「………………ん?」
早朝の鍛錬を終え、戻ってきた恭也は玄関に入るなり眉をひそめた。
ジュンイチのブーツがある。昨夜月村邸に拉致されたはずだが……
不思議に思い、リビングをのぞき込んだ恭也の目に飛び込んできたのは――
「……必死に逃げてきたんだろうなぁ……」
疲れきってソファに沈んだジュンイチの姿だった。
とりあえずのぞき込んで様子を見てみる。
しばし考え――ポツリ、と一言。
「返事がない。ただのしかばねのようだ」
「悠長にネタかましてんじゃねぇぇぇぇぇっ!」
復活したジュンイチが絶叫した。
第8話
「合体パワーで大勝利!」
「ったく、頼むから人を実験動物みたいにしないように言っといてくれ! 一応友人でしょうが!」
まさに形振りかまわず、といった感じで、ジュンイチは目頭に涙までためた必死の形相で恭也に言うが、
「あーなった時の忍は何を言っても聞く状態じゃないよ。
あればっかりは、いくらオレでもね……」
「……あー、そうなんだ……」
そう答える恭也の言葉にあきらめにも似た色を察し、さすがのジュンイチもそれ以上追求はしない。
――否。追及するのが怖い。
「まぁ、忍だって一応のけじめはついてる。そうひどいことはしなかっただろう?」
「身体的にはね。
代わりに体力の限界に挑戦させられましたよ」
友人を弁護する恭也に答え、ジュンイチは思わずため息をついた。
とはいえ恭也の友人をあまり酷く言うのもはばかられ、ジュンイチは困って頭をかく。
こっちは『あんな目』にあうのはもうこりごりなのだが――
「あれ、ジュンイチさん?」
思考の渦に沈みかけたジュンイチだったが、背後からかけられた声に、すぐさま現実に帰ってきた。
ギンッ! と殺気でも込められていそうな(いや、現実に込めたかもしれない)視線で振り向くと、声の主はその視線にビクリと肩を震わせた。
どう答えようかしばらく思案した後、やや引きつった笑顔で告げた。
「い、意外と早く解放されたんだね……」
「逃げてきたんだよ」
なのはの言葉にそう答えてそっぽを向く。早々に救出を放棄してくれたことを始め、言いたいことは山ほどあったが、一番近しい友人である(とジュンイチは思っているし多分それは正解だろう)恭也に止められないものがなのは達に止められたとも思えない。彼女達に怒っても単なる八つ当たりだと自らに言い聞かせて気分を落ち着ける。
と――自分が昨夜一晩こちらに戻ってこなかったことに思考が至った時点で、あることを思い出した。
「そーいや……フェイトの変身魔法の練習はどうなったんだ?」
「うーん……やっぱりフェイトはそういう類の魔法は苦手みたい」
ジュンイチに答えるのはなのはの肩の上のユーノである。
「一応変身はできるようにはなったんだけど……」
なんとなく歯切れの悪いユーノの言葉に、ジュンイチは思わず眉をひそめ、そんな彼に恭也が告げた。
「とにかく――見てみればわかるよ」
というワケで――ジュンイチは疲れた身体を引きずり、道場でフェイトの練習の成果を見せてもらうことになった。
「じゃ、フェイト。
早くしないとジュンイチがヤバそうだし」
「うん」
極度の疲労から今にも意識を手放そうとしているジュンイチを見て、促すアルフに答えるとフェイトは魔力を解放、魔法陣を展開する。
そして、光に包まれたフェイトの身体が変化した。
光はみるみるうちにそのサイズを縮めていき――それが収まった時、そこにいたのはウサギ……ではなかった。
身体は丸く、四足。垂れた長い耳を見ればウサギと見えないこともないが、少なくともジュンイチは“翼の生えた”ウサギなど見たことはない。フェイトのバリアジャケット装着後の姿を考えると、おそらく耳はツインテールにまとめた髪型の、翼はマントの名残だろう。
「見ての通りさ。
どうも『元の姿』のイメージが抜け切れないみたいで、これが限界だったんだ。
どう見てもこの世界の生き物じゃないから、この姿でうろつくワケにもいかないからね、結局、素直に回復を待とう、ってことになったんだけど……」
言いかけ――アルフは気づいた。
ジュンイチの顔から眠気が吹っ飛んでいる。何やら肩も震えているし――
そんなジュンイチの変化にアルフが首をかしげた、その時――
「のぉぉぉぉぉっ! かわいすぎるぜこんちくしょぉぉぉぉぉっ!」
フェイトの今の姿がカワイイもの好きのジュンイチの魂に引火した。ジュンイチは羽ウサギ姿のフェイトを抱き上げ、ほお擦りし――
惨劇。
「フェイトに何すんだい、アンタはっ!」
「す、すまん……」
フェイトを救出したアルフに力の限りブッ飛ばされ、ジュンイチは道場に倒れ伏し、額からドクドクと流血しながら謝罪した。
元々忍の『データ取り』で消耗していた身体にこれはキツい。なんかお花畑が見えたりしている。
だが、ジュンイチはなんとか戻ってきた。復活するとその場に身を起こし、
「けど……マヂメな話、その姿でもオレ達の世界じゃ問題ないぞ」
「え………………?
