それは、今をさかのぼること約一月前、マグナブレイカーの初陣から少し経った頃――

「できたーっ!」
 マックスフリゲートのブリッジ――作業を完了し、すずかは大きく背伸びして声を上げた。
「あれ、できたのか?」
「あ、はい……」
 そんな彼女に声をかけてきたのはジュンイチだ。読んでいた本を閉じ、尋ねる彼に対し、すずかは振り向きながらうなずいてみせる。
 その拍子に、ジュンイチの手の本のタイトルが目に入ってくる――“合法的な嫌がらせ100”。
「まったく、ジュンイチさんってば、またそんな本読んで……」
「勉強になるぞ」
「何の勉強!?」
 すずかに答えるジュンイチに思わずイレインがツッコむが、ジュンイチはかまわず立ち上がり、すずかの展開していたウィンドウをのぞき込んだ。
「…………うん。大丈夫だな。
 AIシステムも、TF制御プログラムも問題なし。
 さすがはすずか。いい仕事するぜ」
「そんな……
 AIの性格の自由度なら、ジュンイチさんの作ったものの方が……」
「オレの場合は、オレの人格をコピったもんをベースに作るだけだ。
 おかげでどいつもこいつも問題児ばっかり……お前が言うほどすごくはないさ」
 苦笑まじりに肩をすくめ、ジュンイチはブリッジを見回し、
「とにかく……これで“コイツ”も本格稼動まであと少し、か……
 順調といえば順調、か……」
「そうですね。
 でも……」
「あぁ」
 答え――不意に視線を落としたすずかに対し、ジュンイチもため息をつき、
「問題は誰をマスターに、って話なんだよなぁ……
 ナンバーズどもやルーテシアはコイツのマスターを務めて後方に引っ込んでるようなヤツらじゃないし、そもそも戦闘スキル的に向いてない。
 ガスケットも同じく……っつーかアイツに任せたら暴走する。絶対暴走する。
 オレ達やホクトもみんな前線に出るし……」
《そうですね。
 あなた達は、みんなマスターには向いてないですね――能力的にではなくポジション的に》
 つぶやくジュンイチに答えるのはウィンドウ越しに格納庫の“本体”から通信してくるマグナで――
《仕方ありません。
 それなら私が……》
「お前もマグナブレイカーの管制って役目があるだろうがっ!」
 映像の中でコホンッ、とせき払いしてみせるマグナにツッコむと、ジュンイチはすずかへと向き直り、
「スキル的に一番の適任者はすずかだけど……お前も、パートナー新規に組むのはヤだろ?」
「うん……
 私としては、エクシゲイザー以外のパートナーは……」
 ジュンイチの言葉にうなずきかけ――すずかは気づいた。
「あららー、言ってくれるわねー♪」
 ジュンイチのとなりのイレインの顔が、それはもう見事なまでに輝いていることに。
 それはまるで、新しいオモチャを見つけた子供のように。
「エクシゲイザーをふったってのに、まだまだパートナー関係は安泰ですか。
 あ、まさかまだまだ元サヤの余地あり? やるわねー♪」
「あ、えっと、その……」
《恋多き乙女ですね。
 あぁ〜あ、私も若いうちにそんな恋愛をしてみたかったものです》
「って、マグナまで!?」
 ニタニタ笑いのイレインだけでなく、マグナまでもが参戦――二人にジリジリと詰め寄られ、すずかは思わず声を上げ――
「………………?
 何でそこで恋愛の話になるんだ?」
 約1名、まったくわかっていないバカがいた。
 と――
「あ、あの……」
「………………?
 ゆたか……?」
 そこに姿を見せたのはゆたかだった――ジュンイチが振り向くと、トレイに人数分のカップを乗せてブリッジに入ってくる。
「お茶、淹れてみたんですけど……」
「おぅ、ありがとな」
 告げるゆたかにジュンイチが答え、一同それぞれにカップを受け取り、そこに注がれた紅茶をすする。
「…………うん。おいしい。
 これ、ゆたかが淹れてくれたの?」
「あ、はい……
 前に、お姉ちゃんが淹れてたのを見たことがあって……」
「こなたが紅茶? 似合わないわねー。
 あの子の場合、徹夜ネトゲの寝オチ対策にコーヒー、って感じだと思うけど」
 すずかに答えるゆたかの言葉にイレインが苦笑し――
「でも……なんでまたいきなりお茶を?」
 そう尋ねたのはジュンイチである。
「あ、えっと……
 ジュンイチさんに助けられて、ここにご厄介になってるのに……私、何もできないから……
 だから、せめてお茶くらいは、って……」
「そういうことかよ……
 別に気にしなくてもいいのに、ご苦労なことだ」
 ゆたかの言葉にそう返し、ジュンイチは彼女の頭をなでてやり、
「でも……サンキューな。
 『何もできない』なんてとんでもない。こうやって茶を淹れてくれただけでも十分さ」
「そ、そうですか……?」
 素直に賞賛の言葉を向けるジュンイチだが、それを受けるゆたかの顔はどこか暗かった。
「みんな、危険な戦いの中で一生懸命戦ってるのに……私、こんな程度のことしかできなくて……」
「おいおい、そういうことを言うもんじゃない。
 その『こんな程度』だって、できないヤツはいるんだ――たとえば、ウチの“居候”どもとか」
 そうジュンイチが答えた瞬間――艦内のあちこちからくしゃみが聞こえたような気がしたがそれはさておき。
「オレだって、『淹れてる時間がない』って意味じゃ十分に“できないヤツ”のひとりだしな。
 オレ達にできないことができる。それは『こんな程度』なんて言葉で貶められることじゃないと思うがね」
 言って、ジュンイチはゆたかの頭をポンポンと優しく叩き、
「オレ達みたいなことができなくたっていいんだよ。
 お前はお前のできることをやればいい――それが今回はたまたま紅茶だったワケだし……もし戦いの中で自分のできることが見つかれば、それをやればいいんだ。
 焦る必要なんかない――わかったか?」
「………………はいっ!」
 そのジュンイチの言葉に、ゆたかは笑顔を取り戻してうなずき――
「……ところで……」
 そんな会話に割り込んできたのはイレインだった。ジュンイチの手の中のカップ、そこに注がれた、未だ口をつけられていない紅茶を指さし、
「さっさと飲みなさいよ、ソレ」
「オレにこんな熱い茶を飲めと?」
 相変わらず、猫舌なジュンイチであった。

 

 


 

第85話

我こそキング!
〜その力、最大級につき〜

 


 

 

 そして時間は現在に戻り――

「くっそー……ホントに見渡す限りの森林地帯だぜ……」
 木々の間を駆け抜けて開けた場所に出てみれば、そこから見渡せる風景も一面の森林――停車すると同時にロボットモードにトランスフォームし、ガスケットはひとりため息をついた。
 ヴィヴィオやゆたかと共にマックスフリゲートに保護されたはずの彼がどうしてこんなところにひとりでいるのか――
「アームバレット達と会える、っつーのは高望みとしても……誰でもいいから管理局のヤツと接触できれば、六課のみんなと連絡を取ることもできるんだけどなぁ……」
 そう。彼の目的は六課との接触を図ること。理由はもちろん――
「ヴィヴィオのヤツ、今は落ち着いてるけど、いつまた『なのはに会いたい』ってぐずりだすかわかんねぇからなぁ……
 柾木の旦那は『今帰しに行くのは危険だ』って言ってたけど、やっぱほっとけねぇっつーの」
 つぶやき、ガスケットは再度ビークルモードへとトランスフォームし、探索に戻る――
 

