「………………」
 セイバートロン星政庁――自らの執務室で、スタースクリームは展開したウィンドウに映るその光景を眺めていた。
 先のミッドチルダ地上本部攻防戦――地上本部ビルを完全に崩壊させた、ジュンイチとマスターギガトロンの戦いの記録映像である。
 ジュンイチが地上本部ビルを“切り倒し”、マスターギガトロンが巨大な鉄とコンクリートの塊に押しつぶされる光景を前に、軽くため息をつき――
「…………また派手にやったね、ジュンイチ……」
 傍らの自分のデスクでつぶやくのはフィアッセだ。
「こんなことをすれば、ミッドチルダも大変なことになると思うんだけど……」
「なるだろうな、間違いなく」
 何しろ、実情はどうあれ“ミッドチルダ地上の平和の象徴”である地上本部の巨大なビルを一撃で倒壊させてしまったのだ。その社会的影響は計り知れない――つぶやく彼女に対し、スタースクリームは冷静にそう答えた。
「…………気になるか?」
「当然だよ。
 ジュンイチは、命を守ってくれた恩人で……大事な“友達”なんだから」
 尋ねるスタースクリームにフィアッセが答えると、
「うっわー、すげーな、今の!」
「今の人が、泉ちゃんのお師匠様……」
 口々に言いながら執務室にやってきたのは二人の少女――息をつき、スタースクリームは二人に声をかけた。
「一応釘を刺させてもらうが……見習うなよ」
「えー?
 あーゆー派手なの、けっこう好きなんだけどなー」
「もう、みさちゃんってば……」
 自分の言葉に一方が口を尖らせ、もう一方がその言葉に苦笑。正反対の反応を見せてくれる自らの教え子二人――日下部みさおと峰岸あやのを前に、スタースクリームは軽くため息をついた。

 

 


 

第74話


〜戦いの爪痕〜

 


 

 

 かつては保護されたばかりのヴィヴィオも運び込まれた、聖王協会付属の大型病院“聖王医療院”――その中庭には、いつもなら存在しないものが存在していた。
 病院の建物にも負けないほどの大きさの、巨大なウミガメ型の機動メカである。
 管理局のマシンではない――“Bネット”救難部・機動医療隊が誇る機甲移動病院“ホスピタルタートル”である。

 あの凄惨を極めた地上本部攻防戦――決着と同時、ライカはすぐに“Bネット”に連絡を取った。
 ここまで完膚なく壊滅してしまっては、管理局のレスキューも――そう判断したライカからの連絡に、ちょうどその通信に応答した鈴香はすぐに動いてくれた。
 管理局がらみの話は“Bネット”でもごく一部の人間しか知らないトップシークレット。そのため大人数での救援こそできなかったものの、無人救難システムを多数搭載したホスピタルタートルを動員、ジーナ達事情を知る面々と共にすぐにミッドチルダへと駆けつけてくれたのだ。
 鈴香の迅速な行動により、なのは達はすぐに回収、治療を受け――重傷だった隊員達も、みんな無事峠は越えることができた。何人かは未だ意識が戻らないが、じきに目を覚ますだろう。
 また、エンジニアでもあった鈴香は救助の一方で霞澄と協力し、トランスフォーマーの面々も治療――各自のボディの修復こそ後回しになったが、AIやスパークについては“ほぼ”全員が問題なくサルベージされ、システムの再起動を果たしていた。

 そう――“ほぼ”全員が、である。

 

 ただひとり――中枢部を完全破壊されたマスターコンボイだけは、スパークが無事サルベージされた後も、未だ沈黙を保ち続けていた。

 

「………………」
 ホスピタルタートルの一室、一命は取り留めたものの、意識の戻らぬまま眠り続けるグリフィス――そんな彼の姿を、となりでイスに腰掛けたルキノは沈痛な面持ちで見つめていた。
 先日の戦いでの、ウーノのゴッドオンしたアグリッサとキャロの召喚したヴォルテールの激突――すべての衝撃の過ぎ去った後には、離脱したのかアグリッサの姿はなかった。
 彼女のいた場所に、防護フィールドによって保護されたグリフィスだけを残して――
(やっぱり……彼女も、グリフィス補佐官のこと……)
 なんとなく、しかし確信に近い思いを抱き、ルキノはヒザの上で拳を握りしめ――
「……ルキノ」
 そんな彼女に声をかけてきたのは、自身も入院服をまとい、恭也や知佳に支えられたシグナムだった。
「グリフィスの具合はどうだ……?」
「まだ、意識が戻らなくて……」
 シグナムにそう答え、ルキノは逆にシグナムに尋ねた。
「それで……他のみなさんは?
 ヴァイス陸曹とか……」
「あぁ、ヴァイスなら……」
 

「ヴァイスくん……!」
 そのヴァイスは、現在ホスピタルタートルのICUの中――全身に包帯を巻かれ、ベッドに横たわる彼の姿を、あずさはガラス1枚隔てた向こう側から見守っていた。
「あたしが……もっとちゃんとできてたら……」
 その胸中に渦巻くのは、ぬぐいがたい後悔の念――そんな彼女を、3体のリアルギア達は心配そうに見上げている。
「“四神”のマッチングがもっと早くできていたら……もっと早く、六課に戻ってこられていたら……ヴァイスくんは、こんなことにはならなかったのかもしれない……! ヴァイスくんを、守れてたかもしれない……!
 それに、みんなだって……!」
 自分さえいれば誰も傷つかなかった、などとうぬぼれるつもりはないが――いれば何か状況は変えられたはず。そう思わずにはいられない。
「あたし……どうすればよかったのかな……?
 教えてよ、ヴァイスくん……!」
 目の前のガラスの壁に額をあて、尋ねるあずさだったが――ヴァイスからの答えはなかった。
 

〈こちらは、先日テロ事件の被害を受けた。時空管理局ミッドチルダ地上本部“跡地”の上空です。
 施設の被害や負傷者の数、事件の詳細については、いまだ、管理局側からの発表はありません――〉
「…………対応が遅いですね。
 まぁ、ムリもない話だとは思いますが」
 テレビはニュースの途中だが、容赦なくカット――ウィンドウを閉じ、ジーナはため息まじりにそうつぶやいた。
 そこは、ホスピタルタートルの中の休憩室――六課隊長陣、その中でもベッドから起きて動ける程度のケガで済んだ面々を前に、手にしたクリップボードに視線を落とした。
 なのはの姿はここにはない――利き腕が折れていることに加え、他にも骨にヒビが入った場所が数ヵ所、さらに内臓もいくつか傷ついていた。今は病室で絶対安静である。
「では、報告の続きを。
 みなさんの戦いの後、ディセプティコンの面々は全員影も形もなくなっていたそうです……イクトさんの話によると、以前ブラックアウトを撃墜した時に自動転送で撤退したらしい、とのことでしたから、その類のシステムが働いたんだと思います」
「じゃあ、マスターギガトロンも……?」
「そういうことですね。
 結局、地上本部を丸ごと武器にしたジュンイチさんの一撃も、動きを止めるので精一杯だった、と……」
 聞き返すフェイトに対し、ジーナはため息まじりにそう答え、報告を続ける。
「そして……“器”についてはどこもさんざんですね。
 地上本部は……みなさんも見ていた通りですし、機動六課も隊舎はほぼ焼失。マキシマスも、しばらくは行動不能とのことです。
 他にも、108部隊に本局も、機能を半分以下にまで削られて……聖王教会に至っては、完全に壊滅させられてます……」
「それで……“人的被害”は?」
 できれば聞きたくないが――それでも、一部隊の隊長として聞かなければならない。意を決して尋ねるはやてに対し、ジーナは答えた。
「負傷者は数え切れないくらい……外にいて、無事で済んだ局員は事実上ひとりもいません。
 ただ……“死者はひとりも出ていません”」
「え………………?
 ひとりも死んでないの? 地上本部なんて、あんなことになったのに……!」
 戦闘の中でビルひとつが崩壊したのだ。死人が出ていてもおかしくない――思わず聞き返すフェイトだったが、ジーナはそんな彼女にハッキリとうなずいてみせた。
「驚かないで聞いてください。
 あの戦いの中……地上本部ビルが崩壊させられるよりももっと前から、一般の武装隊員はみんな退避させられていたんです。
 しかも……ガジェットに」
「ガジェットに?」
「はい……
 どうも、スカリエッティが今回送り込んできたガジェットには、極力人を殺傷しないように、というプログラムが仕込まれてたみたいで……
 そのプログラムの中に、撃墜されて戦えなくなった隊員を避難させるものがあったみたいなんです……たぶん、それ以降の戦いでその人が何かしらの攻撃に巻き込まれて死ぬことがないように」
 ジーナの口から出たのは、意外な“救出者”の存在――聞き返すはやてにジーナが答えると、イリヤが首をかしげ、尋ねた。
「ってことは……それをプログラムしたのはスカリエッティ、ってことだよね?
 なんで、そんなことを……?」
「おそらくは、自分の力を見せつけるためだろう」
 そう答えたのはイクトだった。
「スカリエッティとしては、今回の地上本部襲撃はヴィヴィオ拉致のための陽動と同時、自分の技術力を見せつけるためのデモンストレーション、という意味があったはずだ。
 結果的にはマスターギガトロンによって水泡に帰したワケだが……その“目的”を考えれば、証言する者は多い方がいいし――それが、その威力を直に味わった者であればなおいい」
「なるほど……
 スカリエッティは、そういう“証言者”をひとりでも多く確保するために、人命を尊重したプログラムをガジェットに仕込んだんやろうな。
 それに……別にスカリエッティは自分の作ったものの“戦闘能力”を見せたいワケやない。
 あくまで見せたいのは“性能”――救助にも動員すれば、ガジェットは戦闘とAMFだけがウリやないってところも見せられる……細かいトコまで配慮が行き届いとるわ」
 イクトの言葉にはやてが苦笑し――
「だとすると……ジュンイチさんは、そのことも計算してたのかもしれない……」
 二人のその言葉に、美遊は視線を落とし、静かにそうつぶやいた。
「ジュンイチさんは何度もスカリエッティの一派と戦ってた……手の内も、スカリエッティの人となりも、少なくとも私達よりずっと理解していたはず……
 スカリエッティなら、あの場で死人を出すようなマネはしない――それどころか、“証言者”を確保するために、むしろ人命保護にだって走る――そこまで読んでいたからこそ、あんなマネができたんじゃないかな……?」
「墜とされた人達はみんなガジェットが避難させてくれる。だから本気で戦っても、目に届かないところで誰かを巻き込む心配はない……だからこそ、平気で地上本部を崩壊させられた……ってことやね」
 自分に続くはやての言葉に、美遊は静かにうなずき――ジーナの報告は続く。
「そんなワケですから……死者はひとりも出ていません。
 瘴魔にやられたという人達も、瘴魔が負の精神エネルギーの回収を優先、その人達をいたぶるだけに留めてくれたおかげで、みんな重傷ですけどひとりも死んでいません。
 ただ……」
「マスターコンボイ……だね……」
「はい……
 鈴香さんと霞澄さんががんばってくれたおかげで、スパークのサルベージは無事完了。命に別状はないんですけど……意識が、まだ……」
 アリシアの言葉に答え――しばしのためらいを見せた後、ジーナは告げた。
「……それから……行方不明が4名。
 ナンバーズに拉致されたギンガちゃんと……ゆたかちゃんにガスケット。
 それから……」

