「うん。そーゆーワケで、しばらく抜けるから、後は頼む。
何ならジーナ達呼び戻してコキ使ってもらってもいいから」
そう言うと、ジュンイチは受話器を下ろし、リビングで待たせていたなのは達の元へと戻ってきた。
「代役の投入完了。
これで、オレがいない間にオレ達の敵――瘴魔が出ても大丈夫だ」
「けど……ジュエルシードの方はどうするんですか?」
「その辺も、大体の情報は伝えて、発動したらムリヤリ屈服させて回収しとくように言っといた」
尋ねるなのはに答え、ジュンイチはついでに『最後の懸念』に対する対処法もすでにできていることを伝えることにした。
「『堕天使』に関しては――ま、リヴァイアサンくらいのレベルの相手なら、オレがいなくてもアイツらみんなでフクロにすりゃ何とかなるだろ」
「フクロって……
ジュンイチさんって物騒な単語を平然と使いますよね、ホント……」
「ほっとけ。これが性分だ」
うめくクロノに答え、ジュンイチは気を取り直して告げた。
「そんじゃ、行くとしましょうか。
なのは達の世界に、さ♪」
第5話
「海鳴市での初戦闘」
とりあえず、ジュンイチの負ったダメージも一晩で動けるくらいには回復し――なのは達は一度、自分達の世界に戻ることにした。
こちらの世界のジュエルシードの行方も気になるが、堕天使達がジュエルシードを狙って暗躍している以上、一刻も早くアルフが隠しているジュエルシードも回収しなくてはならないからだ。
そこで、向こうで再び堕天使と対峙する可能性に備えて、ジュンイチも護衛として同行することになったのだ。
そして、数分後――なのは達はクロノの転移魔法でアースラ艦内へと移動していた。
だが――
「あー、えーっと……」
突き刺さる視線に気まずさを覚え、ジュンイチは正直リアクションに困っていた。
視線の正体は言うまでもない。先日ジュンイチが繰り広げた戦い――その中でも対なのは戦をなじる、リンディとエイミィの無言の抗議である。
「だから、悪かったって。オレも正直、荒療治だったって自覚はあるんだから。
けど、あの時は時間的な問題もあったんだ――いつ堕天使とぶつかるかわからん時に、いつまでもあんな状態にしておけるワケないだろ」
一応説得は試みるが、無言の攻撃は止まない。
とりあえず、彼女達がどういうつもりなのかはだいたい想像はつく――元々自分も『そのつもり』だったし、すでになのは達には告げてある。ここはさっさと思惑に乗るのがこの状況を切り抜ける最良の策だと判断し、告げる。
「わかった。わかりました。
なのは達しばいた責任とって、ちゃんとこの一件、最後まで面倒見てやるさ」
とたん――二人の表情が輝いた。
「そう。なら許してあげる♪」
「このままほったらかし、なんてことを言うつもりなら、こちらとしても考えがあったんですけどね」
「その『考え』の内容を非常に問いただしたいところだけど……放り出すつもりならそもそもここには来ないでしょ」
「それもそうね」
ジュンイチの答えにあっさりとうなずき――その目がキラリと輝いたのをなのはは見逃さなかった。
「それで、モノは相談なんだけど……」
「ん?」
突然口調を変えたリンディに、ジュンイチは疑問の声を上げ――
「ねぇ、キミ、ウチに就職する気ない?
お給料もいいし福利厚生バッチリだし! 業務内容や待遇に関する基本的な希望も聞いてあげるわよ♪」
「ぅおっとぉ!?」
突然勧誘モードに切り替わり、満面の笑顔で詰め寄ってくるリンディに、ジュンイチは思わず驚いて後ずさる。
「やっぱり……」
「なんか……自分達の時のことを思い出すね……」
そんなやり取りを前に、なのはとフェイトがそんな感想をもらしている間にも、リンディの猛アピールは続く。
「ね? ね? 今回の件に対応するためにも、ウチ所属になっておいた方がいろいろと都合がいいでしょう?
二つの世界を又にかけて活動するとなれば、時空管理局ほど機動性が望める職場は他にはないわよ♪」
「ち、ちょっと待ってくださいよ!
