「なんで……どうして!?」
信じたくない――呼びかけるウェンディだが、相手はそんなことで手を引くつもりはなかった。
「ウソ……ですよね……!?」
つぶやくディードだが、彼女もこれが現実だと理解していた。その声は弱々しく力はない。
「本気……なんだね……!」
「…………あぁ」
セインの問いかけに、ようやく答えが返ってきた。
「今のお前達は、もはや害悪以外の何モノでもない。
その“害”が手遅れにならないうちに――」
そう告げて――
「お前達は、姉である私達が葬ろう」
ブラッドサッカーにゴッドオンしたチンクは、マスタングにゴッドオンしたトーレと共に、セイン達へと一歩を踏み出した。
第88話
決別の時
〜ナンバーズ分裂〜
「で…………負けたワケだ」
目の前には、負傷し、ゆたかやヴィヴィオ、すずかから手当てを受けるセイン達――医務室で戦闘の記録映像を見ながら、ジュンイチは軽くため息をついた。
映像の中では、セイン達がチンク達に一方的に打ちのめされている光景が映し出されている。セイン達もそれぞれの機体にゴッドオンしているが、彼女達の心情を反映してか、ハイパーゴッドオンではなく普通のゴッドオンだ。虹色の力強い輝きが一切見られない。
中でもひどいのがノーヴェだ。未だ新トランステクターを得ていないにも関わらず参戦し、結果トーレ達に完全に圧倒されている。そんな彼女を守ろうとセイン達が奮戦したおかげで、この面々の中で一番の軽傷なのが不幸中の幸いと言えばそうなのだが――
「オレとホクトが定期健診に行ってる間に、そんなことがねぇ……」
「ゴメンっス、ジュンイチ……
せっかくジュンイチがエリアルスライダーを作ってくれたのに……」
「いや、気にするな」
うなだれるウェンディだが、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「全員無事――それだけで十分だよ。
それに……」
そう告げて、ジュンイチはウィンドウの映像に視線を戻し、
「これを見て……少し安心した」
「安心……?
こんな、あたしらがボロ負けした光景で、か?」
「まったく、いつも通りの動きができませんでしたが……?」
「だからだよ」
首をかしげるセインとディードだが、ジュンイチはまたしてもあっさりと答えた。
「映像を見ても、明らかに動きが鈍ってる。
チンク達と戦うことに対して、全員が迷ってた」
「そう……っスね……
チンク姉やトーレ姉と戦うの……やっぱり、辛かったっス……」
そんなことを言っている場合ではないのはわかっているが、それでもどうしようもない。ため息をつくウェンディだったが――
「それでいいんだよ」
対し、ジュンイチはそんな彼女にそう答えた。
「自分の姉と戦うんだぞ。辛くないワケがないだろ。
ここで何とも思わないようなヤツと、一緒に戦いたくはないな、オレは」
言って、ジュンイチは映像へと視線を戻し――
「気休めなんかいらねぇよ」
憮然としたまま口を開いたのはノーヴェである。
「どうせ、腹ん中じゃ諸手を挙げて万歳三唱なんだろ?
自分がずっと追いかけてきたナンバーズが、勝手につぶし合いを始めたんだからな!」
「よせ、ノーヴェ」
ジュンイチに食ってかかろうとしたノーヴェをセインが止める――そんな彼女にも鋭い視線をぶつけ、ノーヴェはクルリときびすを返し――
「あ…………」
「………………っ」
自分の手当てをしようとしていたのだろう。救急箱を抱えたヴィヴィオと目が合った。
「……あ、あの……ケガ……」
「………………自分でやる」
恐る恐る声をかけるヴィヴィオにそう答えると、ノーヴェは彼女の手から救急箱を取り上げ、さっさと医務室を出ていってしまった。
「やれやれ……ご立腹だね。
悪かったな、ジュンイチ」
「別にお前が謝ることじゃねぇだろ。
元からアイツ、オレに対して敵愾心メラメラだったじゃんか――くすぶっていた火種が、今回のことをきっかけに爆発しただけだよ」
頭を下げるセインに答えると、今度はジュンイチが彼女に尋ねた。
「それより……だ。
チンクと愉快な仲間達は、お前達を叩いた後はさっさと帰っちまったんだよな?」
「ゆ、ゆか……いや、そこはまた後でツッコむとして……
そうだよ。あたしらを叩いたら、そのまま引き上げてった」
「ふーん……」
セインの言葉に、ジュンイチはなにやら難しそうな顔で黙り込んでしまった。首をかしげ、ディードが尋ねる。
「何か……気になることでも?」
「三つほど」
そう答え、ジュンイチはピッ、と右の人さし指を立てた。
「まずひとつ目。
チンク達はどうしてそのままトドメを刺さなかった?
『後々害にならないように始末する』――そう言ってたんだろう? なのに、トドメを刺さずにさっさと帰っちまうのは、少しばかり不自然だ」
続いて中指を立て、
「二つ目。
ヤツらはどうしてISを使わなかった?
チンクもクソスピードスターも、戦いに手心を加えるタイプじゃない。そんな二人が戦力の出し惜しみをするワケがねぇ」
最後に薬指を立て、計3本。
「三つ目。
そもそも、根本的にアイツらがお前らを襲うってことがありえねぇ。
クソメガネならともかく、妹想いのあの二人がそういうことをするとは思えねぇからな」
そう告げ、ジュンイチは一同に対しクルリと背を向けた。
「パパ?」
「ホクト、ヴィヴィオやケガ人どもを頼む。
ちょっと出かけてくる」
ホクトに答え、ジュンイチはその場を離れた。廊下に出てひとりになったところで足を止め、
「さて、と……
それじゃ、“事情聴取”とまいろーか♪」
つぶやき――懐から携帯電話を取り出した。
時間にしてそれから小一時間後、スカリエッティのアジトでは――
「チンクちゃん?
