「さぁ、終わりだ!」
一撃をもらい、倒れる信長に言い放ち、バイクをモチーフにした怪人――バイクを素体にしたモータークライマーが、バイクのタイヤから成る右手を振り上げた。
先の一撃のダメージで身動きのままならない信長に向けて、振り下ろし――
「信長さん!?」
突然の声に、信長の眼前でその一撃が止められた。
断罪 四
「その名は仮面ライダー」
「信長さん!?」
姿を消した信長が気になって探しに出てみれば、クライマーと交戦中、しかもやられそうになっているではないか。思わず声を上げるブレスだったが、
「へぇ……」
そんな彼女に返ってきたのは信長からのリアクションではなく、モータークライマーからの興味深げな視線だった。
「何だ、姉ちゃん、コイツの知り合いか?
まぁ、そこはいいや……それより、いい声してるな」
ジュルリ、とよだれをすする音と共に、モータークライマーがブレスへと向き直る――その異様な雰囲気に、ブレスの背筋を悪寒が走る。
「悲鳴の聞き甲斐のある声だなぁ……きれいな悲鳴を上げてくれよ!」
言い放ち、モータークライマーがタイヤ状の両手を大きく広げるようにかまえて――
「…………ん?」
止まった。まるで何かに気づいたかのように。
と、ブレスの耳にも聞こえてきた――パトカーのサイレンだ。
「……チッ、余計な騒音が来やがったか……」
舌打ちまじりにうめくと、モータークライマーは残念そうに路地裏へと消えていく――戦う力のない身で追いかけるワケにもいかず、ブレスは追跡をあきらめ、信長を介抱すべく彼の元へと駆け寄っていった。
◇
「……で、信長は少なくなってきた調味料の買い出しで、祈ちゃんがそんな信長を心配して探しに出た、と……」
「は、はい……」
しかし、警察が来る前になんとかその場を離れ、店に戻った信長とブレスを待っていたのは、二人の不在に気づいた龍馬からの厳しい視線であった。
とっさにブレスがひねり出した“事情”を聞かされ、龍馬は軽く息をつき、
「だとしても、出ていく前に一言欲しかったな。
信長はともかく、祈ちゃんはそういうのがわからないってワケじゃないだろ」
「す、すみません……」
龍馬の言葉に頭を下げて謝罪――と、そこでブレスは気づいた。
「って、『信長さんはともかく』……?」
「ん?
あぁ、まことさんから聞いてるからな、信長の障害の“症状”については。
連絡し忘れるのもムリないって、ちゃんとわかってるから安心していいぞ」
「言ってなかったっけ?」と尋ねる龍馬にうなずく――が、ブレスにとって“聞いてなかった”のはそこではなくて――
「とにかく、出ていくのならその前にちゃんと教えてくれ。な?」
そんなブレスの内心に気づくことなく、龍馬はそう言って話を締めくくるのだった。
◇
「お疲れさまっしたー」
あいさつするが、それは別に龍馬に向けたものではなくただの社交辞令――ぶっきらぼうにあいさつし、仕事を終えた信長は“DB”を後にして、
「まっ、待ってくださいよ、信長さん!」
そんな信長を追って、ブレスもあわてて“DB”から出てきた。
「相変わらずひとりで帰ろうとするんですから……
言ったじゃないですか。『一応兄妹を装ってる以上、お店は一緒に出ていかないと怪しまれるから一緒に帰るようにしよう』って」
「知るか」
ブレスの苦情も信長にかかれば一刀両断。これでも最初の頃のように問答無用且つ力ずくで突き放されることがなくなっただけマシになったと言うべきなのだろうが、信長に言わせればそれも「“ギルティ”になるためにしょうがなく」でしかないとギブ・アンド・テイクの立場を崩そうとしないのだから困ったものだ。
そのまま、しばし信長の家路を共に歩く……が、その日はいつもと少し違った。
信長に向け、ブレスが何か言いたそうな視線をチラチラ向けてきている――そして、そう何度もそんな視線を向けられれば、人からの干渉に鈍い信長もその内の何回かには気づくワケで。
「……何だよ?
昼間のクライマーの対策会議でもやろうってのか?」
「あ、いえ、その……
……えっと、それもあるんですけど……」
尋ねる信長に対し、ブレスはいきなり声をかけられ、驚きながらも息を整え、
「あの……信長さん」
「携帯電話を……貸してもらえませんか?」
◇
「……うーん……」
渋い顔で唸り声を上げ、まことはイスの背もたれに身を預けながら手元の書類に目を通していた。
ここ数日起きている、連続撲殺事件に関する鑑識からの報告書である。
「傷の形、深さから考えられる凶器は二輪車のタイヤ。
バイクでひかれたのではなく、タイヤを凶器に、大きな力で殴りつけられた可能性が高い、か……」
「……その、わざわざ口に出して読み上げる必要はあるのか?」
「その方がただ目を通すだけよりも頭に入るのよ」
机の上、相変わらずのファ○コンロボもどきな仮ボディに収まっているGP-01に答え、まことは彼の脇に報告書を放り出した。
「まったく、例のクモ男の件がようやく片づいたと思ったらこれって……」
先日のクモ怪人――スパイダークライマーによる襲撃の爪痕は未だ残っているが、報告書については先日ようやくOKが出たし、殉職した仲間達の葬儀も無事終わった。
すべてが元通りというワケではないが、これから少しずつ復旧させていこうという矢先に何だかものすごく既視感を覚える手口の連続殺人事件。もうぶっちゃけイヤな予感しかしない。
決して万全に機能していたとは言えなかったし不意打ちでもあったとはいえ、無傷の状態のところに殴り込まれた先日の一件ですらまるで歯が立たなかったのだ。この上今のズタボロの状態でもう一度“アレ”の同類に殴り込まれでもしたら……
と、そんなことを考えていたまことの傍らで、机の上に放り出された携帯電話が震える――メールではない、電話だ。
しかも、液晶画面に表示された着信相手は――
「……信長くん……?」
意外な相手からの電話に不思議に思いながらも、とりあえず出てみる。
「はい、もしもし?」
〈あ、まことさんですか?