「ヴィヴィオちゃんです」

 

「…………さて、と……」
 一方、霞澄は報告をジーナに任せ、ある病室に向けて廊下を歩いていた。
 それは、現状からして一番ケアが必用だと思われる人物のいる部屋。なんとなく中の様子を予想、というか確信しながら扉に手をかけ――
「だ、大丈夫です……!
 私なら、もう、動けますから……!」
「見るからに痛みをこらえてるのに、大丈夫なはずないじゃないですか!」
「………………やっぱり」
 そこには予想通りの光景――ベッドから身を起こそうとしているなのはを鈴香が懸命に抑えているのを見て、霞澄は思わずため息をついた。
「あ、霞澄さん!
 霞澄さんからも止めてください! なのはさんってば、まだ満足に動ける状態じゃないのに、『現場に戻る』って言って聞かないんです!」
「簡単に『止めろ』って言うけどねぇ……」
 鈴香の言葉にため息をつき――しかし、彼女としては最初からそのつもりだった。息をつき、霞澄はなのはに声をかける。
「なのはちゃん。
 ……そこまでするのは……やっぱり、ヴィヴィオ?」
「………………っ!」
 霞澄のその言葉に、なのはは思わず動きを止めた。
「心配なんでしょ? あの子のことが」
 さらに言葉を重ねる霞澄に対し、なのはは無言でうなずいた。
「…………約束……守れなかったんです……
 『私がママの代わりだよ』って……『守っていくよ』って、約束したのに……そばにいてあげられなかった……守ってあげられなかった……!」
 嗚咽が混じりながらも懸命に言葉を紡いでいくなのはを、霞澄は無言で、優しく抱きしめてあげる。
「あの子……きっと、泣いてる……!
 ヴィヴィオが泣いてるって……悲しい思いとか、痛い思いをしてるかもって思うと、身体が震えて、どうにかなりそうで……!
 今すぐ助けに行きたい……! だけど……私は……!」
 自分の胸の中で泣きじゃくるなのはの頭を、霞澄は優しくなでてやり、
「気持ち……わかるよ。
 ウチもね、ジュンイチが……本当に何の力にも目覚めてない、本当の子供だった頃に、同じようなことになってね……私も、その時は本当に怖かったから……
 ちゃんと、あの子の“母親”、できてたんだね……」
 なのはを慰めるようにそう告げて――霞澄はなのはを解放した。彼女の目からあふれる涙をぬぐってやり、
「…………なのはちゃん」
 これから告げることは、正直伝えるべきかどうか迷っていたが――腹は決まった。決意と共に、なのはに告げる。
「私はジュンイチ達の師匠……つまりどっちかって言うと戦士側の人間。そして同時に、トランスデバイスや“四神”を開発したエンジニアでもある。
 どっちも確証なしに動くのは危険な職業だからね……本当なら、まだ確証もない、仮説の段階でモノ言っちゃいけない人種なのよ、私は。
 けど……なのはちゃんがそれで元気になれるなら、言うべきだと思う」
 そう前置きして――続ける。
「ヴィヴィオは……」

 

「スカリエッティに捕まってないのかもしれない」

 

「え………………!?」
「今言ったとおり、現時点では何の確証はない――あくまで状況とちょっとしたプロファイリングから私が推測した“仮説”でしかない。その前提で聞いてほしい」
 告げられたのは予想外の言葉――顔を上げるなのはに、霞澄はさらに念を押す。
 こんなことを聞けば、なのはは自分の話に耳を傾けざるを得ないというのに――我ながらズルイ大人だと内心苦笑しつつ、続ける。
「スカリエッティは犯罪者である以前に技術者。当然自分の技術にはかなりのプライドがある。
 そんな彼のことだよ。今回の襲撃できちんと“成果”を挙げられたら……少なくとも同じ技術者である私の感覚で言わせてもらえば、自慢せずにはいられない。そしてそのための一番手っ取り早い手段として――襲撃後、犯行声明をぶち上げる。
 けど……今のところそれらしい声明は一切入ってない。つまりそれは、スカリエッティにとって今回の作戦は失敗――でなくても、少なくとも望む“成果”は挙げられてない。そう考えることができる」
 なのはからの反応はない――不安げにこちらを見守る鈴香に『大丈夫』とアイコンタクトで告げ、霞澄は続ける。
「じゃあ、その“成果”っていうのは一体何なのか?
 地上本部の襲撃?――戦力の動きから考えて、デモンストレーションであり、同時にオトリでもあった、そう思っていい。少なくともこれが本命だとは思えない。
 ギンガ達タイプゼロや、フェイトちゃん達人造魔導師?――スカリエッティのところにはすでにその辺の技術の集大成とも言えるナンバーズがいる。ここでギンガ達を捕獲して技術を得るメリットなんかないから、参考サンプルとして狙っていた、ってところね。だからこれも除外。
 となると――六課襲撃の一番の目的であったと思われるヴィヴィオだよ。スカリエッティは主力であるマグマトロンを六課に送り込んでるし、まず間違いなくヴィヴィオが本命だったと考えられる」
「つまり……スカリエッティにとって一番の“成果”は、ヴィヴィオの拉致……」
「そう。
 けど……それが失敗した。自分の望む“成果”が挙げられなかった……だからスカリエッティは犯行声明を出せない。“成果”も何もないのにそんなことをすれば、自分の技術者としてのプライドを傷つけるだけだもの」
 少しだが、なのはの瞳に力がよみがえった――彼女のつぶやきに答え、霞澄はなのはの肩をつかんでそう告げた。
「シャリオちゃん達の話だと、あの時ガスケットやゆたかちゃんの介入で、ルーt……召喚師の女の子の転送魔法は暴発した可能性がある。
 考えられる可能性としてはランダム転送――次元世界を超えるような設定はしてないはずだから、たぶん、ミッドチルダのどこかに……」
「でも……だとしても、結局敵の手にあるって事じゃ……」
「もしそうでも、スカリエッティの元にはたどり着けていない。
 たどり着けていれば、さっき言ったようにスカリエッティから……声明じゃなかったとしても何らかのリアクションはあるはずだから」
 そうなのはに答え、霞澄はさらに続ける。
「そしてそれは同時に……ヴィヴィオはあの召喚師の子に守られてるってことでもある――向こうとしては、ヴィヴィオを無事に確保したいはずだからね。
 だから、ヴィヴィオは今のところ無事――敵に守られてるっていうのはシャクだけど、そこは安心していいと思う。
 もちろん、私の仮説の通りなら、って前提はつくけど……スカリエッティと同じ技術者として、彼の立場に立って考えてみて――私はこの仮説が限りなく現実に近いものだと感じてる」
 そして――霞澄は決意に満ちた表情でなのはに告げた。
「スカリエッティよりも先に、ヴィヴィオを見つけ出し、保護する……それが、あの子に対して今の私達にしてあげられる“最善”。
 つまり、最初にすべきは探索――悪いけど、そこになのはちゃんの入り込む余地はないよ。ぶっちゃけ、ロングアーチとかバックヤードの仕事だもの」
 確かに、自分が探索に出るよりロングアーチに動いてもらった方が効率はいい――反論できず、うつむくなのはに対し、霞澄は結論に入った。
「なのはちゃんの出番はその後――ヴィヴィオを発見して、保護する段階。
 母親として、真っ先に駆けつけてあげなくちゃ――そして、今度こそあらゆる魔の手からヴィヴィオを守ってあげなくちゃ。
 そのために、身体を万全の状態に整えること――それが、今なのはちゃんがすべきことだよ」
「…………はい。
 すみません。ご心配をおかけして……」
「うん、いい子だ」
 自分の話で頭が冷えたか、うなずき、素直にベッドに戻るなのはに対し、霞澄は息をついてうなずいた。
 鈴香に後を任せ、霞澄は部屋を出ようときびすを返し――
「あ、そうそう」
 ふと思い出し、振り向いて付け加える。
「忘れないでね――ヴィヴィオを助けに行きたいのは、なのはちゃんだけじゃないってこと。
 フェイトちゃんやはやてちゃん、他のみんなも、ヴィヴィオを……ううん、あの子だけじゃない。一緒に消えたゆたかちゃんやガスケット、それにスカリエッティにさらわれたこと確定なギンガのことを、助けてあげたいって思ってる。
 ジュンイチみたいに“手遅れ”になんか絶対にしない。あの子達は必ず、私達全員で助け出す――そのことを、忘れないでね……」
 そう告げて――霞澄は今度こそなのはの病室を出て行った。
 

