第162世界、軌道転送ポート――

「こちら護送隊。
 全員無事に転送ポートに到着! 転送処理お願いしまーすっ」
〈こちらアースラ、転送了解!〉
 今回の任務に参加した大方のメンバーと合流、転送ポートに到着したなのはからの連絡に、アースラのエイミィが答える。
〈さて、転送処理開始!
 食事の準備、してあるからねー、ユーノくん達も合流するし、最後まで気を抜かずに戻ってきて!〉
「はぁい!」
 エイミィの言葉にアリシアが元気にうなずき――その場の全員を魔力の光が包み込んだ。

 そして同世界、森林地帯――
 今回の事件の現場となった各々の戦場――そのそれぞれからそう遠くないポイントに、静かに身をひそめる存在があった。
 1機の中型輸送ポッドだ――徹底したステルス処理を施したそのポッドのブリッジでは、ひとりの女性がせわしなくデータ整理に追われていた。
 普段はカチューシャで持ち上げ、サイドに垂らしている透き通るような金髪は、今は作業のジャマにならないよう後ろでまとめてある――なかなかに整った容貌の美人だが、実は彼女は人間ではない。
 第97管理外世界に生きる吸血種の一派、“夜の一族”が自分達の護衛として作り上げた人造人間“自動人形”、その中でも“最終機体”の二つ名で呼ばれる最後期モデル――それが彼女の素性である。
「オメガスプリーム、どう?」
《分析ハ順調デス。
 今回ノ戦闘でーたハらいぶらりニ登録シテオキマス》
「お願い」
 答える声に女性が答えると――そんな彼女の背後で、ブリッジの入り口の扉が開き、
「イレイン、ただいまー♪」
「こっちの仕事は終わったわよ」
「あぁ、ロッテ、アリア。
 二人ともお疲れさま」
 やってきた二人に対し、彼女は――イレインは振り向き、軽く労いの言葉をかけてやる。
 新たに現れた二人も人間ではない。共に獣の耳を持つそっくりなこの二人はリーゼロッテとリーゼアリア――かつてなのは達の関わった“GBH戦役”で彼女達と関わりを持った元時空管理局提督、ギル・グレアムによって生み出された双子の使い魔だ。
「“収穫”は?」
「バッチリ。
 いいのがタップリ手に入ったわよ」
 尋ねるイレインにアリアが答えると、そのとなりでロッテが尋ねた。
「それで……あんたの“ご主人サマ”は、まだ帰ってないの?」
「うーん、『まだ』っていうか……」
 そう答えると、イレインは二人の背後を指さして――
「バラすなよ、イレイン。
 せっかくからかってやろうと思ったのに」
 イレインによって密かに入室していたのをバラされ、イタズラに失敗したジュンイチは袋詰めのマタタビをもてあそびながら口を尖らせた。

 

 


 

前奏4

戦い終わって日が暮れて
〜それぞれの“これから”〜

 


 

 

 その頃、アースラでは――
「護送隊と“レリック"、先ほど本艦に収容しました。
 残念ながら、爆発点からは“レリック”やその残骸は発見できませんでしたが……」
〈お気になさらず、クロノ提督〉
 報告するクロノに対し、カリムは優しく微笑みながらそう答える。
〈事後調査は聖王教会でもいたしますので……〉
「お願いします。
 確保した“レリック”は、厳重封印の上で自分が本局の研究施設まで運びます。
 護衛として、帰還予定のビッグコンボイとジャックプライムに同行を依頼する予定です」
 これからの“レリック”の処遇について、カリムにそう報告するクロノだったが――
〈あぁ、その件なんですが〉
 対し、カリムが突然口をはさんできた。
〈こちらからもひとり、警護員をお送りしました。
 ご迷惑でなければ、ご一緒に運んでいただければ〉
「あぁ、はい……」
 一体誰を送ってきたと言うのか――なぜか楽しそうにしているカリムの姿に、クロノは思わず眉をひそめていた。
 

