あの日……オレはたくさんのものを失った

 

 

大切な笑顔

 

守りたかった日常

 

 

 

そして思い知った――自分の無力

 

 

 

だから……決めた

 

 

もっと、強くなろうって

 

 

たとえ何があっても
 

たとえ、何をすることになっても

 

そのすべてを背負って、前に進むって

 

 

今度こそ、守ってみせる

 

今度こそ、何もなくさない

 

 

 

 

 

 

犠牲になるのは、オレひとりでたくさんだから

 

 


 

第75話

ジュンイチVSギンガ
〜激突・アインヘリアル〜

 


 

 

「あ、ルーお嬢様」
 スカリエッティのアジト――その一角。
 いつも訪れるその場所で、いつものように“それ”を見ていたルーテシアは、やってきたウェンディの声にわずかに視線をそちらに向けた。
「11番、ウェンディっス。
 こっちが、8番オットーと12番ディード」
 見れば、ウェンディの後ろにはオットーとディード――ウェンディに紹介され、二人は無言で一礼する。
 そして、ウェンディはルーテシアに並び立ち、彼女の見ていたそれを――メディカルカプセルに納められた、ルーテシアによく似たひとりの女性へと視線を向けた。
「これ、ルーお嬢様のお母さんなんでしたっけ」
「らしいよ」
「……『らしい』?」
 思わずウェンディが聞き返すと、ルーテシアはすぐに返してきた。
「この人のこと……覚えてないから……」
「…………あー……」
 マズイことを聞いてしまったか――思わず気まずそうな顔をするウェンディだが、当のルーテシアからそれ以上の反応はない。
 とはいえ、このままというワケにもいくまい――とりあえず関連するものの中から、希望を抱けそうな話題を選び、ルーテシアにぶつけることにする。
「あ、いや、まぁ……
 こちらのお母さんも、適合する“レリックコア”が見つかれば、ちゃんと復活されるんスよね?」
「ドクターからは、そう聞いてる……
 11番が見つかれば、この人は目を覚ます……目を覚まして、“お母さん”になってくれれば……私には、“心”が生まれるんだって……」
 

 そのやり取りを、どこか他人事のように感じていたのは、それが過去の記憶を再生した“夢”だったから――意識が浮上し、ルーテシアはうっすらと目を開けた。
「…………夢……」
 内容は、つい先日、実際に交わした会話――つぶやきながら、身を起こして周囲を見回す。
 見たことのない部屋だ――少なくとも自分の意思でここにやって来た覚えはない。
「ここは……?」
 つぶやき、ルーテシアが首をかしげると、

「あ、起きた?」

 突然声がかけられた。振り向いたその先にルーテシアが見た人物、それは――
 

「よっ♪」
 

 ジュンイチだった。

 

「………………」
 聖王医療院に降り立った“Bネット”の移動病院“ホスピタルタートル”――その入院区画、自分の病室でベッドに横たわるはやてはひとりため息をついていた。
「ジュンイチさん……なんであないなこと……」
 先日ミッドチルダ全土にばらまかれた、管理局の“暗部”をさらけ出す違法データの数々――それをばらまいたのが、彼女の良く知る人物であることは、もはや疑いようがなかった。その意図が読めず、はやてはひとりつぶやき――そんな彼女に向け、通信が入ったことを知らせるアラームが鳴り響いた。
「はい、はやてです」
〈スカイクェイクだ〉
 応答するはやてに応えたのはスカイクェイクだった。
〈水隠の許可は取りつけた。
 彼女が介添えについてくれるそうだ――すぐに外出の支度をしろ〉
「え…………?」
 一体何事か――目をテンにするはやてに対し、スカイクェイクは告げた。
〈今後の部隊の動きに関して……貴様に見せたいものがある〉
 

「――――――っ!」
 ジュンイチの姿を目の当たりにした瞬間、ルーテシアの頭の中で警戒レベルが一気に最高まで跳ね上がる――決して知らない顔ではなかったが、彼女にとってジュンイチはあまり友好的な存在という認識はなかった。
 決して憎くはない。なぜ自分達を追っているのか、気になるところのある相手ではあったが――彼の行動は自分の目的をジャマすることにつながるものだ。
 そしてそれは、彼のことを“敵”と認識するには十分すぎる理由――だから、ルーテシアはすぐさま行動に移った。身をひるがえし、魔法を使おうとするが、
「………………っ」
 その手に、自分のデバイス“アスクレピオス”は着けられていなかった。気づき、唇をかむルーテシアの前で、ジュンイチは右手に持ったアスクレピオス――起動状態のそれをプラプラと振ってみせる。
 しかし、それでも手はある。デバイスがなくとも呼ぶのはたやすい、それほどまでに心を通わせた“相棒”の名を呼ぶ――
「ガリゅぶっ!?」
「はーい、そこまで」
 しかし、それはあっさりと阻まれた――名を呼びかけたルーテシアの額にジュンイチは素早くデコピン一発。ルーテシアはたまらずのけぞり、召喚も中断させられてしまう。
 衝撃は額のみならず、頭の後ろまで突き抜ける――衝撃を内部に伝播させる打法をデコピンで行う、というムダに高等な技を受け、ルーテシアは額ではなく頭を抱えて痛がって――
「そういうことはやめてやれ。
 いくらなんでも“ガリューがかわいそう”だ」
「え………………?」
 告げられたジュンイチの言葉に、痛みも忘れて顔を上げた。
「ガリューが……かわいそう……?」
「当たり前だろ。
 お前……ひょっとしてまだ寝ぼけてるか? 忘れてるか?
 “ここ”に連れてこられる前、ガリューが“どういう目”にあったのか」
「………………」
 ジュンイチの言葉に――ルーテシアはようやく思い出した。
 自分が意識を失う前に、何があったのかを。
 

 もみ合い、魔法陣内に倒れ込んできたガリューとガスケット――二人の介入により術式の安定が失われ、結果としてルーテシアの転送魔法は彼女のまったく意図しないタイミングで暴発した。
 その衝撃をまともに受け、ルーテシアもしばしの間意識を失い――気がついた時には、日の光がわずかに差し込んできている森の中に倒れていた。
 身を起こし、周囲を見回す――ヴィヴィオにゆたか、さらには転送魔法の暴発の原因となったガリューとガスケットも、あの時飛ばされた全員が自分の周囲に倒れている。
「…………ガリュー」
 しかし、自分にとって用があるのはヴィヴィオだけだ。自分の呼びかけにすぐに目を覚ましたガリューが、眠り続けるヴィヴィオへと手を伸ばし――
 

「あー、いたいた」
 

「――――――っ!?」
 突然の声は、自分の背後から聞こえてきた。
 あわてて振り向くルーテシアとガリューの視線の先から、ガサガサと枯葉を踏みしめる足音が聞こえてきて――
「まったく……こんなところまで飛ばされてきやがって。
 オマケについさっきまで目ェ回してたろ、お前ら――おかげで“力”の反応が小さくて、探すのがえらく手間だったぞ」
 そう告げて――姿を現したのは“装重甲メタル・ブレスト”を装着したジュンイチだった。
「まぁ、こうして見つかったからよかったようなものの――」
「ガリュー」
 話を続けるジュンイチの言葉に付き合わず、ルーテシアは迷わず指示を下した。一気に距離を詰めたガリューがジュンイチに向けて拳を、そこに備わった自らの鉤爪を繰り出し――
「ヘタすりゃどんな危険なところに飛んでたかわかったもんじゃねぇ」
 まるで何事もなかったかのようにジュンイチは続ける――ガリューの一撃を難なくさばきながら。
「お前ら全員無事で、いや、よかったよかった」
 しかし、ガリューの猛攻はさらに続く。拳、蹴り、魔力弾――
 まるで嵐のように次々と繰り出されるその攻撃を、ジュンイチはことごとくかわし、さばいていき、
「まぁ、とりあえず」
 スパンッ、と足払い一閃。絶妙なタイミングで軸足を刈り払われたガリューが転倒し、ジュンイチはルーテシアへと向き直り、
「そっちの子達はオレの方で保護するけど……お前らはどうする?」
「…………ダメ。
 この子は、ドクターのところに連れて行くから」
 尋ねるジュンイチに答え、ルーテシアは背後のヴィヴィオへと視線を向ける。
「…………なんだかね。
 何さ、この構図。まさに“お姫様をさらいに来た悪党とそれを守るヒロイン”のシチュじゃねぇか……」
 これでは自分の方が悪いみたいでいい気分はしない――鈍痛を訴え始めた左のこめかみを押さえ、つぶやくジュンイチであったが、
「…………まぁ、いいか。
 とっくの昔に慣れっこだもんな――悪役も、人様のジャマすんのも」
 すぐに自らを納得させた。気を取り直してうなずき――
「そして何より、悪役の方がオレ好みだし♪」
 背後から殴りかかってきたガリューの右拳を受け流し、その腕をつかんで投げ飛ばす。
「と、ゆーワケで。
 まずは――お前らに止まってもらうところから始めようか」
 そうつぶやきながら、ジュンイチはルーテシアとガリューから距離を取った。いつの間にか抜き放ち、右手に握る愛用の霊木刀“紅夜叉丸”を爆天剣へと“作り変え”ながら、告げる。
「フォースチップ――“ミッドチルダ”」
 

