「それじゃあ、フェイトさんとアルフさんは、ジュエルシードと一緒に転移したのね?」
「おそらくそうでしょう」
尋ねるリンディに、クロノは医務室で傷の手当てを受けながらそう答えた。
「敵の狙いはおそらくジュエルシード――そのことに気づいたからこそ、二人はジュエルシードを持ち出し、転移した――敵から、ジュエルシードを守るために」
「それで……その敵は?」
「ジュエルシードがなくなっているのを知って引き上げていきました。
他のロストロギアには、まったく目もくれていない感じでした」
「となると、二人が転移した先にまた現れる可能性が高いわね……」
クロノの答えにそうつぶやいて考え込み――リンディは顔を上げてブリッジにいるエイミィに尋ねた。
「エイミィ、二人の転移先はわかるかしら?」
〈アルフさんはなのはちゃんの世界に転移したようです。
ただ……フェイトちゃんについては、敵の追及を逃れるためかランダムに転移したようで……トレースにはもう少し時間がかかるかと〉
「そう……
クロノ、なのはさんはまだユーノくんと一緒なのよね?」
「え? はい――って、艦長、まさか!?」
その質問の意味するところに気づき、声を上げるクロノ。
そして――リンディはつぶやくように告げた。
「状況によっては、またなのはさんの力を借りることになるかもしれないわね……」
第1話
「勇者との出会い」
数多ある世界のひとつ。
なのは達の世界とほとんど変わらないその世界で、フェイトは目を覚ました。
ベッドに寝かされている。ケガも手当てされているし、どうやら誰かに助けられたらしい。
「ここは……?」
ポツリ、とフェイトがつぶやくと、
「目が覚めたか」
そんな彼女に声がかけられた。
振り向くと、部屋の入り口にひとりの少年が立っていた。
顔立ちはやや童顔めいたところがあるが整っており、ハンサムでも不細工でもない、といった感じか。茶色がかった髪はあまり手入れされていない無造作ヘアー。そういうクセっ毛なのか、重力に逆らって無意味に逆立っている。
中肉中背のその身体を漆黒の武道着で包み、額にはバンダナをまるでハチマキのように着けている。服に合わせたのか、その色はやはり黒い。
「ビックリしたぞ。通りすがりに血のにおいがしたんでたどってみたら、お前が大怪我して倒れてたんだからな。
もう2日は眠ってたぞ」
言って、少年は部屋に入るとベッドの脇に腰を下ろした。
そして、フェイトの額に手をあて、続いて右手を取って脈を測る。
「……うん。異常なし。
熱もないし脈も正常。あとはケガを治すだけだな」
自分の具合を診て言う少年の言葉に、フェイトは不思議に思って彼を見返した。
リヴァイアサンから受けた傷は生きるか死ぬか、というほどにひどいものだった。それがたった2日でここまで回復したというのか――?
いや、それも疑問だが、それよりも――
「何も……訊かないんですか?」
「訊いて欲しいか?」
即座に聞き返され、思わず首を左右に振る。
だが、少年にとってフェイトの反応は予想通りだったらしい。平然と続けた。
「だろう?
だからオレからは訊かない。お前が話してくれるのを気長に待つさ――」
言いかけ――ふと思い直した。
「前言撤回。
ひとつだけ教えてくれるか?」
「え?」
「まだお前の名前を聞いてない」
冷静なようでどこか子供っぽい――そんな少年の態度がなんだかおかしくて、フェイトは思わず笑みを浮かべて名乗った。
「フェイト。
フェイト・テスタロッサ」
「『運命』か……いい響きだな。お前のイメージにピッタリだ」
そう答えると、少年もまた自らの名を名乗った。
「オレはジュンイチ。
柾木ジュンイチだ」
時間は数日ほどさかのぼり――
なのはの世界では、現在夏休みの真っ盛り。始まったばかりの長期休暇にウキウキ気分で街を歩いていたなのはのもとに、その報せは届けられた。
「えぇっ!?
