「戦闘レベル、ターゲット確認……
 排除、開始!」
 咆哮と同時、渾身の力で地を蹴る――最大戦速まで加速し、ノーヴェはトーレに向けて突っ込んでいく。
「いっけぇっ!」
 そのまま、左手のガントレットに備えられたシザースを繰り出すが――
「IS発動、ライドインパルス!」
 トーレはISを発動。ノーヴェの拳をかわして背後に回り込み、逆に思い切り蹴り飛ばす!
「く………………っ!
 IS発動――ブレイクライナー!」
 負けじとノーヴェもISを発動。足元に展開した帯状のテンプレート“エアライナー”をトーレに向けて伸ばし、その上を駆け抜けてトーレを追う。
 だが――突撃力を重視し、直線的なダッシュ力に特化したブレイクライナーでは、小回りの利くトーレのライドインパルスを相手取るには相性が悪すぎた。再び突撃を受け流され、死角からの体当たりで弾き飛ばされてしまう。
「こんな……程度でぇっ!」
 肉を切らせて骨を絶つ――さらに自分に一撃を加えたトーレに向け、体勢を崩しながらも右手のシールドに備えられたブレードを振るうが、すでにトーレの姿はそこにはない。
「ムダだ。
 お前のブレイクライナーでは、私のライドインパルスには勝てん!」
「だからって……!」
 トーレの言葉に言い返し、再度突撃を試みる――だが、そんなノーヴェの懸命の反撃もトーレには届かない。真上に回り込まれ、彼女の蹴りによって地面に叩き落とされる。
「くっ、そ…………っ!」
 だが――ノーヴェは止まらない。
 否、止まれなかった。
(止まれるか……!
 ここで止まっちまったら……きっと、そこで行き詰まる……!
 迷いを晴らせなくて……戦うこともできなくて……本当に、どうしようもなくなる……!)
 さすがはナンバーズの戦闘リーダー、と言ったところか。わずかな時間で、一気に追い込まれてしまった。
 それでも、彼女には退けない理由がある。
 だから退かない――

(だから絶対……)

 前に――出る。
 

「止まれないんだぁっ!」
 

 咆哮と共に、ノーヴェがトーレに向けて地を蹴って――
 

「それでも――止まれ」
 

 その瞬間――トーレの放った掌底が、ノーヴェの腹に打ち込まれた。
 自身の突撃とそれを迎え撃ったトーレ、それぞれの加速に加え、一撃を放ったトーレの腕力――3つの力が重なったその一撃は、強烈なカウンターとなってノーヴェのゴッドオンしたブレイクロードを吹き飛ばした。地面スレスレを、ほとんど転がるように何度もバウンドしながら弾き飛ばされていく。
「くそ……っ!
 ……負け……るか……っ!」
「とどめだ!」
 それでも、なんとかノーヴェは立ち上がるが、トーレも彼女との戦いを続けたいワケではなかった。もう終わりにしようと、ライドインパルスでノーヴェとの距離を一気に詰める。
 一瞬にして、トーレの姿はノーヴェの前に飛び込んでいた。もはや反応すらできそうにないノーヴェに向け、右のインパルスブレードを繰り出し――

 

「危ない!」

 

 その一撃は、両者の間に割って入ったホクトのサイザーギルティオンを斬り裂いていた。
 

「ホクト!?」
 予想外の乱入者に、ノーヴェが声を上げる――そんな彼女の前で、痛恨の一撃を受けたホクトがゆっくりと崩れ落ちていく。
 同時、ホクトのゴッドオンが解除される――ビーストモードに戻ったギルティドラゴンと機外に放り出されたホクトが、力なくその場に倒れ伏す。
「ホクト! おい、ホクト!」
「…………終わりか」
 ノーヴェの呼びかけにも反応はない――そんな彼女から視線を外し、トーレはノーヴェへと向き直った。
「もうやめろ、ノーヴェ。
 貴様らがどう抵抗しようが……私はお前達を連れ帰る」
 言って、トーレは右手のインパルスブレードを頭上にかざす。
「まずは……そのトランステクターを破壊させてもらう」
 その言葉と共に、トーレが右腕を振り下ろし――

 

 

 

「てめぇが壊れろ」

 

 そんなトーレを、飛び込んできたジュンイチのマグナブレイカーが、渾身の力で蹴り飛ばしていた。

 

 


 

第89話

“想い”と“力”
〜その名はブレイクコンボイ〜

 


 

 

「じ、ジュンイチ……!」
「おぅ、よくがんばったな」
 顔を上げ、うめくノーヴェに対し、ジュンイチはその場に降り立ったマグナブレイカーのコックピットで満足げにうなずいてみせた。
「後はオレがやるから、お前はホクトを頼む」
「お、おい!」
 こちらの宣言にノーヴェが声を上げるが、かまわず振り向き、再び立ち上がったトーレと対峙する。
「柾木ジュンイチ……
 ここで貴様が出てくるとは思わなかったぞ」
「それは『お前らの姉妹ゲンカだから』的な意味? それとも『ナンバーズ同士のつぶし合い狙い』的な意味?」
 声をかけてくるトーレだが、対するジュンイチはあっさりとそう返し、
「ま、どっちにしても関係ねぇけどさ」
 告げながら、マグナブレイカーの両足のツールボックスから専用剣、マグナセイバーを射出――対し、トーレも四肢のインパルスブレードに“力”を注ぎ込む。
「オレにとって重要なのはひとつだけ。
 てめぇが、ウチのホクト居候ノーヴェとをぶちのめしてくれた――それだけだ!」
 言い放つと同時、ジュンイチが動く――マグナブレイカーを加速させ、トーレに向けて突撃、間合いに捉えた瞬間にマグナセイバーを振るうが、
「ライドインパルス!」
 トーレには届かない。ISによって高速機動を発揮、ジュンイチの斬撃をかいくぐると逆にマグナブレイカーの懐に正面から飛び込み、右のインパルスブレードを叩きつける!
 直撃を受け、勢いよく大地に叩きつけられるマグナブレイカーを、トーレは上空から静かに見下ろし――
「――――――っ!?」
 直撃ではなかった。
 最終的には吹っ飛ばされたものの、それは“ガードの上から”の話――インパルスブレードの爪痕は、マグナブレイカーのかまえたマグナセイバーに焦げ跡という形で刻まれていた。
「フー、危ねぇ……
 あんにゃろ、前にやり合った時よりもさらに速くなってやがる……!」
《そういうあなたこそ。
 なんで私のセンサーよりも反応が早いんですか……》
 マグナからツッコミが飛ぶが――とりあえず無視しておく。
 なぜなら――
「フッ、やはり貴様は一筋縄ではいかんらしいな」
 この“結果”を見て、頭上の相手がやたらとやる気になっているからだ。
「だが……単発のライドインパルスで止められるというのなら、止めきれないほど撃つまでだ!」
 そして、トーレが“本気”となる――次の瞬間、トーレのゴッドオンしたマスタングの姿は再びジュンイチの、マグナブレイカーの眼前にあった。繰り出された一撃をジュンイチもとっさに受け止めるが、
「ぐぅっ!?」
《きゃあっ!?》
 衝撃は次の瞬間、背後から――ライドインパルスを維持したまま背後に回ったトーレが、マグナブレイカーに回し蹴りを叩き込んだのだ。
 さらに、トーレは高速機動のまま、ジュンイチに向けて間断なく、怒涛の攻撃を繰り出してくる。ジュンイチも懸命に防御するものの、一撃止めても十発、二十発と叩き込まれては意味がない。
「クソッ、ムカツク攻め方しやがって……!」
《自分にだって同じ戦法のモーメントフォームがあるクセによく言いますね……》
「オレはいいの! オレだから!」
 ワガママとしか言いようのない回答をマグナに返し、トーレの姿を追うジュンイチだが、彼女のスピードの前にラッシュの初撃を止めるので精一杯だ。時折維持限界でライドインパルスを解除する際もジュンイチやマグナブレイカーの射程の外に逃げられてしまい、カウンターも狙えない。
「ブレードにライドインパルスを返されたもんで、いらん知恵をつけたみたいだな……
 おのれ、脳筋キャラのクセに生意気な!」
《不利な状況でも言いたい放題ですね……》
 うめくジュンイチにマグナがツッコみ――
「……しゃーねぇ」
 ジュンイチも、ただ軽口を叩いているワケではなかった。考えをまとめ上げ、その口元に獰猛な笑みが浮かぶ。
「マグナ」
 

