「〜〜♪〜〜〜♪♪♪〜〜♪」
 軽快なリズムで鼻唄を口ずさみながら手を動かす――先日手に入れた新たな愛機エリアルファイターを、ウェンディは終始上機嫌で磨いていた。
「まだやってるのか? お前……」
「いくらやってもやり足りないっスよ〜♪
 この子には、これから末永〜くお付き合いしていくことになるんスから♪」
「まぁ、そりゃそうだけどさぁ……」
 そんなウェンディに声をかけてきたのはマグナダッシャーの整備中、工具を取りに機体から降りてきたジュンイチだ。満面の笑顔で返され、思わず苦笑する。
「ジュンイチだって、マグナダッシャーをいつもきれいにしてるじゃないっスか」
「オレじゃねぇよ。
 マグナのヤツがオートメンテで徹底的にしてやがるんだ――オレは一切手ェつけてねぇぞ」
「あ、やっぱり」
「待て。
 話振っておいて『やっぱり』って何だ? 『やっぱり』って」
「だって、ジュンイチってそういうのに無頓着っぽいじゃないっスか。
 むしろ『ジュンイチにしてはきれいにしてるなー』って思ってたぐらいなんスから」
 口を尖らせるジュンイチに答えると、ウェンディは彼の道着を指さして、
「服だってその道着以外の私服を見たことないっスよ。
 ドクターのところで見た記録映像も全部その服装だったっスし……」
《そうですね。
 同じ道着を何着も手作りして着回しして……しかも今着てるの、普段用じゃなくて整備作業用にわざわざ油で痛みづらい生地を使って作ってるんですよ。もちろん手作りで。
 私達も常々苦言を呈しているんですけど、一向に治る気配はないんですよ》
「マグナ、うっさい」
 割り込んでくるマグナにジュンイチはため息まじりにツッコみ――
「ん? どうしたの?」
「あぁ、実は……」
 そこに通りかかったのはすずかだ。簡単にウェンディから事の次第を説明され――ため息をついた。
「ジュンイチさん……そこは私も同感だよ。
 必要に迫られて変装する時以外、全部その服装だよね?」
「いいんだよ。
 ちゃんとたくさん作って着回してんだから、不潔とかそういうことはねぇだろ」
「よくないよ」
 憮然としたまま答えるジュンイチだがすずかも退かない。ずいっ、とジュンイチに詰め寄り、告げる。
「ジュンイチさん、せっかく“素材”はいいんだから、もっとおしゃれした方がいいよ。
 次の買い出しの時にでも服とか買いに行って……」
「えー? 普通の服かよ?」
 告げるすずかの言葉に、ジュンイチは心底嫌そうに顔をしかめた。
「何が不満なんスか? 何が」
「だってさぁ……市販の服だろ?」
 ウェンディにそう答えると、ジュンイチは面倒くさそうに頭をかき、
「そんなのじゃ、防刃繊維じゃねぇからあっさり斬られちまうし、ホルスターとか仕込んでねぇから暗器とか隠しづらいじゃねぇか」
『《………………》』
 そのジュンイチの言葉に、場を沈黙が支配し――
『《…………却下(っス)》』
「満場一致でダメ出しかよ!?」
 口をそろえた3人に、ジュンイチが思わず声を上げる。
「ジュンイチ……あたし達もそういうのと縁遠い暮らししてたっスけど、そのあたし達から見てもそれはひどいっス。
 そこが判断基準っていろいろ間違ってるっス」
《まったく、我が相棒ながら情けない……
 もうちょっと見た目に意識を払うべきですよ》
「ジュンイチさん、まだ20代折り返したばっかりなんですよ。
 まだまだ若いのにそんなに枯れててどうするんですか」
「あれ!? 何この弾劾裁判ムードっ!?
 オレが道着一本なのがそんなに悪い!?」
『《悪い(っス)》』
 再び満場一致で言い切られ、ジュンイチはその場に崩れ落ち、
「みなさーん、ご飯ができましたよーっ!
 …………って、どうしたんですか? ジュンイチさん」
「…………ほっとけ」
 昼食の支度ができたことを報せに来たゆたかの問いに、ジュンイチは涙ながらにそう答え――

 

 直後、事情の説明を受けたゆたかにまで服装についてツッコまれ、ジュンイチはさらに凹んだ。

 

 


 

第87話

燃えろ、お姉ちゃん!
〜深淵の覇者、紅の刃狼〜

 


 

 

「いーよいーよ。どうせオレは服装とかダメダメですよー」
「ったく、まだいじけてるの?
 いい加減に立ち直りなさいよ」
 数分後、マックスフリゲートの食堂――憮然としたままご飯をかっ込むジュンイチの姿に、イレインは自身も充電しょくじしながらため息をついた。
「だいたい、何を凹むことがあるのよ?
 全部が全部、事実で自業自得じゃないの」
「どやかましいっ!
 てめぇも何気に追い討ちかけんじゃねぇよっ! けっこうキてんだよオレもっ!」
 キッパリと言い放つイレインの言葉に、ジュンイチが思い切り声を上げ――
「……はい」
 そんなジュンイチに、キャラメルミルクの注がれたマグカップが差し出された。
「ジュンイチさん、元気出して?」
「むぅ…………」
 ヴィヴィオである。笑顔でマグカップを差し出してくる彼女に、ジュンイチもすっかり毒気を抜かれてしまった。おとなしくマグカップを受け取り、キャラメルミルクをすすり――
「…………熱」
 ジュンイチの猫舌はヴィヴィオ以上だった。
「アハハ、パパもヴィヴィオには形無しだね」
「うっさいわい」
 その光景に思わず笑みをもらすホクトに、ジュンイチは口をとがらせてプイとそっぽを向き――
「『パパ』……?」
 その言葉に首をかしげたのはヴィヴィオだ。ホクトへと向き直り、尋ねる。
「『パパ』って……何?」
「え………………?」
 その言葉にホクトが思わず止まってもムリはあるまい。
 何しろ、マックスフリゲートにヴィヴィオがやってきて約一月。その間ずっとホクトはジュンイチのことを『パパ』と呼び続けてきたのだ。疑問を抱くにしては少しばかり遅すぎはしないだろうか。
 もしかしたら――
「ひょっとして……ずっと気になってた?」
「うん」
「うーん、なんて言ったらいいかな……?」
 確認するホクトにヴィヴィオがうなずく一方で、すずかもどう説明したものかと考え込む。
 率直に言えば“自分を生んだ男親”といったところだろうが、それでは直接の血のつながりのないジュンイチとホクトの関係にはあてはまらないし、“親子は心でつながるもの”というジュンイチの考えにも反することになる。
 しばし考えた結果、すずかの出した結論は――
「……えっと……子供のことを守ってくれる、年上の男の人、かな?
 ホクトの場合、それがジュンイチさんなの」
「守って……くれる……?」
 そんなすずかの説明に、ヴィヴィオはしばし考え込み――不意に満面の笑顔を浮かべた。食事の手を止めてやり取りを見守っていたジュンイチの腕にしっかりとしがみつく。
「………………?
 どうした? ヴィヴィオ」
「うん!」
 尋ねるジュンイチに笑顔でうなずき――ヴィヴィオは告げた。
「だったら――」

 

「ジュンイチさんがヴィヴィオのパパ!」

 

「………………はい?」
 その言葉に、ジュンイチの思考が停止した。
 たっぷりと時間をかけて今の言葉を反芻し――ヴィヴィオへと視線を戻す。
「………………………………………………………………………………あのさ……ヴィヴィオ。
 もう1回、言ってくれる?」
「ジュンイチさんが、ヴィヴィオのパパ!」
 確認するジュンイチだったが、ヴィヴィオはあっさりとそう答えた。
「…………あー、そうっスね。
 “子供のことを守ってくれる年上の男の人”って条件だと、ジュンイチとヴィヴィオの関係もズバリ当てはまるんスよね」
「ち、ちちち、ちょっと待て!」
 納得し、つぶやくウェンディだったが、ジュンイチはあわてて待ったをかけた。
「何でオレがパパ!?
 いや、ホクトがそう呼んでたからなのはわかるけど、それだってオレは認めてないぞ!? 単にホクトがやめてくれないだけで!」
「イヤなの?」
「たりめーだ!
 なんで結婚どころか恋人すらいないうちからパパにならにゃならんのだっ!?」
 聞き返すイレインにジュンイチが言い返し――
 

「………………ダメ?」
 

「うぐ…………っ」
 不安げに尋ねるヴィヴィオの姿に、ジュンイチの動きが止まった。
「ジュンイチさん……ヴィヴィオのパパになるの、イヤ?」
「ぐぅ…………っ!」
 瞳を潤ませ、こちらを見上げるヴィヴィオに、ジュンイチは思わず後ずさりする。
「………………ダメ?」
 もう一度尋ねるヴィヴィオに対し、ジュンイチは――
「………………好きにしろ……」
 屈服した。
「ホントにヴィヴィオには形無しっスねー」
「やかまし」
 その光景に大笑いのウェンディにジュンイチがうめき――
「…………パパ……
 ……父親……」
「………………?
 ルーテシア……?」
 不意にルーテシアが口を開いた。突然のつぶやきにイレインが顔を上げ――
「ハッ、情けないったらねぇな」
 そんな二人に気づくことなく、舌打ちまじりにそんなことを言い出したのは、こちらにからむことなく食事にがっついていたノーヴェである。
「天下の“黒き暴君”サマがガキひとりに何やってんだよ。
 こんなのにあたしらは負けたってのかよ」
 こちらをバカにするような物言いのノーヴェに対して、ジュンイチはふと動きを止めた。しばし視線をさまよわせ、
「“黒き暴君”って……誰?」
「お前のことだ、お前のっ!

