「………………あら?」
あらかたの物資を運び終え、出航を待つノイエ・アースラ――ふとレクルームの前を通りかかり、ギンガはそこに見知った顔を発見した。
ひよりだ――広げたノートを前にして、うんうんとうなり声を上げている。
彼女には先日気を遣わせてしまったばかりだ――借りを返すなら今だとばかり、ギンガはひよりに声をかけた。
「ひより、どうしたの?」
「あぁ、ギンガさん。
いやー、マンガのネタがなかなか浮かばなくて……」
「あー、そうなんだ……」
要するにスランプというヤツか――とりあえず、声をかけた手前何かアドバイスできないものかとギンガは思考をめぐらせ、
「……いつもは、どうやってネタを考えてるの?」
「うーん……一概には言えないんですけど……
……私は実体験とか、けっこう参考にするかな……?」
「え――――――?」
その言葉に――ギンガの動きが止まった。
「………………実体験……?」
そうつぶやき、うつむいた頬がみるみるうちに赤く染まっていき――
――がしっ。
その肩を、ひよりは思わずつかんでいた。
「………………見たんですか?」
「え? えっと、その……」
「見たんですね!?」
恥ずかしそうに視線をそらすその態度が何よりの証拠だ――気まずそうにしているギンガに問いを重ねると、ひよりは思わず頭を抱えた。
ギンガの様子からして、彼女の身に何が起こったかを推測するのは簡単だった。
要するに――見たのだ。
自分の書いた同人誌を。
しかも、いわゆる“赤”系――すなわち“良い子は見ちゃいけないレッドゾーン”的な分類のものを。
そしてそんなことをやらかしそうな人物――こちらも悲しいことに簡単に想像がついてしまった。
自分が世話になっているこの機動六課で“こっち方面”の同志、ただそれだけでも対象は限定される。その上最有力“容疑者”は実際に他人に見せびらかした“前科”まである。これで彼女以外を犯人と推理する方がむしろ不可能だ。
「泉先輩……ゆーちゃんに続いてギンガさんにまで……!」
あれほど「自分の同人誌は(教育上よろしくないので)見せないで」と念を押しておいたのに――机に突っ伏すひよりだったが、そんな彼女にギンガは更なる爆弾を投下した。
「えっと……そんなに落ち込まれると、言いにくいんだけど……」
「こなた、『布教』とか言って、みんなに回覧してたわよ……」
ギンガの言葉にひよりの動きが固まり――
3秒後、彼女はまるで空気の抜けた風船のようにヘナヘナとその場に崩れ落ちたのだった。
第80話
魅せろ乙女のド根性!
〜天空制覇・ジェットライナー〜
「………………」
まだまだ蒸し暑い残暑の夜――ジュンイチはただひとり、マックスフリゲートの甲板で静かに夜空を見上げていた。
思い出すのは、先日自分のブレイカーとしての“感覚”がとらえた気配――
(ギンガがハイパーゴッドオンを遂げた、か……)
しかし、彼にとって“問題”はそこではなかった。
(それだけじゃない。こなたの後輩の田村ひよりまで……
やっぱり、ハイパーゴッドオンが生み出す“擬似カイゼル・ファルベ”は……)
と、そこで彼は思考を中断した。
後ろを振り向かぬまま、後ろへと声をかける。
「で…………オレの思考は読めたか?」
「いや、ムリだ。
相変わらず、貴様の思考だけは読めん」
尋ねるジュンイチの問いに、いつからそこにいたのか、ブレインジャッカーは淡々とそう答える。
「あきらめろ。今のやり方じゃいつまで経ってもオレの思考は読めないぜ」
「むぅ…………」
ジュンイチの言葉に軽くうめくが――彼にとって本題はそこではない。あっさりと顔を上げ、ブレインジャッカーは告げる。
「ギンガ・ナカジマがハイパーゴッドマスターとして覚醒した」
「知ってる」
「3番機とハイパーゴッドオンを果たした」
「あぁ」
そこで一度会話が途切れる。
「…………満足か?
今のところ、貴様の予測したとおりに彼女達は成長している」
「予測以上だ。
それ以上の速度で、アイツらは成長してる」
まさに即答とも言うべき反応の速さで答えるジュンイチだったが――
「けど……満足なワケないだろうが」
その横顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
「お前だって知ってるだろ。
お前ら“GLXナンバー”が何のために作られたのか」
「もちろんだ。
オレはそのためのテスト機、“第零世代”として生み出され……そのデータを元に、“第一世代”の4機が作られた」
そう答え――ブレインジャッカーはジュンイチに告げた。
「彼ら4機は――」
「――保険だ」
「…………ぅわぉ」
正直、それ以上の声が出てこなかった――目の前、ベッドに据えつけられた患者用の補助デスクでは積みきれず、わざわざカンファレンスルームから持ってきた長机にデンッ、と積み上げられた書類の山を前に、はやての頬を伝った汗は間違いなく冷や汗だろう。
同様に、今から始まるやり取りのためにこの病室に呼ばれたなのはやフェイト、イクトもその書類の山に圧倒されている――しばしの沈黙の末、手を挙げたのははやての肩の上のリインだった。
《これ……全部、GLXナンバーの開発資料ですか……?》
「そうよ」
あっさりと霞澄はうなずいてみせた。
「これは全部、1番機“アイゼンアンカー”から4番機“ジェットガンナー”まで、第一世代のGLXナンバーの開発の際に作られた資料よ。
いやー、108からこれ持ってくるの苦労したわよ。だってこの量だもの。
でも、口頭で説明するだけじゃ絶対どこかで説明しきれないところが出ると思ったから、持ってこないワケにはいかないし……」
「じゃあ、ギンガの捜索からそのまま108部隊の方に向かったのは……」
「そう。
この資料を持ってくるためと……今言った“口頭だけでの説明”を求めてくるだろうみんなの追求をかわすため。
“仲間なんだから隠し事なし”が大前提のあなた達のことだもの。『相応の用意をしてからちゃんと説明する』なんて言っても納得しないでしょ――仮に納得したとしても、待ちきれなくなってフラストレーション溜めまくるのは目に見えてたわ」
「で、でも、どうして全部プリントアウトして……?
データで持ってくれば簡単だったのに……」
「あ、それ違うよ」
なのはに答える霞澄にフェイトが告げる――が、告げられた霞澄はピッ、と人さし指を立ててフェイトの言葉を否定した。
「前提がそもそも間違ってる。
この資料は全部、“プリントアウトしたものじゃない”んだから」
「え…………?」
その霞澄の言葉に、はやては資料の山の一角に手を伸ばした。
その一番上の資料を取り上げ、視線を落とし――
「これ……手書き!?」
「えぇっ!?
じゃあ……まさか、これ全部!?」
「そう。
全部手書きよ――仕様書から設計図、AIプログラムの下書きに至るまでね。
それが4機+アイゼンアンカーの時にしこたま作った試作機の分。そりゃこんな量にもなるでしょうよ」
驚くなのはに答えると、霞澄は軽く肩をすくめ、
「このご時世、秘密を守ろうと思ったら一番警戒しなくちゃならないのはハッキングでしょう?
だからこその紙媒体――加えてこの量。はてさて、いくら機密だからって盗もうと思う人が果たしているかしらね?」
「最近は産業スパイも根性なしばっかりになっちゃったわねー」とどこか懐かしさをかみ締めるような目でつぶやく霞澄をよそに、はやてやなのは達は目の前の資料の一部を手に取り、目を通していく。
紙媒体である、という点を除けば、実によくまとまった、一級品の資料である。
わかりやすく、読みやすく――説明にも図を並べる際のレイアウトにも細心の配慮がなされ、その記事が何を伝えたいかが明確に、正しく伝わってくる。
だからだろうか。
その資料の、“ただ一点の異常性”に真っ先に気づいたのは、いつもならこうした知識にもっとも縁遠い人物だった。
「…………なぁ」
口を開き、その人物――すなわちイクトは、霞澄や、彼女の背後に並び立つアリシアやあずさに尋ねる。
「この仕様書……少しおかしくないか?」
「おかしい、って……何がですか?」
「いや……
機械に詳しくないオレには、感覚的な領域でしか理解できないが……」
聞き返すフェイトにそう答え、イクトは再び手元の資料に目を通し、
「この仕様書……どの部分をどの素材で作ればいいか、そういった“材料”についてはまったく触れられていない」
「え………………?」
「そういえば……」
資料の見やすさにすっかり気を取られていた――イクトの指摘に、ようやくそのことに気づいたなのはやはやてが自分の手元の仕様書に目を通して確認していると、
「そりゃそうだよ」
そう答えたのはあずさだった。
「材料に関しては、“先方”に全部お任せしてるから、だよ」
「『先方』……?