ブレスです〉
「あぁ、ブレs……祈ちゃん?」
むしろ納得の相手からの電話であった。
「どうしたの?」
〈あの……明日、時間ありますか?
私達の方は、仕事はお休みだから何時でもかまわないんですけど……〉
「…………?」
◇
そんなワケで、明けて翌日――
「あぁ、まことさーん」
待ち合わせ場所は近所の公園――やってきたまことの姿を見つけ、ブレスは手を挙げて自分の居場所を知らせた。
「すみません、わざわざ来てもらっちゃって……」
「かまわないわよ。
信長くん抜きで話したいってことは、あの子に聞かれちゃマズイ話だったんでしょう?」
「は、はい……
聞かれたら絶対信長さん怒ると思うので……」
まことの答えに、ブレスは気まずそうに視線を落とした。
「実は、信長さんのことで……」
「まぁ、そこはだいたい予想できてたけどね。
でも、信長くんがらみで、本人には聞かれたくない話、ねぇ……」
ブレスに返し、まことは腕組みして軽く考えて――
「……え、何? まさか信長くんのこと好きになっちゃった!?
それで私に相談ってこと!?」
「ちっ、違います違いますっ!
そういう話じゃなくてっ!」
ものすごく目をキラキラ輝かせて詰め寄ってくるまことに対し、ブレスは顔を真っ赤にして否定する。
「じゃあ、何の話?」
「えっと……」
気を取り直して尋ねるまことに、ブレスはなおも言い淀んでいたが、
「実は……」
「信長さんの、障害のことで……」
「………………」
瞬間、まことの顔から笑顔が消し飛んだ。「こっちへ」と、公園の中でも特に人気のない一角へとブレスを連れていく。
「……どういうこと?」
「すみません。
妹を演じてるって明かした時に相談するべきだったのに、その時はそこまで頭が回らなくて……」
まことに答えて、ブレスは視線を落として、
「私……信長さんが障害者だって言われて、『あぁ、そうなんだ』って納得するだけで終わっちゃって……でも、気づいたんです。
信長さんの抱えてる障害が“どんな”なのか……どういう症状の障害なのか、全然知らなかったって。
“妹”なんだから、一番知ってなくちゃいけないはずなのに……“妹”なんだから、一番助けになってあげなくちゃいけないはずなのに……」
話すブレスの声は震えている。こみ上げてくるものを懸命にこらえているブレスに対し、まことは深く息をつき、
「……そういう話となると、ここでも少し心もとないわね……
車の中に行きましょうか」
小声で告げられた声にブレスもうなずき、二人は公園の外に停めたまことの覆面パトカーに乗り込んだ。
「えっと……
それで、信長くんの障害について……だったわね?」
「はい。
精神とか……脳の障害、なんですよね?」
「えぇ。
ただ、一応断っておくと、私は専門家ってワケじゃない。
信長くん関係で、心療内科の先生から話を聞いたり、本を読んだり……そうして集めた知識を自分なりに解釈してるだけ。
正しい解釈である保証はどこにもない――解釈違いがあるかもしれないし、情報も一部古いのがある。私の学んだことを否定する新しい情報が今後出てくるかもしれない。
そのことを、心に留めた上で聞いてね」
そうブレスに前置きして、まことは語り始めた。
「信長くんが患っているのは、いわゆる発達障害。
身体の異常でも、心の問題とも違う、脳機能の発達異常によって起きる、“脳の成長の仕方の違い”――私はそう解釈してる」
「成長の仕方の違い……?
でも、そんなの個人差じゃ……もしかして、その違いが『個人差』じゃ済まないぐらいにひどいってこと……ですか?」
「そう。
“脳”を“木の棒”に置き換えてみて――同じ木の棒でも、野球のバットとボートのオールではぜんぜん違うでしょう?
バットでは、オールと同じように水をかくことはできない。オール置き場という世界に、オールに紛れてごく少数放り込まれたバット――それが発達障害なのよ」
ブレスにうなずき返して、まことは続ける。
「次に、症状についてだけど……基本的には人それぞれ。人によって発症してる症状、発症していない症状がある。
だから、特徴的な症状ひとつひとつに細かく症状の名前をつけて、それらを列挙することで全体的にどういう状態なのかを把握するのが、発達障害の症状を理解する上での基本的な考え方になる」
「それで……信長さんの場合は?」
「メインとなる大きな症状としては二つ」
聞き返すブレスにまことは右手でVサイン――カウントの『2』を示して答えた。
「ひとつは、注意欠陥・多動性障害――ADHDと略されるもの。
簡単に言うと、落ち着きがなくて他に気を取られやすいということ、衝動性が強いせいで、不用意に行動を起こしてしまうこと。不注意がひどくて、頻繁にケアレスミス、うっかりミスを起こしてしまい、忘れ物も多い……と、そんな感じかしら」
「……何て言うか……普通の人でもやっちゃう失敗じゃないですか、それ?」
「そうね。
世間でADHDの理解が進まない理由の大半がそれよ。誰でもやるような失敗という形でしか、ほとんどの問題が出てこないから」
首をかしげるブレスに、まことは肩をすくめて苦笑した。
「でもね……それが健常者の単なる気の緩みなら、気をつければたいていは解決する。
けど、ADHDの場合はそれができない。どれだけ気をつけても、あっさり気は散るし、気がついた時にはもう行動に移した後だし、どれだけ確認しても忘れ物をする。時には『気をつける』ということ自体に気を取られて、肝心の実行を忘れてしまう、なんてことも……
なぜなら、気をつける、そのための意識をコントロールする脳そのものに異常があるから」
そこで言葉を切り、ブレスの様子を伺う――ブレスがうなずいたのを受け、話を進める。
「その点、もうひとつの方はまだわかりやすいわ。
もっとも、その分問題も大きいんだけどね……」
「というと……?」
「“アスペルガー症候群”。
最近ではもっと大きな“自閉症スペクトラム”っていうカテゴリに分類されている症状よ」
聞き返すブレスに対し、まことはその症状名を口にした。
「脳が複雑な情報処理を苦手とする方向に育ってしまったことで起きる、コミュニケーション能力にまつわる問題よ。
人と人のやり取りは、健常者が思っているほど単純じゃない。たとえば、本音と建前を区別して考えた上で本音を探ったり、空気を読んで、それに応じた適切な答えを常に模索しながら話したり……健常者ですら、こうして話している間、その頭はフル回転状態だと言ってもいい。
でも、アスペルガー症候群はそこに問題が発生してる……建前や冗談を真に受けてしまったり、空気が読めずにトンチンカンな答えを返してしまったり……その様が、まるで自閉症みたいに見えることから、“知的障害の起きていない自閉症”――高機能自閉症とも呼ばれているわ。
そうして相手との間にトラブルを何度も起こして、人間関係を破綻させてしまう……」
「それって……」
「えぇ」
察したブレスに、まことは答えた。
「そのアスペルガーを抱えてる信長くんは……」
「他人の気持ちが、わからないの」
◇
風宮ほたるは、どこにでもいる普通の女子高生である。
朝起きて、学校に行って、勉強して、友達と寄り道しながら帰って……そんな、ありきたりの日常をすごす、ごくごく普通の女子高生である。
そう、普通の女子高生なのだ。女子高生だったはずだ。
それなのに――
「はっ、はっ……!」
「オラオラ、どうした?
