「マズイ……もう火の海じゃない!」
「そんな……六課が!」
 視界にとらえてみれば、六課本部はすでに火の海――地上本部から駆けつけたティアナの言葉に、エリオは思わず声を上げる。
「急ぎましょう!
 みんなを、助けないと!」
「御意!」
 告げるキャロにシャープエッジがうなずいた、その時――
「《きゃぁぁぁぁぁっ!》」
『――――――っ!?』
 悲鳴と共に、何者が飛ばされてきた――受け身も取れず、ティアナ達の行く手の地面に叩きつけられる。
「…………く……っ!」
「か、かがみ!?」
「合体してるってことは……みゆきや、つかさも!?」
 その正体は、かがみ達の合体したトリプルライナーだった。痛みにうめくかがみの声に、ティアナやアイゼンアンカーが声を上げる。
「どうしたの!?
 合体したあんた達がそこまでやられるなんて!」
「て、ティアナ……!?」
 駆け寄り、尋ねるティアナの問いに、かがみはようやく彼女達に気づいた。身を起こそうとするが、痛みに顔をしかめ、再び大地に倒れ込む。
「ぎ、ギンガさん達といい、あんた達といい……地上本部は、どうしたのよ……!?」
「そんなこと言ってる場合じゃ――
 ――って、ギンガさん、来てるの!?」
 かがみの言葉に答えかけ――ティアナは「ギンガが来ている」というかがみの言葉に思わず声を上げ――
「――――――っ!?」
 トリプルライナーの背中越しに六課隊舎へと視線を向けたキャロが、そこに広がっていた光景を前に息を呑んだ。
 自分達のもとに吹っ飛ばされてきたトリプルライナーだけではない。グラップライナー、シグナルランサー、さらにはダイアトラスまでもが、装甲をボロボロにヒビ割れさせて倒れ伏している。
 唯一その場に立っているのはこなたのカイザーコンボイのみ――しかし、そのこなたもまた大きなダメージを受け、機体からだのあちこちから火花を散らしている。
 そして、そんな彼女の背後に――

 

 

 真っ二つに叩き斬られたロードナックルと、左腕を失い、血の海の中に沈むギンガの姿があった。

 

 

「ギンガさん……!?
 それに、みんなも……!」
「まさか……彼らがここまでやられるとは……!」
 それは、まさに「凄惨」と表現するのがふさわしい光景――完膚なきまでに叩き伏せられた仲間達の姿に、エリオやジェットガンナーは信じられない想いで驚愕の言葉をしぼり出す。
 現在、その場でこなた達の相手をしているのはディードのゴッドオンしたマグマトロンのみ。トーレ達はこの場を彼女に任せ、ヴィヴィオのいるマキシマスへの攻撃に移っていた。
「…………あなた達も、来ましたか……」
「………………っ!
 アンタが、みんなをやったの……!?」
 そして、そんなディードがこちらに気づく――振り向き、告げるディードにティアナが聞き返し――
「――――よくも、ロードナックルを!」
「やってくれたでござるな!」
 そんな彼女の両脇を駆け抜けたのはシャープエッジとアイゼンアンカーだ。兄弟を打ちのめされた怒りを込め、それぞれの獲物をディードに向けて繰り出し――
「…………話の途中に攻撃とは、無粋ですね」
『な………………っ!?』
 淡々と告げ、ディードは両腕に生み出した光刃で二人の一撃を難なく受け止めていた。あっさりと自分達の一撃を止められ、驚愕の声を上げる二人に対し間髪入れずに反撃。一撃で二人を吹き飛ばす!
「シャープエッジ!」
「アイゼンアンカー!」
「……抵抗は、しないでください」
 その衝撃はすさまじく、アイゼンアンカーもシャープエッジもそれぞれの獲物どころか、獲物を握っていた腕までもが打ち砕かれる――いともたやすく相棒を蹴散らされ、キャロとエリオが声を上げ、そんな二人に対しディードは静かにそう告げる。
「能力差がありすぎて、私程度の技術では手加減“しきれません”
 あなた達の殺害は、私の作業内容にありません」
 言って、ディードは両手の光刃をかまえ――
 

「そんなのそっちの勝手じゃない」
 

 あっさりした言葉と共に――ディードの背後に影が出現した。とっさに反応、振り向きざまに振るったディードの光刃が、自分を狙って振り下ろされた大鎌の刃を受け止める!
 そのまま、ディードはマグマトロンのパワーを頼りに襲撃者を弾き飛ばした。大地に叩きつけられ、それでもなんとか体勢を立て直して踏みとどまるのは――
「ホクト!?」
「やってくれたね……誰かは知らないけど」
 思わず声を上げるティアナだが、ホクトはそんな彼女のことなど眼中に入ってはいなかった。愛機ギルティドラゴンにゴッドオン、サイザーギルティオンへと姿を変えた状態で、大鎌型デバイス“ニーズヘグ”をかまえる。
「ギンガお姉ちゃんをやったの、キミだよね?
 そっちは殺す気なくても――わたしはかまわず殺すから!」
 そう告げると同時、ホクトは迷うことなく地を蹴った。一気にディードとの距離を詰め、渾身の力でニーズヘグを振り下ろすが、
「ムダです」
 ディードはあっさりと両手の光刃を一閃。振り下ろされた一撃もろとも、ホクトを真っ向から弾き返す!
「あなたの力では、このマグマトロンを破壊することは不可能です」
「壊すもん! 絶対に!」
 淡々と告げるディードに答え、ホクトはニーズヘグへと視線を落とし、
「にーくん、いける!?」
Remaining time,残り時間 “4:30”.〉
「そっか……
 パパは『全力でやるな』って言ってたけど……」
 ニーズヘグの言葉に、ホクトは視線をそちらに向けた。
 倒れ伏し、ピクリとも動かないギンガへと。
「お姉ちゃんをあんなにされたんだもん……!
 パパだって、あんなの見て、本気にならないはずないよ!」
「それでかまいません」
 決意と共にニーズヘグをかまえ直し、告げるホクトだったが、ディードの余裕が崩れることはなかった。
「タイプゼロ・サード……あなたは今回のターゲットには入っていませんでしたが、“タイプゼロ”である以上、捕獲させていただきます。
 おとなしく投降していただけないなら……ファーストと同じように、撃墜して連れて行きます」
「そんなこと――」
「させないわよ」
 しかし、告げるディードに答えたのはホクトだけではなかった。
「ギンガさんを……みんなをあんなにされて、頭にきてんのはホクトだけじゃないのよ」
「アイゼンアンカーも、シャープエッジも墜とされちゃったけど……」
「私達も戦います!」
「そういうことだ」
 ティアナの言葉に、エリオやキャロ、ジェットガンナーが同意し、
「私もまだ戦えるってこと、みんなして忘れてたでしょ?
 まったく、失礼しちゃうなー」
 こなたもまた、そんなティアナ達のフォーメーションに加わった。カイザーコンボイにゴッドオンしたまま、ディードの攻撃で刃こぼれだらけにされたアイギスをかまえる。
「……そうですか。
 では、全員でかかってきてください」
 そんな彼女達の闘志を前に、ディードは静かにそう答えた。
「その方が、早く作業を終えられます」
「バカに――しないでよ!」
「私達の底力、甘く見ない方がいいよ!」
 告げるディードに言い返し――ホクトとこなたが地を蹴り、ディードへと襲いかかる!

 

 


 

第68話

支配者の領域
〜マスターコンボイ月下に散る〜

 


 

 

「マスター、ギガトロンだと……!?」
 高らかに名乗りを上げるギガトロン改めマスターギガトロン――しかし、彼からはそう名乗るだけのプレッシャーが十分に放たれていた。さすがに気圧され、ビッグコンボイがうめき――
「何さ! マスターコンボイのマネして、名前に『マスター』ってつけただけじゃないか!
 その程度で強くなったつもり!? バッカじゃないの!?」
 そんなプレッシャーを感じていないはずはないだろう――まるでそのプレッシャーに負けまいとしているかのように、ジャックプライムのスーパーモード態、キングコンボイは愛刀“カリバーン”の切っ先をマスターギガトロンに向けてそう言い放つ。
 だが――
「オレの力がわからんときたか……
 なら……“これ”はどう説明する?」
 そう答えると、マスターギガトロンは両手に捕まえていたイクトやゼストを目の前でプラプラと揺らして見せる。
「イクトさんを放してください!」
「そんなヤツでも、あたし達と同じドクターの作品なんスよ。
 悪いけど、返してくれないっスかね?」
「ふむ…………そうだな。
 もうこいつらには用はない」
 そんなマスターギガトロンに対し、声を上げるのはフェイトとウェンディだ。二人の言葉に、マスターギガトロンはうなずき、二人をあっさり放り出した。
 宙に投げ出された彼らを回収しようと、フェイトとウェンディが飛び――そんな彼女達から視線を戻したビッグコンボイは、イクト達を放り投げたマスターギガトロンの手が“まっすぐにかまえられた”のに気づいた。
 そのかまえが意味するものは――
「――――――マズイ!
 離れろ、お前ら!」
『え――――――?』
 ビッグコンボイの上げた声に、フェイト達は思わず動きを止め――次の瞬間、マスターギガトロンが両手から魔力弾を放った。宙に投げ出されたイクトとゼストをとらえ、フェイト達の目の前で炸裂。イクト達を吹き飛ばす!
「お釣りだ――とっておけ」
 爆発に流され、イクトとゼストはフェイト達の頭上を飛び越え、背後の地面に落下する――どこか楽しそうにマスターギガトロンが言い放ち――
「――よくも、イクトさんを!」
「もう戦えない相手に――よくもそんなことができるな、てめぇ!」
 イクトを傷つけられたフェイトが、そして敗者に鞭打つ一撃を平気で放ったマスターギガトロンの非道にノーヴェがキレた。フェイトがバルディッシュにカートリッジをロード、ノーヴェも足元に魔法陣状の“テンプレート”を展開し、
「いくよ、バルディッシュ! ジンジャー!」
〈Sonic Move!〉
《全開――いきます!》
「IS発動――“ブレイクライナー”!」
 フェイトがソニックムーブを、ノーヴェが自らのIS“ブレイクライナー”を発動。高速機動に突入したフェイトとスバルのウィングロードに酷似した帯状魔法陣の足場“エアライナー”を作り出したノーヴェがマスターギガトロンに襲いかかり――
「…………面倒だな」
 しかし、マスターギガトロンはまったく動じてはいなかった。息をつき――告げる。
「展開――」
 

「“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”」
 

 その言葉と同時――マスターギガトロンから“力”が放たれた。フィールドを形成しながらその範囲を高速で広げていき――そのフィールドに呑み込まれたとたん、フェイトの加速が打ち消され、ノーヴェのエアライナーも分解され、消滅する!
「何だ、コイツ!?」
「AMF……!?」
 突然の異変にノーヴェが、フェイトが声を上げ――
「そんなチャチなものと――同じにされてはたまらんな!」
 驚愕する二人を、間合いを詰めてきたマスターギガトロンが殴り飛ばす!
「フェイトちゃん!」
「ノーヴェ!」
 そのまま、二人は大地に叩き落とされる――なのはやウェンディが声を上げた、その時――
「って、わわわっ!?」
「あたしらもっスか!?」
 影響は彼女達にも現れた――なのはやウェンディだけではない。はやて達やセッテ達、さらにはブレイカーであるライカやビッグコンボイらトランスフォーマー達の飛行にも障害が生じ、完全にバランスを崩して大地に放り出される。
「リイン、何が起きてるかわかる!?」
《わ、わかりません!
 飛行のための魔力も、魔法も、ちゃんと構築できてるのに!?》
 いきなり何が起きたのか――状況を把握しようと尋ねるはやてだが、彼女にユニゾンしているリインにも何が起きているのかさっぱりわからない。
 それでも、なんとか落下だけは避け、なんとか持ちこたえたなのは達が地面に降り立つと、
「まずは、二人だ」
 もはや、大地に叩きつけられて意識を失ったフェイトやノーヴェは彼にとって“撃墜数”でしかなかった――余裕の態度で、上空からマスターギガトロンはそう言い放った。
「オレの“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”は完璧だ。
 AMFなどという下等技術を相手にあぁだこうだと騒いでいた貴様らに、破る手段などあるはずがなかろうが」
「そんなの――やってみなきゃわからないよ!」
「ドクターの技術を……下等だなんて言わせない!」
 その言葉に、今度はなのはとディエチが動いた。それぞれの獲物をギガトロンにかまえ、
「ディバイン――バスター!」
「IS発動――“へヴィバレル”!」
 それぞれの主砲を撃ち放った。放たれた閃光がマスターギガトロンへと襲いかかり――
「…………ムダだ」
 マスターギガトロンには届かない。瞬く間にその力が減衰をはじめ、マスターギガトロンに届く前に消滅してしまう。
「また消された!?」
《撃った後……放出された後で消されてる!?》
「発射はできる――AMFじゃない……!?」
 起きている現象はAMFと同じ魔力無効化――しかし、AMFとは無効化の“され方”が違うし、ライカの精霊力やナンバーズの能力までもが無効化されている。うめくなのはやプリムラ、ディエチだが、相手の能力が未知すぎて、彼女達ではその片鱗へんりんすらつかむことができない。
「今度は、こちらの番かな?
 ――――来い、“ネメシス”」
 そして、ついにマスターギガトロンの方から動き出す――その手にデバイスと思しき大剣を呼び出すと静かに大地に降り立ち、なのは達へと静かに向き直った。
「さぁ……次はお前達だ。
 生まれ持った資質でも……血のにじむような努力でも……その二つを併せ持ったとしても超えられない、絶望的な力の差というものを教えてやる」
「なめたことを……ぬかしてんじゃねぇ!」
 そんな彼の言葉に言い返すのはビクトリーレオだ。勢いよく地を蹴り、マスターギガトロンに向けて拳を撃ち放つ。
 対し、マスターギガトロンはその拳を空いている左手で受け止めた。拳を放ったビクトリーレオと受け止めたマスターギガトロン、両者の力が押し合い――
「…………バカめ。
 その程度のパワーで……このオレが止められるか!」
 言い放ち――マスターギガトロンがネメシスを振るい、ビクトリーレオを弾き飛ばす!
 

