「………………うん、問題なし。
術後の経過も順調みたいだし……健康的には何の問題もないわ」
「そうですか……」
ウィンドウに表示されたカルテに目を通し、つぶやくように告げるマリエルの言葉に、ギンガは息をついてうなずいてみせた。
スカリエッティによって洗脳されていたギンガは、六課に保護されると共にホスピタルタートルで徹底的な治療が施された――鈴香のヒーリングによる急速回復で多少体力を消耗しているが、それを除けばほぼ全快に近いところまで回復していた。
「もう現場に復帰してもいいけど……できれば戦闘は避けてほしいかな?」
「わかりました。
ありがとうございます」
「局員としては問題発言なのかもしれないけど……お礼を言うのは、ひょっとしたらスカリエッティの方かもしれないわね」
自分の説明に頭を下げるギンガに対し、マリエルは苦笑まじりにそう答えた。
「洗脳に伴う改造手術こそされていたけど、拉致された時の負傷に対する治療も完璧だったし……何よりマグマトロンに搭載されていたゴッドマスターの保護システムが優秀だった。
ギンガがこうして無事なのは、それが原因でもあるんだから」
「だからこそ……オレ達も本気でマグマトロンを粉砕できたんだがな」
告げるマリエルの言葉に新たな声が乱入――診察室に顔を出してきたマスターコンボイだ。
だが――
「どうして衝立の向こうから話してるんですか?」
「貴様が診察中だからだ。
服など脱いでいられたら貴様ら的にアウトだろう」
意外なことにこういうことには気遣いが利くらしい――ギンガの問いに診察室の衝立の向こうから答えるマスターコンボイの言葉に、マリエルはクスリと笑みをもらす。
「それで……どうかしたんですか?」
「スバル・ナカジマのことだ」
尋ねるギンガに、マスターコンボイは改めて、しかしため息まじりにそう答えた。
「あのバカ、貴様が診察中だというのに『見舞いに行く!』と言ってきかん。
そろそろ、ティアナ・ランスター達が抑えておくのも限界だ――問題がないのなら、お前が直接止めてくれ」
「まったく、あの子は……」
マスターコンボイの言葉に苦笑して、ギンガはもう一度マリエルに一礼すると席を立った。
第79話
最高のキセキ
〜鉄拳爆走・ナックルライナー〜
「ハイパーゴッドオン?」
「うん!
すごかったよー、あたし達もマスターコンボイさんも」
今にも診察棟へと突撃しかけていたのをギンガにたしなめられても、スバルの顔から笑顔が消えることはなかった――始終ニコニコしたまま、尋ねるブリッツクラッカー(ヒューマンフォーム)へとそう答える。
「くっそー、マスターコンボイ様の大暴れ、見たかったぜ」
「仕方ないだろ。
ノイエ・アースラの受け取り準備とかで、地球に行ってたんだからさ」
オイシイ時にその場に居なかった間の悪さが悔やまれる――肩を落とすブリッツクラッカーの肩をポンポンと叩き、晶は「ご愁傷さま」とばかりにそう答える。
「なぁなぁ、せめてそのハイパーゴッドオンってヤツだけでも見せてくれよ」
「うーん、でも、マスターコンボイさんもいないしなぁ……」
「じゃあ、私が見せてあげようか?」
両手を合わせて頼み込むブリッツクラッカーに答えるスバルのとなりで、こなたは笑顔でそう告げて――
「サボんな」
そんなこなたの尻を、かがみはヤクザキックで蹴飛ばした。
ちなみに蹴飛ばしたのは両手で段ボール箱を抱えているからだ。何をしているのかというと――
「動けるみんなでノイエ・アースラへの引っ越し作業してんだから、あんた達も働きなさいよ!
ブリッツクラッカーさん達も二人を引き止めない! って言うか二人も手伝ってください!」
「お、おぅ……」
「ご、ゴメン……」
かがみと同様に、ティアナもまた段ボールを抱えてスバルを叱る――矛先を自分達に向けられ、ブリッツクラッカーと晶は思わず気圧され、コクコクとうなずいた。
一方、ギンガをスバルにけしかけたマスターコンボイは、彼女に声をかけた後“本来の用事”のためにホスピタルタートルのある病室を訪れていた。
「“カイゼル・ファルベ”?」
「はい」
そして、面会したはやてから聞いたのは初めて聞く単語――思わず繰り返すマスターコンボイに、はやては静かにうなずいた。
「あの時……ハイパーゴッドオンしたマスターコンボイさん達の放った虹色の魔力光は、古代ベルカ諸王時代の王家の一派、“聖王”の血筋に特有の魔力光だったんです。
それが、“カイゼル・ファルベ”……」
「どういうことだ?
なぜオレ達に、その“カイゼル・ファルベ”とやらが発現する?
“実は聖王の血筋だった”という展開だったとしても、その説で説明できるのはスバル・ナカジマと泉こなたの二人だけ――トランスフォーマー、しかもトランステクターに融合しているイレギュラーであるオレは完全にその説から外れたところにいるだろう」
「その質問はむしろ私がマスターコンボイにしたかったんですよ」
尋ねるマスターコンボイだったが、はやてはため息をついてそう答える。
「そっか……マスターコンボイも事情はわからへんのか……」
「単にハイパーゴッドオンによる魔力の変質、くらいにしか思っていなかったが……今の話を聞く限り、何か裏がありそうだな……」
はやての言葉にしばし思考をめぐらせると、マスターコンボイは改めて彼女に尋ねた。
「以前フォートレスが行っていたというトランステクターや“レリック”の調査の中で、それに関するデータはなかったのか?」
「あったら聞かへんよ。
もう一度調査に出てもらおうにも、マキシマスはこないだの六課隊舎襲撃の時のダメージがまだ修理しきれとらんし……」
答えて、はやてはもう一度ため息をつき――
「何ナニ? 珍しい組み合わせだね」
そんな二人のいる病室の前を通りかかったのはアリシアだった。
「どうかしたの? 二人して難しい顔して考え込んで」
「うん、実は……」
尋ねるアリシアに答え、はやてはアリシアに今のやり取りを簡単に説明し――
「何だ、そんなこと」
話を聞いたアリシアは、何でもないかのようにそう返してきた。
「何か知ってるん?」
「まさか、柾木ジュンイチから何か情報を得ているのか?」
「いやいや、そうじゃなくて」
ごく普通に応じた彼女に打開策の気配を感じたのだろう。身を乗り出してくるはやてやマスターコンボイに、アリシアは手をパタパタと振りながらそう答え、
「二人して忘れてない?
調べごとを頼むなら、フォートレス以上の適任者がいるじゃない」
〈なるほど……
それで、ボク達に調べてほしいんだね?〉
「せや」
アリシアの提案でその存在を思い出し、はやてはすぐに連絡をとった――事情を聞かされ、うなずくユーノに、はやてはそううなずいてみせた。
「フォートレスが動けへん以上、無限書庫だけが頼りや。
ハイパーゴッドオンと聖王家の関係――そっちもいろいろごたついてると思うけど……」
〈大丈夫。
こっちが襲われた事だって、そっちの事件と無関係じゃないんだ。やってみせるよ〉
告げるはやてにユーノが答えると、
「ユーノ・スクライア」
不意にマスターコンボイがユーノに声をかけた。
「調べる際は聖王家の歴史を終端からさかのぼる形で調べてみろ。
もし真相がオレの考えている通りなら、鍵はおそらく聖王時代末期にある」
『末期に……?』
ユーノに向けて告げられたその言葉に、アリシアとはやてが顔を見合わせる――視線を戻し、アリシアはマスターコンボイに尋ねた。
「何? マスターコンボイの“考え”って」
「考えてもみろ。
聖王家は、王家としての実権を失ってもなお、聖王協会の象徴としてその存在を強く世界に示している。
それだけの影響力を持っていた存在だというのに……その聖王家との関係がにおわされているトランステクターや“レリック”は、実際に発掘されるまで記録の類はまるで見つかっていなかったんだぞ。
発掘され、その情報からユーノ・スクライアが検索をかけ……それでようやく見つかったほどに、その情報量には限りがある」
その言葉に、はやてやアリシアはもちろん、ユーノも思わず目を見開く――自分の言いたいことが全員に伝わったと見て、マスターコンボイは続ける。
「なぜそこまで記録が少ないのか、考えられる可能性はいくつかあるが……ありそうなのは二つ。
記録に残しているような余裕がない世情だったか、記録に残すこともはばかられるように存在として扱われていたか、だ。
前者であれば可能性が最も高いのはもちろん聖王家の失脚直前の混乱期。そして後者の理由だったとすれば、口を閉ざされるような原因は……」
「聖王家にとって忌むべき存在だった……だね?
