空中で弧を描き、放られた空き缶が宙を舞う。
やがて缶が落下を始め――乾いた音を立てて再び空中へと弾き上げられる。
そして三度落下を始める缶を狙い、ジュンイチは再び小石を投げつけ、さらに空中に弾き上げる。
投げものの訓練である。恭也や美由希も飛針の訓練として、なのはも魔法の訓練の課題としてたまに行うものだが――ジュンイチの場合、弾いた缶を“任意の方向へ弾く”こともノルマとして挙げている。
うかつに当て、弾いた缶を茂みなどに放り込むと後で探すのが面倒だから、というある意味彼らしい発想からくるものだが、それにはただ空中の缶に小石を当てるよりも高度なコントロールが必要とされる。恭也ぐらいになればできないことはないだろうが、美由希などはこれを見たらまた自信を喪失しそうだ。
高町家の庭でそんなことを続け、いい加減集めた小石の山も残り少なくなってきた頃――
「ジュンイチさん!」
「………………?」
突然かけられた声に、ジュンイチは眉をひそめた。小石の代わりに昔なつかしのスーパーボールを投げつけ――缶ではなくその向こう側の松の木に命中。跳ね返ってきたスーパーボールは缶をジュンイチの元へと弾き飛ばしてくる。
缶とスーパーボールをキャッチすると、ジュンイチはクルリと振り向き、尋ねた。
「で……何か用か? アリサ」
第10話
「したいこと・できること」
「ダメだ」
アリサの話を聞くなり、ジュンイチはたった一言でそれを両断した。
話が終わってから1秒、いや、半秒も経っていない。まさに即答である。
「やっぱり……」
アリサのとなりですずかがため息まじりにつぶやくが、アリサは引かない。ジュンイチに向けて正面から言い返してくる。
「何で!? こないだは『止めない』って言ってたじゃない!」
「確かに言ったが、『ムリはさせない』とも言ったはずだ」
アリサの言葉に、ジュンイチはキッパリと答える。
「どちらにせよ、お前の要望は却下――お前らに魔法を教えることはできない」
「じゃあ、どうしろっていうのよ!
なのはだけ戦わせてなんかいられないわよ! わたしだってちゃんと魔法を勉強すれば――!」
「さりげにオレやフェイト達をカウントから外すな」
言いかけたアリサにツッコみ、ジュンイチは息をついて告げた。
「根拠ならある。
まず、お前自身の魔力の低さ――他の魔法ならともかく、念話すら感知できないとなると、魔導師としての才能は皆無と言っていい」
「そ、そんなの、努力してフォローしてやるわよ!
才能がなくたって、絶対なれないワケじゃないんでしょ!?」
「ま、確かにそうだが……」
アリサの言葉にそう答えるが――動じることなく、ジュンイチは続けた。
「根拠二つ目。時間的問題。
すでに基礎ができてるんなら多少の荒療治も可能だったんだろうが、お前らはその基礎からして白紙の状態だ。
もう事態が動きまくってる現状じゃ、悠長に基礎から叩き込んでるヒマはない」
「けど……!」
ジュンイチの言葉は有無を言わさぬ勢いだ。さすがのアリサも思わず勢いを落とす。
かつてなのは達に対してすら参戦を渋ったジュンイチだ。さらに能力の低いアリサ達の参戦を容認するワケにはいかない。
巻き込まれたなら全力で守ってやるが、わざわざ危険な場所に出向かせるつもりなどないのだ。
とはいえ、アリサのことだ。ここで突っぱねてもまた手を変え品を変えジュンイチを説き伏せにかかるだろう。
それを防ぐにはどうすればいいか――アリサの反応をうかがいながらジュンイチはしばし思考をめぐらせる。
と――
(………………あれ?)
