「理由は、地上本部の襲撃を許し、さらにはその崩壊を許したこと……」
 六課に突然もたらされた“レジアス辞職”の報せ――なのは以下まだ退院していない面々に配慮し、主要メンバーをホスピタルタートルのカンファレンスルームに集めたはやては、淡々とわかっている情報を一同に説明していく。
「ちなみに……今のところ誰とも面会できへんそうや。オーリス三佐ですらな。
 実質的な幽閉状態で居場所も明かされてない――対外的には“辞職”って扱いやけど、事実上の更迭やね」
「なるほどね……合点がいったわ」
 そのはやての言葉にうなずくのは霞澄だ。
「あの人は、確かに強硬路線が過ぎるところがあるけれど、事件に対する思い入れは人一倍強いタイプよ。
 そんな人が、解決していないうちから事件を投げ出すはずがないと思っていたけど……」
「あぁ。
 周りがムリヤリ辞めさせたようだな。
 居場所を明かさないことについては“マスコミ対策”としているようだが……痛い腹を探られたくない、というのが本音だろうな」
 霞澄の言葉にスターセイバーが肯定を示すと、ビッグコンボイははやてへと向き直り、
「しかし……どうする?
 レジアス中将がこの事件について重要な情報を握っていることは想像に難くない。その居場所を隠されてしまったとなると……」
「大丈夫」
 しかし、そのビッグコンボイの問いに、はやてはしっかりとうなずいてみせた。
「そのことについては、もうジャックプライムにお願いして、ツテを頼ってもらったから」
「ジャックプライムくんの……?」
「うん。
 父さん……ザラックコンボイにお願いして、ミッドチルダ・サイバトロンの公儀隠密局に動いてもらってる」
 なのはの問いにジャックプライムが答える一方で、イクトは何やらじっと考え込んでいる。その様子に気づき、フェイトは不思議そうに声をかけた。
「イクトさん……?
 何か気になることでも?」
「まぁ、な……
 とはいえ、こちらでもまだ考えがまとまっていない。話せないのはかんべんしてくれ」
 どこか釈然としない様子でフェイトに答え――イクトは胸中でつぶやいた。
(事件の重要な鍵を握ると思われるレジアス・ゲイズの更迭……
 六課が本格的に再始動しようとしている時にコレとは……オレ達の行動を警戒してのこと、と思うべきだろうが、あまりにもタイミングが良すぎる。
 あの男のことだから、間違いなく現場を離れることには反対したはずだろうからな。生半可な権力で更迭しようとしても、抵抗されてズルズルと先延ばしになるだけ……こんな理想的なタイミングでの更迭などあり得ない。
 なのに、それがなかった……ということは、あの男にはほとんど抵抗の余地はなかったと思っていい。
 つまり、この手を打ったヤツは、相当に権力の強い存在……それも、レジアスですら手も足も出ないほどに……)
 そう、たとえば――


(ミッドチルダ地上本部、最高評議会のような……)

 

 


 

第94話

もうひとつの“親子”の形
〜出陣、スタッグセイバー〜

 


 

 

 そんな真剣なやり取りが繰り広げられている頃、我らが“機動六課のコンボイ”殿はというと――
「…………ふむ」
 ノイエ・アースラの艦内庭園の一角、ちょうどいい太さの木の枝の上で、のんびりとマンガ本を読んでいた。
 と――
「あー、こんなところにいた!」
「………………?」
「もう、部屋にいないから探しちゃいましたよ」
 下から聞こえた声に、視線をそちらに向けると、そこにはスバルの姿があった。
「どうした? スバル」
「………………っ」
 何の抵抗もなくあっさりと名前で呼ばれた、うれしくて一瞬言葉に詰まるが、なんとか持ちこたえて呼びかける。
「ホスピタルタートルに行かなくていいんですか?
 レジアス中将の件で、話し合いしてるんですよ?」
「“話し合い”? どうせ八神はやての事情説明とそれをお題に憶測をぶつけ合うだけの場だろうが」
 しかし、マスターコンボイもあっさりとそう返してくる。
「今できるのは状況確認がせいぜいだ。後で出席したヤツから話を聞くだけで十分に目的は果たせる」
「それは、まぁ……そうですけど……」
 木の枝の上から目の前に飛び降りてきたマスターコンボイの言葉にため息をつく――もう何を言ってもムダだと判断し、話題を変えることにする。
「それで? 何読んでたんですか?」
「泉こなたから薦められたコミックだ」
「………………」
 推薦者の名前が挙がった瞬間、心当たりが一気に絞られた――そんなスバルに対し、マスターコンボイが問題のマンガ本を差し出してくる。

 ドラ○ンボー○。

(…………“自分達側”に引き込む気マンマンだなぁ……)
 自分好みの“萌え”に走ったものではなく、無難に地球で極めて有名なメガヒット作品、かつ根っからの戦士であるマスターコンボイの好みに合うものを持ってきたのはそういうことなのだろう。目的があからさまなこなたのチョイスには、さすがのスバルも苦笑するしかない。
「でも……それなら部屋で読めばいいじゃないですか。
 どうしてここで?」
「貴様らのせい……だな、究極的には。
 ヒューマンフォームでいる時間の方が長くなっているせいか、どうも感覚が貴様ら人間のそれに近づいているようだ」
「? ?? ???」
「……要するに、無機質な艦内の居室よりも自然のあるこの庭園の方が気が休まる、ということだ」
 首をかしげるスバルに対し、マスターコンボイはため息まじりにそう説明し――