早く逃げねぇと殺しちまうぞー」
なんで、人の形をした怪物――怪人に追われなければならないのか。
それは、突然のことだった。
今日に限って友人達が誰も捕まらず、ひとりで下校していた。
寄り道することもなく、駅から周辺のビル街を抜け――ようとしていたその時、音が聞こえた。
ごしゃっ、という何かがつぶれる音。そして――直後に、びしゃあっ、と、液体をぶちまける音。ちょうど行く手の、ビルとビルの間の路地だ。そんじょそこらの女子高生なら、気にせず、そのまま帰っていたことだろう。
「あのー……どうかしましたか……?」
しかし、ほたるはこの人心の荒んだ世の中にあって、むしろ珍しい部類の――要するに、荒んでしまうことなく健やかに育った、心優しい少女であった。誰かいるのか、何かあったのか、そんな心配から、路地の中をのぞき込む。
路地の入口からのぞける範囲に人影はない。気のせいだったのかときびすを返――そうとしたところで、それに気づいた。
奥の、死角になっているところから、路地に広がってきた赤い水たまりに。
「血!?」
もし本当にあれが血液なら大事だ。血を流しているであろう人物はかなりの大量出血ということになる――そう考えるといてもたってもいられなかった。ほたるはあわてて路地の奥へと足を踏み入れて――
「ん? 何だ、お前?」
両手がタイヤと一体化していて、全身にバイクの部品らしきものがあしらわれた、そんな姿の怪人――モータークライマーと、彼に殺されたサラリーマンの死体を発見した。
その結果が今の状況だ――思わず逃げ出そうとしたが頭上を飛び越え、行く手に回り込んだモータークライマーに路地の出口を押さえられ、ほたるは路地のさらに奥に逃げるしかなかった。
自分を次の獲物に定めたのか、モータークライマーは後を追ってきている。その気になればすぐにでも捕まえ、殺すことができるだろうに、わざわざ早歩きに抑え、さらに時折物を蹴飛ばして音を立て、スポーツハンティングのように楽しんでほたるを追い立てている。
やがて、路地が途切れて通りに出る――これで助けが呼べると安堵するが、
「――っ、ここって……!」
通りに人の気配はなく、面した店もそのすべてがシャッターを下ろしている。大企業との競争に敗れて店という店がことごとくつぶれてしまった、いわゆるシャッター商店街のなれの果て、というヤツだ。
あの“奪われた三年間”のあおりをくらって、再開発の手もなく放置された、無人の商店街――これでは人が通りかかるのを期待することもできない。
「そうだ、ケータイ!」
と、助けを呼ぶことを考えたことでその存在を思い出した。最初から携帯電話で助けを呼べばよかったとポケットをまさぐる――空っぽだ。逃げる道中で落としてきてしまったのか。
「どーしたー?
もう逃げるのはあきらめちまったかー?」
「――――っ」
そんな彼女の耳が、背後の路地の奥から聞こえるモータークライマーの声を捉える。我に返り、あわててほたるは走り出して――
「ぅわっ!?」
「きゃあっ!?」
目の前の、シャッターの下りた店――手前に放置された看板によって死角となっていたところに人がいた。シャッターの脇の通用口から出てきた人物と運悪くぶつかってしまう。
「お、おい、大丈夫か!?」
「は、はい……」
尻もちをついてしまったほたるに、ぶつかった男があわてて手を差し伸べてくる――うなずいて、ほたるが彼の手を取ると、
「おんやぁ?
何やら、獲物が増えてるなぁ?」
ほたると、彼――祖父の閉めた店のひとつの様子を見に来ていた龍馬の前に、モータークライマーが追いついてきた。
◇
「建前や冗談の裏の本音がわからない。
空気を読んで、適切な言葉を選ぶことができない。
事、コミュニケーションにおいては、信長くんは致命的な問題を抱えているの」
舞台は戻り、まことの覆面パトカーの中――ブレスに対してそう語り、まことはふうと息をついた。
「結果、信長くんは社会に出て働く上で決定的な壁にぶつかることになった。
どれだけ真面目に、全力で働いても、その仕事の内容が同僚やお客の求めるものと一致しているとは限らない。
むしろ、ぜんぜん見当違いの、的外れな行動であることの方が圧倒的に多かった」
「相手が何を求めているか、正しく察することができないから……
『これをやったら相手が怒りそう』だと、事前に気づくことができないから……」
まことの言葉に、ブレスは自分が彼と共にいろいろな職を渡り歩いていた時のことを思い出した。
確かに、信長は相手の感情の機微に対し配慮するような行動はほとんどできていなかったように思う。
空気の読めない言動や配慮に欠けた対応で同僚、お客を問わず激怒させていた。
「信長さんは……知ってるんですか?
