになる――もちろん、どの勢力も万全の準備を整えた上で」
「構図だけ見れば守る機動六課と襲撃する他の勢力、ってことになるが――どの勢力も自分達の力を見せつけたい以上、必ず獲物の奪い合いに発展する。
 間違いなく、襲撃側の勢力同士でもつぶし合ってくれるはずだ」
 ドランクロンの、そしてラートラータの言葉に、ランページはしばし考え、
「つまり……勝手につぶし合ってくれる以上、わざわざ手出しして巻き込まれる必要はない、っちゅうことか?」
「そうだ。
 ……だが、それだけではまだ不十分だ」
 ドランクロンがランページの言葉にうなずくと、再びノイズメイズが説明を引き継ぐ。
「今の話を踏まえた上で現状を整理すると、現在どの勢力も、“物量”というもっとも重要な要素でトップに立つ管理局の追及を逃れ、一気に逆襲する機会を求めて潜伏している状態だ」
 「もっとも、その“機会”は4日後に迫っているワケだけどな」と付け加えると、ノイズメイズはピッ、と人さし指を立て、
「言い方を変えれば、管理局の存在がオレ達他の勢力の頭を押さえて、思いきり動き回ることをさせずにいた、ってことだ。
 さて、ここで問題――その、オレ達の頭を押さえていた管理局がいなくなったら、どうなる?」
「そんなん決まっとる!
 ジャマ者がいなくなったんじゃ! 暴れ放題、ケンカも売り放題――」
 ノイズメイズの問いに自信タップリに答え――鈍いランページもようやくノイズメイズ達の言いたいことに気づいた。
「……なーるほど。
 他のヤツらが思いきり暴れられる状況を作ってやって、4日後の戦いだけじゃなく、その後も仲良ぅつぶし合ってもらおうっちゅうハラじゃな?」
「そうだ。
 機動六課以外の連中の戦力はハッキリ言って論外だが、それでも物量で他を圧倒する管理局がオレ達にとって目の上のタンコブなのは否定できない。
 “管理局”という名の“パンドラの箱のフタ”を、オレ達で叩き壊す――当面の一番の厄介者を叩いて、他の勢力の皆さんにのびのび暴れ回っていただくとしようじゃないか」
 そう答えるノイズメイズだが、そんな彼にサウンドウェーブが尋ねた。
「しかし……手段はどうする?
 管理局にちょっかいを出すとなる、と結局地上本部の戦いに手を出すということにならないか? 最初の『巻き添えを避ける』という話と矛盾することになるんだが」

「心配無用。
 その辺のことは考えてあるし、すでにサウンドブラスターにターゲットのピックアップに出てもらっている」
 「あぁ、だから最近アジトが静かなのか」と騒音の元凶が不在である理由に気づいた面々が納得する中、ノイズメイズは気にすることなく続けた。
「“地上本部あたま”と“機動六課つるぎ”は、よその連中に叩きつぶしてもらうとして――」
 

「オレ達は、“手足”をもがせてもらおうじゃないか」

 

「――というワケで、後期型8機、すべて順調です」
「そうか」
 一方、クアットロは妹達の近況をスカリエッティに報告中――クアットロの言葉に、スカリエッティは目の前のウィンドウの映像から視線を外さずにそう答えた。
「最終製作機3機……キミのプランだった“余分な成分”の排除については、うまくいってるのかい?」
「まぁまぁですね」
 映像の中では、漆黒のリボルバーナックルとローラーブーツを身につけたジュンイチが、漆黒のガジェットドローンを粉砕している――ジュンイチではなく黒いガジェットを一瞬だけにらみつけるが、クアットロはそんな内面の感情を表に出すことなくそう答えた。
「特に7番セッテは傑作の部類かと。
 オットーとディードは少々余分な感情が多いですが、セインやウェンディに比べれば十分に純粋です」
「セインやウェンディも、あれはあれで素晴らしい成功作品だよ。
 生命ならではの揺らぎとでも言おうか……ただの機械では出せない輝きだ」
 不敵な笑みと共にスカリエッティが答えると、そんな彼の傍らで映像を分析していたウーノが口を開いた。
「しかし……本当にいいんですか?
 次のミッション……大きな戦いになりますし、“13番機”はやはりトーレかチンクに任せた方が……」
「いや……二人には自慢の能力を思う存分に発揮してもらいたいからね。大型の“13番機”では足が鈍ってしまう。
 二人には使い慣れた“3番機マスタング”と“5番機ブラッドサッカー”で出てもらう方がいい」
「わかりました。
 では、“13番機”は今回ディードが使う、ということで」
「あぁ。
 彼女専用の“12番機”のお披露目は、また後日改めてやろうじゃないか」
 納得したウーノの言葉にうなずくと、スカリエッティは改めて二人へと向き直ると自信に満ちた笑みを浮かべた。
「ともあれ、準備は整った。
 長い間の“夢”がやっと叶うんだ。
 この世界に生まれた時から、変わらずに揺らめいていた私の願い……刷り込まれたものなのかもしれないが、それでもこの手で叶えたい“夢”には違いない。
 我々が望む我々の世界。自由な世界……襲いかかって、奪い取ろうじゃないか。
 素晴らしき、我々の“夢”を……」
 