 自分の二つ名忘れてんじゃねぇよっ!」
 首をかしげて尋ねるジュンイチに対し、ノーヴェからのツッコミが飛んだ。
「あーあー、そうだったな。
 最近その名前で呼ばれることもなかったから、すっかり忘れてたぜ」
「お前にとって“黒き暴君”の名はその程度の価値しかないのかよ……」
「ムリ言うなよ。
 自分で考えたあだ名じゃねぇんだ。どうやったって印象は薄いっての」
 うめくノーヴェに答え、ジュンイチは腕組みして息をつき、
「だいたいさぁ、お前こそ何さ。
 楽しい楽しいお食事タイムにケンカ売ってくるんじゃねぇよ。空気読めよな」
「その挑発に対して空気読まずにボケかましたヤツに言われたくねー……」
 なぜこっちが責められる立場になってるんだろう。いや、ケンカ売ったんだから険悪になって当然か? いやいや、険悪になってない。叱る側、叱られる側の図式だからコレ――ジュンイチの言葉にすっかり毒気を抜かれてしまい、ノーヴェがげんなりとしてうめく――が、すぐに気を取り直してウェンディへと視線を向け、
「ってゆーか、ウェンディ!
 なんでそっちサイドなんだよ!? ソイツぁ敵なんだぞ!」
「もう、こんな堅いこと言いっこなしっスよ♪
 今は一緒に暮らしてるワケだし、その間は協力関係にあるんスから、四六時中ギスギスしてるよりは仲良くした方がいいじゃないっスか」
 自分達はスカリエッティのもとで戦うナンバーズ。敵であるジュンイチと馴れ合う必要なんかない――言外にそう告げるノーヴェだが、ウェンディは平然とそう答える。
「セインだって、何かあればちゃんとジュンイチに話通すじゃないっスか」
「あたしはただ、ソイツにかくまってもらってることに対して筋を通してるだけだ。
 別に仲良くする気はないよ」
 ノーヴェだけではない。セインもジュンイチ達と仲良くなる気はないようだ。ハッキリと言い切るその態度に、ウェンディは最後のひとりに尋ねた。
「ディードも、ノーヴェやセインと同意見っスか?」
「柾木ジュンイチが敵対行動を取るならば……討ちます」
 キッパリと答え、ディードがジュンイチに鋭い視線を向ける――まさに一触即発の空気の中、ゆたかがどうしたものかとオロオロしていると、
「別にいいんじゃね? それで」
 当のジュンイチはあっさりとそう言い切った。本当に何でもないかのように、ごく普通の口調で一同に告げる。
「元々敵だったんだ。オレは別にそれでかまわないぜ。
 今は仕方ないにしても、後々ここを離れても大丈夫、ってなった時に、その行動を縛るようなマネはしたくねぇ」
「ジュンイチ……」
 ウェンディは知っている。
 ジュンイチがそういう――敵に回られることすら覚悟の上で、自分達に“力”を与えてくれようとしていることを。
 その想いが通じず、報われないことも覚悟していることを。
 だが――だからこそ、そんな彼の想いも知らないで一方的に敵視している姉妹達の行動が納得できなかった。改めてセイン達に反論しようと口を開き――
「でも」
 しかし、そんな彼女の機先を制する形でジュンイチが口を開いた。
「それでも、ヴィヴィオやゆたかとは仲良くしてやっちゃくれないか?
 コイツらは、別にお前らにたいしてどうこう思ってるワケじゃない――出会いが出会いだったおかげでちょっとビビリ入ってるみたいだけどな。
 お前らにとっても、こいつらに危害を加えるつもりはないだろう?」
「当たり前だ」
「だったら仲良くしても問題ねぇだろ」
 ノーヴェの答えに満足げにうなずくと、ジュンイチはヴィヴィオの頭をポンポンと叩いてやり、
「ほら、ヴィヴィオ。
 アイツら、仲良くしてくれるってさ」
 しかし、ヴィヴィオはジュンイチの後ろに隠れてしまう――やはり、今までが今までだけに、いきなり仲良くするのは難しそうだ。
「…………どうしろと?」
「うーん……」
 『仲良くしろ』と言われても相手がこれでは――尋ねるセインにジュンイチは軽く息をつき、
「……仕方ない。
 ヴィヴィオ。お前にひとつ、あっという間に仲良くなれる魔法の言葉を教えてやろう」
「本当……?」
「おぅよ。
 ちょいと耳貸せ」
 言うなり、ジュンイチはヴィヴィオに小声で耳打ちする――何を言われたのか、ヴィヴィオの頬に朱が散った。
 だが、それでもヴィヴィオは動いた。セイン達3人――その中でもディードへと向き直り、上目遣いに“魔法の言葉”を口にした。
 

「で、ディード……“お姉ちゃん”」
 

 その瞬間――ディードの身体を衝撃が突き抜けた。
 肉体的に、ではなく、精神的な衝撃が彼女の身体を撃ち貫く。たたらを踏み、倒れないよう持ちこたえながらも、吹き上がる脳内麻薬により過剰な興奮状態になった彼女の鼻、鼻腔内の毛細血管が膨張、破裂し、鮮血が吹き出す――
 

 ……まどろっこしい言い方をせず、ハッキリ言おう。
 要するに――

 

 興奮して鼻血を吹いたのだ。

 

 そして――気づけば、ディードはぐわしっ!とヴィヴィオの肩をつかんでいた。
「もう一回……言ってもらえますか?」
「え、えっと……」
 ディードの静かな迫力に一瞬言葉に詰まるが――それでも彼女が何を要求しているのかを理解し、ヴィヴィオはもう一度告げた。
「ディード……お姉ちゃん?」
 再度の衝撃がディードの身体を突き抜け――その身体はゆっくりと、仰向けに倒れていった。
 空中に、真っ赤なアーチを描きつつ。
「わぁーっ! ディードぉっ!?」
「メディック! メディいーっク!」
「よし、陥落」
 倒れるディードに、セインやウェンディの声が上がる――そんな彼女達の姿に、隠れてガッツポーズを決めるのはジュンイチである。
「さすがは末っ子……“お姉ちゃん”呼ばわりに対する耐性はないと思っていたぜ。
 よくやったぜ、ヴィヴィオ」
「ほとんど洗脳じゃねぇか!」
 ノーヴェが思い切りジュンイチの頭を張り倒した。
 

 所変わって、ホスピタルタートルでは――
「来たわよー、はやて」
「すみません。
 さっそくなんですけど……これを見てください」
 自分の病室にライカが姿を見せるなり、はやては開口一番そう切り出し、書類の束をライカに向けて差し出した。
「何よ? これ……」
 その書類を、ライカは首をかしげながら読み進んでいき――
「…………はやて、これ……」
「はい……」
 その表情が険しいものになった。尋ねるライカに、はやては深刻な表情でうなずいた。
「こないだの一件以来、あちこちで同様に街が砂漠化、住人が生き埋めになる事件が多発してる――それはその調査報告書です。
 おそらく、瘴魔がこないだの事件と同じように……」
「ヤツら……クラナガンから離れて事件を起こしてるのね……」
 はやての言葉にそうつぶやくと、ライカはさらにはやてに確認する。
「それで……被害は?」
「それなんですけど……人的被害はまったく出てないんです」
「え………………?
 誰も犠牲になってないっての? これだけやられてて?」
「はい……
 すべての人が、砂漠の中から無事に救出されてるんです」
「ザインのヤツ、一体何をするつもり……?」
 はやての話から、その真意をつかむことは難しい――報告書をはやてに返し、ライカは腕組みして考え込む。
「で……意見、聞きたいんですけど……」
「それならあたしよりイクトでしょ? ぶっちゃけあたし達よりザインに対する理解度は高いわよ。
 そのイクトはどうしたのよ?」
「あぁ、イクトさんなら……」
 答えるライカにはやてが答えかけた、その時――廊下の方からそのイクトの声が聞こえてきた。
 ――いや、イクトだけではない。なのはの声もだ。二人が何を言い合っているのかといえば――

「手加減なしで撃墜って何ですか!?
 重傷患者に何てことするんですか!」
「重傷患者が何してる!
 またオーバーワークでリハビリしおってからに! その度に止めに駆り出されるオレの身にもなってみろ!」
「で、でも、一刻も早く復帰して、ヴィヴィオを……」
「だったらリハビリを適量で留めろと言っているんだ!
 今度という今度はもう許さん! シャマルに言って、完全完治まで隔離病棟に放り込む!」
「あぁぁぁぁっ! すみませんごめんなさいっ!
 あそこ、ホントに何もできないんです! 気ばかり焦ってしょうがないんですよぉっ!」

