「………………」
 頭上にそびえ立つマキシマスの甲板上で、ブレードがチンクを叩き斬ったのとほぼ同時刻――ルーテシアは目の前に横たわる漆黒の巨体を見つめていた。
 あずさによって一方的に叩き伏せられ、意識なく横たわるバリケードである。
 彼をこの状態にした張本人であるあずさは、すぐ目の前の隊舎前ロータリーでディードのゴッドオンしたマグマトロンと対峙している――しばしその光景を見詰めていたルーテシアだったが、
「…………ガリュー」
 その一言で事足りた。彼女の意図を的確に汲み取ったガリューは仰向けに倒れたバリケードの腹の上に飛び乗り――迷うことなく拳を振り下ろした。
 人間でいうところのみぞおちに一撃を受け、バリケードの身体が一瞬ビクンッ!と震え――ルーテシアはそれ以上どうこうするつもりはなかった。ガリューを呼び戻し、クルリときびすを返す。
「…………いい。
 私の分はこれでおしまい」
 そんな彼女に、ガリューが念話で呼びかけた――「一発だけで良かったのか?」とでも聞かれたのだろうか、その呼びかけに対し、ルーテシアはもう一度あずさへと視線を向けた。
「ほとんどは……あの人が代わりにやってくれたから」
 そう告げると、ルーテシアは視線を前方に戻すとガリューと共にマキシマスの艦内に入っていった。
 

 一方、そんなルーテシアが視線を送ったあずさとディードもまた、本格的な戦いに移ろうとしていた。
「始めようか。
 装備に頼った者同士――未熟者同士の、茶番劇をね」
 そう告げて――あずさは肩に担いだ、自分の相棒達の中でも一番の古株に呼びかける。
「レッコウ」
〈Standing by!〉
 続いて、身に着けた鎧に。
「イスルギ」
〈Mission start!〉
 左手の装着型の弓――
「イカヅチ」
〈Target lock on!〉
 そして最後に、背中の翼――
「ゴウカ」
〈System all green!〉
 相棒達の返事を確認し――あずさは改めて彼らの名を呼んだ。
 彼らを総じて呼ぶ、その名は――
「さぁ、いこうか――」

 

「四神、全開!」

 

 


 

第71話

四神咆哮
〜あずさ、いきます!〜

 


 

 

 時空間・管理局本局――

「こいつ…………っ!」
 舌打ちまじりにデバイスを向け、魔力弾を発射――しかし、武装隊員の放ったその魔力弾は目標を捉えることはなかった。その直前に展開された不可視の防壁によって止められ、虚しく四散してしまう。
「またダメか……!」
 特殊効果ではない。明らかにその強度によって力任せに弾かれた――舌打ちする武装隊員の前で、攻撃を防いだ近接型のピラニア種瘴魔獣ピラセイバーは勝ち誇るように雄叫びを上げた。
 突如本局を強襲した、セイレーン率いる新生瘴魔軍――それを迎え撃たんとした本局の武装隊だったが、魔導師ともガジェットとも勝手の違う瘴魔獣達を相手に、一貫して苦戦を強いられていた。
 何しろ、瘴魔獣は魔導師よりもジュンイチ達ブレイカーに近い存在だ――彼らの使う瘴魔力もまた、ジュンイチ達の扱う精霊力と同じく、生命体の持つ複数の“力”を統合したもの。そういった背景から、魔力のみを単体で扱う魔導師よりも総じて高い出力を有しているのだ。
 現に、この場だけでなく、本局の各部で瘴魔獣の破壊活動を止められずにいる――能力で上回る瘴魔獣を大量に、しかも完全な不意打ちの形で投入され、本局は今まさに蹂躙されつつあった。
「くそっ、このままでは……!」
 自分だけでなく、共に闘う仲間達もそれぞれの場で追い込まれているのを感じ、武装隊員が歯噛みし――そんな彼に向け、ピラセイバーが一瞬にして距離を詰め、魚のヒレが変化した腕の刃を繰り出し――

「たぁぁぁぁぁっ!」

 気合の入った叫びと同時に衝撃音――次の瞬間、廊下の壁に叩きつけられたのは武装隊員ではなく、ピラセイバーの方だった。
 対し、武装隊員の方も無傷と言うワケではなかった。直撃こそ免れたものの、ピラセイバーの刃がバリアジャケットの胸部装甲を斬り裂き、決して穏やかとは言えない勢いで出血している。
 しかし、ピラセイバーを弾き飛ばしたのは武装隊員の仕業ではなかった。当事者であるはずの彼自身でさえも状況がわからず、ポカンとしたままその場にへたり込み――
「大丈夫ですか!?」
 そんな彼の元に、ピラセイバーを吹き飛ばした張本人が駆け寄ってき。
 管理局の制服ではなく、動きやすさを重視した漆黒の戦闘ジャケットに身を包んだ、ひとりの女性だ――透き通るような黒髪を三つ編みにまとめており、また、メガネをかけているため、第一印象として知的な感じを受ける。
 そして、その手に握るのは一振りの刀――
「すみません。来るのが遅れて……」
 言いながら、女性は――なのはの姉にして無限書庫副司書長、高町美由希は武装隊員の前にかがみ込み、彼の傷を軽く確認する。
 ――放置しておけるレベルではないが、少なくとも命に別状はないようだ。敵の刃が彼を捉えるのがあと一瞬速かったら、自分の救援は間に合わなかったかもしれない。
 安堵の息をつく美由希だったが、今は彼の手当ての方が先だ。すぐに気を引き締め、顔を上げるとその名を呼ぶ。
「ユーノくん!」
「はい!」
 答え、追いついてきたのは無限書庫司書長、ユーノ・スクライアだ。彼女の意図を正しく理解し、彼は武装隊員の目の前にしゃがみ込むと彼の傷に対し治癒魔法をかけていく。
「ユーノくん、ここはお願いしていい?」
「はい。
 美由希さんは……」
「うん」
 返すユーノにうなずくと、美由希はその場に立ち上がり、
「ユーノくんが手当てに専念できるように……“こいつら”、なんとかしてみるよ」
 新たに姿を見せ始めた瘴魔獣の群れに対し、愛刀をかまえつつそう告げた。
 

