「当事者のお前が言ってる以上、お前が“神咲”によって理不尽に未来を奪われたのは正しいんだろうな。
けどな――だからって、何やったっていい理由にはならないんだよ!」
橋本が咆哮すると同時――突っ込んできた悪天狗の錫杖を受け止める。
「いくらお前を殺したのが“神咲”でも、今の“神咲”はアンタを殺した“神咲”じゃない。
そんなのただの八つ当たりだ!」
言って、悪天狗を押し返すと、影天鎌の切っ先を突きつけ、
「どれだけ恨みがあろうと、当事者以外を巻き込む権利なんか認められるもんか!
だから、オレはお前を許すワケにはいかない――だからお前をブッ倒す!
お前が失われた未来を賭けて戦うように、お前に捕まってる薫さんや久遠とかいう狐の、そして、このオレの未来を賭けて!」
そして――橋本は高らかに名乗りを上げた。
「退魔一門『影武』正統後継者、橋本崇徳!
いざ尋常に――勝負!」
第15話
「復讐の果てに」
一方、さざなみ寮では――
「………………ん?」
恭也と共に待機していた青木が唐突に顔を上げた。
「どうしたんですか?」
やはり心配だったのか、いつもなら寝入っている時間にもかかわらず懸命に意識を保っていた愛が尋ねるが、青木は真剣な表情で周囲に意識を張り巡らせている。
しばしの沈黙の後――口を開いた。
「……くそっ、やっぱり正確に“力”を読めないな……」
「始まったんですか?」
「ってーかもう始まってけっこう経ってるみたいだ。
ただでさえ距離が遠いせいで漠然としか読めないのに、なんかこの辺の霊力場がやけに強いおかげでますます感覚にモヤがかかってやがる」
尋ねる恭也に答えるが――その口調に橋本の身を案じる様子はまったく見られない。
その様子を見て、恭也は確信していた。
絶対に、橋本は負けないと――
《ほざくな、小僧が!》
橋本の名乗りに言い返すと同時、悪天狗が錫杖で突きを繰り出し――突如、それが無数に分裂、いや、『分身』する!
悪天狗の持つ“力”が凝縮され、無数の棍のコピーを作り出したのだ。
「な――――――っ!」
「橋本くん!」
予想外の攻撃に耕介とリスティの反応が遅れ――無数に増えた錫杖はそのすべてが橋本に叩きつけられた。
《フンッ、他愛もない……
大口を叩いておいて、結局はこの程度か》
攻撃の衝撃で土煙が舞い上がる中、悪天狗が言い――
「そのセリフ、そっくり返すぜ」
そう告げながら、橋本は煙の中からその姿を現した。
その身に純白に染め抜かれた鎧――自身の装重甲“シャドー・ターミネーター”を装着、目の前へとかざした手の先に防壁を展開して。
《無傷、だと……!?》
「当たり前だよ。マスター・ランクをなめるなっつーの。
オレの絶対防壁はとびきり頑丈でね。正反対の特性を持つエネルギーで対消滅させるか、結界破壊効果を持つ術で対応する以外に破る手段はない。
その絶対防壁と同じ、オレの精霊力で作られたこの“シャドー・ターミネーター”がある限り――その程度の攻撃じゃ、お前はオレに傷ひとつつけることはできないよ。
“炎魔の魔眼”、ガシャドクロにくれてやるよりアンタが持っておくべきだったな」
うめく悪天狗に答え、橋本は影天鎌をかまえ、
「けど、さ……少々ムカついたかな。
『攻撃の分身』なんてしやがってさ」
告げる一方で、影天鎌の刃が橋本の“力”によって輝きを生む。
「そいつは、オレの兄貴分が唯一認めたライバルの専売特許だ。
ジュンイチなら『技に著作権はない』とか言って笑って済ませるところだけど……あいにくオレはそんなに寛大じゃないんだ!」
そして、影天鎌を振りかぶりつつ跳躍、一気に悪天狗との間合いを詰め、
「恨みに負けて人間やめた分際で――しかも似た技を知ってるオレに、そんな攻撃で勝てると思うな!」
重量に任せて振り下ろした影天鎌を悪天狗は後方に跳躍して回避、叩きつけられた一撃が大地を砕く。
だが、橋本もこの一撃で済ませるつもりはなかった。素早く影天鎌の刃を消し、別形態“影天棍”へと切り替えて追撃の突きを放つ。
