「ジュエルシード、シリアル]Z、封印!」
 フェイトの言葉に答え、バルディッシュから放たれた“力”がジュンイチの抉り出したジュエルシードを包み込み、その力を鎮めていく。
 そして、完全に沈黙したジュエルシードはバルディッシュの中枢部へと収納。“力”のより所を失った異形の身体は粘液となって崩れ落ちた。
「うっわー、ベトベト……
 こりゃ後片付けが面倒だな」
 異形の上に馬乗りになっていたため、粘液まみれになってしまったジュンイチがうめき――そのとなりで、フェイトはその場に倒れ伏した。
「お、おい!?」
 あわてて駆け寄るとフェイトを抱き上げ――ジュンイチは気づいた。
「すげぇ熱じゃねぇか……!
 回復しきってねぇのにムチャしやがって!」
 うめいて、ジュンイチはフェイトを背負って自宅へと駆け込んでいった。

 

 


 

第2話
「果たされない再会」

 


 

 

「どうだ?」
「お兄ちゃんの診断通り。ケガとかが原因じゃないよ。
 ケガの治癒のために疲れきってるところにさらに“力”まで使って消耗しただけ」
 尋ねるジュンイチに、彼女の診察を終えたあずさが答える。
「そうか……」
 あずさの言葉に安堵のため息をつき、ジュンイチは先の戦いを思い返した。
(あの宝石が、フェイトの持っていたケースの中身か……
 あんな小さな石コロに、あれほどのエネルギーが詰まってるのも驚きだけど――)
 そう。ジュンイチにはそれ以上に気になることがあった。
(なんか、人工的な感じがしたんだよなー、あのエネルギー……
 一度、フェイトから詳しい話を聞くしかない、か……
 それにしても――)
 『8年前』に始まり、傭兵稼業に瘴魔の出現、ブレイカーへの覚醒にシャドープリンスによる異界転送。そこからこうして帰ってきて、瘴魔との戦いも一段落ついたと思ったら今度はフェイトを拾って――
「なんで、こーも厄介事が立て続けに起きるかね、オレの人生……」
 厄介事のない生活が無性に恋しくなってきたジュンイチであった。

 所変わってこちらは海鳴――
「フェイトちゃんの居場所がわかったの!?」
〈えぇ、お待たせ〉
 声を上げるなのはに答え、携帯電話の向こうでエイミィは続けた。
〈かなりランダムに転移してたからトレースに時間がかかっちゃったけど、フェイトちゃんの転移先は特定できたわ。
 当該次元への転移準備完了まで、あと5時間、ってところかしら……〉
「じゃあ……」
〈わかってるわ。
 準備ができ次第、そっちにクロノを迎えに行かせるから〉
 言いかけたなのはに、エイミィはそう答え、通信は切れた。
(フェイトちゃん……待っててね……!)
 親友の身を案じ、なのははレイジングハートを握り締めて祈った。

