「あー、やっと合流か……」
六課に引き渡されてからはそれなりに経ってはいるが、自分にとっては初めての乗艦となるノイエ・アースラ――最低限の着替えの入ったバックを肩から下げて、ヴァイスは感慨深げに乗降口から艦内に足を踏み入れた。
何度か次元航行艦には乗艦したことはあるが、やはり地上部隊とは空気が違う――そんなことを考えながら、とりあえず荷物を置いてこようと居住区を探して歩き出し――その時、ぴんぽんぱんぽーんっ、と、よくある放送の前フリの定番サウンドが流れた。
「何だ…………?」
〈緊急艦内放送です〉
いきなり何だ――首をかしげるヴァイスにかまわず、、ルキノの声が用件を読み上げていく。
〈現在、台風M18号とS18号は、勢力を維持したまま格納庫から居住区への通路を爆走中です〉
「『台風』…………?」
その言葉に眉をひそめつつ、ヴァイスはふと自分のすぐ脇の壁を見た。
そこには艦内の案内表示――
『← 居住区』
『格納庫 →』
「………………」
ビンゴだった。
この上なくドンピシャでビンゴだった。
〈進路上にいるクルーの方は――強く生きてください〉
「って、おいっ!?」
しかし、ルキノの艦内放送が告げるのは非情な宣告――すでにあきらめモードなその一言にヴァイスは思わず声を上げた。
そんな彼の耳は、すでに不吉な地響きめいた音をとらえていた。それはどんどん大きさを増していき――
「ジャマだぁぁぁぁぁっ!」
「がはぁっ!?」
はね飛ばされた。
すさまじいスピードで走ってきた、目下“台風”呼ばわりされているこの機動六課のコンボイ殿(人間態)に。
対抗の術もなく、ヴァイスの身体が宙を舞い――そんな彼の下を、追従するもうひとつの“台風”が駆け抜けていく。
偶然目があったヴァイスに「ごめんなさい」と合掌しながら。
それはすなわち、「助けられない」というサインでもあった――そのまま彼らの駆け抜けていった跡に、ヴァイスは受け身もままならず、“車田落ち”で落下したのだった。
第93話
なまえをよんで
〜決意の“力の暴風”〜
《ほほぉ……これが……》
《なるほど。記録にあるとおりの力だ》
《まさか、この目で見ることが叶おうとは……》
照明ひとつ灯らない暗闇の中、三つの通信ウィンドウが浮かぶ――サウンドオンリーに設定され、識別のための数字だけが表示されたそれが、目の前に表示された映像を前に口々に感想をもらす。
その映像とは――
《でかしたぞ、ザイン。
よくぞ、この“能力”を持つ者を見つけ出した》
「いえいえ。
あなた方のために力を尽くすのは、配下として当然のこと」
六課隊舎攻防戦におけるティアナの“能力”の発動を映し出したものだ――“彼ら”のひとりの言葉に、ザインは恭しく頭を下げてそう答える。
《あの力があれば、我らの悲願の成就はたやすい》
《すぐにでも手を打たねばな》
《何、我らの力を持ってすれば簡単なこと。
すぐにでも命令を出し――》
「お待ちください」
映像に映るティアナの“能力”は、“彼ら”からすればのどから手が出るほどに魅力的なものだった。すぐにでも手に入れようとはやる“彼ら”に対し、ザインはやんわりとそれを制止した。
「確かに皆様の力を持ってすれば、彼女を――ティアナ・ランスターを手に入れることはたやすいでしょう。
しかし――その力を行使するのは実働戦力である我々瘴魔です。そんなことをしては、我らとあなた方の関係に気づかれてしまう可能性があります」
《ふむ…………》
《確かに、我らが動くのは得策ではない、か……》
《そこは貴様に一任するとしよう》
「進言をお聞き入れくださり、ありがとうございます。
しかし……行動を急いて、彼女をこちらに引き入れる前に狙いに気づかれ、守りを固められては元も子もありません。
ここは、しばらくは今までどおりの動きを続け、水面下で準備を整えた上で一気にしかけるのが最善かと」
《具体的なスケジュールや方法については任せる》
《貴様はただ、成果を出すことだけを考えればよい》
《あの力さえ手に入れてしまえば、我らの支配は磐石のものとなろうぞ》
「御意に」
深々と、恭しくザインが一礼し――“彼ら”は通信を終えた。室内が再び暗闇に包まれ――
「…………『方法については任せる』……」
“彼ら”の言葉を繰り返し、ザインは顔を上げた。
「無事言質も取りましたし……ご希望通り、任せていただきましょう」
その顔に浮かぶのは、相手から望む言葉を引き出したが故の満足げな笑み――ニヤリと口元を歪め、つぶやく。
「まぁ……その結果ターゲット“以外が”どうなろうと、知ったことではありませんがね」
自信タップリにそうつぶやくと、ザインは顔を上げ、自らの部下の名を呼ぶ。
「クラーケン」
「はっ」
現れたのは“七人の罪人”のひとり、クラーケン――大きなヒレを思わせる2枚の装甲を背面に備えた、頑強さを前面に押し出したデザインの鎧に身を包んでいる偉丈夫である。
「機動六課も、いつまでも私達を野放しにはしていないでしょう。現状行っている“作戦”に対し、必ず捜査に動くはず。
どこでもいい――好きな現場跡に潜伏し、連中が捜査に訪れたら、迎撃しなさい」
「了解しました」
うなずくと同時、クラーケンが転移によって姿を消す――それを見送ると、ザインは軽くため息をつき、
