「と、いうワケで、明日はいよいよ公開意見陳述会や」
 機動六課・本部隊舎――エントランスに整列したティアナ達フォワード陣を前に、はやてはそう切り出した。
「明日14時からの開会に備えて、現場の警備はもう始まってて……イクトさんとライカさんはもう現地入りしとる。
 なのは隊長とヴィータ副隊長、リイン曹長とフォワードチームはこれから出発、ナイトシフトで警備開始」
「みんな、ちゃんと仮眠とった?」
『はい!』
 はやてに続く形で確認を取るフェイトの問いに、スバル達は元気にうなずき――
《ZZZZZ……》
「…………すまねぇな。
 シロのヤツ、さっきからずっと起床コマンドを送ってんだけど……」
《ムニャムニャ……あと5分……》
「……まぁ、お約束のネタを見せてもろうたワケやし、寝かせといたり」
 未だに弟は左肩のディスプレイの中で夢の中――代わりに謝るロードナックル・クロに、はやてはクスリと笑いながらそう答える。
「私とフェイト隊長、シグナム副隊長は、明日の早朝に中央入りする――ビッグコンボイ達も同じタイミングや。
 それまでの間、よろしくな」
『はい!』
 はやての言葉に、一同は改めてうなずき――
「ひとつ、質問がある」
 そうはやてに声をかけてくるのはマスターコンボイだ。
「泉こなた達はどう動くか、聞いているか?」
「今のところ、連絡はなしや」
 尋ねるマスターコンボイの問いに、はやてはため息をついて答える――「スバルは何か聞いてない?」「あたしの方にも、メールは来てないです」となのはとスバルが話している一方で、念話でマスターコンボイに補足する。
《何分、機密事項やからな――“予言”について教えられへんかったのが痛いわ。
 最悪、明日の襲撃のことも知らん可能性も……》
《それはありえん》
 しかし、マスターコンボイははやての提示した可能性をバッサリと否定した。
《ヤツらの背後か、その“背後”に接触できる位置に柾木ジュンイチがいる可能性は極めて高い。
 予言のことは知らずとも、ヤツが襲撃を予見していないとは思えない。必ず何かしらのアクションを起こしてくるはずだ》
《せやね……》
 マスターコンボイの言葉にはやてが同意すると、
「あの……アリシアさん」
 不意に、キャロがアリシアに声をかけた。
「アスカさんとも、現地で合流ですか?」
「そうなると思うよ。
 霞澄ちゃんとの用事が、まだ立て込んでるみたいだから……」
 そう。ここにアスカの姿はない――数日前から霞澄に呼び出され、108部隊に出向いているのだ。
 その理由は、イスルギに続くアスカの新デバイス――その本体がようやく完成し、レッコウ、イスルギとのリンクを含めた最終調整のために呼び出されたのである。
 だから――
「きっと、明日に間に合わせようと徹夜でもして、フラフラになってくるやろうから……」
「わかってます。
 合流したら、濃いコーヒーをごちそうしてあげます♪」
 自分の姉代わりを務めてくれている女性との合流の時を想像し、キャロははやてにそう答えると満面の笑みを浮かべて見せたのだった。

 

 


 

第66話

“終わり”の始まり
〜強襲、地上本部!〜

 


 

 

 そして、連絡事項が一通り終了すると、人間組はヴァイス&スプラング組の輸送で、非飛行型のトランスフォーマー組は陸路で、それぞれ地上本部へ移動となった。
 と――
「………………?
 ヴィヴィオ……?」
「む………………?」
 気づいたなのはの言葉に、なぜか当然のようにヒューマンフォームでの同行を求められたマスターコンボイが振り向くと、ヴィヴィオがウミやカイ、アイナに守られるようにヘリポートに姿を見せていた。
「何をしている。吹き飛ばされたいか。
 アイナ・トライトン。貴様も貴様だ。なぜ連れてきた?」
「ごめんなさいね。
 どうしても『ママ達のお見送りをするんだ』って……」
 ギロリとにらみつけてくるマスターコンボイにアイナがすまなさそうに答えると、なのははヴィヴィオの前にしゃがみ込み、
「もう、ダメじゃない。アイナさんにワガママ言っちゃ」
「……ごめんなさい……」
「なのは、夜勤でお出かけは初めてだから、不安なんだよ、きっと……」
 なのはに叱られ、謝るヴィヴィオを、見送りに来ていたフェイトが弁護するが、
「だからと言って、容認できるものでもない」
 あっさりとそう切り捨てるのはマスターコンボイだ。
「ヴィヴィオ。たとえなのはがそばにいなくとも、貴様はひとりではない――いい加減その辺りを学習しろ。
 さもないと――そこの『過保護』の体現者のようになるぞ」
「なんでそのセリフを私を指しながら言うんですか!?」
 視線を向けることなく、ただ指だけ指して告げるマスターコンボイに、フェイトは思わず抗議の声を上げる。
 そんな中、なのははヴィヴィオの手を取り、優しく語りかける。
「なのはママ、今夜は外でお泊りだけど……明日の夜には、ちゃんと帰ってくるから」
「絶対……?」
「うん。
 絶対に絶対」
 涙を浮かべて聞き返すヴィヴィオに、なのはは笑顔でうなずいてみせる。
「いい子で待ってたら、ヴィヴィオの好きなキャラメルミルクを作ってあげるから。
 ママと約束……ね?」
「…………うん」
 そのなのはの言葉にヴィヴィオがうなずき、二人は指切りを交わし――
「フッ、好物で釣るとは、貴様もなかなかやるようになったじゃないか」
「マスターコンボイさんは黙っててもらえますか?」
 ニヤリと笑って――間違いなく意図的に、本当に楽しそうに空気をぶち壊してくれるマスターコンボイの言葉に、なのはは苦笑まじりにツッコんだ。


「それにしても……ヴィヴィオ、ホントになついちゃってますね」
「まったく」
「そ、そうだね……」
 スプラングの機内――先のやり取りを思い出し、つぶやくスバルと同意するティアナの言葉に、なのはは少しばかり照れながら苦笑してみせた。
「けっこう厳しく接してるつもりなんだけど……」
「きっとわかるんですよ――なのはさんが優しいって」
 続くなのはの言葉に答えたのはキャロだ。クルリとマスターコンボイに視線を向け、
「実際、兄さんが相手でもけっこうくっつきに行ってますし」
「そうか?
 オレにしてみればうっとうしいだけだから、割と追い散らしてるんだが」
「そんなことしてるんですか……?」
 聞き返すマスターコンボイの不穏な言葉に、思わずエリオがうめく――が、その一方でキャロはあっさりとマスターコンボイの言葉に反撃を繰り出した。
「でも……結局追い散らせずにくっつかれてますよね?」
「うぐ………………っ」
「アハハ……マスターコンボイさんもヴィヴィオには形なしですね」
 事実だけに反論できず、うめくマスターコンボイの姿にスバルが思わず苦笑する――ギロリ、とスバルを一瞬だけにらみつけると、マスターコンボイはなのはへと視線を戻し、
「なのは……そもそも貴様がヴィヴィオをしっかり抑えていないからこういうことになる。
 この際だ。正式に引き取って一からしつけ直せ!」
「そ、そこまで話を飛躍させますか!?」
 ビッ、とこちらを指さして言い放つマスターコンボイの言葉に、なのはは思わず声を上げるが、
《あー、でもでも、なのはさんがヴィヴィオを引き取る、っていうの自体は、いいアイデアかもしれないですね》
 うれしそうに手を叩いて賛成するのはリインである。
《なのはさん的には、その辺はどうなんですか?》
「受け入れてくれる先は、まだまだ探してるよ。
 いい受け入れ先が見つかって、ヴィヴィオがそこに行くことを納得してくれれば……」
「『納得してくれれば』か……」
 リインに答えるなのはの言葉に、マスターコンボイはスバル達へと視線を向け、
「絶対に納得しないと思うヤツ、挙手」
『《はーい》』
「って、全員!?」

 迷わず全員が手を挙げる光景に、なのはは思わず声を上げるが――自分でもそんな予感はしていたのか、ため息をつくと改めて告げる。
「そりゃ……ずっと一緒にいられたらいいけど……本当にいい行き先が見つかったら、ちゃんと説得するよ。
 ……いい子だもん。幸せになってほしいから……」
「………………」
 そのなのはの言葉に、マスターコンボイは改めてスバル達に視線を向け、
「納得してもらい、引き取ってもらった後――コイツが週一以上のペースでヴィヴィオに会いに行きそうな気がするヤツ、挙手」
『《はーい》』
「って、また全員!?」
 再び全員が迷わず挙手――再び声を上げると、なのははマスターコンボイに詰め寄り、
「マスターコンボイさん……そんなに私がヴィヴィオをよそに引き取ってもらう可能性をつぶしたいんですか?」
「そうすればすべて丸く収まると思うぞ、実際のところ」
「むー」
 マスターコンボイの言葉に、なのはは思わず頬をふくらませ――会話に参加せずに成り行きを見守っていたヴィータは、その光景にひとり笑みをもらすのだった。
 