 再びフェイトが目覚めた時、陽はすでにすっかり昇っていた。
 気だるい身体を起こして周囲を見回すと、部屋のすみ――フェイトから見て足元の方で、ジュンイチは座ったまま壁に背を預けて寝息を立てていた。
「……ずっと……見ててくれたのかな……」
 ポツリ、とつぶやくと、まるでそれが合図だったかのようにジュンイチが目を覚ました。
「クソッ、寝ちまってたか……」
 誰に言うでもなくつぶやき――ふと顔を上げたジュンイチはようやくフェイトが起きているのに気づいた。
「なんだ、起きてたのか?」
「は、はい……
 今、起きたばかりで……」
「そっか」
 フェイトの答えにうなずき、ジュンイチは立ち上がるとズボンのしわを伸ばす。
 本当はすぐにフェイトからあのジュエルシードのことを色々と聞き出したかったのだが、思った以上にフェイトが眠っていたため、その前にひとつ、することができた。すなわち――
「少し待ってろ。
 メシのひとつも作ってやる」
 言って、ジュンイチはそのまま部屋を出てキッチンへと向かう。
 そう――人一倍エネルギーを使う身体であるジュンイチの最大の天敵と言えるのが空腹だった。ただ単に食いしん坊で『うまい食事を』たくさん食べたいライカと違い、ただ純粋に多量の食事を取らなければ体力を維持できない身体なのだ。唯一の救いはそれが『常に』ではないことだけだ。
 空腹のまま話をしようとしても集中などできるワケもないし、それは規模の違いがあるだけで、ついさっきまで疲労困憊で眠っていたフェイトも同じだろう。
 体力がつき、なおかつ彼女の舌をうならせるには何がいいだろうかと脳裏で献立を吟味し――ジュンイチはふと思った。
(こーゆーのも、悪くないかな……)
 先ほど感じた『日常』への郷愁を撤回したくなっている自分に気づき、ジュンイチは思わず苦笑した。
 たとえ死ととなり合わせの日々の中でも――いや、だからこそ、その中での新しい出会いやこういった穏やかな時間がより大切に思え、厄介事の渦中にある内は特にそれに対する郷愁の念を感じるのだろう。
「なら……守ってやんなきゃな」
 想いを口に出し、ジュンイチは息をついた。
 そう。守ってみせる。この想いの根源を。
 ジーナ達も、青木ちゃん達も、ブイリュウも、あずさも、親父も――フェイトも。

「本日、集まってもらったのは他でもない」
 自分の呼び出しに応じ、龍雷学園・トラップ愛好会の部室に集まった青木啓二と橋本崇徳を前に、相川信也はそう切り出した。
「何だよ? 一体。
 こっちだってヒマじゃないんだぞ。さっさとしてくれ」
 だが、真剣な表情の相川に対して青木は不満丸出しだ。
 というのも――最近瘴魔が出現しないのがその最大原因だった。
 なまじブランクが長いことが彼やジュンイチの緊張感を高めていた。これだけ長期間現れていないのだから、いつ現れてもおかしくない――そんな疑念があったからこそ、『またバタバタしだす前に一息ついておけ』とジーナ達を里帰りさせたのだが、逆に東京に残った彼らは平穏ながら緊迫した毎日を送るハメになっていた。
 そんなワケで早く話を終わらせて解放してもらいたい、というのが青木の本音だった。
 となりを見ると橋本も憮然としている。事情が自分と違うだけで、突然呼び出されて不満なのは同様らしい。
 だが、相川がそんな二人を気遣うはずもなく、あくまで真剣な表情で二人を見返す。
「実は、ジュンイチのことなんだが……」
 なんだ、またか……
 相川の言葉に、ふたりの脳裏にまったく同じ言葉が流れた。
 極度の女好き――というより女『の情報』好きの相川が同性の話を持ち出す時は、たいていそいつの女性関係絡みであることがほとんどだ。
 そして、ジュンイチは男女分け隔てなく接するその性格ゆえに、イメージとは裏腹に女がらみの話題は意外と多い。そのため相川がジュンイチの名前を出す時は彼と誰かしらの交際疑惑が議題であることがほとんどだった。
 もちろん、自分に向けられる好意には致命的なニブさを誇るジュンイチに本当の色恋話があるワケもなく、いつも相川のカラ回りに終わるのだが。
 しかし――相川の次の言葉に、青木と橋本は目を丸くした。
「アイツが、女の子を家に連れ込んでるらしい」