たとえば……聖王家にとって有害となり得る存在だった、とか」
言葉にして確認するアリシアに、マスターコンボイは静かにうなずいてみせる。
「いずれにせよ、トランステクターの技術レベルはきわめて高い。
もっとも技術の発達していたであろう後の時代から検索をかけていくのは、決して間違った選択肢ではないはずだ」
〈わかった。
その方向性で調べてみるよ〉
「お願いなー」
うなずくユーノにはやてが答え、通信が切られ――
「失礼します」
まるでそのタイミングを見計らったかのように、病室の入り口から声がした。
誰が来たのかと一斉に振り向き――そこにいた人物を前に、マスターコンボイとアリシアは露骨に顔をしかめ、
「……見舞い客が現れたとたんにその顔はどうかと思うのですが」
そんな二人の態度にため息をつき、オーリス・ゲイズは軽くため息をついて見せた。
「うーん……」
「……どうしたの? ゆたかねーね」
マックスフリゲート・居住区画の廊下――共に歩きながら、ヴィヴィオは何やら考え込んでいるゆたかの顔を見上げてそう尋ねた。
「うん……私達、ジュンイチさんに助けられてここにいるけど……助けてくれたジュンイチさん達に、何もお礼ができてないなー、って」
どうやら、世話になりっぱなしなのが心苦しいらしい。ヴィヴィオに答え、ゆたかは軽く息をついてみせる。
「ご飯の支度とか、手伝った方がいいのかな……?」
「ヴィヴィオもするーっ♪」
とはいえ、戦う力のない自分達には日ごろの生活の中での恩返しくらいしかできそうにない。つぶやいたゆたかにヴィヴィオがうなずき――
「………………っ」
ゆたかの表情が強張った。
見れば、行く手からセイン以下ナンバーズの面々――自分達をさらおうとした者達を前に、ヴィヴィオはおびえてゆたかの背後に隠れてしまう。
「……あ…………」
そして、向こうもこちらに気づいた。セインが声を上げ、両者は廊下の真ん中で対面する形で立ち止まる。
「………………何ですか?」
「何もないよ。
ただ通りかかっただけ」
ヴィヴィオが背後にいる以上、自分までおびえるワケにはいかない――懸命に勇気を奮い立たせ、尋ねるゆたかに対し、セインはあっさりとそう答える。
「まー、そっちがおびえるのも当然っスけどねー。
何しろ、あたしらはそっちの“器”を狙ってここにいるワケっスし」
「…………そうはいかないと思いますよ。
ジュンイチさんも、それをわかった上でみなさんを置いてるんですから。
何も考えてないはずないじゃないですか」
「しかし、彼は今ここにいない」
ウェンディに答えるゆたかに告げるのはディードだ。
「今の私達でも、この状況であなたを無力化し、“器”を確保するのは簡単なことです」
「そ、そんなことさせません!」
告げるディードに対し、ゆたかはヴィヴィオをかばうようにして声を上げる。
「ジュンイチさんからも、そういう時の対策はいくつか教わってるんですから!」
「へぇ……たとえば?」
「えっと……」
あっさりと返すセインに対し、ゆたかは“教わったこと”を思い返し、
「後ろから抱きついてきた人の足を思い切り踏みつけて、ひるんだところを逃げ出す、とか……」
「“さいるいすぷれー”とか、『悪い人がいるよー』って知らせる、おっきな音の出るお守りとか……」
「何スか、それ?
普通の人間の痴漢撃退法じゃないっスか」
だが、ゆたかやヴィヴィオが挙げた対策は、しごく常識的な範囲内のものだった。拍子抜けもいいところな回答に、ウェンディは肩をすくめてそうつぶやく。
あの柾木ジュンイチが教えたにしてはおとなしいものだ――そんなことを思いつつ、ノーヴェもため息まじりに二人に告げる。
「あのなぁ、お前ら。
そんなのが戦闘機人のあたしらに通じるはずが――」
「極めつけは、女子生徒の必須アイテム、縦笛を利用して放つ吹き矢です!」
「笛をふくフリして、つま先を狙うのがいいんだって言ってた!」
「一体何を教えてやがりますか、あのアホはっ!?」
いきなり“対策”の極悪度が跳ね上がった――二人の言葉に、セインは思わずツッコミの声を上げていた。
「……そうですか……
柾木ジュンイチの行動、あなた達なら把握しているかと思いましたが」
「炎皇寺往人以下、ヤツの人となりを知る者達が可能な限り予測しているのがせいぜいだ。
しかも、それすら当人達に言わせれば『あの男の行動など読めるものじゃない』という前提の上での、きわめて自信に欠けるものだ。
正直“目安”以上の効果は見込めまい」
ただ見舞いに来ただけではあるまいと思っていたら案の定――ジュンイチの行方について尋ねたオーレスだが、むしろこちらが教えてもらいたいぐらいだ。芳しくない回答に息をつくオーリスに、マスターコンボイは情け容赦なく追い討ちをかける。
「やれやれ……あの男の手がかりを得るためなら、いい感情を抱いていないここにまで出向くか。
まったく、対した執念だな」
「捜査と感情は別問題――あなた達のところのファイ・エアルソウルが言っていたことです」
ため息まじりにつぶやくマスターコンボイに答えると、オーリスは軽く息をつき、
「それより……聞きたいことは他にも」
「まだ何かあるの?」
聞き返すアリシアにうなずき返し、オーリスは告げた。
「先日保護された……ギンガ・ナカジマ陸曹のことです」
「……えっと……なのはさん達の病室は、と……」
残念ながらなのは達の復帰はノイエ・アースラ受領には間に合いそうもない――後から入院しておきながら一足先に復帰することに一抹の気まずさを感じながらも、ギンガはなのは達に復帰のあいさつをしようと彼女達の病室を探していた。
と――
「先日保護された……ギンガ・ナカジマ陸曹のことです」
(え…………?)
ある病室から聞こえてきた声に、ギンガは思わず歩みを止めた。
(今の声……オーリス三佐……?)
悪いとは思ったが、自分の名前が出ている手前気になった。ギンガは気配を殺して聞き耳を立て――
「聞けば、彼女はすでに退院、復帰の手はずになっているそうですね?」
「そうだが……それが何か問題か?」
「問題に決まってます!」
本気で首をかしげるマスターコンボイに対し、オーリスは苛立ちもあらわに声を上げた。
「つい先日まで、スカリエッティによって洗脳されていた人物ですよ!
それを、ケガが治ったからといって何の考えもなしにもう現場復帰ですか!?
これを問題と言わずしてどう言えというんですか!」
(………………っ)
オーリスの言葉は、聞き耳を立てていたギンガの心にナイフとなって突き刺さった――息を呑み、ギンガはヨロヨロと病室の扉から離れた。
「つい先日までスカリエッティに洗脳されていた」――オーリスの鋭い言葉が脳裏に響き渡る。
(そうだ……私はスカリエッティの戦力として、機動六課と敵対した……
ジュンイチさんと戦って、スバルとも……!)
自分のしたことに対する罪の意識――今まで自分なりに納得させていたものが、オーリスの言葉によって心の奥底から吹き出してくる。
気づけば、ギンガはきびすを返して走り出していた。
ホスピタルタートルの出口へ――
この場から、一秒でも早くいなくなりたくて。
「だが……本人の希望だろう。
当面の間は戦闘行動もドクターストップがかかっている。大丈夫だろう」
「それが甘いと言っているのです!」
ギンガがスカリエッティに操られていた――その事実を突きつけ、こちらを厳しく詰問するオーリスに、マスターコンボイはいきなり機嫌を損ねていた。ムッとしながら答えるが、そんなマスターコンボイにオーリスはさらに声を荒らげた。
「いいですか。
彼女は徹底的な洗脳を施され、さらには身体も改造されていたんですよ。
それに彼女を連れ戻した際の戦闘で、直接的な外傷はなくてもフィードバックダメージでそれなりのダメージは受けているんです。
精神的にも、身体的にも、まだ彼女の傷は癒えてないんです。それなのに、戦闘行動禁止、というだけの戒めで現場復帰などと……」
「………………
……ひょっとして……ギンガの身体を心配して言ってる?」
「当然でしょう!」
てっきり、「スカリエッティの洗脳が完全に解けた保証もないのに」的な、ギンガに対する否定的な意見かと思っていた――意外そうに尋ねるアリシアに、オーリスはキッパリとそう答える。
「忘れたんですか?
