結局、さざなみ寮に向かうことになったのはそれから数日後のことだった。恭也はレン、晶と共に本日の主賓である青木、橋本、クロノの3人とファントム、ヴァイトを連れてさざなみ寮へとやってきた。
「ふーん……交通網、不便なようで結構来やすいんだな」
「それがここの利点ですからね。
なのちゃんもよく遊びに来てますよ」
たどり着いたさざなみ寮を見上げ、つぶやく青木に晶が答えると、
「………………ん?」
ふと、クロノは寮内が妙にあわただしいのに気づいた。
「どないしたんでしょう?」
「さぁな……」
つぶやくレンに橋本が答えると、
「あ、恭也くん!」
中から飛び出してきた体格のいい男性が恭也に気づいた。
このさざなみ寮の管理人、槙原耕介である。
「どうしたんですか?」
尋ねる恭也に、耕介は普段の彼を知る者からすれば信じられないほどの狼狽ぶりで答えた。
「薫が……那美ちゃんと久遠が!」
第14話
「未来を賭けて」
「リスティを通じて警察の方から依頼があって、除霊のために二人が久遠と出かけていって……今朝早く、現場近くの山道で那美ちゃんだけが倒れているのが見つかったんだ……」
海鳴中央病院――正式名称『海鳴大学付属病院』の一室。そこでベッドに横たわる那美の姿を前に、耕介は力なく恭也に語った。
「薫さんときつねは?」
「見つかってない……
問題の霊障に囚われていると思っていいだろうけど……」
尋ねる晶に耕介が答えると、
「……耕介……」
そんな耕介に声をかけ、リスティが病室へと入ってきた。
となりには彼女の妹――この病院の医師でもあるフィリス・矢沢が控えている。
「ごめん、耕介……
あたしが、二人に仕事を持ってきたばかりに……」
「いや……リスティのせいじゃないよ」
謝るリスティに耕介が答えると、
「そうだな。
今は誰が悪いとか言ってる時じゃない」
耕介に答え、青木が彼らの前に歩み出た。
そして、リスティへと向き直り、告げた。
「オレ達がこの事件に出くわしたのも何かの縁だ。
詳しく情報を聞かせてくれ。何かできることがあるかもしれない」
「う、うん……」
「なるほど……
情報はこれで全部か?」
「あぁ。
こっちは通報された幽霊の目撃情報に従って、薫達に依頼を回しただけだから……」
リスティの差し出した書類に目を通し、尋ねる青木にリスティが答える。
確かに、リスティから渡された資料にも民間からの幽霊の目撃情報やそれが原因となって起きた二次災害の交通事故、そしてそれに対する霊能者による確認の情報が載っているのみ。その結果もただの霊障でしかない、ということになっている。
「この程度の依頼なら、薫さんと那美さんと久遠で十分対応できるはずだが……?」
横から資料をのぞき込み、恭也がつぶやくと、
「どっちにしても、常識的な範囲の事件じゃないってことでしょ?
常人はもちろん――能力者にとっても」
言いながら、橋本は視線をベッドの中で意識もなく横たわる那美へと向けた。
彼女から感じる力は、自分達ほどではないものの決して弱いものではない――それに加え、プロの退魔士と妖狐まで同行して敗れた、ということだ。
それが何を意味するか――わからないワケではない。
自然と――口が言葉を紡いだ。
「だったら、オレの出番っスかね」
「え…………?」
思わず疑問の声を上げる恭也に、橋本は答えた。
「言ってなかったっけ。
ホントは仲間内にもうひとりいるんだけど……オレはブレイカーであると同時に――退魔士なんスよ」
そして、橋本はヴァイトを連れ、リスティの案内と耕介の運転するさざなみ寮のセダンで問題の現場へとやってきた。
現場は人気のない峠道だ。すでに警察によって交通規制がされ、道を通る者はいない。
霊障によるものなのか道端の街灯はことごとく破壊され、周囲は闇に包まれている。
「青木さんが喜びそうな道だなぁ……」
走り屋でもある青木のことを思い出し、橋本は周囲を見回してつぶやく。
「えっと……リスティさん、警察の交通規制の範囲は?」
「この場所に続くか続かないかにかかわらず、半径10km圏内だよ」
「つまり、その範囲内がイコール戦闘範囲、か……」
リスティの答えに、橋本はしばし考え、
「……範囲を30kmに広げてもらってください。
実際会ったことはなくても、二人の実力と二人の話からの対比でその薫さんって人の実力はだいたいわかります――その人が妹さんや妖狐と一緒に立ち向かって勝てなかった相手です。最悪巨大目標との戦闘も考えられます」