「…………またやらかしたんかい、あの子は……」
《またケガが増えたです……》
「ホンマ、困ったもんです……」
 会話だけで状況を悟ったライカや廊下をのぞいてつぶやくリインの言葉に、はやてもため息まじりにそう同意する。
「まぁ、仕方ないって言えば仕方ないのよね……
 なのはの場合、ヴィヴィオのことがあるから……」
「そうなんですよ。
 だから、私としても強く言えなくて……」
 だが、なのはの気持ちもわからないでもない。ライカの言葉にうなずき、はやては窓の外に広がる青空へと視線を向けた。
「せめて、最低限ヴィヴィオ達の居場所が確認できれば……
 あの子達……一体どこにいるんでしょうね……?」
 その問いに、ライカは答えることができなかった。
 

「……今のところ、“計画”は順調なようですね……」
 現状で、他の勢力がこちらの目論見に気づいた様子はない――すべてが順調に進んでいる現状に、ザインは満足げにうなずいた。
 もっとも、気づいたところで何か具体的に対策が施せるようなものでもない――自分達の進めている“計画”はそういうものだ。
「この策が成れば、もはやこちらのもの――
 世界を制するのは、我々瘴魔です」
 つぶやき、口元に歪んだ笑みを浮かべるが――すぐにその表情が真剣なものに変わった。
「とはいえ……不安材料がないワケでもない……
 柾木ジュンイチ……あの男は物事の“裏”側を読み取ることに長けている。こちらの動きに気づく者がいるとすれば、まず彼が最初に気づくと思っていいでしょう。
 彼に気づかれることだけは、なんとかして避けなければ……」
 ジュンイチの意識をそらすにはどうすればいいか――しばし考え、ザインは決断した。
「仕方ありません。
 貴重な戦力を減らしたくはありませんが……何体か瘴魔獣を送り込んで、普通に敵対しているフリを装いますか」
 そうつぶやき、ザインはウィンドウを展開。そこに現在確保している“戦力”を表示し、“捨て駒”の選別に取りかかるのだった。
 

「ヴィヴィオ、キャラメルミルクです」
「うん! ありがとーっ!」
 ヴィヴィオに“撃墜”され、ディードは瞬く間に彼女に傾倒してしまった――新たにキャラメルミルクを用意してくれたディードに、クレヨンを手に絵を描いていたヴィヴィオは満面の笑顔で礼を言う。
「ふー、ふー」
「はい、しっかりと冷ましましょうね」
 マグカップを手に息を吹きかけ、キャラメルミルクを冷ますヴィヴィオの世話をするディードの様子を、ジュンイチやイレイン、ウェンディはレクルームの入り口からこっそりと見物していた。
「いやー……変われば変わるもんだな」
「ホントねー……
 あの物静かなディードが……」
「まったくっスよ……」
 ジュンイチやイレインはもちろん、スカリエッティのもとにいた頃から彼女を知っているウェンディですら、ディードのこんな一面を見るのは初めてだった。物陰から口々につぶやいている。
 なお、ジュンイチがしっかりと防音用のフィールドを展開しているため、レクルームの外で交わされる彼らの会話がディード達に聞こえる心配はない。仮にここで殴り合いをしたとしても彼女達が気づくことはないだろう。
「ウェンディ的にはどーなのよ? ひとつ上のお姉ちゃんとして」
「なかなかに新鮮っスよ。
 ディードがあんな明るい顔してるの、初めて見るくらいっスから」
 尋ねるイレインに対し、ウェンディは楽しそうにそう答え、
「でも、姉としては妹にかまってもらえなくなってさびしい、とかないのか?
 オレだったら、ちょっとはクると思うけど」
「あー、ないない。ないっスよ。
 ディード、元からたいていのことは自分でなんとかしちゃってたし、いざって時も双子のオットーがいるっス。
 だから、あたし達に頼るようなことってあまりなかったんスよ……」
 さらに尋ねるジュンイチにもそう答えた。そのままクルリと視線を動かし、
「あー、そこで悔しそうにしてる“お姉ちゃん”。
 元からそんな感じだったんスから、そんなに寂しがっても“今さら”じゃないっスか」
「いや、言うな。
 あたしもそれはわかってる。わかってるんだ」
 告げるウェンディに答えるセインだが――その言葉がこちらへの回答と言うより自分自身に言い聞かせているように聞こえるのは、決してジュンイチ達の気のせいではないだろう。
「確かにアイツは元から出来のいいヤツだったよ。
 わからないことがあっても自分やオットーとの二人がかりで調べたりして、なんとかしちまってたからなぁ……
 何かにつけてこっちに聞きにきた――もうむしろ『自分で考えるよりもあたしに聞いた方が早い』とまで思ってそうな感じだったお前とは違ったんだよ」
『………………』
 その言葉に、ジュンイチとイレインの視線はまったく同じタイミングでウェンディへと向いた。
「ウェンディ……
 それはもう、人間とか戦闘機人とか以前に生命体としてダメダメだと思うわよ」
「お前、もーちょっと向上心とか持てよ。
 いや、勝手に自己進化していっちまうオレが言っても無意味なのはわかるけどさ」
「あぅ……ヤブヘビっス……
 でもジュンイチ、そういうのは自分で言わない方がいいっスよ。そんなだから巷で『チート』だの『反則』だの『俺Tueeeee!』だのって言われるんスよ」
 ジュンイチとイレインの言葉にウェンディがツッコミ返すが、そんな彼らのやり取りはセインとって大した意味を持たなかった。ポツポツと、つぶやくように語っていく。
「それでも、さ……
 アイツ、一番下の妹じゃん?」
「そうだな」
「だからさ……姉妹のやり取りとしては、基本的に世話を焼かれる側だろ。
 まぁ、アイツが優秀だから実際に焼かれることはなかったんだけど」
「そうね」
「つまり、アイツは妹に対する扱いとか接し方とか、あんまわかんないのが普通だろう?」
「そうっスね」
 そこでやり取りが止まる――力を握りしめ、セインは力説する。
「そんなアイツに“妹”ができたんだぞ。
 普通ならいきなりできた妹に対してどう接するかわからずに困り果てる場面だろう!?」
「あー、まぁ……そうだな。
 オレもわかるわ――ギンガやスバルと知り合った時、ちょっと距離感測りづらかった覚えがあらぁ」
「だろう!?
 あたしだって“お姉ちゃん”なんだ……少なくともこの分野にかけてはここにいる4人の誰よりも経験豊富なんだ。何かあれば一番頼れるのはあたしのはずなんだ。
 なのに……ちっとも困ってないじゃんアレっ!」
 言って、セインが指さすディードの表情には確かに困った様子は見受けられない。
「うぅっ……ようやくチャンスが来たと思ったんだよ。
 妹として、ディードがあたしを頼ってきてくれる、そんなチャンスだと思ったんだよ。
 それなのに何だよ、てやんでぇ、ちくしょうめぇ……」
「うーん、よっぽど悔しいんスね。
 あまりのショックに口調が江戸っ子っぽくなってるし」
「キャラ崩壊起こしてるわねー」
 その場にガックリと崩れ落ち、うなだれるセインの姿にウェンディとイレインがつぶやくと、
「セイン」
 そんなセインの肩を、ジュンイチがポンと叩いた。
「大丈夫。
 心配することはない」
「ジュンイチ……?」
 顔を上げ、こちらを見返してくるセインに対し、ジュンイチはニッコリと微笑み、告げた。
「何かあっても、ウェンディと同じく“バカキャラ”扱いのセインにはSOSは来ないから」

 間。

「どうせあたしは頼りないさ、ちくしょぉぉぉぉぉっ!」
 痛恨の一言で胸中を深々と抉られ、セインはヤケクソ気味に泣きながらその場から走り去っていく――
 それを見送り、ウェンディはクルリと振り向き、
「……今のはジュンイチが悪いと思うっスよ。
 まぁ、あたしは自覚あるからいいっスけど」
「あのまま落ち込まれてるよりマシだ。
 っつーか自覚あるんかい」
 セインに思い切り殴り飛ばされ、上下さかさまになって壁にめり込んだジュンイチが、めり込んだそのままの体勢でそう答えた。
「コナーさんちのターミネーターも言ってたろ。
 『怒りは絶望よりも役に立つ』ってさ。
 ……よっ、と」
 言って、ジュンイチは壁にめり込んだ身体を引き抜きにかかった。両腕を引き抜き、それを支えに身体を引っ張り出す。
「とはいえ……やっぱフォローは必要か。
 とりあえずアイツ追いかけるから、留守番よろしくな」
 言って、ジュンイチが去っていくのを見送り――ウェンディとイレインは同時にため息をついた。
「あぁやって、またフラグを立てるんスね、ジュンイチは」
「フラグというか、カルト宗教の勧誘の手口に見えないこともないけどね」
 二人がつぶやくと同時、ジュンイチがその場を離れたことで“力”の供給を断たれた防音結界が消失し、
「………………?
 ウェンディ姉様? イレイン……?」
「あぁ、あたし達のことは気にしなくてもいいっスよー」
 ようやくこちらに気づいたディードに、ウェンディはパタパタと手を振ってそう答えた。
 