 その姿を、茂みの中から発見した者がいたことに気づかないまま。

 

「…………はい、そこまで」
「はーい」
 指定されていた時間ピッタリに主治医の登場――病室に入ってきたシャマルの言葉に、はやては息をついてペンを置いた。
「うーん……あんまり進まんかったなぁ……」
「まったく進まないよりはいいでしょう?
 とにかく、これ以上ははやてちゃんの騎士である以前に医者として認められないわ」
 目の前には処理待ちの書類の山と今回処理した書類の小山――ため息をつくはやてに答え、シャマルは彼女に代わって書類の片づけに取りかかる。
 地上本部攻防戦で半殺しの目にあい、このホスピタルタートルに担ぎ込まれて早1ヶ月と少し。傷はほぼ完治に近い状態まで回復していた。
 しかし――だからこそ“もう大丈夫だから”とムリして元の木阿弥、という危険の大きい時期でもある。医者であるシャマルとしては、完全に退院するまではおとなしくしていてほしいというのが正直なところだ。
 反面、部隊長であるはやてがいつまでも機能停止状態というのも今後の部隊の活動を考えるといただけないのもまた事実。そこで、身体にムリのないように時間制限つきで、部隊長の決済が必要な書類に限る、という条件で病室での仮業務を許可したのだ。

 ちなみに。
 そんなシャマルのフォローは、当然他の隊長格のメンバーにも及んだが――設定された制限時間を越えてリハビリに没頭、彼女の気遣いをぶち壊してくれた某教導官と某烈火の騎士は、怒りのシャマルの手によって“隔離病棟行きの刑”に処されていたりする。

 閑話休題。

「ところで……ジュンイチさん達の行方について、何かわかったん?」
「まだですね。
 恭也さん達も動いてくれて、ジーナさん達もネットワーク方面から追ってくれてますけど、まだ……」
「そっか……」
 そして話題は、事件の重要な鍵を握っていると思われる(実際握っているのだが)人物について――尋ねるはやてに対し、シャマルはため息をついてそう答える。
「絶対、ジュンイチくんは何か知ってると思うんですけどね……」
「せや……
 にしても……」
 つぶやくシャマルにうなずき、腕組みをしたはやてが思考を巡らせながら彼女に告げる。
「なぁ……シャマル。
 あのジュンイチさんにしては、ずいぶんとコソコソしてると思わへんか?
 “擬装の一族ディスガイザー事件”でシグナム相手にフラグ立てて、恭也さんや知佳さんを敵に回した時も、堂々としとったジュンイチさんが……」
「いや……少なくともあの一件はジュンイチくんがどうこうじゃなくて、ジュンイチくんの“前世”が立ててたフラグがジュンイチくんに誤爆したようなものじゃないですか……」
 はやての言葉に苦笑するものの――シャマルもまた、はやての意見には賛成だった。
「でも……言われて見れば確かにそうですよね。
 ジュンイチくんの性格を考えたら、真正面に出てきてみんなの代わりに的になる、くらいのことはやりそうなのに……というか、まず確実にやる子なのに……」
「まったく……どこで何してるんや、あの人は……」
 シャマルの言葉に、はやてが改めて息をつき――
「八神部隊長!」
 声を上げ、病室に飛び込んできたのは――
「こら、アルト。病院では静かにせんとあかんよ」
「あ、し、失礼しました!」
 アルトだった。たしなめるはやての言葉に敬礼と共に謝罪するが、
「……って、それどころじゃありません!
 ジュンイチさんの足取りが!」
「何やて!?」
 そんな彼女の口から出たのは、今しがた話題にしていた人物についての情報――思わずはやてはベッドの上から飛び起きた。
「どういうことなん!?」
「30分くらい前に、ジュンイチさん名義のクレジットカードが使われたのが監視システムに引っかかって……
 これ、その際の買い物のリストです。捜査の名目で引き出してくれたそうです」
 答え、アルトの差し出してきた書類を受け取ると、はやてはシャマルと共に目を通し――止まった。
「えっと……MGのダブルオー・セブンソードに、SDXの頑駄無大将軍……」
「……『カイジ』のBlu-ray BOXに……あ、ミニプラのサムライハオー全セット一気買いしてますよ」
「PS3の『第2次スーパーロボット大戦Z』に、『モンスターハンター4』……」
「水樹奈々さんの新曲とライブDVD、来年のカレンダーと一緒に買ってますね。
 食料品や生活用品がその後にようやくって……」
 シャマルと交互に読み上げていく内、リストを持つはやての手がプルプルと震え始め――心からの本心をぶちまけた。
「…………ほ、ん、ま、に……っ!
 何やっとんのや、あの人はぁぁぁぁぁっ!?」
 

「戦いながらヲタクライフを満喫してますが何か?」
《マスター?》
「気にするな。
 なんか電波を受信しただけだ」
《あぁ、そういうことですか》
 この言い分で納得するあたり、さすがはジュンイチのデバイスと言ったところか――ジュンイチの首元の漆黒の宝石、待機状態の蜃気楼がうなずく代わりにキラリと輝いてみせる。
「え? どういうこと?」
「お約束ってヤツだ」
《マスターが言うにはそういうことらしいです》
 一方、となりを歩くホクトはまだまだ素直な反応を見せてくれる――首をかしげてみせるホクトに、ジュンイチはあっさりとそう答え、蜃気楼も彼の首もとで同意してみせる。
 彼らは現在、マックスフリゲートを離れ、街へと買い出しに出ていた――もちろん、簡単にマックスフリゲートの待機場所をつかまれないように、かなりの遠回りをした上で離れた街での買い出しである。
 だが、それももう終わり――近くの店で購入したホットココアをちびちびと飲みながら(←熱くて一気飲みできない)、しばし街を練り歩く。
《それで……これからどうします?
 このまま帰りますか? それとも……》
「そうだな。
 とりあえず、ヴィヴィオやゆたかへの土産を買うのは必須として……」
 尋ねる蜃気楼に答えるが――彼が何を言いたいか、ジュンイチはとっくにお見通しだった。
 そのまま歩道を歩き、次第に裏通りへ――人気のないところに出たところで立ち止まり、ジュンイチは告げた。
「その前に……“お客さん”にお帰りいただこうか。
 少なくとも、このまま家までご招待……ってワケにもいかないし」
《了解です》
「え? え? 何?」
 ジュンイチと蜃気楼の会話にホクトが首をかしげると同時――存在に気づかれていたと知った“彼ら”が次々に姿を現した。
 一見すると普通の人間だが――
「あ、あれ……?
 何か変じゃない? あの人達」
「リアリティが足りねぇんだよ。
 人間そっくりに“造る”んなら、せめて瞬きくらいはさせとけよ」
「そうか。
 なら、次はそうしようか」
 ホクトに答え、告げるジュンイチに答える声――同時、ホクトの首根っこをつかまえ、ジュンイチの飛びのいたその場所に漆黒の刃が叩きつけられた。
 その一撃の主は――
「へぇ……誰かと思えばお前か。
 どーしてユニクロン軍のお前がオレに仕掛けてくるんだよ? 今までの流れ的に、それほど攻撃の理由をお前らに与えたつもりはねぇんだけど」
「よく言うぜ。
 地上本部からこっち、シャレにならないくらいの暴れっぷりを見せてくれやがって」
 尋ねるジュンイチにそう答え、ノイズメイズは地面に突き立てたウィングハルバードを引き抜き、
「現状、ある意味一番厄介なのはお前だ。
 戦力が強化されまくってる機動六課も十分にヤバイが、お前はそれ以上の戦闘能力をすでに持っているんだからな」
「あららー、評価が高くてうれしいねー♪
 おかげでこの熱烈歓迎ってワケ?」
「そういうことだ!
 お前さんには、このドロイドどもの実戦テストに付き合ってもらおうか!」
 軽口を叩くジュンイチにノイズメイズが答えるのを合図に、周りの人間の姿をした“何か”が一歩分だけ包囲を狭めてくる。
「さぁ、どうする?
 さすがのお前も、街中じゃ手加減なしの全開戦闘なんて――」
 その瞬間――轟音と共に、ノイズメイズの顔のすぐ脇を何かが駆け抜けた。
 直後、背後のビルに激突し、砕け散るのは1体のドロイド――固まるノイズメイズの目の前で、ジュンイチは蹴り足を納め、
「お前、やっぱ相当バカでしょ。
 オレが街中だからって手加減する人間なワケないだろうが――そんな人間だったら、そもそも地上本部ビル丸ごとハンマーにしたりしないって。アレだって街のド真ん中に建ってたワケだし 。
 増してや裏通りのド真ん中――手加減する理由なんかハナからねぇよ」
 つま先でトントンと地面を叩き、残りのドロイドを一瞥し、告げる。
「まぁ、それでも数はいるみたいだけど……ハッキリ言えばテストになんかならないよ。
 全部、データを取る間もなくブッ壊させてもらう。正直、時間稼ぎくらいにしか……」
 言いかけて――ジュンイチは動きを止めた。
 脳裏に浮かんだ“ある可能性”――視線を鋭くし、ノイズメイズをにらみつける。
「てめぇ……!」
「さすがにカンがいいな。
 気づくとは思ってたけど、まさか本格的に戦う前に気づくとはな」
「え? 何? 何?」
 ジュンイチの言葉に、ノイズメイズが不敵な声色で答える――先ほどから置いていかれがちなホクトがまたしても疑問の声を上げるが、ジュンイチも今度ばかりは彼女にかまっている余裕はなかった。
 そして――対するノイズメイズはそんなジュンイチに対し悠然と告げる。
「お前の考えてる通りさ。
 今頃は……」
 

