「ま、こんな感じかな」
 言って、ジュンイチは頭にかけていた(似合ってもいない)三角巾を外し――
『ぅわぁ………………』
 目の前に人数分並べられた、もはや国籍すら判別不能な料理の数々を前にして、なのは達は思わず感嘆の声を上げていた。
「これ、全部ジュンイチさんが作ったんですか?」
「うむ。
 向こうじゃレンが中。晶が和・洋で腕前を見せつけてくれたからな。オレはそれ以外の地域で攻めてみた」
「それでこんな多国籍料理なんですか……」
 なのはに答えるジュンイチのとなりでジーナは思わず納得する。
「味はアイツらに劣るかもしれんが――レパートリーじゃ負ける気はしないからな。
 多国籍育ちをなめんな、ってトコだ」
 言って、ジュンイチは一同に席をつくよう促がし、
『いただきまーす♪』
 声をそろえて合掌し、なのは達は自分達の皿に盛り付けられた料理を口に含み、
「……おいしーっ♪」
「ジュンイチさん、こんな料理も作れたんだ……」
「でしょ?
 ジュンイチってば、立ち振る舞いはすっごくガサツなクセして、こういうのも意外と得意なのよねぇ。何しろ家事全般、プロ級とまではいかなくても人並み以上にはこなせるし」
「実は、いつも着ているあの道着もジュンイチさんが自分で作ってるんですよ」
 思わず声を上げるアリサと感心するすずか、二人にライカとジーナはそう答える。
「そういえば、わたしを助けてくれた時に作ってくれた料理も、すごくおいしかったです……」
「ほめても何も出ないぞ」
 かつて自分に作ってくれた料理のことを思い出し、告げるフェイトにジュンイチはご飯を口に放り込みながらあっさりとそう答える。
 とはいえ、後で出す予定のデザートにさりげなくオマケを付け足している辺り、淡白な態度の裏ではかなりうれしそうだが。
 そして、ジュンイチの料理に舌鼓を打つなのは達をしばし暖かく見守り、ジーナとライカも自分達の皿の料理を口に含み――
『ぐはぁっ!?』
 一転。突然二人そろってものすごい勢いでひっくり返った。
「ど、どうしたんだ、二人とも!?」
 あわてて声を上げるアルフだが、二人はそれでころではない。
 というのも――
「な、何ですか、コレ!」
「あたし達のだけ超激辛料理じゃない!」
 なんとか立ち上がり水を一杯。勢いよく飲み干した後にジーナとライカが抗議の声を上げる。
 そう――まったく同じに見えた一同の料理だったが、ジーナとライカの分だけ、超激辛として用意されていたのだ。見た目まで同じに作られていたため、ジーナとライカは疑うことなくそれを口いっぱいにほおばってしまったのだ。
 だが、そんな二人の抗議に、ジュンイチはあっさりとこう答えた。
「昼間に言っておいただろ。
 『晩飯、覚悟してろよ』ってな」

 

 


 

第12話
「クロノ奮戦」

 


 

 

 一方、こちらは海鳴・高町家――
「うーん……」
 クロノは、高町家のリビングでひとり考え事にふけっていた。
「なのは……大丈夫かなぁ?」
 考えるのはもちろんなのはのこと。
 向こうにも堕天使がいるのだ。彼らとの戦闘は常に危険が付きまとう。クロノが心配するのもある意味では当然だが――
「ジュンイチさん、考えなしに恥ずかしいこと言うからなぁ……」
 こっちの方も心配だった。初めてリヴァイアサンを撃退した時、ヘタをすれば一生モノのプロポーズとも取られかねないような『守ってやる』発言をしているだけに。
「本人に自覚がないから、余計にタチが悪いんだよなぁ……」
 その場に本人がいたらしこたま怒られそうなことをつぶやくクロノだった。