センセの世界って、そういうウサギさんっているんですか?」
「いや、そぉじゃなくてな」
尋ねるレンに、「そーいやその呼び方に関する追求をしてねぇなぁ」と思い出しつつ、ジュンイチは答えた。
「お前ら……オレの地元はブイリュウの地元だってこと忘れとらんか?」
『あ………………』
そういえばそうだ。ジュンイチの世界――というか、彼らの住む府中市はブイリュウを始めとするプラネル達という前例がある。彼らに慣れている手前、フェイトの今の姿でもおそらく問題はないだろう。
「なら、向こうならこの変身でも……」
「おう、フツーに闊歩できるだろうな。
ま、こっちでもしばらくは珍しがられるだろうが、時間さえ経てば……」
つぶやくフェイトにジュンイチが答えると、
「なら、ちょうどいいかもしれませんね」
そう言って道場に姿を見せたのはリンディだった。
「リンディさん……?
『ちょうどいい』って、どーゆーコトっスか?」
「だって、フェイトさんはその格好でもあなた達の世界では問題なく動けるのでしょう?」
尋ねるジュンイチにリンディが答え――恭也が最初にその真意に気づいた。
「つまり……フェイトに、向こうの世界のジュエルシード探しを担当してもらおう、と?」
「だって、ジュエルシードを封印していくには、どちらかに向こうの世界のフォローをお願いするしかないじゃないですか」
「あ、そっか……
クロノじゃジュエルシードの回収はともかく、封印は難しいんだっけ。封印魔法は魔力負けしたらアウトだし……」
答えるリンディの言葉に、アルフがその事実に気づいてつぶやく。
「ジュンイチさん、問題はないでしょう?」
「んー、確かに戦力として考えるなら問題はないけど……」
うめいて、ジュンイチは頭をかきながら――不安そうななのはへと視線を向けた。
その不安の正体は考えるまでもなかろう。だからこそ――迷いがあった。
「……基本はこっち常駐って形には、できないっスかねぇ?
どーせ、まずは発動したジュエルシードを鎮めなきゃいけないんだ。それは向こうにいるオレの仲間達に任せてあるんだし、こっちで発動を知って駆けつけても、十分間に合うだろ?」
「そうですねぇ……」
ジュンイチの言葉にリンディが少し考え――そんなリンディに提案したのはブイリュウだった。
「ねぇねぇ。
それか、なのはちゃんにも来てもらうっていう手もあるんじゃない?」
「なのはにも、か……?」
「うん」
正直真意が読めず、眉をひそめるジュンイチにブイリュウが答える。
「どーせ今なのはちゃん達は夏休みなんでしょ?
