第12管理世界
“聖王教会”中央聖堂――
〈えぇ……
ひとつは無事に保護したのですが、別のひとつは爆発で発掘現場ごとロストしてしまっています〉
聖堂の一角で席につき、彼女はウィンドウに映るクロノの報告を静かに聞いていた。
〈爆発現場は、これから調査と捜索を行います〉
「……クロノ提督。
現場の方達はご無事でしょうか……?」
〈えぇ。
現地の発掘員にも、こちらの魔導師達にも被害はありません〉
「そうですか……よかった」
クロノの言葉に、彼女はホッとして胸をなで下ろす。
聖王教会・教会騎士団の騎士、カリム・グラシア――それが彼女の名前である。
〈現場発掘員の迅速な避難は貴女からの指示をいただいていたからこそですね、騎士カリム〉
「危険な“古代遺物”の調査と保守は、管理局と同じく聖王教会の使命ですから。
名前だけとはいえ、私は管理局の方にも在籍させていただいていますしね」
そうクロノに答えると、カリムは改めて表情を引き締め、
「こちらのデータでは、“レリック”は無理矢理な開封や魔力干渉をしない限り暴走や暴発はないと思われますが、現場の皆さんに十分気をつけてくださるようお伝えいただけますか?」
〈はい。
それでは〉
クロノが答え、ウィンドウが閉じる――通信を終え、カリムが息をつくと、
「騎士カリム。
やはりご友人が心配でしょうか?」
「シャッハ」
声をかけてきたのは、聖王教会の修道女シャッハ・ヌエラだ。
「よろしければ、私が現地までお手伝いにうかがいますよ。
非才の見ながら、この身にかけてお役に立ちます――クロノ提督や騎士はやてはあなたの大切なご友人。万が一のことがあっては大変ですから」
「ありがとう、シャッハ。
でも平気よ」
告げるシャッハに対し、カリムは笑顔でそう答えた。
「はやてはとても強い子だし、今日は特にリインフォースや守護騎士達も一緒で、しかもはやての幼馴染のエースさん達もご一緒だとか。
残る一ヶ所も、“兄様”や“お姉様”が向かっていますし……」
「そう……ですね……」
“兄様”、そして“お姉様”――カリムの口から挙がった呼び名に、シャッハは思わず顔をしかめた。
“お姉様”はまだわかる。見た目的にはどう見ても年下なのに、いともたやすくこちらを呑み込む貫禄があるし、その貫禄を支えている深い知識がある。
しかし、“兄様”はどうだ。自分勝手でワガママ。組織を嫌い周りを振り回してばかり――とてもカリムから“先輩/同輩”を示す敬称たる“兄”の名で呼ばれるに相応しい人物とは思えない。
だが――彼がカリムから全幅の信頼を受け、その信頼に見合うだけの功績を積み重ねてきたのは、否定のしようのない事実だ。
そして、出会って以来、一度たりとも彼“ら”がカリムを守り切れなかったことがないというのも、また事実で――
「それは……確かに、私の出番はなさそうですね」
その事実を前にしては、シャッハもまた認めざるを得ない。ざわつく心を抑えつつそう同意する。
そんな彼女の心中を知ってか知らずか、カリムは笑顔でうなずくと背後へと振り向き、
「ですから、あなたが出る必要もなさそうですよ――イクト様」
「それは何よりだな」
告げるカリムの言葉に、少し離れた席にその身を収めていた青年――
第108管理外世界・地球出身。元瘴魔神将“炎滅”のイクトこと炎皇寺往人は落ち着いた口調でそう答えた。
前奏2
セカンド・アタック
〜騎士と戦士の誓い〜
「意外ですね、騎士イクト。
“あなた達”のことですから、残念がるかと思いましたが」
「あのバトルマニアどもを基準にするな」
本当に意外だったのか、首をかしげるシャッハの言葉にイクトは憮然とした顔でそう答えた。
「戦いの準備など、ムダに終わるのが最善に決まってる。
しかし、何かあってからでは遅い。常に備えは万全にしておくべきだ」
言って、イクトは席を立つとカリム達の元へと向かった。彼女のとなりに並び立ち、告げる。
「“擬装の一族”の時のようなことは……お前達だって望んではいないはずだ」
「………………えぇ」
それは彼らにとって共通の、決して忘れられない――いや、“決して忘れてはならない”出来事だった。告げるイクトの言葉に、カリムは小さくうなずき、視線を伏せる。
「あんなことを二度と起こすワケにはいかない。
どれだけ安易な任務であろうと、常に最善を尽くす――これはそのための第一歩だ」
「そう、ですね……」
イクトの言葉にうなずき、カリムは顔を上げた。
