「ゴッドブレイカー!」
 ジュンイチが叫び、ゴッドブレイカーが大空へと急上昇し――
「バルディッシュ!」
 叫んで、フェイトがバルディッシュをかまえ――
『ブレイブ、リンク!』
 二人の叫びが交錯し、ゴッドブレイカーの額のBブレインとバルディッシュが光を放つ!
 あふれる光はゴッドブレイカーの全身を包み込み、機体の各部に追加装甲となって物質化される。
 さらに、射出されたゴッドセイバーが再構成リメイクによって変化。爆天剣となると刃が消失し、代わりにグリップ部分が伸びなのは達のデバイスのような杖となる。
 そして、漆黒の鎧をまとったゴッドブレイカーの中で、ジュンイチとフェイトが咆哮する。
『ゴッド、ブレイカー、バルディッシュ!』

「さて、と……そんじゃ、始めようか!」
「はい!」
 バルディッシュフォームへとパワーアップしたジュンイチの言葉に、ゴッドブレイカーの内部に用意された特殊空間――エイミィによって“トレース・エリア”と名づけられたその空間でフェイトがうなずく。
 そして――彼らを宿したゴッドブレイカー・バルディッシュは、静かに周囲の標的を見回した。

 

 


 

第9話
「アルフがんばる!」

 


 

 

 前回の戦いにおいて、バルディッシュの力を借りたゴッドブレイカーは更なるパワーアップ形態、通称“バルディッシュ・フォーム”へと進化し、敵の撃破に成功した。
 とはいえ、使い慣れていなければ強大な力もその真価を発揮できない。そこで、気を利かせてくれたリンディの計らいもあり、彼らは時空管理局が使う大規模演習場での慣熟訓練を行うことにしたのだった。

 ところ変わって、アースラのレストルーム――
「いーなぁ……」
 それが、モニターでジュンイチとフェイトの訓練を眺めるなのはの感想だった。
「やっぱり、ジュンイチさんと一緒に戦えること?」
 少なくともなのはやフェイトがジュンイチになついているのは誰もが知るところだ――未だ好意には発展していないものの、その可能性を危惧しつつユーノが尋ねる。
 が――
「それもあるけど……」
 ユーノの問いにそう答えると、なのはは若干、いや、かなり悔しそうに拳を握り、力説した。
「わたし、まだ1回もゴッドブレイカーに乗せてもらってないんだよ!」
「あ、そっち……」
 どうやらフェイトばかりがゴッドブレイカーに乗せてもらえていることが気にかかるらしい――ある意味なのはらしいとも言えるその返事に、ブイリュウは思わず苦笑する。
 と――
「だったら、なのはちゃんもブレイブ・リンクできるようになればいいんじゃない?」
 あっさりと尋ねるのはエイミィである。
「ほら、ジュンイチくんとフェイトちゃんのブレイブ・リンクって、バルディッシュが最初にやったことなんでしょ?
 だったら、同じインテリジェントデバイスであるレイジングハートにも、同じことができるんじゃないかな?」
「そうか!
 そうすれば、わたしもゴッドブレイカーに乗せてもらえるんだ!」
「……何か、動機にいささかの問題を感じる気もするけど……」
「まぁ、少なくとも可能性は低くないだろうね」
 希望を見出し、意気込むなのはに告げるユーノとクロノだったが――
「じゃあさ、今からレイジングハートにパワーアップ用のパーツのデータ、記憶させておかない? 二人で設計して」
「あ、いいですね! やりましょう!
 いきなりやってみせて、ジュンイチさんを驚かせちゃいましょう!」
 当のなのははまったく聞いちゃいなかった。ノリノリのエイミィと共にパワーアップ形態を検討し始めるのを見て――二人やブイリュウは顔を見合わせ、嘆息した。