「…………『あたしにはSOSは来ない』か……」
 ジュンイチを殴り飛ばし、マックスフリゲートを飛び出し――セインは近くにあった湖に姿を見せていた。
 湖畔に座り込み、体育座りのように両膝を抱え込んでつぶやく――そのまま、どれだけの時間が経っただろうか。
「…………探したぞ」
「ウソつけ。
 お前なら、ほとんど最初からあたしの位置はつかんでただろうに」
 背後からかけられたのはセインの予想していた通りの相手の声――現れたジュンイチに、動揺など微塵も見せずにそう答える。
「オレに対して怒る分には問題ないさ――最初からその辺覚悟の上で怒らせてるしな。
 ただ……いぢけるなら、マックスフリゲートの中でいぢけてくれ。
 具体的にはウチの地元の太陽の女神様みたいに引きこもる感じで」
「……そのココロは?」
「神話でその女神様をおびき出した作戦の再現をする。
 具体的にはお前の閉じこもった部屋のすぐ前で大宴会を――」
「それ、おびき出すのを通り越して嫌がらせの域じゃないか!
 そんなのするなんて、お前らの地元の神様はどういう連中だ!?」
「弟が暴れん坊なことに業を煮やして、職務放棄した挙句に引きこもるような連中ですが何か?
 他の国の神様じゃ、旦那の神様の浮気相手を謀殺した挙句その子供にまで嫌がらせやら暗殺やら仕掛ける女神様とかもいたりするし」
「ヤなところだけめっちゃ人間臭い神様だなオイっ!?」
 ジュンイチの発言に一通りツッコミを入れ――セインはため息をついた。面倒くさそうに頭をかき、
「……って、話が脱線してる。
 なんで毎度毎度余計な茶々を入れて空気をぶち壊すんだよ?」
「シリアスなのは戦いの時だけにさせてくれ。ムダに疲れるのは嫌いなんだ」
「このぐーたら暴君め……!」
 あっさり答えるジュンイチにうめき――すっかり毒気を抜かれたセインは再び湖の方を向いて座り込み、
「…………別に、あんたの物言いに怒ったワケじゃないよ」
 静かに、背後のジュンイチに向けて語り始めた。
「頭にきたのはあんたにじゃない。
 あんたのあの物言いに何も言えない……否定できない自分に腹が立ったんだよ。
 だから、あんたを殴ったのは単なる八つ当たりで……悪かったな。そんなんで殴って」
「お、おぅ……」
 思いの他素直に謝られ、ジュンイチも思わずうなずき返す――そんな彼から湖面に視線を戻し、セインはポツリ、ポツリと語っていく。
「あたしじゃ、みんなに頼られるには力が足りない……それは、ジュンイチに言われるまでもなく、ここに来てからずっと感じてたこと……なんだよ。
 あんたは強い。8年前、トーレ姉達に負けた時だって、トーレ姉達を全滅寸前にまで追い込んだそうだし、今はその時よりもさらに強くなってる。
 たぶん……あたしなんかが守るより、あんたに任せた方がはるかにマシだ」
「あっさり認めるじゃねぇか。
 負けん気出して、『自分の方が……』とか『それでも負けない』とか言い出すかと思ってたのに」
「っつーか……認めるしかない、って感じ。
 そりゃ、悔しいけど……悔しいからって、意地張って頭ごなしに否定し続けるのも、いい加減あたし的に見苦しくなってきた」
 ジュンイチに答えると、セインは深々と息をついた。座り込んだままうつむき、続ける。
「あんたのところに転がり込んだナンバーズの中で、あたしだけが非戦闘型……このまま戦いが激化していけば、最初に行き詰まるのは間違いなくあたしだ。
 実際、こないだの防衛戦だってほとんど役に立てなかった……ザコ敵が相手だったあの時ですらそうだったんだ。もし、こないだのウェンディみたいに幹部級を相手にすることになったら……」
 その先は言葉にするまでもない――だからこそ、ジュンイチは特に何も言うことなく、セインの次の言葉を静かに待つ。
「断言したっていい。今のままじゃ……あたしは遠からず戦いについていけなくなる。
 でも……もし、そうなったら……その時にすべきなのは自分の無力を嘆くことじゃない。
 それでも、できることを探さなくちゃ……でも、そのためには、あたしは何にも知らなくて……」
 つぶやく彼女の脳裏によぎるのは、自分達を撃墜した際のジュンイチの圧倒的な戦いぶり――
 いや、それだけではない。かつて見たリミッター解除状態の六課隊長陣や、地上本部攻防戦でこちらに完勝したマスターギガトロン……
(あの桁違いの力を認めないと……知らないと……
 そうしないと、きっと戦えない……守れない……)
 それは限りなく“確定”に近い確信――だからこそ、セインは決意できた。
「ホントは、あんたなんかに頼みたくないけど……もう、そんななりふりかまってられる段階じゃない。
 あたしのドロップアウトは、きっとそんなに遠くない。明日か、明後日か……ヘタすれば今日かもしれない。
 すぐに強くなれるなんて、あたしも思ってない……でも、行動せずに弱いままでいるなんて、あたしにはできない……!
 ここにいるナンバーズで、一番のお姉ちゃんである、あたしが……! あたしが、あいつらを守ってやらなきゃいけないんだ!」
 そう告げるなり、セインはジュンイチへと向き直った。ジュンイチと真っ向から向き合う形で、正座するように座りなおし、
「戦闘能力のないあたしは、どうしたって装備頼り、悪知恵頼みの戦いをするしかない……
 でも……そうするには、あたしはあまりにもものを知らなさすぎる。
 でも……あんたは違う。
 あんたは、“力”を使っての戦いも、使わない戦いにも詳しい。
 たぶん……あたしの知る誰よりも」
 そう告げるなり――ダンッ、と両の拳を地について頭を下げる。
「ブレイカーについて……ううん、能力者について……
 “力”の使い方について……戦い方について、あんたの知っている限りの知識をあたしにくれ。
 あたしにも……アイツらを守らせてくれ。そのための、戦う手段をあたしにくれ。
 頼む……柾木ジュンイチ!」
 その言葉に、ジュンイチは口を開――きかけ、やめた。
 茶化そうと思ったが、雰囲気がそれを許さない――なので、こちらも相応の態度で応じる。
「顔を上げろ、セイン」
 務めて柔らかい声でそう告げて――顔を上げたセインに尋ねる。
「今の言葉――もう一度、オレの顔を真っ向から見て言えるか?」
「当たり前だ!」
 そう断言するセインの目――その目に、ジュンイチは覚えがあった。
 何のことはない――今のセインと同じ目をした相手と、つい先日相対したばかりなのだから。
 それは、セインにとっても極めて近しい人物で――
「……あー、ダメだ。止めても聞きそうにねぇや。
 ウェンディと同じ、『こう』と決めたら一直線の目だ……
 ったく、こういう厄介なところも似やがって……似るのはおバカなところだけにしとけってんだ
「おい、今最後に小声でなんて付け加えた?」
 ジュンイチのつぶやきを目ざとく聞きつけ、セインはジュンイチに冷たい視線を向け――
「わかったよ」
 そんなセインにジュンイチはあっさりとそう告げた。
「どの道、お前用の装備も準備は進めてるからな。ちょうどいい。
 守らせてやるよ――お前にも、な」
「ジュンイチ……!」
 苦笑まじりにそう告げるジュンイチに、セインの目に涙があふれた。感極まり、思わず飛び上がるとジュンイチに抱きつく。
「ありがとう!
 本当にありがとう、ジュンイチ!」
「お、おぅ……」
 よほどの覚悟だったのだろう――そして、だからこそよほどうれしいのだろう。いきなりのことで驚いたものの、ジュンイチは涙を流しながら抱きついてくるセインの頭を軽くなでてやり――
「…………でも」
 そう付け加えると、ジュンイチはセインの身体を引きはがした。
「その前に……ちょいとやることがある。
 出てこいよ。気配がまったく隠れてないぜ」
「え………………?」
 ジュンイチの言葉に、セインがとっさに振り向き――同時、ジュンイチ達の視線の先で地面が盛り上がった。
 そして、地中から出てきたのは、背中から全身を覆うように広がる、頑強な生体装甲をまとった異形――
「瘴魔獣!?」
「ダンゴムシ素体……“地”属性のデモンズハッグか。
 ……“力”にムラなし。ザイン作にしちゃ出来はいいみたいだな」
 声を上げるセインをかばうように前に出て、ジュンイチは冷静にそうつぶやき、
「セイン、お前は下がってろ。
 鍛える前にブッ倒れられちゃかなわねぇからな」
「あ、あぁ……」
 自分の言葉にセインがうなずき、後退するのを確認すると、ジュンイチは左手に着けているブレイカーブレスを眼前にかまえた。
 そして――告げる。
 自らの戦闘準備を整える、そのためのキーワードを。
「ブレイク、アップ!」
 その瞬間――眼前にかまえられたブレイカーブレスから“力”が解放された。
 “力”は紅蓮の炎となり、ジュンイチの身体を包み込むと人型の龍の姿を形作る。
 そんな中、ジュンイチが腕の炎を振り払うと、その腕には炎に映える蒼いプロテクターが装着されている。
 同様に、足の炎も振り払い、プロテクターを装着した足がその姿を現す。
 そして、背中の龍の翼が自らにまとわりつく炎を吹き飛ばし、さらに羽ばたきによって身体の炎を払い、翼を持ったボディアーマーが現れる。
 最後に頭の炎が消え、ヘッドギアを装着したジュンイチが名乗りを上げる。