チンクちゃぁ〜ん?」
ひとつ下の妹の姿を探し、クアットロはアジトの中を歩き回っていた。
「チンクちゃん、どこに行ったのかしら……?」
しかし、チンクの姿はどこにもない。ため息をつき、クアットロは肩をすくめて――
「クアットロ」
突然声をかけられ、振り向いたクアットロの前には、不機嫌そうな様子のトーレの姿があった。
「チンクなら、つい先ほど出かけたぞ」
「あら、そう?」
トーレの言葉に、クアットロは特に気にすることもなくうなずいて――
「それで……貴様はチンクに何の用だったんだ?」
そんなクアットロに、トーレは鋭い視線と共に問いを投げかけた。
クラナガン市内のとある広場――人々の待ち合わせ場所としてそこそこ有名なその広場で、ジュンイチは“待ち人”が来るまでの暇つぶしに持参していた本に目を通していた。
本のタイトルは――“サルでもできる殲滅戦”。
と――
「何て本を読んでるんだ、お前は……」
声をかけられ、顔を上げるとそこには“待ち人”の姿――本を閉じ、広場の時計へと視線を向けた。
時刻は指定した時間の5分前――視線を“待ち人”に向け、告げる。
「5分前行動とは感心感心。
そういうところは相変わらず律儀だよな――チンク」
「私が律儀かどうかよりも……その前に、なぜ貴様が私のプライベートアドレスを知っているのか、そこからまず問いただしたいんだがな?」
敵対関係も何のその。気楽に語りかけてくるジュンイチに、チンクは心なしか鈍痛を訴えてきたこめかみを押さえながらそう返し――
「気にするな。オレは気にしない」
「いや、気にするべきだろう! 主に防犯意識的な意味で!」
犯罪者から防犯について説教された。
「あんたもまた、ややこしい時に現れるわねぇ……」
「貴様らの都合に合わせるつもりはない」
その頃、マックスフリゲートには珍客の姿が――ため息をつくイレインに対し、ブレインジャッカーはあっさりとそう切り替えしてきた。
「そんなにヴィヴィオの様子が見たいなら、面と向かって会いに行けばいいじゃない」
そう、ブレインジャッカーの目的はヴィヴィオだった。最初に発見したのも彼だというし、何かしらの思い入れでもあるのかと思いながら、そう彼に告げるイレインだったが――
「わかっていないな。
調査は自然を変えてしまう――本当に自然な姿を観察したいのであれば、その存在は決して観察対象に知られてはならない」
「………………
……あー、そうだったわね。
あんたの“お目当て”はヴィヴィオ本人じゃなくて、邪念0なあの子の心の方だったのよね」
正直なのはけっこうなことだが、その言い方ではヴィヴィオは動物か何かではないか。「ディードが聞いたら怒り狂いそうだなー」などとこっそり思い、イレインは軽くため息をつき――
「ところで」
不意に、ブレインジャッカーが話題を変えた。興味深げに自分達のいる格納庫内を見回し、
「しばらく来ない間に、見知らぬ機体が増えたようだな」
「そうね。
“GLX-Jシリーズ”――あんた達本家GLXシリーズのデータを元にジュンイチがすずかと共同開発した、AI非搭載型のGLXシリーズ・ジュンイチ版よ」
「ほう……
それで? 操り手はいるのか?」
「あー……
いるには、いるんだけど……今、ちょっと問題抱えててね」
「なるほど。
艦内に点在している暗い感情はそれか」
答えるイレインの言葉に納得し、ブレインジャッカーがうなずき――
「だが……それは興味深い。
柾木ジュンイチのもとにいながら、そんなにも簡単に悩みを持つとは」
「あんたねぇ……
ここにいる全員が全員、ナイロンザイル並に図太くて頑丈な神経してると思ってない?」
「そのくらいでなければあの男にはついていけまい?」
ツッコむイレインだったが、あっさりとブレインジャッカーにやり返されてしまう。
「あー、もう……
そんなに興味あるならさっさと様子見に行ってきたら?」
「そうするとしようか」
このままコイツに付き合っていても疲れるだけだ――面倒くさそうに頭をかきながら告げるイレインに対し、ブレインジャッカーはあっさりとうなずいてみせた。
「それで?
いきなり人を呼びつけて、一体何の用だ?」
広場を離れ、公園の中に――お互いに一般人を装い、遊歩道を歩きつつ、チンクはジュンイチにそう尋ねた。
「街中に呼び出したんだ。決着をつけよう、というワケではなかろう?」
「そうだな。
オレもお前相手に小細工はしたくないし、単刀直入にいこうか」
あっさりと答え、ジュンイチはチンクと正対し、
「どうして、セイン達を襲った?」
「何…………?
どういうことだ? またクアットロがセイン達を攻撃したのか?」
「すっとぼけるな。
お前ら……オレやホクトのいない間に、ウチに攻撃しかけただろ。
ずいぶんお前らしくないやり口じゃねぇか。どういう風の吹き回しだ?」
「ち、ちょっと待て!」
ジュンイチの言葉に、チンクは思わず待ったをかけた。
「私はそんなことをしていないぞ!」
「え………………?」
「だいたい、なぜ私達がセイン達を襲わなければならない!?」
キョトンとするジュンイチに対し、チンクはさらに声を上げる。
先にセイン達に語った通り、ジュンイチは彼女やトーレが本気でセイン達を襲うとは思っていない。クアットロの策だったとしても、何かしらの思惑があって協力したのだろうと考えていたのだが、まさか覚えすらないとは――お互いの主張に食い違いを感じ、ジュンイチは眉をひそめた。
「まったく、いきなり呼び出した上にワケのわからないことを……!
ケンカを売っているのか!? 買うぞ! 時価数十万でも大人買いするぞ!」
「微妙に大人気ないキレ方すんなよ」
スティンガーをしのばせていた(と思われる)懐に手を突っ込んだチンクを、ジュンイチはやんわりと制止した。
そんな彼の脳裏で、ある可能性が浮上する――ため息をつき、確認する。
「……チンク。
お前……最近出撃したか?」
「それでセイン達を襲ったのか、とでも言うつもりか!?
ふざけるな! この私が妹達を手にかけるなどと……!」
「いいから答えろ。
出撃したのか、してないのか」
「していないさ!」
問いを重ねるジュンイチに、鋭い声で答えが返ってくる。
「トランステクターはすべて、『再調整する』とかでクアットロが……」
が――そこで彼女も気づいたようだ。動きを止め、ジュンイチの顔を見上げる。
「おい……まさか……」
「たぶん……そういうことだ」
尋ねるチンクに、ジュンイチも渋い顔でうなずいてみせた。
「やってくれるぜ、クソメガネ……!
イヤな“仕込み方”してくれるぜ、まったくよぉ……!」
「『何の用』……?