「うーん……」
「………………?」
 マックスフリゲート、居住区画のレクルーム――珍しく難しい顔で考え込んでいるゆたかの姿に、テーブルに向かい合ってキャラメルミルク(ジュンイチの作り置き)を飲んでいたヴィヴィオは小さく首をかしげた。
「どうしたの?」
「うん……
 なんだか……うまくいかないなー、って……」
 尋ねるヴィヴィオに答え、ゆたかは再びため息をつき、
「私達、ジュンイチさんに助けられてここにいて……だから、何か恩返ししてあげたいんだけど……
 でも、ジュンイチさんって何でもできちゃう人だから……私なんかじゃ、役に立てないんだよね……」
 ジュンイチは「できることをやればいい」と言ってくれたが――その“できること”ですら相手に劣っていては世話はない。ヴィヴィオにそう告げ、ゆたかはため息をつき――
「だからってさぁ……人のいるところでそんな暗い空気ばらまくなよな」
 別のテーブルで頬杖をつき、そう返してくるのはノーヴェだ。セインやディード、ウェンディと共にテーブルを囲み、こちらに対してうっとうしそうな視線を向けてくる。
「悩むんなら他所でやってくれよ。
 レクルームなら他にもあるんだからさ」
「だよなー。
 こっちまで辛気臭くなってかなわないや」
「でも……」
 ノーヴェにセインも同意するが、そんな彼女達に対し、ゆたかもまた不安げな視線を返し、
「ジュンイチさんに助けられたのは、みんなも一緒でしょ……?」
『う………………っ』
「なのに、助けられてばっかりで、それでいいの……?」
『うぅ………………っ』
 ゆたかの問いに対して明確な答えを返せず、ノーヴェ達は思わず言葉に詰まり――
「そうっ、スね……」
 そう口を開いたのはウェンディだった。
「アイツ……いろいろやってくれてるっスね……」
 そんな彼女が思い出すのは、先日ジュンイチの部屋に忍び込んだ時のこと――あの時見つけた、自分達を鍛えるためにジュンイチが密かに用意していた教導計画のことである。
(ホント……何考えてるんスかねー、アイツは……)
「………………?
 ウェンディ……?」
 明らかにいつもの元気を失ったウェンディの姿を見て、セインは不思議に思って声をかけ――
「………………」
 別のテーブルで我関せずとばかりに会話にからまずにいたルーテシアが顔を上げた。
「………………来る」
『来る?』
 ポツリ、とつぶやいたルーテシアに一同が聞き返した、その時――艦内に警報が鳴り響いた。
 

「ちょっと……どういうことよ、コレ!?」
「わからないけど……とにかく見つかったことだけは確かだよ!」
 突然の警報、そしてレーダー画面には無数の赤い光点――声を上げるイレインに対し、すずかもまた真剣な表情でそう返してくる。
「いきなり索敵範囲にたくさん……!
 魔力反応なし――ノイズメイズ達のワープだよ、コレ!」
「でも、どうして……?
 隠密戦のプロのジュンイチが徹底的にカモフラージュを施してたのに……!」
 どうしてここがわかったのだろうか。歯がみしててうめくイレインだったが――展開されたウィンドウに映し出された映像を見て、その疑問はあっという間に氷解した。
〈お、お前らぁっ! 助けてくれぇぇぇぇぇっ!〉
「アンタが原因か、このバカぁぁぁぁぁっ!」