「オラよっ!」
「蹴散らされぇやっ!」
 咆哮と共に、ノイズメイズとランページが放ったエネルギーミサイルの雨が降り注ぐ――さらに配下のシャークトロン達も加わったそれらの攻撃は一斉に瘴魔獣ベロクロニアの群れへと降り注ぎ、
「総員、てぇーっ!」
 そこへクロノが追い討ちをかけた。彼の指示で配下の武装隊員が一斉に魔力弾を斉射。ノイズメイズ達の攻撃で力場にダメージを受けていたベロクロニア達は成す術もなく撃ち倒されていく。
「ち、ちょっと待ってよーっ!
 なんでどっちもウチばっか集中砲火!? あたし何か悪いコトした!?」
「いや、思いっきりしてるだろ……オレ達もだけど」
 管理局だけではなくユニクロン軍からも集中砲火を受け、たまったものではないのが彼女――抗議の声を上げるセイレーンだったが、そんな彼女にはノイズメイズが割と冷静にツッコミを入れる。
「それに……てめぇらの力場が一番厄介なんだよ。
 大方、向こうも同じ結論に達したんじゃないのか?」
「野放しにしておくくよりは、さっさと叩いておくに限る――
 ノイズメイズ達も抜けているところはあるが、決してバカではない。一番厄介なのがどこの勢力か……こちらと同じ考えに至る可能性は、少なくとも無視してこちらを狙ってくる可能性よりは高かったさ」
 そして、ノイズメイズだけでなくクロノもまたセイレーンに告げた。二人の言葉にセイレーンは思わず歯噛みして――
「そうじゃったんか?
 ワシゃ単に、アイツらがワシと同じミサイル使いで気に食わんかったから吹っ飛ばしただけじゃったんじゃがのぉ」
((だろーなぁ……))
 首をかしげてつぶやくランページの言葉に、クロノとノイズメイズ、さらにはセイレーンの心までもが図らずもひとつになったりもしたがそれはさておき。
「ま、まぁ、そういうことだ。
 どうせだ。部下を蹴散らされたついでに、このままてめぇもボコってやるよ!」
 気を取り直し、セイレーンを指さしてそう告げるノイズメイズだったが――
「…………まったく……調子に乗ってくれちゃって」
『――――――っ!?』
 告げるセイレーンの声が低く、重いものに変わる――同時、彼女のまとう空気も一変した。突然圧力を増した彼女の眼光に、クロノも、ノイズメイズ達も一様に警戒を強め、セイレーンに向けて身がまえた。
「あたしが、ベロちゃん達みたいに簡単に倒せるとでも思ってるのかしら?
 失礼しちゃうわ、ホントね」
 言いながら、セイレーンは懐から人魚の絵が描かれたカードを取り出した。
「デバイスカード!?」
「正解」
 その正体に気づき、声を上げるクロノに答え――セイレーンは告げた。
もてあそべ――」

 

「“淫欲ラスト”」

 

 その瞬間――デバイスカードから勢いよく蒸気が噴き出した。廃艦ドッグ内に広がり、クロノ達の視界を奪う。
「な、何じゃい、これは!?」
「ガスか何かか……!?」
 いきなり視界を覆った白い霧に、ランページとクロノはとっさに口元を押さえながらそううめき――
「安心していいわよ。
 これは単なる目くらましだから」
 蒸気の向こうからの声がそう答え――すぐに視界は晴れてきた。
 そして姿を現したセイレーンの姿は、見えなくなる前とほとんど変わってはいなかった。
 身に着けた鎧もそのままで、バリアジャケットを身にまとった様子もない――もっとも、そもそもすでに鎧を着けている身で、新たにバリアジャケットをまとう必要もなかったのかもしれないが。
 ともあれ、唯一の違いと言えば、彼女の手に現れた――
「フルート……か?」
「えぇ、そう。
 この子があたしのデバイス――“淫欲ラスト”よ」
 つぶやくクロノに答えると、セイレーンは手にしたフルート――“淫欲ラスト”に口をつけた。同時に“淫欲ラスト”に添えられた指がせわしなく行動を開始。ドッグ内にゆったりとした調べが奏でられる。
「何のつもりだ?
 ンなもんで、攻撃のつもりかよ?」
 しかし、聞いている自分達には何も変化は見られない。余裕の笑みと共に、ノイズメイズがセイレーンに答え――
「ぐわぁぁぁぁぁっ!?」
 最初の“異変”はクロノの背後で始まった。
 突然、武装隊員のひとりが両耳を押さえて苦しみ始めたのだ。すぐにその異変は周りにも伝播し、それが武装隊員の全員に達するまで、大した時間はかからなかった。
 そして――
「グ――ガガ……ゴ……ッ!?」
「って、こっちもかよ!?」
 異変はユニクロン軍側にも――シャークトロンが次々に苦しみ始めたその光景に、ノイズメイズが思わず声を上げる。
「ヤツの演奏のせいか……!?」
「じゃったら、なんでワシらは平気なんじゃ!?」
 異変が始まったのがセイレーンの演奏が始まった後なのだから、原因が彼女にあるのは容易に想像できた。しかしそうするとなぜ自分達に影響がないのかがわからない――うめくノイズメイズにランページが答えると、
「そんなの簡単な理由よ」
 演奏が終了した。“淫欲ラスト”を口から放したセイレーンが、落ち着いた口調で彼らに告げる。
「何しろ……あたしが自分の意思で、あなた達を効果の対象から外してるんだから」
「何…………?」
「“淫欲ラスト”は、あたしが『殺す』と決めた相手を苦しめて苦しめて、苦しめ抜いてから殺す、そのためのデバイス……
 “淫欲ラスト”の能力は、そのための舞台作りのためにあるのよ」
 眉をひそめるクロノにセイレーンが答えた、次の瞬間――クロノの背後に殺気が生まれる!
「――――――っ!?」
 とっさに跳躍、回避――振り下ろされた一撃をかわすと、クロノは襲撃者の正体を確認し――驚きの声を上げた。
「お前達!?」
 なんと、今の一撃は自分達が連れてきた武装隊員によって放たれたものだったのだから――次いで、他の武装隊員達もそれぞれデバイスを手にクロノへと迫ってくる。
「アイツら……自分の上官を……?
 ――って、まさか!?」
 その光景に思わずつぶやいた瞬間、ノイズメイズもまた気づいた。ランページと共に振り向いた先で、シャークトロン達もまた、自分達に向けてゆっくりと迫ってきていた。
「これでわかったでしょう?
 あたしの“淫欲ラスト”の能力が」
 そして――そんな彼らに、セイレーンは笑顔で告げた。
「この子の能力は“催眠ヒュプノシス”。
 生命体だろうがAIだろうが関係ない――意思あるものを任意に操り、自分の手駒にすることができる」
 そう告げると、セイレーンは改めてクロノに、そしてノイズメイズやランページに告げた。
「さぁ……始めましょうか。
 自分達の部下に、なぶり殺しにされるがいいわ!」
 セイレーンがそう告げて――シャークトロンと武装隊員の混成部隊が、クロノ達に向けて一斉射撃を開始した。
 