「なるほどねー……」
 そんなクロノの様子をレンから聞かされ、リンディは翠屋でケーキをつつきながらうなずいた。
「まぁ、あの子はよくも悪くも不器用だからね、らしいと言えばらしいんだけど」
 思わず周囲の一同もうなずいてしまうのは、そこまで知られるほどクロノが高町家に打ち解けているということでもあり、本来ならば喜ばしいことなのだが――
「少なくとも、クロノくんかジュンイチくんか――どちらかに関して手を打っておかないと、ウチの中で修羅場が巻き起こりかねないわねー。
 それに、なのはには過保護な恭也が黙ってるとも思えないし」
「失礼な」
 ムッとする本人の抗議に動じることもなく、それも楽しそうでいいけど、などと物騒なことを付け加えるのは桃子だ。
「とりあえず――手を打つならクロノかしら。
 ジュンイチくんの『フラグ立て』は無意識みたいだから、こっちで何言ったって効果は期待できなさそうだし」
「ですね」
 リンディの言葉に忍が答え、二人は何やら相談を始める。
 そこに桃子まで加わり――それを見送る恭也はなんとなくイヤな予感を覚え、こっそりとため息をついていた。

 その晩、高町家にて――
「……翠屋の、手伝い……?」
「えぇ♪」
 同席させてもらった夕食の席で思わず聞き返すクロノに、桃子は笑顔でうなずいた。
 ものすごく満面の笑みだ。彼女の実態を知る者から見れば絶対に裏があるであろうことは明白なのだが、残念ながらクロノにそこまでの経験はまだない。
「……どういうつもりだ? かーさん」
「どうもこうも、まだお父さんが帰ってくるには少しかかりそうだし、美由希もジュンイチくんと一緒に『向こうの世界』に行ったきりだしね。人手が足りないから、クロノくんにお願いできないかと思って」
 彼女の『本性』もさることながら、そもそも昼間のやり取りのことを知っているだけに、怪訝な顔をして恭也が尋ねるが、桃子は平然ともっともらしいことを言う。
「え? けど、ボクは……」
「あぁ、リンディさんの許可はとってあるから」
 異議を唱えようとしたクロノだったが、桃子の言葉に思わず絶句する。
(一応時空管理局の仕事もあるんだし、許可出さないでよ、母さん……)
 涙ながらに胸中でつぶやくと、食事に同席している忍が桃子に尋ねた。
「バイト代は出してあげるんでしょう?」
「もちろんよ」
 答える桃子の言葉に、忍はポツリと――しかし、確実にクロノに聞こえるように――つぶやいた。
「なのはちゃんにプレゼント買ってあげればいいのに……」

「いらっしゃいませ!」
 やって来た客に対し、クロノは自分にできる精一杯の笑顔で接客に向かう。
「うまくいきましたね」
 あの後喜び勇んで翠屋の手伝いを快諾し、こうして店内で接客に務めているクロノを見守り、忍は桃子に告げた。
「なのはの名前を出したとたんに目の色が変わるんだから、わかりやすいわねー。
 ま、それだけ想われてるなのはも幸せ者よね」
「確かに」
 桃子の言葉にうなずくと、忍は注文を受けているクロノへと視線を戻す。
 どこか動きがぎこちない。まだ注文を覚え切れていないのか、はたまたこういった人付き合いの要求される仕事が苦手なのか――とりあえず後者だろうと忍は勝手に結論づけた。
 だが、とりあえず今のところ、客の反応はまずまずだ。元々異性受けしそうな整った顔立ちなため、メインの客層である女の子達に好印象をつかんでいる。
「はてさて、どうなることやら……」

「つ、疲れた……」
 いくら鍛えられた時空管理局の執務官といえど、慣れないことをすればやはりそれなりに消耗する――特にそれがもっとも忙しい時間帯ともなればなおさらだ。
 というワケで、初めて体験するランチタイムの修羅場を乗り切ったクロノは、店の奥で休息をとっていた。
「お疲れ様、クロノくん」
 そんなクロノに、従業員の松尾がジュースを差し入れてくれた。
「どう? 初めての接客は」
「まだぜんぜんダメですね。
 恭也さんみたいにスムーズに注文もとれないし、お昼のお客は次々に来るし……」
「ま、飲食店の宿命、ってヤツだよ、それは」
 松尾に答えるクロノに、同じく休憩中の恭也が答える。
「でも、クロノくんも自分で言うほど動けてないワケじゃないし、慣れれば楽になるんじゃないかな?」
「だと、いいんですけどね……」
 忍に答え、クロノは改めて手元のジュースに口をつけた。