フェイトちゃんとアルフさんが!?」
携帯電話の回線にアクセスしてきたリンディから一連の事情を聞かされ、なのはは思わず声を上げた。
あのフェイトが敗れ、姿を消した――彼女の実力をよく知るなのはにとって、それはあまりにも信じられない報告だった。
〈フェイトさんは私達の方で捜索します。
なのはさんはアルフさんを捜してください〉
「わかりました!」
〈それから――アルフさんを追って“敵”が現れても、交戦は極力避けてください。
フェイトさんとアルフさんを同時に相手をして、それでも圧勝するほどの相手です。なのはさんとユーノくんだけでは、勝ち目はおそらくないでしょう〉
「は、はい……
それじゃあ、また」
そして、電話を切るとなのはは肩の上のユーノに話しかけた。
「ユーノくん……」
「わかってる。
けど、今はアルフを探そう。彼女の口から事情を聞くのが一番早い」
「うん!」
ユーノに答え、なのはは駆け出した。
すでに日は傾き始めているが――今のうちに少しでもアルフを探しておきたかった。
そして舞台は現在へ戻り――
「……あの……」
「ん?」
ジュンイチのむいてくれたリンゴ(ウサギさんカット)を食べる手を止め、フェイトは意を決して彼に声をかけた。
「わたし……何か持っていませんでしたか?
宝石のようなものの入った、箱なんですけど……」
そう――自分がこの世界へと転移したのは、ベヒーモスやリヴァイアサンからジュエルシードを守るためだ。そのジュエルシードがないとなると――
だが、ジュンイチの答えは、フェイトにとって最悪のものだった。
「宝石……?
あの箱、宝石が入ってたのか?」
「え………………?」
「ん」
フェイトに対し、ジュンイチは傍らを指さし――そこにフェイトの持ち出した分のジュエルシードのケースが置かれていた。
ケースの特殊ガラスはあちこちに穴が開き、その中にあったはずのジュエルシードはひとつもない。
つまり――フェイトの持ち出した11個のジュエルシードが、この街の周辺に飛び散ってしまった、ということだ。
「そんな……!」
最悪の事態を前に、フェイトはうつむき――そんな彼女の様子に、ジュンイチは口を開いた。
「なんか今にも探しに飛び出しそうな感じだからクギを刺しておくが――その身体で出歩こうと思ってるんならやめておけ。
お前を助けるために、お前自身の回復力をムリヤリ強化したからな。疲労であと1週間はまともな運動はできないぞ」
「回復力を……?」
「そ。
オレの使える治療系の気功属性は“月”だからな。患者の持つ気の力を借り受け、術者を増幅器として増幅、患者に返すことで患者の生命力を強化、回復力を高めるんだが……
……どうも気功に関してはチンプンカンプンらしいな」
そう言ったジュンイチの目の前で、フェイトは彼の説明をなんとか理解しようと頭の中身をフル回転させている。
「あー、とにかくしばらくは動ける状態じゃないってことだ。
今お前がしなきゃいけないのはその“宝石”探しじゃない。身体を回復させることだ。
それだけ理解して、今はゆっくり休め」
「け、けど……」
「い・い・な?」
「………………はい」
有無を言わさぬジュンイチの迫力に、フェイトはただうなずくしかなかった。
「あ、どうだった?」
フェイトの休む部屋を後にして、1階のリビングに現れたジュンイチに声がかけられた。
ドラゴン型の生き物――“プラネル”と呼ばれるジュンイチのパートナー、ブイリュウである。
「うーん、あのケースには、やっぱり重要なものが入ってたっぽいな。
結局、『宝石のような見かけで宝石じゃない何か』くらいしか聞き出せなかったがな」
そう――フェイトは『宝石“のようなもの”』と言っていた。だから見かけは宝石でも、宝石ではありえないものだとジュンイチはアタリをつけていた。
「けど、『中身』について考えてるアイツ……なんか怯えてるような感じだった。
何かしら厄介なものだってのは、間違いないと思っていいだろう」
「厄介なもの……?」
横から尋ねるのは妹・あずさである。
「ったく、ヤなタイミングで問題が転がり込んできたもんだぜ」
「ジーナ達女の子組、みんな里帰り中だもんねぇ……」
うめくジュンイチにブイリュウがつぶやき、二人はそろってため息をつく。