「“オリジナル”のガジェットの動きが活発化していますね……
 やはり動きますか、スカリエッティ……」
 クラナガンの地下深く――自らのアジトの自室で、ザインはひとり、目の前のウィンドウ画面を見つめながらそうつぶやいた。
「ディセプティコンもユニクロンの一派も、このタイミングの襲撃を考えていないはずがない……
 それぞれの勢力の単独襲撃では、いくら奇襲をかけようと、質の差をも覆すほどの物量差で跳ね返されるだけ――しかし、いくつもの勢力が一度に参戦すれば話は変わってくる。
 ただ、どの勢力も、別の勢力を利用することを考えているはず……しかし、そこまで読める者ならば、お互いに同じことを考えていることまで気づくでしょう。
 当然、負担を押し付けようとしても相手も同じことを考えている以上、押し付け合いで動けなくなることも――間違いなく、その辺りはあきらめて、オイシイところは力ずくで奪おうとするでしょうね……」
 言葉として発することで自分の考えをまとめながら、ザインはその口元に笑みを浮かべた。
「互いに出し抜き合おうと……しかし、他勢力の力を活かすために決定的な妨害もせず……それぞれがバラバラに、しかも全力で攻めてくれば、戦場はますます混乱する――それを押し返す戦力は、今の管理局の地上戦力にはありますまい。
 なのに、“上”からの指示は自分達の警護のみ……」
 その意図は、少し考えれば簡単に読めた。
「わざと負け戦に持ち込み、敵の強大さを示したところで、難を逃れた戦力で改めて連中を叩く――そうすることで、逆に自分達の力を見せつけたい、といったところですか……
 まったく、叩かれた時点で士気などガタ落ちでしょうに。何を考えているのやら……」
 深々とため息をつくが――彼は決して悲観的に考えてはいなかった。
「仕方ありません。
 私の方で、手を打ちましょう」
 つぶやき、ザインはもう一度ため息をつき、ウィンドウを閉じた。光源を失い、闇が落ちた室内でつぶやく。
「この際です。上司の無能、最大限に利用させていただきますか。
 この事件を最大限に利用すれば、我ら瘴魔の過ごしやすい、混沌たる世界を作り出すことも、不可能ではありませんからね……」
 