「きゅくるーっ!」

「みゃあぁーっ!」

「…………コイツらさえいなければ、な」
 そんな彼らの元に飛び込んできたのは、この艦内庭園を根城にしているフリードやヴェル――毎度のごとくこちらを遠慮なく巻き込んだ追いかけっこに興じる彼らの突進を、マスターコンボイは冷静に回避し、
「バカめ! こちらも学習するんだよ!
 そうそう何度も踏み潰されてたまりゃぶっ!?」
「ぴぃ〜っ!」
「ぴぴぃ〜っ!」
 ウミとカイに踏みつぶされた。
「……学習、した?」
「………………やかましい」
 そして残されるのは難を逃れたスバルと哀れな被害者の亡骸――尋ねるスバルに、マスターコンボイは地面に突っ伏したままそう答えた。
 

 その日、マックスフリゲートは久々に休日的なムードに包まれていた。
 艦を巧みに擬装しつつ少しずつ移動を繰り返し、今のところ敵に発見された気配はなし。
 ノーヴェ達ナンバーズ離脱組の修行もジュンイチの「今やってる作業に専念したいから」という鶴の一声で休み。結果として自主トレに励むノーヴェ、ヴィヴィオにベッタリのディード、自室で昼寝にいそしむセインやホクト……といった具合に各々が久しぶりの休日をすごしていた。
 そしてウェンディも、レクルームのゲーム(アーケード筐体)でもやろうかと思っていたのだが――
「おーい、ウェンディ」
 ジュンイチが声をかけてきたのは、そんな時だった。
「何スか? ジュンイチ。
 今日は修行は休みにしたんじゃなかったっスか?」
「あー、まぁ、な」
 尋ねるウェンディに対し、ジュンイチは軽く肩をすくめ――告げた。
「あのさぁ、ウェンディ――」

 

 

 

 

「オレと付き合って欲しい」
 

「………………え……?」

 

 

 

 