あの子達を作った工場とか?」
あずさの言葉にそう聞き返すはやてだったが――
「………………それ、本気で聞いてないでしょ?」
「あ、わかります?」
それが心からの問いではないことは、すでに暗黙の了解として双方が理解していた。尋ねるあずさに、はやては笑いながら頭をかいてみせる。
「なのはちゃんやフェイトちゃん、イクトさんも、薄々気がついてるんじゃない?
あの子達の正体が何なのか」
「うん…………」
あずさの指摘に、なのはがうなずき――それを受け、フェイトが口を開く。
「エクシゲイザー達“バンガードチーム”が転生した時、エクシゲイザー達はアースラの中の兵器データバンクの中から最適なデータを選び出して、それをスキャニングしてる……
つまり、スキャニングは決して実物からしかできないワケじゃない。情報が存在するなら、データからでも図面からでも情報を拾い、スキャンできる」
「そして、ギンガがシロとゴッドオンした事実……」
フェイトの言葉にイクトが続け、なのはは霞澄に尋ねる。
「ひょっとして、GLXナンバーは……」
「AIを追加搭載したトランステクター、なんじゃないんですか?」
「正解」
霞澄の答えは実にシンプルだった。
「みんなの考えてる通りよ。
通常、トランスデバイスはトランスフォーマーをモデルにしているとはいえ、その身体は一から開発され、組み立てられる。
でも、GLXナンバーだけは違う――あの子達はこれらの開発資料をスキャニングさせることによって身体を得て、私達が育てたAIによって自我を得たトランステクター。分類こそトランスデバイスだけど、その成り立ちは通常のそれとはまったく違う。
アイゼンアンカーのボディに試作機があったのも、機体の試作よりもむしろそのスキャニングのテストのためだったのよ」
「だから、ギンガはシロくんとゴッドオンできた……」
「だが、それでもわからないことはある」
霞澄の説明にはやてが納得するが、そこに待ったをかけたのはイクトである。
「アイツらがトランステクターだったというのなら、ゴッドオンはそれ以前にもできたはずだ。
それがなぜ、ギンガのハイパーゴッドマスターへの覚醒まで起こらなかったんだ?」
「それは……私にもわからないわ」
しかし、そこにきて初めて霞澄は首を左右に振った。
「今までゴッドオンできなかったのは、おそらくAIに何らかのプロテクトが加えられていたから……ロードナックルに起きたデータの上書きを一部始終見ていたひよりちゃんから聞いたから、そこは間違いないわ。
でもね……あの子達のAIコアは私達の作ったものじゃないの。だからわからない部分も多いのよ」
「あなたの作ったものではない……?
では、ジーナ・ハイングラムの作か? ヤツもソフトウエア開発においては超一流だろう」
「あの子でもないわよ」
そうイクトに答え、霞澄は告げた。
「あのAIのプログラム・コアをよこしたのは――ジュンイチよ」
『え………………?』
その言葉に、なのは達は思わず顔を見合わせた。
「何を驚くことがあるの?
私はあの子の母親で、それぞれのAI教育には“Bネット”の中でもあの子に近しいジーナ達があたっていた……ジュンイチとの関連性に、たどり着かない方がおかしいでしょう?」
そんななのは達に告げる霞澄だが――息をつき、続けた。
「ともかく、私達はあの子の持ち込んできたAIプログラムを稼動可能なレベルまで育て、実装した――そういうこと。
つまり、細工がされていたとするなら私達の手に渡る前――ジュンイチが何を思って細工をしたのか……そこまでは知らないけどね」
「ホントですか?
ホントに霞澄さん達は何もしてないんですか?」
「聖王様に誓ってもいいわよ」
聞き返すはやてに、霞澄は両手を軽く挙げてそう答える。
「もちろん、ブラックボックス部分の不明なAIプログラムを使うことに不安がなかったワケじゃない。
でも……ジュンイチが持ち込んだ以上、これがスバル達の害になるものでは絶対にない。
それは、あなた達もわかるでしょう?」
その言葉に、なのは達は――中でもジュンイチをよく知るはやてやイクトはうなずかずにはいられなかった。
ジュンイチは一見すると破天荒な振る舞いばかりが目につくが、その本質は『病的に』と言ってもいいほどに身内を大事にする人間だ。
訓練で半殺しにしたり、イタズラでからかったり、辛らつな言葉を投げつけたりするが――本当の意味で身内を“傷つける”ようなマネは絶対にしない。
それどころか、身内を“守る”ためならどんなムチャでも平気でやる――今現在、ミッドチルダ地上部隊を丸ごと敵に回しているように。
そして、彼が“そういう人間”に育ったその“理由”を、はやてもイクトも又聞きではあるが知っている。
だからこそ――霞澄の言うようにGLXナンバーに細工が施されているとしても、それがスバル達に対してマイナスになるものだとは絶対に考えられなかった。
「確かなのは、GLXナンバーはトランステクターであること。
でも、パートナーとのゴッドオンにはジュンイチによる解除条件不明のロックがかかっていること。
そして、ギンガがハイパーゴッドマスターとして覚醒した時に、ロードナックルにかけられていたそれが解除されたこと……
で、ここから先は私の推測。
ギンガの覚醒とロードナックルのロック解除。この二つから考える限り……」
「ロック解除の条件は、パートナーのハイパーゴッドマスターへの覚醒……
ジュンイチさんは、ハイパーゴッドマスターの存在を最初から知っていた、ってことですか?」
「そうとしか思えないよ、この状況じゃ……」
霞澄に聞き返すなのはにはアリシアが答えた。うなずき、霞澄はなのは達を見回し、
「あの子は今回の事件に関して、なのはちゃん達はもちろん、私達にすら秘密にしてることが多すぎる。
けど……だからって、知らないままでいいってワケじゃないわよね?」
そう告げる霞澄の目には、まるでなのは達を試しているかのような、どこか楽しげな色が見え隠れしている。
「あの子が情報を隠してる? 上等じゃない。
こちとら天下の管理局。天下の機動六課よ――捜査するのがお仕事なんだもの。調べ事するのにためらう理由なんかない。
あの子が真実の在り処を知っていようがいまいが関係ない。教えてくれないなら、自分達でたどり着くまで――それが私の考え。
それとも、あの子が自分達の前に現れて、すべてを明かしてくれるのをおとなしく待つ?」
「……冗談がうまいですね、霞澄さん」
尋ねる霞澄に対し、はやては不敵な笑みを浮かべてそう答えた。
その瞳に宿るのは、まごうことなき、強い意志の輝き――
「私も、ジュンイチさんにかき回されっぱなしっちゅうのは気に入りません。
いつまでも、あの人におんぶに抱っこのひよっこやないんですから」
「うん、そうだね」
「このままジュンイチさんにばっかりおいしいところはもって行かせられないもんね!」
「同感だな」
フェイト、なのは、イクト――それぞれの顔にも、もはや困惑の色はない。はやてと同じ“前に進む”という強い想いによって鮮やかに彩られている。
「そういうことです。
この傷が癒え次第、私達は前に進む。
たとえそれさえもジュンイチさんの思惑通りやったとしても――それならそれで、勢い余ってジュンイチさんの思惑突き抜けてまうくらい、突っ走ってみせます」
「上等♪」
はやての下した結論に、霞澄は満足げにうなずいて――ふと気づき、尋ねた。
「…………ところで、ハイパーゴッドオン云々の話でちょっと気になったんだけど……」
「何です?」
首をかしげ、尋ねるはやてに、霞澄は尋ねた。
「できるはずのハイパーゴッドオンができずにボコボコにされたっていう二人はどうしてるの?
