「へ?」
エイミィに回線をつないでもらい、電話越しではあったが高町家に近況報告をした、その際に――ジュンイチは晶からその話を聞かされ、思わず目を丸くした。
「じゃ、お前らんトコに厄介になってるワケじゃないのか? 青木ちゃん達」
〈はい。さざなみ寮の、仁村真雪さんって人に興味を持たれちゃったらしくって……
しかもその際に弱みまで握られちゃったせいで、下働きとして拉致されちゃいました〉
「お前が『拉致』なんて単語使う以上、ホントに拉致なんだろーなぁ……」
ふと、そんな見当違いの感想をもらす。
「けど、そーゆーの、青木ちゃん、抵抗したんじゃない?
女の子の扱いは別として、男女の交際に関してはけっこう古き良き感性の持ち主だから、女子寮に住み込みってのは青木ちゃんとしては嫌がると思うんだけど……」
〈強制収用されました〉
「さいですか。
ま、恭也さんが黙認したんなら、大丈夫ってコトだろ」
晶の言葉にあっさりと仲間を見捨て、ジュンイチがそう答えるが、
〈あー、それなんですけど……〉
若干言いにくそうに、晶が告げた。
〈そのためには後ひとつ、越えなきゃいけないハードルが……〉
「イヤなのだ!」
青木達をさざなみ寮に住まわせる――耕介からその決定を聞かされたとたん、美緒は全力で拒絶の意思を表明した。
「なんで男なんか住まわせるのさ! 男は耕介だけで十分なのだ!」
「そんなこと言われてもなぁ……」
美緒の抗議の声に、耕介はため息をつき、耳打ちするように告げる。
「とりあえず、真雪さんの怒りが収まって、二人が解放されるまでくらいは……」
「そんなの二人が悪いのだ! アタシがイヤなものはイヤなのだ!」
耕介の説得にも応じない。美緒は二人を――というよりは青木を指さし、
「アイツ、動物操れるからって、アタシで遊んだんだから!」
「あー、あのガッコでのことか」
美緒の言葉に、青木は彼女の言っているのが何を指しているのかを思い出した。
「何したんですか?」
「いや、恭也くんに、彼女に“言霊”を試してみるよう言われてな……」
尋ねる耕介に、青木はその時のことを思い出し、
「とりあえず学校にいたんで、『グラウンド10周』を命じてみた」
「『全力疾走で』が抜けてるのだ!」
青木に言い放ち、美緒は再び青木を指さし、
「とにかく! そんな人を好き勝手できるようなヤツと一緒なんてイヤなのだ!」
「あ、美緒ちゃん!」
愛が制止の声を上げるが、美緒はかまわずリビングを飛び出していってしまった。
「………………
……どうする?」
「って、追うしかないでしょ」
誰にともなく尋ねる耕介に答え、青木は頭をかきながら、
「とりあえずオレが追いますよ。
彼女の反対の主な原因はオレみたいだし」
そう言ってリビングを出て行く青木を見送り――橋本とヴァイト、そしてファントムはつぶやいた。
「まずモメるね」
「同感」
「モメる方に小遣い全部」
第16話
「海鳴1周追いかけっこレース」
「おーい、陣内!」
すぐに発見した。裏山の木の上にいた美緒に、青木は地上から声をかけた。
が、美緒はその声を聞くなりその場から別の木の枝の上へと飛び移ってしまう。
やはり拒絶反応が激しい――ため息をつき、青木はなおも説得を試みた。
「いくらイヤだからって、腹立てて飛び出しても何の解決にもならんだろうが。
だからとっとと戻れ。オレのところじゃなくていいから」
「お前がウチに住まないって言うなら!」
「オレだって拒否したいわっ!」
キッパリと答える美緒に、青木もまた声を荒らげて反論する。
「これ以上ゴネると力ずくで連れ戻すぞ! それでもいいのか!?」
「やれるものならやってみるのだ!」
「上等だ、お前……!」
美緒の言葉に、青木はムキになって“言霊”を使――おうとしたが、ふと思いとどまった。
考えてみれば、美緒は“言霊”で操られたことに腹を立てて飛び出してしまったのだ。ならばここで“言霊”を使って拘束してもまた同じことの繰り返しだ。
彼女に納得させるには、あくまで“言霊”以外の方法によって捕獲しなければ――
「……いいだろう。
そこまで言うんなら、とっ捕まえてやる。お前に“言霊”を一切使わずにな!」
「そんなことできるワケないのだ!