「“バーストモード”を使うぞ」
 

《ば…………っ!?
 ちょっ、正気ですか!?》
 だが、その提案は彼女を驚かせるには十分すぎた――ジュンイチの言葉に、マグナがあわてて声を上げる。
《確かに“バーストモード”が使えれば、なんとか勝算は出てきますけど……あくまで“なんとか”というレベルなんですよ!
 それで彼女を退けられなかったら、それこそ打つ手が……!》
「そうあわてんな。
 何も“フルバースト”を使おうって言ってるワケじゃないんだからさ」
 ジュンイチのその言葉に、マグナはしばし沈黙し――結論を出した。
《…………45秒。
 ある程度余裕を見なければなりませんから、それ以上は許可できません――あなたのパートナーとして、そして何より、私の今の身体を壊されてはたまりませんから。
 制限時間を過ぎたら知らせます。速やかに“解放”してください》
「おぅともよっ!」
 45秒。マグナがそう言うからには本当にそれだけしか猶予はないのだろう。彼女の言葉を肝に銘じつつ、ジュンイチはトーレに対する警戒を解かぬまま意識を集中していく。
 自分の中の“力”を高め、解放する。そのキーワードは――
「フォースチップ――イグニッション!」
 瞬間――ジュンイチの元にフォースチップが飛来した。ミッドチルダのチップがジュンイチの精霊力の影響を受けて変質、炎を模した縁取りを持つ独自の、“ブレイカー”のフォースチップへと姿を変える。
(イグニッションか……
 大技で不利を覆し、一気に決めるつもりか……!?)
 トーレが警戒する中、飛来したフォースチップがマグナブレイカーのチップスロットに飛び込んでいく――マグナブレイカーの必殺技“龍王一閃”を警戒するトーレだったが、次の瞬間、その読みは覆されることになる。
「バーストモード――Start!」
 続けてジュンイチが叫んだ瞬間、マグナブレイカーの中に注ぎ込まれたフォースチップの“力”が、“必殺技の体勢に入ることなく”その勢いを増したのだ。
 その“力”は機体の動力系には収まりきらず、マグナブレイカーの周囲にあふれ出し、ゆっくりと渦を巻き始めていく――
「何だ、アレは!?
 “龍王一閃”ではない――!?」
「悪いな、クソスピードスター」
 驚愕するトーレに対し、ジュンイチは淡々とそう告げた。
「説明してやれる時間はねぇ。
 悪いけど――秒殺させてもらうぜ!」
「く…………っ!」
 正体はわからないが、マグナブレイカーが“力”を増したことだけはわかった。警戒を強め、かまえるトーレの脳裏に浮かんだものがあった。
 現在の状況を説明できる、しかし本来こういう“使い方”はしないもの。それは――
(トランステクターの……フルドライブモード“だけ”を発動させたというのか!?)
 だが――トーレがそれを確かめることはできなかった。それよりも早く、ジュンイチの操作で地を蹴ったマグナブレイカーが、トーレのマスタングを思い切り殴り飛ばす!

 結論から言えば、マグナブレイカーのパワーアップのカギはトーレの気づいたとおり、トランスフォーマーやデバイスイグニッションで見られる“イグニッションモード”やトランステクターの“フルドライブモード”と同じ、イグニッションによる出力上昇状態にあった。
 だが、それは通常、必殺技やイグニッションウェポンの使用のために自分の出力を上げ、同時に通常はロックのかかっているイグニッションウェポンのセーフティを解除するためのものだ。そうした“前提”があるため、長時間の使用は想定されていないのが大前提だった。

 そう――大前提“だった”
 少なくとも、今この時までは。

 しかし、ジュンイチがマグナブレイカーに組み込んだ“バーストモード”は現実としてその“前提”を覆す――必殺技を放つためではなく、純粋に機体のパワーやスピードを上げるためだけにフォースチップのエネルギーを使うのである。
 まだシステムが未完成のため、マグナの警告したとおり時間的な制約はあるものの――

「ずぁありやあっ!」

 その力は絶大だった。間髪入れずに飛翔、殴り飛ばされたトーレ――マスタングに追いつくとその右足をつかまえ、そのままジャイアントスイングの要領で投げ飛ばす!
 そして、吹っ飛ぶトーレをにらみつけると“力”を放出――大量の火炎弾を生み出し、トーレに向けて解き放つ!
「くぅ………………っ!」
 だが、トーレも負けてはいない。体勢を立て直すとライドインパルスを発動、火炎弾をかいくぐってマグナブレイカーに肉迫、インパルスブレードを振るい――
「――――バカな!?」
 ジュンイチ達はその一撃を“しっかりと認識した上で”回避した。バーストモードの能力上昇が、彼らのスピードにまで影響を及ぼしているのだ。
(ライドインパルスに――追いついた!?
 だが!)
 予想外のパワーアップに背筋を寒気が走るが――だが、まだ“追いついただけ”だ。すぐに驚愕を抑え込み、反撃に出たジュンイチのマグナセイバーをインパルスブレードで受け流す。
 そのまま、高速機動状態のまま激突する両者だが――トーレは忘れていた。
 自分が先ほどまでジュンイチを圧倒できていたのは自分の長所、ジュンイチのそれをはるかに超えるそのスピードを最大限に活かしていたからだ。
 その優位が崩れ去った今、果たしてどちらに分があるのか――答えは簡単。
「オラぁっ!」
 他の部分でトーレに勝るジュンイチ側に、だ。トーレの一撃をかいくぐり、ジュンイチの繰り出した蹴りがマスタングの顔面にクリーンヒット、トーレを思い切り弾き飛ばす!
 さらに両肩のマグナキャノンで追撃、先ほど生み出し、まだ生きていた火炎弾をここぞとばかりにトーレに向けて叩き込む!
「くぅ…………っ!」
 それでも、なんとか体勢を立て直し、突っ込んでくるジュンイチに向けてカウンターの蹴りを狙うトーレだが――
「甘いっ!」
 瞬間的に下降してその蹴りをかわし、ジュンイチは至近距離から放った炎でトーレを吹き飛ばす!
(動きは見える……反応もできる……っ!
 だが……初撃をクリーンにもらったのが痛い――あれで、完全に流れを持っていかれた……っ!)
 立て続けに直撃を受け、トーレの姿勢が大きく崩れ――
《――リミット!》
「了解!」
 先だってマグナの示した限界時間の到来。知らせるマグナに答え、ジュンイチはトーレに向けて飛翔する。
 両手のマグナセイバーを合体させてマグナブレードに。全身を駆け巡っていたフォースチップのエネルギー、そのすべてをその刀身に集中させ――
「龍王――」
 

「一閃!」
 

 巻き起こった炎と共に、渾身の力でトーレに向けて叩きつける!
 さらに、刃に導かれて振り下ろされたジュンイチの“力”もまた、目標へと叩きつけられる――トーレのゴッドオンしたマスタングが紅蓮の炎に包まれる中、ジュンイチはその光景に対し悠然と背を向け、
「Finish Completed.」
 静かに告げると同時、叩きつけられたエネルギーが大爆発を巻き起こす!
 同時、マグナブレイカーの周囲で渦巻いていたエネルギーが消失する――機体の中を循環していたフォースチップのエネルギーをすべて“龍王一閃”で放出したため、バーストモードが解除されたのだ。
「まだやる?」
「当然、だ……!」
 平然と尋ねるジュンイチに対し、トーレがなんとか身を起こしながら言い返し――
 

