「ほぉ……」
それを見つけたのはほんの偶然だった。ジュエルシードを探す中で、強い“力”を感じて立ち寄っただけだった。
だが――予想外の収穫だった。
「これは、使えそうだな……」
言って、それに向けて“力”を放ちながら、ベヒーモスはつぶやいた。
「獣でだめなら……人だ」
「はぁぁぁぁぁっ!」
裂帛の気合と共に、美由希の繰り出した木刀の一撃がジュンイチへと襲いかかる。
そのスピードはすさまじく、道場のすみで正座し、見学しているフェイトの眼でも追っていくだけで精一杯である。
だが――それでもジュンイチには届かない。すべて紙一重でかわされている。
さっきからずっとこの繰り返し。美由希の放つ全力・最速の攻撃がジュンイチには通用しないのだ。
とはいえ、対するジュンイチにしてもかなりきわどい状況だ。平然とかわしているように見えるが、実際のところはほぼ最初からトップスピードでの回避行動を続けている。平然としているのは単なる芝居にすぎない。
自分に匹敵するスピード、そしてそれを無駄なく木刀に乗せたその威力――彼女といい恭也といい、もはや技能面においては瘴魔はもちろん、堕天使にも対抗できるレベルに達している。あとは力場を破る手段さえ与えてやれば、すぐにでも実戦に出られるし、全開戦闘で自分に勝つことも夢ではなくなるだろう。
もちろん、ジュンイチにそんなつもりはさらさらないが。
そして――美由希が動いた。
左の木刀で逆薙ぎから順突きにつなぎ、ジュンイチを狙う。
(右が来るか――?)
攻撃をさばく一方で動きを見せない美由希の右手に注意を払い、ジュンイチは美由希の次の手を探り――気づいた。
(いや、この重心の傾き――蹴りか!)
その読みは正解だった。右の木刀を放つと見せかけて放たれた蹴りを、ジュンイチはボクシングでいうところのスウェーバックでかわし、
「えいやぁ」
気合のカケラも感じられない掛け声と共に、美由希の足を払って転ばせた。
第13話
「出会いの裏の暗躍」
「うーん……もうちょっといけると思ったんだけどなぁ……」
「確かに、コンビネーションの組み立ては悪くないな。
ただ、せっかく斬撃と見せかけて蹴りを出したのに、斬撃でも狙える顔面を狙ったのは判断ミスだね。そうするくらいなら足を払って連続攻撃の起点にするべきだった」
ぶつけたおしりをさすりながらつぶやく美由希に答え、ジュンイチは彼女に手を差し伸べる。
「それから、連携の流れが少しぎこちない。先に出した技の勢いに負けて、スムーズに次の技に移りきれないんだ。
より速く技を繰り出すのもいいけど、それらをスムーズにつなげていくことも必要だ。それができれば、技自体のスピードがなくても出だしのスピードで十分にカバーできるはずだ。
飛針や鋼糸も、もう少し使うタイミングを考えた方がいいし――」
言いながら、ジュンイチは視線を動かし、
「OK出したのはオレだけど……できれば、人んちの道場でホントに撃ちたい放題はしないでほしかった」
「……ごめんなさい」
二人の稽古――正確には美由希の飛針及び鋼糸の流れ弾――によって少々ボロボロになった道場を見て、告げるジュンイチの言葉に美由希は素直に謝る。
とはいえ、実際にはジュンイチもそんな悠然と指導できるような余裕はなかった。先にも述べた通り、技術的な観点にのみ視線を向ければ彼女の実力も確実に自分に迫りつつある。恭也に至っては自分よりも強いと思っていいだろう。
余裕があるように見せているのは満足させず、より上を目指させるため。そして――師匠代理としてのささやかな意地である。
が、少なくとも美由希はそのことに気づいている様子はない。フェイトなどは苦笑いを浮かべていることから考えても気づいているだろうが――
と、その時、
「お兄ちゃーん」
「お姉ちゃーん」
口々に言いながら、あずさとなのはがやってきた。
「ご飯できたよー」
「お前が作ったんじゃねぇだろうな!?」
「大丈夫だよー。
作ったのはジーナさんとなのはちゃんだし」
「それはそれで情けないと思え」
さも当然のように答えるあずさにため息まじりに答えると、ジュンイチは彼女に“紅夜叉丸”を投げ渡し――同様に木刀を片付けようとした美由希を手で制した。
「とにかく少し待て。
美由希ちゃんへの指導はこれまでとして……逆に、美由希ちゃんに見てもらいたいもんがある」
そう言って、ジュンイチが手にしたのは――練習用に刃を落とした小太刀だった。数は2本。
腰の後ろで十字に差して、美由希に同じものを同じく2本渡し、静かに身構える。
「まだ見よう見まねの段階だし、その上対人で撃つのは初挑戦。
だから間違いなく本物には劣るけど……オレ達のスピードで撃てば、不完全版でも威力は十分だ。
ケガさせたくないから……油断しないでくれ」
「………………うん」
ジュンイチの意図に気づき、美由希は静かにうなずい小太刀をかまえる。
ただ技を試すなら、木刀でも十分なはず。それをあえて練習刀を取り出したとなれば、おそらく――抜刀系の技。そう見当をつけて備える。
そして――ジュンイチが地を蹴った。
「御神流、奥義之……えーっと、陸!」
――薙旋(試行)!