「あ、あぁ」
住む世界は違っても、薫がそうであるように対魔の戦闘経験では橋本の方がリスティよりも上だ。加えてその指摘が的確であることもあり、さらに今回は薫や久遠の命もかかっている――そのため、いつもは気を許した者以外にはやや生意気ともとれる態度を取るリスティは素直に応じる。
「標的が出たらオレが相手しますから、二人は下がっててください。
けっこう大技使うと思いますから、巻き込みたくないっスから」
気弾銃に気功炸薬弾、そして今は亡き親友から受け継いだ五節棍――装備を点検しながら橋本が言うが、
「いや……オレも戦う」
「耕介さん?」
口を開いた耕介の言葉に、橋本は思わず意外そうな顔を見せた。
だが、そんな橋本にかまわず、耕介は告げる。
「薫ほどじゃないけど……オレだって“神咲”なんだ。
うちの寮生が危険な目にあってるっていうのに……黙って見てなんかいられない」
その耕介の、強烈な決意の込められた視線を前に、橋本はしばし黙り込んでいたが――やがてリスティに告げた。
「リスティさん」
「ん?」
「対魔戦闘の経験は?」
「少なくないけどキミほどじゃない」
「霊体への攻撃手段があれば十分ですよ」
リスティに答え、橋本は告げた。
「義父さん死なせたくなかったら、援護ヨロシク」
「じゃあ、耕介さんとリスティが?」
「はい。
うちの橋本と一緒に現場に向かってます」
事情の説明のために訪れたさざなみ寮で、青木は耕介の従姉妹・槙原愛の問いにそう答えた。
寮生達は一様に不安そうにしている。耕介やリスティが、そして入院している那美や捕らわれている薫や久遠――彼らがどれほど彼女達にとって大きな存在かがよくわかる――青木がそんなことを考えていると、横から恭也が尋ねた。
「けど……ホントによかったんですか?」
「何が?」
「橋本くんひとりにこの霊障を任せて……」
「大丈夫だよ。
っつーか……任せなきゃ退かなかったよ、アイツは」
恭也に答え、青木は告げた。
「アイツ、瘴魔との戦いで親友亡くしてるから……大切な人がいなくなることの辛さは、たぶんジュンイチと同じぐらいわかってる。そして、周りのヤツらにそんな思いをさせたくないって気持ちは――たぶんジュンイチより強い。
だから、アイツはこういう戦いじゃ絶対に譲らない。だけど――その想いがある限り、アイツは最強の死神だ。だから心配する気にはならないね」
そう言うと、青木はクルリときびすを返し、恭也に告げた。
「オレ達は待機だ。
もし、今堕天使が現れたら――対処するのはオレ達だ」
「あ、あぁ……」
「情報だと、問題の霊障はお約束の丑三つ時に発生してるみたいっスね……」
「そうだな」
セダンのボンネットの上に広げた資料を改めて確認し、つぶやく橋本に耕介が答える。
「となれば、後10分弱……そろそろっスね」
言って、橋本は時計へと視線を落とし――ふと気になっていた疑問を耕介に向けた。
「そういえば……耕介さんも退魔士なんスよね?」
「あぁ」
「で、師匠が今回の救出対象で、さざなみ寮のOGの薫さんって人で……
どういう縁でそんなことに?」
「あぁ……
オレがさざなみ寮の管理人になった時、薫はまださざなみ寮にいて……彼女を通じて退魔士のことを知ったのがそもそものきっかけ。
で、その後いろいろあって……オレにも霊力があるってわかって、管理人と退魔士の二束のわらじをはくことになったんだ。
当時は薫も学生だったから、テストの時とかはどうしても仕事をためがちになっちゃってたからね」
橋本に答え、耕介は苦笑し、
「けど、やっぱりまだ仕事は薫や那美ちゃん宛てに来るのがほとんどだね。
業界の人達にとっては、やっぱり“神咲”の名前はトップブランドなんだろうね」
そう言うとと、耕介は愛刀“御架月”を手にしたまま大きく背伸びして、
「やっぱり、オレがもっとがんばらなきゃいけないってことかな。
退魔士・槙原耕介として――胸を張って、薫達と肩を並べて仕事ができるくらいに」
「別に、そういう意味で“神咲”の名指しで仕事が来るワケじゃないと思うけどね」
「けど、オレが未熟ってことは確かだからね」
そんな耕介とリスティのやり取りに、橋本はクスリと笑みをもらした。
「………………?」
「あぁ、他人事じゃないな、って」