「とりあえず、これで何らかのミスリードは狙えるでしょう。
まったく……“普通の悪役”を演じるのも楽ではありませんね」
自嘲気味にそうつぶやくと、ザインは部屋の暗闇の奥へとその姿を消していった。
「マスターコンボイさぁんっ!」
「………………行ったか……」
少し距離が開いたのをいいことに、格技室に逃げ込んでスバルの目を逃れる――なんとか彼女をやり過ごし、マスターコンボイはようやく安堵の息をついた。
途中で誰かはね飛ばしたような気もするが――すぐにその考えを否定した。
なぜなら――「台風」と揶揄され、もはや毎日の恒例行事となりつつあるこの追いかけっこは、艦内のクルー達にとってはすでに日常の光景となっており、自分達の位置もブリッジクルーの悪ふざけによって“台風情報”という形で逐次艦内のクルーに伝えられているからだ。それを聞き、みんな首尾よく退避しているはずだ。
まさか“台風被害”にあったのがそのことを知らないヴァイスだったとは露知らず、マスターコンボイはあっさり「気のせい」と断定し――
「あれ……? マスターコンボイ?」
「またやってるの?」
「む…………使っていたのか」
声をかけてきたのはティアナとこなただった。部隊支給のトレーニングウェアに身を包んだ二人に、マスターコンボイはようやく気づいたらしく、意外そうに応えてくる。
「珍しい組み合わせだな」
「ま、たまにはね」
「いつもかがみとじゃ、タイプ違いとはいえ同じシューター同士である程度なれ合いになっちゃうし」
この二人が組んでいるのは珍しい――首をかしげるマスターコンボイに対し、こなたとティアナは肩をすくめてそう答え、
「にしても……マスターコンボイが私達に気づかないなんて、よっぽど余裕なかったんだねー……」
「どうせ、またスバルから逃げてきたんでしょう?」
「…………言うな」
続くこなたの、そしてティアナの言葉に、マスターコンボイはため息をついて肩を落とした。
「まったく……これだけ『名前では呼ばん』と公言しているんだ……スバルもいい加減、あきらめてもいいだろうに……」
「あんたの言葉を借りて答えてあげるわよ。
『あれだけ「名前で呼んで」と迫られているんだ……あんたもいい加減、名前で呼んであげてもいいだろうに……』ってね」
うめくマスターコンボイに、ティアナは今彼のもらした言葉をそのまま流用してそう答える。
「本人のいないところじゃ、ちゃんと名前で呼んであげられてるじゃない。少しくらいはあんたが折れてあげても、バチは当たらないと思うわよ。
それを毎日毎日……ホント、よく続くわね」
「続くとも」
正直なところ、半分感心、半分呆れといった心境でため息をつくティアナだったが、対するマスターコンボイはキッパリとそう答えた。
「そうとも。
ここは譲るワケにはいかない――ヤツがあきらめるまで、絶対に耐え抜いてみせる」
「ふぅん」
マスターコンボイの決意は固いようだ。ハッキリと断言するその言葉に、ティアナは軽く鼻を鳴らすことで応え――
「『名前で呼ばん』と宣言しているんだ――ここで撤回するのは負けた気がしてなんかイヤだ」
『………………』
実におとなげない理由だった。
「そっか……
相変わらずなんだね、マスターコンボイさんとスバル……」
「はい……
最初は『あれも一種の走り込みになるし』とか思って放置してたんですけど、あぁも毎日繰り返されると……」
あんな、「今さら撤回などできるか」などという理由を公言しながら追いかけっこなど続けられてたまるか――あの後、「もう大丈夫だろう」と格技室から出たらあっさりとスバルに見つかり、再び追いかけっこに戻っていった彼を見送ると、ティアナは自主トレを続けるというこなたと別れ、なんとかならないものかとホスピタルタートルのなのはの元を訪れていた。
一時はヴィヴィオの身を案じるがあまりリハビリでムチャを繰り返し、退院がズルズルと延びていたなのはではあったが、ジュンイチからの手紙でヴィヴィオが彼のもとにいること、無事であることを知り、落ち着いて治療を受けられるようになっていた。もはや退院は時間の問題であろう。
「結局、マスターコンボイもスバルも、お互いに意地を張ってるだけなんですよね。
まったく、どっちも子供なんですから……」
「あ、あはは……」
スバルはともかく、あのマスターコンボイを「子供」呼ばわりとは。ティアナの言葉に思わず苦笑するなのはだったが、
「でも……確かにそれは問題かも、だね」
しかし、さすがはエース・オブ・エースにしてティアナ達の師。押さえるべきポイントは心得ていた。
「今のところ、訓練とかの連携で二人が乱れてる様子はないけど……これからもそうだとは限らない。
まだ問題が“爆発”していないうちになんとかしないと……」
「“あたし達の時”みたいなことになってもマズいですしね」
「あ、あはははは……
あの節はご迷惑をおかけしました……」
「こちらこそ……」
自分達がすれ違いから衝突、事を大問題に発展させた“前科”があるだけにこの問題は笑えない。この話に関して、二人は互いに頭を下げ合うしかなかった。
「でも……何とかするって言っても、具体的にはどうしようか?
