結局、なのは達の世界での初日は高町家で一泊、という運びになった。
ずびずずずぅ〜……
準備時間の不足により質素だったがそれなりに楽しめた歓迎会も終わり、ジュンイチは縁側で湯呑みに注がれたそれを飲んでいた。
リクエストして桃子に作ってもらったホットのココアである。あえて湯呑みに注いで飲んでいるあたり、リンディの『砂糖入り日本茶』に対してどうこう言えるセンスではないと思うのだが――
それはさておき、ふと顔を上げたジュンイチの視界にそれが飛び込んできた。
盆栽である。高町家の家長――確か高町士郎といったか――彼のものだろうかと考えたが、よく見るとずいぶんと手入れが行き届いている。
美由希の話によると士郎当人はしばらく前から家を開けているらしい。ならば誰の――と思案をめぐらせるジュンイチだったが、気を取り直してまずは『背後の問題』を解決することにした。
「……えっと……そんな影でコソコソとされてっと、落ち着いてココアも飲めんのですが」
「このくらいは察知できるか」
振り向きもせずに告げるジュンイチに答え、恭也は美由希と共に廊下の向こうから姿を現した。
そんな彼らにようやく視線を向け、ジュンイチは答えた。
「少し前から気づいてたよ。
恭也さんの気配はわからなかったけど、美由希さんの気配が隠しきれてなかったから、念のため探ってみたら、ね」
ジュンイチの言葉に、恭也から冷たい視線を向けられた美由希は思わず視線をそらす。
「で? ふって沸いた妹のご友人に、一体何の用ですかな?」
「あぁ、そうだな。
なのはを守ってくれたみたいだからな、今さらだが礼を言おうと思ってな」
「別にいいって。
オレが好きで守っただけだし、ちょいと『お説教』で実力行使しちまった侘びの意味もある」
二人に怒られることも覚悟の上で、苦笑まじりでそう答えると、恭也はそんなジュンイチのとなりに腰かけ、
「けど、それだってジュンイチくんはなのはや、あのフェイトって子のためにやったんだろう?
だったら、感謝こそすれ、怒る理由はないさ」
「左様ですか♪」
第6話
「一息ついて……」
「ところで……」
しばし会話が止まり――その沈黙を破ったのは美由希だった。
彼の持っていた“紅夜叉丸”のことを思い出し、尋ねる。
「ジュンイチさんも剣術やってるんですか?」
「んにゃ」
即答する。
「けど、木刀持ってますよね?」
「剣“も”使うからな」
再び即答する。
「オレの基本的な戦闘スタイルは徒手空拳、及び剣術を中心として組み立てる高速、且つ長時間にわたる連続コンビネーションだ。苦無とかも使うから、厳密に言うともっとバリエーションはあるんだけどね」
答えて、ジュンイチは再びココアをすすった。
「興味あるの?」
「まぁ……私も剣術やってるから、それなりにね」
興味を抱き、尋ねるジュンイチに美由希は笑顔で答える。
見ると、恭也も興味があるようだ。目立たないようにしているのだろうが興味の方が勝っているらしく、平静を装って聞き耳を立てているのがバレバレだ。
「そーゆーことなら、少し説明してあげましょーか」
そんな恭也の姿に苦笑し、ジュンイチはそう言うと二人に説明を始めた。
「うちの流派――柾木流、っつーんだけど、そいつは剣だ、拳だ、投げだ、蹴りだ、って特定の何かを特化するんじゃなくて……うまい説明じゃないが、そいつの一番得意なスタイルを見つけて、そいつを究めさせるのが基本、ってところかな。
だから代によって技ができたり消えたり復活したり、他所様からパクッたりもしてるし……技術的な観点で見れば、基本なんかあったもんじゃないよ。
どっちかってぇと、技を伝えるよりも、その技を身につけるまでの修行の過程――もっと言えば、自分の技に対する精神性そのものがうちの伝えるべきもの、ってところかな」
「精神性……?