「紅蓮の炎は勇気の証! 神の翼が魔を払う!
 “蒼き龍神”――ウィング・オブ・ゴッド!」

「……さぁ、速攻で、終わりにしてやるぜ!」
 “装重甲メタル・ブレスト”を装着し、戦闘準備完了――背中の翼を広げると、ジュンイチは力強く地を蹴った。デモンズハッグとの距離を瞬時に零に詰め、反応すらできないその顔面に拳を叩き込む!
 さらに、腹に蹴り、胸板に掌底――立て続けに打撃を叩き込み、デモンズハッグを圧倒する。
 そんなジュンイチに対し、デモンズハッグも自らの頑強な装甲でジュンイチの打撃を防ごうとするが、
「そう簡単に、やらせるかよ!」
 ジュンイチはそんなデモンズハッグの右手を捕まえ、ヒジに向けて打ち上げるように掌底一発――本来曲がらない方向に力を加えられ、デモンズハッグの右のヒジがイヤな音と共に砕かれる!
 続けて左腕も捕まえてへし折る――両腕がだらんと垂れ下がったデモンズハッグの腹に蹴りを叩き込み、吹っ飛ばす。
「抜け出したセインを襲うだけなら、ノーマルの瘴魔獣でも十分だとでも思ったか?
 お生憎様。そう簡単に奇襲を許すほど、オレもバカじゃねぇんだよ」
 そして、ジュンイチが背中のゴッドウィングを広げ――その翼が真紅の炎に包まれる。
 そのまま、ジュンイチは地を蹴り、地上スレスレを飛翔しながらデモンズハッグに向けて突撃。生み出した炎が龍の姿を形作り――
「“龍翼の轟炎ウィング・ギガフレア”!」
 ジュンイチの拳によって、デモンズハッグに向けて叩き込まれた。
 炎によって赤熱、強度の低下した生体装甲をジュンイチの拳が打ち貫く――ジュンイチの開けた突破口から炎が流れ込み、デモンズハッグの身体を焼き尽くしていく。
 そのまま、ジュンイチが駆け抜け――デモンズハッグの身体に真紅の紋様が浮かび上がった。
 ジュンイチの“力”によって描き出された、禍物の“力”を浄化する“封魔の印”だ――直後、デモンズハッグの身体は粉々に爆散、焼滅した。
「よっしゃ、撃破っ!」
「いや――まだだ!」
 勝利を確信し、声を上げるセインだったが――ジュンイチは迷うことなくその言葉を否定した。
 どういうことなのか、尋ねようとしたセインだったが、その問いかけよりも早く事態は動いた。
 爆散したデモンズハッグの身体から解き放たれた瘴魔力が空中で収束。さらに周囲の“力”もかき集めるように吸収していき、より巨大なデモンズハッグとしてその存在を再構築する!
「巨大化した!?」
「あー、クソッ、ヤツの“力”を浄化しきれなかった。
 装甲抜くのに“力”使い過ぎたんだ……!」
 声を上げるセインに答え、ジュンイチは左手に着けたブレイカーブレスを介してマックスフリゲートへと通信し、
「すずか!
 オレのいる座標にマグナダッシャーを転送!」
〈は、はいっ!〉
 ジュンイチの言葉に、いきなり通信されたすずかがあわてて応え――数秒後、頭上に出現した転送魔法陣からマグナダッシャーが姿を現した。
 さらに――
「呼ばれてないけど、じゃじゃじゃじゃぁ〜んっ!」
 さらに飛び出してきたのはウェンディのエリアルファイターだ。
「ウェンディ!?」
「ジュンイチ! あたしのことを忘れてもらっちゃ困るっスよ!
 ハイパー、ゴッドオン! でもって――トランスフォーム!」
 ジュンイチに答えるとウェンディはエリアルファイターにゴッドオン、エリアルスライダーとなって地上に降り立ち、
「こいつはあたしが引き受けるっス!
 ジュンイチは今のうちに!」
「おぅ!
 任せるぜ、ウェンディ!」

「エヴォリューション、ブレイク!」
 ジュンイチの叫びにマグナが答え、マグナダッシャーが力強く大地を駆け抜ける。
 そして、車体両横の装甲が上部へと展開。さらに車体下部の推進器で起き上がると共に、車体後部が180度回転、後方へとスライドして左右に分割。つま先が起き上がり両足へと変形する。
 続いて、運転席が左右に分かれて肩アーマーとなり、その下部に折りたたまれるように収納されていた腕が展開。拳がその内部から飛び出し、力強く握りしめられる。
 車体上部――変形の結果背中となったそこに配された砲台はキャノン部が前方に倒れてショルダーキャノンに。ボディ内部からロボットモードの頭部がせり出し、その額からジュンイチに向けて誘導トラクターフィールドが展開される。
 放たれた光に導かれ、ジュンイチはセインを伴いマグナダッシャーへと引き寄せられ――その姿が消えた。一瞬にして機体内部の圧縮空間に用意されたライドスペースへと転送される。
 そこに用意されたコックピットシートに腰かけ、ジュンイチはシート両側に設置されたクリスタル状のスロットルレバーを握りしめる。
「マグナ! 全システム起動!
 戦闘コンバットシステム――Get Ready!」
《了解!》
 マグナからの答えと共に、ジュンイチはスロットルレバーを勢いよく押し込む――変形を完了し、システムが完全に起動した機体のカメラアイが輝き、ジュンイチが高らかに名乗りを上げる。
「“龍”の“炎”に“王”の“牙”!
 “不屈の果てに高みあり”!
 
龍炎王牙――マグナブレイカー!」

「どれだけ巨大になろうが所詮はノーマル瘴魔獣!
 オレの敵じゃないってところを、きっちり教え込んでやる!」
《そうですね》
 コックピットに座り、スロットルレバーを握るジュンイチにマグナが答える――二人の操作により、マグナブレイカーは巨大化したデモンズハッグと対峙する。
「ジュンイチ、やっちまえ!」
「おぅよ!
 一気に決めるぞ、マグナ!」
《了解です!》
 そしてセインは後ろのサブシートに。彼女に答えたジュンイチの言葉にマグナが応じ――
 

 湖から飛び出した影が、背後からマグナブレイカーに組みついていた。
 

「な………………っ!?」
《後ろから――!?
 まさか、デモンズハッグはオトリですか!?》
 水中に潜られ、気配探知が鈍った――声を上げ、ジュンイチとマグナが背後からの襲撃者を振りほどこうとマグナブレイカーを暴れさせるが、襲撃者はしっかりと組みついて離れない。
 それどころか、マグナブレイカーを捕まえたまま、ズルズルと湖の方へと引きずっていく――湖底に沈め、水中で戦うつもりなのだ。
 懸命に踏ん張るジュンイチだったが――不意を衝かれて姿勢を崩されてしまったのが悪かった。抵抗むなしく、そのまま水辺へと引きずられていく。
「ジュンイチ!」
「来るな!」
 そんなジュンイチの姿に、あわてて援護しようとするウェンディ――しかし、ジュンイチの声が彼女の動きを止めた。
「こっちはオレに任せろ!
 お前はデモンズハッグをなんとかしてくれ!」
「で、でも!」
「『でも』もクソもねぇ!」
 すでに両足は水の中――それでも、ジュンイチはウェンディに対し鋭く言い放った。
「心配するな!
 こっちをさっさと片づけて、すぐに助けに戻る!
 それまでなんとか、持ちこたえろ!」
 そこまで告げるのが限界だった――完全に体勢を崩され、マグナブレイカーの巨体が水しぶきを上げて水中に没していく。
「ジュンイチ!」
 思わず声を上げるウェンディだが、もはや肉声では届かない。無事を確かめようと通信を開――こうとしたが、ウェンディはそれをやめた。
「『なんとか持ちこたえろ』っスか……」
 つぶやき、眼下――地上からこちらを見上げるデモンズハッグへと視線を向ける。
「ずいぶんと、甘く見てくれるっスね……
 あんなヤツ、ジュンイチが戻ってくる前にブッ倒してやるっスよ!」
 宣言と共に身がまえて――「ジュンイチにノせられたっスかねー」とちょっぴり考えるウェンディであった。
 

