「……えーっと……」
 目の前に展開された、少々ややこしめな状況に、ジュンイチは思わず次の句に詰まっていた。
 すずかを自宅に送ろうと訪れた月村邸の前で恭也と出くわし、「ちょうどいい」とそのまま連れ込まれ (その際『新聞勧誘員撃退システム』と交戦したが)――現在恭也やリスティと共に忍と対面している。
 忍については最初から恭也が相談するつもりだったようなので問題はないだろうが、今この場にはすずかはもちろん、この後送るはずだったアリサも同席している。この状況で魔法や堕天使のことを話すのは、すなわちすずか達をこのジュエルシード争奪戦に巻き込むことを意味しており――それがジュンイチを困らせていた。
「……どうする?」
「巻き込むワケにはいかないのはオレだって同意見さ。
 けど――二人にだって事情を知っておく必要も、権利もあると思う」
 恭也に尋ねるもののあっさりとそう答えられ――覚悟を決めたジュンイチは忍へと向き直った。
「じゃ、まずは自己紹介。
 オレは柾木ジュンイチ。諸般の事情で現在高町家に居候していて――」
 そう名乗り――付け加えた。
「れっきとした異世界人」

 

 


 

第7話
「蒼き龍神・降臨!」

 


 

 

「……と、いうワケだ」
 自分のできる限り詳しく事情を説明し、ジュンイチは息をついた。
 だが、正直うまく説明できた自信はなかった。堕天使のことも含めわからないことが多すぎるのだから仕方がないといえば仕方がないが――
「うーん……まだ引っかかるところはあるけど、概ね事情はわかったわ」
「助かる。
 さすがにもう一度説明する精神的余裕はない」
 忍の言葉に答え、ジュンイチはココア(恭也が気を利かせて頼んでくれた)をすする。
「で、私にこの話をしたってことは……」
「あぁ。
 状況次第では、忍達に動いてもらうことになるかもしれない。
 敵の出方にもよるけど、民間人が巻き込まれるような状況になった時、守ってあげてほしいんだ」
「確かに、恭也やジュンイチくん達だけじゃ、そういうことには手が回らないでしょうね……リスティさんの話じゃ警察とかも本腰になるまでは相当手間がかかりそうだし……
 了解。引き受けるわ」
 恭也に答え、忍はジュンイチへと視線を向け、
「なんだか、私達を巻き込むのは気が進まない、って顔してるけど……そういうことだから、私も関わらせてもらうわよ」
「当然、ボクもね」
「はいはい」
 “あの”なのはの関係者なのだから、どうせ説得してもムダだろう――ここ数日の経験で、その辺りのことはすっかり悟っていたジュンイチは、忍とリスティのその言葉にため息をついてうなずく。
「……なのはが、そんなことになってたなんて……」
「だから、春先にちょっと様子がおかしかったんだね……」
 一方、アリサやすずかは親友の身に起きた一連の事件を知らされ、あまりのことに呆然としている。
「……あー、まぁ、なのはを責めないでやってくれ。
 アイツはアイツで、お前らのことを巻き込みたくなかったんだ」
「それは、わかるけど……
 やっぱり、話して欲しかったわよ……」
「うーん……」
 答えるアリサの言葉に、ジュンイチは正直対応に困って頬をかく。
 親友を巻き込みたくなかったなのは、そして力になれないことを歯がゆく思っていたアリサ達――双方の気持ちがわかるからこそ、その間で板ばさみになっていた。
(さて、どーしたものか……)
 時間に任せるのもいいかな、などと考えるが――見たところすずかはともかくアリサはどちらかと言えば行動派だ。ヘタに放置するとこの後にでも高町家に押しかけかねない。
 それでなくても、ジュンイチは元々メンタルケアの類は得意ではない――幼い頃から積み重ねてきた傭兵としての駆け引きによって心理的な機微には通じているものの、人付き合いの少なさが災いしてそれに対する『一般的な療法』というものをまったくと言っていいほどに知らないのだ。
 結果、彼の場合『説得』といえば手の込んだ搦め手、もしくは真っ向からの体当たり勝負の二択しかなく――その結果が先日のなのは達との戦闘である。
 なんだか、逃げ出したくなってきた――ジュンイチがそんなことを考えていると、
「失礼しまーす♪」
 何やら元気な声が聞こえてきた。
 振り向くと、そこにはトレイを持ったひとりのメイドの姿があった。
 先ほどお茶を用意してくれた人とは別の人だが――