「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末サマ」
 少しは動けるようになったから――というフェイトの意向によって食堂での食事となり、食べ終えて箸を下ろしたフェイトに、ジュンイチは笑顔で答えた。
「しかし……確認もせずに和食を作ったオレが言うのも何だが……箸使えたんだな、お前……」
「うん……前にも、日本にいたことがあるから……」
 尋ねるジュンイチに答え、フェイトはその時のことを思い返した。
 あの時は、ただ母プレシアの言うままにジュエルシードを集め、そのためになのはとも対立した。それが何をもたらすのかも考えずに。
 しかし、そのおかげでなのはとのかけがえのない絆を得ることができたのだから、ある意味ではそれでもよかったのかもしれないが……
「……フェイト?」
 ふと過去の記憶に思考を埋没させかけたフェイトだったが、ジュンイチの声で現実に戻ってきた。
「どうかしたか?」
「あ、えっと……
 昔のことを思い出して、それで……」
 尋ねるジュンイチに、フェイトは思わず正直に答えていた。
 どういうワケか、ジュンイチの前にはヘタなごまかしは通じない気がする――だが、そのフェイトの直感は確かに事実だ。傭兵として実戦の中に身をおき、命がけの化かし合いを続けてきたジュンイチには生半可なウソは通じない。もっとも、まっすぐな性格が災いして自分がウソをつくのは苦手だが。
「それはともかく」
 ともかく、そんな直感を抱いたフェイトだから――次に放たれたジュンイチの言葉に背筋を凍らせた。
「昨日のあの戦闘に関わった以上、もうオレは無関係じゃない。
 話してもらえるか? あのジュエルシードとかいう石コロのことを」
 ごまかしは――できそうになかった。

「アイツは……また厄介事を引き寄せたな?」
「毎度毎度、よくもまぁ飽きもせずにトラブルに首突っ込むよな、アイツも」
 肩を並べて街を歩きながら、ため息混じりにつぶやく青木に橋本が同意した。
 あの後、相川から一通りの事情を聞きだした二人は余計なトラブルを起こさないように相川を沈黙させ、部室に閉じ込めた上で帰路についていた。
 『連れ込んだ』というのはどうせ相川の脚色したガセだろう。大方何らかのトラブルに巻き込まれたその女の子を保護したのだろうが、少なくとも、“今の”ジュンイチが何も考えなく助けた女の子をそのまま家においておくとは考えにくい。そんなことをすれば瘴魔との戦いにも巻き込みかねないというのに。
 だからこそ、今回のジュンイチの行動には裏があるような気がして、二人は本人の動向を見守ることにしたのだ。
 あえてこちらから訊くようなことはしない。そんなことをすれば情報元の相川が話を脚色したことまで知られ、『おしおき』という名の苛烈なツッコミをもらうことは目に見えているからだ。二人とも余計な血の海を作るつもりはない。ヘタをすれば飛び火してくるし。
「ま、ジュンイチだしな」
「確かに」
 どちらにしても結局のところ、またジュンイチの傍若無人なお人よしぶりが招いた事態なのはまず間違いない――それだけは確信し、二人は思わず苦笑した。
 となりを、この時間帯に街にいるはずのない年頃――小学生くらいの子供達がすれ違ったのにも気づかず――

「ホントにフェイトちゃん、この街にいるのかなぁ?」
「エイミィのトレース結果からすると、この街のどこかにいるのは間違いないな」
 尋ねるなのはに、クロノはエイミィからもらったデータ――この世界でも違和感がないように紙面にプリントアウトしてもらった――に目を通しながらそう答える。
「けど、素直に見つかるのかなぁ?」
 別に知人がいるワケではないので人間の姿に戻っているユーノが尋ねると、その問いにクロノは少し考え、
「……とりあえず、この街の図書館で最近の新聞の記事を調べてみよう。
 フェイトのケガはかなりのものだった。病院とかに担ぎ込まれていたら、少しはニュースになってるかもしれない」
 というワケで図書館に向かうことにしたなのは達は公衆電話を探し出し、電話帳で図書館の住所を割り出す。
 ――コンビニで買った道路地図によるとここからさほど遠くない。歩いて5分ほどだろうか。
 一刻も早くフェイトの手がかりを見つけようと、なのは達は急いで図書館へと向かう。
 となりを、その『手がかり』2名がすれ違ったのにも気づかず――