「今頃、クロノがお店でがんばってる頃ね……」
 一方アースラでは、リンディがブリッジでのんびりとつぶやいていた。
「これで少しは社交的になってくれれば、なのはさんの好感度も上がるかもね……」
「だといいんですけど……『別の不安』もありますね」
「うーん……」
 答えるエイミィの言葉に、その『不安』に心当たりのあるリンディは思わず苦笑し――エイミィの手元のコンソールが信号音を立てた。
「あ、来たみたいですね」
 言って、エイミィがコンソールを操作し、転送されてきたのは――

「もう、今日のところは大丈夫みたいね……」
 学校帰りの学生達もなんとかさばききり、忍は息をついてつぶやいた。
「くろくんもお疲れ。
 あとはゆっくりしとってもえぇで」
「は、はい……」
 『くろくん』――その呼び方にすさまじく引っかかるものがあったが、レンの言葉にクロノはうなずき――
「――――――っ!?」
 それに気づいて顔を上げた。
 ジュエルシードの反応ではない。だが、この魔力の波動には覚えがある――
 ――ベヒーモスだ。
「アイツ、また何か企んでるのか……?
 恭也さん、お店は任せます!」
「クロノ?」
「あ、くろくん!?」
 そう言うなり、急いで翠屋を飛び出していくクロノに、レンはあわてて声を上げた。

「……この辺りに反応はなし、か……」
 海鳴市郊外――その上空をビーストモードで飛行し、ベヒーモスはひとりつぶやいた。
 ジュエルシードを探しているのはなのは達だけではない。彼らも当然探しているのだが――彼らもまた、手がかりをつかむには至っていないようだ。
「仕方がない。
 『もうひとつの手』に期待しよう」
 ため息をついてベヒーモスがつぶやいた、その時――
「ベヒーモス!」
 声を上げ、S2Uをかまえたクロノが急上昇してきた。
「今度は何を企んでる!」
「まったく、えらい言われようだな……
 まぁいい、襲ってくるというなら相手をしてやろう!」
 S2Uを突きつけ、封時結界を展開しながら告げるクロノに答え――ベヒーモスがミサイルを放つ!

 その頃――翠屋の前には二つの人影があった。
「……ここだな……」
「メモだと、そうだよな」
 尋ねるとなりの青年の言葉に、少年は手元のメモに視線を落としながらつぶやいた。
 青年は長身で、服装はTシャツにGパン。乱暴に切りそろえた黒髪を整えようともせずにほったらかしにしている。
 対する少年はやや小柄。それどころかどちらかと言えば華奢な体格で、青年とは対照的に丁寧にそろえられたショートカット。そんな髪型も手伝って、遠目に見ると性別を間違えられそうなほどの女顔である。そんな容姿に対するせめてもの抵抗なのか、その服装はバリバリのアーミールックに固めている――半そでとはいえ、季節が季節なだけにものすごく暑そうだ。
「どうする?
 メモにある、家の方に行ってみるか?」
「けど、この時間帯じゃ人がいるかどうか怪しいだろ。
 『アイツ』の関係者だって言えば通じるだろう、って言ってたし、まぁ、大丈夫だろ」
 少年に答えると、青年は入り口をくぐり店内に入る。
「あ、いらっしゃいませー♪」
 それを見て、忍が応対に出てくると、少年の方が彼女に尋ねた。
「ねぇ、店長さんいる?」
「店長さん……?
 桃子さんの知り合い?」
「あー、直接の、ってワケじゃないんだがな」
 聞き返す忍に答え、青年は告げた。
「ジュンイチの知り合いだよ、オレ達は」
「ジュンイチくんの……?」
 その言葉に、顔を出してきた恭也が首をかしげると、
「忍ちゃん、忍ちゃん」
 そんな忍に、店の奥から件の人物が――桃子が声をかけてきた。
「レンちゃん、見なかった?」
「え………………?
 そういえば、さっきから見ないけど……」