とはいえすでに距離を取られていた。悪天狗はその攻撃を難なくさばくと橋本の動きを警戒しつつ体勢を立て直す。
対して、橋本は動じることもムキになって追撃することもなく、平然と影天棍を影天鎌へと戻す――どうやら今のがさばかれるのは予想のうちだったらしい。
戦いが仕切り直され、二人は油断なく相手の出方をうかがう。戦いを見守る耕介達が手出しすることもできない緊迫した空気がしばし辺りを支配する。
――動きは瞬時に訪れた。
ダンッ!――と足が大地を叩く音が同時に響き、二人の距離が一瞬で0になり、互いの獲物が激突する。
普通に考えれば、お互いに長物の武器ではあるが、巨大な刃を持つ橋本の影天鎌の方が重量があり、取り回しには難がある。この激突、長引けが橋本が不利だろう。だが――
「――甘いっ!」
橋本の影天鎌はただの大鎌ではない。両端に装備されている、加速用の全方位可動型・小型推進器――それらを巧みに駆使して素早く影天鎌を取り回し、重量と併せて悪天狗の錫杖を弾き飛ばす。
「す、すごい……!」
それは、戦いを見守る耕介から見てもまさに神業的な攻防だった。ただでさえ重量に振り回されがちな大鎌――しかも通常のそれとは違い、両端に推進器を備えている影天鎌の遠心力はただの大鎌のそれをはるかに上回る。
その上『小柄な体格』というハンデがあるはずなのに、橋本はその加速と重量に振り回されることなく、見事に影天鎌を使いこなしている。
「こちとら、長物の扱いでポカするワケにはいかないんだよ!
なんせ、媒介が人ひとりの形見なんでね!」
この精霊器の元となった、多節棍の本来の持ち主――すでに亡き親友のことを思い出しながら、橋本は刃側の推進器を棍の向きに対してまっすぐに噴射、石突で悪天狗へと加速を加えた突きをみまう。
「どうした――それで終わりか?」
頭上でブンブンと振り回した上で悪天狗へと影天鎌をかまえ、橋本は静かに告げるが、
《そんなワケ……なかろうが!》
言いながら、悪天狗は自らの錫杖を支えに立ち上がり、
《だが、私も自らの目的のためには負けられぬ。
我が魂を現世につなぎとめるほどの、この“神咲”への憎しみを晴らさぬ限り、私は負けるワケにはいかんのだ!》
「あー、しつこいなぁ、もう……」
意地になって声を張り上げる悪天狗に、橋本は呆れてため息をつく。
「けど、現実問題、今さらどうするんだよ? そっちはもうボロボロじゃんか」
《なめてくれるな……!
たとえ私自身はボロボロでも、戦う術ならある!》
そう悪天狗が告げた瞬間――周囲の空気が一瞬にして変わった。温度を失い、肌を刺すような悪寒へと変わる。
「これは……!」
「……霊気――いや、妖気か……!?」
その様子を感じ取り、疑問の声を上げるリスティのとなりで耕介がうめき――気づいた。
周囲の地面がうごめいている。一体何が――
状況が呑み込めず、戸惑う彼らを前に、悪天狗は告げた。
《ひとつ、いいことを教えてやろう。
ここはな……かつて古戦場だったのだよ》
「――――――っ!」
その言葉に、橋本は悟った。
(無詠唱・チャージ式の――反魂術か!)
とっさに阻止しようとする橋本だっだが、遅かった。術が完成し、周囲の地面から次々にガシャドクロが出現する。
「こいつ――往生際が悪いっ!」
うめいて、手近なガシャドクロを“御架月”で粉砕する耕介だったが、
《まだまだ……こんなものは序の口よ!》
悪天狗が叫ぶと同時、彼の周囲のガシャドクロ達が次々に寄り集まっていく。
「何を……!?」
敵の意図が読めず、つぶやくリスティだったが、
「ガシャドクロに関する伝承はいくつかあるけど……中には家よりも巨大なものが現れたこともあるらしい」
うめくように、橋本がその疑問に答えた。
「そこで疑問がひとつ。
そんな巨大な人骨があるワケがない――なら、その人骨はどうやってできたのか?
その答えが――あれだ」
そして――自分達の骨を分解、再構成し、より巨大な姿に合体したガシャドクロがその頭蓋に悪天狗を取り込み、彼らの前に降り立った。
「な、なんてデカさだ!