人格修養ってこと?」
「あぁ……微妙に違うかな。
一般的な武道における『人格修養』ってのは礼に関する部分が大きいんだけど、ウチはそういう方面には一切目もくれてない」
美由希に答え、肩をすくめて見せたジュンイチは説明を続ける。
「うちはこのご時世でも未だに生死のかかった『命がけの戦い』での戦闘を前提に技を究める。勝利は『倒す』ことじゃなくて『殺す』ことなんだ。
――ま、同じ部類のお前さん達には釈迦に説法か」
「気づいていたか」
「とーぜん。
昼間の恭也さんの動き、小太刀の振りに迷いがぜんぜんなかったからな。『斬る』ことに対する抵抗がない、っつーか、排してる、っつー印象を受けてたから、ひょっとしたら、って思ってたんだ」
不干渉を決め込むのはあきらめたか、素直に尋ねる恭也の言葉にジュンイチは笑顔でうなずく。
建前も打算も何もない、本当に屈託のない笑みだ。とても人智を超えた戦いの中に身を置く人間の、しかも殺伐な話題の中でする笑顔とは思えず、美由希はその笑顔に吸い込まれそうな錯覚を覚えていた。
なんというか――ここまで邪気がない笑顔ができる人間というのも珍しい。元々中性的な顔立ちをしていることもあり、本物の女の子よりもかわいく見えてなんだか敗北感すら感じる。
だが、美由希がそんな感想を抱いていることなど気づくはずもなく、ジュンイチは続けた。
「ともかく、そんなだから、その力を持つ者にはその心に『誠』――つまり正義が求められる。
絶対的なものでなくてもいい――どーせ正義の基準なんて人によって違うんだからな。けど、その時が来たら、迷うことなく、自分の正しいと思うことのためにだけ、その力を使う――それが大切なんだ。
必要な時に迷っていたらその力の意味がない。正しくないことに使ってもそれは悲劇しか生まない。
力を持つのは簡単でも、それを使いこなすのは簡単じゃないってことだ。
特に、オレの場合はな……」
さっきまでの笑顔とは一変、表情を引き締めたジュンイチのその視線に深い闇のようなものを感じ、恭也は眉をひそめた。
が、そんな恭也に気づいているのかいないのか、ジュンイチはまた表情を崩すとこちらへと振り向き、言う。
「それから……
……『ジュンイチ』」
「………………?」
「『くん』だの『さん』だの、できれば付けないでくれると助かる。ムリだっつーなら強制はしないけど、呼び捨てが理想かな。
苦手なんスよ、気を使われるのは。こっちが使うのはいいけれど」
先程とは別の意味で眉をひそめる恭也に、ジュンイチは答えて湯呑みに残されたココアを飲み干した。
翌朝――
「………………ん?」
朝の鍛錬を終え、リビングに顔を出した恭也は、なのは達が顔をつき合わせて何やら相談しているのに気づいた。
思わず眉をひそめるが、もし話のジャマになっては、と視線を巡らせ、説明してもらえそうな人物を探す。
すぐに見つかった――ソファに座ってトーストをかじりつつ、新聞からこの世界の情報収集に務めていたジュンイチに尋ねる。
「何なんだ?」
「こっちが聞きたいです」
当てが外れた。どうやら彼も知らされていないクチらしい。
と――ようやくなのはがこちらに気づいたらしい。顔を上げて声をかけてきた。
「あ、お兄ちゃん、ジュンイチさんも」
『おはよう』
声をそろえて応える――が、ずっとここで新聞を読んでいたのに気づかれていなかったジュンイチの声はどこか寂しげだ。
「何してるんだ?」
「うん、フェイトちゃんがユーノくんやアルフさんから魔法を教わってたの」
「魔法を……?」
恭也に答えるなのはに、ジュンイチは思わず眉をひそめた。
フェイトの戦闘を見たことのない恭也はわからなくても仕方がないかもしれないが、ジュンイチは先のリヴァイアサン戦で彼女の実力の一端を垣間見ている。あれだけの威力の魔法を操れるだけの実力を有しているフェイトが、今さらどんな魔法を覚えようというのか……?