「クソッ、やってくれるじゃねぇか……!」
 水中に戦いの場を移すと、襲撃者はすぐにマグナブレイカーから離れた。相手の姿を確認し、ジュンイチは舌打ちまじりにつぶやいた。
 襲撃者の正体はすでに巨大化済みの瘴魔獣だ。サメがベースのようだが、巨大化済みとはいえマグナブレイカーを水中に引きずり込んだパワーを考えれば、ハイパー瘴魔獣と思っていいだろう。
「ジュンイチ……どうするんだよ!?
 水中じゃアンタの炎は使えないし……あっちは完全に水中タイプなんだよ!」
「わかってる!
 自分の土俵をしっかり心得てやがる……!」
 セインの指摘の通り、このままではこちらも全力で戦えない。舌打ちするジュンイチだったが、相手もこちらが体勢を立て直すのを待ってくれるつもりはなかった。
 両足が重なり、巨大な尾びれに変わる――大きく尾びれを振るい、泳ぎ始めた瘴魔獣、後にネプチューンと名づけられるそれがジュンイチに向けて襲いかかる!
「くそ……っ!
 マグナ!」
《了解!
 フィールド適性、対物理衝撃比率最大!》
「マグナプロテクト!」
 自分の呼びかけに、相棒はすぐに応えてくれた――とっさに展開した、物理衝撃防御用に調整したマグナプロテクトがネプチューンの突撃を受け止め、弾き返す!
《しかし、どうします?
 こちらも有効な攻撃手段はありません。防ぐばかりでは――》
「わかってる!」
 しかし、敵も一度防がれたぐらいではあきらめるワケがない。再び突撃の体勢に入り、マグナに答えるジュンイチに向けて襲いかかる!
「確かに、炎は使えないけど――」
 対し、ジュンイチはマグナブレイカーの右手をかざしてかまえ、そこに“力”を集中させ、
「攻撃手段なら――ある!」
 そう告げた瞬間――マグナブレイカーのかまえた右手を中心に、周囲の水が凍結し始める!
 気づき、瘴魔獣が離脱するが――凍結するその動きが指向性を持った。瘴魔獣を追いかけるように、水中を氷の帯が駆け抜けていく!
《驚きましたね……
 “炎”属性の身で、凍気を操れるんですか?》
「別に、凍気を操ってるワケじゃねぇさ」
 この反撃は予想外だ――感嘆の声を上げるマグナに対し、ジュンイチはそう答えた。
「オレは確かに“炎”属性だ。
 だが、厳密に言えば真に操っているのは“熱”――熱を加えることで炎を燃やし、熱を奪うことで水を凍らせる――そういうことさ」
 そう説明するジュンイチだが――その表情は決して明るいものではない。
「ジュンイチ……?」
 そんなジュンイチの様子に、セインが声を上げ――
「口閉じろ! 来るぞ!」
 ジュンイチの言葉と同時――機体が衝撃に揺れた。
 ジュンイチの凍結攻撃をかわし、回り込んだネプチューンが背後から体当たりをしかけたのだ。
 しかも――
《背部スラスター破損!
 そんな……! 稼動部とはいえ、一撃で私の装甲を破るなんて!?》
「こっちにいくら打てる手があっても、ここがヤツの土俵なのは変わらないってことだよ……!」
 驚愕するマグナの言葉に、ジュンイチは懸命にネプチューンの位置を追いながらそう答えた。
「マグナブレイカーの機体特性自体が水中を苦手としているのは確かな話で、対するあちらさんは水中戦じゃ独壇場ときた。
 さすがのオレも、水中の戦いじゃふざけてる余裕は……ない」
 ジュンイチの言葉にセインが息を呑み――再びマグナブレイカーを衝撃が襲った。ネプチューンの繰り出した爪の一撃が、マグナブレイカーの肩アーマーを深々と抉る。
「ジュンイチ! ヤバイよ!」
「わかってるけど……くそっ、うっとうしい!」
 セインに答え、再びネプチューンに向けて凍結場を繰り出すジュンイチだが、ネプチューンは素早く回避。ジュンイチの攻撃は新たな氷塊を作り出すだけの結果に終わってしまう。
「そうだ!
 ジュンイチ、この氷塊をたくさん作れば!
 そのうちアイツだって身動きが取れなくなるって!」
《ムリですね》
 提案するセインだが、その提案はマグナによって却下された。
《ヤツの機動性を見たでしょう?
 あの様子では、いくら氷塊を作り出してもかいくぐられる――むしろこちらから身を隠すブラインドを与えるだけです》
「くそっ、ダメか……!」
 セインがうめくその間にも、ネプチューンがマグナブレイカーに襲いかかる――正面からだったのが幸いし、なんとかマグナセイバーでガードするが、その衝撃で大きくバランスを崩し、反転して再び襲いかかってきたネプチューンの体当たりで吹っ飛ばされる。
(ジュンイチが完全に押されてる。このままじゃ……!
 くそっ、あたしに力があれば……!)
 ジュンイチは自分に“力”をくれると言った。しかし、その“力”をもらう前にやられては意味がない。自分の無力に、セインが思わず唇をかみ――
「大丈夫だ」
 そんなセインに、ジュンイチが答えた。
「負けやしない――だから安心して見てろ」
 そう答える彼の視線に余裕はない。
 しかし――
「絶対に、勝つから」
 絶望もしていなかった。
「お前――オレからいろいろ教わるんだろう?
 教える前に――くたばってたまるかよ!」
 そう告げるジュンイチの操作で、マグナブレイカーがマグナセイバーをかまえ――
 

〈そんなあんた達にプレゼント♪〉
 

 突然開いたウィンドウの中で、笑顔でそう告げたのはイレインだった。
「イレイン……?」
「何だよ! いきなり口はさんできて!
 こっちの状況、わかってんだろ!? だったら出てきて手ェ貸せっての!」
 いきなりの乱入に戸惑うジュンイチの後ろからセインが声を上げるが、
〈あーあー、そういうこと言う?
 だったら、せっかくの“プレゼント”、引っ込めちゃおうかなー?〉
 そんなセインにイレインが告げた、その時――頭上で爆発が起きた。
 見上げると、そこにいたネプチューンが立て続けに魚雷の直撃を受けている――そこへ、魚雷を放った張本人、潜水艦型のビークルが飛び込んでくる!
「アイツぁ……デプスフロート!?」
「デプス……フロート……?」
〈そう。
 “GLX-J01S”デプスフロート〉
 声を上げたジュンイチに聞き返すセインにはイレインが答える。
〈そして――あんたの新しい機体トランステクターよ、セイン〉
「あたしの……トランステクター……」
 イレインの言葉に、セインの脳裏でいくつもの情報が組み合わさっていく。
 マグナブレイカーの苦手な水中戦。
 敵は水中型。
 水中戦に対応した新たなトランステクター。
 自分の新たな力――
「…………ジュンイチ!」
「あぁ!」
 結論は驚くほどシンプルなもの――セインに応じたジュンイチの操作で、マグナブレイカーはデプスフロートと合流する。
「システム同調の有効圏内だ!
 そのままいけ、セイン!」
「わかってる!」
 準備は整った。ジュンイチの言葉にうなずき、セインは意識を集中する。
(やってやるさ……!
 今度こそ、守ってやる……!)
 そう決意するセインの脳裏によぎるのは、ウェンディ、ディード、そしてノーヴェ――
(あたしは――)
 

(アイツらの、お姉ちゃんなんだ!)
 

「ハイパー、ゴッドオン!」
 

 瞬間――セインの身体から虹色の“力”があふれ出した。光の渦に飲み込まれ、セインの身体が粒子となって消えていく。
 その光はマグナブレイカーから飛び出し、デプスフロートへ――機体全体を包み込むと、まるで溶け込むようにその内部へと染み込んでいく。
 そして――
「デプスダイバー、トランスフォーム!」
 宣言と共に、デプスフロートがその姿を変える――船体下部、水中以外でも活動できるように備えられたキャタピラユニットが下方に起き上がり、そのまま後方に展開。左右に分割されて両足となる。
 次いで、船体が左右に分かれる――そのままスライド式に間隔を開き、その内部からロボットモードの上半身が姿を現す。
 システムが起動し、カメラアイに輝きが生まれる――トランスフォームを完了し、セインは自分達を追ってきたネプチューンの体当たりを受け止め、
「どぉりゃあぁぁぁぁぁっ!」
 まったくもって女の子らしからぬ咆哮と共に、その身体を力任せに投げ飛ばす!
「すごい……!
 これが、あたしの新しいトランステクター……!」
〈そうよ。
 あんたの新しい姿――デプスダイバー〉
 思いの他強力なパワーで投げ飛ばすことができた――呆然とつぶやくセインに、通信をつなげたままのイレインが答える。
〈その様子じゃ、もう心配はいらないわね。
 それに、地上にも、今頃――〉
 

「このこのこのこのっ!」
 声を上げ、人工魔力弾をばらまくウェンディだが――デモンズハッグには通じない。身体を丸めて巨大な球体となり、魔力弾を弾き飛ばしながらこちらに向けて突撃してくる!
 すかさず空中に逃げるウェンディだが、まだ安心はできない、自分達の攻防で薙ぎ払われた倒木や岩を足場に飛び上がり、空中にいる自分に向けて体当たりを狙ってくる。
「そんなウスノロ攻撃に当たってたまるもんっスか!」
 そんなデモンズハッグの攻撃をかわし、再び魔力弾を放つウェンディだが、やはりデモンズハッグの装甲に弾かれてしまう。
「あぁ、もう。
 誰かあのデカブツ止めてくれっスよ……!」
 これではジュンイチの言う通り持ちこたえるので精一杯だ。ため息をつき、ウェンディがつぶやき――
 