こないだ来た時はフェイトちゃん探したりジュンイチと戦ったりでバタバタしてたんだし、今回は息抜きも兼ねて、ね?」
「『ね?』って……
そしたらこっちのジュエルシードはどうするんだよ? こっちにはなのは達以外にジュエルシードをどうこうできるメンツがいないんだぞ」
まさに名案、といった感じで語るブイリュウにジュンイチがあきれて告げると、
「封印まではできなくても、抑え込むくらいなら、クロノでも十分に対応できますよ」
そんなジュンイチに答えたのはリンディだった。
「あの子も、あの子なりにこの戦いで思うところがあったらしくて、今アースラに戻って新しい装備の使用申請をしてるんです。
もしそれが通れば、きっと心強い味方になってくれるはずですよ」
「そういえば……」
そのリンディの言葉に、アルフはこのところのクロノの戦績を思い出してみた。
――時空管理局本局でのベヒーモスとの戦い以来、ジュンイチとリヴァイアサンに敗れ、ベヒーモスとの再戦では出番がなく、先の巨大イカとの戦闘でもジュンイチに持っていかれた。
「……戦力強化、したくもなるか……」
それが素直な感想だった。
「くそっ、向こうに機動兵器が存在したとはな……」
度重なる作戦失敗に、ベヒーモスはアジトで苛立たしげにうめいた。
「となると、こちらも生身では辛いな……
やはり、アレに対抗する手段はどうしても必要か……」
言って、ベヒーモスは周囲を見渡し――ふと、そこに迷い込んできたそれに気がついた。
「……おはよ」
消耗しきった身体を休めるべく仮眠をとり、なんとか復活したジュンイチがリビングに戻ってきたのはちょうど昼時だった。
「お疲れ様です、先生。
グッドタイミングです。ちょうどお昼ができるところですよ」
「ん、腹へったから起きたんだろうな、きっと」
自分の体内時計の正確さに内心感心しつつ、キッチンで昼食を作っていた晶(今日は彼女が当番らしい)にそう答え――ジュンイチは眉をひそめた。
視線を動かし、夕食に使うのだろうか、リビングの方で餃子のタネを作っているレンの姿を発見。ちょうどいいとばかりに二人に尋ねた。
「……あー、晶、それにレンも。
再三聞こうと思ってたんだが……なんでオレのことを先生呼ばわりするんだ?」
「はぁ……なのちゃんの話だと、先生も師匠みたいにすごく強いってことだったので……」
「師匠……?」
晶の言葉に、ジュンイチはまたもや眉をひそめ――心当たりに思い至った。
「……恭也さんか」
というか彼以外に心当たりがいない。美由希も一応候補には挙がったが、どうも「お師匠様」という雰囲気ではない。どちらかといえば自分同様「先生」という雰囲気だ。
「それで、師匠は『師匠』なので、先生は『先生』で」
「あ、そ……
とはいえこっちはそーゆー呼び方に慣れてないんでな、できれば名前で呼んでくれると助かる」
「はい、センセ」
「ぜってーわかってねぇっつーかワザとやめない気だろ、お前ら……」
笑顔で即答するレンにうめき、ジュンイチはため息をつき――ふと気づいた。
「そーいや、ずいぶん静かだけど……なのは達は?」
「あぁ、なのちゃん達はアースラの見学に行きました。
午前中には終わるって言ってましたけど……」
「………………はい?」
晶の言葉に、ジュンイチは思わず声を上げた。というのも――
「今さら……アースラで何を見学するつもりだよ?」
そう。なのは達にとってアースラは勝手知ったるなんとやらだ。今さら見学が必要だとは思えないが――
「いや、見学するのはなのちゃん達じゃなくて……」
だが、晶の答えに、ジュンイチはようやく気づいた。
いるではないか。アースラをまだ訪れておらず、しかも興味津々なメンツが。
「……あぁ、なるほど。
『アイツら』か」
「ここがブリッジ。
この艦の航行に必要な主な操作は、すべてここからできるようになってる。もちろん動力とか専門的な操作がいる部署に関してはもっと突っ込んだところまで操作できる制御室が他にあるけどね」
なのは達と共にアースラのブリッジにアリサとすずかを案内し、クロノが代表して説明してあげた。
フェイトの『変身』初披露の後、再び体力の限界を迎えたジュンイチが仮眠をとる、と寝泊りしている高町家の客間に消えてしばし――すずかからなのはにメールが入ったのだ。
内容は――アースラの見学希望。
そのことをリンディに相談すると二つ返事で了承され、こうしてアースラの見学に訪れた、というワケである。
案内に関しては、ちょうど時間を持て余していたクロノが引き受けてくれた。例の新武装の使用許可申請も提出し終わり、返事が来るまでヒマなのだそうだ。
だが――その笑顔はやや引きつり気味だ。というのも、先ほどからこのアースラのメカニックに興味津々なすずかから質問責めを受けているからである。
普段はおとなしいが、大好きな機械のことが絡むとすずかはとたんに活発になる。そんな彼女の性格をよく知るなのはとアリサは苦笑するしかなかった。二人も機械は専門外である以上、クロノのフォローに回って巻き込まれたくはない。