思考の片手間に二人の力を探ってみたジュンイチはあることに気づいた。
(そういえば……)
そして思い出す。“そのこと”を失念していたことを――それを元に現状の打開策を考案する。
(………………よし)
幸い、アリサの次の動きよりも早く案が浮かんだ。静かに立ち上がり、告げる。
「とはいえ、お前らのその熱意を即座に却下するのもかわいそう、か……」
「ジュンイチさん……?」
突然のジュンイチの態度の変化に、すずかは思わず疑問の声を上げる。
が、ジュンイチはかまわず告げた。
「と、いうワケで――テストのひとつもしてやるよ」
『テスト……?』
そんなワケで、ジュンイチはアリサ、すずかを伴ってアースラへと転送してもらった。
アースラにはちょうどデバイスのメンテナンスに来ていたなのはやフェイト、ユーノの姿もあった。話を聞いて驚いたものの、ジュンイチの『テスト』に興味を持ったのか、そのままトレーニングルームまで同行してきている。
「で? テストって何するの?」
アリサが尋ねるが、ジュンイチはそれを手で制し、
「まぁ待て。
まだテストの“教材”が届いてない」
「教材……?」
ジュンイチのその言葉にすずかが聞き返すと、
「ゴメンゴメン!」
あわててトレーニングルームに駆け込んできたのはエイミィだった。
なぜこのタイミングで彼女が現れるのか――ますますワケがわからず、首をかしげるなのはだが、ジュンイチはかまわず声をかけた。
「ゴメンな。ムリ言っちゃって」
「いいよいいよ。
このくらいお安い御用だって♪」
ジュンイチに答え、エイミィは彼に2枚のカードらしきものを渡す。
それにはなのはもフェイトも見覚えがあった。フェイトがジュンイチに尋ねる。
「ストレージ、デバイス……?
それが『教材』なんですか?」
「そ」
あっさりとうなずくと、ジュンイチはアリサとすずかにそれを渡した。
「そいつは時空管理局の新人局員が導入教育で使う初心者用のデバイスだ。
そいつを発動、かつ使いこなすこと――それがテストだ」
「上等じゃない!
やってやるわよ!」
「ちなみに起動キーはシンプルに設定してもらった。『力よ』だ」
ジュンイチの言葉に、アリサとすずかは顔を見合わせ、
『力よ!』
同時に起動キーを唱えるが、デバイスはまったく反応しない。
「……期限は設けないから、あきらめるかできるかしたら呼べ」
そんな二人に告げ、ジュンイチはアリサ達の元を離れ――なのはがジュンイチに声をかけた。
「ずいぶん簡単なキーワードなんですね、あのデバイス。
レイジングハートなんか長くて……」
「ってーかあのくらいが標準だろ。戦闘状態で悠長に長い起動パスなんか唱えてられるか。
むしろレイジングハートが長すぎるんだよ――誰だよ、あんなクソ長いパス設定したの」
「……うちの族長です」
「クレームのメールのひとつも送っとけ。バチは当たらんぞ」
ユーノの言葉にジュンイチがため息まじりにうめくと、エイミィが彼に声をかけた。
「けど、ジュンイチくんも大した役者さんっぷりだよね」
「そう?」
「そうだよ。
あのデバイス、導入用なんかじゃなくてれっきとした正式採用デバイスじゃない」
「そうなんですか?」
「バカ! 声がデカい!」
驚きの声を上げたフェイトに飛びつき、ジュンイチはその口をあわててふさぐ。
突然の密着にフェイトは思わず赤面するが、ジュンイチにしてみればそれどころではない。チラリとアリサ達に視線を向け、気づかれていないことを確認するとフェイトを放し、小声で告げる。
「仕方ないだろうが。オレの希望の仕様のヤツが、導入用の中になかったんだから」
「仕様……?」
首をかしげるなのはだが、こういう時のジュンイチは尋ねたところでもったいぶって(というより面白がって)教えてくれないに決まっている。あきらめて別の質問をする。
「けど、そうやって条件にこだわってるってコトは、何かしら考えがあるってことですよね?」
「少なくとも、“オレから”魔法を教わるのはあきらめてもらいたいからね」
『………………?』
結局肝心なところは伏せられた。ジュンイチの意図が読めず、なのは達は顔を見合わせ――しかし、ジュンイチはかまわずエイミィに尋ねる。
「で……だ。
頼んでおいた“小細工”、しといてくれた?」
「うん……一応」
困惑気味にジュンイチの問いに答え――エイミィは逆にジュンイチに尋ねた。
「けど、あんなもの、よく持ってたね」
「ま、蛇の道はヘビ、ってヤツだよ」
肩をすくめ、ジュンイチがエイミィに答えると、
〈ジュンイチくん〉
そこへ、リンディが通信してきた。
〈ちょっと、ブリッジに上がってもらえるかしら?〉
「りょーかぁい。
じゃ、こっちは頼むな」
「え? わたし達が、ですか?」
「そ♪
オレはアイツらに教えてやるつもりはないからね」
聞き返すなのはに笑顔で答え、ジュンイチはブリッジに戻るというエイミィと共にトレーニングルームを後にした。
「ちゃんと、説明してもらえるんでしょうね?」
ブリッジに姿を見せるなり、リンディはジュンイチにそう尋ねた。
そしてそれは彼も同意見だったらしい。クロノもジュンイチに告げる。
「後で説明するというから、取り急ぎデバイスを用意してもらったけど……本来、正式採用のデバイスは管理局への就職予定もない人間に貸し出せるものじゃないんだ。
しかも、そのデバイスに怪しげな部品まで組み込ませて……
ちゃんと、納得できる説明をしてもらわないとね」
「わかってるって」
クロノに答えると、ジュンイチはリンディへと向き直り、告げる。
「リンディさん。
オレも最初は気づかなかったけど……あの二人、使えそうですよ」
「使えそう……?」
ジュンイチの言葉に、リンディは思わず眉をひそめた。
「けど、あの二人からは特別強い魔力は……」
「えぇ。感じませんでした。だからオレも最初は気づかなかったし、正式な測定もしなかった」
あっさりと答える。
「だけど――気づきません?