「彼らのような哀しい存在を救い、導く……
それが、私達聖王教会や管理局が正しくあるべき姿なのですから……」
「発掘員の方は、観測隊が無事に確保しました。
退避警報が出た後も、発掘物が心配だったようで……」
「なのはさん達護送隊は妨害を避けて運搬中です」
〈はい、了解〉
報告するグリフィスとシャリオの言葉に、アースラのエイミィは笑顔でうなずく。
〈現場とアースラは通信が通らなくなってるから、シャーリーとグリフィス君で現場管制をしっかりとね〉
「はい」
グリフィスがエイミィに答えると、シャリオが気づき、報告する。
「あ……
現場に、ヴィータさん達が到着したようです」
「……ひでぇな、こりゃ。
完全に焼け野原だ」
「あぁ。
きれいさっぱり吹き飛んでいる……お前達の到着前に軽くスキャンしてみたが、これでは物的な手がかりを見つけるのは難しいかもしれない」
発掘現場――いや、今となっては“爆発”現場か――に到着し、つぶやくヴィータ・ハラオウンの言葉に、スターセイバーはため息まじりにそう答える。
「フォートレス、どう?」
一方、尋ねるシャマルの問いに、フォートレスはしばし周囲をサーチし、
「……汚染物質は検出されていない。
典型的な純魔力爆発のようだな」
「そう……」
フォートレスのもたらした分析結果にうなずくと、シャマルは観測基地へと連絡を取り、
「ここまでの話を総合すると……聖王教会からの報告、依頼を受けたクロノ提督が“古代遺物”の確保と護送を要請。
平和な任務と思ってたら、“古代遺物”を狙って行動しているらしい機械兵器
の群れが現れて、こちらの“古代遺物”は謎の爆発。
残り一ヶ所は現在状況の確認中――って流れであってる?」
〈はい、あってます〉
確認するシャマルにシャリオがうなずくと、
「…………聖王教会?」
ふと気づき、シグナムが口を開いた。
「聖王教会といえば、主はやてのご友人の……」
「えぇ……たぶん、騎士カリムからの依頼ね。
クロノ提督ともお友達だし」
答えるシャマルだが、シグナムの表情は優れない。
というのも――
「つまり……情報源は“ヤツ”か……」
その言葉と同時――ほんの一瞬、場の空気が止まった。
「そ、そうね……たぶん」
頬ににじみ出る冷や汗の流れを感じつつ、シャマルがうめくように答えると、
「相変わらず……苦手意識が抜けねぇんだな……
知り合ってから、もう3年になるんだぞ」
「当たり前だ」
思わずつぶやくビクトリーレオに、シグナムは迷わず即答する。
「“ヤツ”の恐ろしさは、実際に犠牲になった者にしかわからんさ」
「ま、まぁ……毎回毎回それなりのメにあわされてるからな、お前らは……」
うめくシグナムにスターセイバーが若干引きながら応えると、
「………………ん?」
ふと、ビクトリーレオは相棒が静かにしているのに気づいた。
「どうした? ヴィータ――元気がないな。
いつもなら、“ヤツ”の話題が出ると真っ先にリベンジ意識をむき出しにするのに」
「何でもねぇよ。
相変わらず、こういう焼け跡とか好きになれねぇだけさ」
尋ねるビクトリーレオの問いに、ヴィータは不機嫌そうに答えた。
「戦いの後はいつもこんな風景だったし……」
「あんまり、“思い出したくないこと”まで、思い出しちまうからな……」
「………………っ」
ヴィータの言葉の意味するところを悟り、ビクトリーレオは思わず言葉を呑み込み――
「何を怖い顔をしている」
そんな彼女の背を叩き、シグナムが声をかけた。
「リインが見たら心配するぞ」
「うるせぇな。考え事だよ。
それから、頭なでんな!」
こちらをなだめるように頭をなでてくるシグナムに答えると、ヴィータは彼女の手を振り払い、
「あたしの頭をなでていいのは、エイミィだけなんだよ!」
その言葉に、シグナムは思わずシャマルと顔を見合わせ――口をそろえて尋ねた。
『…………夫は?』
「力の加減がわかってないから禁止だ」
まさに“即答”と言うに相応しい切り替えしっぷりだった。
《えーっと……もう一度確認するですね。
AMFというのは、フィールド防御の一種なワケですよね?》
一方、護送隊――“敵”に発見されるリスクを軽減させるため、森の中にまぎれての地上行軍の途中、リインはビークルモード、マンモスタンク形態のビッグコンボイの背中の上で、なのはから受けた説明を復習していた。
《フィールド防御というのは……》
「基本魔法防御、4種のうちのひとつだね。