「基本的な魔法の行使については、完全にお前さんのスタイルをトレースした形になってるっぽいな……」
「だったら、ジュンイチさんもミッド式の魔法、勉強した方がいいんじゃないですか?」
 本日の訓練も無事終了し、ジュンイチとフェイトはまとめてもらったデータを検討しながらなのは達の待つレストルームに戻ってきた。
 だが――
「な……」
「何……?」
 空気が変わった。一転して真剣なムードの漂うレストルームの中を見渡し、ジュンイチとフェイトは思わずうめいた。
 原因は言うまでもない――自分とジュンイチのブレイブ・リンクを目論むなのはとそれに協力せんとするエイミィの『作戦会議』である。
 いつもとは明らかに違う空気をかもし出している二人に、ジュンイチは思わず後ずさり――二人の様子を遠巻きにしてながめていたユーノ、クロノ、ブイリュウの3名に尋ねた。
「……どしたの?」
「えっと、いろいろありまして……」
「主な原因はわかりきってるんだが……」
「ま、言っても自覚ないだろうから言わないよ」
 要点の解説を避けた3人の言葉に、ジュンイチはワケがわからず首をひねるのみ。
 と、
「お疲れ、フェイト」
 まるでその場の空気を払拭しようとでも言うのか、くらいのノリで――ただし微妙になのは達と距離を取りつつ――アルフがフェイトにドリンクを差し出した。
「ありがとう、アルフ」
「あたしには、このくらいしかできないからね」
 フェイトの言葉に肩をすくめて答え、アルフは尋ねた。
「で? どうだい?」
「うん、だいぶ慣れてきた。
 これで、わたしもジュンイチさんと戦える」
 アルフの問いにフェイトが笑顔で答えると、
「バカ言うな」
 そんなフェイトをたしなめるように、ジュンイチは彼女の頭を軽く小突いてみせた。
「オレに言わせりゃ、『オレと一緒に戦う』なんてレベルにゃまだまだだ。スタイルの違いによる連携のズレがまだ大きい。
 オレも可能な限り合わせてやるが――相棒になりたきゃ、お前ももっと精進するんだな。
 それに……『オレと戦える』とか言うが、オレとだけ一緒に戦ってもしょうがないだろ。なのはやユーノ、クロノや、アルフだっている。
 前衛と後衛、そしてバックアップ――全体がひとつになって機能して、初めて戦力は機能するんだ。それを忘れるな」
「は、はい……」
 ジュンイチの言葉にフェイトがうなずくのを、アルフは微笑ましく見守り――
(………………あれ?)
 ふと違和感を覚えた。
(……『相棒』……
 ……『後衛』……)
 気になったフレーズを反芻し――
「……あぁぁぁぁぁっ!」
 気づいた。驚いて絶叫する。
「な、何!?」
「どうしたの、アルフ!?」
 その叫びを至近距離で受けたジュンイチとフェイトが思わず声を上げる――見ると、今の声にはさすがに反応したらしく、なのはとエイミィも驚きの表情でこちらに視線を向けている。
 だが、そんなことにはかまわずアルフは声を上げた。
「そういえば、あたしってば、ここんトコずっと援護ばっかりで、前衛に出れてないじゃないか!
 フェイトの相棒は使い魔のあたしの仕事なのに、このままじゃその座が奪われるじゃないか!」
「え、えっと……」
 その言葉に、フェイトは思わずコメントに困り――そのとなりで、ジュンイチは尋ねた。
「……とっくになのはに奪われてるもんだと思ってたんだが?」

「こうしちゃいられないよ!
 なんとかしないと!」
 言って、アルフはあわててレストルームを飛び出していった。
 嵐が過ぎ去ったと判断し――ユーノはクルリと視線を動かし、
「ジュンイチさん……
 今のは、さすがにジュンイチさんが悪いと思います」
「……言うな」
 ユーノの言葉に、ジュンイチは――アルフの一撃で壁に叩き込まれたそのままの姿勢でそう答えた。

「……と、いうワケなんだ」
「いや、いきなりそんな事情を話されてもなぁ……」
 アルフからだいたいのあらましを聞かされ、恭也は困って頬をかいた。
「だからってオレを頼られても、オレは能力者じゃない。
 なのは達の魔法やジュンイチ達のブレイカーとしての“力”――能力が基準となるキミ達の戦いの参考にはならないと思うぞ。
 それこそ、ジュンイチに頼った方が……」
「あんなコト言ったジュンイチに頼るのは死んでもゴメンだ」
 恭也に即答すると、アルフは改めて恭也に告げた。
「頼むよ、恭也。
 魔法に関しちゃクロノはレベルが違いすぎる上にスタイルも違うから参考にはできないし――この状況じゃ、アンタしか頼れる人がいないんだ」
「ふむ……」
 真剣なその表情に、恭也は断るのもためらわれ――告げた。
「期待にそえられるかはわからないが、一応、善処はしてみよう」