「二人とも、お疲れ。
 ダブルフェイスは?」
「周辺の策敵に出てるよ」
 こちらを労い、相棒の所在を尋ねるジュンイチの問いに、ロッテは肩をすくめてそう答えた。
「そっか……」
 と、そんな彼女の答えに、ジュンイチは息をつき――
「じゃ、アイツのジャマは入らないな?」
 その言葉と同時――ジュンイチはロッテに対してゲンコツを落としていた。
『〜〜〜〜〜〜っ!』
「ったく、だぁれが『ご主人サマ』だって?」
 リンクしているためか、痛みはアリアにも伝わったらしい――そろって頭を抱える二人を見下ろし、ジュンイチは半眼でロッテに告げた。
「確かに、オレはコイツのマスターとして登録してっけどな――コイツのご主人サマになった覚えはねぇ。主従関係は無視して自由に生きることを許してんだよ。
 イレインはイレイン。オレと同じ“柾木家”“ナカジマ家”両家の家族だよ」
「……と、ゆーのが、ジュンイチやその家族ご一同の言い分。
 ナカジマ家の方じゃ、戸籍まで用意してもらってるしねぇ……」
 ジュンイチの言葉にイレインがそう付け加える――なおもロッテが口を開きかけるが、余計なことを言われる前に“仕事”の話を振って余裕を奪う。
「で……“収穫”は?」
「バッチリだよ」
 ジュンイチに答え、アリアはウィンドウを展開。その光景を映し出した。
 自分達のいる輸送ポッドの格納庫内――そこに積み上げられた、多数の機械の残骸である。
 その正体は――
「あの機械兵器……“カラクリ人形ガジェットドローン”、だっけ?
 言われた通り、残骸を片っぱしから回収してきたよ」
「そっか。
 悪いな、手間かけさせて」
 ジュンイチがアリアをねぎらうと、今度はロッテが彼に尋ねた。
「そう言うそっちは?」
「吹っ飛んだひとつを除いて、“レリック”は二つ確保。
 今頃はアースラに回収されてるはずだ」
 そう告げると、ジュンイチはふと手を伸ばし――背後から投げつけられたドリンクボトルをキャッチした。不意打ちイタズラに失敗したイレインが口を尖らせるが、取りあえずはシカトを決め込んでおく。
「にしても……あんな残骸、どうするつもりなんだい?」
「そりゃもちろん、いろいろ調べるに決まってるだろ」
 そんな二人のやり取りに思わず笑みをもらし、尋ねるアリアだったが、ジュンイチはあっさりとそう答えてドリンクをすする。
「本局のラボに分析を任せてもいいけど、所詮はお役所仕事。それだとデータが現場に回ってくるまでどれだけかかるかわかったもんじゃねぇ。
 すぐにデータが欲しいなら、自分達でサンプルを確保して、個人的なパイプを駆使して調べる方がはるかに早い」
「なるほどね」
「けど、調べてもらうあてはあるのかい?」
「もちろんだよ」
 納得するアリアの隣で尋ねるロッテにも、ジュンイチは自信に満ちた笑みと共に答えた。
「ひとりいるよ。
 将来有望な、エンジニアの卵サマが、ね♪」
 

 その頃、アースラの艦内応接室では――
「やぁ、クロノくん」
「ヴェロッサ……!?
 カリムの言っていた『警護員』っていうのはキミだったのか」
 そこにいたのは本局査察部のヴェロッサ・アコース査察官――旧知の友の思わぬ来訪に、クロノは思わず驚きの声を上げる。
「久しぶりだね。
 先の調査以来だ」
「あぁ。
 元気そうで何よりだ」
 ヴェロッサのあいさつにクロノが答え、二人は握手を交わしてソファに腰掛ける。
「今日はどうした?
 義姉あねぎみの手伝いか?」
「うん。
 カリムがキミ達を心配してたから……って言うのもあるんだけど、本音を言えば、面倒で退屈な査察任務よりも、気の合う友人と一緒の気楽な仕事の方がいいな、ってね」
「相変わらずだな、キミも」
 ヴェロッサの正直な本音に苦笑し、クロノは接遇係が淹れてくれたコーヒーをすする。
「そうしていると、局でも名の通ったやり手とは思えないからかえって怖い」
「こっちが素なんだけどね」
「そうだとしても、さ」
 肩をすくめるヴェロッサに、クロノは落ち着いた口調でそう答えた。
「キミと、キミの義姉あねぎみ――騎士カリム、それにはやてを加えた3人は、局内でも貴重な古代ベルカ式の継承者で、有用で重宝な希少技能保有者レアスキルホルダー
 その上、それぞれの部署でも優秀だ」
「とんでもない。
 確かにカリムは優秀だし、はやてもいろいろとすごい子だけど、ボクは別さ」
「謙遜を」
 笑いながら答えるヴェロッサにクロノも笑みをもらし、
「ともあれ、キミが警護についてくれるなら心強い。
 出る前にはやてにも声をかけるか?」
「あぁ、大丈夫だよ」
 尋ねるクロノに対し、ヴェロッサは答えてコーヒーをすすり、
「お土産はもう届けてあるし……」
 そして――付け加える。
「今出ていって、ブレードに斬りかかられるのは勘弁願いたいからね」
「…………なるほど」
 