「イグニッション」
 

 5秒後――

 

 

 ルーテシアは“魔王”を目撃した。

 

「その後はもう大変だったんだよ。
 お前についてはあんまり傷つけたくなかったから一気にケリつけて意識刈り取ったからよかったけど、ガリューがもう『お前を連れて行かせてたまるものか』ってな勢いで猛攻撃。
 なかなか意識トんでくれなかったから、かなり念入りに“叩く”ハメになっちまった。
 まだ傷は癒えてないはずだ――酷使するのはやめてやれ」
「………………」
 話の途中、なおもルーテシアがガリューを呼ぼうとするので、そのたびにデコピンで黙らせて――ルーテシアが気絶した後のことを話していたジュンイチはそう話を締めくくった。
「まぁ、その後は今の状況を見ればわかるとおりだ。
 部屋を用意して、デバイスだけ取り上げて休ませて――と」
 そうジュンイチが付け加え――ルーテシアはそこで初めて、ジュンイチに向けて問いを発した。
「あの子達は……?」
「『あの子』…………あぁ、ヴィヴィオ達か?
 心配すんな。ガスケットのヤツがまだ目ェ回してやがるが、みんな無事さ。
 何しろ――」
 そう答えると、ジュンイチは不意に自らの背後に視線を向け、
「敵のはずのお前さんのことを心配して、ホクトを引きつれてわざわざ廊下まで様子をうかがいに来てるぐらいだしな」
「あ、あはは……」
 ジュンイチのその言葉に、乾いた笑いと共に姿を現したのはヴィヴィオやホクトを伴ったゆたかだ。
 すでにお互い対面は済ませ、状況も説明してある――その上でこの場に現れるのだから大した根性だ。ため息まじりに、ジュンイチはゆたか達の“護衛”へと視線を向け、
「ったく……護衛のクセに、護衛対象をさらおうとした張本人の前に連れてくるヤツがあるか」
「だって、あたしも気になったんだもん」
 ため息をつくジュンイチの言葉に、“護衛”ことホクトはぷうと頬をふくらませてそう答え、
「………………」
「大丈夫だよ。
 コイツは今、何もできる状態じゃないし――できてもオレ達がさせないからさ」
 一方、ヴィヴィオは自分をさらおうとしたルーテシアに対し、若干のおびえを見せている――そう告げて、ジュンイチはヴィヴィオの頭をなでてやり、
「とりあえず……ゆたか、イレインを呼んできてくれるか?
 これから少し出なくちゃならんからな……オレが不在の間、ホクトとアイツにルーテシアの介護とお前らのガードを頼んどかないと」
「あ、はい……」
「………………?
 出かけるの……私がいるのに……?」
「今の話を聞いてたか?
 イレインとホクトに代役頼むから、その辺は問題ねぇよ」
 戦う意思の有無を別問題とするにしても、曲がりなりにも“敵”である自分がここにいるのにこの場を離れるつもりか――首をかしげるルーテシアだが、ジュンイチはあっさりとそう答えて立ち上がる。
「どこ行くの……?」
 そんなジュンイチに不安げに尋ねるのはヴィヴィオだ。「心配ない」と答えかけ――ジュンイチは言葉を飲み込んだ。
 なぜなら――そう答えることは、彼女に“なのはのこと”を思い出させることに他ならないからだ。
 なのはとてヴィヴィオの保護者だ。地上本部の警備につく前、彼女を不安にさせないために「ちゃんと戻ってくるから」的な励ましはしただろう。
 その上での現状――同じような対応をしても、ヴィヴィオの不安はきっと消えはしまい。
 だが――
「心配するな。
 本当に“ほんの少し”出てくるだけだからさ」
 それでも、ジュンイチはあえて“なのはの言ったこと”を繰り返すことにした。
「ほんのちょっとだけ……」
 ヴィヴィオの中に刻まれた“不吉の前兆”の記憶を――
 

「悪い子達に“オシオキ”しに行ってくる」
 

 自らの手で、叩き壊すために。

 

 

「なんや、久しぶりやなー、コレ」
「そういえば、はやてさんは昔足が不自由だったんですよね?」
 舞台は移り――自分の押している車椅子に座るはやてのつぶやきに、鈴香は笑いながらそう答えた。
 そんな彼女達がやってきたのは――
「せやけど……ここがこなた達の基地やったんやね」
「人工雲の覆いと散布されたジャマー粒子……その上出入りは転送技術を利用し、自身は絶えず移動し続ける。
 なるほど、なかなか見つからないはずです」
 こなた達が拠点としていた空中城砦“クラウドキャッスル”――二人は今、スカイクェイクとアルテミスの案内でその廊下を歩いていた。
「せやけど……スカイクェイクさん、どうして私をここに……?」
「言ったはずだ。『見せたいものがある』と」
 尋ねるはやてにそう答えると、スカイクェイクは視線を前方に戻し、
「だが……その前に会わせたい人間がいる」
「会わせたい人間……?」
 スカイクェイクの言葉にはやてが首をかしげた、その時――
「やぁ……はやて」
 その“会わせたい人間”が姿を現した。その姿を見たとたん、はやては驚きのあまり目を見開き――
「グレアムおじさん!?」
「久しぶりだね、はやて」
 驚きの声を上げるはやてに対し、元時空管理局提督ギル・グレアムはそう応じながら優しげな笑顔を見せた。

「話は聞いたよ……大変なようだね。
 いつもの元気もないじゃないか」
「えぇ、まぁ……」
 再び廊下を進みながら、グレアムの言葉にはやては視線を落としてうなずく――だが、すぐに気を取り直して顔を上げ、
「せやけど……まだまだいける。
 さらわれたギンガは取り戻すし、行方不明のヴィヴィオ達も見つけ出す」
「うん。その意気だ。
 元気をなくしていても、やる気はなくしていないようだね」
 そう言って、はやての頭をなでてやり――グレアムははやての車椅子を押している鈴香へと視線を向け、
「えっと……水隠鈴香くん、だったかな?」
「あ、はい……
 …………って、私、名乗りましたっけ……?」
「いや――ジュンイチから聞いているよ。
 『同僚にオレ以上にメカ好きの巫女さんがいる』とね」
「って、グレアムおじさん、ジュンイチさんと知り合いやったんですか!?」
「あぁ。
 娘達を通じて、何度か顔を合わせる機会があってね……」
 鈴香との会話に驚きの声を上げたはやてにグレアムが答えると、
「話は終わりだ。
 着いたぞ」
 そんなはやて達に、スカイクェイクが声をかけてきた。行く手を阻む隔壁を操作、ゆっくりと扉が開いていき――
「な………………っ!?」
 そこに広がっていた光景に、はやては思わず驚きの声を上げた。
 なぜなら、そこは広大な空間、飛行可能な艦船を収めるドックとなっており――
 