「何を教わってんだ?」
疑問に思い、尋ねるジュンイチにフェイトが答えた。
「うん……まだ、本調子まで回復していないから、『変身』の魔法で消耗の少ない姿になろうかと思って。
そういうのは、ユーノやアルフの方が得意だから……」
「変身……?」
フェイトの言葉に、ジュンイチはしばし考え――真顔で尋ねた。
「ビークルモードにでもなるのか?」
「アニメヲタクは少し黙ってて」
ブイリュウに一蹴された。
せっかくのボケを冷たくあしらわれ、胸中で少々涙して――ジュンイチはふと違和感を覚えた。
こういう魔法絡みの話題をしている割には、メンツが足りないような……
そこまで考えて――気づいた。
「あ…………
クロノとリンディさんがいないんだ」
その頃、そのクロノとリンディは――
「あら、日本茶はないのね」
「えっと……母さん、洋風喫茶で日本茶はないと思うよ……」
翠屋でメニューを見ながらつぶやくリンディにクロノがツッコんでいた。
門外漢である自分がフェイトの魔法練習に付き合ってもしょうがないだろう――と判断し、ジュンイチは今自分のできることをしに街へと繰り出した。
まずはこの街の地理を頭の中に叩き込む。戦闘になった際の地理的影響も考慮する必要があるからだ。
そして何より、自分達の世界を担当している(と思われる)リヴァイアサンがダメージから回復するまでは、少なくともあちらのジュエルシードが奪われる可能性は低いだろう。となれば、今のうちにこちらのジュエルシードをひとつでも多く回収しておくべきだ。つまりしばらくはこっちに居座ることになりそうだから、生活に必要な店の配置も覚えなければ――
そんなことを考えながら駅前の商店街を歩いていると、
「ん………………?」
前方に知った顔を見つけた。
「ありゃ、レンじゃねぇか……?」
知人だろうか、小学生くらいの年頃の二人の女の子と話しているレンに、ジュンイチは声をかけた。
「レン、どうした?」
「あ、センセ」
「『センセ』……?」
レンの返した聞き慣れない呼称に一瞬眉をひそめるが――それよりも彼女が話していた二人が気になった。気を取り直してレンに尋ねる。
「まぁ、その呼び方に関する追求は後でじっくりさせてもらうとして……
そっちの二人は知り合いか?」
尋ねて視線を向けると、二人の内、紫の髪をしたおとなしそうな子がおびえてもうひとりの金髪の子の後ろに隠れてしまった。
いくら自他共に認める『傍若無人型人間』のジュンイチでも、何もしない内からいきなりおびえられてはショックを受ける。ため息混じりに肩を落とした。
「なんかなー。
今朝はなのは達にシカトされるし、ここじゃいきなりビビられるし、なんか今日はガキがアンラッキーパーソンか? オレは……」
そーいや今朝はテレビの占い見てなかったなー、と胸中で付け加える。と――ジュンイチの言葉に金髪の女の子が反応した。
「なのは……?
あなた、なのはの知り合い?」
「ん……?
まぁ、知り合いたての知り合いだが……そーゆーお前らは――」
誰なんだ――と言いかけ、ジュンイチはようやく思い至った。
レンと知り合いでなのはの名に反応して――とくればなのはの関係者に決まっているではないか。
案の定、ジュンイチの目の前で金髪の女の子は胸を張って名乗った。
「なのはの一番の親友、アリサ・バニングスとはあたしのことよ!」
その自己紹介を聞き、ジュンイチは――
「で、そっちの子は?」
「あっさり流さないでよ!」
とりあえずスルーすることにして、アリサの後ろの子に尋ねるジュンイチにアリサは憤慨して声を上げる。
そんなアリサの怒りに少々ビクつきながらも、女の子はジュンイチに答える形で名乗った。
「え、えっと……月村すずか、です……」
「すずかちゃんか。
やっぱりなのはの友達か?」
「は、はい……」
「すずかもなのはの親友よ。
もっとも、一番の親友はあたしだけどね!」
一体何を根拠に言い切っているのかは知らないが――そんなアリサの言葉に、ジュンイチはふと考えた。
(『親友ランキング』第1位の座がフェイトに奪われかねない状況なこと、教えるべきかなー……)
――パチンッ。
鋏が音を立てて枝を切り、恭也は結果を吟味するように盆栽をチェックした。
昨夜ジュンイチが見つけた盆栽、あれは恭也の趣味だったのだ。美由希や他の家人にはさんざん「オヤジくさい」だの何だの言われているが、これだけは譲れない。
なのは達は道場を借りてフェイトの魔法の練習をしている。攻撃魔法の練習ではないから道場を壊されたりはしないだろう。
そして、次に切る枝を見定めて鋏を手に取り――気配を感じた。
「どうした? えーっと……」
「ブイリュウだよ」
尋ねる恭也に改めて名乗り、姿を見せたブイリュウはトテトテと恭也のもとへと歩いてきた。
「何やってるの?」
「盆栽さ」
「盆栽?」
「あぁ。盆栽っていうのは……」
口で言うのは難しいが、それでもなんとかがんばって説明する。
「うーん……よくわかんない」
予想通りの返事が返ってきた。
「まぁ、まだ遊びたい盛りのお前には難しい世界かもな」
昨夜もなのはやレンと楽しげにじゃれ合っていたのを思い出し、恭也は再び盆栽へと視線を戻す。
「そういえば……何か用があったんじゃないのか?」
「あ、そうそう」
恭也の問いに、ブイリュウは思い出して告げた。
「電話だよ。
リスティさんって人から」
「先に言ってくれ、そういうことは……」
「すみません、おごってもらっちゃって……」
「礼ならいらんさ。単に街を案内してもらったお礼。これでおあいこだ。
ってなワケで次からはないと思ってくれ。
それから――」
翠屋でケーキをごちそうになり、礼を言うアリサにそう答えると、ジュンイチは視線を向け、
「いくらオレでも毎回あれだけ食うワケじゃないっスから。
用意周到に美由希ちゃんまで呼ばんでくださいよ」
レンをキッチンに呼び込み、さらにヘルプとして美由希まで呼び出して大量注文に備える桃子や、クロノからジュンイチの食べっぷりを聞かされ興味津々な様子のリンディに告げる。
「まったく……どいつもこいつも人の胃袋をブラックホールみたいに……」
「そりゃ、『こっち』に来て早々あれだけ食べれば……」
ジュンイチの言葉にクロノは昨日の『食べっぷり』を思い出し、苦笑まじりにフォローを入れる。
と、未だ憮然としているジュンイチにアリサが尋ねた。
「それにしても、ジュンイチさんってどういう縁でなのはと知り合ったんですか?