 ところ変わって、アースラの格納庫――
「おぉ……すごいですね……」
「肉がある!」
 テーブルの上に並べられたのは、大量、且つ豪華な料理の数々――入室と共にその威容を前にして、エイミィが驚嘆の、アルフが歓喜の声を上げる。
「こんなに用意されたんですか?」
「さすがに、私達だけでこの量はムリよ」
 尋ねるユーノに答えるのは、艦長職を退き、本局の総務統括官となったリンディ・ハラオウンだ。
「こっちはクロノくんの友達の……アコースくんだっけ? 彼からの差し入れよ」
「『任務を終えたエース達に』だってさ」
 そんな彼女に付け加えるのは、なのはの母、高町桃子とシグナムの親友にして共通の想い人と二人そろってゴールイン予定の仁村知佳。
 そして――
「それからこっちは……秋葉やオレ達からの差し入れだよ」
 最後に付け加えるのは、第97管理外世界をまとめる“宇宙連合”議長補佐、遠野志貴だ。
「志貴くんもゴメンね。
 久しぶりにゆっくりできるはずの休暇に、こんなことお願いしちゃって……」
「いいよ、別に。
 この同窓会のためにとった休暇だったんだし――オレも、地球の知り合いに度々教わってた料理を作ってみたかったんだ。
 何しろ、“宇宙連合”議長の補佐なんかしてると、料理できるようなヒマも、場所もないからさ」
 ねぎらう美由希に志貴が答えると、
「どもー♪
 ただいま戻りましたー♪」
 上機嫌のはやてを先頭に、任務を終えた今回の出撃メンバーがそろってやってきた。
 スターセイバー、ビクトリーレオ、アトラスも一緒だ――ビッグコンボイとジャックプライムは“レリック”の護衛のためクロノの下へ向かっている。
「おぉっ!
 なんだ、この食事の量!」
「すごいわねー♪」
「この辺はアコースくんからね。
 で、こっちが志貴くん達が持ってきてくれた分」
 目の前に並ぶ料理の数々に声を上げるヴィータとシャマルにリンディが答え、
「あ、ロッサ来てるんですか?」
「クロノくんと一緒に本局まで護送だって」
 ヴェロッサを愛称で呼ぶはやてにはエイミィが答える。
「ロッサ、クロノくんと一緒なら、会いに行ってもおジャマかなぁ?」
「あの二人、仲良しさんだもんねー♪」
 つぶやくはやての言葉に、アリシアはうんうんとうなずき、
「おかげで“本のネタ”には困らないんだよねぇ♪」
『………………』
 思わずツッコみたい衝動に駆られたが――うかつなツッコミは自滅につながると判断し、一同は口をつぐみ、代わりに心の中でつぶやいた。
 

((ホントに誰だろう。
 この子をヲタクに染めちゃった人って……))

 

「ぶぇっくしっ!
 うぇ〜、ちくしょうめぇ……」
「うっわー、オヤジくさぁ……」
 盛大にくしゃみを一発。鼻をすすりながらうめくジュンイチの言葉を背後に、イレインは輸送ポッドのパイロットシートで思わず苦笑する。
「カゼでもひいたんじゃないでしょうね?」
「んー、ウィルスへの抵抗が弱まっちまうほど消耗した覚えはねぇんだが……
 大方、誰かウワサでもしてんじゃないか?」
「間違いなく悪口ね」
「ひでぇ言い草だな。
 その通りだろうけど」
「否定しなさいよ、自分のことなんだから」
 あっさりと告げるジュンイチにため息をつき、イレインは視線を正面に戻す。
 現在二人はロッテやアリアと別れ、ポッドで移動中――操縦は基本的にイレインの役目だ。ジュンイチは思いっきりカッ飛ばすため、普段は操縦桿を握ることをイレインから禁じられているためだ。もっとも、緊急時には逆に重宝するのだが。
「それにしても……」
 そんな中――イレインは思い出したかのようにジュンイチに告げた。
「やっぱり……アリア達にも、深入りさせるつもりはないのね……」
「たりめーだ」
 ジュンイチの答えに迷いはなかった。
「ただでさえお前らを巻き込んでるんだ――これ以上メンツを増やせるか。
 そのために、クロノ達にだってなるだけオレのことは知らないフリをしてもらうように頼んでるんだ――提督のアイツの口から名前が出ようものなら、どんだけいらんパイプがつながるかわかったもんじゃねぇ」
 言って、ジュンイチはイレインのとなりのシートに腰を下ろし、
「お前だって、わかってるだろ……
 オレ達と行動を共にするってことは……」
「それは……わかってるわよ。もちろん……」
 答え、イレインは息をつき――ジュンイチはそんな彼女に告げた。
「……イレイン。
 お前だけでも、降りたっていいんだぞ」
「ジョーダンじゃないわよ」
 迷わずイレインは答えた。
「確かにジュンイチはあたしのマスターであることを捨てた。あたしと対等であることを選んだ。
 けどね……それでも、あたしを目覚めさせてくれた恩人であることは変わりないのよ。
 いくら支配されることを捨てた――自由を求めて創造者である“夜の一族”に反旗を翻した“最終機体”であろうと、恩人を見捨てるほど自動人形の矜持を捨てちゃいないのよ」
 そして、イレインはジュンイチへ視線を向けることなく続ける。
「たぶんみんなも……少なくともアリシアは、形は違うだろうけど同じコト言うと思うわよ。
 だからもう、二度とそんなバカなコト言わないこと。いい?」
「…………わかったよ」
「よろしい♪
 もっとも――怒ったあの子のラケーテンバレットでねられたいって言うなら止めないけど」
「……そっちの意味でも了解だ」
 ジュンイチの言葉に満足げにうなずくと、イレインは軽く肩をすくめてみせる。
「けど……“レリック”を回収できなかったのはイタかったわね。
 ガジェットだけじゃない――“レリック”のデータも、手に入れておきたいってのに……」
「ま、確かにな」
 イレインに答え、ジュンイチはシートに座ったまま背伸びして、
「少なくとも、“ヤツら”の手に渡ることだけは避けられた――今回はそれでよしとしておこうぜ。
 …………っと、イレイン、ストップ。この辺りだ」
 言って、ジュンイチはイレインに機体を停止させるとシートから立ち上がり、
「じゃ、オレが先行して降りるから、お前はオレが準備してる間にポッドを着陸させておいてくれ」
 そして、窓の外に広がる森林へと――その一角にポッカリと口を開けた焼け野原へと視線を落とした。
 そこは、ついさっきまで自分がいた場所。すなわち――
「そんじゃ……
 大型ガジェットの残骸、さっさと拾って帰ろうか」
 さっき、自分が対TF大型ガジェットと交戦した場所だった。
 