 それは、シャークトロンの大群に追われるガスケットからの救援要請――思わず声を上げるイレインだが、それでシャークトロン達が帰ってくれるはずもない。
「とにかく迎撃!
 イレイン、オメガスプリームを……」
「わかってる!
 オメガスプリーム!」
〈了解。
 おめがすぷりーむ、発進スル!〉
 すずかに答え、指示を下すイレインの言葉に、オメガスプリームも通信越しに応じて出撃していき――
「おいおい、何だよ、この騒ぎは!?」
 ブリッジに駆け込んできたのは、先ほどの警報を聞きつけてやって来たセイン達――代表する形で、ノーヴェがイレイン達に対して現状を問いただす。
「敵よ!
 ユニクロン軍――ウチのバカがやらかしてくれたおかげで、見事に見つかっちゃったわよ!」
 そう答えると、イレインは右腕に愛用のブレードを装着し、左手の電磁ムチ“静かなる蛇”の調子も確認する。
「すずか、あたしも出る!
 こっちは任せたわよ!」
「うん!」
 告げるイレインにすずかがうなずき――
「待ちなよ」
 声をかけてきたのはセインだ。レーダー画面の無数の光点を指さし、尋ねる。
「あの数をアンタ達だけ……大丈夫なのか?
 能力的には平気でも、数の暴力で押しつぶされるのがオチなんじゃないか?」
「だったらどうしろっつーの?」
 対し、イレインはあっさりとセインに返した。
「このままここに閉じこもってたってマックスフリゲートごとフクロにされるのがオチじゃない。
 同じヤバイ状況なら、少しでも悪あがきするべきだと思うけど?」
 そう告げるイレインだったが――
「そうだな。
 あたしもそう思う」
 対するセインもまた、あっさりとそう返してきた。
「だからさ……あたしらにもさせてほしいんだけど。
 その“悪あがき”をさ」
「え………………?」
「最終的にどう身を振るかは別にしても、今ここにいる以上、巻き込まれるのは確かだからな」
「要は、ここを落とされて、巻き添えでやられちゃうのはノーサンキューってことっスよ」
 思わず動きを止め、声を上げるイレインに対し、セインやウェンディがそう答え、
「それに……“聖王の器”もここにはいることだしな」
 言って、ノーヴェがチラリとブリッジの入り口へと視線を向ける――そこには、ゆたかとヴィヴィオの姿があった。
「ちょっ、アンタ達まで!
 警報鳴ってるでしょ! 部屋に戻ってなさい!」
「ご、ごめんなさい。
 でも……」
 声を上げるイレインだったが、ゆたかは謝りながらもヴィヴィオと視線を交わす。
 だが、彼女達の不安もわかる。今まで、こんな警報が鳴ったことはなかった。ジュンイチが鳴らせなかった――それが覆ったのだ。不安にならないはずがない。
「ま、そういうこと。
 あたしらとしては、あの子の身の安全も確保しなきゃならないんだよ。
 何しろ、ドクターが欲しがってる子なんだから」
「最終的にはあなた達と雌雄を決してからになりますが……それまで、彼女を危険にさらすワケにはいきません」
 だが、これで彼女達が参戦を申し出た理由がハッキリした――セインやディードの言葉に対し、イレインは思考を巡らせる。
 ……確かに彼女達の言う通りかもしれない。
 この艦に身を寄せているとはいえ、自分達の関係は敵と味方の位置づけから完全に脱却しているワケではない。
 しかし、それでも現状において、やるべきことは一致している。
 すなわち、マックスフリゲートを守ること――自分達の身を守るためにも、ヴィヴィオを守るためにも。
 だから、息をついてセイン達に告げる。
「……途中で逃げたりしたら、その時の無様な姿をスカリエッティ達にバラすからね」
「上等だ。
 あたしらの強さで、逆にお前らをビビらせてやるぜ」
 挑発的な宣言に、ノーヴェも不敵な笑みと共に返してきた。両者はそのままにらみ合い――
「どうでもいいけど……」
 セインが口を開いた。ブリッジの窓から外を見て――
「お嬢様、もうとっくに出撃してるけど」
「って、えぇっ!?」
「お嬢様、行動早っ!?」
 すでにマックスフリゲートの甲板でガリューをスタンバイさせているルーテシアを指さすセインの言葉に、イレインとノーヴェが声を上げた。
 

炎弾丸フレア・ブリッド!」
 力の流れを感じ取り、制御。それを元に術式を編み上げ、解放する――ジュンイチの放った炎の弾丸がドロイドを数体、蜂の巣にした上で粉々に爆砕する。
 巻き起こる爆発の中、ジュンイチは爆天剣を手に突撃し、一気に距離を詰め――
「カラミティ、プロミネンス!」
 放つのはかつての愛機の必殺技、それを生身で放てるように改良したアレンジ版。炎に包まれた刃で、さらに数体斬り捨て、焼滅させる。
「へっ、やるじゃねぇか!
 さっきから大技乱発、大暴れじゃねぇか!」
「やかましいっ!」
 高みの見物を決め込んでいるノイズメイズに言い返し、ジュンイチは薙ぎ払うように振るった爆天剣から炎を放ち、さらに数体のドロイドを焼き尽くす。
「パパ!」
「お前は戦うな!
 5分しか全開で戦えないお前をここで使えるか!」
 声を上げるホクトに言い返すように答えると、ジュンイチは爆天剣をかまえてノイズメイズをにらみつけ、
「てめぇ……貧乏勢力のクセに、物量作戦で足止めとは、まぢでやってくれるじゃねぇか……!」
「言ったはずだぜ。お前は六課以上に厄介だって」
 憎々しげにうめくジュンイチだが、ノイズメイズは余裕の態度を崩さず答える。
「地上本部をブッ壊し、さらには裏の悪事までバラして社会的にも大ダメージ――ンなことを平然とぶちかましたお前は、間違いなく今の時点で一番警戒すべき相手だ。
 それだけの相手を叩こうとするんだ。戦力の出し惜しみなんかしてられるか。
 貧乏なのがどうの……なんて……」
 だが、その余裕が急に衰えを見せた。言葉を紡ぐ度にその肩が落ちていき――
「………………あー、そうさそうさ。どうせオレ達ゃ貧乏さ。
 ドロイドやシャークトロンはユニクロンパレスのプラントを使えば作れるけど、アイツら食ったって腹はふくれないんだ……」
「あ、凹んだ」
 とうとう体育座りで背を向け、地面に「の」の字まで描き始めた。
 その姿に、ドロイドを叩きながらも同情の目を向けるジュンイチだが――ノイズメイズもいつまでもいぢけているワケではなかった。すぐに立ち直り、ジュンイチに向けて告げる。
「……だが! ここでお前らを叩けば、パワーバランスは大きく変わる!
 “あの柾木ジュンイチを叩いた勢力”として、オレ達は他のどの勢力からも恐れられるに違いないっ!」
「喜ぶ連中の方が多いと思うんだけどなぁ……」
「ま、そうだろうがな。
 ディセプティコンとかスカリエッティの一味とか……」
「いや、管理局の方に」
「そっちかよ!?」

 あっさりと答えるジュンイチにツッコむが、ノイズメイズはすぐに気を取り直し、
「ま、そんなワケで、お前にはここでつぶれてもらうぜ。
 まずはお仲間ご一同、次にお前――どんなに優れた能力も、数の暴力の前には無力だって思い知るがいいぜ!」
「そーいや、お前らの戦法ってプラネットX在籍時代から“質より量”だったんだっけな……」
 自身タップリに告げるノイズメイズの言葉に、ジュンイチはため息をついてそうこぼし――
「……ま、それでもいいけど」
「ぶべっ!?」
 次の瞬間には、一瞬にして間合いを詰めたジュンイチの繰り出した蹴りが、ノイズメイズの顔面に突き刺さっていた。
「どわぁぁぁぁぁっ!?」
「まったく……甘く見られたもんだね」
 盛大にブッ飛び、大地に落下するノイズメイズに対し、ジュンイチは息をついてそうつぶやき、
「お前、オレのことちっともわかってねぇよ。
 だから、こうやって(お前らにとって)最悪の悪手も平気で打てる」
「な、何……を……」
 ジュンイチの言葉に反論しかけ――ノイズメイズの声が尻すぼみになって消えていった。
「母艦を叩き、孤立したオレ達を袋叩きにする――確かに戦術的には正解だ。
 だがな……」
 ノイズメイズに対し、恐ろしいまでのプレッシャーを放つジュンイチを前にして。
「あそこには、イレインや、すずかや、ノーヴェ達や……ヴィヴィオがいる。
 逆に言えば……守ってやるつもりのヤツしかいないんだ」
 そう告げるジュンイチの周りで、赤く輝く精霊力が渦を巻き――
「そいつらに手ェ出して……焼かれず帰れるとは思ってねぇよな!?」
 次の瞬間、それはすべてを焼き尽くす地獄の業火へと姿を変えた。
「ホクト……もう少し下がってろ」
 言いながらジュンイチが一歩を踏み出し――彼の足元から沸き立つ炎がアスファルトを焦がしていく。
「そこにいて――巻き込まれたって知らねぇぞ!」
 力強い咆哮と同時――ジュンイチは炎を解き放った。
 