「茶番劇、ですか……」
 彼女にとってもっとも古い“相棒”であるレッコウを肩に担ぎ、告げるあずさの言葉に、ディードは静かにそう返した。
「それは、私との戦いが、ただの茶番劇にすぎないという意味ですか?
 もしそうなら……やはり、あなたはこちらの戦力を甘く見ていると言わざるを得ません」
「そうなの?」
「はい」
 聞き返すあずさに、ディードは淡々とそううなずいてみせた。
「あなたは私の操るマグマトロンがSSSランク・トランスフォーマーに相当する性能を持ち、さらに私の戦闘能力がSランク魔導師に相当することまで見抜きました。
 そして、私が子の場に集った戦力の大半を壊滅させていることも認識している。
 しかし、それでもあなたは、私のことを『なんとかなりそう』と評し、さらに私との戦いを『茶番劇』と言い切った。
 あなたの魔導師ランクはタイプゼロ・セカンドと同じくBランク……私とは天と地ほども隔たっているというのに、その発言はいささかおごりが過ぎると思われますが」
「…………『天と地ほども』ね……」
 淡々と告げるディードの言葉に、あずさは彼女の言葉、その最後の一説をつぶやくように繰り返した。
「うん、いいね。
 あたし達の力の差を的確に言い表してるわ」
 そうつぶやくと、あずさは胸を張り、キッパリと言い切った。
「つまり……あたしが“天”でキミが“地”でしょ?」
「……あくまであなたが上と言い切るつもりですか」
 自信満々に断言するあずさの言葉に、普段からあまり感情を表さないディードもさすがに怒りを声に込め始めていた。
「その自信は、いったいどこから来るのですか?
 それとも……柾木一族の血筋によるものですか? あの柾木ジュンイチのように」
「ちょ――――っ!?」
 繰り返すが、ディードはあまり感情を表に出すタイプではない。彼女としては何気なく、単に比較対照として挙げた名だったろうが――結果としてそれはあずさにとって最大級の皮肉となった。それまでテンション的な意味で優位に立ち続けていた彼女だったが、ここに来て初めて動揺の声を上げていた。
「お、お兄ちゃんと一緒にしないでよ!
 あたしはちゃんと立場はわきまえるし、任せられた仕事もちゃんとこなすし、家族や友達にはいぢわるとかしないし……」

「何より、お兄ちゃんみたいな朴念仁のフラグメイカーじゃないもん!」

 

「………………」
「…………どうした?」
 管理局、地上本部――数度の交錯を経てにらみ合う中、不意にジュンイチが意識を脇にそらした。彼のことだからワナである可能性は十分にあると察し、警戒しながら尋ねるマスターギガトロンだったが――そんな彼に、ジュンイチはこめかみを引きつらせながら答えた。
「なんか、急に妹を柾木流名物修行“紛争地域サバイバル縦断ツアー”に放り込みたくなった」
 

「まったくもー! 失礼しちゃうな!
 もうやめやめ! やっぱりらしくないや、こんなの!」
 舞台は戻り、機動六課――実の兄が自分の悪態にしっかり気づいていることなど露知らず、あずさは頭をかきながらディードへ向き直った。
 いきなり態度を一変させたその姿に訝しむディードだったが、そんな彼女に対してあずさは――
 