「IS発動――“ライドインパルス”!」
「IS発動――“ランブルデトネイター”!」
 咆哮と同時、マスタングトーレの姿が急加速によってその場から消え、ブラッドサッカーチンクの突き立てたブラッドファングが次々に爆発。さらに――
「IS発動――“レイストーム”」
 クラウドウェーブオットーの放った閃光が次々に降り注ぐ――3体のナンバーズの手によって、マキシマスの防衛システムはみるみるうちにその防衛力を奪われていく。
 さらに、そこへガジェット達も殺到――総攻撃を受け、六課の非戦闘員を収容して守りを固めるマキシマスはすでに満身創痍といった状態にまで追い込まれていた。
「くそっ、好き勝手しやがって!」
 だが、そんなマキシマスを守る戦力はまだ残されていた。迫りくるガジェットに対し、久々にロボットモードを披露したスプラングは両腕のバルカンで対空射撃を放ち、
「…………いけっ!」
 ヴァイスもまた、愛用のデバイス“ストームレイダー”を手に迎撃に加わっていた。かつて第一線を退いた際に専用モードを取り払ってしまったため、一般的な杖型デバイスに準じた形態をとっている相棒をライフルのようにかまえ、狙いを定めたガジェットの中枢を一撃で、確実に撃ち抜いていく。
「……よし…………!
 まだ、いける……!」
 “ある事件”を機に一度は前線を退いた身だ。その時の心の傷は癒えたかどうか、自分ではわからない――しかし、今はそんなことを言ってはいられない。「自分は戦える」「まだ撃てる」と自らに言い聞かせ、ヴァイスは次のガジェットに狙いを定めようと照準用魔法陣を展開する。
 次の狙いは上空で数を増やしてきた、スプラングの落とし切れていないガジェットU型。魔法陣の捉えた映像が視界に飛び込んできて――
「――――――っ!?
 アイツらは!?」
 その視界に飛び込んできた存在に気づき、ヴァイスは思わず声を上げた。

「………………?」
 ヴァイスが気づいたのとほぼ同時――トーレもまた、迫りくるその存在に気づいた。
「トーレ……?」
「オットー、気をつけろ」
 声を上げるチンクだが、トーレは彼女よりも実戦経験の浅いオットーに注意を促した。
「新手が来る。
 だが、管理局ではない――ヤツらは管理局と違い、手加減などしてはくれないぞ」
「新手……?」
 トーレの言葉にオットーが聞き返した、その時――
「――――来た!」
 チンクの声が上がると同時、多数のエネルギーミサイルが飛来する――気づき、散開したトーレ達の間を駆け抜け、その先のガジェット達を薙ぎ払う。
「外した……ワケではないな」
「あぁ。
 最初から、私達がかわすのを前提で、その先のガジェットを狙っていたな」
 つぶやくトーレにチンクが答え――攻撃の主が飛来した。
「ブラックアウト、トランスフォーム!」
 漆黒の軍用ヘリ――当初のミッションプランに従い、地上本部からこちらへと標的を変更したブラックアウトだ。ロボットモードへとトランスフォームし、手近なガジェットへと襲いかかる。
 さらに地上でも――
「レッケージ!」
「バリケード!」
『トランスフォーム!』

 バリケードとレッケージもまたこちらに向かってきていた。ロボットモードとなり、ガジェットとマキシマス、双方へと攻撃を開始する。
「くそっ、アイツらまで……!」
「どうせならナンバーズを狙えよ、ナンバーズを!」
 新たな戦力が味方ならどれだけ心強かったか――ガジェットにも攻撃しているとはいえ、本質的には敵であるディセプティコンの登場に、うめくヴァイスにスプラングが声を上げ――
「それはすまなかったな!」
 空間に溶け込んだ状態から素早く実体化――空間の“裏側”から飛び出してきたショックフリートが、スプラングを殴り飛ばす!
「て、てめぇっ!」
「残念だったな――我らが味方ではなくて」
 なんとかその場に踏みとどまり、にらみ返してくるスプラングに答えると、ショックフリートは静かにかまえを取り、
「だが、残念ながら救援はあてにしない方がいい。
 地上本部の連中は我らが主に討たれるのみ。そして、貴様らの協力者のいる、あの部隊も――」
 

「フォースチップ、イグニッション!
 ジェノサイド、バスター!」

 咆哮と共にフォースチップをイグニッション、ビーストモードのジェノスクリームが放ったジェノサイドバスターの閃光が、轟音と共に隊舎の一角を吹き飛ばす。
「くそっ、アイツ、やってくれるじゃねぇか……!」
 巻き起こる爆発が黒煙を自分のもとへ運んでくる――たまらずせき込みながら、ゲンヤは突如108部隊へと襲いかかってきたジェノスクリームをにらみつけた。
 ディセプティコンの幹部による突然の襲撃、しかも襲いかかってきたのは彼だけではなく――
「オラオラオラぁっ!
 これでもくらいな!」
 上空からはビーストモードのジェノスラッシャーが襲いかかる――隊所属の対空砲火をかいくぐりながら、エネルギーミサイルで爆撃を試みる。
 しかし、ゲンヤ率いる108部隊も負けてはいない。魔導師組が中心となり、さらには部隊保有制限の限界までため込んでいた質量系の火器を総動員。対空砲火でジェノスクリーム達を寄せつけず、なんとか耐えしのいでいる。
「チッ、よく防いでくれる……!」
「って、感心してる場合かよ!?」
 自分達二人を相手に、よく持ちこたえている――つぶやくジェノスクリームの言葉に、ジェノスラッシャーは彼の頭上で不満の声を上げる。
「お前はいいだろうさ。ジェノサイドバスターは砲撃なんだから、ここからでも当てられるからよぉ!
 でも、オレのイグニッション技は近接系だぜ! このままじゃ撃てやしねぇ!」
「ふむ……確かに、さっきから貴様は援護ぐらいしかできていないな」
 ジェノスラッシャーの言葉に、ジェノスクリームは思わず小首をかしげてそうつぶやく。
「だいたいよぉ! こいつら防御の手際がよすぎるぜ!
 オレ達、完璧に不意打ちしたよな!?」
「そのはずだが……ヤツらの対応が素早すぎたんだ。
 オレ達が、とは考えていなかっただろうが……このタイミングでどこかの勢力による襲撃があるとは、予測していたのかもしれんな」
 頭上からの疑問にそう答えると、ジェノスクリームはしばし考え、
「……仕方がない。
 ジェノスラッシャー。“アレ”をやるぞ」
「はぁ!?
 こんな程度のヤツらに“アレ”をやるのか!?」
 その提案は、ジェノスラッシャーにとっては完全に寝耳に水だった。驚き、ジェノスクリームを見返して声を上げる。
「そりゃちゃっちゃと片づいて楽だけどよぉ……どう考えてもオーバーキルだろう!?
 この程度のヤツらに使った、なんて、むしろ恥だぜ!」
「名よりも実を取れ。
 マスターギガトロン様は、ザコに全力を出すことよりも、むしろザコを相手に手を抜いて、戦いが長引くことこそを恥と考えるお方だろう」
「むぅ……!」
 ジェノスクリームの言葉は、まさに彼らにとっての“真実”を言い当てていた。ジェノスクリームの言葉に、ジェノスラッシャーは思わず顔をしかめ――
「………………わかったよ」
 しぶしぶうなずき、ジェノスラッシャーは108部隊隊舎の前にゲンヤ達がしいた防衛線をにらみつけた。

「ジュンイチが言ってた『事が起きても助けに行く余裕なんかきっとない』ってのは、やっぱりこのことだったんだな……」
 かつて自分の息子分から聞かされた警告、素直に警戒しておいて正解だった――防衛ラインの陰で息をつき、ゲンヤは手元のロケットランチャーに弾を装填そうてんした。
 ジュンイチの“警告”はぼんやりとぼかしたものだったが、発言したのがジュンイチということもあり、警戒しておくだけの価値は十分にあった。質量兵器使用資格を有する部下を可能な限り本部隊舎勤務に配置し、さらに部隊ごとに保有できる量ギリギリまで質量兵器を蓄え――おかげで周りの部隊からにらまれたりもしたが、そのおかげでこうして持ちこたえられているワケで――
「た、隊長!」
 そんなことを考えていたゲンヤの思考を、部下の上げた悲鳴が遮った。顔を上げ、ゲンヤは声を上げた部下から報告を受け、バリケードの向こうを確認したカルタスへと尋ねる。
「どうした?」
「アレを」
 尋ねるゲンヤに、カルタスは最低限の言葉で答えた。彼の指さした先を、ゲンヤは警戒しながらのぞき見て――
「…………アイツら!?」
 声を上げるゲンヤの視線の先では、ジェノスラッシャーとジェノスクリームが今までとは別格の、強烈なパワーを周囲にまき散らしていた。
「オレ達を本気にさせやがって……
 死んでも知らねぇからな!」
 苛立ちもあらわにそう言い放つのはジェノスラッシャーだ。そして――彼らが咆哮する。
「ジェノスクリーム!」
「ジェノスラッシャー!」

『リンク、アップ!』

 その瞬間――ゲンヤ達の前で、ジェノスクリーム達がひとつとなった。
 ジェノスクリームがビーストモードのまま、前かがみになっていた背筋を正すかのように直立、背中の2連装キャノンが分離し、そこへビーストモードのボディを左右に展開、両腕に変形させたジェノスラッシャーが合体。2体で尻尾を持つ人型のボディを形成する。
 ビーストモードのジェノスクリームの頭部が胸部に移動、空いたボディ上部のスペースに、ジェノスクリーム・ロボットモードの頭部がせり出してきた。そこへジェノスラッシャー・ビーストモードの頭部がヘルメットとして被せられ、翼竜の頭部をかたどった新たな頭部が完成する。
 本体の合体シークエンスを完了し、システムが起動――カメラアイの輝きがよみがえり、左肩にジェノスクリームの2連装キャノンが合体。高らかに名乗りを上げる。

『虐殺参謀――グラン、ジェノサイダー!』

「アイツら!?」
「合体しやがった!?」
 ジェノスクリームとジェノスラッシャーが合体、1体の大型トランスフォーマーとなったその姿に、ゲンヤやカルタスは思わず声を上げる。
「さぁ……最初に吹っ飛ばされたいのはどいつだ?」
「くそっ! 総員、集中砲火だ!」
 どうやら、合体時は人格が統合されるらしい――告げるグランジェノサイダーの言葉にカルタスが攻撃を指示、放たれた魔力弾や銃弾がグランジェノサイダーへと降り注ぐが、
「そんなもんが効くかよ!」
 グランジェノサイダーには通じない。周囲で荒れ狂う彼のエネルギーが防壁の役割を果たし、ゲンヤ達の攻撃をことごとく弾き飛ばしてしまう。
「今度はこっちの番か……
 まずは小手調べ――こいつでも喰らってみろ!」
 言って――グランジェノサイダーの左肩のキャノン砲が火を吹いた。ゲンヤ達の築いた防衛線の一部を巻き込み、隊舎の一角を吹き飛ばす!
 

「108部隊、ゲンヤ・ナカジマ三佐から、応答、ありません!
 こちらじゃない――向こうが通信妨害を受けてます!」
「あっちもあっちで、襲われている可能性が高い、ということか……!」
 すでにほとんどのスタッフが避難し、六課指令室には彼らだけ――報告するルキノの言葉に、グリフィスは思わず歯噛みした。
「ヴィヴィオ、大丈夫でしょうか……?」
「シャーリーやアルトがついていてくれる。彼女達を信じよう」
 ルキノが心配しているのは、アイナやザフィーラに付き添われてマキシマスに避難しているはずのヴィヴィオ――彼女達に合流したはずの幼馴染と後輩のことを思い出し、グリフィスはそう答えてメインモニターに映る戦場に視線を向けた。
「それにしても、うかつだった……!
 まさか、敵がここまで戦力を整えて、ここまで広範囲に仕掛けてくるなんて……!」
 そうグリフィスがつぶやいた、その時――
「……ガジェットやナンバーズは、そんなに広域展開はしていないわ」
「え…………?」
 新たな声がグリフィスに答えた。聞き覚えのある、しかし意外なその声に、グリフィスは思わず振り向き――
「目標はあくまで地上本部の襲撃と敵対部隊、すなわちこの機動六課の排除、そして各回収対象の確保……それ以外については、むしろ極力被害を出さないよう配慮しています。
 とはいえ……他の勢力までは責任は持てない、というのもまた事実ですが」
「う、ウーノ、さん……!?」
 そう。そこに立っていたのは、グリフィスの文通相手――突然姿を見せたウーノに、グリフィスは思わず声を上げる。
「ど、どうしてここに!?
 それに、今話していたことは……?」
「それは……こういうことよ」
 声を上げるグリフィスに対し――ウーノはそう答えると、グリフィスに向けて拳銃をかまえた。
「な、何を……!?」
「まだわからない?
 敵なのよ、私は」
 驚愕するグリフィスにウーノが答え――改めて名乗ってみせた。
第一機人ファースト・ナンバーズ、“情報の探究者”ウーノ……それが私の正体。
 そして――」
 