「お茶のおかわりをお持ちしました♪」
「あぁ、ありがと、ファリン」
 そんな彼女の言葉に忍が答え、すずか付のメイド、ファリン・K・エーアリヒカイトは室内へと足を踏み入れる。
 その時だった。彼女の足元をこの屋敷で飼っている子猫達が駆け抜け、あわてたファリンがバランスを崩す!
『――――――っ!』
 確実に転倒する――確信し、一同が思わず腰を浮かす。が――そんな中、ジュンイチは落ち着いた様子で、しかし素早く床に手をつき、“力”を流し込む。
 “力”は床を伝わり今にも転びそうなファリンの足元へ。そして――
 ――――ポスッ。
「…………あれ?」
 ファリンは、突然姿を現したソファに飛び込み、難を逃れていた。
 ジュンイチが再構成リメイクで 床を作り直したのだ。
「間一髪、かな?」
 突然現れたソファを前に一同が目を丸くする中、ジュンイチはそうつぶやきながらファリンが頭上に掲げていたトレイを受け取る。
 そんなジュンイチに、忍が声をかけた。
「えっと……ジュンイチくん」
「何です?」
「そのソファは……?」
「あぁ、これですか?
 ま、急な構築でしたけど、なかなかの造形でしょ?」
「いや、そうじゃなくて……」
 わざととぼけてみせるジュンイチに忍がため息をつくと、そんな彼女にジュンイチは笑って説明する。
「オレ達ブレイカーの能力のひとつ、“再構成リメイク”――精霊力で物質の構造に干渉、望みどおりの形に作り変える力です。
 とりあえず急だったんで、勝手にここの床の構造材を使わせてもらいましたけど、まぁ、後でちゃんと元に戻せるし……それに“ガイノイド”ひとり分くらいの体重には耐えられるでしょ」
「まぁ、直せるんなら別に文句はないけど……」
 ジュンイチの言葉に答え――忍はふと動きを止めた。
 恭也、リスティ、そしてアリサやすずかと視線を交わし――再びジュンイチに注目。尋ねる。
「えっと……ジュンイチくん。
 今、ファリンのことガイノイドって言わなかった?」
「言いましたよ」
 あっさりと答える。
 ちなみにガイノイドとはアンドロイドの女性形。女性型人造人間を指す名称である。
「この子もそうだけど、さっきのメイドさん……ノエルさんでしたっけ? あの人もでしょ?」
「う、うん……」
 その言葉に忍は思わずうなずくしかない――確かにジュンイチの言う通りファリンや彼女の姉、ノエルは人間ではないからだ。
 ノエルは忍達“夜の一族”によって作り出された自動人形である。叔母(といってもそれほど歳は離れていないのだが)の家の倉庫に放置されていたのを忍が発見、修理して復活させたのだ。
 そしてファリンはその技術とノエルの予備パーツを駆使して忍が作った、言わば後継機にあたる。そのためノエルのことを姉として認識しているのである。
 だが――今回の場合、真に疑問に思うべきはそこではなかった。
「け、けど、まだそのことを話してないのに、どうしてわかったの?」
 その一番の疑問を尋ねる忍に、ジュンイチはサラリと説明する。
「“気”も霊力も魔力も感じなかったんですよ。
 この三つの力は人に限らずあらゆる生命体が持ってます。堕天使やオレ達の敵“瘴魔”のような闇の種族ダーク・トライヴでさえね。
 それが感じられないとなれば、人間の可能性はもちろん、禍物の可能性も選択肢から消えます。
 あと残るのは人工物、つまりこの場合はロボット――つまりガイノイド、とまぁ、そんな流れで推理したんスよ」
「なるほど……能力者ならでは、ってワケね……」
 ジュンイチの言葉に忍はようやく納得し――ふとリスティは気づいた。
「……ジュンイチくん。
 さっき、『ガイノイドひとり分くらいの体重には耐えられる』って言ったよね?」
「えぇ。確かに」
 答えるジュンイチの言葉に、アリサもそのことに気づいた。ジュンイチにつぶやくように告げる。
「……ひとつ忘れてる」
「え………………?」
 その言葉にジュンイチは思わず疑問の声を上げ――
 ――――ミシッ。
「………………『ミシ』?」
 足元から聞こえた音に眉をひそめ――気づいた。
 確かにソファに質量を持っていかれた今の床でも、支えるのがソファとファリンひとりならば耐えられる。彼女を支えることを前提に再構成リメイクしたのだから当然だ。
 では――もし“そこに人が近寄ったら”?
 だが、時は既に遅かった――離脱する間もなく床が崩壊。ジュンイチとファリンは轟音と共に階下へと消えていった。