「こん、のぉぉぉぉぉっ!」
 咆哮し、イレインの繰り出したブレードがシャークトロンの両足を断ち切った。その巨体を大地に転がし――
〈おめが、きゃのん!〉
 オメガスプリームの放った大型砲のビームが、別のシャークトロンをまとめて薙ぎ払う。
「オレだって……追い回されたままじゃ終わらないぜ!」
 そして、イレイン達の参戦で息を吹き返したガスケットもまた、手にしたエグゾーストショットでシャークトロンを次々に攻撃し――
「って、やっぱダメだぁぁぁぁぁっ!」
 しかし、元々とスピード重視で攻撃に重きを置いていないガスケットの火力では、AMF頼みのガジェットと違い純粋に装甲の厚いシャークトロンを一撃で落とすのはムリだった。1体撃破する間に他の2体、3体に攻め込まれ、あっという間に再び逃げ回るハメになる。
「ったく、何やってんだ、この役立たず!」
 そんなガスケットを(結果的に)救ったのはノーヴェだ。ガンナックルでの一撃がシャークトロンの姿勢を崩し、
「くらうっスよ!」
「いきます!」
 崩れたところにウェンディとディードが追撃。ウェンディがライディングボードから放った光弾で装甲にヒビを入れ、ディードのツインブレイズがそこから内部を破壊、シャークトロンを沈黙させる。
「こんな程度のヤツに、何手こずってんだよ!
 戦うつもりがあるならしっかり戦え!」
「うるせーっ!
 お前らだって一撃じゃ倒せないクセして!」
「何だと!?」
 ノーヴェの言葉にガスケットが言い返し、両者はしばしにらみ合い――
「ノーヴェ!」
「ガスケット、何やってるの!」
『どわぁぁぁぁぁっ!?』
 そんな二人にシャークトロン群は容赦なく襲いかかってきた。セインとイレインの警告で初撃こそかわしたものの、それでバランスを崩した二人を、別のシャークトロンの体当たりが吹っ飛ばす!
「ノーヴェ!
 ――ぅわぁっ!」
 吹っ飛び、大地に叩きつけられるノーヴェの姿にセインが声を上げ――そんな彼女やディードもシャークトロンに襲われた。背後からその巨体でのしかかられ、その重みで大地に押さえつけられてしまう。
「ったく、あの子達、えらそうなこと言っといて!」
 気づき、押さえ込まれたセイン達を助けに向かおうとするのはイレインだ――しかし、彼女もまた、別のシャークトロン達にすぐに包囲されてしまう。
「ジャマなのよ!」
 舌打ちまじりに“静かなる蛇”で一撃。巻きつけられたムチから電撃を受け、シャークトロンの1体が火花を散らして沈黙し――
「――って、きゃあっ!」
 頭上に跳んだ別の1体が真上から落下してきた。ムチを巻きつけたままでは満足に離脱もできず、イレインは押しつぶされるような勢いで飛び乗られ、大地に押さえ込まれてしまう。
〈いれいん!〉
 そんな彼女を救おうと、オメガスプリームが動くが――ダメだ。下半身に再三タックルを受け、バランスを崩したところを背後から体当たりされ、うつ伏せに倒れこんでしまう。
 さらに、そこへシャークトロン達が一斉に殺到。次々に上に飛び乗り、オメガスプリームのパワーでも脱出できないように重量任せに押さえ込む!
「あー、もうっ! 数多すぎっスよ!」
 個々の戦力では決して劣っていない。だが、数の差があまりにも致命的すぎる。ライディングボードに乗って上空に逃れ、ウェンディが声を上げ――
「――って!?」
 再びワープゲートが開いた――その中から姿を現すのは、今までに何度も機動六課を苦しめてきた巨大シャークトロン。しかも3体もいる。
「え、えっと……」
 ここに来てさらにあんな増援まで――ウェンディの口からは、もはやひとつの感想しか出てこなかった。
「ひょっとして……大ピンチってヤツっスか?」
 

「きゃあっ!」
「うわぁっ!」
 仲間達を最前線で飲み込んでいる数の暴力はマックスフリゲートにも及んでいた。攻撃を受け、衝撃に揺れるブリッジで、ゆたかやヴィヴィオが悲鳴を上げた。
 マックスフリゲート自体も使える火器を総動員して迎撃にあたっているが、ノイズメイズ達が戦力を使い切ることすら覚悟の上でしかけてきた総攻撃を押し返すには至らない。シャークトロンの大群の攻撃は、次々にマックスフリゲートに降り注いでくる。
「ゆたか、ヴィヴィオ!
 席について、シートベルトを!」
 事ここに至っては、二人を居住区に返すよりここでしっかりと面倒を見ていた方が安全かもしれない――そう判断し、すずかはヴィヴィオを抱き上げ、近くのシートに座らせてシートベルトを装着させる。
「ゆたか、次は――」
 キミの番だよ――そう言いかけた瞬間、再びブリッジを衝撃が襲った。その拍子にゆたかの身体が宙に跳ね上げられ――
「――危ない!」
 それを救ったのはすずかだった。ゆたかへと跳び、その身体に抱きついて――彼女をかばって、コンソールのひとつに背中を打ちつける!
「ぐぅ………………っ!」
「すずかさん!」
 衝撃が身体を貫き、苦しげにうめくすずかの姿にゆたかが声を上げるが、
「だ、大丈夫、だから……!」
 そんな彼女の頭を、すずかは苦しみに顔をしかめながらも優しくなでてやる。
「私は、大丈夫だから……ゆたかは、自分を守ることを考えて……!」
「でも……!」
 告げるすずかだが、その苦しげな表情を見てしまったゆたかは素直に従うことなどできなかった。
 だが――だからと言って自分に何ができるのだろうか。黙っていられないという想いと同時に、自分が何もできないことも思い知らされてしまう。
「みんなが、がんばってるのに……私は、何もできない……!」
 ブリッジの外では、ルーテシアの命を受けたガリューが懸命に防戦している――その姿を見て、戦うことのできない自分が悔しくてしょうがない。
「みんなを守りたい……!
 戦う力のない私だけど……それでも、守りたい……!」
 痛みから意識を失ってしまったすずかをその場に寝かし、立ち上がったゆたかは一面の戦場を見渡し、
「ジュンイチさんは『できることが見つかれば』って言ってくれたけど……それじゃ、ダメなんだ……!
 もう……見ているだけなのはイヤだ……! 戦わなきゃいけないのは、今なんだ……!」
 強い想いに突き動かされ、ゆたかは知らず知らずの内に拳をしっかりと握りしめる。
「私も……」

 

「私も、みんなのために戦いたい!」

 

 自分の胸の内をぶちまけるようにゆたかが叫んだ、その瞬間――
 

〈Call me.〉
 

「え………………?」
 突然、機械的な音声がゆたかに告げた。
〈Call me.
 And tell me your name.〉

 顔を上げると、正面のメインモニター一面にミッドチルダ語でシステムメッセージが表示されている――その中央に新たなウィンドウが開き、今しがた告げられた内容が表示されている。
The attrition rate exceeded 20 percent.損耗率が二割を超えました
 The restart of the defense system is necessary.防衛システムの再起動が必要です
 The regular master subscription is necessary to the restart.再起動のためには正規のマスター登録が必要です
 Do regular master subscription.正規のマスター登録を行ってください
「え? え……?」
 いきなりの呼びかけにすずかは思わず困惑し――しかし、言っている内容は理解できた。
 これはつまり――
(マックスフリゲートが……戦いたがってる……?)
 それは、ただの自動防衛システムの反応だったかもしれない――しかし、このタイミングで起動したことが、ゆたかにはマックスフリゲート自体が戦いたがっているのだと感じられた。
「キミも……戦いたいんだ……」
 つぶやき、ゆたかは目の前のコンソールをなでてやり――決めた。
「マスター登録……小早川ゆたか!」
The consent.了解
 It subscribes YUTAKA KOBAYAKAWA as the master.小早川ゆたかをマスターとして登録します
 The use language analysis.使用言語解析――It sets a system language to Japanese.システム言語を日本語に設定します
 ……登録ありがとうございます、マスター》
「うん!」
 使用言語をゆたかにあわせて日本語に切り替え、告げてくる音声に対し、ゆたかは元気にうなずいてみせる。
「すずかさん……勝手なことして、ごめんなさい……
 でも……私も、できることをしたいんです!」
 気絶したままのすずかへと視線を向け、静かにそう告げて――ゆたかは頬をパシンッ!と叩いて気合を入れ、再び正面へと向き直った。
「さぁ……いくよ!」
《了解。
 マスター。私の名前を》
 ゆたかの言葉に音声が答え、同時、メインモニターにそれが表示された。
 それが何を意味するか――もはや考えるまでもない。ゆたかは力強くうなずき、その“名”を読み上げる。
「みんなを守って――!」
 