ティアナ、何か思いついてたりする?」
「いえ……
なかなかいい方法が思いつかなくて……それで、今日こうして相談に……」
ともかく、今は問題への対処が先決だが――肝心の“対策”が何ひとつとして決まっていなかった。なのはの問いに答え、ティアナは軽くため息をつく。
「うーん……どうしたもんかなぁ……?」
一方のなのはにしても、そうそう都合よく妙案がポンッ、と浮かぶワケもない。つぶやき、宙に視線をさまよわせ――
「高町。入るぞ。
……なんだ、ランスターもいたのか」
ノックと共に声がかけられ、しばしの間をおいて扉が開かれる――病室に入り、イクトはなのはの傍らのティアナを見とめて眉をひそめた。
「どうかしましたか?」
「いや……少し頼みがあってな」
聞き返すなのはに答えると、イクトは息をつき、説明を始めた。
「貴様も聞いているだろう。
最近の瘴魔の動きを」
「あ、はい……
この間のクラゲ型の瘴魔獣の一件みたいに、町を次々に砂漠化させていってるんですよね?」
答えるなのはにうなずき、イクトは真剣な表情で続ける。
「ザインの行動にしては目立ちすぎだ。
しかし、それでいてこちらに真意を巧みに隠しているところを見ると、凡ミスとも思えない。
ヤツは間違いなく、意図的にこの状況を作り出している――だからこそ気にかかる。捜査のために人手を借りたい。
と言っても、こちらの守りの手を削るワケにもいかないからな。とりあえずはオレの代役としてツーマンセルを一組でいい」
「あぁ、イクトさんだと出先で迷うから」
「放っておけ」
納得するなのはの言葉にイクトがため息をつき――
「………………あ」
ふと、ティアナが思いついた。
「ねぇ……なのはさん」
「ん?」
「これ……利用できませんか?」
「……あぁ、なるほど」
「………………?
何の話だ?」
そんなやりとりから数時間――
「ふーん……」
被害にあった人達への聞き込みも完了。ビークルモードで現場跡地に向かうマスターコンボイの車内で、スバルはマッハキャリバーに録音してもらっていた聞き込みの内容から、気になる単語をメモ帳に拾い上げる作業を進めていた。
その結果――
「やっぱり……多いなぁ……」
「例の証言か?」
「はい……」
それなりに得るものはあったようだ。つぶやくスバルの傍らで、マスターコンボイもまた自分のデータ内のメモへと意識を向ける。
「多いですねー。
『砂の中に埋まっていた間、笛の音が聞こえていた』って証言……」
「あぁ。
こっちの聞き込みでも、ほとんどのヤツから同様の証言が得られている」
マスターコンボイの言葉に、スバルもパタンッ、と手帳を閉じると困惑気味にため息をつき、
「何なんでしょうね……?
これだけたくさんの人が聞いてたとすると、空耳とかじゃないだろうし……」
「当然、瘴魔の仕業だろうな」
しかし、スバルの疑問に対するマスターコンボイの答えは至ってシンプルであった。
「ひとりいただろう。
例の地上本部襲撃の際、本局に襲撃をかけたセイレーンという瘴魔が」
「え、えっと……?」
「“七人の罪人”のひとり、“ジュゴン”のセイレーン。
使用デバイスは精神操作系のブーストデバイス、“淫欲”……その形状が管楽器――確かフルートだったか。その形状をしていたはずだ」
とっさに情報の出てこないスバルに代わり、マスターコンボイはセイレーンに関する情報をスラスラと口にする。
「精神操作系って……
じゃあ、被災した人達は何かされてたんですか?」
「さぁな。
少なくとも救助後に行われた検査では全員シロだったらしい――っとと、着いたぞ」
離している間に目的地に到着した。スバルを下ろすとマスターコンボイもロボットモードへトランスフォーム。砂漠化した町並みを前にスバルと並び立つ。
やってきたのはクラナガンから離れた丘陵地帯のとある街――だった場所だ。今では瘴魔によって完全に都市圏が砂漠と化している。
しかし、その光景を前にしても、マスターコンボイの脳裏は先ほどのスバルとのやりとりで語ったこと――すなわち“精神操作デバイス使用の痕跡の有無”についての思考で占められていた
精神操作系のデバイスを持ち、且つ使っているのが確かであるにもかかわらず、その影響が見当たらない。マスターコンボイの困惑はある意味で至極当然と言えた。
(精神操作はしたのか、してないのか……
していたのだとしたら、なぜその痕跡がない……?
していないのだとしたら、なぜデバイスを使用した……?
他に、精神操作系のデバイスを使用する理由があったとでも言うのか……?)
「マスターコンボイさん……?」
(考えろ……
炎皇寺往人が警戒するような男が、何の意味もなくこんなことをするはずはない……
街の砂漠化は住人達を拘束するためとして……精神操作系のデバイスを使用したことには、必ず何かの意味が――)
「マスターコンボイさんっ!」
「ぅわっとぉっ!?」
巡らせていた思考は突然の大声によって断ち切られた。スバルの大声に驚き、マスターコンボイはイスにしていたガレキから転がり落ちた。
「い、いきなり何だ、スバル・ナカジマ!?」
「それはこっちのセリフですよ。
どうしちゃったんですか? いきなり黙り込んじゃって」
声を上げるマスターコンボイの言葉にスバルが答え、
「それと――またフルネーム呼び!