「ごめん!」
 

 全力で頭を下げていた。
 ますますワケがわからず、困惑するディードに対し、顔を上げて笑顔で告げる。
「いやー、さんざんからかってごめんね。
 あんまりポーカーフェイスだからさ、からかったりしたらちょっとは感情見せてくれるかなー? とか思ってさ。
 でも、やっぱり慣れないことはやるもんじゃないね。ぜんぜんあたしらしくないや」
「…………なるほど。
 つまり、先ほどまでの態度はすべて、私をムキにさせるためにやっていた芝居、ですか」
「そういうこと。
 けどね……」
 納得するディードに答えると、あずさはレッコウの切っ先をディードに向け、
「ただひとつだけ――『あたしが勝つ』ってことだけは、本気で言わせてもらったけどね」
「本気……ですか」
「そう。本気」
 つぶやくディードに対し、あずさはキッパリとそう答えた。
 重心を落とした極端な左半身体のかまえをとり、右手一本でレッコウを肩に担ぎ、告げる。
「悪いけど、こればっかりは撤回するつもりはないよ。
 そんなワケで……Bランクのあたし相手に叩きつぶされてもらおうかな、“たかだか”Sランクのディードちゃん?」
「……そうですね。
 考えてみれば、あなたは私を止めにこの場に現れた……勝ち目の有無に関わらず、私と戦うことは避けられなかったことですし……」
 そんなあずさの挑発に応じる形でディードも動いた。自身のIS“ツインブレイズ”を発動。両手に生み出した光刃をあずさに向けてかまえる。
「今のやり取りで、あなたは柾木ジュンイチと違い常識的な人間と判断しました。
 そのあなたがそこまで『勝てる』と言い切るからには、何かしらの根拠があるのでしょう」
「まぁね」
「やはりそうですか。
 では……」
 あっさりとうなずくあずさに対し、ディードはゆっくりと重心を落とした。しばし、その場を重苦しい静寂が支配し――
「その“根拠”を――見せてもらいましょう!」
 告げると同時に地を蹴った。ディードはすさまじい加速と共にあずさへと突撃をかけ――
「――イカヅチ」
〈Vulcan mode!〉
「――――――っ!?」
 本当に淡々としたやり取り、危うく見逃すところだった――とっさに右サイドに跳んだディードの視線の先で、大量の光の弾丸が、一瞬前まで自分のいた場所を貫いていた。
 あずさの左手に装着された、弓矢をかたどった装着型インテリジェントデバイス“イカヅチ”の仕業だ――あずさに名を呼ばれた瞬間、自分の成すべきことを正しく理解し、突撃してくるディードに向けて思い切り弾幕を張ったのだ。
「その極端な左半身体のかまえは今の弾幕の布石ですか……
 もう一方のアームドデバイスをかまえているように見せかけ、同時にそのインテリジェントデバイスの銃口を向けていた、ということですね」
「理解が早くて、何よりだね!」
 つぶやくディードに答え、あずさはイカヅチの銃口をディードに向けた。再びばらまかれた魔力弾がディードに向けて降り注ぐが、
「しかし――その程度で、このマグマトロンが止められるとでも思っているのですか!?」
 今度はかまわず真っ向から――あずさの射撃ではマグマトロンの装甲を抜くには足りないと判断し、ディードは降り注ぐ魔力弾の雨の中を一直線に突き進んでいく。
 彼女の見立ては正しく、魔力弾はマグマトロンの装甲に傷ひとつつけられない。あっという間にあずさを間合いに捕らえると両手の光刃を大上段から振り下ろし――
「思っちゃいないよ……あたしもね♪」
 その一撃は、あずさの目の前に展開されたエネルギー壁によって受け止められた。初めて彼女が乱入した際、ティアナを狙ったディードの斬撃を受け止めたものと同じものである。
 一瞬の後、エネルギー壁にミッドチルダ式の魔法陣が描き出される――あずさの身にまとうパワードデバイス、イスルギの展開した超高密度型の防壁である。
 そして――
「イカヅチ!」
〈Burst mode!〉
 あずさの言葉と同時、彼女の左手のイカヅチが形を変えた。
 弓のアーチ状の部位、俗に“リム”と呼ばれる部分が本体につながる軸の部分で180度回転、アーチの内側を前方に向けるとさらにリム自体が前方にたたまれる。
 まるでカニのハサミのような形状に変化したイカヅチの銃口のすぐ目の前、2本のリムにはさまれたその空間に、高密度の魔力スフィアが素早く形成され――
「本日2発目!
 タイラントぉっ! スマッシャー!」
 放たれた魔力砲が、ディードのゴッドオンしたマグマトロンを吹き飛ばす!
「さっきと同じネタでやられない!
 せっかくの学習能力も、それじゃ宝の持ち腐れだよ!」
「く――――――っ!」
 吹っ飛ぶディードに向けて、今度はあずさが追撃――思い切り地を蹴り、一気に距離を詰めてくるあずさに対し、両手の光刃を振るう。
 止められたとはいえ、彼女のツインブレイズにはいささかの曇りもない。強大な“力”を秘めた光刃があずさを狙い――
「レッコウ!」
〈Load cartridge!〉
 対し、あずさは右手の相棒に呼びかけた。レッコウが素早くカートリッジをロード。解放された魔力は瞬く間に白金の戦斧の刀身を覆っていき、
「どっ、せぇいっ!」
 女の子らしからぬ気合と共に戦斧を一閃。ディードが交差させた状態で振り下ろしてきた光刃に叩きつける!
 均衡はわずか一瞬――次の瞬間、ぶつかり合った“力”が弾け、あずさとディードは互いに弾かれ、大きく距離をとって着地する。
「そんな……!?
 生身で、ゴッドオンした私の攻撃を止めた……!?」
 しかし、それはディードにとって“意外”としか言いようのない結果だった。だが、それもムリはない。マグマトロンへとゴッドオンした自分と生身のままのあずさとでは体格があまりにも違いすぎる。物理的に考えれば、あずさが一方的に弾き飛ばされる、という展開がもっとも妥当なものだったのだから。
 しかし――
「『止めた』?
 冗談言わないでくれるかな!?」
 そんな彼女に対し、あずさは容赦なく追撃を続けた。再び距離を詰めるとレッコウを振り上げる。
「く――――――っ!」
 今度こそ弾き返す――大地をしっかりと踏みしめ、ディードは万全の体勢から両手の光刃をあずさに向けて繰り出し――そこで、あずさは先のセリフの続きを発した。
「『止めた』んじゃない――」
 