「アースラ、本局直接転送ポイントに到着。
 ビッグコンボイとジャックプライム、クロノくんとアコース査察官、転送室から無事出立、と……」
「と、ゆーワケで、みんなは安心して食事を楽しんでねー♪」
『はーいっ!』
 アースラの格納庫――“アースラチーム+α同窓会”の会場では、エイミィが今回の任務における自分達の役割が完全に終了した旨の報告を受けていた。となりで一同に告げるリンディの言葉に、なのは達は口をそろえて返事する。
「みんな、お疲れ様」
「志貴さんも、準備ありがとうございます♪」
 なのは達をねぎらう志貴の言葉に、はやてが代表して一礼を返す。
「秋葉さんや、他のみんなも来られればよかったんですけどね」
「しょうがないよ。
 秋葉は地球で遠野家の当主としてがんばってるし、琥珀さんはその手伝い。
 シエル先輩は教会の任務中だそうだし……」
「こっちも似たようなものかな?
 さざなみ寮のみんなや相川くん達もそれぞれの仕事があるし……任務ついでの同窓会にしては、集まった方だよ」
 口を挟んできたのは知佳だ。未来の義姉(のひとり)の言葉になのははうなずき――
「…………あれ?」
 それぞれに談笑する面々から離れたところにいる人物に気づいた。
 寄ってくるシャマルに対しうっとうしがっているものの、かといって突き放すワケでもなく、微妙な距離を保っているのは――
「えっと……ブレードさん、でしたよね?
 お疲れさまです」
「ん?」
 あいさつするなのはに対し、ブレードはかじりついていた骨付き肉から口を放して振り向いた。
「何だ? てめぇは」
「あの……高町、なのはです」
「あぁ、てめぇがウワサの“エース・オブ・エース”か」
 応え、名乗るなのはの言葉に、ブレードは納得してつぶやき、
「…………てめぇ、兄弟は?」
「え? 兄弟、ですか?
 えっと……お兄ちゃん、フィアッセさん、お姉ちゃん、晶ちゃん、レンちゃん、アリシアちゃん、わたし、フェイトちゃんの順で……」
「つまり女じゃ6番目か……」
 フィアッセ達や晶達も含めて答えるなのはに、ブレードはそうつぶやき――
「よし。
 今からてめぇの呼び名は高町六女だ」
「ろ…………っ!?
 いや、確かに私は姉妹の中じゃ6番目ですけど!」
「どうしたの? なのは」
 あまりといえばあまりな呼び方に、思わず上げたなのはの声をフェイトが聞きつけ――
「でもって、てめぇは高町七女」
「いきなり何事ですか!?」