二人とも、おとなしく引き下がるようなタマじゃないと思うんだけど」
「あぁ、あの二人なら……」
「………………」
マスターコンボイは今、かつてないプレッシャーにさらされていた。
こんな重圧はマグマトロンと初めて対峙した時以来だ――なんだ、つい最近味わってるじゃないか、などと軽く現実逃避してみるが、それでこの状況が覆るワケではない。
ため息をつき――目の前のプレッシャーの主に尋ねる。
「なぁ、スバル・ナカジマ――」
「スバル」
しかし、目の前のスバルはそんなマスターコンボイの呼びかけをスパッと斬って捨てた。
「スバル・ナカジ――」
「スバル」
「スバル・ナカ――」
「スバル」
「スバル・ナ――」
「スバル」
何度その名を呼ぼうとしても、スバルはその都度彼の言葉を押しとどめる。
「……何が不満なんだ?」
「名前だけで呼んでくれないことです!」
名を呼ぶのをあきらめ、改めて尋ねるマスターコンボイに対し、スバルはキッパリとそう答えた。
そのままこちらに、ずいっ、と顔を寄せてくる――ヒューマンフォームの少年の姿ではスバルの方が見下ろす形となり、マスターコンボイは上からのプレッシャーに思わず後ずさりしてしまう。
「こないだ、あたし達、ハイパーゴッドオンできなかったじゃないですか」
「あぁ」
「それで……あのシードラゴン、っていう瘴魔にコテンパンにされちゃったじゃないですか」
「………………あぁ」
「だからです!」
「負けた」という事実を突きつけられ、しぶしぶうなずくマスターコンボイに対し、スバルは力強く拳を握りしめて告げる。
「あたし、思うんです。
あたし達がハイパーゴッドオンできたのは、あたし達が“ギン姉を助ける”って目的のために……その目的を果たすことを“絶対にあきらめない”、って、そんな感じで心をひとつにしたからなんじゃないか、って。
でも、こないだの戦いは、その辺りの呼吸が合わなかったからハイパーゴッドオンできなかったんじゃないか、って……
だから、もっと仲良くなれれば、きっとまたハイパーゴッドオンできるようになりますよ!」
「いや、『なりますよ』って……
そもそも、それが原因だとハッキリ結論が出たワケではあるまいに」
「きっとそうです!」
うめくように指摘するマスターコンボイだが、スバルはやはりキッパリと答えた。
「それに、もし外れだとしても、あたし達が仲良くなればコンビネーションも普通のゴッドオンももっと強くなれると思うんです!
だから、どっちにしても仲良くなりたいんです……ううん、仲良くなる!」
「それで……名前、か?」
「はい!」
グッ、と両の拳を握ってスバルはうなずき、
「マスターコンボイさん、一度あたしのことを名前で呼んでくれたじゃないですか。
とっくに一度やっているんだから、今さら恥ずかしいとかナシですよ!」
(一度やらかしてるから二の足を踏むんだろうが……)
スバルの言葉に内心で毒づき、マスターコンボイはこっそりとため息をついた。
忘れたワケではない。自分は一度、スバルのことをフルネームではなく名前で呼んでいる。
ディードのゴッドオンしたマグマトロンと戦った時だ――ギンガやティアナ達を撃墜され、頭に血が上ったスバルを止めようとした際、彼はとっさにスバルのことを名前で呼んでいる。
だが――彼にとってはその“とっさに”という点が足かせになっていた。
彼の価値判断基準としては、名前で呼ぶのはなのはやティアナのように相手のことを完全に認めた上でのこと――いや、認めた上でなければ呼んではならないとまで戒めている。
なお、余談だが後者――ティアナについてはフルネーム呼びに戻っているが、それは「ティアナ」と名前で呼んだが最後、周りが「自分も」「自分も」とうるさいので元のフルネーム呼びに戻してしまった、という背景があったりする。
閑話休題。
ともかく、そういった“基準”があるが故に、マスターコンボイは“とっさに”名前を呼んだスバルのケースを“相手を認めた証”と認めることには抵抗があるのだ。
「ね? ね?
名前で呼んでよ、マスターコンボイさん」
「むぅ……」
だが、スバルの指摘の通り“一度名前で呼んでいる”のもまた事実。リアリストであるが故に、マスターコンボイは自分の定めたルールと過去の事実の間で板ばさみになっていた。
当のスバルは目をキラキラさせながらこちらをのぞき込んできている――どう見ても期待120%。これはちょっとやそっとでは引き下がるまい。
否。スバルの性格を考えれば、“ちょっとやそっと”どころでは済むまい。それこそ、実際に名前を呼ぶまで引き下がることはないだろう。
それならば、一度だけでも名前を呼んでやれば納得するのだろうが、そんなことで自分のルールを曲げられるほどマスターコンボイは柔軟な性格ではない。最近丸くなってきたとはいえ、彼は良くも悪くも昔気質な性分なのだ。
進むも地獄。留まるのも地獄。となれば、マスターコンボイに残された手段はひとつだった。
「………………ちっ!」
「あぁっ! 逃げた!」
逃走、である――クルリとスバルに対して背を向け、全速力で走り出す。
これもこれでプライドがないのでは、と言うことなかれ。10年前に散々なのは達を相手に敗走している身の上だ。他の事はいざ知らず、逃げる、この一点に関してはすでにプライドは粉々。ひとかけらも残ってはいないのだ。
故に逃げる。ためらうことなく。
だが――
「はーい、すとーっぷ♪」
「なっ!?」
退路は意外なほどにあっけなく絶たれた。不意に現れたこなたに捕まり、マスターコンボイは思わず驚愕の声を上げる。
「い、泉こなた!?
貴様、何のつもりだ!?」
「『何の』って、私、スバルの姉弟子だよ?
先輩としてスバルの味方するのは当然だよ。
それに……」
マスターコンボイの問いに、後ろから抱きつくように彼を捕まえているこなたがそう答え――顔を見上げたマスターコンボイはそれを見た。
こなたの、それはそれは楽しそうな笑顔を。
「私も、ハイパーゴッドリンクする相手として、マスターコンボイとは仲良くしたいと思ってたからねー。
と、ゆーワケで、私にも名前呼びぷりーず♪」
「………………」
つまりはスバルの“同類”ということか――本当に楽しそうなこなたの顔を見上げ、その一方でこちらに駆けてくるスバルの気配を感じつつ、マスターコンボイは以前読んだ有名な戯曲のセリフを思い出していた。
(……ブルータス、お前もか……)
だが――彼らは気づいていなかった。
「おもしろく……」
「……ないわね」
どこか機嫌が悪そうな様子で自分達を見ながらそうつぶやく、ティアナとかがみの存在に。
「ドクター」
「何だね?」
応じてくるが、視線はこちらに向きはしない――空間に展開したコンソールへと一心不乱に指を走らせるスカリエッティに対し、クアットロは気分を害することもなく尋ねた。
「ウーノお姉様……まだ復活しないんですの?」
「あぁ。
だが、彼女には辛い役回りをさせてしまったようだからね……これまで尽くしてきてくれた分も含めて、休息を取ってもらういい機会だと思っているよ」
「まぁ、ドクターが問題ないというのであれば、私はかまいませんけどね」
そう納得しながら、クアットロはスカリエッティの前に展開されたウィンドウへと視線を向けた。
映し出されているのはマグマトロンの機体データだ。しかし、ところどころが自分の知る――カイザーマスターコンボイによって破壊されたマグマトロンとは異なっている。
これは――
「2号機には、手を加えるつもりですか?」
「もちろんさ。
ハイパーゴッドオン……なかなかに興味をそそられる。
解析にはまだ時間がかかるだろうが、アレを見たおかげでいろいろと試してみたいことが浮かんできたよ」
クアットロに答える間にもスカリエッティの作業は続く――コンソールの上を走る両手の動きを止めないまま、今度はスカリエッティが彼女に尋ねた。
「それで……キミの用件はウーノのこととマグマトロンのことかい?」
「あぁ、いえ……
実は、“聖王の器”の捜索にガジェットを出してますけど……地上本部を攻めた際、あの忌々しいマスターギガトロンにかなりの数を落とされてしまったのがここにきて響いてきて……」
「つまり、“器”の捜索に回せる手が足りない、と……」
「そうなんですよー。
な、の、で♪」
そうスカリエッティに答えると、クアットロはニコリと笑みを浮かべ、提案した。
「ドクターが作ったっきりほったらかしにしてたテスト機の子達も出したいんですけど……よろしいですか?」
「アレを出すのかい?」
「OSは他のガジェットと同じもので問題はないですから、現行のOSにアップグレードしてしまえば十分にいけます。
それに、ドクターがいろいろと試したおかげで一芸タイプの子がけっこういますから、敵と遭遇しても意表をつく形で善戦できるかもしれませんよ?」
「ふむ……」
クアットロの言葉に、スカリエッティは作業を続けながら思考をめぐらせ、
「……いいだろう。
やってみたまえ」
「はーい♪」
許可を出したスカリエッティに笑顔でうなずくと、クアットロは意気揚々とその場を後にするのだった。
「ったく、スバルのヤツ、何考えてるのよ。
いくらハイパーゴッドオンできるようになったって言っても、マスターコンボイにゴッドオンできるのはあの子だけじゃないってのに!」
「こなたもよ。
アイツ、今まで単体機で合体と縁がなかったからって、合体できるようになったとたんにアレ!?」
その口からぶちまけられるのは延々と続く不平不満とお菓子の食べかす――病室の一角で
互いに顔を付き合わせ、ティアナとかがみはものすごい勢いでヤケ食いを繰り広げていた。
「でも、何よりムカつくのは……」
「……そうね……」
『マスターコンボイ!』
「そうよ! アイツがスバル達をきっちり突き放せば済む話じゃない!」
「なんであんなに情けないのよ! あれでも元大帝!?」
だが、彼女達の不満が向いているのはスバル達だけではない――顔を見合わせ、二人がマスターコンボイに対しても不満をぶちまけて――
「…………あのー……」
そんな二人に、新たな声がかけられた。
「なんで二人して、私達の病室でヤケ食いしてるの?」
ベッドの上で上半身を起こしたイリヤだ――彼女の問いに、ティアナとかがみは顔を見合わせ、「せーの」で答えた。
『ここが一番お見舞いのお菓子が残ってたから』
「ヤケ食いのためだけにここに来たっての!?」
声をそろえて答えるティアナとかがみの言葉に、イリヤは思わず声を上げる。
「ったく、この食いしん坊コンビめ!
