「なんで……どうして!?」
信じたくない――呼びかけるウェンディだが、相手はそんなことで手を引くつもりはなかった。
「ウソ……ですよね……!?」
つぶやくディードだが、彼女もこれが現実だと理解していた。その声は弱々しく力はない。
「本気……なんだね……!」
「…………あぁ」
セインの問いかけに、ようやく答えが返ってきた。
「今のお前達は、もはや害悪以外の何モノでもない。
その“害”が手遅れにならないうちに――」
そう告げて――
「働け、お前ら」
事前に考えてきた、それぞれの家事の割り振りを記したメモを片手に、ジュンイチはセイン達に対してそう告げた。
第95話
歪みゆく生命
〜爆走、激走、大暴走!〜
さて、マックスフリゲートでジュンイチがごくつぶしどもに仕事を割り振っていた、ちょうどその頃――
(先日の瘴魔は自然発生体、か……)
事態が停滞し、特にすることもない昼下がり――ノイエ・アースラの艦内庭園、そこに植えられた木の枝の上で、マスターコンボイは先日の事件で戦ったクモ型瘴魔についての詳細なデータに目を通していた。
(本来第108管理外世界でしか自然発生しないはずの瘴魔の自然発生……
炎皇寺往人の見解は、今まで倒した瘴魔獣の“力”の残滓により、クラナガン全域で瘴魔力が微弱に漂っているのが原因とのことだが……)
「あー、やっぱりここにいた!」
「ん………………?」
そんなマスターコンボイの思考をさえぎったのは、やってきたスバルの声だった。
見れば、彼女だけでなくこなたの姿もあり――とりあえず用件を尋ねる。
「何の用だ?」
「いや……大した用じゃ、ないんですけど……」
「そろそろお昼だから、一緒にご飯、どうかな? って」
「ふむ……」
「って言うか……」
二人の回答にうなずくマスターコンボイに対し、今度はスバルが彼に問いかけた。
「マスターコンボイさんこそ、どうしてここに?
だって、ここにくるたびにフリード達が遊んでるのに巻き込まれてるのに……」
「以前にも答えただろう。
ヤツらの存在にさえ目をつぶれば、ここは非常に居心地がいい」
そう答え、マスターコンボイは自分の座る枝をポンポンッ、と叩き、
「それに……こうして木の上にいれば、連中の追いかけっこに巻き込まれる心配もないからな」
「ふーん……」
そんなマスターコンボイの言葉に、こなたはサラッと一言。
「それって……言い方変えれば“逃げた”んだよね?」
「………………」
そそくさと木から降りてきた。
「誰が逃げるものか。
オレくらいになれば、あんなチビどもの一匹や二匹……」
「とか言いながら連敗中」
「やかましいっ!」
言い返すと同時に手が出るが、小学生とほとんど変わらない子供の姿では、似たようなものとはいえそれでも体格で勝る彼女には届かない。こなたはヒラリ、と拳をかわして距離を取る。
「だが……確かに連敗は事実、か……
こうなったら、炎皇寺を連れてきて……」
「デコイにでもするつもりですか……?」
問答無用で敵視されるほど動物に嫌われる体質のイクトを連れてくれば、きっとフリード達の矛先は彼に向くだろう、とでも考えていたのだろう。本気で実行に移そうとしていたのか、すぐさま通信回線を開こうと動いたマスターコンボイに、スバルはため息まじりにツッコミを入れ――
ドサリ、と背後で音がした。
まるで、何かが庭園の地面に落下した――否、“倒れ込んだ”かのようなその音に、スバルとマスターコンボイは思わず顔を見合わせて――
「ヴェル!?」
上がった悲鳴が事態の深刻さを物語っていた。振り向いた二人の視線の先で、つかさが地面に倒れ込んだヴェルへと駆け寄っていく。
対するヴェルは実に苦しそうだ。分厚い体皮にじっとりと脂汗を浮かべ、苦しそうに息を吐いている。
「ヴェル!
しっかりして、ヴェル!」
「待て。
倒れた際に頭を打っている可能性がある――うかつに動かすんじゃない」
あわててヴェルを揺り起こそうとするつかさを制止すると、マスターコンボイはスバルへと向き直り、
「スバル、コイツはオレが運ぶ。
貴様は医務室に先行し、医務室の主と二人で受け入れ準備だ」
「は、はい!」
「シャマル先生!」
そして、ヴェルを運び込んだノイエ・アースラの医務室――出てきたシャマルに、廊下で待っていたつかさはあわてて駆け寄った。
周りには居合わせたスバル達やマスターコンボイはもちろん、報せを聞いた六課の主だったメンバーがヴェルの身を案じて集まってきている。
「ヴェルの具合はどうなんですか!?」
「ハッキリ言って……悪いわね」
希望を持たせてもしょうがない――尋ねるつかさに、シャマルは力なく首を左右に振った。
「これを見て」
言って、展開されたウィンドウにシャマルが表示したのはヴェルの体内のスキャン画像である。
だが――
「何…………?
この、黒い塊……!?」
そう。
つかさの指摘したとおり、ヴェルの体内をスキャンした結果、そこにいくつもの黒い影が確認されていた。
一体これは何なのか――そんな疑問を抱く一同に、シャマルは真剣な表情で答えた。
「金属よ」
「金属、って……鉄とか、銅とか?」
「そう。
今、ヴェルは身体の中で、あちこちが金属化してる……」
聞き返すかがみにうなずくシャマルだが、おかげで疑問はますます深まった。
「せやけど……なんでヴェルの身体にそないな変化が?」
「そこまでは……すみません」
尋ねるはやてに答え、シャマルは気を取り直して続けた。
「今、イクトさんとフェイトさんが“心当たり”に話を聞きに行っています。
スキャンの結果のデータもバルディッシュに送ったし……今はその結果待ち、といったところですね」
「………………」
そのシャマルの言葉に、つかさは不安もあらわに医務室へと足を踏み入れた。
トランスフォーマーも治療できるように広めに作られた室内の一角、本来は人間の患者が眠るベッドに横たわる四足の地竜の頬をそっとなでてやる。
「ヴェル…………!