「そこまでだ!」
 

 鋭い声が響くと同時――ジュンイチとトーレの間を無数の刃が“駆け抜けた”。
 そして、彼らの間に割って入ってきたのは――
「チンク……!?」
「トーレ、ここは退け」
 チンクのゴッドオンしたブラッドサッカーだ。声を上げるトーレに対して、静かに告げる。
「この戦いが本意でないのは貴様も同じだろう」
「く………………っ!」
 告げるチンクの言葉は確かにその通りだった。反論できず、トーレは悔しげに唇をかむ。
 そんな彼女達の姿に、チンクは軽く息をつき――
「おー、そーだそーだ。
 とっとと帰れ帰れ。かーえーれっ、かーえーれっ!」
「おのれ……!」
「柾木! 貴様も空気を読んでおとなしく見送ってくれ! 頼むから!」
 頼まれてしまった。
「はいはい、わかったよ。わかったから、さっさと帰れ」
「最初からそうしてくれ。まったく……
 ディエチ! オットー! セッテ! 撤退するぞ!」
 ジュンイチの言葉に心の底からため息をつき――チンクはトーレを担ぎ上げ、ディエチ達と共に撤退していく。
「チンク……姉……!」
 そんなチンクの姿をただ見送らざるを得ず――トーレに打ちのめされ、戦いを見守ることしかできなかったノーヴェはただ、歯がみするしかなかった。
 

「ジュンイチ……ホクトは?」
「大丈夫」
 医務室から出てきたこちらを見つけるなり駆け寄ってくるイレインに対し、ジュンイチは取り急ぎ結論を先に伝えることにした。若干気圧され気味にそう答える。
「暴走前にクソスピードスターに撃墜されたのが幸いだった。
 おかげで暴走ダメージはなし。実質、撃墜された時のフィードバックダメージだけだよ。
 それより……」
 言って、ジュンイチはすずかへと視線を移し、
「問題はギルティドラゴンの方だ。
 すずか……どうだ?」
「よくないね……
 今までだって、ホクトの暴走ダメージを肩代わりしてきた。その分の蓄積ダメージもあったし……今回の戦闘でもかなり手ひどくやられてる。
 一度、本格的に部品交換とかしないと……」
「そうか……」
 すずかのその答えに、ジュンイチは息をつき、セイン達に支えられたノーヴェへと向き直った。
「じゃあ、次はお前の番だ。
 っつっても、男のオレじゃ何かと不自由もあるだろ――イレインにでも手当てしてもらえ」
「…………あぁ」
 告げられた言葉に、ノーヴェは反論することもなくうなずく――先の戦いのことが尾を引いているのだろう。いつもの反抗的な態度もすっかり鳴りを潜めてしまっている。
「じゃ、イレイン、頼むわ。
 オレはオレで、ちょっとやることがあるから」
「あぁ、バーストモード強行に対するマグナからのお説教?」
「うっさい」
 イレインの言葉に口をとがらせ、ジュンイチは医務室を出た。
 エレベータに乗り込み、格納庫に向かう途中、考えるのはノーヴェのことだ。
(『答えは見えなくても、まずはできることを』か……
 まぁ、いい傾向ではあるんだが……)
 確かに間違ってはいない――少なくとも、迷いを理由に歩みを止められるよりはずっといい。
 問題は、その選択とノーヴェの性格とは“相性が悪い”ということ――
(アイツ、どっかしらせっかちなところがあるからな……答えを焦って、おかしな方向に進まれても困るよな……
 増してや最近、オレへの敵意が変に先走って、ピリピリしてたワケだし……)
「アイツのテンションが不安定なまま放置してた、オレの自業自得でもあるし……暴走される前に、ちょっと釘を4、50本ほど刺しとくか」
 などとつぶやきながら、停止したエレベータから格納庫へと足を踏み入れた。
 作業用無人ロボットワークボットが各機の整備を進める中、修理を受けるブレイクラリーの前でその足を止める。
「ホント、“理由”ができただけで突っ走って、このザマだもんな……」
 苦笑まじりにつぶやき、顔を上げ――
「“想い”だけじゃ、何も守れないってのに……」
 ジュンイチの見上げる上段のメンテナンスベッドには、真紅に染め抜かれたステルス戦闘機が収められていた。
 

「クアットロ!」
 一方、スカリエッティのアジト――帰還するや否や、トーレはクアットロに対して怒りの声を張り上げた。
「どうかしましたか? トーレ姉様?」
「とぼけるな!
 貴様……セイン達に何をした!?」
 平然と聞き返すクアットロだが、そんな彼女の態度はトーレの神経をますます逆なでした。クアットロの胸倉をつかみ、猛然と言い放つ。
「なぜセイン達がこちらに攻撃をしかける!?
 貴様、何かしたんじゃないのか!?」
「何をバカなことを。
 どうして私がそんなことを?」
「一度セイン達を襲っておいて、よくそんな口が利けるな!?」
「だとしても知りませんわ。
 大方、柾木ジュンイチがあの子達を相手にフラグでも立てたんじゃないですか?」
「………………」
 クアットロがとぼけているのは明白だが――彼女の口にした“ごまかし”には説得力がありすぎた。思わずトーレが反論に詰まり――
「もうよせ、トーレ」
 そうトーレを制したのはチンクだ。トーレの手を下ろさせると、解放されたクアットロに改めて尋ねる。
「クアットロ……本当に心当たりはないんだな?」
「えぇ」
 迷わずクアットロがそう答え――
「…………わかった」
 それを受け、チンクは静かにうなずいた。
「そこまで言うのなら、信じよう」
「チンク!?」
「我々までもが仲間割れしてどうする」
 声を上げるトーレにも、チンクは努めて冷静にそう返す。
「ウーノは復帰のめどが立たない、ドゥーエも潜入中で連絡が取れない。
 今姉妹をまとめなければならないのは、私達3人なんだ。
 いくらクアットロが陰湿で陰険でどうしようもない性悪でも、私達は涙を飲んで断腸の思いで手を取り合わなければならないんだ」
「うん、正直に答えて?
 チンクちゃん、私のこと嫌いでしょ? ちっとも信じてないでしょ? むしろすっごく怒ってるでしょ?」
 キッパリとキツいボールを投げてくるチンクの言葉に、さすがのクアットロも若干こめかみを引きつらせてそううめき――
「だから」
 そんな彼女やトーレに対し、チンクが続けて口を開いた。
「確かめてくる」
「え…………?」
「何…………?」
「実際に彼女達と刃を交えて――確かめてくる。
 セイン達が、本気で私達と敵対しようとしているのかどうかを、な……」
 そう宣言し――
(それでいいんだろう? 柾木ジュンイチ……)
 胸中でそう付け加え、チンクは昼間ジュンイチと交わしたやりとりを思い出していた。

 