「……というのが、オレの読みだ」
「なるほど。
 さすがマスターコンボイさん。元破壊大帝は伊達じゃないね」
 一方、マスターコンボイも襲撃が4日後にある可能性、そこに思い至った“根拠”をなのはに語って聞かせていた――納得し、なのはは満足げにうなずいた。
「どの勢力も、間違いなくまだ余力を隠している。
 そしてそれは、間違いなく4日後の戦いに投入されるだろう。
 どの勢力にとっても厳しい戦いになるのは確実だが、それだけに効果も大きい。総力戦に出るに値するだけの価値が、4日後の地上本部にはある」
「つまり……どう転んでも、4日後の、地上本部の警護が正念場ってことだね。
 どの勢力も総力戦でくるってことは、逆に言えば、それを跳ね返せれば、あとは疲れ切った各勢力を各個に叩ける……」
「理解が早くて助かる。
 これがスバル・ナカジマ達なら、もう一回り、二回りは追加の説明が必要になるところだ」
「手厳しいね」
 マスターコンボイの言葉に苦笑し、なのははシグナムとシャッハを相手になんとか持ちこたえているスバル達へと視線を落とし、
「でも……ホントに、正念場なんだよね……
 事件の経過次第では、ミッド地上が戦火の嵐になりかねない。
 管理局が混乱すれば、事件も激増するだろうし……そんなことにならないように守らなきゃ。
 マスターコンボイさんも、そこだけは何があっても変わらないでしょう?――たとえ、私達と守りたいモノが違ったとしても」
「…………最後の最後で、余計な釘を刺してくれるな」
「だって、『変わらないでしょう?』で止めると、マスターコンボイさんってば『オレはミッドチルダを守るつもりはない』とか言って、そっぽ向いちゃうでしょ?」
 口をとがらせるマスターコンボイに対し、なのはは笑顔でそう答える――その通りなのだが認めるのもシャクなので、マスターコンボイはフンッ、と鼻を鳴らしてせめてもの抵抗を表して――
「…………大丈夫……だよね……?」
 そんなマスターコンボイに対し、なのはは静かに尋ねた。
「ちゃんと、守れるよね……
 地上本部も、六課も、世界も……ヴィヴィオ達の、笑顔を……」
「知るか」
 しかし、マスターコンボイはそんななのはの問いをバッサリと斬り捨てた。
「『ちゃんと守り切れるかどうか?』――そんなこと知ったことか」
 言って、マスターコンボイは青空に向けて右手をかざし、
「オレは自分の納得できる結果をこの手につかむだけだ。
 そのために――障害のすべてを叩き壊してな」
 まるで頭上の大空をつかむかのように、かざした右手を握りしめる。
「……うん、そうだね……」
 言って、なのはもまた、マスターコンボイの見上げる大空を見上げた。
 