お願い……元気になって……!」
「ヘクトル・マディガン……だな?」
時空管理局の拘置所のひとつ――その面会室で静かに名前を確認するイクトに対し、目の前の男は軽く肩をすくめることで肯定を示した。
ヘクトル・マディガン――生物兵器の開発実験のため、スプールス自然保護区で密猟者を雇って暗躍していた次元犯罪者である。
護衛にノイズメイズ達を雇ったことがきっかけで機動六課の介入を許し、こうして逮捕され、拘置所にぶち込まれているのだが――
「キミ達の部隊が逮捕した相手とはいえ、私とキミ達との間には接点なんてなかったはずなんだがね。
正直、私に会いにくる理由が思い当たらないんだが?」
「貴様にはなくてもこちらにはあるんだ」
ヘクトルの問いに答えると、イクトは淡々と本題に入った。
「ヘクトル・マディガン――貴様のしたことを話せ。
貴様――ヴェルファイアに何をした?」
「ヴェルファイア?」
「あなたの雇っていたノイズメイズ達が殺した地竜――その生き残りの子供です」
聞き返すヘクトルに答えたのはフェイトである。
「一時期、あなたのところにいたと聞きました。
あの子にも、何かしたんじゃないんですか?」
「何か、と言われてもねぇ……
症状は? 生死は? 情報も何もナシじゃ、私だって答えようがないよ」
あっさりと返されて顔をしかめるが――確かに情報がなければ相手も答えようがない。フェイトは素直にバルディッシュからデータを読み出し、ヘクトルの前に展開したウィンドウに表示する。
「ふむ……身体が内部から金属化、ねぇ……
別にあの子竜に機械部品を埋め込んだような覚えはないし、仮に埋め込んでいたとしても、私の“作品”にはそんな身体の機械化を進めるようなシロモノはないんだが……
…………いや、待て。
ひょっとして“アレ”か……?」
「心当たりがあるのか!?」
思わず身を乗り出して尋ねるイクトに、ヘクトルはうなずいてみせた。
「キミ達も、トランスフォーマーがどういう存在かは知っているだろう?
ロボットであり、生命体でもある。機械であり、肉体でもある。修理によって傷を癒し、代謝によって成長する。
無機であり、有機……どちらでもない中間点に、彼らという種は存在している」
「前置きはいい。本題を話せ」
「その“本題”のための予備知識だよ、これは。
つまり、だ。彼らの身体を構成しているのは、無機物、すなわち金属でありながら有機生命体の特徴も兼ね備えている、ということだ。
わかりやすく言い方を変えれば――彼らはロボット生命体でありながら、我々有機生命体と何ら変わりはしないということさ。
まぁ、つまり何をしたかというと――」
「埋め込んだのさ。
トランスフォーマーの、金属細胞をね」
「機械でありながら生命体でもあるトランスフォーマーの細胞は、金属でありながら生命体のそれと変わらない。
ならば、それが有機生命体の肉体にどれだけ適合できるものなのか……それを確かめるために、ヤツの身体に移殖してみたんだ」
「貴様…………っ!」
「おっと。そう恐い顔をしないでくれたまえ。
移植したと言ってもほんのわずか。適合できなければ栄養の補給もされずに死滅するだけ――その程度さ。
もっとも……その予測の正反対の結果になっているようだがね」
「適合できた場合のことは考えなかったんですか!?」
「はっはっはっ、何を言っているんだい。
その“適合できたらどうなるのか”が知りたかったんじゃないか」
フェイトの問いに対しあっさりと答えるヘクトルに軽く殺意が芽生えるが、グッとこらえてイクトは先を促す。
「それで?
貴様がその結果を見届けたにしては、保護した時のアイツはまったくもって“普通”だったが」
「そう。“普通”だったはずだよ。
移植したはいいけど、ちっとも変化が見られなくてね。細胞が死滅したんだろうと見限って放り出したんだけど……いやはや、今頃になって変化が始まるとはね。
これは興味深い。ゾクゾクするよ」
「何をのん気なことを……!」
「待て、テスタロッサ」
激昂しかけたフェイトを制し、改めてイクトがヘクトルに尋ねる。
「それで……今後はどうなる?