放たれた技は美由希の予想通りだった。鞘に収められた段階から素早く繰り出された抜刀を受け止め、続けて放たれたもう1本による追撃もガードする。
軌道は恭也の放つものとほぼ同じ、まさに『見よう見まね』だ。ただ、速度は本家には及ばない(それでもかわしきれないぐらいの速度は十分にあるのだが)、軌道が恭也のものと同一なことも助けとなり、受けることは難しくなかった。
だが――止め切れない。2撃目の衝撃で練習刀の刀身に亀裂が走る。
そして、ジュンイチの力に押され、3撃目が小太刀を粉砕、4撃目が美由希に迫る。
瞬間――美由希の脳内でスイッチが入った。視界から『色』が消え、動きにかかる抵抗がその力を増す。
感覚を加速させ、それに追従する形で身体のリミッターを外す――御神流の奥義『神速』だ。
モノクロの世界の中、自分に迫る練習刀をかわすと後方へ跳んで距離を取る。
そして――世界に『色』が戻った。
「とっ!? とととっ!?」
瞬間的に下がった美由希に間合いを狂わされ、意表を突かれたジュンイチは思わずバランスを崩す。
それでもなんとか踏みとどまろうとするが――差し出した足がもつれた。
そして――
「どわぁぁぁぁぁっ!?」
「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
見事に転がったジュンイチは、美由希をまともに直撃していた。
「……ご、ゴメン……」
「う、ううん、こっちこそ……」
身を起こし、申し訳なさそうに謝るジュンイチに、美由希は眼鏡をチェックしながら答える。
「で……どうだった? オレの薙旋」
「うーん、初挑戦で、しかも練習刀ってこともあったんだろうけど、ちょっと抜刀が遅れ気味かな?
ただ、威力の方は申し分なし。っていうか、ジュンイチくん、パワーは十分あるんだから、今まで通り、抜刀よりも普通に斬撃で戦った方がいいと思うよ。強いて使うなら抜刀済みのバージョンかな――何にせよ、爆天剣はどっちかっていうとブレード系の直刀だし、抜刀系の技にはどうしても不向きだよ」
「やっぱりか……
抜刀術、昔から苦手なんだよなぁ……」
ちょっと厳しめな美由希の評価に、ジュンイチは肩を落としてそうつぶやくと小太刀を鞘に収めた。
だが、落胆したいのはジュンイチだけではない。自分の流派の奥義を簡単に使われた美由希も同様だ。
「だけど、うちの奥義の薙旋を、そんな簡単に使われちゃうとちょっと自信なくすかな……」
「まー、うちはサルマネにも力入れてるから。今みたいに付け焼刃、くらいのモノマネなら即興でできなきゃね。
……それに、白状するなら恭也さんのを見てからコッソリ練習してたし」
苦笑する美由希に答えると、ジュンイチは掃除道具入れに向かい、ホウキを取り出すと砕けた小太刀の破片をはき集める。
「前にも話したと思うけど、うちは相手の技を盗むことにも技術を要求するからさ。
基本的には相手の技を特性も踏まえて見切ったり、いいトコ取りして後々自分の技に取り入れたり、とかそういうためのものなんだけど、戦いの最中でいきなり自分の技マネられれば相手も少なからず面食らうからね。そういう意表を突く戦いにも使える」
言って、ちりとりでゴミを集めてゴミ箱に捨てると、美由希や見物していたなのは達へと向き直り――