名前で呼んでくださいってあれほど……!」
「だから、そいつは再三断っているだろうが……!」
まじめに推理していたところをジャマされ、マスターコンボイはこめかみを引きつらせながらそう答え――
「なんで……呼んでくれないんですか……?」
「………………っ」
悲しげな表情で、つぶやくように問いかけるスバルに、マスターコンボイは思わず反論に詰まった。
「教えてください。
どうしてそこまで、名前で呼ぶのを嫌がるんですか?」
問いを重ねるスバルの顔は本当に寂しそうで――
「………………チッ」
そんなスバルに、マスターコンボイは舌打ちまじりに頭をかき――
「――――――っ!?」
「え――――――?」
次の瞬間にはスバルのえり首をつかんで跳躍していた。突然のことにスバルが疑問の声を上げ――
直後、自分達のいた場所が吹き飛んだ。
「攻撃――――っ!?
でも、“力”の気配は……!」
「覚えたてのスキルに頼りすぎるな!」
驚き、声を上げるスバルに答え、マスターコンボイは空中で体勢を立て直した彼女と共に地面に降り立ち、
「ほぉ……
今のに気づくとはな」
「殺気はともかく、怒気が隠しきれていなかったぞ。
まったく、何をそんなに怒っているのやら」
言いながら目の前に舞い降りる襲撃者に対し、マスターコンボイはスバルをかばうように前に出る。
おそらく、彼は――
「瘴魔獣将か……」
「あぁ」
つぶやくマスターコンボイに答え、襲撃者はかまえをとりつつ自らの名を名乗る。
「一応、名乗っておこうか。
“七人の罪人”がひとり――“イトマキエイ”のクラーケン」
「“七人の罪人”……っ!」
クラーケンのその名乗りに、マスターコンボイは自分の身体が強張るのを感じていた。
“七人の罪人”といえば、かつて自分とスバルを完膚なきまでに叩きのめした、あのシードラゴンと同列だということだ。
だとすれば、その実力は――
「スバル・ナカジマ!」
迷うことなく、マスターコンボイはスバルに告げていた。
「うん!」
そして、スバルもまた彼と同じ結論に――並び立ち、同時に叫ぶ。
『ハイパー、ゴッドオン!』
………………
…………
……
「チッ、やはりムリか……!」
しかし、何も起こらない――ハイパーゴッドオンが不発に終わり、舌打ちするマスターコンボイだが、だからと言ってここで止まっているワケにはいかない。
「止むを得ん!
ノーマルのゴッドオンでいくぞ!」
「は、はい!」
マスターコンボイの言葉にスバルがうなずくが――
「やはり、情報どおりハイパーゴッドオンできないようだな!
だが――だからと言って、手を抜いてやるつもりはない!」
それを許すほど敵も甘くはなかった。クラーケンが言い放ち、頭上に瘴魔力の光弾を多数生成、眼下のマスターコンボイ達に向けて撃ち放つ。
爆撃の中心はスバルとマスターコンボイ、二人のちょうど中間点――あからさまにこちらの散開を狙っての攻撃だが、だからと言って、相手の攻撃力が未知数である以上、耐えて強引にゴッドオン、というのは半ば賭けに近い。二人とも同時にその場を跳躍、攻撃を回避する。
「ノーマルのゴッドオンすら許さないか……!」
「そういうことだ。
『手を抜かん』と言っただろう――このまま最大戦力で叩かせてもらうぞ!」
うめくマスターコンボイに言い放ち、エイの描かれたデバイスカードを取り出した。
眼前にかざし――宣言する。
「怒り狂え――」
「“憤怒”」
その瞬間――デバイスカードから“力”が放たれた。クラーケンの周りで渦を巻き、周囲の砂塵を巻き上げてその中に姿を消す。
数秒後、“力”の渦が晴れた時――クラーケンの背中には巨大な翼が生まれていた。
――否、翼ではない。
あれは翼ではなく、“翼を兼ねた支柱”だ――彼の背中に配された、4基の砲門を支えるための。
「砲撃型、だと……!?」
「怒りの業火――受けるがいい!」
うめくマスターコンボイにクラーケンが答え――直後、4基の砲門が次々に火を吹いた。
とっさにスバルとマスターコンボイは散開してかわす――地面に降り注いだ砲火の雨は、誰もいない地面を容赦なく抉り、吹き飛ばしていく。
「ちぃっ!」
「リボルバー、シュート!」
もちろん、こちらもやられてばかりではない。マスターコンボイがハウンドシューターを、スバルがリボルバーシュートを放つが、クラーケンには届かない。降り注ぐ砲撃に次々に迎撃され、防がれてしまう。
「ディバインバスターは!?」
「ダメ!
あんなのが相手じゃ、チャージしてる間に墜とされる!」
マスターコンボイの問いにスバルが答え、さらに降り注ぐ砲撃をかわしていく。
(オレもスバルも、砲撃魔法の有効射程距離はミドルレンジ以内……
この距離では……!)
「まったく、相性が悪すぎる!」
舌打ちしながらハウンドシューターを、今度は大きく迂回するように放つ。砲撃をかわして本体を――という狙いだが、それすら次々に放たれる砲撃の雨をかわしきれない。直撃は避けられても地面に着弾した爆発に巻き込まれて撃墜されてしまうのだ。
(やはり、距離を置いたままでは……!
それなら!)
「多少ムチャでも、ムリヤリ詰める!」
このままでは埒があかない。覚悟を決めると同時、マスターコンボイは機動を切り替え、一気にクラーケンに向けて突撃をかける。
「フンッ、あきらめて自ら死にに来たか!」
「誰が!」
そんなマスターコンボイにクラーケンが砲撃を集中させる――それを防壁でなんとかしのぎつつ、間合いを詰めると共にオメガを振るう。
が――
「その程度――っ!」
クラーケンには届かない。全方位展開されていた瘴魔力の防壁を前面に集中、マスターコンボイの斬撃を受け止める。
そして――攻撃を止められ、動きの止まってしまったマスターコンボイの腹部に砲撃。かわしきれず、直撃を受けたマスターコンボイが大地に叩きつけられる。
「マスターコンボイさん!」
そんなマスターコンボイにスバルが駆け寄り――彼らは気づいた。
足元の地面に亀裂が走っている――しかもそれは、マスターコンボイが叩きつけられたところを中心に、ゆっくりとではあるが範囲を広げている。
(まさか、この下って……!?)