(ごめんね、クロノくん)
(後で何かおごるから……)
なんとなく胸中でなのはとフェイトが謝罪した、その時――ブリッジに警報が響いた。
「どうしたの!?」
「なのはちゃんの世界にゲート反応!」
尋ねるリンディに答え、エイミィはデータを調べ、
「エネルギー波形は……堕天使・ベヒーモスのものと一致!」
「ベヒーモスが!?」
その名を聞いたとたん、クロノの表情が引き締まった。アリサとすずかにその場にいるよう告げるとエイミィの元へと駆け寄る。
「場所は?」
「海鳴市北の山中。向こうも人気のないところを選んだみたいね」
「目立ちたくないのは向こうも同じ、ってワケか……」
つぶやき、クロノが考え込むと、リンディがエイミィに告げた。
「とにかくジュンイチくんに連絡を。たぶんもう起きてる頃よ」
「了解」
「あぁ、こっちでも波動を感じた。
今のところおとなしくしてるみたいだけど……とりあえず向かってるところだ」
着装し、海鳴市の上空を飛行しながら、ジュンイチはエイミィからの通信に答えた。
〈なるべくムリはしないでね。
なのはちゃん達もそっちに向かわせるから〉
「ジュエルシードの波動は今のところ感じないけどな……
まぁいい、了解だ。できるだけ急がせてくれ」
答えて、ジュンイチが通信を切ると背中にしがみついているブイリュウが声をかけてきた。
「なのはちゃん達も呼んじゃって大丈夫なの?
またベヒーモスがこないだみたいな大型戦力を持ち出してきたら危険じゃない?」
「けど、もしベヒーモスがジュエルシードを狙って動いてるんだとしたら、封印するためにもアイツらは必要だよ」
ジュンイチが答えた、その時――眼下の森の中から、ジュンイチ達に向けてミサイルが飛び出してくる!
「何――――――っ!?」
自分の探知の範囲外からの攻撃だったため気配を察せず、完全に反応が遅れた。ジュンイチはあわてて回避し、回避しきれないものをゴッドウィングの一部で作り出した盾で防ぐ。が――
「ぅわぁっ!」
その衝撃で、背中にしがみついていたブイリュウが振り落とされる!
「ブイリュウ!?」
それを見てジュンイチが声を上げると、
「よそ見してるヒマなど与えるか!」
ミサイルを次々に放ちながら、ビーストモードのベヒーモスが飛び出してくる!
「こいつ――!
調子に乗ってんじゃねぇ!」
咆哮し、ジュンイチはミサイルを炎で薙ぎ払い、
「毎度毎度、飽きねぇもんだな!
今度こそブッ飛ばしてやる!」
「それはこちらのセリフだ!
やってしまえ、堕天獣――デスピオン!」
ジュンイチの言葉に言い返し、ベヒーモスが告げたその時――その背後から飛び出してきた、先端に刃のついた長大な尻尾がジュンイチを叩き落とす!
「ぅわぁっ!」
そして、大地に叩きつけられたジュンイチの前にそれは出現した。
巨大なサソリである。
もちろんなのは達の世界にこんな巨大なサソリはいない。とすると――
「こいつ……まさかジュエルシードを!?」
「いや、違うな。
ただ、発想は同じだ」
思わず声を上げるジュンイチだったが、ベヒーモスはそれを否定した。
「こいつは我が寝ぐらに迷い込んできたただのサソリさ。
ジュエルシードで原住生物が巨大化するように、我らの“力”で巨大化させたのさ。
もっとも、我が力だけでは出力が足りんが――それを補う手段ならあったさ」
ベヒーモスの言う『手段』――ジュンイチに心当たりはひとつしかなかった。
「――ゲートか!」
「その通り。
次元世界を越えるゲートは、展開こそ容易だがそこには次元の壁に穴を開けるほどの莫大なエネルギーが発生する。
それを使えば、ただのサソリもこの通りだ」
自らのアイデアがよほど誇らしいのか、ベヒーモスは自慢げに告げ――そんなベヒーモスにジュンイチは尋ねた。
「……で、あの『堕天獣』だの『デスピオン』だのっていう名前は?」
「私の命名だ!」
断言するベヒーモスを前に、ジュンイチはしばし沈黙し――ポツリと一言。
「………………センス悪いな」
「やかましいわぁぁぁぁぁっ!」
小さく、しかしハッキリ聞こえるように告げたジュンイチに言い返し――ベヒーモスはデスピオンの頭上に降下、デスピオンはベヒーモスの指示でジュンイチに向けて前進を始めた。
「――始まってる!」
前方の森の中に出現したデスピオンを見つけ、なのはが声を上げた。
「また原住生物を操ってきたな……
早く封時結界で隔離しないと。あんなのが街に入ったら、被害が広がるばかりだぞ」
そのとなりでクロノがつぶやくと――
「――――――ん?」
クロノの肩の上のフェイトがそれに気づいた。
「みんなは先に行って!」
「フェイト!?」
声を上げるアルフにもかまわず、フェイトは眼下の森の中へと降下していく。
そして、フェイトは人間の姿に戻って着地し――
「大丈夫!? ブイリュウ!」
墜落し、気を失っているブイリュウへと駆け寄った。
「燃え上がれ――龍の翼よ!