 そこに、アースラを思わせる意匠の、“管理局のL級次元航行艦”の姿があったのだから。
 

《フフフ、驚いたみたいですね。
 ここまで黙って連れてきた甲斐はありました♪》
「そりゃ驚くわ!
 どうしてこんなところに管理局の艦が!?」
 目を丸くするはやての姿に、アルテミスがクスクスと笑い声を上げる――そんな彼女に言い返すかのようにはやてが疑問の声を上げると、
「ジュンイチさんだよ」
 新たな声がはやてに答えた。その声の主は――
「ロッサ!?」
「やぁ。
 ケガをしたって聞いて心配してたけど……大事ないようで何よりだよ」
 先ほどから驚いてばかりのはやてに対し、姿を現したヴェロッサは苦笑まじりに肩をすくめてみせる。
「この艦、ジュンイチくんがからんでるんですか……?」
「えぇ」
 尋ねる鈴香にうなずくと、ヴェロッサは彼女やはやてに説明を始めた。
「実は……ジュンイチさんはずっと以前から、地上本部襲撃の際には本局も襲われるかもしれないと危惧していたんだ。
 予言された地上本部の崩壊が現実となれば、それを阻止しようとしている機動六課も攻撃を受けることになるはず。
 となれば、攻撃を受ける六課隊舎に代わる新たな拠点として、アースラに白羽の矢が立つ可能性は高い。退役直前とはいえ、ボクらがある程度自由に扱える唯一の移動拠点だからね。
 けど――こっちがそう出ると読んだ敵は、本局、もっと言えばアースラにも攻撃をしかけるかもしれない。
 だから、ジュンイチさんはグレアム提督に協力を依頼したんだ。
 退役し、解体に回されるアースラを、どこか別の場所に引き取れないか、とね……」
「その話を聞いた私は、アコース査察官に協力を頼み、このクラウドキャッスルにアースラを運び込んだ……」
「じゃあ、アースラを狙って本局を襲撃したっていう瘴魔やノイズメイズ達は……」
《完全なムダ足ですね。
 そしてそんな彼らから本局の局員達を守るために戦わざるを得なかったクロノくんやザラックコンボイ達はいい迷惑でしかなかった、と、そういうことです。
 まぁ……結果としては、アースラを避難させて大正解だったんですけどね。何しろ本局の廃艦ドックが全壊させられたワケですし》
 アコースやグレアムに聞き返す鈴香にアルテミスが答えると、
「せやけど……」
 手を挙げ、疑問の声を上げるのははやてだ。
「あの艦、アースラに似てますけど、アースラやないですよね?」
「それは違うぞ、はやて」
 しかし、そんなはやての問いに、スカイクェイクは笑みを浮かべてそう答えた。
「アレは“アースラに似ている”が“アースラではない”、というワケではない。
 “アースラではない”が、“アースラに似ている”んだ」
「どういうことですか?」
「あの艦には、かつてのアースラから、老朽化していない部位、使える部品を可能な限り流用している」
 言って、スカイクェイクはドックに収まっているその艦へと視線を向け、
「柾木なりの、お前達への配慮だ。
 『付き合い慣れた艦の空気が残っていれば、お前達も居心地よく任務に従事できるだろうし、何よりお前達と共に戦ってきたアースラの魂を、新たな艦に受け継いでもらいたい』とな。
 アイツにとっても、“擬装の一族ディスガイザー事件”の時に世話になった艦だ。それなりに思い入れもあったのだろう」
「せやったんですか……」
 スカイクェイクの言葉に、はやては静かにうなずいた。
 管理局システムの崩壊の先駆けになると予言された“地上本部の崩壊”は他ならぬ彼の手によって成し遂げられてしまった。さらには彼の仕業としか思えない管理局の闇データの大量流出 。
 あまりの行いに、正直、ジュンイチの思いがどこにあるのかわからなくなっていたが――そんなことは、今となってはただの杞憂でしかなかった。
 なぜなら――彼の思いはここにある。
 自分達のために、と手を回してくれたこの艦に――アースラの魂と共に。
(大丈夫……ジュンイチさんは、「みんなのために」っていう自分の“道”を見失ってない……
 地上本部の崩壊とデータの流出にも……きっと何かの意味がある……)
「…………鈴香さん」
 気づけば、はやては背後の鈴香に声をかけていた。
 その瞳に宿るのは、彼女を彼女たらしめている強い意志の光――
「ここまでやってくれたんや……もう一度、信じてみるわ、ジュンイチさんのこと……」
「………………そうですね」
 応じるすずかに笑顔でうなずくと、はやてはスカイクェイクへと顔を向け、
「スカイクェイクさん。
 この子の名前……決まってるんですか?」
「あぁ」
 その問いにうなずき――スカイクェイクは告げた。
 自分達と共に歩いてきた“仲間”――その魂を受け継ぐ者の名を。
「新たなるアースラ――“ノイエ・アースラ”だ」
「ノイエ・アースラ……」
 繰り返しつぶやき、はやてはその名をしっかりと己の心に刻み込み――
「スカイクェイク!」
 声を上げ、スカイクェイクに駆け寄ってきたのはギガントボムだ――かつてトランステクターの解析に協力した彼は、そのままアフターケアという形でこのクラウドキャッスルにクルーとして迎えられ、ノイエ・アースラの建造主任を任されていたのだ。
「どうした? ギガントボム」
「“彼女達”が動き出した」
 その言葉で――スカイクェイクは状況を理解した。深刻な表情で確認する。
「…………ナンバーズか」
「あぁ」
「思ったより復活が早いな……」
 うなずくギガントボムにスカイクェイクがうめくと、脇からはやてが声を上げる。
「それで……どこにいるんですか!? 標的は!?」
「行動しているのはミッドチルダ。
 標的は地上部隊の大型兵器――」
 

「アインヘリアルだ」

 

 アインヘリアル。
 レジアスの指揮のもと、ミッドチルダ防衛のために建造された大型砲台の名称である。
 常に慢性的な人手不足にある魔導師系戦力を解決すべく、大出力の人工魔力砲を装備。大型ゆえに設置場所を選ぶ欠点を補うために射程も可能な限り延長、さらに精密砲撃を可能とする高感度のレーダーシステムまで搭載してある――これが完成すれば、地上本部の高ランク魔導師不足は一気に解消されるであろうと期待されている、まさに地上本部の“切り札”とも言われる兵器だった。
 しかし――そんな“切り札”も未だ正式な完成には至ってはいなかった。現在組み上がっている3機も最終テストの真っ最中であり――

 

 その3機の設置されている試験場に、ナンバーズが強襲を仕掛けたのである。

 

「はっ、何だよ、この程度の戦力かよ!?」
「こっちもけっこう痛い目見たけど、向こうはそれ以上だったみたいだな!」
 目の前に展開しているのは中堅クラスの魔導師や装甲車のような機動戦力がせいぜい――修理が完了したばかりのそれぞれの愛機にゴッドオンし、挑発するノーヴェにセインが同意する。
「けど……油断は禁物」
「オットーの言うとおりです。
 こちらもトーレ、チンクを欠き、ウーノの指揮もない。
 万全でないのはお互い様――慎重には慎重を期すべきでしょう」
「わかってるっスよ。
 オットーとセッテは心配性っスねー」
 そんな二人をいさめるオットーとセッテに苦笑すると、ウェンディは自らの眼下――未だゴッドオンしておらず、今回が初出撃となる愛機の上に立つディードへと声をかけた。
「そんじゃ……ディード。
 今回はディードが先陣、ってことで♪」
「私が……ですか?」
「だって、前回はディードがマグマトロンで出たじゃないっスか。
 専用トランステクターのお披露目もまだなんスから、きっちり見せつけてくるっスよ」
「そういうことでしたら」
 ウェンディの言葉にディードがうなずき――それを受け、ディードのトランステクターが動いた。
 そのデザインは言うなれば“漆黒のユニコーン”。ディードを背に乗せ、猛スピードで走り出す。
 そして――
「ゴッド、オン。
 バトルセイバー、トランスフォーム」