確かにオレは今回の件には最後まで関わるつもりだし、そのために可能な限りそっちに協力しますけど、別にそのために時空管理局へ就職までするつもりはないですよ!」
「えー? そう言わないで」
「言わせてもらいますって! いくら何でも!」
ジュンイチがリンディに言い返すと、
「艦長、そのくらいで」
そう言ってリンディを制止したのはクロノである。
「なのはの時もそうでしたけど、出先の人間にそんな強烈な勧誘をするのはどうかと……」
「だってぇ……」
クロノの言葉にリンディが不満の声を上げ――
「だから、まずは非常勤の嘱託魔導師から始めて、徐々にこっちに引き込んでいくのが最上の策かと」
「待てやコラ」
リンディに入れ知恵をするクロノの言葉を、ジュンイチは聞き逃さなかった。
「どっちにしても、そっちに就職する気はないですよ。
事態への対処は組織力だけあればいいってもんでもない。組織としての体制の他にも、自由に動ける手駒は必要でしょう?」
「『自由な手駒』にはより危険が伴いますよ」
「戦に赴く際に、優れた刀を床の間に飾って出かけるかい?」
「自分が名刀だとでも?」
「どっちかってーと『妖刀』ですかね。オレの場合」
リンディの問いに肩をすくめて答え、ジュンイチは付け加えた。
「どちらにしても。オレにとってはフリーな方がありがたい。
名刀を守るのが、妖刀の役目だと思ってますから」
その言葉と決意に満ちた視線を受け、リンディはしばし考え込んでいたが、
「……どうやら、決意は固いようですね」
「わかってくれて何よりです――」
「クロノの策で行くことにしましょうか」
「前言撤回。来なくていいです」
どうやらまだあきらめるつもりはないらしい――あっさりとつぶやくリンディの言葉に、ジュンイチは毒気を抜かれ、ため息まじりにうめくしかない。
だが、そんな彼にかまわず、席に戻ったリンディは湯呑みにお茶を注ぎ――角砂糖を大量に放り込んでかきまぜる。
それを平然と飲み干すリンディを見て――ブイリュウは小声でクロノに尋ねた。
「……罰ゲームかなんか?」
「あれがあの人の好みです」
「だったら最初から甘いドリンクにすればいいでしょ。なんであえて日本茶なの?」
「本人なりにこだわりがあるみたいで……」
ブイリュウの言葉にクロノはそう答え――穴があったら入りたい、というのは今のような気分を言うのだろうか、などということをチラリと考えたりしていた。
そんな彼らの会話など聞こえているはずもなく、リンディは再びお茶を注ぎ――また角砂糖を入れ始める。
が――それが許せない人物がここにいた。
――ドゴォンッ!
唐突にジュンイチが炎の散弾を放ち、リンディの周りで爆発が巻き起こる。当然直撃させるつもりはなく、周囲に爆音と衝撃をまき散らすだけというスタン方式の炎弾だが。
「じ、じじじ、ジュンイチさん!?」
突然の事態にあわててなのはが声を上げるが、ジュンイチはかまわずリンディに向けて人さし指を突きつけた。
「ちょっと待てそこぉっ! 何日本茶に砂糖なんかしこたまぶちこんでやがるっ! 日本茶をバカにするなぁっ!」
「はぁ……そう言われましても……」
「『そう言われましても』じゃないっ!」
なぜジュンイチが怒るのかわからない、といった風に首をかしげるリンディに言い返すと、ジュンイチは拳を握り締めて力説した。
「日本茶に注ぐなら……人様の分に練りワサビだろうが!」
『それもちょっと違います……』
一同のツッコミが唱和した。
ともかく、アースラは最終的な目的地ではないワケで――その後、なのは達はようやく海鳴市へと戻ってきた。
さすがにこちらではユーノはフェレットの姿になってなのはの肩の上。ブイリュウはぬいぐるみのフリをしてフェイトに抱きかかえられている。
「で? これからどうするんだ?
このままアルフとやらと合流すっか?」
「うーん……」
尋ねるジュンイチに、なのははしばし考え、
「とりあえず、翠屋に行ってみようよ。
お母さん達にフェイトちゃんやジュンイチさんを紹介したいし――」
言いながら、なのははジュンイチを見返し、
「ジュンイチさん、また相当お腹すいてるみたいだし」
「現在ガス欠中でーす」
なのはの言葉に、アースラの艦内売店で購入しておいた菓子パンを次々に口の中に放り込んでいるジュンイチは肩をすくめてそう答えた。
駅前商店街の一角――そこになのはの両親が経営する喫茶店『翠屋』がある。
母・桃子の作るケーキと父・士郎の煎れる自家焙煎コーヒーがウリで、連日学校帰りの学生達に人気のお店である。
そして今日も、お店はいつものように大繁盛。店内には入れ代わり立ち代わり様々な客が出入りしている。
「ただいまー♪」
そんないつも通りの店内に入ると、ちょうどホールで注文をとっていたウェイトレスがこちらに気づいた。
「あ、なのは、お帰り。
友達、無事見つかったんだって?」
「ただいま、お姉ちゃん♪」
「お姉ちゃん……?」
ウェイトレスとなのはのやり取りにジュンイチが眉をひそめると、なのはは二人に互いを紹介した。
「えーっと、ジュンイチさん、うちのお姉ちゃんの、高町美由希さんです。
お姉ちゃん、途中でいろいろあって知り合った、柾木ジュンイチさんです」
「どうも、高町美由希です」
「こっちこそよろしく。
ここでバイトしてんスか?」