「なら……お前達は……」
「あぁ。
 オレとアルテミス……そしてイリヤと美遊は、こなた達の指揮官として、師として……カイザーズを支えていた」
 一方、格納庫に急ごしらえで作られたトランスフォーマー用の病室では、スカイクェイクが事情を話していた――ビッグコンボイの言葉にうなずき、スカイクェイクはそう告げた。
「こなたのゴッドマスターへの覚醒は、完全に偶然だった……ノイズメイズ達の襲撃に巻き込まれ、その中で覚醒しただけだった。
 だが……トランステクターと“レリック”がつながっている以上、ゴッドマスターとなったこなたや、彼女に追従する形で覚醒していったかがみ達が、スカリエッティとお前達の戦いにいつ、どんな形で巻き込まれるか、正直わかったものではなかった。
 だから、ジュンイチは考えたんだ――オレを師につけ、戦う力を磨き上げ……己の身を守り、元凶を絶つ力を与えることで、彼女達を守ろうと……」
「スカリエッティ達に影からちょっかい出してたのは?」
「悪いとは思ったが、こちらで利用させてもらった。アイツらの実戦訓練のためにな。
 まぁ、同時にスカリエッティの目を分散させ、六課への負担を軽減する目的もあったがな」
 手を挙げ、尋ねるジャックプライムの問いにも、スカイクェイクは冷静にそう答える。
「だが……今回の敵の攻撃は完全にオレ達の想定を超えていた。
 今のアイツらなら、戦い抜けるだろうと踏んでいたんだが……まさか、お前達までここまでやられるほどの戦いになるとは……ジュンイチすら、想定できていなかった」
「マスターギガトロン、そして、マグマトロンか……」
 スカイクェイクの言葉に、スターセイバーは視線を落としてつぶやき、
「しかし、柾木は……あの男は何を考えている?
 いくらマスターギガトロンを倒すためとはいえ、地上本部を崩壊させるなど……
 そんなことをすれば、後々世界にどんな影響を与えるか、わからない男ではあるまい」
「そこまではわからん。
 オレも、ヤツの考えている“計画”すべてを知らされているワケじゃないからな……
 だが……」
 スターセイバーに答え、スカイクェイクは天井の照明を見上げた。
「もし、あの男が……攻撃以外の、何らかの意図をもって地上本部を崩壊させたのだとすれば……間違いなく、“これだけ”では終わらない……!」
 

「なぜだ!?
 なぜこんなことになっている!?」
 渾身の力でデスクに拳を叩きつけ、レジアスは思い切り声を荒らげる――彼は現在、今回の事態に際し設置された対策本部とは行動を共にせず、直属の部隊の隊舎に拠点を移していた。
「あの男に連絡は!?」
「回線が変えられています……
 研究所も、もぬけの空で……」
 部下の答えに、レジアスは自らも端末を立ち上げ、通信を試みるが――ダメだ。部下の言う通り、通信のつながる気配はない。
「ここまで十分に重用してきたはずだ……なのになぜ……!
 オーリスはどうした!?」
「今、対策に駆け回っています……
 警備部隊と関係者に、順次相談を……」
 

「………………?」
 部下を連れ、会議室への移動中――オーリスは行く手の廊下に佇んでいる人物に気づいた。
 左腕を吊り、頭に巻かれ、Tシャツの胸元からのぞく包帯が痛々しいが、彼女はかまうことなくオーリスに声をかけた。
「……こないだの査察ぶりね、オーリス三佐」
「…………ライカ・グラン・光凰院……
 地上本部崩壊の主犯のご友人が、何の用ですか?」
「いきなり手厳しいわねぇ」
 オーリスの言葉に対し、ライカはあっさりと肩をすくめる――そんな彼女に、オーリスは静かに息をつき、
「会議があります。
 あなたの相手をしているヒマは――」
「その後でもいいよ、こっちは」
 オーリスの言葉にあっさりと答え――ライカは続けて付け加えた。
「それと……あなたがするのは“あたしの”相手じゃない」
「………………?」
 そこで、初めてオーリスが反応した。不思議そうに視線を向けてくるオーリスに対し、ライカは背後に控えさせていた人物を前に出てこさせた。
 重度のケガ人であるライカがここまで来るにあたり、介助してくれた彼女は――
「あたしはこの子とあなたを引き合わせる仲介役。
 あなたに用があるのは、この子の方よ」
 そうライカが告げると、彼女はオーリスに対して頭を下げ、名乗った。
「初めまして、オーリス三佐。
 “Bネット”捜査部・特別捜査隊々長――ファイ・エアルソウルです」
 

「…………スバル……?」
 部屋をのぞき込んでみると、目的の人物はベッドの上で身を起こしていた――スバルが起きているのを確認し、こなたは彼女の病室に足を踏み入れた。
「こなた……
 ケガ、もういいの?」
「退院には程遠いけど、病院の中を歩き回れるくらいには……ね。
 ティアちゃん達も心配ない……って、もうこっちにもお見舞い来てたらしいし、スバルももう知ってるか」
 尋ねるスバルに答えると、こなたは彼女のベッドの脇にイスを引っ張ってきて腰かけ、ビニール袋に詰められたお菓子や果物をスバルに手渡した。
「一足先に現場に復帰した人達から差し入れ。
 一応、お見舞いに顔出してあげたい、って言ってたけど……断った方がよかったでしょ?
 だって、その……」
「うん……
 余計な気を使わせちゃうのとか、悪いから……」
 確認するこなたの言葉にうなずくと、スバルは自分の両足へ視線を向けた。
 先日の戦いでナンバーズの“12番”ディード――彼女のゴッドオンしたマグマトロンに踏みつぶされた両足は、救助された直後は直視するのもはばかられるようなひどい有様だった。現在はギプスのような形状の小型メディカルカプセルを両足に装着した状態で治療中だが、一歩間違えたら彼女の“身体”をもってしても二度と歩けなくなっていたかもしれない、というのが彼女を診たマリエルの診断結果だった。
 二人とも口を開かず、しばし静かに時が流れ――
「…………あの、こなた……」
 その沈黙を破ったのはスバルだった。
「何?」
「……その……ごめん……」
「…………えっと……“どれ”のこと言ってる?」
「いろいろ……かな……
 あたし達、六課に戻るのが遅れちゃって、六課を守って戦ってくれたこなた達の援護、間に合わなかったし……今だって、こなたにいろいろと気を使わせちゃってるし……」
「いいよ、そんなの」
 あっさりとスバルの言葉に答え――こなたは息をつき、
「むしろ、マッハキャリバーの方だと思うけど? 謝るのは。
 かろうじてAIのコアチップが無事だったおかげで復活はできるらしいけど……それ以外、完全に全損しちゃったんだから」
「うん…………」
 こなたの言葉に、スバルは視線を落とし、
「…………もう一回、ごめん。
 やっぱり、気を使わせちゃってる……」
「だから、気にすることなんて――」

「ゆたかのこと、こなただって心配なのに」

「――――――っ」
 スバルの言葉は、こなたの言葉を封じ込めるには十分すぎる“威力”を持っていた。
「そもそも、いつものこなただったらこんな風に素直に様子を見に来たりしない……
 いつだってのんびりしてて、自分の趣味に一生懸命で……言葉より、行動の方であたし達を明るくしてくれる、っていうのが、あたしにとってのこなたのイメージで……」
「あー、もういいから。
 うん、やめて? なんか持ち上げられてるみたいでさすがに恥ずかしいから」
 スバルの言葉に、こなたは顔を赤くして手をパタパタと振って彼女を押しとどめ、
「でも…………うん、そうだね。
 何て言うか……やっぱり、らしくないかな。いつもみたいには、ちょっとできてないかも」
 ため息まじりにそう認め、こなたはスバルから視線を外し、
「スバルの言うとおりだ……ここに運び込まれて、気がついてから……ずっと、頭のどっかでゆーちゃんのこと考えてる。
 無事なのか、どこにいるのか……お父さんやゆい姉さんにゆーちゃんのこと任されてたのに、なんて言えばいいのか、とか……ずっとそんなこと考えてて……でも、答えなんかわかるワケなくて……ずっと頭の中グルグルしてる」
 「ホント、私らしくないよねー」とほんの少しだけいつものノリでそう告げると、スバルへと視線を戻したこなたは息をつき、
「これがロボットものとかバトルものとか、その辺のアニメだと『次は負けない。さらわれた子達も絶対助け出す』って新展開にいくところだけどさ……
 …………私達、ホントに言い訳のしようもないくらい、コテンパンにノされたもんね……」
「うん…………」
「その上、ギンガちゃん以外は完全に行方不明……
 ……いや、ギンガちゃんも『スカリエッティにさらわれた』ってことがわかってるだけで、今どこにいるか、とかもわかんないし……
 もう、ヤんなるくらい問題は山積みだね……」
「うん…………」
 自分の言葉にスバルがうなずくのを聞きながら、こなたは天井を見上げた。
「………………“先生”みたいには、やっぱりいかないね……」
「うん…………」
 本当に、どうすればいいのだろうか――先行きの見えない不安の中、二人はそのまましばらくの間無言で時の流れに身を任せていた。
 