「…………おい、止まれー」
 一方、地上本部――なのは達の到着に先駆け、すでに警備が始まっている中、ある車列が警備の局員によって呼び止められていた。
「どうした?」
「『どうした?』じゃない。
 何なんだ? この大荷物は……」
「オレに言うなよ。そちらさんの上からの指示なんだからさ」
 パトカーの助手席から顔を出す男に局員が答える――その言葉に、男はため息まじりにそう答えた。
「警備の一環でハッタリ利かせるんだとよ。
 このパトカーやら後ろの大荷物やら、いろいろ運び込んで物々しい雰囲気作るのに一役買えって。
 しかも、威圧感がどうのとやたらゴツイのばっかり指定してきやがって……
 ……っと、すまないな、愚痴聞かせちまって。何なら確認取ってもらってもいいんだがよ」
「いや、いい。
 通ってよし」
「ご苦労さん。
 ……あ、地下駐車場ってどこかわかるか? 本番まではそっちに隠しとけって言われてんだ」
「あぁ、地下駐車場なら……」
 そう答え、局員が男に地下駐車場の場所を教えてやり、車列は地上本部の敷地内へ――地下駐車場に入ると、男は運転席の相棒に声をかけた。
「ったく、こんなゴツイ車やらヘリやら持ち込んで、何を考えてるんだ? 上の連中は」
「知るか。
 オレ達しがない輸送班は、命令に従って動いてりゃいいんだよ」
 相棒にそう答えると、運転手を務めた局員はため息まじりにパトカーから降り、後ろのトレーラーの運転手達と合流すると地上本部内へと到着の報告に向かう。
 自分達が“何”を運び込んだのか――

 ――自分達が、“何”に乗ってきたのかも知らないままに。
 

「………………ん?」
 地上本部に到着し、警備に合流して早数時間――ビークルモードのままのスプラングと共に駐機場で待機していたヴァイスは、不意に機外に人の気配があるのに気づいた。
 スプラングに扉を開けてもらい、外に出て――意外な訪問者を前に思わず声を上げる。
「マスターコンボイの旦那……?
 珍しいっスね、オレのところに来るなんて」
「貴様に用があったワケじゃない」
 尋ねるヴァイスにそう答えるが――ヒューマンフォームのマスターコンボイは何かを思い出して懐をあさり、
「……っと、さっき差し入れをもらった。貴様の分だ」
「しっかり用があるんじゃないっスか」
「ついでだ」
 投げ渡されたドリンクを受け取り、苦笑するヴァイスに答えると、マスターコンボイはせき払いした上で本題に入った。
「アスカ・アサギから連絡はあったか?」
「いえ、ないっスよ」
「そうか……
 連絡があるとすれば、なのは達よりも先に貴様に行くと思ったんだが……」
「い、いや……仕事関係の連絡なら、アイツだってちゃんとなのはさん達にしますって」
「アイツの場合はその辺りがイマイチ信用ならん。
 まったく、この少しでも人手を確保しておかなければならない時に何をしているんだ、アイツは……!」
 自分だって方向性が違うだけで似たようなもんでしょうに――というツッコミはかろうじて呑み込んだ。ため息をつき、ヴァイスはマスターコンボイに告げる。
「そんなにピリピリすることもないでしょう?
 こんな厳戒態勢の中、襲撃をかけてくるヤツなんて……」
「いないとでも思っているか?」
 しかし、敵の襲撃を予見しているマスターコンボイはあっさりとヴァイスの言葉を否定した。
「話に聞いた限りのイメージになるが……柾木ジュンイチあたりなら、理由さえあれば平然と攻め口を見つけて乗り込んでくるぞ」
「いや、あの人の場合は特殊な例でしょう。
 オレも会ったことはないっスから、確かなことは言えませんけど……」
「だが、付け入るスキは確実にある。
 攻める気のあるヤツなら、確実にそこをついてくるだろうな」
「スキ……?」
「今の貴様のような『この警備を前に攻めてくるヤツなんかいない』という思い上がった思い込みだ」
 他にも根拠があって「襲撃がある」と判断しているが、カリムの予言のことに触れられない以上その辺りの事情は告げずにおく――ヴァイスをにらみ返してそう告げるマスターコンボイだったが、気を取り直して告げる。
「貴様はあと数時間もすれば帰隊だが、タイミングや状況の推移次第では交戦も十分あり得る。
 貴様の“腕前”にも期待しているんだがな」
「かんべんしてくださいよ。
 オレはただのヘリパイロットで――」
「貴様の経歴はすでに把握している――と言っても同じ口を叩くつもりか? 貴様」
「………………っ」
 そのマスターコンボイの言葉は、ヴァイスの中の“触れてほしくなかった部分”を鷲づかみにするものだった。反論を呑み込んだヴァイスに対し、マスターコンボイはかまわず続ける。
「貴様……数年前まで、少ない魔力値をものともしない精密射撃で名を馳せたスナイパーだったそうじゃないか」
「…………さて、そんな話もあったっスかね」
「ごまかすな。
 こっちはお前が前線を退いた“理由”まで知ってるんだ」
「………………っ」
 反論は再び封じられた。
「…………それでも、今のオレは……」
「“六課のヘリパイロット”……わかっているさ、そんなことは」
 精一杯絞り出したヴァイスの言葉に、マスターコンボイはそう答えると、改めてヴァイスに告げる。
「“家族”のいないオレには、貴様がどんな気持ちでいるのかは知らんし、当分の間は理解もできないままだろう。
 だが……“過ちを犯した者”としての思いは、わからないでもない」
「…………そうっスね。
 旦那は、世界を滅ぼしかけた経験者でしたっけ」
「あぁ」
 あっさりとヴァイスに答え、マスターコンボイは彼に対し背を向けて、
「貴様よりも先に“あやまった者”として、ひとつだけ言わせてもらう。
 悔やもうが否定しようが、生きていれば以前と似た体験のひとつや二つするものだ。
 貴様はその“同じ状況”に出くわした時、ただ指をくわえて見ているつもりか?」
「…………オレは……!」
「……ここで答える必要はない。
 だが……一度、よく考えてみることだな」
 言って、マスターコンボイはその場を去り――ヴァイスは静かに息をついた。
 と――
「…………ヴァイス」
「あんだよ?」
 口を開いたのは背後の相棒――聞き返すヴァイスに、声をかけてきたスプラングは静かに告げた。
「オレも、当時その場にいなかった以上、お前にどうこう言える立場じゃないと思ってる。
 けどな……悔やんで、悩んで……そんな気持ちのヤツとは、一緒に飛びたくはねぇな」
「………………」
「未練があるなら狙撃手に復帰しろ。未練がないなら、スッパリ吹っ切れ。
 どんな形にしろ……自分の気持にはケリをつけろ」
「…………わかったよ」
 告げるスプラングにそう答え、ヴァイスはマスターコンボイから差し入れられたドリンクに口をつけた。
 

 間もなく夜明け、といった時間帯になり、警備の夜勤組、日勤組の引き継ぎも無事に終了――これで、本番に向けての外側の警備態勢はだいたい整ったことになる。
 次は内部の警備だ――もう外は十分だろうと判断し、なのはは後に続くスバル達へと振り向き、
「さて、と……
 それじゃあ、私は、そろそろ中に入るよ」
『はい』
「それで……」
 うなずくスバル達に対し、なのはは自分の懐から赤い宝石を――待機状態のレイジングハートを取り出し、スバルへと差し出した。
「内部警備の時、デバイスは持ち込めないそうだから……スバル、レイジングハートのこと、お願いしていい?」
「は、はい!」
「前線のみんなで、フェイト隊長からも、預かっておいてね」
「はい!」
 続く言葉にはティアナがうなずく――その言葉を背に、なのはは地上本部庁舎へと入っていき、
「……でも、考えてみたらおかしな話だよね」
 受け取ったレイジングハートを見つめ、スバルは不意に首をかしげた。
「何が?」
「いや……だって、なのはさん、警備要員なんだよ。
 なのに、デバイス持っちゃいけない、なんて……」
 聞き返すギンガにスバルが答えると、
「簡単な話だ」
 そう答えたのは、ヴァイスのもとを離れた後、好き勝手に見回りを続けた末にちょうどその場に現れたマスターコンボイだった。
「どういうことよ?」
 尋ねるティアナに対し、マスターコンボイは息をつき、逆に尋ねた。
「考えてもみろ。
 貴様ら……」
 

「建物の中でなのはに砲撃を撃たせるつもりか?」
 

『………………なるほど』
 スバル達は納得するしかなかった。

 