軽く30メートルはあるぞ!」
「へっ、だったらちょうどいい!」
驚く耕介のとなりで、橋本はそう言いながら振り向き、
「ヴァイト!」
「う、うん!」
名前を呼ばれる――ただそれだけで、ヴァイトは橋本の意図を正確に汲み取っていた。自らの“力”を解き放ち、叫ぶ。
「オープン、ザ、ゲート!」
同時、彼の“力”で空中に時空を超えたゲートが形成され、その中からそれは姿を現した。
神話に登場するグリフォンをモチーフにした、橋本とヴァイトのブレイカービースト――シャドーグリフォンが。
そして、橋本は耕介とリスティへと向き直り、尋ねた。
「お二人の選択肢は二つ。
ひとつ。別行動で薫さん達を探す。
でもってもうひとつは――コイツに乗ってあのバカをノして、薫さん達の居場所を吐かせる」
その問いに、耕介はしばし考え――決めた。
「リスティは薫達の捜索を。オレがするよりずっといい」
そして、ガシャドクロへと視線を向け、
「オレは――橋本くんとアイツを倒す」
「エヴォリューション、ブレイク!
シャドー、ブレイカー!」
橋本が叫び、シャドーグリフォンが飛翔する。
そして、その後ろ足が折りたたまれるように収納され、後ろ半身全体が後方へスライド、左右に分かれるとつま先が起き上がり、人型の下半身となる。
続いて、両前足をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、獣としてのつま先と入れ替わるように拳が現れ、力強く握りしめる。
頭部が胸側に倒れ胸アーマーになり、ボディ内部から新たな頭部が飛び出すと人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
最後にアンテナホーンが展開、額のくぼみに奥からBブレインがせり出してくる。
「シャドー、ユナイト!」
橋本が叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが輝く。
「影獣合身! シャドー、ブレイカァァァァァッ!」
そして、合身を完了したシャドーブレイカーはガシャドクロと対峙し、橋本の動きに合わせて生み出したシャドーサイズをかまえる。
「さて、オレはどうすればいい?」
「基本的には霊力でのサポートを頼みたいんだけど……しばらくは様子見てて。
シャドーブレイカーとしてのオレの戦い方を知らないままじゃ、援護もままならないでしょ?」
コックピットに座る耕介にそう答え、橋本は静かに重心を落とす。
「できれば、小手調べのうちに決着がついてくれることを祈るけど、ね!」
言うと同時、橋本はシャドーサイズを振りかぶり――
「どっ、せぇいっ!」
投げた。戦闘開始と同時、自らの武器をいきなり手放したのだ。
《何っ!?》
これには同乗している耕介だけではなく、対峙している悪天狗も度肝を抜かれたようだ。彼の命令を受け、ガシャドクロはあわててシャドーサイズをかわし――
「トロいんだよ!」
すでに橋本は次の行動に移っていた。両肩アーマーに装備された収束ビーム砲“シャドースマッシャー”でガシャドクロの足元を爆砕、バランスを崩したガシャドクロを蹴り飛ばす。
連撃と破壊力――それぞれの手段で相手の反撃を許さない力押しを好むジュンイチや青木と違い、橋本のスタイルは自身の武装をフル回転させての搦め手を好んで使う『搦め手使い』だ。十分な火力を持つシャドーブレイカーを得たとはいえ、やはりそれ以前の攻撃力不足を補う形での戦闘スタイルが身体に染み付いているのだろう。
そして――橋本はまだ止まらなかった。素早く跳躍し後退、背中のパーツを分離させる。
遠隔操作によって全方位からの攻撃を可能とする、橋本のスタイルを最大限に発揮させてくれる高機動兵装ポッド“シャドー・サーヴァント”である。飛翔速度や数、攻撃の精密性ではジュンイチのフェザーファンネルに譲るが、威力と弾速、そして有効射程距離はこちらの方がはるかに勝る。
シャドーブレイカーの背後から射出されたそれにガシャドクロが戸惑い――橋本はそれを逃さなかった。すかさず腰にマウントされていたハンドビームガン“シャドーベレッタ”でガシャドクロの両肩を狙い、鎖骨を正確に撃ち抜く。