「…………まずは……どっから話したもんかな?」
「いいんじゃない? 時系列順で」
 混乱する状況の中、把握すべき事項はまだまだ多い。次は彼らの話を聞くことにした――ホスピタルタートルの応接室で息をつくゲンヤの言葉に、霞澄は彼のとなりでソファに腰かけ、そう答える。
 対面しているのは先ほどの報告会と同様、はやてやフェイト、アリシアにあずさ、イクトといった、ベッドから出歩ける面々――他にも、通信を介する形で、なのはのような動けない隊員達の病室や、負傷が軽く事後処理のために六課隊舎に出向いていた者達の元にも、この会議の内容は届くことになっている。事が同じ部隊の仲間達の出自に関わっていることのため、共に戦ってきたみんなにも知る権利はあるとはやてが判断したのだ。
 ただし――元々ある程度は事情を知っているアリシアやあずさはゲンヤ達の傍らで説明する側だ。ゲンヤ達の座るソファの両側で、はやて達と相対している。
「まずは……そっちで追っかけてた“戦闘機人事件”のこと……
 それから……スバルやギンガ、クイントちゃんのこと……
 そして……」
「……そうだな」
 霞澄の言葉にそううなずき、ゲンヤは静かに語り始めた。
「戦闘機人の大元は、人型戦闘機械……これは、ずいぶんと古くからある研究でな。古くは旧暦の時代からだ。
 人間を模した機械兵器――いくつもの世界で、いろんな形式で開発はされたが、モノになった例は、あんまり多くねぇ。
 それが……ある時期を境に、劇的な進化を遂げた。
 だいたい……25年ばかり前のことだ」
 そこで、ゲンヤは一度息をつき――彼に代わって説明するのは、攻撃を受けた聖王教会大聖堂に設置された臨時の避難所、その指揮所からこの会議に加わっているクロノである。
〈機械と生体の融合技術自体は、特別な技術じゃない。
 人造骨格や人造臓器は、古くから使われている……〉
「えっと……義手や義足、人工心臓とか?」
 聞き返すはやてにクロノがうなずき、彼のとなりに座るカリムが続ける。
〈ですが……足りない機能を補うことが目的ですから、強化とは程遠く……拒絶反応や、長期使用におけるメンテナンスの問題もあります〉
「だが……戦闘機人はな、素体となる人間の身体の方をいじることで、その問題を解決しやがった」
『………………っ!』
 カリムに続くゲンヤの言葉に、場がにわかにざわつき始める――かまわず、アリシアははやて達に説明する。
「誕生の段階で戦闘機人のベースとなるよう……機械の身体を受け入れられるよう、“調整”されて生まれてくる子供達……
 それを生み出す技術が、その時期に形を成した……
 そして……その技術を生み出したのが……」
「ジェイル、スカリエッティ……」
 うめくようにその名をつぶやくフェイトにアリシアがうなずき、ゲンヤが再び口を開く。
「11年前……まだスカリエッティなんてヤツがからんでるなんてことは知らなかったが、ウチの女房は……クイントは、陸戦魔導師として、捜査官として、戦闘機人事件を追ってた。
 違法研究施設の制圧、暴走する試作機の捕獲……ってな具合にな。
 そして……無事に保護された、戦闘機人のプロトタイプの中に……スバルとギンガがいた」
「その辺りのことは……オレも生前、クイント女史から聞いたことがある」
 そう口をはさんできたのはイクトである――はやて達が注目する中、静かに続ける。
「二人とも、本当に自分によく似ていたから、放っておけなかった――そう言っていた。
 だから、自分達の娘として、“人間”として育てることにしたんだ、と……」
「あぁ……
 そうして引き取って1年……アイツらもようやくオレ達に馴染んでくれた、って時に……アイツと出会った」
「ジュンイチさん……やね」
 つぶやくはやてに、ゲンヤは無言でうなずいた。
「アイツも、スバル達の前じゃいい“お兄ちゃん”でな……ウチに来るきっかけは、ちょっと管理局と、っつーかウチの部隊とモメて、傷害事件を起こしちまった、その保護観察処分だったんだが……すぐにスバルやギンガと仲良くなった。
 まぁ、途中、“ギガトロン事件”とかでちょっとごたついちまったがな」
「“ギガトロン事件”……私達を倒した、あのマスターギガトロンがからんでいた事件ですね……」
「そうだ。
 あの一件で、ギガトロンはジュンイチの放った砲撃をまともにくらって――残骸も見つからず、死亡したと思われていたんだが……」
「ところがドッコイ、生きていた、と。
 しかも、“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”なんて厄介なものを引っさげて、ね」
 フェイトに答えるゲンヤに、アリシアがため息まじりにそう答える――実際に相対した面々がその時のことを思い出して苦い顔をするが、ゲンヤは話を続ける。
「けどな……そんな日々も、長くは続かなかった。
 8年前……アイツらは殺された。所属していた部隊もろともな。
 “特秘任務中の事故”とかで、その時には死亡原因も真相も、何も教えられなかった――何があったのか、断片的ながらもそれを知ることができたのは、その“任務”に遅れて参加して、病院に運び込まれてたジュンイチが目を覚ました後のことだった……」
「…………“戦闘機人プラントでの、ナンバーズやガジェットとの交戦”……
 出遅れたジュンイチさんが到着した時には、もう部隊の隊員は大半が殺されてて、クイントさんやゼストさん、メガーヌさんもボロボロで……
 ジュンイチさんも、ゼストさん達を守りながらじゃ全力を出せずに……殺された。
 ジュンイチさんが特殊な身体じゃなかったら、ジュンイチさんも、それで終わってた……」
「特殊な……?」
「それについては、また今度――今回の話に直接からむ部分じゃないから」
 ゲンヤの、そしてその後に続くアリシアの話に、フェイトが口をはさむ――アリシアがそう答え、ゲンヤは続ける。
「幸か不幸か……普段はアイツにとって負い目でしかないその身体の特殊性が、アイツの命をつないだんだ……
 でもな……それはアイツにとって、別の意味での地獄だった。
 ひとりだけ生き残っちまったことに、アイツは誰よりも責任を感じてた……身体が特別だったことなんか言い訳にできない。むしろそのせいで、ひとりだけのうのうと生き残っちまった、ってな……正直見てられなかった。
 その後も、まぁ、いろいろあってな……怒って悔やんで、いろいろと迷走したアイツが本当の意味で復活するには、その1年後、“擬装の一族ディスガイザー事件”まで待たなくちゃならなかった……」
「それって……確か、はやてが初めてジュンイチさんと一緒に戦った……?」
「うん……」
 尋ねるフェイトに答え、そこからははやてが説明した。
「“擬装の一族ディスガイザー”も、元々は戦闘機人とは別種の生体実験の被害者達でな……状況がそれしか許さんかったとはいえ、私達は彼らを殲滅せんめつするしかなかった……
 その時も、一番そのことに責任を感じてたのが、ジュンイチさんやった……」
〈他が先に片づいたことによる偶然、ではあったが……最終的に彼らの最後のひとりを倒し、“擬装の一族ディスガイザー”を――ひとつの“種”を滅したのは、他ならぬ彼だったからな……〉
 はやてやクロノの言葉に、フェイトはウィンドウ上のなのはと顔を見合わせ――
「けど……そのおかげ、って言い方も不謹慎だが、その戦いをきっかけに、アイツは吹っ切れることができた。
 もう、このテの犠牲者は出さない。出してたまるか。そのために、まずはあの時の戦闘機人達を絶対に止める――すっかり本調子に戻ったアイツがスカリエッティの存在に行き着くまで、そう時間はかからなかった……」
「じゃあ、ナカジマ三佐は知ってたんですか?
 この事件に、スカリエッティがからんでる、って……」
「いや、それを知ったのはつい最近……お前さんが、自分トコの事件に戦闘機人がからんでくる可能性を考えて、オレに捜査協力を依頼してきた後さ。
 それまでは、ジュンイチからアイツの調査の結果の中で名前を聞くだけだったんだが……まさかお前さん達の口からヤツの名を聞くとは思わなかったぜ」
 聞き返してくるはやてに答えると、ゲンヤは手元の湯飲みに注がれた茶を一気に飲み干し、
「とりあえず……あのバカとうちの娘や女房についてはそんなところだ。
 後でアイツから提供されたデータもそっちに渡してやる――と言っても、アイツもアレでしたたかだからな。本当に肝心要のデータはオレにも見せてないと思う。たぶん、お前さん達の持ってるデータにほんの少しプラスアルファ、程度だろうな」
「その辺は覚悟してます」
 ゲンヤの言葉にはやてが苦笑し――
「けどな……これだけは言える」
 そんな彼女に、ゲンヤは真剣な表情で付け加えた。フェイトやなのはの映るウィンドウへと視線を向け、尋ねる。
「お嬢……それから高町の嬢ちゃん。
 アイツとは今回が初対面だったお前さん達に聞くが……その時のジュンイチの様子、どうだった?」
「え? えっと……」
〈なんて言うか……冷静でした……〉
 突然の質問に戸惑うフェイトだったが、反してなのはは落ち着いた様子でそう答えた。
〈うまく言えないんですけど……私達がやられたことに対してものすごく怒ってて……でも、それ以外にはあわててる様子もなくて、ちゃんと状況も見えてました。
 それに、他の戦場のことにもちゃんと意識を向けてて……〉
 そのなのはの言葉に、ゲンヤは満足げにうなずいた。
「昔はともかく……今のアイツはそういうことのできるヤツだ。
 一方でガンガンにブチキレてても、その裏ではきっちりと状況を把握して、対応策を組み立てることができる。
 魔導師の複数思考……マルチタスクだっけか。思考を分ける“垣根”を、思考どころか感情にまで届かせて、キッチリ区分けできるんだよ、アイツはな。
 そんなアイツが、考えなしに地上本部ビルを武器にしたとは、オレにはどうも考えられねぇ」
「それって、まさか……」
「あぁ」
 つぶやくはやてにうなずき――ゲンヤは告げた。
「ほぼ、間違いねぇだろう。
 ジュンイチは……」
 