「………………
 ……いや、わかっちゃいたんスよ。
 『どーせこういうオチだろうなー』って、予想やら理解やらを通り越して確信にまで至っていたっスよ……」
 現在いるのは、ジュンイチが空間湾曲によって森を“押し広げて”作った即席の“試験場”――ここに連れてこられてから1秒も経たずに真相を把握し、ウェンディは自らに言い聞かせるようにそうつぶやいた。
「ん? どうした?」
 そして、そんな彼女の苦悩の“元凶”はこちらの気も知らないでのん気なものだ。一瞬殴り倒してやりたくなるが、それで彼のこの“悪癖”が治るのならとっくに他の連中がタコ殴りにしているはずだと思いとどまる。
「で? 何をやらせるんスか?
 ってゆーか、私服のままなんスけど、着替えなくてもいいんスか?」
「あー、心配はいらん。
 ちゃんと持ってきてある」
 尋ねるウェンディに答え、ジュンイチが指さした先には、彼が“再構成リメイク”によって作った即席更衣室があった。
「…………着替えてくるっス」
 殺意すらわくほどに用意周到なその様子に、先ほどまでの高揚感がどんどん磨り減っていくのがわかる――あのドキドキを返してほしいと切に願いつつ、ウェンディは更衣室で手早く愛用の戦闘ジャケットに着替えてジュンイチの前に戻ってきた。
「休みにしたってのに悪いな。
 じゃ、さっそくコレ」
 言って、ジュンイチがウェンディに手渡したのは――
「…………魔力砲、っスか?」
 それは魔力を放つタイプのライフル銃だった。一瞬デバイスかと思ったが、よく見てみるとサポート系のシステムもついていない、ただ魔力を込めて撃ち放つだけのもの。ハッキリ言って“使用者の魔法行使をサポートする媒体”というデバイスの定義からは程遠いシロモノだ。
「思いっきり“力”込めてくれてかまわない――っつーかそうしてくれ」
「う、うん……わかったっス……」
 ジュンイチに言われ、ウェンディは渡されたライフルをかまえ、グリップを介して“力”を注ぎ込んでいく。
 それに伴い、ライフルの各所から光があふれ出し、その流れがライフルの中を伝った“力”が銃口へと集められていく動きを描き出す。
 そして、今まさにその光が放たれようとした、その瞬間――銃口がぐにゃりと垂れた。
「ひゃあっ!?」
 それはまさに“熔け落ちた”と表現するに相応しい光景だった。ウェンディの込めた“力”に耐え切れなかったそれは内部から熔けだし、驚く彼女の目の前で液状となって地面にボタボタと滴っていく。
 数秒の後には、グリップからやや先を境界線に、銃身はほぼ完全に熔解してしまっていた。
「………………あー、えっと……」
 どうやらこの銃のテストだったようだが、テストもしない内からものの見事に壊してしまった――バツが悪そうにジュンイチを見返すウェンディだったが、
「あー、いーよいーよ。気にしなくて」
 対し、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「元々お前の力に耐え切れないっつーのは想定の内だよ。
 オレが見たかったのはどういう風に耐えられなくなるかだから」
 言ってジュンイチはウェンディの手からライフル“だったもの”を取り上げ、
「うーん……イカれた原因は粒子加速システムかな?
 ……“力”の強さよりも発生した熱量にやられてるな、こりゃ……」
「ちょっ、熱量で、って……どれだけ粒子加速をかけたっスか。
 あたしの“力”、弾丸のままじゃ熱自体はそんなに出ないのに……」
「だから思いっきりやってみたんだよ」
 思わず口をはさむウェンディに、ジュンイチはあっさりと答えた。
「お前ら“光”属性の連中にとって、熱量はあくまで副産物に過ぎないからな。逆に開き直って、このサイズで詰めるので最高性能のヤツをドンッ、と積んでみたんだ」
「開き直りすぎっスよ……」
 ジュンイチの言葉に肩を落とし――ウェンディはふと気づいた。
「……って、属性?」
「あぁ。
 ほら、変換資質とか持たない普通の魔導師とかでも、風系が得意だったり水系が得意だったり、って、得意な魔法の系列があったりするじゃないか――あれは、みんなの魔力がそれぞれに属性を持ってるからなんだ。
 六課の面々を例に――変換資質持ちのフェイト、エリオ、シグナムを省いて分類するなら、スバルとギンガ、ヴィータが“風”、キャロとシャマルさんが“水”、ティアナとザッフィーが“地”、なのはが“光”ってところかな?
 あと、はやてとリインも凍結系だから“水”属性な」
「その“属性”が、あたし達にも……?」
「そゆこと。
 お前が“光”、ノーヴェが“風”、ディードが“地”、セインは言うまでもなく“水”……あ、ルーテシアも召喚師だから“水”だよ」
「ルーお嬢様か……」
 ジュンイチの言葉、最後に挙がった名前に息をつき――ウェンディはふと気づいた。ジュンイチへと視線を向け、尋ねる。
「そういえば……そのルーお嬢様、どこ行ったか知らないっスか?
 今朝から見かけた覚えがないんスけど」
「あぁ、出かけたよ」
 少なくとも彼の本意ではなかったのだろう。どこか物憂げな様子でジュンイチはそう答えた。
「用件は単なる買い物で……」
「………………?
 どうしたっスか?」
「あー、いや……」
 尋ねるウェンディの言葉に、ジュンイチは気まずそうに頬をかき、
「いや……用件だけ聞いて、行き先聞いてなかったなー、って……」
「普通用件より先にそっち聞くっスよね!?
 ジュンイチって、戦闘関係以外はけっこう凡ミス的なところで抜けてるっスよね?」
「いや、行く先聞いたら『買い物に行く』って答えてきたからさぁ……」
 ウェンディの言葉にバツが悪そうにそう答えるジュンイチだったが、
「まぁ、今からでも位置はつかめるからいいんだけどね」
 あわてていないのには理由があった。意識を集中させ、ルーテシアの“力”の位置を探る。
 「人間レーダー……」などとつぶやくウェンディの頭にゲンコツを落として黙らせつつ、ルーテシアの位置を捉え――
「ぬぁ………………っ!?」
 しかし、その場所はジュンイチの予想の斜め上を行っていた。彼女の位置を特定した瞬間、ジュンイチの顔から血の気が引いた。
「おいおい……
 あんにゃろ……いくら転送魔法があるからって、どこまで買い物に出てんだよ!?」
 

 そのルーテシアは、現在クラナガンのド真ん中にいた。
 とある百貨店の中、テナントとして入っている本屋で本棚とにらめっこしている。
 用件は何のことはない。ジュンイチに告げた通りただの買い物――彼女が読みたい本を買いにここへ来た、それだけの話である。
 マックスフリゲートにもそれなりに蔵書はあるが――いかんせん、その本を集めたのはあのジュンイチだ。趣味全開のものやら戦士として集めた戦術書やらメカニック系の技術本やら、そのジャンルは極めて偏ったものであり、彼女の好みとほとんど合致しなかったのだ。
 クラナガンまで出てきたのは、単に品揃えの問題――中途半端な街に行くよりも一番大きな街に出向いて選り取りみどり……というワケだ。
 結果としてその選択は大当たり。興味を引かれる本を多数確保。いつもと変わらぬ無表情の裏に確かに喜びをかみしめつつ、ルーテシアはレジへと向かい――
「………………?」
 それを見つけた。
 知り合い、というワケではないが、確かに知った顔――それが本棚を真剣に見つめているのを。
 