「なるほど。
 大体の事情はわかった」
 フェイトからこの家に拾われるまでの経緯を聞かされ、ジュンイチは腕組みして納得した。
「つまり、そのお前さんが持ち出したっつージュエルシードが、この街を中心に近辺にバラまかれちまった、ってワケか」
「ごめんなさい……」
「怒ってないから」
 謝るフェイトに答え、ジュンイチは息をついて立ち上がる。
「とにかく今はゆっくり休め。
 その『封印』とやらはお前に任せなきゃならんだろうが……ジュエルシードの作り出す異変や化け物を鎮めることはオレひとりでもできる」
「け、けど……」
「さっきも言ったが、もうオレも関係者のひとりだ。
 お前がイヤだっつっても関わるからな」
 フェイトに告げ、ジュンイチはそのまま食堂を出て行く。
 ひとり残され――フェイトは、自分の手が汗ばんでいるのに気づいた。
 いつの間にか、両手を握り締めていたらしい。
「……これで……いいのかな……?」
 気づくと、思わず考えが口に出ていた。
 果たして、これで正しいのだろうか――?
 彼自身がやる気になっているとはいえ、本来関係のない彼を巻き込んでしまうことに、フェイトは抵抗を感じていた。

 なのはの世界はどうかは知らないが、この世界の府中市は龍雷学園の各校舎が分散して点在する『学園都市』としてその都市機能が構築されている。
 そして、市立図書館は同時に龍雷学園の図書館でもある。
 市と私立校、ふたつの――しかも一方は巨大な――スポンサーを持つこの町の図書館は、通常では考えられない規模を誇っている。それはもう国立図書館も真っ青なくらいに。
 その巨大図書館を前に、なのは達は開いた口がふさがらなかった。
「こ、これが図書館……?」
「ミッドチルダにだって、こんな大きさの図書館はないよ……」
 呆然とつぶやくクロノのとなりで、ユーノもまた同様につぶやく。
「と、とにかく、中に入って調べなきゃ」
 言って、なのはが先頭に立って受付に向かい、司書の人に話しかける。
「あのー、新聞の記事ってどこに行けば見られますか?」
「あぁ、それなら……」
 なのはに問いに司書が答えかけた、その時――
「こんにちはー。
 返却お願いします」
 言って、ひとりの少女がカウンターへと借りていた本を持ち込んできた。
 普通ならここで平常通り返却の手続きをして終わり、なのだが――司書の対応は違った。
「あ、ちょうどよかった。
 かぐや、返却が終わったらこの子達を新聞フロアに案内してあげてくれない?」
「え――?」
 司書のその言葉に、篝火かぐやは不思議そうになのは達へと振り向いた。

「なるほど、友達がケガしたかもしれないって話を聞いてこの街まで……
 で、記事を見れば行方がわかるかもしれないってワケか」
 当たり障りのない部分だけ真実で後はウソ――リンディ直伝の『真実の混じったウソ』でクロノから説明を受け、かぐやは納得しながらなのは達を新聞フロアに案内した。
「けど、こうして調べなきゃわかんないなんて……
 その友達ってひとり暮らしでもしてるの?」
「あ、はい……」
 少なくともこの世界にはひとりで放り出されたのだろうし、それは事実だろう――そう判断し、なのははとりあえずうなずいておく。
 実際にはジュンイチに拾われているのだが。
 ともあれかぐやの案内で事件当日以降の新聞をあらかた持ち出し、手分けして調べてみる。
 しかし――
「手がかりなし、か……」
 結局、記事の中から手がかりを見つけることはできなかった。新聞を元の棚に戻し、クロノがつぶやく。
「これからどうしようか?」
「うーん……」
 尋ねるなのはにユーノが答えると、
「あ、そうだ」
 何かを思いつき、かぐやが声を上げた。
「ひとり、そういう人探しが得意な人を知ってるけど……紹介しようか?」
「え? いいんですか?」
「いいわよ。
 ムチャクチャなようで結局お人よしなヤツだからまず引き受けてくれるだろうし、アイツんちって広いから、ヘタすれば見つかるまで滞在させてくれるかもしれないわよ。
 すぐに連絡取れるけど……どうする?」

「……まぁ、フェイトにはあー言っちまったけど……発動とかしてくれないことには、オレに感知する手段はないんだよなぁ……」
 することもなく、とりあえずパトロールに出てみたものの、結局手がかりは何もなく――ジュンイチは駐輪場に停めたゲイルのとなりでハンバーガーをほお張りながらつぶやいた。
「………………戻るか。
 瘴魔といいジュエルシードといい、出待ちってのは性分じゃないんだけど……」
 つぶやき、ジュンイチが立ち上がると、
 ♪〜空は〜飛べないけど〜♪
 懐の携帯電話が着うたを奏で始めた。
 すぐに取り出して相手を確認し――珍しい相手であることに眉をひそめながらも応答する。
「はい、こちら柾木。
 どうしたんだよ、かぐや?」