「これからあなたを撃つ者の名よ」

 

 その言葉と同時――

 

 ウーノは迷うことなく引き金を引いた。

 

 

「でぁあぁぁぁぁぁっ!?」
「わぁぁぁぁぁっ!」
 強烈な衝撃を受け、吹っ飛ばされたブリッツクラッカーと晶が大地に叩きつけられる――そんな彼らにはもはや何の興味も示さず、マスターギガトロンは次の獲物を物色するように周囲を取り囲むなのは達を見回した。
「倒した相手に対して、気ぃ抜きすぎだろ、お前」
「『残心』という言葉くらい知らんのか?」
「知っているさ。
 ただ――また起き上がってくるなら、起き上がってくるたびに叩きつぶす、それだけだ」
 そうでもしなければプレッシャーに押しつぶされそうだ――軽口を叩くヴィータとシグナムだが、マスターギガトロンは動じることもなく、あっさりとそう答える。
「そちらこそ、そんな軽口を叩いているヒマがあったら、オレにかかってきたらどうだ?
 ……そういえば、貴様ら魔導師を皮肉った言葉に“魔導師も 魔法がなければ ただの人”というのがあったな――ひょっとして、その言葉の通り“ただの人”になり下がってガタガタ震えているか?」
「バカにして……!
 通常の砲撃が無効化されたって!」
 むしろ、マスターギガトロンは心からこちらをなめきった態度で軽口を返してくる――そんな彼の挑発に乗ったワケではなかったが、アイアンハイドにゴッドオンしているディエチは怒りの声と共に自身の主砲をかまえた。
「放出型の砲撃でダメなら……圧縮発射系なら!」
 吠えると同時にトリガーを引いた。放たれた砲撃は火線を描かず、押し固められたエネルギーの砲弾となってマスターギガトロンへと飛翔し――
「ムダだ」
 ダメだ。先ほどの砲撃と同様に、マスターギガトロンに届くよりも先に霧散を始め、消滅してしまう。
「やっぱりダメね……!
 私もシルバーカーテンが使えないし……セッテちゃんも、ディープダイバーが使えなくなってるのよね?」
「あぁ……
 完全に、あたし達の能力も封じられてるね……!」
 先ほどから、なのは達もディエチ達ナンバーズ実戦闘組も、生き残っている面々が手を変え品を変え攻めているが、マスターギガトロンにはそのすべてが届いていない――魔導師であるなのは達だけならともかく、自分達のISまでも封じられ、セインはクアットロの問いに苛立ちもあらわにそううめき――
(…………やっぱり、おかしいわね……)
 そんな彼女達のやり取りを“装重甲メタル・ブレスト”の集音マイクでしっかりと拾いながら、ライカは疑問を感じて眉をひそめた。
(あたし達の精霊力が打ち消されてるのはまだわかる。AMFだって少しは影響を与えてくるんだもの。ちょっと発展させるだけで、十分に対応は可能になるはず……
 でも、戦闘機人のそれは生命エネルギーである、っていう本質は変わらないとはいえ、それなりに変換を受けている特殊エネルギー。
 魔力に精霊力に瘴魔力、でもってナンバーズのエネルギー……これらを全部まとめて、問答無用で無効化するようなエフェクトフィールドなんて、やたら難しい術式と、とんでもないパワーが必要とされるはず……
 術式はともかく、そんなパワー、アイツのどこに……)
「考え込んでいるな、女」
「――――――っ!」
 少し考えごとに集中しすぎたか――気づき、指摘してくるマスターギガトロンに、ライカは思わず身がまえる。
「まぁ……効果そのものは今まで貴様らの攻撃をさんざん打ち消したんだ。だいたいわかっただろう。
 だとするとその先。“どうやってこの効果を起こしているか”――術式は術者によっていくらでもバリエーションがあるから考えたところでしょうがない。これは除外するとして……貴様が疑問に感じているのは、このフィールドを発生させているエネルギー源について。
 違うか?」
「………………正解」
 余裕の態度で、こちらの思考を推理して見せるマスターギガトロンの言葉に、ライカは苦笑まじりにそう答えた。
「何なら、答えを教えてくれるとありがたいんだけど?」
 答えるついでに軽口を叩くライカだったが、どうせ答えてくれるはずが――
「そうだな。
 教えてやってもかまわんか」
「え………………?」
 ――あった。あっさりとうなずくマスターギガトロンの言葉に、ライカは思わず間の抜けた声を上げていた。
「どういう風の吹き回しよ?」
「何、どうということはない。
 抵抗は無意味だと――そう思い知らせてやるだけだ」
 尋ねるライカにそう答えると、マスターギガトロンは余裕の態度を崩すことなくそう答えた。そのまま、まるで自慢するかのように説明する。
「この“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”のエネルギー源。
 それは――“貴様ら自身だ”
「私達が……!?
 どういうこと!?」
《私達、お前なんかに魔力を分けてあげた覚えなんかないよ!》
 告げられたマスターギガトロンの言葉に、なのはやプリムラが声を上げ――
「――――そうか!
 無効化された魔力!」
「ほぅ……聡いな」
 気づいたのはイリヤだった――声を上げる彼女の言葉に、マスターギガトロンは満足げにうなずいた。
「貴様の考えたとおりだ。
 AMFは魔力の結合を阻害することで魔法の発現を阻害する――しかし、その特性上、魔力を使わない者や、能力の行使に“魔力の結合”というプロセスをおかない者に対しては何の意味もないという弱点がある。
 だが、オレの“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”は違う。魔力に限らず、生命体が大気中に放出したあらゆる生命エネルギーを吸収し、術者の“力”として還元することができる。
 吸収の条件は“生命エネルギーであること”、ただそれだけ――ゆえに、魔力だけでなく、ブレイカーの精霊力やトランスフォーマーのスパークエネルギー、ブレイカーや瘴魔神将の精霊力、瘴魔力……果ては戦闘機人どもの能力のエネルギーまでも吸収することが可能となった。
 貴様らが力を使えば使うほど、それはそのままオレのエネルギーとなる――そんなフィールドを、オレは今回この地上本部全域に展開させてもらった。
 つまり――貴様らに限らず、この戦場で戦う、オレ以外のあらゆる者の放つエネルギーが、オレの力となっているんだ」
「なるほど……
 要は、あなたがフィールドの展開を解除しない限り、私達は一切の能力が使用できない、というワケですか」
「そういうことだ」
 美遊の言葉に答え、マスターギガトロンは彼らに向けて一歩を踏み出す。
「貴様らがオレに攻撃しようとするたび、オレの攻撃を防ごうとするたび、オレから逃げようとするたび――“力”を使うたびに、貴様らはオレにエネルギーをわけてくれるんだ。
 ここまで語れば、もう理解できただろう――魔導師も戦闘機人も、ブレイカーも関係ない。
 貴様らが“能力者”である限り、オレには絶対に勝てないんだよ!」
「そんなことない!」
《そうですよ!》
 勝ち誇るマスターギガトロンに答えるのははやてとリインである。
「無効化できるんは放出した“力”だけなんやろ?
 せやったら――」
《“力”を放出せずに戦えばすむ、ってことです!》
「そういうことだな。
 全員が全員、かかっていけるワケではないが――オレ達インファイト要員全員を相手に、そのブレード型のデバイス1基だけで防ぎきれるとでも思っているのか?」
 はやてとリインの言葉にうなずく形で、ビッグコンボイが答え――
「『ブレード型のデバイス』……?」
 彼の言葉に、マスターギガトロンはむしろ首をかしげていた。そのまま、彼の今の言葉の意味を咀嚼そしゃくして――
「………………あぁ、そういうことか。
 そうかそうか。それはすまないことをした」
 何かに気づくと、なぜか高笑いしながらそう告げる――警戒を強める一同に対し、なんとか笑いを押し込めながら告げる。
「悪かったな。
 手抜きをしたせいで、余計な希望を抱かせてしまったようだ」
「手抜き、だと……?」
「あぁ、そうだ」
 うめくスターセイバーに答え、マスターギガトロンは手にした“ネメシス”をかまえ、
「貴様ら……オレがこいつを呼び出し、コイツで戦っていたから、これが“こういう”デバイスなんだと思っていたんだろう?」
「え………………?
 それ、デバイスなんじゃないんスか?」
「いや、デバイスだ」
 思わず聞き返すウェンディだが、マスターギガトロンはあっさりとそう答え、付け加える。
「確かに、こいつはデバイスだが――」

 

「こいつは――“まだウェイトモードだぞ”」

 

『………………っ!?』
「よく考えてみろ。
 ウェイトモードとは、すなわち待機形態――魔法を使う媒介としての役目を果たさず、休息している状態、ということだ。
 要するに、“魔法を行使しない形態”というのがウェイトモードの定義とも言える――貴様らのそれがカードや装飾品の形態をとるのは単に携行性を考慮しただけにすぎん。それらの形態を取らなければならない、という取り決めも、必然性もないんだよ」
 告げられた意外な事実に、一同が驚愕、息を呑む――答え、マスターギガトロンは手にしたネメシスをかまえ、
「つまり、こいつはまだその能力をカケラも見せていない。
 だが、心配するな。
 これから……見せてやる」
 そう前置きして――マスターギガトロンは告げた。
 

「悲願を果たせ――」

 

 

「“復讐鬼ネメシス”」

 

 

 その瞬間、マスターギガトロンを――いや、彼の手にしたネメシスを中心にすさまじい魔力の渦が巻き起こった。舞い上げられた粉塵が、マスターギガトロンの姿を覆い隠す。
「く………………っ!
 いよいよ本気ってワケか……!」
「そのようだな……!」
 巻き起こる“力”の渦に顔をしかめるヴィータに対し、シグナムは彼女のとなりでレヴァンティンをかまえ、そう答えた。
「だが……負けるワケにはいかない。
 地上の平和と安全……主はやての夢……そして私の場合は恭也と知佳、貴様の場合はクロノとエイミィ。
 帰りを待つ者達のためにも、私達は負k――」
 その瞬間――シグナムの声が途切れた。
「え――――――?」
 次いで、はるか後方で上がる衝撃音――いきなりの異変に思考が追いつかず、ヴィータは呆然と振り向き――それを見た。
「…………し……
 ……シグナム!?」
 一瞬にして右肩から袈裟斬りに叩き斬られ、ガレキの山に叩きつけられて――バカげたスプラッタ映画のように血をダクダクと流しながら沈黙するシグナムの姿を。
「…………バカめ……
 放出した“力”は例外なく取り込まれると言っただろうが」
 そんなシグナムに対し、未だ姿の見えないマスターギガトロンはバカにするかのようにそう告げた。
「それはすなわち、バリアジャケットの展開している防壁や、それを通じて貴様ら自身にかけられている身体能力の向上効果すらも失われるということでもある。
 反射速度が常人並みに落ちては能力戦レベルの攻撃に反応できるはずもない。仮に反応できたとしても身体がついてはこない。
 結果、回避は追いつかず――」
「よくもシグナムを!」
「覚悟はできてんでしょうね!?」
 告げるマスターギガトロンの言葉を待たず、地を蹴ったのはアリシアとライカだ。一気に間合いを詰め、アリシアがロンギヌスの切っ先を、ライカがカイザーブロウニングの銃口を向け――そんな彼女達に対し、粉塵の中から鋭利なとげが組み合わさってできた、触手のようなものが飛び出してくる。
「そんなの!」
「遅い!」
 どうやらこれがシグナムを撃墜した犯人のようだが、先ほどの不意打ちよりも遅い。反応できない速さではない――それぞれの獲物を引き戻し、余裕をもって受け止めるアリシアとライカだったが――次の瞬間、ロンギヌスが、カイザーブロウニングが、まるで木の枝をへし折るようにあっさりとへし折られる!
「ウソでしょ!?」
「ロンギヌスが!?」
 驚く二人だが――そんな二人にさらに触手が襲いかかった。一瞬にして全身を打ちすえられ、アリシアとライカもまた、先ほどのシグナムと同様にガレキの中へと叩き込まれてしまう。
 そして――マスターギガトロンは粉塵の中から悠々と続けた。
「――防御したとしても、今の二人のように防御ごとブチ破られるのみ。一撃くらっただけで即撃墜というワケだ。
 つまり、今の貴様らは、少しばかり上等な防御服を身につけただけの、ただの人間にすぎないんだよ。
 ――――そして!」
 次の瞬間――粉塵の中から再び触手が飛び出してきた。なのは達から見て反対側にいたクアットロ、彼女のゴッドオンしたブラックシャドーにからみつき、
「貴様らゴッドマスターやトランスフォーマーも、エネルギー系の防御は一切封じられる!」
 その言葉と同時――触手がさらに何本も飛び出してきた。まるでしなやかにしなる槍のように、ブラックシャドーの機体のあちこちを撃ち貫く!
「が……ぁ…………っ!?」
「クア姉!?」
 くぐもった悲鳴を上げる姉の姿に、セインが声を上げる――触手は無造作にブラックシャドーを放り出し、ダメージでゴッドオンの解除されたクアットロが墜落したブラックシャドーのすぐ脇に倒れ伏す。
 そして、粉塵の晴れた中から姿を現したのはマスターギガトロンと、彼につき従う、今クアットロを、そしてシグナム達を瞬殺した触手を両側から生やした、球体型モンスターをモチーフとした機動メカ――
「……武装合体パワード・クロス
 マスターギガトロン、スーパーモード!」

 そして、マスターギガトロンの号令に従い、その機動メカはいくつかのパーツに分離し、マスターギガトロンの四肢に装着されていく――元々生物的なシルエットを持っていたところにさらに触手を持つモンスター型のパワードデバイスを合体させ、より禍々しい姿となったマスターギガトロンはなのは達へと向き直った。
「戦いを再開する前に、貴様らに言っておくことがある」
 そう告げて――マスターギガトロンは一歩を踏み出す。
「お前ら人間のことわざに『窮鼠きゅうそ猫を咬む』というのがあるらしいが……」