〈公開意見陳述会の開始まで、あと3時間を切りました。
 本局や各世界の代表らによる、ミッドチルダ地上管理局の運営に関する意見交換が目的のこの会議、波乱含みの議論となることも珍しくなく、地上本部の陳述内容について、注目が集まっています。
 今回は特に、かねてから議論が絶えない、地上防衛用の迎撃兵器“アインヘリアル”の運用についての問題が話し合われると思われます。
 陳述会の開始まで、内部の映像と共に、実況を続けていきたいと思います……〉
「…………のん気なもんよね、まったく」
「仕方ないですよ。
 これからのことを、ほとんどの人が知らないんですから」
 一方、こちらはジュンイチの移動拠点――陳述会についての報道をメインモニターで眺めつつ、呆れるイレインにすずかが答えると、
「ま、だからこそ“事”が起きた時の混乱は大きい。
 こっちもどさくさに紛れやすいってもんだ」
 そう答えるのは、点検を終えた自分のブーツを今まさにはいている最中のジュンイチである。
「それより、すずか――管制は任せるぜ。
 今回はイレイン達も出るからな――ブイリュウがいない以上、オペレートを任せられるのはお前だけだ」
「はい…………」
 そう答えるすずかだが、その表情は暗い。
 というのも――
「ごめんなさい、ジュンイチさん……
 結局、“マグナ”を仕上げ切ることができなくて……」
「なぁに、気にするな」
 そう。ジュンイチがすずかを招いた最大の理由である“マグナ”は、結局実戦投入には至らなかった――謝るすずかだが、ブーツをはき終えたジュンイチは笑いながらそんな彼女の頭をなでてやる。
「オレ達があのままやってたんじゃ、本体の組み上げにすら届かなかったさ――最終調整までこぎつけてくれただけでも、恩に着るには十分すぎる。
 どの道、“マグナ”はこの後の戦いにも必要になってくる戦力だ。じっくり、確実に仕上げてくれればいい」
「はい……」
「大丈夫だよ、すずかお姉ちゃん!」
 ジュンイチの言葉にもまだ納得できないのか、なおも声の重いすずかにはホクトが答えた。
「パパはあたしが守るからだいじょーぶ!」
「模擬戦で一度もオレに勝てなかったヤツが、どーやってオレを守るんだ?」
「むー! パパ、そういうこと言わないの!」
 ツッコむジュンイチに頬をふくらませるホクトだったが、ジュンイチはそんなホクトをあしらいながら一同を見回し、
「とにかく……ここからが本番だ。
 正直、今回ばかりはオレもすべてを読み切れた自信はない――スカリエッティやディセプティコンがまだ隠し玉を持っていたりしたら、今回のミッションプランはあっさりひっくり返るだろうし、今回の戦いの結果、どこまで事態が動くかも、100%の断言はできない。
 ……でも」
 そこで一度を切り、ジュンイチは改めて告げた。
「それでも……オレ達は今日のこの時に備えて、打てる限りの手は打ってきた。
 後はそれを信じて……進むだけだ」
「わかってるわよ」
「ここまで付き合ったんですから、最後までお付き合いします」
「娘がパパを守るのは当然だもーん!」
〈断ル理由ナド、アルハズガナイデショウ〉
「……そうだな」
 イレイン、すずか、ホクト、オメガスプリーム――口々に答える一同の言葉に、ジュンイチは笑顔でうなずき、
「そんじゃ……いくか!」
『おーっ!』
〈了解イタシマシタ〉
 ジュンイチの言葉に元気よく答え、彼らはそれぞれの役目を果たすべく行動を開始した。
 

「…………始まりましたね……」
「あぁ」
 陳述会の様子は、先の報道の通り実況中継されていた――駐車場の大型モニターに映し出された陳述会の様子を見ながらつぶやくキャロに、彼女達と共に見回りをしていたヴィータが静かにうなずいた。
「今のところ……何も起こりそうな気配はありませんけど……」
 周囲は警備の局員があわただしく動き回っているものの、それ以外はいたって平静だ。周りを見回してつぶやくエリオだったが、
《油断するな、エリオ》
「あ、イクト兄さん……」
 そんな彼に念話で告げるのは、内部で警備についているイクトだ。
《古来より、夜討ち朝がけは奇襲の基本だ。
 こちらの警備体制が整う前に仕掛けてくることがなかったとすれば、狙われるとするならその逆――》
「終わりがけ……気が緩んでくるところを狙ってくるな」
《そういうことだ》
 うなずくヴィータに、イクトは念話の向こうでうなずき、続ける。
《特に今回は日が沈む頃合いも重なっている。
 任務の終わりが近づくことによる気の緩みに加え、夜陰に乗じられるという利点も生まれる――守る側としては、イヤなタイミングだ》
《そうだね。
 イクトさんの言う通り、きっちり守ろう》
『はい!』
「さすがは姫! 素晴らしい使命感でござる!」
「ま、めんどくさいけど、がんばりますか」
 念話に加わってくるなのはに、エリオやキャロは元気にうなずく――後ろでシャープエッジやアイゼンアンカーも気合を入れているのを聞き、ヴィータは念話の回線をなのはとイクトのみに限定し、話しかける。
《それにしても……イマイチわからねぇ。
 予言どおりに事が起きるとして、内部のクーデターの線は薄いんだろう?》
《アコース査察官が調べてくれた範囲では、ね……》
《それに、クーデターともなれば混乱の度合いは半端ではない。
 それはつまり、スバル達への危険度も跳ね上がる、ということ――となれば、その線は柾木がまず真っ先につぶしているさ》
 なのはやイクトが答える内容は自分も理解している。うなずき、ヴィータは続ける。
《そうすっと、外部からのテロ……だとしたら、目的は何だよ?
 ディセプティコンやらユニクロン軍とかは、ジャマな管理局のトップが集まる会議をつぶせば……くらいのことは考えてるだろうけど、例の“レリック”を集めてる連中……スカリエッティ一味だっけか。アイツらの目的が見えてこねぇ》
《おそらくはマスターコンボイの予測通りデモンストレーション――自らの手がけたガジェットや戦闘機人達の性能を見せつけることだろう》
 ヴィータの疑問に答えるのはイクトだ。
《ヤツは技術者だ。自分の技術、自分の作った兵器の優秀さを自慢したいとすれば、この陳述会ほどの獲物はないさ》
《それにしたって、獲物がデカすぎねぇか?
 威力証明がしたいんなら、他にいくらでも場所や機会はある》
《デカイからこそ叩きがいもある、ということだ。
 だが……》
《「だが」……何ですか?
 イクトさん、他にも気になることが?》
《あぁ》
 尋ねるなのはにうなずき、イクトは続ける。
《あまりにも静かすぎる。
 これだけの警備だ。襲撃には入念にタイミングや襲撃ポイントを見定める必要があるが――そのためには何かしらの手段での監視は絶対に必要になる。
 だが、今のところその気配はない……アリシアの話では、ネットワーク内にもその傾向はないらしい》
《イクトさんの“感覚”やアリシアちゃんのサーチにも引っかからないってことは、本当にないと思っていいよね……》
《だな。
 だとしたら、連中はどうやって襲撃のタイミングを計るつもりだ?》
《わからん。
 どうにもイヤな予感がする……》
 なのはとヴィータの意見に、イクトは念話越しに考え込み――
《ま、いろいろ考えたって、わからないんじゃしょうがねぇだろ》
 そう口をはさんできたのはビクトリーレオだ。どうやら相棒が特定回線で念話をしているのが気になって聞き耳を立てていたようだ。
《……そうだね。ビクトリーレオさんの言う通りだ。
 信頼できる上司が命令を下してくれる――私達は、それを信じて、その通りに動こう》
《……そうだな》
《あぁ》
 ビクトリーレオに同意するなのはの言葉に、ヴィータとイクトもうなずく――回線を切り、警備に意識を戻すイクトだったが、
(…………しかし……)
 それでも、何かが気になってしょうがなかった。
(……何か……何かを見落としている気がする……
 オレ達は、もっと根本的な何かを見過ごしている……そんな気がしてならん。
 一体……何だ……?)
 