とても接点がありそうにないんですけど」
「ん?
あぁ、なのはとの縁、っつーか……フェイトとの縁かな?」
アリサの言葉に少々考えながらそう答え――ジュンイチはアリサとすずかが不思議そうに顔を見合わせるのに気づいた。
「……聞いてないのか? なのはから、フェイトのこと」
「あ、うん。
なのはちゃんに届いたビデオメールで、何度かやり取りもしてるし……」
そう答えるすずかの言葉に、まぁ、それもそうか、と納得し、ジュンイチはどう説明したものかと思案する。
その後もいくつか聞いたところによると、やはり魔法については知らされていないらしい――さて、どうするか……
――トラブル覚悟で答えた。
「詳しくは話せんが……フェイトを巡ってなのはとケンカした」
「三角関係?」
「歳不相応な邪推をするな」
迷わずアリサにツッコんだ。
〈恭也、さっきの男の子は何なんだい?
まさか隠し子か何か?〉
「……わかっててからかってるでしょう」
電話に出るなり開口一番、最初に電話応対に出たブイリュウのことを訊かれ、恭也はため息まじりに答えた。
だが、電話の向うにいるであろうさざなみ女子寮の主その1、リスティ・槙原にこたえるはずがない。そのことをよくわかってはいたが、一応説明はしておく。
「あの子はうちの新しい居候ですよ。
いろいろあって、しばらく保護者の子と一緒に預かることになったんです」
〈そんなとこだろうとは思ってたけどね。恭也らしいよ〉
リスティの言葉に思わず苦笑し、恭也は改めて尋ねた。
「それで……今日は何の用で?」
〈あぁ、そうだね〉
答える声のトーンが落ちた。どうやら深刻な話らしい。
〈海鳴市で、怪しい連中がうろついてるらしい。
人外の姿をしたヤツらみたいで、警察の方でも本気にはしていないが……ちょっと気になってね……〉
恭也には心当たりがありすぎた。
人とは思えない外見を持つ怪しげな連中――言うまでもなく、ベヒーモス達堕天使のことだろう。『連中』『ヤツら』と複数形であることが気になるといえば気になるが、おそらく間違いはあるまい。
事情を説明しようか一瞬迷うが――警察関係で働いている彼女には話しておいた方が後々のためだろうと判断し、告げた。
「少し長い話になりますが……だいたいの事情は説明できると思います」
翠屋での軽食も終わり、ジュンイチはレンを桃子に任せ、アリサとすずかを送っていくことにした。
まずはすずかの家に向かうことになったのだが――
「そういえば、昨日すずかの家の近くで火事があったのよね?」
「うん……となりの森で……」
「………………ん?」
アリサの問いに答えるすずかに、なんだか覚えのある地に向かおうとしている状況に首をかしげていたジュンイチは眉をひそめた。
「なんだか、爆発が立て続けに起きてて……警察は不発弾の爆発だろう、って言ってたけど……」
「そ、そーなんだ……
そりゃ大変だったな」
すずかの話に、ジュンイチは思わず視線をそらす。
彼女の話からすると、自分は思いっきり当事者だ。ということは彼女の家は――
なんとなく気まずくなって、ジュンイチはため息をつき――その耳が行く手から聞こえてくる会話を拾った。
「なんだって忍のところに行くんだい?」
「彼女にも話しておいた方がいいと思うんです。
もしかしたら、彼女達『夜の一族』の力も借りることになるかもしれないですから……
それに、なのはが中心にいる以上、すずかちゃんも巻き込まれるかもしれないですからね」
「………………ん?」
答える声が聞き覚えがあることに気づき、ジュンイチが視線を戻すと、そこには――
「恭也さん……?」
「ジュンイチ……?」
アリサとすずかを連れたジュンイチ、そしてリスティを連れた恭也のつぶやきが交錯した。
(初版:2006/01/08)