龍翼の轟炎ァッ!」
咆哮し、ジュンイチがゴッドウィングから放たれた炎の龍がデスピオンを直撃し、
「號拳龍炎!」
続けて、爆炎に紛れて接近すると至近距離で炎を叩き込む。そして――
「螺旋龍炎!」
仕上げに、とっておきの一撃を加え、爆風に乗って離脱する。
『龍炎三連』――かつてなのはにも使用した、3種類の必殺技を立て続けに叩き込むジュンイチの必殺コンビネーションである。しかもあの時と違い、今回は手加減なしの全力だ。
が――通じない。爆炎の中から飛び出してきたデスピオンのハサミが、ジュンイチを弾き飛ばす!
「ぐぁ………………っ!」
大技の直後のスキを突かれ、まともにくらってしまった。胸部をアーマーもろとも深々と斬り裂かれ、ジュンイチは大地に叩きつけられる。
「とどめだ!」
咆哮し、ベヒーモスはデスピオンをジャンプさせ、ジュンイチを押しつぶしにかかり――
「スターライト、ブレイカー!」
放たれた閃光が大地を直撃、巻き起こった爆風を受け、狙いのそれたデスピオンはジュンイチのすぐ脇に着地する。
「ジュンイチさん!」
「大丈夫かい!?」
そして、なのはが上空からデスピオンを牽制しているスキにクロノとアルフがジュンイチに駆け寄り、助け起こす。
「すまん、クロノ、アルフ……!
油断しちまった……!」
「しゃべらないで。今治療する!」
うめくジュンイチに告げ、クロノはジュンイチの胸の傷に治癒魔法をかけようとするが、
「いや、それよりなのはの援護だ。
ブイリュウがいない以上、生身で巨大目標を相手にしなきゃならん。
となると、一番火力のバカデカいあいつを中心にフォーメーションを組んだ方が――」
「――って、そんな傷じゃムリだよ!」
かまわず戦闘に復帰しようとするジュンイチに、アルフがあわてて待ったをかける。
「大丈夫だって。
ケガの割に出血はしてないし、援護くらいなら、今のオレにもできる」
しかし、そんな説得でジュンイチが止まるワケがない。あっさりとそう答えると、ジュンイチはゴッドウィングを広げて飛び立つ。
「ちぃっ、しょうこりもなくまた出てきたか!」
そんなジュンイチに気づき、上空から攻撃してくるなのはを追っていたベヒーモスはデスピオンをジュンイチに向け、尻尾と両腕のハサミを次々に繰り出す。
しかし、ジュンイチはそれを素早くかわし、デスピオンの目の位置を確認するとその周辺に炎を放ち、視界を奪い――
「なのは――関節を狙え!」
「はい!」
ジュンイチの言葉になのはが答え、放たれたディバインバスターがデスピオンの右ヒジを直撃、関節を粉砕しハサミが力を失う。
傷ついた自分が飛び出せば絶対に狙ってくるだろう――そう読んだジュンイチはあえて敵の標的になることでオトリとなり、なのはのサポートに回ったのだ。
「ちぃっ! やってくれる!」
ベヒーモスがうめき、デスピオンは右ヒジを再生させると再び上空のなのはへと狙いを定め――その背中で爆発が巻き起こった。
だが、その攻撃はなのはとは別の方向から放たれた。
その正体は――すぐにわかった。
「なのは!」
「ジュンイチ!」
フェイトとブイリュウの叫びと共に、ゴッドドラゴンが飛来する。
先の攻撃は彼らによるものだったのだ。
「フェイトか! ナイスフォロー!」
それを見て、ジュンイチはゴッドドラゴンに飛び乗り、デスピオンへと振り向いた。
「そんじゃ、いっちょ大暴れといきましょうか!」
「エヴォリューション、ブレイク!