「うーん……」
 自分ではレジアスの一件で話し合うなのは達の中に入っても役に立てない――そう考えているのはマスターコンボイだけではなかった。思いもよらず降ってわいた手すき時間を利用して、つかさはクラナガン市内の本屋を訪れていた。
 目的の本を探して、それらの本がありそうなコーナーを真剣に物色し――
「………………?」
 不意に視線を感じて振り向くと、そこには直接の面識はないもののよく知った顔があった。不思議そうにこちらをじっと見つめている。
 名前は確か――
「ルーテシア……ちゃん……?」
 つぶやくように名を呼ぶつかさに対し、ルーテシアは彼女の見ていた棚を見て、
「…………ペット関係……?」
「あ…………うん。
 私、ついこないだ竜の子供を引き取ったんだけど……お世話、今のところキャロちゃんに頼りっぱなしだから。
 だから、自分でもできるように、いろいろと調べてみたくって……」
「竜…………」
 そのつかさの言葉に、ルーテシアはそうつぶやくなりクルリときびすを返した。
「あ、あの……?」
「竜をペットにする人は稀」
 思わず声をかけるつかさに、ルーテシアは淡々とそう答えた。
「詳しい飼い方を知らなくても、生態を把握すればある程度の対応はできるようになる。
 自然科学のコーナーで、竜の生態についての本を探す方がいい」
「え………………?」
 相変わらず感情の起伏の感じられない口調――しかし、自分にアドバイスしてくれているのはわかった。声を上げるつかさだが、そんな彼女にかまわずルーテシアは歩き出し――立ち止まった。つかさへと向き直り、告げる。
「……竜の種類を教えてくれなきゃ、どの本がいいのかわからない」
「………………うん!」
 

「……せめて、行き先を聞いてから許可を出すべきだった」
「あー……」
 マックスフリゲートの食堂――まさに「今後悔しています」と言わんばかりの表情で、ジュンイチは手の中の、ココアの注がれたMyカップへと視線を落とした。対面する席に座るウィンディなどは、そのプレッシャーを真っ向から受けて冷や汗ものだ。
 周りにはノーヴェ達やホクト、ガスケット、すずかやイレイン、ヴィヴィオにゆたかもいる――「助けて」と視線で訴えるが、それで救いの手が差し伸べられるはずもない。
 一応ゆたかが動こうとしてくれたようだが、「ムリをするな」とイレインが止めてくれた。余計なことをするなと言いたいが、視線をそらされアイコンタクトも届かない。
「あー……ジュンイチ?
 心配なのはよーくわかったっスから、とりあえず落ち着くっス」
「落ち着きたくてもできるかっつーの」
 救いの手をあきらめ、なんとかなだめようとするウェンディだったが、ジュンイチは口を尖らせてそう答える。
「だってクラナガンだぞ? 壊滅したとはいえ、地上本部のお膝元だぞ。
 機動六課のヤツらならともかく、他の一般部隊のヤツらに見つかったら、話がややこしくなるだけじゃねぇか」
 答えて、ジュンイチは思わず頭を抱え、
「あー、くそっ、『本を買いに行くだけだ』って言うから許可を出したのに……まさかクラナガンまで出向くなんて……」
 うめいたジュンイチがテーブルに突っ伏すことしばし――いきなり立ち上がり、
「よし、迎えに行k
「落ち着けこのバカ」
 迷うことなく後頭部に一撃――背後に忍び寄っていたイレインの回し蹴りを受け、ジュンイチはあっけなくその場に沈んだ。
「やれやれ……結局実力行使になるワケね」
「ホント、訓練以外、身内相手だととことんポンコツ化するよなー、コイツ」
 ため息をつくイレインに言いながら、ノーヴェは気絶したジュンイチの頬をツンツンとつついてみるが、
「まぁ……仕方ないッちゃあ、しかたないんだけどね」
「………………?」
 続くイレインの言葉を聞きつけ、セインは思わず眉をひそめた。
「どういうことだよ?
 まさかとは思うけど……ルーお嬢様とも“ワケあり”とかいうオチか?」
「その“まさか”なのよねぇ……
 “人間磁石”ならぬ“因縁磁石”とはよく言ったものだわ」
 セインの感じた予感はまさしく大当たり――答え、イレインは苦笑まじりに肩をすくめ、
「ジュンイチはね、ルーテシアの――」
 しかし、イレインがその先を告げようとした瞬間、艦内に警報が鳴り響いた。
 同時、イレインの目の前に状況を示すウィンドウが現れた。そこに記された“内容”は――
「瘴魔力反応を検知……場所は――クラナガン!?
 ジュンイチ!」
 それは、彼の本来専門とする“敵”が現れたことを知らせていた。声を上げ、イレインが振り向き――
「………………あ」
 そのジュンイチは、先ほどの自分の蹴りで撃沈されたままだった。
 