彼女はあの柾木ジュンイチの“妹”なんですよ――誰かのためならどんなムチャでも平気でやる、そんな男の姿をずっと見てきたんですよ。
断言してもいい。たとえ身体が完全でなくても、妹やあなた達に何かあれば、彼女は柾木ジュンイチのようにムチャをしますよ。
しかし彼女は柾木ジュンイチではない――彼女が彼と同じようにムチャをしても、彼と同じようにはきっといかない。
もしそれで彼女に何かあったら、あなた達は責任が取れるんですか!?」
「そ、それは……」
オーリスの言葉に、はやては反論もできずに黙り込み――
「なるほどな……そういうことか」
そこへ新たな声が乱入してきた。振り向けば、病室の入り口に軽く寄りかかり、イクトが軽くため息をついている。
「イクトさん……?」
「イクト教官……?」
思わずはやてやオーリスが声を上げるが、イクトはかまわずオーリスに告げる。
「部下思いのまっすぐなところは相変わらずか……
だが、その真意を明かす前に叱るべきところを叱る――その段階で“やりすぎて”しまうのは貴様の悪いクセだ」
「はぁ……
しかし、それをなぜ今このタイミングで……」
イクトの言葉に聞き返しかけて――オーリスの脳裏を“いやな予感”が駆け抜けた。
「…………ま、まさか……」
「そのまさかだ」
しかし、イクトはキッパリとオーリスに告げた。
「ギンガに聞かれていたようだ。先ほど泣きながら飛び出していったぞ。
あの様子だと、おそらく最初の部分だけしか聞こえていなかったろうな」
「って、イクトさんも見てたんなら追いかけてくださいよ!」
「確かに、そうするべきだったんだろうが……」
つまりは泣きながら飛び出していくのを黙って見逃したということか――思わず声を上げるはやてだったが、そんな彼女に対し、イクトは申し訳なさそうに視線を落とし、告げた。
「オレが追いかけても……二次災害でオレが帰ってこれなくなるだけだろうが……」
「ゴメンナサイ。私が浅はかでしたわ」
はやては迷わず頭を下げた。
「セイレーンとスキュラは“器”の探索に出ましたか」
「えぇ。もうとっくに。
オレもすぐに出ますよ」
新生瘴魔軍が根城にしている、衛星軌道上の廃棄ステーション――尋ねるザインに、リュムナデスはあっさりとそう答える。
「何だよ、またアイツらが外回りかよ」
「我らはお飾りではないのですがね」
そんなザインに不満を述べるのは好戦的な二人――自分達が未だ大きな作戦を任されていないのが不満らしく、サーペントやシードラゴンはザインに対し眉をひそめながらそう告げる。
「まったく、お前らが探索ってガラか?
シードラゴンやクラーケンは『ジャマだ』とか言って遮蔽物をまとめて吹っ飛ばしかねないし、サーペントは“別の意味で”草一本残しそうにない。
“怠惰”のモビィ・ディックは迷うことなくサボりそうだしな。
そろいもそろって探索には不向きだ。だから外されたのがわかんないかね? この人達はよぉ」
そんな二人に対し、不満を述べない二人も含めて“任されない理由”を告げるリュムナデスだったが、
「そういうことを言うものではありませんよ、リュムナデス」
リュムナデスをそうたしなめると、ザインはシードラゴン達へと向き直り、
「では……そこまで言うのなら、あなた達にも役目を与えましょう」
「本当ですか!?」
「えぇ。
ただし、今は派手に動くのは避けたいですからね……順番に、ひとりずつ出てもらいます。
今回は……」
顔を輝かせるシードラゴンに答えると、ザインは周囲を見回し、
「そうですね、モビィ・ディックに出てもらいましょうか」
「えー? オレっスか?
出られなくても別にいいっスよ? オレは」
「いえ、あなたです」
指名され、ゲンナリと肩を落とすモビィ・ディックに対し、ザインはあっさりと答える。
「機動六課の対策……それをあなたに任せます。
彼女達も“聖王の器”を求めていますからね……彼女達の動きを抑える役目を、誰かに頼もうと思っていたんですよ」
「だったら全員でかかればいいじゃないっスか。向こうは満身創痍だっつーのによぉ。
なんでオレだけ……」
「戦力を削るだけで留めたいからですよ」
往生際の悪いモビィ・ディックだが、ザインはかまわずそう答える。
「彼女達には、他の勢力に対するけん制の役目を担ってもらわなければなりません。ここで倒れられるのはこちらとしても都合が悪い。
しかし……復帰したメンバーの戦力が、思った以上に強化されてしまった」
「ハイパーゴッドオン……っスか?」
尋ねるリュムナデスに、ザインは無言でうなずいてみせる。
「アレが相手では、こちらも相応のダメージを覚悟しなければなりません。
そこで、アレへの手出しはひとまず避け、周りの戦力を各個撃破で叩くのです。
だからこそ単独での出撃――目立つ動きは、必要以上に相手の警戒を招きますから」
「各個撃破……というと、ちょうどいいターゲットが?」
「えぇ」
聞き返すシードラゴンに対し、ザインはうなずき、続ける。
「先ほど、斥候用下級瘴魔から連絡が入りました。
あちらで少々もめごとがあったのでしょう――メンバーのひとりが、何やら深刻そうな顔で部隊を離れた、と」
「なるほど……
ソイツをサクッと叩いて、さっさと帰ってくるだけでいいんスね?」
そのザインの言葉に安堵したようだ。立ち上がったモビィ・ディックの瞳にはやる気の炎が見て取れた。
「それなら楽でいいや――さっさと片づけて、残りは他のヤツらに押しつけるとしようかね」
「超瘴魔獣を一体つけましょう。
あなたはそれを差し向ければいいだけ――それなら簡単でしょう?」
「ありがとうございやす!
ますます楽な仕事じゃないっスか! ますますやる気が出てきたぜ!
そうと決まればさっさと済まして来まさぁ!」
ザインの言葉に首をコキコキと鳴らしながらそう答え、広間を出ていくモビィ・ディックをザインが見送っていると、
「ザイン様」
一方で、シードラゴンがザインに声をかけた。
「私にも出撃の許可を」
「シードラゴン……
襲撃はモビィ・ディックの役目として――」
「そちらではありません」
答えかけたザインだったが、シードラゴンは迷うことなくそう答えた。
「その隊員を探しに、他の隊員も出てくるはず。
その足止めをお命じいただきたい」
「…………なるほど。
そういうことですか」
シードラゴンの言葉に、彼の真意を読み取ったようだ。うなずき、ザインは彼へと向き直り、
「“傲慢”を司る魂に火がつきましたか」
「はい」
うなずき、きれいな動作で一礼した上で、シードラゴンは告げた。
「その実力、ぜひ確かめてみたいのです――」
「我らでも無傷では済まないという、ハイパーゴッドマスターの力を」
「はぁ…………」
クラナガン市街のとある公園――ベンチに座り込み、ギンガはひとりため息をついていた。
ため息の原因は、もちろん先ほどのオーリスの言葉――そしてそれに対する自分の軽率な行動だった。
(思わず飛び出してきちゃったけど……やっぱりマズイわよね……
でも……オーリス三佐の言葉どおりなら、私が六課にいたら、みんなに迷惑がかかるし……
どちらにしても、黙って出てきちゃったのはダメだから一度戻らなきゃ……あぁ、ダメだ。そんなことしたら、みんな私が出て行こうとするのを止めるに決まってる……)
「…………どうしよう……」
考えれば考えるほどに思考は堂々巡り――頭を抱えてギンガがうなずくと、
「『どうしよう』はこっちのセリフっスよ……」
「『飛び出して行っちゃった』って聞いて、あわてて探しに出てきてみたら、目の前で頭かかえちゃってさー」
《なんつーか……勝手に出てった事を責められる空気じゃねぇよな》
「え………………?」
すぐ目の前で口々に告げられた声に、ギンガは思わず顔を上げ――そこにはひよりとロードナックル・シロが困惑気味に並び立っていた。
さらに――
「大丈夫か? ギンガ」
「八神部隊長……!?」
ロードナックル・シロの背後から現れたのは意外な人物――姿を見せたはやてに対し、ギンガは思わず声を上げた。
「いたか!?」
「いや……
やはり、艦内にはいないようだ……」
同時刻、ホスピタルタートル――艦内を一通り駆け回り、合流したヴィータの問いにシグナムは息を切らせながらそう答える。
ちなみに二人とも全力疾走で艦内を一周してきた――未だ入院患者のままという立場でそんなことをすれば後で医者(この場合は鈴香と医官業務に復帰したシャマル)からのお説教が待っているのだが、今の二人にそんなことを気にしている余裕はない。
何しろ、自分達の知らない間にはやてが姿を消してしまったのだから。
おそらく、ギンガを心配して自らもケガを押して探しに出ていってしまったのだろう――そのはやてが今現在ロードナックル・シロやひよりと共にギンガと対面していることなど露知らず、二人は確認のために再度艦内を捜索しつつ、その行き先について頭を悩ませるのだった。
「……と、ゆーワケで、ギンガが気にすることは何もないよ」
「オーリスさん、ギンガさんを心配してたから……だから、病み上がりのまま簡単に復帰させたはやてさん達を叱るつもりだったんだそうです」
「そーそー。
ただ、話の一部だけを聞いちゃったからカン違いしちゃっただけで」
《明らかに言い回しをしくじったオーリス三佐なら、イクトの旦那からお説教だ。
あの人の説教はプレッシャーがすごいからなぁ……ご愁傷様だ》
「そう、なんだ……」
自分がオーリスの言葉に動揺し、ホスピタルタートルを飛び出していった後の経緯をはやて達から聞かされ、ギンガは静かにうなずいた。
だが、その表情はまだどこか重苦しい――自分が危険視されているワケではないとわかったのに、どういうことだろうか。不思議に思い、はやてとひよりは顔を見合わせ、
「…………どうしたんですか?