「それでは――お言葉に甘えて!」
 

 声と共に、戦場に飛び込んでくる影がひとつ――球体形態のまま地上を走り回るデモンズハッグにすれ違いざまに一撃、最小限の力で軌道を変えられ、デモンズハッグは近くの岩山に激突、停止する。
 同時、乱入者もまた足を止める――それはその体格からは不釣合いなほどに長い尾を持つ鋼の狼。
 そして、その頭上には――
「お待たせしました、ウェンディ姉様」
「ディード……?」
 そう。狼の上に立っているのはディード――ウェンディのつぶやきに、笑顔でうなずいてみせる。
「それ……まさかジュンイチのくれたトランステクターっスか?」
「はい。
 “GLX-J04D”スラッシュウルフです」
 ウェンディの問いにディードが答え、スラッシュウルフと名づけられた鋼の狼が天高く雄叫びを上げる。
「彼には感謝しなくてはなりませんね。
 私に、ヴィヴィオを守るための力をくれたのですから!」
「いや……ジュンイチは、決してヴィヴィオひとりだけを守らせるためにソレを作ったワケじゃないと思うっスけど……」
 拳を握りしめて、ディードが力強くそう告げる――ウェンディのツッコミも、新たな境地に目覚めた彼女の耳には届かない。
「ウェンディ姉様は下がっていてください。
 ヴィヴィオに害なす不埒な輩は、この私が斬り捨てます!」
「いや、だからヴィヴィオだけじゃ……
 ……あぁ、もういいっス。さっさとやっちゃうっスよ」
「はい!」
 

「ハイパー、ゴッドオン!」
 

 動機はどうあれ、極限まで高まったテンションは彼女の秘めた力を呼び覚ます――虹色の光に包まれ、ディードの身体はスラッシュウルフへと溶け込むように消えていく。
 そして――
「ウルフスラッシャー、トランスフォーム!」
 咆哮と共にその姿が変わる――両後ろ足がまっすぐに正されそのままロボットモードの両足に。両前足がたたまれ、身体の両側面ごと左右に展開されると、ビーストモードの胸部をカバーしていたロボットモードの左腕が展開。さらに襟首を基点に背中をカバーしていた右腕も展開され、開いた背中のスペースに展開されていたビーストモードの両前足が入れ替わりに収納される。
 ロボットモードの頭部がボディ内部からせり出し、右肩に配置されたビーストモードの狼の頭部が力強く咆哮、トランスフォームの完了を告げる。
「……なんか、ゴチャゴチャ細かい変形っスねー」
「ウェンディ姉様の機体の変形がシンプルすぎるのではないでしょうか?」
 複雑なトランスフォームを見せたウルフスラッシャーに、ウェンディが正直な感想をもらす――答えるディードだが、そんな彼女に向け、デモンズハッグが再び球体に身体を丸め、突進してくる!
「ディード、危ないっス!」
「大丈夫です」
 声を上げるウェンディに答え、ディードはスラッシュウルフの尾――長剣として背中にマウントされていたそれを手にした。
 と、長剣が二つに別れた。峰に備えられたジョイントで連結されていた剣が二振りの剣となってディードの手に収まり――
「IS発動――ツインブレイズ!」
 宣言と共にその姿が消える――直後、突進してくるデモンズハッグの側面に回り込んだディードが一撃、再び軌道をそらされたデモンズハッグが、再び別の岩山に激突する!
 

「そらそら、さっきまでの勢いはどうした!?」
 水中を縦横無尽に駆け回るネプチューンも、同様の機動性を発揮し、さらに火器まで備えるデプスダイバーから逃れることはできなかった。人工魔力弾をばら撒きつつネプチューンを追い回し、セインが言い放つ。
「そんじゃ、地上にも敵が残ってるし、さっさと終わらせるか!
 フォースチップ、イグニッション!」
〈Fii drive mode, set up!〉

 しかし、こちらも長々と追いかけっこをするつもりはない。セインが咆哮し、右肩のシールドに備えられたチップスロットにミッドチルダのフォースチップをイグニッション。フルドライブモードへと移行する。
〈Charge up!
 Final break Stand by Ready!〉

 そして、両肩のシールドを展開し――その内側に備えられた多連装の人工魔力砲が起動した。それぞれの砲門にフォースチップの“力”が注ぎ込まれていき、
「くらいやがれ!
 ダイバー、フルバースト!」
 セインの宣言が引き金となった。斉射された人工魔力弾が、巨大な“力”の渦となってネプチューンを直撃、吹っ飛ばす!
「…………くそっ、しぶとい……!」
「さすがはハイパー瘴魔獣ってところか……」
 だが、それでも撃墜には至らない――なんとか耐え切ったネプチューンの姿に舌打ちするセインに、ジュンイチが追いついてきてそう告げる。
 だが、セインはそれほど落胆しているワケではなかった。すぐに笑みを浮かべ、告げる。
「まぁ、それならそれで、もっとドデカいヤツをお見舞いするまでだ。
 ジュンイチ! マグナ!」
「おぅよ!」
《爆裂武装ですね!》
 

「マグナブレイカー!」
「デプスダイバー!」

『爆裂武装!』

 ジュンイチとセインが咆哮し、マグナブレイカーが急上昇。デプスダイバーもそれを追って加速していく。
 そして、デプスダイバーがビークルモード、デプスフロートへと変形。マグナブレイカーを追い抜くと左右に分割。間にマグナブレイカーを招き入れると、その両手に合体する。
 機体そのものを武器に変えたデプスフロートをマグナブレイカーがかまえ、ジュンイチとセインが名乗りを上げる。
『マグナブレイカー、ダイブハンマーモード!』
 

「これでこっちも水中戦対応っ!
 さっきボコボコにされた恨み、晴らしてやるぜ!」
 咆哮し、ジュンイチがネプチューンに向けてマグナブレイカーを発進させる――対し、反転して離脱しようとするネプチューンだが、
「逃がすかよ!」
 セインが告げると同時、マグナブレイカーの周囲の“力”の流れが変わる――背後に集中すると渦を巻き、スクリューの役目を果たしてマグナブレイカーを加速させる!
 そして、瞬く間にネプチューンに追いついたマグナブレイカーの両腕で、ダイブハンマーが腕のジョイント部を基点に回転を始め、
「どぉりゃあっ!」
 高速回転するその鈍器を、ジュンイチが思い切りネプチューンに叩きつける!
「ハンマーって言うよりトンファーだな……」
「今の回転殴打なんかまさにそれだよなぁ……」
 うめくセインにそう答えると、ジュンイチはネプチューンへと向き直り、
「さて……そんじゃ、そろそろ地上の救援にも戻らなきゃならないんでね」
「あたしらがさっさとブッつぶしてやるよ――覚悟しな!」
 

『《フォースチップ、イグニッション!》』
 ジュンイチとマグナ、そしてセインの咆哮が交錯し――彼らのもとにミッドチルダのフォースチップが飛来した。そのまま、マグナブレイカーのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
 それに伴い、マグナブレイカーの両足、両肩、そして両腕に合体したダイブハンマーの装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
《フルドライブモード、セットアップ!》
 ジュンイチと共に機体のエネルギーを制御しているマグナが告げ――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
《チャージ、アップ!
 ファイナルブレイク――Stand by Ready!》
「いく、ぜぇぇぇぇぇっ!」
 マグナからのGOサインを受け、ジュンイチは両手を正面で組み合わせ――同時、ダイブハンマーを留めていたジョイント部が伸びた。現れたアームによってダイブハンマーを導き、拳の先で合体。元通りのデプスフロートを組み上げる。
 と、デプスフロートがジョイントアームから切り離された。誘導トラクタービームによってつながったそれを、ジュンイチは両手で振り回し始める。
 その勢いはどんどん増していく――やがて腕だけでなく、全身を使って豪快に振り回していく。
 身体全体が独楽のように回転するその動きは、さながら陸上競技のハンマー投げのようで――
『《ダイブハンマー、グランドフィニッシュ!》』
 咆哮と共に、巨大なハンマーと化したデプスフロートが放たれた。投げ飛ばされたデプスフロートがフォースチップのエネルギーに包まれ、ネプチューンを直撃する!
 跳ね返り、戻ってきたデプスフロートが頭の上から降ってきて――
『《Finish Completed.》』
 落下してきたデプスフロートをジュンイチがキャッチ。彼らが静かに告げると同時――ネプチューンは大爆発と共に四散、焼滅した。
 そして、頭上のデプスフロートがデプスダイバーへとトランスフォーム。勝ち鬨の声を上げる。
『《爆裂、究極! マグナ、ブレイカァァァァァッ!》』
 

「フォースチップ、イグニッション!」
〈Fii drive mode, set up!〉
 宣言と共に、ミッドチルダのフォースチップが飛来する――ディードの呼び出したそれが、右肩の狼の頭部、その側面に備えられたチップスロットに飛び込み、機体がフルドライブモードへと移行する。
〈Charge up!
 Final break Stand by Ready!〉

