「…………ん……」
自らの意思が目覚め、同時に知覚を補助するいくつかのシステムが立ち上がる――意識が戻り、ノーヴェは静かに目を開けた。
最初に視界に飛び込んできたのは、無機質な金属板の天井で――
「…………『知らない天井だ』……だったっけか」
不意に、ウェンディが「“外”に出かけた際に買ってきた」と読んでいたマンガ本のセリフが脳裏に蘇る――我ながら何をやっているんだ、と息をつき、ノーヴェはムクリと身を起こし、
「あ、気がついたか?」
そんな彼女に声をかけてきたのはセインだ。
見れば、彼女の服装はいつもの戦闘スーツではなく、少しだぶついた上下の白衣を着せられていた。そして自分も同じ服装――しかし、病院というものを知らないノーヴェはそれが入院患者の着るものであることを知らない。ただ、いつもと違いムダに余裕のある服装に落ち着かず、眉をしかめるのみだ。
そして、ウェンディやディードも同じ服装で部屋のあちこちを調べていて――
「――って、何してんだ?」
「ノーヴェ……忘れたんスか?
あたし達、柾木ジュンイチに撃墜されちゃったんスよ」
答えるウェンディの口からジュンイチの名前が出たとたん、ノーヴェは苛立たしげに眉をひそめる――かまうことなく、ウェンディは続ける。
「つまり、あたし達みんな、柾木ジュンイチに捕まったんだと思うんスよね」
「なんでアイツなんだよ?
管理局に捕まった可能性だってあるだろうに」
「それはないと思われます」
聞き返すノーヴェにはディードが答えた。うなずき、セインが告げる。
「ほら……地上本部攻防の時も、アイツ、あたしらを逃がしただろう?
アイツにとって、管理局にあたしらが捕まるっていうのは、あまり歓迎できないんじゃないか、って思ってさ」
「…………なるほどな。
管理局にあたしらが確保されないように、一度連れ帰った、ってワケか……」
「あぁ。
だとすると、セッテやオットー、ディエチも無事だと思う。
あたしらみたいにここに連れてこられてるのか、それとも前回みたいに帰されたのかは、わからないけどな」
うなずくノーヴェにセインが答えると、
「どっちにしても、柾木ジュンイチに捕まってるっていうのは問題っスよ」
そんな二人にそう告げるのはウェンディである。
「だってさらわれんスよ! 誘拐されたっスよ!
装備も取り上げられてるみたいっスし、このままじゃ全員柾木ジュンイチに手篭めに――」
第76話
“蒼き暴君”
〜龍王、目覚めの時〜
「誰がするか。
勝手に人をエロオヤジに仕立て上げるんじゃねぇ」
サブタイトルをはさんでツッコミ一発――炎の錬成から出力調整、解放までをわずか一挙動でこなし、ウェンディだけをピンポイントで吹っ飛ばしたジュンイチはため息まじりにそう告げる。
「お前……いつの間に!?」
「安心しろ。残念ながら今来たばかりだ。
様子を見に来て早々あのバカ発言だ。ついついツッコミにも力が入っちまったぜ」
ノーヴェに答え、ジュンイチは面倒くさそうに頭をかき、
「それより……聞きたいことがあるんだけど」
そんなジュンイチに、セインが声をかけてきた。
「一体どういうつもりだい?
あたし達を捕まえて、ドクターに対する人質にでもするつもりか?」
「『人質』ねぇ……
まぁ、この状況じゃ真っ先に考えるか」
対し、ジュンイチはセインの問いにあっさりとそう答えて肩をすくめ――
「でも残念。
こちとらそんなつもりは毛頭ないよ」
迷うことなく、ジュンイチは先のセインの言葉を否定する――
背後に回り込み、手刀と拳を繰り出したディードとノーヴェの一撃を難なくかわしながら。
前触れもなくヒザを折り、身を沈めたジュンイチを捉えることなく、自身の拳とディードの手刀はただ虚しく宙を貫く――驚愕し、勢い余ってたたらを踏むノーヴェの背中を、ジュンイチはごく当然のように軽く押した。同様に背中を押されたディードと二人で、セインの足元に倒れ込む。
「話の途中だ。
戦いたいなら後で相手してやるから、とりあえず今は大人しくしていてくれ」
転げる二人にそう告げて、ジュンイチは改めてセインへと向き直った。
「今言ったとおり、オレはお前らを人質にするために連れてきたワケじゃない。
さっきお前らが言ってたろ? アレがズバリ大正解。
お前らを管理局に渡すワケにはいかない。だから、あの場はオレが連れ帰ってでも管理局の手からお前らを逃がす必要があった」
「他のヤツらは?
セッテとオットー、それから……」
「クソ砲手――ディエチだろう?
3人はわりかしダメージ軽かったからね――あれからすぐに気がついて、離脱してったよ。
お前らのことを奪還しようと息巻いてたけど、管理局の部隊の生き残りどもが周りに展開してたからそれも難しかった。
オレに叩かれたダメージも残ってたからな。あのまま残っていてもそのまま包囲、撃墜される危険性の方が高かった――その結果、泣く泣く断念、って感じだったよ。
少なくとも、お前らを見捨てて逃げ帰った、ってワケじゃない――そこは安心していい」
「疑っちゃいないさ。
妹分、どころか実の妹までほったらかしにしてこんなところで暗躍してるお前と一緒にするな」
「いやはや、手厳しいねぇ」
セインの言葉に、ジュンイチは苦笑まじりに肩をすくめ――
「…………セイン、みんな……」
『………………っ!?』
新たな声がかけられた――その声が聞き覚えのある声であったことから、ノーヴェ達の間に衝撃が走った。先ほどのツッコミで今の今まで目を回していたウェンディも、我に返ってガバッ、と身を起こす。
そんな彼女達の注目する中、ジュンイチの背後からひとりの少女が姿を現す――振り向き、ジュンイチは彼女に告げた。
「…………身体にさわるから寝てろって言ったろうが、ルーテシア」
「あなたに従う理由、ないから」
ジュンイチの言葉に、ルーテシアは表情ひとつ変えずにそう答えるが――ここに彼女がいるとは思っていなかったノーヴェ達の驚きは相当なものだ。
「る、ルーお嬢様!?」
「見つからないと思ったら、ここにいたんスか!?」
「うん。
みんなと同じ――柾木ジュンイチに負けて、ここに……」
セインとウェンディの問いにルーテシアが答えると、今度はディードがルーテシアに尋ねる。
「あの……お嬢様。
お嬢様がここにいるということは……」
「うん……」
ディードの問いにルーテシアが答えようとした、その時――
「パパーっ! パパぁーっ!」
新たな乱入者のご登場――大声でジュンイチを呼びながら、パタパタと駆けてきたのはホクトである。
そして、そんな彼女の手に引かれて一緒にやってきたのは――
『いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
「ひ………………っ!」
ヴィヴィオだった。 指さし、そろって声を上げるノーヴェ、セイン、ウェンディの大声に、ヴィヴィオは思わずホクトの背後に隠れてしまい、
「やかましい」
ヴィヴィオを怖がらせた3人にはジュンイチからゲンコツのプレゼント――頭を抱える3名にかまわず、ジュンイチはヴィヴィオの頭をなでてやり、
「怖がらせてゴメンなー。
あのお姉ちゃん達、ちょっとアレだからさ」
お前にだけは言われたくない。
セリフ回しは各々違えど、それがその場にいる全員の共通見解だった。
「で? ホクトは何の用で?」
「あ、そうだったね」
しかし、ジュンイチはまったく気にしない。彼の言葉に、ホクトは半ばカオスと化しかけた空気の中で我に返った。
「イレインお姉ちゃんが、『そろそろ着くから』って」
「そっか。もうそんな時間か」
「………………?
『着く』って……どこにだよ?」
ホクトの言葉に答えるジュンイチにノーヴェが思わず尋ねる――苦笑まじりに、ジュンイチは壁際の端末を操作。閉ざされていた窓の隔壁がゆっくりと開いていく。
その行動から察して、ジュンイチの“答え”は外にあるのだろう。開かれた窓から、ノーヴェ達4人とルーテシアは外を見て――
『………………っ!?』
そこにあった――いや、“いた”ものを前に思わず言葉を失った。
自分達のいる、居住ブロックと合体して一回り大きさを増したオメガスプリーム――それと比べてもなお“こちらが子供で向こうが大人”と形容できそうなほどに巨大な陸上戦艦の姿がそこにあった。
「オレの一番のメインである移動拠点。陸上母艦“マックスフリゲート”。
こなt――カイザーズの母艦と同じだ。絶えず移動し、姿を隠しているこいつを拠点に、オレ達はオメガスプリームであちこち出かけて“お仕事”してた、ってワケさ」
説明するジュンイチだが、ノーヴェ達の答えはない――皆一様に、その巨大さに圧倒されてしまっている。
「ど、どうする? ノーヴェ」
「あんなデカイのに連れ込まれたら、脱出なんて簡単じゃないな……」
思わず小声で尋ねるセインに、ノーヴェは同じく小声で答えながら、ホクトに寄り添うヴィヴィオへと視線を向けた。
「…………行動するなら今しかないっスね。
なんとかして、あの子を……“聖王の器”を確保して逃げ出すっスよ」
「ですね」
ヒソヒソ話に参加するウェンディにディードが同意して――
「言っとくけど、今のうちヴィヴィオ連れて逃げ出す、ってのはナシだからなー」
『………………』
ジュンイチの耳には筒抜けだった。あっさりと釘を刺され、ノーヴェ達は思わず言葉を失う。
しかし――本当の意味での“困惑”はこの後に待っていた。沈黙する彼女達に苦笑し、ジュンイチはさらにノーヴェ達に告げた。
「たださ……」
「身ひとつで出てくなら、好きに帰っていいから」
「………………何だって?」
「だから、ヴィヴィオを連れて行ったり、代わりにウチにいる別の子をさらってったりするんでなく、自分の身体ひとつで出てくんなら、止めたりしないから勝手に帰ってもいいよ、って、そういうこと」
ジュンイチが付け加えたのはあまりにも予想外の一言――思わず聞き返すセインに対し、ジュンイチは改めてそう告げる。
「い、いいのかよ!?
あたしらは今、お前らの基地のことを知ったばっかりで――」
「今の説明聞いてなかったか?
マックスフリゲートは移動可能な陸上母艦。この場所が知られたって、別の場所に移動すればいいだけの話さ」
声を上げるノーヴェにもあっさり答え、ジュンイチは彼女達を軽く見回し、
「とはいえ――お前らもオレにノされたダメージがあるだろ。ルーテシアのガリューもな。
まずはおとなしくオレについてきて、そのケガを治すことを考えた方がいいと思うぜ」
さらに、自分達の治療まですると言い出した――ジュンイチが何を考えてるのか見当もつかず、セイン達は思わず顔を見合わせるのだった。
「…………で?