ゴッド、ブレイカー!」
ジュンイチが叫び、ゴッドドラゴンが翔ぶ。
まず、両足がまっすぐに正され、つま先の2本の爪が真ん中のアームに導かれる形で分離。アームはスネの中ほどを視点にヒザ側へと倒れ、自然と爪もヒザへと移動。そのままヒザに固定されてニーガードとなる。
続いて、上腕部をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、内部にたたまれていた爪状のパーツが展開されて肩アーマーとなる。
両手の爪がヒジの方へとたたまれると、続いて腕の中から拳が飛び出し、力強く握りしめる。
頭部が分離すると胸に合体し直し胸アーマーになり、首部分は背中側へと倒れ、姿勢制御用のスタビライザーとなる。
分離した尾が腰の後ろにラックされ、ロボットの頭部が飛び出すと人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
最後にアンテナホーンが展開、額のくぼみに奥からBブレインがせり出してくる。
「ゴッド、ユナイト!」
ジュンイチが叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが輝く。
「龍神合身! ゴォォォッド! ブレイカァァァァァッ!」
「とりあえず口上略!
てってー的にボコってやっから覚悟しな!」
合身を完了し、口上を省略するとジュンイチはベヒーモスとデスピオンへと人さし指を突きつけ、自信タップリに宣言する。
「なめるな! 返り討ちにしてくれる!」
「お約束なリアクションどーもっ!
シートベルトして、しっかりつかまってろよ、ブイリュウ、フェイト!」
「はい!」
「合点承知!」
ベヒーモスに言い返し、告げるジュンイチにフェイトとブイリュウが答え――次の瞬間、ジュンイチの拳とベヒーモスのハサミが激突する!
ムリに力比べをするつもりなどなく、ジュンイチはすぐに拳を引くと蹴りを放つ。
前回の敵ならば――巨大イカならば間違いなく直撃のタイミングだった。しかし、デスピオンはベヒーモスの指示で身を沈めてかわすと尻尾を振るい、ジュンイチを弾き飛ばす!
それでもなんとか体勢を立て直し、ジュンイチは着地し――
「ぐ………………っ!」
合身前のダメージがジュンイチを襲った。身体を襲う痛みに思わず動きが止まり、再びデスピオンの尻尾で弾き飛ばされる!
とっさに踏ん張ろうとするが――ジュンイチは思った以上に自分の身体がふらつくのに気づいた。
すぐにゴッドブレイカーの自己診断プログラムを立ち上げるが、バランサーはもちろん、姿勢制御系のどのシステムにも異常がない。
となると、平衡感覚を失っているのはゴッドブレイカーではなく自分だということだ。考えられるのは――
(毒――それも遅効性の……)
おそらくその推理は正解だろう。即効性の毒も厄介だが、実はむしろ遅効性の毒の方がタチが悪い――受けた直後に自覚がないから、それが毒だという認識がない限りどうしても対処が遅れるのだ。
しかも今回の場合は自分に『サソリの毒=即効性』という先入観があった。尾の一撃を受けた際に毒物を感知しなかったから、毒を受けていないのかと思っていたが――先入観に左右されるとは自分らしくない、と思わず舌打ちする。
「くそっ、やってくれる……!」
「ジュンイチ、大丈夫!?」
うめくジュンイチの言葉にブイリュウが声を上げるが、当のジュンイチは次々に繰り出されるデスピオンのハサミや尻尾をかわすのに必死で答えるどころでない。
「このままじゃ……!
けど、どうすれば……!?」
目の前の危機に対して何もできない――そんな今の状況にフェイトは唇をかむ。
しかし――あきらめるワケにはいかなかった。
(……ううん、きっと何か、できることがある。
ジュンイチさんは、出会ってからずっと私を守ってくれた……
だから……今度は私が守ってあげなくちゃ……!)
決意と共にフェイトが顔を上げ――突然、ウェイトモードでフェイトの手に収められたバルディッシュが光を放つ!
「え――――?」
「こ、これって……!?」
フェイトとブイリュウが驚いて声を上げると、バルディッシュは自らの意思で発動し、フェイトの手の中に収まった。
そして――フェイトは直感に導かれるままにバルディッシュを振るった。
「ゴッドブレイカー!」
ジュンイチが叫び、ゴッドブレイカーが大空へと急上昇し――
「バルディッシュ!」
叫んで、フェイトがバルディッシュをかまえ――
『ブレイブ、リンク!』
二人の叫びが交錯し、ゴッドブレイカーの額のBブレインとバルディッシュが光を放つ!