だいたいの予測くらいは立てられるだろう」
「変化自体はもう止められないだろうね。増殖が始まったということは、細胞が完全にあの子の身体に根づいたということだから」
あっさりとヘクトルは答えた。
「問題は変化のスピードだね。
あの子の命を左右する要素があるとすれば、身体の変化による負担と、“置き換えられた”臓器が身体になじむまでの、稼働時間の空白だ。
だから、変化が早ければその負荷も最低限に留まり、遅ければ、負担による体力の低下、そしてそれ以上に臓器の機能停止によって命が危険にさらされる」
そのヘクトルの言葉が意味するところは明白だった。苦々しく、うめくようにフェイトが結論を口にした。
「つまり……」
「ヴェルは、少なくとももう二度と、元には戻れない……!」
「テスタロッサちゃん、何かつかんでくれればいいけど……」
「そうですね……」
一方、ノイエ・アースラ――シャマルと鈴香の力をもってしても、何も情報のない状態ではヴェルの変化をただ指をくわえてみているしかなかった。それぞれにヴェルの体調を示すデータを見つめながら口々につぶやく。
「それに、心配なのは……」
「つかささん、ですね……」
ヴェルの“状態”を知らされ、その場に崩れ落ちた様子が脳裏にこびりついて離れない――今はかがみに介抱されているはずのつかさのことを思い出した鈴香の言葉に、シャマルも沈痛な面持ちで同意する。
と、その時――突然、ヴェルに取りつけたバイタル計測用の機器が次々にアラームを鳴らし始めた。
「な、何!?」
「生命エネルギー反応、急速増大……!?」
いきなりのことに戸惑いながらも、二人が状況を確認しようと動く――が、答えは二人が確認するよりも、事態の変化によって示された。
二人の目の前で、ヴェルの身体から“力”がほとばしる――それは激しく渦を巻いてヴェルの姿を二人の目から覆い隠した。
そのまま、渦は規模を拡大。周りの治療機器を吹き飛ばしながら広がり――数秒の後に吹き飛んだ。
――否。“吹き飛ばされた”。
数秒の間に、数メートルもの巨体の、自らの種の成体に近い姿に成長した――
全身が金属生命体と化したヴェル自身によって。
「ヴェル……大丈夫かなぁ……?」
「だ、大丈夫っスよ、柊先輩!」
「きっと、シャマル先生や鈴香さんがなんとかしてくれます!」
一方、ノイエ・アースラのレクルーム――不安げにつぶやくつかさに対し、ひよりやキャロはそう励ましの言葉を投げかける。
「でも……やっぱり心配よね。
状況からして、あの時あんた達が捕まえたって言うクサレ科学者が何かしてたってのが濃厚なんだろうけど……」
「フェイトさん達の取り調べ待ち、か……」
「待つしかないのは、辛いですね……」
他の面々もその表情は重い。ティアナの言葉にかがみやみゆきが沈痛な面持ちでうなずく。
と、その時――
『――――――っ!』
スバル、こなた、そしてマスターコンボイ――3人が同時に顔を上げた。
3人が3人とも、その表情には緊張が色濃く出ている。どうしたのかと声をかけようとして――ティアナは気づいた。
自分達の中で真っ先にハイパーゴッドオンを習得したこの3人が、最近になって会得した共通のスキル――
「何か、感じたの!?」
それは、魔力、スパーク、精霊力を問わず相手の“力”を感じ取る、気配探知の上位スキル――尋ねるティアナに、スバルは真剣な表情でうなずいてみせる。
「とんでもなく大きいパワーが、それも突然……」
「近いぞ……! 艦内にいる!」
「ってゆーか、この方向って……」
まだ習得したてで精度は低いが、それでもある程度の捕捉には成功した。反応のあった位置を特定し――3人の顔から改めて血の気が引いた。
なぜなら、その場所とは――
『医務室だ!』
『――――――っ!』
よりによって、自分達が今一番気にかけている場所とは。3人の言葉に、それを聞いた一同が思わず立ち上がり――
次の瞬間、ノイエ・アースラを衝撃が揺らした。
「シャマル!」
「何かあったのか!?」
事態を知り、真っ先に駆けつけたのは、レクルームよりも医務室に近い格納庫にいたシグナムとスターセイバーだった。あわてて医務室の中に駆け込み、状況を確認――
「な………………っ!?」
「これは……!?」
確認するまでもなかった。
何しろ、医務室が半分、甲板側がきれいサッパリ吹き飛んでいたのだから。
そして、無事だった部分に倒れているのはここで自らの役目を果たそうとしていた二人――
「シャマル! 水隠女史!」
「二人とも、何があった!?」
駆け寄り、シャマルを助け起こしたシグナムが鈴香をすくい上げたスターセイバーと共に尋ねるが、
「ヴェルちゃんの症状が、一気に進行して……!」
「巨大化した挙句、飛び出していっちゃって……!」
返ってきた答えは最悪に近かった。
「うん、わかった。
私達もすぐに戻るよ」
異変はすぐにはやてに報告され、そのはやてからフェイトの元へ届けられた。序列的に上(師)であるイクトに報告するのが指揮系統的には正しいが、機械音痴のイクトに通信の応答などハナから期待はしていない。
ともあれ、はやてにそう答えたフェイトは通信を切り、
「イクトさん」
「わかっている。
駐車場のジャックプライムと合流して、すぐに向かおう」
告げるフェイトにイクトが答えた、その時――
「フェイト・T・高町」
不意に、ヘクトルがフェイトを呼び止めた。
「キミの事は、ウワサ程度には聞いている。
あのプレシア・テスタロッサが生み出した、“プロジェクトF”の成功体……
確か、キミの保護している子供にも、同じ境遇の子供がいたはずだね?」
「…………だから、何だと言うんですか?」
応じるフェイトの声色は、いつもの彼女からは信じられないほどに冷たく、鋭いものだった。自分でもそれは自覚できていたが、自分にとってもっとも深いところに触れられたフェイトにはそれを制することはできなかった。
「生まれはどうあれ、私達はちゃんと――」
「生きてる」
しかし、そんなフェイトの言葉を、ヘクトルは満足げにそうさえぎった。
「私が言いたいのはまさにそこだ。
生まれがどういう形であろうと、キミ達はこうして生きている。自らの意志でね」
「………………?