聞きたいこととは何だ?」
「はい……」
自分のベッドのとなりの空きベッドをイス代わりにして腰かけ、尋ねるイクトに対し、なのはは自らの手元へと視線を落とした。
自分の病室で休んでいたところ、いきなりなのはから通信で彼女の病室に呼ばれた――未だ用件を知らされていないイクトに、意を決してなのはは尋ねた。
「イクトさんは……今回のこと、どう思ってるんですか?」
「……質問が正確ではないな。
『今回の“柾木の行動の”こと』だろう?」
そうなのはに答え――イクトは息をついた。
「確かに……今回のヤツの行動は派手すぎるし、世界に対する影響も大きい。
地上本部が崩壊し、さらにはヤツの仕業としか思えない闇データの流出――おかげで犯罪の発生率も増加。
今のところは、所轄の残存部隊がなんとか抑え、治安は維持されているが……」
そのイクトの言葉に無言でうなずくと、なのはは顔を上げ、イクトに向けて尋ねた。
「ジュンイチさん……どういうつもりなんでしょうか……?
敵として、味方として……両方の視点でジュンイチさんを見てきたイクトさんなら、何かわかりませんか?」
「知るか」
改めて尋ねるなのはだが、イクトはあっさりとそう断じた。
「アイツの考えることなんか、皆目見当もつかん」
「そうなんですか?」
「あぁ。
元々が“独自の価値観”という言葉が服を着て歩いているような男だからな……その上、一石二鳥、三鳥といった具合にひとつの行動にいくつもの“利”をからませるおかげで、ますます真意が読みづらい。
ヤツの真意など、最終的な答えが出るまでわかるものではない」
「そ、そう、ですか……」
“英雄は英雄を知る”という言葉もある。彼のライバル的な立ち位置のイクトであれば、とも思ったが、そのあては外れたようだ――イクトから返ってきた答えに、ため息をもらすなのはだったが、
「だが……」
不意に、イクトは口を開いた。なのはへと視線を向け、告げる。
「少なくとも、ヤツが動いているのは貴様らや、スバル達のためだと思っていいだろう」
「私達も……ですか?
スバル達だけじゃなくて?」
「そうだ。
基本、ヤツが大掛かりに動きを見せる時は、それはたいてい“身内のため”だからな。
先日の戦い、もしヤツがお前達を守るつもりがなかったら――もし、かつて共闘した“身内”である八神家の者だけを守ろうとしていたのであれば、貴様も戦いに巻き込まれて吹っ飛ばされていただろう。
その一点から見ても、柾木が貴様らも守るべき“身内”と見ていることは想像に難くない」
答えるイクトの言葉に、なのはは先日自分が気づいたことを思い出した。
8年前にも、ジュンイチは自分と出会っていたかもしれないという可能性を示す、かすかな記憶――あの記憶が、そして今のイクトの言葉が事実なら、ジュンイチは元々知り合いであるアリシアやはやて達だけではなく、自分をも守ろうとしていた、ということだ。
だが、それはつまり――
「つまり……ジュンイチさんは、私達を守るために、地上本部を陥落させたって言うんですか?
いくらなんでも、そんな……」
「“そんなこと”を平気でできる男なんだよ、ヤツは」
告げるなのはだったが、イクトは動じることもなくそう答えた。
「『お前のためなら、世界を敵に回してもかまわない』――たいていは相手への想いの強さを示す“たとえ”として使われるセリフだが、ヤツの場合、それを何のためらいもなく、本当に実行に移す。
しかも、本気で勝ちに行く上、実際に勝ったことまであるから始末に負えん」
「勝ったんですか……?」
「“地元”でな」
思わず、恐る恐る尋ねるなのはに対し、イクトは複雑な表情でうなずいてみせる。
「管理局でいろいろなものを守ろうとしている貴様らには悪いが、ヤツにとって“世界”など本当にどうでもいい存在なんだ。
どんな世界であろうが、そこに住む者達が、自分の“身内”が笑顔でいられるならかまわないし……」
「その笑顔を奪いかねない世界なら、“敵”として情け容赦なくぶち壊す」
「………………あー、スバル……?」
恐る恐る声をかけるこなただが、スバルからの返事はない。
室内にはあずさアリシア、やティアナ達フォワードチームの仲間達、それにこなた以下カイザーズの面々も集合――皆一様にベッドの布団に潜り込んでしまっているスバルのことを心配そうに見つめている。
先日、ミッドチルダ地上部隊・アインヘリアル試験場で繰り広げられたジュンイチとナンバーズの戦い――そこで起きた“ジュンイチとギンガの戦い”を目撃して以来、ずっとこの調子なのだ。
最愛の“兄”と“姉”が敵味方に分かれてぶつかり合うその光景は、スバルに強いショックを与えた。元々二人とも大好きであっただけにその衝撃は深く、姉同然の存在のはずのあずさですらもどうにもならない有様だった。
だが――このままでいいはずがない。意を決し、ティアナが口を開く。
「……あのねぇ、あの戦いがショックだったのはアンタだけじゃないのよ」
「………………」
「アンタほどじゃないけど、あたし達だってジュンイチさんとギンガさん、両方と接点があったんだから」
「………………」
「ジュンイチさんだって、ギンガさんと戦いたかったはずがないわよ。
きっと、スカリエッティに操られたギンガさんを取り戻そうとして……」
「でも……ギン姉を殴った」
そこで――スバルはようやく反応を見せた。ベッドの中に潜り込んだまま、ティアナの言葉をさえぎってそう告げる。
「そ、そりゃ、ギンガさんだって“敵”として攻撃してくるんだし、戦わなきゃ……
ジュンイチさんだって、平気だったはずが――」
「でも、迷ってなかった!」
なおも告げるティアナに対し、ついにスバルが“爆発”した。布団をはねのけ、ティアナに対し悲鳴に近い泣き声で言い返してくる。
「わかるんだ……あの時、お兄ちゃんは迷ってなかった……
イグニッションフォームまで使って、全力で戦ってた……!
本気で、ギン姉を倒そうとしてた!」
その言葉に、ティアナはあずさへと視線を向ける――が、あずさは無言で首を左右に振ってみせる。
それは、スバルの言うとおりジュンイチが“本気”であったことの何よりの証明で――
「ギン姉、あんなにお兄ちゃんのこと大好きだったのに……そんなギン姉を、お兄ちゃんは迷わず攻撃した……!
お兄ちゃんにとって、ギン姉はもう“敵”なんだ……!」
「………………っ」
告げるスバルの言葉に、こなたは直感的に感じた。
これ以上しゃべらせてはいけない――あわてて制止の声を上げようとするが、それよりも早くスバルは大声でその言葉を口にしてしまう。
「こないだの戦いの時だって、あたし達のこと、助けてくれなかった!
きっともう……」
「あたし達のことなんか、どうでもいいんだ!」
「スバル!」
その瞬間――乾いた音が響いた。
そして――それが、アリシアがスバルの頬を張った音だと全員が理解するまで、しばしの時が必要だった。
「……ある意味“家族”の枠の外にいる、第三者のあたし達がからかうのはいいの。
けど……当事者のスバルがそういうことを言うのは許せないよね」
「……アリシア……さん……?」
めったに見せない真剣な表情を前に、エリオが思わず声を上げるが――アリシアはかまわない。打たれた頬を押さえ、呆然とするスバルに対して続ける。
「あたしだって全部をわかってるワケじゃないのに、こんなこと言うのは筋違いかもしれない。
だから……あの人の、柾木ジュンイチっていう人間の……たぶん、スバルやギンガも知らないと思う特技、特徴だけ教えるよ」
そう前置きすると、アリシアはあずさに目配せし――その意図に気づいたあずさが「あっ」と目を見開く中、スバルへと向き直り、告げた。
「今、管理局の管轄してるすべての次元世界で、この10年間で管理局によって確認されてる、スバル達やナンバーズみたいな戦闘機人や、フェイトやエリオみたいな人造魔導師……
昔のキャロみたいな、強すぎる力が原因で迫害を受けてしまっている、そんな境遇の希少技能保有者……
そして、ティアみたいな、局員の家族が殉職して独りになってしまった子……
とにかく、魔法に、“力”に関わって悲しい思いをしている子達を、“ある一定の年齢層”においては事件に関わった・関わってない、関わってるならその事件の解決・未解決……その辺一切合切問わず、すべての子の名前と特徴を、その子達を保護してくれてる人達も含めて全員分言えるんだよ、あの人」
「ぜ、全員分ですか……!?」
それが事実なら、どれほどの記憶力だというのか――思わず声を上げるみゆきに、アリシアはハッキリとうなずいてみせた。
と――今のアリシアの言葉で気になる部分に気づき、かがみは彼女に対して問いかけた。
「あの……アリシアさん。
『ある一定の年齢層』って、もしかして……」
「うん。
10年前は5歳から7歳まで。9年前は5歳から8歳まで、8年前は5歳から9歳まで……そして今は、5歳から17歳まで」
うなずき、アリシアはそう告げながらスバルへと視線を戻し、
「それが何を意味してるか、スバルならわかるでしょ?」
「…………“5歳”は出逢った時のあたしの歳……」
「“17歳”は、今のギンガちゃんの歳……だよね……?」
「そう。
時間が経つにつれて……“どっかの誰かさん”達の成長に合わせて、覚える年齢層を広げてるんだよ、あの人は。
管理局本局や地上本部だけじゃない。末端の所轄署の端末にまで片っ端からハッキングかけて、全部のデータを、ほとんどリアルタイムに近い状況で頭の中に叩き込んでるんだよ」
スバルが、続いてこなたが答えるのを聞き、アリシアが告げる――その一方で、あずさはエリオとキャロ、ティアナへと向き直り、
「少なくとも……ティアちゃん達がお兄ちゃんに“出逢った”のは、偶然なんかじゃないよ、たぶん……」
「……わたし達のことを知ってた上で……助けに、来てくれたんですね……」
つぶやくキャロにうなずき、アリシアは続ける。
「『どうしてそんなことするの?』って前に聞いたら、恥ずかしそうにこう答えてた……
『ソイツらが生まれとか境遇のせいで悲しい思いをしてたら、スバルやギンガは絶対自分と照らし合わせて悲しむ。
だから守る。ソイツらが悲しんでるところにスバル達が出くわさないように……
全部はムリでも、手の届くところにいるヤツらは全員救ってみせる』って……」
アリシアのその言葉に、もはや誰も口を開かない――否、開けない。誰もが言葉を失う中、アリシアは続ける。
「そんな不器用な愛情表現しか、ジュンイチさんは選べなかったんだよ……
8年前にぶつかって以来、スカリエッティ一派から要注意戦力としてマークされていたジュンイチさんは、連中の目をナカジマ家から少しでもそらすために、いつも少しの時間しかスバル達のそばにいてあげられなかったから……
スバル達の修行をしてた頃なんて、本当ならものすごく危険だったんだよ? それだけ長い時間、みんなと一緒にいることになる――それだけ、スカリエッティ側からの襲撃にスバル達を巻き込む可能性が増すことになるんだから。
それでも、あの人はスバル達のために修行をつけてくれた――それがどういうことか、わからないほど子供じゃないでしょ?