「ってぇ…………!」
 それでもなんとかファリンは守った。1階で彼女の下敷きになり、ジュンイチは思わずうめいた。
 トレイもしっかり死守しているのはさすが。もっとも、ホコリをかぶってしまった今では紅茶及びココアのいれ直しは必至だろうが。
「だ、大丈夫!?」
「タハハ……ちょっとドジったかな……」
 恭也達と共にあわてて下りてきたアリサに答えると、ジュンイチは自分の上で目を回しているファリンに声をかけた。
「えっと……どいてくれると助かるんだけど」
「きゅう〜〜〜………」
 自力で、というのはしばらくは無理そうだ。仕方なくトレイを恭也に渡すと自分でファリンをどかす。
「しっかし、意外に重いっスね……」
「あー、ジュンイチくん。レディに向けてなんてことを」
「そう思うんならもっと軽い素材を使ってあげてくださいよ」
 自分でも失礼だとは思っていたのか、少し憮然としながら忍に答えると、ジュンイチはファリンの頬をペチペチと叩いてみる。
 人ではない彼女がこれで起きるかは正直疑問だったが――それは杞憂に終わった。ファリンは機能を回復し、我に返る。
 すぐに何がどうなったのかを思い出し――とたん、ファリンはジュンイチの前から飛びのき、一心不乱に頭を下げる。
「すみませんすみません!
 私ってばまた失敗しちゃって……!」
「いや、床ブチ抜いたのはオレのミスであって……」
 そんなファリンにため息をつき――それでも言うべきことは言っておく。
「とはいえ、バランサーの調整はしてもらえ。
 床はオレのせいでも、その前の転倒未遂は明らかにお前のポカだ――たかが子猫数匹でバランス崩してんじゃねぇよ」
「それがね、この子何度調整してあげてもあんな調子なのよ。
 人間くさいのはいいんだけど、ドジっ子は一部の人にしかウケないと思うんだけど」
「いや、問題はそこじゃなくて……」
「あれ、ジュンイチくんは萌えないの? ドジっ子メイド」
「いや、萌えとかの問題でもなくて……」
 忍の言葉にうめき――ジュンイチは彼女への反論をあきらめ、代わりにファリンに尋ねた。
「……ひょっとして直す気ゼロか? お前の主人」
「なんだか最近楽しまれてます……」
「そうか……」
 その答えに同情を多分に含んだため息をつき、ジュンイチは告げた。
「……しゃーねぇ。今度ヒマな時にでも、ちょっと調整してやるよ」
「できるんですか?」
「日頃のメンテナンスくらいのレベルならな。
 ダテにAI搭載バイクに乗ってねぇよ」
 ジュンイチがファリンに答えた、その時――
「AIバイク!?」
 どこか歓喜の混じったその声は、意外な人物のものだった。ジュンイチはふと眉をひそめると困惑もあらわに振り向き、
「……何がそんなにうれしいんだ? すずか」
「だって、AI積んでるんですよね? ジュンイチさんのバイク」
 そう告げるすずかの目はキラキラと輝いている。怯えられた初対面の反応がウソのようだ。
「お願いです! 今度見せてください!」
「そ、それはかまわんが……」
 まるで別人になったかのようなすずかのテンションに少々気圧されつつ、ジュンイチは忍に尋ねた。
「えっと……オレ、一応2時間ほど前に思いっきりビビられた直後なんですけど……」
「それは仕方ないわよ。元々の性格がおとなしい上に、少なくとも『年上の異性』に対しては恭也や他の若干名としか接点のなかった子だし。緊張する方が自然の反応よ。
 それに……」
 そう言うと、忍はジュンイチの腰を指さし、
「街中を木刀差して歩いてれば、一般人だって怖がるわよ、普通」
「あ、なるほど」
 本気で気づいていなかったらしい。思わず納得するジュンイチに苦笑し、忍は続ける。
「まぁ、一度打ち解けちゃえばあんな感じ。私の影響かどうか知らないけど機械いじりが好きな子だから、ジュンイチくんのバイクの話には興味津々みたいね」
「庭に自動砲台設置するような姉の影響は受けるべきじゃないと思いますが」
「ま、それはともかく……」
 ジュンイチの言葉をにこやかにスルーし、忍はジュンイチの肩をポンポンと叩き、
「で、私にもそのバイク見せてほしいんだけど」
「えぇ、そりゃまぁ……って、アンタもですか!」
 思わずツッコミを入れた、その時――
 ――――――――――――
「――――――っ!?」
 突然それを感じ取り、顔を上げた。
「ジュンイチ?」
「しっ!」
 尋ねる恭也を制し、ジュンイチは外へと飛び出して気配を探る。
 ――南方にジュエルシードの波動。
 距離は……だいたい約16、7kmといったところか。間違いなく海上だ。
「上等っ!
 海上なら思う存分暴れられる!」
 言って、ジュンイチはブレイカーブレスをかまえ、
「ブレイク――アップ!」
 叫ぶと同時に装重甲メタル・ブレストを着装 。突然の変身に驚く忍達に構わず、大空へと飛び立った。