「けどある意味助かったんじゃない? ジーナもライカもいなくって。
けっこうカワイイ子だったし、二人がいたら連れ帰った時点でカミナリ炸裂だったと思うよ」
「いや、アイツらが帰ってくるまで問題を先送りしただけに思うが……」
ブイリュウの言葉にうめき――ジュンイチはふと、ある“珍しい事実”に気づいた。
「……珍しいな、お前が女の子の評価で『カワイイ』なんつー単語を使うなんて。
さてはホレたか?」
「ち、違うよぉっ!」
ジュンイチにからかわれたブイリュウが顔を真っ赤にして反論するが、
「ちょっとちょっと。そーゆーコト話してたんじゃないでしょ」
今にもあさっての方向へ脱線しようとしていた話を軌道修正したのはあずさだった。
「それで、どうするの? あの子。
未だに警察に届け出ないってことは何か考えがあってのことなんでしょ?」
「んー、まぁなぁ……」
あずさの言葉に、ジュンイチはフェイトの様子を思い返してうめいた。
そう――ジュンイチは彼女のことについて警察には届け出ていなかった。
彼女の容態のこともあるが、それよりも、手当てした時のケガの様子が気にかかったからだ。
(アイツのケガは熱傷系……それもエネルギー系のものだった。
少なくとも事故か何かで受ける傷じゃない。明らかに何者かとの戦闘で受けた傷だった……)
それはつまり、彼女に“敵”がいる、ということを意味していて――
「ここんトコ瘴魔もおとなしくしててくれたけど……久々に戦闘になるかもな……
ヘタをすれば、ジーナ達も呼び戻すことになるかもしれない……」
ジュンイチ達によってフェイトが発見、保護されていたのに対し、なのは達は未だアルフの足取りをつかめないでいた。
ただ時間ばかりが過ぎていき、すでに3日目の朝を迎えていた。
《アルフさん、大丈夫かなぁ?》
《彼女の強さはなのはだって知ってるだろう? 大丈夫だよ》
その日はちょうど8月突入前の登校日。学校へ向かうスクールバスの中で、念話でつぶやくなのはに家で待機しているユーノがはげますように答えた。
《ただ……その実力で隠れているからこそ、ボクらも見つけられずにいるって可能性もあるんだけどねぇ……》
《う〜ん、堂々巡りだよぉ……》
《とにかく、昼間の捜索はボクに任せて。
あんまり長く念話で話してると、アリサちゃんやすずかちゃんに心配かけちゃうし》
《うん》
言って、二人が念話を終了すると、
「あ、そういえばね」
ふと思い出してすずかが口を開いた。
「二人とも、今年海鳴温泉に行った時のこと、覚えてる?」
「そりゃもちろん。
なんか、変な女の人がなのはに突っかかってきたのよね」
「う、うん……」
今現在、その『変な女の人』のことが心配でしょうがないのだが――
しかし、そんなことを考えていたなのははすずかの告げた言葉に心の底から驚いた。
「そう、その女の人なんだけど……
すごいケガしてたのをお姉ちゃんが見つけて、ウチに運び込まれてきたの」
「えぇっ!?」
まさに『ウワサをすれば何とやら』だった。
そんなワケで放課後――
なのはとユーノは恭也に付き添われ、月村邸へとやってきていた。
「アルフさん、大丈夫……?」
「あぁ……なんとかね」
面会し、尋ねるなのはにアルフは意外にも笑顔で答えた。
別に、なのはを心配させまいとしているワケではない。むしろ、苦笑せずにはいられないことがあったのだ。
「……門のところじゃ災難だったね」
「もう慣れちゃったから……」
門のところで恭也を襲った災難に巻き込まれた時のことを思い出し、アルフの言葉になのはは苦笑を返した。
あの門の新聞勧誘員撃退システムだが、恭也の再三の要望もむなしく、どうも対恭也用に日々進化を続けているらしい。
だんだんと会うのが命がけになってきているにも関わらず、こうして平然と突破して会いに行く兄をいろんな意味で尊敬するなのはだった。
だが、当事者達がそんな感想を抱かれていることを知っているはずもなく、恭也はすずかの姉であり、そして門の迎撃システムの製作者である月村忍から事情を聞いていた。
「この人、うわ言でずっとなのちゃんのことを呼んでたの。
なんだかワケありな気がして、病院じゃなくてウチに運んだんだけど……」
「そうだったんですか?