「意図的に、地上本部ビルを破壊した」

 

 

「記録、見たよ……
 人造魔導師……戦闘機人…どちらもレジアス中将がかつて、局の戦力として採用しようとしていたものだよね?」
「昔の話です」
 ライカはケガのこともあるため、一足先に車に戻って休んでもらうことにした――共に廊下を歩きながら告げるファイに、オーリスは迷うことなくそう答える。
 しかし、ファイもそんな彼女の反応は予見していた。気分を害することもなく、続ける。
「資質に激しく左右され、現場への供給が常に不安定な魔導師やあたし達ブレイカーのような能力者とは違う、安定して数をそろえられる、量産可能な力……
 倫理的な追求がなく、さらに量産化によるコストダウンが叶えば、十分に実現可能な計画……
 地上部隊の戦力増強に人一倍固執してたみたいだし……レジアス中将、計画が表向き凍結された後も、こっそり続けてたんじゃない?」
「根拠のない憶測です」
「そうかな?
 だって、スカリエッティってその辺のことを考えたら理想的な取引相手じゃない。
 方向性をぶっちぎりで見失ってることを除けば、間違いなくその道の大天才だよ。ジュンイチお兄ちゃんを“改造”した連中なんか足元にも及ばないくらいにね」
 ジュンイチの名前が出ても、オーリスからの答えはない――ファイはかまわず続ける。
「具体的には、スカリエッティと司法取引をして、水面下で準備が整うのを待ちながら機が熟するのを待っていた……ってところかな?
 スカリエッティが人造魔導師や戦闘機人を大量生産して、それを地上本部が発見、摘発する。そんな状況が作れるチャンスを……そうすれば、摘発したその子達を“罪の償いのための奉仕活動”という形で試験運用、って形に持っていけるだろうしね。
 ただ……」
 と、そこでファイは突然言葉をにごした。不思議に思い、立ち止まるオーリスに対し、ゆっくりと告げる。
「そこで……ジュンイチお兄ちゃんというイレギュラーが現れた。
 スカリエッティはすぐに気づいたんじゃないかな? お兄ちゃんの身体のこと……お兄ちゃんが、魔法技術によらない、純科学技術によって作り出された――自分達の“作品”の、別の方向性による“完成形”であることを。
 しかも、先天的な身体強化でしか戦闘機人や人造魔導師を作れない自分達と違って、ジュンイチお兄ちゃんの“それ”は後天的な遺伝子操作によるもの……
 スカリエッティ、喜んだと思うよ。何しろ自分達の技術とはまったく別系統の存在だもん。その技術ノウハウを手に入れられれば、自分の“作品”の完成度はさらに高みに至ることになる。
 だから……スカリエッティは動いた。
 レジアス中将なり誰なり、とにかく自分とつながってる管理局の“手駒”に情報操作させ、ジュンイチお兄ちゃんと懇意にしていた捜査員達をワナにはめ――助けに現れたジュンイチお兄ちゃんを捕獲できるようお膳立てを整えた。
 幸いと言うべきか、“オトリ”にされた捜査員達はみんな、戦闘機人事件を追っていた優秀な魔導師達だった……ジュンイチお兄ちゃん以外にも優秀な人造魔導師素体が手に入る可能性もあるし、彼らは自分達にとって“つかまれたくない事実”に近づこうとしている厄介者。
 “手駒”さん達にとっても、その人達を捨て駒にする、それなりの“理由”があった……」
「くだらない妄想です」
 しかし、そんなファイの“推理”を、オーリスはキッパリと斬り捨てた。
「そんなたわ言はいい加減にしてもらいたいものですね」
「そう、たわ言だね――だって証拠がないんだもん」
 だが、そんな彼女に対し、ファイはあっさりとそう答えた。
「あたしはただ、ご意見をうかがいたいだけだよ――レジアス中将が、っていうのが外れていたとしても、別の誰かが今の話の中将の役を担っていた、って可能性は十分にある。そう思うくらいには、辻褄が合いすぎちゃってるワケだし」
 あっけらかんとそう答えるファイに対し、オーリスはため息をついた――ファイと正対し、尋ねる。
「確かあなたは……“Bネット”の最初期メンバーでしたね?
 勤務歴はいかほどで?」
「ざっと9年だよ。
 ちなみに能力者歴は10年」
「中将は40年です。
 10年前、108管理外世界で起きたという“瘴魔大戦”――そこであなた達がその異常な力を世界に対して振りかざしていた時も……
 あの柾木ジュンイチが、己の身体を改造された復讐のために、一国の軍を相手に攻撃をしかけ、大混乱を引き起こした時も……中将は地上の平和を守るために、働いていました」
「……ジュンイチお兄ちゃんのしたこと、否定はしないよ。
 本人がそれを望んでないからね――周りのあたし達が勝手に否定したらむしろこっちが怒られるくらいに」
 オーリスの言葉に対し、ファイはあっさりとそう答え、
「あたし達の力が異常だっていうのも、そっちから見たらそうなんだろうね。
 何しろ一番下のノーマル・ランクですら出力値は最低でもそっちのAAランク並。経験を積んで、戦い方を突き詰めてくれば、Sランク級と肩を並べることも夢じゃなくなってくる。
 増してやそれがコマンダー、マスターと上がれば……いやはや、管理局が管理外のはずのウチの世界を要注意指定するはずだよ」
 さらにそう付け加えるが――ファイはキッパリと告げた。
「けど、そこまで前置きした上であえて言うよ。
 だから何?」
「………………何ですって?」
「ジュンイチお兄ちゃんのしたことも、あたし達の異常性も否定しない――あと、中将が40年間がんばってた、ってこともね。
 けどね、今の話とはまったく関係ないでしょうが」
 思わず聞き返すオーリスに対し、ファイは迷うことなくそう答えた。
「あたし達にとって問題なのは、あたし達の“敵”が管理局の人間とつながってる可能性があるってこと。そして、その“つながってる人”の疑いが真っ先にかかるのが、レジアス中将だってこと……
 『40年間平和のためにがんばってきた』? だからそんなことするはずないって? あなたバカですか?
 何年、何してようが関係ない。もし今の話がビンゴなら、レジアス中将はその時点でクロ。ただそれだけだよ」
 容赦なく、意思の通った口調でそう言い放ち、ファイはさらに続ける。
「その人の“今まで”も、罪の大小も、あたし達の“今まで”だって関係ない。その人が罪を犯してて、あたし達にそれをどうにかできる力があるなら、たとえあたし達がどんな罪を背負ってたって、あたし達がどうにかするんだよ。
 その人達がどんな人間だって、あたし達は容赦しないし、しちゃいけない。
 1円盗んで逃げてる子も、1億円盗んで逃げてる子も、ひとり殺して逃げてる子も、10人殺して逃げてる子も……1万人救って、その一方でたったひとり殺しちゃった子だって、絶対に日のあたるところに引きずり出して、捕まえる。
 それが“捜査官”だって……あたしはそう教わった」
「…………話になりませんね」
 つまりは、交渉決裂か――そう判断し、オーリスは静かに息を着いた。
「聴取や捜査をしたいのであれば、調査許可証か、特別令状をお持ちください。
 それも――“Bネット”のものではなく、管理局の公式なものを」
「うん。
 いずれ必ず……はやてちゃんがね」
 そう答えるファイにうなずき、オーリスはそのままその場を立ち去り――
「あぁ、それから……」
 ふと思い出したように、ファイはオーリスの背中に声をかけた。
「オーリス三佐。
 ひとつだけ、忠告しといてあげる」
「『忠告』……?」
 振り向くオーリスにうなずくと、ファイは彼女に告げた。
「ジュンイチお兄ちゃん……地上本部ビルをブッつぶしちゃったんでしょ?
 あのジュンイチお兄ちゃんがそこまでやって……“その程度”で終わると思う?」
「………………?」
 ファイのその言葉に、オーリスは思わず眉をひそめた。
 ジュンイチはあの時、地上本部ビルを完全に破壊してみせた――それだけでも管理局史上まれに見る暴挙だというのに、ファイの口ぶりではまるで“さらにその上”があるかのような――
「どういう……ことですか?」
「だって、ジュンイチお兄ちゃんだよ。
 敵が白旗を揚げるまでとことん殴って、ようやく相手が白旗揚げても、勢い余ってさらに2、30発ぶん殴ってようやく止まるような人だよ。
 間違いなく……こんなもんじゃ終わらない」
 答えるファイの言葉に、オーリスは思わず息を呑む――たたみかけるように、ファイは最後のダメ押しを放った。
「覚悟……しといた方がいいよ。
 あそこまでやった以上、お兄ちゃんは間違いなく地上本部を“敵”としてとらえてる。
 そして、“そう”なったジュンイチお兄ちゃんは誰にも止められない――あたし達にもね。
 一切の反撃の余地を与えずに、持ってる手札を全部投入して――そっちが白旗揚げるなり完全につぶれるなりするまで、徹底的にとことんやるから」
 その言葉に――オーリスは何も反論することはできなかった。
 今まで、ジュンイチ自身の手によってその“実例”を何度も目の当たりにしているがゆえに――
 