「クアットロの策に乗るだと!?」
「あぁ」
 トーレ達の襲来とセイン達の無断出撃――報せを受け、現場に急行するマグナダッシャーの車内で、ハンドルを握るジュンイチが驚愕するチンクにうなずいてみせた。
「お前だって、不自然に思ってるだろ? 今回のこと」
「あ、あぁ……
 クアットロの目的がまったく見えてこない。
 セイン達を私達から切り離して、何を考えているのか……」
 ジュンイチに話を振られ、答えたチンクが考え込み――
「案外、何も考えてないのかもしれないぜ」
「何…………?」
 返ってきたジュンイチの言葉に、思わず顔を上げた。
「『何も考えてない』とは……どういうことだ?」
「なんつーか……あくまで感覚的な話になるんだけど……今回の件、クアットロの仕業にしては悪意が薄いように感じるんだ。
 手口は陰湿なんだけど……逆に言えば“手口が陰湿なだけ”っていうか……」
 自分でも整理がついていないのだろう、どこか歯切れの悪い様子でそう答え――ジュンイチは息をついて続ける。
「でも……こう考えるとどうだ?
 “今回の筋書きを書いたのは別の人間で、クアットロはそれを自分なりのやり方で実行に移しているだけ”……」
「まさか……ドクターが!?」
「そう考えると、今回の一件、すんなり筋が通っちまうんだよね」
 クアットロが従う人物などひとりしかいない。声を上げるチンクに対し、ジュンイチの答えはあっさりしたものだった。
「だとすると……ドクターの目的は何だというんだ?」
「それこそ仮説だけど……セイン達の人格面での成長を促すことだと思う」
 聞き返すチンクに、ジュンイチは静かにそう答えた。
「アイツは確かにイカレたドクターだけど……だからこそ、生命に対する情熱はすさまじい。純機械のガジェットとお前らの扱いの差を見れば、その辺りは容易に想像できる。
 命に対する情熱とそれ以外を迷うことなく切り捨てられる冷徹さ――この二つを併せ持つスカリエッティのことだ。お前らの成長のためにどれだけ周りを巻き込もうが、それは決してあり得ない話じゃない」
「確かに……」
「もちろん、最初からオレを、セイン達をどうこう、とは考えてなかったはずだ。オレがセイン達を連れ帰ったのは戦闘の流れから半ば仕方なかった、ほとんど偶然の産物みたいなものだったんだし。
 たぶん、あのアインヘリアル戦の後、即興で組み上げたプランのはずだ」
「つまり……こういうことか?
 ドクターはセイン達が貴様のところに運び込まれたのを機に、貴様をセイン達の成長に利用することを考えた……ということか?」
「たぶんな。
 ほら……よく言うじゃねぇか。
 『奥さんは旦那さんに保険金をかけてビルの屋上から突き落とす』って」
「それを言うなら『獅子は子供を千尋の谷に〜』というアレだろう!?
 ひとつたりとも合ってないだろうが! いったいどこのサスペンス劇場だ!?」
 チンクが思わずツッコむが――当のジュンイチはどこ吹く風だ。
「とにかく、そんな感じで、オレの保護下でセイン達に外の世界を学んでもらおうって考えた……オレはそう考えてる。
 クソメガネが実行役に選ばれたのは、アイツの性格を考えてのことだと思う――元々ダーティな手腕で周りから白い目で見られてたクソメガネだ。今さらセイン達を切り捨てる役を担ったって、誰も疑うもんかよ」
「だから……貴様はクアットロの策に乗るべきだ、と?」
「そゆこと。
 せっかく向こうがお膳立てしてくれたんだし……それにオレ、セインから弟子入り志願受けててさ」
「セインが、貴様に……?」
「そう。
 で、どの道アイツを鍛えてやんなきゃいけなくなってたからな……ちょうどいいから、アイツやスカの策を逆に利用させてもらおうかな、って」
「そうか……」
 ジュンイチの言葉に、チンクは静かにうなずいた。
 セインが自ら「強くなりたい」と望んでいたこと――妹の成長に思わず胸が熱くなるが、それで安心して終われるような話ではない。
「だが……クアットロのことだ。ドクターの計画にさらに一手、二手加えてくるぞ――ドクターの“勝利”のためにな。
 そうなれば、真っ先に利用されるのは貴様のもとで強くなったセイン達だ。
 もし、それで取り返しのつかないことになったら……」
「そこはまぁ……オレ達でそうならないように誘導してやればいいじゃねぇか」
 不安げにつぶやくチンクだが、ジュンイチはあっさりと答えた。
「それに、だ……
 クソメガネが、強くなったセイン達やお前らを使って何か企んでるって言うなら……」
 

「アイツの手に負えないくらい、強くなってやればいいだけの話だろう?」

 

「………………クソッ」
 大事を取って、医務室での一泊を勧められたが――だからだろうか。まったく寝つくことができず、ノーヴェはベッドの中で舌打ちをもらした。
 こうなると、周りのすべてが気になって仕方がない。消毒液のにおいも、空調の音も、いつも以上にこちらの意識に入り込んでくる――
「…………寝れねぇ……」
 ここまでくると、もうこの気持ちを落ち着けなければ眠れそうにない。ムクリと身を起こし、となりのベッドで気持ちよさそうに寝息を立てているホクトを起こさないように医務室を出た。
 茶でも飲もうかと、ポットやインスタント飲料を常備してあるレクルームへと向かい――
「…………おや」
「お前…………!?」
 ジュンイチの姿がそこにはあった。ソファのひとつに腰かけ、のんびりと本を読んでいる。
 タイトルは――“世界の猟奇殺人大全”。
「またそんな物騒な本を……」
「相手のビビらせ方を勉強するにはちょうどいい教材だ」
「納得できるけどしたくねぇな」
 キッパリと答えるノーヴェに苦笑し、ジュンイチは本を閉じ、
「で……『寝てろ』っつったお前が、何でこんな時間にここへ現れるんだ?」
「眠れねぇんだよ」
 ジュンイチの問いにそう答え、ノーヴェはインスタントココアの粉を手に取り――
「昼間の戦いか?」
 その言葉に、ノーヴェの動きが止まった。
「意気揚々と出てったのに、結果は見事なボロ負け。そりゃ凹むよなー。
 同情するぜ、いやホント」
 そんなノーヴェにさらに告げ、ジュンイチが彼女の頭をなでてやり――
「って、なでんな!」
「おっと」
 気づいたノーヴェがすかさず拳を振るうが、当のジュンイチはあっさりとそれをかわし、何事もなかったかのように肩をすくめる。
「ずいぶんとご機嫌ナナメじゃねぇか。
 負けた悔しさか? 闘争心旺盛でけっこうなことじゃねぇか」
「そう言うそっちは勝者の余裕かよ? スカしやがって……」
 ジュンイチの言葉にそう返し、ノーヴェは深々と息をつき、
「自分でも……わかってんだ……
 あの時……あたしはどっか本気になれなかった。
 やっぱり、迷ってたんだ……だから、力が出せなかった……
 『迷ってるヒマがあったら、今できることを』……なんてカッコつけて、あたしは結局、迷いを振り切れなかった……!」
 つぶやくノーヴェの手の中で、握りしめられたココアのビンに亀裂が走り――
「だから何?」
 そんなノーヴェの手から、ジュンイチがココアのビンを取り上げた。
「セイン達にも言ったろうが――『家族と戦う以上、迷って当然』って。
 あんなの、どれだけ強がったって否定できる迷いじゃない――いや、むしろ否定しちゃいけない迷いだ」
「でも……それで弱くなってちゃ世話ねぇだろ」
「『弱く』ねぇ……」
 うめくように返すノーヴェだが、ジュンイチはあくまで余裕の態度で返してきた。
「迷ったら……ホントに弱くなるのかね?」
「え………………?」
「“迷い”と“弱さ”は、ホントにイコールでつながってるのかね?」
 意外な問いかけに思わず呆けた顔を見せるノーヴェに対し、ジュンイチはそう問いを重ねる。
「たとえば……こういう考え方をしてみようか。
 『こっちは今悩んでんだ! 考え事してるんだ! ジャマすんなワレぇっ!』みたいな。
 さて……この時発揮されるのは“強さ”か? それとも“弱さ”か?」
「そ、それは……」
「よーするに、気持ちのありようさ。
 迷いはそれイコール弱さじゃない。むしろ、そこから抜け出そう、答えを見つけよう――そういうエネルギーにつながる“強さ”だ。
 あとはそれとどう付き合っていくか――お前が負けたのは、その“付き合い方”を誤ったからだ」
 言って、ジュンイチはポンポンとノーヴェの頭をなでてやり、
「『“想い”だけでも、“力”だけでもダメ』――オレの好きなアニメのセリフだ。
 どっちかだけじゃダメなんだ。“想い”と“力”……両方そろって、初めてそれは強さになる。
 迷ってるヒマがないからって、迷いを無視するから弱くなるんだ――その迷いも、お前の“想い”の一部なんだからな。それを切り捨てたんじゃ、お前の強さを引き出しきれるはずがない。
 まずは迷ってる自分を認めて、受け入れろ。そうすりゃある意味開き直れる――心に余裕も生まれて、自然と周りも見えてくる。そのうち答えだって見つかるだろうさ」
「迷ってる……自分を……」
 ジュンイチの言葉を、ノーヴェは静かに繰り返し――
「……って、だからなでんな!」
「おっと」
 再び気づき、拳を振るう――ジュンイチも再び難なくかわし、ノーヴェはジュンイチから距離を取る。
「そんなに警戒するなよー。
 ただ励ましてやろうと思ってなでてやっただけじゃねぇか」
「思いっきりガキ扱いじやねぇか!」
「やれやれ、かわいげのない……
 つっても、お前ってその辺の扱いしやすいんだよね。セイン達は性格的に励ましがいないし……チンクはスキ見せてくんないし」
「セイン達はともかく、チンク姉をあたしらなんかと一緒にすんな!」
 敬愛する姉は自分よりももっと高みにいるのだ。一緒になどされたらむしろチンクに失礼だ――ジュンイチの言葉にそう反論するノーヴェだったが、
「『一緒にするな』ねぇ……」
 対するジュンイチは、そんなノーヴェをつま先から頭のてっぺんまで、じっくりと見つめてきた。しばし視線を上下させ――ポツリ、と一言。
「なるほど。
 確かにチンクとは違う」
「な………………っ!?
 い、いい、いきなり何言い出しやがる!? っつーかドコ見てそれ言った!?」
 その意味深な態度に思わず不埒なものを感じたのもムリのない話か。あわててジュンイチから隠すように胸元を抱き、ノーヴェが声を上げ――
「身長」
「………………」
 いつもがいつもなだけに本気かごまかしか判断に困る――あっさりと答えるジュンイチの言葉に、ノーヴェは思わず黙り込んだ。
「お前……よく『デリカシーがない』って言われないか?」
「失礼な」
 ため息をつき、うめくノーヴェに対し、ジュンイチは不満げに口をとがらせ、
「『よく』じゃない。『いつも』だ」
「いつも言われてんなら反省しろぉぉぉぉぉっ!」