(空洞――地下水路か何かか!?)
砂漠化を免れていた地下の空洞が自分達の真下に。この状況で砲撃を放たれればどうなるか――そこまで読みきり、スバルやマスターコンボイの背筋を寒気が走り――
「その様子では、次はかわせまい!」
その予感は正しく現実になろうとしていた。上空でそう吼えると、クラーケンが再び砲撃の体勢に入る。
そして――
「死ねぇっ!」
「く………………っ!」
放たれたクラーケンの一撃を、マスターコンボイは後方に跳んでかわす――が、
「きゃあっ!?」
「ぅおっ!?」
クラーケンの砲撃は大地を豪快に撃ち砕いた。足元が崩落し、マスターコンボイとスバルが空中に放り出される!
「ウィング――!」
このままではいい的だ――とっさにウィングロードで足場を作り出そうとするスバルだったが、
「スキありだ!」
「――――――っ!」
ウィングロード展開のために集中した一瞬のスキをつかれた。背後に回り込んだクラーケンの声に、スバルの背筋が凍りつく。
かろうじて相手の姿を捉えているスバルの視界の中、クラーケンの背中の砲台に光が生まれ――
「ちぃっ!」
それを見て動いたのがマスターコンボイだった。自らの頭上に向けて砲撃一発。その反動で加速し、スバルの身体を敵砲撃の斜線上からかっさらう。
が――
「逃がすかァッ!」
「ぐぅ――――っ!?」
「マスターコンボイさん!?」
だが――重力+αで加速しただけではクラーケンの魔の手から逃れることはできなかった。素早く照準を修正したクラーケンの砲撃、その一部を背中に受けたマスターコンボイはバランスを崩し、スバルをその腕に抱いたまま地下空洞へと落下していった。
「スバルとマスターコンボイ、大丈夫でしょうか……?」
「まぁ、捜査自体は、マスターコンボイさんがいるから問題ないとは思うんだけど……」
所変わってホスピタルタートル――尋ねるティアナのつぶやきに対し、なのはは眉をひそめながらそう答えた。
イクトの「捜査の人手が欲しい」という申し出に対し、スバルとマスターコンボイを推薦したのはこの二人――“仕事”という追いかけっこに発展しようのない場で言葉を交わす場を設けようと考えたのだ。
「これを機会に、少しは関係が改善されるといいんだけど……」
「ホントですね……」
なのはの言葉に苦笑し、ティアナが意識を向けるのはそもそもの事の発端――
「でも……どうしてスバルとマスターコンボイ、ハイパーゴッドオンができなくなっちゃったんでしょうか……?」
「あー、それはたぶん――」
〈なのは!〉
答えかけたなのはの言葉をさえぎったのは、フェイトからの緊急通信だった。
「フェイトちゃん……?
どうしたの?」
〈オレがテスタロッサに通信を頼んだ〉
尋ねるなのはに答え、フェイトと通信を代わったのはイクトである。
「イクトさん……
いい加減、無線くらい使えるようになりましょうよ……」
〈…………それが可能ならすでにそうしている〉
いろいろとあきらめ全開の答えだった。
「それで?
私に何か……?」
〈いや……お前ではなく、ランスターにな〉
ともあれ用件を聞かなければ――尋ねるなのはに答え、イクトはティアナへと向き直り、
〈ランスター、出動だ〉
「何かあったんですか?」
〈あぁ。
スバルとマスターコンボイとの通信が……途絶えた〉
『………………っ!』
告げられたイクトの言葉に、なのはとティアナは思わずその身を強張らせた。
「…………ん……」
意識が暗い沈黙の中から浮上し、うっすらと開かれた両目のピントが合っていく――気がついたスバルは、真っ暗な地下水路跡の底にいた。
状況を確かめようと身をよじり――うまく動けず、顔を上げたところで、ようやくロボットモードのマスターコンボイに抱きとめられたままだと気づいた。
「マスターコンボイさん」
「……む…………ぐ…………っ!」
それほど深い眠りではなかったのか、スバルの呼びかけにはすぐにリアクションが返ってきた。同時に腕の力も緩み、スバルはようやく解放される。
「…………ここは……?」
「あの時崩された地下区画の底……だと思います。
けっこう……何階層もぶち抜いて落っこちちゃったから……」
再起動したマスターコンボイに答え、スバルは周囲を見回し、
「アイツは……追ってきてないみたいですね。
アレで死んだと思ってるんでしょうか……?」
「それはないな。
地上にデカい“力”がひとつ――歩き回りもしないで待ちかまえている。少なくとも、まだまだ向こうのやる気は十分のようだぞ」
スバルに答え、マスターコンボイはその場に立ち上がってほこりを払う。
「問題は、ヤツが降りてこないことじゃない。
こっちを寄せつけない弾幕と、鉄壁の防壁だ。
特に防壁だ。ブランクフォームのままとはいえ、オレの斬撃を真っ向から受け止めた。
あれでは、ゴッドオンしたとしても……」
「うん……」
マスターコンボイの言うとおり、状況は少しも好転していない――同意し、スバルは静かに息をつき、
「せめて、ハイパーゴッドオンできれば……」
「で、『だから名前で呼んで欲しい』とくるつもりか?