自分が、そんな状態だっていうことを……」
「もちろん。
何と言っても当事者だもの。自分の経験や医者の説明で、だいたいのことはね」
改めて尋ねるブレスに答えるまことだったが、その表情は冴えない。
「でも……わかったからって、信長くんにはどうすることもできなかった。
人に嫌われないように行動しようとしても、相手がどうしてほしいかを察することができない信長くんには、どう動くのが正解か判断がつかない。
余計なことをしてしまったり、やりすぎてしまったり、頼まれたことをこなしたつもりでも、相手の求めるものとはぜんぜん違っていたり……
そんなことの繰り返しで、信長くんは出会う人出会う人、次々に嫌われていった。
そして……そんな人間関係で、彼が穏便に生きていけるはずもなかった。
もめ事になったり、嫌がらせを受けたり……そんな相手に対しても、信長くんはどうすることもできなかった。
相手の気持ちがわからないから、相手が怒りを爆発させるまで自分に対する不満を持っていることに気づけない。
相手の考えを察することができないから、嫌がらせを企まれても身を守ることができない。
そして……」
「…………?
まことさん……?」
口ごもったまことに、ブレスが首をかしげて声をかける――気を取り直して、まことは続けた。
「だから、信長くんは人を遠ざけるようになった。
相手を怒らせてからじゃ、嫌われて、嫌がらせをしてくるようになってからじゃ手遅れだから……もっと前の段階から原因を断つしかなかった」
「そもそも人とつながりを持たなければ、嫌われることはない……」
「そう。
嫌われないように行動することができない以上、自分の行動が影響する範囲内に他人が近づかないようにするしかない……
時に追い払い、時に自分から離れて……とにかく自分の周りに人を近づけない。関わりを持たせない。
それが、信長くんにできる、精一杯の“対策”だった」
「あー……だから……」
まことの説明に、ブレスは出逢ったばかりの頃、信長がとにかく自分のことを追い払おうとしていたことを思い出した。
「……でも、ね」
しかし、まことの話には続きがあった。
「信長くんには、そんなやり方を通すことができない理由が……」
「そのやり方を通す上で、致命的な“問題”があった」
◇
「こっちだ!」
ほたるの手を取り、龍馬は路地を、そこに置かれた荷物の間を駆け抜けていき、
「そらそら、逃げろ逃げろぉっ!」
龍馬達がかわしていた荷物を、あるいは押し倒し、あるいは踏みつぶし、あるいは蹴り飛ばし――とにかく蹴散らしながら、モータークライマーが追いかけてくる。
何とかして人通りのあるところに出て助けを呼びたいのだが、モータークライマーもいちいち行く手に回り込んでそれを阻んでくる。
龍馬の携帯電話もダメだ。あちらの目を盗んで助けを呼ぼうとしても、まるでそれを見計らったかのように、すぐそばで自分達を探す声が上がる。
それはつまり――
(あの化け物、オレ達で遊んでやがる……っ!
それも、そうとう綿密に……っ!)
おそらく龍馬の推理は正解だろう。このシャッター商店街の道を裏路地に至るまで完璧に把握していなければ、ここまで自分達この中に封じ込めておくことはできないだろう。
それどころか、きっと自分達のことも見失ったフリをしているだけで、最初から一度たりとも見失ってはいないのだろう。でなければ、助けを呼ぼうとした時にばかり自分達を探して近くに現れることの説明がつかない。
(オレ達なんか、その気になればいつでも殺せるってことか……
でも、このままじゃ本当に……)
自分達が生かされているのは、単純にモータークライマーの気まぐれにすぎない。こちらをいたぶるのに飽きてきたら、その時は躊躇なく自分達を殺すだろう。
そうなる前にヤツの魔の手から逃れなければならない。だが、動向のほとんどを握られているこの状況で、モータークライマーを出し抜くことなど果たして可能なのか――
(二手に分かれてオレが囮に……いや、ダメだ。
オレ達二人とも位置を把握されてるんじゃ、確率は二分の一……最悪オレを放っておいてこの子のところに向かいかねない……っ!)
自分が手を引き、共に逃げているほたるへとチラリと視線を向ける――こちらが巻き込まれた形だが、だからと言って見捨てる気になどなれない。
何としても彼女を守らなければ――
「おっと、行き止まりだぜ!」
「――――っ!?け
ほたるに一瞬意識を向けたスキに、モータークライマーが動いた。一気に加速、跳躍すると龍馬達の頭上を跳び越え、彼らの行く手に降り立って逃げ道をふさぐ。
これで龍馬達はシャッター商店街へ逆戻r
「オォォォォォッ!」
「何っ!?」
だが、また自分の前から逃げ出すだろうと思っていたモータークライマーの目論見は外れた。
きびすを返して逃げ出すどころか、龍馬はほたるの手を引いたまま突っ込んできたのだ。
てっきり逃げると思っていたモータークライマーは完全に不意を突かれた。ろくに踏んばることもできないままに龍馬の体当たりを受けて転倒してしまう。
「今だ!」
「は、はいっ!」
声をかける龍馬にほたるがうなずき、そのままモータークライマーを突破して逃げ出すが、
「て、め、ぇ、らぁっ!」
収まらないのが、完全に見下していた相手に出し抜かれた形となったモータークライマーだ。怒りの咆哮と共に立ち上がり、
「このオレ様から、逃げられるとでも思ってんのか!?」
叫ぶと同時――モータークライマーの姿が崩れた。つぶれ、ひしゃげ、その形を変えていく。
そして出来上がる、モータークライマーが“変形”したバイク――あっという間に龍馬達を追い抜くと、再び人型に変形して改めて立ちふさがる。
「なめたマネしやがって!