〈お前が電話してくるなんて珍しいな〉
「とか言う割にはちゃんと想定して携帯に登録してるのね」
〈宅配マンの性ってヤツだ〉
 図書館の出口で、なのは達を待たせながら携帯で話すかぐやにジュンイチは電話の向こうで答える。
〈で? 何の用だ?〉
「ちょっと頼みごとがあってね」
〈人探しか?〉
「どうしてわかったの?」
〈オレのこと、常日頃から人探ししか評価してないヤツが今さら何を言うか〉
「はいはい。
 で、問題の探し人だけど……」
〈どーせ断ったって喰らいついてくるつもりだろ? 引き受けてやるさ。
 依頼人は? そこにいるのか?〉
「うん、いるよ」
〈駅前のマック前に1時間後。
 どーせ活字中毒者のお前のことだから、今は図書館近辺にいるんだろ? そこからならのんびり移動してもお釣りがくる時間だ〉
「あたしも同行する?」
〈そいつらが道がわからんようならな〉
 そして、なのは達の目印を簡単に伝えて電話を切ると、かぐやはなのは達へと振り向いた。
「OKだってさ。
 キミ達の特徴は伝えておいたから、待ち合わせ場所に着けば向こうから見つけてくれるはずよ」
「ありがとうございます!」
 かぐやの言葉に、なのはは喜んで礼を言う。
「待ち合わせは駅前のマックの前に1時間後。道わかる?」
「あ、はい。大丈夫です。
 それじゃあ、ボク達はこれで」
 尋ねるかぐやにクロノが答え、なのは達は彼女と別れて歩き出す。
「どうする? もう行く?」
「うーん……」
 尋ねるユーノになのはが考え込んだ、その時――
『――――――!?』
 3人は同時にそれを感じ取った。
 ジュエルシードの発動を示す波動である。
「なのは!」
「うん!」
 クロノの言葉にうなずき、なのはは現場に向かった。

 今回ジュエルシードが取り憑いたのはカマキリだった。巨大に成長したそれは公園の森の中を獲物を求めて歩き回り、時折行く手をさえぎる木々をその鎌で薙ぎ払っていく。
 幸い人気のないところで発動したからよかったものの、もしこんなものが街中に現れていたら、パニックは必至だったことだろう。
 ともかく、なのは達が現場に到着した時の状況はそんな感じだった。
「ぅわぁ、なんかスゴいことになってる……」
「けど、ほっとくワケにはいかないよ。
 なんとか沈黙させるよ!」
 思わずうめくなのはに答え、クロノが先陣を切って地を蹴り――
「どけ」
「え――――――?」
 淡々と告げられた、聞き覚えのない声にクロノが一瞬声を上げ――次の瞬間、彼のエリ首をつかみ、何者かが後ろに投げ飛ばすようにクロノを後退させる。
 そして――
 ――ガギィッ!
 こちらの動きに気づいてカマキリが振るった鎌を、ジュンイチは爆天剣で受け止めていた。
「この化物はオレが片付ける。
 お前らは下がってろ……」
 言って振り向き――ジュンイチは気づいた。
 なのはの手の中にある、発動させたレイジングハートの姿を。
(バルデッシュに似てる……? インテリジェント・デバイスってヤツか?)
 フェイトの説明の中で出た、彼女の親友の名が脳裏によみがえる。
「……違ってたらすまない。
 お前……高町なのは、か?」
「え?
 どうして私の名前を!?」
「やっぱりそうか……」
 思わず声を上げるなのはに答え、ジュンイチはカマキリへと視線を戻し、なのはに告げた。
「フェイトはオレの家で保護してる」
「えぇっ!?」
「詳しい話は後だ。
 まずはこいつを黙らせる! 封印は任せるぜ!」
 なのはに告げ、ジュンイチはカマキリを力任せに押し返し、続けて振るったカマキリの鎌をかわす。
「鎌の扱いだったら――もう少しマシなヤツを知ってるぜ!」
 言いつつ、ジュンイチは爆天剣を振るい――カマキリの両腕の鎌がその力を失った。
 ジュンイチの斬撃によって、両腕の筋肉の一部を断ち切られたのだ。
 思わぬ攻撃にカマキリは思わずひるみ――そのスキを逃すジュンイチではない。素早く身を沈めるとカマキリの足の筋肉も同様に断ち切る。
 そして――
「フィニッシュ!」
 抵抗する術を失ったカマキリの腹にジュンイチの放った雷光弾が突き刺さり――カマキリが体内からジュエルシードを吐き出した。