悪いがそんな打算に乗るつもりはないぞ」
疑い全開の眼差しと共にそう答えると、マスターコンボイはスバルに尋ねる。
「まったく……なぜそこまで名前にこだわる?
オレとの絆を深めたいなら、他にいくらでもあるだろうに――模擬戦とか模擬戦とか模擬戦とか」
「模擬戦しかないんですか……?」
「ないな」
即答だった。
「仮に他にあったとしても、オレの性格から考えれば模擬戦がもっとも有効である点は変わらない――そのくらいは、貴様にだってわかっているはずだ。
しかし、それでも貴様はそこにこだわり続ける……なぜだ?」
改めて尋ねるマスターコンボイに対し、スバルは息をつき――
「……わかるから、ですよ……」
静かに、マスターコンボイにそう答えた。
「そりゃ、あたしだって、マスターコンボイさんがお兄ちゃんみたいな“拳で語って分かり合う”部類の人だっていうのはわかってますけど……」
「待て。
自分で振っておいて何だが、あの男と同列視は不愉快きわまる」
スバルの言葉に思わず口をはさむマスターコンボイだったが、
「でも……そんなの、寂しすぎるじゃないですか……」
「…………『寂しい』?」
続くスバルの言葉に、マスターコンボイは思わず眉をひそめた。
「そりゃ、お兄ちゃんだって思いっきりぶつかって仲良くなった人はいますよ? イクトさんとか、スカイクェイクさんとか……
でも、お兄ちゃんは他の方法で仲良くなることだってできる。そういう方法を知ってる。
でも、マスターコンボイさんは……そういうの、ないじゃないですか。
だから……知って欲しかったんです。
戦う以外にも、相手と仲良くなれる方法はあるんだって……」
「それで……名前、か?」
「はい……
なのはさん……言ってたんです。
『友達になる最初の一歩は、名前を呼んであげること、呼んでもらうことだ』って……」
「アイツの場合も、前提として砲撃が入ってると思うんだが」
「………………」
マスターコンボイのツッコミに反論できず、一瞬言葉に詰まるスバルだったが――
「まぁ……アイツがどれだけ言ってることとやってることが乖離しているのかは、また次の機会に本人も交えて弾劾するとして……」
「今、ものすごく“なのはさんいぢめ”になりそうな単語使って『議論』って読みませんでしたか?」
「いいからかまえろ」
ツッコむスバルにマスターコンボイが答え――直後、自分達のいる地下空洞の天井が轟音と共に爆砕される!
そして――
「ほぉ……地下貯水池跡か」
静かにつぶやきながら、クラーケンはゆっくりとマスターコンボイ達の前に降下してきた。
「なかなか出てこないから、こちらから出向いてきてやったぞ。
大方、地下で戦えば崩落を警戒して火力を振るえなくなると踏んだのだろうが――このオレ達がガレキの崩落程度で倒せると思ったら大間違いだ」
「別に、そういうことを狙ったワケではないんだがな……」
つぶやきながらオメガをかまえ、マスターコンボイはどこか挑発的にそう告げる。
「どうするんですか……?
ノーマルのゴッドオンじゃ、アイツの力場を抜けないんですよ?」
そんなマスターコンボイのとなりで、スバルが彼に尋ね――
「スバル」
「え………………?」
突然、ごく自然に名前を呼ばれ、スバルは思わず動きを止めた。
(マスターコンボイさん……今、あたしのこと、名前で……!?)
まるで予期していなかったタイミングで名前を呼ばれ、スバルは驚いて目を見開き――
「スバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバル……」
「え? え…………?」
さらに連呼された。突然のことに、スバルは思考が追いつかず、戸惑うばかりだ。
「……さて、これだけ呼べば、今まで名前で呼ばなかった分は清算できたかな?」
そんなスバルに告げ、マスターコンボイは不敵な笑みを浮かべ、
「これで貴様的には問題あるまい。
もう一度試すぞ――ハイパーゴッドオンを!」
戸惑いに満ちた思考では、一瞬その意味を測りかねた――思わずキョトンとするスバルだったが、
「はい!」
その意図を理解し――満面の笑みでうなずいた。
『ハイパー、ゴッドオン!』
その瞬間――スバルの身体が光に包まれた。その姿を確認できないほど強く輝くその光は、やがてスバルの姿を形作り、そのままマスターコンボイと同等の大きさまで巨大化すると、その身体に重なり、溶け込んでいく。
同時、マスターコンボイの意識が身体の奥底へともぐり込んだ。代わりに全身へ意思を伝えるのは、マスターコンボイの身体に溶け込み、一体化したスバルの意識だ。
〈Hyper Wind form!〉
トランステクターのメインシステムが告げ、マスターメガトロンのボディカラーが変化する――グレーだった部分が、従来のウィンドフォームと同様に空色に変化するが、周囲に渦巻く虹色の魔力光に照らし出され、それ自体もまた七色に変化しているように見える。
そんな中でオメガが分離――巨大な両刃の剣が真ん中から別れ、両腕の甲に合体。両腕と一体化した可動式のブレードとなる。
両腕に装着されたオメガをかまえ、ひとつとなったスバルとマスターコンボイ、二人が高らかに名乗りを挙げる。
「双つの絆をひとつに重ね!」
「限界超えて、みんなを守る!」
『マスターコンボイ――Stand by Ready!』
「で、できた……?」
今までどれだけ試してもできなかったハイパーゴッドオンが――あふれ出す虹色の魔力の奔流の中、スバルが呆然とつぶやくと、
「やはり、そういうことか……」
一方で、マスターコンボイはこの状況を当然のものとして受け止めていた。納得し、うんうんとうなずいてみせる。
「マスターコンボイさん……まさか、理由、わかってたんですか……?