眉をひそめるリスティに、橋本はそう言うと笑ってリスティに尋ねた。
「ウチのリーダー、リスティさんは知ってるよね?」
「あぁ、ジュンイチだろう?」
「そ。
アイツ、元々傭兵もやっててさ……ガッコでの対戦じゃオレと互角かどっちかが少し上、ってぐらいなのに、まともな戦闘になるとオレなんかとはぜんぜんレベルが違うんだ。
だから、瘴魔との戦いでも同じマスター・ランクなのにアイツがいつも先陣で……」
つぶやいて、橋本は握り締めた自分の拳に視線を落とした。
「アイツは『その分お前らの負担が減るだろ』とか言って平然としてるけど……やっぱ、ダチだからさ……
オレ達だってアイツの負担、減らしてやりたいから……だからもっと強くなりたいって、そう思ってるんスよ。
ま、アイツの前じゃ絶対言ってなんかやりませんけど」
「素直じゃないな」
「立場的にはライバルっスから」
耕介の言葉に答え、どことなく共感した二人は笑みを交わす。そんな二人を見てリスティはため息をつき――
『――――――』
その表情が瞬時に引き締まった。
「……来た、みたいだな……」
「っスね……」
耕介と橋本がつぶやき、彼らは気配のする方を見た。
そこにはまだ何も見えない。だが――『何か』が確かにそこにいる。
とりあえず気配に動きはないが――突然消えた。
そして――
「――――上っ!」
『――――――っ!?』
突然声を上げた橋本の言葉に、耕介とリスティはとっさにその場から跳躍し――
――ズガァッ!
上方から落下してきた何かが、彼らのいた地点に一撃を叩きつける!
そして、アスファルトを粉砕し、舞い上がる土煙の中、それは姿を現した。
鎧兜をまとった、骸骨――
「――落ち武者系のガシャドクロか」
【ガシャドクロ】
骸骨の姿をしたスケルトン系不死怪物の一種。霊魂が放置された人骨などに憑依して生まれるケースが一般的。
人間サイズのものや多くの霊魂、人骨が集結して誕生する巨大バージョンのもの等様々なタイプがいるとされる。
しばしば夜道を出歩き人々を脅かしたり、時には人を傷つけたりもするが、その一方で供養してくれた見知らぬ人に礼をした、という説話も存在している。
だが、橋本の脳裏には同時に疑問がよぎった。
(霊力はさほどじゃない、か……並の退魔士で十分に排除可能なレベルだな。
こんな程度のヤツにやられるとは思えないけど……)
となると――何か別の要素が考えられる。橋本は油断なくガシャドクロへとかまえ――
「――――――っ!
ヤバい!」
理性よりも本能が危険を告げた。橋本はとっさの判断でリスティと耕介を突き飛ばして自らとの距離を取らせると力場を強化、防御体勢に入り――
――ゴゥッ!
「な………………っ!?」
力場の防御などまるで関係なく――橋本の身体が炎に包まれる!
「橋本くん!」
「念動発火能力か――!?」
それを見て耕介とリスティが声を上げ――
「アツツ……なんとか無事だよ」
その声は炎の渦からやや離れたところからかかった。視線を向けると――そこには服に少々焦げ目をつけられた橋本がしりもちをついていた。
「大丈夫か!?」
「なんとか、ね……
とっさに影分身を作って離脱したけど……まさか、力場を完全に無視されるとは思わなかったな……」
耕介にそう答えながら、橋本は立ち上がると再びガシャドクロと対峙する。
(こっちの力場を問答無用に無視した、か……
オレの力場は防御力重視――空間そのものを断絶することで、対消滅させない限りあらゆる攻撃を無効化する絶対防壁だ。
それを易々と突破した上、力場が中和された手応えもなし。となると、空間を介して“力”を飛ばしたワケじゃない……
何か、別の媒介で“力”を飛ばしてる……)
敵の能力の正体を知るまではうかつな攻撃はできない――橋本は気弾銃“白銀”と“金剛”をかまえ、相手の出方をうかがう。
対して、ガシャドクロもまた刃をかまえ――
「――――――っ!?」
再び危険を察して橋本は跳躍、彼のいた地点に炎が巻き起こり――それが地面を伝って橋本を追尾する!
「く――――っ!」
とっさに橋本は“力”を放ち、自身の影を使った防壁を作り出す。力場でダメなら他の防御手段を試そう、という発想からなのだが――やはり防げない。あっさりと焼き尽くされる。
だが――橋本はふと気づいた。
(炎を受けてからの発火じゃない――“防壁そのものが”発火した!?)