別にトーレ姉様が気にするようなことではありませんわ」
「貴様の場合、そう言われてもイマイチ信用できん。
また何かの“悪巧み”か?」
投げかけられた問いに対し平然と返すクアットロだが、トーレの反応は冷たいまま――先日、セイン達を襲った一件以来ずいぶんと嫌われたものだ。
「失礼ね。
トーレ姉様やチンクちゃんのトランステクター、もう“いらない”から返そうと思ったのに……」
「再調整が終わったのか?」
「まぁ、そういうことですわ」
聞き返すトーレにそう答え――瞬間、クアットロの瞳がメガネの奥で怪しい光をたたえた。
「それで……お姉様。
返却ついでで恐縮なんですけど、ドクターからミッションの指示が。
その件で、チンクちゃんを探してたんですけど……」
「ミッション、だと……?」
「セインちゃん達の“回収”ですわ」
その言葉に、トーレの動きが止まった。
「…………ほぅ」
「簡単な話よ。
私は先日勝手にセインちゃん達を襲っちゃったから、私が行っても警戒して戻ってきそうにない。だからあなた達に……ってこと。
ドクターも罪な方ですわ。よりにもよってセインちゃん達を襲った私にこのミッションを伝える役目を任せるんだから」
「仕方あるまい。
ウーノがまだ復帰できないのだから」
「そうですわねぇ……」
トーレの言葉に思い出すのは、未だ部屋に閉じこもったっきりの、自分達の長姉のこと――
「クアットロ……本当にグリフィス・ロウランの生存は伝えたんだろうな?」
「もちろんよ。
それであれなんですもの……よほどこたえたのよ」
答えて、クアットロは軽くため息をつく――ため息をつきたいのはこっちだとばかりにかぶりを振り、トーレは気を取り直してクアットロに告げた。
「とにかく、こちらのミッションについては了解した。
人選は?」
「ご自由に。
ただ……チンクちゃんの姿が見当たらないのよねぇ……」
「わかった。
ならば、オットーとセッテ、ディエチを連れていく」
「はいはい。
じゃあ、私はお留守番してますねー♪
無事にセインちゃん達を連れ帰ってきてくださいねー♪」
言って、通路の奥に去っていくトーレを見送ってしばし――
「…………あの子達がうなずけば、ですけどね」
ポツリ、と小声で付け加えた。
「今のあの子達は、ちょっとトーレ姉様に対して反抗的ですよ。
……ま、自分が仕組んだことですけど♪」
自分のそのつぶやきがトーレに届くことはない――満足げに笑みを浮かべ、クアットロはきびすを返した。
「だいたい、あの子達もまだまだね。
トーレ姉様達のトランステクターを遠隔操作して、過去の運用データを元にシルバーカーテンで仕草の再現をフォローしただけで、何の疑いもなく信じちゃうんだから」
クアットロの口元で、歪んだ笑みがさらに深くなる。
「セインちゃん達には、もっともっと悩んでもらわないとね。
そうして得られた経験は、やがて私達の力になるんだから……」
「なるほど……
クアットロめ……いきなりトランステクターを再調整すると言うから何かと思えば、そういうことか……!」
「襲撃の時に敵がISを使ってこなかったのは、そういうことだ――ISの使い手がゴッドオンしてないんじゃ、使えるものも使えない。
っつーか……お前ら、最近ホント足並みそろってないよな。ちゃんとアイツの手綱握ってろよ」
今回の一件の裏を聞かされ、チンクがうめく――ジュンイチがため息まじりに呆れるが、そんな彼にも反論できないくらいに“その通り”だ。
「っつーか、クソメガネは何考えてんだ?
今回の件、お前らのところにメリットがあるとは思えない――まったく真意が見えてこねぇ」
「以前セイン達を襲ったように、こちらの情報を貴様らに与えないための口封じではないのか?」
「だとすると、トドメを刺さずに撤退した理由が説明できない。
口封じの基本は“死人に口なし”だからな――生かしておいたら意味がねぇ。
あのクソメガネがンな凡ミスするとは思えねぇ。トドメを刺さなかった以上、そこには必ず何かの意味がある。
陰湿に事を運びたがるけど、本来の目的も決して忘れない――クソメガネってのはそういう女だ」
「ずいぶんとクアットロに理解があるじゃないか」
「ま、アイツとは付き合い長いし、何より気が合う者同士だからな――って、何でオレはお前に足を踏んづけられたんだ?」
「事故だ」
全体重をかけて思い切り踏みつけておいて『事故』も何もないだろうが。
合金の芯を仕込んだブーツにつま先を守られ、ノーダメージに終わったジュンイチがそんなことを考える一方で、踏みつけた張本人であるチンクは頬をふくらませ、ぷいとそっぽを向いてしまう。
「ま、ともかく、クソメガネの今回の動きは、そういう“口封じ”の類とは違う、ってことさ。
流れから考えて……セイン達に死なれるのも、帰ってこられるのも困る、ってところか」
「死なれるのも、帰ってこられるのも……?
どういうことだ?」
「そこまでは知らねぇよ。そっちの事情もからんでくることだから、理由まではちょっと読みきれないな。
今のオレに言えるのは、今挙げた条件に合致する“何か”をクソメガネが企んでるってことさ」
「むぅ…………」
答えて考え込むジュンイチのとなりで、チンクも腕組みして考え込む。
そのまま、二人の間を沈黙が支配することしばし――チンクは腕組みを解いてため息をつき、
「…………わからん」
「真っ向勝負しか能のない脳筋にゃ期待してねぇよ」
直後――
遊歩道を舞台に、ジュンイチとチンクの追いかけっこが幕を上げた。
「………………」
マックスフリゲートの展望ルーム――自分で傷の手当てを済ませ、ノーヴェはベンチに寝そべり、無言で天井を眺めていた。
思い出されるのは、先ほどの戦闘のこと――
(なんで……チンク姉達が……!)