 しかし――仮にジュンイチが撃沈されていなかったとしても、彼らの対応は後手に回っていただろう。
 なぜなら――すでに問題の瘴魔は行動を開始していたのだから。
 

「ありがとうね。
 おかげで助かっちゃった」
「………………別に」
 あの後、ルーテシアの尽力によってヴェルの属する種について記された本を何とか見つけ出すことができた――ついでに相当に珍しい種だということもわかったが、だからこそ自然保護区にいたのだろうと納得しておく。
 ともあれ、今はちょうど会計を済ませてきたところ――礼を言うつかさに、ルーテシアはあくまで淡々とそう答える。
 そんなルーテシアの態度に感情を読み取れず、つかさはどうしたものかと首をかしげる――もっとすべき対応のある相手を前にしているのだが、残念ながらトランステクターの防御システムにまで反映されるほどの根っからの非戦闘主義を無意識に掲げるつかさが、目の前の少女を“要確保対象の重要参考人”として見られるはずもない。
 そのまま、つかさはルーテシアと連れ立って本屋を後にして――
「………………?」
 不意に、フロアの端の方が騒がしいのに気づいた。
 騒ぎは次第に自分達のいる方向にも伝播してきて、周囲の客達が騒ぎの根源の方へ走っていく――「クモ」だの「繭」だのという単語がその中で飛び交っているのを聞きつけ、ルーテシアは眉をひそめた。
 その脳裏に、最近になってた得た知識がよぎる――ほとんど確信に近い思いと共に、騒ぎの中心の方へと歩き出す。
「る、ルーちゃん!?」
「敵」
 一瞬つかさの「ルーちゃん」という呼び方に止まりかけたが、それよりも早く淡々と事実を伝える。
「敵!?」
「デパートの客がみんな騒ぎ出すような、でもパニックにならない程度の異常事態。
 ところどころで聞こえた『クモ』や『繭』っていう言葉……」
 つかさに説明しながら、ルーテシアは階下を見渡せる吹き抜けへとやってきた。
 吹き抜けの向こう側には、百貨店の外壁、道路沿いの面全体を使ったガラス壁――しかし、普段は目の前の道路やビル街を見渡せるそれはその向こう側を見通すことができない状態になっていた。
「わたし達は、その二つの条件を満たすものを知っている」
 それを見ながら、ルーテシアはつかさに告げた。
「……クモ型の瘴魔が現れて、この事態を引き起こした。
 みんなに恐怖を与えて、自分達の力にするために……」
 その言葉に、つかさは理解した。
 目の前のガラス壁を真っ白に塗りつぶしたそれが――ビルを完全に覆い尽くしたクモの糸なのだということを。
 

「どうして突入できないんですか!?」
「うかつなことができないからだ」
 この事態が瘴魔の手によるものだということはすぐにわかった。当然のように連絡を受け、出動可能なメンバーで現場に駆けつけたものの――現状ではそこから先に事態を進めることは難しかった。尋ねるスバルに、今回の現場指揮を執ることになったイクトは淡々とそう答えた。
「これを見ろ」
 言って、イクトはウィンドウを展開――せず、代わりに自らの“力”で擬似的なスクリーンを作り出し、そこに目的の情報を描き出した。機械音痴が故にウィンドウを扱えないがための苦肉の策である。
 それはともかく、そこに映し出されたのはビルのイメージ画像のようだ。まるでサーモグラフィーのような独特のグラデーションを見せるその画像は、全体が紫色に染まっている。
「これは……?」
「瘴魔力が、ビル全体を覆っているんだ――おそらく、あの糸によるものだろう。
 力自体は大したことはないのだが……あれが邪魔をする形となり、内部の様子がスキャンできないようだ。
 先ほどテスタロッサにも試してもらったが、内部への転移も阻害されているようだ」
「つまり……敵本体の位置も、中の人達の安否もわからない。
 仮に今から突入したとして……突入のために突破したところに人がいたら巻き込んでしまうことになる。
 突入しようにも、突入すべきポイントをしぼれないんだ」
 イクトの、そして彼の補佐についたフェイトの言葉に、スバル達は顔を見合わせ――
「ゴメン、お待たせ」
「どう? つかさと連絡ついた?」
 不在のつかさとの連絡を試みていたかがみが戻ってきた。尋ねるこなただが、彼女は力なく首を左右に振る。
「まったく……どこ行ってんのよ……?」
「根はマジメな子だから、連絡が届けば応答は返すと思う。
 となると、通信の電波とか魔力波とかが届かないところにいると思うんだけど……」
 うめくティアナにかがみが答え――二人は動きを止めた。
『まさか……』
 強烈な“イヤな予感”に襲われ、百貨店のビルを見る――そんな偶然が、とも思いたかったが、二人にはそれが単なる杞憂とは思えずに――

 その予感は、まさに正解だった。
 

 一連の異変を起こした張本人――それはビルの中、配管などの通された作業区画にその身を潜めていた。
 人間などよりも数段大きい、トランスフォーマーの身の丈ほどもある大グモである。
 それは、瘴魔獣の“なりそこない”とも言うべき下級瘴魔――しかし、それは己がまだ不完全な状態であることを認識するくらいの知能は持ち合わせていた。
 だから――力を得ることを優先する。
 それは静かに身を震わせ――その尻から次々の子グモを生み出し、ビル内に放っていった。
 

「結局、止められなかったか……」
 目の前には、家主がムリヤリ飛び出していったことを示す、蹴破られた扉の残骸――もう姿の見えないジュンイチの行動に、イレインは軽くため息をついた。
「まぁ、当事者がルーテシアじゃ、しょうがないか」
「そーいや、さっきそのことについて聞きそびれてたっけな?」
 そんなイレインのつぶやきに、口をはさんでくるのはセインだ。
「今度こそ説明してくれるか?
 ジュンイチと、ルーお嬢様の関係」
「そうね」
 そのセインの言葉にイレインは苦笑まじりにうなずき、告げた。
「ジュンイチはね……」
 