“力”っていうのは――魔力だけじゃない」
「あ………………」
その言葉に、ようやくリンディは彼の言いたいことに気づいた。
「……どういうこと?」
一方、ワケがわからず尋ねるエイミィにはジュンイチが説明する。
「通常、人間が持ってる“力”ってのは、大きく分けると3つに分類される。
人間だけでなく、あらゆる自然にも宿る精神エネルギー“魔力”。
魂の力であり、肉体と魂をつなぎとめる力である“霊力”。
そして――」
一拍おいて、告げる。
「肉体そのものの生命エネルギーである“気”だ」
「じゃあ、あの二人は魔力こそなかったけど……」
「そ。
念話も感知できなかったんだ。元々二人の魔力自体は乏しかっただろう。
けど、他の“力”に目を向けた場合、アイツらが無力か、と聞かれたらそうでもない」
「つまり、あの二人は残り二つの“力”が優れている、と?」
「そ。アリサは霊力、すずかは気――それぞれ、常人レベルから考えればダンチの高出力だ。
オレもなのはで慣らされて魔力以外はノーチェックだったからなぁ……完全に盲点だったぜ」
クロノの言葉に答えると、ジュンイチは改めてリンディへと向き直り、
「もちろん、堕天使への戦いに投入できるほどの戦力、ってワケじゃないけど、総合的な“力の質”の問題を言うなら――たぶんなのは達にも負けてないっスよ、あの二人」
「あなたにそこまで言わせるってことは、相当なものと思っていいのね?」
「それに関しちゃ信用してもらっていい。
こと戦闘力に関しちゃ、世辞も主観的意見も言わない主義っスから」
リンディにそう言うと、ジュンイチは締めくくるべく本題に戻った。
「だから、できることとできないことを把握させてやれば、アイツらで見つけるさ、自分達のすべきことをね。
そのために、デバイスにもわざわざ“力”の変換機を組み込んでもらったんだしね」
「変換機……?
じゃあ、あのデバイスに組み込んだ部品が……?」
「とあるルートで入手した、霊力や気を魔力と同質に変化させる魔術回路さ。
元々はアイツらみたいに、魔力のないヤツが魔法を使うために大昔の魔術師達が作ったものらしいけどね」
クロノに答えるジュンイチだが――それにはひとつ、問題があった。
「けど、そのためにはまず“力”を使えるようにならないと……
導入用ならともかく、ある程度の錬度が必要になる正式採用型のデバイスで、しかも魔力とは違う“力”――彼女達にそれができるの?」
「ま、その辺は心配いらないでしょ」
問題点を指摘するリンディの言葉に、ジュンイチは肩をすくめてそう答えた。
「アイツらに言っておきましたから。
『“オレは”教えるつもりはない』って」
「えっと……アリサちゃん……?」
何度やっても発動できない――早くもカンシャクを起こしかけているアリサを見かね、なのはは恐る恐る声をかけた。
「何っ!?」
向けられた怒りの視線に一瞬ひるみ――そんななのはにフェイトが助け船を出した。
「あ、アリサ……
力みすぎ。それじゃ魔力をうまく込められないよ」
「え? そうなの?」
どうやら気づいていなかったようだ。怒りはまるで幻だったかのように消え去り、アリサはキョトンとして聞き返す。
ようやく声をかけやすくなり、なのはは視線で合図を送り――それを受け取り、ユーノはアリサに説明する。
「まずは心を落ち着けること。
そして自分達の中にある“力”を感じ取って、少しずつ外に引き出すんだ。
焦って力むと、逆に“力”を感じ取りづらくなっちゃうよ」
「オーケーオーケー。
わかった? すずか」
「う、うん……
なんとなく、だけど……」
「それでいいんだよ」
自信なさげにうなずくすずかに、フェイトは笑って言う。
「結局、魔力の感知なんて感覚的なものなんだから、ハッキリ説明できるようなものじゃないんだよ」
フェイトの言葉にうなずくと、ユーノはわざとらしく咳払いして、
「それじゃあ、もう1回挑戦!」
「おーっ!」
「うん!」
「……なるほど。
ジュンイチくんは教えるつもりはないけれど……」
「そーゆーこと♪
アイツらが教える分まで、禁止してませんからね。