何が言いたい?」
「命の力だ」
フェイトに代わり尋ねるイクトに答え、ヘクトルは続ける。
「生まれ方など関係ない。
ちゃんとした肉体を与えてやることができれば、多少の生まれの違いなど容易に跳ね返し“生”をつかむ――命の力とはそれほどまでに力強く、素晴らしい。
だからこそ、我々生命工学者は“命”というものに焦がれるのだよ」
どこか恍惚としたヘクトルの言葉にフェイトが眉をひそめる――が、不意にそんなヘクトルの視線が彼女へと向いた。突然注視され、戸惑うフェイトに告げる。
「これは、“命”を扱う者としての、せめてもの忠告だ――」
「生命の“生きよう”とする力を、甘く見ない方がいい」
「オォォォォォンッ!」
今朝までの彼の面影をまったく残さない、重厚な咆哮と共に、巨大化し暴走するヴェルはミッドチルダ郊外の森を駆け抜けていく。
が――
「そこまでなんだな!」
そんな彼の前に立ちふさがる者がいた。
「ここから先は行かせないんだな!」
「我々の言葉が理解できるなら止まれ、ヴェルファイア!」
アームバレットとシグナルランサーだ。口々に告げるが、ヴェルが足を止める気配はない。
「聞く耳持たず、か……
こちらの言葉がわからないのか、聞こえないほどの暴走状態なのか……おそらくは後者か……」
「だったら、仕方ないんだな!」
うめくシグナルランサーに答え、アームバレットは一気にヴェルに向かって地を蹴った。
「この一発で、目ェ覚ますんだな!」
咆哮と共に、アームバレットがヴェルへと拳を叩きつけ――
「のわぁぁぁぁぁっ!?」
逆にあっけなく吹っ飛ばされていた。
「晩ごはんまでには戻りまぁ〜〜〜〜〜すっ!」
「アームバレット!
あぁ、もうっ! 毎度の事ながら!」
そして、久しぶりに“お空の星”に――あっけなく退場した同僚に舌打ちしつつ、愛用の槍を繰り出すシグナルランサーだったが、やはりヴェルのパワーの前には通用せず、弾き飛ばされてしまう。
そのまま、大地に叩きつけられたシグナルランサーには目もくれず、ヴェルはその場を走り去り――
「待ちなさい!」
そんな彼の前に、かがみを先頭に機動六課フォワードチーム、並びにカイザーズの面々が立ちふさがった。
「ヴェル、もうやめて!」
「止まって、ヴェル!」
「オォォォォォンッ!」
止まってくれと呼びかけるつかさやキャロだったが、飼い主である彼女の言葉すら、今のヴェルには届きはしない。
「つかさ達の説得でもダメ、か……!
仕方ないわ。ちょっと乱暴になるけど、力ずくで取り押さえるわよ!」
「で、でも……!」
「今の暴走状態のヴェルが、万が一街にでも駆け込んでみなさい!
どうなるかわかるでしょうが!」
ティアナの提案に思わずつかさが反対の声を上げるが、そんな彼女にティアナは鋭く言い放つ。
と――
「なかなか、おもしろいことになっているようだな」
「何………………?」
頭上から、この場にいないはずの人物の声――思わずジェットガンナーが見上げた先に、ブレインジャッカーは静かに舞い降りてきた。
「久々に顔を出してみればコレか。
貴様らもよくよく騒動と縁がある」
「好きでやってるワケじゃないよ」
ブレインジャッカーの言葉に答え、あずさは軽く息をつき、
「けど……助かるよ、そのご都合主義も真っ青のナイスタイミング!
みんな、合体するよ!」
『了解!』
『マスターコンボイ!』
スバルとマスターコンボイの咆哮が響き、二人は頭上へと大きく跳躍し、
「カイザーコンボイ!」
こなたはゴッドオンしたままカイザージェットへとトランスフォーム。上空へと跳んだスバル達を背中に乗せ、一気に上空へと急上昇していく。
そして、二人は上空の雲海の上まで上昇し、
『ハイパー、ゴッドリンク!』
宣言と同時、カイザージェットが複数のパーツに分離。それぞれのパーツが空中に放り出されたマスターコンボイの周囲へと飛翔する。
最初に変形を始めたのはカイザーコンボイの両足だ。大腿部をスライド式に内部へ収納。つま先を下方にたたんだマスターコンボイの両脚に連結するように合体。より大きな両足を形成する。
続いて左右に分離し、マスターコンボイの両側に配置されたカイザーコンボイのボディが変形。両腕を側面に固定すると断面部のシャッターが開き、口を開けた内部の空間にマスターコンボイの両腕を収めるように合体。内部に収められていた新たな拳がせり出し、両腕の合体が完了する。
カイザージェットの機首と翼からなるカイザーコンボイのバックパックはそのままマスターコンボイのバックパックに重なるように合体。折りたたまれていたその翼が大きく展開される。
最後にバックパック、カイザージェットの機首の根元部分に収納されていた新たなヘッドギアがマスターコンボイの頭部に装着。各システムが起動し、新たな姿となった3人が高らかに名乗りを上げる。
『カイザー、マスター、コンボイ!』
『トリプルライナー!』
かがみ、つかさ、みゆき――
『グラップライナー』
そして、ひよりとみなみ――それぞれの咆哮が響き渡り、トリプルライナーとグラップライナーは同時に、背中合わせに跳躍し、
『ハイパー、ゴッドリンク!』
宣言と同時に、グラップライナーがいくつものパーツに分離した。そのままトリプルライナーの周囲に配置され、合体を開始する。
まず、グラップライナーの両足が変形――大腿部を丸ごと、まるで関節部ごと掘り返すかのように引き出すとそれを後方へと折りたたみ、関節部がなくなったことで空洞となった両足の内部空間に、トリプルライナーの両足がまるで靴を履くかのように差し込まれ、そこへグラップライナーの両肩、ニトロライナーとブレイクライナーの先頭車両部分が合体してつま先となり、より巨大な両足が完成する。