あなた達はね……あなた達自身が思ってる以上に、ジュンイチさんの支えになってるのよ。
それなのに……あたし達にできないことをできてるのに……そんな悲しいこと言わないでよ!」
最後の方はほとんど悲鳴に近かった――そう告げると、アリシアは呼吸を整え、それでも収まらないのか苛立ちもあらわに頭をかき、
「……あー、もう、ガラにもないこと言っちゃったせいで調子が狂ってしょうがないわ。
言いたいことはみんな言ったし、もう帰るからね、あたしは」
「あ、アリシアさん!」
あわててつかさが声をかけるが、アリシアはかまわずきびすを返した。ティアナ達をかき分け、病室のドアに手をかけ――
「…………ごめん、なさい……!」
そんなアリシアに、スバルは涙ながらに謝罪の声を上げた。
「……ごめんなさい……ひどいこと、言っちゃって……!」
「なんであたしに謝るの?」
しかし、アリシアはそんなスバルの謝罪を一言で斬って捨てた。
「言われたのはジュンイチさんだよ――謝るのはジュンイチさんにでしょ? ちゃんと自分で、自分の口で謝りなさい。
そのためにも、今はスバルのするべきことをしなさい――本当に“どうでもいい”って、ジュンイチさんに思われないようにね」
そう言い残し――アリシアは静寂に包まれた病室を出ていった。
「貴様も知っているだろう?
貴様の姉、高町美由希の実母、御神美沙斗の所属する“香港警防隊”のことは」
「はい……」
なのはの病室での会話は続く――尋ねるイクトに、なのはは静かにうなずいた。
「あそこはただの民間警備部隊ではない。
人の手による災いやその兆候があれば、それを根本から、文字通り“根こそぎ”刈り取る――そして、そのためならば法を犯すことすらためらわない。
悪を討つため、それ以上の悪となる――それが香港警防だ」
「知ってます。
“最強にして最悪の正義”……ですね?」
答えるなのはにうなずき、イクトは続ける。
「柾木の概念はその香港警防の考え方の“究極形”とたとえることができる。知り合ってからしばらくの間、あちらから熱狂的に勧誘されたほどにな。
ヤツの口癖である『自分の身内に手を出すヤツは、誰であろうが叩きつぶす』というあの言葉――あれはたとえでもなんでもない。
身内に害を成す者は、たとえ“正義の味方”であろうがヤツにとっては“滅ぼすべき悪”だ」
「だから……相手が地上本部でも容赦しない、と?」
先日流出したデータが本物なら、管理局はスバル達やフェイト達のような存在を生み出した“張本人達”の一角を担っていることになる――それはつまり、ジュンイチにとって“敵”であることを示している。
だから、自分が“悪”に堕ちようが、スバル達のために叩きつぶす、ということか――尋ねるなのはに、イクトは再びうなずいて肯定を示した。
「なんて言うか……“強い”ですね……
私なんかじゃ、とてもマネできないかも……」
「できるんじゃないか?
貴様も、ヴィヴィオのためならな……」
「でも……きっと、行動に移せるだけです。ジュンイチさんみたいに、戦い抜くことなんて……
私じゃ、そこまでの強さは……」
「…………『強さ』か」
答えるなのはの言葉に、イクトは静かに息をついた。彼女へと視線を戻し、告げる。
「ひとつ、カン違いをしているようだな。
柾木は、別に強くなどない」
「え………………?」
イクトの告げた意外な言葉に、なのはは思わず顔を上げた。
「アイツは確かに強い。
だが……それは戦闘能力“だけ”に限っての話だ」
「戦闘能力……“だけ”……?」
聞き返すなのはに、イクトは静かにうなずいた。
「オレも古くからの付き合いじゃないんでな、柾木霞澄以下、ヤツの家族からの又聞きになるが……アイツは、幼い頃にその身を改造され、以来ずっと戦いの中に身を置いてきたそうだ。
自分の、戦闘生物としての性……自分達の運命を狂わせたものへの復讐……そして、第二、第三の自分を作らせないため……いろいろなものに縛られてな。
その中で、数えきれないほどのものをなくしてきたんだろう……数えきれないほどの裏切りにも、あってきたんだろう……
だからなのか、アイツはそのメチャクチャな行動の裏で“失う”ことを極端に恐れてる。
人によって“失わされる”だけでなく……自分が“失わせる”ことも含めて……」
そして、イクトはなのはの顔をまっすぐに見返し、告げた。
「だからアイツは、絶対に“仲間”を……自分が“身内”と定めた者を裏切らない。
いや……“裏切れない”と言った方が適切か」
「裏切ることで、再び失ってしまうことを恐れているから……」
返すなのはに、イクトはうなずいた。
「アイツはな……“絶対に裏切らないくらい強い”んじゃない。
“絶対に裏切れないくらい弱い”んだ」
そして、イクトは「テスタロッサの見舞いに行ってくる」と立ち上がり――最後にひとつだけ、なのはに向けて付け加えた。
「覚えておけ。
アイツの“強さ”は……すなわち“弱さ”だ。
誰よりも“弱い”からこそ……アイツは誰よりも“強い”んだ」
「うまくいかないわねぇ……」
「そうだね……」
一方、ジュンイチ達の帰還したマックスフリゲート――その一角で、イレインとすずかは額をつき合わせて頭を抱えていた。
「“マグナ”の調整、あと一歩なのに……」
「その『あと一歩』がなかなかうまくいかないのよね……」
すずかに答え、イレインは手元のウィンドウに表示されたグラフへと視線を落とした。
「多段式相転移エンジンの出力……現状のセッティングが一番ベストと言える状態だけど、その“ベスト”ですら、出力の安定域での“遊び”が少なすぎる。
今のままじゃ、本格起動に必要な出力すら確保できない――最悪、ちょっとでもムリさせたとたん、あっという間に暴走を始めるわよ」
「そうなった時のこと……あまり考えたくないよね……」
「考えるまでもなく、大陸ひとつ死滅するわね。
アルカンシェル以上の相転移爆発を引き起こすワケだから」
互いにそう言葉を交わし、二人は同時にため息をついた。
「今のままじゃ……“マグナ”を起動させることなんかできない。
いつ爆発するかわからない……そんな機体に、ジュンイチさんを乗せられないよ……」
「そうよね……
アイツの安全を確実に確保するためには、“遊び”の幅をもう少し広げないと……」
すずかの言葉に、イレインは息をつき――苦笑し、すずかに告げる。
「まったく……すずかも厄介な相手に惚れちゃったもんよね」
「ほ………………っ!?
い、イレイン、私は、その……」
「隠さない隠さない。
とっくにバレバレよ」
真っ赤になってあわてるすずかに対し、イレインは笑いながらそうなだめ、
「わかるわよ。
私も……そう“だった”から」
「『だった』……?」
イレインのその言葉に、すずかは我に返って眉をひそめた。
「イレイン……ひょっとして、あきらめちゃったの?」
「ん?
あぁ、違う違う」
尋ねるすずかに答え、イレインは右手をパタパタと振ってみせ、
「ただ……気づいちゃったのよ。
アイツの恋人になっちゃったら、“あたしの好きなジュンイチ”はもう見れなくなっちゃうんだ、って」
そう告げて――イレインは視線を落とし、
「あたしが好きなのは……みんなのことを想って、みんなのためにがんばってるジュンイチ、だから……
だから……あたしに惚れて、あたしだけを見るようになっちゃったジュンイチは、あたしの好きなジュンイチとは、少し……ううん、ぜんぜん違うのよ。
だから……ジュンイチにはジュンイチで、アイツが好きになった人を想っていてほしい。それがあたしの答えで……あたしがジュンイチに協力する理由」
「……そう……なんだ……」
「そういう“想い方”もあるってことよ。
だから……」
すずかにそう答え――イレインは彼女の肩をガシッ、とつかみ、
「だから……あたしはアイツに惚れた子をかたっぱしから応援するわよ。
とりあえずは……今夜あたりアイツのことを押し倒すとかしてみたら?」
「一番最初に最高難度の課題を持ってこないで!」
いきなりトンデモナイことを言い出したイレインの言葉に、すずかは思わず頭から蒸気を噴き出しそうな勢いで顔を赤くして声を上げた。
「『勝手に帰れ』とか言われてもなぁ……」
「どうしたもんかねー……」
一方、こちらは「囚われている」という表現を使ってもいいのかどうか微妙に判断に困るノーヴェ達――テーブルに頬杖をつくノーヴェの言葉に、セインはため息まじりに同意した。
マックスフリゲートに移ると、ノーヴェ達とルーテシアには居住区画の一角、1ブロックがまるごとあてがわれた。今彼女がいるのは、そのブロックの休憩室である。
ジュンイチに言わせると「ムダに部屋が多いからこのくらい大盤振る舞いしてもなんでもない」とのこと――そこから、この艦は元々大人数で運用するもので、それを少数人数で運用できるワンマンオペレート艦に改造したのではないかと推測したセインだったが、そんなことは現状への理解をわずかばかり深めるだけで何の意味もない。
実際、一番ワケがわからないのはこの艦のことではなく現在の自分達の扱いのことで――
「『帰れ』って言っても、あたし達の狙いだった“聖王の器”がここにいるってわかっちゃったっスからねー」
「彼女を確保せずに戻る選択肢はありません。
なんとか柾木ジュンイチを出し抜き、“聖王の器”を……」
「そこだ」
肩をすくめて顔を見合わせ、つぶやくウェンディとディードに対し、セインはそう口をはさんだ。
「アイツだって、あたし達がそう考えるのは読んでるはずだ。
なのに……“器”のあの子……ヴィヴィオ、だっけか? あの子も、一緒にいた子も、あたしらと同じく野放し状態。あげくアイツらに割り当てられたのはすぐとなりの居住ブロックだぞ。
脱出できるかどうか、は別にしても、手を出すくらいなら何でもない……いくら何でも、無用心すぎるだろ」
「だよなぁ……」
「私も、あの子を連れて帰ろうと何度も思ったけど……それが気になってた。
ガリューもケガが治ってないし、ムチャはできないと思って……だから、チャンスを待ってたら……」
「私達が、ここに連れてこられた……」
セインやうなずくノーヴェに同意するルーテシアに、ディードが付け加える――彼女の言葉に、ルーテシアは無言でうなずいてみせた。
「自信……っスかね?
あたしらがあの子を確保しても逃がさない。もしくは手そのものを出せない……っていう」
「監視でもしてるって?」
「あり得ない話ではないと思います。
彼の仲間である、私達をここまで運んできたオメガスプリームという人造トランスフォーマー……彼がこの艦のオペレートを行えば、艦の全域を把握することは容易なはずですから」
ウェンディに聞き返すノーヴェにディードが答え――
「………………あれ?」
最初に“それ”に気づいたのはウェンディだった。
「どうした? ウェンディ」
「アレ…………」
尋ねるセインに答え、ウェンディはそちらを指さす――それに従い、セイン達が振り向いた先には、何やらこちらに向けてフラフラしながら寄ってくる箱の山があった。
「…………何だ? ありゃ……」
フラフラと危なっかしいその様子にノーヴェが眉をひそめ――気づいた。
荷物の山の下に見てる、荷物を抱えている人物のものと思われる両足。
そのズボンとブーツの意匠は――
「柾木ジュンイチ!?」
「おぉ、お前ら!」
思わず声を上げるノーヴェの声に、ジュンイチは荷物を抱えたまま、気づいてもらえた喜びの声を上げる。
「ちょうどいいや、手伝え!」
「なんであたし達が手伝わなきゃならないんだよ?」
「そうっスよ!