相手はアンデット、どうせ再生するだろうが――少なくともこれで再生するまでは両腕は使えない。シャドーサーヴァントから放たれるビームで追い討ちをかけつつ、橋本は跳躍、一気にその場を離れる。
目的は――先ほど投げ飛ばしたシャドーサイズだ。
「やっぱ、とどめにはこれがないとね!」
言いながらシャドーサイズを引き抜き、橋本は耕介に尋ねる。
「大鎌は使える?」
「せいぜい使えて鎖鎌。
レンちゃんが持ってるのを借りて使ってみたけど、武器としての鎌はそれくらいしか経験ないよ」
「つまり使えないワケね。
使えるんならサポート頼もうかと思ったんだけど……」
つぶやき、橋本はシャドーサーヴァントを回収すると右手でシャドーベレッタを、左手でシャドーサイズをかまえ、
「けど、斬撃のタイミングくらいはわかるよね?」
「変則的な振り方さえしないでくれれば」
「OK。
じゃ、タイミング合わせて霊力の上乗せよろしく!」
答えると同時、橋本はシャドーベレッタを連射しつつ突撃、間合いに入ると同時にシャドーサイズを振るう。
対して、悪天狗は再生したガシャドクロの腕でガードする――が、それこそが橋本の狙いだった。耕介の霊力を上乗せされ、破壊力の増したシャドーサイズの一撃は、難なくガシャドクロの両腕を粉砕する。
だが、悪天狗も負けてはいない。両腕を失いながらもガシャドクロに蹴りを出させ、追撃を狙った橋本の足を止める。
「禍物の意地、ここにありってか……!」
うめいて、橋本は体勢を立て直して着地し、
「けど――相手が悪かったな!」
すでに橋本はシャドーサーヴァントを射出していた。放たれたビームがガシャドクロの両足を粉砕、その巨体を大地へと沈める。
「足封じ、完了!
そんじゃ、とどめといこうか!」
咆哮し、橋本はシャドーサイズをかまえ――耕介は気づいた。
ガシャドクロの頭蓋、目の奥に見える悪天狗の姿――その口元に、確かな笑みが浮かんだことに。
「――橋本くん、待って!」
「え――――――っ!?」
耕介の言葉に橋本は思わず動きを止め――そんな彼らを突然の衝撃が襲った。
突如飛来した何かが、シャドーブレイカーを後ろから弾き飛ばしたのだ。
「何だ――!?」
突然のことに戸惑いながらも橋本はその正体を探り――それは再び飛来した。
ガシャドクロと同じ、巨大な骨で作り出された鋭利なブーメランだ。
その正体はおそらく――
「破壊したガシャドクロの手足か……!?」
うめいて、橋本はブーメランを弾くが、ブーメランは宙に弧を描き、再びシャドーブレイカーに襲いかかる。おそらく悪天狗がコントロールしているのだろう。
そうしている間にも、ガシャドクロ本体は再び呼び出した眷属を取り込んで四肢を再生。再び立ち上がるとシャドーブレイカーへと刃を向ける。
「前はガシャドクロ、後ろはブーメランか……!」
舌打ちし、ガシャドクロの刃を弾く橋本にブーメランが襲いかかり――!
その瞬間、ブーメランは轟音と共に弾かれた。
そして――
「覚えたての防御術だったのに……
ブレイカーロボの増幅力ってトンデモナイな……」
本人にも想像以上の防御力だった――術を使った自らの両手を見つめ、耕介は呆然とつぶやいた。
「耕介さん、ナイスアシスト!」
言って、橋本は影天鎌でブーメランを粉砕し――
「――でもって!」
そのまま跳躍、返す一撃で間合いを詰めたガシャドクロの両足を粉砕する!
「今度こそ――詰みだ!」
「シャドーサイズ――解放!」
橋本がシャドーサイズをかまえて叫び――それを受け、シャドーサイズが内包していた精霊力を解放、シャドーブレイカーの周囲で渦を巻く。
そのエネルギーを右手に集め、橋本はシャドーサイズの刃に右手を沿わせ、エネルギーを刃に込める。
そして、橋本はシャドーサイズを大きく振りかぶり、
「影閃、炸裂!
シャドー、ヴォーテックス!」
渾身の力を込めて投げつけたシャドーサイズが、ガシャドクロへと突っ込んでいき――高速で回転するその刃が、ガシャドクロの身体を縦一文字に両断する!