「ううん、今日は人がいなくてヘルプ。
とーさんがまだ帰ってないから……」
「そうなの?」
「うん。
『別件』の方が、ちょっと立て込んでるみたいで……」
なのはに美由希が答えると二人の間に重い空気が落ち――その感じに覚えがあったジュンイチは、その会話の意味するところに気づいていた。
「……なるほど。
『別件』=『裏』か」
「え………………?」
ジュンイチの言葉に、美由希は思わず声を上げ――すぐに表情が引き締まる。
だが、ジュンイチはため息をつき――
「はいはい。ウェイトレスさんがそういう顔しない」
そう言いながら、美由希の額を指で軽くつついてみせた。
ただ場面だけ見ればなんのことはないやり取り――だが、美由希のことを知るなのはとユーノは驚いて目を見張った。
美由希はただのウェイトレスではない。女子高生として学業に励むかたわらで家伝の剣術を師範代である兄から学んでいる、現役の剣術家なのだ。
しかも、彼女が学ぶ剣術『小太刀二刀・御神流』は古流の流れを現代に残す、あくまで命を賭けた実戦での行使を前提とした剣術である。
そんな剣を学び、さらに彼のことを警戒し、その動きにくまなく気を配っていたはずの美由希の額を、ジュンイチはいとも簡単につついて見せたのだ。
しかもジュンイチは別に素早く動いたワケではない。無造作に距離を詰め、ただ普通に彼女の額をつついただけだ。なのは達が驚くのも無理のない話であった。現に美由希もあっさりとジュンイチの動きを許したことに困惑を隠せないでいる。
「え? え?」
「気ぃ張りすぎ。
警戒するのはいい。相手の出方をうかがうためにこっちの“気”を読み取りにかかっていたのも悪くないけど……それはあくまで『殺る気マンマンの相手』に対する対処法だ。今みたいに“気”を抑えられると読み取りが鈍って反応がどうしても遅れる」
美由希にそう告げると、ジュンイチは頬をかき、
「ま、警戒させるようなコトを言ったオレも悪い、か……
なんのことはないよ。ただ『同業者』だからなんとなくわかっただけ。別にそっちをどうこう、とか考えてるワケじゃないからさ。
それより……」
言って、ジュンイチはようやくなのはに向き直り、告げる。
「話の腰をへし折ったオレが言うのもなんだが――オレより先に、紹介すべき友達がいると思うんだが」
「あ、うん……」
先にジュンイチが絡んできたためにフェイトの紹介がおざなりになっているのに気づき、なのははフェイトにこちらに来るように促し、美由希に紹介した。
「フェイト・テスタロッサちゃん。
なのはの新しいお友達!」
「ど、どうも……
フェイト・テスタロッサです……」
「フェイトちゃんね。
よろしく、フェイトちゃん♪」
なのはの紹介に、美由希が笑顔でフェイトにあいさつして――ふと、ついさっきまで視界のスミにいたはずの人物が姿を消したのに気づいた。
「ジュンイチさんは?」
「あれ?」
美由希の言葉に、なのははジュンイチの姿を探し――
「すんませ〜ん♪ オーダーお願いしま〜っす♪」
自己紹介を終えたジュンイチはさっそく席につき、『翠屋全メニュー制覇』に取りかかろうとしていた。
「……食いしん坊?」
「えーっと……」
またもや気配を悟らせずに動かれた――困惑しながらも尋ねる美由希になのはがコメントに困っている、その一方で――
「……ボクは?」
クロノは完全に忘れ去られていた。
「……食わんのか?」
「これだけ目の前で食べられれば食欲も失せるよ……」
ふと思い立ち、食事の手を休めて尋ねるジュンイチに、クロノはげんなりとしてそれを見た。
ジュンイチの座るテーブルに山のように積み上げられた、ケーキ皿の山を。そのあまりの量に、なのは達はまともに席につくことができず、となりの席に避難している始末だ。
傍らには休憩中の美由希や、その食べっぷりに興味を抱いて見に来たなのはの母、桃子の姿もある。
「よく食べますね、こんなに……」
「燃費の悪い身体なんでな。食いまくってる今現在も随時消化されてる感じだ。
それに昨日出てった血も、まだ総出血量の半分も戻ってきてないからな」
圧倒され、告げるフェイトに、ジュンイチは答えて食べかけのケーキを口の中へと放り込む。
「けどジュンイチさん、お金は大丈夫なの?」
「通貨はアースラで両替済みだ。問題はない」
尋ねるなのはに答え、ジュンイチは懐から手作りの財布を取り出してそちらに放る。
熊の毛皮製だ。持ち主が持ち主なだけに何よりもその『材料の出所』がものすごく気になったが、とりあえず中身を確認してみる。
……諭吉さんがギッシリだ。
「ど、どうしたんですか? こんなに!」
驚いて尋ねるなのはに、ジュンイチは平然と答えた。
「偽造った」
『えぇっ!?』
「……冗談だ。
傭兵時代の貯えだよ。当面の生活費がどうなるかわからんからな、しこたま持ってきた」
絶対本気で驚きやがったなコイツら、となんとなく確信し、ジュンイチはため息まじりにそう答える。
と――店の入り口のドアが開き、カウベルが音を立てた。
「いらっしゃい――あら、恭也」
「………………?」
出迎える桃子の言葉に、なんとなく興味を抱いたジュンイチは次のケーキに手を伸ばしながら振り向き――そこになのはの兄・高町恭也の姿を見つけた。
「あ、お兄ちゃん」
「なのは、帰ってたのか。
友達は見つかったか?」
「うん!