「くらえ!」
 ベヒーモスが咆哮し、放たれたミサイルが一斉にクロノへと迫るが、
「させない!」
 クロノは周囲に複数のラウンドシールドを展開、ミサイル攻撃を爆風で飛び散る破片も含めてそのすべてを防ぎきる。
「もう手の内は読めてるんだ!
 ボクだけでも――戦えないワケじゃない!」
 続けてベヒーモスへと牽制のスティンガーレイを放ちつつ、クロノは続けて本命の一撃を放つべくS2Uをかまえ――ビーストモードのベヒーモスの口元に笑みが浮かんだ。
「――――――っ!?」
 それに気づき、とっさにクロノは周囲の気配を探る。
 だが――遅い。突然バリアジャケットに叩きつけられた衝撃に、クロノは大きく弾き飛ばされ、大地に叩きつけられる。
 それでもなんとか受け身を取り、立ち上がるクロノの前で、襲撃者“達”はベヒーモスの前に着地した。
 それぞれに牛やバッタを模したモンスターである。
「新しい、堕天使……!」
 それを見てクロノが思わずつぶやくと、ベヒーモスが新たな堕天使に声をかけた。
「よく来たな。モレク、アバドン」
「まぁ、お呼び出しとあればね。
 モレク、変身エヴォリューション!」
「アバドン、変身エヴォリューション!」
 ベヒーモスに答え、牛型モレクバッタ型アバドンが人型へと変形する。
「さぁ、これで3対1だ!
 どう出る!? 小僧!」
 ベヒーモスのその言葉と同時、モレクとアバドンが地を蹴り、クロノへと突っ込む。
「オラオラオラぁっ!」
 咆哮し、突っ込んできたモレクの拳をクロノは後方に跳躍してかわし、次いで追ってきたアバドンの蹴りも紙一重でかわす。
 そして、先端にエネルギーを収束させたS2Uでアバドンへのカウンターを狙うが、
「甘いぞ!」
 そんなクロノを狙い、ベヒーモスがミサイルを放つ!
「くっ………………!」
 アバドンとモレクが前衛を、ベヒーモスが後衛を担当する――3体の堕天使の連携を前に、クロノは防戦に徹するしかない。ベヒーモスのミサイルをラウンドシールドで防ぐが、そこにモレクとアバドンが襲いかかる!
「なんとか、この連携を崩すことができれば……!」
 うめいて、クロノは堕天使達から距離を取って着地。それを追ってモレクが地を蹴ったその時、新たな声が――いや、咆哮が響いた。
「たぁぁぁぁぁっ!」
 突然の乱入者はモレクに反応のスキを与えなかった。彼女が――レンが渾身の力と共に振り下ろしたカカト落としの一撃が、驚きから動きの止まったモレクの力場にめり込み――驚きという精神の乱れによって強度の落ちていた力場を粉砕、その顔面にカカトが叩きつけられる!
「れ、レンちゃん!?」
「ったく、何ひとりでムチャしとんのや!
 ひとりで戦っていける相手やないやろ!」
 驚くクロノに告げ、レンはモレクに向けて持ってきた棍をかまえる。
 心臓の手術を乗り越えて以来、晶だけでなく恭也も相手に日々鍛錬を繰り返してきた。命がけの――本当の意味での『戦い』はまだ未経験だが、その実力は堕天使から見ても決して侮れるものではない。何よりもそれは今の乱入が証明していた。力ずく以外に力場を破る手段を持たないからといって、ナメてかかける相手ではない。
 だが、それは相手も感じていたようだ。いきなりの一撃に思わず後退したものの、モレクはすでに体勢を立て直し、アバドンと共にこちらのスキをうかがっている。
 そして――両者は同時に地を蹴った。

「いたか?」
「いえ、こっちには……」
 商店街一帯をレンを探して走り回り、尋ねる恭也に晶が答える。
「ホントに……どこ行っちゃったんだろ……」
 つぶやき、忍は周囲を見回すが――恭也はふと、イヤな予感に襲われた。
「……まさか……」
「何か心当たりでも?」
「えぇ」
 一緒に探してくれていた青年の問いにうなずき――恭也は彼らがジュンイチの関係者だということで、素直に答えた。
「さっき、クロノくん……はわかりますよね? 彼が堕天使の気配を察して飛び出していったんです。
 もし、レンが彼のことを追っていったんだとすると……!」
「まさか……クロノくんが戦ってる現場に?」
「あぁ、急ごう!」
 思わず声を上げた晶の言葉に恭也がうなずくが――
「そういうことなら、オレがいくよ」
 そう告げたのは青年だった。
「ちょうど、クロノに渡すものもあるしね」