自分達の敬愛する姉達が敵となり、しかも問答無用で襲ってきた――その事実に胸が締めつけられる。
ジュンイチからトランステクターを譲り受けたウェンディ達はもちろん、自分も懸命に防戦したのだが、やはり姉と戦うということに動揺を抑えることができなかった。いつも通りに戦えず、決定的な惨敗を喫した。
結果的に彼女達は引き上げていったが、イレインやオメガスプリーム、ガスケットの抵抗がなければ、自分達は彼女達の引き上げを待たずに――
「………………クソッ」
気分が晴れない――舌打ちし、ベンチの上でムクリと身を起こす。
「…………救急箱、返さなきゃな……」
先ほどのこともあり、医務室に戻るのにはためらいがあったが、もうウェンディ達も引き上げているだろう。傍らに置かれた救急箱を見ながらそうつぶやき――
「ルルル〜〜♪ ララ〜〜♪ ルル〜〜♪ ララ〜〜♪」
「っ!?」
突如聞こえてきた鼻歌に驚き、不意打ちを受けたノーヴェの身体が強張った。
鼻唄の主が、廊下の向こうの暗がりからカツーンッ、カツーンッ、と足音を立ててやってくる。
そして、“彼”は展望室にその姿を現し――
「……貴様の心を、受信した」
「………………」
その言葉に、ノーヴェは息をつき、尋ねる。
「……確か、ブレインジャッカー、だっけか。
いきなり何のマネだ?」
「柾木ジュンイチから教わった。
『悩んでいるヤツの前に現れる時には、こうやって出ていくものだ』とな。
確かにオレは相手の心が読める――『心を受信した』とは、実に状況にマッチした言葉だ」
「何教えてんだ、あのバカは……」
あの男のことだ。どうせ何かの番組から持ってきたネタに違いない――そんな彼女の読みは正しく大正解。
共に暮らすようになって間もないながらもジュンイチのことを的確に評価し、ノーヴェは軽く毒づいて――
「…………『悩んでる』?」
「悩んでいるだろう?」
先のブレインジャッカーの言葉が引っかかった。聞き返すノーヴェに、ブレインジャッカーも真っ向から切り返してくる。
「貴様の感情に大きな揺らぎが観測されている――悩んでいる人間の思考によく見られる傾向だ。
まったく、ここは実に興味深い。文字通り穢れのないヴィヴィオといい、お前達といい、興味深い観察対象がそろっている」
「別に、あたしは……」
否定しようと口を開くが――決して否定できないものを、ノーヴェは感じていた。反論の声は勢いを失い、すべてを告げる前にかき消えてしまう。
「オレは表層部分のみとはいえ心が読める。
ごまかしは……通用しない」
「………………クソッ」
その言葉は何の迷いもなくノーヴェの苦悩を指摘し、断言した。ここまで言われてはもはや否定の余地はなかった――そのブレインジャッカーの言葉がトドメとなり、ノーヴェは彼に少しずつ、自分の胸の内を語っていった。
姉と戦うことになったこと。
迷って力を発揮できなかったこと。
そしてそれは、今後も繰り返されることになるであろうこと。
そんなことを、ひとつひとつ、自分の中で整理しつつ語っていくノーヴェだったが――
「………………で?」
「え?
いや、『で?』って言われても……」
ブレインジャッカーはあっさりと先を促した。そんなことを言われても、自分の思いつく限りのことを語ってしまったノーヴェは困惑するしかない。
「あたしの話せることは、もう全部話した。
この上何を話せって言うんだよ?」
「“この件だけ”ではあるまい。
貴様が悩んでいるのは」
「………………っ」
「心を読めると言ったはずだ」
指摘を受け、唇をかむノーヴェに対し、ブレインジャッカーが告げる――しばし沈黙がその場を支配し、
「…………心が読めるんなら、勝手に読んで理解すればいいだろう」
「人の思考とは得てして不明瞭なものだ。
明確に意識して考えなければ、それは単なるキーワードの集合体でしかない。戦闘思考を読むだけならばそれでもいいが、“考えていること”を読むことは難しい。どうしても当人に説明を促す必要がある」
「結局、語れってことかよ……」
ブレインジャッカーの言葉に答え、ノーヴェは深々とため息をつき、
「クア姉に捨てられて、チンク姉やトーレ姉まで襲ってきて……あの3人が敵に回ったんだ。きっと、セッテやオットー、ディエチも……
そんな大変な時なのに、セインも、ウェンディも、ディードも……みんな、ジュンイチの方に鞍替えして……!
アイツは敵なんだ……なんで、そんな簡単に、ドクターを裏切れるんだよ……!」
「…………孤独、か」
そんなノーヴェの独白から、ブレインジャッカーは彼女の抱くその感情をそう断定した。
「ジェイル・スカリエッティの命に従い、自分達と敵対することを選んだあちらの姉妹。
敵対していたはずの柾木ジュンイチと結び、共に戦うことを選んだこちらの姉妹。
貴様はどちらにも属せず、孤独を感じている」
「あぁ……そうだよ!」
そんなブレインジャッカーの言葉に、ついにノーヴェが“爆発”した。
「セイン達みたいに、敵だったヤツにホイホイついていくなんてできない!
でも、あたし達を“敵”として見るようになったドクター達のところにも戻れない!
どうすりゃいいんだよ……あたしは、どう生きていけばいいんだよ!?」
もう、体裁を取り繕うような余裕もなかった。渦巻く感情のままに、ノーヴェが声を上げ――
「貴様が選べ」
あっさりと、ブレインジャッカーはそう言い切った。
「その場にいなかったオレには、貴様らを襲ったスカリエッティ側の姉妹達の考えはわからない。
だが、仮に彼女達が本気だったとしても……それは彼女達自身の選んだことだ。
命令されたから、かもしれない。
他に選択肢はなかったかもしれない。
しかし、それでも最後に決定を下すのは自分自身――貴様達を襲ったのは、彼女達が一個の人間として、自らの意思で選んだことだ。
同様に、こちら側の姉妹達もまた、経緯はどうであれ自らの意思で、ここに残り戦うことを選択した。そこに貴様が口をはさむことはできないし、できたとしても許されない。
そして――同様に貴様がどんな道を選んでも、誰にもそれについて文句を言う資格はない」
「わかったような口を……!」
「そうだ。
“ような”なのだろうな――偉そうに語っていても、オレは本当は何もわかっていないのかもしれない。
定まった心を持たないオレには、本当の意味で理解できる日は来ないのかもしれない」
うめくノーヴェに対し、ブレインジャッカーは動じることもなくそう答えた。
「だが……オレは見てきた。
世界を巡り、様々な人々の心をのぞく中で、多くの人間が考えもせずに安易に“道”を決めてしまう姿を。
本当の意味で考え、進むべき“道”を模索し、選んでいける――そんな者は、本当に一握りしかいない。
だからこそ、人が自ら考え、選び取った“道”は尊く、価値の高いものだと解釈している」
そう告げると、ブレインジャッカーはノーヴェへと視線を向け、
「ジェイル・スカリエッティの“作品”であり続けるか、柾木ジュンイチのもとに正式に身を寄せるか、ここを出て行くか……
どのような結論を出してもオレには関係ない。そしてそれは、ここの家主である柾木ジュンイチも同様だ。
だからこそ……その結論は自らが下せ。決して他人任せにするな。
スカリエッティ側の姉妹がここの連中を敵として見ているから……共にいる姉妹がここにいることを選んだから……そんな形で選んでも、その選択には一切の価値も、意味もない」
「………………結局、自分で考えろ、ってことかよ。
あたし的には何の解決にもなってないアドバイスなんだけど」
「だが、オレに言えるのはそのくらいだ。
後は貴様が決めることだ――オレの話に従うか否かも含めて、な」
うめくノーヴェにそう答え、ブレインジャッカーはクルリと背を向け、
「では、オレは失礼しよう。
皆の思考を観察しなければ――」
「ま、待てよ!」
本来の目的を果たそうと、立ち去ろうとしたブレインジャッカーを、ノーヴェは思わず呼び止めた。
「お前……なんで、あたしの前に現れたんだよ?」
「ここの連中の……ヴィヴィオの“心”がどのように成長したのか、観察したくてここに来た。
だが、貴様の沈んだ心がうっとうしくてな。余計な手出しをしてしまった……」
そう告げ――そこで動きを止めた。しばし考えるような仕草を見せ、ブレインジャッカーは彼女に向けて付け加えた。
「…………いや、それでは言葉が足りないな。
貴様の沈んだ心がうっとうしかったのは……オレと重ねたからかもしれない」
「お前と……?」
「オレも、六課にいる兄弟機達とは複雑な関係にある……管理局の一員と未だ裁かれずにいる元犯罪者。敵でもあり味方でもある、そんな中途半端な状態だ。
心がないせいでオレは何も感じないが……もし、心があったなら、オレも貴様のように悩んでいたのかもしれない。
そう考えていたら……口をはさみにここに来ていた。そういうことだ」
言って、ブレインジャッカーは今度こそ展望室を後にした――それを見送り、ノーヴェは軽く息をつき、
「……『心がない』ね……
『うっとうしい』とか『したくて』とか……感情ないヤツのセリフじゃねぇだろ」
つぶやき――ノーヴェは不意に視線を落とした。
「……『自分で選べ』か……
ホント、何の役にも立たないアドバイスしやがって……」
息をつき、自らの“内”へと意識を向ける。
(あたしの選ぶべき“道”……あたしの、すべきこと……)
「……あたしのやるべきことは……」
そうノーヴェが思考を口に出した、その時――
艦内に警報が響いた。
「敵襲!?」
「みたい。
これを見て」
警報を聞き、ブリッジに駆け込んできたイレインにはすずかが答えた。メインモニターに“襲撃者”の姿を映し出し――
「トーレ!?