感じ取る“力”が違うだけで、霊力も気も感じ方や使い方自体は変わらない――増してやなのはの師匠のユーノだっているんスからね。あのレベルのデバイスなら、すぐに発動させられるようになるはずっスよ。
……その“力”が魔力じゃないって気づくかは疑問っスけど」
その様子をモニターでしっかりのぞき見して、ジュンイチはリンディのつぶやきにそう答えた。
「それに、フェイトとアリサ達って、どうも接点少なめだったでしょ? フェイトはなのはにベッタリだから、なのはが二人と会わない限り接触する機会なんかないし……」
「今回の件で、彼女達の仲も取り持つつもりってワケね……
越後屋、お主も悪よのぉ」
「いえいえ、お代官様ほどでは」
『フッフッフッ……』
「……遊んでないで仕事してくださいよー」
時代劇ではおなじみのやり取りを交わすリンディとジュンイチを見て、クロノはため息まじりにツッコミを入れ――突然エイミィのコンソールに警告音が響いた。
「どうした?」
「ちょっと待って!」
尋ねるクロノをピシャリと遮り、エイミィは状況を分析し、
「ジュエルシード反応!
海鳴から北に20kmの山中! 原住生物に憑依して一直線に暴走中!」
「猪突猛進ってか……」
エイミィの言葉に、ジュンイチは苦笑して立ち上がり、
「じゃ、オレが行ってきます。
なのは達にはまだ教えないで」
「いいの?」
「今アイツらのジャマするワケにはいかんでしょう?
ここは、手の空いてるオレ達の出番ですよ」
尋ねるリンディに答え、ジュンイチは転送ゲートへと向かった。
目標はすぐに見つかった。イノシシがジュエルシードの“力”によって巨大化し、木々を薙ぎ倒しながら直進している。
「ぅわぁ、ホントに“猪”突猛進だぁ」
「って、そんなのん気に言ってる場合じゃないでしょ!」
ゴッドドラゴンのコックピットでポツリとつぶやくジュンイチに、ブイリュウは後ろの席からツッコミを入れる。
「わかってるの!? アイツ、まっすぐ南に南下してるんだよ!?
しかも海鳴市直撃コース! あのスピードじゃ、すぐに到達しちゃうよ!」
「はぁ〜〜いはいはい。わかってるって」
「気の抜けた返事しないでよ! 信用できないから!」
ブイリュウの反論にも気にすることなく、ジュンイチはゴッドドラゴンを巨大イノシシへと向けた。
「エヴォリューション、ブレイク!
ゴッド、ブレイカー!」
ジュンイチが叫び、ゴッドドラゴンが翔ぶ。
まず、両足がまっすぐに正され、つま先の2本の爪が真ん中のアームに導かれる形で分離。アームはスネの中ほどを視点にヒザ側へと倒れ、自然と爪もヒザへと移動。そのままヒザに固定されてニーガードとなる。
続いて、上腕部をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、内部にたたまれていた爪状のパーツが展開されて肩アーマーとなる。
両手の爪がヒジの方へとたたまれると、続いて腕の中から拳が飛び出し、力強く握りしめる。
頭部が分離すると胸に合体し直し胸アーマーになり、首部分は背中側へと倒れ、姿勢制御用のスタビライザーとなる。
分離した尾が腰の後ろにラックされ、ロボットの頭部が飛び出すと人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
最後にアンテナホーンが展開、額のくぼみに奥からBブレインがせり出してくる。
「ゴッド、ユナイト!」
ジュンイチが叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが輝く。
「龍神合身! ゴォォォッド! ブレイカァァァァァッ!」
「いっくぜぇっ!」
合身し、着地すると同時に地を蹴ったジュンイチは巨大イノシシへと突っ込んでいく。
まずは動きを止めなければ始まらない。真っ向からぶつかり合い、押しとどめるつもりなのだ。
幸い、タイミングを計るのにそう苦労はいらなかった。ジュンイチは巨大イノシシの突進を受け止めるべく、その牙へと手を伸ばし――
(え………………?)