「…………さっきと変らず、ネットワーク内に異常なし、か……」
 本職の警備員達の詰め所に顔を出し、監視システムを一通りチェック――異常がないのを確認し、アリシアは静かにつぶやいた。警備員達に礼を言い、詰め所を後にし、思考を巡らせる。
(襲撃があるとすれば、もう下準備くらいはしてきてると思ってたけど……)
 しかし、今のところそういった気配は感じられない。巧妙に隠されている、とも考えられるが――
(それにしたって、ジュンイチさんが仕込んだ“誘い”のセキュリティホールに手を出された形跡もない、ってのはねぇ……)
 もちろん、無断で仕込んである以上、ジュンイチの“誘い”も並大抵のことでは見つからないほど巧妙に偽装されている。これに気づいていないのであれば、まだ「その程度の相手」で片づくが――
「…………気づいた上で、ワナだってことまで読まれて回避されてるとしたら……厄介だね……」
 あまり考えたくはないが、残念ながらその可能性は高い――気合いを入れ直し、アリシアは見回りに戻ろうときびすを返し――
「アリシア!」
「………………?」
 かけられた声に振り向くと、フェイトがこちらに向けてパタパタと駆けてきた。
「どうしたの?」
「うん……
 アスカ、まだ現地入りしてない? 姿がないんだけど」
「あ…………」
 その言葉に、アリシアの顔色が変わった。すまなそうな顔でフェイトに対して手を合わせ、
「ゴメン! さっき霞澄ちゃんから連絡があったの、言うの忘れてた!」
「やっぱり……」
 アリシアの言葉はある意味予想通り――ため息をつき、フェイトは改めて尋ねた。
「それで、何て?」
「うん……
 あの子の新デバイスの受け取りなんだけど……レッコウやイスルギとの連携データのすり合わせが思ったよりかかりそうで、まだこっちには来れないって」
「そうなんだ……」
 アリシアのその答えに、フェイトはため息をついて彼女に向けて非難の声を上げた。
「まったく……アリシアもどうして行かせちゃったの?
 いくら戦力が強化されるって言っても、こんな大事な警備任務に間に合わないんじゃ……」
「ノンノン。それは違うよ――少なくともこの件については。
 確かに間に合わなかったけど――ちゃんと考えがあって好きにさせてるんだよ」
 しかし、そんなフェイトを前にしても、アリシアは気を取り直してそう答えた。
「元々、新デバイスの件がなくても、アスカは外に配置するつもりでいたんだよ――その辺を把握してたから、はやてもアスカの108部隊行きを許可してくれたんだから」
「そうなの?」
「そう。
 考えても見てよ。この状況で敵からの襲撃があれば、あたし達は外から攻めてくる敵を相手にすることになる――相手をスカリエッティだけと仮定しても、アイツらはガジェットっていう“雑兵”を大量に送りこんでくることが可能なんだよ。
 つまり、確実に被包囲状況下での籠城戦になる――けど、アスカがそのさらに外側にいてくれれば、内と外から挟撃することも可能になる。
 外側の人手なら、襲撃を知って駆けつけてくるご近所の部隊をあてにすればいいんだからさ」
「……な、なるほど……」
 つらつらとよどみなく告げるアリシアの言葉に、フェイトは思わず感嘆の声を上げ――
「アリシア、ちゃんと考えてたんだね……」
「大学生の姉に向かって『何も考えてないバカチン』呼ばわりするのはこの口かーっ!」
「ひゃあぁぁぁぁぁっ!?」
 余計な一言をもらしたフェイトに“頬引っ張りの刑”が炸裂した。
 

「開始から4時間ちょっと……中の方も、そろそろ終わりね」
「だとしたら、そろそろイクトさんが警戒してた時間帯ですね」
 その後も何事もなく時だけが過ぎ――夕焼け空を見上げてつぶやくティアナに、エリオは不安げな表情でうなずいてみせる。
「そうだね。
 ジュンイチさんも昔、『カウント0からが本当のスタートだ』って言ってたし……最後まで気を抜かずにがんばろう」
『はい!』
 スバルの言葉に、エリオとキャロがうなずき――そんな彼らを見守っていたジェットガンナーは、不意にメンバーが足りないことに気づいた。
「ランスター二等陸士。
 ナカジマ陸曹はどこに?」
「あぁ、ギンガさん?
 北エントランスの方に、ロードナックルと報告に行ってくれて……」
 尋ねるジェットガンナーにティアナが答えかけ――ふと、そんな彼女の視界に難しい顔をしているマスターコンボイの姿が入ってきた。
「どうしたの? マスターコンボイ」
「わからん」
 しかし、マスターコンボイはティアナの言葉にあっさりとそう答えた。
「わからんが……何かおかしい。
 警備のそれとは別に、空気が張り詰めている……」
「警備とは、別に……?
 ……まさか、敵が!?」
「そう思いたいのにその姿がない。だから『おかしい』んだ」
 思わず声を上げるスバルだったが、マスターコンボイはそう答えて周囲を探る。
(何だ? この気配……
 サーチに引っかからんということは、警戒システムの索敵範囲外……そこから、オレに気配を感じ取らせるほどのヤツがいるというのか……?)
 

《連中の尻馬に乗るのは、どうにも気が進まねぇけど……》
「しかし、貴重な機会ではある」
 そんなマスターコンボイの直感は、決して的外れなものではなかった――地上本部から少し離れた、警戒区域外の雲海の中で、ゼスト・グランガイツはアギトのつぶやきに対し、手元のウィンドウで状況を確認しながらそう答えた。
「今日ここで、すべてが片付くなら、それに越したことはない」
《まぁ、ね……》
 ゼストにうなずくアギトだが――彼女にとってはもうひとつ、気になることがあった。
《っつーか、あたしはルールーも心配だ。
 大丈夫かな? あの子……》
「心配なら、ルーテシアについてやればいい」
《今回に関しちゃ、旦那のことも心配なんだよ。
 ルールーにはまだ虫達やガリューがいるけど、旦那はひとりじゃんか》
 ゼストにそう答え、アギトはゼストの見ていたウィンドウの映像――そこに映るレジアスの姿に視線を落とし、
《旦那の目的は、このヒゲオヤジなんだろう?
 そこまでは、あたしがついていく――旦那のこと、守ってあげるよ》
「……お前の自由だ。好きにするがいい」
《するともさ。
 旦那はあたしの恩人だからな♪》
 

「ナンバーズ、ナンバー3トーレからナンバー12ディードまで、全機配置完了……」
〈お嬢とゼスト殿も、所定の位置につかれた〉
 そこは、まるでどこかの基地の指令室のような場所だった――アジトを離れ、データを確認しながらつぶやくウーノに対し、トーレもまた通信をつなぎそう報告してくる。
〈攻撃準備もすべて万全。
 後はGoサインを待つだけです♪〉
「……とのことです、ドクター」
〈そうか……〉
 最後を締めくくるのはクアットロ――改めて報告するウーノの言葉に、アジトに残っているスカリエッティはうなずきながら笑みをこぼす。
「……楽しそうですね」
〈楽しいとも。
 この手で世界の歴史を塗り替える瞬間だからね……研究者として、技術者として、心が沸き立つじゃないか〉
 声をかけるウーノに答え、スカリエッティはますます笑みを深くした。
〈キミもそうだろう? ウーノ。
 いつも後方で指揮を執るキミが、そんな前線に出ていっているんだ……今回の作戦に、何か思うところがあるんじゃないのかい?〉
「……そうですね」
 静かに、ウーノはうなずいてみせる――そんな彼女の心中を察しているのかいないのか、スカリエッティは立ち上がり、この通信を聞いているであろうすべてのナンバーズに向けて語りかける。
〈我々のスポンサー殿達に、とくと見せてあげよう。
 我らの思いと、研究と開発の成果をね〉
 そして――スカリエッティは高らかに宣言した。
〈さぁ……始めようじゃないか!〉
「はい」
 その言葉にうなずき――ウーノは静かに告げた。
「ミッション――」

 

 

「スタート」

 

 

「……アスクレピオス、限定解除」
 ウーノの指示で最初に動いたのはルーテシアだ――普段は管理局の探知を逃れるためにパワーを抑えているアスクレピオスの能力限定を解除。自らの足元に魔法陣を展開する。
「…………いくよ」

「エネルギー反応……?
 ……おい、ウソだろ!?」
 そんなルーテシアの魔力反応は、地上本部の管制室でも確認できていた。抑えを解き放ったルーテシアの魔力の大きさに、管制官が思わず声を上げ――しかし、彼らが状況を把握できたのはそこまでだった。
 突然、外部との通信が途絶したかと思ったら、彼らの目の前の端末が次々にダウンし始めたのだ。
「通信管制システムに異常……!?」
「クラッキング!?」
「侵入されてます!」
「バカな!? どうなっている!?」

「……フフフ……♪ このクアットロさんのIS“シルバーカーテン”。
 電子が織りなすウソと幻――銀幕芝居をお楽しみあれ♪」
 その犯人は、“情報”を司る自らのISを駆使したクアットロ――地上本部から離れた上空で、愛機である自らのステルス機型トランステクターの上で、実に楽しそうにほくそ笑んでいる。
 そして――
「では、そろそろ本番の開演時間よ♪
 ゴッド、オン!」
 これからが本領発揮――掛け声と共に、クアットロはトランステクターにゴッドオンし、
「ブラックシャドー、トランスフォーム♪」
 ロボットモードへとトランスフォーム。全身を漆黒に染め抜いた人型形態となり、より強力に各システムへの侵入を開始する。
第四機人フォース・ナンバーズ、“幻惑の使い手”クアットロ――トランステクターは“ブラックウィング”。
 情報工作員ブラックシャドー、存分に、惑わせてあげるわ♪」
 