フェイトちゃん、ジュンイチさん。お兄ちゃんの高町恭也さん」
「よ、よろしく……」
「食事中で失礼」
「こっちこそよろしく」
緊張を隠しきれないフェイトとケーキを飲み込みながらのジュンイチ、そんな両者のあいさつに答え――恭也はジュンイチの脇に立てかけられた“紅夜叉丸”に気づいた。
「木刀――いや、霊木刀か?」
「なんだ、わかるんスか?」
「身内に『そっち関係』がいるからな」
「お互い様ってワケか」
恭也の答えに思わず苦笑する。
と、なのはが恭也に尋ねた。
「お兄ちゃん、アルフさんは?」
「家で休んでるよ。
ケガの容態も安定してるから、レンと晶に任せてこっちの様子を見に来たんだけど……」
「スンマセン。キッチンを修羅場に叩き込みました」
なのはに答え、自分の目の前の皿の山へと視線を向ける恭也の言葉に、ジュンイチはなんとなくバツが悪くなってそう謝罪した。
ともあれ、翠屋で高町家の面々との対面(と栄養補給)を終えたジュンイチは、なのはの案内で高町家へと戻ってきた。
「ただいまー♪」
言って、なのはが玄関をくぐると、
「あ、なのちゃん。お帰り」
「お帰り、なのちゃん」
出迎えたのは高町家の二人の居候――城島晶とレンこと鳳・蓮飛だった。
二人とも春先はそれぞれの事情で実家に戻っていたが、今では元通り高町家に厄介になっている。
「こっちの人達は?」
尋ねるレンになのはが答えようとした、その時――
「フェイト!」
突然の声はレン達の背後から上がった。
アルフである。
「アルフ!」
「フェイト、無事だったんだ!」
声を上げるフェイトに駆け寄り、アルフはフェイトを抱きしめる。
その態度から、二人がどれほどお互いの身を案じていたかがよくわかる。久方ぶりの再会に感慨深いものを感じるなのはだったが――ジュンイチは気づいた。
声をかけようとするが――遅かった。
「いたたたたっ!」
ジュンイチの気功治療によって(体力と引き換えに)傷を完全にふさいでもらったフェイトとは違い、既存の医療技術でしか手当てしてもらっていなかったアルフの傷は、魔法で手当てを施しはしていたが完全にはふさがっていなかった――全身を襲う痛みに声を上げるアルフを見て、ジュンイチは思わずため息をついていた。
「まったく、再会がうれしいのはわかるが、ムチャすんなよなぁ……」
アルフのケガを手当てし直し、ついでに開かなかった傷の包帯も巻き直してやり、ジュンイチは息をついてそうボヤく。
片付けの済んだ救急箱をなのはに渡そうと振り向き――ジュンイチはレンや晶が興味深そうにこちらをのぞき込んでいるのに気づいた。
「……どうした?」
「いや、えっと……すごくケガの手当てがうまいなー、って」
思わず眉をひそめ、尋ねるジュンイチにレンが答え、となりで晶もコクコクとうなずく。
だが、ジュンイチはそんなレンの言葉にも平然と答えた。
「ま、ガキの頃からやれ稽古だ、やれ実戦だ、ってケガしまくってたからなぁ……
しかもオレの場合は故あってガキの身空で傭兵なんかやってたからな。実戦は文字通りの『実戦』、命がけのシロモノだったんだよ。
イラクにアフガンにアフリカ内戦……あとはどこで死にかけたっけ……」
「……え、えーっと……」
その答えの内容よりも、むしろ物騒極まりないことを平気な顔をして指折り数え始めるその態度に、晶は正直コメントに困ってうめくしかない。
「それで、なのは達がこっちに戻ってきたってことは――」
「うん」
そんなレン達から視線を外し、小声で尋ねるアルフに、フェイトは答えた。
「ジュエルシードを、回収に来たの」
最初この世界に現れた時には、ジュエルシードはすでにアルフによって隠された後で、数日の間はただ闇雲に探すしかなかった。
だが――やがて気づいた。
ジュエルシードほどの魔力をカモフラージュしているというのなら――そのエネルギーを抑え込むのに巻き込まれ、通常大気中に漂う魔力エネルギーも抑えられているはず。
ならば――魔力のまったく感じられない場所を探せばいい。
その仮説の元に、さらに数日探索を続け――
「ようやく見つけたぞ……」
眼下の森の中にジュエルシードを発見し、ベヒーモスはつぶやいた。
そこは――月村邸のすぐ近くの森である。
「この森の中か……」
「アルフの話じゃな」
周囲を見回し、つぶやくクロノに、ジュンイチはとなりでうなずく。
アルフから場所を聞き出し、なのは達もまた、問題の森へと足を踏み入れていた。
興味本位でレンと晶がついてきているが――ジュエルシードさえ無事に回収できればそれで終わりだ。問題はないだろうとジュンイチもあまり強くは言わない。
巻き込まないための努力を惜しむつもりはないし、もし巻き込まれても――自分が守ればいいだけの話だ。
「この近くで、なのはと初めて会ったんだよね……」
「そうだね」
一方で、なのはとフェイトはここが思い出の地であることを思い出し、懐かしげに話している。
「何や、こんなところで初対面やったんか?」
「うん。いろいろあってね……」
興味を抱いたレンに、なのはがどう説明したらよいものかと思案していると、
「――――――ん?」
突然、何かを感じ取ってジュンイチが足を止めた。
「どうしたんだい?」
「いや……何か、小さくエネルギーが弾けたような気がして……」
尋ねるアルフに答えるジュンイチだったが――今度はハッキリと感じた。
向かう先で――何かエネルギーが弾けている。
だがこの反応には覚えがある――そう、まるで自分達の張る力場に物がぶつかって反応しているような――
「――まさか!?」
気づいて、ジュンイチが声を上げた瞬間――
ドオォォォォォンッ!