まだ何か心配事が?」
「うん……」
尋ねるひよりに答えると、ギンガは気まずそうに視線を上げた。
「みんな……怒ってましたか?
私が勝手に飛び出しちゃったこと……」
「え、えっと……」
その言葉に、ひよりは思わず視線を泳がせる――どうやら状況は悪いらしい。
「とりあえず……マスターコンボイさんからのイヤミは覚悟してくださいね。
なんか、『余計な仕事を増やしてくれる』っておカンムリだったんで」
「………………本当に、ゴメンナサイ」
これには素直に頭を下げるしかないギンガだったが――
「…………それだけじゃ、ないんじゃない?」
「………………っ」
不意に口を開いたのはロードナックル・シロだ――その言葉に、ギンガはビクリと肩をすくませる。
「だってギンガお姉ちゃん、みんなが怒ってるかどうかを気にしてるだけにしては、どこか怖がってるような感じするし……」
「…………かも、しれないね……」
告げるロードナックル・シロの言葉に、ギンガはそう答えて視線を落とした。
「オーリス三佐のことは、単なる誤解だってけど……本当に“そう”思ってる人だっているかもしれない……
私がこのまま六課に戻ったら、そんな人達が六課に何かしてこないとも限らないし……」
「そんなことは……」
《そんなヤツらがいたとしたら、って前提なら……ちょっかい出してくるだろうな、間違いなく》
答えかけたひよりだったが、ロードナックル・シロの肩からクロが告げる。
《管理局ってのは治安維持が仕事だ。犯罪者に対しては厳しく対処しなきゃならない。
たとえその人が無実だったとしても、無実だと公式な結論が出ない限りは“容疑者”として扱わなきゃならない。
それだけなら、まだいいんだけど……そんな概念が暴走して、犯罪者も容疑者も、問答無用で“悪”と決めつけちまうヤツも、中にはいるんだよ》
以前、自分達が関わった事件で対峙することとなった捜査官スィフトのことを思い出す――彼もまた、平和に対する想いが強すぎ、容疑者に対する強硬な捜査に走るようになってしまったひとりだった。
そんなクロの言葉にうなずき、ギンガは続ける。
「なのに、私が六課に戻ってもいいのかな、って……」
「そんなの――」
いいに決まってます――そう告げようとしたひよりの言葉が発せられることはなかった。
突如として、自分達の周囲で爆発が巻き起こったからだ。
「な、何や!?」
《攻撃か!?》
こんな街中で仕掛けてくるとは――いきなり平穏を打ち砕かれ、公園を訪れていた人達が悲鳴を上げ逃げ惑う中、はやてとクロが声を上げ――
そんな彼女達の前に、カメ種瘴魔獣ビルボネック――その強化体、超瘴魔獣ハイパービルボネックが姿を現した。
「さて……後はアイツに任せて、のんびるするかぁ」
ギンガ達の前に現れたハイパービルボネックは彼の差し金――退屈そうにあくびをしながら、モビィ・ディックは近くのビルの屋上、給水塔の上からギンガ達を見下ろしていた。
「まぁ、ザイン様は『念のために』ってコイツを持たせてくれたけど……使うこともねぇだろ。
オレ達ほどじゃねぇにしても超瘴魔獣だ。並の魔導師やトランスフォーマーにどうにかできる相手じゃねぇしな」
だが、彼女達にすでに興味はなかった。手の中の小箱をもてあそびつつ、モビィ・ディックは給水塔の上でゴロリと横になり、すぐにいびきをかき始めた。
時間はほんの少し――本当にほんの少しだけさかのぼり――
「ギンガ・ナカジマは見つかったか?」
「ううん、どこにも……」
一方、市街地の外れの港湾区画――尋ねるマスターコンボイの問いに、スバルは力なく首を左右に振る。
今のギンガの心理状態を考えれば、人気のある場所は避けるだろう。かと言って、完全に人気のないところにもぐり込めば逆に目立つ。人がおらず、かと言ってまったくいないワケでもない街外れが一番怪しい。
「お兄ちゃんの受け売りだけどね」と前置きしながらもそう推理してみせたスバルの言葉に従い、二人はこの一帯にギンガを探しに来たのだが――むしろギンガはそうスバルが考えるであろうことを読んでいたのだ。だからこそ、街中に向かい、公園でひより達に見つかったのだ。
「別の区画を探るか……」
「ですね……」
ともあれ、ここにいないとなればよそを探すまでだ。マスターコンボイのつぶやきにスバルがうなずき――
「――――――っ!?」
マスターコンボイの脳裏を、今まで感じたことのない異様な感覚が貫いた。
「何だ? この感覚……
何か……いる……?」
理屈はわからない。わからないが――なぜか、あちこちに“何か”を感じる。位置はもちろん、その存在の大小までもが手に取るようにわかる。
その感覚をあえて言葉に置き換えるならば“気配”が妥当だろうか――しかし、いつも察している気配とはどこか感じ方が違う。初めて感じる不思議な感覚に、マスターコンボイが眉をひそめると、
「これって……?」
スバルにも同様の異変が起きていたようだ。不思議そうに周囲を見回すが――ワケがわからないでいるマスターコンボイとは違い、彼女にはこの感覚が何なのかをおぼろげながら理解していた。
「“力”の気配が、今までよりもずっとクリアにわかる……?」
「何…………?
では、これが……?」
自分が今感じているのが、“力”の気配というヤツなのか――スバルの言葉に、マスターコンボイは引き続きなじみのない感覚を伝えてくる頭を右手で押さえながら顔をしかめた。
今まで、彼にとって気配といえば空気の流れやかすかな物音といった物理的な情報によるところが大きかった。非科学的な要素があったとすれば、相手から自分に向けられる破壊の意思――いわゆる殺気の類ぐらいだろう。
そんな自分が、なぜいきなりそんな感覚を得たのか――
「……ワケがわからん……」
ため息まじりにそうつぶやくマスターコンボイだったが、
「ひょっとしたら……ハイパーゴッドオンの影響かも」
少し考えながらそう告げるのはスバルである。
「だって、あたし達に変化があったとして、共通のきっかけみたいなものがあるとすれば……ハイパーゴッドオンくらいしかないじゃない」
「だとすれば、泉こなたにも、この知覚の変化が起きているかもしれんな……」
スバルの言葉にうなずくと、マスターコンボイはさっそく確認を取ることにした。通信回線を開くべく顔を上げ――
『――――――っ!?』
同時にそれを感じ取り――その意味を理解した。
「この魔力……ギン姉!?
八神部隊長やひよりもいるし……この人工的な感じのする“力”……シロちゃん!?」
「ヤツらに向かう敵意の“力”……敵か!?」
同時に声を上げ――直後の決断もまた同時だった。
「マスターコンボイさん!」
「わかっている!
オレ達もいくぞ!」
スバルの言葉にマスターコンボイがうなずき――
「それは困るな」
『――――っ!?』
突然告げられたその言葉に、スバルとマスターコンボイの背筋を寒気が走った。
あわてて振り向くと、そこにいたのは滑らかな曲線を描く装甲板に鋭いトゲを思わせる装飾を散りばめた鎧に身を包んだひとりの男が腕組みしながら立っていた。
「貴様……何者だ!?」
「瘴魔獣将、“七人の罪人”――“タツノオトシゴ”のシードラゴン」
声を上げるマスターコンボイに静かに答えると、男は腕組みを解き、
「貴様らの力……見せてもらう!」
「――――――っ!」
直後、叩きつけられる強烈な殺気にとっさにヒューマンフォームを解除するが――ガードが間に合わない。ロボットモードに戻ったマスターコンボイを、瞬時に間合いを詰めたシードラゴンが殴り飛ばし、その巨体を近くのビルへと叩き込む!