連続攻撃ってワケ……!?」
「イレイン、どうする?」
「もちろん、迎撃するに決まってるでしょ」
対応を尋ねるすずかに対し、イレインはあっさりとそう答えた。
「オメガスプリームとガスケットに伝えて。私も出る。
ゆたかはマックスフリゲートの火器管制をお願い――ただし、マックスキングはできるだけ使わない方向で。
あれは火力は高いけど動きが鈍い。高速型のトーレ達にはいい的よ」
「はい!」
応えるゆたかにうなずき、イレインは再びすずかへと視線を戻し、
「とりあえず、アイツらはあたし達がなんとか抑える。
すずかはジュンイチに連絡。通信妨害をかけられるかもしれないから、できるだけ急いで」
「はい」
「それから、セイン達は出させないで。
トランステクターも修理し終わったばっかりで交換したパーツの慣らしも済んでないし……何より姉との連戦だもの、辛くないはずがないわ」
そう告げるイレインだったが――
《…………それはすでに手遅れかと思われます》
そんな彼女に口をはさんできたのはマックスフリゲートの管制人格、すなわちマックスキングだ。いきなり口をはさまれ、ゆたかが彼に聞き返す。
「どういうこと? マックスキング」
《セイン様達は先ほど出撃なさいました》
「なんで止めないのよ、このおバカぁぁぁぁぁっ!」
イレインは心の底から絶叫した。
「あそこか……
クアットロも、よく見つけられたものだな……」
地上を走るマスタングドーベルの頭上を飛行、マックスフリゲートの姿を確認し、トーレは思わずそうつぶやいた。
視界に捉えたマックスフリゲートは、カモフラージュの木々をかぶせられ、肉眼では注意深く観察してようやくその存在を確認できる、というところまで徹底的な擬装が施されていた。
おそらくサーチを潜り抜けるステルス処理もされているはずだ。これを見つけたクアットロの手腕は確かに評価されるが――
(だからこそ気に食わん。
その手腕で、ヤツはセイン達を襲った……!)
クアットロの独断により、セイン達はジュンイチ達のもとに身を寄せることを余儀なくされた、素直に連れ戻していればこんなことには――
〈トーレ!〉
「………………っ!」
そんな彼女の思考を、支援のために後方に下がらせていたディエチの叫びがさえぎる――直後に生まれる熱源。トーレはとっさに身をひるがえし、こちらに向けて放たれた閃光を回避する。
「攻撃……っ!?
こちらの接近に気づかれたか……!」
どうやら奇襲はムリなようだ。舌打ちし、トーレが身がまえて――
「そこまでっスよ、トーレ姉」
携行兵装の大型人工魔力砲を抱え込むようにかまえ、エリアルスライダーにゴッドオンしたウェンディがトーレに向けてそう言い放った。
「ウェンディ!?」
まさか、今自分を狙ったのは彼女か――クアットロの策謀を知らないトーレはウェンディの行動の意味がわからない。呆然とつぶやき、ウェンディとの距離を詰めようとするが、
「そこまでって――言ってるんスよ!」
ウェンディはトーレに向けて最大級の警戒を見せていた。言い放つと同時に魔力砲の引き金を引き、閃光が撃ち放たれる。
「どういうつもりだ、ウェンディ!
私だ! わからないのか!?」
「『どういうつもり』……?
よくもそんなセリフが吐けたもんっスね!」
けん制のつもりだせったのだろう。閃光はこちらの鼻先を掠めただけ――声を上げるトーレに、ウェンディが言い放ち、
「そちらが――最初に私達に仕掛けてきたんじゃないですか!」
眼下から迫るのは、ウルフスラッシャーにゴッドオンしたディード――襲いかかってきた彼女の両手には専用の剣“テールブレイド”が握られていた。距離を詰めてきたディードの攻撃を、トーレはライドインパルスを発動させて回避し、距離を取る。
「トーレ!」
「大丈夫ですか!?」
そんなトーレの姿に、追従してきていたセッテやオットーが合流しようとするが、
「させるか、よっ!」
地上の森に潜んでいたセインがそれを阻んだ。ゴッドオンしたデプスダイバーが人工魔力砲を斉射、放たれた魔力弾の群れがトーレ達の間を貫き、合流を阻む。
「お前達……どうしたというんだ!?
私達は、お前達を連れ戻しに……」
「『連れ戻しに』?
そっちからあたし達を切り捨てたんじゃないか!」
ワケがわからず、再び呼びかけるトーレだったが、セインは言い返すと共に再び周囲に魔力弾をばらまく。
「違う!
それはクアットロの独断で――」
「その独断に、トーレ姉達も乗ったんじゃないっスか!