 一方、そのクアットロの介入により、中央管制室は大混乱に陥っていた。
「緊急防壁を展開!
 予備のサーチシステム、立ち上げ急げ!」
 指揮官が懸命に指揮を飛ばすが――そこにも、すでに敵の手は伸びていた。
 天井に突然波紋が走ったかと思うと、不意にその中心から人の手が出てきたのだ。
 その手には2個のハンドグレネード。迷うことなく管制室へと放り込み――炸裂する!
 だが、その爆発が室内の局員を傷つけることはなかった――爆発の代わりにまき散らされたのは催眠ガスであり、局員達は次々に昏倒していく。
 やがて、室内に動く者の姿はなくなり――換気システムによってガスが排気された頃合いを見計らって、襲撃者は室内に降り立った。
 ナンバーズのナンバー6、セインだ。自分と同じ能力によって建物内を潜航、足元に浮上してきた愛機デプスマリナーに乗り込むと、次の目的地へと移動を開始した。

「管制室の制圧、完了……」
 その様子は、すでにウーノの元でも把握していた。セインによって管制室が完全に機能を停止したのを確認し、ウーノは次の指示を下す。
「お嬢様、お願いいたします」

「うん」
 地上本部の管制室が制圧されたことで、防壁にはあちこちにすき間が生じていた――魔力を開放し、管制室の目を引きつけていたルーテシアは、自分の“最初の”役目が終わったことを知り、次の役目を果たすべく行動に移る。
「遠隔召喚……開始」
 そんな彼女の召喚により、地上本部の敷地内に次々に魔法陣が出現、その中からガジェットが一気に地上本部へと送り込まれていく。
 さらに――
「IS……“へヴィバレル”、発動」
 別の場所には、すでにトランステクターへとゴッドオン、ロボットモード“アイアンハイド”へのトランスフォームを完了したディエチの姿があった。
「パレットイメージ、エアゾルシェル――発射」
 淡々と告げると同時に引き金を引き――放たれ、地上本部ビルの一角を直撃した砲弾は大気と反応、麻痺性のガスをまき散らす!
 

 一方――動き出したのは彼女達だけではなかった。
〈敵召喚師の魔力波動を感知!〉
「あぁ。
 ヤツら、いよいよ動き出しやがったな!」
 地上本部の地下駐車場――ルーテシアの動きを感知し、仲間達からの通信が告げてくる――勢い込んでうなずく彼のもとに、上官からの指示が下る。
〈我々も動くぞ。
 ディセプティコン――アタック!〉
「了解!
 バリケード、トランスフォーム!」
 咆哮し――地下駐車場で巨大な影が立ち上がった。
 局のパトカーに化けて潜入していたバリケードだ。
「やれやれ……どいつもこいつもバカばっかりだな。
 ハッタリだけのために軍用機なんか普通持ち込まねぇだろ――ニセの命令書だってのに、ハッキングして正規の命令のデータフォルダに放り込んでおいただけであっさり信用しやがって」
 そう――陳述会の前に「警備のハッタリのために」と持ち込まれた軍用機はそのすべてがディセプティコンのメンバーであり、先導してきた輸送隊員の乗っていたパトカーこそ、この潜入を手引きしたバリケード本人だったのだ。
〈そう言うな。
 そのおかげで、オレ達もこうして安易に潜入できたのだからな〉
「ブラックアウトの言うことももっともだけどな――ウソのプロとしちゃ、もうちょっと高度なだまし合いがしたいんだよ」
 そんな彼に答えるのは、先ほどから通信を送ってきているブラックアウトだ。彼の言葉にため息まじりにそう答えると、バリケードは手始めとばかりに拳を握りしめ――
「どぉりゃあっ!」
 渾身の力で地下駐車場の壁面を殴りつけた。轟音と共に、分厚いコンクリートの壁が崩れ落ち――
「ご苦労、バリケード」
 その向こう側に待機していた、ロボットモードのジェノスクリームがその姿を現した。
 

「オラオラ、いくぜ!
 ボーンクラッシャー、トランスフォーム!」
「レッケージ、トランスフォーム!」

 さらに、地上には他のディセプティコンの姿も――地上の警備についていた局員達の目の前で、恣意(しい)行為のためにと置かれていた地雷除去車と装甲車が突然走りだした。素早くボーンクラッシャーとレッケージへとトランスフォームし、それぞれのクローアームとブレードで局員達を薙ぎ払い、
「ブラックアウト、トランスフォーム!」
「ブロウル、トランスフォーム!」

 同様の目的で運び込まれていた軍用ヘリと戦車がブラックアウトとブロウルへとトランスフォーム。局員達への攻撃を開始。さらに――
「ようやく出番かよ、待ちくたびれたぜ!」
「雑魚ばかりか……物足りないな」
 索敵圏外から最高速度で一気に飛来、混乱に乗じて強襲をしかけたジェノスラッシャーと、空間に溶け込んで潜入していたショックフリートが、眼下の局員達へと狙いを定めた。
 

「オラァッ!」
 一方、地下で合流したバリケードとジェノスクリームは、地下の動力室に姿を見せていた。バリケードの拳が扉を粉砕し、二人は中に入り込む。
 目の前には、地上本部の防御システムにエネルギーを供給している大型動力炉が鎮座している。もちろん、彼らの目的は――
「バリケード」
「はいよ。
 フォースチップ、イグニッション!」
 告げるジェノスクリームに答えると、バリケードはフォースチップをイグニッション。両足に収納されていたタイヤが分離し、バリケードの両拳に装着される。
「ホイールナックル――ブチ砕けぇっ!」
 咆哮と共に跳躍し、一撃――バリケードの拳は、一撃のもとにサブ動力炉の1基を破壊し、室内にけたたましく警報が鳴り響く。
「サブ動力炉1基、破壊完了。
 これで緊急システムが作動し、施設内の隔壁が降りるはず……
 ジェノスクリーム、ビーストモード!」
 つぶやき、ジェノスクリームはビーストモードへとトランスフォームし、動力室の中央、メイン動力炉へと向き直り、
「フォースチップ、イグニッション!
 ジェノサイド――バスター!」

 背中のチップスロットにフォースチップをイグニッション。全身を砲台に見立てて撃ち放ったジェノサイドバスターが、メイン動力炉を爆砕する!
 巻き起こる炎の中、ジェノスクリームはその口元に獰猛な笑みを浮かべ、
「そして――これで動力は完全に断ち切られ、降りた隔壁は上げられなくなった。
 同時に防壁は消え、ガジェットどもは地上施設に取り付き放題……」
 つぶやき、ジェノスクリームは天井を、その向こうに広がっている地上へと視線を向け、
「さて……ガジェットどもがどこまで“抑えてくれる”か……」
 

「クソっ!」
 殴りつけるが、頑丈な扉はビクともしない――内部警備を任されたトランスフォーマーのために、吹き抜けを利用して用意された詰め所で、ビッグコンボイは苛立ちもあらわに声を上げた。
「動力が落ちてる……完全に閉じ込められちゃったよ、これ」
「AMF濃度も高い……これでは、ビッグコンボイのビッグキャノンやジャックプライムの魔法をあてにすることもできんか……」
 その場には、スターセイバーやジャックプライムも――扉をチェックして告げるジャックプライムの言葉に、スターセイバーもAMFの濃度を確認してそう付け加える。
「やられた……!
 これでは、完全に後手後手ではないか……!」
 うめき、もう一度拳を叩きつけるビッグコンボイだったが――やはり、扉はビクともしなかった。
 

《ガスは致死性ではなく、麻痺性!
 今、防御データを送るです!》
 その“みんな”は、状況に対応するためにすでに動いていた――急ぎ現場へと向かうスバル達に告げ、リインはディエチによってばらまかれたガスの対応データをスバル達のバリアジャケットに転送する。
「通信妨害がキツイ……!
 ロングアーチ!」
 一方、状況の把握のためになんとか連絡を取ろうとするヴィータだったが、やはり通信が妨害されており、返ってくるのはノイズだけだ。
「副隊長!」
 と、そんなヴィータに声をかけたのはスバルだ。
「あたし達が中に入ります!
 なのはさん達を、助けに行かないと!」
「…………そうだな。
 でも、この状況だ。お前ら全員を行かせて人手を削るのも……」
 そんなスバルの言葉にヴィータが思考を巡らせながらつぶやくと、
《ヴィータ、聞こえるか?》
「イクト!?」
 通信の妨害されている中に突然の念話――脳裏に響いたイクトの声に、ヴィータは思わず声を上げた。
 