「マスターコンボイさん!」
バリアジャケットをまといつつ、思わずスバルが声を上げるが――シードラゴンはさらに彼女にも襲いかかった。ガードを固めたスバルを、そのガードの上から殴り飛ばす!
「そんなものか?
ハイパーゴッドオンとやらの力を見せてもらいたいのだがな」
「一撃入れたぐらいで、図に乗るなよ……!」
静かに告げるシードラゴンの言葉に、マスターコンボイは自分の上に降り注いだガレキ――かつてビルの一部であったコンクリート片を振り払いながら立ち上がった。
「そこまで見たいなら、その力で瞬殺してくれるわ!
スバル・ナカジマ!」
「はい!」
告げるマスターコンボイにスバルが答え、同時に跳躍した二人はシードラゴンの正面で合流、並び立って対峙する。
そして――同時に叫ぶ。
『ハイパー、ゴッドオン!』
………………
…………
……
「…………あ、あれ?」
しかし、何も起こらない――思わず顔を上げるスバルだが、視線を向けられたマスターコンボイも戸惑い、自分の両手に視線を落としている。
「マスターコンボイさん、まさか……!?」
「ハイパーゴッドオン、できない……!?」
つぶやくスバルに対し、マスターコンボイもまた困惑したままそううめき――
「どうした? ハイパーゴッドオンしないのか?」
そんな二人に対し、シードラゴンが静かに告げる。
「使うつもりがないのか? それともできないのか?」
言いながら、スバル達に向けて一歩を踏み出し、
「まぁ、どちらでもいいことだ。
そちらがそうなら……」
「せざるを得ない状況にしてやるまでだ」
その言葉と同時――スバル達にのしかかるプレッシャーが倍増した。
「こん、のぉぉぉぉぉっ!」
咆哮し、ひよりのゴッドオンしたブレイクアームが頭上で拳を合わせ、振り下ろす――が、
「――ダメ!?」
届かない。ハイパービルボネックの眼前に展開された力場が防壁となり、ひよりの手にはまるでしなやかなバルーンを殴っているような柔らかな手応えしか帰ってこない。
「ひよりちゃん、どいて!」
続いて、ロードナックル・シロが殴りかかるが――やはりダメだ。彼の拳もまた、ハイパービルボネックの力場によって受け止められてしまう。
突然の襲撃に対し、はやてがとっさに結界を展開。一般人を避難させることには成功したものの、未だ経験値が高いとは言えない対瘴魔獣戦、しかも超瘴魔獣を相手とした戦いに、ひよりもロードナックル兄弟もペースを握れず、完全に攻めあぐねていた。
「ひより! シロくん!
やっぱり私も――」
「ギンガさんは下がってて!」
「戦闘はマリーさんから止められてるでしょ!?」
どう見ても苦戦している――参戦しようとするギンガだったが、そんな彼女にはひよりとロードナックル・シロが二人がかりで待ったをかける。
「で、でも、二人の攻撃じゃ……!」
しかし、ギンガの懸念ももっともだ。ハイパービルボネックの強靭な力場の前に、二人の攻撃は本体には未だ一発も通っていないのだから。
「はやてさん、ギンガさんと!」
「わかっとる!
ギンガ、こっちや!」
「や、八神部隊長!?」
ギンガは病み上がり、自分は病院を抜け出してきた重症患者――皆まで言うまでもなくはやてはひよりの意図を察していた。ギンガの手を取り、戸惑うギンガにかまわずその場からの離脱を試みる。
それを見て、ハイパービルボネックははやて達を追おうと一歩を踏み出し――
「させない――よっ!」
ロードナックル・シロがそれを阻んだ――すくい上げるように繰り出した拳がハイパービルボネックの力場に打ち込まれ、力場の弾力によって発生した反動とロードナックル・シロの腕力の合わせ技によってその頑強な体躯を空中に跳ね上げる!
「防御を抜けなくたって、足止めする方法なんかいくらでもあるってことだよ!」
「シロくん、ナイス!」
空中に打ち上げられ、ハイパービルボネックの身体が地面に落下する――ガッツポーズを決めて告げるロードナックル・シロの言葉にひよりが賛辞の声を上げるが、対するハイパービルボネックは何事もなかったかのように立ち上がってくる。
だが――こちらが警戒に値する相手だとは理解したようだ。ゆっくりとひより達へと向き直り――背中のカメの甲羅、その両肩付近を守る部分がバクンッ、と音を立てて開かれた。
その中から姿を現したのは、甲羅と同じ素材でできた円筒形の“何か”だった。
肩の形状を変化させたハイパービルボネックの姿は、まるで両肩に大砲を担いでいるかのようないでたちで――
「あ、あれって……?」
「なんか……イヤな予感しかしないんだけど……!」
その“何か”の中から何やら低い振動音が響いてくるのを聴覚にあたるセンサーが感知し、ひよりとロードナックル・シロがつぶやき――
次の瞬間、ハイパービルボネックの両肩の円筒――生体圧縮水弾砲から、瘴魔力をふんだんに込めた水の塊が、二人に向けて撃ち出された。
「八神部隊長! 放してください!」
一方、はやてとギンガ――ハイパービルボネックから逃れたといっても結界がある以上あまり遠くへは逃げられない。結界内、公園の片隅の茂みまで駆けてきたところで、ギンガははやてに向けて声を上げた。
「早く戻らないと!
私も病み上がりとはいえ、戦えないワケじゃないんです! せめて他の人達が助けに来てくれるまで、シロくん達の援護をするくらい……」
「わかっとる」
告げるギンガだったが、はやては落ち着いた口調でそう答えた。
「私も、ギンガの気持ちはわかってる。
病み上がりの隊員を現場に放り出すなんて、オーリス三佐の言うとおり部隊長としては失格なのかもしれんけど……それでも、私はギンガの意思を尊重したい」
「だったら――」
「でも……その前に、伝えておきたいことがあるんよ」
言いかけるギンガにそう告げると、はやては彼女の両肩をつかみ、落ち着いた口調で続けた。
「知っとるやろ?
私も……“闇の書事件”のアレやコレやで、で今のギンガと同じような立場やってことは」
「………………っ、はい……」
語り始めたのは、はやてにとって大きな転換点となった、10年前の戦いの一幕――告げるはやての言葉に、ギンガは思わず息を呑みながらも、それでも何とかうなずいてみせる。
「サイバトロンや宇宙連合にしてみれば“GBH戦役”の一幕にすぎんかったんやろうけど、管理局にしてみれば自分トコのお偉いさんまでからんだ大事件――
当然、その事件の鍵やった私が、それまで保護観察処分の一環で局の仕事に関わっていたとはいえ、正式に局入りすることになって悶着が起きんはずがなかった。
その頃はけっこうアレコレ言われて、けっこう凹んで……ジュンイチさんと出会ったのは、ようやくそんな時期のことを笑い話にできるようになった頃のことやった」
「え………………?」
なぜここでジュンイチの名前が出るのか――ギンガが思わず首をかしげるが、はやてはかまわず続ける。
「つまりは“擬装の一族事件”の時やね――途中、“擬装の一族”対策のために修行した時、偶然ジュンイチさんにその頃のことを話す機会があったんよ。
そしたらジュンイチさん、何て返したと思う?」
そこで一度言葉を切り――はやては苦笑まじりに告げた。
「『だから何?』って一刀両断した挙句、自分のやらかした戦いの中での悪手の数々、かたっぱしから列挙してくれたんよ。
で、最後に一言――『これだけやらかしてても、やらなきゃならないことはやらなきゃならないんだよ』ってな」
「………………」
なんとなく、はやての言いたいことがわかった――彼女の話に、ギンガは無言で耳を傾ける。
「ジュンイチさんだって、自分の“やらかしたこと”に対して罪の意識を感じてないワケやない。
ううん……それどころか、きっと私以上に、自分の“罪”に対して負い目を感じてる。それは、ギンガの方がよくわかると思う。
でもな……それでもあの人は戦ってる。
それでもやらなきゃならないことがあるから。守りたい人達がいるから……」
そして――はやてはギンガに告げた。
「あの時ジュンイチさんが言ってたこと――覚えてる限り正確に言うな。
『罪を悔やむのはいい。そのせいで悩むのもかまわない。
けど……』」
「んきゃあっ!?」
「ひよりちゃん!?」
引っかけた程度だが、とうとうよけきれずに被弾を許してしまった――左肩に水弾を受け、弾き飛ばされたブレイクアームの姿に、ロードナックル・シロが声を上げる。
《足止めてっからそーなんだ!