「…………というのが、次回のミッションの概要だ」
 “クラウドキャッスル”に集合したこなた達やイリヤ、美遊を前に、スカイクェイクはそう説明を締めくくった。
「いよいよ大一番ってワケだね!
 うー、腕が鳴るねー♪」
《あまり浮かれないでください》
 思えば、この戦いに勝ち残ることを目標にして今までがんばってきたようなものだ。今からウズウズしているこなたにそう釘を刺すのはアルテミスだ。
《敵だって、今までの私達の戦いを分析した上で攻めてくるでしょうし……大一番というのは、たぶん向こうも同じです。
 いくつもの勢力が油断なく、総力をもって攻めてくるんです。今までにない、激しい戦いになるでしょう》
「アルテミスの言うとおりだよ。
 数の上でも、敵の気迫の上でも、今までの戦いとはレベルが違うと思った方がいい」
《半端な気持ちで当たれば……死にますよ?》
「う、うん……」
 アルテミスに同意する美遊に続く形で、サファイアが告げる――低く、迫力を込めたその言葉に、こなたは思わずコクコクとうなずいてみせる。
「まぁ、だからってガチガチに緊張しても力は出し切れないからね。
 油断せず、気を張りすぎず――いつも通り、思いっきりやれば大丈夫だよ」
《逆に言えば数が増えて敵が気合入れてくる“だけ”なんですから。
 まったく知らない敵が攻めてくるワケではないんですから、今まで通りブッ飛ばしてやればいいんですよ》
 対し、楽観的な意見を述べるのはイリヤとルビーだ。引き締める美遊達とそれが過ぎないように緩めるイリヤ達。こなた達の“先輩”としてもお互いのペースがうまい具合にかみ合っているそれぞれの言葉に、こなた達は緊張した顔を緩め、それぞれにうなずく。
「まぁ、これが終わればやっと一息つけそうだしね……
 こっちの戦いに時間を取られて、1学期の期末は成績維持が精いっぱいだったからねぇ……早いトコすませて、勉強の時間をとらないと……」
「そうですね……」
「私、点数下がっちゃったんだよねぇ……」
 一度緊張が解ければ、意識が向くのは“日常”のこと――前回の期末がイマイチだったらしいかがみのボヤきにみゆきやつかさが同意すると、
「そう?
 私達はいつも通りだったよ? ね? ひよりん」
「そうっスねー」
「あんた達は“いつも通りの一夜漬け”だったんでしょうが」
 テスト前日に“だけ”猛勉強。その結果好成績、とまではいかずとも無事に赤点を回避した二人の言葉に、かがみはこめかみを引きつらせてそううめく。
「まったく……そんなこと続けるようじゃ、次のテストじゃ勉強見てあげないわよ」
「とか言いながら、結局見てくれるんだよねー、かがみんは♪」
「う、うっさいわね!」
 厳しく突き放そうとするも、逆にツッコまれて真っ赤な顔で言い返す――こなたに茶化され、ムキになるかがみの姿に、見物していたイリヤは思わず笑みをこぼし――
《いやはや、イリヤさんと美遊さんの学生時代を見ているようですね》
「さーて、私達も今回は出撃するし、がんばっていこうかー!」
 そこにツッコむルビーの言葉に気づかないフリ。イリヤはごまかすように声を上げる。
 と――
「…………ところで」
 不意にスカイクェイクが口を開いた。こなた達に同行する形でこの場に同席しているゆたかへと視線を向け、
「小早川ゆたか……大丈夫か?
 次の戦い、貴様も前線に出ることになるが」
「だ、大丈夫です。
 前線に出るって言っても、ケガした人達の手当てがお仕事ですから……」
 そう。今回の戦いはかなりの激しさが予想される。当然、巻き込まれる一般の部隊はもちろん、機動六課ですらも負傷者が続出することが予想される。
 そうした人々のための救護要員として、白羽の矢が立ったのがゆたかだったのだ。
 無論、「人手がないから」というような安易な理由ではなく――
「緊張するな。
 『戦いでこなた達が負傷しても大丈夫なように』とアルテミスから医療について学んできた――その努力とその結果身に付いた技術を信頼するからこそ、この役目を任せるんだ」
「は、はい!」
 ちゃんとした“理由”があってのことだった。励ますように告げるスカイクェイクに、ゆたかは彼女なりに力強くうなずいて――
「大丈夫だよ、ゆたか」
 そんなゆたかの肩を優しく抱き、告げるのはみなみである。
「ゆたかは、私がちゃんと守るから」
「うん……
 ありがとう、みなみちゃん」
 告げるみなみの言葉に、ゆたかは笑顔でそう答え――
「うんうん、いつ見ても百合百合しいっスねー♪」
「“お姉ちゃん”としてはちゃんと男の子と恋愛してほしいけど、これはこれでなかなか……」
「そこの二人、自重しなさい」
 満面の笑みで、ものすごい勢いでうんうんとうなずいているひよりとこなたに、かがみはため息まじりにツッコミを入れる。
「まぁ……ともあれ、次のミッションは間違いなくこの戦いの流れを変えるターニングポイントになる。
 貴様らとて六課のヤツらと接し、それなりに愛着もわいてきただろう。アイツらを守るためにも、アイツらに余計な心配をかけさせないためにも……このミッション、絶対に落とせんぞ」
「わかってるよ」
 そんなこなた達に対し、気を取り直して告げるスカイクェイクだったが、こなたはあっさりとそう答えた。
「私だって、“妹弟子”のスバルやギンガは守ってあげたいしね。やる気はじゅーぶん。
 だから大丈夫。心配無用だよ♪」
 言って、こなたはスカイクェイクに向けて笑顔で右手をかざし、Vサインを突きつけた。
 