次の瞬間、ゴッドブレイカーは宙を待っていた。
つかみそこねたワケではない――それどころか、激突すらしていない。
まるで、“空間が自分をかき分けるように”その身が上方に押しのけられたのだ。これは――
(空間湾曲、だと……!?)
驚きの声を胸中にとどめ、ジュンイチは空中で身をひねって着地、巨大イノシシを追う。
「ジュエルシード取り込んだだけのクセして空間湾曲だと……!?
ナメたマネしやがって!」
スピードはこちらの方が上だ。すぐに追い抜くとジュンイチは再び巨大イノシシへと向き直り、
「そっちがそうなら――こっちもだ!」
言うなり、ゴッドウィングの周囲に空間湾曲場を発生。両肩に内蔵されているゴッドプロテクト、その偏向装置を利用し、両腕にその湾曲場を収束させ――
次の瞬間、両者の空間湾曲場が激突した。エネルギーの激突によるスパークが周囲に巻き起こり――再びジュンイチが弾き飛ばされる!
「ウソだぁぁぁぁぁっ!?」
まさかこれすら力負けするとは思っていなかった――思わず声に出して絶叫しつつ、宙を舞ったジュンイチは大地に叩きつけられる。
「にゃろっ、一度ならず二度までも!」
うめいて、ジュンイチが立ち上がると、
「なぁーっはっはっはっ!」
巨大イノシシ――正確にはその額から笑い声が上がった。
いつもとテンションが明らかに違うが間違いない。あの声は――
「あの笑い声……ベヒーモス!?」
「もう操ってやがったのか!」
声を上げるブイリュウにジュンイチは思わずうめき――
「走れ走れ、デスレイザー!
何人たりとも、オレの前は走らせぇぇぇぇぇんっ!」
『………………』
どうやら向こうはこちらの存在すら認識していなかったらしい。心の底から楽しそうなベヒーモスのその声に、しばし呆然としたままその場に取り残され――ジュンイチはつぶやいた。
「スピード狂だったのか? アイツ……」
「……聞かなかったことにする?」
どこか場違いなコメントに、ブイリュウもまた思わず場違いなコメントを返した、その時――
〈ジュンイチくん!〉
エイミィから通信が入った。
「ちょっと、大丈夫!?
かなりハデにブッ飛ばされてたけど!」
〈あー、そっちは大丈夫。
パワー負けするとは思ってなかったからビビっただけ〉
ジュンイチがエイミィに答え、彼女達が見守るモニターの中でゴッドブレイカーが立ち上がる。
〈とにかくアイツの足を止めることが先決だな……
エイミィ、アイツの湾曲場のエネルギー解析を頼む〉
「どうするの?」
〈パワーで勝てないなら別のアプローチだ。
空間湾曲場にもエネルギーの流れは存在する。そのエネルギー流の隙間に一撃叩き込んで、湾曲場そのものをこじ開けるしかない〉
「じゃ、頼むぜ」
言って、ジュンイチは通信を切るとゴッドウィングを広げ、追跡体勢に入る。
と――そんな彼にブイリュウが尋ねた。
「で……解析が終わるまで、どうやってアイツを食い止めるの?」
「ンなの決まってるだろ」
「え……?」
イヤな予感がする――なんとなく、いやハッキリと。
だが、ジュンイチはそんなブイリュウにかまわず、断言した。
「真っ向勝負!」
「やっぱりぃぃぃぃぃっ!」
予感的中。思わずブイリュウが絶叫するが――ジュンイチはかまわず地を蹴り、巨大イノシシ“デスレイザー”の後を追う。
そのまま一気に追い抜き、振り向きざまに炎を放って視界を奪う。
「何っ!?」
これにはさすがのベヒーモスもデスレイザーの足を止めさせた。炎が消え去り、ジュンイチと改めて対峙し――
「貴様っ! いきなり何をする!?」
「何がいきなりなもんかぁっ!
てめぇっ! まぢで気づいてなかったな!」
ようやく自分達に気づき、声を上げるベヒーモスにジュンイチは全力でツッコミを入れる。
「とにかく!
どうやらそいつと意気投合、ジュエルシードも回収せず暴走を楽しんでたみたいだが――」
「そ、そんなことはないぞー……」
「棒読みのセリフでどこに説得力があるっつーんだ、このバカチンがっ!
どっちにしてもこのままてめぇらを街に入れるワケにはいかねぇ! ここでブッ倒されてもらうぞ!」
「面白い!