とにかく炎から身を守るべく、とっさに橋本は岩陰に飛び込み――異変は起きた。
突然炎が消失したのだ。
「な、何だ……!?」
何が起きたのか理解できず、戦いを見守る耕介がうめくが――橋本は気づいていた。
攻撃中、ガシャドクロの瞳に生まれていた輝きに――
そこで気づいた。いくら空間を切り離そうと、こちらに届いているものがあることに。
かつ、不可視の力場の場合はさえぎられず、影の防壁の場合はさえぎられるもの――
視線だ。
「そういう、ことかよ……!
耕介さん、リスティさん! ヤツの視界に入っちゃダメだ!」
うめいて、橋本は耕介とリスティにそう告げる。敵の力の正体を見抜いたのだ。
「アイツの能力は、念動発火能力なんて生易しいもんじゃない!
防御も何も関係なく、視認したものを問答無用で燃焼させる、戦闘用炎系邪眼の最高位――“炎魔の魔眼”だ!」
言うと同時、ガシャドクロに向けて牽制の気弾銃を撃つが、ガシャドクロの魔眼は放たれた気弾すら焼く尽くしてしまう。
だが、なぜガシャドクロごときが退魔士を撃退できたのか――これで納得だ。退魔士の使う防壁はほとんどが自身の霊力によって展開する不可視の力場だ。相手があんなもの持ってたのでは、力場による防御は一切通じない。
「ったく、また厄介なもんを!」
少なくとも、自分が隠れている岩は攻撃に持ちこたえているが――敵だって動けるのだ。いつまでもここに隠れてはいられない。
(こうなったら、影を操って――)
とにかく状況を動かすことが必要だ。橋本は“力”を解放し――
「あ」
気づいた。
今は夜中。本日は新月。ガシャドクロの炎はすでに“炎魔の魔眼”によって鎮火。つまり、闇夜であるワケで――
(しまったぁ――っ!
今の状況じゃ濃い影ができないから、強力な影術が使えねぇ!)
明かりにできそうなものを探すが、残念ながら手元には何もない。攻撃によって炎を起こすという手もあるが――“炎魔の魔眼”は戦闘向きの邪眼だということもあり、着火・鎮火が自在というトンデモナイ仕様だ。向こうの火炎攻撃に巻き込まれれば一緒くたに鎮火させられかねない。
「あー、今ほどジュンイチやライカにいてほしいと思ったことないんじゃないか? オレ……」
炎使いのジュンイチや雷光使いのライカがいてくれればまだ何とかなるのだが――いない連中をあてにしてもしょうがない。
「くっそぉ……どうすりゃいいんだよ……」
「大丈夫か? リスティ」
「なんとかね……」
橋本の指示通り岩陰に隠れてガシャドクロの視界から逃れ、尋ねる耕介に別の岩陰に隠れたリスティが答える。
「けど、向こうの視界に入れないっていうのは痛いな……
リスティ、念動でなんとかできないか?」
「透視か遠視で位置をつかんで攻撃する、ってことはできないこともないけど……能力の併用になるから、あまり強い攻撃は……」
「そうか……
せめて、何か目くらましになるものがあれば……」
リスティの答えにうめき――耕介は気づいた。
「――いや、手はある!」
「え――――――?」
――ゴゥッ!
音を立て、顔を出したその目の前が一瞬にして焼き払われる。
「あー、くそっ、やりたい放題しやがって……!」
視線がさえぎられているため直接焼かれることはなくとも、隠れている岩はすでに度重なる攻撃でかなり抉られている――焦りのままにつぶやき、橋本は次に隠れられそうな岩を探す。
と――その瞬間、突然周囲に光があふれた。頭上から強い光に照らし出される。
「何だ!?」
突然のことに橋本が見上げるが、光が強くてその正体を見極めることができない。
が――その疑問に答えたのは、光の向こうから聞こえた声だった。
「橋本、今だ!」
リスティだ。
光の正体はリスティが眼前に生み出した雷光の球体だった。事前に橋本の能力を聞いていた耕介は、リスティの“力”で光を作り出し、橋本の術の媒介となる影を生み出すことを考えついたのだ。
加えて、これだけ強い光では今まで暗闇に慣れていた目では――いや、たとえ昼間であろうと、今の橋本のように光の向こうのリスティを視認することは難しい。“炎魔の魔眼”の攻撃も受けなくてすむ、というワケだ。
「サンキュー、リスティさん!」
ともかくこれで反撃の機会ができた。橋本は素早く呪文を唱える。
―― | 影よ、我が意に従い縛鎖となりて 我らが敵を組み伏せよ! |
「影鎖縛!」
“力”を込めた言葉と共に術が発動、足元の影から作り出された漆黒の鎖がガシャドクロの身体に巻きつき、その動きを封じる。
そして――
「でやぁぁぁぁぁっ!」
素早く間合いを詰めると同時に耕介がサヤに収めたままの“御架月”を一閃、ガシャドクロの顔面を痛打し、その内部に納められていた二つの赤い球体を叩き出す。
“炎魔の魔眼”の媒介だ。
すぐさま媒介を踏み砕き、耕介はガシャドクロへと“御架月”を突きつけ、
「さぁ、薫と久遠のところまで案内してもらおうか」
その言葉に、ガシャドクロは答えない。
「……発声能力はないみたいだな……」
それを見て橋本がつぶやいた、その時――
――ズガァッ!