 

「できれば咬まずに死んでくれ。
 手こずらされるのは嫌いなんだ」

 

 

「たぁりゃあぁぁぁぁぁっ!」
「こん、のぉぉぉぉぉっ!」
 咆哮と共に地を蹴り、こなたとホクトがディードへと襲いかかる――が、
「ムダです」
 ディードはあっさりと対応してみせた。素早くこなたの――カイザーコンボイの懐に飛び込むとアイギスを振り下ろした右腕をその左手でつかむと、さらに振り向きざまに右腕を射出。ワイヤーで本体とつながったまま、ロケットパンチのように打ち出された右腕がニーズヘグを振り上げていたホクトの、サイザーギルティオンの左腕を捕まえる。
 甲高い音を立てて右腕をつなぐワイヤーが巻き戻され――必然的に、右腕に捕まったホクトも引き寄せられた。二人を捕まえたディードは力任せに二人を振り回し、目の前でぶつけ合った上で放り投げる。
「ぅわぁぁぁぁぁっ!?」
「にゃあぁぁぁぁぁっ!?」
 ただ素早く捕まえ、力任せに振り回しただけ――技を繰り出すまでもなく、マグマトロンの圧倒的なスペックだけでこちらを圧倒するディードを前に、こなたとホクトは成す術なく大地に叩きつけられる。
「……だ、大丈夫? ホクト……!」
「あ、あんまり、大丈夫じゃないけど……でも大丈夫!」
 息を切らせ、肩を大きく上下させながら身を起こすこなたに対し、ホクトもニーズヘグを杖代わりになんとかその場に立ちあがりながらそう答えた。
 すでに戦闘再開から5分以上が経過――とうに戦闘可能時間をオーバーした彼女の負荷は、現在彼女がゴッドオンしているギルティドラゴンが肩代わりしてくれているそうだが、そのギルティドラゴンも限界が近い。戦闘のダメージと、暴走状態に突入したホクト自身の過剰なパワーによる負荷で、機体のあちこちが火を吹いている。
(ホクトの限界も近い……!
 早くケリをつけなきゃ、本当に打つ手がなくなっちゃう……!)
 頼みのかがみ達も戦闘不能に追い込まれた今、自分達しかディードに立ち向かえる戦力は残っていない。それに一番重傷のギンガも早く手当てしなければ――決して悪くはないのだがあまり使わずにいた頭をフル回転させ、こなたが打開策を模索するが、
「抵抗は無意味だと、わかったはずです」
 敵は待ってくれない。言って、ディードはこちらに一歩を踏み出した。
「私達は、極力死傷者を出さないよう指示を受けています。
 抵抗しなければ、これ以上の危害は加えません」
 それは逆に言えば「抵抗を続けるなら今度こそつぶす」ということ――告げて、ディードは改めて両手に光刃を生み出し――

「たぁぁぁぁぁっ!」
《オォォォォォッ!》

 咆哮と同時、飛び込んできた影が、ディードに向けて一撃を叩き込む!
 スバルがゴッドオンしたマスターコンボイだ。ガードの上から突進の衝撃に押し戻されはしたが、それでも平然とその場に佇んでいるディードに対し、二人は油断なくかまえをとり――
「――――――っ!?」
 スバルは見てしまった。
 押し戻されたディード、すなわちマグマトロンの足元の血の海――そこに倒れる、ギンガの姿を。
「…………ギン……姉……!?」
 変わり果てた姉の姿に、スバルは呆然と声を上げ――同時に気づいた。
 倒れているのはギンガだけではない。かがみ達ライナーズやシグナルランサー、ダイアトラス、さらにはアイゼンアンカーとシャープエッジ。
 そして――

 

 

 四肢を粉々に破壊され、機能を停止しているジェットガンナー。
 

 ガレキの山に叩き込まれ、ピクリとも動かないティアナ。
 

 キャロをかばったのか、クレーターの中でキャロと共に意識を失い、倒れ伏すエリオ――

 

 

 スバルにとってかけがえのない仲間達が、無残な姿をさらしていた。

 

 

「…………みん、な……!?
 ………………みんな!」
 思わず声を上げるスバルだが――誰からも返事はない。
《…………どういうことだ? 貴様ら》
「………………ゴメン……!」
「お姉ちゃん達……守れなかった……!」
 尋ねるマスターコンボイにこなたやホクトがつぶやくと、
「あなたも来ましたか――タイプゼロ・セカンド」
 静かに告げ、ディードはスバル達の前に進み出た。
「……お前が……ギン姉達を……!」
「そうです」
 尋ねるスバルに、ディードはあっさりとうなずいて――

「………………ぅおぉぉぉぉぉっ!」

 咆哮と共に、スバルが渾身の一撃をマグマトロンに叩きつけた。
「…………あなたも、抵抗しますか」
「うるさい!」
 しかし、先の不意打ちと違い今度は真っ向勝負――あっさりと受け止め、告げるディードに言い返すと、スバルはディードから距離をとる。
「よくも……」
 その胸中を占めるのは、目の前の“敵”に対するどす黒い感情――
「……よくも…………みんなを……っ!」
 拳を力強く握り締め、その周囲で“力”が渦を巻き――
 

「……ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 

 爆発した。咆哮と同時、スバルのゴッドオンしたマスターコンボイがすさまじい魔力の渦に包まれる。
 AMFをものともせずに“力”を暴れさせるスバルのカメラアイは金色に染まり、足元に展開されるのはいつものベルカ式魔法陣ではなく、ナンバーズと同じ“テンプレート”――
《こいつは、まさか――!?》
 突然のスバルの異変――しかし、その原因にマスターコンボイは心当たりがあった。思わず声を上げ――
「……タイプゼロ・セカンドのIS発動を確認」
 そうつぶやくディードの言葉が、そんな彼の予測を裏づけていた。
「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 しかし、スバルにとってはそんなマスターコンボイの動揺もディードの分析も関係なかった。咆哮と共に地を蹴り、一瞬にして距離を詰めるとディードに向けて拳を繰り出す。
 対し、落ち着いてそれを左手一本で受け止めるディードだが――
「ぅおぉぉぉぉぉっ!」
「――――――っ!?」
 スバルの咆哮に伴い、その拳の周囲の魔力が動きを変える――同時、異変に気づいたディードの左手に刺すような痛みが走った。
「く――――――っ!」
 戦闘機人としての本能が告げた。「これを長時間受け続けてはならない」と――この戦いで初めての焦りを感じ、ディードはスバルの拳を振り払い、その腹に蹴りを叩き込んで弾き飛ばす。
 スバルとの距離が開き、改めてディードは視線を落とし――彼女の見つめたマグマトロンの左手は、装甲のあちこちに亀裂が走っていた。
 そして――
《こっちの、拳もか……!》
 その影響は、マスターコンボイの身体にも現れていた――拳の装甲がヒビ割れているのを感じ、マスターコンボイはそううめきながらも拳に魔力を通わせ、装甲を修復していく。
「…………接触破壊系ですか……」
 どうやら、スバルの今の攻撃は、触れたものに対して効果を及ぼし、結果破壊するもののようだ――冷静に分析すると、ディードは意識を集中。トランステクターの自己修復システムで装甲のひび割れをふさぐとスバルへと視線を戻した。
「これは……うかつに受けては危険なようですね。
 それにパワーも上がっている――このマグマトロンとぶつかり合えば、周囲にも被害を及ぼしてしまう……
 そうなると……」
 つぶやき、ディードは後方に倒れているギンガへと意識を向けた。
 今回の“作業”の中にはギンガ以下“タイプゼロ”シリーズの回収も含まれている。自分達の戦いに彼女を巻き込むワケにはいかないのは、ディード達にとっても同じなのだ。
「先に、彼女を回収すべきですね……」
 判断を下すとすぐに行動に移す――ディードは素早くギンガの身体や千切れ飛んだ左手を拾い上げ、機体のライドスペースの中に収納する。
「お前…………!
 ギン姉を、返せぇぇぇぇぇっ!」
 姉を捕らえたディードの姿に、迷わずディードに向けて地を蹴るスバルだが――
「お断りします」
 ディードは両手周辺に限定的に展開した防壁でスバルの攻撃を受け止めた。ムリに耐えることはせず素直に吹っ飛ばされ――そうして距離を取った上で素早く反転。追ってきたスバルにカウンターの蹴りを叩き込む!
 が――
「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「――――――っ!?」
 その程度で、今のスバルは止まらなかった。ディードの蹴りをものともせずに前進。逆にディードの、マグマトロンの顔面に渾身の右ストレートを叩き込む!
 さらに、マグマトロンに拳の連打をお見舞いすると、仕上げとばかりに思いきり蹴り飛ばす!
 そのまま、スバルは吹っ飛ぶディードに追撃をかけようと地を蹴り――
 

「…………その程度ですか?」
 

《な――――――っ!?》
 吹っ飛びながら、ディードが“淡々と”尋ねる――マスターコンボイが声を上げた次の瞬間、ディードは一瞬にして体勢を立て直し、飛び込んできたスバルを、先の彼女の一撃以上のパワーで弾き返す!
「確かに、予想以上のパワーです。
 私の本来の機体で戦っていては、勝ち目はほとんどなかったでしょうが……」
 何度も大地をバウンドし――隊舎に叩きつけられ、ようやく停止したスバルに対し、ディードは静かに着地し、告げる。
「それでも、このマグマトロンを撃墜するには足りません。
 あなた方に、勝ち目はありません」
「そんなの……知るかぁぁぁぁぁっ!」
 しかし、そんなディードの言葉も、今のスバルには火に油を注ぐだけだった。咆哮し、スバルはなおもディードに向けて地を蹴るが、ディードは両手に光刃を生み出し、スバルの拳を受け止め、弾き返す。
「ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
《落ち着け! スバル・ナカジマ!
 まともに攻めてもつぶされるだけだぞ!》
 マスターコンボイの忠告も、今のスバルには届かない――すぐに体勢を立て直して再度ディードへと襲いかかる。
「ギン姉を、返せぇぇぇぇぇっ!」
「あくまで抵抗すると言うのなら――」
 しかし、やはりディードには通じない。泣き叫びながら繰り出されるスバルの拳を、ディードは先ほどと同じように受け流し、
「あなたも、撃墜します」
 バランスを崩したスバルの腹に、強烈な蹴りを叩き込む!
 

「ぐ………………くっ、そ……!」
 マキシマスの甲板の上に倒れ、懸命に立ちあがろうとするスプラングだが、ダメージが深く、まともに動くこともままならない。
 そして、そんな彼の頭上では――
「IS発動――“レイストーム”」
「ムダなことだ」
 オットーが閃光の嵐を放つが――空間に溶け込んだショックフリートには届かない。放たれた光はむなしく空間を貫いていく。
「今度は、こちらの番だ!」
 言い返すと同時に実体化。今度はショックフリートがオットーに向けてエネルギーミサイルをばらまくが、
「そっちも、ムダだよ」
 オットーはその機動性によって対応した。迫りくるエネルギーミサイルのすべてをかわしきり、
「オレだっているんだぜ!」
「知ってるよ」
 追撃をしかけるのはブラックアウト――彼の胸部から放たれたプラズマキャノンもオットーは難なく回避し、両者は再び対峙した。

「スプラングは……しばらくはムリか……!」
 自己修復システムは作動しているだろうが、彼の戦線復帰には時間がかかりそうだ。舌打ちまじりにつぶやくと、ヴァイスはマキシマスの甲板の上で再びストームレイダーをかまえた。
 次に狙うべきガジェットの姿を探し、照準用の魔法陣をのぞき込み――
「――――――っ!?」
 息を呑んだ。
 そこに姿を見せたのは、ガリューを引きつれたルーテシア――瞬間、ヴァイスの脳裏をよぎった光景があった。

 

 それは、自分が“現役”の中で手がけた最後の事件――

 狙撃用スコープ越しに見える、少女を人質にとった立てこもり犯の姿――

 自分が引き金を引いた瞬間、人質の少女の左目が弾け飛ぶ光景――

 そして、その少女は彼の――

 

 それは、自分に狙撃手の道を拒ませた事件――

 

「………………ぁ……
 ……ぁ…………!」
 炎の中に佇む小さな少女ルーテシアの姿は、そんなヴァイスの過去をよみがえらせるには十分だった。あの時の衝撃がよみがえり、ストームレイダーを握るヴァイスの手が小刻みに震え始める。
 ルーテシアの姿が、あの時の光景に重なる――冷静さを失い、ヴァイスが硬直している中、ルーテシアはマキシマスに向けてゆっくりと歩を進める。
 何の妨害もなく、ルーテシアはマキシマスの入口のひとつ、隔壁の降りたその扉を撃ち破るべく魔力弾を生み出し――

 

 その背後に、拳を振りかぶったバリケードが降り立った。

 

「………………!」
 気づき、とっさに主を守ろうとするガリューだったが――すでにかまえていたバリケードを相手にするには反応が遅すぎた。彼女の楯になるのが精いっぱいで、思いきり殴り飛ばされ、左手のガレキの山の中に叩き込まれてしまう。
「ガリュー!?」
「てめぇもガジェットどもの仲間だろ!?
 ガキを殴るシュミはねぇが――それが“敵”なら話は別だ!」
 あれではすぐには出てこれまい――珍しくルーテシアが声を上げる中、バリケードはそんな彼女に向けて拳を振り上げた。

「――――――っ!?」
 目の前で繰り広げられる光景に、ヴァイスの思考は完全に混乱の中にあった。
 拳を振り上げるバリケード――
 その一撃を今まさに受けんとしているルーテシア――
 両者の姿が、否応なく自分の前に“あの時”の光景をよみがえらせる。
(…………オレは……!
 オレは…………!)
 時間にすれば、一瞬にも満たない時間だっただろう。ヴァイスの混乱はピークに達し――
 

『悔やもうが否定しようが、生きていれば以前と似た体験のひとつや二つするものだ』
 

「――――――っ!?」
 混乱した思考は、つい先ほど告げられたその言葉を記憶の中から引きずり出した。
 

『貴様はその“同じ状況”に出くわした時、ただ指をくわえて見ているつもりか?』
 

 自分に向けて告げられたその言葉が、自分の心を改めて、容赦なくえぐる。
 が――
(…………ふざけんな……!)
 えぐられる心とは裏腹に、ヴァイスの瞳には力が戻っていた。
(ふざけんなよ……オレ!
 またそうやって、グヂグヂ後悔するようなことを抱えたいのか!)
 ともすれば再び足を止めそうになる自分を叱咤しつつ、ストームレイダーを力強くかまえ直す。
(“あの時”のことが辛いなら――)
 集中する時間も惜しい。身体に染み込んだ感覚を全面的に信用し――

 

(わざわざ、同じ痛みを繰り返すんじゃねぇ!)