「あの子の“親”なのよ」
 

「…………あそこか……」
「みたいだな」
 機動六課が展開したものの、突入もできずに攻めあぐねている百貨店――その裏手に、彼らは静かに降り立った。
「どうする? 旦那」
「うかつな強行突入は危険か……」
 尋ねる相棒に、彼はつぶやき、考え込み――
「…………柾木であれば、こう言うだろうな。
 『だったら、うかつな突入をしなければいい』とな」
 苦笑まじりに槍をかまえ、ゼストはアギトにそう答えた。
 

「インゼクト……お願い」
 ルーテシアの言葉に、彼女の召喚したインゼクトが、廊下の向こうから襲いくる子グモ達に殺到――迫りくるそばからインゼクトの爪が貫き、斬り裂いていく。
 さらに――
「ルーちゃん、2階にも!」
「………………っ!」
 つかさは自分の腕輪型デバイス“ミラー”で百貨店の監視システムにアクセス。子グモの位置を捉えてルーテシアに伝える――互いに協力し、百貨店の吹き抜けを拠点にした二人は今のところ一般人に危害を及ぼすことなく迎撃することに成功していた。
 だが、問題もないワケではない。
「本体は……?」
「ご、ゴメン……
 監視システムには、まだ何も……」
 そう。大グモ瘴魔、その本体の位置がつかめないのだ――結果、襲ってくる子グモを迎撃するのが精一杯。ジリ貧の状況が続いていた。
「どうしよう、ルーちゃん……」
「叩き続けるしかない」
 思わず尋ねるつかさにルーテシアが答え――その瞬間、事態が動いた。
 突如、二人の前に“力”の渦が生まれたのだ。
 その反応は――
「転送、魔法……!?」
 気づいたルーテシアがつぶやく中、反応が収束し――
 

 出現したジュンイチが、解き放った炎で子グモ達を焼き払っていた。

 

「お、親、って……!?」
「そ。親」
 イレインの口から語られたジュンイチとルーテシアのつながり――驚き、声をしぼり出すセインに対し、イレインはあっさりとうなずいた。
「ルーちゃんも、パパの子供なの……?」
「そ、そうっスよ!
 ただでさえホクトやヴィヴィオがいるのに……その上まだいたんスか!?
 浮気者っス! 不誠実っス!」
「いや……その『浮気者』だの『不誠実』だのには全面的に同意するけど……」
 尋ねるホクトの言葉に乗っかるウェンディに、イレインは苦笑まじりにそう答え、
「まぁ……ホクトやヴィヴィオよりかは、ある意味つながり薄いんだけどね。
 でも、ある意味二人よりもつながりが濃くもある……」
「もったいつけてないで、さっさと説明してくれよ」
「はいはい。わかってるわよ」
 焦れて口をはさむのは案の定ノーヴェだ。「短気は損気よ」と肩をすくめ、イレインは簡単に事実を告げた。
「“名付け親”なのよ、アイツ」
「なづけ……おや?」
「直接の両親ではなくても、産まれた子供の名前をつけてあげた人物のことです」
 首をかしげるヴィヴィオにディードが答え、彼女は今度はイレインに尋ねる。
「では、ジュンイチさんが、ルーお嬢様の名前を……?」
「そういうこと。
 メガーヌさん、シングルマザーで旦那さんがいなくってね……最初は自分で名前を考えようとか思ってたらしいのよ。
 でも、それを見かねたのがクイントさん。何を思ったのか、ジュンイチをその相談役に抜擢して……ってワケ」
『あー……』
「………………そこであたしを見られたって、クイント・ナカジマが責められるワケでもねぇだろうが」
 イレインの解説に、一同の視線がノーヴェに集まる――この場で唯一当該人物の血を受け継いでいるが故だったが、彼女自身の言うとおり確かにノーヴェには何の関係もない話だ。
「けれど……それで納得しました。
 彼が、なぜドクターと同様に騎士ゼストやルーお嬢様を追っていたのか」
「単に、ゼストの旦那が昔の仲間だったから、ってだけじゃなかったんだな」
「そうね……」
 ともあれ、これで話が見えてきた――うなずくディードやセインの言葉に、イレインは優しげな笑みとともに告げた。
「アイツは守りたいのよ。
 あたしやあんた達、ホクトやヴィヴィオと同じように……昔の仲間であるゼストと、“娘”であるルーテシアを、ね……」
 