明日あたり体重計に乗って絶望するがいいわっ!」
ただヤケ食いして愚痴をぶちまけるためだけに居座られてはたまらない。ティアナ達をビシッ!と指さし、イリヤが声を上げ――
《イリヤさんも美遊さんも、『太りそう』って言って、ほとんど手をつけてませんでしたからねぇ……》
《かと思えば賞味期限がヤバめな生ものは『ダメにしたら悪いから』とあわてて食べてましたからねー……
体重計が怖いのは美遊様やイリヤ様も同じだと思いますよ》
《あぁ、つまり、同類を増やしたいと》
「あ、あの、ルビーもサファイアも、そういうことを大声で……」
女の子的にイタイ話題を繰り広げる自分達のステッキ――ルビーとサファイアのやりとりに、美遊は顔を真っ赤にしながら待ったをかける。
そんな背後のやり取りに毒気を抜かれ、イリヤはため息まじりにティアナやかがみに告げる。
「まったく……二人して何やってんの……
そうやってグチってても仕方ないじゃないの」
「まぁ、そりゃ、あたし達だってこのままグチをこぼしても何にもならないとは思いますけど……」
「具体的にはどうするか、なのよねぇ……」
イリヤのその言葉におふざけ的なやり取りは終了。ティアナとかがみは顔を見合わせ、いいアイデアが浮かばないのかそれぞれに顔をしかめてみせる。
「イリヤさん、何かないですか?」
「こなたやスバル達に一泡吹かせてやりたいんですけど……あとついでにマスターコンボイにも」
「扱い軽いなぁ、マスターコンボイ……」
二人の言葉に思わず苦笑し、それでもイリヤはしばし思考をめぐらせ――
「…………どうしよっか?」
彼女にも名案は浮かばなかったらしい。乾いた笑いと共に尋ねる彼女の言葉に、ティアナとかがみは顔を見合わせてため息をつき――
「…………二人が、スバル達と同じ土俵に立てばいいんじゃないかな?」
そう口を開いたのは美遊だった。
「同じ土俵……ですか?」
「うん」
聞き返すティアナに対し、美遊はコクリとうなずいてみせる。
「ほら、今のスバルとこなたって、新しいオモチャを手に入れた子供みたいなものなんじゃないかな?
ハイパーゴッドオンできるようになって、そっちにばっかり興味が向いてるみたいな……」
「あー、そっか。
聞いた話じゃ、スバル達はあの後ハイパーゴッドオンしようとしてできなかったんだよね?」
《簡単に使える力じゃないってわかったのも、二人の興味に拍車をかけちゃってるのかもしれませんね》
ポンと手を叩いて納得するイリヤやサファイアの言葉にうなずき、美遊はティアナ達に告げる。
「あの二人は子供っぽいところがあるからね……そうとわかれば対応は簡単だよ。
興味が自分達からそれてるなら、自分達に興味が向くようにすればいい。
ならどうすればいいか? 一番最適なのは、二人が一番興味を持っていること……」
「ハイパーゴッドオン……ですね?」
だんだん美遊の言いたいことがわかってきた――彼女の言葉に、ティアナはその意図を読み取ってそうつぶやく。
「ほら、こないだの戦いでギンガがひよりと一緒にハイパーゴッドオンしたじゃない。
希望的観測だけど、ロードナックルにギンガがゴッドオンできたんなら、兄弟機であるジェットガンナーにもハイパーゴッドオンできるんじゃないかな?
そしてもちろん、かがみもひよりと同じように……」
「なるほど……それもそうですね!」
「上等よ。やってやろうじゃない!」
美遊の言葉に、ふてくされ気味だったティアナとかがみの表情にやる気が満ちてきた。元気に立ち上がり、美遊やイリヤに正対し、
「美遊さん、イリヤさん、ありがとうございました!」
「あたし達、やってみます!」
「ふ、二人ともー、病院では静かにねー」
一礼するなり、二人はバタバタとあわただしく病室を飛び出していく。イリヤのかけた注意の声もきっと届いてはいまい。
「……まったく……子供なのはあの二人も同じだね」
「あはは……あまり人のことは言えないので私はノーコメントで」
思えば自分もあんな時期があった――どこか楽しげな美遊の言葉にイリヤが苦笑すると、
《それにしても……》
不意に声を発したのはルビーだった。
「どうしたの? ルビー」
《いえ……あの二人の感情って、ぶっちゃけシットじゃないですか》
「そんな感じだね」
答えるイリヤの言葉に、ルビーはもったいつけるかのような沈黙の末に尋ねた。
《……どっちに対するシットなんでしょうね?
“スバルとこなたを独占するマスターコンボイに”か、“マスターコンボイにベッタリなスバルとこなたに”か》
『《………………》』
その問いに、イリヤも美遊も、サファイアも答えることはできなかった。
理由は簡単。
どっちもすごくあり得そうだったから。
「と、ゆーワケで特訓よ!」
「二人とも、手伝いヨロシク!」
「う、うん……」
「わかりました……」
すさまじいやる気と共に、ティアナとかがみが並び立つのは聖王医療院の裏、リハビリ用の簡易運動場――二人の言葉に、いきなり呼び出されたつかさとみゆきは事情も飲み込めないまま、スポーツドリンクやタオルを手にコクコクとうなずいてみせる。
ちなみにティアナ達の服装は六課の訓練用服装である白のシャツに厚手のズボン。かがみのものは当然ながら用意されていなかった――はずだが、備品担当の出納官に尋ねてみたらちゃんとかがみの、というかカイザーズ全員の分が新たに用意されていた。なのはが自分が退院したら彼女達にも訓練をつけてやるつもりで発注していたようだ。
「それで……何をするつもりだ?
ハイパーゴッドオンをすると言っても、何が条件なのか、未だハッキリしていないのだが」
「わかんないなら、いろいろ試すまでよ!」
そして、この特訓に巻き込まれたのはもうひとり――かがみのライトライナーをここまで運んできて尋ねるジェットガンナーに、ティアナはキッパリとそう答える。
「とりあえず、“火事場の底力”的なものに期待していろいろやってみようかな? と。
と、ゆーワケで、どんどんいくわよ!」
特訓その1:無限マラソン
「とにかく限界まで突っ走るわよ!
『もう走れない』ってぐらいまで追い込んで、引き出せ火事場の底力ぁぁぁぁぁっ!」
「わかってるわよ!