 

 放たれた魔力弾が、バリケードの顔面を直撃していた。
 

「ぶぉっ!?
 な、何だぁ!?」
 ヴァイスの狙撃に対し、彼は全く警戒していなかった――予想外の一撃にうろたえるバリケードのヒザを、足首を、腰を、体重を支える部分を魔力弾が次々に叩き、そのバランスを崩していく。
 結果――
「どわぁぁぁぁぁっ!?」
 バリケードは完全に平衡感覚を失い、その場に仰向けにひっくり返った。その拍子に後頭部を強打。頭を抱えてのたうち回る。
「………………?」
 一方、ヴァイスに気づいていなかったルーテシアは何が起きたか理解できていなかった。しかし、自分に対する脅威が一時的に、とはいえ去ったのだということはわかった。ちょうどガレキの中から出てきたガリューと共に、マキシマスの隔壁を今度こそ破り、内部に侵入していく。
「クソっ、しくった……!」
 とっさに助けてしまったが、彼女は敵の召喚師ではないか――我に返ったヴァイスが思わず舌打ちすると、
「…………てめぇ……!」
 それどころではない危機が文字通り頭をもたげた――怒りの声と共に、バリケードはゆっくりと身を起こした。
「よくもオレ様のジャマをしてくれたな……!
 ゴッドオンもできねぇ平魔導師の分際でよぉ!」
 完全に据わった目つきで言い放つと、バリケードは腰のツールボックスからそれを取り出した。
 自分の拳のサイズ、形状に合わせたデザインのメリケンサックだ――右拳に装着し、告げる。
「てめぇら程度に使うのは恥だと思ってたが……気が変わった。
 てめぇだけは……全戦力を持ち込んで、一瞬で細切れにしてやらぁっ!」
 そして、メリケンサックをつけた右拳を頭上に掲げ――叫ぶ。
「殴り尽くせ――」
 

「“ヘカトンケイル”!」
 

 その瞬間――メリケンサックから光があふれた。瞬く間に周囲を覆い尽くし――それが消えた時、バリケードのシルエットは一変していた。
 両肩に装着された、それだけで自分の身の丈ほどもある巨大な腕。さらに、宙に浮かぶ、無数ともたとえられそうなほどの数の“空飛ぶ腕”――
 徹底的に“拳”の数を増やしたバリケードの姿がそこにあった。
「見たかよ!
 オレ達ディセプティコンのパワードデバイスは、そのすべてがマスターギガトロン様が自ら開発された超一級品!
 装備型デバイスとしての常識を完全に無視した巨体と破壊力! そのパワーをもってすれば、中量級のオレですら重量級を張り倒すことが可能!
 しかも! AMFを研究し尽くしたマスターギガトロン様による、特別製の妨害除去シールドまで装備してんだ! こういうガジェットだらけの戦場でも、問題なく使えるんだよ!
 その力――今から全部、てめぇに叩きつけてやるぜ!」
「く――――――っ!」
 バリケードの言葉に、ヴァイスはすぐに抵抗に出た。ストームレイダーをかまえ、バリケードに向けて魔力弾を放ち――
「あめぇっ!」
 バリケードは両肩の巨腕でそれを防いだ。十字受けクロスアームブロックで飛来する魔力弾のすべてを弾き飛ばし、
「今度は、こっちの番だな!」
 咆哮する彼の言葉に伴い――周囲を飛翔していた“空飛ぶ拳フライング・フィスト”がバリケードの頭上に集結する。
 そして――
「くらいやがれ――拳の豪雨!
 ファウスト、レーゲングス!」
 バリケードの咆哮を合図に、それらが一斉に降り注いだ。周囲の一角もろとも、ヴァイスの身体を打ち据え、吹っ飛ばす!
「へっ、ざまぁねぇな!」
 足場にしていた一帯がスクラップの山と化し、その上に血まみれになったヴァイスが落下する――勝ち誇ったバリケードが言い放つと、
「………………あん?」
 気づいた――先ほど入っていった入口から、再びガリューを伴ったルーテシアが姿を現したのだ。
「何だ? 用事は済んだのか?」
「…………まだ」
 余裕の態度で軽口を叩くバリケードだったが、ルーテシアは淡々とそう答える。
「でも……助けてくれた人に、聞きたいことができたから。
 どうして……助けてくれたのか」
「あぁ、そいつぁ残念だったな。
 お前を助けたクソ生意気な虫けらは、お前さんの頭の上で血まみれのボロ雑巾になってるぜ」
「………………?」
 バリケードの言葉にルーテシアが頭上を見上げ――スクラップと化した一角からわずかにのぞく、血まみれの腕を発見した。
「バカなヤツだぜ、お前もよぉ。
 あのままオレ達がもめてるスキに目的を果たしちまえばいいのに、わざわざオレにつぶされに戻ってきやがって」
 そんなルーテシアに対し、バリケードはニヤリと笑みを浮かべて言い放ち――
「…………さない……」
「あ? 何だって?」
「許さない……」
 聞き返すバリケードに答え、ルーテシアは足元に魔法陣を展開した。
「ゼストが言ってた……『受けた恩は、絶対に返さなきゃいけない』って……
 わたしを助けてくれた人を……恩を返す前に、お前は殺そうとした……絶対に、許さない……」
「……おもしれぇ。
 許さなかったら、どうなるのか――たっぷり教えてもらおうか!」
「ガリュー!」
 二つの叫びが交錯し――バリケードとガリューが地を蹴った。
 

「…………機動六課にはスカリエッティが主力を投入。
 そしてこの地上本部にはディセプティコンの長……」
 通信妨害のかけられた中でどうやっているのかはわからないが、二つの戦場の様子を彼は正確に捉えていた――目の前のウィンドウに映し出されたそれぞれの光景を前に、ザインは満足げにうなずいた。
 そこは、本来であれば彼の雇い主がそろっているべき場所――しかし、今はすべてのものが運び出され、何もないただのホールへとその姿を変えていた。
「“秘書”の方が優秀で助かりました……おかげで、瘴魔獣を使うことなく迅速に彼らを避難させられたのですから。
 私が“彼ら”の下につく前からの秘書とのことですが……あのような者達に使わせるにはもったいない人材ですね」
 そうつぶやくと、ザインはウィンドウを消すと壁の端末を操作――同時、壁と思われていた窓際の隔壁が独自の動力によってゆっくりと上がっていく。
 そして、ザインは窓へと歩み寄り、眼下の光景を――地上本部ビル最上階から、マスターギガトロンによって打ちのめされるなのは達の姿を見下ろした。
 迫りくるマスターギガトロンに対し、リインとユニゾンしたはやてが砲撃を放つ――が、やはり放ったそばから消滅した。防御も回避もできず、とっさにかまえたシュベルトクロイツがマスターギガトロンの全身に装着された“ネメシス”の触手によって叩き折られ、はやて自身も吹っ飛ばされる。
 そんなパートナーの姿に、ビッグコンボイがビッグキャノンを放つ――当然マスターギガトロンの“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”の前に消滅するが、それを逆に利用。霧散するビッグキャノンのエネルギーを目くらましに、ビッグコンボイはマスターギガトロンに向けて突撃する。
 しかし、マスターギガトロンもそれを読んでいた。“ネメシス”の触手に全身を打ちすえられ、貫かれ、無造作に放り投げられる――
「機動六課隊長陣はすでに半壊状態。襲撃者であるはずのナンバーズも、マスターギガトロンの能力を前にしては離脱すらままならず、自分達が叩きつぶされる番を待つばかり……
 六課隊舎の戦いはスカリエッティ勢の一方的な勝利に終わりそうですが、こちらの戦力が壊滅してくれれば、後から我々で叩くのは容易……今のところは、まぁまぁといったところでしょうか」
 戦況から冷静にそう分析し――ザインの口元に邪悪な笑みが浮かんだ。
「…………では、そろそろ私達もダメ押しといきましょうか。
 我が主達よ……あなた方にとっての“目の上のこぶ”、お望みどおり叩きつぶして上げますよ。
 たとえ彼らが――あなた達をスカリエッティやディセプティコンから守ってくれるであろう、唯一の希望であろうとも、ね」
 本当に楽しそうにそう告げて――ザインは左耳にインカムを身につけた。スイッチを入れ、告げる。
「“セイレーン”。
 “リュムナデス”。
 “スキュラ”――」
 

「ミッション、スタート」
 

「はーい、了解です♪」
「………………?」
 時空管理局・本局――その声は、転送ポートの中から唐突に聞こえてきた。不思議に思った係員がポートをのぞき込もうとカウンターから身を乗り出してみる。
 だが、彼が確認を果たすことは叶わなかった。突如転送ポートの扉が“内部から”爆発し、係員を吹き飛ばしたからだ。
 そして――
「まったく、油断しっぱなしね。
 地上本部は今まさに襲われてるっていうのに……対岸の火事ってヤツかしら?」
 姿を現したのは、“装重甲メタル・ブレスト”を思わせる鎧を身にまとったひとりの少女だった。
「それとも、まさか“正規の転送ポートで”攻め込まれるとは思ってなかったかしら?
 どっちにしても、おマヌケな話ね」
 肩をすくめて少女が告げると、騒ぎを聞きつけたのか、局員達が次々に集まってきた。
「どうした!? 何があった!?」
「んー、何が、って……」
 武装している彼女の姿に荒事の気配を感じ取ったのか、真っ先にやってきた局員がデバイスを起動しながら彼女に尋ねた。対し、少女は少し考える素振りを見せ、
「強いて表現するなら……
 ……私“達”の攻撃、かな?」
 そう少女が告げた瞬間――転送ポートの中からそれが飛び出してきた。
 カメ種瘴魔獣ビルボネック、イソギンチャク種瘴魔獣ベロクロニア、かつてスバル達が初めて対戦した瘴魔獣の同族、ピラニア種のピラセイバー。それら水系の瘴魔獣が多数出現。驚く局員を瞬く間に叩き伏せると、さらに集まってきた他の局員にも襲いかかっていく!
「そうそう。派手に暴れ回って注意を引きつけてね♪
 あ、でも殺しちゃダメだからね――そいつらには、存分に恐怖や私達への怒りや憎しみを吐き出してもらわなきゃいけないんだから」
 告げる少女の言葉に、瘴魔獣達は一斉に雄たけびを上げる――間違いなく、彼らは少女の命令に従って動いていた。
「じゃあ、私も自分の“役目”を果たさなきゃ。
 ベロちゃん達、何体かついてきてくれる?」
 そして、少女自身も動きだす――ベロクロニアの何体かを引き連れ、目的の場所へと移動を開始する。
 と――
「止まれ!」
 本局の戦力もバカではなかった。状況を知り、最初から臨戦態勢で駆けつけた武装隊の隊員達が、少女へとデバイスを向ける。
「何者だ!
 所属と氏名、目的を言え!」
「そういえば、宣戦布告がまだだったわねー。お姉さんうっかり♪」
 隊長らしき局員の問いにペロリと舌を出しておどけて見せると、少女は自らを指さしてみせた。鎧の上からでもわかる豊満な胸に人さし指をあて、名乗る。
「所属は“敵”。目的は“攻撃”。
 名前は――“ジュゴンマーメイド”のセイレーン」
 そう少女が、セイレーンが答えると同時――彼女の引き連れていたベロクロニア達がミサイルを放った。狭い通路の中で巻き起こった爆発は何倍にも増幅され、局員達を防御ごと吹き飛ばす!
「まぁ……私個人には他にも“お仕事”があるんだけど……聞こえてないね、その様子だと」
 たった一手で抵抗力を奪われ、苦悶の声を上げる局員達に対し、セイレーンは楽しげに笑いながらそう言い放つ。
「質量兵器に対する防御がまるでなってないっていうザイン様の話、ホントだったねー。
 自分達の支配下から全部取り上げちゃったからって、対策取らなさすぎだよ♪」
 バカにするように鼻で笑いながら、セイレーンが局員達に言い放ち――その瞬間、本局施設が静かに揺れた。
 自分の配下の瘴魔獣達の仕業ではないことはすぐにわかった。なぜなら――
「外からの襲撃……?
 私達以外にも、仕掛けてきたヤツらがいるの……?」

「やはり、警備は厳重“なだけ”か……
 見た目の厳重さによる抑止力に、頼りすぎだ!」
「天下の時空管理局が聞いて呆れるぞ!」

 攻撃を仕掛けてきたのはサウンドウェーブとサウンドブラスターだ。同型ならではの息の合ったコンビネーションでシャークトロン部隊の先頭に立ち、時空間の中を本局に向けて突撃を仕掛ける。
 当然、本局施設も彼らに対して防衛システムを起動――だが、ここで内部で起きた混乱が悪い方向に、サウンドウェーブ達にとっては最高な方向に働いた。
 外のサウンドウェーブ達と中のセイレーン達、偶然の産物により同時に起きた襲撃により、そのあおりを真っ先に受けた警備・防衛関係の部署がパニックを起こしたのだ。
 当然、迎撃システムの管制部署もその影響をまともに受け――結果、統制の乱れた防衛網を難なく突破。サウンドウェーブ達は本局に取りつき、防衛システムを次々に破壊していく!