続けて、トリプルライナーの右手に装備されたレインジャーの重火器類、左手に装備されたロードキングのレドームシールドが分離。スッキリした両腕をカバーするように左右に分かれたグラップライナーのボディが合体する。
内部から拳がせり出し、より巨大になった両腕に分離していた重火器とレドームシールドが再び合体、両腕の合体が完了する。
ボディにはニトロライナー、ブレイクライナーから分離した胸飾りが胸部左右に合体。最後に両肩にはブレイクアームのカーボンフィストが砲身が短めのキャノン砲となって合体する。
合体の工程をすべて完了し、各システムが再起動。カメラアイの輝きが蘇り、かがみ達が高らかに名乗りを上げる。
『大! 連結合体! ジェネラル、ライナァァァァァッ!』
『ロードナックル!』
『ジェットガンナー!』
『アイゼンアンカー!』
『シャープエッジ!』
『ブレインジャッカー!』
ティアナ達4人と5体のGLXナンバー、そしてあずさ――それぞれの咆哮が響き渡り、彼らは次々に上空へと跳躍し、
『ハイパー、ゴッドリンク!』
宣言と同時にそれぞれが変形を開始、合体体勢に入る。
まずはロードナックル・シロだ。ビークルモードにトランスフォーム。車体脇のアームに導かれる形で後輪が前輪側に移動、前輪を含めた4つのタイヤが整列し、車体後尾には合体用のジョイントが露出、巨大な左腕へと変形する。
次はシャープエッジがビーストモードに変形。喉元にあたる部分に合体用のジョイントを露出させる。
ジェットガンナーもビークルモードへとトランスフォームすると、そこから機首を後方にたたみ、機体下部の装甲を展開して合体ジョイントを露出させる。
最後にアイゼンアンカー。分離し、運転席側をジョイントとして合体していた2台のビークルは今度は車体後尾をジョイントとして合体。小型クレーンにトランスフォームしたアイゼンアンカー自身は背面側に合体し、起き上がった運転席部分を爪先とした、下半身へと変形する。
そして、変形した各員が下半身を分離させたブレインジャッカーの周囲に配置。アイゼンアンカーの変形した下半身がブレインジャッカーの上半身に合体。その後方、アイゼンアンカーの本体が合体したそのさらに後方にはトリプルライナーの下半身が合体し、まるで神話に出てくるケンタウロスのような人馬状の下半身が完成する。
ロードナックルとシャープエッジはブレインジャッカーの両肩アーマーに合体。ブレインジャッカー自身の両腕を残したまま、1対の追加アームとなる。
最後にジェットガンナーがバックパックとしてブレインジャッカーの背中に合体。ブレインジャッカーのウィングが展開され、各機の合体が完了する。
ジェットガンナーの機内から射出されたヘッドギアがブレインジャッカーの頭部に被せられ、各システムが再起動。カメラアイに輝きがよみがえる。
全身に力がみなぎり、力強く拳を、アームを打ち合わせ、ひとつとなったティアナ達が名乗りを上げる。
『星雷合体! Vストライカー!』
「この駄々っ子が……!
オシオキされないうちにおとなしくしなさい!」
まず真っ先に飛び出したのは指揮を執るティアナを中心としたVストライカーだ。突撃してくるヴェルを真っ向から迎え撃ち、その角を捕まえて動きを封じようとするが、
「――って、えぇっ!?」
《ウソだろ!?》
拮抗したのは一瞬だけ――ヴェルファイアのパワーは、懸命に踏ん張るVストライカーをグイグイと押し返していく。予想外のパワーを前に、エリオやクロが思わず声を上げる。
「どういうバカ力よ……!
Vストライカーのパワーでも、止められないっての……!?」
「ティア、みんな!」
驚愕するティアナのつぶやきに応える形で、今度はかがみ達が動く――ジェネラルライナーがヴェルの背後に回り込むと両腕からアンカーを射出。ヴェルの身体に巻きつけて引っ張るが、
「オォォォォォンッ!」
六課フォワード陣が誇る三大合体戦士、その内の2体を同時に相手にしながらも、ヴェルファイアのパワーを押し留めることはできなかった。Vストライカーを弾き飛ばすと同時にアンカーを逆に引っ張ってジェネラルライナーを振り回し、そのままたたらを踏むVストライカーに叩きつける!
「ティア! かがみ!」
「ウソでしょ!?
みんなが、あんなあっさり!?」
「驚くのはいいが、集中しろ!」
思わず声を上げるスバルやこなたにマスターコンボイが告げ、合体し、カイザーマスターコンボイとなった自らの身体をかまえさせる。
「どうやらやっこさん、自分に対する戦意に反応したらしい。
今度はこっちに来るぞ!」
「あぁ、もうっ! 典型的な暴走状態だよ!」
「でも、何とかして止めないと!」
マスターコンボイの言葉にこなたがうめき、そんな二人をスバルが鼓舞し――
『――――――っ!』
3人が同時に気づいた――とっさに飛びのいたその眼前に、飛来した閃光が降り注ぎ、爆発を巻き起こす。
「攻撃――!?」
「しかもコイツは……!?」
スバルとマスターコンボイがうめき、彼らは攻撃の飛来した方向へと向き直り――
「やはり貴様か――ギガトロン!」
「“マスター”ギガトロンだ。“元”破壊大帝殿」
予想通りの相手がそこにいた。声を上げるマスターコンボイに、マスターギガトロンは余裕の笑みと共にそう返してくる。
「貴様らがあわてて出動したから何かと思えば、なかなかにおもしろいことになっているじゃないか」
言って、マスターギガトロンが視線を向けるのは、Vストライカーとジェネラルライナーが懸命に取り押さえようとしているヴェルの姿――
「合体戦士2体がかりであの暴れぶりか……
あの様子じゃ、仲間というには複雑な事情なようだし……引き取ってやってもいいぞ?」
「ふざけないでよ!