「うわー、またベトベトだよ。
 あんまし触りたくねぇなぁ……」
 カマキリがジュエルシードと共に吐き散らした粘液の上を歩き、ジュンイチはジュエルシードをつまみ上げる。
 まだエネルギーが安定しておらず、時折走るスパークが右手を傷つけるが、この上をなのはに歩かせるよりはマシだ。
 ちなみにカマキリはきちんと全肢が動く状態で元のサイズに戻った。基本的にジュエルシードに取り憑かれていた間に受けたダメージは、よほどひどいものでない限り治るらしい。
「ほら、頼む」
「は、はい……
 ジュエルシード、シリアルW、封印、っと……」
 ジュンイチに答え、なのはがレイジングハートを近づけ――完全に沈黙したジュエルシードはレイジングハートの中枢部へと収納された。
「けど……フェイトちゃんのことを知ってる人に、こんなに早く出会えるなんて……」
「んー、すぐにでも会わせてやりたいところだけど、オレ、これから駅前に用があるんだ」
「あ、いいですよ。
 ボク達も、フェイトのことを探してくれるって人と駅前で待ち合わせしてたんです。その人にもう必要ない、って伝えないと……」
 なのはに答えるジュンイチにユーノが告げ――ジュンイチの動きが止まった。
 そういえば、どこかで見たような――いや、違う。つい最近『イメージしたことのある』ような3人だ。
 ゆっくりと振り向き――確認する。
「約束の電話から1時間後に駅前のマック前」
「え? どうしてそれを……?
 それじゃあ……」
 尋ねるなのはに、ジュンイチは告げた。
「たぶん……オレが待ち合わせの相手だ」

「世間って広いようでせまいよなー」
 自宅に向かう道中で、ゲイルを引きながらなのは達と歩くジュンイチのもらした感想がそれだった。
「けど、ジュンイチさんってスゴいですね。
 ジュエルシードを取り込んだ原住生物を、たった2手で無力化するなんて……」
「別に。向こうの能力を考えた上でのことだ。
 戦いの上で優位に立つ、もっとも有効な手段は敵の攻撃手段を奪うことだ。
 だからオレは、真っ先にカマキリの最大の武器である両腕の鎌を、次にもうひとつの武器である敏捷性を奪うために足を封じた。ただそれだけのことだ」
 先ほどの戦いぶりを思い出し、感心するクロノにジュンイチが答えると、
「――お兄ちゃん!」
 そんな彼の姿を見つけ、あずさが駆けてきた。
「あずさ……?
 どうしたんだよ? フェイトの(食事以外の)世話任せておいたろ?」
「()内はいらないから」
 ジュンイチの言葉に思わずうめくが――あずさは告げた。
「フェイトちゃんがいないの!
 家の中はもちろん、ご近所のどこにも!」
「えぇっ!?」
「どういうことだ!?」
「これ……」
 声を上げるなのはとジュンイチに答え、あずさは1枚の紙を手渡した。
 フェイトの書き置きである。

『やっぱり、ジュンイチさん達を巻き込めません。
 ジュエルシードは、私の手で探します。
 助けてくださって、本当にありがとうございました』

「……あのバカ……!」
 うめいて、ジュンイチは書き置きを握りつぶすと空を見上げた。
「身体も回復してねぇってのに……ウチを出ていったって、何の解決にもならないだろうが……!」


 

(初版:2005/09/04)