今さら、信用なんかできないっスよ!」
反論するトーレだが、お互いに真相を知らないままではその想いが伝わることはない。先ほど自分達を襲ったのが本物のトーレ達だと信じて疑わないウェンディには、彼女を信じるという選択肢はすでに存在しなかった。
「ディード……
ディードも、戻ってこないの……?」
「オットー……
正直に言えば、私はあなたやトーレ姉様達とは戦いたくはありません。
……ですが」
一方、オットーとディードも平行線――告げるオットーに答え、ディードはテールブレイドをかまえ、
「こちらに来て……私にも、ゆずれないものができました。
そしてそれは、オットー達の……ドクターの“道”とは決して相容れないもの……」
告げるディードの脳裏に浮かび上がるのは、自分に向けて優しく微笑んでくれるヴィヴィオの姿。
あの笑顔を曇らせたくはない。
しかし、そのためにトーレ達とも戦いたくはない。
だから――
「お願いします――退いてください。
私に、そちらの“道”かこちらの“道”か、どちらかを選ばせないでください」
それが、今のディードに返せる精一杯の回答だった。
「セッテは……って、聞くまでもないっスね」
「私は、ドクターの指示に従うまでです」
呼びかけようとするウェンディだったが――相手はこういうことに対し“選ぶ”ということをしないタイプだ。ため息をつくウェンディに、セッテはあくまで淡々とそう答える。
(どういうことだ……!?)
全員が全員戦闘態勢、まさに一触即発――緊迫する空気の中、トーレは胸の奥から湧き上がる疑念に眉をひそめた。
(このセイン達の拒絶反応は尋常ではない……一体何があった?
まさか……クアットロがまた何か仕組んだのか?)
その仮説はまさしく正解――しかし、確かめる術を持たないトーレにそこまでを求めるのは酷というものか。
引き上げて真意を確かめるべきか、とりあえずセイン達を力ずくで連れ戻すべきか。トーレの脳裏を迷いがよぎり――
「セイン! ディード! ウェンディ!」
新たな乱入者の声は、最悪のタイミングでトーレの思考を断ち切ってしまった。
「何勝手に出撃してるのよ!?
トランステクターだって万全じゃないのに――だいたい、あんた達、今回もハイパーゴッドオンじゃなくてノーマルのゴッドオンでしょ!」
《いれいんハきみ達ノコトヲ本当ニ心配シテイタノダゾ》
「そういうムチャするところまで、パパのマネしないでよ!」
声の主はイレインだ。オメガスプリームやホクトと共にその場に駆けつけ、
「彼女達は貴重な観察対象だ。
余計な手出しはやめてもらおう」
続いてブレインジャッカーまでもが参戦。さらに――
「オレだっているんだぜ!
ガスケット、トランスフォーム!」
地上からこちらに向かってきているのはガスケットだ。ジャンプと同時にロボットモードへとトランスフォーム。手にしたエグゾーストショットをトーレ達に向け――
「――って、どわぁっ!?」
飛来した閃光の直撃を受けて吹っ飛ばされた。
後方でアイアンハイドにゴッドオンしたディエチによる長距離砲撃である。
「ディエチ!?」
〈どんな理由にせよ、セイン達は本気だよ!
その上イレイン・ナカジマ達やタイプゼロ・サードまで出てきたんじゃ、どう考えても戦いは避けられない!
とにかく今は、この場をしのぐことを考えなきゃ!〉
「く………………っ!」
確かにディエチの言うとおりだ。セイン達がこちらに対して臨戦態勢にあり、さらには事実上の敵対関係にあるイレイン達まで参戦してきた以上、反撃しなければこちらがやられる。
もはや戦う以外の選択肢の消え去った現状に、トーレは歯がみしながらセイン達へと向き直った。
「やるしかない、か……!
セッテ! オットー!」
「了解しました」
「ディード……ごめん……!」
トーレの言葉に、セッテとオットーが応える――そして、3人は同時に叫んだ。
『ゴッド、オン!』
追いかけっこは最後の最後まで逃げ切ったジュンイチの勝利に終わった――ジュンイチのもとにすずかからの緊急通信が入ったのは、息を切らせてその場に転がるチンクを介抱してやっていた時のことだった。
「クソスピードスター達が!?」
だが、その報せはまさに寝耳に水。すずかから襲撃者がトーレ達だということを知らされ、ジュンイチも驚きを隠せなかった。思わず声を上げて立ち上がり――
「ぬがっ!?」
彼にヒザ枕されていたチンクは何のフォローもなく、後頭部を地面に打ちつけてしまう。
〈そう! また襲ってきて……!
とにかくす……戻っ……!〉
「すずか!?」
ジュンイチに告げるすずかの姿は、瞬く間に砂嵐の中に消えていく――通信妨害をかけられたらしい。
「また無人機をけしかけてきたのか?」
「いや……同じ手がそう何度も通用するとは、あのクソメガネだって思っちゃいないだろうよ。
たぶん、本人達をけしかけたはずさ。口八丁手八丁で丸め込んで、さ」
「確かに……
しかしなぜだ……? クアットロは、セイン達に倒れてほしくもなければ、帰ってきてほしくもないのだろう?」
自分の問いかけに答えるジュンイチのとなりで、なんとか復活したチンクも事態を呑み込めずに眉をひそめる。
「セイン達に拒絶を示すという目的は、無人トランステクターでの襲撃によって達成されたはず……なぜ、今さら再度の攻撃を仕掛ける?
先の襲撃での動揺も収まってくるはず……セイン達だって、身を守るために少しは抵抗してくるぞ」
「………………っ!」
だが――そのチンクの言葉に、ジュンイチの脳裏である可能性が浮上してきた。
「クソッ、やられた!
そういうことかよ、クソメガネ!」
「どうした、柾木!?
どういうことなんだ!?」
「わからないのか!?
セイン達は、襲ってきたのが擬装された無人機だったって知らないんだぞ!」
「――――――っ!」
そのジュンイチの言葉がすべてを物語っていた――彼の言いたいことに気づき、チンクの顔から血の気が引いた。
「アイツらは、襲ってきたのが本物のお前らだって誤解したままなんだ!