 一方、なのは達もジュエルシードの発動を感知し、現場へと向かっていた。フェイトはジュンイチからの言いつけドクターストップを守ってユーノと二人で留守番だ。
「――あれか!」
 声を上げ、クロノが見据えた先では、天まで立ち上る巨大な水竜巻が発生している。
「よぅし、一気に封印だ、なのは!」
「うん!」
 クロノの言葉になのはが答えると――
 ――ザバァッ!
 海中から、巨大な触腕が二人に襲いかかる!
「クロノ、なのは!」
 声を上げ、アルフがフォトンランサーで触腕を迎撃し――海中からそれは姿を現した。
 すさまじく巨大なイカだ。あの水竜巻は、こいつが起こしていたものだったのだ。
 だが、それよりも問題なのはその大きさだ。ジュエルシードの力で巨大化したのだろうが――それにしたって大きすぎる。雄に7、80メートルはある。
「な、なんだよ、コレ!?」
 姿を現した巨大イカを見てクロノが思わず声を上げると、
「うーん、今までの前例の巨大化率から考えて、ベースの大きさはだいたい10メートル前後……ってとこか。
 ベースはさしずめダイオウイカかな?」
 その声に振り向くと、そこには到着したジュンイチの姿があった。
「そんじゃ、今日の晩飯はイカ焼きといこうかぁっ!」
 咆哮するなり、なのは達の間を駆け抜け巨大イカに向けて炎を放つ。
 が――通じない。その巨体を前に焦げ目程度しかつけられず、逆に繰り出された触腕をかわす。
「ちょっと! ぜんぜん通じてないじゃないか!」
「たはは……ちょっちガタイに差がありすぎるかな……」
 アルフの言葉に、ジュンイチは苦笑しながら自分を狙う触腕をかわし、
「こりゃ、オレ達だけだと手間がかかるかな……」
 そう言うと、ジュンイチは次々に放たれる触腕をかわし――その一方でヘッドギアの脇のスイッチを入れた。

 ――プルルルル……
「はーい、はいはい」
 呼び出し音を鳴らす電話に本当ならいらない返事をしながら、美由希は電話に出た。
「はい、高町です」
〈おぉっ! 美由希ちゃんか!〉
 ジュンイチの声だ。
「ジュンイチくん……?」
 いきなりなんだろう、と眉をひそめ――ふと、電話の向こうでものすごい音が立て続けに起こっているのに気がついた。
 脳裏にある仮説が浮かび――彼ならそんな状況の中でも平然と連絡してきそうな気がして、思わず尋ねる。
「もしかして……戦闘中?」
〈大正解っ!〉
「だったら電話なんかしてる場合じゃないでしょ!
 ――あ、もしかして、フェイトちゃん?」
〈だぁれがドクターストップかけてるヤツに救援要請するか!
 ブイリュウはいるか!?〉
「ブイリュウくん?
 フェイトちゃんの魔法の練習を見学してるけど?」
〈なら伝言!
 『デカブツが相手』、以上!〉
「それだけでいいの?」
〈それで通じる!
 じゃ、後は夜露死苦ヨロシク!〉
 そう言うと、ジュンイチは一方的に通信を切った。
「まったく、一方的なんだから……」
 つぶやいて、美由希が受話器を置くと、
「どうかしたのか?」
 そんな彼女に、ちょうど帰宅した恭也が声をかける。
「あぁ、実は……」
 言いかけ――振り向いた美由希は気づいた。
 恭也はひとりで帰ってきたワケではなかった――その後ろには、アリサとすずかが控えていた。