そんなに死にたいなら、今すぐ殺してやるぜ!」
怒りに任せて言い放ち、モータークライマーが右手のタイヤを振り上げて――
その顔面に、靴底が叩きつけられた。
人ひとり分の体重がふんだんに乗せられた一発――要するに勢いよく飛び込んだ上でのドロップキックを受け、またも不意を突かれたモータークライマーがもんどり打って転倒して――
「見つけたぞ、このヤロウ」
言い放ち、信長がモータークライマーの前に立ちはだかった。
◇
「……はぁっ、はぁっ……!」
一方、ブレスもまた、モータークライマーの出現を察していた。まことと別れ、息を切らせて現場に向けて駆ける。
信長とは連絡がついていない。果たしてクライマーの出現に気づいているのか。
いや、信長の性格上、気づいたところで駆けつけているか――
(……ううん。
信長さんがまことさんの言っていた通りの人なら……きっと向かってる……っ!)
「信長くんは、人の気持ちが理解できない。共感できない。
でも……ひとつ、たったひとつだけ、理解も、共感もできる気持ちがあるの」
「ひとつだけ……?」
「えぇ」
聞き返すブレスに、まことはうなずいた。
「だってそれは、自分がさんざんに味わってきた気持ちだから……
だから、自分が経験したのと同じ状況に居合わせると、その光景を自分のことのように感じてしまう。
自分がされた時のことを、思い出してしまうから……」
「それって……」
「そう。
周りから虐げられているような人達の気持ちだけは、信長くんは深く理解できるの。
自分が虐げられてきたから、人を信じられなくなった信長くんだけど……」
「自分が虐げられてきたからこそ、人を突き放して生きるには、優しくなりすぎてしまったのよ……」
◇
「の、信長……?」
自分達を襲ってきた怪物に対し、いきなり現れ跳び蹴りをお見舞いしたのはよく知る人物であった。
ほたるをかばいながら思わず声を上げる龍馬だったが、信長はかまうことなくモータークライマーをにらみつけた。
「ずいぶんと、好き勝手やってくれたみたいだな、テメェ」
言って、その左手にギルティコマンダーを装着する――側面の空間に空いた穴からギルティドライバーを取り出し、腰に巻く。
《ルシフェル!》
ギルティコマンダーにデモンズタリスマンをセット。コマンダーの本体を取り外すと、大きく身をひねるようにかまえ、
「変身っ!」
《ルゥゥゥゥゥ、シッ! フェエェェェェェゥルッ!》
コマンダーをギルティドライバーへと、叩きつけるようにセットした。ギルティドライバーが、傍らの龍馬やほたるが思わず耳をふさぐほどの大音量でコールする中、漆黒のエネルギーに包まれ、その中でギルティへと変身する。
「信長、お前……!?」
目の前で起きている超常の光景に、龍馬が思わず声をしぼり出すが、信長はかまわない。モータークライマーを指鉄砲の形で指さし、
「覚悟を決めろ――断罪の時間だ」
人さし指を折り、サムズアップの形となったその右手を上下反転。親指で地を指さすフ○ックサインをぶちかます。
「ふざけるな!
それ、こないだも言ってただろうが!」
もちろん、それでおとなしく引き下がるモータークライマーではなかった。咆哮と共に信長に向けて襲いかかる。
振り上げた右手のタイヤを、信長に向けて力いっぱい振り下ろして――
「……ぐほぁっ」
苦悶の声を上げたのは、モータークライマーの方だった。
振り下ろされた一撃に対し、信長は退くどころか前へ。モータークライマーの懐へと飛び込んだのだ。
そして、モータークライマーの腹にボディブローを一発。攻撃の内側に飛び込んでやり過ごす、なんて戦略眼が働いたワケではない。ただ単純に“相手に殴られようがブン殴る”というだけの、考えなしの一撃だ。
「ぐ……っ、離れろ!」
腹への一撃にうめきながらもモータークライマーが反撃。右のヒザ蹴りで信長を押し返すと、左のタイヤを水平に振るって追撃する――が、信長はそれを身を沈めてかわし、反撃の右アッパーをお見舞いする。
さらに、反撃を試みるモータークライマーよりも速く何発も殴りつける。これは――
「こいつ……っ!?」
「前よりも、強くなってやがる……!?」
◇
「あれは……!?」
その光景は、ようやく現場にたどり着いたブレスも目の当たりにしていた。
彼女の目から見ても、信長の動きが前よりもよくなっているのは明らかだった。ロクに見られなかった前回の戦いはともかく、その前のスパイダークライマーとの戦いの時とは雲泥の差だ。
「信長さん……“ギルティ”として戦うことに慣れてきてる……?
……ううん、違う。それだけじゃない……」
そして、ブレスには、信長のこの強化の原因に心当たりがあった。
「“ギルティ”の力が、増してるんだ……
クライマーへの憎しみだけじゃない……一度やられた恨みも重なって、“ギルティ”の悪魔の力が増幅されてる……!」
◇
「ぐわぁっ!?」
たまらず後退しようとしたところに回し蹴りをくらい、バランスを崩されたモータークライマーが足をもつれさせて転倒する。
そんなモータークライマーに向けて、信長は悠々と歩を進める。戦いの流れは、今や完全に信長の方へと傾いていた。
「くっ、くそぉ……っ! このままじゃ……!