とっととあきらめて帰るのだ!」
青木にそう告げると、美緒はそのまま森の奥へと消えていった。
「なめるなよ、ガキが……」
だが、青木には自信があった。
「オレの能力、忘れてると見える」
「へへん、この山であたしに追いつけるワケがないのだ!」
山道を走りながら、美緒は自信タップリに断言した。
この国守山は自分のテリトリー。幼い頃からこの山を駆け回ってきた自分の方が地の利では圧倒的に勝っている。追いつけるワケがない。
――はずだった。
「まだここにいたのか?」
「――――――っ!?」
あっさりと後ろからかけられた声に、美緒はあわてて振り向き――そこに、木の上を跳び移りながら自分の後を追っている青木の姿を発見した。
「な、何で!? どうして!?」
「まるで追いつけるワケがないとでも思ってたような口ぶりだな」
驚く美緒に答え、青木はニヤリと笑みを浮かべ、
「オレの能力は“言霊”だけじゃない――あらゆる動物の能力を身体の任意の場所にトレースさせることができる。
こんな山、サルの能力を四肢にトレースすればなんてこたぁない。道なら地元の動物達から聞けばいいしな」
「は、反則なのだぁっ!」
「残念ながら禁止事項として宣言したのはお前への“言霊”の使用だけだ」
思わず叫ぶ美緒だが、青木は平然とそう答える。
だが、美緒にしてみればそれどころではない。この状況は彼女にとってはかなりマズい――絶対の自信を持っていた縄張りの中で追いつかれたのだ。力の差は歴然だ。
「――だったら!」
となれば戦法を変えるしかない。美緒は進路を変え、街へと下るコースをとった。
「なんとか、撒いたかな……?」
路地裏から表通りの様子を伺い、美緒は小声でつぶやいた。
街中なら、さっきみたいに木の上から追いかけることはできない。純粋にスピードと地の利の勝負に持ち込める。
……まぁ、地の利はさっきいきなり挽回された気もするが、少なくともスピードで勝る自分なら青木から逃げられるだろう。
しかし――
「街に逃げ込んでスピード勝負、か……
少しは考えたみたいだけど――」
「――――――っ!?」
その声に驚き、振り向くとそこには先ほどと同じように青木の姿が。
「こんなところでコソコソしてたら、『追いついてくれ』って言ってるようなものだぞ」
そう告げる青木だったが――
「出たのだぁぁぁぁぁっ!」
美緒は聞いてはいなかった。全力疾走でその場から逃げ去っていく。
ポツン、と取り残され――青木はつぶやいた。
「オバケか? オレぁ」
「疲れたのだぁ……」
「それでどうしてウチに来る?」
そのまま翠屋に逃げ込み、テーブルに突っ伏し、うめく美緒の言葉に、恭也はため息まじりにそう尋ねる。
すでに耕介から電話で連絡を受け、だいたいの事情は把握している。
「確かに、知人のところなんて、普通なら真っ先に探して回ると思うけど……」
彼女に水とおしぼりを差し出し、クロノも同意するが、気を取り直した美緒は自信タップリに胸を張り、
「あたしだってアイツがバカじゃないのはわかるのだ。きっと同じコト考えてるはずなのだ。
だから、あたしが真っ先に探されるはずの『知り合いのところ』になんか行くワケないと思って、今頃は見当違いのところをアチコチ探してるはずなのだ♪」
裏をかいた――確信の元に告げる美緒だが、
「それをさらに読まれる、ってどーして思いつかんかね、この娘さんは」
「わぁぁぁぁぁっ!?」
かけられた青木の言葉に、美緒はテーブルをひっくり返して飛びのいた。跳ね飛ばされたコップとおしぼりはクロノと恭也によってキャッチされる。
「ここも見つかったのだぁぁぁぁぁっ!」
全力で逃げていく美緒を見送り、『さて』と青木がその後を追おうとした、その時――
「タネ明かしくらい、してあげてもいいんじゃないですか?」
そう尋ねるのはクロノだ。
「彼女の“力”を感知して、追いかけてるんでしょう?