どうして、ハイパーゴッドオンできなかったか……」
「まぁな」
あっさりとうなずかれた。
「要するに、オレ達のテンションだ。
最初の時はともかくとして……二度目、シードラゴン戦では、オレ達はハイパーゴッドオンの力そのものに対し甘えがあった。
そしてそれ以降は、シードラゴン戦での不発からくる、『またハイパーゴッドオンできないのではないか』という不安感……
どちらもオレ達のテンションを抑え込み、精神の力である魔力の高まりを阻害していたんだ。
それが、ハイパーゴッドオンの不発、という形で表れた……」
「じゃあ、今ハイパーゴッドオンができたのは……」
「そう。
オレに念願の名前で呼ばれて、貴様のテンションが上がったからだ。
名前呼びをここまで引き延ばしておいて正解だったな――焦らされた分、貴様のテンションの上がり具合も十分すぎた」
「え…………?
まさか、マスターコンボイさんがなかなか名前で呼んでくれなかったのって……そのため!?」
「まぁ、な。
さんざん渋った挙句に名前で呼んでやれば……と踏んでいたんだが、予想以上の成果だったな」
そう告げると、マスターコンボイはクラーケンへと向き直り、
「さて……講釈の時間はおしまいだ。
さっさとコイツを叩いて、勝負を決めるぞ!」
「はい!」
「フッ、別れのあいさつはすんだか?」
マスターコンボイの言葉にスバルがうなずき――そんな二人に、律儀に待っていたクラーケンが声をかけてきた。
「では、そろそろ引導を渡してやろう。
怒ってくれてもかまわんぞ――“憤怒”こそがオレの司るものだからな!」
咆哮と同時クラーケンがすべての砲門を斉射し――
「やかましいっ!」
「うるさいよっ!」
マスターコンボイとスバルは腕に装着されたオメガを分離、ブレードモードに戻し――渾身の力で振るったその一撃で、飛来した砲撃をまとめて薙ぎ払う!
「何………………っ!?」
「さっきまでみたいにはいかないよ!
なんたって、ようやく名前で呼んでもらえて、テンションMAX、最高潮!」
「加えて、こちらのやり取りをわざわざ待っていたり『引導を渡す』云々の発言――
他ならぬ貴様自身が、さっきから負けフラグを立てすぎだ!」
自分の一撃をあっさりと防がれ、うめくクラーケンにスバルとマスターコンボイが答え――同時、二人がクラーケンに向けて地を蹴った。一気に間合いを詰めると、その身体を蹴り飛ばす!
体格ではるかに下回るクラーケンに、この一撃をしのぐ術はなかった。あえなく弾き飛ばされ――
「逃がさないよ!」
スバルがその後を追った。繰り出したアッパー気味の右が、クラーケンの身体を打ち上げる!
「ぐわぁぁぁぁぁっ!」
その狙いは、クラーケンをこの地下から叩き出すこと――狙い通り、クラーケンの身体は先ほどの崩落でできた穴から地上に放り出される。
「ちぃっ!」
それでも、易々と吹っ飛ばされたままでは終わらない。反撃に転じようと、クラーケンは空中で体勢を立て直し――
「させるかぁっ!」
そんな彼を、マスターコンボイの放った砲撃が吹き飛ばす!
「いた!?」
「ううん。
この辺りにはいないみたい」
一方、スバル達の戦っている場所とは反対側の街外れ――通信の途絶えたスバルとマスターコンボイの捜索に来ていたティアナは、合流し、尋ねるこなたにそう答える。
「スバルちゃんとマスターコンボイ、大丈夫かなぁ……?」
「この街に来ているのは確かなんです。
どこかに手がかりはきっとありますよ」
「それを探し出すのが、まず第一でござるな」
「面倒くさいけど、仕方ないよねー」
不安げにつぶやくつかさにキャロが答え、シャープエッジとアイゼンアンカーがそれに同意し――
「ランスター二等陸士」
上空に滞空していたジェットガンナーが声をかけてきた。
「街の反対側に魔力反応を確認。
マスターコンボイとナカジマ二等陸士のものと思われます」
「本当!?」
「いってみましょう!」
ジェットガンナーの言葉にエリオが声を上げ、みゆきが一同を促す形で移動を開始する――
「フッフッフッ……
あの二人め、ものの見事にヴァイスくんにケガさせてくれちゃって……
合流したらきっちりお説教してやるんだから、ククククク……」
後ろで黒い波動をまき散らしているあずさについては、できるだけ考えないようにしながら。
「オォォォォォッ!」
咆哮と共に4基の砲門を連射、クラーケンがスバル達を狙うが、
「そんなもので――」
「墜とされてたまるかぁっ!」
二人には通じない。あっさりと懐に飛び込まれて殴り飛ばされ、
「スバル!」
「はい!」
マスターコンボイの呼びかけに応じたスバルが着地と同時に魔力スフィアを形成。大地に叩きつけられたクラーケンに狙いを定める。
そして――
『ハイパー……ディバイン、テンペスト!』
放たれた魔力の渦が、クラーケンをさらに吹き飛ばす!