「……で、弟子入りしちゃったワケか……」
 なのは達を先に帰し、一通り市内を巡回してから高町家に戻ったものの、鍛錬に出ているであろう恭也達はともかくアルフの姿もない――桃子から事情を聞かされ、ジュンイチは夕食を食べる手を止めてつぶやいた。
「ジュンイチさんが余計なこと言って炊きつけるからですよ」
「悪かった。それについては完全にオレの落ち度だ」
 なのはの言葉にそう答えると、ジュンイチはしばし考え、桃子に告げた。
「……ま、一応は原因なワケだし……メシ食ったら、見回りがてら様子を見てきます」
「あ、じゃあわたしも……」
「寝てろ。もうお前らは就寝時間だ」
 立ち上がろうとするなのはの額を軽くつつくと、ジュンイチはそう告げて夕食を再開するのだった。

「はぁぁぁぁぁっ!」
 裂帛の気合と共に、アルフの放った拳が恭也に迫る――だが、恭也にはかすりもしない。むしろアルフの打撃の軌道を正確に見極め、最小限の動き、紙一重で受け流す。
 次いで木刀でカウンターを狙うが、アルフも半ば直感に助けられたもののなんとか気づいた。後方に跳躍しギリギリでかわす。
 互いに一度間合いを取って仕切り直し――恭也はアルフに告げた。
「……戦闘記録からはパワー任せという印象が強かったんだが……実際対峙してみるとやはり違うな」
「アンタこそ、魔導師でも能力者でもないなんて信じられないよ、ホント」
 互いに賛辞を交わし、再び激突する――そんな二人の様子を、美由希は少し退屈そうに眺めていた。
 最近ではジュンイチが参加することもあったが、基本的にはこの鍛錬は自分と恭也のみのものだった。そのことに、密かに優越感を感じていたのだが――
「ほれ」
「ひゃあっ!?」
 突然頬に冷たい何かがあてられ、美由希は驚いて飛び上がった。
「……まるでマンガみたいなリアクションだな」
「じ、ジュンイチくん!?」
 予想以上のリアクションに思わずつぶやくジュンイチに、美由希はあわてて振り向いた。
 一方で恭也とアルフはそのまま闘い続けている。こちらのことには気づいているだろうが、そのことに意識を向け、確認するつもりはないのだろう。
「い、いきなりおどかさないでよぉ……」
「はっはっはっ、スマンスマン。
 ハイ、差し入れ」
 美由希の抗議に笑顔で答え、ジュンイチは彼女に頬に当てたもの――冷たく冷やしたスポーツドリンク(手作り)を手渡す。
「で、どう?」
「アルフさんのこと?
 うん、筋はいいよ。打撃中心だから間合いは狭いけど、“神速”なしとはいえ恭ちゃんのスピードについていってるし……」
「だろうね。
 けど、オレの望む答えとしては50点、かな?」
 美由希の言葉に、ジュンイチは肩をすくめて問い直した。
「……伸びそう?」
「あぁ、そういうこと」
 ジュンイチの言葉に納得し――美由希はしばし考えた末に告げた。
「……って、そんな一朝一夕で答えの出せない問いを持ってこられても困るんだけど」
「知ってて言ってる」
「性格悪いよ」
「慣れてくれ。あいにく気に入ってるんで改めるつもりはない」
 あっさりと答えると、ジュンイチはクルリときびすを返した。
「見て行かないの?」
「元凶のオレがいたら、アルフに何言われるかわかんねぇからな」
 美由希に答え――付け加えた。
「代わりに伝言お願い。
 右フックが力みすぎ。おかげで空振った後にスキができてる」

「なんだ、さっき来てたのはジュンイチだったのか」
「うん」
 対戦も一段落し、一息つく恭也の言葉に、美由希はあっさりとうなずいた。
「で、しっかり欠点だけ指摘して帰っていった、と……
 まったく、何考えてるんだか……」
「まぁまぁ。アレで、きっと気にかけてるんだろう。
 何しろ火をつけた張本人なんだし」
 うめくアルフをなだめ、恭也は軽く肩をすくめて見せる。
「どちらにせよ、アルフの強化がオレ達にとって大きな戦力強化になるのは確かだ。
 どうせなら、ジュンイチが驚くくらいに強くなってやればいいだろう」
「おぅっ!」