お前が苦労したって、あたしらの心は痛まないんスからねー♪」
「あーあー、そういうこと言うのか!?」
ムッとして言い返すセインとウェンディだが、ジュンイチも負けじと返してくる。
「これ、お前らの分の荷物なんだがねぇ。
そういうこと言うなら、今すぐこの場にばらまくぞ!」
「え…………?」
「私達の……?」
ジュンイチの言葉に、ディードとルーテシアが声を上げる――困惑する彼女達をよそに、ジュンイチは結局荷物を自力ですべて運びきった。レクルームの中央、彼女達の囲んでいたテーブルの上に抱えていた段ボール箱の山を降ろす。
「あー、疲れた。
重くはないけど、バランスが悪くてさー。崩さず運ぶの苦労したぜ」
「いや、そんなことより……
あたしらの荷物、ってどういうことだよ?」
「そうっスよ。
あたしら、身ひとつでここに捕まったんスから、荷物なんてあるワケないっスよ」
首をコキコキと鳴らしながらつぶやくジュンイチに、ノーヴェとウェンディが尋ねる――対し、ジュンイチは段ボール箱をポンポンと叩きながら答えた。
「プレゼント……っつー言い方も変だけどさ、オレ達からお前らにくれてやる。
服とか日用品とかだ――どう動くにしても、しばらくは滞在するんだろう?
いつまでもあのボディスーツやその入院服だけ、っつーワケにもいかないだろ」
「服、か……?」
「安心しろ。
お前らのサイズを計ることから服の選択まで、全部ウチの女連中に任せて、オレは一切手を出してない――センスとか男に知られたくないプライバシー云々については可能な限りフォローしたつもりだ。
えっと……お前の分はコレだな」
眉をひそめるセインに答えると、ジュンイチは山の一番上にあった「セイン」と書かれた段ボール箱を彼女に手渡した。
「ちゃんとアイツらがお前らひとりひとりに合わせて服をチョイスしたらしいからな、ちゃんと自分の分を取れよ。
他のヤツのと取り違えて文句を言われてもオレは知らん」
「お、おぅ……」
ジュンイチの言葉に、ノーヴェは自分の名前の書かれている段ボール箱を手に取り――
「あ、それから」
不意に、ジュンイチが再び口を開いた。
「ナンバーズの4人。
その中の服に着替えたらクルー乗降ゲートに集合な」
「どうしてですか?」
「お前ら……まさかここに滞在する間、タダ飯を喰らうつもりじゃねぇだろうな?」
聞き返すディードにそう答えると、ジュンイチは改めて一同を見回して告げた。
「そんなワケで……まずはお前ら4人。
ここでの滞在にかかる諸経費の対価――“身体で”払ってもらおうか」
「か、身体っ!?」
「……そういう“お約束”のカン違いはいらんから。
第一、それなら外に連れてく理由がないだろうが」
思わず身をすくませて後ずさりするノーヴェにため息をつき、ジュンイチは告げた。
「要するに、だ……」
「お前らに仕事をくれてやる」
「…………で、どこに連れてくるかと思ったら……」
「どう見ても……市場っスね」
「しかも……かーなーり、場末の……」
「たりめーだ。
お前らはスカ一味、オレは地上本部崩壊の実行犯……街中の商店街なんか危なっかしくて行けるか」
そんなこんなで、ノーヴェ達ナンバーズ4名を伴ったジュンイチがやってきたのはとある市場――つぶやくノーヴェ、ウェンディ、セインの3人に、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「それで……ここで何を?」
「『何を?』って、市場に来ればやることなんかひとつしかないだろ」
尋ねるディードに答えると、ジュンイチは市場を見回し、
「今日は生活用品と食料の買い出しだ。
特に食料はしこたま買うからな――スバル達のことを考えたらお前らメチャクチャ食いそうだし。
自分達の食うメシなんだ――気合入れて運びやがれ」
「はぁ!?
何ソレ!? メチャメチャ力仕事じゃんか!」
「女の子に、しかもケガ人にさせる仕事じゃないっスよね!?」
「心配すんな」
思わず声を上げるセインとウェンディだったが、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「オレが保証する――お前らなら余裕でこなせる仕事だ。
っつーか――ムリだと思ったらそもそも頼まん」
「その鉄壁の信頼が逆にムカツク!」
キッパリと言い切るジュンイチにノーヴェが言い返し――
「…………にしても……」
周囲を見回し、口を開いたのはウェンディだった。
「なんか……市場のさびれっぷりと客の入りが一致してなくないっスか?
なんていうか……市場の規模に対して、客の入りが多すぎる、っていうか……」
「まぁ、そりゃそうだろ」
しかし、ジュンイチはそんなウェンディのつぶやきに対し、あっさりとそう答え、
「地上本部があんなことになったんだぞ。
みんな“これから”が不安になるに決まってる。となりゃ、生活用品の買い溜めにも走るのも当然ってモンだろ」
「って、アンタがそれを言う?」
確かに群集の心理としては真理を言い当てているだろうが、地上本部を叩きつぶした“張本人”が言っていいセリフではないだろう。ジュンイチのその言葉に、セインは思わず頬を引きつらせ――
「あ、それより」
そんなセインの内心を知ってか知らずか、ジュンイチは不意に口を開いた。
「予定の買い物さえ果たしてくれれば基本的に自由行動OK、ってコトでかまわないけど……いつもみたいに動けるとは思わないことだ」
「まぁ、ケガ人っスからね」
「そういうこと。
お前らが“特殊”だからって、ケガしてたら本来の力なんて出しようがないんだからな」
「だったらそもそも荷物持ちに駆り出すなよな」
「心配するな。
ケガのことを考慮した上での仕事の割り振りだ――具体的には荷物の量とか」
うなずくウェンディにジュンイチが告げる――すかさずツッコんでくるノーヴェにも即答し、ジュンイチはもうひとつ付け加えた。
「それから……お前らの居場所はサーチャーで追ってるから、迷子になっても安心だからな」
「はっ、モノは言いようだね。
要するに監視じゃないか――『好きに帰っていい』って言ってたクセに、聞いて呆れるよ」
「『監視』? 冗談じゃない」
バカにするように笑いながら告げるセインだが――対し、ジュンイチはあっさりとそう返した。
「サーチャーは監視目的じゃねぇよ。
お前らはこの市場は初めてだろう? 道もわからないお前らが迷子にならないように――今さっき言った理由がまずひとつ」
「その言いようだと、他にも理由があると考えられますが」
「うん。あるよー」
口をはさんでくるディードに答え、ニヤリと笑って続ける。
「お前らの買い物の様子を余すことなく録画し、帰ってから『はじめてのおつかい』的な感じでみんなで鑑賞会を――」
「今すぐサーチャー全部消せぇぇぇぇぇっ!」
ジュンイチの言葉に、顔を真っ赤にしたノーヴェが声を上げ――
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
市場に悲鳴が響き渡ったのは、まさにその瞬間だった。
「おいおい、ぶつかっておいて『ゴメンナサイ』もなしかよ?」
それは、ある意味で“よくある”光景――気弱そうな女の子を取り囲むのは、いかにもゴロツキといったふうの男達だった。
数は5人。全員が魔導師崩れなのか、それぞれにミッド式の杖状のデバイスを携えている。
「ご、ごめんなさい……!」
「あぁ? 何だって? 聞こえねぇなぁ?」
「誠意が感じられないな、誠意がよぉ」
おびえながらもなんとか謝罪の言葉を告げる少女だが、男達はそもそもそんなものに興味はなかった。聞こえないフリをしながら下卑た笑い声を上げる。
「こうなったら、身体で誠意を見せてもらうしかねぇなぁ」
「そ、そんな……!」
繰り広げられるのは、見ているだけで呆れ返るような“定番”の光景――それを、悲鳴を聞きつけたジュンイチ達は野次馬の向こうから見ていた。
「あららー……
あんな典型的なコトやるバカって、まだ絶滅してなかったんスねー」
「そうだな。
とりあえず、野郎どもは天然記念物に指定しとくか?」
「天然記念物って……」
人垣がジャマでよく見えないが、やり取りから大体のことは察することができた。つぶやくウェンディと応じるジュンイチの言葉に、セインは思わず苦笑し――
「…………あぁ、もうっ!」
「あ、ノーヴェ姉様!」
元々ジュンイチの相手で不機嫌だったノーヴェがキレた。ディードが声を上げるが、人波をかき分けて騒ぎの現場へと突き進んでいく。
「おーい、どこ行くんだ?」
「見ててムカツク! ブッ飛ばしてやる!」
セインの問いにもぶっきらぼうな答えが返ってくる。
果たしてそれは下卑たことをほざく男達か、おびえるばかりで焦れったい少女の方か――そんなことを考えながら、セインはジュンイチへと尋ねた。
「いいの? ほっといて。
あたしら一応お尋ね者だし、あまり目立つのは――」
「ほっとけほっとけ。
ノーヴェなら今のコンディションでもあの程度のバカには遅れは取らねぇよ」
しかし、ジュンイチの答えは薄情なものだった。
「とりあえずアイツに任せとけば解決するだろ――穏便にはいかないだろうがな。
オレ達はその間に買い物でも――」
そう告げて、ジュンイチがきびすを返した、その瞬間――
「くぅん」
「――――――っ!?」
喧騒にかき消されそうな小さな声を、ジュンイチの耳は確かに聞き取っていた。
「おい、てめぇら!」
「あん? 何だ? てめぇ」
荒々しく声を上げ、ノーヴェは騒ぎの中に乱入――突然現れた彼女に対し、男達のリーダー格と思われるひとりが眉をひそめた。
「大の男のクセに、よくもまぁそんなみみっちいことができるな!」
「あぁ? 誰がみみっちいって?」
「オレ達が何者か、わかってねぇみたいだなぁ」
自分達をにらみつけるノーヴェに対しても、男達は彼女の実力も見抜けずに調子づくばかりだ。口々に言いながら、男のひとりがデバイスでノーヴェの頬をぺちぺちと叩いてみせる。
「見たところ魔導師とかでもなさそうだし、パンピーが出しゃばってくんじゃねぇよ」
「それとも、その子の代わりにお前が相手してくれるか?