「この…………っ!
 放す、っスよ……!」
 自分にのしかかってくるシャークトロンの圧力に、ウェンディはそれでもなんとか耐えていた――ライディングボードをつっかえ棒のようにシャークトロンの口の中に突っ込み、その牙に襲われないように防いでいるが、
「って、ぅわぁっ!」
 そのライディングボードも限界を超えた。シャークトロンの口の中でライディングボードがかみ砕かれ、押し返されたウェンディはその場に倒れ込んでしまう。
「こ、こんなところで……終わりっスか……!?」
 それでもヨロヨロと身を起こすウェンディだが、そんな彼女に対し、シャークトロンは鋭い牙を禍々しく光らせながらゆっくりと歩み寄っていく。
「何、やってるっスか……!」
 もはや抵抗の手段はほとんどない――つぶやくウェンディが脳裏に描き出すのは、こんな絶望的な状況すら苦もなくひっくり返してしまうような絶対的な“力”の持ち主――
「あたし達をクア姉から守って……教導プランとか考えて……それも、こんなところであたしらが死んだら、意味ないじゃないっスか……!
 どこで油売ってるかは知らないっスけど……!」
 つぶやくウェンディに対し、シャークトロンは大きく口を開け――
 

「さっさと帰ってくるっス! 柾木ジュンイチ!」

 

 

「ただいま」

 

 その瞬間、何かが渦を巻く音と共にシャークトロンが動きを止めた。
 何事かと顔を上げ――ウェンディは見た。
 頭部――上あごから上を消し飛ばされ、一瞬にして機能を停止したシャークトロンを。
 そして――
「ジャマだ」
 淡々と告げられた言葉と共に炎が渦を巻く――周囲のシャークトロンを薙ぎ払い、ジュンイチはウェンディの目の前に降り立った。
「……ったく……遅いっスよ……」
「間に合ったんだからいいだろ」
 うめくウェンディに答え、ジュンイチは爆天剣を肩に担ぎ、
「こっちだって襲撃されてたんだ――そう簡単に戻ってこれるか。
 速攻でボコ殴りにして帰ってきたんだ。多少の遅れは大目に見やがれ」
 

「…………速攻にも、ほどがあるだろうが……」
 ウェンディに告げたジュンイチの言葉が聞こえたワケではあるまいが――裏通りの一角で、ノイズメイズは黒焦げになってその場に転がっていた。
「っつーか……やられる描写すらナシかよ……
 なんか……最近オレ達の扱い、軽くねぇか……?」
 非常にメタな話題について愚痴をこぼし――ノイズメイズは今度こそ完全に意識を手放した。
 

「ったく……好き勝手やってくれたな、ホント」
 ともあれ、これ以上はやらせない――シャークトロンの群れが包囲する中、ジュンイチは舌打ちまじりにそう言い放った。
「コイツらにもしものことがあったらどうしてくれんだよ?
 てめぇら、半殺しじゃすまさねぇぞ」
「柾木、ジュンイチ……!」
 やはり、彼は自分達を守ってくれる――ジュンイチの見せる怒りに、ウェンディは思わず声を上げ――
 

「コイツらがリタイアなんかしちまったら、こっちの計画、大きく狂うだろうが」
 

「え………………?」
 だからこそ、続けて放たれたジュンイチのその言葉に自らの耳を疑った。
(今……『計画』って……
 じゃあ、柾木ジュンイチがあたし達を守ってくれるのは……)
 自分達は、彼の“計画”とやらのために守られていたというのか――呆然とするウェンディだが、ジュンイチはかまわず爆天剣を軽く振るい、
「いい機会だ。
 ノイズメイズのヤツ、全戦力投入したって言ってたからな――ここらで全部叩かせてもらうぜ!」
 告げて、ジュンイチが地を蹴ろうとした、その瞬間――大地が揺れた。
 いや――違う。
 突然、マックスフリゲートが動き出したのだ。巨大な陸上戦艦が動き出したことで、その振動が地響きという形でまき散らされたのだ。
「マックスフリゲートが!?
 でも、どうして……」
 どうしていきなりマックスフリゲートが動き出したのか。思わずジュンイチが動き出し――気づいた。
「まさか……誰か、マスター登録しやがったのか!?」
「な、何が起きたんスか……!?」
 声を上げるジュンイチにウェンディが尋ね――そんな彼女に、ジュンイチが歯がみしながら答えた。
「マックスフリゲートが……」
 

「マックスキングが、トランスフォームする!」
 

《マックスキング――トランスフォーム!》
 ゆたかの呼びかけによって、マックスフリゲートが動き出す――底部の巨大なタイヤをきしませて走り出し、その速度を上げていく。
 と――底部の推進器が勢いよく推進ガスを吹き出した。その力に持ち上げられ、マックスフリゲートがゆっくりと宙に浮き上がる。
《人工重力システム作動。
 艦内、上下維持設定完了》
 システムメッセージが告げ、マックスフリゲートがゆっくりとその巨体を縦に起こしていく――人工的に発生した重力によって艦内の環境を維持したまま、艦首を天に向ける形でまっすぐに直立する。
 そして、艦の後部が二つに割れた――左右に分割されたそれがスライド式に伸び、両足となって着地。轟音と共に大地を踏みしめる。
 続けて艦の中央部から艦首側が回転を開始。甲板を前部、すなわち戦艦モード時の底部側に向けるように180度回転したところで停止する。
 回転が止まったところで艦首が変形を開始――艦首側の甲板部分が左右に分かれると、そのまま船尾側に回転し、まるでマントのように配置される。
 そして、甲板のなくなった艦首部分は先端部分に内部からせり出した拳が現れ――これもまた左右に分かれた。先ほどの甲板と同じように左右に開かれるように回転、両腕となる。
 最後に、ボディの内部からロボットモードの頭部がせり出し、各システムが再起動。そのカメラアイに輝きが生まれる。
 力強く拳を打ち合わせ、新たな姿となったマックスフリゲートがゆたかと共に自らの名を名乗る――
 

「《超絶巨人、マックスキング!》」
 

「な、ななな…………っ!?
 何スか、アレ!?」
「あれが……マックスフリゲートの最大戦力形態だ」
 突然巨大な陸上戦艦が変形を開始し、天を衝かんばかりの巨人となって大地に降り立った――驚き、声を上げるウェンディに対し、ジュンイチは静かにそう答えた。
「でも……一体誰が動かしやがった……!?
 アレのトランスフォームは、OSのマスター登録をしたヤツしか指示できないはずなのに……」
 しかし、誰がマックスキングを起動させたというのか――つぶやき、ジュンイチは通信回線を開き、
「おい、ブリッジ!
 誰がマックスキングを起動させた!?」
〈ジュンイチさん!?〉
「ゆたか!?
 まさか……お前がマックスキングを!?」
〈ご、ごめんなさい……!〉
 上げられたジュンイチの声に、ゆたかは通信の向こうで萎縮してしまう――驚きを隠せないジュンイチだったが、すぐに気を取り直し、ゆたかに告げる。
「とにかく、その辺の話は後だ。
 事情はどうあれ――戦場に出たからには、自分の仕事をやり遂げてもらうぞ!」
〈は、はい!〉
 