こっちがどういう状況かも知らないで!」
「誰が、お前なんかにヴェルを渡すもんか!」
ティアナ達を圧倒する今のヴェルのパワーは、彼にとっても魅力的に映ったようだ。告げるマスターギガトロンに、スバルやこなたが言い返す。
そして、マスターコンボイもまた、上空のマスターギガトロンをしっかりとにらみつけながら告げる。
「悪いな。
こっちはあの駄々っ子を黙らせなきゃならないんだ。
貴様らにかまってるヒマはない。見逃してやるからとっとと帰れ」
「言ってくれるな……“元”破壊大帝が」
「オレがいなくなったスキに破壊大帝の名を掠め取った小物が偉そうに」
返してくるマスターギガトロンにマスターコンボイも不敵な笑みと共にそう答え――
「総員、攻撃開始!」
「全員、ヴェルファイアを守れ!」
両者の叫びと同時――飛び出してきたディセプティコンメンバーと残りの戦力の駆けつけた六課、双方が激突した。
「六課が?」
「うん……
これ、聞いてみて」
聞き返すジュンイチに、すずかがうなずく――自分に呼ばれ、マックスフリゲートのブリッジにやってきたジュンイチの問いに答え、すずかは彼にインカムを渡す。
受け取り、ジュンイチが身に着けたインカムから聞こえてくるのは、六課の通信のやりとりを傍受したもので――
「……ヴェルファイア……?
確か……つかさの保護した竜の子供だよな?」
「うん。
詳しいことはこの通信からじゃわからないけど……なんだか、その子が暴走してるみたいで……」
聞こえてきた名前に眉をひそめるジュンイチに、すずかは心配そうに息をつき、
「どうしよう、ジュンイチさん……」
「ンなの決まってる」
尋ねるすずかの問いに、ジュンイチはあっさりと答えた。インカムを外し、髪を整えながらキッパリと告げる。
「ほっとこう」
「うん、ほっと……って、え?」
思わず同意しかけて――返ってきた答えの内容を理解し、すずかはジュンイチへと振り返りながら声を上げた。
「ほ、『ほっとこう』、って……」
「だって、セイン達に家事教えにゃならんし。
いやー、器用だから覚えはいいんだけど、こっち方面の経験の欠けてること欠けてること」
「い、いや、そういうことじゃなくて……」
「こっちが手ェ出さなくても解決するさ」
六課の救援に行くよう促そうとするすずかに対し、ジュンイチはあっさりと答えた。
「そのつかさとヴェルファイアのことについて……」
「別件で母さんが“助っ人”要請してたみたいだからさ」
「レヴァンティン、カートリッジ、ロード!」
〈Explosion!〉
咆哮と共に、シグナムがレヴァンティンのカートリッジをロード。その刀身が炎に包まれ、
「紫電、一閃!」
「しゃらくせぇっ!」
繰り出された一撃を、ジェノスラッシャーは真っ向から迎え撃った。振り下ろされた炎の刃を、エネルギーでコーティングした翼の刃で受け止め、
「私もいるということを――」
「忘れちゃいないさ!」
スターセイバーの追撃にも対応した。身をひるがえしてシグナムの紫電一閃を受け流しつつ、背後から迫ったスターセイバーの刃を回避する。
「グラーフアイゼン!」
〈Explosion!〉
「よっしゃ、いくぜ!」
さらに、ヴィータも動く――グラーフアイゼンのカートリッジをロード、ラケーテンフォルムへと変化したそれを携え、
「ラケーテン、ハンマァァァァァッ!」
「おっと!」
突撃からそのまま繰り出された一撃を、ジェノスクリームはバックステップで回避した。追撃に移ろうとするヴィータを、ビーストモードの尾の一撃で弾き返す。
「ヴィータ!
コイツ!」
そんな彼女をフォローしたのはビクトリーレオだ。吹っ飛んだヴィータを受け止め、両肩のキャノンから砲撃を放つが、ジェノスクリームもまた背中の二連装キャノンで迎撃する!
「カイザー、ヴァニッシャー!」
手にした大小2丁のライフルを合体、ひとつの大型ライフルが完成する――ライカの宣言と共に、彼女の身を守る“装重甲”に備えられたエネルギー収束器が次々に起動していく。
露出した多数のレンズが一斉にエネルギーを蓄える中、カイザーヴァニッシャーの照準が目標をとらえ、
「凰雅――束弾!
カイザー、スパルタン!」
「ぅだぁぁぁぁぁっ!?」
引き金を引くと同時、全身のエネルギー収束器からも一斉に精霊力の弾丸が放たれた。
しかも、そのひとつひとつがさらに破裂し、散弾となって降り注ぐ――瞬時に作り出された弾幕を前に、ブラックアウトはあわててビークルモードにトランスフォーム。飛来する光弾をかいくぐっていく。
「よくもやってくれたな!」
しかし、彼もそう簡単にやられはしない。弾幕のすき間を縫ってロボットモードにトランスフォーム。胸部のプラズマ砲を撃ち放つ。
対し、ライカもそれをかわし――両者は再び対峙する。
だが、そんな彼女の背後で空間が揺らいだ。空間に“潜行”していたショックフリートが現実空間に復帰、ライカを背後から狙い――
「――――――っ!?」
突如、ショックフリートに向けて光弾が飛来した。チャージしていたショックフリートのエネルギースフィアを撃ち抜き、“凍結させる”。
(冷凍弾――“水”属性か!?)
凍りつき、砕け散る自らの“力”を前に、ショックフリートは舌打ちまじりに後退し、
「残念でしたね。
あなたの相手は私です!」
そんなショックフリートの眼下で、“装重甲”を装着、専用武装“ウォーターボウガン”をかまえた鈴香が言い放ち――
「言ってくれるな――飛べもしないクセに!」
「大きなお世話です!
どうせ私の“装重甲”には飛行ユニットついてませんよ!」
ショックフリートの言葉に、少なからず凹みながらも反論した。
「スプラング!」
「おぅともよ!
トランスフォーム!」
相棒の呼びかけに応じ、ビークルモードからロボットモードへとトランスフォーム――ヴァイスを乗せたスプラングの放ったエネルギーミサイルの雨が、地上のレッケージ達へと降り注ぐ。
「がはぁっ!?」
「ボーンクラッシャー!?」
「なめるなよ!