「やってくれるわね……!」
「本局の戦いに気を取られていたわね、私達も……!」
 一方、管理局側にも状況を正確に判断して動いている人物がいた。舌打ちしながら、リンディとレティは瘴魔による襲撃現場を目指して廊下を駆けていた。
 本来なら提督である彼女達は指揮系統の掌握に動くべきだろうが、相手が瘴魔だということが問題だった。
 実際問題、今回の事態でザインが動いたことを除けば、瘴魔が管理局と明確に敵対したケースは皆無と言っていい。そのザインにしても今まではミッドチルダ地上での活動に限定されていた。結果、本局としては瘴魔対策がまったくと言っていいほどとられていないのだ。
 そんな中でセイレーン達を放置しておけば、被害者は増える一方だし、最悪死者が出る可能性すらある。相手のことをよく知る自分達が直接出る以外、内部の襲撃に対応することはできないと判断したのだ。混乱の収拾については、各部署の指揮官の実力に期待するしかない。
「外のサウンドウェーブ達は、たぶん後続のための露払い……!
 彼らが防衛システムを沈黙させる前に、中の態勢を立て直さないと……!」
 つぶやきながらウィンドウを展開し、被害状況を確認し――リンディは気づいた。
「…………あら?」
「どうしたの?」
「被害の報告箇所が……」
 尋ねるレティに対し、リンディは足を止めるとウィンドウの一角を指さした。
「一ヶ所だけ……不自然に伸びてない?」
「ホントね……
 他はまんべんなく被害を拡大させてる感じだけど……」
 リンディが指摘した場所では、確かに一ヶ所だけ、被害を示す赤表示が細長く伸びている。まるで赤い玉から角が伸びているような印象だ。
「まっすぐに、移動してる……?」
「でも、何のために……?」
 顔を見合せてつぶやき、二人は問題のラインの延長線上をたどっていき――気づいた。
「まさか……!?」
「敵の狙いは……!?」

「とーちゃくー♪」
 気楽にそう告げると同時、“力”の弾丸で隔壁を粉砕――ベロクロニア隊を引きつれたセイレーンはついに目的の場所へと到着した。
 そこは時空艦船が多数停泊するドック――ただし、ただのドックではない。
 長年にわたる任務から解放され、解体を待つ退役艦の停泊ドックだ。なぜこんな場所に現れたのかというと――
「ターゲットはL級の“アースラ”、だったよね……?
 えっと……L級の停泊ドックは……」
 彼女達の狙いは、なのは達が長年にわたり拠点としてきた思い出の船――つぶやきながらその停泊場所を探していた彼女だったが、
「――――――っ!?」
 気配を感じて離脱――同時、飛来したエネルギーミサイルが、逃げ遅れた数体のベロクロニアを吹き飛ばす!
 そして――
「チッ、外したか……」
「運のいいヤツらじゃのぉ!」
 言いながら現れたのはノイズメイズとランページだ。
「あんた達……確かユニクロン軍の!?
 どうして!? 外で暴れてたんじゃ!?」
「バカだなぁ。
 そんなのオトリに決まってるじゃねぇか」
 管理局の戦力が出てくるならわかるが、彼らとは――意外な敵の出現に驚くセイレーンに、ノイズメイズは余裕の笑みと共にそう答える。
「クソ生意気な高町なのは達はミッドチルダだ。おかげで好き放題に暴れられるってもんだぜ!
 鬼の居ぬ間に何とやらだ!
 つぶれてもらうぜ――本局さんよ!」
 セイレーンに対し人さし指を突きつけ、ノイズメイズが言い放ち――気づいた。
「…………って、お前、見た感じ魔導師っぽくねぇな?
 それに後ろのヤツら……前にミッドチルダの湾内でなのは達とバトってたでっかいのじゃねぇか」
「当然よ。
 あたし達は管理局じゃないし……むしろ敵よ」
「なんだ、そうなのかよ」
 答えるセイレーンの言葉に、ノイズメイズは肩をすくめ――気を取り直して彼女に告げる。
「けど、ここに来た、ってことは……獲物は同じみたいだな」
「でしょうね。
 そっちも“アースラ”狙いかしら?」
 尋ねるノイズメイズにそう答え、セイレーンはハンドサインでベロクロニア達にフォーメーションを指示する。
「この戦い、機動六課に勝ち目はない。
 拠点も襲われ、壊滅を免れたとしても基地としての使用は絶望的。
 となれば、次に彼らが拠点としてあてにするのは――」
「退役艦とはいえ、まだまだ一仕事できるからな……アースラに目が向くのは間違いない。
 だから、ここらでそれを抑えちまおうっちゅうワケじゃ。
 ま、考えついたんはワシじゃないがのぉ」
 セイレーンの言葉にはランページが答え、両者は静かに緊張の度合いを高めていく。
「ちなみに。
 オレ達は破壊するつもりで来てるんだけど?」
「それは残念ね。
 私は奪って来いって言われてるのよ――ザイン様、アースラを使って機動六課への嫌がらせでも企んでるんじゃないかしら?」
「なるほど。
 つまり……一時休戦してみんなでブッ壊す、って手はナシか」
 セイレーンの言葉にノイズメイズがため息をつき――彼らの背後の壁が爆発を起こした。煙の中から、彼らの配下のシャークトロンが次々に姿を現す。
「やれやれ……
 やっかいなことになったわねぇ……」
 その光景にため息をつき、セイレーンは左耳につけたインカムに向けて尋ねた。
「リュムナデス……そっちはどう?」
 

「こっちも戦闘中だ」
 セイレーンの問いに答えると、ウロコを思わせる装飾の、ダークグリーンに染め抜かれた鎧を身にまとったその男は手振りで指示を下した。それに応じ、ビルボネックやビラセイバーの群れが一斉に目標へと襲いかかり、ベロクロニアの群れが生体ミサイルでそれを援護する。
 戦場は陸士108部隊――ジェノスクリームとジェノスラッシャーが合体したグランジェノサイダーの猛威にさらされるその戦場に瘴魔軍が乱入してきたのはほんの数分前のことだった。
「くそっ、何なんだ、こいつら!?」
「敵だよ」
 足元に群がる瘴魔獣を蹴散らしながら、うめくグランジェノサイダーに対し、男はあっさりとそう答えた。
「瘴魔神将・“幻水”のザインが配下――“ウミイグアナシーリザード”のリュムナデス。
 機動六課の協力部隊を始めとした、敵対勢力の戦力排除のためにここに来た」
「へぇ……それは何か? オレ達もついでにブッ倒すということか?
 ……上等だ!」
 リュムナデスの言葉に言い返し――グランジェノサイダーは自身のエネルギーを解放。まとわりついてきていた瘴魔獣達をまとめて吹き飛ばす!
「いいだろう! 相手をしてやる!
 このオレに対してそんな大きな口を叩いたことを、存分に後悔するがいい!」
「…………果たして、後悔するのはどちらかな?」
 グランジェノサイダーの言葉に答え、リュムナデスは静かにかまえを取り、
「まぁ、いい。
 瘴魔獣部隊は陸士108部隊へと攻撃。コイツはオレが片づける」
 そう指示を下し、リュムナデスは自らの瘴魔力を高め――
〈へっ、何チンタラしてんだよ、お前ら〉
 そこへ、新たな通信が割り込んできた。
 

「オレはとっくに終わらせちまったぜ」
 ベルカ自治領、聖王教会――炎上する大聖堂を背に、白銀の鎧に身を包んだ男は楽しげにそう告げた。
 その周囲は燦々さんさんたるありさまだ――防衛に当たった教会騎士だけではなく、礼拝に訪れていたところを巻き込まれた民間人までもが、皆一様に討ち倒されている。中にはさらに瘴魔獣達にいたぶられている者もおり、苦悶の声はいまだ途切れることはない。
「いやぁ、さすがオレ。できる男は違うね――」
〈単にジャマ者がいなかっただけじゃない〉
〈そこの主力は陳述会のために地上本部だろうが〉
「いや、そうなんだけどさ……
 何だよ、ちょっとくらい勝ちムードに浸らせてくれたっていいじゃねぇか」
 胸を張って告げた瞬間、同僚達からのツッコミの嵐が吹き荒れた――せっかくのイイ気分に水を差され、男は口をとがらせる。
「ま、お前らの言う通り、ザコばっかりだったからな――正直、物足りないんだけどな。
 もーちょっと手ごたえのあるヤツがいてほしかったもんだぜ」
 しかしセイレーンやリュムナデスの言うことも間違ってはいない。二人の指摘に対し、男は肩をすくめてそう答え――
「なら、我々が相手をしてやろうか?」
「――――――っ!?」
 告げられた言葉に、男はとっさに離脱――振り向いたその視線の先で、ドランクロンはエルファオルファ、ラートラータと共に大地に舞い降りた。
「……えーっと……
 アンタら、確か……ユニクロン軍、だっけ?」
「いかにも」
「アンタらも、ここを攻撃に?」
「ここは、あの機動六課のバックアップ元だからな。
 ヤツらの手足をもぐ上で、外すワケにはいかない場所のひとつだ」
「で、それをオレが叩いちまったワケだ……」
 尋ねる男に答えるのは、3人の中ではリーダー格にあたるドランクロンだ。納得し、男はうんうんとうなずいて――
「……自分がやったワケじゃないとはいえ、目標が達成されてるのに帰る気配ナシ。でもって、さっきのセリフ……
 お前さん達がオレの相手をしてくれる、ってことでいいのか?」
「“敵”を前にして、余力があるのに『ターゲットではないから』と放っておくバカもいまい?」
「なるほど……正論だね。
 けど……余力があるのはこっちだって同じなんだぜ」
 ドランクロンの答えに、男は指をパチンと鳴らす――同時、周囲で生存者をいたぶっていた瘴魔獣達が一斉に顔を上げた。ドランクロン達の元へと殺到、周囲をグルリと包囲する。
「まずは小手調べだ。
 恐怖や苦痛をタップリ喰らって、腹いっぱいのそいつらの相手をしてもらおうか」
 悠々と男が告げ、瘴魔獣達はジリジリと包囲を狭めていく。
「そいつらに勝てたら相手をしてやるよ。
 このオレ――“ダイオウイカグレートスクイッド”のスキュラ様がな!」
 

「ぅわぁっ!」
《ぐぅっ!》
 腹にヒザ蹴りを受け、前かがみになったところを背中に一撃――もう何度目になるかわからない突撃をまたしてもさばかれ、スバルのゴッドオンしたマスターコンボイはディードのカウンターによって大地に叩きつけられた。
「お姉ちゃんを、いぢめるなぁっ!」
 さらに追撃をかけようとするディードに対し、ホクトがニーズヘグを振り上げて襲いかかった。自身も、ゴッドオンしているサイザーギルティオンも限界状態の中、それでも決死の一撃を繰り出すが、ディードは振り向きざまにカウンターを叩き込んだ。
 放たれた蹴りをまともにくらい、ホクトは大地に叩きつけられ、ゴッドオンもついに解けてしまう――サイザーギルティオンから放り出され、“力”の暴走による激痛に苦悶の声を上げる。
「こん、のぉっ!」
 続いて仕掛けるのはこなただ。渾身の力でアイギスを振るうが、そんな彼女に向け、ディードは両手の光刃を繰り出した。一振りでも強力な光刃を2本同時に叩きつけられ、こなたはアイギスもろともカイザーコンボイの左腕を粉砕され、吹き飛ばされる!
 飛び込んできた二人を苦もなく蹴散らし、ディードは足元に倒れたスバル達に視線を戻――
「だぁっ!」
 ――そうとした瞬間、スバルが動いた。跳ね起きる動きからそのままつないだスバルの蹴りをつかみ、ディードは彼女を力任せに投げ飛ばす。
「おぉぉぉぉぉっ!」
 しかし、それでもスバルは止まらない。大地に背中を思いきり打ちつけながらもすぐに立ち上がり、再びディードに向けて突撃する。
「ギン姉を、返せぇぇぇぇぇっ!」
「返す必要はありません」
 咆哮し、ラッシュをかけるスバルだが、ディードはそのすべてをさばいていき、
「あなたも、一緒に連れていきます」
 一瞬のスキを突いてスバルの、マスターコンボイの顔面をつかみ――後頭部から大地に叩きつける!
 が――
「ぐ――――――っ!?」
 同時、ディードの頭部を衝撃が襲っていた――大地に叩きつけられる瞬間、スバルがカウンターで蹴りを放っていたのだ。
 不意を突かれ、さすがのディードもたまらずたたらを踏み――飛び起きたスバルが、再びディードに向けてラッシュをかける。
 対し、ディードもすぐに持ち直して対応する――が、今回ばかりは反応が遅れた。スバルの猛烈な打撃をさばくその表情からは、明らかに余裕が消えている。
「性能の劣る機体で、しかも冷静さを失った状態でここまで食いついてくるとは……!
 不本意ですが、技術面においてはそちらが上のようですね」
 それでも、ディードはスバルのラッシュをしのぎきった。大振りの一撃をかわして距離を取り、
「それに――ここまで痛めつけても退かないとなれば、何度繰り返しても同じでしょう」
 告げるディードにかまわず、スバルは彼女を追って地を蹴り、
「仕方ありません」
 ディードに向けて一瞬にして間合いを詰め、拳を繰り出し――
 