やれるものならやってみろ!」
「どうだ? エイミィ」
「ぜんぜんダメ……
エネルギーの流れが複雑すぎて、ここからの観測データじゃ……!」
尋ねるクロノに、エイミィはベヒーモスの従えるデスレイザーの力場を分析しながらそう答える。
「やっぱり、誰かが向こうに行って直接分析するかこっちにデータを送ってもらうかしないと……!」
「ぜいたくを言うものじゃない。
前線担当の分析要員はこの艦には今いないし、レイジングハート達はもちろん、ボクのS2Uも分析能力は低い」
クロノが反論するが――エイミィは答えた。
「ところが、いたりするのよ。
分析用のストレージデバイスを持ってる子が――それも二人も」
「何だって?」
思わず聞き返し――クロノは気づいた。
(ストレージデバイスを持ってる……二人――?)
「エイミィ、まさか……」
「そ。あの二人。
ジュンイチくんには待ったをかけられてたけど……そうも言ってられないよね」
クロノにそう答えると、エイミィは連絡を取るべく通信回線を開いた。
轟音と共に弾き飛ばされ、ゴッドブレイカーが大地に叩きつけられる。
「くっ、の、ヤロー!」
すぐさま立ち上がり、ジュンイチは追撃してきたデスレイザーの力場にカウンターの蹴りを叩き込む。
当然、空間湾曲場に受け流されて再び宙を舞うが――むしろそれが狙いだった。それを利用してデスレイザーの突進をかわし、着地する。
「やるな!」
「たりめーだ!
誰が好き好んで攻撃をくらいたがるかよ!」
ベヒーモスに言い返し、ジュンイチはクラッシャーナックルでさらなる攻撃を狙う。
が――やはり当たらない。強力な空間湾曲場に受け流されてしまう。
「あー、もうっ!
自分でやる分には便利でも、敵に回るとここまで厄介だなんてなぁ……!」
「これじゃ青木さんやセイントブレイカーと勝負しても勝てないね」
「バカ言え、それでも勝つ。ブレイカーズ最強はオレだ」
ブイリュウの言葉に負けん気丸出しの答えを返し、ジュンイチは次の手を探る。
だが、その強気とは裏腹に、打つべき手は未だ見つからない。このままではいずれ――
一瞬最悪の事態が脳裏をよぎり――その瞬間、声は響いた。
「ジュンイチさん!」
「え――――――?」
一瞬、なのはかと思ったが、この声はなのはのものではない。
この声は――
「――アリサ!?」
驚き、振り向いた先――海鳴北部・国守山までの最後の砦となる岩山の上には、アリサがすずかを伴って立っていた。
「ば、バカ! 何で来た!」
「そんなの、手伝いに来たに決まってるでしょ!」
あわてて声を上げるジュンイチに、アリサはキッパリと言い返す。
「ちょっと順番前後しちゃうけど――『テスト』の結果、見せてあげるわよ!」
「え………………?」
その言葉に、ジュンイチは思わず間の抜けた声を上げていた。
「え? ちょっと? おい!?」
(まさか……もう使いこなすってのか!?
いくらなんでも、早すぎやしませんか!?)
だが――かまわずにアリサはすずかに告げた。
「すずか!」
「う、うん!」
アリサの言葉にすずかがうなずき、二人はそれぞれのデバイスをかまえ、叫んだ。
『力よ!』
その瞬間――二人の姿が変わった。
光が二人を包み込み、それぞれに防護服“バリアジャケット”を装着させる。
アリサのものは彼女の性格を反映したのか炎を思わせる配色と装飾の施されたもので、デバイスは目の前にコンソール状の浮遊端末、左右には常時展開型のウィンドウが出現する。
すずかのものはアリサとは正反対に静けさを思わせる、青色に染め抜かれた流線型の模様が入っている。そして周囲に彼女のデバイス、無数の大型“サーチャー”が配置される。
変身を終え、アリサとすずかはゴッドブレイカー越しに自らの標的、デスレイザーを見据えた。
「状況は聞いてるわ!
ここはわたし達に任せて!」
ジュンイチの反論を待つつもりなどない。アリサはキッパリと言い切るとすずかに視線で合図を送る。
それを受け、すずかはうなずくと自らの“サーチャー”を飛ばし、デスレイザーの周囲に配置する。
「こ、これは……!?