《………………っ!》
「すまんが、何を言っているかわからん。
 どうやら、連中はオレ達の使うような精霊力や瘴魔力を用いた念話は警戒していなかったようだ――おかげでこちらからは連絡できるんだが、魔力によって行われるそっちからの通信は相変わらず不通なんだ」
 イクトがいるのは会議室のすぐ外のロビーだった。すぐ脇で不安そうにしているなのは、フェイト、ライカの3人を手で制しながら、何か言っているらしいヴィータに対して一方的にそう告げる。
「とりあえず、現状でわかっていることを報告させてもらう。
 ビル内の警備に当たっていたなのは、テスタロッサ、光凰院の3人とは合流できた。アリシアは下層階の警備についていたはずだが――逆にそれが災いして所在不明だ。なんとか脱出の手立てを探っているとは思うが……
 はやて達のいる会場内は隔壁で隔離され、中の様子は未だ確認はできない。まぁ、逆に言えば、隔壁に守られている中のヤツらはこの上なく安全な状況なんだがな」
 言って、局員達がなんとか会議室への扉を開けようと奮闘しているのをチラリと一瞥し、続ける。
「とはいえ――中のヤツらが出てきてくれないことには始まらん。下っ端のヤツらを統率してもらわなければならんし、そもそもヤツらがいたのではオレ達も全力で戦えんからな。
 とりあえず、はやて達の救出にこれから光凰院を向かわせる。
 オレ達はここを出て、なのはとテスタロッサは貴様らと合流。オレは敵を叩きに向かう」
 言って、イクトは念話を終えるとライカへと向き直り、
「そういうことだ。
 光凰院。はやて達を頼む」
「りょーかい、と♪」
 ライカがうなずくのを確認し、イクトはきびすを返し、エレベータへと向かう。
「まったく無害とまではいかないとはいえ、オレ達の“力”へのAMFの影響が少ないのはありがたいな……
 ほら、どいていろ。オレが開けてやる」
 なんとか扉をこじ開けようとしている局員達に告げると、イクトは懐からそれを取り出した。
 金属製の鍵だ――機械音痴故にカードキーを扱えないイクトのために、と宿舎のイクト(とエリオ)の部屋に特別に設置された機械式の鍵のものである。
「イクトさん、そんなもので何を……?」
 追いついてきたフェイトが尋ねると、イクトは逆に聞き返した。
「テスタロッサ……お前達の世界にも、退魔士の類はいたな?」
「あ、はい……
 私達の知り合いにも、那美さんや、薫さんが……」
「あぁ。
 これからするのは、そいつらの使う能力の“オレ達の世界版”といったところだ」
 答えるフェイトに告げ、イクトはエレベータの扉へと向き直り――彼の意図に気づいたライカが口を開く。
「あぁ、“アレ”やるの?
 久しぶりねー、イクトの“おまじない”」
「お、おまじない?
 そんなもので開けられるなら、誰も苦労は――」
「まぁ見てなさい」
 ライカのその言葉を聞きつけた局員が驚きの声を上げる――しかし、ライカはかまわずそう答えた。
「アイツは“本職”から直々に教わってるからねー。
 ちょっとした一大スペクタクルよ」
「そこ。ムダ話でこちらの気を散らすな。
 オレに教えたのは本職でも、扱うオレは本職じゃない――畑違いな分、集中が難しいんだ」
 局員に告げるライカに釘を刺すと、イクトは目を閉じて意識を集中させる。

 ――これは、“開かない扉”

 エレベータを前にそう告げると、今度は右手を前方にかざし、

 ――これは、“扉を開ける鍵”

 右手を開き、そこに握られた鍵に向けて続ける。

 ――“開かない扉”は、“扉を開ける鍵”で開けられる

 そう締めくくり、イクトは鍵をエレベータの扉に向けて放り投げた。金属のぶつかり合う音と共に、鍵が扉にぶつかって――次の瞬間、鍵は扉に溶け込むように消えていく。
 同時、扉全体が光に包まれた。静かに、動力が届いていないにもかかわらずひとりでに開いていく。
「……こ、これは……?」
「“言霊”ってヤツだ」
 思わず声を上げるなのはに対し、イクトはあっさりとそう答えた。
「言葉には意味があり、意味があるからこそ、そこには“力”が宿る――それが“名前”であればなおさらだ。
 今回の場合、“鍵”という名が持つ“開くもの”という意味で、“開かない扉”という名の持つ“閉じられたもの”という意味を打ち消したんだ」
「す、すごい術じゃないですか……!
 『ただのまじない』なんかじゃないですよ!」
「いや、『ただのまじない』さ」
 思わず声を上げるなのはだったが、対するイクトはあっさりとそう答えた。
「“まじない”を、漢字でどう書くか知っているか?
 “呪い”と書いて“まじない”――その道のプロが使うまじないは、れっきとした技術大系なんだ。
 もうひとつ言うなら、決して万能の技じゃない。使い方を誤れば、逆に術者の足を引っ張ることにもなる。
 たとえば……シグナムのレヴァンティンに“斬るもの”という言霊を、段ボールで作った楯に“防ぐもの”という言霊をかけたなら、シグナムは紫電一閃をもってししても段ボールの楯を斬ることはかなわないだろう――“防ぐもの”は、“斬るもの”を阻むためのものであるからだ。
 ――っと、ムダ話は終わりだ。下に降りるぞ」
 なのはに対して説明し――イクトは“本題”に流れを修正した。扉の開かれたエレベータへと向き直ると、なのはとフェイトに尋ねる。
「ところで、お前達――絶叫マシンは平気なタチか?」
「え…………?」
「いきなり、何を……?」
 突然の問いに首を傾げる二人だが、埒が明かないと感じたのか、イクトはそんな二人の肩をむんずっ、と捕まえる。
「え? な、何?」
「扉は開いたんですし、後はここから降りるんですよね!? リベリングみたいな感じで!」
「それでは時間がかかりすぎる」
 声を上げる二人にかまわず、イクトは開かれた扉からエレベータシャフトへと身を乗り出し――
「心配するな。
 “恐怖心以外は”――すべての安全を保障してやる!」
『きゃあぁぁぁぁぁっ!?』
 言うなり――その身をシャフトの中に躍らせた。なのは達の悲鳴が響く中、一気に地上に向けて降下――いや、“落下”していく!
 

「始まった!?」
 その様子を捉えられたのはまさに偶然――独自に観測していた地上本部の映像の中で爆発が巻き起こるのを見て、アスカは108部隊のデバイスメンテナンスルームで声を上げた。
「結局、間に合わなかった……!」
(あの映像だと、少なくとも外側から攻撃を受けたのは南側の駐車場エリアと、西側のエントランス……規模からすると、南側にトランスフォーマー級、たぶんディセプティコン!
 それに、防壁が作動してない……たぶん、動力炉もやられてる……!)
「初撃で動力部までやられるなんて、安全ラインのミッションプランの予測にはない……!
 この損害だと、ミッションプランは初っ端から“Dライン”からのスタートになる……早くしないと!」
「わかってるわよ!」
 はやるアスカに答えるのは霞澄だ。常人ではとうてい追いつけないほどのスピードでキーボードに指を走らせると、処理が終了したのを確認してアスカにデバイスカードを投げ渡した。
 その数は――4枚。
「いい?
 4基全稼働状態のシミュレーションデータまでは転送しきれなかった――単基〜3基以内での運用と違って、サポートは期待できないわよ。
 つまり、ほぼ完全に――使い手の技術に依存することになる」
「そこまで仕上がっていれば十分!
 あたしだって、ダテに六課でしごかれてないんだから!
 スピードダイヤル、スパイショット、ロングビュー! 行くよ!」
 力強くうなずくと、アスカは飛びついてくるリアルギア達を抱えながらデバイスルームを飛び出した。建物から出るとデバイスカードの1枚をかざし、
「イスルギ! フライトモード!」
〈Standing by!
 Start up――Flight-mode!〉

 アスカの呼びかけに答え、イスルギが起動――カメ形のビーストモードとしてその姿を現し、アスカがその背に飛び乗る。
 と――
「おい!」
 そんなアスカに、後を追って飛び出してきたゲンヤが声をかける。
「…………スバル達を、頼むぜ」
「わかってる。
 おじさんこそ、“後”はよろしく」
「あぁ」
 ゲンヤの答えにうなずくと、アスカはイスルギを発進させた。後尾のバーニアから推進ガスを噴射し、勢いよく大空へと舞い上がる。
 だが――アスカの脳裏には強い不安が渦巻いていた。
(“Dライン”の『D』は“Denger”の『D』……『ほぼ最悪』を意味する最危険ライン――
 このまま“Dライン”のミッションプランの予測通りに事態が動くとすれば……!)
「だったら、もっと上の予測ラインに押し戻すまでよ……!
 みんな、待っててよ!」
 