 一方、恭也達のもとを立ち去ったジュンイチは――
「予想通り来てやがったな。
 寝てろって言ったろうが」
 アルフの様子を見たかったのだろう――近くをうろついていたなのはとフェイトを捕獲していた。そのまま二人を両肩に担いで家路を歩く。
「えっと……さすがにこの捕まり方は恥ずかしいのですが……」
 だが、さすがに肩に担がれたこの状況は――控えめに告げるなのはに、ジュンイチは答えた。
「そう思うんなら最初から来るな」
 やめてくれるつもりは0だった。

 翌日――
「………………ん?」
 最近はフェイトと共に行っている朝の魔法練習を終え、戻ってきたなのはは道場に気配を感じてふと足を止めた。
 恭也達かとも思ったが、彼らはランニングを兼ねて八束神社まで行くはずだ。まだ戻っていないだろう。
 それに――この気配には覚えがあった。
「もしかして……」
「うん……」
 同じく気になったフェイトにうなずき、なのはは道場をのぞき込む。
 そして――そこに彼はいた。
 道場の中央にたたずみ、“紅夜叉丸”をかまえたジュンイチだ。
 力を抜き、ただ正眼にかまえただけ――だが、そのかまえには一分のスキもない。
 そしてその周囲で穏やかに、だが力強くゆらめく“力”の渦。薄く光を放つその“力”の流れに照らし出されたその表情は、普段の彼からは――敵対し、対峙したことのあるなのはですら見たことのないような真剣なものだった。
 そんなジュンイチの姿にしばし言葉を失い――ジュンイチが動いた。
 音もなく一歩を踏み出し、そのまま彼が見すえているであろう、架空の標的に向けて“紅夜叉丸”を振るう。
 しかしそれで止まらず、矢継ぎ早に斬撃を繰り出しながら動き続ける――その動きはまるで舞でも待っているかのように流麗で、リズムにも乱れがない。
 そして――架空の標的をすべて薙ぎ払ったジュンイチは、やはり静かに着地した。
 息をつき、腰に“紅夜叉丸”を収め――そこでようやく、ジュンイチは口を開いた。
「遠慮はいらないから入って来い」
『え………………?』
 気づかれていた――なのはとフェイトは顔を見合わせ、促されるままに道場に足を踏み入れ、なのはが尋ねた。
「気づいてたんですか?」
「家門の前に差しかかった辺りからな」
 帰ってきた時点で気づかれていたらしい。
「そんなところから気づいてたんですか……?」
「隠行に長けてるヤツは、探知にも長けてるもんだ――隠密戦闘は同じスキルのヤツとやり合う機会が一番多いからな、徹底的に探り合いになる」
 フェイトに答えると、ジュンイチは傍らにかけてあったタオルで汗をぬぐう。
「けど……ジュンイチさんも練習とかするんですね」
「当たり前だ。オレを何だと思ってる」
 なのはの言葉に思わずうめくと、ジュンイチはため息をつき、
「オレだって鍛錬くらいはするさ。
 いつ戦いになるかわからない状況だから、コンディションの維持が最優先であまり集中的にはできないが――少なくとも、現在の実力の維持、もしくは若干の向上、くらいにはね」
 そう答え――ジュンイチは少し恥ずかしそうに付け加えた。
「それに……フェイトにデカいコト言った手前もあるしな。
 偉そうなコト言ったオレがポカしたらカッコつかねぇだろ」
 子供っぽく口を尖らせるジュンイチに、なのはとフェイトは思わず笑みをこぼす。
 とにかく、気を取り直すとジュンイチはそんな二人に尋ねた。
「ところで恭也さん達は? 帰ってきた気配は今んトコないが……帰りにかち合ったりしてないか?」
「まだ練習に行ってると思いますけど……」
「ふむ……」
 なのはの返したその答えに、ジュンイチはしばし考え、
「……なら、オレの役目になりそうだな」
「え………………?」
 疑問の声を上げるフェイトだが、ジュンイチはかまわず母屋へと歩き出した。