 ディードがゴッドオンすることで、それは真の姿を現した。光となり、機体と一体化したディードの意思で大きく跳躍。ロボットモードへとトランスフォームし、ビーストモード時のたてがみと尻尾が分離、それぞれ太刀、連結刃となり、トランスフォームを完了したディードの両手に収まる。
第十二機人トゥエルヴス・ナンバーズ、“瞬殺の双剣士”ディード、そしてそのトランステクター“バトルユニコーン”。
 双剣騎士バトルセイバー、斬り裂かせていただきます!」
 咆哮と共に、ディードは一歩を踏み出し――地を蹴った。強烈なダッシュ力で、一気に管理局の防衛ラインへと襲いかかる。
 当然、先陣を切る彼女に、防衛ラインの火力が集中することになるが――今の彼女の前には無意味だ。軽快な、しかし高速のステップで弾幕をかいくぐり、瞬く間に距離を詰めていく。
 そして――刃を振るう。魔導師もトランスフォーマーも関係ない。太刀が騎士のアームドデバイスを叩き斬り、連結刃が距離を取った魔導師達を叩き伏せる。
「ひるむな!
 ヤツに火力を集中させろ!」
 そんなディードの戦いぶりに、防衛部隊の魔導師のひとりが声を上げ――
「あたしらだっているんだぜ!」
 そこへノーヴェが飛び込んできた。彼女の拳をまともにくらい、魔導師は背後の指揮車両に叩きつけられて沈黙する。
「そらそらそら!」
「どんどんいくっスよ!」
 さらに、セインやウェンディも追い討ち――デプスチャージのエネルギーミサイル、さらにジェットスライダーのビームライフルが陣形を乱した魔導師達を次々に襲い、
『IS発動』
「レイストーム!」
「スローターアームズ!」
 オットーとセッテはISによって魔導師を、騎士を次々に蹴散らしていく。
 さらにはるか後方に待機するディエチの支援砲撃が、ガジェット群の援護が重なり、見る見るうちに管理局側の布陣は深々と抉られていく。
「くっ、おのれ……!」
 もはや防衛ラインの崩壊は確実だろう。防衛に参加した魔導師のひとりが歯噛みして――
〈少しは思い知っただろう〉
 突然、彼のもとに――いや、その場の管理局員すべての耳に、音声のみの通信が届いた。
〈お前らじゃそいつらの相手はムリだ。
 とっとと下がってろ、身の程知らずども――〉
 

〈後は、オレがやる〉
 

「バカな……!?
 どこの誰だ、貴様は!?」
〈通りすがりの乱入者だよ〉
 アインヘリアルはまだ調整中であり、テスト運用のため、3機すべてに大型の増設コックピットブロックが設置されていた。
 そのひとつ、1号機の増設コックピットブロック――本来ならデータ収集の機材が置かれるその場に臨時で設置された防衛作戦司令部で、突然の通信の主は指揮官の問いにそう即答した。
〈連中はアンタらの手に負える相手じゃねぇ。
 悪いことは言わねぇから、アイツらについては本局とか対応できる子達に任せとけ。お前さん達はとっとと尻尾を巻いてお家に帰って、押し入れの中でガタガタ震えてやがれ、役立たずども〉
「ふざけるな!
 誰が逃げ帰るものか!」
 告げる声の主だが、その言葉は辛らつそのもの――案の上、指揮官は激昂し、テーブルを両手で叩きつけた。
「『本局に任せろ』など……さては貴様、本局の回し者か!?
 貴様らの手など借りるものか! 地上を守るのは我ら地上部隊だ!」
〈やれやれ……これだからプライドにこり固まったバカは始末に負えないね。
 地上部隊への愛着で暴走してる“どこぞのヒゲゴリラレジアスのオッサン”の方がまだマシだ〉
 その指揮官の言葉に、通信の向こうでため息が聞こえる――通信の主の声色からは、明らかにこちらに対する失望が伝わっていた。
〈じゃ、仕方ない〉
 そして――“彼”は行動に移した。
〈お前らは――強制退場ケンガイだ〉
 次の瞬間、彼らのいるコックピットの中でとあるシステムが作動し――
 

 アインヘリアルの増設コックピットブロックは、3機分すべてが脱出装置によって宙を舞っていた。

 

 操る者を失い、アインヘリアルはただの一発も発射しないまま、物言わぬ金属の塊へと成り果ててしまう――そんな地上部隊の混乱を、ナンバーズが見逃すはずはなかった。
「はっ! 何だ何だ!? 整備ミスか!?」
「ちょうどいいぜ!
 このまま一気に!」
 臨時司令部でのやり取りを知らなくても、これが絶好の好機であることは理解した。セインとノーヴェが答え、近接攻撃要員は一斉にそれぞれ標的と定めたアインヘリアルへと襲いかかる。
 もはや防衛ラインには何の抵抗力も残されてはいない。そのまま大した抵抗も受けず、彼女達はアインヘリアルに取りつき――
「――――――っ!?」
 気づいたのはディードだった。
「上空から熱源――!?」
「何だと!?」
 そのディードの言葉にノーヴェが声を上げ――

 三つの紅い閃光が、“アインヘリアルに”突き刺さった。

 一瞬にして内部を焼かれ、搭載していた燃料類にも引火――次の瞬間、3基のアインヘリアルはそのすべてが大爆発を起こし、大破した。巻き起こる紅蓮の炎が、取りついていたナンバーズの面々を容赦なく吹き飛ばす!
「ぐ…………っ、そっ……!
 みんな、無事か!?」
「へ、平気……とは言えないけど……なんとか……!」
 うめくセインに、アインヘリアルに零距離射撃を叩き込もうとしていたために巻き込まれたウェンディが答える――他の姉妹達も、一様に傷ついていながらそれでもなんとか身を起こし、
「けど……何が起きたんスか?」
〈攻撃だよ〉
 そう答えたのは、砲狙撃による援護のために後方にて待機、難を逃れたディエチだった。
〈脱出した搭乗員達が安全圏に到達するのと同時に、上空からの砲撃がアインヘリアルを吹き飛ばした。
 敵は、燃料や人工魔力炉を利用して、アインヘリアルそのものを爆弾として使ったんだ〉
「アレを、そのまま武器に……!?」
「確かに……私達にあの兵器そのものの性能で挑んでも勝ち目はありませんでしたが……しかし、だからと言ってそこまでやるでしょうか……!?」
 ディエチの言葉にオットーやディードがうめくように答えると、
「…………やる、だろうな……!」
 静かにそう答え、ノーヴェは頭上の空を見上げ――いや、にらみつけた。
「敵を倒すために、地上本部そのものを武器にしたアイツなら――そのくらいのことはワケねぇよ」
 同時、頭上に生まれる光点――その正体を確信し、言い放つ。
「なぁ、そうだよな――」
 

「柾木ジュンイチ!」
 

 その言葉と同時――“蜃気楼”を起動し、黒いシュベルトクロイツを生成したジュンイチが彼女達の前に舞い降りた。
「喜べ。オシオキ時間タイムだ」
 シュベルトクロイツを左手に握り、右手でノーヴェ達を指さし、不敵な笑みを浮かべながら見得を切る。
「さぁ……」

 

「お前達の罪を数えろ」

 

「やってくれるじゃねぇか……
 あたしらの襲撃は、とっくの昔にお見通しだったか……」
「スカリエッティはともかく、クソメガネは性格悪いからな。
 オレの“仕込み”で地上部隊が混乱したのを、利用しないはずがない――必ずこの機会に地上部隊の抵抗力を削ごうと動くと思ってたよ。
 で、その場合真っ先にターゲットに上がりそうなのが――レジアスのヒゲゴリラが“切り札”と位置づけていた、アインヘリアル。
 どう? 筋道立てて考えてみれば、意外にどうってことのない推理だろう?」
 うめくノーヴェに対し、ジュンイチは余裕の態度でそう答え――
「そこまで読んでる割には――」
「私達への備えがなっていませんね」
 そんな彼の背後に、オットーとセッテが回り込んでいた。トランステクターにゴッドオンしている彼女達の拳をかわし、ジュンイチは少し離れたところに着地するが、
「IS発動――レイストーム!」
 オットーの追撃――放たれた光の帯は無数の散弾となってジュンイチへと降り注ぎ、
「IS発動――スローターアームズ!」
 セッテが後に続いた。ビークルモード時のローターが分離したブーメランブレードに“力”を込め、爆煙の中に消えたジュンイチに向けて投げつける!
 そして、煙の中で衝撃音――飛び出してきたブーメランソードに確かな手ごたえを確信し、セッテは戻ってきた刃を受け止める。
 効果を確認しようとする二人の目の前で、煙は徐々に晴れていき――
「………………もう終わり?」
『な………………っ!?』
 ジュンイチは平然と立っていた。驚愕する二人に対して右半身を引き、
「警戒を解いてなかったのは認めてやるけど――攻撃効いてない可能性も考慮しとけ!」
 そこからは速すぎて反応できなかった。ジュンイチの右手から放たれた光熱波は、回避すら許さずオットーを飲み込んだ。大爆発が起こり、オットーのゴッドオンしたクラウドウェーブを吹き飛ばす!
「オットー!」
 感情を見せないセッテにも自分の、自分達姉妹の力に対する誇りはある。難なくオットーが撃墜されたその光景にセッテが思わず声を上げ――
「てめぇもじゃ、ボケ!」
 そんなセッテの眼前に、ジュンイチは彼女の意識がそれた一瞬の間に飛び込んでいた。渾身の力で振るったシュベルトクロイツで、セッテのゴッドオンしたサンドストームを思い切り張り飛ばす!
「それに状況認識も甘い。
 アインヘリアルの爆発で、機体にかなりのダメージ受けてるだろ――自分のコンディション考えれば、戦える状況かどうかなんて、考えるまでもねぇと思うんだがな」
 シュベルトクロイツを肩に担ぎ、淡々とジュンイチはそう告げて――
 