 すかさず告げるブレードの言葉に、今度はフェイトの声が上がる。
「アハハ……いきなりやられたみたいやね、二人とも」
 そんななのは達に苦笑し、告げるのははやてだ。
「それがブレードさんの呼び方なんよ。
 基本、ブレードさんは相手の“家”を尊重して、人のことはファミリーネームで呼ぶんやけど……それやと、親とか兄弟とか、ややこしくなるやろ? せやから、その後にその家の中での立ち位置を加えて呼ぶんよ。
 ウチの場合やと……シャマルが“八神長女”でシグナムが“八神次女”……ヴィータも、結婚前は“八神三女”やったんよ。
 ちなみに、私は家長やからシンプルに“八神”で済ましてもらっとるんやけどな」
「他にも、その“家”の中で一番力を認めたヤツを基準にして、家長は“誰それ・父”みたいに呼ぶ場合もあるがな」
 はやての言葉にブレードが付け加えると、なのははビクトリーレオとアトラスに視線を向け、
「じゃあ、ビクトリーレオさん達は?」
「オレ達ゃそのまま名前だよ」
「家名、非所有」
「あ、そういえばそうでしたね……
 今だけはうらやましく感じます……」
「だな。
 日本じゃ法整備がまだなせいで、トランスフォーマーは人間の家庭の中に戸籍を持てねぇままだ――はやてがミッドに引っ越せば八神姓を名乗れると思ってたが、あんな呼び方されることを考えるとなぁ……」
「正直、逡巡」
「あはは……」
 ビクトリーレオとアトラスの答えになのはが苦笑すると、ブレードはそんななのはへと視線を向け、
「で? そもそもてめぇは何でオレに声をかけてきたんだ?」
「あ、えっと……
 ブレードさんって、魔導師なんですか?」
「ちげーよ」
 あっさりとブレードは否定した。
「オレは、とある次元世界特有の能力者でな――“ブレイカー”っつーんだ」
「ブレイカー……“破壊者”ですか?」
「直訳すればな。
 “魔を破壊する者”だの“人としての限界をぶっ壊す者”だの――いろいろ由来についちゃ説があるが、実際のところは知ったこっちゃねぇ」
 聞き返すフェイトに応え、ブレードは骨付き肉にかじりついた。一気に肉の部分を喰いちぎり、もぐもぐと口を動かしながら告げる。
「言っとくが、能力についての説明を期待したってムダだぞ。
 こちとら完全に感覚だけで能力を使ってるからな――“使い方”は知っていても、どういうふうにオレ達の“力”が成り立ってるか、そんなのまで知ったこっちゃねぇ」
「そうなんですか?」
「ブレイカーは代々の経験や記憶を蓄積して受け継いでいく、転生系の能力者だから……先天的に“力”の扱い方は身についてるらしいの」
 肉にかじりつくブレードに代わってなのはに答えるのはシャマルだ。
「じゃあ、やっぱり訓練とか受けてないんですか?」
「…………んぐっ……まぁな」
 フェイトの問いに、ブレードは口の中の肉を飲み込んでそう答える。
「お前ら魔導師と違って、ブレイカーはほとんどのヤツが訓練なんか受けてねぇよ。
 オレ達の能力は、ひとりひとりがまったく違う固有のものだからな――てめぇらの言い方で言えば、ブレイカーは全員が全員希少技能保有者レアスキルホルダーみてぇなもんだ」
「ぜ、全員がですか!?」
「信じがたい話だが本当だ」
《リイン達が知ってる人達も、みんなみんな別々の能力を持ってるです》
 思わず声を上げるなのはにスターセイバーとリインがうなずき、ブレードが続ける。
「当然、誰も彼も能力が違うから訓練マニュアルだって作れやしねぇ。結局のところ、実際に“力”を使ってみて、実地で覚えていくしかねぇんだよ」
 そう告げて――ブレードはふと気づいた。小首をかしげてフェイトに尋ねる。
「っつーか……『やっぱり』って言ったか?」
「あ、はい……
 さっき、シグナム達と一緒に戦ってるのを見て、ひょっとしたら、って……」
 そう答えるフェイトだが――
「…………へぇ」
 対し、ブレードの口元に浮かんだ笑みは――歓喜。
「どうやら、それなりに相手の力を測れるくらいの実力はあるみてぇだな……
 てめぇとなら、久しぶりに楽しく戦えやれそうだな」
「そ、そうですか……?」
 ブレードの言葉に、フェイトは謙遜まじりに聞き返し――
「やめておいた方がいいぞ、テスタロッサ」
 そんなことを言い出したのはシグナムだ。
「………………?
 珍しいですね、シグナムがそんなことを言い出すなんて」
「そんなに強いんですか? ブレードさんって」
「いや……強さの問題ではなくてだな……」
 聞き返すフェイトやなのはの言葉に、シグナムは思わず言葉をにごし――そんな彼女に変わってはやてが告げた。
「なんて言うか……前に模擬戦でブレードさんと戦った時の、率直な感想を言わせてもらえば――」

「…………“怖かった”かな……?」

「『怖い』……?」
「あぁ」
 思わずはやてに聞き返すフェイトに、シグナムは微妙な表情でうなずいた。
「ブレードの戦闘スタイルは、ただ“突っ込んで斬る”、その一点に極限まで特化している。
 回避も防御も最低限――攻撃を受けようがおかまいなし。“喰らった以上に斬る”、それがヤツのスタイルだ」
「えっと……“肉を切らせて骨を断つ”っていうヤツですか?」
「甘いぞ、高町。
 コイツは“骨まで切らせて首を断つ”くらいは平気でやる」
 尋ねるなのはに、シグナムはキッパリと答えた。
「それを可能としているのが、ブレードの力場の固有効果“治癒能力強化”――自分の身体に受けたあらゆるダメージに対し、この男の体は戦闘中にもリアルタイムで回復していく。
 一般的な射撃魔法程度なら、非殺傷設定なしで直撃を受けたとしても、完治に30秒もかからない」
「その上、シグナム以上のバトルマニアやからねぇ……相手が強ければ強いほど、大喜びで突っ込んでくるんよ。
 撃っても撃っても、斬っても斬っても倒れへん――全部の傷がリアルタイムで治りながら、満面の笑顔で斬りかかってくる光景は、ある意味ヘタなホラーよりも怖いよー」
「そ、それは……」
「確かに、怖いね……ビジュアル的に」
 思わず一歩下がり、なのはとフェイトがつぶやくと、
「まぁ、そのくらいでないと、部隊相手に模擬戦の仮想敵なんてお仕事、ひとりでできないもんね。身がもたないよ」
 そう口を挟んできたのはアリシアだ。
「“部隊相手の仮想敵”って……訓練の?
 じゃあ、ブレードさんって、教導官なんですか?」
「ンなご大層なもんじゃねぇよ。
 誰かに教えてやるほど、オレは戦い方ってヤツを頭でわかってるワケじゃねぇ――たまに依頼を受けて、模擬戦の相手“だけ”をしてる。ま、バイトみてぇなもんだな」
 なのはにそう答えると、ブレードは肉を食い尽くした骨を放り出し、
「なんだ、てめぇ、ひょっとして教導官志望か?」
「はい……
 まだ嘱託の身分だから、もっと先の話なんですけど……いろいろ教導隊で研修もさせてもらってて……」
「ふーん……
 ……ま、そうなったら、オレと一緒に訓練、なんてこともあるかもな」
「その時は、よろしくお願いします♪」
「安心しろ。
 たぶんそん時もオレは敵側だ――遠慮なくバトれると思うぜ」
 言って、ブレードは新たに肉を手にとって、
「ただな……どこの部隊も、想定の中の話とはいえ、人を“魔獣”だの“大型生物”だのとバケモノ扱いしやがるのは、少しばかりムカつく んだがなぁ……」
((いえ、ある意味そのたとえは正解(だ/です)!))
 ブレードのボヤきに対し、全員の心の声が唱和した。
 