「よぅし……いくよ、マックスキング!」
《了解》
 告げるゆたかに対し、マックスキングが答える――同時、マックスキングが両手を前方に向けてかざし、その表面に敷き詰められるように配置された砲台群が次々に起動していく。
《マルチロックオン・システム、正常に作動。
 敵性反応、自動追尾……
 ……ロックオン完了。発射準備OK》
「うん!
 マックスキング――まずはみんなを助けて!」
《全砲門、斉射》
 ゆたかの指示に従い、マックスキングが両腕の砲台群を一斉発射――放たれたビームは狙い違わず目標へと飛翔、ノーヴェ達やイレイン達に群がっていたシャークトロンだけを正確に撃ち抜いていく。
《僚機、全機救出》
「じゃあ、そのまま敵をやっつけちゃって!」
《了解。
 砲撃続行――敵性体の排除にかかります》
 告げるゆたかにうなずき、マックスキングはさらに砲撃を続行。両腕だけでなく全身に備えられた砲塔をすべて使い、周囲のシャークトロンを次々に薙ぎ払っていく。
「す、すっげぇ……」
「あれが……あの艦のホントの力か……」
 圧倒的とも言えるその光景に、ノーヴェやセインが呆然とつぶやき――
「あたし達も、負けてられないよ!」
 その言葉と共に彼女達の頭上を駆け抜けたのはホクトのゴッドオンしたサイザーギルティオンだ。バリアを展開し、なんとかマックスキングの砲撃に耐えている巨大シャークトロンの1体を背後から蹴り飛ばす!

「エヴォリューション、ブレイク!」
 ジュンイチの叫びにマグナが答え、マグナダッシャーが力強く大地を駆け抜ける。
 そして、車体両横の装甲が上部へと展開。さらに車体下部の推進器で起き上がると共に、車体後部が180度回転、後方へとスライドして左右に分割。つま先が起き上がり両足へと変形する。
 続いて、運転席が左右に分かれて肩アーマーとなり、その下部に折りたたまれるように収納されていた腕が展開。拳がその内部から飛び出し、力強く握りしめられる。
 車体上部――変形の結果背中となったそこに配された砲台はキャノン部が前方に倒れてショルダーキャノンに。ボディ内部からロボットモードの頭部がせり出し、その額から変形に伴い跳び下りていたジュンイチに向けて誘導トラクターフィールドが展開される。
 放たれた光に導かれ、ジュンイチはマグナダッシャーへと引き寄せられ――その姿が消えた。一瞬にして機体内部の圧縮空間に用意されたライドスペースへと転送される。
 そこに用意されたコックピットシートに腰かけ、ジュンイチはシート両側に設置されたクリスタル状のスロットルレバーを握りしめる。
「マグナ! 全システム起動!
 戦闘コンバットシステム――Get Ready!」
《了解!》
 マグナからの答えと共に、ジュンイチはスロットルレバーを勢いよく押し込む――変形を完了し、システムが完全に起動した機体のカメラアイが輝き、ジュンイチが高らかに名乗りを上げる。
「“龍”の“炎”に“王”の“牙”!
 “不屈の果てに高みあり”!
 
龍炎王牙――マグナブレイカー!」

「よっしゃ! オレ達もいくぜ!」
《そうですね。
 このままゆたかちゃんに見せ場を持っていかれるのはごめんです》
 そして、ジュンイチもマグナブレイカーを出撃させて反撃を開始――両足のツールボックスから取り出した二振りの片刃剣、マグナセイバーで次々とシャークトロンを斬り捨てていく。
 そんな彼らに対し、巨大シャークトロンの1体が襲いかかるが、
「遅い!」
《そんなのろい動きで、私達についてこれるものですか!》
 そう告げるジュンイチとマグナはすでにその背後――ムダのない動きで素早く回り込み、マグナセイバーでの連続斬りで巨大シャークトロンを弾き飛ばす!
「うん!
 パパ、やっぱり強いっ!」
 圧倒的なパワーで、シャークトロンを一方的に蹂躙――速攻で巨大シャークトロンを打ちのめすジュンイチの姿に、ホクトもまた自分の相手をしている巨大シャークトロンをあしらいながら、ガッツポーズと共に声を上げる。
 そんな彼女に対し、バカにされていると感じたのだろうか。一際高く咆哮し、巨大シャークトロンが彼女へと襲いかかり――
「させないよ!
 にーくん!」
〈All right.〉
 ホクトの叫びに、手にした大鎌“ギルティサイズ”に宿るニーズヘグが答える――同時、大鎌の刃の根元に備えられたバーニアが点火され、推進力を得た大鎌が勢いよく回転。巨大シャークトロンをカウンターでブッ飛ばす!
「マグナ! 速攻で決めるぞ!」
《もちろんです!》
 時間はかけない――フィニッシュに移ろうとするジュンイチの言葉にマグナが答え、
「ホクト! ゆたか!
 お前らもだ!」
「うん!」
「はい!
 マックスキング!」
《了解しました》
 同時に、ホクトやゆたかにも決着を求める――ジュンイチの言葉に、ホクトやゆたかが答え、それぞれの機体が巨大シャークトロン達へと身がまえる!

 

「マグナブレード!」
 咆哮と同時、ジュンイチは二振りのマグナセイバーをひとつに重ね、より巨大な刃、マグナブレードを形成する。
「フォースチップ、イグニッション!」
 続けてジュンイチが叫び――フォースチップが舞い降りる。飛来したミッドチルダのフォースチップがジュンイチの精霊力の影響を受けて燃焼。炎の中で変質し、炎を模した縁取りを持つ独自のフォースチップへと姿を変える。
 ジュンイチだけが使うことのできる、“ブレイカー”のフォースチップ――それがマグナブレイカーの背中のチップスロットへと飛び込んでいき、そのパワーを何倍にも引き上げる。
「マグナ!」
《Drive Ignition!》
「マグナ、ホールド!」
 すかさず、そのエネルギーを用いてターゲットを拘束――マグナの答えと同時に“力”の一部を刃に込め、ジュンイチが振り放った真紅の“力”が、バインドとなって シャークトロンを拘束する。
 そして、背中のバーニアを全開に吹かし、ジュンイチはシャークトロンへと突撃し――直前で大きく大ジャンプ。上空で反転し、頭上から一気に襲いかかり、
「龍王――」
 

「一閃!」
 

 思い切り刃を振り下ろした。豪快に叩きつけられたその一撃がシャークトロンを両断する!
 さらに、刃に導かれて振り下ろされたジュンイチの“力”もまた、目標へと叩きつけられる――シャークトロンが紅蓮の炎に包まれる中、ジュンイチはその光景に対し悠然と背を向け、
「Finish Completed.」
 静かに告げると同時、叩きつけられたエネルギーが大爆発を巻き起こす!
 そして、ジュンイチが改めてマグナブレードを振るい、勝ち鬨の声を上げる。
「爆裂、究極! マグナ、ブレイカァァァァァッ!」
 