 同時刻、柾木家――
「……ねぇ、ジュンイチくん」
「あん?」
 唐突に声をかけてきた美由希に、台所にいたジュンイチは商店街の八百屋で買ってきたばかりのジャガイモを洗いながら振り向いた。
「ジュンイチくんが『自分の代わりに』って海鳴に行ってもらった二人って……大丈夫なの?」
「それは実力のこと? 人間関係のこと?」
「うーん、できれば両方答えてくれると」
「ま、大丈夫でしょ。
 人間関係については……確かに二人ともオレ同様アクの強い性格してっけど、基本的に他人を毛嫌いするタイプじゃないから。多少邪険にされたってどこ吹く風で仲良くなろうとがんばるタイプだよ」
「……ジュンイチくんと平然と付き合ってきたくらいだもんね……」
「なんか聞き捨てならないセリフが聞こえたので今夜からの鍛錬内容を少し吟味させてもらうとして……」
 その一言に昨夜や今朝の『鍛錬』の内容を思い返した美由希が硬直する。が、ジュンイチはかまわず続ける。
「実力面なんてなおさら心配ないよ。
 何しろ――」
 そして、ジュンイチは自信タップリに言った。
「オレと同じ、マスター・ランクだからね」

「たぁぁぁぁぁっ!」
 パワーはないが、スピードと体重を上乗せすればそれなりの威力にはなる――レンが突撃の勢いを加えて繰り出した棍が、モレクの力場に突き刺さる。
「な――――――っ!?」
 先の一撃のことはあったが、たかが小娘と思っていた。そんなレンの予想外の攻撃力に、モレクは驚きの声を上げる――が、それでも反応は速かった。力場に刺さって動きの止まった棍をつかみ、そのままレンを振り回す!
「わっ! わわわっ!」
「レンちゃん!」
 さすがにこれに耐える腕力はなかった。レンはたまらず棍を手放して放り出され、回り込んだクロノに受け止められる。
 だが――そんな彼らに今度はアバドンが襲いかかる。
 とっさにレンを突き飛ばすように自分から離し、アバドンの蹴りをかわすクロノだったが――
(――かわせない!)
 そこを狙ってきたモレクの拳を認識した瞬間、クロノは回避が不可能であることを直感的に悟っていた。
「くろくん!」
 レンの悲鳴が響く中、モレクの拳がクロノへと迫り――
 ――パパパァンッ!
 何かが弾けたかのような音と共に、モレクの姿が視界から消え――次の瞬間、轟音と共にモレクは真横の岩壁に叩きつけられていた。
「あ、あれ……?」
 突然のことに、レンが思わず声を上げると――
「ってぇ……なんつー堅さの皮膚だよ……
 こりゃ素手じゃ殴らない方がいいな。殴ったこっちもたまんねぇや……」
 舌打ちまじりにそうつぶやくと、今の一撃を放った本人は今しがたモレクを殴り飛ばした手をパタパタと振りながらクロノのとなりに着地した。
 先ほど恭也からクロノやレンを任された、あの青年である。
「き、貴様、何者だ!?」
「んー、何者か、と言われてもなぁ……」
 思わず声を上げるベヒーモスに、彼はどう答えるか思案し――結論が出た。
「とりあえず、これが一番わかりやすいかな。
 オレは……」
 そして、青年は――“獣”のマスター・ブレイカー、青木啓二はベヒーモスに告げた。
「お前らの『オシオキ』担当」
「な――――――っ!?
 たったひとりで何ができる!
 アバドン、モレク!」
 完全にこちらをバカにしきった青木の言葉に、思わず激昂したベヒーモスは2体の部下を突っ込ませるが、
「甘いっての」
 青木はモレクの拳をかわすとその顔面に掌底を1発、動きの止まったモレクの顔面をそのままつかんで大地に叩きつける。
 さらに、間髪入れずモレクの顔面をつかんだ手を支えに倒立、モレクの後方に続いていたアバドンの蹴りを自身の蹴りで迎撃する。
 お互いに蹴り同士の激突――だが、パワーは明らかに青木の方が上だった。完全にパワー負けしたアバドンが一方的に弾き飛ばされる。
「悪いけど――パワーだけならジュンイチにだって負ける気はしないんだよ!」