「本気で――墜とします」
 

《――――――っ!?》
 その言葉と同時――ディードのまとう空気が一変した。マスターコンボイが息を呑む中、スバルはそのまま拳を打ち込み――

 

 一撃を受けて吹っ飛ばされたのは、スバルとマスターコンボイの方だった。

 

 ディードがしたのは“耐えて”“殴る”、ただそれだけ――しかし、その“ただそれだけ”のことで、ディードは難なくスバルとマスターコンボイを押し返したのだ。
「く――――――っ!」
 うめき、受け身を取って立ち上がるスバルだが、彼女の反撃を待たず、ディードは素早く間合いを詰めて蹴り飛ばす。
 それでもなんとか体勢を立て直し、スバルは迫るディードへと反撃の拳を繰り出す――防御するディードだが、スバルの攻撃はその防御を抜けて、次々に彼女に打ち込まれていく。
 しかし、ディードはそれらの拳を受けてもなお、まったく動じることなくスバルを叩き伏せていく。
(こ、こいつは……!)
 こちらが何発入れてもダメージにならない――懸命のダメージコントロールでスバルへのダメージを散らしつつ、マスターコンボイはスバルの“裏”側で思わずそううめいていた。
(ヤツの気迫――間違いなく本気だ。ヤツに一切の妥協はない。
 そんなヤツの防御を抜いて攻撃を入れている以上、スバル・ナカジマの技量は間違いなく敵戦闘機人の上――総合的に見れば、両者の間に戦闘力の差はほとんどない……!)
 そうしている間にも、スバルが打ち倒され、胸倉をつかんで宙づりにされる。
(問題は扱うトランステクターの方――オレのボディとヤツのマグマトロン……両者の性能が違いすぎる!)
 スバルとマスターコンボイを宙に放り出し、ディードは光刃で二人を弾き飛ばす――大地に叩きつけられるスバル達を前に、両手の手刀を包むように伸びている光刃をかまえ直し、
「IS発動――“ツインブレイズ”」
 そこにディード自身の“力”が加えられた。光刃が輝きを増し、ロードナックル・シロを一撃で討ち倒した必殺の双刃へと昇華させる。
《スバル・ナカジマ――下がれ!
 真っ向から受ければ、いくらオレ達でも……!》
 弱気だ何だと意地を張っている状況ではない――リアリストであるが故に思い知らずにはいられない、絶望的な戦力差を前にマスターコンボイはスバルへと呼びかけるが、
「…………返せ……!
 ギン姉を……返せ……!」
 スバルの耳には届いていなかった。痛む身体にムチを打って立ち上がり、ディードに向けてゆっくりと踏み出す。
 そんな彼女に対し、ディードは無言で地を蹴った。高速機動で一気に距離を詰め、スバルの防御を左の一刀で弾くと本命の右をかまえる。
(直撃――――!)
 防御は崩され、両腕を弾かれ、姿勢が崩れたことで回避も不可能――刹那の瞬間にそう悟り、マスターコンボイは迷うことなく叫んでいた。
《ジャマだ!
 代われ――》

 

 

《スバル!》

 

 

「え――――――?」
 耳に届くのは、初めて名前で呼んでくれた声――スバルが我に返った時、彼女は生身で地面に放り出されていた。
 ゴッドオンの強制解除だ。何が起きたのかとスバルは周囲を見回し――
「――――――っ!?」
 それを見た。息を呑み、スバルの目が大きく見開かれる。
 そんな彼女の目の前には――
「……そん……な……!?」

 

「マスターコンボイさん!?」

 

 ディードの光刃にその身を貫かれ、機能を停止したマスターコンボイの姿があった。

 

 結論から言おう。
 ウーノの銃弾がグリフィスをとらえることはなかった。
「ルキノ!?」
 とっさに間に割って入ったルキノが、グリフィスの楯となったのだ。グリフィスの声が上がる中、ルキノの身体がゆっくりと崩れ落ちる。
「ルキノ! しっかりしろ!」
 倒れたルキノに駆け寄り、グリフィスは彼女を助け起こし――
「…………すぅ……すぅ……」
 ルキノから聞こえてきたのは、場違いなまでに穏やかな寝息だった。
「これは……麻酔弾……!?」
「えぇ、そうよ」
 つぶやくグリフィスには撃った張本人であるウーノが答えた。
「彼女なら、きっとあなたをかばうと思っていたから」
 そう告げて――ウーノは改めてグリフィスへと銃を向けた。
「やっぱり……敵、なんですね……!」
「残念ながら、ね」
 うめくグリフィスに答え、ウーノは引き金に指をかけ――その瞬間、彼らのいる指令室の壁が、轟音と共に吹き飛んだ。
「何――!?」
「攻撃……!?」
 ウーノが、グリフィスが声を上げ、吹き飛んだ壁の退こう側へと視線を向ける。そこにいたのは――
「そこが指令室か!」
 攻撃の主はレッケージだった。グリフィス達に――六課指令室へと腹部の隠しキャノン砲の狙いを向け、
「フォースチップ、イグニッション!
 アーマード、キャノン!」

 放たれた閃光はわずかに狙いを外し、六課指令室のすぐ脇を直撃。それでもすさまじい爆発を引き起こす。
 その衝撃は、当然指令室にも届いた。先の一撃でヒビの入っていた天井が崩落を起こし、ガレキがグリフィス達へと降り注ぎ――
 

「ってて……ひでぇ目にあったぜ……」
 思いきり打ちつけた頭をさすりつつ、ガスケットは炎に包まれたマキシマスの艦内を歩いていた。
 ディードのマグマトロンに吹っ飛ばされ、ガスケットはマキシマスの中へと叩き込まれた。なんとか意識を取り戻し、一刻も早く戦場に戻ろうと廊下をヨロヨロと歩いていたのだが――
「………………あん?」
 不意に、ガスケットは廊下を埋め尽くす炎の向こうに人影を見つけた。
「ギンガか?」
 チラリと見えた長髪からそう判断し、声をかけるが――ガスケットは不意に違和感を覚えた。
 ギンガにしては背が低い。それに、となりに新たな、より背の高い人影が現れ――
『ゴッド、オン!』
 人影が吠えた。
 

「どわぁっ!?」
「――――――っ!?
 ガスケット!?」
 轟音と共に扉が突き破られ、ガスケットが室内に飛び込んできた。深刻なダメージこそないものの、全身の装甲をズタズタにされたガスケットの姿に、シャマルが思わず声を上げる。
 そこは、六課のバックヤードスタッフ以下非戦闘員を避難させたマキシマス艦内の中央ホールだつまり、そこには“彼女”も――
「ガスケット、大丈夫!?」
「ピピィッ!」
「ピィピィッ!」
「ヴィヴィオ!
 ウミもカイも、ダメ!」
「バカ! てめぇら、来るな!」
 声を上げるのはヴィヴィオ、そしてシャープエッジの家族である巨鳥のヒナ、ウミとカイだ。シャリオの制止も聞かずに駆け寄ってくるヴィヴィオ達の姿に、ガスケットもまた制止の声を上げ――
「ターゲットを確認」
「“聖王の器”……我らと共に来てもらおうか」
 破られた扉の向こうから、トーレのゴッドオンしたマスタングと、チンクのゴッドオンしたブラッドサッカーがその姿を現した。
「貴様ら……ナンバーズ!?」
「こんなところまで!?」
 驚きつつもすぐに迎撃態勢へ。ザフィーラが、シャマルがトーレ達の前に立ちはだかり――
「IS発動――“ライドインパルス”!」
 トーレがISを発動。高速機動を発揮したトーレがホール内を縦横無尽に駆け回り、ザフィーラやシャマル、さらには非戦闘員の護衛についていたロングアーチの魔導師陣をもまとめて薙ぎ払う。
「こん、のぉっ!」
 唯一難を逃れたのは床に倒れていたためにトーレの攻撃をやり過ごせたガスケットのみだった。その場に跳ね起きた勢いで跳躍。チンクへと襲いかかるが、
「うなれ――ブラッドファング!」
 チンクの号令で、彼女の射出したブラッドファングが一斉に飛翔――中央部分から推進部を残して二つに分かれ、まるでそれ自体がかみつくようにガスケットの四肢を捕まえ、壁にはりつけにしてしまう。
 そして――
「IS発動――“ランブルデトネイター”!」
 チンクが告げ、指をパチンと鳴らすと同時、それらのブラッドファングが一斉に爆発――ガスケットを吹き飛ばす!
 一瞬にして抵抗を排除し、トーレとチンクはヴィヴィオへと向き直った。怯えてウミやカイの背後に隠れるヴィヴィオに向けてゆっくりと踏み出し――
「…………待て、よ……!」
 その呼びかけと同時、背後で強烈な足音――トーレ達の頭上を飛び越え、ガスケットは彼女達とヴィヴィオの間に割り込んだ。ダメージから着地もままならずその場に落下するが、それでもなんとか身を起こし、トーレ達の前に立ちふさがる。
「ヴィヴィオは……渡さ、ねぇぞ……!」
「ほぅ……
 そのダメージで、もはや相手になるまい……それでも、まだ抵抗できるか」
「当たり、前だ……!
 今まで、何回“お空の星”になってきたと思ってやがる……! この程度じゃ、まだまだ倒れてられねぇんだよ!」
 軽口を叩いてそう答えるが――それがやせガマンなのは誰の目にも明らかだった。グラつくヒザに喝を入れ、ガスケットはトーレをにらみ返す。
「マスターコンボイ様に……任されたんだ……!
 ダメージなんて、関係あるか……! この場にいる限り、こいつらは絶対に守ってやる!
 “一寸のザコにも五分の意地”ってな――相手にならないかどうか、試してみやがれ!」
「……いいだろう」
 ガスケットの言葉にうなずくと、トーレは自身のISによって四肢に発生した、刃を兼ねたエネルギーウィングを高速振動させた。高周波ブレードと化した右腕のそれを、トーレはガスケットに向けて振り下ろし――
 

「………………っ」
 目標を貫いた光刃を一閃――ディードに振り払われ、マスターコンボイは大地に放り出された。轟音を上げ、スバルのすぐそばに叩きつけられる。
「マスターコンボイさん!」
 声を上げ、駆け寄るスバルだが、マスターコンボイのカメラアイは完全に輝きを失っており、スバルの呼びかけにも一切の反応はなく――
「次はあなたです」
「――――――っ!」
 しかし、スバルはそれ以上マスターコンボイに呼びかけることができなかった。間髪入れずに飛び込んできたディードが、スバルを思いきり蹴り飛ばす!
 大地を転がり、倒れるスバルに向け、追撃をかけるディードだったが、
「――――――っ!」
 スバルは振り下ろされた光刃をかわし、逆にディードの、マグマトロンの顔面にカウンターの拳を叩き込む。
 が――通じない。ディードは難なくスバルを弾き飛ばし、スバルはガレキの山に叩きつけられ、大地に倒れ込む。
「………………っ、く…………っ!」
 うめき、身を起こそうとするスバルだが――そんな彼女の目の前に、ディードは静かに降り立った。スバルに対し、迷うことなく右足を上げ――
 

 うつぶせに倒れたスバルの両足を、マッハキャリバーごと踏みつぶした。
 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「これで……もう素早い動きはできません」
 相棒もろとも両足をつぶされたスバルの絶叫が響き渡る――淡々と言い放つと、ディードは右手の光刃をスバルに向けた。
「………………っ!」
 対し、スバルは激痛に顔を歪めながらも右手をかまえた。リボルバーナックルがカートリッジをロードし――
「ムダです」
 細長く伸ばされたディードの光刃が、スバルの右肩を背後から刺し貫いた。
「ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「これで……あなたの戦闘能力はすべて失われました」
 再びスバルの絶叫が響き渡る――告げて、ディードはようやく踏みつぶしたスバルの両足の上から右足をどけた。
 だが――
「…………ま、まだ……だ……!」
 スバルは、まだあきらめてはいなかった。先のカートリッジロードで自身の中に流し込んでいた魔力を、左の拳に集めていく。
「……まだ、抵抗しますか……」
 しかし、左手一本しか使えず、満足に動くことのできないスバルなどディードにとっては何の脅威にもならなかった。息をつき、ディードは右手の光刃をかまえ、
「仕方ありません。
 タイプゼロ・ファーストと同じく……機能を停止させてから回収します」
 そう告げて――ディードは刃を振り上げた。

(……スバル…………!)
 その光景を、身動きの取れないまま見つめている者がいた。
(スバル……
 …………スバル……!)
 意識を取り戻したティアナだ――しかし、彼女自身もダメージが深く、指一本動かせないまま、ただスバルの危機を見つめるしかない。
「……スバル……!」
(……どうすることも……できないの……!?
 スバルが……ギンガさんが……ホクトが危ないのに……あたしは……!)
 助けたい――だが、どうすることもできない。自分の無力を思い知らされ、彼女の頬を涙が流れる。
(力を……!
 あたしの力じゃなくてもいい……! 誰でもいい……スバル達を守れる力を……!)
 

(力を、見せて!)
 