 ジュンイチの言葉にノーヴェが声を上げ――その瞬間、艦内に警報が響き渡った。
 

「クアットロ……
 どうして貴様まで?」
「だって、今回は柾木ジュンイチもいるのよ。
 チンクちゃんだけじゃ、ちょっと危ないかなー、って」
 ガジェットを従え、マックスフリゲートへと進軍中――スカリエッティによって作り出された新たなマグマドラゴン、そのU号機の背に立って尋ねるチンクに、彼女の後ろに座るクアットロはあっさりとそ答えた。
「私のシルバーカーテンでカモフラージュしてのランブルデトネイター、なかなかに凶悪だとは思いませんこと?」
「柾木なら容易に対応してきそうな気がするが」
「……たまに思うんだけど……あの男、ホントに人間ですの?
 強化人間な点を考慮したとしても、あまりに人外が過ぎると思うんだけど」
「本人に言わせると、『クソメガネでも5年くらい死線をさまよえばできるようになるだろ』とのことだが」
「死にかけること前提!?」
「ちなみに私は1年だそうだ」
「それ……いいこと? 悪いこと?」
「………………正直判断に困る」
 ため息まじりにチンクが答え――コホンッ、と咳払いしてクアットロはその場を仕切り直した。
「って、話が変に脱線してるわ。
 とにかく、私がお手伝いしてあげるってこと。
 チンクちゃんの打倒柾木ジュンイチと、セインちゃん達の連れ戻し。
 今までやってきたことの罪滅ぼしに、がんばってお手伝いしちゃうわよ!」
「…………そうだな。
 そのために“アレ”も持ってきたんだしな」
 クアットロの言葉にとりあえずは納得しておくチンクだったが――
(まったく……心にもないことを……)
 いつもの素行からはまったく信用できない――ジュンイチの“仮説”を聞いた後ではなおさらだ。
(それだけで貴様が前線まで出てくるはずがあるまいに……)
 しかし、“裏”があるとしたらそれは何なのか。
 ジュンイチの仮説の通りだとしたら、彼女にとってセイン達が戻ってくるのも、セイン達がらみで利用しようとしているジュンイチが倒れるのも都合が悪いはず。
 となれば、こちらが敗退するように仕向けるはずで――
「まったく……ややこしいことだ」
「………………?
 チンクちゃん?」
「何でもない」
 こちらのつぶやきは中途半端にしか聞こえなかったようだ。聞き返してくるクアットロに対し、チンクは静かにそう答えた。
 

「すずか――状況は!?」
「ガジェット群がこっちに向かってます!」
 警報は自室で待機していたイレインの元にも届いていた。ブリッジに駆け込み、尋ねるイレインに、ちょうどブリッジにいたことで事態に即応できたすずかが答える。
「あとは、トランステクター反応が二つ。
 エネルギー反応がかなり大きいです、たぶん……」
「マグマトロン……!? 次の機体が完成したの……!?
 でも、それが2機、って……!?」
 簡単に断言はできないが――少なくともマグマトロン級の機体が投入されていることは間違いない。すぐに気を取り直し、確認を続ける。
「それとすずか……」
「大丈夫です。
 警報も鳴らないようにしてますし、就寝中は自動で防音結界が作動しますから、ヴィヴィオとゆたかの部屋には警報は聞こえてないはずです」
「よろしいっ!
 あとは――」
 マックスキングのマスターであるゆたかがいないのは痛いが、できる限り二人を戦いの場に引きずりこみたくないのは彼女達の共通見解だ。戦いなんかのために眠っている彼女達を起こしたくはない――すずかの言葉にうなずき、イレインは次に声をかけるべき相手へと通信をつなぎ、
「ウェンディ! セイン! ディード!
 敵襲よ! 早く出撃して!」
〈す、すみません!〉
「……って、あれ? あんただけ?」
 応答したのはディードただひとりだった。残り二人はどうしたのかとイレインが首をかしげ――
〈ムニャムニャ……あと5分……♪〉
〈……ウフフ……ジュンイチぃ……最後のフライドチキンはいただいたっス……♪〉
「今すぐ叩き起こせ、そのおバカどもぉぉぉぉぉっ!」
 通信越しに聞こえてきた寝言に、イレインの怒りの咆哮がブリッジに轟き――
 

〈しかたねぇな〉
 

 突然の新たな通信が、彼女達のやり取りに割って入ってきた。
「って、あんた達!?」
 その通信の主は――あわててイレインがブリッジの外へと視線を向け――
〈ディード、お前はそのままそのバカどもと格闘してろ〉
〈どーせ、お前らが出てきたところで――〉

 

『おいしいところは、総取りだ!』

 

 甲板に並び立ち、ジュンイチとノーヴェが高らかに宣言した。

 

「ブレイクラリーの修理は済んでるはずだ。
 いけるな? ノーヴェ」
「誰に向かって口利いてんだ?
 第九機人ナインス・ナンバーズ、“破壊する突撃者”ノーヴェ様だぜ!」
 尋ねるジュンイチに対し、ノーヴェはすっかり調子を取り戻していた。パンッ!と拳を打ち合わせてそう答え――
「ゴッド、オン!
 マグマトロン、トランスフォーム!」

 そんな彼らの頭上をチンクを乗せたマグマドラゴンが飛来した――チンクがゴッドオン、ロボットモード、マグマトロンへとトランスフォームする。
「チンク……!」
「柾木、ジュンイチ……
 我らの決着、つけに来たぞ」
 彼女の名をつぶやくジュンイチにチンクが答え――マグマトロンがエネルギーを放出した。それは瞬く間に凝縮され、物質化。多数の擬似ブラッドファングを形成する。
「へぇ……マグマトロン、新しいの作ったんだ……
 さすがは“レリック”長者のスカリエッティ。当然ケースも豊富にあるから、壊されても再スキャンでお手軽復帰かい」
「そういうことだ。
 だが――それだけではない」
「何………………?」
 チンクの言葉にジュンイチが眉をひそめた、その時――頭上を、“マグマドラゴンが”駆け抜ける!
「マグマドラゴン!?
 でも、チンク姉が……!」
 頭上を駆け抜けたのはマグマドラゴン。しかし、今チンクがゴッドオンしているのもマグマドラゴン。“2体目のマグマドラゴン”という予想外の事態に、ノーヴェが思わず声を上げ――
「ゴッド、オン!
 マグマトロンRリペア、トランスフォーム!」