当たりたくなきゃ動け! 砲撃タイプにゃ機動性で対抗! 基本だろーが!》
「そう言うならこの重装備で飛んだり跳ねたりしてみろーっ!」
声を上げるクロに、ひよりは吹っ飛んだ先でガバッ!と身を起こしてひよりが苦情を申し立てる。
だが、ひよりの怒りももっともだ。突撃仕様であるところまでは共通でも、“かわして殴る”を基本とするロードナックルに対しブレイクアームの基本スタイルは“耐えて殴る”だ。当然装甲は厚く、重量もある。
挙句、普段は背中にマウントされている打撃用のイグニッション・ウェポン“カーボンフィスト”の重量も加わり、その機体は決して身軽とは言えないのだ。ひよりの言うとおり、これで飛んだり跳ねたりはちょっと辛い。
だが、クロの、そして彼の弟の回答は薄情なもので――
《機体がムリならお前ががんばれ!》
「ひよりちゃんならきっとできる! 自分を信じてゴーゴーゴー!」
「私自身インドア系ぃーっ!」
キッパリ言い切るクロやロードナックル・シロの言葉に、ひよりは力いっぱい言い返し――
『《って、のわぁぁぁぁぁっ!?》』
そんな彼女達に、ハイパービルボネックの水弾がまさしく雨アラレと襲いかかった。あわてて散開し、ひよりとロードナックル兄弟はその攻撃を回避する。
「耐えられない、かわせない攻撃じゃないけど……!」
《飛び込んでぶん殴ったところで、アイツの力場を抜けやしねぇ!》
「せめて、アレを破れるくらいの攻撃が撃てる魔力があれば……!」
再び合流し、悪態をつくロードナックル兄弟にひよりが同意すると、
「それでも……やるしかないなら、やるしかないんじゃないかな?」
「え………………?」
突然のその声にロードナックル・シロが見下ろすと、そこにはいつの間に戻ってきたのか、ハイパーベロクロニアをしっかりとにらみつけるギンガの姿があった。
「ぎ、ギンガお姉ちゃん!?」
《逃げろっつったろ! はやての姐さんは何やってんだよ!?
ひより!》
「あいあいさーっ!
ゴッドアウト!」
驚く兄弟の言葉にうなずき、ひよりは素早くゴッドオンを解除――ギンガのとなりに降り立つと彼女の手を取り、
「ほら、ギンガさん!」
言って、ギンガを連れてこの場を離れようとするひよりだったが――
「大丈夫」
ギンガの手はビクともしない。懸命に引っ張るひよりだが、そんなひよりにギンガは優しくそう告げた。
「なんとなく……つかえてたモノが取れたみたいだから」
そう告げると、今朝再び自分の手に戻ってきたばかりの相棒、待機状態のブリッツキャリバーを握りしめる。
手の中で自分の想いを受け取った相棒が独自の判断で起動――バリアジャケットが、リボルバーナックルが、そして本来の姿を現したブリッツキャリバーが装着されていく。
スバル達の強化版と同じ強化が施された相棒が足元で力を蓄えていくのを感じながら、静かに精神を集中させていく。
その胸中に去来するのは、先ほど聞かされた“二人目の師”であり、あらゆる意味でその背中をずっと追い続けている“彼”の言葉――
(『罪を悔やむのはいい。そのせいで悩むのもかまわない。
けど……悩みを理由にして、歩みを止めるな。先に進むことをあきらめるな。
答えを出して前に進め――答えが出ないなら、答えを探して前に進め』……)
流れるような動作で左拳をかまえ、ギンガはゆっくりと目を見開き、自分――新たな乱入者に対し対応を決めかねているように首をかしげているハイパービルボネックを視界の中央に捉える。
(ジュンイチさん……私、あきらめずに歩いていきます。
いつの日か、その背中に手が届くまで……!)
決意を新たにし――まずは目の前。ハイパービルボネックに告げる。
「すみません。そこをどいてもらいます。
一歩一歩、立って進む――そこにいられるとジャマなんです。
そこは――」
「私の進む“道”です!」
瞬間――ギンガの身体からそれが吹き出した。
つい先日、ひよりも、ロードナックル兄弟も目にしたその輝きは――
「“カイゼル・ファルベ”……!?」
すでになのは達からそういう名だと説明は受けた――呆然とつぶやき、同時にひよりの脳裏に「あれ?」と疑問がよぎった。
先日スバル達がその力を発現した際、彼女達はマスターコンボイとカイザージェット――それぞれのトランステクターとシンクロすることによって発現させていた。
それなのに、ギンガは――
〈…………適格者の適正クリアを確認〉
聞こえてきた電子音声は自分の背後から――振り向き、ひよりはそれを目の当たりにし、今度こそ驚愕の叫び声を上げていた。
「って、シロくん!?」
〈システムロック、解除。
既存システムとのデータリンク、プログラム同期開始〉
そこには、直立不動の姿勢で動きを止めるロードナックル・シロの姿――ひよりの言葉にも答えず、その場でデータの更新を始めているその姿もまた、“カイゼル・ファルベ”の虹色の光に包まれていた。
〈更新完了、“オリジナルモード”、TDシステムとのリンクを確認。
通常モードに復帰……っとと……」
だが、それもすぐに終わる――意識を取り戻し、ロードナックル・シロはまるで人間が眠気を振り払うかのように頭を振ってみせた。虹色の輝きはそのままに。
「シロくん?」
「ご、ゴメン……
なんか、ボク達のAIの制御よりも上位権限でいきなり乱入してきたシステムがあって……」
尋ねるひよりにそう答えると、ロードナックル・シロは自分の頭をコンコンと叩き、
「けど……おかげでできることが増えたし、ちょっとだけ知らなかったこともわかった」
《つっても、データが隠しファイル化されてただけなんだけどな。
だから正確には“忘れてた”って方が正しいか》
そう兄が付け加える言葉にうなずくと、ロードナックル・シロはギンガへと向き直り、
「そんなワケで、ボクはいけるけど……ギンガお姉ちゃんは?」
「それを今聞きます?」
ギンガの方は状況を理解しているのか、あっさりとうなずいてみせて――
「え、えーっと……なんか、私、置いてきぼりなんですけど……」
一方でひよりは状況について来れていなかった。ポリポリと頬をかく彼女の、そしてブレイクライナーの元にも、ギンガ達の放つ虹色の魔力、その粒子が流れてくる。
と――
「……え? あ、あれ?」
突然、自分の周りの虹色の光が勢いを増した――数秒送れて、ひよりはその輝きがギンガ達の方から流れてくるものではなく、自分の身体の中から湧き出てくるものだと気づいた。
「こ、これ……!?
ギンガさんの魔力に、反応して……!?」
自分もトランステクターを手に入れ、魔法についてもある程度アルテミスから講義を受けているが――彼女の場合はあくまで知識だけだ。未だデバイスも持たず、魔力を行使する場があるとしたらゴッドオンしている間だけだった自分の魔力が、どうしてこの場であふれ出してくるのか――
(…………だからこそ、逆に身体の中で有り余ってたのかもしれないっスけどね……)
それがギンガの“カイゼル・ファルベ”に触発されるような形でこうしてあふれ出て――いや、引きずり出されてきたのではないか。自分の持ちうるSF関係の知識から勝手にそう結論づけ、ひよりはチラリと視線を動かし、ブレイクライナーからも虹色の光があふれ出していることを確認する。
もはやためらう理由はない――何しろ、自分達は“前例”を目にして、その力の使い方を知っているのだから。
だからこそ――ギンガとひより、そしてロードナックル・シロは視線を交わし、叫ぶ。
『ハイパー、ゴッドオン!』
その瞬間――ギンガとひよりの身体が光に包まれた。虹色に輝く光の粒子となり、ロードナックル・シロの中に、そしてブレイクライナーの中に消えていく。
「ブレイクライナー、トランスフォーム!」
そして、ひよりの宣言と共にブレイクライナーがその姿を変える――ロボットモードへとトランスフォームし、二人のハイパーゴッドマスターがハイパービルボネックと対峙する。
そんな彼女達を脅威と判断したか、ハイパービルボネックは両肩の砲門をギンガ達に向けるが、
「今さら、そんなので!」
ギンガ達には通じない。ひよりの咆哮と共に、突撃した彼女の拳がハイパービルボネックを殴り飛ばす!