なのは、いつの間にこの人と仲良くなってたの?」
「う、うん、いろいろあってね……」
忍の言葉にこちらへと尋ねるアリサに、なのはは思わず言葉をにごす。
そして、なのははアルフに念話で尋ねた。
《それで……フェイトちゃんは?》
《……ゴメン。あたしにもわからないんだ……
あたしもフェイトも、なんとかアイツらから逃げようと必死だったから……》
《アルフ、キミの守ったジュエルシードは?》
と、これはなのはの肩の上のユーノである。
《それは大丈夫。“力”をカモフラージュして隠してあるよ。
その後、アンタ達のところへ行こうとしたんだけど、体力がもたなくて……》
《倒れちゃったところを忍さんに拾われたんだね……》
ともかくこれで大体の事情はわかった。次はフェイトの行方だが、その前に――
「ねぇ、お兄ちゃん。
この人、ウチでお世話してあげることってできないかなぁ?」
そう。アルフの身柄をここに預けておいたら、“敵”に襲撃されかねない。今までの経緯で否応なく実戦経験を積んだなのはにもわかる――“夜の一族”の力を過小評価するつもりはないが、アルフとフェイトの二人がかりでも撃退されるほどの敵が相手なのだ。できることならば巻き込みたくはない。
それに、フェイトを探すためにも、一緒にいる方が何かと動きやすいのだが……
一方、恭也はなのはの問いにしばし考え、
「うーん、特に問題はないんじゃないかな?
もちろん、彼女の同意が大前提だけどな」
「あぁ、あたしならかまわない……けど……」
答えながらこちらを見上げ――アルフは動きを止めた。
ポカンと口を開け、呆気に取られたように恭也を見上げている。
「………………?
アルフさん?」
「ん? あ、あぁ、ゴメン」
なのはに声をかけられ、アルフは我に返るとパタパタと手を振って答える。
そんなアルフの態度に何か引っかかるものはあったが――ともあれ同意は得た。こうしてアルフは高町家で厄介になることが決定したのだった。
「……ダメか……」
柾木家の地下――そこには、ご近所様の地下をも巻き込み、数フロアに渡って作られた超私的空間、通称“柾木家地下帝国”が存在する。
その中の1フロア――電算機室で、ジュンイチはパソコンのモニターを前に苦虫をかみつぶしたかのような表情でうめいた。
彼が見ているのは警察のデータベースである――ハッキングの腕はジーナに負けても、ジュンイチにはジュンイチなりの『のぞき方』があるのだ。
と――
「お兄ちゃん」
声をかけ、あずさがのぞき込んできた。
「フェイトちゃんのお風呂と着替え、終わったよ」
「そっか。
いや、お前がいてくれてマヂ助かったよ」
「お兄ちゃんがやると犯罪スレスレだもんねぇ。弁護の要素が介護しかないし」
ジュンイチに答え――あずさは本題を口にした。
「それで……見つかった?」
「ぜんぜん。
警察にも役所にも、あの子の身元を示すデータは一切なし。消されたような跡もないし……最初からなかったと思っていい」
「それって……」
「あぁ……」
あずさに答え、ジュンイチは告げた。
「まだまだ、お前にフェイトの(食事以外の)世話を頼むことになりそうだ」
「そうか……わかった」
なのはからの連絡を受け、クロノはそう答えて念話を解いた。
「アルフとは無事合流。
なのはの家でお世話になることになったそうだよ」
「そうなんだ。
よかったわね」
「あぁ。このままじゃなのはの友達を巻き込んだかもしれなかったからね」
エイミィの言葉に答え――クロノは意識を切り替えて尋ねた。
「それで……あの敵については何かわかったのか?」
「うん、フェイトちゃんの捜索の片手間に、ちょっと検索かけてみたんだけど……」
そう言うと、エイミィは検索の結果を表示して――クロノはそこに表示された該当データ“の一覧”を見て目を丸くした。
「な、何なんだよ、この該当データの量は!」
「正直、検索に使えるデータが名前だけだったからねぇ……いろんな次元の同名のデータがかたっぱしからヒットしちゃってね。
で、その中でも特に多かったデータが、これ」
驚くクロノに答え、エイミィはそのデータを表示した。
「ダテンシ……?」
「そう。
『リヴァイアサン』と『ベヒーモス』……どちらも多くの次元世界で化け物や悪魔――“堕天使”と呼ばれる部類に属する者の名前だったの」
その説明をデータに目を通しながら聞いていたクロノだったが――ふと、記憶の底から浮上してきた情報があった。