「先ほど、委員会より連絡がありました」
 一方、直属部隊の基地に拠点を移したレジアスの元には、さらなる悪報が届いていた。
「中将への、緊急査問が行われるそうです。
 併せて、“アインヘリアル”の運用も……」
「緊急事態は継続中だ!
 査問など引き伸ばせ!」
 報告する部下に対し、レジアスは怒りもあらわにそう怒鳴りつけた。デスクから立ち上がり、忌々しげにうめく。
「あの男の手のひらで踊ってたまるか……動かしてきたのは私だ!
 歯向かうのなら叩き落とすまでだ!」
「ぜ、全力にて、取り計らいます……!」
「そうだ、それでいい」
 頭を下げる部下にうなずくレジアスだが――部下からの報告はそれだけではなかった。
「それと……急ぎご確認いただきたいことが」
「何だ?」
「昨日、本部に向かおうとしたアンノウンの映像です」
 聞き返すレジアスに答え、部下はその映像をレジアスの目の前に表示した。
「機動六課預かりの異能者・炎皇寺往人と接触、交戦――最終的には後に柾木ジュンイチと交戦することになるディセプティコンの長によって阻止されましたが、この男は……」
「………………っ!」
 しかし、報告する部下の声は、すでにレジアスの耳には届いていなかった。
 そこに映された男の名を、呆然と口にする。
「ま、まさか……
 ……ゼスト・グランガイツ……!?」
 

「………………」
 聖王医療院中庭、ホスピタルタートル――その内部の休憩室で、イクトは自分の手の中で揺れる、先ほど購入したばかりの抹茶の水面を無言で見つめていた。
 思い出されるのは、あの戦いの中、自分と対峙したあの男――
(結局……ゲンヤ・ナカジマには言えなかったな。
 ゼスト・グランガイツが生きていたことを……
 柾木が知っていて、すでに伝わっている、という可能性もないワケではないが……)
「しかし……」
 だが、イクトにはそれ以上に気になることがあった。
(あの時……ヤツとユニゾンデバイス……アギトと呼んでいたか。二人のユニゾンにズレがあった……
 あれでは、ただユニゾンしているだけでも相当の負担のはずだ……その上フルドライヴまですれば……
 ヤツもそれには気づいているはず……知っている上で、やっているということか……)
 静かに息をつき――イクトは顔を上げた。天井を見上げ、声に出してつぶやく。
「いずれにせよ……そんなユニゾンを続けていれば、貴様の身体も……
 そこまでして……何を望む? ゼスト・グランガイツ……」
 

「……ゴホッ……ゲホッ……!」
《旦那! 大丈夫か、旦那!?》
 そのイクトの懸念は、今まさに現実のものとなろうとしていた――周りで心配そうにアギトが飛び回る中、ゼストは湖のほとりにうずくまり、体内の、出てきてはならないところにあふれ出てきた血液を懸命に吐き出していた。
「…………すまない、もう大丈夫だ……」
 しかし、それもなんとか治まったようだ。呼吸を整えつつ、ゼストは傍らの木に背中を預け、座り込む。
《ゴメン、旦那……あたしが使えなかったから……!》
「お前は、よくやってくれた……
 炎皇寺往人は強い……あの男と互角に渡り合い、結果的に敗れはしたが、ギガトロンとの戦いでも命を拾った……」
《旦那の方が強い!
 旦那がベストで、あたしがもっとちゃんとやれてたら、あんなヤツら……!》
「今がオレのベストさ……お前も精一杯やった。
 それより……」
 心からゼストの身を案じているのだろう。今にも泣き出しそうなアギトに答えると、ゼストは改めて彼女に告げた。
「お前の淹れてくれた薬湯……もう一杯もらえるか?」
《うん! わかった!》
 答え、アギトは近くに焚いたたき火へと向かう――と、同時にゼストの眼前にウィンドウが開いた。
 そこに映っていたのは――
〈騎士ゼスト。
 トーレです〉
「お前か……
 ウーノはどうした?」
〈一晩経っても、部屋に閉じこもったままです。
 なので、私が代役としてご連絡を〉
「例の、機動六課の補佐官の件か……」
 答えるゼストの言葉にうなずき、トーレはウィンドウ越しにゼストの様子をうかがい、
〈お加減は……よろしくないようですね〉
「放っておけ。
 それに……お前も人のことは言えまい。トランステクター越しとはいえ、あのブレードにぶった斬られたんだからな」
 その言葉にトーレが渋い顔をするが――かまわず続ける。
「それに……もうオレにかまう理由もあるまい。
 もうオレも、“レリック”も、お前達には必要ないのだろう」
〈そんなことはありませんが……〉
「いくつか、成すべきことがあるだけだ。
 それが済めば、勝手に死ぬ――お前達のジャマになることもないはずだ」
〈さびしいものですね……
 戦闘機人と人造魔導師の違いはあっても、私達は、“お仲間”のはずですが〉
「…………オレは、お前達とも違う」
 答えるトーレだが、そんな彼女にゼストはどこか自嘲気味にそう告げた。
「一度は死に、再び土に還るまでの、わずかな時間を生きているだけの、ただの死者だ」
 その言葉に、トーレの顔に一瞬だけ寂しそうな色が浮かんだが――ゼストがそれに気づくことはなかった。彼が顔を上げた時にはトーレはいつものポーカーフェイスに戻って、本来伝えるはずだった用件を告げる。
〈ルーテシアお嬢様ですが……やはり、行方が知れません。
 確保していたはずの、“聖王の器”もろとも……〉
「そうか……
 引き続き捜索を頼む」
〈わかっています〉
 ゼストに答え、トーレは通信を切る――夜空を見上げ、ゼストはつぶやいた。
「ルーテシアには寂しい思いをさせてしまうか……
 だが……できることなら、彼女にも幸せになってほしい……
 ……大事な部下の……そして、息子のようでもあった戦友の、忘れ形見だからな……」
 

「チンク姉の様子は?」
「基礎フレームの破損が、かなりひどいって……」
 一方、ナンバーズのアジト――尋ねるセインの問いに、ノーヴェは苦々しげにそう答え、
「まぁ……あのブレードと戦って、むしろこの程度で済んでよかった、って見方もあるんだけどね」
 そんな二人に告げるのはクアットロだ。
「何しろあの男、戦いを生きがいにしてるような男でね……自分がどれだけ傷つこうと、戦いというゲームを楽しむためのチップくらいにしか思ってない。
 そんな狂ったヤツを相手に、生きて帰れただけでももうけものよ」
「あたしらもみんな墜とされちゃったし……“聖王の器”もルーテシアお嬢様と一緒に行方不明。
 なんかさんざんっスねー……無傷で帰ってこれたの、オットーだけっスよね?」
 クアットロの言葉に、ウェンディが肩をすくめてつぶやき――
「『帰ってこれた』? 違うだろ」
 そう答えたのはノーヴェだった。
「あたしらが無事に帰ってこれたのは……あの、柾木ジュンイチの“お情け”なんだぞ……!」

 そう――あの地上本部攻防戦、自分達は全員がマスターギガトロンに打ちのめされ、結果として惨敗した。
 全員のトランステクターが大破レベルのダメージを受け、帰還なんて夢のまた夢――事が収まれば、管理局に確保されるしかないと半ば覚悟まで決めていた。
 それを覆したのは、自分達にとってまったく予想外の相手――ジュンイチだった。
 なんと彼は、自分が切り崩した地上本部の崩壊で巻き起こった土煙にまぎれ、何も言わず彼女達を全員転送――地上本部から一気に廃棄都市区画まで飛ばし、離脱させたのだ。

「敵のお情けで生き残ったんだぞ、あたし達は……!」
「でも、なんであたしらに情けなんかかけたんスかね……?」
「だよなー。
 クア姉にはあんなにキツかったのに」
「セインちゃん……お願いだから、思い出させないでくれるかしら?」
 ノーヴェに答えるウェンディに同意したセインの言葉に、それまでひょうひょうとしていたクアットロがガクリと頭を垂れる――大して気にすることもなく、セインはそちらに視線を向け、
「ルーお嬢様も行方不明だって言うし……
 結局……今回のあたし達の収穫は、ディードの回収してきた“コイツ”だけか……」
 そうつぶやくセインの視線の先には――
 

 カプセルの中に納められ、治療を施されているギンガの姿があった。

 