そんな状態で……裏切られたって誤解したままで、クソスピードスター達と対面してみろ――間違いなく、激突するぞ!」
その結果が意味するのは――
「クソメガネのヤツ……」
「セイン達の方からも、自分達との縁を切らせるつもりだ!」
「…………ノーヴェは、行かないの?」
「ルーお嬢……」
セイン達が出撃したのに、ノーヴェは未だ展望室に残っていた――同じく出撃しなかったルーテシアに声をかけられ、ノーヴェは力なく振り向いた。
「お嬢こそ」
「わたしは……ここの守りを頼まれたから。
ガリューやインゼクト達が、マックスフリゲートの周りを警備してくれてる」
ノーヴェの問いにルーテシアが答え――そこで会話が止まる。
「…………出ないの?」
「出てどうなるってんだ」
改めて尋ねるルーテシアに、ノーヴェは吐き捨てるようにそう答えた。
「あたしは、セイン達みたいにジュンイチに鞍替えできない。
でも、ドクターのところに戻ろうにも、向こうがあたし達を拒絶してる……
あたしには、戦う理由なんかない……」
告げて、ノーヴェは視線を落とし――
「…………『守りたいから、守る』」
「え………………?」
「ウェンディが言ってた――あの人が、わたし達を守ってくれる理由だって」
顔を上げたノーヴェに対し、ルーテシアはそう答えた。
彼女の言う「あの人」がジュンイチを指しているのは容易に想像できた――ただの一言も発することなく、ノーヴェはルーテシアの言葉に耳をかたむける。
「わたしは、母さんを助けたい。
ディードは、ヴィヴィオを守りたい。
セインとウェンディは、わたし達を守りたい。
アギトは、ゼストを守りたい。
トーレ達は……ドクターを守りたい。
きっと……みんな、あの人と同じ。
守りたいから、守ってるんだ……」
「『守りたい』か……」
ルーテシアの言葉に、ノーヴェは自嘲気味につぶやきながら天井を見上げた。
その脳裏に浮かぶのは、敬愛する姉の姿――
「あたしの守りたかったチンク姉は、あたし達の敵になった……
もう、あたしに守りたいものなんて……!」
しかし、その姉はもはや自分達の敵となってしまった。頭の中から姉の姿を振り払おうと、ノーヴェはブンブンと首を振り――その拍子に、それが視界に飛び込んできた。
結局返しそびれたままの救急箱だ。
この救急箱を手にした時のことを思い出す――自分の手当てをしようと、この救急箱を持ってきてくれたヴィヴィオの姿を。
マックスフリゲートに転がり込んで、ヴィヴィオと出会って――最初はおびえていたヴィヴィオも、ディードが彼女に世話を焼くようになり、少しずつこちらに心を開くようになってきた。
ディードはもちろん、ウェンディやセインとも――そしてさっき、自分のためにこの救急箱を持ってきてくれた。
「……あれが……“聖王の器”……」
ヴィヴィオは、ディードのことをきっかけにこちらに歩み寄ろうとしてくれている。
「あれが……“聖王”……」
それなのに、自分はどうだろうか。
「あれが……」
なんだか、自分がとても小さな存在に思えて――
「……“ヴィヴィオ”……!」
気づけば、強く拳を握りしめていた。
「IS発動――エリアルレイヴ!」
宣言と同時、ウェンディのゴッドオンしてエリアルスライダーが加速する――自身の先天能力を最大限に発揮。セッテのゴッドオンしたサンドストームの背後に回り込むが、
「IS発動――スローターアームズ!」
セッテも負けてはいない。自身のISによって同じく加速、自分を狙ったウェンディの射撃をかわすとサンドストームのローターの変形したブーメランブレードを投げつけて反撃に出る。
対し、ウェンディもそれをかわして再びセッテを狙う。空中をめまぐるしく飛び回りながら、両者は激しくぶつかり合う。
さらに――
『IS発動!』
「ツインブレイズ!」
「レイストーム!」
ディードはオットーと交戦。一気に飛び込んできたディードに対し、オットーも生み出した光弾群を高速で渦巻かせ、盾に見立てて彼女の斬撃を受け止める。
そして、そのまま反撃に出る――盾を構成していた光弾群を散らし、こちらを狙ってくるオットーの攻撃をかわし、ディードは一旦距離を取る。
「今の……かわすんだ」
「オットーこそ。
止められるとは思っていませんでしたよ」
静かに言葉を交わし――ディードとオットーは再び飛翔した。
「IS発動、ヘヴィバレル!」
「ディープダイバー!」
スコープをのぞき込み、狙うのは敵となった姉――ディエチの放った砲撃を、セインは地中に“潜行”してかわし、
「今度は――こっちの番だ!」
すぐに地上に飛び出してきた。デプスダイバーの人工魔力砲を斉射。ディエチを狙う。
「そんなの!」
しかし、ディエチに攻撃を届かせるには距離がありすぎた。飛来する魔力弾の軌道を見切り、ディエチはそのすべてをかわしてみせる。
そして、再度セインへと狙いを定め――
「おぉりゃあぁぁぁぁぁっ!」
「――――――っ!」
すぐ脇の茂みからガスケットが飛び出してきた。咆哮と共に放たれた跳び蹴りを、ディエチはとっさに転がって回避する。
「さっきはよくもやってくれたな!
タップリ仕返ししてやんぞ、ゴラァッ!」
言い放ち、エグゾーストショットをかまえるガスケットだが――
「悪いけど――それはムリ」
それよりも早く、ディエチは自分の主砲をガスケットに向けていた。
「くらえっ!」
「でぇぇぇぇぇっ!?」
そして、発砲。顔を引きつらせるガスケットに向けて閃光が解き放たれ――
「マトリッ、クスぅぅぅぅぅっ!」
「な………………っ!?」
ガスケットはかわしていた。
ほとんど地面スレスレにまで身体をそらし、普通ならひっくり返るであろうその体勢を両足だけで支える――某SF映画で話題になったあのポーズで、自分の顔面を狙ったディエチの砲撃をやりすごす!
「そのポーズ……まさか!?」
そのポーズの“ネタ元”はディエチも知っていた。まさかリアルで見られるとは思っていなかったその光景に、状況も忘れて思わず見入ってしまう。
“ネタ元”の映画では、このポーズを見せた主人公は結局被弾し、倒れてしまったが、これは――意識せずディエチが期待を抱く中、その期待が届いたのか、ガスケットの身体が少しずつ起き上がっていく。
これならいける。確信を抱いたディエチが拳を思わず握りしめ――
「スキありだぜ、ディエチぃっ!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
真下から、“潜行”して接近してきていたセインのデプスダイバーが飛び出してきた。のけぞっていた背中に強烈な頭突きをくらう形になり、ガスケットの身体が曲がってはいけない方向に曲がりながら跳ね飛ばされる。
「待たせたな、ガスケット!
あたしが来たからには、もう安心だぜ!
……って、ガスケット?」
自信タップリに呼びかけるが、そのガスケットは自分が(気づかないまま)吹っ飛ばした後だ。カメラアイを白黒させながら地面に転がる彼の姿に、セインは思わず首をかしげ――
「せっかく――いいところだったんだけどねーっ!」
もう少しですごいものが見られたところだったのに――主砲をバットに見かけたディエチが、イチローばりのフルスイングでセインをカッ飛ばした。
「って、いきなり何シリアスさのカケラもないブッ飛ばし方してくれるかなっ!?」
「うるさいな! せっかく世にも珍しい光景を生で見れたのに!