……やられてたまるかよっ!」
そして、そのことはモータークライマー自身が一番よくわかっていた。このまま戦い続けても敗北は必至と判断。きびすを返して駆け出すと、バイク形態に変形して逃走を図る。
「アイツ……っ!」
当然、信長も逃がすつもりはない。“ギルティ”のスピードで追えるかはわからないが、とにかく追いかけようと走り出して――
「信長さん!」
そんな信長を、ブレスが呼び止めた。
「追いかけるなら、これを使ってください!」
「…………?」
言って、差し出してきたのは、変身に使う“ルシフェル”とは違う、別のタリスマンだった。
「変身する時と同じように、コマンダーにタリスマンを!」
「お、おぅ」
言われるまま、ギルティドライバーから引き抜いたギルティコマンダーから“ルシフェル”のタリスマンを取り出し、代わりに新たなタリスマンをセットする。
そして、変身する時と同様に、コマンダーをギルティドライバーにセットすると、
《マッシィィィィィンッ! ナァァァァァイトォッ! ムェアァァァァァッ!》
相変わらずの大音量のコールと共に、ドライバーから発生した漆黒のエネルギーが、前方に渦を作り出す。
そして、渦がほどけるように消滅した後に姿を現したのは――
「……バイク……?」
「“マシンナイトメア”です!
これなら、あのクライマーにもきっと追いつけます!」
現れたのは、モトクロス用のバイクにも似た、コウモリ――否、悪魔の翼を思わせる意匠を施された漆黒のバイクだった。ブレスに促され、信長がバイクにまたがると、彼に、“ギルティ”に反応したのかエンジンが自動的にかかる。
「これなら……っ!
待ってろよ、クソ野郎っ!」
そして、信長がアクセルをふかしてマシンナイトメアが発進。ブレスがそれを見送って――
「……祈ちゃん?」
「え…………?」
いきなり声がかけられた――振り向いて、そこでようやく、ブレスはそこに龍馬が、ほたると共にいることに気づいた。
「り、龍馬さん……!?
どうして……!?」
「それはこっちのセリフだ」
ブレスにそう返すと、龍馬はほたるを支えながら彼女のもとへと合流してくる。
「いきなり化け物には襲われるし、信長はいきなり現れたと思ったら変身するし……」
「のっ、信長さん、二人の前で変身しちゃったんですか!?」
信長の話にブレスが仰天。何をあっさりバラしてるんだと頭を抱えるが、
「まぁ、それがなくても正体わかったと思うけどな。
お前、アイツのこと『信長さん』って本名で呼んでたろ」
「…………あ」
ブレスもブレスでやらかしていた。
「それに、お前、今も信長に何か渡してただろ。
事情を知ってるだけじゃない。もっと深く首を突っ込んでるんじゃないか?」
「そっ、それは……」
問いかけてくる龍馬に対して、ブレスはどう答えたものかと視線を泳がせて、
「全部、話してもらおうか」
龍馬によって逃げ道がふさがれた。
◇
「――っ、アイツ!?」
一方、モータークライマーはバイク形態のまま市街地へ、人目もはばからずに逃走――しかし、後ろから追いかけてくる存在に気づいた。
そう。信長だ――マシンナイトメアを駆り、猛スピードでモータークライマーへと追いついてくる。
「走りでオレとやり合おうってか!」
だが、それがバイクを媒介にしたモータークライマーの癪に障った。前方を走っていた一般の車を追い越すと、その目の前を乱暴に横切り、あわててかわそうとしたそれらの車を次々にスピンさせる。
一般車に事故を起こさせ、それに信長を巻き込ませようという算段だが――
「それがどうしたぁっ!」
信長は、迷わずそれらを蹴散らした――マシンナイトメアが信長もろとも漆黒のバリアに包まれ、立ちふさがる車を弾き飛ばしながらモータークライマーを追いかける。
「ちょっ!?
てめぇ、関係ないヤツらになんてことしやがる!?」
「てめぇが言うな!」
思いもよらない対応に驚くモータークライマーに言い返し、追いついた信長は側面からモータークライマーに体当たり。バリアにモノを言わせてモータークライマーを弾き飛ばす。
ガードレールにぶつかり、モータークライマーがバイク形態のまま宙を舞う――が、立て直した。空中で身をひるがえすと、その先のビルの壁面に“着地”。そのまま壁走りでビルの外壁のガラスを踏み割りながら疾走する。
ビルを横切りきったところで跳躍、道路に戻ろうとするついでに踏みつぶしてやろうと頭上から襲いかかる――が、信長もそんなモータークライマーを回避。両者は再び道路上で激しいチェイスを繰り広げる。
やがて、行く手に駅が見えてくる。その正面には大きなロータリー。つまり――
(ここなら十分に立ち回れる!
逃げても追いつかれるなら、ここでブッ殺してやる!)
モータークライマーにとっては、恰好の決闘場であった。
ロータリーに差しかかると信長の乗るマシンナイトメアを突き飛ばし、両者は左右からロータリーに突入する。
(このまま正面からブッ飛ばしてやる!)
内心でほくそ笑みながら、モータークライマーは信長の様子をうかがって――
「って、え?」
真っ正面から襲ってやろうと周回道路のド真ん中を走っていたモータークライマーと違い、信長は道路の外周ギリギリを走っていた。モータークライマーにかまわず、そのままロータリーを一周する。
「なっ、何だ!?
何のつもりだテメェ!?」
信長の予想外の行動に、モータークライマーが思わず停車して声を上げるが、やはりかまわず信長はロータリーを二周、三周……と、四周したところで気づいた。
信長が駆け抜けた後の路面に、何やら青白くキラキラと光るものが残されている――それが、走りながらタイヤを通じて地面に流し込まれた“ギルティ”の“力”だと気づいた時には遅かった。
なぜなら、信長の行動の方が早かったから――流し込まれた“力”が解放、氷結し、巨大な氷壁となってロータリーを隔離する!