「…………ねぇ、ジュンイチ……」
「あん?」
 大型ガジェットの残骸を回収、帰途につき――イレインはジュンイチに声をかけてきた。
「今回のこと……ジュンイチ的にはどう思う?」
「どうもこうもねぇな」
 あっさりとジュンイチは答えた。
「確かに、今回のミッションでガジェットが介入してくることは予想してた。
 だけど……ここまで数を出してくるとは、正直な話考えてなかった」
「……だよね。
 これって、やっぱり……」
「あぁ」
 つぶやくようなイレインの言葉に、ジュンイチは視線を落とした。
「“アイツら”も、とうとう本腰を入れてきたってことだ――」

「奇しくも、オレ達と同じタイミングで」

 イレインからの返事はない――かまわずジュンイチは続ける。
「3ヶ所に点在する遺跡、それぞれから“レリック”が出れば、ガジェットどもは必ず現れる――そう見越して、オレは今回のミッションを計画した。
 “レリック”をヤツらに先んじて確保し――同時に、そうとはわからない方法ではやて達にガジェットの、AMFの存在とその危険性を認識させるために……
 結果、ミッション自体はこうして完了したけど……」
「あれだけの数がドカンと出てくるとは、正直思ってなかったもんね……」
 つぶやき、イレインは深々とため息をつき、
「この件をはやて達から報告された管理局が、過剰反応しなきゃいいんだけどね……」
「あぁ。
 今の管理局に、現行のままAMFに対抗できる戦力がどれだけ整ってるか……ヘタな手出しをしても、返り討ちにあうだけだ」
「そうなれば、状況はますます悪化するわね……
 ヤツらにとって、管理局の魔導師なんてモルモットかサンプルのどちらかだもの。
 出し抜かれれば出し抜かれるほど、こっちは敵に戦力強化の材料を与えることになる……」
 答えて――イレインは視線を動かすことなくジュンイチに尋ねた。
「どうするの? ジュンイチ。
 今回、敵がここまでの戦力を出してくるなんて想定してなかった――これからの動き、全部一から見直さなきゃならなくなるわよ」
「わかってるよ。
 そのために、大型ガジェットの残骸も回収したんだ――敵さんの新しい戦力を調べるためにね」
 あっさりと答えるが――ジュンイチの表情は真剣そのものだ。
「あれだけのガジェットが出てきたのが何を意味するかはわからないが、今回アイツらは大きく動いた。
 ここまでハデにやらかしたんだ。状況に与える影響はとてつもなくデカイ――程度なんか関係ない。この件に少しでも関わってるヤツら全員が、もう静観は許されなくなる――」

 

「本局のヤツらも」
 

「聖王教会も」
 

「トランスフォーマーのみんなも」
 

「オレ達も。
 そして――」

 

 

「地上本部の、脳腐りどもも」

 

 