「じ、ジュンイチ、さん……!?」
「えっと……お前は確か……」
 突如現れ、自分達を救ったのは、あの地上本部壊滅の張本人――思わず声を上げるつかさに、ジュンイチは軽く首をかしげて自分の記憶を掘り起こし、
「……あー、そうだ! こなたの友達の!
 いやー、うちのこなたが世話になってるみたいで!」
「あ、えっと……」
 戦闘中だというのに、つい先ほど強烈な炎で子グモ達を蹴散らしたばかりだというのに、目の前のこの男はそんなそぶりをまったく見せないでいた。自分の手をとり、ブンブンと振ってあいさつしてくる彼に、つかさは戸惑うしかなくて――
「ジュンイチ……それどころじゃない」
 そんなジュンイチを制止したのはルーテシアだった。
「ジュンイチ。どうやってここに?」
「ンなの、まっすぐ飛び込んでこれないから、転送の術で突入してきただけだけど?」
「そうじゃない。
 ジュンイチ、自分の転送はできないんじゃ……」
「『できない』じゃない。『ヘタ』なんだ」
 ルーテシアの言葉に、ジュンイチはあっさりと答えた。
82回目にしてようやくの成功だ」
「………………」
 フォローの言葉が見つからないつかさだった。
「ま、それはともかく……確かに、まずは敵の一掃が先決だな」
 ともあれ、ジュンイチは事態の収拾に動く――ブレイカーブレスをかざし、“装重甲メタル・ブレスト”を装着する。
 そのままの流れで、液体金属でできた翼“ゴッドウィング”の形状を変化させる――ガトリング形態に変化したそれを両肩にセットし、ジュンイチは“装重甲メタル・ブレスト”のバイザーを下ろした。
 そこに表示されたターゲットサイトが、ビル内部の状況を映し出す――その中に追加された瘴魔力の反応に、次々に照準が合わせられていく。
「ターゲット、マルチロック――オールグリーン!
 ガトリング――フルバースト!」
 咆哮と同時、引き金を引く――両肩のガトリングら無数の“力”の弾丸が放たれ、ビル内を疾走。逃げ惑う人々や彼らを守るインゼクトらを避け、子グモ達を正確に撃ち抜き、破壊していく。
「よし、大掃除完了っ!
 後は本体だな――」

「その必要はない」

 言いかけたジュンイチの言葉を留めたのは、まったくの第三者の言葉だった――身がまえるジュンイチの目の前を、巨大な影が駆け抜けていく。
 自分達の間を飛ばされ、床に叩きつけられたのは、今まさにジュンイチが探しに行こうとしていたクモ瘴魔の本体。そして――
「すでに見つけて、ある程度叩かせてもらった」
「ゼストのオッサン!?」
 現れたのはアギトを伴ったゼストだった。驚くジュンイチに対し、静かにうなずいてみせる。
「ゼスト、アギト……」
「ルールー!
 心配したんだぞ、こいつっ!」
 声を上げるルーテシアに飛びつくのはアギトだ。久しぶりの再会を喜ぶその姿に顔をほころばせるジュンイチだったが、
「ま、あとは、コイツを叩くだけ、か……」
 意外な人物の登場はあったものの、これで事件の解決は目前だ。気を取り直し、ジュンイチが右手に炎を生み出し――
「待って」
 それを止めたのはルーテシアだった。
「私達にやらせて」
「ルーテシア……?」
「いつまでも、頼ってばかりはいられないから……」
 聞き返すゼストに答え、ルーテシアはアスクレピオスに、そこに宿る相棒に声をかける。
「ガリュー……お願い」
 その言葉に答え、彼女の最も信頼する召喚虫が漆黒の光球の姿で現れた。続けて、ルーテシアが呼びかけるのは――
「召喚……シザースタッグ」
 その言葉に伴い、召喚魔法陣が展開。その中から出現するのは純白のクワガタムシ型の機動メカだ。
「ミッション、オブジェクトコントロール――ガリュー・in・シザースタッグ」
 ルーテシアの指示に従い、ガリューはシザースタッグの中へと飛び込んでいく――とたん、シザースタッグのシステムが起動した。カメラアイを真紅に染め、ゆっくりと起き上がる。
「スタッグセイバー、トランスフォーム」
 そう告げるルーテシアの言葉に、ガリューがシザースタッグをトランスフォームさせる――ロボットモードとなり、ルーテシアを守るようにクモ瘴魔の前に立ちふさがる。
 そんなガリューに向け、体勢を立て直したクモ瘴魔が襲いかかるが、
「………………っ!」
 ガリューはあっさりとその突進をかいくぐった。背後に回り込んで蹴り飛ばすとクワガタのハサミ――両肩のスタッグセイバーをかまえ、一方の4本の足をまとめて叩き斬る。
 さらに――
「クロムビートル、地雷王」
 ルーテシアの召喚した二大重量級戦力が体当たりを刊行。クモ瘴魔をビルの外へと叩き出す。
「ガリュー、トドメ」
 そのまま、ガリューに追撃を指示するルーテシアだったが――
「はーい、そこまで」
 それを止めたのはジュンイチだった。
「張り切ってるところを悪いが、お前の……いや、オレ達の出番はここまでだ。
 外まで出て行って、管理局の前に姿をさらしたくないし、さらしてほしくもない」
 そう言いながら――ジュンイチは傍らで無視されていたつかさの首根っこをつかまえた。
「え………………?」
「せーのっ♪」
 いきなり何をするのか――戸惑うつかさにかまわずジュンイチは振りかぶり、
「じゅんちゃ〜ん、すろぉいんぐぅっ!」
「ぅひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 そのまま、大グモの飛び出していった穴からつかさを放り出す!
「な、何してんのさお前ぇぇぇぇぇっ!?」
「心配ならいらねぇよ」
 思わず声を上げたアギトだったが、ジュンイチはあっさりと答え――
「ちゃんと、回収班がいるのも織り込み済みだ♪」
 そう告げるジュンイチの視線の先で、飛来したジェットガンナーがつかさを空中でキャッチするのが見えた。
 