思いっきりいくわよぉぉぉぉぉっ!」
3時間後――
「も、もうダメ……! もー走れない……!」
「オマケにちっともハイパーゴッドオンできそうにないし……」
地面にへたり込み、汗だくでうめく二人だが――確かに今のところ、自分達はもちろんジェットガンナーにもライトライナーにも変化はない。
パタパタと駆けてきたつかさからタオルをかぶせてもらい、みゆきからスポーツドリンクを受け取る――水分を補給しつつ、ティアナは大きく息をついて呼吸を整え、告げた。
「…………次いってみよう」
特訓その2:模擬戦地獄
「いい度胸じゃねぇか。
お前らひよっこだけでオレの相手をするってか?」
告げると同時に、手にした日本刀が身の丈ほどの大刀へと姿を変える――獰猛な笑みを浮かべ、ブレードはティアナやかがみに対して容赦なくプレッシャーをぶつけてくる。
「て、ティアナ……
いくらなんでも、相手が悪すぎなんじゃ……」
「悪すぎだからいいのよ。
今のあたし達にとって、この上なく最適の相手よ」
ブレードから叩きつけられるプレッシャーは並ではない。押しつぶされそうな重圧を全身で感じながらうめくかがみに、ティアナもまた懸命に自分を奮い立たせながらそう答える。
「ブレードさん相手じゃこっちも必死にならざるを得ないもの。
勝っても負けても、きっと何かつかめるはず……!」
「そ、そうね……」
「話は終わりか?
なら……始めるか」
ティアナの言葉にかがみがうなずいたのを見て、ブレードは楽しそうに笑いながら右手の大刀、自らの精霊器“斬天刀”を頭上に振り上げた。
「いくわよ! かがみ!」
「了解!」
対し、ティアナとかがみは先手必勝とばかりにブレードに向けて地を蹴り――
結論。
何かをつかむ前に叩きつぶされました。
インターミッション:栄養補給
「ただ追い込むだけじゃダメよね……
せっかくハイパーゴッドオンできても、使いこなせなきゃ意味ないし」
「しっかり食べて、しっかり体力つけなくちゃね」
ホスピタルタートルの食堂――テーブルにつき、ティアナの言葉にかがみが同意する。
「さて、それじゃあ……」
「体力のつくような料理となると、何がいいかしらね……」
いつもは定食で済ませるために縁遠かったメニューを開き、内容に目を通し――
『………………』
パタンッ、と同時にメニューを閉じた。
息をつき、同時に結論を口にする。
『…………カロリー高すぎ』
体重増加の恐怖の前にあえなく屈服した二人だった。
「うまくいかないわねー……」
「簡単にはいかないとは思ってたけど、こうまでどうにもならないなんてね……」
ホスピタルタートルのレクルーム――二人でソファに腰かけ、ティアナとかがみはそれぞれにそうつぶやいていた。
あの後も手を変え品を変え、いろいろと試してみたものの――結果はすべて失敗。二人は未だ、ハイパーゴッドオンの糸口を見出せずにいた。
「まぁ、簡単にできるようになるとは、思ってなかったけど……」
「でも、スバル達とは実力的にそう開いてるワケじゃないもの。能力的な話をするなら、あたし達だって発現させられる可能性は十分にあるはずよ。
つまり、重要なのはきっかけ、ってことになるんだけど……」
かがみの言葉にティアナがつぶやくと、
「ティアナ……それからかがみも、ちょっといいかな?」
廊下からレクルームをのぞき込み、なのはが二人に声をかけてきた。
「話、聞いたよ。
二人とも、ちょっとムリしすぎ」
どうやら、ティアナとかがみの“特訓”のことを聞きつけたらしい。テーブルをはさんだ反対側のソファに腰かけ、なのはは二人に対してそう告げた。
「ティアナ……前にオーバーワークでみんなに心配かけたこと、忘れてないよね?」
「すみません……
でも、今回は“追い込むこと”、それ自体が必要だと思ったので……」
そう告げるなのはにそう謝罪し、ティアナはその上で自分の考えを簡単に説明した。
「うーん……追い込まれた中での火事場の底力、か……
確かに、スバルやこなたの例を考えると、あながち外れでもないかもしれないけど……」
「……わかってます。
確かに……ちょっとムチャしすぎました……」
「『ちょっと』じゃないよ。
まぁ、“自分達を追い込むため”って理由じゃ、むしろそうしなきゃ試せなかった、っていうのはわかったけど……」
自分達がムチャをしているのは自覚していた――素直に頭を下げるティアナに苦言を呈しつつも、なのはは彼女達の心情を汲んでため息をついた。
以前の自分ならここで頭ごなしに叱りつけていただろう。自分も六課で――彼女達と関わる中でいろいろと学んでいるのだと軽く苦笑しつつ、ティアナとかがみに告げる。
「とにかく……ただ自分達を追い込んでもダメだってわかったからには、この方法は中止。
ハイパーゴッドオンについては、何か方法がないか、私も一緒に考えてみるよ」
「いいんですか?」
「うん。
私はみんなの教官だよ。ティアナ達にもっともっと強くなってほしいのは、当然でしょ?」
まさか協力を申し出てくれるとは思っていなかった――思わず聞き返すティアナに答えるなのはだったが、
「でも、まずは今回の特訓で消耗した体力の回復と、はやってるその気分を落ち着けることからね。
二人とも、明日はつかさやみゆきと一緒にヴィヴィオやゆたかちゃん達の捜索班に回ってもらうよ――冷静な二人に戻ってもらうために、ね?」
『はい!』
告げるなのはだが、応えるティアナとかがみの声は力強いにもほどがある。
捜索を通じて頭を冷やしてもらえればと思ったが、これは望み薄そうだ。同行することになるつかさやみゆきに一縷の望みを託し、なのはは軽く苦笑するのだった。
「あー、あちこち痛い……」
「筋肉痛やら打ち身やら……」
そんなワケで翌日、ミッドチルダ東部の森林地帯――周囲にサーチをかけながら森を歩き、右肩をグリグリと回しながらうめくティアナのとなりで、かがみもため息まじりに同意してみせた。
「昨日は動きっぱなしでしたからね……
あ、湿布いります?」
「あー、そこまではいいわ」
そんな自分達を気遣ってくれるみゆきに答え、ティアナは軽く息をつき、
「にしても、なのはさんに声をかけられた時は本気で肝を冷やしたわ……
あの人、怒らせると本当に怖いから……」
「あぁ、一応又聞きだけど聞いてるわ。
一度、あんたとなのはさんとで意見が対立した時、問答無用でブッ飛ばされかけたんだっけ?」
「うん、まぁ……」
応じるかがみに苦笑し、ティアナはうなずき、続ける。
「あの時は大変だったわよ。
あたしに味方してくれたマスターコンボイやそんななのはさんにダメ出ししたスカイクェイクまで出てきて、なのはさんが六課を出て行く、出て行かない、なんて話にまで発展して……
まったく、当事者のあたしがいつの間にか置いてきぼりなんだもの。どうしろっていうのよ」
「しかし、あの一件のおかげで私とランスター二等陸士は出逢うことができた。
悪いことばかりでもなかったはずだ」
「そりゃそうだけど……
……って言うか、あんたよくそういう歯の浮くようなセリフを平然と吐けるわね。恥ずかしくないの?」
口をはさんでくるジェットガンナーの、どこか深読みできてしまいそうなその言葉にティアナが思わず顔を赤くしてうめくと、
「でも……私はなのはさんが止めてくれてホッとしたかな?」
どこか安心したようにそう告げるのはつかさである。
「お姉ちゃん達、どこかがんばりすぎかなー?って、見てて思ったし……」
「確かに、アレは少しオーバーワークでしたからね……」
そんなつかさにはみゆきが同意した。ティアナとかがみに視線を向け、
「いくら“火事場の底力”がテーマだったとは言っても、何もあそこまでやらなくても……
二人とも、なんだか鬼気迫る、というか、焦っているというか……そんな感じでしたよ?」
「あー……」
みゆきのその指摘には思うところがあったらしい。ティアナは少し気まずそうに視線を泳がせ、
「かがみはどうかは知らないけど、いわれてみればあたしはちょっと焦ってたかもしれないわね……」
「何よ? またさっきの話みたいに『置いてかれてる』系?」
「うーん……」
尋ねるかがみだが、そんな彼女の問いにティアナは腕組みして考え込み、
「それがさ……実はあたしにもよくわかんないのよ。
確かに前の時は、スバル達の伸びがすごいのを見て、『自分は凡人なんだ』って、劣等感があって……少しでも追いつきたくて、それで焦って……
でも、今回はそういう気持ちがないのよ。
スバル達がハイパーゴッドオンできるようになって、『置いてかれた』って気持ちは正直あるけど……それが原因で焦ってるのか、って聞かれると、それもなんか違う気がして……
焦ってる理由がわかんない、っていうのが一番近い感じ……かな? 何て言うか、『強くならなきゃ』って想いだけあって、どうしてそう思ったのか……その辺が自分でもぜんぜん見えてこないのよ。
……ゴメン。自分でも何が言いたいのかよくわかんないわ」
「ひょっとしたら、なのはさんはそのあたりの気持ちの整理もしてほしくて、二人に休むように言ってくれたのかもしれませんね」
「そうかしら……?」
告げるみゆきだが、ティアナはそんな彼女の言葉に思わず苦笑した。
「教え子のあたしがあんまりこういうこと言っちゃダメなんだろうけど、なのはさんに限らず、ちびっ子の扱いに難儀してるフェイトさんとか、八神部隊長至上主義の副隊長達とか……ウチの隊長陣って、人間関係に関してはけっこうポンコツよ?