「あ!
 そういえば――フェイトちゃん」
 ふと思い出し、なのはが顔を上げたのは、こちらに微妙な空気を振りまいてくれたブレードが再び肉を取りに行き、戻ってきた時のことだった。
「“あの子達”の新しい写真、持ってきてる?
 みんなにも見せてあげようよ」
「『あの子達』……?」
「フェイトちゃんが研修先で手がけた事件で出会った子供達だよ」
 首をかしげる志貴に答えるのは美由希だ。それに続く形でフェイトが説明する。
「執務官の研修で地上とか別世界に行った時に、事件に巻き込まれちゃった人とか、保護が必要な子供とか――保護とか救助をした後、お手紙をくれたりすることがあるの。
 特に子供だとなついてくれたりして……」
「フェイトちゃん、子供に好かれるもんねー」
 フェイトの言葉になのはがうなずくと、リンディが写真のひとつに気づき、
「あら、エリオくんね。
 しばらく見ないうちに大きくなっちゃって」
「んー? 何々?
 『エリオ・モンディアル、6歳祝い』……?」
「うん。
 いろいろ事情があって、ちょっと前から私が保護者、ってことになってるの。
 法的後見人はリンディさんにお願いしてるんだけど……私が成人したら、正式に引き取るつもり」
 写真をのぞき込むヴィータにフェイトが答えると、ブレードもそんな二人の後から写真をのぞき込み、
「こいつを引き取る、ねぇ……
 まだ若いのに、大した母親ぶりだな」
「母………………っ!?」
「……あー、ブレードさん?
 ブレードさんなりにほめてるんだろうけど……十代折り返し前の女の子に『母親』呼ばわりは、ある意味ダメージにしかならないよ」
 告げられた言葉に固まるフェイトに代わり、アリシアは苦笑まじりにツッコミを入れる。
「まー、それはそうとして……執務官の専門の“古代遺物ロストロギア”の私的利用とか違法研究の捜査とかだと、子供が巻き込まれてるコト多いからなぁ」
「うん……悲しいことなんだけどね。
 特に、強い魔力や、先天技能のある子供は……」
 はやての言葉に再起動を果たしたフェイトがそう答えると、
「…………そうだね」
 アリシアもまたそれにうなずき、視線を落とし――つぶやいた。
「……“あの人”も……そうだったんだよね……」
「あ………………」
 その言葉の意味するところに思い至ったのははやてだ。思わず声を上げ――同様に気づいた守護騎士の面々も表情を強張らせる。
「アリシア……? はやて?」
「“あの人”って……?」
 一方、そんなアリシアやはやての反応にフェイトとなのはが首をかしげ――
「アホタレ」
 静かに告げると、ブレードは斬天刀の媒介である日本刀――愛刀“黒鬼”でアリシアとはやての頭を軽く小突いた。もちろんサヤに収めたままだが。
「“アイツ”のことは、お前らが気にすることじゃねぇだろうが」
「まぁ、それはそうなんだけどね……」
「気にしてもどーにもならねぇなら気にしない。
 その代わり、できることで何かしてやれ。それでチャラだろ」
 そう告げると、ブレードは息をつき――ふと傍らでシャマルがニヤニヤしているのに気づいた。
「…………何だよ?」
「いえ、別に♪
 ブレードさんも、結局気にしてあげてるんだなー、って思っただけです」
「うるせぇ」
 ぶっきらぼうに答えるが――頬が赤い。照れているのは明らかだ。
「だ、だいたい、人のことを気にしていられる立場かよ?
 てめぇの主、めでたく上級キャリアの試験を合格したと思ったら、今度はその実力のせいであちこち引っ張りだこになって、ロクに腰を落ち着けられないでいるんだろ?」
「あら、はやてちゃんのことも気にしてくれてるんですか?」
「てめぇがグチってたんだろうが!
 しかも、ごていねいに人んちまで急襲かました上で!」
 ブレードがシャマルに言い返すかたわらで、アリシアははやてへと向き直り、
「そなの? はやて」
「せやね……
 このところ、何かあるたびにブレードさんのトコに突撃しとるからなー、シャマルって」
「いや、そっちじゃなくて……」
「わかっとるよ。
 『私が引っ張りだこ』って話やろ?」
 うめくフェイトに答え、はやては肩をすくめて苦笑し、
希少技能保有者レアスキルホルダーとかスタンドアロンで優秀な魔導師は、結局便利アイテム扱いやからな――適材が適所に配置されるとは限らへんし」
「正局員のはやてやヴォルケンズの悩みどころだよなぁ」
「嘱託のなのはちゃん達みたいに自由も利かへんしねぇ」
 話に混ざってくるアルフにはやてが答えると、なのはやフェイトがはやてに告げる。
「でも、はやてちゃんの目標通り部隊指揮官になれば……」
「そのための研修も受けてるじゃない」
「まぁ、準備と計画はしてるんやけどな。
 まだ当分は特別捜査官として、いろんな部署を渡り鳥や」
「ははは、まだまだ苦労は続くワケだ」
 答えるはやてに志貴が苦笑すると、
「それがオレなら、むしろ大歓迎だがな。
 いろんなところでいろんなヤツを斬れる、ってことだろ?」
「えっと……そーゆー歓迎の仕方もどうかと……」
 告げるブレードの言葉に、ユーノは思わず苦笑する。
「ま、まぁ、彼みたいなのは別にして、いろんなところを渡り歩くのは、悪いことでもないよ。
 いろんな経歴や経験を積めるし、人脈だってできるし」
 気を取り直してフォローするのは、国際救助隊でそのことを肌で感じている知佳である。
「ブレードくんも、ケンカばっかりしてないで、少しは友達とか作った方がいいよ」
 さっきからやたらと物騒な話を乱立させてくれるブレードをたしなめる知佳だったが――ブレードはあっさりと答えた。
友達候補そいつが、オレに斬られて生きてたらな」
 