あふれる光はゴッドブレイカーの全身を包み込み、機体の各部に追加装甲となって物質化される。
さらに、射出されたゴッドセイバーが再構成によって変化。爆天剣となると刃が消失し、代わりにグリップ部分が伸びなのは達のデバイスのような杖となる。
そして、漆黒の鎧をまとったゴッドブレイカーの中で、ジュンイチとフェイトが咆哮する。
『ゴッド、ブレイカー、バルディッシュ!』
「な、何だ!?」
突然のゴッドブレイカーの変化に、ベヒーモスが驚いて声を上げる。
「何が起きたかは知らないが――コケおどしだろうが!」
しかし、すぐに気を取り直し、ベヒーモスはジュンイチ達へと襲いかかるが――
「ぜんぜん――トロいっ!」
ベヒーモスの繰り出したデスピオンのハサミを、ジュンイチは爆天剣で易々と受け止め、逆に真上に振り上げた蹴りの一発でブッ飛ばす!
気がつくと、フェイトは不思議な空間にいた。
周囲は光があふれて何も見えない。しかし、不思議とまぶしくなくて――前方にゴッドブレイカーの目の前の光景が投影されている。
「こ、ここは……!?」
事態が呑み込めず、フェイトは呆然と周囲を見回し――
〈気がついたか、フェイト〉
そんなフェイトに、どこからともなく響いたジュンイチの声が告げた。
「ジュンイチさん?
ここは……?」
〈オレにもよくわからんが……少なくともゴッドブレイカーの中であることは確かみたいだ。
たぶん、お前が思いっきりバルディッシュを振り回せるように、ゴッドドラゴンが用意してくれた湾曲空間の一種だろうけど〉
つまり、ゴッドドラゴンは普段ゴッドプロテクト等に使っている空間湾曲能力を利用して内部の空間をいじくり、フェイトのいるこの亜空間を作り出したのだろう。
「けど、一体何がどうなって……!?」
〈まぁ、オレにも詳しい理屈はわかんねぇけど……〉
うめくフェイトに答え、ジュンイチはつぶやくように告げた。
〈確かなのは――お前と、バルディッシュの“力”が、オレに力を貸してくれてるってことだ〉
ドガァッ!
蹴り上げられ、浮かされたところへ打ち下ろすように放った拳をまともにくらい、デスピオンが再び大地に叩きつけられる。
「おのれぇっ!」
声を上げ、ベヒーモスはデスピオンの尻尾を繰り出すが、ジュンイチはそれを受け止め、
「せー、のっ!」
渾身の力で振り回し、投げ飛ばす!
「追い討ち!」
すかさず、追撃のゴッドブラストを放とうとするジュンイチだが――
「……あ、あれ?」
そこで初めて戸惑いが生じた。ゴッドブラストが発射できず、ジュンイチは思わず声を上げた。
すぐにシステムを確認し――その原因を見つける。
火器管制がフェイトに――正確にはバルディッシュに――分担されている。これでは撃てないはずだ。
「フェイト! 撃つのはお前の役目っぽいぞ!」
「え?
あ、はい!」
ジュンイチの言葉に、フェイトはあわててバルディッシュをかまえ、バルディッシュが告げる。
〈Lancer set〉
それに応えるように、ゴッドブレイカーのかざした爆天剣の周囲にいくつもの雷光が出現する。
バルディッシュフォームとなった状態では、爆天剣の内部にはバルディッシュからのコマンド、及び魔力操作系の指示を受信する端末が形成され、ゴッドブレイカーにフェイトの魔法を再現させることができる。言わば『擬似デバイス』としての機能を有しているのである。
そして、フェイトの魔法発動準備の完了を確認すると、ジュンイチは爆天剣を大きく振りかざし、
〈Photon Lancer!〉
振り下ろすと同時バルディッシュが魔法を発動。放たれた雷光の弾丸がデスピオンに降り注ぐ!