実際、そのせいでけっこういろんな人から説教されてるし……スカイクェイクとかイクトさんとか」
「なのはさんの妹弟子としてはけっこう複雑ね……」
ティアナの言葉に、かがみもまた彼女と同様に苦笑して――
「………………む?」
ジェットガンナーが何かに気づいた。突然顔を上げ、周囲を見回し始める。
「……高良みゆき。キミのデバイスで確認を。
広域サーチでガジェットの反応がキャッチされた」
「あ、はい!」
指摘するジェットガンナーの言葉に、みゆきはあわてて自身の魔導書型デバイス、ブレインのモードを切り替えた。精度を優先して狭めていたサーチ範囲を広げて確認を取り、
「…………いました! ここから北の湿地帯にガジェット反応!
ナンバーズの反応はなし……自動操縦のガジェットみたいですね」
「向こうもヴィヴィオを探してる……あちらさんの捜索隊と見るべきかしらね……」
みゆきの言葉にティアナがつぶやくと、かがみが横から彼女に尋ねた。
「で……どうするの? ティアナ?」
「って、あたしに聞くの?」
「だって、このメンツで正規の局員ってティアナだけじゃない。
この中で誰が指揮官やるか、って言われたら、ティアナしか権限ないわよ?」
「あ、そっか……」
一瞬「別チームの自分が指示を下してもいいのだろうか」と思ってしまったが、言われてみれば確かにそうだ。かがみの言葉に、ティアナはしばし思考をめぐらせた後、一同を見回して指示を下す。
「とにかくその反応があった辺りに行ってみましょう。
つかさ、ノイエ・アースラ……ううん、ホスピタルタートルの八神部隊長に連絡。指示を仰いで。
撃破か捕獲か、それによって対応はガラリと変わってくるから」
「う、うん!」
ティアナの言葉にうなずき、つかさが各種管制に特化した自らの腕輪型デバイス、ミラーで通信をつなぐ――応答は移動しながらでも大丈夫だろうと判断し、ティアナ達は反応のあったポイントへと移動を開始した。
いざ到着してみると、ガジェットは対人T型のみの編成だった。集団で湿地帯をうろつき、周囲にサーチの目を向けている。
そして――ジェットガンナーはビークルモードで上空から、各々のデバイスをかまえたティアナ達は茂みに隠れてその様子をうかがっていた。
「ホントにナンバーズはいないね……」
「やっぱりただの下っ端チームね」
茂みから顔を出したかがみのつぶやきに、その頭上に顔を出したティアナがそう結論づける――振り向き、つかさに尋ねる。
「つかさ、八神部隊長は何て?」
「理想としては捕まえてほしいって。
でも、数が多くて難しいみたいなら全部やっつけちゃってもいいって言ってたよ」
「それがベストね。
いくらガジェット相手だからって、こっちも不意の遭遇だし」
「それに、ティアナさんとかがみさんも体調は万全じゃありませんし……
欲張ってもかえってよくない、ということですね?」
返すみゆきにうなずき、ティアナは手早く作戦を練り上げる。
「じゃあ、奇襲をかけて一気に制圧。生き残りがいればもうけもの。これでいきましょう。
あたしとかがみ、それからジェットガンナーで仕掛けるから、つかさは仕掛けると同時に通信封鎖。みゆきは増援に備えて索敵をお願い」
ティアナの指示にそれぞれがうなずき、上空のジェットガンナーからも了解を示す電文が入る。
それぞれがデバイスをかまえ、静かに呼吸を整え――
「……ジェットガンナー!」
ティアナのその言葉と同時、上空のジェットガンナーの放った射撃の雨がガジェット群に向けて降り注ぐ!
同時、ティアナとかがみも飛び出す――ティアナのクロスファイアの援護を受け、ダッシュ力に優れるかがみが難を逃れたガジェットへと襲いかかり、至近距離から自身の拳銃型デバイス、クーガーで魔力弾を叩き込む。
ここに至り、ようやく状況を把握したガジェットがAMFを展開――しようとしたが、そんなものをわざわざ待ってやるつもりはない。後方からティアナがクロスミラージュによる射撃で次々にガジェットを撃破。さらに上空からのジェットガンナーの射撃やかがみの突撃も依然続き、ガジェットは瞬く間にその数を減らしていく。
敵襲を別のガジェット群に知らせようにも、通信はつかさによって遮断済み――結果、不幸なガジェット群はものの数秒で壊滅の憂き目にあうこととなった。
「うし、圧勝」
「油断しないでよ。
情報をつかむためには生き残りが居てほしいところだけど、それで不意討ちをくらっちゃたまったもんじゃないでしょ。
つかさ、まだ通信封鎖解かないでよ」
小さくガッツポーズを決めるかがみに告げると、ティアナはクロスミラージュをかまえたまま破壊したガジェット群を見回す。
六課に配属になる前からこの手のパターンに泣かされてきただけに、ティアナに油断はない――Bランク試験の際、落とし損ねた仮想的のスフィアの攻撃で足を捻挫した苦い経験を思い返しながら、ガジェットをひとつひとつ確認していく。
そして――見つけた。
本体の大部分を破壊されながらも、なんとかシステムを維持しているガジェットを。
こいつならメモリは無事だろう。改めて他のガジェットが沈黙しているのを確認し、ティアナはそのガジェットへと手を伸ばし――
〈ランスター二等陸士!〉
「――――――っ!」
声と同時に身体が動く――危機を知らせたジェットガンナーの言葉にとっさに反応、後退したティアナの目の前で、ガジェットの残骸は飛来した閃光に撃ち抜かれ、爆散する。
「新手!?
みゆき!」
「わかりません!
サーチャーには何も……!?」
「ステルスタイプってワケ……!」
かがみに答えるみゆきの言葉にうめき、ティアナは閃光の飛来した方角へと視線を向け――次の瞬間、攻撃の主が飛来した。
漆黒に染め抜かれた、飛行型のガジェットだ。対TFU型よりもさらに大型の機体で、ボディには対TFT型がはめ込まれている。
ティアナ達は知る由もないが、これぞクアットロの言っていた“テストタイプ”の一角――U型のプロトタイプとして開発された、長距離巡航試験型のガジェットである。
だが――
「………………っ」
その姿を見た瞬間、ティアナの胸中に何か穏やかならざるものがよぎった。
なんていうか――気に入らない。
こんな感覚は初めてだ。得体の知らない不快感を、彼女は目の前のガジェットから感じていた。
見れば、かがみも同様のものを感じているのか、自分のとなりで苛立ちもあらわに唇をかんでいて――
「って、戸惑ってる場合でもないか!」
だが、敵はそんな彼女達にかまいはしない――舌打ちまじりにティアナがクロスミラージュの引き金を引くが、プロトU型はすぐさまAMFを展開。ティアナの射撃を無効化してしまう。
「対TF型のAMF出力じゃ、ティアナの射撃でも辛いか……!
ティアナ、下がって! 私達がいく!」
「ゴメン、お願い!」
残酷な話だが、対TF型のAMFはその名の通り対トランスフォーマーを想定した高出力タイプだ。生身のティアナではどう工夫したところでパワーで押し切られる――かがみの判断の正しさに舌打ちしたくなるが、それでもティアナは素直に後退する。
「つかさ、みゆき! いくわよ!」
「うん!」
「はい!」
そして、代わりにかがみ達が前面に出る――それぞれのデバイスからの信号を受け、ライトライナー以下かがみ達のトランステクターがその場に駆けつけ、
『ゴッド、オン!』
咆哮し、トランステクターへとゴッドオン。ロボットモードとなってその場に降り立った。そのままプロトU型へと向かう。
が――
「え………………?」
最初に異変に気づいたのはかがみだった。
「何よ、これ……!