ミッド式やベルカ式――私達の魔法の定義だと、“一定範囲内における、特定の効果を阻害することによる防御”を指すの。
まぁ、魔法以外の特殊能力とか、別の技術体系だとこの定義も変わってきちゃうから、そこは勉強のしどころかな?」
「今日はもう仕事もないし」と送迎を申し出たインチプレッシャーの上でなのはがリインに答えると、ジャックプライムの上のフェイトやリインのとなりのはやてもその後に続く。
「AMFはフィールド系防御の中でもかなり上位に入るけどね。
魔力オンリーのミッド式魔導師はとっさには手も足も出ないだろうね」
「ベルカ式でも、並みの使い手なら威力強化は武器の魔力に頼ってる部分が多いし……
ただの刃物やと、アレつぶすんはキツイんよー……
その辺は、正直トランスフォーマーのビッグ達がうらやましいわー。力任せにドカンといけるし」
《じゃあ、さっきインチプレッシャーさんがやっつけたのは正解なんですか?》
「あの状況なら、ね」
聞き返すリインにはジャックプライムが答えた。
「トランスフォーマーのスパークにも、適性の個人差はあるけどリンカーコアとしての特性があるのは、リインも知ってるよね?
それは、スパークがトランスフォーマーの魂であると同時、心そのものでもあるから――魂の力であると同時に精神の力でもあるから、その本質には魔力に近いものがあるの。
だから、スパークの力をエネルギー源として放つトランスフォーマーのビームや推進システムもAMFの影響を受ける――当然、プライマスのスパークの力を借りるフォースチップも、AMFの影響下じゃそう簡単には使えない。
『トランスフォーマーだからAMFに対しては無敵』とは、必ずしも言えないんだよ」
ジャックプライムの言葉にうなずき、なのはは続ける。
「今回は敵の知能レベルも低かったし、フィールドもせまかったからね……
恥ずかしい話だけど……もし、あのAMFを“大帝クラスの人”が“広域展開”したら、今の私達が束になっても勝てないと思うよ」
《そ、そうなんですか……?》
「しょうがないよ。
その条件だと、私達にとっては不利すぎるからね……」
天下無敵のエースと言われるなのはが『勝てない』と言い切るとは――思わず聞き返すリインに、フェイトもまた苦笑しながら答える。
「飛行魔法も影響を受けるし、その上広域展開されたら影響下からの離脱も難しいし、それに防御もかなり制限されちゃう……」
「ボクらも火器やイグニッションができなくなっちゃうから……戦い方がないワケじゃないけど、大帝クラスぐらいになると、そのあたりの工夫も力ずくで押し切られちゃうだろうね……」
付け加えるジャックプライムにうなずくと、フェイトはリインに視線を戻し、
「リインなんか、気をつけないと大変だよ」
《はうぁっ!
そーです! リインは魔法がないとなんにもできないのですよ〜っ!》
「いい機会だから、その辺の対処とか対策も一緒に覚えていこうね」
《はいです!》
「すみません、教官♪
ウチの子をお願いしますー♪」
なのはの言葉にうなずくリイン、そんな二人の姿にはやてが笑いながら告げる――そんなやり取りを交わしながら、一行は森の中を進んでいった。
「そういや……シグナム」
「ん………………?」
調査はシャマルに任せるしかない。周囲の警戒は“人”である自分達より“獣”であるザフィーラやビクトリーレオの方が頼りになる――“万が一”に備えて身体を休めていたヴィータは、ふと気づいてシグナムに声をかけた。
「一緒の任務って、けっこう久しぶりなんだな」
「そうだな。
我々皆、担当部署が離れてしまったからな」
「あたしとビクトリーレオ、シャマルとフォートレスが本局付きで、シグナムとスターセイバーはミッドの地上部隊、ザフィーラとアトラスはそれぞれはやてとシャマルのボディガード……
あたしが結婚して、シグナムも恭也や知佳とクラナガンで同棲状態だから、もう休暇とかでもない限り全員そろうのも難しいしな……」
うなずくシグナムにヴィータが答えると、
「……そーよねぇ……」
そんな二人の背後で、何やらどんよりとした重い空気が発生した。
「出て行く先のある人達はいいわよねぇ……ザフィーラもアルフちゃんと仲良しさんだし。
私なんか、私なんか……!」
「うっわー、また始まりやがった……」
垂れ流されるのは独り者の愚痴――黒い空気を身にまとうシャマルの姿に、ヴィータは思わず後ずさりする。
「き、気にすんなよ、シャマル!