乱入するなら、せめてあと5mくらいずれたところに出てきて欲しかったよ!」
もはや戦いの真剣な空気は跡形もなく吹き飛んでいた。詰め寄るセインの言葉にディエチが言い返し、二人は愛機にゴッドオンしたそのままでにらみ合い――
「あの……オレは……?」
最初にネタをかましたガスケットはそのまま放置されていた。
「IS、発動!」
「来るよ!」
「わかっている!」
上がった声に、サイザーギルティオンにゴッドオンしたホクトがブレインジャッカーと共に警戒を強める――しかし、結論から言えばその警戒はまったくの無意味だった。
「ライドインパルス!」
なぜなら、警戒しても反応できないのだから――トーレのゴッドオンしたマスタングが瞬間的に最大戦速まで加速。二人の視界から消え去り、一瞬にして二人を吹っ飛ばす!
「ムダだ。
貴様らでは、私のライドインパルスの速度についていくことはできまい」
「く、悔しいけど……その通りだから反論できないね……!」
「狙いが読めても……反応が追いつかん……!」
淡々と告げるトーレの眼下で、ホクトとブレインジャッカーが身を起こす――すでに何度も同様の攻防が繰り返され、二人の機体はボロボロに傷ついている。
「ホクト! ムチャしないで!
なんとかこっちに合流しなさい! あたし達が代わるわ!」
「大丈夫!」
声を上げるのは、パートナーのオメガスプリームと共にガジェットを迎撃しているイレイン――しかし、ホクトはあっさりとそう答え、パートナーデバイス、ニーズヘグ”の宿った大鎌、ギルティサイズをかまえた。
「この程度……ちっとも痛くないもんっ!
なんとか、動きさえ止められれば……!」
「バカ! やられてることじゃないわよ!」
キッパリと告げるホクトだが、そんな彼女にイレインはさらに声を荒らげた。
「あんた、自分の“時間制限”のこと、忘れてない!?
そろそろ下がりなさい! タイムアップしてからじゃ遅いでしょうが!」
「あ………………っ!?」
イレインの言葉に、ホクトはようやくその事実に気づいた。ついさっきまで闘志に満ちていた表情が一瞬にして焦りのそれに変わる。
すぐに残り時間を確認――すでに残り1分を切ろうとしている。かなり危険な状態だ。
イレインの言うとおり、そろそろ下がらなければ――
「逃がすものか!」
しかし、トーレがそんなホクトのスキを見逃すはずはなかった。ライドインパルスで距離を詰め、ホクトを吹っ飛ばす!
「ぅわぁぁぁぁぁっ!」
「トドメだ!」
強烈な一撃に、ホクトはギルティサイズを取り落とし、吹っ飛ばされる――そんな彼女に、トーレは追撃をかけるべく再び突っ込んでいく。
「ホクト!」
「いかん!」
叫ぶイレインも、援護に向かおうとしたブレインジャッカーも間に合わない。トーレの、マスタングの腕から伸びる光刃、インパルスブレードがホクトの宿るサイザーギルティオンを狙い――
その瞬間――
飛来した閃光が、トーレの一撃を弾いていた。
「――――なんだ!?」
いきなりの攻撃が自分の一撃からホクトを守った。突然のことに声を上げ、トーレが閃光の飛来した方へと振り向き――
「あれは!?」
それに気づいた。
こちらに向けて走ってくる、武装を左右に、後付けでマウントしたラリーカーに。
「あれ、“ブレイクラリー”!?
まさか……!?」
「ノーヴェちゃん!?」
その運転席に座るのは、出撃していなかったノーヴェ――イレインやホクトが声を上げる中、トーレのマスタングに向けて一直線に突っ込んでいく。
「目標を視認。
トーレ姉以下4名のナンバーズを、ヴィヴィオを危険にさらす敵性対象と断定。迎撃行動に入る」
まるで自分に言い聞かせるように、まるで自分の感情を押さえ込むように、務めて事務的に目的を確認する――深呼吸して息を整え、ノーヴェはラリーカー改め、“GLX-J02N”ブレイクラリーのハンドルを握ったままトーレをにらみつけた。
瞬間、スカリエッティのアジトでの記憶が――トーレ達と過ごしていた日々の記憶が脳裏に蘇った。思わずアクセルを緩めそうになるが、
「……ヴィヴィオは、あたしのことを怖がってた……
それでも、ディードとそうなったみたいに……あたしともそうなろうって、歩み寄ろうとしてくれた……!
あたしだってなぁ……それなりに意地があるんだ。これからどう転ぶにしたって……アイツの心意気に応えずに、前になんか進めるか!」
それでも思いとどまった。自分を鼓舞するかのように言い放ち、むしろアクセルを踏み込んでいく。
そして――叫ぶ。
「ゴッド、オン!」
瞬間――ノーヴェの身体が光に包まれた。運転席からブレイクラリー全体に広がり、その車体にしみ込んでいく。
「ブレイクロード、トランスフォーム!」
さらに、ノーヴェの叫びによって車体が跳躍、その姿を変えていく。ボンネットを中心とした車体前部がバンパー部分を支点に起き上がり、そのまま車体前方に展開されると左右に分かれ、ロボットモードの両足となる。
続けて車体後部から側面にかけての部分が左右に展開。両腕となり、展開された両腕の内側からはロボットモードの頭部が姿を現す。
システムが起動、カメラアイに輝きが生まれ、トランスフォームを完了したノーヴェはビークルモード時に車体の両横にマウントされていた、今は両肩に留められている武装を手に取った。
小型のシールドを備えた、一対のガントレット――装備すると同時にロックが解除され、シールドの内側に仕込まれていた武器が起動。左のガントレットの中からはハサミが、右のガントレットの中からはブレードが飛び出してくる。
すべての戦闘準備を整えると、ノーヴェはトーレへと向き直り、
「戦闘レベル、ターゲット確認……」
「排除、開始!」
一気に、トーレに向けて地を蹴った。
セッテ | 「ふむ…………」 |
トーレ | 「どうした? セッテ」 |
セッテ | 「いえ、ちょっと…… 私のサンドストームのブーメランブレードは、サンドローターのローターが変形していますよね?」 |
トーレ | 「そうだな」 |
セッテ | 「つまり、サンドストームにゴッドオンした際、私はただのローターを投げている……」 |
トーレ | 「あぁ」 |
セッテ | 「あまりにもデザインが単調すぎます! ドクターに言って、もっと武具としてのイメージに即したものにしてもらわなければ!」 |
トーレ | 「意外と……こだわりがあったんだな……」 |
セッテ | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第89話『“想い”と“力”〜その名はブレイクコンボイ〜』に――」 |
二人 | 『ハイパー、ゴッド、オン!』 |
(初版:2009/12/05)