「ディバイン、バスター!」
「くらえっ!」
 なのはとクロノの叫びが交錯し、放たれた閃光が巨大イカをとらえる――が、やはりその巨体の前には微々たるダメージしか与えられない。
 そして、なのは達を捕獲すべく、巨大イカが触腕を伸ばし――
「ったく、うっとーしいっ!」
 放った炎で巨大イカの触腕を迎撃し、ジュンイチがなのは達をかばうように前に出る。
「ジュンイチさん!」
「いーから下がってろ!
 元々砲戦向きのお前らが前に出て、どーなるもんでもないだろうが!
 フェイトが欠けてる以上、前衛フォワードはオレとアルフで受け持つ!」
 声を上げるなのはにジュンイチが答えた、その時――
「――――――っ!
 ジュンイチ、危ない!」
 声を上げ、アルフはフォトンランサーを放ち、ジュンイチに迫ったそれを撃ち落した。
 爆発し、四散するそれは――
「ミサイル――?
 ベヒーモスか!」
「正解!」
 うめくジュンイチに答え、ミサイルを放った犯人――ビースト形態のベヒーモスが戦場へと乱入してきた。
「けっ、またしょうこりもなく出てきやがって!
 上等だ、返り討ちにしてやるぜ!」
 言って、ジュンイチが爆天剣をかまえるが、ベヒーモスは自信タップリに答えた。
「残念だったな!
 今回の私には、切り札ってヤツがある!」
 そう言うと、ベヒーモスは――何事かと動きを止めていた巨大イカの頭上に降り立つと、その額に手を触れ――自らの“力”を流し込む。
 と、巨大イカの目の色が変わった。血走り、真っ赤になった視線をなのは達へと向け――こちらに向けて攻撃の手を強める!
「ぅわぁっ!?」
「こいつ――ベヒーモスに操られているのか!?」
 あわてて声を上げ、触腕をかわすなのはとクロノだったが、
「んー、ま、なんとかなるだろ」
 対するジュンイチは平気な顔だ。平然と巨大イカの触腕をかわす。
「って、あんなの相手に、なんとかなるっていうのかい!?
 今までの攻撃だって効かなかったし、今はベヒーモスに操られてるんだよ!」
「うん。なんとかなる」
 あわてて声を上げるアルフだったが、それでもジュンイチは平然と答える。
「だってさ――」
 そう告げるジュンイチへと、巨大イカが襲いかかり――
「もう相棒が到着するから」
 その瞬間、巨大イカは飛来した何かの体当たりを受け、大きくブッ飛ばされていた。
「え? え?」
 突然のことに、なのはが声を上げると、
「グオォォォォォッ!」
 そんななのは達の目の前で、それは――ジュンイチの『相棒』ことゴッドドラゴンは天高く咆哮した。
 そして、外部スピーカーからブイリュウの声が響く。
〈大丈夫、ジュンイチ!?〉
「おう。
 グッドタイミングだ。サンキュー♪」
 ブイリュウの言葉に余裕で答えるジュンイチだったが――次に聞こえた声にはさすがになのは共々度肝を抜かれた。
〈なのはちゃん、大丈夫!?〉
〈まったく、何ひとりでカッコつけてんのよ!〉

「あ、アリサにすずか!?」
「アリサちゃん!? すずかちゃん!?」
 驚いて二人は声を上げ、ジュンイチはゴッドドラゴンの頭部を――コックピットにいるであろうブイリュウをにらみつけた。
「あのなぁ! なんでその二人まで連れてきてんだよ!」
〈し、仕方ないでしょ! いくら言っても聞いてくれないんだもん!
 オイラだって、一応説得はしたよぉっ!〉
 答えるブイリュウの声は涙声だ。よほど努力したのだろう。
 そんなブイリュウに当たっても仕方がないと判断し、ジュンイチは今度はアリサ達に告げた。
「……で、そこの二人はどーしてついて来たのかな?」
〈だって、なのはが必死になってがんばってくれてるのよ! ほっとけないわよ!〉
〈私達にだって、きっとできることがあるよ!
 だから、それを見つけるためにも……見ておきたいの! なのはちゃん達の戦いを!〉
「あー、なるほど……」
 ものすごく納得した。単純に自分の問題であれば、身の危険をにおわせれば思いとどまらせることはできただろう。だが――自分にとって大切な何かのためとなると、どんな人間でも例外なく決意は固くなる。それが友達のためとなるとなおさらだ。
〈ジュンイチ、あきらめようよ。
 もう今から連れて帰れるワケにもいかないんだし。
 それに……オイラ達みんなで二人を守ればいいじゃない〉
「はいはい。わかりましたよ」
 ブイリュウに答え、ジュンイチはゴッドドラゴンの頭の上に飛び乗り、
「中の二人、しっかりシートベルトしとけよ。
 オレ達の戦い、特等席でしっかり見せてやるぜ!」

「エヴォリューション、ブレイク!
 ゴッド、ブレイカー!」
 ジュンイチが叫び、ゴッドドラゴンが翔ぶ。
 まず、両足がまっすぐに正され、つま先の2本の爪が真ん中のアームに導かれる形で分離。アームはスネの中ほどを視点にヒザ側へと倒れ、自然と爪もヒザへと移動。そのままヒザに固定されてニーガードとなる。
 続いて、上腕部をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、内部にたたまれていた爪状のパーツが展開されて肩アーマーとなる。
 両手の爪がヒジの方へとたたまれると、続いて腕の中から拳が飛び出し、力強く握りしめる。
 頭部が分離すると胸に合体し直し胸アーマーになり、首部分は背中側へと倒れ、姿勢制御用のスタビライザーとなる。
 分離した尾が腰の後ろにラックされ、ロボットの頭部が飛び出すと人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
 最後にアンテナホーンが展開、額のくぼみに奥からBブレインがせり出してくる。
「ゴッド、ユナイト!」
 ジュンイチが叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
 システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが輝く。
「龍神合身! ゴォォォッド! ブレイカァァァァァッ!」