フォースチップ、イグニッション!」
真っ先に直撃を受けたボーンクラッシャーが脱落するが――他の面々はそれを何とかかいくぐっていた。咆哮し、レッケージがフォースチップをイグニッション、腹部のキャノン砲を展開し、
「アーマード、キャノン――」
「させるかっ!」
しかし、その一撃をレッケージがスプラングやヴァイスに向けて放つことはなかった――直前で足を払われ、のけぞったレッケージの一撃は上空に放たれ、消えていく。
そして――
「相棒の復帰戦で張り切るのはわかるけど、ムリは禁物だぞ!」
「悪い悪い!」
レッケージを転倒させた張本人、シグナルランサーの言葉に、スプラングは苦笑まじりにそう答える。
「まったく、かんべんしてくれよ。
オレも、ようやくの前線復帰で墜とされたくはないぜ」
「わかってるって」
そんな彼の内部、ライドスペースからヴァイスも告げる。シグナルランサーの時と同様に笑みを浮かべてスプラングはうなずき、
「おしゃべりとは余裕だな!」
二人に向けて言い放ち、ブロウルが砲撃を放ち、
「オレ達相手に、なめられたもんだぜ!」
シグナルランサーには、バリケードが一気に襲いかかる!
『おぉぉぉぉぉっ!』
咆哮と共に、スバル達がまったく同じ動作で地を蹴る――3人分の力で跳躍し、カイザーマスターコンボイが拳を繰り出すが、
「なめるなよ!
やれ――ネメシス!」
マスターギガトロンも自身の自律型デバイス、ネメシスを繰り出して応戦してきた。ネメシスの触手をスバル達の拳にからめて勢いを殺し、動きの鈍ったカイザーマスターコンボイを蹴り飛ばす!
「合体してパワーアップするだけがパワードデバイスの能じゃないんだよ!」
「フンッ!
自分がパワードデバイスを持っているからと、調子に乗るな!」
マスターギガトロンに言い返し、マスターコンボイがオメガを振るう――放たれた魔力刃を、マスターギガトロンは右腕の一振りで粉砕する。
「チッ、格はともかく、力は本物か……
昔は頭でっかちな姑息者だった分際で、やってくれる……!」
「でも、私達なら!」
「楽勝だっての!」
「おぅともよ!」
相手の予想以上のパワーアップに舌打ちがもれるが、相棒達はむしろやる気だ。スバルとこなたの言葉にマスターコンボイがうなずき――
体勢が崩れた。
「な――――――っ!?」
何の前触れもなく、右ヒザから力が抜けた――とっさにマスターコンボイが踏ん張りなおすが、突然のことにかまえが崩れ、
「スキありだ!」
それを見逃すマスターギガトロンではなかった。ネメシスから伸びた触手が、彼らの四肢にからみつき、動きを封じ込める!
「ま、マスターコンボイさん!?」
「ちょっ、何してるの!?」
「好きでやっているとでも思っているのか!?」
スバルやこなたの声にそう返すが――マスターコンボイには原因に心当たりがあった。
(チッ、例の不調か……!)
最初はクラーケンと戦った後、一瞬だけ視界がボヤけた。
次は先日のクモ瘴魔と戦った時。同じく一瞬だけだったが、足元がおぼつかなくなった。
そして今回。まさに最悪のタイミングで訪れた異変に、マスターコンボイは内心で舌打ちし――
「オォォォォォンッ!」
背後の混乱も最悪の局面を迎えていた。つかみかかったジェネラルライナーの腕をかいくぐり、ヴェルがその場からの逃亡をはかったのだ。
「――――しまった!?」
「ヴェル!?」
みなみやつかさの声もヴェルには届かない。そのままヴェルはその場から走り出そうと加速して――
「――――――っ!
いけない!」
みゆきがそれに気づいた。
ジェネラルライナーのセンサーにわずかな反応が生まれたのだ。しかもそれはまさにヴェルの進路上で――
「大変!
ヴェルの逃げていく先に、人がいます!」
「えぇっ!?」
みゆきの言葉にキャロが声を上げ――その人物の姿を捉えた映像が各機のシステム内に反映される。
だが――
「あれ………………?」
「この人……!?」
Vストライカーのライドスペースに座るあずさやゴッドオンしているギンガは、その人物の映像を前に思わず動きを止めた。
「まさか……」
「ど、どうして……!?」
「あずささん、ギンガさん――どうしたんですか!?」
「早くしないと、あの人が轢かれちゃうっスよ!」
驚愕の声をしぼり出す二人に対し、エリオやひよりが声を上げるが、
「……あー、大丈夫」
そんな彼らに対し、あずさがそう答えた。
「もし、この映像が確かなら……」
そうあずさが告げる中、ヴェルは一直線にその人物へと突っ込んでいき――
「ブッ飛ばされるのは、ヴェルちゃんの方だから」
人物の背後に出現した巨大な獣が、一撃の元にヴェルを殴り飛ばしていた。
「な、何だ、アイツは!?」
突如姿を現し、ジェネラルライナーやVストライカーですらどうにもならなかったヴェルを一撃で殴り飛ばした巨大な獣――その姿に、マスターギガトロンは思わず驚愕の声を上げた。
大きさは大型トランスフォーマーとほぼ同格――獅子の頭部にウロコに覆われた胴体。猛禽の翼を持ち、尻尾はそれ自体がヘビ、と、いくつもの獣の特徴をその身に示している。
「アイツは、一体……!?」
一方、事態がつかめないのはこちらも同じだ。獣の正体を測りかね、マスターコンボイが声を上げ――
「あれは……!?」
そんな中、スバルだけは相手の正体に気づいていた。
「……“ダイナスト・オブ・キマイラ”……!?」
「え………………?