 システム音声がナビゲートする中、ディードのかまえた二振りの刃、“テールブレイド”がフォースチップの“力”に包まれ、
「フェンリル、スラッシュ!」
 叩きつけられた二連撃が、デモンズハッグを吹き飛ばす!
 しかし――フォースチップの力を借りたその一撃ですら、デモンズハッグの装甲を破るには至らない。大きく凹まされはしたものの、それでも体勢を立て直してこちらを狙う。
「なかなかがんばりますね……
 しかし、それでは思うように転がれないでしょう」
 冷静に告げ、ディードが再びテールブレイドをかまえ――
「ちょおっと待ったぁっ!」
 咆哮と同時、湖の水面が盛り上がり、弾ける――水中での戦いを片づけたジュンイチ達のマグナブレイカーとデプスダイバーが飛び出し、戦いの場へと降り立つ。
「水中の敵は片づけた!」
「後はここだけ――このままいくよ!」
 もはや残す敵はデモンズハッグだけ――速攻でケリをつけようと、ジュンイチとセインがそれぞれにかまえると、
「ジュンイチ! あたしと爆裂武装っす!」
 上空からジュンイチにそう告げるのはウェンディだ。
「あんなヤツ、エリアルバスターで――」
「いや……ダメだ」
 しかし、ジュンイチはそんなウェンディの提案を却下した。
「ヤツの生体装甲の形状を考えると、砲撃をかけたところでエネルギーの大半が受け流されちまう。
 お前も、けっこう苦戦したんじゃないのか?」
「あぅ……」
 そういえば、先ほどから自分の攻撃はほとんど有効打にはなっていない。痛いところを指摘され、肩を落とすウェンディにかまわず、ジュンイチは続ける。
「ヤツを叩くなら接近戦がベストだ。だから――」
 そして、ジュンイチは振り向き、そこにいた“彼女”に告げる。
「ディード!」
「わかっています!」
 そんなジュンイチからの呼びかけに、ディードは迷うことなくうなずいた。
「私も戦います――ヴィヴィオのために!」
「上等っ!
 んじゃ――いっちょやりますか!」
 

「マグナブレイカー!」
「ウルフスラッシャー!」

『爆裂武装!』

 ジュンイチとディードが咆哮し、マグナブレイカーがホバリングで大地を疾走。ウルフスラッシャーもそれを追って加速していく。
 そして、ウルフスラッシャーがビーストモード、スラッシュウルフへと変形。大きく跳躍して距離を詰めると、マグナブレイカーの肩を足場に頭上高く跳躍する。
 そのまま、空中でスラッシュウルフが変形――四肢をたたみ、分離したテールブレイドを口腔内に接続。後ろ半身が左右に別れ、その間にマグナブレイカーの右腕が差し込まれ、固定される。
 機体そのものを武器に変えたスラッシュウルフをマグナブレイカーがかまえ、ジュンイチとディードが名乗りを上げる。
『マグナブレイカー、ウルフェンセイバーモード!』
 

「さぁ……希望する斬られ方を申告しながら前に出ろ!
 希望に一切関係なく、一刀両断してやるぜ!」
 合体――爆裂武装を完了し、右腕と一体化する形で装着されたウルフェンセイバーをかまえ、ジュンイチは不敵な笑みと共にデモンズハッグに言い放つ。
 だが、デモンズハッグも退かない――再び身体を丸めて球状となり、ジュンイチ達に向けて体当たりを敢行する!
「来ます!」
「なんのっ!」
 しかし、ジュンイチも負けてはいない。ウルフェンセイバーでデモンズハッグの突進を受け止めるが――
「………………何っ!?」
 それでもデモンズハッグは止まらない。ななめにかまえたウルフェンセイバーを坂に見立て、体重をかけてのしかかってくる――自分の重量に任せてウルフェンセイバーの動きを封じるつもりなのだ。
「理性のトンでる巨大瘴魔獣のクセに、知恵が回るじゃねぇか!
 ――でも!」
 うめき――告げるジュンイチの言葉と同時、マグナブレイカーの左足のツールボックスからマグナセイバーが飛び出した。ジュンイチが左手でそれをキャッチし、
「爆裂武装は、武器となる機体の持っていた特性をそのまま武装する本体に反映、さらに本体のパワーによってより強力に特化させます」
「切れ味強化されてるのが――ウルフェンセイバーだけだと思ったか!」
 ディードとジュンイチが告げ――左手に握ったマグナセイバーが、デモンズハッグの装甲を斬り裂く!
「ディード!
 一気に叩くぞ!」
「わかりました!」
 

『《フォースチップ、イグニッション!》』
 ジュンイチとマグナ、そしてディードの咆哮が交錯し――彼らのもとにミッドチルダのフォースチップが飛来した。そのまま、マグナブレイカーのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
 それに伴い、マグナブレイカーの両足、両肩、そして右腕に合体したウルフェンセイバーの装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
《フルドライブモード、セットアップ!》
 ジュンイチと共に機体のエネルギーを制御しているマグナが告げ――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
《チャージ、アップ!
 ファイナルブレイク――Stand by Ready!》
「ジュンイチさん!」
「おぅともよ!」
 マグナの言葉にディードが、ジュンイチが吼え――マグナブレイカーが地を蹴った。爆発的な加速と共にデモンズハッグへと突撃する。
 振り上げたウルフェンセイバー、その刃にフォースチップのエネルギーが集中、刀身が光に包まれ――
『《ウルフェンセイバー、グランドフィニッシュ!》』
 渾身の力で振り下ろした一撃が、デモンズハッグの巨体を両断する!
 間髪入れず、ジュンイチがマグナブレイカーを後退させ――
『《Finish Completed.》』
 彼らが静かに告げると同時――デモンズハッグは大爆発と共に四散、焼滅した。
 そして、ジュンイチ達はウルフェンセイバーの爆裂武装を解除、勝ち鬨の声を上げる。
『《爆裂、究極! マグナ、ブレイカァァァァァッ!》』
 

「ただいまー」
「はい、お帰りなさい♪」
「パパ、おかえりーっ!」
 戦いも終わり、セイン達を連れて無事の帰還――代表して声を上げるジュンイチに、出迎えたすずかやホクトが答える。
「まったく……ジュンイチが悪いとはいえ、心配させんじゃないわよ」
「たはは……ゴメン」
 イレインが視線を向けるのは、今回真っ先に外に飛び出したセインだ――苦笑し、謝る彼女の肩をイレインはポンッ、と叩き、
「そんなことじゃこの先が思いやられるわよ。
 アイツについていくなら、あの程度のことで腹を立ててるようじゃやっていけないわよ。もっとこう……むしろアイツの胃に穴開けてやろう、ってぐらいに図々しくならないと」
「そうだな……
 ありがとう。いい教訓になったよ」
「あれあれー? なんかひどいこと言われてるような気がするんだけど」
「事実じゃない」
 ツッコんだつもりがイレインにはあっさりと返され、ジュンイチは自分の立ち位置について一瞬だけ真剣に考え込み――
「それより」
 口を開いたのはディードだ。出迎えてくれたすずか達にずいっ、と顔を寄せ、真剣な表情で尋ねる。
「ヴィヴィオはどこですか!?
 私はヴィヴィオを危険にさらさないようにと、降りかかる火の粉を振り払うために出撃したのに!」
「あ、あぁ……ヴィヴィオなら……」
「れ、レクルームよ……
 格納庫は自動メンテナンスシステムとかが動いてて危ないから、向こうで帰りを待たせてて……」
「わかりました! ありがとうございます!」
 ディードの気迫に押され、すずかとイレインが答える――ほとんど同時と言ってもいいほどのタイミングで頭を下げ、ディードは格納庫の出入り口へと駆けていく。
「……また世話焼きに行ったっスね」
「すっかりヴィヴィオに惚れ込んじゃったよなー……」
「今のアイツなら、恭也さんと瞬時にわかり合える気がする……」
 そんなディードの後ろ姿を見送り、ウェンディ、セイン、ジュンイチがそれぞれにつぶやき――
「………………ん?」
 ジュンイチは、格納庫の一角から、整備機材の影に身を隠してこちらを見ている視線に気づいた。
(ノーヴェ……か?)
 その視線はノーヴェのものだ。向けている視線は敵意混じりの、怒りの視線だが――
(……何だ……?
 視線の向きが、おかしい……?)
 現状で考えれば、彼女からそんな視線を向けられるのは自分くらいのはず――なのに、ノーヴェの怒りの視線は自分には向いていなかった。
 ――いや、正確には「自分“だけ”に向いているワケではない」と言ったところか。
 彼女が見ているのは――
(セイン、ウェンディ……格納庫の入り口を見てるってことはディードもか……
 どういうことだ……? なんでアイツ、自分の姉妹にまであんな視線を……?)
 思わず眉をひそめるジュンイチだが――そのせいで彼女に気づかれてしまったようだ。こちらに向けて一瞬だけ驚きの表情を見せ、ノーヴェはすぐにその場から立ち去ってしまった。
「………………何だってんだ?」
 首をかしげるが、何だかんだで仲のいい彼女達姉妹のこと。何かあれば当事者達で話し合いの場を設けるだろうと考え、ジュンイチは思考を打ち切り――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時の判断を激しく後悔する出来事が起きたのは、それから数日後のことだった。


次回予告
 
ウェンディ 「セイン」
セイン 「何だよ?」
ウェンディ 「ジュンイチにフラグ……立てられてないっスか?」
セイン 「は? フラグ? 何だ、そりゃ?」
ウェンディ 「あぁ、知らないならいいっス。
 ……セイン、フラグの兆候の自覚なし。早急な対応が必要、と……」
セイン 「おい、こら待て。
 今一体何をメモった?」
ウェンディ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第88話『決別の時〜ナンバーズ分裂〜』に――」
二人 『ハイパー、ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/11/28)