行く手で爆発が巻き起こった。
「あれは!?」
それを見て晶が声を上げると、
「ガキどもはここにいろ!」
言って、ジュンイチはなのは達を置いて走り出す。
《け、けど、ジュンイチさんだけじゃ!》
《だからってお前らが参加したら晶やレンまで巻き込むだろうが!
今のお前らの仕事は二人の保護と消火の手配! こっちに来るのはその後だ!》
フェイト直伝の念話でなのはに答え、ジュンイチは現場へと向かった。
「チッ、ずいぶんと頑丈な結界だな」
自分の攻撃を受けても未だにその強度を維持している結界を前に、ベヒーモスは舌打ちしてうめいた。
最初はあまり事を荒立てようとせず、なんとか打撃で破れないかと試してみるがビクともしなかった。そこで仕方なく本格的な攻撃に踏み切ったのだが――
「しかし、あと数発といったところか」
言って、ベヒーモスがかまえ――
「號拳――」
「――――――!?」
「龍炎ァッ!」
背後から高速で飛び込みつつ放たれた、ジュンイチの『號拳龍炎』をベヒーモスは驚きながらも回避、皮一枚焼かれるのみで難を逃れる。
「貴様……! 何者だ!」
「ジャマ者!」
ベヒーモスに即答し、ジュンイチはかまえて相手の姿を確認、フェイトやクロノの話と相手の特徴とを照合する。
「……堕天使のベヒーモスか」
「ほぉ、オレを知っているか」
「そーゆーコト。
悪いけど、てめぇにジュエルシードを渡すワケにはいかないんだ。
っつーワケで――ブッ飛ばされてもらうぜ!」
ベヒーモスに答え――ジュンイチの振るった拳から炎が放たれた。
放たれた炎は渦を巻き、ベヒーモスを包み込む。『芝居』のために出力も抑えて戦った先のリヴァイアサン戦と違い、最初から全力の一発だ。倒せないまでもダメージは受けるはずだが――
「それがどうしたぁっ!」
ベヒーモスはジュンイチの炎でその生体装甲が焼かれるのにもかまわず突進、そのままジュンイチに殴りかかる!
「どわわわわっ!?」
まさか、ダメージにもなりふりかまわず突っ込んでくるとは思わなかった。とっさにその拳をかわし、ジュンイチはあわてて距離をとる。
しかし、
「逃がすか!
ベヒーモス、退化!」
言って、ベヒーモスはサイ型モンスター形態へと変形し、
「くらえぇっ!」
叫ぶと同時に背中が開き――そこから無数のミサイルが放たれる!
「どわぁぁぁぁぁっ!?」
予想外の攻撃続きに、ジュンイチが声を上げ――
――ドガオォォォォォンッ!
ミサイルが降り注ぎ、大爆発が巻き起こった。
「ぅわー、すごいことになっとるなぁ……」
ジュンイチとベヒーモスとの戦いにより、次々に巻き起こる爆発を前に、レンは森の外で野次馬に紛れてそうつぶやいた。
「ジュンイチさん、大丈夫かなぁ?」
「うーん……」
尋ねる晶にレンは思わず首をひねる。
ジュンイチがブレイカーであることを知らない二人は、ジュンイチの実力を常人の範疇でしか見られない。立て続けに起きる爆発を前に、彼の身を案じるのも当然だが――
「――あれ?」
意見を求めようとふと振り向いて――晶は質問しようとしていた相手がいないのに気づいた。
「……なのちゃん達は?」
「え?
そういえばフェイトちゃんもおらへんな……」
晶の問いに、レンは答えて周囲を見回す。
と――野次馬の人並みの別の一角で、そんな二人の姿に気づいた者がいた。
「アイツら……どうしてこんなところに……?」
恭也である。
「にゃろうっ!」
ミサイルはジュンイチを直撃はしなかった。周囲に炎をまき散らし、爆裂。飛来したベヒーモスのミサイルをその爆風で受け流したのだ。
直接火炎で迎撃するようなマネはしない。誘爆を招ききれず自分の至近で爆発されてはたまったものではない。
と、爆発したミサイルの破片がジュンイチの力場に突き刺さった。どうやら手榴弾と同じように爆発よりもそれで飛び散った破片で攻撃する対人タイプのミサイルのようだ。
「リヴァイアサンと違う、実弾攻撃系か……!」
「冷静に分析してる場合か!
次々行くぞ!」
うめくジュンイチに告げ、ベヒーモスはさらに次々とミサイルを放つ。
が――
「ジャマだぁっ!」
とっさのことで反応が遅れたさっきとは状況が違う。ジュンイチは“紅夜叉丸”を爆天剣へと変化させ、そこから放った炎の刃がミサイルを斬り裂き、爆発させる。
飛び散る破片を力場で防ぎつつ、ジュンイチは一気に間合いを詰め、爆天剣を振るうが、ベヒーモスもすぐそれに反応した。素早く鼻先の角を振るい、ジュンイチの斬撃を受け止め、弾く。
「ビーストモードがサイっぽくたって、動きが鈍重とは限らないか……!」
そーいやサイって見た目のイメージに似合わずけっこう素早かったっけ――と胸中でつぶやき、ジュンイチは着地すると同時に再びベヒーモスへと地を蹴る。
そして――再び爆天剣と角が激突、またしてもジュンイチが打ち負け、今度はその身体ごと頭上に弾き上げられる。
「もらった!」
そのスキを逃さず、ベヒーモスがミサイルを発射し――しかし、ジュンイチはすでに空中でバランスを立て直していた。
(フェザーファンネルで迎撃――いや、この状況ならこっちで!)