 響いたのはクアットロの声――2体目のマグマドラゴンにゴッドオンし、ロボットモードへとトランスフォーム。チンクと並び立つ。
Rリペアか……
 なるほど。スバル達にブッ壊されたT号機を修理したのか」
「そういうことよ。
 さぁ、マグマトロン2体がかりのこの状況、果たしてあなた達にしのげるかしら?」
 納得するジュンイチの言葉に、クアットロは余裕の笑みと共にそう告げた。右手に生み出した光刃をジュンイチに向けるが――
「…………ノーヴェ」
 ジュンイチの反応は落ち着いたものだった。淡々と、ノーヴェに声をかける。
「もう一度聞く。
 いけるか?」
「とーぜん」
 答えるノーヴェの声に迷いはなかった。
「っつーか……やるっきゃないだろ。
 ちょうど、おあつらえ向きの相手だしさ」
 そう告げて――ノーヴェは頭上のチンクを見上げた。
「こういう時、チンク姉が相手なら……むしろ思いっきりいける。
 あの人に、真っ向から――あたしの全部をぶつけてみる!
 あたしの“力”も……あたしの“想い”も!」
 強い決意と共に、しっかりと拳を握りしめ――自らの相棒の名を呼ぶ。
「ブレイクラリー!」
 同時、彼女のいるマックスフリゲートの甲板、その一角のハッチが開いた。そして、その中からブレイクラリーが勢いよく飛び出してくる。
「“想い”だけでも……
 “力”だけでも……!」
 もう一度自らに言い聞かせ、ノーヴェは静かに息を吐き――叫んだ。

 

「ハイパー、ゴッドオン!」

 

 その瞬間、ノーヴェの身体が虹色の輝きに包まれた。ブレイクラリーの中に溶け込み、一体化していく。
 そして――
「ブレイクロード、トランスフォーム!」
 咆哮と共に、ロボットモード、ブレイクロードへとトランスフォーム、チンクのマグマトロンと対峙する。
「ハイパーゴッドオン、か……
 確かに、その力は脅威だが……そんな中量級の機体では、その力を最大限に発揮しきれるとは思えんな。
 いかに使い手が進化しようと、機体がそれについていけなければ――」
「ハッ、オレ達の作ったGLX-Jシリーズをバカにしないでもらいたいな」
 ハイパーゴッドオンを遂げたノーヴェを見下ろし、告げるチンクに口をはさむのはジュンイチだ。
「元々GLXシリーズの時点から、最終的にはハイパーゴッドオンまでついていけるようにシステムを組んできたんだ。そのGLXの開発を経てさらに洗練されたGLX-Jシリーズが、ついていけないワケがねぇだろ。
 それに――」
 ジュンイチがそう告げると同時――彼の背後のハッチが開いた。その奥から飛び出してきたのは、ブレイクラリーの直上のメンテナンスベッドに収められていたステルス機型の機動メカだ。
「あれは……!?」
「なぁに。
 ここんとこ、“戦闘→ピンチ→新メカ登場→逆転勝利”のパターンが定着してたような気がしてさ。
 なので……ここでパターン打破のため、空気を一切読まずにハナから新メカ投入じゃ!」
 声を上げるチンクに答え、ジュンイチはノーヴェへと向き直り、
「GLX-JEX“ガードフローター”。GLX-Jシリーズの支援機サポートビークルだ!
 扱いは機体の取説データにあるから――」
 

「さっさと、合体しちまえ!」

「おぅ!」

 

「ブレイクロード――スーパーモード!
 トランス、フォーム!」

 ノーヴェの宣言に伴い、ガードフローターが彼女の元に飛来した。その上に跳び乗り、ノーヴェが大空へと舞い上がる。
 そして、さらに跳躍――空中に身を躍らせたノーヴェの眼下で、ガードフローターが変形を開始する。
 機体下部、両脇の大型推進器が後方に展開、その奥に隠された両腕が姿を現すと同時、推進器は後方でまっすぐに伸ばされ、ロボットモードの両足となる。
 機首は左右に分割、断面を外側に向けると両腕側へと倒れ、両肩を守る肩アーマーとなる。
 そこへ、そこへ先ほど上空に跳んだノーヴェ――彼女のゴッドオンしたブレイクロードが落下してきた。ビークルモード、ブレイクラリーにトランスフォームし、ボディ上部に車体後方を合わせ、車体が前方に突き出すように合体する。
 ブレイクラリーの車体が中ほどから倒れ、胸部をカバー。最後にロボットモードの頭部がボディ内から現れる。
 全システムが起動、カメラアイに輝きが生まれる――全身に力が行き渡り、ノーヴェが高らかにその名を名乗る。
「天を蹴り抜き、地を砕き、あらゆる壁をぶち破る!
 ブレイクコンボイ――Stand by Ready!」


「ブレイク、コンボイ……!?
 あたしが……コンボイに……!?」
 データにあった名前をそのまま名乗りはしたものの――その名は彼女の予想だにしないものだった。我に返り、呆然とつぶやくノーヴェだったが、
「何のために“守りのガード”フローターって名前つけたと思ってんだよ?」
 そんな彼女に告げるのはジュンイチだ。
「“破壊のブレイク”ロードに“守るための力”を与えるのがソイツの役目だ。
 ガードフローターと合体して、その力を得たお前は、十分に立派な“守る者コンボイ”だ。
 ま、今のお前じゃ確かに名前負けだろうが、な」
「……ハッ、『名前負け』だぁ?
 ずいぶんと安い挑発じゃねぇか」
 ジュンイチの言葉に、ノーヴェは不敵に微笑みながらチンクへと向き直り、
「けど……乗ってやるよ。
 あたしがホントに“名前負け”かどうか、見せてやるよ!」
「フッ、いいだろう、こい!」
 宣言するノーヴェにチンクも応じる――ノーヴェが地を蹴り、背中の翼で加速、チンクに向けて突撃する!
「私もいるってこと……忘れてもらっちゃ困るわよ!」
 だが、敵はチンクだけではない。マグマトロンRにゴッドオンしたクアットロが彼女を狙い――
「おっと」
 そんな彼女を阻み、ジュンイチがその前に立ちふさがる。
「妹が姉に自分のすべてを見せてやろうってんだ。無粋なマネしちゃいけねぇな。
 マグナ!」
《了解です!》
 ジュンイチの呼びかけに答え、マグナダッシャーも格納庫から飛び出してくる――ジュンイチの背後に着地し、クアットロと対峙する。
「そんなワケで、お前は――」
《今から私達がブッ飛ばします!》

「エヴォリューション、ブレイク!」
 ジュンイチの叫びにマグナが答え、マグナダッシャーが力強く大地を駆け抜ける。
 そして、車体両横の装甲が上部へと展開。さらに車体下部の推進器で起き上がると共に、車体後部が180度回転、後方へとスライドして左右に分割。つま先が起き上がり両足へと変形する。
 続いて、運転席が左右に分かれて肩アーマーとなり、その下部に折りたたまれるように収納されていた腕が展開。拳がその内部から飛び出し、力強く握りしめられる。
 車体上部――変形の結果背中となったそこに配された砲台はキャノン部が前方に倒れてショルダーキャノンに。ボディ内部からロボットモードの頭部がせり出し、その額から変形に伴い跳び下りていたジュンイチに向けて誘導トラクターフィールドが展開される。
 放たれた光に導かれ、ジュンイチはマグナダッシャーへと引き寄せられ――その姿が消えた。一瞬にして機体内部の圧縮空間に用意されたライドスペースへと転送される。
 そこに用意されたコックピットシートに腰かけ、ジュンイチはシート両側に設置されたクリスタル状のスロットルレバーを握りしめる。
「マグナ! 全システム起動!
 戦闘コンバットシステム――Get Ready!」
《了解!》
 マグナからの答えと共に、ジュンイチはスロットルレバーを勢いよく押し込む――変形を完了し、システムが完全に起動した機体のカメラアイが輝き、ジュンイチが高らかに名乗りを上げる。
「“龍”の“炎”に“王”の“牙”!
 “不屈の果てに高みあり”!
 