 ドガァッ!と轟音が響き、エレベータの扉が吹き飛ぶ――強引に扉を突破し、イクトは地下通路のロータリーホールに姿を現した。
 そして――
「…………ほ、ホントに大丈夫でしたけど……」
「……こ、怖かった……」
 そんな彼に続くのはなのはとフェイトだ――落下の衝撃が未だ抜けず、イクトの背後にへたり込んでしまうが、
「貴様らはここで待機――スバル達と合流しろ」
 言って、イクトはかまわずきびすを返した。なのはとフェイトの間を抜け、再びエレベータシャフトの中に向かう。
「イクトさん……?」
「巨大な“力”が近づいてきている」
 声を上げるなのはに、イクトはあっさりと答えた。
「魔力しか感じない。おそらくは魔導師か騎士……航空型の、しかもかなりの使い手だと思う。
 正直、外の連中では手に余る――オレはこれから、そいつの迎撃に向かう」
 言って、イクトは飛び立とうと“力”を集中し――
「あ、あの!」
 そんなイクトに、フェイトは思わず声を上げた。自分でも無意識だったのか、イクトに振り向かれてやや戸惑いを見せるが、やがて意を決し、イクトに告げる。
「…………気をつけて、ください」
「あぁ」
 静かにうなずき、イクトは跳躍――その勢いで一気に飛び立ち、エレベータシャフトの中を急上昇。そのまま屋上の屋根を突き破り、夕闇の迫るクラナガンの空に飛び立つ。
「…………向こうか!」
 一瞬、生来の方向音痴から進むべき方角を見失いかけるが、“相手”の力が巨大だったことが幸いした。すぐに目標を確認し、迎撃すべくその予想進路上を勢いよくさかのぼっていく。
 しばし雲海が視界を遮った後、イクトは雲の上へと飛び出して“相手”の姿を探し、
「――――来た!」
 見つけた。“力”の気配を頼りに、雲の中から飛び出してきた“相手”へと向き直り――
「――――――っ!?」
 相手の姿を確認し、その目が驚愕に見開かれた。
 相手の顔に見覚えがある。
 しかし――信じられなかった。
「バカな……!?」
 なぜなら、彼は――
「誰かと思えば、お前か……
 久しいな、炎皇寺往人」
「貴様……!?
 ゼスト・グランガイツ……!?」
 死んだはずの人間だったから。
「貴様……生きていたのか!?」
「死んださ。
 ただ……やり残したことを果たすために、棺桶の中に入ることは拒否させてもらったがな」
 動揺をなんとか抑え込み、告げるイクトに答えると、ゼストは自らの槍をかまえ、
「すまないが、そこをどいてもらえるか?
 オレは、その先に用がある」
「この先となると、地上本部か?
 今さら、貴様が地上本部に何の用だ?」
「お前には関係のないこと――知らない方がいいことだ」
「そういうワケにもいかんな」
 しかし、イクトはゼストの言葉にキッパリとそう答えた。
「ガジェット達の襲撃に便乗しての貴様の行動……つるんでいるか否かは別にしても、明らかにまっとうな手段ではない」
 言って、イクトは凱竜剣を抜き放ち、
「地上本部を守るのが今日のオレの仕事だ。
 事情はどうあれ――今の貴様は阻むべき存在にすぎん!」
《上等じゃねぇか!》
 そうイクトに答えたのはゼストではなかった。
《お前なんかが旦那に勝てるもんかよ!
 ここでブッつぶされるのがオチだぜ! ざまぁみろ!》
 ゼストの背後から飛び出してきたアギトである。が――
「黙れ木っ端こっぱ
《こ、木っ端ぁ!?》
 あっさりと言い放ったイクトの言葉に、アギトは思わず声を上げた。
「オレが用があるのはゼスト・グランガイツだ。
 貴様の力では、ウチの新人達にも歯が立つまい――通してやるから、さっさと地上本部に襲撃をかけて返り討ちにあってこい」
《ば、バカにすんな!
 だったら、あたしの力を見せてやる!
 旦那!》
「…………あぁ。
 どの道、この男の相手をするには、お前の力がなければおそらく勝てまい」
 イクトの言葉は明らかな挑発――しかし、アギトはそんな彼の挑発にまんまと乗ってしまった。エキサイトする彼女の言葉に、ゼストは同意してうなずき、
「《ユニゾン――イン!》」
 咆哮し、アギトの身体がゼストと一体化――同時、ゼストの髪が金色に染まり、その魔力出力が急激に上昇していく。
「やはり、その融合騎は貴様の相方か……それが全力の形態のようだな。
 ……しかし、『お前の力がなければ勝てまい』か……」
 これで全力のゼストと戦える――相手の全力を求めるとは、ブレードじゃあるまいし、と内心で苦笑しつつ、イクトは自らの“力”を高めていき、
「言葉には気をつけた方がいいぞ――ゼスト・グランガイツ」
 その言葉と同時に開放した。高まった“力”が自らの周囲にスパークを走らせる中、静かに凱竜剣をかまえ直す。
「それでは……その融合騎の力を借りればオレに勝てる、そう言っているように聞こえるぞ」
「そう……言っている」
 静かにイクトに答え、ゼストもまた槍をかまえ直し、

「いざ――」

「押して――」
 

『参る!』
 

 両者の刃が、激突した。

 

「ジェノスクリーム! バリケード!」
 突然地面が爆発し、口を開けた穴の中からからジェノスクリームとバリケードが姿を現す――あらかじめ決めていた合流ポイントに現れた二人に対し、ジェノスラッシャーが上空から声をかけてくる。
「その様子だと、うまくいったようだな」
「あぁ。
 このまま予定のプランで進める」
 ショックフリートにそう答えると、ジェノスクリームは周りに集合しているディセプティコンの面々を見渡し、
「当初の予定通り、ボーンクラッシャーとブロウルはこのままここで派手に立ち回れ。敵の目を引きつけろ。
 その間に、オレ達はそれぞれのターゲットを叩く」
「任せとけ!」
「ようやく本気で暴れられるんだ! やってやるぜ!」
「その意気だ――せいぜい楽しみな!」
 勢いよく答えるブロウルとバリケードにうなずき、ジェノスラッシャーは一足先に自分の割り当てられた“ターゲット”を目指して飛び立った。他の面々もその後に続いて散開していくのを見送ると、ジェノスクリームは改めて二人へと向き直り、
「では、オレもいくが……オトリだからと適当にやるんじゃないぞ。
 お前達はオトリであると同時――」

 

「我らが“主”の出迎え役でもあるのだからな」

 

 

「…………妙だと思わないか?」
「え………………?」
 あらかじめ打ち合わせてあったなのは達との合流ポイントは地下通路のロータリーホール――地上をヴィータとリインに任せて移動するフォワード陣の中、地下であることを考慮しヒューマンフォームで共に走るマスターコンボイはティアナにそう尋ねた。
「妙……って、何が?」
「スカリエッティの戦力が小出しすぎる」
 聞き返すティアナに答えると、マスターコンボイは前方を走るスバルの後ろ姿に視線を戻し、
「戦闘機人が、今のところほとんど確認されていない。
 この襲撃は、ヤツらにとって格好のデモンストレーションのはず……なのに、主役をもったいぶらせすぎだ」
「そういえば……」
「確かに、変でござるな」
 キャロやシャープエッジもマスターコンボイに同意して考え込み――エリオも、走りながらアイゼンアンカーと顔を見合わせ、
「何か、他に理由があるのかも……」
「襲撃する以外にも目的があるってこと?
 めんどくさいなぁ……」
 つぶやくエリオの言葉にアイゼンアンカーがうめき――
「え………………?」
 その言葉に、前方を走っていたスバルは思わず足を止めた。
「他の、目的……?」
「…………何か、気になることでもあるのか? ナカジマ二等陸士」
 追いつき、尋ねるジェットガンナーだが、スバルは答えることなく思考を巡らせる。
「最初は派手に攻撃してきたのに、そこから先は早々にこう着状態……
 このままじゃ周りの部隊からも応援が来る――スカリエッティだって、そんなことはわかってるはず……
 なのに、敵が集まるのをただ待ってるみたいな……」
 そこまでつぶやき――スバルの脳裏を稲妻のごとき衝撃が走った。
(“敵が集まるのを”……“待ってる”!?)
 これでもこうした戦術思考はジュンイチによって仕込み済み――彼によって鍛え上げられた直感が、“最悪の事実”を弾き出す。
「そうか……そうだったんだ!」
「何か気づいたの!?」
「うん!」
 声を上げるティアナに答え、スバルは告げた。
「やられた……!
 こいつらはオトリだ!」
「オトリ……?」
「うん!
 “本命”は……!」
 エリオにうなずき、スバルがその先を口にしかけた、その時――
「――――――スバル・ナカジマ!」
 マスターコンボイが動いた。彼女の目の前に飛び出し、振るったオメガで飛来する光弾を叩き落とす!
「敵襲!?」
「そのようだな。
 待ち伏せられたか、追ってきたか、単なる遭遇か……」
 声を上げるスバルにマスターコンボイが答え――そんな彼らの耳に、激しいエンジン音が響いてきた。
 出所は前方――そう気づいた次の瞬間、突然の明かりがスバル達の視界を奪い、
「――そっちか!」
 いち早く敵の所在を突き止めたのはまたしてもマスターコンボイだった。前方に飛び出し、明かりに紛れて飛び込んできた襲撃者に向けてオメガを振るい――
「――――――っ!?」
 その目が驚愕によって見開かれた。
 なぜなら――そっくりだったから。
 襲撃者の顔が――
(スバル・ナカジマと……瓜二つだと!?)
 しかし、そんなマスターコンボイに向け、襲撃者――ノーヴェは構わず蹴りを繰り出した。両足に装着した、リボルバー搭載のローラーブーツによる一撃を受け、吹っ飛ばされたマスターコンボイはスバルに激突。二人はまとめて地下通路の壁に叩きつけられる!
「スバル!」
「兄さん!」
 そんな二人に声を上げ、ティアナとキャロが駆け寄ろうとするが――そんな彼女達の周りに多数の光弾が出現。包囲し、スバル達への援護を阻む。
 動きを止められたティアナ達の前で、ノーヴェは先に視界を奪った閃光の主――無人のまま走ってきた大型バイクの上にヒラリと舞い降り、
「……ノーヴェ、作業内容忘れてないっスか?」
「うるせぇよ。
 忘れてねぇ」
 声をかけてくるのは、セッテを連れたウェンディ――彼女の言葉に、ノーヴェは静かにそう答えた。
「捕獲対象4名……全部生かしたまま持って帰るんスよ。
 なのに、その内二人をまとめて……」
「破壊してしまっては、元も子もありません」
「旧式とはいえ“タイプゼロ”。人間形態とはいえ“生きたトランステクター”……どっちも、このくらいでつぶれるかよ」
「なる、ほどな……!」
 ウェンディとセッテに答えるノーヴェの言葉に、マスターコンボイは口元の血液状の液体――スパークオイルをぬぐいながら身を起こした。
「つまり、スバル・ナカジマとオレは貴様らの捕獲対象リストに載ってるってワケだ……
 ウェンディ、だったか? ゴキブリ騒動以来だが……ずいぶんとナメたことを言ってくれるじゃないか」
「ナメてないっスよ。
 本気になれば、そのくらいはできる――って程度の自信なら、あるつもりっスからね」
 マスターコンボイの言葉にウェンディが答える――目の前の二人の戦闘機人から視線を外さず、マスターコンボイは背後で身を起こすスバルに尋ねた。
「おい、スバル・ナカジマ……
 貴様、さっきこいつらがオトリだと言ったな?」
「う、うん……」
「地上本部を襲うのがオトリだとしたら……“本命”は、まさか……」
「うん……」
 マスターコンボイの問いに、スバルは静かにうなずいた。
「捕獲対象になってるってことは、あたし達かも……とは、今の話でチラリと思ったけど、やっぱり違うと思う――それなら戦力を小出しにする理由がないから。
 理由なんかわからないけど……ここ以外にスカリエッティが狙いそうなものがあるとしたら……」
 