「柾木流・気功技!」
――雷光散弾!
素早く気を練り上げると小振りの、そして多数の雷光弾を散弾として放ってミサイルを迎撃。直撃した気の雷光はそのスパークでミサイルを誘爆させ、ジュンイチはなんとか難を逃れる。
普段ならば格闘ゲームのノリで技名を叫ぶことを好むジュンイチだが、この状況ではさすがにそこまでの余裕はない――逆に言えば、ジュンイチにそんな余裕を一切与えないほどの実力をベヒーモスが有している、ということだ。
ともかく、ジュンイチは着地と同時に爆天剣を振るい、放たれた炎が自分とベヒーモスとの間を隔てて視界を奪う。
そして――
「ゼロブラック――Fire!」
ゴッドウィングをウィングディバイダーへと変形させ、気配を頼りに狙いをつけて必殺の一撃を放つ。
だが――ジュンイチは忘れていた。
クロノからの報告にあった、堕天使の時空管理局襲撃の際の顛末を。
そして――リヴァイアサンが、『その能力』を有していなかったことを。
「バカが!
プラズマリフレクション!」
咆哮すると同時、ベヒーモスの眼前に力場が展開され――ゼロブラックのエネルギーを受け止め、反射する!
「――何っ!?」
思わず声を上げるジュンイチに自身の放った閃光が迫り――
「ディバイン、バスター!」
「フォトン、ランサー!」
「スティンガー、レイ!」
飛来した閃光が次々にゼロブラックのエネルギーを叩き、軌道をそらされたエネルギーの渦はジュンイチの脇を駆け抜け、空の彼方へと消えていった。
そして、
「ジュンイチさん!」
「大丈夫!?」
言って、フェイトとなのは、そしてクロノがジュンイチのそばに降り立った。
「お前らか。
レンと晶は?」
「大丈夫。野次馬の中に残してきたから……」
尋ねるジュンイチにフェイトが答え――
「何や、何や!?」
「何だよ、あの怪物!」
『………………え?』
突然の声に、ジュンイチやなのは達は思わず振り向き――そこには『野次馬の中に残してきた』はずのレンと晶の姿があった。なのは達を探し、火災の混乱に紛れて戻ってきてしまったのだ。
「何やってんだ、バカ!
巻き込まれたいのか!」
「なっ!? バカって何や、バカって!?」
思わず声を上げたジュンイチに、レンは状況も忘れて反論し――
「まとめてブッ飛べぇっ!」
そんな彼らに、ベヒーモスが全身のミサイルをブッ放す!
「あー、もうっ!」
うめいて、ジュンイチは爆天剣に“力”を込め、
「『守りながら』じゃない戦いが恋しいなぁ、マヂでっ!」
地面に突き立てると“力”が大地の中を伝わり、各自の目の前で地上に噴出、炎の壁となってベヒーモスのミサイルから一同を守る。
「いいから下がっててくれ、頼むから!」
「お、おぅっ!」
とりあえずこれが常識の範疇の戦いではないことは理解できた。ジュンイチの言葉にうなずくレンだったが――
「逃がしてたまるかよ!」
叫んで、ベヒーモスは再び一同めがけてミサイルを放つ!
「ちぃっ!」
再び先ほどと同様に炎の盾を展開しようとするジュンイチだったが――気づいた。
(レン達の方が着弾が多い!?
この盾じゃ防ぎきれねぇ!)
おそらくあの二人がこちらの枷になると判断してのことだろう。力押しのクセに恐ろしく知恵が回る、と舌打ちし、ジュンイチはとっさに地を蹴る。
瞬間、ゴッドウィングのバーニアで急加速、二人の前に割って入る。が――
(間に合わねぇ!?)
防壁も術も“力”を練り上げるには時間が足りなさ過ぎる――完全に防御不可能なタイミングだった。瞬時にいくつもの打開策を脳裏で検討するが、それはジュンイチの絶望をより確実にするだけだ。
(痛いの、イヤだなぁ……)
もはやこの身を盾にするしかあるまい。ダメージを覚悟して――瞬間、背後の二人の気配が消えた。
「え――――――?」
それを感じ取り、ジュンイチは疑問を感じながらも跳躍してその場から離脱。ミサイルは誰もいなくなった地面に着弾し、爆発を巻き起こす。
そして――
「大丈夫か? 二人とも」
少し離れた位置に着地するとレンと晶を下ろし、恭也は二人に声をかけた。
「あ、あれは――なのはの兄ちゃん……?」
意外な人物の登場だが、おかげでレンと晶は助かった――戸惑い半分、安堵半分といった心境でジュンイチがつぶやくが、なのはにしてみればたまったものではない。
何しろ、よりにもよって一番このことを知られたくない人物に登場されてしまったのだから。
一方、そんななのはの心境を知ってか知らずか、恭也は静かに立ち上がるとこちらへと振り向き――なのはに告げた。
「この状況、後でじっくり説明してもらうぞ」
「……は、はい……」
恭也の言葉に、なのはは思わず萎縮してうなずく。
と、そんな恭也にジュンイチが尋ねた。
「オレには訊かないんスね」
「薄々おかしいと思っていたのはキミが現れる前からだからな」
そう、違和感を感じ始めたのは今年の春あたり――なのはがユーノを拾ってきた頃からだった。
深夜の無断外出が増え、どこかにケガを作って帰ってくることもあった。
そして――少し経ってからの長期外出。
最初の頃に止めたのにまだ続いていることを考え、よほどのことなのだろうとなのはから切り出すのを待っていたが――
「まさか、こんな人外の存在を相手にするような事態になってたとはな」
ひとりごちて、小太刀をかまえる。
「はっ! 人間ふぜいが!」
対して、ベヒーモスはそんな恭也に向けてミサイルの発射体制に入り――
「遅い」
すでに、恭也はその間合いの中に飛び込んでいた。
(え――――――?)