お前にだって、好きなヤツはいるじゃんか!」
「だって……最近ぜんぜん会えてないのよ!
彼、端末も持ってないから連絡も取れないし!」
あわててフォローに回るビクトリーレオだが、シャマルは泣きながらそう答える。
「私が何かしたって言うの!? 私の何がいけなかったの!?」
「いや、何か、って……」
シャマルの剣幕にヴィータがうめくと、そんな彼女の脇でシグナムが一言。
「間違いなく……お前の手料理だろうな、原因は……」
「そんなことないもん!」
シグナムに答えるシャマルの反論は、もはや駄々をこねる子供と同レベルだ。
「ちゃんと食材は新鮮なものを使ったし、ちゃんとはやてちゃんにも味見してもらったし――ちゃんと食べてもらう前にシャマル先生特製の滋養強壮剤も入れたし!」
「明らかに三つ目が原因だろうが!」
キッパリと言い切るシャマルにビクトリーレオがツッコミの声を上げると、
「…………ん?」
ふと、それまで沈黙を保っていた(「巻き添えを避けていた」とも言う)ザフィーラが顔を上げた。
「何事」
「森が動いた」
尋ねるアトラスにザフィーラが答えると、同時に観測基地からの連絡が入った。
〈こちら観測基地!
先ほどと同系統と思われる機械兵器を確認!
地上付近で低空飛行しながら北西に移動中!〉
〈護送隊の進行方向に向かっているようです。
狙いは……やはり“古代遺物”なのではないでしょうか?〉
「そう考えるのが妥当だな」
シャリオの報告に続いたグリフィスに答えると、シグナムは表情を引き締め、
「主はやてとテスタロッサ、なのはの3人がそろって、機械兵器ごときに不覚を取ることは万にひとつもないだろうが……」
「運んでる物が物だものね……
こっちで叩きましょう」
「あぁ……」
シャマルの言葉にうなずき――シグナムはヴィータがまたしても沈黙しているのに気づいた。
見れば、空を見上げる彼女の目はどこか不安そうで、どこか悲しげで――
「……観測基地。こちらシグナム」
だからこそ、シグナムは将として決断を下した。
「守護騎士から4名――シグナムとヴィータ、スターセイバーとビクトリーレオが迎え撃つ!」
「――って、あに勝手に決めてんだよ?」
「何だ? 将の決定に不服があるのか?」
「いや、ねぇけど……」
あっさりと切り返すシグナムに、思わず口ごもるヴィータだったが、
「ま、ちょうどいいじゃねぇか」
不敵な笑みを浮かべ、ビクトリーレオがヴィータに告げる。
「やっぱ、実働専門のオレ達には調査任務は向いてねぇな。余計なことばっかり考えちまう。
とっとと片づけて、スッキリしちまおうぜ」
「…………ちっ、しゃーねぇな」
ビクトリーレオの言葉に、面倒くさそうに頭をかくヴィータだったが、
「そんじゃ……さっさと片づけに行こうぜ」
そう告げる彼女の口元には、確かな笑みが戻っていた。
〈主はやて。
こちらシグナム――邪魔者は我々が撃墜します〉
“レリック”の護送中、機械兵器群が再び現れたとの知らせが入った――すぐさま迎撃体勢に入ろうとしたなのは達だったが、続くシグナムからの連絡がそれに待ったをかけた。
〈テスタロッサ、手出しは無用だぞ〉
「はい、わかってます、シグナム」
〈なのは、おめーもだぞ!〉
「はぁい♪」
シグナムの、そしてヴィータの言葉にフェイトとなのはが答えると、ジャックプライムが口を開いた。
「スターセイバー、ビクトリーレオ……
AMFのことは聞いてると思うけど……気をつけてよ。
スパークを魔力として転用するボクらは、魔導師以上に影響を受けるんだから」
「フンッ、甘く見ないでもらいたいな」
しかし、ジャックプライムの言葉に対し、現場に向けて飛翔するスターセイバーは余裕の笑みと共にそう答えた。
「己が信ずる武器を手に、あらゆる害悪を貫き、敵を打ち砕く――それが、ベルカの騎士となることを選んだ我々の“道”だ」
「ミッド式みたいにゴチャゴチャやる必要なんかねぇ。
オレ達はストレートに一発決めて、叩きつぶしてやれるんだよ」
スターセイバーのとなりで、ビクトリーレオもまた拳を打ち合わせてそう告げる。
〈機械兵器、移動ルート変わらず。
あまり賢くはないですね――特定の反応を追尾して、攻撃範囲にいる者を攻撃するのみのようです〉
「そうか……