ハイパーゴッドオンを遂げた彼女達の拳は、今まで貫けなかった“力”の防壁を難なく突き破った。繰り出された拳を受け、ハイパービルボネックの身体が宙を舞い――
「ギンガさん! シロちゃん!」
「わかってます!」
「いっくぞーっ!」
「オレもいるんですがねぇ!?」
吹っ飛ばされる先にはギンガ達がいた。ギンガ、シロ、クロの叫びが交錯し――振り下ろされた両の拳が、ハイパービルボネックを大地に叩きつける!
「で? どうします? ギンガさん」
「ジュンイチさん達からは、瘴魔獣には対話が可能な個体もいるって聞いてますけど……目の前のこの子がそういうタイプだとは思えないですね……」
尋ねるひよりにそう答え、ギンガはしばし考え、
「それに……素直に捕まってくれるとも思えないし、倒して捕縛、っていうのも、ヘタに傷つけて巨大化を招く危険も……
貴重な情報源ではあるんですけど……撃破する以外にないですね」
「でも……いくらハイパーゴッドオンしてるとはいえ、ちょっと骨じゃないですか?
ギンガさん達はどうかは知りませんけど……私、けっこう本気で殴ったのに、アレですよ」
結論を出したギンガに答え、ひよりは強烈な一撃を立て続けにくらってもなおヨロヨロと立ち上がるハイパービルボネックへと視線を戻す。
「『ハイパーゴッドオンまでしておいてまだ欲張る気か』とか言われそうっスけど……もう一声、ダメ押しが欲しいっスねー……」
「ないものねだりをしてもしょうがないわ。
なんとかこのまま……」
つぶやくひよりにギンガが答えた、その時――
「ひより! ギンガさん、ロードナックル!」
突然の声に二人が顔を上げ――ちょうどその場に駆けてきたのはみなみのトランステクター、ニトロライナーだ。すでにゴッドオンしていたのか、彼女達の目の前でロボットモード、ニトロスクリューへとトランスフォーム、着地する。
「みんなも気づいて、こっちに向かってます。
なんとかこの場を押さえて……って、二人とも、ハイパーゴッドオンを!?」
告げるが――途中でようやくギンガ達の状態に気づいた。みなみが驚きの声を上げるが、当のギンガ達はそんな彼女の驚きにかまうつもりはなかった。
いや、正確には他の事を考えていて気づいてすらいなかった――しばしの思考の末、同時に顔を見合わせる。
「ねぇ、ギンガさん……」
「多分、私も同じことを考えた……」
「ボクも……」
「オレも」
それぞれが言葉を交わし――次の瞬間、ギンガとひよりは二人でみなみの、ニトロスクリューの肩をガッシリとつかみ、
「と、ゆーワケだからみなみちゃん」
「何も聞かずに、私達に付き合ってほしいっス!」
「え? え?」
完全に――それこそ先ほどのひよりを上回る勢いで――置いてきぼりのみなみだったが、そんな彼女にかまわず、ひよりはあるシステムを起動した。
そう――
みなみとの、ゴッドリンクのプログラムを。
「ニトロスクリュー!」
「ブレイクアーム!」
『ロードナックル!』
みなみが、ひよりが、そしてギンガとロードナックル兄弟が――それぞれが名乗りを上げ、頭上に大きく跳躍し、
『ハイパー、ゴッド、リンク!』
咆哮と同時、それぞれのボディが合体に向けて変形を開始する。
まず、同時にビークルモードへとトランスフォーム。ロボットモード時にボディを形成する先頭部分を車体上方に90度起こすと、前方を向いている底部を180度回転することで車体後方に向ける。
さらに車体後方が数ヶ所に渡ってスライド式に延長。内部に隠されていた関節部が露出し、それぞれ左半身、右半身への変形が完了する。
互いに変形を完了し――二人は向かい合うように合体、ひよりのブレイクアームを右半身、みなみのニトロスクリューを左半身としたひとつのボディとなる。
両肩となった先頭部分の下部からジョイント部分が露出すると、そこに飛び込んできたのがギンガのゴッドオンしたロードナックル・シロだ。ビークルモードにトランスフォーム。車体脇のアームに導かれる形で後輪が前輪側に移動、前輪を含めた4つのタイヤが整列し、車体後尾には合体用のジョイントが露出、左腕へと変形、本体へと合体する。
ブレイクアームのカーボンフィスト、その右腕部分が本体に合体、右腕を形成し、余った左腕部分はその右腕でしっかりとつかみ、棍棒として力強く振るってみせる。
最後にブレイクアームの変形した右肩が開くと中からロボットモード時の頭部が射出され、彼女達が合体して形成されたボディに改めて合体する。
すべてのシステムが問題なく起動し――ひとつとなったギンガ達は高らかに名乗りを上げる。
『連結、合体! ナックルライナー!』
「こ、これって……!?」
「説明もなしにつき合わせちゃってゴメンね、みなみちゃん」
「時間もなかったし、勘弁っスよ!」
ワケもわからないままつき合わされ、気がつけばギンガやロードナックル・シロまで交えた新合体――事態についていけず、呆然とつぶやくみなみに対し、ひよりやギンガは同じ身体の中からそう謝罪し、
「その話も後にした方がいいと思うんだがな、オレは」
「アイツ、そろそろ来るよ!」
そう告げたのはロードナックル兄弟だ。見れば、先のダメージから立ち直ったのか、ハイパービルボネックはこちらに向けて怒りの込められた唸り声を上げている。
と――突然その身体が膨張した。ボコボコと気味の悪い擬音と共に、その身体が人間サイズのそれから、合体し、一回り大きくなったナックルライナーとほぼ同じぐらいの体格まで一気に巨大化する。
「お、大きくなった!?」
「これが、話に聞いた、瘴魔獣の巨大化……?」
「違うよ」
警戒し、声を上げるひよりとみなみだったが、ギンガはそれをあっさりと否定した。
「瘴魔力の反応が増大してない……ナックルライナーと戦いやすいように、身体のサイズだけを大きくしたんだ」
「そんなことができるんですか?」
「瘴魔獣の肉体は、物質化するくらいまで高密度に集まった瘴魔力の粒子の集合体らしいから……」
聞き返してくるみなみにギンガが答えると、
「……あのー……」
口をはさんできたのはひよりだった。
「……その理屈で今の巨大化って、むしろ負けフラグな気がするのは気のせいっスか?」
「大丈夫。たぶん気のせいじゃないから」
ひよりに答えると、ギンガは言葉よりも実際に見せることにした。ひより達に断りを入れると身体のコントロールを一時的にすべて預かり、一気にハイパービルボネックに向けて突撃し、
「だって!」
左拳で一撃を叩き込んだ。振り上げたアッパーカットがいともたやすくハイパービルボネックのアゴを打ち上げ、
「身体だけ大きくしたから!」
続けてボディ――腹に打ち込まれた拳によって、ハイパービルボネックの身体が「く」の字に折れ曲がり、
「一ヶ所ごとの“力”が弱まってる!」
仕上げは右手の棍棒――振り下ろした一撃が、ハイパービルボネックを大地に叩きつける!
「身体だけ大きくしても、ただ取っ組み合いが“やりやすくなる”だけ。
それでパワーが落ちてたら意味はないんですよ」
まるで講義でもするかのように告げるギンガだが、殴られまくった当人にとってはそれどころではない。なんとか身を起こすものの、ダメージは深く、すでにフラフラの状態だ。
まだギンガしかその力を見せていないというのにこれでは……
「なんていうか……一方的ですね。
合体しなくても倒せたんじゃないですか?」
「うーん……
正しくはこっちの合体に焦って悪手に出た瘴魔獣が勝手に弱体化しちゃっただけ、なんだけど……」
「まぁ、いいんじゃないっスか?」
尋ねるみなみにギンガが苦笑するが、そんな二人にはひよりが答えた。
「勝てるんなら、それはそれで結構っスよ。
いいんじゃないっスか? 『お前が弱いんじゃない。オレが強すぎるんだ』的な感じで」
「それもどこかのマンガの引用?」
ひよりの言葉にクスリと笑い――ギンガは気を取り直して彼女達やロードナックル兄弟に告げた。
「じゃあ、ひよりの提案にしたがってこのままフィニッシュ!
みんな――いくよ!?」
『了解っ!』
『フォースチップ、イグニッション!』
ひより、みなみ、ギンガ、そしてロードナックル兄弟の叫びが交錯し――ミッドチルダのフォースチップが飛来した。そのまま、ナックルライナーのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
それに伴い、ナックルライナーの両足と右肩、そして左腕に合体したロードナックル・シロの装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
そう告げるのはナックルライナーのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
Final break Stand by Ready!〉
再び制御OSが告げる中、ナックルライナーはギンガの操作で左拳をかまえ、
「いっけぇっ!」
ひよりが思い切り地を蹴った。強靭な力が思い切りその巨体を前方に押し出し、一直線にハイパービルボネックへと突っ込んでいく。
そして――
『ナックル、インフィニット、クラッシュ!』
渾身の力で、その左拳をハイパービルボネックに向けて叩きつける!