龍炎王牙――マグナブレイカー!」

 

「す、すみません!
 遅くなりました!」
「あー、眠い……」
「夜襲なんかしないでほしいっスよぉ……」
 一方、マックスフリゲートのブリッジにはようやくディードが姿を見せていた。未だ寝ぼけまなこのセインやウェンディを連れて駆け込んでくる。
「いつでもいけます!
 戦場に転送を!」
「いや……後ろ二人はどう見ても“まだいけない”と思うんだけど」
 告げるディードに苦笑し――イレインは息をつき、彼女達に告げた。
「でも……たぶんいらないわよ」
「え…………?
 それは、どういう……?」
〈おいおい、いいのかよ?〉
「ガジェットはマックスフリゲートの迎撃システムで十分に対応できるし……」
 ディードに続いて聞き返してくるのは格納庫で出撃準備を終えたガスケットだ。二人に告げ、イレインが端末を操作し、
「たぶん……アイツら二人でカタがつくわ」
 チンクと激突するノーヴェ、クアットロを翻弄するジュンイチとマグナの姿をメインモニターに映し出した。
 

「ゆけ! ブラッドファング!」
 チンクの咆哮に従い、彼女の“力”で作られた擬似ブラッドファングが一斉に飛翔するが、
「そんなもんっ!」
 ノーヴェはそれをしのいでみせた。次々に飛来する擬似ブラッドファングを、ブレイクコンボイの頑強な装甲任せに弾いていく。
(ブレイクコンボイは仲間を守って戦うことや近接格闘戦を想定した重装甲型……
 装甲を厚くした分、ブレイクロードやあたしと同じで小回りは利かないけど!)
「いっ、けぇっ!」
 利かない小回りをあてにするつもりはない――咆哮し、ノーヴェは一気に飛翔、擬似ブラッドファングを強引に弾きながら、チンクに向けて突撃する!
「重装甲に任せた突撃……!?」
「あたしには――やっぱこの戦い方しかないからさ!」
 あまりにも強引が過ぎる突撃に、さすがのチンクも驚愕し――驚きで動きの止まった彼女に、ノーヴェが渾身の拳を叩き込む!
「ジュンイチが言ってた、悩みとの向き合い方と同じだ 
 マイナスを否定しても、その部分がポッカリと空白になっちまうだけ。何も変わらない……!」
 さらに、ノーヴェは一撃を受け、体勢を崩したチンクに肉迫し、
「だったら、あたしは全部受け入れてやる! 受け入れた上で、強くなる!
 悩みも、弱さも、欠点も……それも全部、“自分”なんだから!」
 再度叩き込んだ拳が、チンクを完全にブッ飛ばす!
 

「くぅ…………っ!」
 うめき、顔をゆがませながらも反撃――クアットロが繰り出した光刃を、ジュンイチはあっさりとかわし、
「せーっ」
《のっ!》
 カウンターの拳が炸裂。クアットロを真っ向からブッ飛ばす!
「なんの!
 IS発動――シルバーカーテン!」
 しかし、クアットロも負けてはいない。 ISを発動、幻により自分の姿を周囲に溶け込ませ、覆い隠してしまう。
 非戦闘型の機人とはいえ、自陣営最強のマグマトロンにゴッドオンしていれば攻撃力は十分だ。自分を見失ったジュンイチに一撃を――

『甘いな、クソメガネ』

「な………………っ!?」
 しかし、体勢を立て直したクアットロの目の前の光景は彼女の読みを超えていた。“何体もの”マグナブレイカーが、自分の周りをグルリと包囲する!
『六課にいる幻術使い――アイツに最初に修行をつけてやったの、誰だと思ってんだ?
 アイツに教える片手間に、アイツの幻術、逆にしっかり教えてもらったさ!』
 そう。その正体はティアナ譲りのフェイクシルエットだ。驚愕するクアットロに向け、周囲のジュンイチが口をそろえてそう告げて――
『でもって……オレ相手に、姿だけ消してもムダだっつーの!」
 これもティアナ直伝のオプティックハイド――クアットロと同様に姿を消していたジュンイチが、持ち前の気配探知でクアットロの位置を正確に把握、姿を消したことで安心し、スキだらけになっている彼女を思い切り蹴り飛ばす!
「今のは、ノーヴェの分のお礼だ!」
 言って、ジュンイチはクアットロに向けて飛翔。カウンターを狙い、クアットロが横薙ぎに光刃を振るうが、身を沈めてやりすごし、逆に身体を起こす勢いも加えたアッパーカットでクアットロを殴り飛ばす!
「でもって――今のはホクトの分のお礼っ!」
「く………………っ!」
 言い放つジュンイチに対し、クアットロが光弾をばらまくが、
「マグナキャノン!」
《Shoot!》
 マグナの照準サポートのもと、ジュンイチが砲撃で反撃。クアットロの光弾を蹴散らした挙句、逆に彼女を吹き飛ばし――
「そして今のは……まとめて、今回あんまり目立ってねぇ脇役ども全員分のお礼だぁっ!」
〈え!? 十把ひとからげ!?〉
〈目立てなきゃそんな扱いっ!?〉
〈出来高歩合制ですか!?〉
 ジュンイチの言葉に、マックスフリゲートのブリッジからセイン、ウェンディ、ディードの声が上がる。
「そして!」
 さらに、ジュンイチは吹っ飛ぶクアットロの――マグマトロンの手を捕まえた。その手のひらを上を向けさせ――
「はい♪」
 コックピットハッチを開けて顔を出すと、その上に懐から取り出した札束をひとつ、軽いノリで投げ渡した。
「え………………?」
 いきなり現金とはなんのつもりか。訝るクアットロにかまわず、ジュンイチはコックピットに戻り――
「そいつはガスケットの分の“お礼”だぁーっ!」
〈ホントに“お礼”だぁーっ!?〉
 ガスケットの叫びはほとんど悲鳴に近かった。
 

「IS発動!
 ランブルd――」

「ブレイクライナー!」

 周囲の地面に突き立てた擬似ブラッドファングを爆破しようとするチンクだが――すでにノーヴェの姿はそこにはない。ブレイクライナーで素早く上空に逃れ、そこにいたチンクに渾身の蹴りを叩き込む!
「く………………っ!
 なんてムチャクチャな……!」
 駆け引きも何もない、ただまっすぐでがむしゃらな猛攻――思わずうめき、体勢を立て直すチンクだったが、
(だが……それ故に止められん、か……
 なるほど、こちらの方がノーヴェらしい)
 同時に、姉としてうれしくもあった。自分に思い切りぶつかってくるノーヴェの姿に意図せずして笑みをもらす。
(だが――八百長試合もここまでが限界か。
 ノーヴェの成長具合は十分に確かめた。セイン達の様子も見ておきたかったが、あまりダラダラと続けているとクアットロに感づかれる)
 しかし、もうこれ以上楽しんではいられない。表情を引き締め、意識を集中。そして――
「フォースチップ、イグニッション!」
 “力”を解放。飛来したフォースチップが背中のチップスロットに飛び込んでいく。
「戦姫――召来!」
 チンクの叫びと同時、フルドライブモードへと移行。機体の出力が急上昇し、彼女のかざした右手に擬似ブラッドファングが収束していく。
「ファングブレード……
 ブラッディストリームでくるか……!
 …………なら!」
 チンクの全力がくる――必殺技の体勢に入ったチンクの姿に、ノーヴェもまた気を引き締めた。自分の“力”をまとめ上げ、叫ぶ。
「フォースチップ、イグニッション!」
 チンクの必殺技に、こちらも全力で応える――ノーヴェの叫びに応え、ミッドチルダのフォースチップが飛来した。ブレイクコンボイの背中のチップスロットに飛び込んでいく。
 それに伴い、ブレイクコンボイの両足、両肩の装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
 二人に告げるのはブレイクロードのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
 Final break Stand by Ready!〉

 強烈なエネルギーが周囲で渦巻く中、制御OSが告げる――身がまえたノーヴェの目の前に環状テンプレートが展開され、その中央に魔力スフィアが形成、さらにノーヴェの右足もフォースチップの“力”に包まれる。
 右足内部の、ガードフローターの推進器が高速でうなりを上げる――発生したエネルギーが右足のエネルギーに加えられ、その周囲で渦を巻いていく。
「万刃――血風!
 ブラッディ、ストリーム!」

 そんな、彼女に向け、チンクが必殺の一撃を放つ――対し、ノーヴェも大きく右半身を引き、
「猛蹴――爆砕っ!
 ブレイク、サイクロン!」

 渾身の右回し蹴りを環状テンプレート中央のスフィアに叩きつけた。スフィアと右足、それぞれの魔力エネルギーが炸裂、強大な魔力の奔流となってチンクの放ったブラッディストリームに襲いかかり――大爆発を巻き起こす!
 