「じゃ、そろそろメシにしようか」
すでに、ジュンイチの思考は『お食事モード』に切り替わっていた。
「えー、昨日は二人の歓迎会が瞬く間にどんちゃん騒ぎになってしまったので、お酒で記憶がブッ飛んでいる人も若干名いるようだ。
そこで、この場を借りて、二人には改めて自己紹介してもらおうと思う」
朝食の終わった後、一同を解散させずに留めた高町家にて、恭也は軽くせき払いして話を切り出した。
とりあえず『若干名』――さんざん飲みすぎた挙句に高町家に一泊した忍や彼女と付き合って飲み明かした桃子が今も強烈な二日酔いに敗北している姿が視界に入るが、とりあえず無視して話を進める。
「えっと、『向こうの世界』でのジュンイチくんの仲間の――」
「“獣”のマスター・ランク。青木啓二です」
「橋本崇徳。属性は“影”、ランクは同じくマスター・ランク。
以後、たびたびお世話になりまーっス」
恭也の言葉に、青木と橋本は改めて名乗って一礼する。
そして、彼らにならって名乗るのは二人のプラネルの――
「オレはケイジのプラネルのファントム。よろしく!」
「えっと……ボクは、ヴァイト……タカノリのプラネル、です……」
目の前までトテトテと出てきて自信タップリに名乗るファントムに対して、ヴァイトは橋本の足元に隠れておどおどと怯えながら名乗りを上げる。
「じゃあ、こちらも改めて。
なのはの兄の、恭也です」
対して恭也も彼らに名乗り、各自が一通り自己紹介を済ませる。もっとも、忍と桃子についてはそれどころではないので恭也とノエルが代理を務めたが。
「他にも『事情』を知ってる人達は何人かいるけど、彼らについてはまた改めて、ってことで」
できれば昼間に、と付け加える恭也の言葉に、その意味を察した青木達は思わず苦笑する。昨夜、夜に決行するとどうなるかを体験しただけに、素直に恭也に同意しておきたいのが本音だ。
「すまなかったな、到着早々一晩騒がせて」
「心配要らないよ」
その『昨夜のこと』を改めて謝罪する恭也に、青木は答えた。
「ジュンイチんちで慣れた」
同時刻、柾木家――
「へぶしっ!」
「あれ、ジュンイチさん、風邪?」
「あー、大丈夫よ、なのはちゃん。
ナントカは風邪ひかないって言うでしょ?」
「そのセリフ、そっくり返す」
「どういう意味よ!」
「説明しようか? そりゃもう克明に、且つ証拠付きで」
「ゴメンナサイ私ガ悪ゥゴザイマシタ」
ともあれ、青木達は海鳴に来たばかりということで、本日は海鳴市内の案内をしてもらうことになった。
案内を申し出てくれたのは恭也、晶、レンの3人。そして同行しているのは青木、橋本、クロノ、そしてヴァイト――ファントムは「つまらなそうだから」とあっさり辞退し、高町家にて待機だ。
おとなしく気の弱いヴァイトも当初は怯えて同行を渋っていたものの、結局押し切られてついて来ることになった。今はぬいぐるみのフリをしてレンに抱きかかえられている。
「えっと……ここがウチらの通ってる学校です……」
「師匠達の通う『私立風芽丘』とオレ達の通う『海鳴中央』が一緒になってるんです」
まずやって来たのは晶やレン、美由希達の通う学校である。校門の前で、レンと晶が説明する。
「一緒に……?