さらに、右手の棍棒で一撃――そのまま左の拳と右の棍棒、それぞれで立て続けに何度も殴りつける。
両手の打撃が交差するような軌道で叩きつけられ、、また振り上げられて打ち下ろされる――その軌跡は技の名前の通り「∞」の記号に見えないこともない。
そんな、技の名前どおり無限に続くかと思われたラッシュの果てに――
『鉄拳――制裁!』
フィニッシュとばかりに残りの“力”を左拳に――最上段からまるで唐竹割りのようにまっすぐ振り下ろし、ハイパービルボネックの身体を粉々に打ち砕く!
そして巻き起こる大爆発――周囲でくすぶっていた残留エネルギーが大爆発を起こし、ハイパービルボネックの身体は完全に四散、消滅していった。
「すみません!」
「い、いえ……
顔を上げてください、オーリス三佐!」
突然三佐の地位にある人物から頭を下げられても、正直陸曹の身に余る――ホスピタルタートルに戻るなりオーリスから深々と頭を下げられ、ギンガは心の底から困惑していた。
「いえ。そうはいきません。
あなたに向けたものではないとはいえ、誤解を招く言い方をしてあなたを傷つけてしまったのは私なのですから」
「……とりあえず、素直に謝罪を受けてはくれないか?
一度『こう』と決めたら、そこに非がない限りオレが言っても聞かないんだ、コイツは」
「昔からこの極端さには何度も注意しているんだが……」とため息をつき、イクトが傍らからギンガに告げるその一方で――
『《…………ゴメンナサイ》』
「それで済むと思ってるんですか!」
「まったく、みんながどれだけ心配したと……!」
病院を抜け出し、ギンガの元に向かったはやては医師二人からお説教中――状況からして間違いなく加担していたと思われるひよりやロードナックル兄弟と共に、ホスピタルタートルの格納庫の冷たい金属の床に正座させられ、シャマルと鈴香から延々と叱られていた。
「でも……」
そんな、怒りと後悔と困惑と諦観と――その他いろいろの感情がないまぜになったカオス空間から意識をそらし、フェイトはティアナ達と話しているみなみへと視線を向けた。
「みなみの話だと……ギンガとひよりも、ハイパーゴッドオンしたんだよね?」
「そのみなみがひよりから聞いた話だと……ひよりのはギンガのが影響したみたい」
「で、そのギンガのハイパーゴッドオン相手はトランス“デバイス”であるはずのロードナックル、か……」
フェイトの言葉になのはが、ヴィータがつぶやき――3人は同時に確信した。代表してなのはがつぶやく。
「ひょっとしたら……」
「アリシアちゃんとあずささんと霞澄さんが、ギンガの捜索からそのままそろってゲンヤさんのところに顔出しに行ったのって、今回のことの追及から逃げたからなんじゃ……?」
「………………スバル・ナカジマ」
「…………はい」
その一方で、あからさまに空気の沈んでいるのが2名――声をかけてくるヒューマンフォームのマスターコンボイに、スバルは力なく応じた。
「…………負けたな」
「うん……」
告げるマスターコンボイにうなずき返し――スバルは昼間、ギンガを探しに行った先で起きたことを思い返した。
「………………モビィ・ディックの手駒が敗れたか……」
その様子は、“力”の知覚によって察知されていた――ハイパービルボネックの敗北を感じ取り、シードラゴンは静かにつぶやいた。
「となれば、ここらが潮時か……
今はヤツらの方に向かっている敵戦力も、いずれここにやってくるだろうからな」
そして、シードラゴンは息をつき――
「……ま、待って、よ……!」
そんな彼に声がかけられた。
「まだ……終わって、ないよ……!」
スバルだ――マスターコンボイにゴッドオンした状態で、シードラゴンに向けて告げる。
だが、その形態はハイパーウィンドフォームではなく、通常のウィンドフォームだ。結局ハイパーゴッドオンできず、やむを得ず通常のゴッドオンで対抗したのだが――
「終わりだ。
理解したはずだ。通常のゴッドオンではオレの“傲慢”には勝てん」
シードラゴンの言うとおり、結果は言い訳の余地もないほどの惨敗――実際、今もスバル達はビルの一角にめり込むように叩き込まれ、身動きすらできない状態となっていた。
「そして、そこまでやってなおハイパーゴッドオンしないということは、貴様らは自分の意思で自在にハイパーゴッドオンできないということ――
ハイパーゴッドオンの力を見極めたいオレにとって、お前らと戦う価値はもはやない」
《ふざ、けるな……!》
うめくように言い返すマスターコンボイだが――彼の操作でも、その身体はピクリとも動かない。それほどまでにダメージが深いのだ。
「…………どうやら、この場をこのまま屈辱的に締めた方が期待は持てそうだな」
そして、そんなマスターコンボイの、未だ衰えを見せない闘志にシードラゴンは何かを感じたようだ。満足げにうなずいてみせると、そのまま彼らに背を向けた。
「借りを返したくば、ハイパーゴッドオンを一刻も早くモノにするんだな。
でなければ……この屈辱、何度でも味わうことになるぞ」
そう告げて――シードラゴンは通信でモビィ・ディックに撤退を促しながらその姿を消していった。
「いいように、やられたな……」
「うん……」
再び告げるマスターコンボイに、スバルは再びうなずいた。
その理由――今となっては明らかだった。
「あたし達……ハイパーゴッドオンに頼ってた。
強い敵が来ても、あの力があれば大丈夫、って……心のどこかで油断してた」
「その甘えが、ハイパーゴッドオンを阻んだ、か……」
同様の結論に達していたのだろう。マスターコンボイはため息をつき、
「だが……それがわかったのなら、後は前に進むのみだ」
そう告げて、マスターコンボイはスバルへと向き直った。
「甘えが障害となるなら……甘えない。
ハイパーゴッドオンの力を期待しているアイツには悪いが、オレ達は今のまま、今よりさらに強くなる」
「……そうだね」
そんなマスターコンボイの言葉に、沈んでいたスバルの顔にも笑顔が戻った。マスターコンボイに向けて拳を突き出し、
「マスターコンボイさん。
もっともっと、強くなろう!」
「おぅっ!」
スバルの言葉に、マスターコンボイはやる気の込められた返事と共に自らの拳を彼女の拳とぶつけ合わせ――
「何々? 何の話?」
そんな二人のやり取りを聞きつけ、寄ってきたのはこなただ。
「別に、何でもない」
「うーん、怪しいな?
ほらほらー、お姉さんにも話してごらんよぉ♪」
「誰が姉だ。
オレは貴様らよりもはるかに年上だ」
「その身体になってからは生後1年未満だよね?」
「スパーク自体の年齢で換算しろぉっ!」
「そっか……じゃあ、あたしもマスターコンボイさんのお姉さんなんだ」
「スバル・ナカジマ! 貴様も乗るんじゃないっ!」
こなたの乱入によって、先ほどの空気もどこへやら。スバルとこなたのやり取りにマスターコンボイがツッコむ(ツッコまざるを得ない?)最近の定番とも言えるやり取りになってしまう――が、それだけに彼らは気づけなかった。
そんな彼らを、ティアナとかがみがどこか不機嫌そうな顔で見つめていることに――
そして、それがまた新たな騒動を呼び込む火種となるのだが、それはまた次の話で――
なのは | 「最近、私達の出番が減ってるような気が…… まぁ、入院してるし、ある意味しょうがないんだけど……」 |
ジュンイチ | 「安心しろ」 |
なのは | 「ジュンイチさん……?」 |
ジュンイチ | 「次回もお前らに見せ場はない」 |
なのは | 「え?」 |
ジュンイチ | 「次回はかがみとティアナの出番だからな」 |
なのは | 「お?」 |
かがみ | 「任せてください!」 |
ティアナ | 「なのはさん達がいない分、あたし達がやらなきゃ!」 |
なのは | 「な?」 |
ジュンイチ | 「早く復帰しないと、出番がないまま事件が終わっちまうかもなー♪」 |
なのは | 「え? が、がんばります!」 |
ティアナ | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第80話『魅せろ乙女のド根性! 〜天空制覇・ジェットライナー〜』に――」 |
4人 | 『ハイパー、ゴッド、オン!』 |
(初版:2009/10/03)