だが――
「なめ――るなぁっ!」
敵も負けてはいない。瘴魔獣将の意地か、クラーケンは全身から解放した瘴魔力によってディバインテンペストの魔力流を吹き飛ばす!
「なかなか威力だが――所詮はひよっこだった頃の技だな!
ハイパーゴッドオンして撃ってもこの程度――こんなもので、このオレを倒せると――」
「思っていないさ」
「――――――っ!?」
淡々と返ってきた答えに、クラーケンの背筋を寒気が走る――そんな彼の視界をさえぎっていた、ディバインテンペストで舞い上がった粉塵が晴れていき、
「だから――こうして追撃の体勢に入っていたんだが」
「ですよねー」
ハイパーゴッドオンによって高められた魔力を限界まで注ぎ込み、バチバチと紫電を走らせるオメガをかまえ、マスターコンボイとスバルがクラーケンに告げる。
「く――――――っ!」
直感的に危険を察知し、クラーケンが砲撃を放つ――が、すべてはすでに遅かった。
『ハイパー、エナジー、ヴォルテクス!』
〈Hyper Energy Vortex!〉
マスターコンボイとスバル、そしてオメガの咆哮が交錯、振り下ろされたオメガから放たれた“力”の渦が、クラーケンを直撃、吹き飛ばす!
「ぐぅ………………っ!
この……程度で……!」
しかし、クラーケンを墜とすにはまだ足りなかった。なんとか空中で体勢を立て直し、クラーケンは眼下のマスターコンボイをにらみつけ――
《そこまでです》
「ザイン様!?」
そこに待ったをかけたのはザインだった。
《成果としては上々です。
引き上げなさい》
「しかし……っ!」
《あなたは“憤怒”を司る……彼らへの怒りは、そのまま今後のための力に蓄えておきなさい》
「…………了解……しました……!」
改めて告げるザインにしぶしぶうなずき――クラーケンは転移の術式を展開、この場から離脱していった。
「スバル! マスターコンボイ!」
「よかった……二人とも無事だったんだ……」
ティアナ達が駆けつけてきたのは、クラーケンの撤退から数分後のことだった――真っ先に二人の下へ駆け寄り、ティアナとギンガが安堵の息をつく。
「でも……スバルさんと兄さん、ハイパーゴッドオンできたんですね」
「うん!
マスターコンボイさんも、ちゃんと名前で呼んでくれたしね!」
エリオのつぶやきにスバルが答え――その場の一同の視線がマスターコンボイに集まった。
「…………言いたいことはわかる。
わかるからそのニヤニヤ笑いをやめろ」
自分を見つめる生暖かい視線に若干こめかみを引きつらせつつ、マスターコンボイは努めて冷静にそう告げて――
「でも……」
そんな中、あずさは周囲の砂漠を見回して軽く首をかしげた。
「その瘴魔の……クラーケンだっけ?
ソイツはなんで、ここを守ってたのかな……?」
「ここに何かあるのかな……?」
今回の襲撃、それ自体がザインによる陽動だということを彼女達は知らない。あずさの言葉につかさもまた首をかしげ――
「まぁ、それについては隊長達に報告して判断をあおぎましょう」
パンパン、と手を叩き、告げるのはギンガだ。
「私達の役目はスバルとマスターコンボイを無事連れ帰ること――このことは、もう少しいろいろわかってから考えましょう」
「そうだね。
じやあ、帰ろっか♪」
ギンガの言葉にこなたがうなずき、一同は六課に戻ろうと準備を始める――そんな中、マスターコンボイはもう一度周囲の砂漠を見渡した。
(ギンガ・ナカジマ達はあぁ言うが……やはり引っかかる。
瘴魔め……こんなところで何をしていた……?)
「マスターコンボイさぁんっ!
早くしないと、置いて帰っちゃいますよーっ!」
「わかっている!」
声をかけてくるスバルに答え、マスターコンボイは思考を切り上げ、彼女らに追いつこうと歩調を速め――
「………………?」
そんな彼の視界が一瞬だけぼやけた。足を止め、眉をひそめる。
現在視界はクリアだ。もう異常は見られないが、確かにあの一瞬だけ――
「…………なんだ……?」
思わず疑問を口にするマスターコンボイだったが、そんな彼の疑問を解いてくれる者はなく――
〈みんな!〉
代わりに届けられたのは、はやてからの緊急通信だった。
〈急いでノイエ・アースラに戻って!〉
「どうした?
何かあったのか?」
〈い、いや……あった、って言えばあったんやけど……
ただ、直接ウチがからんでくる、って話やないんやけどね……〉
聞き返すマスターコンボイに応え、はやては戸惑いもあらわに彼に、そしてこの通信を受けている全員に告げた。
〈中将が……
レジアス中将が――〉
〈辞職したって!〉
スバル | 「やったーっ! ようやくマスターコンボイさんに名前を呼んでもらえたーっ!」 |
なのは | 「よかったね、スバル」 |
スバル | 「はいっ! ハイパーゴッドオンもできるようになったし、これからはバリバリがんばるぞーっ!」 |
なのは | 「そ、そうだね…… ………………私の退院、いつになるんだろう……」 |
スバル | 「あ……………… だ、大丈夫ですって! 今回の話の地の文で、退院間近だって書かれてたじゃないですかぁっ!」 |
なのは | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第94話『もうひとつの“親子”の形〜出陣、スタッグセイバー〜』に――」 |
二人 | 『ハイパー、ゴッド、オン!』 |
(初版:2010/01/09)