うまく、動けない……!?」
ダッシュ力が最大のウリである自らのゴッドオン態、ライトフット――その動きがいつものそれに比べて明らかに鈍い。
どうしたのかと戸惑うかがみの姿に、その足元を見たみゆきはその原因に気づいた。
「か、かがみさん、足元!」
「え………………? って、あぁっ!?」
みゆきに指摘され、かがみも気づいた。
同時に思い出す――先ほど、みゆきがガジェット群の反応を捉えた時に言っていたことを。
ガジェットの反応をとらえ、自分達が駆けつけたここは一面の湿地帯――当然、足元の地面は湿気を吸ってぬかるんでいる。
生身のままでは大して問題にならない程度のぬかるみだったために気にも留めていなかったが、ゴッドオンを遂げて身体が大きくなったことでその問題が表面化したのだ。
「あぁ、もうっ!
女の子的にすさまじく引っかかる問題なんだけどね、コレ!」
重量が原因で足元が沈むとは、常日頃から体重を気にしている自分にとっては屈辱以外の何ものでもない――ゴッドオンしているから仕方ない、と割り切ることもできず、かがみは毒づきながらも上空のプロトU型をにらみつける。
一方、プロトU型はそんな彼女達の異変を好機と捉えたようだ。そのまま上空に留まり、腹部のT型に搭載された人工魔力砲でかがみ達に向けて爆撃を開始する!
「く………………っ!
つかさ! レインジャーの砲撃で!」
「う、うん……って、わぁっ!?」
この状況で満足な攻撃ができるのは砲戦仕様のトランステクターにゴッドオンするつかさだけだ。かがみの言葉になんとか攻撃しようとするが、重装備な分重量のあるつかさのレインジャーはもっともこの地面の弊害を受けていた。ぬかるんだ地面に足を取られ、満足に狙いもつけられないままに転倒してしまう。
「つかさ――きゃあっ!?」
そんな妹の姿に気を取られ――それがスキにつながった。振り向いたかがみのこめかみに人工魔力弾が直撃する。
一発程度ならなんて事のない出力の光弾でも、当たり所が悪ければ話は別だ。ライトフットの頭脳回路を揺さぶられたかがみは一発でゴッドオンが強制解除され、機外に放り出されてしまう。
「かがみ!
ジェットガンナー!」
〈わかっている!〉
ゴッドオンしなければ火力不足。ゴッドオンすれば動きが封じられる――かがみのゴッドオン強制解除という事態に、地上の戦力ではどうにもならないと判断せざるを得なかった。ティアナの指示でジェットガンナーが動くが、元々機動戦を優先したジェットガンナーの火力ではプロトU型の高出力AMFを破ることができない。
「ったく……どうすればいいってのよ……!」
このままではやられる――なんとか打開策を見出そうと、ティアナは懸命に知恵を巡らせるが、一向にいいアイデアは浮かんでこない。
(地面がこのありさまじゃ、飛べないあたし達にはどうしようもない。
空を飛べるジェットガンナーも、ガンナーコンボイにならなきゃあのAMFを抜けるだけの火力は出せない……!)
「どうすればいいってのよ……!」
一方、かがみもまた、状況を切り拓く術を求めていた。なんとかその場に身を起こし、思考のすべてを総動員し、打開策を探る。
(考えろ……
カイザーズのチームリーダーはこなたでも、私達ライナーズのリーダーは私なんだ……!
私が、つかさやみゆきの……そして一緒に居るティアナの命を預かってるんだ……!)
(せめて、火力と空戦、それぞれのいいトコ取りができれば……!
なのはさんみたいな火力や、スバルみたいな打撃力があれば……!)
(私に、こなたみたいな空戦能力があれば……!)
その瞬間――
それぞれの脳裏によぎった光景があった。
正直に言うなら――美しい、と思った。
あの人の空戦機動を初めて見たのは、ようやく六課での訓練にも慣れてきたかな、って頃のことで……
まるで踊るように天を舞う純白の戦装束に、心を奪われた。
それは、適正に恵まれずに陸士としてスタートせざるを得なかった自分にはまぶしすぎて――
でも、だからこそ、すごいと思った。
親友が熱を上げるのもムリはない。それだけのものが、あの人にはある――本当に素直にそう思った。
その頃にはもう、自分も心のどこかで尊敬していたのかもしれない。
だから、あの人に反発して、撃墜されても、あの人を心から嫌いになることなんてできなかった。
楽しそう。
それが、空を飛んでいるアイツの印象を何よりも的確に表した言葉だと思う。
いつだって笑顔で、みんなも笑顔にしてくれる。
そんな魅力が、アイツにはあって……
その魅力は、青空をバックにしたアイツの姿をより綺麗に引き立てて……
だから、思った。
アイツにはずっと、笑顔で飛び続けていてほしいって……
自分の中で渦巻いていた得体の知れない感情が形になっていくのを感じる――気づけば、ティアナとかがみは並び立ち、上空のガジェット、プロトU型をにらみつけていた。
アイツを見た瞬間に感じた苛立ち――その答えに、二人はここに至って気がついていた。
「あんなすごい人達がいる空を……
スバルが……あたし達がずっと、目指し続けてきた空を……!」
「アイツが……こなたが飛ぶ空を……!」
『アンタみたいなのが、うろついてんじゃないわよ!』
そうだ。
単純に、気に入らなかったのだ。
サイズといい鳥形の大きな翼といい、明らかに自己主張の強い意匠のその姿に、スマートさに重点を置いた、一言で言ってしまえば“没個性”を体現したとも言える完成形のU型には感じなかった悪寒を抱いていたのだ。
ティアナにとって目指すべき場所。尊敬する先達の居場所。
かがみにとっては、守るべき、支えるべき友をもっとも引き立たせる場所。
その空を、無粋な機械人形に汚されたような気がして、苛立ちを隠しきれなかったのだ。
もちろん、今までにも空をフィールドとしている敵とは何度も戦ってきた。
なのになぜ、この場でのみそんな苛立ちを覚えたのか――心当たりはひとつしかなかった。
自分達がスバル達に対して抱いた焦りである。
しかし――彼女達は理解していた。
敵に対する苛立ちの正体を悟った瞬間に――自分の焦りの正体も。
自分達は、スバル達に負けたくないんじゃなかった。
ただ――となりにいたかったのだ。
共に戦う仲間として、スバル達と共に並び立てる力が欲しかったのだ。
仲間であり、友でもあるから、スバルが、こなたがつまずいても、それを支えてあげられる位置にいたかった――だから、スバル達に懸命に追いつきたかったのだ。
スバル達がマスターコンボイと仲良くしているのを見て感じた苛立ちはシットからなどではない。彼女達との間に、ハイパーゴッドオンできる・できないという距離感を感じていたからだったのだ。
だから求めた。
ハイパーゴッドオンとハイパーゴッドリンクを遂げ、カイザーマスターコンボイとなり――自分達に先駆けて“空”にたどり着いた親友達に追いつける力を。
“空”に戦いの場を移した友と並び立つために。
“空”で友の前に立ちふさがる敵を打ち払うために。
そのために自分達も“空”にたどり着きたくて――その力をハイパーゴッドオンに求めていたのだ。
焦りと苛立ち――二つの感情は、“空”というキーワードでつながっていたのだ。
「アンタがそこから降りてこないなら……」
「降りてこなくてもいいわよ」
そして――そのことを理解した今、彼女達に迷いはなかった。
ただ、力を解き放つだけだ。
『こっちから行ってやるまでよ!』
友と並び立ち――友を支えるための力を。
『ハイパー、ゴッドオン!』
瞬間――ティアナとかがみの姿が虹色の光に包まれた。上空のジェットガンナーに、ライトライナーに溶け込むように消えていき、それぞれの機体が彼女達放つ虹色の輝きに照らし出される。
「システムロック、解除を確認。
出力、大幅上昇。
これが……ハイパーゴッドオン……」
「そうみたいね」
システムを上書きするどころではない。力ずくとも言えるハイパーゴッドオンでロックされていたシステムをムリヤリ叩き起こした――感嘆し、つぶやくジェットガンナーに答えると、ティアナは眼下のかがみやつかさ、みゆきに告げる。
「いくわよ――みんな!」
「もちろんよ!」
「うん!」
「はい!」
「ライトフット!」
「レインジャー!」
「ロードキング!」
『ジェットガンナー!』
かがみが、つかさが、みゆき、そしてティアナとジェットガンナー。それぞれが名乗りを上げ、頭上に大きく跳躍し、
『ハイパー、ゴッド、リンク!』
咆哮と同時、彼女達はゴッドオンしたまま分離、変形を開始する。
かがみのゴッドオンしたライトフットは両足が分離、両腕を後方にたたんだライトフットの両側に合体し、より巨大な上半身へと変形する。
一方、つかさのレインジャー、みゆきのロードキングはそれぞれ上半身と下半身、さらにバックユニットの三つに分離、下半身は両足がビークルモード時のように合わさってより巨大な両足に。さらに二つの下半身が背中合わせに合体、下半身が完成する。
完成した下半身にライトフットの変形した上半身が合体、さらにそのボディの両横、右側にレインジャーの、左側にロードキングの上半身が合体、内部から二の腕がせり出し、両肩が形成される。
そして、現れた二の腕にレインジャーとロードキングのバックユニットが合体。拳がせり出し、両腕が完成する。
最後にライトフットの頭部により大型のヘルメットが被せられた。フェイスガードが閉じると、その瞳に輝きが生まれる。
そんなかがみ達の頭上に飛び出したのはティアナがハイパーゴッドオンを遂げたジェットガンナーだ。ビークルモードへとトランスフォームすると、そこから機首を後方にたたみ、機体下部の装甲を展開して合体ジョイントを露出させる。
そして、両者が交錯し――ジェットガンナーがかがみ達の背中にバックユニットとして合体する。
すべてのシークエンスを完了。ジェットガンナーの下部、2基の推進ユニットが力強く推進ガスを噴射する中、ひとつとなった彼女達は高らかに名乗りを上げる。
『連結、合体! ジェットライナー!』
合体により、ジェットガンナーやライトフットから放たれる虹色の輝きがレインジャーにも、ロードキングにも伝わっていく――全身を七色の光で彩るジェットライナーは、ゆっくりとプロトU型へと向き直った。
「ティアナ――初撃はあたしが!」
「OK!」
そして、かがみの言葉にティアナが返し――次の瞬間、ジェットライナーはプロトU型に向けて飛翔していた。爆発的な加速と共に、一気に間合いを詰め、殴り飛ばす!