 言って、青木はモレクの巨体を持ち上げ、アバドンへと投げつけ、2体がひとかたまりになって転がるのを尻目にクロノへと向き直った。
「で、お前さんにはこれ」
「え……?」
 思わず疑問の声を上げるクロノだったが、青木はかまわず彼にそれを手渡した。
 S2Uのウェイトモードにも似た、銀色のカード――
「これは……?」
「リンディさんから預かった」
「そうか……ようやく申請が通ったのか……」
 青木の言葉に、クロノはつぶやいてカードを受け取り、S2Uを手にしてかまえる。
 そして、S2Uにカードを触れさせ――叫んだ。
「レイザード、力を!」
〈Stand by Ready, Set up!〉
 クロノの叫びにカードからのシステム音声が答え――彼の周囲に解放された魔力が渦を巻く!
 そして――クロノの手の中に新たなるデバイスがその姿を現した。
 本体のクリスタルにさらに3つの白い宝石をそなえた、左右に広がる翼を模した装飾が施された杖である。
 新たにクロノの手に出現したその杖を見て――青木はふと、あることに気づいた。
 その杖本体はS2Uだ。
(あの杖に、合体したってのか……?)
 そう。ストレージ・デバイスにサポートデバイスを接続し、並列処理させることでインテリジェント・デバイス並みの処理能力を実現させたもの、それが今クロノの持つ『デュアルコア・デバイス』――新たなるS2U、『NEO-S2U レイザード』である。
「――いくぞ!」
 ともかく、クロノはレイザードをかまえると地を蹴った。
 最初の目標はモレクだが――わざわざ向こうの得意な格闘戦に付き合ってやるつもりはない。『地を蹴った』と言っても後方へ、だ。バックステップで距離をとるとフォトンパレットをばら撒く。
「ちぃっ!」
 対して、モレクは前方に展開した防壁で攻撃を防ごうとするが、
「――甘い!」
 クロノはフォトンパレットの光球を操り、光球はそのすべてが防壁を迂回してモレクをとらえる。
 処理が高速でスピーディーな高機動戦闘が可能な反面、処理の複雑な高等魔法に関するサポート能力ではどうしても見劣りする――それがストレージ・デバイスであるS2Uの弱点だった。クロノは今まで自身の魔導師としての技術でカバーしていたのだが、デュアルコア・デバイスとしてバージョンアップされたことで処理に余裕が生まれ、従来の高速性を維持したままより複雑な操作が可能となっているのだ。
「モレク!」
 それを見て、アバドンもまたこちらへと向かうが、クロノもそれに気づいていた。素早く向き直るとフォトンランサーで迎撃する。
「ちぃっ! あいつら、何をやっている!」
 クロノのパワーアップによって完全に戦局はこちら側に有利に傾いた。苦戦する部下達にベヒーモスが舌打ちし――
「言ってる場合かよ!?」
 そんなベヒーモスに青木が襲いかかり、とっさに跳躍したベヒーモスのいた地点を叩きつけられた彼の手甲型精霊器“獣天牙”が粉砕する!
「くそっ、ここは後退するのが賢いか!
 退くぞ、お前達!」
『はっ!』
 うめくベヒーモスにモレクとアバドンが答えるが、
「逃がすと思っているのか!」
 そうはさせないとばかりにクロノはレイザードをかまえ――レイザード本体が変形。翼の装飾が上方へと閉じ、シューティングモードへと変形する。
 と、クロノはバリアジャケットに追加されたツールボックスからそれを取り出した。
 まるでCDのように虹色に輝くディスクだ。
 その名も“インストールディスク”――魔法に任意の属性を付加、または属性を強化することの出来る、魔法ソースの補助ディスクである。
 そして、クロノはレイザードの側面に用意されたスロットからディスクを装填し、
〈Thunder.〉
 システム音声が“雷”属性の付加を告げ、レイザードにスパークが走る。
 続けて、クロノは別のディスクを2枚、続けて装填し、
〈Screw.
 Penetrate.
 ――Spiral-Driver, Set Up!〉