「で……ジュンイチはどう見てるの?」
「ん?」
 今後のことを話し合う中、イレインが尋ねるのは4日後の戦いの予測――その問いに対し、ジュンイチはあっさりと答えた。
「ダメだな」
「そ、それって……勝てないってことですか?」
「少なくとも、“管理局は”……ね」
 思わず声を上げるすずかに対し、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「でも、なのはちゃん達だって、その戦いに備えてるんですよね?
 だったら、そんな簡単には……」
「備えていても、だ」
 しかし、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「確かに、お前の言う通り、アイツらがそろえば、たいていのことはなんとかなるだろう。
 戦力的に考えても、他の敵勢力に決して負けてない――むしろまともな勝負なら何の心配もいらないよ。
 …………“まともな勝負なら”ね」
「つまり……まともな戦いにならないから、勝てない……?」
「そゆこと」
 聞き返すイレインに、ジュンイチはそう答えた。
「アイツらはわかってない。
 どれだけ万全の警備態勢を敷こうが……敵はその“万全の態勢”ってヤツを前提に襲撃計画を練ってきてる、ってことにさ」
 その言葉に、イレインとすずかは思わず顔を見合わせる――気にすることもなく、ジュンイチは続ける。
「襲撃があるってわかった以上、それを迎え討つつもりがあるなら……待ってちゃダメなんだよ。
 相手はこっちの防衛も考慮した上で計画を練る。綿密な計画の上で攻めてくる一流の戦士の集団――それを防ぐのは、オレだって難しい。
 完璧に防ごうと思ったら、方法はひとつ――やられる前に殺る。これしかない。
 こうなる前に、スカリエッティを速攻で捕まえることができればまだ勝機はあった。少なくとも、スカリエッティは指名手配犯。逮捕する口実は十分にあるからな。
 けど……」
 と、そこでジュンイチは言葉を止めた。苦笑まじりに肩をすくめ、続ける。
「六課が管理局の部隊だってことが、今回ばかりは仇になった。
 管理局の中の一部隊でしかない以上、管理局のルールの中でしか動けない。証拠も残さず潜伏する相手をムリヤリ表舞台に引きずり出すような思い切った捜査はできないし、部隊同士のしがらみにも足を取られる――結果としてズルズルと足を引っ張られて、現在に至る。
 スカリエッティを逮捕できず、その勢力を今日この時まで生きながらえさせてしまった――その時点で、アイツらの負けは確定してたんだ」
「だ、大丈夫だよ!
 お姉ちゃん達はあたしが守るもん!」
 なのは達の敗北を示唆するその言葉に反論の声を上げるホクトだったが、
「当然だ」
 自ら敗北を予見しておきながら、ジュンイチはあっさりとホクトの言葉を肯定した。
「確かに管理局としては勝てないだろうが――六課として、となれば話は別さ。
 アイツらは――オレ達が負けさせない。
 そのために、今まで戦力を整えて、準備してきたんだ」
 イレインが、すずかが、そしてホクトが――その場の全員が自分の言葉にうなずいてみせる。自らもうなずき返すと、ジュンイチは肩車してやっていたホクトを下ろすと「晩飯の支度をしてくる」とブリッジを辞した。
 外周沿いの通路を厨房へと歩き――不意に窓の外へと視線を向けた。
(そう……六課は勝つ。
 ただし……“最終的には”っつー前提条件の上で、な)
 同じミッドチルダでも、クラナガンを遠く離れた今の位置は時差の関係からすでに夕暮れ時――赤く染まった空を見上げ、声に出してつぶやく。
「悪いな、はやて。
 お前が何のために戦ってるか……何のために六課を作ったのか……オレだってわかってる。
 でも……」
 まるで謝るように――ジュンイチはその先を口にした。
「地上本部の陥落は免れない……
 ……いや、違うな……」

 

 

「オレが――免れ“させない”

 

 

 それは、ほんの小さな偶然――
 

「攻め落とすぞ――」
 ジェノスクリーム――
 

「標的は――」
 ノイズメイズ――
 

「さて、どうなりますかね――」
 ザイン――
 

「楽しみに待とうじゃないか――」
 スカリエッティ――
 

「絶対、守り切るよ――」
 こなた――
 

「ここが正念場だ――」
 ジュンイチ――
 

「決戦は――」
 そして、なのはは――

 

 まったく違う場所で、まったく同時に、まったく同じ言葉を口にした。

 

『4日後の――』

 

 

 

 

『公開、陳述会』


次回予告
 
ウーノ 「いよいよね……
 私も、この手でグリフィス・ロウランを……!」
クアットロ 「気合入ってますねー、ウーノ姉様♪」
ウーノ 「当然よ。私達のこれからがかかっているんだから。
 ……あ、この格好、どうかしら? 服装とか化粧とか、おかしなところはない?
 あの子の前に出るんだし、きちんとした身なりで行かないと……」
クアットロ 「………………ホントに、気合入ってますわねぇ……」
ウーノ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第66話『“終わり”の始まり〜強襲、地上本部!〜』に――」
二人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/06/27)