「チンクちゃん!?」
〈だ、大丈夫……!〉
 二人の必殺技の衝撃は、自分達の闘いの場にまで爆風を運んできた――声を上げるクアットロに対し、チンクからの通信が無事を告げる。
〈なんとか……耐えしのいだ……!〉
「そ、そう……よかったわ」
 チンクの言葉に、クアットロが安堵の息をつき――

「お前の方は、ちっともよく“なくなる”んだけどな♪」

「――――――っ!?」
 ジュンイチがそんな彼女に襲いかかった。両手のマグナセイバーによる二連撃で、クアットロをブッ飛ばす!
「悪いな。
 オレもけっこうな目立ちたがり屋でな――勝負を決める一撃、ノーヴェにくれてやるつもりはねぇ!」
《うっわー、大人げなー……》
「やかましいっ!」
 ツッコんでくるマグナに言い返し、ジュンイチはとどめの一撃を狙い、クアットロに向けて飛翔する!

「マグナブレード!」
 ジュンイチの咆哮と同時、両足のウェポンコンテナから二振りの刃が射出される――それを手に取り、ジュンイチはひとつに重ねてより巨大な刃を形成する。
「フォースチップ、イグニッション!」
 続けてジュンイチが叫び――フォースチップが舞い降りる。飛来したミッドチルダのフォースチップがジュンイチの精霊力の影響を受けて燃焼。炎の中で変質し、炎を模した縁取りを持つ独自のフォースチップへと姿を変える。
 ジュンイチだけが使うことのできる、“ブレイカー”のフォースチップ――それがマグナブレイカーの背中のチップスロットへと飛び込んでいき、そのパワーを何倍にも引き上げる。
「マグナ!」
《Drive Ignition!》
「マグナ、ホールド!」
 すかさず、そのエネルギーを用いてターゲットを拘束――マグナの答えと同時に“力”の一部を刃に込め、ジュンイチが振り放った真紅の“力”が、バインドとなってクアットロを拘束する。
 そして、背中のバーニアを全開に吹かし、ジュンイチはクアットロへと突撃し――直前で大きく大ジャンプ。上空で反転し、頭上から一気に襲いかかり、
「龍王――」
 

「一閃!」
 思い切り刃を振り下ろした。豪快に叩きつけられたその一撃を、クアットロのゴッドオンしたマグマトロンRはなんとか光刃で受け止めるが、
「ぐぅぅ…………っ!」
 そこへさらに、刃に導かれて振り下ろされたジュンイチの“力”もまた叩きつけられる――強烈な一撃に押さえ込まれたまま高熱の炎に焼かれ、クアットロがうめき――
「ブラッドファング!」
「――――――っ!?」
 咆哮が聞こえると同時に離脱――直後、後退したジュンイチの、マグナブレイカーの眼前を多数の飛翔体が駆け抜けた。
「無事か、クアットロ!?」
 ノーヴェとの必殺技の激突を耐えしのいだチンクだ。右手にブラッドファングを集め、作り出したファングブレードでジュンイチに斬りかかる。
 対し、ジュンイチもマグナブレードで受け止める――火花を散らすつばぜり合いの中、チンクは接触回線を使ってジュンイチに呼びかける。
〈まったく、ハデにやってくれたな?
 ここはノーヴェに花を持たせるところだろう?〉
〈それでオレが目立てないのはのーさんきゅー〉
〈ホントに大人げないな、貴様っ!?〉
〈ま、ホントに最後まで花持たせて、うぬぼれさせるのもアレだからな。
 ノーヴェのことをホントに想うなら、今回はこんなもんでいいだろ〉
〈……その理由を本音に持ってこい。
 そうすればもっと格好もつくというのに……〉
〈うん、それムリ〉
〈ムリなのか!?〉
〈そゆこと。
 だから――〉
 そこで一度言葉を斬り――ジュンイチはチンクを押し返した。素早く体勢を立て直すチンクに向けてマグナブレードを突きつけ、
「次からは、もうちっとマシなやり方で来るんだな。
 オレはお前らの望みどおりに動いてやるつもりはないからな――自分達の主張を通したいなら、お前らがオレを出し抜くしか手はないぜ」
「…………そうだな」
 そのジュンイチの言葉が意味するところは容易に知れた。
 要するに――
(ノーヴェ達に花を持たせたいなら、自分達でそういう展開に持っていけ、か……
 まったく、ドクターの策を利用してアイツらを鍛えるだけでなく、こちらにまで課題を与えるか……)
 相変わらず、ムチャクチャなようでお人よしが過ぎる男だ。目の前の男の極端なまでの二面性に苦笑し、ファンドブレードの切っ先を下ろした。
「…………引き上げだ、クアットロ。
 今回は、どう考えても我々の負けだ」
「……そうみたいね。
 今日のところは、あきらめるとしましょうか」
 チンクの言葉にクアットロがうなずき、2体のマグマトロンが撤退していく――それを見送り、ジュンイチは傍らのノーヴェに尋ねた。
「撃たないの?」
「敵味方に分かれたからって、姉貴を後ろから撃つほど落ちぶれちゃいないんだよ、あたしは」
「よろしい♪」
 

「…………なぁ」
「あん?」
 マックスフリゲートに帰還し、ワークボット達の手によってマグナダッシャーとブレイクラリー、ガードフロートがそれぞれのメンテナンスベッドに格納されていく――その光景を眺めながら、ノーヴェがジュンイチに声をかけてきた。
「あたしさ……今回のことで、思った」
「何が?」
「あたし達……まだまだ弱いんだって。
 力が弱いのは、お前のせいでケチがつき始めてからずっと思ってたことだけど……今回のことで、心の方も弱いんだって、そう思った。
 お前の言う“想い”と“力”……あたし達はまだ、どっちもぜんぜん弱いんだって」
「………………で?」
「強くなりたい」
 そう応えるその言葉は、今までの彼女の言葉のどれよりも力強いものに聞こえた。
「心も力も、もっともっと……少なくとも、お前に助けられなくても大丈夫なくらい。
 だから……決めた」
 そして――ジュンイチに向き直り、キッパリと告げる。
「あたしは、お前について行く。
 あたしはもっと、世界を知りたい。
 いろんなことを知って……いろんなことを考えて、心をもっと強くしたい。力を強くすることにつなげていきたい。
 そのためには……ドクターのところに帰るより、お前のところにいた方が良さそうだって、そう思うから。
 お前にくっついて、いろんな世界を見て回る……ドクターのところに帰って、クアットロのヤツをブッ飛ばすのは、その後だ」
「…………好きにしろ。
 忘れてないか?――お前らがどんなふうに身の振りを決めようが自由だって、最初にそう言ったはずだぜ」
 言って、ジュンイチはノーヴェの頭をなでてやり――

 

「――って、だからなでんなぁっ!」
「ふぎゃぁぁぁぁぁっ!?」
 “三度目の正直”というヤツか――三度ノーヴェの振るった怒りの拳をまともにくらい、ジュンイチの身体は実にきれいな放物線を描いたのだった。


次回予告
 
セイン 「ここでみなさんに哀しいお知らせがあります!
 次回、ガスケットが死にます!」
ウェンディ 「マジっスか!?」
セイン 「ここまでがんばったアイツがついに死にます!」
ノーヴェ 「そうか……」
セイン 「本当にあっけなく死にます!」
ディード 「せっかく、仲間になれたのに……」
セイン 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第90話『さよならガスケッt――」
ガスケット 「ちょっと待てぇぇぇぇぇっ!
 ンな予定はないっ! 何ウソ八百並べてやがるっ!? 何なんの疑いもなく受け入れてるっ!?
 お前ら、そんなにオレが嫌いかっ!?
 正しいタイトル――次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第90話『ホクト、大空に起つ!
 〜その名はギルティコンボイ〜』に――」
5人 『ハイパー、ゴッド、オン!』

 

(初版:2009/12/12)