 次の瞬間――

 

「『攻めてる』んだよ!」

 

 あずさの繰り出したレッコウの一撃が、ディードの両手の光刃を粉々に打ち砕いていた。

 

「バカな……!?
 私の“ツインブレイズ”が……!?」
 幸い、被害は光刃を砕かれたのみで自分自身には傷ひとつつけられてはいない――しかし、必殺のはずの一撃を完全に打ち砕かれた精神的な衝撃は、彼女に後退を選ばせるには十分すぎた。迷うことなく後方に跳躍。ディードは改めてあずさと対峙する。
 そして――改めてレッコウを肩に担ぎ、あずさは不適な笑みを浮かべ、
「わからないかな?
 いくら斬れようが、所詮は“刀”……」
「く――――――っ!」
 告げるあずさに対し、ディードは再びツインブレイズを発動。両手に光刃を生み出し――
「“斧”とぶつかれば、砕け散るのはそっちだよ!」
 言い放ち――アスカが再びディードに向けて地を蹴った。
 

「く――――――っ!」
 彼らは操られているだけなのだ。攻撃するワケにはいかない――セイレーンの支配下に置かれた武装隊員達の攻撃に対し、クロノは反撃するワケにもいかずに回避し続けるしかない。
「へんっ、バカにすんなよ!
 オレ達が部下だからって手加減なんかしてやるもんかよ!」
「管理局のヤツらごと、ブッ飛ばしちゃるわい!」
 一方、ノイズメイズ達には攻撃をためらう理由などなかった。口々に言いながらそれぞれの獲物をかまえ――
『って、どわぁぁぁぁぁっ!?』
 彼らは純粋に物量差によって圧倒された。文字通り雨のように降り注ぐ攻撃の前に、反撃の余地もなく吹っ飛ばされる!
「あははははっ! さっきまでの威勢はどうしたのかしら!?
 大きな口を叩いてたクセに、情けないわね!」
 一方、セイレーンはすっかり自分に有利な状況に転んだことで完全に余裕を見せていた。防戦一方のクロノ達を前に、笑いながら言い放つ。
「く……っ! どうする……!?
 彼らを解放するにはセイレーンの“淫欲ラスト”をなんとかするしかないが……」
 しかし、そのためには“淫欲ラスト”によって操られる自分の部下やシャークトロンの群れを突破しなければならない。自分の守るべき者達が敵の身を守る楯に利用され、クロノは状況を打開する方法を求めて思考をめぐらせて――

「まったく……」

 呆れたようなその声は、そんなクロノのすぐ耳元で聞こえた。
「え――――――っ!?」
 驚き、振り向くが、そこには誰の姿もない。降り注ぐ攻撃をかわしながらも、クロノは今の声の主の姿を探し――
「ガァッ!?」
「ググッ!?」
 突然、シャークトロンの何体かが転倒した。
 見れば、彼らの身体に真っ白な魔力の輪がからみついている――何者かによるバインドだ。
 同時――

「何やってるんだよ、クロ助!?」

 そんな言葉と同時、武装隊員達の数人が吹っ飛ばされた。
 彼らの前に飛び込んだ人影が、その体術で殴り、蹴り飛ばしたのだ。
「な、何っ!?」
 突然の反撃に驚き、セイレーンが声を上げ――
「油断しすぎだぞ、瘴魔よ!」
「キャアッ!?」
 そんなセイレーンに向け、新たな声と共に頭上からビームが飛来――とっさに離脱したセイレーンのいた場所を大爆発と共に破壊する。
 そして、乱入者達はクロノの目の前に集結し――その正体に気づいたクロノは思わず声を上げた。
「あ、アリア!? ロッテ!?
 それにダブルフェイスまで……どうしてここに!?」
「あたし達も、今回の事件は無関係じゃないからねー」
「裏からチョコチョコって手伝ってたのよ、いろいろとね。
 大一番の公開陳述会だってのに声がかからなくて、どうしたのかと思ってたけど……」
「こうした事態を見越していたのかもしれないな、あの男は」
 驚くクロノの言葉に、“元”管理局提督ギル・グレアムの双子の使い魔、リーゼロッテとリーゼアリア、そして二人のパートナー・トランスフォーマーであるダブルフェイスは口々にそう答える。
「まったく……操られたのが部下だからって、気を回しすぎなんだよ、クロ助は」
「止まってくれないのは確実なんだから、多少手荒でもまずは動きを止めなくちゃ。
 少なくとも、ジュンイチだったら確実にそうするよ」
「あの人と一緒にしないでくれ……」
 リーゼ姉妹の言葉に苦笑し、クロノはため息まじりに彼女達に並び立ち、
「まぁ、手伝ってくれると言うなら……助かる」
「はいはい。任せなさいって♪」
「ついでに、昔の弟子の成長ぶりも確認させてもらおうかな?」
「ノイズメイズ達も、放ってはおけないしな」
 告げるクロノにロッテ達が口々に答え――
「はんっ! たった3人増えただけで逆転したつもり!?
 あんた達、やっちゃいなさい!」
 そんな彼女たちの余裕の態度が気に入らなかったか、セイレーンは怒りの声と共に支配下の武装隊員やシャークトロンをけしかけた。
 