「龍の力をその身に借りて、神の名の元悪を討つ!
 龍神合身ゴッドブレイカー、絶対無敵に只今見参!」
 合身を完了し、あふれ出すエネルギーで周囲がスパークする中、ジュンイチが高らかに口上を述べる。
「す、すごい……」
「あれが……ジュンイチさんの、最強の力……」
「あー、感心してくれるのはありがたいが、もう少し離れてくれないと巻き込まれるぞ」
 つぶやくなのはとクロノにそう告げると、ジュンイチは体勢を立て直す巨大イカへと向き直る。
「さて……待たせたな。
 オレに巨大ロボ戦を挑んだこと――心ゆくまでじっくり後悔させてやるぜ!」
「そんなこけおどしに乗るか!
 やれ!」
 ジュンイチに言い返し、指示を下すベヒーモスに従い、巨大イカはジュンイチゴッドブレイカーへと突っ込み、触腕を繰り出す。
 だが、ベヒーモスの指示を受けてから動く巨大イカと違い、ゴッドブレイカーはジュンイチと一体化している――当然、その反応速度には圧倒的な差がある。ジュンイチはいとも簡単にその触腕をさばくと一気に間合いを詰め、逆に巨大イカへとカウンターのヒジを叩き込む。
 そして、バランスを崩した巨大イカに蹴りを入れて間合いを離すと右半身を大きく引いてかまえ――右手に力場が収束、握り締めた拳から高エネルギーの光があふれ出し、それが右前腕部を螺旋状に覆っていき、ドリルのように回転を始める。
「お次はこいつだ!
 クラッシャー、ナックル!」
 ジュンイチが叫び――右腕をロケットパンチの要領で打ち出し、巨大イカへと叩き込む!
 吹っ飛ばされた巨大イカが海面に叩きつけられたのを確認し、ジュンイチは戻ってきた右腕をドッキングさせるが、巨大イカはすぐに体勢を立て直し、ジュンイチへと触腕を巻きつける。
「そのまま絞めつぶしてしまえ!」
 指示を下すベヒーモスだが、
「バーカ」
 ジュンイチが告げ――自らの周囲に巻き起こした炎が巨大イカをも包み込み、吹き飛ばす!
「炎使いにいつまでも巻きついてるからだ。焼いてくれって言ってるようなもんだぜ」
 余裕で告げるジュンイチだったが――
「ふざけるな!
 貴様が炎使いだというのなら!」
 ベヒーモスと巨大イカも負けてはいない。再びゴッドブレイカーに触腕を巻きつけ――今度は海中へと引きずり込む!

「ち、ちょっとマズいんじゃないの!?」
 コックピットの外に広がる海中の光景を見て、アリサは思わず焦りの声を上げた。
 考えるまでもなく、炎は水中では燃焼できない――炎使いならば、海中は絶対的に不利なフィールドのはずだ。
 だが――それに答えたのはブイリュウだった。
「大丈夫だよ」
「大丈夫なの?」
「うん。ぜんぜん平気」
 聞き返すすずかに、ブイリュウは平然とうなずき、告げた。
「だって、キミ達が乗ってるからね」

「これでお前もどうしようもないだろ!
 炎使いに生まれたことを、心ゆくまで後悔するがいい!」
 巨大イカの額で、力場に守られたベヒーモスが勝ち誇って告げる。
 水圧で力場が歪んでるのを見て『なんかヤバいかなー?』とか危機感を抱いているのは内緒の話。
 だが――
「へっ」
 ジュンイチはその口元に笑みを浮かべた。

 ブイリュウがアリサ達に告げるのと並行し、ジュンイチが動く。
「ジュンイチは確かにムチャクチャだし自分勝手だし食いしん坊だしガメツイけど……」
 何の問題もないように巨大イカの触腕をつかみ――
「それでも、何かを守ろうとする態度には超合金並みに頑丈な筋を通すヤツだよ」
 その手に“力”を注ぎ込む。
「だから、その『守りたい人』の定義に当てはまる人がいる時は――」
 とたん、海流に変化が起こり――
「ジュンイチはいつでも、完全無欠に絶対無敵!」
 自分達の周辺の海水が“凍結し始める”!