「ところでクロノくん。
 キミから見てどうだい? キミが見守ってきたエース達は」
「なのはやはやて達のことか?」
 ビッグコンボイやジャックプライムは転送ポートで待機――本局の廊下を歩きながら、クロノはヴェロッサに聞き返した。
「今さらボクが語るまでもない――それぞれ優秀だよ。
 ジュンイチさんやブレードさんと違って、問題児というワケでもないし」
「ハハハ、それはごもっとも」
 答え、付け加えるクロノの言葉に苦笑し、ヴェロッサは肩をすくめてみせる。
「しかし……彼ら全員、まるで申し合わせたように最適なポジションがバラけてるよね。
 希少技能レアスキルと固有戦力を持ち、支援特化型で指揮能力を持つ八神はやて。
 同じく指揮能力を持ちながらも直接戦闘に長け、現場での戦術指揮に優れる炎皇寺往人。
 豊富な知識と高い分析能力、頭脳面からチームを支えるアリシア・T・高町。
 高い治癒能力とケタ外れの斬撃で、最前線に立って道を切り開くブレード。
 多様な魔法と高い機動力、戦線の中央でリベロとして機能できるフェイト・T・高町。
 豊富な実戦経験から来る高い技術と智略を駆使、フリーであるがゆえの身軽さを最大限発揮して単独でも動ける遊撃の要、柾木ジュンイチ。
 高い空間戦闘能力と不屈の闘志、こと戦闘ともなればあらゆる状況を打破してみせる高町なのは。
 それぞれがそれぞれの世界において滅亡の危機の中を戦い抜いた精鋭ぞろい――その上パートナーはコンボイ二人に大帝がひとりついているときた。
 このメンバーがそろえば、世界の10や20、軽々と救ってくれそうだな」
「まぁ、夢物語ではあるが――そろった場合の状況を考えると、その『世界の10や20』が冗談に聞こえないのがまた恐ろしいな」
 ヴェロッサに答え、クロノは軽く息をつき、
「とはいえ――夢物語だとしても、それでも夢を見たくなる。
 しがらみと、やるせない出来事と……手を伸ばしても届かない苦しみばかりの中でも……それでも、光だけをつかみ取って欲しい。
 なのは達はもちろん――ずっと辛い戦いの中を生きてきたジュンイチさん達にだって、幸せをつかむ権利はあるはずなんだからな」
「……やれやれ。
 はやて達だけでなく、年上のはずのジュンイチさん達まで心配するとはね。
 つくづく損な性格だよね、クロノくんって」
「うるさい」
 照れた顔を見せまいとそっぽを向き、クロノはヴェロッサの前に出て歩調を強める――

 

 こうして、聖王教会からの依頼で行われた“古代遺物ロストロギア”回収任務は滞りなく終わりを告げた。
 “レリック”は本局ラボでの検査を終えて保管庫に安置。爆発と襲撃の真相については教会と観測隊が静かに調査を進めた。
 そして、エース達は任務の疲れを癒すべく、それぞれ予定を調整して休暇に入り――

 

 回収任務から約2週間が過ぎた。

 

新暦71年4月29日。
ミッドチルダ北部、臨海第8空港――

「はい、お待たせしました。
 ご用件をお願いいたします」
「は、はい……」
 サービスカウンターの前で受付嬢に促され、少女はおずおずと口を開いた。
「あの……迷子の呼び出しをお願いしたいんです」
「はい。
 ……では、まずはお客様のお名前をお願いします。
 それから、出発された場所も」
「はい。
 南部からの旅行帰りで……名前はギンガ・ナカジマです。
 迷子になったのはわたしの妹で……一応、義兄あにが探しくれてるんですけど……」

「んー……お姉ちゃんとお兄ちゃん、ここにもいない……」
 空港内エントランスホール――人ごみを見回し、その少女は小首をかしげてつぶやいた。
 彼女こそが、ギンガの探していた“妹”であり――
「……くそっ、どこ行きやがった……?
 っつーか魔導師が多すぎだ。ごっちゃになった魔力の気配がジャマして、ぜんぜん気配を読めやしねぇ。
 せめてイレイン達がいてくれれば、人海戦術で探せるんだがなぁ……」
 そんな少女の真上では――人ごみを避けて柱状照明のひとつの上に降り立ち、ジュンイチが困って頭をかいていた。
 そして――
「じゃあ、今度はあっち!
 ホール北側、捜索開始ー♪」
「あんにゃろ、最近やたらアクティブだからな……よその区画に行ってんじゃねぇだろうな……?
 ……しゃーねぇ。どっか無人の区画にもぐり込んで、監視システムを使わせてもらうか。
 ヘタなところへもぐり込んでるんじゃねぇぞ、スバル……!」
 少女――スバル・ナカジマはエントランスホールの北側へ、ジュンイチは無人区画を求めて南側へ――二人はものの見事に正反対の方向へ移動を開始した。
 

 同じ頃――
「ふぇー……ミッドの地上も、首都やサイバトロンシティと北側は結構違うねぇ」
「こっちの方は自然が多いからね」
「観光スポット、多いよー♪」
 空港からそう遠くない市街地で、ビークルモードで走行する自分の車内で会話を交わすなのはとフェイトに、ジャックプライムは上機嫌で答える。
 そしてまた別の場所では――
《はやてちゃん、なのはさん達は空港からホテルに向かってるそうです》
「オレ達も向かうとしよう」
「はぁい♪」
 管理局武装隊、陸士104部隊の隊舎で、申し送りを済ませたはやてがリインとビッグコンボイへと答えていた。
 そのまま上着を着込み、まだ仕事を続けている局員達へとあいさつする。
「じゃ、ちょっと外回って、そのまま休暇入りまーすっ」
「はいよ、八神一尉」
「非常回線は開けておいてくださいよー」

 

 回収任務にあたったメンバーが、再度“レリック”の名を耳にするのは、この数時間後から数日後にかけてのことである。

 

 そして、時空管理局、及び次元世界全体がそのありふれた“古代遺物ロストロギア”を発端とした事件の重大さに震撼するまでは、ここよりさらに4年余りの時を必要とする。

 

 

 

 

小さな少女の新たな物語はここから始まり

 

 

運命の担い手は託すべき希望を求めて動き出し

 

 

そして勝利の鍵達は

 

 

遠くない未来、自分達が立ち向かう嵐とつかむべき光を

 

 

 

 

 

今はまだ、知らずにいた。


 

(初版:2008/03/22)