 次の瞬間、彼の身体は突如襲いかかってきた光の奔流の中に消えていた。
 

「…………『状況認識が甘い』。
 さっきのキミのセリフ、そのまま返すよ」
 光の奔流の正体は彼女の砲撃――彼の気配感知の限界範囲のさらに外側から、自分のIS“ヘヴィバレル”によって放たれた閃光が直撃、大爆発を起こしたのを確認し、ゴッドオンし、アイアンハイドへと姿を変えたディエチは静かにつぶやいた。
「さすがのキミも、私の砲撃をまともにくらっちゃ、タダじゃすまないよ。
 たとえ撃墜されていなかったとしても、これで勝負は五分と五分……」
 舞い上がった土煙が晴れていく中、ディエチは状況を確認しようと目を凝らし――
「………………っ!?
 そんな……!?」
 煙の晴れた後には、まったく無傷のジュンイチの姿――驚愕するディエチの視線の先で、ジュンイチはおもむろにシュベルトクロイツをかざす。
「――――――っ!?」
 と――同時、ディエチの周りに無数の、炎に包まれた“力”の短剣が出現した。その意味を理解し、ディエチが戦慄し――
 

「…………おー、当たっとる当たっとる」
 視線のはるか先では、自分が遠隔生成した魔力刃が目標に次々に降り注いでいることを示す連続爆発――満足げにうなずくと、ジュンイチは頭上にかざしていたシュベルトクロイツを下ろした。
“夜天の主”組はやてとスカイクェイクの“ブラッディダガー”、リインの“フリジットダガー”に続く、“ダガー系”第3弾オレバージョン――“炎の短剣フランメダガー”。
 てめぇも砲手なら、簡単に敵に居場所つかまれてんじゃねぇよ」
 念話も通信もしていないため、ディエチに届くことはないだろうが――それでもそう告げて、ジュンイチは残るナンバーズの面々へと向き直った。
「ディエチの砲撃くらって、かすり傷どころかほこりひとつつかねぇだと……!?」
「あれが、柾木ジュンイチの力場が持つ“対エネルギー絶対防御”……」
「おや、よく調べてるね」
 そんな彼の姿に、ノーヴェとセインがうめく――対し、ジュンイチは二人の言葉に口笛まじりに感嘆の声を上げた。
 セインの言うとおり、ディエチの砲撃に耐えたカラクリはジュンイチの周囲に展開された、彼の持つ精霊力のフィールド――ジュンイチ達が“力場”と呼ぶそれにあった。
 ジュンイチ達ブレイカーやイクトのような瘴魔神将達の展開するそれは、各々の力の“質”により、独自の特性を持つ。たとえばブレードの回復力の源、肉体の治癒力を限界以上に高める“超速回復”のように。
 そして、ジュンイチの力場の特性は“エネルギー制御特化”――出力の微細制御や複雑なエネルギー運用を可能とするなど、極限までエネルギーの制御にこだわった能力特性を持つ彼の力場もまた“エネルギー”という分野に徹底して特化された仕様となっており、生命力、非生命力を問わず、あらゆるエネルギーの通過を防いでしまうのだ。
「……なるほど。
 オットーのレイストームも、それで防いだ――実質あなたが自らしのいだのは、セッテお姉様のスローターアームズだけですか」
「そゆコト。
 オレの力場の前じゃ、オーバーSランクの砲撃ですら紙鉄砲も同然だからね。
 もっとも――“純エネルギー砲撃に限って”って条件はあるけど。たとえば、さっきのクソ砲手の砲撃だって、実体弾だったら今頃ミンチだね、オレ。
 それに比べたら、さっきのクソボーイッシュの魔力弾なんか何の障害にもなりゃしない――楽〜にクソブーメランの攻撃だけに対応できたよ」
 納得し、つぶやくディードに対し、ジュンイチは不敵な笑みと共にそう答え、
「くっそー、AMFや“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”を素で持ってるようなもんじゃないっスか! ズルイっスよ!」
「でもないぞー。
 “支配者の領域ドミニオン・テリトリー”みたいにエネルギー吸収できるワケじゃねぇし、物理系攻撃に対する防御力はまがりなりにも物理防御層を備えるAMFにすら劣る。
 何より、エネルギーであれば問答無用で防いじまうからな――意図的に“抜け道”を作らなきゃ、ブーストや治癒みたいな仲間からの援護系のエネルギー干渉まで防いじまう。けっこう使い勝手悪いぞ、コレ」
 声を上げるウェンディにも、そう答えて肩をすくめてみせる。
「っつーワケで、まだ続けるつもりならちったぁ考えて向かってくることをオススメするよ。
 どいつもこいつも、攻撃手段はエネルギー攻撃だけってワケじゃねぇだろ――何かしら工夫すれば、オレの力場も抜けるような攻撃が撃てるかもな」
「アドバイスたぁ、ずいぶんと余裕じゃねぇか」
「余裕ですから♪」
 うめくノーヴェだったが、ジュンイチはあっさりとそう答える。
「クソボーイッシュやクソブーメランに言ったろ? 『アインヘリアルの爆発で受けたダメージがある身でまともに戦えるのか』ってさ。
 それ――お前らにもマンマ当てはまるんだぜ」
「………………っ!」
 ジュンイチの言葉に、ノーヴェは思わず歯がみして――
 

「ならば――無傷の私が相手をします」
 

「………………っ!?」
 突然の声がジュンイチに告げる――とっさに跳躍し、ジュンイチは頭上から襲いかかってきたその一撃を回避する。
 轟音と共に、ジュンイチの立っていた場所の地面が砕け散る――飛び散ってきた岩のかけらを弾きながら、ジュンイチは理解していた。
 いともたやすく接近を、さらには不意討ちまで許した――それは決して、目の前の相手の気配を読み落としていたワケではない。
 むしろ逆――見落としなどあり得なかった。
 単に、自分が頭の中で拒否していただけだ。自分の目の前にいるのが――
 

「おいおい……
 あんの、クソメガネ……!」
 

 ナンバーズと同じ戦闘ジャケット――首元に“]V”のナンバリングの施されたそれを身にまとった彼女が――
 

「よりによって……」
 

 地面に打ち込まれた、改造された左手――手首から先がマジックハンドのように伸び、ドリルのように高速回転しているそれを引き抜く彼女が――

 

 

「オレに、ギンガをぶつけてきやがるかよ――!」

 

 ギンガが――自分の敵となった、その事実を。

 

 

「やってくれるじゃねぇか、アイツ……!
 とはいえ、アイツらしいぜ。オレの嫌がることをよくわかってらっしゃる」
 現れた“新手”を前にして、その表情からは余裕が一瞬にして吹き飛んだ――舌打ちし、うめくジュンイチの目の前で、ギンガは静かにかまえをとる。
「……やる気十分、ってワケか。
 冗談抜きで恨むぞ、クソメガネ……! 次会ったら、“額に『肉』の字の刑”じゃすまさねぇからな……!」
 こうなったらやるしかない――毒づきながらかまえるジュンイチの目の前で、ギンガは静かに告げる。
「…………マグマドラゴン」
 その言葉と同時、巨大な影が飛来する――咆哮し、舞い降りるマグマドラゴンを背に、ギンガは言葉を重ねる。
「ゴッド……オン」
 瞬間、ギンガの姿が光に変わる――溶け込むようにマグマドラゴンの中に消えていき、その巨体から放たれるプレッシャーがその圧力を増す。
「マグマトロン、トランスフォーム!」
 そして、マグマドラゴンが――ギンガがその姿を変える。ロボットモードへとトランスフォームし、ジュンイチの前に立ちはだかる。
「超越大帝マグマトロン。
 すべてを……蹂躙する」