合併ですか?」
「ゆくゆくはそうなるらしいけど……」
尋ねるクロノに恭也がそう答えると、
「……あれ?」
それを見つけ、橋本が眉をひそめた。
「猫がいる」
「そりゃいるだろ、屋外なんだから」
「いや、そうじゃなくて……」
答える青木に答え、橋本は校庭の一角を指さし――それを見た青木は思わず吹き出した。
確かに猫はいた。が――それは1匹や2匹どころの話ではない。
文字通り群れていた。少なくとも、学校の校庭で見られる光景ではない。
「な、何だ……?」
思わずうめく青木だが――少なくとも恭也には心当たりがあった。
「もしかして……」
「はーい、みんな、ちゃんと並んで進むのだー」
元気に言って、彼女は猫達を誘導していた。
本来ならば猫に通じるはずのない人間の言葉――しかし、猫達はまるでその言葉を理解しているかのように美緒の指示に従っている。
と――
「やっぱり陣内か」
「ん? この声は……」
突然かけられた声に振り向くと、そこには恭也が青木達を連れて立っていた。
「あ、恭也……」
「こんなところで何を?」
「ん、この子達が那美の学校を見たいって言い出したのだ。
けど、この子達だけだと危ないので、こうしてあたしが引率してきてあげたのだ」
『えっへん』と言わんばかりに胸を張り、彼女は――陣内美緒は恭也の問いにそう答える。そしてそんな彼女に同意するように一斉に猫達が鳴き声を上げる。
どう見ても意思疎通が成り立っているようにしか見えない美緒と猫達――それを見て橋本とヴァイトは思わず顔を見合わせ、つぶやいた。
「こんなトコにもいたよ、動物と会話できる人……」
「うん……」
つぶやく橋本達の言葉に、恭也は思わず彼らに聞き返した。
「『こんなトコに“も”』……?
キミ達の知り合いにもいるのか? 動物と会話できる人が」
「さっきからいるじゃないっスか。目の前に」
答える橋本の言葉に恭也は眉をひそめる。それを見て、橋本は青木に目配せし――青木はうなずいて猫達へと向き直る。
「な、何なのだ? お前」
「まぁ……恭也くんの新しい知り合いってところか。
実際は彼の妹さんつながりだがな」
自分に気づき、尋ねる美緒に答えると青木は猫達に尋ねた。
「お前ら、この辺のノラなのか?」
とたんに、猫達は一斉に鳴き声を返し――青木はうなずいた。
「えっと……そこの三郎くんと、そっちのミケちゃんが飼い猫か。
で、そこの……えっと、白虎……だっけか。お前がそこの嬢ちゃんの住んでる『さざなみ女子寮』に在住、と……」
その言葉に、目を丸くしたのが海鳴在住メンバーである。
「え? な、なんで案内もしてないのにさざなみのこと知ってるんですか?」
「だっても何も……こいつらが教えてくれた。
白虎……だっけか?」
晶に答え、青木が抱き上げたのは、確かに彼が呼んだ通り白虎と名づけられた子猫だった。ちなみに、かつてさざなみ女子寮に出入りしていた猫・小虎の子孫にあたる。
紹介もされていない猫達を正確に見極め、さらにさざなみ女子寮のこと、そして美緒がそこの住人であることを教えられる前から把握して――しかもそれを『猫達から聞いた』と言い切る青木に、一同は思わず視線を交わす。
そんな彼らを見て、ひとり事情を知っている橋本は笑いながら告げた。
「ほら、自己紹介の時にオレ達の属性のこと、話したでしょ?
青木さんの属性は“獣”――わかりやすく言えば、獣使いなんだ。動物と会話するなんてお手の物だよ」
「あー、そういえば……」
橋本の言葉にレンが思わず納得すると、
「ねーねー、何の話なのだ?」
そんな彼らに、美緒が首をかしげて尋ねる。事情を知らないのだから仕方がないのだが――と、そこまで考え、恭也はある可能性に気がついた。
「えっと……
リスティさんから何か聞いてません?」
「この人達のことは何も聞いてないのだ。
なのはちゃんが魔法使いになってたのは聞いたけど」
予感的中。
「……その『なのは絡み』です。彼らは」
「あ、そーなのか?」
ため息まじりに答える恭也に美緒が聞き返すと、橋本が青木に告げた。
「青木さん、ちょっと“能力”見せてあげたら?」
「……そうだな」
うなずくと、青木はコホンと咳払いして告げた。
「集合!」
とたん、美緒の足元の猫達が顔を上げた。一斉に彼の足元に集まってくる。
「整列!」
続けて、青木の言葉に横一列に整列し、
「着席!」
今度は一様にその場に座る。
「気をつけ!」
姿勢を正す。
「はい、ご苦労。
じゃ解散」
その言葉に、ようやく猫達の行動が分かれた。それぞれが思い思いに歩き出し、再び美緒の足元に集まる。
「……今のが、青木さんの“能力”?」