「な、何だと!?」
「残念無念ブービー賞!
 オレは炎使いは炎使いでも――熱エネルギーを使って炎を操るタイプなんだよ!」
 炎使いが海を凍らせる――予想外の事態に驚きの声を上げるベヒーモスにジュンイチが言い返し、自分と巨大イカの周囲を完全に凍らせ、巨大な氷塊を作り出す。
「ど、どうなってるの!?」
「あー、つまりね」
 ジュンイチの言葉は聞こえていた。だが理解が追いつかず、戸惑うアリサにブイリュウが説明する。
「ジュンイチは炎使いだけど、単純に炎を操ってるワケじゃなくて――その大元、つまり熱エネルギーを精霊力で制御することで炎を操ってるの。
 そんなジュンイチにとって、対象に熱を加えたり逆に熱を奪ったり、なんて朝飯前。だから、海水から熱を奪って、凍結させることだって簡単にできちゃうんだよ」
「へぇ……」
 納得するアリサのとなりで、すずかはうんうんとうなずき、
「光熱費が節約できそうな能力だね」
「所帯じみた感想、ありがと……」

 しかし、両者共に氷漬けとなっているこの現状は、ジュンイチにとっても良くない状況のはずだった。
 なぜなら――
「だ、だが、それでは貴様も身動き取れまい!」
 そう。ベヒーモスの言う通り、この氷はゴッドブレイカーをも閉じ込めている。これではジュンイチだって身動きはとれないはずだが――ジュンイチの答えはそんな彼の読みを覆すものだった。
「お生憎!
 やりようなんて――いくらでもある!」
 またも平然と言い返すと、ジュンイチは“力”を流し込む先を変えた。
 両腕から――背中のゴッドウィングへと。そして――
「いっけぇぇぇぇぇっ!」
 海流に“力”で干渉、自分達を包み込んだその氷塊を上方へと押し上げる!
 そして、一気に海上へと飛び出し――ジュンイチはベヒーモスに告げた。
「さて、ここで問題です。
 オレは海中から熱を奪って凍結させた――じゃあ、“その熱エネルギーはどこに行ったと思う?”
「――――――っ!?」
 その言葉の意味するところに気づき、戦慄するベヒーモス――だが、遅い!
「奪った熱――全部てめぇらに、くれてやる!」
 咆哮と同時、ゴッドドラゴンの胸の竜の頭部――その口腔内に真紅の輝きが生まれ――
「ゴッドブラスト――放熱ディスチャージヴァージョン!」
 放たれた火球が氷塊を完全に粉砕、巨大イカを吹き飛ばす!
「――なのは!」
「は、はい!」
 ジュンイチの言葉になのははうなずき、レイジングハートをかまえる。
 細かい指示などいらない。ジュンイチは他者には『各自のできること』しか要求しない。つまり、自分のできること、その中で最善と思うことだけをすればいい。
 そして、なのははレイジングハートで周囲一帯の魔力の残滓を収束し、
「スターライト、ブレイカー!」
 叫ぶと同時、切り札・スターライトブレイカーが放たれる。
 だが、その狙いは巨大イカではない。ジュンイチのかざした爆天剣――その周囲に形成された力場のレールに導かれ、その刀身へと流し込まれていく。
「これで準備万端!
 やっちゃえ、ジュンイチさん!」
「おうともよ!」
 なのはの声援にジュンイチは元気に答え――落下を始めた巨大イカとの距離を詰める!
「なめるなぁっ!」
 だが、ベヒーモスにも意地がある。巨大イカの触腕で攻撃をかけるが、
「意気込みは買うよ」
 ジュンイチはそれをあっさりと斬り払い、
「けど――それだけだ!」

 ――即席合体奥義コンビネーション・ブレイク
  スターライトブレイカー・Type-Sスラッシュ

 しかし、ジュンイチの一撃が巨大イカを両断することはなかった。
 いや――刃は確かに巨大イカの身体をとらえ、その身を斬り裂いたはずだった。だが、その刃は巨大イカを両断せず、額のジュエルシードだけを弾き飛ばしたのだ。
 ジュンイチがなのはのスターライトブレイカーを爆天剣に上乗せさせたのはこのため――変幻自在な爆天剣だが、あくまで使い手のイメージによってしかその形、特性を変化させられない。つまり、殺す殺さずに関わらず、相手を傷つけることが前提となっているジュンイチの戦い方では、どう爆天剣を変化させようが、体内のジュエルシードを抉り出す際に巨大イカまで傷つけてしまう。
 いや、傷つけるならまだしも、ヘタをすれば殺してしまう――だがそうなれば、巨大イカの断末魔がジュエルシードにどんな影響を与えるかわかったものではない。かつて巨大化したカマキリを相手にした時のように、あくまで殺さずにジュエルシードを取り出さなければならない。
 巨大イカを傷つけることなく、そのジュエルシードのみを弾き飛ばす――自分のイメージでは不可能なそれを可能とするため、ジュンイチは非殺傷魔法であるなのはの砲撃魔法――その中でも最強のそれであるスターライトブレイカーをあてにしたのだ。
 結果即席で編み出されたのが今の技――相手を傷つけずに、しかしダメージは与える、言わば『傷つけずに傷つける剣』、スターライトブレイカー・Type-Sスラッシュだった、というワケである。
 そして、ジュエルシードはジュンイチの意図を正確に読み取っていたなのはによって回収され、その後を追おうとしたベヒーモスにはディバインシューターのカウンターがお見舞いされる。
 一方、巨大イカは力の源であるジュエルシードを失い、静かに海中へと没していく。
「くそっ、今回はここまでか……!」
 今回の切り札だった巨大イカをいともたやすく撃破され、ベヒーモスはそううめいて離脱していく。さすがに生身でゴッドブレイカーとなのは達を同時に相手するつもりはないらしい。
 それをムリヤリ追撃するつもりなど当然なく、ジュンイチはかまわずに勝ち鬨の声を上げる。
「爆裂、究極! ゴォッドォッ! ブレイカァァァァァッ!」