「何べんゆぅたらわかるんや、このおサルが!
 今日はウチが当番や!」
「バカ言うな! お前は昨日やっただろうが!」
「おサルが寝坊したからやろうが!」
 高町家のキッチンでは、晶とレンが今にもつかみかからんといった様子でにらみ合っていた。
 ここ、高町家の食卓は桃子と晶、レンの3人が切り盛りしているのだが、桃子は翠屋の開店準備で朝が早い。よって、朝食は完全に晶とレンの二人の当番制であり――今日の当番がどちらであったか、という問題でモメているらしい。
 だが――実はこれ、高町家の日常風景でもあったりする。二人は昔から犬猿の中であり、何かにつけて張り合い、ケンカしているのだ。
 とはいえ、二人とも少なからず武道の心得があるため、その対決はケンカというにはかなりのハイレベルなものが展開されるのだが。
 レンがかつて心臓に疾患を患っており、手術を経て今は回復している、ということは恭也から聞いていたが、手術前からこのレベルでケンカをしていたと聞いた時には、さすがのジュンイチも驚いたりしたものだ。
 そして、二人がついに動いた。まったく同じタイミングで拳が繰り出され――
「はい、ストーップ」
 それは、割って入ったジュンイチによって止められていた。
「止めないでください、先生!」
「今度という今度は、決着つけたる!」
「もう、二人ともケンカしないーっ!」
 なおもわめく二人になのはが仲裁に入ろうとするが、
「まぁまぁ」
 そんな二人を巧みに制しつつ、ジュンイチはなのはをも止めた。
 そして、ジュンイチはレンと晶の拳を放し、二人に告げる。
「やるなら外だ。屋内でケンカすんな」
「わかりました!」
「そういうことなら!」
 了解を得たということで、二人は意気盛んにキッチンを飛び出していく。
「って、けしかけてどうするんですか!」
 あわてて抗議の声を上げるなのはだが――ジュンイチは答えた。
「庭なら遠慮はいらんからな」
 言いながら彼もまた縁側に出て、外で対峙する二人を前に――息を吸った。

 数秒後――高町家の庭に巨大な火柱が立ち昇った。

「あーっ、くそっ!
 またやられちまった!」
 何度目かの手合わせも恭也の勝利で終了し――アルフは悔しそうにその場に座り込んだ。
「少なくとも、ついてはいけてるんだ。ガードもできないワケじゃないし。
 なのに、どうしてこうも簡単に決定打を許しちまうんだ……?」
「ま、ちょっとしたコツがあるんだよ」
 どうして勝てないのかわからず、うめくアルフに恭也は肩をすくめてそう告げる。
「手品みたいなものさ。相手の注意を誘導させてスキを作らせ――そこをつく」
「簡単に言うねぇ」
「言うほど簡単じゃないのは、オレ自身よくわかってるさ。
 できるようになるまで、オレでもかなりかかった」
 言って、美由希へと視線を向け、
「美由希に至っては、最近ようやくできるようになってきたところだ」
「うぅっ、出来の悪い弟子でスミマセン……」
 さすがに鍛錬中は師範代である恭也に表立っては逆らえない。美由希はシュンとして恭也に謝る。
 そんな美由希に苦笑し、恭也はアルフへと視線を戻した。
「ま、そういうことを抜きにして、だ……
 アルフ自身にも問題はある」
「あたし自身に……?」
「あぁ」
 聞き返すアルフに、恭也はあっさりとうなずく。
 そして――告げた。
「お前の戦い方は――“単独での戦闘”という発想を完全に度外視してる」
「あ………………」
 その言葉に、アルフはようやくそのことに思い至っていた。
「まぁ、仕方ないといえば仕方ないんだがな。
 お前の戦いはフェイトを守ることに特化している――彼女との連携が最大の前提になっていたんだ」
「当たり前だよ。
 あたしはフェイトの使い魔なんだ。フェイトを守るのはあたしの使命だから――」
「けど、これからの戦いはそうも言ってられない」
 言いかけたアルフの言葉を、恭也はピシャリとシャットアウトした。
「フェイトとしか組んでいなかった、お前達の以前の戦いとは違う――今回の戦いは、もっといろいろな仲間と組むこともある。
 時にはひとりで切り抜けなければならない事だってあるだろう――そんな時に戦い抜くための力が、アルフには決定的に欠けている」
「けど……あたしは、フェイトを守らなきゃ……」
 恭也の言葉に、アルフは視線を落とした。
 自分はフェイトの使い魔だ。フェイトを守るために存在している。
 彼女の存在意義はフェイトにすべてが集約されている。彼女と別に戦うことなど、彼女には考えられなかった。
 もし、自分とフェイトが別々に戦い、その結果フェイトに危害が及べば――そんなことを考えると恐ろしくなる。
 最悪のイメージが湧き出し、身震いするアルフに、恭也はため息をついて告げた。
「アルフ……お前が見落としていることがもうひとつあった」
「え………………?」
 顔を上げるアルフの前にかがみ込み――彼女のこめかみを両の拳でグリグリと押さえつける。
「いたたたたっ!?」
「この馬鹿弟子2号め。
 フェイトを守りたいと思っているのが、お前だけじゃないということを忘れたか」
 痛みにうめくアルフに言うと、恭也は彼女を解放し、
「たとえお前がそばにいなくても――フェイトは十分に強いし、今はお前以外にもあの子を守ってくれる人はいる。
 特にジュンイチなんかそうだろう? アイツは『誰かを守る』ということにはとにかくこだわるところがあるからな」
「そりゃ、そうだけど……」
 うめくアルフに答え、恭也は彼女に告げた。
「お前のフェイトを想う気持ちは大切だ。
 だが――仲間のことも、彼女のことも、少しは信じてあげるといい。
 お前はフェイトを守れればいいかもしれないが――それでお前が傷つけば、フェイトはもちろん、オレ達だって悲しいんだ」
「恭也……」
 告げる恭也のその言葉に、アルフは彼を見返し――うなずいた。
「わかった。
 できるかどうか、わからないけど……やってみる」
「その意気だ」