見たところイイ身体してるし、それでもオレ達はかまわないぜ」
言って、一斉に笑う男達に対し、ノーヴェはもはや手心を加えてやるつもりはなかった。息を吐き、身を沈め――
「わんっ!」
新たな乱入者は少女の傍らから――少女の連れていた飼い犬が、まだ子犬の身ながら男のひとりに向けて吼えかかったのだ。
突然のことに思わず毒気を抜かれてしまうノーヴェだが、そんな彼女にかまうことなく子犬は魔導師達に向けて吼えつづける。
「わんわんっ! わんっ!」
「んー? 何だ? このクソ犬が!」
主を守ろうとでも言うのか、魔導師達を前にしても決して退くことなく、懸命に威嚇の咆哮を上げる子犬に対し、男のひとりは苛立たしげにデバイスを振り上げ――
「そこまでだ!」
『――――――っ!』
鋭い声が割って入ってきた。一同が戸惑う中、近くの露天の支柱の上に降り立ったのは――
「――――てめぇはっ!?」
ジュンイチだった。思わずノーヴェが声を上げるが、かまうことなく眼下のチンピラ達をにらみつける。
「ど、どういうことっスか!?」
「さっきまでまったく興味を持っていなかったのに……」
「ノーヴェに任せておけばいい」的なことを言って関与する気などまるでなかったのにこの変わりようは――思わずウェンディやディードが声を上げるが、そんな彼女達も当然眼中にない。ジュンイチは男達に向けて言い放つ。
「貴様ら……!」
「そのわんこを、いぢめるな!」
………………
…………
……
『………………はい?』
その瞬間、その場の時が静止した。
「な、何だ、てめぇ!」
「いきなり現れて、ワケわかんねぇことを!」
そんなジュンイチに対し、最初に再起動を果たしたのはチンピラ達だった。彼らのウチ2名がデバイスをかまえ――
「じゃかぁしいわぁっ!」
ジュンイチの敵ではない、瞬時に間合いを詰め、問答無用で振るわれた拳が、その二人を天高くブッ飛ばす!
「見る者の心を和ませてくれるわんこは世界の宝……
そのわんこを傷つけようとした罪は重いぞ!」
言っていることはアホそのものだが、やられていることはシャレにならない――告げるジュンイチの背後でブッ飛ばされた2名が“車田落ち”で落下、某“犬神家の一族”の有名な1シーンのように上半身を地中にうずめるその光景に、残る3名はその実力差を感じ取り、思わず後ずさりする。
「わ、悪い……や、やりすぎた……!」
「か、金ならいくらでもやる!」
「だから、ゆ、許してくれ!」
「人は金のみに生きるにあらーず!」
口々に声を上げるチンピラだったが、ジュンイチの耳には届かない。拳を握り締めて力説する。
「な、何だよ!
『正義のため』とかカッコつけるつもりかよ!?」
「正義なんかに興味はねぇ!」
そんな彼にチンピラのひとりが声を上げるが、ジュンイチはキッパリと言い切ってみせる。
「なら、何だっつーんだよ!?」
「そんなものは決まってる!
そう――たとえば!」
さらに別のチンピラが声を上げると、ジュンイチはかまわず芝居がかった物腰でそう答え――
「わんことか!」
繰り出した拳が3人目をブッ飛ばし、
「にゃんことか!」
4人目をサッカーボールのごとく蹴り飛ばし、
「あと特にハムスターとかぁぁぁぁぁっ!」
最後のひとりを、巻き起こした炎で吹き飛ばす!
「てめぇら、ひとり残らず往生せぇやぁぁぁぁぁっ!」
「………………あー、えっと……」
それだけでは収まらず、ジュンイチはさらに5人のチンピラ達を痛めつける――誰が悪者だかわかったものではないその光景にコメントに困るセインに、ウェンディはとりあえず今判明した事実を口にした。
「…………好きなんスね、わんこ……」
「わんこ、にゃんこ、ハムスター……
好きなものは小動物全般といったところでしょうか」
ディードが割と冷静に補足した。
「まったく……余計な騒ぎを起こしやがって……」
「一番騒ぎを拡大させた張本人のクセに……」
暴れるだけ暴れたら、所轄の局員が駆けつける前にそそくさと退散――さっさと買い物を済ませ、途中で買ったホットドックをかじりながらつぶやくジュンイチに、セインはフランクフルトを片手にそううめく。
が、ジュンイチは気にすることもなくホットドックを口に放り込む。その姿に、呆れまじりにノーヴェはため息をつき――
「あ、あの!」
「………………?」
突然声をかけられ、ノーヴェが顔を上げると、そこには先ほどノーヴェが守ろうとした少女が子犬を連れて立っていた。
「何だよ?」
子犬に気づいたジュンイチが目を輝かせるが、駆け寄ろうとしたところをウェンディやセインに「空気を読め」と抑えられる――そんな背後の騒ぎを極力意識の外に締め出しつつ尋ねるノーヴェに、少女は深呼吸して間を置いて、
「ありがとうございました!」
ノーヴェに向けて頭を下げた。
「おかげで助かりました。
なんてお礼を言ったらいいか……」
「あ、いや、あたしは、別に……」
自分はあのチンピラ達が気に入らなくて乱入したに過ぎないし、実際ヤツらを片づけたのはジュンイチだ――戸惑うノーヴェだったが、少女はさらに何度も頭を下げ、礼を言うだけ言って去っていった。
「…………ったく、何だってんだ……」
そんな少女の姿を見送り、ノーヴェは思わずため息をつき――そんな彼女に“足元から”声がかけられた。
「何ナニ? ひょっとして照れて――ぶべっ!?」
子犬に襲いかかることのないよう、ウェンディ達によってがんじがらめに縛られて地面に転がるジュンイチだ――迷わずノーヴェはその顔面を踏みつけて言葉を封じ込める。
「おー、いて……
にしても、あんなチンピラがはびこるあたり、ミッド地上部隊の威信も地に落ちた、って感じだねー」
「って、何をのん気なコト言ってるっスか。
一番の原因は地上本部をつぶした柾木ジュンイチ、アンタっスよ」
踏みつけられた痛みに顔をしかめ、それでものん気に告げるジュンイチの言葉に、ため息まじりにつぶやくウェンディだったが、
「そうだねー」
そんな彼女の言葉を一切気にすることなく、ジュンイチはそう答え――
「けど、さ……」
不意に、がんじがらめに縛られたそのままで、表情だけを真剣に引き締めて続けた。
「オレは、マスターギガトロンっつーイレギュラーがなかったら、あの場はお前らの勝利だと読んでいた。
つまり……マスターギガトロンが現れなかったら、ヤツがお前らを叩き落とさなかったら、お前らがヤツに勝ってたら……“イレギュラー”がなかったら、お前らはディセプティコンの下っ端どもや、なのは達にも勝ってた。
ヤツが現れず、オレの介入もなかったとしたら……」
「この状況を作り出した大元の“地上本部への攻撃”は……誰の仕業になってただろうな?」
『………………っ』
ジュンイチの言葉に、ナンバーズ4人は思わず言葉を失い――注目したその先に、ジュンイチの姿はなかった。
拘束していた縄から難なく抜け出し、「さーて、そろそろ帰るか」とあくびまじりに荷物を積んだジープに向かうジュンイチの後ろ姿を、ノーヴェ達は呆然と見詰めるしかなかった。
「まさか……」
ノーヴェ達の中に、ひとつの疑惑を残して。
すなわち――
(アイツ……)
(あたしらの襲撃の印象を薄めるために、“それ以上”のことをやったってのか……?)
「いやー、思わぬストレス解消もできたし、わんこも無事だったし、何より上質な食材ゲット!
今日はホントいいことずくめだねー♪」
「やっぱり、ストレス解消も兼ねてたんだ……」
しかし、そんな疑惑を投げかけた張本人は平然としたものだ。森の中、ジープを運転しながら上機嫌でつぶやくジュンイチに、助手席に座るセインは思わず苦笑する。
憮然としたノーヴェ、しきりに首をひねるウェンディ、背後に駆け抜けていく風景を心ここにあらずといった様子で見つめるディード――先のジュンイチの発言が思った以上に尾を引いている後部座席の3人をミラー越しに確認し、思わずため息をつく。
この4人の中では、自分が一番稼動歴が長い。だからわかる。
いかに“造られた存在”であろうと、自分達にも感情はある。できるだけ排するように作られたディードにも。
だからこそ、こうして空いた時間には物思いにふけることもある――まるで狙ったかのようなタイミングで“考える題材”が彼から突きつけられたのは、果たして故意か偶然か。
真意を見せない、底の見えないジュンイチのその行動に、やはり敵は強大だとセインは改めてため息をつき――
「ところで」
不意に、ジュンイチが口を開いた。
「何さ?」
代表して聞き返すセインに対し、ジュンイチは告げた。
「ちょっと揺らすから、舌かむなよ」
「は?
いきなり何――」
その発言の意味をセインが問いただすよりも早く、“答え”は目の前に“降ってきた”。
突然の人工魔力弾の雨――とっさにハンドルをきり、ジュンイチがジープの進路を変えていなかったら、今頃は全員爆発の中に消えていたに違いない。
「どわぁっ!?
な、何だぁっ!?」
突然の襲撃に、ノーヴェが思わず声を上げると、
「アレだよ、アレ」
答えて、ジュンイチがジープを走らせる片手間に頭上を指さした。
その先にいたのは多数のガジェット。すなわち――
「ドクター達か!?」
「助けが来たっス!」
それは本来自分達の味方だ。救援が来たと喜びの声を上げ、ノーヴェやウェンディが後部座席から立ち上がるが、
「――――バカ!」
その時点で、現状の“意味”を正しく把握していたのはジュンイチだけだった。ノーヴェ達の行動に思わず叱責の声を上げる。
「さっきの攻撃の意味がわからねぇか!
アイツら――」
言いながら、とっさにハンドルを切ってジープをターンさせ――
「お前らが乗ってるのに、かまわずこっちを狙ったんだぞ!」
その瞬間――いきなりのターンにバランスを崩し、転倒したノーヴェ達の眼前を、ガジェットの人工魔力弾が貫いていった。
ジュンイチが二人を転ばせなかったら、光弾は今頃――それが意味することは明白だった。
「おいおい、ちょっと待て……!」
その事実を姉妹の中で最も早く理解したのはセイン――信じられない。信じたくない。そんな想いと共に現実を言葉に表す。
「あのガジェット……“あたし達ごと、狙ってる”……!?」
「な…………っ!?
そ、そんなコトあるワケねぇだろ! なんでガジェットがあたし達を……どわぁっ!?」
セインの言葉に思わず声を上げるノーヴェだったが――ジープの上で立ち上がった彼女めがけてガジェットの魔力弾が飛んできた。あわてて身を沈めた彼女の頭上を駆け抜け、大地に着弾して爆発を巻き起こす。
「少なくとも……ガジェットが私達にかまわず攻撃しているのは確かなようですね……」
「何でっスか……!?