「てっ、てめぇ……!?」
「逃げたがってただろ、お前」
その意図は明らかだ。うめくモータークライマーに対し、信長はマシンナイトメアを一旦停車させてそう答える。
氷壁はかなり頭上まで伸びているが、幸い上は閉じられてはいないから、この氷壁を駆け上がれば脱出は可能だ。
壁走りも可能な自分なら、余裕であそこまで駆け上がることができるだろう。だが――
(アイツがさせないだろうな。
そもそも、あの天井の穴自体、脱出しようとオレが壁を登るところを狙うための“誘い”って可能性も――)
そのためには、どうしても信長の存在が絶対にジャマになる。
だが、見方を変えれば、モータークライマーにとってこれは戦いの決着をつけるチャンスと言えた。何とか信長を倒して逃げおおせてやろうと思っていたところに、相手の方からおあつらえ向きのフィールドを用意してくれたのだから。
「上等だ。
そういうことなら、てめぇを先にブッ殺してやる!」
言い放ち、モータークライマーはバイク形態のまま、マシンナイトメアに乗る信長へと対峙する。
互いにエンジンを空ぶかし、ブォンブォンッ、と騒音をかき立てて――
『――――っ!』
同時に発進。どちらも体当たりせんばかりの勢いで相手に向けて突っ込んでいき――
「そらよっ!」
動いたのはモータークライマーだった。わずかに進路をずらし、信長の体当たりをかわす。
「バカが! 誰が正直に真っ向からやり合うかよ!
そのまま、自分の作った壁で自爆しやがれ!」
この分なら、信長と氷壁の正面衝突は必至だ。勝利を確信し、モータークライマーが咆哮する中、信長は氷壁へと突っ込んでいって――
そのまま出ていった。
「………………は?」
いきなり、氷壁の一部、信長の正面にあたる部分が崩れ落ちるように出入り口を開き、そこに突っ込む形で信長が氷壁で囲まれたロータリーの外に出たのだ。
予想外の展開に、モータークライマーは思わず声を上げ――
「――――って!?」
気づいた。自分もあそこから出られるのではないかと。
しかし、遅かった。あわてて発進し、今口を開けた出入り口へと走るが、たどり着く前に出入り口は再び氷に覆われ、閉ざされてしまった。
考えてみれば、信長の、“ギルティ”の能力で作り出した氷なのだから、作り出した張本人ならば崩すも作り直すも思いのままではないか――己の見通しの甘さを悔やむモータークライマーだったが、
「……まぁ、いいか。
おかげでヤツはもういない! ジャマされずに上から脱出できるぜ!」
それでも、できることがないワケではなかった。意気揚々と吠え、氷壁を上方の開口部目がけて駆け上がっていき――
モータークライマーよりも早く、信長の駆るマシンナイトメアが上空へと飛び出した。
「な…………!?」
先回りされていた――氷壁の外側を駆け上がってきていたのだと気づいたモータークライマーが声を上げる中、信長は背中の翼を広げてマシンナイトメアから離れると空中へ身を躍らせた。
ギルティドライバーの中央にはめ込まれたギルティコマンダーを取り外すと、それをドライバー側面のソケットに接続する。
「さぁ……“終わり”の時だ」
《ルシフェル!》
《ギィィィィィルティィッ! ブレェェェェェイクゥッ!》
コマンダーとドライバー、それぞれからの発声と共に、そろえた信長の両足に凍気が集束していき、
「コキュートス、ドロップ!」
背中の翼で飛翔。両足蹴りを、モータークライマーと正面衝突する形で叩き込んだ。解放された凍気が、モータークライマーを一瞬にして氷漬けにしてしまう。
そのまま空中に留まる信長の眼下で、モータークライマーは氷漬けになったまま地上へ落下――地面に落下した衝撃で周囲の氷壁もろとも砕け散るその姿を見下ろし、信長は告げた。
「わかったかよ。
踏みにじられる者の気持ちってヤツが」
◇
「……なるほどな」
モータークライマーを倒して、ブレスと別れた場所に戻ってみれば、そのブレスが龍馬から事情を問いただされていた。
信長もそれに巻き込まれて、“DB”に戻った上で洗いざらい話させられた。一通りの事情を聞き出すと、龍馬は軽くため息をついた。
「ギルティ、デモニアン、クライマー……
そんな人達がいるなんて……」
その場にはほたるもいる。『彼女も巻き込まれた当事者なのだから、当然彼女にも事情を知る権利がある』と主張する龍馬の誘いで、一緒に戻ってきたのだ。
「つまり、昨日お前達がいきなりいなくなったのも……」
「はい……
信長さんの持ってるデモンズタリスマンがクライマーに反応して……」
「まぁ、確かに正直に話せる内容じゃないか……」
実際巻き込まれた後である今でこそ納得できるが、果たして昨日の時点の自分がこんな話をされて納得できただろうか――「無理だな」とあっさり認めると、龍馬はブレスの答えにため息をついた。
「それで……信長と祈ちゃんは、本当の兄妹じゃない、と」
「はい。
世間に対するカモフラージュとして、兄妹を装っているだけです。
私の本当の名前はブレス――デモニアンを“悪魔”だとするなら“天使”にあたる種族で、デモニアンを止めるためにこの世界へと派遣されてきたんです」
そう龍馬に説明すると、ブレスは居住まいを正して彼と正対し、
「黙っていたことは謝ります。
でも……お願いします。この話はどうか内密に……」
「安心しろ。
こんな話、そう簡単に信じられるようなものじゃないし……」
「…………?
龍馬さん?」
「あぁ、いや、何でもない」
答える龍馬だったが、その言葉が不意に途切れた。首をかしげるブレスに返すと、龍馬はコホンと咳払いして仕切り直し、
「大丈夫。人に話す気はないよ。
今言った通り、簡単に信じてもらえるような話でもないし、話が広まって注目されるようになったら、オレ達にまで飛び火しかねないからな」
「はい…………って、え?」
ほとんど反射的にうなずいて――ブレスはそこでようやく、今の言葉の違和感に気づいた。
「龍馬さん、それって……」
「戦ってるから、そのことを黙っていたから、ここから出ていかされる――なんて思ってたのか?