そういう手合いは余計なことを考えない分、目的を果たすまでしつこく食い下がってくる――やはり、完全破壊が妥当だな」
グリフィスからの連絡にシグナムが答え――その時、それは起こった。
〈ですが、対空s……未かk……す。
お気w……て……〉
「……おい? どうした?」
突然通信にノイズが入った。聞き返すスターセイバーだが――すぐに通信は切れてしまった。
「何だ……?
AMFの影響か?」
「いや……それなら、オレ達の飛行にも影響が出ているはずだ」
つぶやくヴィータにスターセイバーが答えると、
「おい――あれ!」
ビクトリーレオが指さした先に目をやると、行く手の森で立て続けに爆発が巻き起こっているのが見える。
何が起きているのか――考えるまでもない。
戦闘だ。
「オラァッ!」
咆哮と同時に一撃――純粋に物理的な斬撃を受け、機械兵器は真っ二つに両断され、爆発、四散する。
返す刀で背後のもう1体を叩き斬り、その男は自分に対し警戒を強める機械兵器群へと向き直った。
「へっ、どうしたどうした!? もうおしまいか!?
通信は妨害させてもらってっからな、助けなんて呼べやしねぇぞ――生きて役目を果たしたかったら、死ぬ気でオレにかかって来いよ!」
そう告げる彼の笑みに宿るのは、狂気にも似た戦いへの渇望――その異質なプレッシャーを前に、感情を持たないはずの機械兵器群の間に動揺が広がる。
「どうした!? 来ねぇのか!?
だったらこっちがいくぜ――それでもいいのか!?
何なら一斉に来てもいいんだぞ――全員でかかって来れば、誰か1体くらいはオレを殺せるかもな!」
言って、男は手にした大剣を頭上に振りかぶり――そんな彼の背後に、別の機械兵器が出現する!
背後から、彼を狙って魔力砲に光を灯し――
斬り裂かれた。
魔力砲が放たれるよりも速く反応した男と――
シグナムによって。
男が縦、シグナムが横――十文字に斬り裂かれ、機械兵器は爆発、大破した。破片が飛び散る中、シグナムは男に告げる。
「やはり、お前か……
“ヤツ”が騎士カリムにもたらした情報に戦いの臭いをかぎつけたか?――ブレード」
「ま、そんなところだ」
あっさりと答え――“剣”の精霊の魂と“力”を受け継ぐ“精霊転生能力者”、ブレードは愛刀“斬天刀”を肩に担いだ。
シグナムと、追いついてきたヴィータを見て、尋ねる。
「そーゆーてめぇらはどうしたんだよ? 八神次女とハラオウン妻・右。
確か、八神次女と八神犬の二人で、相方引き連れて発掘現場のひとつに向かった、って聞いたぞ、グラシアから」
「いろいろあって、出先が“なくなって”しまってな……
調べていたところに、こいつらが主はやての元に向かっている、と聞いたんだ」
「なるほど。
八神を守るために駆けつけた、か……結婚が近いとは聞いていたけど、八神至上主義者は相変わらずみてぇだな」
シグナムの言葉にブレードが納得すると、その脇からヴィータが口をはさむ。
「それより、何だよ? 『妻』はともかく『右』って」
「こないだ、もうひとりとまとめて『その1』『その2』って呼んだら『序列を作るな!』って怒ったのはてめぇだろうが」
「それで『右』か? だったらエイミィは『左』か!?」
「髪の色から『赤』と『茶』にしようかとも思ったんだがな」
「いや、そうじゃなくて……」
ブレードの言葉に、ヴィータは思わず肩をコケさせて、
「何つーか……気の遣い方が変な方向にズレてるんだよな、お前。
そんな変な方向に呼び方いじらなくても、普通に名前で呼べば早いだろうが」
「ンだよ、細けぇヤツだな。
別にいいだろ。不名誉な呼ばれ方してるワケじゃねぇ――相手の“家”に敬意を払ってるからこそ、ファミリーネームで呼んでやってるんじゃねぇか」
「その敬意の払い方がズレてんだっつーのに……」
まるで反省の色のないブレードの言葉に、ヴィータは思わずため息をつく。
「だいたいなぁ、そーやって変なトコに気ィ回す余裕があるなら、シャマルに連絡とってやれよ――さっきだって、お前のことがちょっと会話に絡んだんだけど、『最近会えてない』って愚痴ってたぞ」
「愚痴ですんでんならまだ余裕がある証拠だ。ほっとけ」
ヴィータの言葉に、ブレードは面倒くさそうに頭をかいて答える。
「ヤツがマジなら、嘆くよりも先にまず動く――そうだろ?