どうして、あたし達まで……!?」
「ンなもん知るか!」
事が事だけに、いつも感情を見せないディードの声もどこか震え気味だ――呆然とつぶやく彼女やウェンディに、ジュンイチはジープを蛇行させて攻撃をかわしながらそう答える。
「どっちにしても、この状況を切り抜けるには、アイツらを叩くしかないってのは、確かみたいだぜ!」
言って、ジュンイチはジープを木々のより深く茂る区画に滑り込ませた。熱感知を少しでもごまかすため、すぐにエンジンを切って運転席から飛び降りる。
「とりあえず必要事項だけ伝えとく。
逃げてもいいけど、このガジェットさん達に助けを求めるのはやめた方がいい――お前らがいてもかまわず攻撃してくるようなヤツらだ。助けを求めに飛び出したとたんにオレかどうかも確認せずに攻撃される可能性だって0じゃない。
このジープを使うのもNG。熱源感知で標的探してるとしたら、エンジンの熱で真っ先に狙われる。
でもって最後にひとつ――攻撃されても反撃なんて絶対に考えるな。
オレにノされたダメージが残ってるのを忘れるな」
言うなり、ジュンイチは茂みから飛び出してガジェット達の前にその身をさらした。たちまちガジェットの攻撃が自分に向けて集中するが、
「そんなもん!」
ディエチの砲撃すら弾き返すジュンイチの力場の前にはガジェットの人工魔力弾など何の役にも立ちはしない。ジュンイチは防御行動すらとることなく正面のガジェットに向けて光弾を放つ。
対し、ガジェットはAMFを展開。ジュンイチの“力”を打ち消しにかかり――
「あ〜ぁ、そんなことやっちゃっていいのかなー?」
ジュンイチがそう告げた、次の瞬間――大爆発が巻き起こった。
いや、訂正しよう――すさまじい勢いで炎が広がった、と。
「そいつぁただの光弾じゃない――圧縮した空間にオレの炎を流し込んだものさ。
いくら“力”で着火してようが、燃えてる炎自体は物理現象――てめぇらが消せるのは炎を圧縮したオレの力場の弾殻だけだよ。
で、中の空間を押し縮めていた“殻”がAMFで消されたら――そうなる」
巻き起こった炎で内部の回路を焼かれ、次々にガジェットが黒い煙を吐いて沈黙する――相手のAMFを逆に利用する、いきなり初手からえげつない手でガジェットに先制したジュンイチは笑顔でそう告げて――
「――――――っ!?」
気づくと同時に後退――直後、頭上から放たれた光弾がジュンイチのいた場所を粉々に爆砕した。
「おやおや……対オレの連戦ですかい」
そしてジュンイチの目の前に降下してくるのはロボットモードのマグマトロン――つぶやき、ジュンイチはブレイカーブレスをかまえ、“装重甲”を装着する。
「ギンガ……今度こそ連れ帰らせてもらうぜ!」
ゴッドオンしている相手として、考えられる最有力候補は自分の“妹”であるギンガだ。強い決意と共に、ジュンイチはマグマトロンに向けて言い放つが――
「残念ね、柾木ジュンイチ」
そう答えた声は、ギンガのものではなかった。
その声は――
「クア姉!?」
「やっぱり、柾木ジュンイチと一緒にいたわね♪」
思わず声を上げ、隠れていた茂みから飛び出してくるノーヴェの声に、マグマトロンにゴッドオンしたクアットロは笑いながらそう答え――
「なんだ、お前かよ。
今日は用ないから、帰れ帰れ」
「態度が180度ひっくり返った!?」
「ぅわ、何そのテンションの低さ!
私だってわかったとたんにソレって、失礼じゃない!?」
マグマトロンにゴッドオンしているのがクアットロだとわかったとたんにジュンイチのテンションが急降下――「しっしっ」と言わんばかりに手を振りながら告げるジュンイチの言葉に、ノーヴェとクアットロが声を上げる。
「うるせぇよ。
こっちはせっかく町でウサ晴らしてきたってのに、またヤな顔に出くわしてガックリきてんだからさ」
だが、そんな二人の言葉にもジュンイチのテンションが上がることはない。肩をすくめてそう告げて――
「だから」
そう告げた瞬間には、ジュンイチはクアットロの眼前に飛び込んでいた。
「とっとと消えろや――クソメガネ!」
「くぅ…………っ!」
咆哮と共に繰り出した一撃に対し、間一髪で反応が間に合った――ジュンイチの振り下ろした爆天剣を、クアットロはマスターギガトロンの両腕の装甲で受け止める。
「オレだけ狙えばいいモンを、クソダイバー達まで巻き込みやがって……!
てめぇにしちゃやり口が粗いじゃねぇか。そっちで何かあったのか?」
「あなたが知ることじゃ――ないわよ!」
挑発的な口調で告げるジュンイチに言い返し、クアットロは彼を押し返した。自身の腕力だけではなくマグマトロンの出力に助けられたそのパワーは、ジュンイチの身体を容易に跳ね飛ばす。
そして、空中で体勢を立て直したジュンイチに向けられるのは、ゴッドオンしていてもそうとわかる冷徹な……否、侮蔑に満ちたまなざし――
「別に、どうということはないわよ。
私はいつもどおりにあなたを狙っただけ――“巻き込んでもかまわないものごと”ね」
「………………何?」
その言葉に、ジュンイチの眉がわずかに震える――そんな彼の様子には当然気づいていたが、クアットロはあえて告げる。
「何? 意味がわからないの?
だったら言ってあげるわ――」
「あっさり敵に捕まるような“役立たず”なんか、私はいらないのよ♪」
『――――――っ!』
その言葉はジュンイチではなく――眼下のノーヴェや、茂みの中のセイン達の胸に突き刺さった。自分達の姉であるクアットロの口からハッキリと「役立たず」「いらない」と、しかも楽しそうに告げられ、その目が大きく見開かれる。
「そん、な……!?」
「クア……姉……!?」
呆然とつぶやくセインやウェンディだが、そんな彼女達の動揺にもクアットロはかまいはしない。ゆっくりと右手を頭上にかざし、
「でも……安心なさい。
ドクターのために成果も出せず、敵のお情けで生かされてる“失敗作”は……今すぐ消してあげる!」
言い放つと同時、光弾が放たれた。ノーヴェ達を一瞬で無数の肉片に変えるべく、一直線に虚空を駆け抜け――
爆発した。
と言っても、目標をとらえる前に、だ――光弾はノーヴェ達のすぐ頭上で炸裂、炎と熱風をまき散らす。
そして、巻き起こった爆風が少しずつ晴れていき――
「…………ふーん……」
ノーヴェ達の前に飛び込み、その力場を楯として一撃をしのいだジュンイチは、かざした左手に伝わってきた衝撃にすべてを理解していた。
「なるほど……“本気”みたいだね」
「ようやく理解した?」
「あぁ。十分すぎるくらいにね。
少なくとも……てめぇがコイツらを本気で放り出そうとしてるってのはわかった」
クアットロに答えるジュンイチの言葉に、ノーヴェの肩がわずかに震えるが――ジュンイチは静かに続ける。
「ついでに、『オレと顔を合わせたくないから』って前回出てこなかったお前が出てきてる理由にも納得だ――そんな目的で出てきたんじゃ他の連中、特に妹想いのクソスピードスターやチンクが黙っちゃいないだろうからな」
そして――フゥッ、と息をつき、ジュンイチは告げた。
「ま、そういうことなら……」
「オレは“拾う”としますかね」
「…………何?」
「“捨てる神あれば拾う神あり”――地球のことわざさ」
思わず聞き返すクアットロに答え、ジュンイチは爆天剣をかまえ、
「てめぇがコイツらにとっての“捨てる神”になるっつーなら――オレが“拾う神”になってやる。
こいつらに悲しい想いはさせやしねぇ――てめぇに味合わされたこいつらの悲しみ、残さず拾ってやる!」
そして――“装重甲”のインカム越しに通信をつなぎ、
「イレイン。すずか。
どうせ、この状況はモニターしてるんだろう?
だったら、ゴチャゴチャ言わずに――」
「今すぐ“マグナ”を出しやがれ」
「ま、“マグナ”を出せ……って、正気なの!?」
ジュンイチの読み通り、イレイン達はジュンイチ達の状況をマックスフリゲートからモニターしていた――ジュンイチからの突然の通信に、イレインは思わず声を上げる。
「ムチャだよ、ジュンイチさん!
“マグナ”はまだ、戦闘に出せる状態じゃ――」
〈それでもだ〉
今のまま“マグナ”を出すのは危険が大きすぎる――反対するすずかだったが、ジュンイチはあっさりとそう答える。
「だいたい、“マグナ”を使うくらいならイグニッションフォームで――」
〈イグニッションフォームじゃダメなんだよ〉
それでも告げるイレインに対し、ジュンイチはなおも“マグナ”の使用を求める姿勢を崩さなかった。
〈見せてやらなきゃならないんだよ。
“アイツら”に……オレの力をさ〉
「力、って、そんなの今さら……」
ジュンイチの戦闘能力なら、ここしばらくの戦いで片っ端から見せつけているではないか。ジュンイチの言葉に、イレインは口を開きかけ――
「…………あ」
気づいたのはすずかだった。ジュンイチの“意図”がどこにあるかを理解。小さく声を上げ――覚悟を決めた。
「……わかった。
すぐにそっちに転送するよ」
「すずか!?」
「ジュンイチさんの言うとおり……必要なんだよ。ここで“マグナ”を使うのは」
驚くイレインに答え、すずかは端末を操作し――ウィンドウの映像が切り替わった。
そして映し出されたのは戦いを見守るノーヴェ達やセイン――その映像を見て、イレインもようやく思い至った。
「ひょっとして……4人のために?」
「きっとそうだよ。
お姉さんであるクアットロに捨てられて……ジュンイチさんはあの4人を拾うって、救ってあげるって宣言した。
でも、口だけなら何とでも言える……だから、ジュンイチさんは証明したいんだよ。
イグニッションフォームみたいな“時間制限”のある力じゃない。ちゃんと、あの子達を守って……守り“続けて”あげられる力があるってことを。
危険と紙一重の、綱渡りの力でも……そんな力を使ってでも、守ってあげられる力があるってことを……」
そして――すずかは通信の向こうのジュンイチに告げた。
「信じるよ、ジュンイチさんのこと。
でも……ひとつだけ約束して。
“マグナ”を使うからには――」
〈わかってる〉
告げるすずかに、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
〈お前の作ってくれた“マグナ”……必ず起動させてみせる。
起動させて――絶対、勝つから〉
「何をするつもりか知らないけど――許すと思ってるの!?」
通信越しにすずかに告げるジュンイチの言葉に、クアットロが地を蹴る――渾身の拳をジュンイチに向けて振り下ろすが、
「残念♪」
「――――――っ!?」
ジュンイチは身をひるがえしてその拳をかわした。難なく攻撃を避けられ、驚愕するクアットロの頭上を飛び越え、その背後に着地し、
「せー、のっ!」
クアットロの――マグマトロンの背中に炎を叩きつけた。たまらずクアットロが転倒するのを尻目に、低空飛行で森の中へと飛び込んでいく。
と、そんなジュンイチの行く手で魔法陣が展開――マックスフリゲートの転送システムによって、ついに日の目を見ることになった“マグナ”が姿を現す。
その姿は――
「トレーラー、か……?」
そう。遠目にその姿を確かめたノーヴェのつぶやいた通り、“マグナ”と呼ばれるそれは1台の大型トレーラーだ。どう見ても戦うための装備には見えないが――
「まさか……あれって、ビークルモードか!?」
「えぇっ!?