「………………」
 平時は居住区画と合体、移動拠点の中枢部を担う次元航行艇――オメガスプリームのブリッジで、ジュンイチは無言でシートに座り込んでいた。
「…………ずいぶんとご機嫌ナナメね」
 そんな彼に声をかけるのは、ちょうどブリッジに入ってきたイレインだ。
「ギンガのこと……考えてる?」
「………………まぁな」
 そのイレインの問いに、ジュンイチはごまかすこともなくあっさりとそう答えた。
「ずっと前から、この日のために準備してきて……この日のために戦ってきて……
 でも、結果なのは達やスバルは半殺し、中でもギンガは4分の3殺しで拉致……
 今回の戦い、管理局側が負けても、アイツらだけは守る……そういう前提で進めてた。
 でも、結局アイツらを守れなかった……そういう意味じゃ、オレ達だって今回は“負け組”だ」
「でも……最悪の結果だけは避けられた」
 状況が状況だけに、さすがのジュンイチも珍しく凹み気味だ――励ましになるかどうかはわからないが、それでもイレインは口を開いた。
「なのは達は全員生き残れた。ホクトもギルティドラゴンが連れ帰ってきてくれた。
 ギンガも、スカリエッティの性格を考えれば殺されたりは絶対にしない。
 誰かがいなくなる――8年前や、7年前の“擬装の一族ディスガイザー事件”みたいな最悪の結末は、少なくとも避けられた。
 それに……」
「……そうだな」
 そんなイレインの気遣いは、少なくとも届いたようだ。イレインの言葉に、ジュンイチは頭をかきながらシートから立ち上がった。
「そうだ。このままじゃ終われない……
 …………いや、違うな。
 これから“ようやく始まる”んだ。始まってないものに、終わりもクソもねぇ」
 力の蘇った瞳で前方をにらみつけ、もう一度繰り返す。
「そう……」
 

「今から、“始める”

 

「はぁ………………」
 霞澄からヴィヴィオが無事だという可能性を聞かされ、飛び出していくのは思いとどまったが、それでもヴィヴィオの行方がわからない、という点には違いはない。自分の胸中でざわつくものを感じながら、なのはは病室のベッドの上でため息をついた。
 あの時、助けに行ければどれだけよかったか――そんな考えに至れば、思い出されるのは立ちふさがっていた相手――
「あれだけ、ずっと前から備えてたのに……あっけなかったなぁ……」
 万全と思われた地上本部の備えはスカリエッティ一味にいともたやすく崩され、気が遠くなるほど繰り返してきた対AMF訓練も、マスターギガトロンの“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”の前には何の役にも立たなかった。
「あの戦い……私達は、ジュンイチさんが来なかったら全員殺されていた……
 私達も、ナンバーズの子達も……」
 それだけに――無力を思い知らされる。気がつけば、なのはは無意識のうちに、自由に動かすことのできる右手でシーツを握りしめていた。
「結局、私は……何も、できなかった……!」
 つぶやきながら、なのはは自分の頬をなでた。
 そこは、先の戦いの折、ジュンイチがすす汚れをぬぐってくれた場所で――
「――――――っ!?」
 なのはは思い出した。
 それは、かつて自分が夢をあきらめかけた、撃墜事件後の入院時の記憶――あの時、もうろうとした意識の中、自分の病室に現れ、頬をなでてくれたあの手の感覚――
 かつてブレインジャッカーによって人為的に引き出されたことがあったためか、なのははその時の感触を明確に思い出すことができた。
 あの時感じた、独特の暖かみは――
「……ジュンイチさんの手と、同じ……!?」
 そう。あの時、自分の頬をなでた手から伝わってきた暖かみは、先日のジュンイチの手の――その手を覆っていた彼の、“炎”の精霊力の持つ暖かさと同じものだった。
 しかし、もしそうなら――
「…………“初めまして”じゃない……
 あの時に……私とジュンイチさんは、会っていたんだ……
 でも……だとしたら、ジュンイチさんはどうして『初めまして』なんて……?」
 ジュンイチと自分の間には“何か”ある。それも、自分の知らない、しかしジュンイチは知っている“何か”が。
 思いもよらない両者のつながりに、なのはが思わず疑問を声に出した、その時――
「なのはさん!」
 息を切らせ、シャリオが病室に駆け込んできた。
「シャーリー……?」
「端末を開いてください! 早く!」
「………………?」
 何が起きたのかはわからないが、そのあわてようは半端ではない。なのはは思わず首をかしげ――
「――――――っ!?」
 その背筋が凍りついた。
 先だって霞澄から否定された“可能性”が、現実味を帯びてなのはの心を締めつける。
「まさか……スカリエッティから犯行声明が!?」
 声を上げてシャリオに尋ねるが――返ってきた答えはそんな彼女の予感の斜め上をいっていた。
「そうであれば、“まだよかった”かもしれません……!」
「え………………?」
 その言葉に一瞬だけ呆けるなのはだったが、真相を知るには彼女に従った方が早い。すぐに端末を立ち上げ、目の前にウィンドウを展開し――
 

〈突然地上本部が襲撃され、各地で戦いが繰り広げられ、最終的に地上本部は崩壊した〉
 

 そんな文面が、ウィンドウいっぱいに表示されていた。
 

〈家族が傷ついた者もいるだろう。
 自分達を守っていたものが崩れ去り、不安に駆られている者もいるだろう〉

 

「これ……ついさっきからいきなり流され始めたんです。
 それも……民間、官用を問わずあらゆる回線で」
 そのシャリオの言葉に、なのはは病室のテレビをつけてみる――シャリオの言葉通り、そこにも今なのはのウィンドウに表示されているものと同じ文面が表示されている。
「あらゆる回線を、一斉にジャックしたっていうの……!?」
「どうも、そうみたいです……」
 もしそうなら、この状況を作り出した存在は相当に高度な情報戦力を持っていることになる――なのはの言葉にシャリオが答える間にもメッセージは続く。
 

〈『どうしてこんなことに?』なんて思ってるヤツもゴマンといるだろう。
 だから――〉

 

〈その答えを、くれてやる〉

 

 瞬間――画面が切り替わった。表示されたのはいくつものデータの羅列や、建物の地図、さらにはいくつも培養カプセルが並ぶ研究所らしき施設の内部写真まで――
「これは……?
 何か、人造魔導師とか、戦闘機人とかの開発データだと思うけど……」
 対峙する相手として、能力などについては手に入る限りのデータに目を通しているなのはだが、さすがに彼らを生み出す技術については専門外だ。表示されているデータに対し、憶測でしか発言できず――
「…………そんな……!?
 これって……まさか……!?」
 一方、彼女はそのデータの羅列の意味を理解したようだ。シャリオは真っ青な顔で次々に表示されているデータの数々を見つめている。
「シャーリー……どうしたの?」
「…………このデータ……全部人造魔導師や戦闘機人の開発データです。
 ただし……施設の図面や位置データはすべて……」

 

「管理局の研究施設です」

 

 

「つまり、これは……」
「…………そう、みたいです……
 確認されたデータの流出経路は、確かに管理局の研究施設……それもあちこちから……」
 別の病室でも、このメッセージを見ている者はいた――つぶやくイクトの言葉に、一足先に現場復帰していたアルトから確認を取ったフェイトがうなずきながらそう答える。
「オレは機械に詳しくないからよくわからんが……ハッキング、というヤツか?」
「はい。
 外部から、かなりの数の研究所、それも“クロ”のところだけを的確にハッキングして、違法研究のデータを片っ端からオンラインに流してるみたいです……
 間違いなく、かなりの高等技術です」
 機械音痴ゆえにしきりに首をかしげるイクトに説明し、フェイトは思考をめぐらせる。
「でも……このメッセージの送り主は、どうしてこんなことを……?
 所詮はデータ。偽造なんて簡単にできる。このメッセージが本物かどうかなんて……」
「本物かどうか――そこにおそらく意味はあるまい」
 機械についてはかわいそうな自分だが、むしろこういう類は得意分野だ。考え込むフェイトに、イクトは静かにそう答えた。
「問題は、このデータが管理局の“闇”を示すもの――“そう見える”ということだ。
 たとえそれが偽りであっても、こんなデータが出回れば、そこには疑念が生まれる――そしてその疑念は確かなくさびとして打ち込まれる。
 増して、それが“本物”だとすれば……確証が示されたとたん、その疑念と重なることで、ダメージは計り知れないものとなる……イヤになるほどにタチの悪い情報攻撃だ」
 言って、ため息をつき――イクトは告げた。
「そして……オレ達には、こういうイヤな“攻め方”をする人間に心当たりがある」
 

〈技術関係に素人の方々には意味不明のデータばかりで申し訳ない。
 だが……このテの技術に理解のある方々にはご理解いただけたと思う。
 このデータの持つ“意味”が〉

 

「…………やってくれるわね……」
「うん…………」
 そして、ホスピタルタートルのブリッジでも、霞澄の言葉にあずさが渋い顔でうなずいていた。
「あたし達に内緒で、こんなことの準備してたんだね……」
「計画の全貌、私達にも話さないはずよ……
 私達を巻き込まないように、無関係を気取る気ね……」
「ですね」
「え、えっと……
 つまり、どういうことですか?」
 あずさと霞澄の言葉に、ジーナが迷うことなくなずいてみせる――そんな彼女達に尋ねるのは、このメッセージのデータの出所を調査し、はやてやフェイトへの中間報告を終えたアルトだ。
「簡単な話よ。
 これだけのことができるハッカーはミッドチルダには存在しないのよ」
「ミッドの技術は管理局の技術でもある――ミッドのハッカーというのは、管理局にとってもっとも対処しやすい相手だからです」
 そんな彼女に答え、霞澄とジーナは再びウィンドウのメッセージに視線を向ける。
「私の知る限り、これができるハッカーは、私達の世界の方に数名だけ……
 そして、その中でもミッドに来ているのはたった2名」
 そう続けて、ジーナはその名を告げた。
「私と、そして――」
 