 その日の夕方――
「ジュンイチ!」
「お、やっと帰ってきやがったか……」
 聞こえてきたアルフの声に、庭で晶とリフティング勝負に興じていたジュンイチは振り向いた。
 無論、リフティングを続けながら。
 それはともかく、今日一日ずっと恭也達と鍛錬に出ていたアルフに告げる。
「一日中鍛錬に明け暮れやがって……あまりムリするなよ。
 風呂は沸いてるから、早く入っちまえ」
 だが――アルフはそれに答えることなくジュンイチに告げた。
「その前に……勝負、してくれないか?」
「お前と、か……?」
 その言葉に真剣さを感じ取り、ジュンイチはアルフへと視線を向ける。
 アルフは本気だ――ただ一目見ただけでわかる。
 だから――告げた。
「いいぜ」
 しかし――
「先にこっちが決着ついてからな」
 晶とのリフティング勝負も続けていた。

 とりあえずリフティング勝負で晶の自信を粉砕してリベンジに燃えさせると、ジュンイチは改めてアルフに向き直った。
「待たせたな」
「ホントにな」
 やる気になっていたところにおあずけをくらい、アルフは若干苛立っているようだ。
 だが――それで力むほどの苛立ちでもない。むしろそのフラストレーションを糧に十分に実力を発揮してくれそうだ。
 事情を聞きつけたなのはやフェイト以下家人達が見守る中、二人は静かに対峙する。
「実戦形式でいいな?
 魔法はどうする?」
「ギャラリーがいるんだ。なしに決まってるだろ」
「了解」
 以下簡単なやり取りでルールを確認し、ジュンイチは“紅夜叉丸”を抜き放ち、アルフもまたかまえる。
 しばし、そのままの姿勢で両者はにらみ合い――