じゃあ、あれってトランステクターっスか!?」
「では……柾木ジュンイチもゴッドマスターということですか?」
その正体を察したのはセインだった。彼女のつぶやきにウェンディとディードが声を上げるが、
「惜しいな! 近いけどハズレ!」
そんな彼女のつぶやきはジープの無線越しにジュンイチの耳に届いていた。答えて、ジュンイチはトレーラー本体の上に舞い降り、
「コイツぁ元々よそ様からぶん取ってきたトランステクターなんだけどな……残念ながらオレはゴッドマスターじゃないからな。当然そのままじゃビークルとしてしか使えない。
だからいじった。オレが使えるように……オレと一緒に、戦えるように。
苦労したぜ。何しろ中枢部分はほぼ総取っ替え。動力として多段式相転移エンジンを採用したものの調整がちっともうまくいかず……結局すずかの手まで借りることになっちまったしな」
言って、ジュンイチはビークルの屋根に手を触れた。
同時、ジュンイチの右手に光が走り、幾何学的なラインを描き出す――その瞬間、ジュンイチの意識の“一部”は彼自身の肉体を離れ、“マグナ”の中へと潜り込んでいく。
ジュンイチの能力のひとつ“情報体侵入能力”――右手で触れた電子機器に自らの意識体の一部を切り離して潜り込ませ、感覚的なアクセスを可能とするその能力で、ジュンイチは外部から“マグナ”のシステムを起動させる。
「問題は、相転移エンジンがうまく火入れできるかどうか、だけど……!」
そして、一番の問題点、主動力システムである“多段式相転移エンジン”の起動――意識をシステム内に“潜らせた”ジュンイチの操作で、相転移エンジンが静かに起動する。
だが――ダメだ。ただ低速でうなりを上げるばかりでその出力はまったく上昇の気配を見せず――
「ダメだ……!
やっぱり、安定域を維持したままじゃ、出力が上がらない……!」
その光景は、マックスフリゲートにいるイレイン達もモニターしていた――ジュンイチの操作で起動しようとしながらもそれが叶わない“マグナ”の姿に、イレインが思わず声を上げる。
「賭けは失敗、か……!」
「まだ……まだだよ……!」
うめくイレインだが、そのとなりですずかは祈るようにつぶやいていた。
「お願い……“マグナ”、動いて……!
動いて……ジュンイチさんを、守って……!」
「いたた……やってくれたわね。
ダメージを与えるほどの攻撃はできなかったみたいだけど……」
一方、ジュンイチから一撃をもらったクアットロはすでに体勢を立て直している――身を起こし、ジュンイチの姿を探し、
「――――そこね!?」
反応を捉えた。ジュンイチがシステムにアクセスし、懸命に出力を上げようとしている“マグナ”を発見し、マグマトロンの“中”でニヤリと笑みを浮かべた。
「目覚めろ、“マグナ”……!」
一方、ジュンイチは“マグナ”の上にかがみこんだまま、静かに呼びかけていた。
こちらに気づいたクアットロのマグマトロンがゆっくりと振り向くのが気配でわかったが、彼女にかまうつもりはない。
それよりも今は――
「あのクソメガネに“オシオキ”してやらなきゃならねぇんだ……!
クソメガネに“捨て”られたアイツらを、守ってやらなきゃならないんだ……!」
クアットロから視線を外し――傍らのウィンドウに映し出されたノーヴェ達を見つめる。
「お前のパワーだけで足りないっつーなら……」
そんなジュンイチ――そして“マグナ”に向け、クアットロがマグマトロンの人工魔力砲を起動。巨大な魔力弾を作り出し――
「オレの“力”も、くれてやる!」
その言葉と同時――ジュンイチは“力”を解放した。
周囲が真紅の精霊力の輝きで満たされ、ジュンイチの右手を介して機体の中へと流し込まれていく。
そして――
機体の中を流れ、相転移エンジンに達したジュンイチの“力”が、そこから発せられるエネルギーを一気に引き上げる!
「な、何!?
急に、出力が……!?」
その光景は、マックスフリゲートで観測していたイレイン達も目の当たりにしていた。突然の出力上昇に、イレインはシートから立ち上がって目を見開き、
「まさか……」
一足早く“原因”に思い至ったすずかもまた、しぼり出すように声を発していた。
「本来真空を相転移させる相転移エンジンで……ジュンイチさん自身の“力”を相転移させた……!?」
「ちょ…………っ!?
そんなこと、できるの!?」
「できないよ」
思わず声を上げるイレインに、すすずかはキッパリと答えた。
「元々真空を相転移させるように“だけ”作ってあるシステムだもの。普通にあんなことしても、オーバーロードを起こして最悪自爆……
けど……ジュンイチさんの能力が、その“不可能”を“可能”にする……」
「アイツの……エネルギー制御能力……」
つぶやくイレインに、すずかは無言でうなずいてみせる。
「元々が高エネルギー体である精霊力――ジュンイチさんひとりが流し込んだ量はたかが知れてるけど、そのエネルギーの抽出レベルは真空の比じゃない……
間違いなく、“本来の使い方”をした場合よりも高い出力が出せるはず……」
「でも……暴走の危険はより強くなる……」
「うん……
ジュンイチさん以外があれを使ったら、間違いなくさっき話した“最悪の結果”になる……ジュンイチさんだからこそ、アレを使いこなせる」
イレインに答えると、すずかは映像の中で起動を果たし、真紅のエネルギーの渦に包まれた“マグナ”へと視線を向けた、
「もう、あの機体のエンジンは“多段式相転移エンジン”じゃない。
ジュンイチさんの精霊力の力で、より上の次元に進化した相転移エンジン……
名づけるなら……」
「“精霊力、相転移エンジン”……」
「な、何が……!?」
突然の“マグナ”の起動は、当然その存在を知らなかったクアットロには認識の外だった。突然強大な力を放ち始めたその光景に、マグマトロンの人工魔力砲をチャージしたまま驚きの声を上げる。
「何をするつもりか――知らないけど!」
いずれにせよ、攻撃態勢に入っている自分の方が早い。ジュンイチの動きを阻むべく、チャージした魔力弾を撃ち放ち――
「マグナプロテクト!」
ジュンイチが咆哮すると同時、“マグナ”の運転席部、その屋根が跳ね上がるように展開された。その中から姿を現したエネルギー発振器から展開された防壁が、クアットロの一撃を受け止め――彼方の方角へと弾き飛ばす!
「悪いな、クアットロ……
こっから先は、ずっとオレのターンだぜ!」
「エヴォリューション、ブレイク!」
ジュンイチが叫ぶのは“マグナ”の真の力を呼び覚ますシステムコード――それに答え、完全に命を吹き込まれた“マグナ”は力強く大地を駆け抜ける。
そして、車体両横の装甲が上部へと展開。さらに車体下部の推進器で起き上がると共に、車体後部が180度回転、後方へとスライドして左右に分割。つま先が起き上がり両足へと変形する。
続いて、運転席が左右に分かれて肩アーマーとなり、その下部に折りたたまれるように収納されていた腕が展開。拳がその内部から飛び出し、力強く握りしめられる。
車体上部――変形の結果背中となったそこに配された砲台はキャノン部が前方に倒れてショルダーキャノンに。ボディ内部からロボットモードの頭部がせり出し、その額から変形に伴い跳び下りていたジュンイチに向けて誘導フィールドが展開される。
放たれた光に導かれ、ジュンイチは“マグナ”へと引き寄せられ――その姿が消えた。一瞬にして機体内部の圧縮空間に用意されたライドスペースへと転送される。
そこに用意されたコックピットシートに腰かけ、ジュンイチはシート両側に設置されたクリスタル状のスロットルレバーを握りしめる。
「さて……“身体”が目覚めたところで、次は“オツム”のお目覚めの時間だ。
とっとと起きて返事しろ、“マグナ”」
《わかっていますよ》
そんな彼に告げるのは、“マグナ”自身の意思――ジュンイチの傍らにウインドウを展開。映し出した女性の姿を借りて応える。
《お久しぶり、ですね、マスター》
「おぅ。
まともに話すのはこっちのボディに乗せかえた時のマッチング調整以来だからな。
これから頼むぜ、“マグナ”」
繰り返しジュンイチ達が呼んでいた「マグナ」という名は、実はこの機体よりもむしろ“彼女”を指しての意味合いが強い――“マグナ”からの久方ぶりの語りかけに応えると、ジュンイチは改めて告げる。
「んじゃ、いくぜ。
マグナ! 全システム起動!
戦闘システム――Get Ready!」
《了解!》
マグナからの答えと共に、ジュンイチはスロットルレバーを勢いよく押し込む――変形を完了し、システムが完全に起動した機体のカメラアイが輝き、ジュンイチが高らかに名乗りを上げる――
「“龍”の“炎”に“王”の“牙”!
“不屈の果てに高みあり”!
龍炎王牙――マグナブレイカー!」
「マグナ、ブレイカー……!?」
「あ、あの、機体……!?」
ジュンイチの手によって呼び覚まされ、その真の姿を現した“マグナ”――マグナブレイカー。その雄姿を目の当たりにし、ウェンディやセインは思わず声を上げた。
と言っても、その雄姿に見とれたワケではない。威圧され、恐怖したワケでもない。
ただ――驚いていた。
なぜなら、自らの初陣を飾るべく“敵”と対峙するその姿は――呆然と、ノーヴェがつぶやく。
「マグマトロンに……そっくり……!?」
「…………その機体……!」
「悪いが、その疑問に答えてやるつもりはねぇな」
マグナブレイカーのその姿に驚愕しているのは彼女も同じ――クアットロの言葉に答え、ジュンイチはマグナブレイカーをかまえさせる。
「こっちも初起動で余裕がねぇ。
速攻で――“力”を見せつけさせてもらうぜ!」
「く………………っ!
ガジェット!」
ジュンイチの言葉にたじろぎ、クアットロが指示を下す――周囲のガジェット群が一斉に襲いかかるが、
「そんなもんに、当たるかよ!」
ジュンイチは降り注ぐ人工魔力の弾丸をたやすく回避、ガジェット群の眼前に飛び込んでいく。
そして、ジュンイチは「できる」という確信の元、スロットルレバーを握る右手に“力”を込める――同時、マグナブレイカーが右手をかざし、そこに炎を燃焼させ、
「マグナブレイカー、目標を叩きつぶす!」
自分の流し込んだ“力”が機体の中を循環しているからこそできる芸当――コックピットで咆哮するジュンイチに従い、マグナブレイカーは彼の生み出した“炎”を解き放った。巻き起こった灼熱の渦が、先ほどまで自分達を包囲していた対人ガジェットの群れを一掃する!