そんなことはさせないさ――これからも、二人にはウチで働いてもらう。
信長の料理も、祈ちゃんの接客も、けっこう好評なんだからな」
ブレスに答えると、龍馬は腕組みして息をつき、
「それに、オレ達は今回実際にクライマーに襲われた。
そのくらい近所にクライマーが出没してるんじゃ危なっかしくてしょうがない――お前らにしっかりクライマーを退治してもらうためにも、職探しでそれどころじゃない、なんてことになられちゃ困るからな」
「つまり、自分達の身を守るためにオレ達を利用しようってか」
「まぁ、そう言われてもしょうがないけど……お前らにとっても好都合なんじゃないか?
お前らにはクライマーを倒してオレ達の安全を守ってもらう。
その対価として、オレはお前達が存分にクライマー退治ができるようにそのサポートをする。
互いにメリットのある、悪くない話だと思うけどな」
そう答える龍馬に対し、信長はしばし考えて、
「……いいぜ。
乗ってやるよ、その話」
「そうか。
よろしく頼むぞ、信長」
告げる信長に龍馬が返す――そんな二人のやり取りに、ブレスはホッと安堵の息をついた。
ここで雇ってもらった時と同じだ。信長は他人からの善意に対してはとにかく疑ってかかる。
まことから話を聞いて、それが自分の身を守るために意図的にしていることだとわかったが、だからこそ、信長に善意からの助けの手を受け入れさせることは難しい。
それをわかっているから、龍馬は雇ってもらった時と同様に、自分にとってのメリットを強調することで、「これは善意からの助けではなく“取引”である」という体裁を整えた。これなら、信長が龍馬に“メリット”を提供し続けていられる限りこの関係が破綻することはないから。
信長のためにメニューを簡略化してくれたことといい、人の特徴に合わせた対応の上手い人だ。信長に握手を求めたものの、そっぽを向かれて苦笑する龍馬に対し、いい人に巡り会えたとブレスは改めて安堵の息をつき――
しかし、今回の事件の後始末は、まだ終わったワケではなかった。
そのことに信長やブレスが気づいたのは数日後のこと。“DB”へと出勤して――
「あ!
二人とも、おはようございます!」
“ブレスのそれと同じデザインのウェイトレスの制服を着て”二人を出迎えたほたるの姿を前にして、二人はようやく「あ、この子のこと忘れてた」と思い出していた。
「あぁ、信長とブレスちゃんか。
どうだ、驚いたか?」
「あの、龍馬さん、これは……?」
「見ての通りだよ――雇った」
そこへ、笑いながら姿を見せたのは龍馬だった。尋ねるブレスに、あっさりと答える。
「一昨日、ほたるちゃんがウチに来てな――『助けてもらった恩返しがしたい』って」
「恩返し……?」
「あー、うん。わかってる。信長はそういうの嫌いだよな、信用できないよな。
でも、考えてみてくれよ――二人がクライマー退治に出てる間、誰がこの店を回すんだ?」
『あ…………』
「だからだよ。
オレひとりじゃ正直キツいからな、二人の穴を埋めるためにも、どの道人を増やす必要はあったんだよ。
そしてその点、彼女は最適任だ。何しろ事情を知ってるんだから」
案の定警戒心をむき出しにしてきた信長に、龍馬はちゃんと理由があってのことだと説明する――そんな信長を前に、ほたるは自身を落ちつけるように深呼吸した上で告げる。
「あ、あの……私、がんばります!
お二人がちゃんと仮面ライダーとしての活動ができるように、お店の方でしっかりサポートしますから!」
「サポート、ねぇ……」
ほたるの決意表明に対し、信長はなおも疑いの目を向けて――
「…………ん?」
と、今のほたるの言葉の中に気になる単語があったのに気づいた。
「あの……ほたるさん?
『仮面ライダー』って……?」
「え? 知りませんか?
この前のこと、SNSとかでけっこう話題になってますよ?」
信長と同様の疑問を抱いたブレスの問いに答えて、ほたるは自分のスマホを取り出した。SNSアプリを立ち上げると、手際良く検索をかけて、
「ほら、これです」
言って、ほたるが二人に見せた画面には、マシンナイトメアで疾走する、“ギルティ”に変身した信長の画像がズラリと並んでいた。
「この間のあの追いかけっこ、こんなに目撃されてたんですね……」
「そりゃ、ハデに街中バイクで爆走しまくればなぁ」
うめくブレスに龍馬が答え、文章だけの投稿も確認してみる。
もう『仮面ライダー』の呼称は定着しているのか、最近の投稿では当たり前のように使われているが、さかのぼってみると――
「……ほら、この辺りのがわかりやすいですね」
「『バイクに乗って、怪物と戦ってる仮面のヒーロー』ですか……」
「“仮面の戦士”と、バイクに乗ってるから“ライダー”で、仮面ライダー、か……」
事件当日に投稿の日付が近づくにつれ、由来がわかってきた。ほたるの見せてくれた投稿に目を通して、ブレスや龍馬が納得する。
「勝手に名前でっち上げやがって……
アレには“ギルティ”って名前があるのに」
「いや、名乗ってないんだから、みなさん名前を知らないのはしょうがないじゃないですか」
一方で微妙なところで腹を立てているのは信長だ。「そういえば、一度気になったことにはとことんこだわる、っていうのもあったなー」とここ数日勉強している発達障害の症状についての知識を思い返しながら、ほたるがため息まじりにツッコミを入れる。
「じゃあ、間をとって、二つの名前をくっつけちゃうっていうのはどうですか?
『“ギルティ”っていう名前の“仮面ライダー”』で……“仮面ライダーギルティ”!」
「それ、間取ってるか?」
「むしろ両取りだろ」
「…………あれ?」
そんな信長に提案するブレスだが、彼女も彼女で少しズレていた。信長と龍馬、男性陣二人からツッコまれて首をかしげる。
「とっ、とにかくっ。
“仮面ライダー”の案件でお店を離れなきゃならない時は、私と龍馬さんでお店の方は何とかしますから」
気を取り直し、話を本題へと引き戻す――改めて信長に向き直ると、ほたるは深々と一礼し、満面の笑顔で顔を上げた。
「そういうワケで――」
「これからよろしくお願いしますね、先輩!」
(初版:2019/09/23)