そして、ブーメランのように戻ってきたシャドーサイズを橋本がキャッチし、その切り口に“封魔の印”が現れ――ガシャドクロの身体は大爆発を起こし、消滅した。
そして、橋本は荒れ狂う爆煙の中でゆっくりと爆発に背を向け、勝ち鬨の声を上げる。
「爆裂、究極! シャドー、ブレイカァァァァァッ!」
「安心しろ、殺しゃしない。
アンタには薫さん達の居場所を教えてもらわないといけないからな」
あの大爆発の中、悪天狗は無事だった。橋本はガシャドクロの頭蓋の中の悪天狗の位置を正確に把握し、そこを斬り落として爆発からやり過ごさせていたのだ。
だが、悪天狗は橋本に影天鎌を突きつけられても不敵な態度を崩すことはなかった。
《甘いな。
オレが憎き“神咲”を生かしておくとでも思っているのか?》
「それじゃあ……!?」
その言葉に、思わず声を上げるヴァイトだったが、
「それはないな」
あっさりと否定したしたその声は、橋本のものでも耕介のものでも、ヴァイトのものでもなかった。
「青木、さん……?」
「終わった頃だと思ってな、街は恭也くん達に任せて様子を見に来た」
橋本に答えると、現れた青木は悪天狗に告げた。
「お前には殺せないよ。
お前の復讐は耕介さん達だけに向いてるものじゃない――“神咲”すべてに向けられているものだ。
ここまでお膳立てを整えていたお前だ――“神咲”の連中をおびき寄せる格好の人質を、そう簡単に手放すとは思えない」
その言葉に、悪天狗は答えず――それがどんな言葉よりも雄弁に真実を告げていた。
だが――その口から放たれたのは肯定の言葉ではなかった。
「……なぜ、断言できる?」
その疑問の声に、青木は答える。
「……知り合いにもいるからな。
大切なものを失って、復讐鬼になって――取り返しのつかない非道に走ったことのあるヤツがな。
おかげでだいたいわかるんだよ。そいつならどうしたか――そう考えることで、復讐鬼の思考ってのはだいたい読める」
言って、青木は軽く肩をすくめてみせる。
「そいつは徹底的に“仇”を追った。
手がかりを見つけた先を徹底的に破壊した。ジャマするものを薙ぎ払い、ただ居合わせただけの命でも容赦なく焼き払った。
頭が冷えた時にはもう手遅れだった――そいつはすでに、数え切れないほどの罪を背負っていた。
だが――」
そこで息をつき、青木は改めて告げた。
「それでも、そいつは戻ってきた。
自分の罪を受け入れて、全部抱えて、それでも前に進もうとしてる――自分と同じヤツを出さないために、自分と同じ目にあうヤツを出さない世界を目指して、傷だらけになりながら、その身に新しく罪を刻んででも、みんなのためにがんばってる。
さて、そんなヤツがいるのに対して――お前さんは何を抱えてる?」
静かに尋ねる青木の言葉に、悪天狗は橋本へと視線を向け――ただ一言だけ、告げた。
《私の――負けだ》
悪天狗の証言によって、薫と久遠は山中の廃寺に張られた結界に閉じ込められているのを無事発見された。薫はともかく久遠は普通の病院には搬送できないため、退魔士業界御用達の病院へと運ばれることになった。
「やれやれ、これで一件落着か」
薫達の発見を知らされ駆けつけた真雪や恭也と合流した耕介は、運ばれていく薫達を見送りながら安堵のため息をついた。
彼女達には愛が付き添うことになっている。少なくとも心配はないだろう。
そして、橋本は背後へと振り向き――そこにいた悪天狗へと向き直った。
「で、どうする?