音を立て、ガシャドクロの身体が粉砕された。そして――
《そこまで、だ》
言って現れたのは、山伏の姿をした男だった。
だが、そこから放たれる気配は明らかに人間のものとは違う――橋本は五節棍をかまえ、つぶやいた。
「……悪天狗か……」
【悪天狗】
天狗の一種。
悟りを開くことができずに死後天狗道へと身を堕とした修行僧達の中でも、悪の心を持っていた者がなる悪の天狗がこの悪天狗である。
主に修行僧達の修行をジャマし、自分達と同じ天狗道へと堕とすことを目的とするが、その邪心に従い他の悪事に走る者も少なからず存在する。
「つまり、お前が今回の黒幕か……」
《ご想像にお任せするよ》
耕介に答え、悪天狗は錫杖をかまえ、
《憎き“神咲”の者を滅ぼすため――我はここに蘇ったのだ。
“神咲”の者を滅ぼすことができるなら、いかなることもしてやろうぞ》
「“神咲”を……?
どういうことだ!?」
“御架月”をかまえ、尋ねる耕介に、悪天狗は眉をひそめた。
《貴様……“神咲”の霊剣を持っていながら、知らぬのか?
その霊剣が、“どうやって作られたのか”》
「――――――っ!」
悪天狗のその言葉に、耕介は思わず息を呑んだ。
かつて薫から聞かされたことがある――“神咲”の振るうものに限らず、この世界の霊剣は人間の魂を封じ込めることで作り出されたという。
時には適正のある者を殺し、その魂を封じ込めるケースもあったらしい。現に今耕介が手にしている霊剣“御架月”に宿る少年、シルヴィは自分が殺された記憶を残していた。
もし、目の前の悪天狗も同じ状況で殺されたのだとしたら――
《気づいたようだな。
貴様の考えている通りだ。私は霊剣封じ込める魂を得るため、“神咲”に殺されたのだ。
だが――結局霊剣に適合することはできず、そのまま除霊されようとしたところをかろうじて逃れることができたのだ。天狗に堕ちることによってな》
だが、そんな耕介に悪天狗は現実を突きつけた。そう言って錫杖を耕介に向ける。
《わかるか? 私は“神咲”どもの勝手な都合で殺され、さらにもう一度殺されようとしたのだ!
その“神咲”に復讐できるのであれば、どんな魔性とも手を組もうぞ!》
「くっ……!」
悪天狗の言葉に、相手の出方を警戒する耕介だったが――
「いいだろう……相手をしてやるよ」
「橋本くん!?」
あっさりと応じた橋本の言葉に、リスティは思わず声を上げる。
「ゴメン、二人とも。
あーゆー手合いはほっとけないタチでね――悪いけど、ここはオレがいかせてもらうよ」
だが、橋本はかまわず懐から五節棍を取り出すと連結し――再構成した。
そして作り上げられたのは漆黒の刃を持つ大鎌。
その発想力から複数の精霊器を作り出せる橋本のバリエーションのひとつ“影天鎌”である。
「当事者のお前が言ってる以上、お前が“神咲”によって理不尽に未来を奪われたのは正しいんだろうな。
けどな――だからって、何やったっていい理由にはならないんだよ!」
橋本が咆哮すると同時――突っ込んできた悪天狗の錫杖を受け止める。
「いくらお前を殺したのが“神咲”でも、今の“神咲”はアンタを殺した“神咲”じゃない。
そんなのただの八つ当たりだ!」
言って、悪天狗を押し返すと、影天鎌の切っ先を突きつけ、
「どれだけ恨みがあろうと、当事者以外を巻き込む権利なんか認められるもんか!
だから、オレはお前を許すワケにはいかない――だからお前をブッ倒す!
お前が失われた未来を賭けて戦うように、お前に捕まってる薫さんや久遠とかいう狐の、そして、このオレの未来を賭けて!」
そして――橋本は高らかに名乗りを上げた。
「退魔一門『影武』正統後継者、橋本崇徳!
いざ尋常に――勝負!」
(初版:2006/06/25)