 

「そん、な……!?」
 アインヘリアルの戦いは、管理局の残存戦力によってモニターされていた――中継されたその映像をホスピタルタートルの休憩室で見つめ、フェイトは思わず声を上げた。
「ギンガを、洗脳したのかよ……!?」
「ある意味、柾木にとって最悪の相手だな……!」
 身内を何よりも大切にするジュンイチにとって、敵に回ったギンガはまさに天敵――うめくヴィータの言葉にシグナムもまた同意し――
「…………スバル……」
 ポツリ、と口を開いたのはティアナだった。
「あの子がもし、このことを知ったら……」
「ショック、でしょうね……」
 うなずくのはかがみだ――その言葉に、全員の脳裏にスバルの姿が思い描かれた。
 姉であるギンガのことが大好きだった、そして“兄”としても“師”としてもジュンイチのことを慕っていたスバルが、このことを知ったら――
「…………わ、私、病室見に行ってくる!」
「あ、わたしも行きます!」
「ボクも!」
 あわてるつかさの言葉にキャロやエリオもその後を追ってきびすを返し――
『――――――っ!』
 3人はまったく同じタイミングでその足を止めた。
「どうしたの?
 早くスバルの病室に――」
 そんな3人に言いながら振り向き――イリヤは3人がどうして止まったのかを理解した。
「…………ウソ……!?」
 メディカルカプセルに右手、両足を突っ込んだまま座る車椅子をこなたに押してもらい、この場に現れたスバルの姿を前にして。
「…………お兄ちゃんと……ギン姉が……!?
 どうして……!?」
 

「ぐぅ………………っ!」
 マグマトロンの打撃をとっさにガード。これで骨が叩き折られないだけでも大したものだが――マグマトロンにゴッドオンしたギンガの一撃は、人の身で受け止めるにはあまりにも重すぎた。重量差によって弾き飛ばされ、ジュンイチは背後の岩山へと叩きつけられた。
 衝撃で岩山は崩落――崩れた岩の間から身を起こすジュンイチだったが、
「――――――っ!
 来る!」
 そんなジュンイチをギンガは逃がさない。間髪入れずに距離を詰め、頭上からジュンイチに右のカカトで一撃。それをかわし、頭上に逃げようとするジュンイチを、素早く身を起こして殴り飛ばす。
「にゃろうっ!」
 それでも、やられっぱなしで終わるジュンイチではない。一撃を受けながらもなんとか着地、迫るギンガへとカウンター気味に炎を放つが――それでもギンガを止めるには至らない。マグマトロンの装甲によって炎を耐え、ジュンイチをさらに殴り飛ばす!
「こなくそっ!」
 このままでは分が悪い。腰のカードホルダーから“蜃気楼”のデバイスカードを取り出すジュンイチだが、それをガントレットにセットするよりも早く、ギンガの放った魔力弾がジュンイチを吹き飛ばす!
「くそっ、こっちに反撃のスキを与えない気か……!
 これじゃ、“蜃気楼”を使うヒマも、セカンドモードに切り替えるヒマもねぇ……!」
 

「ダメだ……!
 マグマトロンの性能が、ジュンイチのパワーを完全に上回ってる……!」
 ショックを受けたスバルも問題だが、戦場の方もかなり危険な状況だ――間断なく攻められて“蜃気楼”も封じられ、ギンガに打ちのめされるその姿に、スバルをティアナ達に託し、戦いを見守っていたライカは思わず歯噛みした。
 ジュンイチの顔からはマスターギガトロンとの戦いで見せた余裕はない。芝居などではなく、本気で戦い、苦戦しているのは明らかだった。
「確かに……
 柾木の戦闘能力は、数値だけで見ればオレよりも下――ヴィータ・ハラオウンと同程度でしかない。
 それを補うための奇策や“蜃気楼”だが……」
「そ、そうだよ!
 ジュンイチのヤツ、なんでいつもの卑怯な戦い方しねぇんだよ!?
 アレがあってのアイツだろうに!」
 うめくイクトの言葉に、ヴィータは焦りもあらわにそう声を上げ――
「…………相手がギンガだからだよ……」
 そう答えたのはアリシアだった。
「前にあずささんが話したでしょ?――ジュンイチさんは、ギンガやスバルの前じゃ卑怯な戦いを禁じてるって……」
「でも、今のギンガは……」
「関係ないよ」
 答えかけたフェイトだったが、アリシアはキッパリとそう答えた。
「ジュンイチさんにとって、ギンガがどんな状態か、なんて関係ない。
 スカリエッティに操られていても、ギンガはギンガだもん――だから、ジュンイチさんはギンガさんに対して絶対に卑怯なマネはしないし、できない。
 ジュンイチさんが勝つには……せめて何かひとつだけでも、ギンガを――マグマトロンを超えるしかない……」
 そして、アリシアは映像の中で再びギンガに殴り飛ばされるジュンイチへと視線を向けた。
「そのためには……使うしかない。
 地上本部の時みたいに……“イグニッションフォーム”を……!」
「でも…………」
 アリシアの言う通りだが――そのことが示す“事実”を思い、あずさは心配そうにスバルへと視線を向けた。
「それは……お兄ちゃんが“ギンガを本気で叩きにいく”ってことなんだよ……!」
 

「ぐぁあっ!」
 ギンガの拳が身体を捉え、体内から空気が叩き出される――もはや回避する余裕もなく、ジュンイチは大地に叩きつけられた。
「く……っ、そ…………っ!」
 うめきながらも何とか立ち上がり、ジュンイチは口元から垂れる血をぬぐい、
「致命傷には程遠いけど……ちとキツいかな、こりゃ……!
 今のままじゃ、能力差で押し切られる……ここから勝つには“イグニッションフォーム”しかないけど……!」
 消耗の大きく、一芸特化のイグニッションフォームは使いどころが難しい。ヘタに戦況に合わないフォームに変身してしまうと、逆転どころか敗北フラグをさらに立てることにもなりかねない。
 それに――イグニッションフォームは強力すぎる。ヘタをすれば“撃墜”どころでは済まないほどのダメージをギンガに叩き込むことになる。
 それだけに、さすがのジュンイチも慎重にならざるを得ない。息をつき、ギンガと改めて対峙し――
〈フフフ、大変みたいね、柾木ジュンイチ♪〉
 そんな楽しそうな声と共に、自分とギンガとの間にウィンドウが展開された。
 そこに映し出されたのは――
「……クソメガネ……!」
〈あなたがそんなボロボロになってるのなんて、何年ぶりかしらね。
 いやはや、いい気味ね〉
「るせぇ。
 ンなところで引っ込んでねぇで、とっとと現場に出て来いってんだ」
 余裕の笑顔で告げるクアットロの言葉に、ジュンイチはため息まじりに毒づいて――
「でねぇと――てめぇ“で”遊べねぇだろうが!」
〈それがイヤだから出て行かないんだってわからないかしら!?〉
 力いっぱい言い切ってみせたジュンイチの言葉に、クアットロは思わず言い返す。
〈…………ふ、フンッ、まぁ、いいわ。
 ここでこうして見ている分には、あなたの軽口もただの負け惜しみにしか聞こえないもの〉
「ほっとけ。
 オレだっていつものノリでいければ……」
 クアットロの言葉に答えかけ――ジュンイチは動きを止めた。
「…………そうだよ。
 いつも通りにやればいいんじゃねぇか」
 そうつぶやき――ジュンイチの口元にいつもの笑みが浮かんだ。
「ありがとよ、クソメガネ。
 おかげで、ここからは“オレらしく”やれそうだ」
 言いながら、ジュンイチはクアットロの映るウィンドウをグイッ、と押しのけ、
「そうだよなー、そうなんだよ。
 オレの戦い方は、ハメ技だけじゃない……それはあくまでスタイルのひとつ。
 もっと“根っこ”の方を、オレは忘れてた」
 両足を広げ、重心を落としてかまえ――抜き放った“紅夜叉丸”を爆天剣に“再構成リメイク”する。
「オレの戦い方の“根本”は二つ――ハメ技でも正攻法でも、これは変わらない。
 ひとつは……相手の苦手分野に引きずりこんで、徹底的に叩きつぶす。
 そしてもうひとつ――」
 