 再びシステム音声が告げ、必殺技の体勢に入ったクロノがレイザードをベヒーモス達へと向ける。
「いっけぇっ!
 スパイラル――ドライヴァー!」
 咆哮と共に、クロノが放った閃光は渦を巻いてベヒーモス達へと襲いかかる。が――
「こいつの存在を――忘れてはいないか!?」
 言って、ベヒーモスがプラズマリフレクトを展開、スパイラルドライヴァーを反射しにかかる。
 だが――止められない。クロノの閃光は強力な回転と貫通性が付加されていた。渦巻くエネルギーがプラズマリフレクトと拮抗し――打ち破る!
 そして、光が完全に防壁を粉砕するが――ベヒーモス達は一瞬早く空間転移で逃亡、閃光はそのまま宙を貫いていった。

「せやけど……アイツら、なんでこないなところをウロウロしてたんやろか……?」
「たぶん、ボク達と同じようにジュエルシードを探していたんだろう。
 向こうも、ジュエルシードを探索する手段は持ち合わせていないみたいだね」
 戦いも無事に片付いた帰り道、首をかしげてつぶやくレンにクロノが答える。
 と、今度は青木がクロノに尋ねた。
「しかし……レイジングハートやバルディッシュは“向こう”で見せてもらったが……お前のヤツは別のデバイスへの装着型なんだな」
「あぁ、レイザードのことか。
 一応、レイジングハートみたいな単独発動型って選択肢もあったんだけど……」
 言って、クロノはポケットの中からウェイトモードのS2Uを取り出した。
「このS2Uは、母さんが選んでくれたデバイスだから……これからも、このS2Uで戦い続けたかったんだ」
「だからって、S2Uだけやと今度は力不足――だから、S2Uを強化する方向でそのデバイスにしたんか……
 お母さんのこと、大好きなんやね」
「そ、そりゃ、家族なんだし……」
 レンの言葉に、クロノは少し照れて答える。
「けど、このことは絶対に内緒だからね。
 母さんに知られたらまた何て言われるか……」
 その言葉にレンはいかにも『どうしようかなー♪』という顔をする。そんな彼女に、クロノは思わず苦笑した。

 そして、翌日――
「……『不安』的中、ね」
 それがクロノの様子を見ようと久方ぶりに翠屋を訪れたリンディの感想だった。
 その彼女の視線の先では――お客の女の子達にひっきりなしに声をかけられているクロノの姿があった。
 といっても、注文を頼む声ではない――彼女達個人の興味による、『個人的な』声かけである。
「クロノくん、お客の女の子達のハートをガッチリつかんじゃったみたいですね」
「我が子ながら、カワイイですからね」
「『カッコイイ』じゃないんですね……」
 声をかけてくる桃子に答えるリンディの言葉に、忍はなんとなく納得できてしまう部分を感じつつも一応ツッコミを入れておく。
「けど、これで恭也目当ての子だけじゃなくて、クロノくん目当ての子も増えるってことね。
 うーん、桃子さん、忙しくなってきたわよー♪」
「いい方向に事態が転んでよかったですね」
 結局、彼女達の思惑通りに動かされているだけな気もするが――なんとなくそれを口に出すのも怖い気がして、晶は改めて仕事に戻ろうときびすを返し――
「………………ん?」
 ふと、今日は接客に入っているレンが憮然としているのに気づいた。
「どうした? レン。
 なんかえらく機嫌が悪いじゃんか」
「え? そーか?」
「そーだ」
 晶の答えに、レンは思わず首をかしげる。
「機嫌、悪いんかなー? ウチ……」
 だが――いくら考えても心当たりはなかった。

 リンディ達がそんなことを話している、その一方で――クロノにはひとつ、気がかりなことがあった。女の子達に振り回されつつ、それでもなんとか注文をとりながらそのことにも思考を向ける。
(そりゃ、『あの』リヴァイアサンに比べれば冷静な方だけど……あんなにあっさり撤退するような性格だったか? ベヒーモスは……
 部下まで駆り出していたこともあるし……あまり、考えたくないけど……)

 だが、イヤな予感というものはたいてい当たるものだ。
 そのクロノの予感は、最悪な形で的中することになる――

「よかったので?」
「こちらの本命はヤツらの撃破ではない。余計な遭遇戦で時間を食いたくはないからな」
 尋ねるアバドンに答え、ベヒーモスは逆に尋ねた。
「それで……首尾は?」
「この通り」
 答えて、モレクはそれを見せた。
「ジュエルシード、シリアルI、シリアルXIIです」


 

(初版:2006/05/21)