広域サーチ全開でオレを見つけ出して、“旅の扉”で逃げられなくした上でカッ飛んで来やがる――ほっといても向こうから来るんだ。こっちからわざわざ呼ぶまでもねぇよ」
平然とそう答えると、ブレードは周囲の機械兵器群へと視線を向け、
「ンなことより、てめぇらもこいつらツブしに来たんだろ?
殺ってもいいけど、オレの獲物は取るなよ――横取りしやがったら、先にテメェらからブッタ斬ってやるぜ」
「フッ、大きく出たな」
ブレードの言葉に苦笑し、シグナムはレヴァンティンをかまえ直し、
「貴様ごときに、こいつらの相手が果たして務まるのか?
先程も、危うくやられるところだったろう?」
「バカ言え。ちゃんと反応したろうが。
オレがこんなザコどもに殺られるかよ」
シグナムに答え、ブレードもまた斬天刀をかまえる。
「見くびるなよ、八神次女。
オレは負けねぇよ――どれだけ叩きのめされようと、絶対にな」
そう告げると共に、ブレードの周囲の空気が変わった。戦いへの狂気はそのままに、重く、鋭く研ぎ澄まされていく――
(そうだ……オレは負けねぇ)
そんなブレードの脳裏によみがえるのはかつての記憶――
ボロボロになり、ひび割れた斬天刀――
深く傷つき、ヒザをつく自分――
そして――
そんな自分にすがりつき、涙を流すシャマル――
彼女の本気の涙を見たのは、後にも先にもその時だけだ。
そう――シャマルは本気で泣いていた。
自分のために、心の底から泣いていた。
「自分のせいだ」――そう言って、己の身がこちらの血で汚れるのにもかまわず、ただ泣き続けた。
もう一度言おう。
彼女の本気の涙を見たのは、後にも先にもあの時だけだ。
そして――
人の涙を見て、あんなにも胸の内が締めつけられたのも、あの時だけだった。
あんな涙を――もう二度と流させたくない。
だから――誓った。
(オレは……絶対に負けねぇ……!)
(AMFがあるってこと以外、まだほとんどの能力が未確認、か……)
グラーフアイゼンをかまえ、ヴィータは心の中でそうつぶやいた。
(そういえば……“あの日”の“アレ”も、未確認だったな……)
その脳裏に、“あの日”のことが思い出される――
(あたしも……アイツも……いつも通り“のはずだった”)
(誰もが認める無敵のエースが、いつも通りに笑ってたから……)
だから――気づけなかった。
いつも通りに振舞う“彼女”の裏に潜んでいたモノに、自分は気づくことができなかった。
一緒に出撃していた自分が、誰よりも早く気づかなければならなかったのに――
――ごめん……ちょっと、失敗した……――
――ヴィータちゃんは、大丈夫……?――
血まみれになりながら、それでもこちらのことを気遣うその姿に、今でも胸が締めつけられる。
だから――誓った。
(あたしが……守ってやるんだって……!)
(あんなのは……あんな思いは……!)
(あんな顔にさせちまうのは……!)
((もう、二度と……!))
だから――
『まとめて、ブッ潰す!』
咆哮し――騎士と戦士は一撃を繰り出した。
(初版:2008/02/23)