「とりあえず、バルディッシュのおかげで毒も消えたみたいだし――パワーアップして上機嫌だから最終警告くらいしてやるよ。
ベヒーモス。あきらめてジュエルシードから手を引け」
「う、うるさい!」
告げるジュンイチに言い返し、ベヒーモスがデスピオンを突っ込ませる。
「やっぱ聞かないか。
そんじゃ――いくぜ、フェイト!」
「はい!」
「バルディッシュ、フルパワー!」
〈Yes sir〉
かまえ、叫ぶフェイトの言葉に従い、バルディッシュがそのエネルギーを解放、そのエネルギーを供給を受けたゴッドブレイカーのパワーが一気に急上昇。全身があふれ出したエネルギーの渦に包まれる。
一方、ジュンイチはデバイスモードの爆天剣を変形――基本の剣形態“ブレードモード”に戻るとその刀身が前後に分割。宝玉を備えた本体部分が引き金部に変形し、爆天剣のライフル形態“シューターモード”が完成する。
ジュンイチが頭上へと変形した爆天剣をかざすと、荒れ狂ったエネルギーが爆天剣の刃の間やその周囲に集まり、多数の光球を作り出す。
その光球はゴッドブレイカーの周囲を飛び回り、数を増やしながらエネルギーの渦を作り出し――ジュンイチは銃口をデスピオンに向け、照準を合わせる。
そして――
『ヴォルテック、ブレイザー!』
ジュンイチとフェイトの咆哮が交錯。引き金を引くと同時にエネルギーの渦がデスピオンに向けて放たれる。
と――そのエネルギーの渦から無数の光球が飛び出し、デスピオンを撃ち抜く!
「くっ、ここまでか!」
うめいて、ベヒーモスが空間転移で脱出、ジュンイチ達も離脱し――デスピオンが大爆発と共に焼滅した。
「や、やった……」
デスピオンの撃破を確認し、フェイトがつぶやくと、
「そんじゃ、一緒に勝利の決めゼリフ、いってみようか♪」
「え? わ、私も……?」
サラリと告げるジュンイチの言葉に、フェイトは思わず声を上げる。
前回の戦闘の経緯はエイミィから映像記録を見せてもらって把握している――つまり、ジュンイチの最後の勝ち鬨もしっかり見せてもらった。アレをやれと……?
「な、なんだか……恥ずかしいな……」
「何言ってやがる。
お前のおかげでゴッドブレイカーがパワーアップして、アイツにも勝てたんじゃねぇか。
こいつはオレとお前、二人の勝利だ。しかも、だいぶお前よりのな」
「う、うん……それじゃあ……」
そのジュンイチの言葉に、フェイトは少し顔を赤くしながら答える。
そして、ゴッドブレイカーの内部でジュンイチとフェイトは声をそろえて勝ち鬨の声を上げた。
『爆裂、究極!
ゴッド、ブレイカー!』
「終わっ、たぁ〜〜……」
戦闘の終了と共にゴッドブレイカーに装着された追加装甲が消滅し、合身も解除。コックピットに出現したジュンイチは大きく息をついた。
「ジュンイチさん、大丈夫?
合身前、ケガしてたでしょ?」
「あー、大丈夫じょぶジョブ。この程度のケガならもう出血も止まってる」
彼の身を案じるフェイトの言葉に、ジュンイチはカラカラと笑って答え、
「まぁ、痛みはまだ残ってるけどそれだけだし、毒もお前のおかげでパワーアップしたあの時に消えたっぽい。
……まだグダグダ言うなら心配いらないその根拠をまだまだ述べてやるが」
「……だ、大丈夫なら、いいんですけど……」
ジュンイチの説明(脅迫?)にフェイトが若干引き気味なまま答えると、今度はゴッドドラゴンの肩の上に降り立ったなのはが告げた。
「けど、どっちにしても早く帰って休んだ方がよくないですか?
忍さんにいろいろされちゃったんでしょう?」
その言葉に――ジュンイチの表情の変化が停止した。笑顔のまま動きを止める。
そんな彼のロコツすぎる変化に、フェイトは首をかしげ――尋ねた。
「……何、されたんですか……?」
ジュンイチからの答えはない。が――その身が静かに震え始めた。
それはみるみるうちに勢いを増し、ガクガクと音まで立て始める。
そこから感じられるものは――ただひとつ、『恐怖』。
「……ゴメンナサイ。もう聞きません」
なんとなく詳細を聞くのが怖くなり――フェイトは静かに謝罪したのだった。
この日、フェイトに新たな処世訓が加わった。
曰く――「忍に興味を持たれるべからず」。
お後がよろしいようで。
(初版:2006/03/19)