 ――気がついた時には、すでに両者は激突していた。
 どちらが先手だったのかもわからない。そのまま二人はその間合いのままで激しく打ち合う。
 アルフはジュンイチの素早い剣さばきに間合いを掌握できず、対するジュンイチもアルフのパワーに圧されて思い切った攻めが出来ないでいる。
(なら――っ!)
 ラチのあかない状況に、ジュンイチは戦法を変えることにした。一度間合いを取ろうと後方に低く跳躍、アルフもそれを追って地を蹴り――
「――もらいっ!」
 それがジュンイチの狙いだった。あえて低く跳んだ跳躍の軌道はこのため――足を地につけブレーキ。距離を取るだろうと読んで大きく跳躍していたアルフを“紅夜叉丸”の一撃で弾き返す。
「く……っ!」
 だが、アルフもこれにはかろうじて反応していた。なんとかガードが間に合い、距離を離されただけで終わる。
「へぇ……」
 そんなアルフを見て、ジュンイチは感嘆の声を上げた。
(たった一日で大した進歩だ。
 コンビネーションしか想定してなかった動きのクセがかなり消えてる……)
 アルフに対し警戒しつつ、チラリと恭也に視線を向ける。
(恭也さんの入れ知恵、だろうな……
 ったく、厄介な相手に育ててくれちゃって)
 苦笑しつつ、思考を状況の検討へと切り替える。
(となるとちょっとヤバいな……
 能力なしのルールだと、身体能力はアルフに完全に分がある――こっちがいくら小細工したって、パワーで挽回されちゃ意味がない)
 元々が気功等の能力戦闘に特化したジュンイチは、能力に制限がかかると戦いの幅がグンと狭まる――それでも技能に助けられ、一般の格闘家レベルなら瞬殺できるだけの戦闘能力はあるのだが、アルフの身体能力はその差を埋めて余りあるものがある。
(銃器の使用くらいは認めさせておくべきだったか……)
 ふと物騒なことを考えるが、今さら言っても始まらない。
(……仕方ない。
 チマチマしてて好きじゃないが――カウンター狙いでいくか)
 決断すると同時――ジュンイチはかまえを変えた。
 右手に“紅夜叉丸”を握る自然体から、両手で右方にかまえる型へ。
 彼にとって、もっとも斬撃の速度を発揮できるかまえだ。

「……カウンター狙いか」
 ジュンイチのかまえから、恭也は彼の狙いに気づいた。ポツリともらすととなりで晶も同意する。
「けど、あの判断は自然です。
 先生とアルフさんじゃ、アルフさんの方がパワーは上――となれば、先生にとってそのパワーを利用しない手はない……」
 その通りだ。相手の攻撃の勢いを利用し、自分のパワーも加えて一撃を叩き込むのがカウンターの極意。技で攻めてもパワーで押し切られてしまう今のジュンイチにとっては、最適な判断だと言える。
「アルフ……ジュンイチさん……」
 一方、二人の対峙を、フェイトはハラハラしながら見守っている。
 アルフは自分の使い魔。心配しないワケがない――増してや、相手は制限なしの戦闘では自分よりも強いジュンイチなのだ。
 だが――そんな彼女に美由希が告げた。
「大丈夫だよ、フェイトちゃん。
 アルフだって……成長してる」

「……カウンターか」
「ご名答」
 一方、闘いは決着の時が近づいていた。放てる斬撃の限られたそのかまえからこちらの狙いを読んでみせたアルフに、ジュンイチは笑みを浮かべて告げる。
「どうする? それを知ってもなお、突っ込んでくるかい?」
「突っ込まなきゃ、活路なんて見出せないだろう?」
 アルフが答え――両者の間の空気が一気にその密度を増す。
 一同が固唾を呑んで見守る中――アルフが動いた。力強い跳躍と共にジュンイチへと突っ込む。
 パワーはもちろん、その力によって速度も十分に高められた右拳の一撃がジュンイチへと襲いかかり――
「――――――っ!」
 ジュンイチは“紅夜叉丸”を振るっていた。渾身の薙ぎ払いがアルフのわき腹をとらえる。
 が――その瞬間、ジュンイチは目を見張った。
(――止まらないっ!?)
 反応しようとするが――間に合わない。ジュンイチのカウンターを受けながらも強引に詰めてきたアルフの左がジュンイチを殴り飛ばした。