反応すら許されずに一撃をくらい、プロトU型が体勢を崩し――その目の前で、ジェットライナーは足元にフローターフィールドを展開、その上に降り立つと背中の推進ユニットを取り外し、
「照準、問題なし」
「いっけぇぇぇぇぇっ!」
ジェットガンナーの言葉と同時にティアナの操作でトリガーを引く――ガンナーコンボイ時にも使用する主砲、ジェットショットから放たれた虹色の魔力弾がプロトU型を吹っ飛ばす!
だが――敵もとっさに展開したAMFでなんとか威力を殺していた。体勢を立て直してジェットライナーに向けて魔力弾を放つが、すでにジェットショットは背中に戻し、推進システムとして機能していた。ジェットガンナーの操作で再び空中に舞い上がり、プロトU型の攻撃を回避する。
そして――
「デバイスを介するよりは精度が落ちるけど――この状態なら!
クロスファイア――シュート!」
ティアナが魔法を発動。ジェットライナーの周囲に生み出された魔力弾が、プロトU型を吹き飛ばす!
「す、すごい……!」
「私達、出る幕ありませんね……」
「当然だ」
共に合体したはいいが、ティアナとかがみの勢いがすごすぎて介入の余地がない――つぶやくつかさとみゆきの言葉に答えるジェットガンナーだが、
「ランスター二等陸士も柊かがみも、これでもかというくらいに似たもの同士。
一度息が合ってしまえば、この程度の連携は造作もない」
「うっさいわよ! ジェットガンナー!」
「それはあたし達のキャラがかぶってるって言いたいワケ!?」
言い方に問題があった。ジェットガンナーの言葉に、ティアナやかがみからツッコミが飛ぶ。
「まぁ、いいわ。今は敵を叩き落とすのが先決!
かがみ! このまま一気に押し切るわよ!」
「りょーかい!」
『フォースチップ、イグニッション!』
ティアナ、かがみ、つかさ、みゆき、そしてジェットガンナーの叫びが交錯し――ミッドチルダのフォースチップが飛来した。そのまま、ジェットライナーのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
それに伴い、ジェットライナーの両足と右肩、そして背中に合体したジェットガンナーの装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
そう告げるのはジェットライナーのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
Final break Stand by Ready!〉
再び制御OSが告げる中、ジェットライナーの周囲に多数の魔法陣が出現した。上下左右と背面を囲うボックスのように整列したその魔法陣群の中に、ジェットライナーは静かに降り立ち、背中のジェットショットを取り外して両手にかまえる。
左右のジェットショットを合わせるように合体、二連装の魔力砲となったそれを前方にかまえるその姿は、シューティングブースから標的を狙うガンナーのようで――
『ライナー、ジェットシューティング!』
咆哮と同時にトリガー。強烈な反動を周囲の魔法陣群に受け止めてもらいつつ放った巨大な虹色の魔力弾が、狙いたがわずプロトU型へと襲いかかる!
そして――
『……皆、中』
ティアナ達が静か告げ――魔力弾が直撃、巻き起こった大爆発がプロトU型をバラバラに引き裂いていった。
「…………ダメね。
コイツのメモリにも、ヴィヴィオやゆたかちゃんの居場所に関するデータはないわ」
ティアナ達が持ち帰ったのは、自分達の新必殺技で爆砕された際、爆風に乗って焼滅を免れたガジェット・プロトU型の頭部センサーユニット――ホスピタルタートルの格納庫でその内部データを解析し、霞澄はその結果をため息まじりにはやて達へと報告した。
「そっか……ヴィヴィオ達の行方の手がかりがつかめれば、と思っとったけど……
残念やったな、なのはちゃん」
「ううん。
スカリエッティ達が、まだヴィヴィオを見つけていない――それがわかっただけでも、前進だよ」
気遣うように告げるはやてに答えるなのはだったが――少し下がったところでそのやり取りを見守っていたティアナは気づいていた。
自らの身体を抱きしめるように組まれたなのはの腕が、わずかではあるが震えていることに。
フェイトやはやて達も、そして周りのアリシアや守護騎士達も気づいているのだろう。皆一様になのはのことを心配そうに見つめている――ハイパーゴッドオンを果たしたというのに結局役に立てなかったのがもどかしくて、ティアナは小さく息をつき、
「…………ティアナ」
なのは達に聞こえないような小声で、かがみがティアナに声をかけた。
「また次がんばればいいよ。
ヴィヴィオも、ゆたかちゃんも……二人を守ってくれてるはずのガスケットも。
3人とも、みんなで助け出す――手がかりがあろうとなかろうとそれは変わらない。でしょ?」
「…………そうね。
今回がたまたま外れだっただけ……次の機会に、それがダメならまた次……たどり着けることを信じて、今は進むしかないのよね」
その言葉に、ティアナは軽く頬をパチンと叩いて気合を入れ、
「進むわよ、かがみ。
ヴィヴィオ達見つけ出して、取り戻す。
アイツらと――スバル達と、一緒に……」
「合点承知、ってね♪」
なのは達のためにも、それぞれの親友のためにも、今はただ進むのみ。決意を新たにしたティアナの言葉に、かがみは笑顔でうなずいて――
「貴様ら、いい加減にしつこいぞ!」
「マスターコンボイさんが名前で呼んでくれればすむ話じゃないですか!」
「そうだよ!
素直になれば万事解決! さぁさぁ、覚悟を決めてCall me!」
「だが断るっ!」
『って、アンタらは空気を読めぇぇぇぇぇっ!』
相変わらず追いかけっこを継続していたマスターコンボイ、スバル、こなたの3名に、ティアナとかがみの怒りの魔力弾が降り注いだ。
なのは | 「ティアナ達もハイパーゴッドオンか…… 友達のスバルやこなたのため、って、いかにもあの二人らしいよね」 |
はやて | 「私はそれよりもGLXナンバーの生い立ちが明かされた方がビックリや。 まさか、あの子達もトランステクターやったなんてな」 |
フェイト | 「そうだね……」 |
はやて | 「設計データとAIを用意して、後はスキャニングで一発。 まるでレンジでチンッ、のレトルト料理やな」 |
アイゼンアンカー | 「そのたとえ方やめてくんない!?」 |
なのは | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第81話『鋼鉄の騎士、守護の侍 〜Wライナー、Wで全開!〜』に――」 |
4人 | 『ハイパー、ゴッド、オン!』 |
(初版:2009/10/10)