スバル、あの子のこと知ってるの!?」
「うん……」
思わず声を上げるこなたに答えると、スバルはつぶやくように続けた。
「あの子がいるってことは……」
「…………鈴香……」
「は、はい……!」
そして、ここにも事態を把握している者が――つぶやくライカに、鈴香もまた呆然とうなずいた。
「どうして……
なんで、“あの人”がここに……!?」
《まったく……名乗りもせずに襲いかかるとは、無粋なヤツもいたものだ》
自らの一撃によって大地を転がり、倒れ伏すヴェル――その姿を一瞥し、スバルが“ダイナスト・オブ・キマイラ”と呼んだその獣はあからさまに不機嫌そうにそうつぶやき、
「キマイラ、もういい」
そんな彼の眼下で、スバル達を驚愕させた張本人であるその男が静かにそう告げた。
《そうか?》
「とゆーかむしろ戻れ。
媒介なしにお前を“出して”いられる時間には限りがあるの、忘れてないだろ?」
《心得た》
男に答え、キマイラはまるで霧散するかのようにその姿を消していく――そして、男は“左腕のブレイカーブレスを”操作、通信をつなぎ、
「おい、機動六課。
話は道すがら霞澄さんから聞いてる。
とりあえず……今キマイラがブッ飛ばしたデカイ子を止めればいいんだな?」
言いながら、男はゆっくりと身を起こすヴェルへと向き直り、
「ちょいと手荒な止め方をするけど……命には別状はないから安心しといてくれ」
一方的にそう告げると、応答も待たずに通信を切る――ブレイカーブレスを頭上にかざし、告げる。
「ブレイク、アップ」
瞬間――男の身体を光が包み込んだ。光は収束し、男の身を守る鎧を形作り――
「オォォォォォンッ!」
ヴェルが力強く咆哮した。自分を殴り飛ばしたキマイラを従える目の前の男に脅威を感じたか、一直線に男に向けて襲いかかり――
「まったく……」
その瞬間、男の身体はヴェルの頭上にあった。
素早く跳躍し、突撃をやり過ごしたのだ。
「名乗りくらいは、させてくれてもいいと思うんだけどな」
言いながら、ヴェルの背中に着地――周囲の光が弾け、男の鎧がその姿を現した。
右は青色に、左は白色に染め抜かれた腕アーマーと肩アーマー。
緑色に塗られた両足のアーマー。
真紅の翼を備えた黄金のボディアーマーと、一角獣を思わせる角をあしらった白銀のヘッドギア。
そして、両の肩アーマーに装備された大型のシールド――
対し、背中に降り立った彼を振り落とそうと、ヴェルは身体を揺すって暴れ回る――まるでロデオのような状況だが、男はしっかりと背中に自らの身体を留めている。
「おい、オレの声が聞こえるか!?
聞こえてるなら今すぐ止まれ! 手荒なことはしたくない!」
ここで止まってくれればいいのだが――かすかな期待と共に呼びかける男だったが、やはりヴェルが動きを止める様子はない。
「やれやれ……結局力ずくか」
こうなったら実力行使で止めるしかない。男は舌打ちまじりに両肩のシールドを取り外すと両腕に装着し、
「エナジー、ブリッド」
静かに告げたその言葉に、彼の腰のツールボックスから弾丸が2発射出された。それをそれぞれのシールドに装填し、撃発――内部を“力”が駆け巡り、シールドの両側に収納されていた巨大な爪が前方に展開される。
「カートリッジシステム!?」
「ううん……違う」
見覚えのあるプロセスに思わず声を上げるティアナだったが、そんな彼女の言葉をギンガが否定した。そして、あずさが一同に解説する。
「原理は同じだけど、あそこに込められているのは魔力じゃなくて精霊力だよ。
アレは言わば、ブレイカー版カートリッジシステム――“ブリッドシステム”」
そうあずさが告げる中、男はヴェルの背中の上で左手のシールドを振りかざし、
「聖獣――突貫!
スティンガー、インパクト!」
その左手で一撃を叩き込んだ、その瞬間――ヴェルの背中が“開けた”。
打ち込まれた打点を中心に、まるで水面に広がる波紋のように押し広げられ、内部が露出したからだ。
そして――
「コイツが――ド本命っ!」
右手によってさらに同様の一撃――完全にヴェルの外装をこじ開けたその一撃が、内部に向けて叩き込まれる!
その一撃が捉えたのは、金属生命体と化したことによって、かつて心臓のあった部位に生まれたヴェルのスパーク――
「“心臓打ち”ってパンチを知ってるか?
心臓を直接ぶん殴られりゃ、どれだけ図体がデカかろうが、何の意味もないんだよ」
拳を引いて男がつぶやき――ヴェルは轟音と共にその場に倒れ込んだ。
「あ、あれだけみんなが手こずったヴェルを、たった一撃で……!?」
かがみ達やティアナ達でも止められなかったのに――見事にヴェルを沈黙させてみせた男の姿に、こなたは自分達もまた戦闘中であることも忘れて呆然とつぶやいた。
「スバル……ヤツは一体何者だ?」
思えば、彼女は男の正体に見当がついているようだった――尋ねるマスターコンボイに、スバルは静かに答える。
「ランクは“マスター”、属性は“獣”……
旧姓“青木”――現姓“水隠”啓二。
鈴姉の、旦那さんで……」
「お兄ちゃんの……戦友です」
なのは | 「六課側のお話だったはずなのに、私の出番がぜんぜんないなんて…… やっぱり、まだ退院できないのかなぁ……」 |
マスターコンボイ | 「それ以前に、お前に任すと息の根ごと止めかねないからだろう?」 |
なのは | 「うぅっ、否定できない……!」 |
マスターコンボイ | 「いや、そこは否定しろよ!」 |
なのは | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第96話『鋼の生命〜連結合体ワイルドライナー〜』に――」 |
二人 | 『ハイパー、ゴッド、オン!』 |
(初版:2010/01/23)