「――もしかして!」
声を上げ、クロノはデータを検索し――そこに表示されたデータを見てそれが間違っていなかったことを確認する。
「……やっぱり……
1000年以上前にいくつもの次元世界を滅ぼして、次元牢に幽閉された種族がいる。
その種族の名が、“堕天使”――」
その日は新月――寝静まった住宅街は闇に包まれていた。
その中で、それは静かに動き出した。
目標のいる住宅を探し出し、門が閉まっているのを見て一瞬躊躇する。
しかし、すぐに突破することにして、全身をバネのように縮め――
「ストップ」
その言葉と同時、門の扉が片方だけ開けられ、
「人んちの門なんだ。ブッ壊さないでもらえるとありがたい」
そう言って、ジュンイチはそれと――煙のように揺らめく、しかし明確に実体を持った不定形の異形と対峙した。
「――――――っ!?」
それを感じ取り、フェイトは顔を上げた。
――ジュエルシードが発動している。それも、すぐ目と鼻の先で。
まだ重たい身体を起こして窓へと向かい、外を見る。
そして――発見した。
門の前で対峙する、ジュンイチと、ジュエルシードの思念体を。
異形はジュンイチに何も告げない。ただゆっくりとジュンイチに向けて前進する。
だが――それで十分だった。異形のその行動はジュンイチに十分すぎるほどの情報を与えていた。
「……言語を発することはできなくても、言葉を理解し、思考する頭はあるようだな。
ゆっくりとした前進は退く意志がなく、できれば無用の争いは避けたいことを示す、しゃべれない者なりのメッセージか。
だが――」
そう告げ、ジュンイチもまた一歩前に出た。
つまり――
「お断りだ」
その瞬間、異形が跳んだ。上空からジュンイチに向けて自身の一部を硬質化させた刃を放つ。
だが、ジュンイチも真横に跳躍してそれをかわし、異形に向けて右手に生み出した炎を解き放つ。
かわせるタイミングではない。あの異形に空中で移動する手段がない限り――直撃する。
しかし、異形にはその手段があった。破裂するように二つに分裂すると、その勢いで離脱、ジュンイチの炎は何もない虚空を焼き払う。
そして、二つに分かれた異形は道路に着地し、その中間に立つジュンイチへと襲いかかる。
(ひとつに戻るついでにオレをつかまえようってハラか――!)
だが――そうはさせない。
ジュンイチはそれぞれの異形に向けてかざした両手を中心に力場を収束、強固な盾となったそれが異形の突進を阻む。
突破が不可能とすぐにわかったのだろうか、異形はそのまま力場の盾を破ろうとせずにすぐに後退、再び上空に跳ぶと頭上で合体し、ジュンイチに向けて急降下して襲いかかる!
異形に質量があるのは今防いだ突進の手応えが証明してくれた――さすがにあの質量の急降下をまともに防ぐ気にはなれず、ジュンイチは跳躍して異形をかわすと呪文を唱える。
――炎よ、我が意に従い鎖と変われ!
ジュンイチの呪文に呼応し、彼の周囲に漂う精霊力が燃焼を開始、それはいくつもの炎の鎖へと形を変える。
この一節ではただ炎の鎖を具現化するのみ。本来はその後に任意の場所にそれを用いた牢獄を作り出す節が加わり完全な呪文となるのだが――
「炎鎖縛牢!」
ジュンイチはその節を省いて術を発動、炎の鎖が異形へと襲いかかる。
当然、そこから逃げようとする異形だが――
「逃がすか!」
ジュンイチは両手で鎖を操作、鎖は逃げる異形を追いかけていく。
本来の“炎鎖縛牢”は指定した場所に鎖の牢獄を作り出し、あらかじめそこに追い込んでおいだ敵を捕獲する、一種のトラップ的な術だ。しかし、この場では「相手を追い込む」ことは難しいと判断し、ジュンイチは炎の鎖のみを作ってそれをコントロールする発動方式を選んだのだ。
そして、炎の鎖はついに異形に追いつき、その身体に巻きついていく。
対して、異形は再び分裂して離脱しようとするが、
「当然、そうくるよな……
けど、させるワケねぇだろうが!」
それはジュンイチに読まれていた。異形に残った鎖を巻きつけ、包み込む。
「もう夜も遅いんだ。
近所迷惑だし、こっちも早く寝たいんでね、決めさせてもらうぞ!」
時間はかけない――このまま一気に決着をつけるべく、ジュンイチは右手に炎を生み出し――
「――待って!」
そんなジュンイチを止めたのはフェイトだった。
「お、お前……!