「つかさ、大丈夫!?」
「う、うん……なんとか……」
 手の中には、最近新たに親友となった少女の妹――ジェットガンナーにハイパーゴッドオン、彼女を救出したティアナの問いに、つかさは目を回しながらもなんとか答える。
「にしても、一体誰にやられたの?
 まさか、中にまだ敵が?」
「ううん、敵じゃなくて、ジュンイチさんが……!」
「はぁ!?
 ジュンイチさんが、あの中に!?」
 答えるつかさの言葉にティアナが声を上げ――そんな彼女の眼下で、クモ瘴魔がゆっくりと身を起こした。
「ったく、そのことは後にするしかないか……!」
 この事件の鍵を握っているはずのジュンイチがここに現れたことも気にかかるが、今は瘴魔獣への対処が先決だ。うめきつつ、ティアナはつかさを抱えたまま後退する。
 当然、クモ瘴魔もその後を追い――

『行かせないっ!』

 スバルとマスターコンボイ、そしてこなた――ハイパーゴッドオンした3人にブッ飛ばされた。スバル達の拳、こなたの蹴りを受けて宙を舞う。
「マスターコンボイさん、こなた!」
「おぅ!」
「ま、オーバーキルな気もするけどねー」
 そして、スバルの号令で追撃――再度拳と蹴りにはさみ込まれ、クモ瘴魔の巨体は今度こそあっけなく砕け散った。
「『オーバーキル』云々を言うなら、そもそも下級瘴魔を相手にハイパーゴッドオンまでする必要はあったのか?」
「ま、その辺はあたし達自身の練習を兼ねて……ってことで♪」
 攻めあぐねたのも馬鹿らしく思えてくるようなあっけない幕切れ――尋ねるマスターコンボイに対し、こなたは軽く肩をすくめる。
 そんな彼女に、マスターコンボイはため息をつき――

 ふらついた。

「………………?」
 わずかだが、いきなりバランスが崩れた――なんとか踏みとどまり、自身の状態を確かめるマスターコンボイだったが、システムスキャンの結果、特に異常は見られない。
「何だ……?」
「マスターコンボイさん……?」
 自分の“中”からスバルが尋ねるが――それは同時に、彼女が今の異変に気づいていないことを示していた。その問いに明確な答えを返せず、マスターコンボイはただ眉をひそめるしかなかった。
 

「ルーテシア……探したぞ」
「無事でよかったよ、ルールー!」
「ゼスト……アギト……」
 一方、ジュンイチ達はすでに百貨店から撤収――人気のない裏路地で、ゼストとアギトは改めてルーテシアと対面していた。
「柾木……よくルーテシアを守ってくれた」
「一応、それなりの“理由”がありますからねー、オレは」
 ゼストからの謝辞に肩をすくめてそう答え――ジュンイチは彼に聞き返した。
「ンなことより……やっぱ、まだ続けるつもりか?」
「当然だ。
 レジアスともう一度会い、事の真相を確かめるまで、オレは止まるワケにはいかん」
「そのレジアスが更迭された後でもか?」
「無論だ」
 ジュンイチの問いに答え、ゼストはクルリときびすを返し、
「柾木。ルーテシアのことを、頼んだぞ」
「え? あ、おい、旦那!?」
 ルーテシアと行動を共にしないのか――思わず声を上げるアギトだが、ゼストが再び振り向くことはない。
 自分はどうしたものかと、アギトはその後ろ姿とルーテシアを交互に見つめ――
「…………アギト。
 ゼストをお願い」
「ルールー……」
 アギトに道を示したのはルーテシアだった。それでもなおのしばし逡巡した後、アギトはゼストの元へと飛んでいく。
「やれやれ……ルーテシアの気配を感じてここに来たんだろうに、意地張っちまってまぁ……
 ……とりあえず、オレ達も帰るか」
「うん」
 そして、ジュンイチとルーテシアも帰途につく――最後にチラリと視線だけを背後に向け、ジュンイチは胸中でつぶやいた。
(オッサン……オレの読みでは、あんたの身体はもう……
 それとも、あんたの読みは違うのか……?)
 その問いに答えられる者はすでにこちらに背を向けた。返ってこない答えに、ジュンイチはどこか自嘲気味にため息をつくのだった。


次回予告
 
セイン 「またジュンイチの“娘”が増えやがったな……」
ノーヴェ 「ホクトにヴィヴィオ、でもって今度はルーお嬢様……」
ウェンディ 「なんか“次”がありそうで恐いっスねー。
 たとえば……チンク姉とか」
ジュンイチ 「(外見的に)違和感なさ過ぎるのが逆に恐いんですけど!?」
ウェンディ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第95話『歪みゆく生命いのち〜爆走、激走、大暴走!〜』に――」
4人 『ハイパー、ゴッド、オン!』

 

(初版:2010/01/16)