デスレイザー、叩き落せ!」
何らかの攻撃か――警戒したベヒーモスの指示でデスレイザーが“サーチャー”に襲いかかるが、“サーチャー”は素早く離脱、デスレイザーの攻撃をかわす。
巨体のデスレイザーではムリだと判断し、ベヒーモスは自らのミサイルを放つが、これも“サーチャー”には当たらない。
「あ、あれは……!?」
ジュンイチが思わずうめくと、
「あれが、アリサちゃん達の“力”ですよ」
言って、フライヤーフィンで飛行したなのはがフェイト、クロノと共に舞い降りてきた。
「ジュンイチさん、知らないんですか? デバイスの指定までしておいて……」
「バーロー。オレは希望の仕様をエイミィに伝えただけだ。発動形態なんか知るか」
ユーノの言葉に口をとがらせてそう答えると、ジュンイチは改めてデスレイザーへと向き直り、
「ともあれ――発動させられたんなら、確かに勝利の鍵だな、あの二人は」
「そうなんですか?」
「あっさり同行承諾しといてそーゆーコトほざくか貴様わ」
「だって……」
ジュンイチの言葉に、なのははバツが悪そうにうつむき、フェイトも同様にゴッドブレイカーを上目遣いで見上げながら、
「ジュンイチさんがエイミィに細かく指定してたってことは、発動さえできれば大丈夫なんじゃないか、って思って……」
「わかったわかった。
わかったからその小動物みたいな目はヤメロ」
フェイトの言葉に思わずこめかみ(にあたる部位)を押さえながらつぶやき――ジュンイチは告げた。
「それより、二人が“仕事”を終わらせるまで、アイツを食い止めるぞ。
直接狙っても効果はないから、足元に絨毯爆撃して足を止める。いいな!」
『はい!』
「すずか、どう?」
「……やっぱり、エイミィさんの言う通り“力”の流れが複雑で……」
「アースラで分析してもらった方が早いってことね……」
すずかの答えに、アリサは端末を操作し、
「エイミィさん!
そっちにデータ、送ります!」
「オッケー!」
アリサに答え、エイミィは送られてきたデータを解析すべくキーボードに指を走らせる。
アースラからの観測だけでは難しかったデータ分析も、現地からすずかが送ってくれるデータの助けがあれば話は別だ。あっさりとエネルギーの流れのパターンを割り出し、
「アリサちゃん、返すからみんなにそのデータを!」
「はい!」
エイミィの言葉に、アリサは通信回線を立ち上げる。
「みんな、聞いて!
今からそいつのフィールドの解析データ送るから、遠慮なくブチ破っちゃって!」
「よっしゃ、来た来たぁっ!」
ようやく待ちに待ったデータが届いた。なのは達と共にありったけの火器や攻撃術でデスレイザーの足を止めていたジュンイチは喜びの声と共にゴッドウィングを広げ、
「なのは! フェイト! ……っと、それからクロノ!
足止めで相当“力”使っちまったからな、一気に決めるぞ!」
「はいっ!」
「うん!」
「今ボクのこと忘れかけなかったか!?」
若干1名から苦情が入るが、そんなものはこの際無視だ。ジュンイチはさっそく両の拳に炎を生み出し、
「號拳龍炎――連発だぁっ!」
咆哮と共に叩きつけられたその連撃が、デスレイザーの空間湾曲場を巻き込み、吹き飛ばす!
「何っ!?」
絶対だと思っていた防壁を突然破られ、ベヒーモスが驚きの声を上げると、ジュンイチは再び上空へと逃れ――
『いっけぇっ!』
フェイトとクロノの声が重なり、二人の攻撃がベヒーモス、そしてデスレイザーへと降り注ぐ!
「くそっ、やってくれる!」
なんとか反撃に転じようとするベヒーモスだが、自分はともかくデスレイザーの全身を覆うほどのプラズマリフレクションは展開できない。ジリジリと後退するデスレイザーを援護することもできない。
「ジュンイチさん!」
「おぅともよ!」
フェイトの声に答え、ジュンイチは素早く急降下するとデスレイザーの牙をつかみ、力任せに振り回し、
「どっ、せぇいっ!」
そのまま上空へと放り投げる!
そして――叫んだ。
「なのは!」
「はいっ!」
すでに上空でなのははチャージを終えていた。そのまま投げ飛ばされてくるデスレイザーへと狙いを定める。
「ユーノくん、しっかりつかまってて!」
「うん!」
なのはに答え、ユーノは彼女の肩にしがみつき――
「お久しぶりにフルチャージ!