「むぅんっ!」
 咆哮と共に手にした槍を一閃――専用アームドデバイス“ブリューナク”の一撃で、ザラックコンボイは自分に襲いかかってきたシャークトロンの群れをいともたやすく薙ぎ払う。
 しかし――敵はまだまだその数を残していた。槍を大きく振り抜いたザラックコンボイ目がけ、難を逃れたシャークトロンが次々に殺到してくる。
 反撃するにはタイミングが悪い――そう判断すると、ザラックコンボイは迷うことなく後退を選択した。バックステップで素早く距離を取り、先頭のシャークトロンの牙を回避する。
 そのままさらに距離を取りザラックコンボイは改めてシャークトロンの群れと、そして彼らを統率するサウンドウェーブ、サウンドブラスターと対峙した。
「なるほど……質より量、物量作戦できたか……」
「そういうことだ。
 貴様相手に、くだらん小細工は逆に足を引っ張りかねないからな」
 敵の意図を察し、つぶやくザラックコンボイの言葉に、サウンドウェーブは余裕の笑みと共にそう答え、
「実際……有効な手だ。
 現に、貴様はオレ達を相手に押し切れないでいる」
 そう告げるサウンドウェーブの言葉に伴い、新たに現れたシャークトロンの群れがザラックコンボイをグルリと包囲する。
「悪いが、貴様に主導権をくれてやるつもりはない!
 このまま押し切らせてもらうぞ、ザラックコンボイ!」
 勝利を確信し、告げるサウンドブラスターに対し、ザラックコンボイは――
「………………フッ」
 そんな彼らを、あからさまに鼻で笑ってみせた。
「……何がおかしい?」
「そりゃおかしいさ」
 尋ねるサウンドウェーブにも、ザラックコンボイは余裕の態度でそう答えた。
「そろそろ……」
 

「“アイツら”のご到着の時間だ」
 

 次の瞬間――ビームの雨が飛来した。周囲を固めていたシャークトロン達に降り注ぎ、次々に爆砕していく。
「な、何だ!?」
 突然の襲撃に驚き、サウンドブラスターが声を上げると、
「レオザック、トランスフォーム!」
 飛来したジェット機がロボットモードへとトランスフォーム――駆けつけたレオザックは、そのままザラックコンボイのとなりに着地し、サウンドウェーブ達と対峙する。
「遅かったな、レオザック」
「ザラックコンボイ様が我々を置いて先行したんじゃないですか……
 飛べないオンスロートやゴウリュウは完全に留守番ですし、ショックウェーブだって私達ほど速く飛べないんですよ」
 告げるザラックコンボイの言葉に、レオザックも彼なりの冗談だとわかっているのか、気にすることもなくそう答え、
「レオザックの言うとおりですよ。
 まったく……本局の救援はいいですけど、なんでひとりで突っ走るんですか……」
 そんなレオザックに同意する形で、ひとりの女性が彼のライドスペースから降りてきた。
 その名はリニス――かつてフェイトの実母、プレシア・テスタロッサの使い魔として生まれ、後に彼女の手によって一個の生命体として新生させられた、ザラックコンボイのパートナーである。
「そういうところは、ジュンイチさんに似てきましたよ」
「やめてくれ、恐ろしい」
 リニスの言葉に苦笑すると、ザラックコンボイはサウンドウェーブ達へと向き直り、
「ともあれ――これで形勢逆転だ。
 レオザック、リニス……貴様らはザコの掃除を任せる」
「はいはい」
「まったく……オイシイところは総取りですか」
 ザラックコンボイの言葉に答え、レオザックやリニスはシャークトロン達をにらみつけ、
「残念だったな。
 貴様らの物量作戦、失敗に終わったぞ」
「く………………っ!」
 うめくサウンドウェーブに笑みを返すと、ザラックコンボイはブリューナクを振るい、
「そういうワケで――反撃開始だ!」
 その言葉と同時、ザラックコンボイの頭上に魔法陣が展開された。
 描かれている術式は転送魔法――そして、魔法陣の中から、それはゆっくりと姿を現した。
 漆黒に染め抜かれた、サソリ型の機動兵器――ザラックコンボイの専用パワードデバイス、ブラックスティンガーである。
 自分の傍らに降り立つ相棒と共に、ザラックコンボイはサウンドウェーブ達をにらみつけ――気合を込めて告げる。
「――いくぞ、ブラックスティンガー!」

「ザラックコンボイ、スーパーモード!
 パワード、クロス!」
 ザラックコンボイが咆哮すると同時、ブラックスティンガーは上方へと跳躍。変形を開始する。
 背部ユニットが起き上がり、後方へと展開。左右二つに分割されて両足となり、次いで両手のハサミがスライド、ザラックコンボイ自身のトランスフォームと同じように篭手となり、内部から拳が飛び出す。
 人型への変形が完了し、その胸部が展開。その内部にザラックコンボイが飛び込むと再び装甲を閉じ、彼の身体を保護する。
 唯一露出した頭部にもヘッドギアが装着され、より巨大な姿となったザラックコンボイは新たな名を名乗った。
「魔将大帝――ブラックザラック!」

「ぶ、ブラックザラック……!」
「パワードクロスしたか!」
「そういうことだ」
 元々大型トランスフォーマーであるザラックコンボイがパワードデバイスと合体し、その体格差はさらに広がった――うめくサウンドウェーブ達に対し、ザラックコンボイ改めブラックザラックはそう答えると静かにかまえ、
「だが……何分、こちらも久々の合体でな。
 正直、手加減できる自信がない。生き残りたければ……死ぬ気で努力するんだな!」
 力強くそう宣言し――ブラックザラックはサウンドウェーブ達目がけ、力強く地を蹴った。
 