「相手の土俵で、相手の鼻っ柱を叩き折る!」
 

 その言葉と同時、自らの“力”を解放し――ジュンイチは吼える。
「フォースチップ、“スピーディア”!」
 ジュンイチのその叫びに答え――フォースチップが飛来した。スピーディアのそれがジュンイチの目の前に舞い降り、その場で静止する。
 そして、ジュンイチは爆天剣を水平に、刺突の形でかまえ、
「イグニッション!」
 その切っ先をフォースチップに突き刺した。物質としての結合を解かれ、純粋な“力”の塊となったフォースチップは、ジュンイチの周囲で荒れ狂い、一時その姿を覆い隠してしまう。
 そして――
「ウィング・オブ・ゴッド――モーメントフォーム!」
 “力”の渦が吹き飛び――ジュンイチが新たな姿を現した。
 変化したジュンイチの“装重甲メタル・ブレスト”、その意匠はカーレースの星、スピーディアに準じた、車をモチーフにしたものだった。マフラー状のパイプが各アーマーの縁を飾り、その先端は後方に向けられ、“力”が脈動するたびに勢いよく蒸気を噴出している。
 そして、両足首に装着され、さらには両肩のアーマーにも装着されたタイヤを模したデザインの装飾は、スバル達のリボルバーナックルに搭載されたナックルスピナーと同じエネルギー加速器――
 新たな姿への“変身”を完了し、ジュンイチは爆天剣を軽く振るい――腰に新設された鞘へと収めた。
「……さて。
 付き合ってやるよ――1分間だけな」
 そして、静かにそう告げて――ジュンイチの姿が消えた。
 同時、正面から衝撃――今までとは比べ物にならない、視認すら許さないほどのスピードで飛び込んできたジュンイチの拳を胸に受け、ギンガの、マグマトロンの巨体が大きく宙に跳ね上げられる。
 さらに、ジュンイチはそのスピードのまま急旋回、トップスピードを維持したまま、戻ってきてギンガへとさらに一撃叩き込む。
 まだ続く。再び急旋回、戻ってきて一撃、また同様に一撃――大地を、空中を縦横無尽に駆け回り、ジュンイチはギンガを翻弄、反撃の余地もなく立て続けに連撃を叩き込む。
 その光景、その戦いぶりはまさにギンガの“土俵”シューティングアーツ――その空戦版“フライング・シューティングアーツ”のそれだった。
 

「は、速い……!?」
 一方、ホスピタルタートル――ジュンイチがすさまじいスピードでギンガを打ちのめすその光景に、フェイトは思わず声を上げた。
「六課正隊員中最速として……どう見る?」
「わ、私のソニックムーブと互角のスピード……
 ううん、旋回性能は私の機動より優れてるから、総合的にはジュンイチさんの方が上……!」
 尋ねるライカの問いにフェイトが答え――
「それがあの“モーメントフォーム”の真髄よ」
 そう彼女達に答えたのは霞澄だった。
「“moment”、すなわち“一瞬”……
 あのフォームは一撃必殺のパワーも、火力もない。代わりに極限までスピードを磨き上げ、超高速の連撃の積み重ねによって、速やかに相手を撃ち砕く……
 言わば“一撃必殺”ならぬ“千撃瞬殺”――速さこそが、あのフォームの最大の武器なのよ」
 

「とりあえず――ここで一旦区切り!」
 息つく間もなく続いていた連撃がひとまず終わりを告げる――身をひるがえして渾身の蹴りを叩き込み、ジュンイチはギンガを蹴り飛ばした。轟音と共に大地に叩きつけられるギンガを背に大地に降り立った。
 ブレーキのために踏みしめた足が地面を削る――実に十数メートルも大地をえぐり、ジュンイチはようやく停止した。息をつき、ゆっくりとギンガへと向き直る。
〈そんな……ウソでしょう……!?〉
 その光景を前に、呆然とつぶやくのはクアットロだ。
〈まさか、あなたが“妹”を平気で殴るなんて……!〉
 人としていびつになるほどに“身内”を守ることに執着しているジュンイチだ。並の相手ならいざ知らず、彼に限ってはギンガを殴ることなど絶対にありえない――そう考えていた。
 殴るにしても彼の場合その苦しみは並大抵ではないはず。こんなにも何発も叩き込まれるとは完全に想定外だ。悪態をつくことも忘れ、クアットロがつぶやき――
「わかってないな、クソメガネ」
 そんな彼女に、ジュンイチは静かにそう口を開いた。
「忘れたのか?
 オレはギンガとスバルの師匠だぞ」
〈……だから何だっていうのよ?〉
 苦々しく返すクアットロに対し、ジュンイチは答えた。
「コイツらを鍛えたのはオレなんだ――」
 

「ぶん殴らずに、どうやって模擬戦訓練やるんだよ?」
 

「お前の言うとおり、オレぁスバルもギンガも殴りたくねぇよ。
 本当の意味で“身内に手を上げる”ってのは、オレに取っちゃ最大のタブーだからな」
 表情を強張らせるクアットロに対し、ジュンイチは淡々とそう告げる。
「それでも……それがスバル達の“明日”につながるなら、受け入れる覚悟はとっくにできてる」
 しかし――ウィンドウ越しにセンサーを全開に働かせているクアットロは、その静かな物腰の奥ですさまじいエネルギーが渦巻いているのを感知していた。
「いい機会だ。
 覚えとけ、クソメガネ――オレに対して、身内をぶつける策は悪くもねぇが意味もねぇ。
 ギンガを殴るのが罪だって言うなら――」

 

「オレが残さず、背負ってやる!」

 

 言って、ジュンイチは自分の腰に――鞘に収められた爆天剣へと手を伸ばした。
 背中のゴッドウィングを広げ、そこに渦巻く“力”によってフワリと上昇。ギンガと目線がそろう程度の位置で静止し、一撃を放つべく前傾姿勢となる。
「悪いな、ギンガ――これからお前をしこたまシバくことになる。
 正直ヤだけど……お前をこのまま放っておくってのもナシだ。
 お前を連れ戻す――そのために、まずはマグマトロンそこから叩き出す!」
 咆哮と同時、ジュンイチは体内で高めた“力”を解放する――精霊力とフォースチップの“力”が混ぜ合わされ、ブレイカー独自の体内増幅法によって極限まで高められたエネルギーがジュンイチの周りで荒れ狂う。
 その力こそ、能力値だけで見れば六課の隊長格と同格かやや上、程度でしかないジュンイチの力をオーバーSランクですら凌駕するそれへと変える最大要素――今やジュンイチの発する力は、その出力だけでマグマトロンにゴッドオンしたギンガと肩を並べるほどにまで高められていた。
 そこにジュンイチの技量が加われば――どちらが上か、考えるまでもなかった。
「…………いくぜ」
 静かに告げ、ジュンイチは息を吐き出し――
 