スターライトブレイカー、+!」
放たれた光の渦は、ベヒーモスもろともデスレイザーを直撃していた。
「ベヒーモスさんは?」
「直前で逃げられちゃったみたいだな」
降下してきて、尋ねるなのはに、クロノは元に戻り、走り去っていくイノシシを見送りながら答える。
「それで、なのは。ジュエルシードは?」
「ううん、回収できなくて……
逃げられちゃったってことは、たぶんベヒーモスさんが……」
クロノの問いに、なのははうつむいてそう答え――
「ま、それに関しちゃ欲張ることもないだろ」
そんな二人をフォローするようにジュンイチが言う。
「こっちの方が多く回収してるはずだ。少なくとも、向こうにジュエルシードがすべてそろう、なんて最悪の事態は避けられるんだ。
それに、アイツらが持ってる、って形で在り処もハッキリしてるんだ」
「そうだよ、なのは。
それに……」
ジュンイチに同意する形でなのはに告げると、フェイトはそちらへと振り向き――
「『大切な友達』が、『心強い仲間』にもなったんだし」
こちらに向けて手を振るアリサやすずかを見て付け加えた。
「えーっと、つまり……」
「すずかのデバイスは無数のサーチャーで敵を探索したり分析したりする索敵・分析型デバイス。
でもって、アリサのデバイスは前線のメンバーの間で情報ネットワークを構築、それを統括する指揮用デバイスをオーダーしたんだよ」
説明された内容を理解しようと頭を働かせるなのはに、ジュンイチは先の説明を復唱する。
「オレ達の中にそのテの能力を持ってるヤツがいなかったからな。まさに渡りに船だよ」
「わたしとしては、なのはみたいにどかーん! って攻撃魔法撃ってみたかったのに……」
「ゼータクこくな。なのはの砲撃魔法みたいな波動放出系はとにかく“力”を消費する。
ディバインシューターのような弾丸系ならともかく、お前にンなコトできるほどの出力はない」
アリサの言葉に「まだあきらめてなかったのか……」とため息をつき、ジュンイチはそう答える。
「どちらにせよ直接戦闘はあきらめてもらうぞ。
言ったばかりだが分析・指揮統括系の人材はオレ達にとってきわめて貴重だ。お前らに関しては戦闘要員になられる方がむしろ困る」
「でも……」
「でももへったくれもねぇよ」
なおも食い下がるアリサを制し、ジュンイチは告げた。
「そもそも、お前らは戦闘向きじゃない。“力”の扱いにまだ慣熟していないことを筆頭に不安要素が多すぎる。
だが、機械整備に通じたすずかの知識や整備すべきところを判断するための分析能力、そして今までなのは達を引っ張ってきたアリサのリーダーシップは、“力”に代わる大きな武器だ。
できないことでムリにがんばることはない。できることでなのは達の力になってやれ――オレからのお説教は以上だ」
「はーい……」
まだ不満はあるようだが、アリサはジュンイチの言葉にしぶしぶうなずいてみせた。
「とにかく、これからは一緒に戦う仲間だね。
これからもよろしく、なのはちゃん」
「うん!」
すずかの言葉になのはが笑顔でうなずくと、エイミィがジュンイチに声をかけた。
「それにしてもジュンイチくん、素直じゃないよね」
「何が?」
「『教えられない』とか言ってさんざん渋っておいて、結局手を打ってあげるんだから」
「そりゃ渋るさ。アイツらを戦わせたくないって気持ちは今でも変わらん」
肩をすくめてそう答えると、ジュンイチは続けた。
「まぁ、魔法を覚えてなのはの役に立ちたい――その気持ちはわからんでもないから、可能になる条件さえ整えば協力するのもやぶさかじゃない。
けど……アイツら、一番根本的なところで間違えてたからな」
「間違い……?」
その言葉にエイミィが眉をひそめるのを見て、ジュンイチは答えた。
「アイツらが覚えたがっていたのはミッド式魔法だ。
『ブレイカー』であって『魔導師』じゃないオレにゃ、ハッキリ言って専門外だ」
「あぁ、なるほど」
納得したエイミィを尻目に、ジュンイチは思わずため息をつき、
「それより……むしろ大変なのはこれからだと思うぞ」
「どういうこと?」
エイミィの問いに、ジュンイチはなのは達の方を目で示し、
「だからね? 二人とも、時空管理局に就職する気ない?
今なら厚遇、約束するわよ♪」
「え、えーっと……」
「いきなり言われても、その……」
「り、リンディさん、そのくらいで……」
「……『アレ』を止めにゃならんだろう?」
「………………納得」
猛烈な勧誘攻勢をしかけるリンディと困惑するアリサとすずか、そしてなんとかなだめようとするなのは――目の前で繰り広げられるその光景を前に、エイミィはジュンイチの言葉に思わず納得していた。
(初版:2006/04/09)