「いっ、けぇっ!」
 咆哮と共に、あずさが弓形態のレッコウをディードに向ける――同時、放たれた魔力弾の雨が、ディードに向けて降り注ぐ!
(また弾幕……!
 視界を奪うのが目的――そのまま砲撃モードに切り替えて撃ってくるか、接近してアームドデバイスの打撃か……
 いずれにせよ、この場に留まるのは危険すぎる!)
 判断すると同時に身体が動いた。迷わず地を蹴り、ディードはその場から離脱し――
「――――――っ!?」
 突然その足がもつれた。イスルギのシールドビットが互いを魔力の鎖でつなぎ合い、離脱しようとしたディードのマグマトロンの足に引っかけたのだ。
 そして――
「あーちゃん、ホームランっ!」
 バランスを崩したディードが倒れる先には、すでにあずさが回り込んでいた――とっさにガードを固めたディードの両腕をレッコウの一撃が叩き、その巨体を吹っ飛ばす!
「何ナニ? スバル達を圧倒しておいて、能力差が埋められた途端にその体たらく?
 マグマトロンの性能に助けられての戦果、ってのは、謙遜でもなんでもなかったみたいだね」
 改めてレッコウを肩に担ぎ、あずさは告げる――そんな彼女を、身を起こしたディードは静かに見返し
尋ねた。
「…………何なのですか? そのデバイスは」
「うん? あたしじゃなくて?」
「あなたは先ほど言っていました。『自分もデバイス頼みの戦いしかできない』と。
 その上での今の攻防……デバイスの性能によるものとしか考えられないのではありませんか?」
 首をかしげて聞き返すあずさに対し、ディードも動揺を押し隠し、あくまで冷静にそう答えた。
「繰り返しますが、あなたのランクはBランク……そのあなたでも、Sランクの、しかも、SSSランク相当の性能を持つマグマトロンにゴッドオンした私を圧倒できるほどのデバイスなど……常識で推し量れるレベルの性能ではありません」
「そんなにほめても何も出ないよ。
 せいぜい、この子達を設計した人達が喜ぶぐらいでね」
 告げるディードの言葉に、あずさは笑いながらそう答え、
「それに、キミが感心したこの子達の能力も、当然と言えば当然だよ――少なくともあたし達にとっては。
 何しろ……そのくらいできなきゃ、この子達が生まれた“意味”そのものが果たせていないってことなるんだから」
「生まれた、意味……?」
「そ。
 風情のない言い方をするなら、“開発コンセプト”かな?」
 聞き返すディードに答え、あずさは続けた。
「あたしの使うこの子達はね、元々あたし用に開発されたものじゃない――それどころか、そもそも開発コンセプトの段階から、マスターとなる魔導師のことをまったく度外視してる。
 求められたのは、ただデバイスとしての本質、つまり使い手の魔導の力を高める能力、それを極限まで突き詰めること――マスターとの相性なんか関係ない。どんな魔導師であろうと、あらゆる状況で最高の戦闘能力を発揮できるように、っていう発想の元に生まれたんだよ。
 そして、そのための具体的な目標として“ランクの低い魔導師にオーバーSランク魔導師を凌駕できるほどの力を与えられるデバイスを作り上げる”という開発コンセプトが掲げられた……」
 言って――あずさは苦笑まじりに肩をすくめ、
「でも……魔導師ランクに差があるということは、単純に出力だけで差をつけられてるワケじゃない。
 制御能力、安定性、そして使い手自身の運用技術……すべての要素において、下のランクの魔導師を上回ってるってこと――これをデバイスの能力だけで上回るのは、並大抵のことじゃない。
 案の定、最初のシステム構築の段階で早々と煮詰まっちゃってね――そこで、違うアプローチから要求スペックを満たす方法が取られることになった」
 そして、あずさは目の前でレッコウを軽く振ってやり、続ける。
「たった1機のデバイスでランク差を埋めようとするから行き詰まる。それなら、複数のデバイスにそれぞれ役割を与え、その“役割”の上でオーバーSを超えてもらう。
 そして――それらのデバイスの統合的な運用によってオーバーSランクを超える力を与えよう。そういうコンセプトで、開発は再開された。
 その結果生まれたのがこの子達。“打撃力”、“防御力”、“火力”、そしてそれらを扱うもっとも基本となる“制御力”――四つの“役割”を分け与えられたこの子達は、あたしの生まれた地球に伝わる伝説の神獣“四聖獣”になぞらえ、“四神”と名づけられた」
「“四聖獣”……“四”体の“聖”なる“獣”ですか」
「あれ? 日本語の固有名詞なのにわかるんだ」
「敵を制するにはまず敵を知ることが重要――“精霊”の力を受け継ぐ柾木ジュンイチ対策の一環として、参考資料として地球の神聖的な文化についての文献のいくつかに目を通しましたので」
「そうなんだ。
 じゃあ話は早いね」
 ディードの言葉に満足げにうなずき、あずさはレッコウの切っ先を彼女に向けた。
「まずは“白虎”――あたしと一番付き合いの古い、打撃力特化のアームドデバイス、レッコウ。
 “玄武”はイスルギ――防御力を突き詰めたパワードデバイス。
 火力を追求した“青龍”は当然ながらインテリジェントデバイス――左手のイカヅチがそれだよ。
 そして最後に“朱雀”……」
 そこであずさは一度言葉を切り――同時彼女の背中に装備された翼が一度だけ大きく羽ばたいた。
「“朱雀”だけに翼型のゴウカ。
 分類はブーストデバイス――と言っても、目的はブーストじゃない。その辺のシステムはレッコウ達に一通り実装してあるしね。