「ここはもういいね――次に行くよ」
〈はい。
 お願いします。お嬢様〉
 一方、ルーテシアの動きも次の段階に――尋ねるルーテシアの問いに、ウーノは静かにうなずいて見せる。
〈私もすぐに向かいます。
 未確認の“レリック”と、“聖王の器”が保管されていると思われる場所……〉
「……機動、六課……」
 

「出会った時に“レリック”を持っていた……そして、人造生命体でもあるあの子しかいない……」
 マスターコンボイと二人でノーヴェ達と対峙しつつ、スバルは身を起こし、マスターコンボイにそう告げる。
「スカリエッティが地上本部の襲撃と同じくらい重要視するとしたら……」

 

「狙いは……ヴィヴィオ以外に考えられないよ」

 

 

「本当に、みんなに知らせなくていいの!?」
「通信が妨害されてちゃ、どうしようもないよ!
 きっとスバル達も気づいてくれる――私達だけでも先行する!」
 一方、気づいたのはスバルだけではなかった――ギンガもまた、スカリエッティの狙いに気づき、ビークルモードのロードナックル・シロと共に急ぎ帰還すべくハイウェイを疾走していた。
「もっと早く気づくべきだった……
 地上本部を襲うってことは、それだけ大きな騒ぎになる――自分達の戦力を見せつけるデモンストレーションであると同時、オトリとしても機能するってことに……!」
 ジュンイチであれば、一目見ただけで、どころか最初からその可能性まで読み切っていただろう――気づけなくても仕方がない状況ではあったが、きっと気づけたであろう人物のことを知るだけに、ギンガは思わず歯噛みする。
 が――後悔は一瞬だけ。すぐに意識を切り替え、ギンガはロードナックル兄弟に告げる。
「とにかく――シロくん、クロくん。
 しばらくは私達だけでの戦いになる――なんとしてももたせるよ!」
「はーい!」
《任せとけ!》

 

 

 しかし――
 

 彼女達の“気づき”は遅すぎた。

 

〈高エネルギー反応4体、高速で飛来!
 こっちら向かってます!〉
〈転送魔法の発動を確認!
 ガジェット、来ます!〉
〈待機部隊、迎撃用意!
 近隣部隊に、応援要請!〉
「…………予想より2分遅いね。
 スカリエッティにしては手際が悪いな……遊んでやがるか?」
 耳に入ってくるのは、しっかり盗聴させてもらっている機動六課の指令室でのやり取り――シャリオやアルトの報告にグリフィスが答えるのを聞きながら、ジュンイチは地上本部と機動六課、双方から等距離の位置にあるビルの屋上で静かにつぶやいた。
「…………ま、大丈夫だろうとは思うけどさ」
 だが、状況はまだ悲観すべきレベルではなかった――肩をすくめてジュンイチはつぶやき、
「何せ――」
 

〈バックヤードスタッフ、マキシマスへの避難、急いでください!〉
 一方、機動六課では、迎撃態勢が急ピッチで整えられていた――シャリオの指示で、隊舎のとなりに基地モードで降り立ったマキシマスへと非戦闘員が急いで避難していく。
「ったく、このタイミングで襲撃なんて、アリなんだな……?」
「どう考えても、最初から狙ってやがったよな、コレ」
「二人とも、無駄口を叩くな。
 敵はすぐに来るぞ」
 そんな中、迎撃に入るのはガスケットにアームバレット、そして二人をたしなめるシグナルランサー。そして――
「敵機、索敵に感。
 迎撃……選択」
 内部の守りをザフィーラに任せたアトラスもまた、自身のスーパーモード、ダイアトラスへのトランスフォームを遂げ、拳を握りしめる。
「…………ヴィヴィオのヤツ、ちゃんと避難したんだろうなぁ……?」
「アイナの姐さんとザフィーラやシャマルが一緒なんだな」
「ウミとカイもいることを忘れてやるな。
 あの二羽も、ヴィヴィオの頼れる“護衛”殿なんだからな」
「フォートレス、信頼」
 もちろん、避難した非戦闘員の中にはヴィヴィオもいる。身を案じるガスケットの言葉に他のメンバーが告げるが、
〈――ガジェット、第一波、来ます!〉
 そんな彼らの耳に、ルキノの報告が届いた。身がまえる彼らの前で、先頭を突き進んできたガジェットT型が六課の敷地内に突入し――
 

 爆散した。
 

「え………………?」
 いきなりの閃光にその身を撃ち抜かれ、破壊されたのだ――指令室で思わず声を上げるアルトだったが、
「――――あれは!?」
 シャリオが気づいた。彼女の視線の先で、“彼女達”は次々に大地に降り立つ――
 

「さすがはスカイクェイク。
 同じ『スカ』でも、スカリエッティとは一味違うや♪」
 感じ取ったのは、自分の予想通りの状況――満足げにうなずき、ジュンイチは笑顔で告げた。
「あの大帝サマ――」

 

 ジュンイチのその言葉と時を同じくして――

 

 

「しっかり、こなた達を六課の守りに配備してやがった♪」

 

 こなた以下“カイザーズ”の全メンバーは、六課本部隊舎を背に戦力の展開を完了した。

 

 

 

「…………始まったか……」
 地上本部の、はるか上空――静かにたたずみ、彼はひとりつぶやいた。
「“あの男”の姿はないようだが――まぁいい。
 ジェノスクリーム達は、それ以外においては最高の舞台を整えてくれた」
 満足げにうなずき――彼は続ける。
「小生意気な魔導師ども……
 身の程知らずの、機械人形ども……
 破壊神の眷属くずれに、異界の禍物ども……」
 

「どいつもこいつも、このオレの……」

 

 

 

 

 

「破壊大帝戴冠の、生贄に捧げてくれるわ」


次回予告
 
レッケージ 「久々の戦闘シーンだな……」
バリケード 「レッケージ、うわつくんじゃねぇぞ」
レッケージ 「う、うわついてなんかいない!
 オレのカッコいいところを見せまくって、読者に対してアピールして、あわよくば作者がキャラ単体対象で人気投票を実施した暁には上位に食い込んでやろうだなんて、 そんなことは少っしも考えていないんだからね!」
バリケード 「……誰もそんなことは言ってないし、作者の傾向からしてキャラ単体対象での人気投票はまずありえないぞ……」
レッケージ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第67話『現れずる復讐者リベンジャー〜絶望へのカウントダウン〜』に――」
二人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/07/04)