何ノコノコ出てきてんだ! おとなしく休んでろって言ったろ!」
それを見てジュンイチが声を上げるが、フェイトはかまわず異形を閉じ込めた炎の鎖を見上げて告げた。
「あの中心にあるジュエルシードはものすごい量のエネルギーの結晶体なの。
もし、ジュンイチさんのその一撃が当たったら、大変なことに……!」
「何……!?」
フェイトの言葉に、ジュンイチは眉をひそめた。
「お前、アイツを知ってるのか?」
「うん……」
「……対処法は?」
「知ってるし、持ってる」
ジュンイチの問いにフェイトが答えた、その時――ジュンイチによって上空に浮かべられていた異形を包む炎の鎖が膨張を始めた。
中の異形が脱出しようとしているのだろうが――
「ち、ちょっと待て!
アイツ……! なんつーエネルギー量だ!」
異形から放たれる膨大なエネルギーを感じ取り、ジュンイチは思わず声を上げた。
おそらく、内部のジュエルシードからしぼり出したエネルギーを使って膨張しているのだろうが、そのエネルギー量が半端ではない。確かにフェイトの言う通り、あんなところに炎を叩き込んだりしていたら、エネルギーに引火して大変なことになっていただろう。
このままではすぐに拘束も破られる――この状況では考える時間も惜しい。ジュンイチは手短にフェイトに尋ねる。
「……対策、オレでも使えるか?」
「時間があれば」
「じゃ、時間がない今はムリだな。
お前は?」
「すぐにでも」
「ならお前に任す。
射程は?」
「目の前に落としてくれれば確実に」
「了解」
そうしている間にも、異形を拘束している炎の鎖はどんどん膨張を続けている。
そして、ついに袋が破裂、異形が解放され――
「よぅ」
その眼前にはタイミングを見計らって跳躍したジュンイチの姿があった。
「さっき捕まえた時に気づいたんだが――
お前、一瞬じゃ分離できねぇだろ!」
言うと同時、ジュンイチは分裂しようとした異形に拳を叩き込み、大地に叩きつける!
そして、異形が身を起こし――そこにはフェイトが立っていた。
発動させた、バルディッシュを持って。
(ジュンイチさんの言う通り、体力がぜんぜん戻ってない……
たぶん、何発も撃てない。かといってジュンイチさんにこれ以上頼れない――これで決める!)
決意と共に、フェイトはバルディッシュをかざし、その先端で雷光がほとばしる!
それを見て危険と感じたか、異形はその場から後退すべく後ろへと跳躍し――
「バックの際はちゃんと後方確認しやがれ、バーカ」
そこにはジュンイチがいた。軽口と共に“力”を帯びた手刀が異形へと突き刺さる。
(中枢はどこだ――!?)
異形の内部の“力”の流れを読み取り、その中心を探り――見つける。
「フェイト!」
そして、ジュンイチは中枢核――ジュエルシードを抉り出すとフェイトに向けて放り投げ、
「ジュエルシード、シリアル]Z、封印!」
フェイトの言葉に答え、バルディッシュから放たれた“力”がジュンイチの抉り出したジュエルシードを包み込み、その力を鎮めていく。
そして、完全に沈黙したジュエルシードはバルディッシュの中枢部へと収納。“力”のより所を失った異形の身体は粘液となって崩れ落ちた。
「うっわー、ベトベト……
こりゃ後片付けが面倒だな」
異形の上に馬乗りになっていたため、粘液まみれになってしまったジュンイチがうめき――そのとなりで、フェイトはその場に倒れ伏した。
「お、おい!?」
あわてて駆け寄るとフェイトを抱き上げ――ジュンイチは気づいた。
「すげぇ熱じゃねぇか……!
回復しきってねぇのにムチャしやがって!」
うめいて、ジュンイチはフェイトを背負って自宅へと駆け込んでいった。
(初版:2005/08/07)