「させるかぁっ!」
 

 そんなジュンイチに、ノーヴェのゴッドオンしたロードロケットが背後から、しがみつくように組みついていた。
 彼女だけではない――セイン、ウェンディ、ディード、先の攻防で撃墜を免れた4人が、ノーヴェのしがみついたその上やすき間から次々に組みついた。ゴッドマスター・トランスフォーマーと人間の体格差もあり、ジュンイチの身体は首から上を残して彼女達の鋼の身体に拘束されてしまう。
「13番! 早く下がれ!」
「………………」
「マグマトロンは今んトコあたしらの“切り札”なんス!
 ここでこんなバケモノに落とされたらアウトなんスよ!」
 ノーヴェの言葉に首をかしげるギンガに対し、ノーヴェの腰もろともジュンイチの両足を抱え込んでいるウェンディがさらに言い放つ。
「我々の機体ならば、破壊されても予備の“レリック”ケースに開発データをスキャンさせれば再生は可能です」
「けど、そのマグマトロンはスキャン後にドクターがさらに手ェ加えてるから、一度壊されたら復帰までだいぶかかるんだよ!
 その間に管理局に攻められたらアウト――ドクターが開発データをまとめて、量産にかかれるようになるまで、その初号機を落とされるワケにはいかないんだよ!」
 ディードやセインもそう告げて、彼女達は4人がかりでジュンイチをガッシリと拘束する。
「わかったらさっさと下がれ!」
「…………了解」
 さらに告げるノーヴェに、ギンガはようやくうなずいた。ジュンイチに対して背を向け、離脱していく。
「悪いがいかせねぇぞ!
 13番はともかく、マグマトロンを墜とされるワケにはいかねぇんだよ!」
 自分が拘束している小さな、しかし最強の“敵”を相手にノーヴェが言い放つが――
「…………ふぅ」
 ジュンイチに、ギンガを追う気配はなかった。それどころか、落ち着いた様子で静かに息をつく。
「……まったく、ジャマしやがって……
 おかげでギンガに逃げられちまった」
「当たり前っスよ!
 そのために、こうしてしがみついてるんスからね!」
 つぶやくように告げるジュンイチに、ウェンディが言い返し――

 

 

「ありがとう」

 

 

『――――――っ!?』
 告げられたその言葉に、ノーヴェ達の動きが止まった。
 「ありがとう」――ジュンイチは確かにそう言った。だが、なぜ――?
 自分達はジュンイチのジャマをした。彼が撃墜しようとしていた、彼が取り戻そうとしていたギンガを逃がした。
 それなのに――彼は自分達に礼を告げた。
 彼の真意が読めない――ジュンイチのいきなりの一言が、ノーヴェ達の思考を停止させ――

 

「だから」

 

 故に、気づくのが遅れた。

 

「全力で、応えてやる」

 

 一瞬にして自分達の拘束から抜け出したジュンイチが、自分達の頭上で“力”を両手に集めていくのに。

 

「マズイ!」
「散れ! 大技が来る!」
 その様子に自分達の、戦闘機人としての本能が警報を鳴らす。ノーヴェやセインが声を上げるが――
「フォースチップ――フルバースト」
 すべては手遅れだった。ジュンイチが告げ、彼の中に残されていた“力”が全面的に解放され――
「が………………っ!?」
 最初のうめき声はウェンディ――その瞬間には、一瞬にして飛び込んできたジュンイチの掌底が、彼女のゴッドオンしたジェットスライダーの胸部に叩き込まれていた。
 その衝撃は装甲の表面を通じ、機体の内部へと伝播――外装を一切傷つけることなく、本命である中枢部を貫いた。システムが衝撃によって強制的にシャットダウンされ、ウェンディのゴッドオンが強制解除、彼女の身体が空中に投げ出される!
「ウェン――」
 上がったセインの声も最後までは発せられない――同様の衝撃を伴った蹴りが彼女のデプスチャージをとらえ、セインもまた機外に叩き出される。
 そこへディードが斬りかかる――が、すでにその場にジュンイチの姿はない。
 モーメントフォームの機動力を最大限に発揮し、ディードの背後に回り込んだジュンイチは彼女の背中に一撃。ディードのゴッドオンもまた強制解除され――
「オォォォォォッ!」
「――――――っ!」
 殴りかかってくるノーヴェには正面から応じた。打ち込んでくる彼女の拳に掌底を叩きつけ――衝撃はその拳を腕を通じて中枢部に。ノーヴェもまた、一撃のもとに機外へと放り出される。
 そして、ジュンイチは再び姿を消した。一瞬にして4機のトランステクターの中心にその身を配置、腰に挿した爆天剣に手をかけ――
「瞬け、刃――」
 

「瞬刃殺」
 

 次の瞬間には、すでにジュンイチは納刀のかまえに入っていた。いつの間にか抜き放たれていた爆天剣の刃を静かに鞘に収め――

 

 

 キンッ、と鍔が鳴った瞬間、4機のトランステクターは粉々に粉砕――いや、斬り刻まれていた。

 

「ダイナミックチョップよろしく、決まってからの技名コールで済まなかったな。
 コイツの場合、速すぎてセリフの方が追いつかねぇんだ」
 巻き起こる爆発の中、そう告げて――同時、フォースチップの“力”を使い果たしたジュンイチのフォームチェンジが解除された。
 “装重甲メタル・ブレスト”が元に戻り、ジュンイチは静かに降下。ゴッドオンの強制解除のダメージで受け身もままならないまま落下、大地に叩きつけられたノーヴェ達の前に降り立つ。
「て……めぇ……!
 あの『ありがとう』は……あたしらを油断させるためのハッタリかよ……!?」
「ハッタリ?
 いやいや、とんでもない」
 ウェンディも、ディードも、セインもダメージで気絶――唯一意識を残していたノーヴェの言葉に、ジュンイチは息を切らせながら手をパタパタと振り、そう答えた。
「感謝してるのは本当さ。
 お前らがアイツを逃がしてくれたおかげで、オレは本当の意味でアイツをつぶさずにすんだ。
 正直……ギンガを正気に戻すには全力でぶつかるしかないと思ってた――そうでないと、きっと想いは伝わらないって、そう思ったから。
 でも、オレの全力なんかぶつけたら、今度はギンガを殺しちまいかね――いや、間違いなく、殺す。
 けど――それをお前達が止めてくれた。
 オレに、“もう一度”大事な人を殺す業を背負わせないでくれた。
 だから、改めて礼を言う――ありがとう」
「そう思うんなら……手加減、しろっつーの……!」
 思わず毒づくノーヴェだが――少しずつ意識を失いつつある彼女に対し、ジュンイチはあっさりと答えた。
「確かに感謝はしてるけど……」
 

「それと勝敗は、別だとは思わないか?」

 

「半殺し同然にやられてたっつーのに……」
「終わってみれば、圧勝かよ……」
 アインヘリアルの攻防は、一応の終息をみた――4機のトランステクターを斬砕し、墜落していくノーヴェ達を追ったジュンイチの姿が森の中に消えていくのを見送り、ヴィータとビクトリーレオは複雑な表情でつぶやいた。
「まさか、ジュンイチさんとギンガが戦うことになるなんて……」
「応じた柾木も意外だったが……問題はむしろギンガの方だ」
 こんなことになるなんて――思わず視線を落とし、つぶやく美優に、イクトは淡々とそう答えた。
「ギンガにとって、柾木は“家族”であること以上に特別な存在だ。
 その柾木に、ギンガは迷わず手を上げた――自我がわずかでも残っていたら、あり得ない話だ」
「つまり……完全に洗脳されてる……?」
 フェイトの言葉に、イクトは無言でうなずき――
 

「…………お兄ちゃん……ギン姉……!」
 

 うめくように言葉をしぼり出し、スバルは知らず知らずのうちに唯一自由に動かせる自らの左手――車椅子の車輪、患者が自ら走らせるためのハンドルを握るそれに力を込めていた。
「なんで……?
 どうして、ギン姉とお兄ちゃんが戦わなくちゃいけないの……!?」
「………………スバル……」
 車椅子を押しているこなたも、周りのティアナ達も、何も声をかけられない――誰もが言葉を失う中、ただスバルの嗚咽だけがいつまでも続いていた。


次回予告
 
ノーヴェ 「ったく……いくら感謝してるからって、戦いの最中に礼なんか言うか?
 やっぱ、あたしらを油断させようとしてたとしか思えねぇんだけど」
ジュンイチ 「だってさ、すぐにでもお礼言いたかったし」
ウェンディ 「いや、それなら撃墜した後でもよかったんじゃないっスか……って、ノーヴェはそう言いたいんだと思うんスけど……?」
ジュンイチ 「オレもそうは思ったんだけどねぇ……残念ながらそいつぁムリだ」
ディード 「なぜですか?」
ジュンイチ 「だって……オレに撃墜されて、お前ら意識保ってられるとは思えなかったし♪
 実際全員気絶したじゃん?」
セイン 「実力差をひけらかしたイヤミにしか聞こえない!?」
ジュンイチ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第76話『“蒼き暴君”〜龍王、目覚めの時〜』に――」
5人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/09/05)