もう、“神咲”に復讐するつもりはないんだろ? 成仏するなら止めないし、現世に残るっていうなら、留めてやる手段がないワケじゃないけど」
その問いに対する答えはあっさりと返ってきた。
《消えるさ。冥府にな。
“神咲”への復讐が潰えた以上、こちらにいる理由はない》
「あ、そ」
橋本の答えもあっさりしていた。突き放すでも気遣うでもない。ただ彼の決断をありのままに受け入れていた。
むやみやたらと除霊するのではなく、あくまで霊本人(?)の意思を尊重するのが橋本の退魔士としてのスタイルだ。ジュンイチの『事情』と同様に、橋本のそんな考え方にも理解がある青木は何も言わない。
そんな橋本から視線を外すと、悪天狗は一同を見渡し、告げる。
《当時の“神咲”にも、貴様らのようなヤツがいればよかったのだがな》
だが、耕介は苦笑まじりに悪天狗に答えた。
「当時にオレ達がいても、きっと止められなかったよ。
オレだけがいてもしょうがない――オレの周りに、さざなみのみんながいてくれたから、今のオレがあるんだ
そして――それはきっと、他のみんなも変わらない」
そうだ。もしも何かの運命のイタズラでさざなみ寮に来ることがなかったら、自分はずっと実家のレストランで働くだけの人生を送っていただろう。
自分の霊力の存在に気づくこともなく、大切な『家族』に出会うこともなくただ漫然と人生を過ごしていったに違いない。
今ここに自分がこうしていられるのは、まぎれもなくさざなみ寮で共に暮らしてきたみんながいたからこそなのだ。寮生達のいない、そんな『if』の人生など、もはや耕介には考えられなかった。
そして――それは橋本や青木も同じはずだ。
そんな耕介の答えに、悪天狗は笑って、
《……そうか。
ならば、もし転生があるなら、次は貴様の寮の住人になるのも悪くない》
「残念。うちは女子寮だよ」
耕介の言葉に悪天狗は大笑いし――その身体が光の粒になって四散していく。
成仏の兆候だ。
《では、な。
縁があったら来世で会おう》
「少なくとも冥府で会わないようには努力しとく」
消えてゆくその姿に耕介が答え、悪天狗は完全に消滅した。
そんなやり取りを見ながら、橋本はリスティに告げた。
「あのさぁ、リスティさん……」
「ん?」
「いい義父さんを持ったね」
「そうだね……
自慢の父親だよ」
それで終われば、『いい話』で終わったのかもしれないが――
「さて、涙の別れはそこまでにして――」
そう告げると同時、耕介と橋本は思わず姿勢を正した。
いや――真雪の本心が容易に想像がつく以上、正さざるを得なかった。
「そこの二人は、あたしの車をどうしてくれるつもりかな?」
「あー、えっと……」
「それはまぁ、それなりに……」
真雪にそう答えると、二人はクルリと振り向き――ガシャドクロの炎によるものだろう。すすで真っ黒に汚れてしまった彼女のセダンへと視線を向ける。
直撃がなかったおかげで車の機能そのものに支障はないが、吹き飛ばされた小石がいくつも命中しており、ボンネットも傷だらけ――かなり貧相な姿に落ちぶれている。
「えっと、一応、オレ達で綺麗にしますから……」
「いーや。それじゃ車の被害は補償されてもあたしの精神的被害の補償がされてない」
一応妥協案を提示する耕介だが、すっかり機嫌を損ねてしまっている真雪には通じない。あっさりと理不尽な理屈でカウンターを放ってくる。
「お前ら……しばらく下僕決定な。
ぼーず。こっちに泊り込んでもいいからしっかり奉仕するように」
「ハハハ、災難だな、二人とも」
真雪の言葉に肩を落とす耕介と橋本を見て、青木は苦笑まじりに告げる。が――
「何言ってんだ。
連帯責任だ。アンタも一緒だよ」
「えぇっ!?」
サラリと告げる真雪の言葉に、青木は思わず声を上げる。
「だ、だってオレは今回待機で何も――」
「青木くん、ストップ、ストップ」
反論しようとする青木だが、そんな彼を耕介が制止する。
「今の真雪さんに何言ったって通じないよ。
ヘタに逆らえば武力で『鎮圧』されるよ」
「ち――――――っ!?」
耕介の言葉に息を呑むが――今の真雪の怒気を考えれば、それが大げさな表現ではないことはよくわかる。
「………………しっかり、働かせていただきます……」
結局、彼らに拒否権など存在しない――すっかり肩を落として告げる青木や、彼に同情する耕介達を見て――恭也はただ、苦笑するしかなかった。
「失敗、か……」
トレースしていた“力”が消えたのを確認し、ベヒーモスはつぶやいた。
「そこそこ戦えていたようだが……詰めが甘かったな。
せっかくくれてやった“炎魔の魔眼”もムダ使いしおって……」
そう――あの悪天狗に“炎魔の魔眼”を与え、けしかけたのは他ならぬベヒーモスだったのだ。
「とはいえ、なかなか有効な作戦のようだ……
アバドンもモレクも、ジュエルシード探索で作戦には使えんし、当面はこの手で攻めてやるか」
つぶやき――ベヒーモスは静かに立ち上がり、アジトから一望できる海鳴の夜景を眺めた。
そして、自分自身に対して再確認するかのように、これからの方針を口にした。
「この街に散らばったジュエルシード――それを探すには時空管理局とその協力者達は最大の障害。
放っておいてやるつもりなどない――その力、徹底的に削がせてもらうぞ」
(初版:2006/07/09)