「そう。
言葉に霊力を乗せた“言霊”で動物達と意思疎通したり、命令したりできるんだ。
“言霊”の対象を特定できるから、今みたいに猫達だけに、とか……」
レンに言うと、青木は今度は頭上に手をかざし、
「縦隊、集まれ!」
その言葉に、今度は上空のカラス達が一斉に舞い降りてきて一列に整列する。
「こうやってカラスだけに限定することもできる」
そう言って、カラス達を解散させる青木の言葉に、恭也の脳裏でちょっとした好奇心が浮かんだ。
「……青木さん、ちょっと」
「ん?」
「今の“言霊”、陣内に使ってみてくれませんか?」
その言葉に、レンと晶が『あぁ』と納得するが――当の青木は眉をひそめる。
「っつっても、オレの“言霊”は負属性の生物と人間には効かないぞ」
「いいから、ちょっとだけ」
「んー……」
恭也の言葉に、青木は渋々ながら美緒へと振り向き――あわてたのは美緒だ。
「ま、待て、待つのだ!」
だが、青木はそんな彼女の狼狽に気づきながらも試しに、と告げた。
「着席」
「に゛ゃっ!?」
とたん、美緒の腰が落ちた。ぺたんと尻餅をつく。
「起立」
「に゛ゃに゛ゃっ!?」
今度はすぐさま立ち上がる。
怪訝な顔をする青木だが、すぐに“言霊”が通じるのだとわかり――笑顔で告げた。
「全力ダッシュで校庭10周」
「に゛ゃ〜〜〜〜〜〜っ!?」
まさに全速力でグラウンドへと駆けていく美緒を見送ると、青木は振り向いて恭也に尋ねる。
「……で、どういうこと?」
「戻ってきたら本人から聞かせてもらえばいいんじゃないですか?」
どこか楽しげな青木の問いに、恭也はそう答えて笑みを浮かべた。
美緒の脚力をもってすれば、校庭10周も意外に早く済んだ。疲れきり、息を切らせて戻ってくる。
「つ、疲れたのだ……」
「お疲れさん」
うめく美緒を半分だけ本心で労い、青木は彼女が疾走している間に買ってきてあげたフルーツジュースを手渡す。好みはすでに恭也からリサーチ済みだ。
「すまんな。まさか効くとは思わなかった」
「の割には『校庭10周』の指示はずいぶん楽しそうに下った気がするのだ……」
「気のせいだ」
美緒の言葉をあっさりと両断し、青木は改めて尋ねた。
「あー、ところでお前さんは何者なんだ?
オレの知る限り、“言霊”で操られる人間なんて初めて見るんだけど」
「あぅ……一応は人間だけど、厳密に言うと人間じゃないのだ……」
すでに“言霊”の対象にはなっていない。が、その影響を受ける、ということではすでに普通の人間ではないことはバレている――美緒は観念して青木に答えた。
「えっと……見てもらった方が早いと思うから、見せるのだ……」
言って、美緒は青木と橋本にそれを見せた。
髪の中に隠していた“獣の”耳を、そしてズボンの中に隠していた“尻尾”を――
対して、青木はそれをしばし眺め――自分の知識の中からある単語を引き出した。
「……猫又、か……?」
【猫又】
歳を取って霊力を得た猫系妖怪の総称。
一般的に人間への変化能力を持つこと、尻尾が霊力の強さに応じて分かれているのが特徴で「猫股」とも書く。
先述の通り通常の猫が歳を取って変化するのが一般的な誕生パターンであり、美緒のように先天的に猫又として生まれるケースはきわめてマレである。
「一応、この姿が基本なんだけど……」
「……ま、ウチもたいがい人外が多いから別に気にしないが……」
うなずく美緒の言葉に答え――青木はおもむろにポケットの中から木製のナックルを装着する。
霊木から削り出し、補強した霊拳『拳皇』である。
いきなりそんなものを装着する青木の姿に一同は首をかしげ――気づいた。
何やら橋本の肩が震えている。一体――
と、恭也は思い出した。かつてこれと同じリアクションをした人物のことを。
そして――その恭也の直感は正しかった。
「のぉぉぉぉぉっ! ネコミミぃぃぃぃぃっ!」
「やかましいわ、このネコミミヲタクがぁっ!」
狂喜乱舞する橋本に、すかさず放たれた青木の拳が炸裂した。
「すまん。ウチのバカが迷惑をかけた」
「だ、大丈夫なのだ……」
とりあえず謝罪する青木の言葉に、美緒は少し引き気味になりながらもそう答える。
その恐怖が自分に過剰反応した橋本ではなく、むしろその橋本が黒こげになるまで気弾を叩き込んだ青木に向いているのはこの際内緒である。
「……い、生きてるんですか?」
「生きてれば復活するだろ」
尋ねるレンに青木が答えると――
「通りかかるなりドカドカと……
いったいこれは何の騒ぎなんだい? 恭也」
突然彼らに声をかけ、現れたのはリスティだ。
「リスティさん……?