ジュンイチの優れた動体視力にもとらえられないほどの動き――ジュンイチが疑問の声を上げるよりも早く、小太刀をサヤに納め――抜刀!
――御神流、奥義之陸・薙旋!
放たれたのは抜刀から始まる四連撃――それはベヒーモスの力場をまともにとらえ、大きく歪ませる!
「な………………っ!?」
それを見て、まともに驚いたのはジュンイチだ。見たところ、彼の小太刀からは何の“力”も感じない。明らかにただの刀による斬撃だ。今までの自分の経験から言わせてもらうならば、そんな一撃では力場に弾かれて終わり、のはずなのに――
しかし、恭也は破れこそしなかったもののその力場をあっさりと、しかも破れる直前というレベルまで歪ませた。どんな鍛錬をすれば、ただの斬撃にそこまでの威力が与えられるようになるというのか――?
一方、驚いたのはジュンイチだけではなかった。ベヒーモスも予想外の恭也の攻撃力を前に完全にうろたえていた。これ以上攻撃を受ければ間違いなく力場を破られ、無防備なところにあの小太刀をくらってしまう――もはや確信に近い予測に従い、両腕の爪を振り回して恭也を牽制、後退させる。
「ったく、何者さんですか、あなたは……」
「大したことはしていないさ」
うめくジュンイチに答え、彼のそばまで後退した恭也は再び小太刀をかまえ、
「あれは、精神系のエネルギーで構築された不可視の防壁、だろう?
それなら、前にリスティさんに手伝ってもらって、彼女のサイコバリアで突破法をいろいろ試したことがある」
「……オレが言うのも何ですけど……能力者の知り合いがいるとそーゆーのって便利っスよねー……」
思わず本音をもらし――ジュンイチは気を取り直して恭也に情報を提供した。
「とりあえず、向こうには恭也さんのスピードはバレちゃいましたし……もううかつに突っ込むのはやめた方がいいっスよ。
アイツのミサイル、爆発よりもそれでばらまく破片で攻撃するタイプです。周りに落とされたら、どれだけ速くたって逃げ場なんかないっスからね」
「情報、感謝する」
告げるジュンイチに答え、恭也は静かに重心を落とし――ジュンイチと同時に地を蹴った。
「ジャマしやがって!」
うめいて、ベヒーモスがミサイルを放つが、
「フェザーファンネル!」
ジュンイチはフェザーファンネルで迎撃、ミサイルを薙ぎ払い――
「追撃よろしく!」
「あぁ!」
ジュンイチに答え、恭也が飛針を投げつけ――ミサイル発射口に飛び込んだそれが内部のミサイルを破壊、ベヒーモスの体内で爆発を巻き起こす!
「ぐあぁぁぁぁぁっ!」
爆発と内部で自らに突き刺さるミサイルの破片に、ベヒーモスはあまりのダメージに思わずのけぞり、絶叫する。
だが、それでもすぐに痛みをこらえ、こちらへと向き直るが――遅い。すでに恭也はベヒーモスを間合いにとらえていた。
先ほどと同様の流れ――小太刀をサヤに収め、
「御神流、奥義之陸!」
抜き放つ!
――薙旋!
またも放つのは薙旋――連発したことからもわかる通り、恭也のもっとも得意とする、そしてもっとも信頼する決め技だ。
そしてそれは狙い通りにベヒーモスへと命中。またしても眼前の力場に阻まれ直撃こそ逃したが、それでも傷を負ったベヒーモスには十分すぎるダメージを叩きつける。
「ぐぁ………………っ!」
うめき声を上げ、決定打を受けたベヒーモスは仰向けに倒れ――
――ズズゥンッ!
「………………あ」
大地に倒れたその場所を見て、戦いを見守っていたクロノは思わず声を上げた。
アルフによって隠されていた、ジュエルシードのケースの真上――すでにベヒーモスの攻撃や戦闘の流れ弾で弱体化していた結界はベヒーモスの巨体の前にあっさりと陥落、倒れたベヒーモスの身体がケースも押しつぶした。
「危ない!
みんな、下がって!」
これから何が起きるかを直感的に察知し、叫ぶクロノの言葉に一同はあわててその場から離れ――
――ドォンッ!