「ってぇ……!」
 だが、決定打には至らなかった。吹っ飛ばされながらもなんとか転倒だけは免れ、ジュンイチはその場にヒザをついた。
(くそっ、次が来る! 動け!)
 言うことを聞かない自分の足を叱咤し――
「……安心しな」
 その声に顔を上げると――アルフはその場に仰向けになって倒れていた。
「あたしはもう限界。
 今のに耐えられるとは思ってなかったよ――この勝負、アンタの勝ちだ」
 告げるアルフだが――
「……バーカ」
 ジュンイチはそんな彼女に告げた。
「オレだって動けねぇよ」
 つまり――
「引き分けだ。
 ったく、能力なしのルールとはいえ、やりようはあったんだがな……」
「……そうかい」
 その言葉に、天を仰いだままアルフは告げた。
「やっぱり、実際やり合ってみると強いね、アンタは」
「たりめーだ。
 能力アリなら秒殺してやってもよかったんだぞ」
 うめくジュンイチに思わず笑い声を上げ――アルフは告げた。
「その強さで……フェイトを、守ってやってくれよ……」
「言われるまでもねぇ」
 結局そこか――苦笑まじりにそう答え、ジュンイチは立ち上が――ろうとして失敗。その場にひっくり返ったのだった。

「いたたたたっ!」
「ぜいたくを言うな。
 お前のあのパワーで、オレのカウンターをまともにくらったんだ。人間ならアバラが完全に粉砕されてるくらいの衝撃だったはずだ。
 それが打ち身と擦り傷程度ですんだんだ。頑丈に作ってくれたフェイトに感謝しとけ」
 美由希に手当てしてもらい、痛みに声を上げるアルフにジュンイチは自分の手当てをしながらそう答える。
 ちなみにこちらに背を向けたままだ。さすがにわき腹の手当てのために上着を脱いでいるアルフに向き直らない程度のデリカシーはジュンイチだって持ち合わせている。
「とにかく、今は軽い手当てだけにしとけ。
 結局風呂入ってないだろ。二度手間になるぞ」
 そう言うと、ジュンイチは腕に貼った湿布のにおいに一瞬顔をしかめると、出来上がった夕飯を並べる晶達の手伝いのためキッチンへと消えていった。
「まったく、あたしの一撃くらって、中身はともかく外傷はあの程度……
 なんか、絶対間違ってる気がするんだけど」
「あはは……なんか、人間やめてるんじゃないか、ってくらいに頑丈だもんね、ジュンイチくん……」
 上着を着込んでうめくアルフに美由希が苦笑すると、
「大丈夫か? アルフ」
 手当てが終わった頃合を見計らっていたのか、恭也が姿を現した。
「大したものだ。
 オレはお前が『ジュンイチとやり合う』と言い出した時は、正直ムチャだと思ってたんだが」
「あたしだって、本音を言えば同じこと思ってたよ」
 恭也の言葉に、アルフは苦笑し、
「けどさ……アイツくらいじゃないと、ハードルにならないだろう?」
「高すぎる気もするんだが。
 負けてたらメニューを考え直さなきゃならなかったところだ」
 少し意地の悪い笑みで答える恭也に、アルフは軽く肩をすくめてみせ、
「それに……いろいろ教えてくれたあんたの前で、無様な姿は見せられないだろう?
 なら、妥当な相手を選ぶよりも、いっそアイツにでも挑んで……と思ってさ」
「なるほどな」
 納得する恭也をよそに、アルフはジュンイチの向かったキッチンの方へと視線を向け、
「確かに……あたしは自分がフェイトを守ることに、ちょっとこだわりすぎてたかもしれないね……
 あんな強いヤツが仲間にいるのに、それでも『あたしが』って部分に固執して……」
「あてにしろ、という意味ではないが……少しは頼れ。
 それが、仲間というものだ」
「だね」
 恭也の言葉にうなずき――アルフは少し頬を朱に染め、告げた。
「……恭也」
「何だ?」
「…………ありがとうな」
「礼を言われるほどのことじゃない」
 あっさりと答える恭也だが――ふと気づいた。
「ところで美由希」
「ん?」
「何か不機嫌に見えるんだが」
「何でもないよ」
 答える美由希だが、やはりその声のトーンは低い。
 そして――美由希はアルフへと視線を向けた。
 彼女が恭也に向けている視線は、師弟、家族、仲間というよりも――
(……ライバル出現、かも……)
 あらゆる意味で自分の前に立ちふさがりそうなアルフに、密かに対抗意識を燃やす美由希だった。


 

(初版:2006/04/02)
(第2版:2006/04/09)