どうしてここに?」
「ん。耕介から美緒を探してくるように言われてね。
なんか、真雪がオカンムリらしくてね」
「う゛……っ」
恭也に答えるリスティの言葉に、美緒はこっそりときびすを返し――
「待て」
なんとなく逃がしたらいけないかなー、と思った青木は“言霊”で美緒を拘束する。
「……で、陣内が何かしたんですか?」
「あ、アハハ……な、何でもないのだ」
尋ねる恭也に美緒はカラ笑いと共にごまかそうとするが、
「何、美緒が真雪の書きかけの原稿にインクを倒したらしくてね」
「あうぅぅぅぅぅ」
あっさりとリスティに罪状を暴露され、美緒は頭を抱えてうめく。
「とにかく見つかってよかったよ」
「お役に立てて光栄です」
リスティにそう答える。が――恭也はため息をついて彼女に告げた。
「それにしても……どうせその内話すだろうとは思ってましたけど、もう話したんですか? なのはのことを。
できるだけ内密に、って言っておいたじゃないですか」
「いいじゃないか。仲間は多い方がいいだろう?」
彼女に会えてちょうどいい、とばかりに苦情を申し立てる恭也だが、リスティはあっさりとそう答える。
「耕介だって今や立派な退魔師だし、いざって時は薫や那美にも協力を頼める。もっとも、神咲姉妹に関しては今出払ってるけどね」
「え……?
那美さん達、出かけてるんですか?」
「あぁ。
ちょっと遠出の祓いの仕事が入ってね」
尋ねる晶にリスティが答えると、
「あー、ちょっとすまん」
「誰が誰ですって?」
そんな彼らに尋ねるのは海鳴は初めてである青木と橋本(復活)だ。
対して、彼らと初対面なのはリスティも同様だ。首をかしげて恭也に尋ねる。
「誰?」
「あぁ、ジュンイチくんの仲間の青木啓二さんと橋本崇徳くん。
あと、ブイリュウくんと同じプラネルで、橋本くんのパートナーの……」
リスティに答え、恭也は視線を落とすが、肝心のヴァイトはリスティに怯えて橋本の後ろに隠れてしまう。
「うーん……初めて動物に怖がられたね……」
「スンマセン。ヴァイトのヤツ、人見知りが激しいもんで……」
「いや、いいよ。
動物に嫌われてる妹の気持ちがなんとなくわかっただけだから」
謝る橋本に答えると、リスティは改めて名乗った。
「あたしはリスティ・槙原。職業は警察関係の民間協力者、ってところか。
恭也との関係は……そうだね、基本的には翠屋の常連。たまに恭也に仕事を頼んだりするけどね。
さっきの話にあった真雪、耕介、那美と薫はみんなあたしや美緒と同じさざなみ女子寮の住人さ。耕介が管理人をしてるんだ。
……そうだ、今度遊びにおいでよ。宴会でも開いてあげるからさ」
「……飲み会をやる口実が欲しいだけでしょ」
「アハハ、正解」
告げてまたもため息をつく恭也に、リスティは笑いながら平然と答えたのだった。
だが――その『予定』は彼らが予想もしない形で覆ることになる――
「くっ………………!」
行く手の木々を支えに、神咲那美は獣道を下っていた。
簡単な依頼のはずだった。ただ目撃霊が多数寄せられた幽霊の除霊、それだけの仕事のはずだった。
だが、しかし――待ち受けていたのは、彼女達の予想をはるかに上回る存在だった。
「無事で、いて……薫ちゃん、久遠……!」
そこで――彼女の視界は暗転した。
(初版:2006/06/04)