「フォースチップ、イグニッション!」
 ギルティサイズを頭上にかざし、ホクトが高らかに咆哮し――彼女のもとにミッドチルダのフォースチップが飛来した。そのまま、サイザーギルティオンのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
 それに伴い、サイザーギルティオンの両足、両肩の装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
 そんな彼女に告げるのはサイザーギルティオンのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
 Final break Stand by Ready!〉

 強烈なエネルギーが周囲で渦巻く中、制御OSが告げる――と、ギルティサイズを振りかぶったホクトの目の前に環状魔法陣が展開され、その中央に魔力スフィアが形成される。
 ギルティサイズのバーニアが点火。今すぐにでも獲物に飛びかからんとばかりに勢いを溜め――
「一閃、断罪――
 ギルティ、ジャッジメント!」

 咆哮と共に、ホクトがギルティサイズを投げつけた。すぐ目の前の魔力スフィアに飛び込んだギルティサイズはその魔力をまとい、ブーメランのように回転しながら飛翔。ニーズヘグの制御によってコントロールされ、巨大シャークトロンへと襲いかかり、一撃のもとに両断する!
 そして、ホクトが戻ってきたギルティサイズを受け止め――
「Finish Completed!」
 ホクトの勝利宣言と同時――二つに両断された巨大シャークトロンの身体が爆発、焼滅した。
 

「マックスキング!」
《了解。
 最終砲撃、スタンバイ》
 ゆたかの言葉に答え、マックスキングが両手を前方にかざした。前方で両手を組み合わせ、突き出すようにかまえる。
《全砲門、リミッター解除。
 エネルギー充填、60%、70%、80%……》
 その動きに伴い、両腕の、さらに全身の砲塔がすべて巨大シャークトロンへと向けられた。マックスキングの制御のもと、そのすべてに発揮し得るエネルギーのすべてが注ぎ込まれていく。
《……エネルギー充填完了。
 最終砲撃、スタンバイ完了》
「うん!」
 そして、すべての準備が整った――マックスキングの言葉にうなずくゆたかの前に、ブリッジの床下からトリガーユニットがせり出してくる。
 その引き金を引くのは自分の役目だ。息をつき、ゆたかはそのトリガーをゆっくりと握りしめ、
「……いきます!
 マックス、ファイナルバースト!」
 宣言と共にトリガーを引く――同時、マックスキングの全身から放たれた砲火の雨が、巨大シャークトロンへと降り注ぐ!
 そして――
「え、えっと……Finish Completed!」
 ゆたかの言葉と同時――巨大シャークトロンは大爆発と共に大破した。

 

「なんとか、助かったな……」
「はい……一時はどうなることかと思いましたが……」
 マックスキングにマグナブレイカー、そして(時間制限つきとはいえ)サイザーギルティオン――戦力さえ整ってしまえば、指揮官不在で数に任せて攻め寄せるシャークトロンの群れなど大した相手ではなかった。
 巨大シャークトロンを失い、もはや殲滅せんめつを待つしかなかった残りのシャークトロン達も今や物言わぬガラクタの山――残骸の中で息ををつくノーヴェに、ディードもまた静かに同意した。
「柾木ジュンイチの話じゃ、ユニクロン軍のヤツら、物量作戦でこっちを押しつぶすつもりで全戦力投入してきたらしい。
 それを叩いたってことは、もう連中の戦力は自分達幹部クラスだけ――もう今までみたいには動けない。
 キツかったことはキツかったけど、これでようやく一段落だな……」
 セインに至っては、元々直接の戦闘能力が腕力以外皆無という中での激戦ですっかり疲労困憊。しかし、それほどの目にあっただけの対価はあった――彼女の言葉に、ノーヴェやディードもそれぞれにうなずく。
 イレインやオメガスプリームは消耗も少なかったのか、すでに撤収の動きに入っている。ルーテシアも姿がないところを見るとすでにガリューと共に引き上げたのだろう。
 ガスケットは……まぁ、今回の経緯を考えると同情の余地はない。そこらに埋まっていても無視していこうと全員の意志が一致していた。
 だが――
「でも……」
 つぶやくウェンディの懸念は、戦った面々の安否や今後の情勢とは別のところにあった。
「見事にボロボロにされたっスね……あたしら……」
 自分はライディングボードを失い、ノーヴェ達も破壊されこそしなかったが皆装備はバトルスーツも含めてボロボロだ。今後どう動くにせよ、装備を失ったことが大きく響いてくるのは間違いない。
 どうしてここまでやられるハメになったのか――理由はひとつしか思いつかなかった。
「あたし達……すっかりトランステクターに頼りっきりになってたんスね……
 柾木ジュンイチに壊されて、生身用の装備だけでここに運び込まれて……それだけでここまで弱っちくなっちゃうなんてさ……」
 つぶやき、ウェンディはマグナブレイカーへと視線を向けた。
 活動限界を迎えてダウンしたホクトに代わり、ギルティドラゴンを抱えてマックスキングの方へと歩いていく鋼の巨体を見つめ――思う。
(あの時……言ってた。
 『あたしらがリタイアしたら、こっちの計画が大きく狂う』って……
 アイツ……自分の“計画”のために、あたしらを守ってたんだ……)
 それはつまり、彼にとって自分達が必要だったから守った、ということだ。
 だが、もし――自分達が計画上必要じゃなくなったら?
 そうなれば、自分達はどうなるのか――
 あまり“考えたくない結末”が脳裏をよぎり、ウェンディは思わず身を震わせた。その“最悪のシナリオ”を回避するにはどうすればいいか、懸命に思考を巡らせて――
(……こうなったら……手段がどうこう言ってられる場合じゃないっスね……)
 思いついた方針は、たったひとつだけだった。

 

 

 あれだけの戦いを繰り広げたのだ。他の勢力が戦いをかぎつけてくる危険性は大――すぐにあの場を移動し、事態の元凶となったガスケットは全員で“オシオキ”して格納庫に転がしておいた。
 マックスキングから元の姿に戻ったマックスフリゲートは別地区の森林地帯に光学明細を施した上で潜伏――怒涛の一日も終わり、艦内はひとまずの静けさを取り戻していた。
 すでに照明も落ち、深夜の静寂に包まれていて――
 そんな中、コンコンッ、と扉をノックする音が響いた。
 中からの返事はない――ノックの主は小さな排気音と共に自動ドアを開け、スルリと室内に侵入する。
 “目標”は――いた。ベッドの中で布団に包まり、スヤスヤと寝息を立てている。
 気取られないよう、自分にできる限界まで気配を殺し、ベッドの上へ。“目標”の上にまたがると布団にゆっくりと手をかけて――

 

 

 

「何のつもりだよ?」

 

 

 

 

 布団の中で眠っていたはずのジュンイチが――

 

 

 

 

 

 下着姿で自分の上にまたがるウェンディに静かに問いかけた。


次回予告
 
ノーヴェ 「って、ちょっと待てぇぇぇぇぇっ!」
セイン 「ぅわっ!?
 ノーヴェ、いきなり何なのさ!?」
ノーヴェ 「何なんだよ、今回の終わり方っ!?
 思いっきり18禁な展開へのフラグ立ってないか!?」
セイン 「あー、そりゃ大丈夫だろ。
 あのヘタレ作者にンなシーン書く根性はないって」
ノーヴェ 「あー、それもそうか……」
セイン 「それに全年齢対象の小説だしな。
 ヤるとしてもそういうシーンは描かれないだろ」
ノーヴェ 「ちっとも大丈夫に思えねぇっ!?」
セイン 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第86話『翼、再び〜新たな力、エリアルバスター!〜』に――」
二人 『ハイパー、ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/11/14)