「なら――対TF型!」
しかし、クアットロも備えがないワケではなかった。増援に備えて潜伏させていた対TF型ガジェットがT型からV型まで勢ぞろい。次々に飛び出し、大群でジュンイチを、マグナブレイカーを包囲する。
そのまま、一斉にジュンイチに向けて人工魔力弾を放つが、
「なめんな!
その程度の、攻撃で!」
告げると同時、マグナブレイカーはジュンイチの操縦で腰のツールボックスから射出されたグリップを手にした。そこから伸びた光刃を振るい、接近していた対TFV型を両断する。
続いて、そのままの動きで両肩のキャノン砲の狙いを定め、
「マグナブレイカーを落とせるか!」
解き放たれた閃光が、進路上のガジェット群を薙ぎ払う!
「次はてめぇだ――クソメガネ!」
「調子に、乗らないでよ!」
咆哮し、襲いかかるジュンイチに対し、クアットロも反撃――マグマトロンの右手のエネルギーソードを起動、ジュンイチの振り下ろした光刃を受け止める。
「いくら新しい戦力を用意しても――このマグマトロンの敵じゃないのよ!」
「確かに、これでもパワーはそっちが上、みたいだな、っと……!」
ぶつかり合う二つの光刃のパワーが、周囲に衝撃という形で放出される――クアットロの言葉に、ジュンイチは衝撃で揺れるコックピットでそう答えるが、
「――――けど!」
「え――――――?」
不意に、クアットロの手に加わっていた抵抗が、マグナブレイカーの姿もろとも消失した。標的を見失い、クアットロがたたらを踏み――
「戦闘技術なら、オレが上なんだよ!」
クアットロの、マグマトロンの腕を軸に身をひるがえし、背後に回り込んだジュンイチが、マグマトロンの背中を思い切り蹴り飛ばす!
「さぁ、そろそろそのクソめんどくさいブリキ人形――叩き壊させてもらうぜ!」
言って、ジュンイチは倒れ込むクアットロへと正対、生み出した光刃を消し去り、告げる。
「覚悟しろよ、クソメガネ……」
つぶやき、挙げるのは彼女の行為によって今まさに苦しんでいる4人――
「セイン……」
「ウェンディ……」
「ディード……」
「そして、ノーヴェ……」
「てめぇに絶望させられた、あの四人の苦しみを思い知れ!」
「マグナブレード!」
ジュンイチの咆哮と同時、両足のウェポンコンテナから二振りの刃が射出される――それを手に取り、ジュンイチはひとつに重ねてより巨大な刃を形成する。
「フォースチップ、イグニッション!」
続けてジュンイチが叫び――フォースチップが舞い降りる。飛来したミッドチルダのフォースチップがジュンイチの精霊力の影響を受けて燃焼。炎の中で変質し、炎を模した縁取りを持つ独自のフォースチップへと姿を変える。
ジュンイチだけが使うことのできる、“ブレイカー”のフォースチップ――それがマグナブレイカーの背中のチップスロットへと飛び込んでいき、そのパワーを何倍にも引き上げる。
だが――同時、ジュンイチの脳裏に衝撃にも似た強烈な負荷がかかった。
元々制御に難のあるマグナブレイカーがイグニッションによってさらにパワーを増したことで、制御のためジュンイチにかかる負担が一気に増大したのだ。思考制御システムにかかったその負荷が、頭の中への衝撃という形で表れたのだ。
(こりゃ……なかなかにキツイ……!
フィニッシュまで、時間はかけられない――このまま一気に叩っ斬る!)
「マグナ!」
《Drive Ignition!》
「マグナ、ホールド!」
決断と同時、すぐに動く――マグナの答えと同時に“力”の一部を刃に込め、ジュンイチが振り放った真紅の“力”が、バインドとなってクアットロを拘束する。
そして、背中のバーニアを全開に吹かし、ジュンイチはクアットロへと突撃し――直前で大きく大ジャンプ。上空で反転し、頭上から一気に襲いかかり、
「龍王――」
「一閃!」
思い切り刃を振り下ろした。豪快に叩きつけられたその一撃に伴い、刃に導かれて振り下ろされたジュンイチの“力”もまた、目標へと叩きつけられ、大爆発を巻き起こす!
だが――
(手ごたえが……ねぇ……!?)
大地に刃が叩きつけられるその瞬間まで、刃は何の抵抗もなく振り下ろされた。舌打ちし、後退するジュンイチの目の前で、爆煙はゆっくりと晴れていき――
「やって…………くれたわね……!」
そこには、装甲をボロボロにひび割れさせたマグマトロン、すなわちクアットロの姿があった。
「さすがだな……
あの瞬間、バインドブレイクでマグナホールドから脱出してやがったか」
「そういうことね。
とはいえ……これ以上の戦闘はムリみたい。直撃しなくてもこの威力なんてね……!
だから……」
うめくジュンイチにそう答え――クアットロはマグマトロンを上昇させた。上空でゴッドオンを解除、マグマドラゴンへと変形させ、
「セインちゃん達は、謹んであなたにプレゼントするわ♪
せいぜい好きにしちゃっていいわよ♪」
告げると同時にこちらに背を向けて飛翔――そのスピードに物を言わせ、あっという間にその場から離脱していった。
「…………助かった……っスか?」
「あぁ…………」
クアットロの離脱によって場は静寂を取り戻した。恐る恐る尋ねるウェンディに、セインは息をついてそう答え、
「…………しかし……」
そんな二人に、ディードは静かに声をかけた。
「クアットロ姉様は……ハッキリと私達を“不要”と断定しました」
『………………』
それは事実と認めざるを得ない、しかし認めたくない事実――彼女の言葉に、セインとウェンディは気まずそうに黙り込む。
「私達は……これから、どうすればいいんでしょうか……」
「………………さすがに、わかんないよ……」
しぼり出すように、なんとかそれだけ答えると、セインは呆然とクアットロの飛び去っていった先を見つめるノーヴェへと視線を向けた。
「クアットロめ……!
何をするかと思えば、よりにもよってセイン達を!」
その頃、スカリエッティのアジトでは遅まきながらトーレが事態を知っていた。妹達を襲うという暴挙に出たクアットロに対し怒りの声を上げるが、
「落ち着きたまえ、トーレ」
そんな彼女に対し、スカリエッティはなだめるようにそう告げた。
「あのままセイン達があちらにいては、我々の情報がもれると判断したのかもしれない。
だから動いた――クアットロも、我々のためにと思い、よかれと思って出撃したんだろう。
方法の是非はあるが、それほど怒ることでもないんじゃないのかい?」
「ですが……だからと言って妹達を狙っていいはずがありません!」
「…………わかったよ。
クアットロには、後で私から強く言っておこう」
「そういう、ことでしたら……」
スカリエッティのその言葉に、トーレはようやく矛を収めた――それでも怒りは収まらないのか、近寄りがたいオーラを放ちながら無言でその場を後にして――
「…………だそうだよ、クアットロ」
〈あらあら、嫌われちゃったわね♪〉
告げるスカリエッティの言葉に、突然展開されたウィンドウに映し出されたクアットロはどこか楽しげにそう答えた。
「すまないね、こんな嫌われ役をお願いしてしまって」
〈あら、『こんなことをしでかしてもおかしくない人物を』って私を指名したのはドクターでしょう?〉
どうやら、今回のことは彼女の独走ではなく、スカリエッティとの共謀の上でのことだったらしい――笑いながらスカリエッティに答えるが、クアットロは不意に首をかしげ、尋ねた。
〈でもでも……どういうつもりなんですか?
『裏切られた』とセインちゃん達に思い込ませて、私達から離れさせて柾木ジュンイチに預けるなんて……〉
「私も、キミ達の成長の可能性に期待している、ということさ」
しかし、そんなクアットロの問いに、スカリエッティもまた笑いながら答えた。
「彼女達には、キミ達を代表して“外”の世界を見てもらう。
柾木ジュンイチのもとで、世界というものを直に感じて、さらなる成長をとげてもらうのさ」
〈なるほど……
そうしていろいろ学んでもらった上で連れ戻して、学習したことをいいトコ取りさせてもらおう、と?〉
「彼はアレで、受け入れた相手に対してはどこまでも世話を焼く。きっと、彼女達を大きく成長させてくれることだろう。
楽しみじゃないか。成長した彼女達が私達のもとに帰ってくる、その時がね……」
クアットロの言葉に答え、スカリエッティが笑い声を上げ――その笑いは、しばらくの間アジトの一室に響き続けていた。
「………………ん?」
扉の開いた気配に目を覚まし、顔を上げた先には心配していた“妹弟子”の姿――病室の前に持ち出したベンチで休んでいたこなたの前に、車椅子に座るスバルは自分の病室の扉を開き、姿を現した。
「スバル……?」
「えっと……ゴメン。
なんか、いろいろ心配かけちゃって……」
声をかけてくるこなたに気まずそうにそう謝ると、スバルは左手でパシンッ、と自分の左頬を叩いて気合を入れ、
「でも……もう大丈夫。
あたし、がんばってみる。
ギン姉を取り戻すために……そして、お兄ちゃんに怒られないように」
「うん、その意気その意気♪」
元気を取り戻した自分の姿がうれしいのか、こなたは笑いながら背中をバシバシと叩いてくる――思わず苦笑し、スバルは改めて顔を上げた。
(そうだ……まだ事件は終わってないのに、こんなところで止まってなんかいられない……!
あたしもがんばるから……)
(早く目を覚ましてね、マスターコンボイさん……)
「ふーん……」
そのマスターコンボイは、未だ深い眠りの中――すでにボディの修理は済んでいるというのに、まったく目覚める気配のないその鋼の巨体を前に、霞澄は思わずため息をついた。
「シャーリーちゃん……どう?」
「ダメです……
スパークに異常なし。ボディとのマッチングも以前と同様の数値を出してますけど……唯一、意識だけが……」
「そう……」
返すシャリオの答えも芳しくはない――息をつき、霞澄はもう一度マスターコンボイへと視線を戻した。
(身体は万全。スパークにも異常はなし。
それでも目を覚まさないとなると……)
「ふーん……」
もう一度ため息をつき――霞澄は改めてつぶやいた。
「やっぱり……」
「……“あの手”でいくしかないかな?」
リイン | 《マスターコンボイさん、ずっと眠ったままです……》 |
はやて | 「こうまで目ェ覚まさへんっちゅうことは、何かえぇ夢でも見てるんとちゃうかな?」 |
リイン | 《夢……ですか?》 |
はやて | 「せや。 男の子が見る“えぇ夢”っちゅうと……やっぱエッチぃ夢かな?」 |
リイン | 《えぇっ!? リイン達が必死にがんばってる時にですか!? とんでもないエロガッパさんです!》 |
マスターコンボイ | 「え!? エロ!? エロガッ!? エロガッパって!? おいっ!?」 |
はやて | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第77話『夢の中へ〜マスターコンボイ救出作戦〜』に――」 |
はやて&リイン | 『ゴッド、オン!』 |
マスターコンボイ | 「エロガッパってぇ!?」 |
(初版:2009/09/12)