轟音と共に、衝撃で中途半端に発動したジュエルシードは真上のベヒーモスを弾き飛ばし、各地に飛び散っていった。
「すまん、オレがもうちょっと考えて戦っていれば……」
「しょうがないですよ。今回の状況じゃ……」
着装を解き、謝るジュンイチにクロノが答える。
ベヒーモスはといえば、上空に跳ね飛ばされた勢いでそのまま逃げ去っていってしまった。
「そうだな……
ま、今回は『巻き込まれ組』が無事だっただけでも御の字、かもな……」
レンと晶の無事な姿に視線を向け、ため息をついてジュンイチが言うと、
「じゃあ、帰るか」
恭也はそう言いながら小太刀を鞘に収めると、それを乱入前に放り出しておいた袋にしまい、
「もう、消火の必要もないみたいだしな」
ジュンイチ達の戦闘の爆風ですっかり火の消えた周囲を見回して付け加えた。
なのはの説明は、アースラから呼ばれたリンディも加え、高町家で行われた。
中心となって話すなのはをリンディや正体を明かしたユーノがフォローする形でまずは『プレシア・テスタロッサ事件』の顛末を、そしてジュンイチもまじえて今回の一件について説明し終えた時には、すでにすっかり日も沈んでいた。正体を明かし、ぬいぐるみのフリから解放されたブイリュウなどはすでにウトウトと舟をこぎ始めている。
「信じられないワケじゃないんだけど……なんだか、スケールが大きすぎてピンとこない話ねぇ……」
「心配ご無用。それが常人の正しい反応っスから」
なんとか理解しようとしきりに首をかしげる桃子に、ジュンイチはため息をついて言う。
「オレも、自分の特殊な身の上のせいで異常事態に慣れてただけで、そうじゃなかったらきっと同じコト言うと思いますから」
「特殊な? ブレイカーとかいう能力者の力のこと?」
「ま、そーゆーことにしとこうか。今回の一件と直接関係があるワケじゃないし」
聞き返す美由希に答えると、ジュンイチはなのはへと視線を戻す。
「えっと……今まで内緒にしてて、ごめんなさい」
「別にいいわよ。
なのははなのはで、自分が一番正しいと思うことをしただけなんだから」
秘密にしていたことを謝罪するなのはに、桃子は笑顔でそう答える。
こういうところはさすがなのはの母親だ。器がデカい――と感心するジュンイチだったが、そのとなりでリンディが桃子に告げた。
「しかし……事態はきわめて深刻です。
ジュエルシードはこの世界に10個、ジュンイチさんの世界に11個が散らばり、回収済みのものはジュンイチさんの世界の3つだけ……
加えて、『堕天使』と呼ばれる敵も、未だ全貌が見えない状態で……」
「そっちの――時空管理局でしたっけ? そっちのデータベースには堕天使の情報はないんですか?」
「えぇ……あまり詳しい情報は……」
リンディに尋ねる恭也だが、その返事は芳しくない。
「まぁ、テレビのヒーロー番組じゃないが――ちゃんと組織的な行動をしているヤツらだとしたら、いきなりトップが出てくるってことはないだろう。
そう考えると……リヴァイアサンやベヒーモスは下っ端だと思った方がいいな」
「あ、あれで下っ端なんですか……?」
「その上なんて……あまり考えたくあらへんな……」
ジュンイチの言葉に、昼間のベヒーモス戦を思い出した晶とレンが口々に言う。
それを横目に見ながら、リンディは桃子に本題を切り出した。
「ですから、我々はまだ、なのはさんの力を必要としている状態で……」
「それは、私よりも本人に聞くべきだと思いますよ」
リンディに答え、桃子はなのはへと視線を向けた。
そんななのはにフェイトは心配そうな視線を向けるが――なのははキッパリと宣言した。
「……やります。
あの『堕天使』を放っておけないし、ジュエルシードだって、わたし達にしか解決できない問題だから……」
「どーせ止めてもムダだよ。
オレが実力行使に踏み切ってでも止めたけど、それでも止まらなかったんだから」
なのはの言葉に、それを予測していたジュンイチはため息と共に付け加える。
「ま、オレも乗りかかった船から降りるつもりはないからな。
たとえそれが泥の船だろうと、沈みきるまで付き合うさ」
「沈んだら?」
「泳いで助ける」
キッパリと桃子に答えるジュンイチに、フェイトは思わず笑みを浮かべた。
ジュンイチは『助“か”る』ではなく『助“け”る』と言った。つまり――絶対に自分だけで助かるつもりはない。意地でもそばにいる人達を守り抜くだろう――
独特のペースで突っ走るため自分勝手という印象が強いジュンイチだったが、その裏に隠された確かな優しさを再確認したフェイトだった。
「じゃあ、この話はこれでおしまい。
少し遅くなっちゃったけど、夕飯にしましょう」
なのは自身が「やる」と言っている以上、ジュンイチの言う通り止めたってムダだろう――そう判断すると、桃子はもうこの話題を切り上げることにした。
「そうだな。
キミ達も今日はウチで食べていくといい」
「いいんスか?」
「いいも何も、聞いた範囲じゃまだ宿も確保できてないみたいだし……」
聞き返すジュンイチに恭也はそう答え、
「食べ手が多い方がかーさんもあの二人も喜ぶ」
言って恭也が見た先で、レンと晶は張り切ってキッチンへと向かう。どうやら高町家の食卓は桃子、及びあの二人によって維持されているらしい。
「そうだな……ゴチになるか」
「一応、人並みの量しか出ないからね」
同意したジュンイチに美由希がさりげなく告げ――高町家のリビングが暖かい笑いに包まれた。
(初版:2005/12/11)