「スバル――――――っ!」
 

 ティアナの絶叫が響いた瞬間――それは起こった。
 一瞬、彼女の身体から波動のようなものが空間に広がり――その瞬間、その場にいる全員の身体から“力”があふれ出したのだ。
 そう――“全員の”身体から、だ。スバルやこなた、ホクトだけでなく、敵であるディードも、さらには意識を失い、倒れたままのエリオやキャロ、マグマトロンのライドスペースに回収されたギンガにいたるまで、ティアナの波動が届いた範囲内の全員の中から魔力があふれ出し、周囲にばらまかれる!
「こ、これは……!」
 しかし――引き出された“力”は、当事者達の制御の外にあった。自身の出力できる限界量を超える“力”をムリヤリ引きずり出され、強烈な負荷がかかっているのを肌で感じ、さすがのディードの顔にも焦りが浮かぶ。
(私の力を、ムリヤリ……!?
 いけない……このままエネルギーを引き出され続ければ、この場の全員が遠からずオーバーロードする!)
 同様の現象は、傷ついたスバル達にも起きている――このまま“力”の放出を許せば、自分が自滅するだけではなく、回収対象であるスバル達の命までもが危険にさらされることになる。
 なんとかしなければ――すぐに意識を切り替え、ディードはティアナへと視線を向けた。
 思えば、彼女の叫びを聞いたと思ったその瞬間にこの現象が起きた――原因がティアナにあると結論づけるのに、大した時間はかからなかった。右手の光刃を振るい、まき散らされたエネルギーが散弾となってティアナへと降り注ぐ!
「きゃあっ!」
 その内の一発が直撃――吹っ飛ばされたティアナが再び意識を失い、それと同時に“力”の暴発現象も一斉に終息する。
「やはり……今のはあなたが原因でしたか」
「て、ティア……!」
 つぶやき、ディードは標的をスバルからティアナに変更――うめくスバルが声を上げる中、ゆっくりと彼女に歩み寄る。
「一体何をしたのかはわかりませんが……その力、極めて危険なものと判断しました。
 不確定要素として――速やかに排除します」
「や、やめろぉっ!」
 つぶやき――ディードは再び両手に光刃を生み出した。スバルが制止の声を上げるが、かまわず光刃を振り上げ――

 

 振り下ろした。

 

 

「…………死んだか?」
 その場に累々と横たわるのは、さんざんに打ちのめされたなのは達にナンバーズ――余裕の態度でマスターギガトロンが尋ねるが、誰にも答える余裕はない。
「へへんっ、なんだ、もう終わりかよ?」
「さすがマスターギガトロン様!
 オレ達なんかとはレベルが違いますね!」
「当然だ」
 口々にはやし立てるのは、マスターギガトロンにこの場を任せ、高みの見物を決め込んでいたブロウルとボーンクラッシャーだ。太鼓持ちのようにほめちぎる二人に対し、マスターギガトロンは本当に何でもないようにそううなずいてみせる。
「オレの“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”は完璧だ。誰も撃ち破ることはできはしない。
 管理局のエースや超有名次元犯罪者の最高傑作も、所詮はこのオレの敵では――」
「オォォォォォッ!」
 マスターギガトロンの言葉をさえぎった咆哮は、彼の背後からのものだった。
「バルディッシュ――サードモード!」
〈Zamber Form!〉
 先の撃墜から立ち直ったフェイトだ――バルディッシュをザンバーフォームに切り替え、渾身の力で振り下ろすが――
「…………そら、ソイツも消えるぞ」
 バルディッシュザンバーの魔力刃もまた、“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”の餌食となった。強固に結びつき、固体化するに至っているはずの魔力刃が塵のように分解され、マスターギガトロンに届く前に消滅してしまう。
「そんな!?
 ザンバーまで!?」
「言ったはずだ――生命エネルギーであればそのすべてを吸収すると!」
 驚くフェイトだったが――そんなフェイトの頭をマスターギガトロンは素早く捕まえた。そのまま彼女の身体を振り回し、近くのガレキの山に向けて投げ飛ばし、叩きつける!
「フンッ、おとなしく寝ていればいいものを……」
 バリアジャケットの防御もほとんど効いていない状態でガレキに叩きつけられ、倒れ伏すフェイトの姿に、マスターギガトロンは吐き捨てるように言い放ち――
「そういうワケにもいきませんので」
 その言葉と同時――その頭上にセッテのサンドストームが飛び込んでいた。ビークルモード時のローターにあたるブレードを両手に握り、刃として振り下ろす。
 しかし、マスターギガトロンは自身に合体したパワードデバイス“ネメシス”の触手でそれを防いだ。別の触手でセッテを捕まえ、頭から大地に叩きつける!
「セッテ!」
「こいつ!」
 その光景に声を上げ、ウェンディがエネルギーミサイルを、ディエチが砲撃を放つが――ダメだ。彼女達のエネルギーも、今までと同じように吸収されてしまう。
「……オレの“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”に取り込まれないようにエネルギー自体に変換をかけているようだな。
 AMF対策のシステムを利用しているようだが――ムダなことだ」
 言って、マスターギガトロンはウェンディ達へと右手をかざし、
「貴様らがどれだけあがこうが……オレに勝つことは不可能だ」
 そう告げた瞬間――ウェンディとディエチの周囲で魔力が渦を巻き、二人を包囲する!
「そんな!?」
「魔法っスか!?
 この中じゃ使えないんじゃなかったんスか!?」
「バカか、貴様ら」
 驚く二人に対し、マスターギガトロンは邪悪な笑みを浮かべ、
「“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”が何でできていると思っている?
 このフィールドを作っているのはオレの魔力――フィールドと同じエネルギーである以上、オレの魔法、オレの武装だけは、“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”の影響を受けんのだ!」
 その瞬間、魔力の渦が大爆発を起こした――その内側でモロに直撃をくらい、ディエチとウェンディのゴッドオンした2体のトランステクターは黒こげになってその機能を停止。安全装置が働き、ディエチ達をゴッドアウトさせて沈黙する。
「……そういえば、貴様らもゴッドマスターだったな。
 ちょうどいい。“それ”用に調整されたゴッドマスターというのもそれなりに貴重だ――研究サンプルとして、ひとつくらいは持ち帰るか」
 「ひとつ」「持ち帰る」――もはやマスターギガトロンは、ナンバーズを人としてすら見ていなかった。手近なところに倒れていたウェンディへと向き直り、彼女に向けて手を伸ばし――
「………………?」
 不意に彼のセンサーに反応が生まれた。顔を上げるマスターギガトロンに向け、周囲で局員達を相手にしていたガジェット達が一斉に殺到していく。
「……こいつらを守るつもりか……
 たかがクズ鉄の分際で、生意気な!」
 どうやら、ガジェット達は軒並み叩き落とされたナンバーズを守るつもりのようだ――自分に向けて人工魔力砲を連射してくるガジェット達に対し、マスターギガトロンはため息まじりに身を起こした。自身の周りに魔力を集め、
「面倒だ――まとめて消し飛べぇっ!」
 集めた魔力を、自分の周囲に向けて爆裂させた。巻き起こった大爆発が、周囲に倒れるなのは達もろともガジェット群を吹き飛ばす!
「…………フンッ、これであらかた片づいたか……」
 一撃でガジェット群を薙ぎ払い、マスターギガトロンがつぶやき――
「…………まだ、だよ……!」
 そう答え、なのははレイジングハートを支えにしてヨロヨロと身を起こした。
「まだ……私達は、終われない……!」
「終わりだよ――残念だがな」
 うめくように告げるなのはに答え、マスターギガトロンは無造作に拳を振り下ろした。なのはもまた、直接受けることはせず、レイジングハートを軸にして受け流すが――
「……ぐ………………っ!」
 バリアジャケットの恩恵の失われた状態では、“受け流す”だけでも致命傷だった。衝撃で左手に激痛が走ると同時、ミシリとイヤな音が上がる――折れてはいないようだが、確実にヒビは入っただろう。
 そんななのはを、マスターギガトロンは無造作に振り払った。振り回された腕に弾き飛ばされ、なのはは大地を転がり、仰向けに倒れて動きを止める。
「いいかげん、終わりにしてやる」
 言って、マスターギガトロンは右手を頭上にかざし、
「どいつもこいつも――つぶれてしまえ!」
〈Gravity Genocider!〉
 その瞬間――倒れるなのは達に強烈な重圧がのしかかった。
 マスターギガトロンによる超重力場だ。
「……ぁ……あ…………っ!」
 すさまじい圧力によって、肺から空気が押し出される。なのはの口から苦しげなうめき声がもれ――

 ――メギッ。

 鈍い音が響いた。
 その発生源は――

 

 彼女の左腕だった。

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
 超重力によって、先の一撃でヒビの入っていた左腕の骨が完全に砕けた――押しつぶされた左腕から伝わる激痛になのはの悲鳴が上がるが、その場にいる誰にも、どうすることもできない。ただ悲劇をより強く強調するだけだ。
「……なの…………は…………!」
 苦痛にもがく親友に向け、懸命に手を伸ばそうとするフェイトだが――この高重力下では彼女もまたどうすることもできない。そんな彼女の目の前で、相棒バルディッシュの内部回路が重力に負け、火花を散らして沈黙する。
 真っ向から叩き斬られたシグナムに至っては悲鳴どころか苦悶の声すら上がらない――そればかりか、重力で全身の血管が圧迫され、出血の勢いが見る見るうちに増していく。
(……誰か…………助けて……!)
 血液のめぐりが鈍り、脳への酸素の供給も滞ってきた――薄れゆく思考の中、はやては思わず助けを求めていた。
(……リイン…………ヴィータ……シグナム…………なのはちゃん、フェイトちゃん………………
 ……みんなを…………助けて………………!)
 自分達にも、ナンバーズにも、この場にいる者にそれが可能な者など、もはや残されてはいない――しかし、それでも求めずにいられなかった。
(……誰でもえぇから…………
 みんなを…………)

 

「助けて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――了解した」

 

 

 

 

 その瞬間――轟音が響いた。
 発生源はマスターギガトロンの立っていた、ちょうどその場所だ。
 見れば、その場所はもうもうと土煙が立ち込めていて、マスターギガトロンの姿はどこにもない。
 同時にマスターギガトロンの起こしていた超重力場が解除され、その場から重圧が消える。
 何が起きたのか――あまりにも突然のことで、状況がまったくつかめない。
 しかし――
(…………今……)
 ただひとり、偶然マスターギガトロンのことを視界に捉えていたフェイトは見ていた。
 真上から落下してきた“何か”がマスターギガトロンを直撃、いや――
 

 真上から超重力に乗って飛び込んできた“何者か”が、マスターギガトロンを地中に叩き込んだのだ。
 

 そして――
「死人はなし、か……
 とりあえず、ミッション失敗は回避できたみたいだね……」
 言って、彼は土煙の中から悠然と進み出てきた。
 面識はない――だが、知らない顔ではなかった。
 青と白、2色を基調とした半全身鎧セミ・アーマー。そして背中には白銀の、フリードのような竜のそれを思わせる翼が備わっている。一瞬彼自身のものかと見まごう、それほどまでに生物的な質感を感じるが、どうやら装備の一部のようだ。
 ヘッドギアの下から跳ねている黒髪をグシャグシャと乱暴にかき乱しながら、彼は重圧から解放され、肺の中に懸命に空気を取り込んでいるなのはの前で足を止めた。
「意識はあるか? ひよっこ」
「…………ぅ……っ!」
「反応有り。
 少なくとも意識と耳は無事みたいだな」
 わずかに身じろぎしたなのはの反応に軽く肩をすくめ、“エース・オブ・エース”高町なのはを『ひよっこ』呼ばわりした彼は周囲を見回し、
「他の連中も問題なし。
 死んでなきゃいいや――取りあえずは」
 重傷者が多数いるというのに、落ち着いたものだ。あっさりと言い放ち、彼は収まり始めた土煙――その中にいるであろうマスターギガトロンへと向き直る。
「あ、あなたは……!」
 そんな彼に対し、フェイト何とか声を絞り出し、声をかけ――
「き、貴様……!」
 土煙の中から姿を現したマスターギガトロンもまた、彼に対して声を上げた。
 が――彼は落ち着いたものだ。あっさりと手を挙げ、告げる。
「よっ。ギガトロン♪
 10年ぶりだな――生きてたとはお兄さんビックリだ♪」
「“あの時”とまったく変わらん物言いだな……!
 相変わらず、人の神経を逆なでするのが得意だな」
「性分ですから♪」
 告げるマスターギガトロンに対し、彼は落ち着いたものだ。あくまで気楽な声色で、マスターギガトロンに対してひょうひょうと答え――
「…………っ……」
 そんな彼の足元で、なのははうっすらと目を開けた。
 視界が次第によみがえり、彼女の目にも彼の姿が認識され――
「…………あ、あなたは……!?」
 同時に、彼が何者かも理解した。驚きに眼を見開き、その名をつぶやく。
「あなたは……!」

 

 

「柾木……ジュンイチ、さん……!?」

「よっ♪」
 

 つぶやくなのはに対し、彼は――柾木ジュンイチは、軽く手を挙げてそう応じてみせた。


次回予告
 
ジュンイチ 「ギガトロンってさぁ……“マスター〜”になってから白くなったよな?」
マスターギガトロン 「順番が逆な気がするが……まぁ、な」
ジュンイチ 「で、マスターコンボイも、昔マスターガルバトロンになった時に白くなってんだよな?」
マスターコンボイ 「言っておくが、『パワーアップした破壊大帝は白くならないといけない』なんて決まりはないからな」
ジュンイチ 「いや、そうじゃなくてだな……」
二人 『………………?』
ジュンイチ 「…………漂白?」
二人 『人を染みつきの洗濯物みたいに言うな!』
ジュンイチ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第69話『舞い降りる剣
 〜“柾木一門”、怒りの大反撃!〜』に――」
3人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/07/18)