「ジュンイチさんです」

 

〈今“意味”がわからないでいる人達も、安心していい。
 わかる人達の一部が勝手に動いてくれる――告発するなり、このデータをエサにどこかしらを脅迫するなり、何かしらの形で世間にわかりやすく説明してくれるだろうから〉

 

「何よ、コレ……!?
 ドクターのからんだものだけじゃない……それ以外のケースのものも、たくさん……!?
 ……いえ、裏の研究だけじゃない……収賄とか、普通の汚職の証拠データまで手当たり次第……」
 問題のメッセージはミッドチルダ全域に発信されていた。つまり、当然彼女達の元にも――次々に表示されていくデータとメッセージを前に、クアットロは呆然とつぶやいていた。
「何なんだよ? コレ……さっきからうっとうしい」
「クア姉の仕業とかじゃないんスか? 管理局への嫌がらせとか」
「違うわよ」
 彼女達も曲がりなりにも戦闘機人。データの持つ“意味”には気づいたようだが、さすがに事の重大さにまでは頭が回らないようだ。苛立たしげに眉をひそめるノーヴェやこちらに尋ねるウェンディに、クアットロはあっさりとそう答えた。
「ここでこんなことをする意味なんかないもの。
 私達としては、管理局にはおとなしくしていてもらえればそれでいい――そのための抑止力として、“ゆりかご”の起動を目指してるんだし。
 けど……このデータの発信主は違う。
 地上本部が崩壊したこのタイミングで大々的に管理局の暗部を大暴露……これじゃあまるで……」
 言いかけ――クアットロは気づいた。難しい顔で考え込むその姿に、ウェンディ達は思わず顔を見合わせる。
(まさか……ね……)
 自分の仮説があまりにも大それたもののような気がして、一瞬否定の考えが頭をよぎるが――“策士”としての自分の直感が、その仮説が限りなく事実に近いものだと告げていた。
「柾木ジュンイチ……やってくれるわね」
「って、これ……やったのアイツってことか?」
「何で? そんなことして何の意味があるっスか?」
「あの子にとって、機動六課の子達は味方だけど、地上本部は敵として見てるってことよ。
 つまり……」
 セインやウェンディに答え――クアットロは告げた。
「これは、あの子による、地上本部への“追い討ち”よ」
 

「これは……!?」
 そして、事態に戸惑っている“関係者”はここにも――目の前に表示されるデータの羅列に、オーリスもまた驚愕の表情を浮かべていた。
「こんなことができる人間なんて……!」
 つぶやくと同時――先ほど告げられた言葉が脳裏によみがえる。

『そっちが白旗揚げるなり完全につぶれるなりするまで、徹底的にとことんやるから』

「まさか……彼の仕業だと言うの……!?
 けど、だとしたら……」
 もし、ファイの言葉が正しいとすれば――待っているのは“最悪”だ。
 しかし――オーリスはそれを否定することができなかった。
「もう……間違いない……」
 そして――同時に確信していた。
 平時ならいざ知らず、ここまで“先手”を許してしまった今――
「柾木ジュンイチは、ミッドチルダ地上本部を……“完全に”つぶすつもりだ……!」
 自分達の持ちうる“手札”では、それを止めることはもはや不可能だということを。
 

《何だ、これは!?》
《どうなっている!?》
 一方、それぞれの場所でそれぞれが状況を推察する中――それすらできずにただ混乱するばかりの者達もいた。照明の落ちた室内では、展開されたウィンドウを解して怒号だけが飛び交っていた。
《そうだ――ザインはどうした!?》
《ヤツならばこういう事態への対処も心得ていよう!
 ザイン! 応答しろ、ザイン!》
 口々に言いながら、彼らは自らの“手駒”へと連絡を取る――が、聞こえてきたのは機械的なメッセージだった。

〈只今作戦行動中――回線切断中――只今作戦行動中――〉

 

「…………“地上”は、なかなかおもしろいことになっているようですね……」
 そのザインは今、廃棄されて久しい“とある施設”の中にいた――ミッドチルダ全域に流されているそのメッセージを受信し、どこか楽しげに笑みを浮かべる。
「恐らく仕掛けているのは柾木ジュンイチ……今頃、“主”達はおおわらわでしょうね……」
「よろしいのですか?
 あ奴に好き勝手を許して……」
 そう尋ねるのは自らの部下――振り向き、ザインは彼に答える。
「クラーケン。
 “憤怒”を冠するあなたが怒りを覚えるのはわかりますが……今は動くべき時ではありません」
「そうだぜ、クラーケンの旦那よぉ」
 そうザインに同意するのは別の部下だ。近くの資材の上に腰を下ろし、気だるそうにクラーケンへと告げる。
「こういうのはチクチク攻めても面倒なだけだろ。
 やっぱ、こういうのは一撃必殺。スパッといかねぇと手間がかかってしょうがねぇ」
「モビィ・ディック……
 貴様はただ、余計な手間を省いて楽をしたいだけだろう――“怠惰”を冠する怠け者の貴様と、一緒にされては困る」
 ため息まじりにクラーケンがそう答えると、
「動機は違えど、オレはモビィ・ディックに賛成だ」
 新たな声がそこに加わる。一同が振り向けば、奥の暗闇の中から新たに二人、彼らの“同類”が姿を現す――今の声は、その一方のものだった。
「堂々と一撃をもって屠る、誇り高き戦いこそオレに相応しい。
 そう……“誇りプライド”を冠する、このオレにな」
「おいおい、シードラゴン。てめぇのどこが誇り高いんだよ?
 自分のプライドに固執して、誇りがどうのと。くだらねぇ――てめぇのは“プライド”違い。“誇り”じゃなくて“傲慢”だろうが」
「サーペント、貴様のような粗暴な輩と一緒にするな」
「してねぇよ――実際違うしな」
 シードラゴンと呼ばれた男の言葉に、サーペントと呼ばれたもうひとりは悪びれることもなくそう答えた。
「なんたってオレは“貪欲”だぜ。
 誇りも手間も、怒りも関係ねぇ。壊して、つぶして、奪い尽くしてやるだけさ!」
「やれやれ……まったく、いつものことながらまとまりがないですね……」
 口々に自分達の主張をぶつけ合う部下達に、ザインは苦笑まじりにため息をつき――
「その割には……あまり困ってはいないようで」
「だよなぁ……」
「むしろ楽しんでるわよね」
 そう答えて姿を現したのは、スキュラ、リュムナデス、セイレーン――今回の作戦で“表”に出ていた3人だ。
「戻りましたか……
 瘴魔獣将“七人の罪人クリミナル・セブン”……これで全員がそろいましたね」
 そんな彼らを満足げに見渡し、ザインは集合した7人の部下に対し、まるで演説でもするかのように告げる。
「“地上”の方は、柾木ジュンイチがいい感じにかき回してくれているようですからね……
 あの男がこんなことをしでかす意図が見えないのが少々気になりますが……私達にとっても好都合なのは事実。
 せいぜい利用させてもらいましょう。彼の作り出す混乱の世界を――」
 そしてザインは足元を――
「この、天空に浮かぶ小さな魔星から、ね……」
 衛星軌道上に浮かぶ廃棄ステーションから見渡せる地上を見下ろし、満足げにそう告げるのだった。
 

「ここから始まる……
 ここから始める……」
 移動拠点の居住区――その廊下を歩きながら、ジュンイチは静かに言葉を紡ぐ。
「地上本部が壊滅して、オレ達の計画は“準備段階を”終えた。
 ここからは状況予測なんてできやしない……本当の意味での読み合いが始まる……」
 もう戻れない――そんな思いに捉われるが、ジュンイチはすぐにそれを振り払う。
「けど……やってやるさ。
 たとえ、その道中がどれだけ苦しくても……
 たとえ、“オレが”どれだけの罪悪を背負うことになろうと……最後には、“アイツらが”全員、笑顔でいられるように……」
 なぜなら――そもそも戻るつもりなどないのだから。自分の決意を言葉に乗せつつ、ジュンイチはある居室の前で立ち止まった。
「かの、天堂総司のおばあちゃんは言っていた。
 『ちゃぶ台をひっくり返していいのは、よほど飯が不味かった時だ』ってな……」
 手馴れた操作でロックを解除して扉を開けると、迷うことなく室内に足を踏み入れる。
「見せてやろうじゃねぇか。
 世界に向けてぶちかます――」
 そうつぶやき、ジュンイチが見つめる先には――
 

「史上最大級の“星一徹アタックちゃぶ台返し”をな……」

 

 ベッドに寄り添って眠る、ゆたかとヴィヴィオの姿があった。


次回予告
 
ジュンイチ 「今回はいろんなことが説明されたな。
 お前ら、ちゃんとわかっただろうな?」
スバル 「はい!」
ジュンイチ 「この辺はテストにも出るからな。
 ちゃんと復習して、ちゃんとカンニングペーパーに書いておくように!」
スバル 「はい!」
ティアナ 「ちょっと待ったぁぁぁぁぁっ!」
ジュンイチ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第75話『ジュンイチVSギンガ〜激突・アインヘリアル〜』に――」
3人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/08/29)