 この子の役目はブーストデバイスのもうひとつの役目である“ブーストした力の安定制御”――レッコウ達の高めたあたしの魔力を、安定して、しかもあたしが存分に使いこなせるようにサポートしてくれる。
 あたしがレッコウだけ、レッコウとイスルギだけで戦っていたのは、言わば不完全版――本来、この4基が連携し合うことで、“四神”はその能力をフルに発揮できるようになるんだよ」
「そうですか……
 ですが、ひとつだけわからないことがあります」
 説明をしめくくるあずさに対し、ディードはそう問いを投げかけてきた。
 先ほどまでは口数も少なく、落ち着いた印象のあったディードがずいぶんと饒舌じょうぜつだ――それだけに、彼女があずさとのやり取りによって“四神”に対する対抗策を模索していることは容易に想像がついた。
 だが――それでも、あずさはディードの問いかけに答えてやることにした。
「何?」
「あなたは最初、『“四神”はあなた専用に開発されたデバイスではない』と言っていました」
「そうだよ。
 元々は本局のとあるデバイスマイスターさんが仕事外の趣味としてコツコツ図面を引いてたものだったんだけど……さっきの説明の“煮詰まってた”段階で止まってたところに母さんが目をつけた、ってワケ」
「そうですか。
 しかし……その説明でも、“四神”のシステムと接点を持ったのはあなたではなく、あなたや柾木ジュンイチの母・柾木霞澄です。
 そこから、どうして“四神”があなたの手に渡ることになったのですか?」
(やっぱり、ね……)
 ディードの問いはほぼ自分の予想通りだった――あずさは思わず内心で苦笑し、つぶやいた。
(確かに、“四神”はあたし専用のシステムじゃない……それはつまり、あたしに合わせて調整されたデバイスじゃない、ってこと。
 あの子……そこから切り崩す手がかりをつかめないか、とか思ってるみたいね……)
 そこまで読んでもなお、あずさはディードに対してごまかすつもりにはならなかった。
 なぜなら――
(なら……ちょうどいいか。
 こっちとしても、ただお兄ちゃんの腰ぎんちゃくとか思われたくないし……決意表明としては、ちょうどいい話題だよね)
 自分にとっても、正直に答える方が都合が良かったからだ。息をつき、ディードに向けて告げる。
「どうしてあたしが“四神”を手にしたか、だよね?
 そんなの……“あたしが望んだから”に決まってるじゃない」
「あなたが……?」
「そう。
 “四神”はあたしが自ら望んで、母さんから任された――あたし自身の意思で、この戦いの場に立つために」
 そう答え――あずさはレッコウの石突で足元を一突き。衝撃が大地に浅いヒビを走らせる中、ディードに対してハッキリと告げる。
「10年前の“瘴魔大戦”……あたしはただ、お兄ちゃん達に守られるだけだった。
 お兄ちゃん達がいたから……何があっても、お兄ちゃん達が助けてくれる、って……そう思ってた。
 でも……」
 そんな彼女の脳裏によみがえるのは、病院のベッドの上で意識もなく横たわるジュンイチの姿――
「8年前のあの日……キミのお姉ちゃん達にお兄ちゃんが“殺された”あの時、わかったんだ。
 あたしがお兄ちゃん達のことを信じてたのは――同時に、お兄ちゃん達に対する“甘え”でもあったんだ、って。
 お兄ちゃん達は確かに強い……その中でも、お兄ちゃんは特に強い。ハッキリ“最強”って言い切ってもいいくらい。
 でも……そんなお兄ちゃんも“無敗”じゃない。お兄ちゃんだって負けることはある……信じてるだけじゃ、ダメなんだって、その時あたしは思い知ったんだよ。
 だから、思ったんだ……お兄ちゃんに守られるだけじゃダメなんだって。
 戦闘向きの能力者じゃないあたしは、お兄ちゃんみたいに力任せに戦うことはできないけど……あたしにできる形で、あたしなりの戦いをしよう、って」
 そして――あずさはレッコウを大きく振りかぶる形でかまえ、ディードに告げた。
「あたしは……お兄ちゃんの指示で戦ってるんじゃない。あたし自身の意思で、ここにいる。
 お兄ちゃんがスバル達を守りたいように、あたしもスバル達を、ヴァイスくんを……あたしの守りたいものを守りたい。
 そのためだったら、未熟だろうがデバイス頼みだろうが、茶番劇だろうがかまわない。
 大事なもの全部……」

 

「あたしはこの手で守り抜く!」


次回予告
 
はやて 「ジュンイチさん、青いアーマーに赤い炎なんよね……」
ジュンイチ 「何だよ? ヤブから棒に」
はやて 「いや、やっぱここはアーマーも赤い方がイメージ的に」
ジュンイチ 「いーんだよ。
 “装重甲メタル・ブレスト”が青い方が炎が映えるだろ」
はやて 「せやけど、“炎使い”っちゅう実態との誤差ってもんがあるやん」
ジュンイチ 「それを言い出したら、なのはが一番イメージと実態の誤差がデカイじゃんか!」
はやて 「ををっ、そーいえば!」
なのは 「どういう意味!?
 ねぇ、二人ともどういう意味!?」
ジュンイチ 「うるせぇっ! “管理局の白い魔王”が!」
なのは 「魔王じゃないよ!?」
はやて 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第72話『“黒き暴君”、全力全潰フルドライブ
 〜歩く完全デバイス図鑑〜』に――」
3人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/08/08)