「リリカル、マジカル!
 ジュエルシード、シリアル[、封印!」
 呪文を唱えつつなのはがレイジングハートから“力”を放ち、ジュエルシードの魔力を封印、回収する。
「お疲れさん、なのは」
「それを言うならジュンイチさんの方がお疲れ様だよぉ」
 労うジュンイチになのはが答えると、アルフがジュンイチに尋ねた。
「ところでジュンイチ、あのイカはどうするんだい?
 確か『イカ焼きにする』とか言ってなかったか?」
「あー、もういいや、面倒くさいし」
 肩をすくめてそう答えると、ジュンイチはコックピットの中のアリサとすずかに告げた。
「まぁ、オイシイところはなのはから奪う形になっちまったが……アレがオレ達の敵だ。
 できれば関わってほしくはないけど……どーせ断ったってムダだろ?」
「とーぜんよ!」
 キッパリと答えるアリサのとなりで、すずかもコクリとうなずいてみせる。
「だろうな。
 だからオレはあえて止めんが――ムリだけは、させないからな」
 なんでオレの周りはこーも厄介事に首を突っ込みたがるヤツばっかりなんだろう――と自分のことを棚に上げてジュンイチがため息をつくのを見て、なのは達は思わず笑みをもらす。
「………………? 何だよ?」
「あ、えっと……ジュンイチさん、なんだかお兄ちゃんみたいで……」
「勘弁してくれ。
 手のかかる妹はお前らだけでたくさんだ」
 なのはの答えにそう答え――ジュンイチは気を取り直して翼を広げ、なのは達に告げた。
「そんじゃ、帰ろうか」

 そして、ジュンイチやなのは達は海鳴市へと帰還した。が――
「あー、えーっと……」
 現在の自分の状況に、ジュンイチは正直理解に苦しんでいた。
 唯一自由に動かせる首だけで振り向き、この事態を作り出した張本人に尋ねる。
「あのー、忍さん。
 なんでオレは、全身縛り上げられた上でイスに固定されているのでしょうか……?」
 なんとなくイヤな予感と共に、思わず敬語で投げかけたその質問に、忍は――
「いやね、キミのブレイカーとしての能力に興味がわいて。
 とりあえず――いろいろ調べさせて♪」
「やっぱりそー来やがったかぁーっ!」
 にこやかな笑顔と共に見事その『イヤな予感』を的中させてくれた忍に、ジュンイチは思わず絶叫する。縛られていなければ頭を抱えたいところだ。
「忍……お前、機械専門じゃなかったのか?」
「やーねぇ、今でも機械専門よ♪
 けどね……」
 尋ねる恭也に、忍は笑って答え、
「彼のブレイカーとしての“力”、機械の力で再現できたらスゴいと思わない?」
「なるほど……」
「って、納得しないでくれよ、恭也さぁぁぁぁぁんっ!」
 二人の会話に、ジュンイチは再び絶叫。なんとか脱出しようと試みるが、いったいどういう縛り方をしているのか、使え得る筋力を総動員してもがいてもビクともしない。
「すずか、なのは、アリサ、それにクロノも! 頼む! なんとかしてくれ!」
 自力での脱出は不可能だと判断し、ジュンイチは年少組に助けを求め――
『………………ムリ♪』
「あきらめ早っ!」

 あっさりとあきらめた4人を前にジュンイチは思わず声を上げる。
「さぁ、覚悟していろいろデータちょーだいねぇ♪」
 思いっきり邪悪な笑みを浮かべ、忍はそんなジュンイチへと影を落とし――

 結局、この世界での2日目は月村邸に(絶叫と共に)宿泊となったジュンイチであった。


 

(初版:2006/02/12)