それを教えてあげれば、逃げてもムダだってわかるんじゃ……」
「理性では納得できるだろうが、感情ではそうもいかんさ」
肩をすくめ、青木はそう答えた。
「あのテの手合いを納得させるには理性で攻めてもダメだ。感情面から納得させないと」
「慣れてますね……」
「まぁな」
クロノの言葉に、青木は思わず苦笑して、
「ウチにいるからな。
『感情から攻めなきゃ納得させられないタイプ』の代表格が」
「………………同情します」
「ありがと」
『誰のことを言っているのか』を察し、ため息をついて告げるクロノに答え、青木は翠屋を出て行った――と思ったら戻ってきた。
そして、何事かと訝る恭也に告げる。
「片付いたら寄るんで、姫サマへの差し入れ、用意し直しといて」
「……支払いは青木さんでいいですね?」
「橋本にツケとけ」
「こうなったら、とことん逃げてやるのだ!」
いくら逃げても、あの手この手で追いつかれる、こうなればもはや根気しかあるまい――徹底的に青木から逃げることを決意し、美緒は
海鳴市街を疾走していく。
と――
「あ、美緒さん!」
突然声がかけられた。何事かと立ち止まると、
「どうしたんですか? そんなに急いで」
そこにいたのは、晶だった。
「さて……次はどう攻めてやろうか……」
無関係な人間達に見つからないよう、廃ビルの中に身を潜め、ベヒーモスは静かにつぶやいた。
ジュエルシード探しはモレクやアバドン達に任せ、対時空管理局用の戦力に使えそうな霊体を探しにやってきたのだ。
「霊体を使うとはいえ、ロクに“力”も持っていないようなヤツでは話にならん。
少しは考えて素体を選ばなければ……」
息を殺し、意識を集中させ、作戦に使えそうな霊的存在を探索する――
(――――――いた)
反応があった。街中を高速で移動している。
“力”の質からして、これは――
「猫又、か……?」
「――――――っ!?」
美緒の“力”を感知するために精神を集中させていたのが幸いだった――青木は真っ先にそれに気づいた。
強い“力”を持った何者かが上空を、それも高速で移動している――
「堕天使か!?」
とっさにその進む先に意識を向け――青木は自分の背筋が凍りつくのをハッキリと自覚した。
連中の進路が、自分の向かう先と重なっていたからだ。
(マズい――!
連中の進路上に――美緒がいる!)
「あー、そういうワケですか……」
「そーなのだ。なんとかしてアイツから逃げてやるべく、こうして走り回ってたのだ」
一方、美緒は自分に迫っている危機には気づいていなかった。事情を聞かされ、うなずく晶にうんうんとうなずいてみせる。
とりあえず、晶が「あ、やっぱりなー」などと胸中で考えていたことは内緒である。
だが――やがて彼女らも気づくことになる。
青木を動きづらくするために表通りの人ごみに紛れていたのだが――突然、その人通りがプッツリと途絶えたのだ。
あわてて振り向くが、さっきすれ違った人々まで姿を消している。
それに、周囲の空気もどこか異様だ。これは――
「結界……!?」
ほぼ直感でその正体に気づき、美緒がうめくと、
「ほぉ、小娘か」
その声と同時――爆発が巻き起こった。
「くぁ…………っ!」
晶をかばい、それでも幸い直撃は免れたものの、爆風に吹き飛ばされた美緒は背中をしたたかに打ちつけた。衝撃が肺まで届き、意図せ
ずして息が詰まる。
「今のをかわすか……」
対して、襲撃者はそれを見てむしろ感嘆の声を上げていた。上空からゆっくりと美緒に向けて降下していく。
「だが、まだ“力”の使い方がなっていないな。
まぁ……十分な出力があればいいか」
所詮“力”の使い方など自分が操れば関係ない――言いながら、ベヒーモスは美緒に向けて手をかざす。
“力”を集中させ、解き放――
「させるかぁっ!」
だが、それは晶が許さなかった。飛び出し、放った蹴りはベヒーモスの力場に防がれてしまったが、それでもベヒーモスを後退させることには成功する。
「美緒さんに何をするつもりだ、ベヒーモス!」
「ほぉ……誰かと思えば、いつかの小娘か」
対峙し、言い放つ晶だが、対するベヒーモスは余裕そのものだ。晶に対して悠々と告げる。
「しかし、その猫又、貴様の知り合いか……
世間というものは、意外とせまいものだな」
「ごちゃごちゃ、うるさい!」
つぶやくベヒーモスに対し、晶は一気に突っ込むが、
「無駄なことを!」
晶の拳は力場によって止められてしまう――攻撃が届かず、舌打ちする晶の拳をつかみ、ベヒーモスは力任せに投げ飛ばす!
「くそ………………っ!」
それでも、なんとか受身を取って立ち上がる晶だが、
「遅い!」
すでにベヒーモスは間合いを詰めていた。晶の腹に思い切り蹴りを叩き込む!
「能力者でもあるまいに、命知らずな小娘だ。
出てこなければ、死なずにすんだものを……」
「う、うるさい……!」
ベヒーモスに言い返し、蹴り飛ばされた晶はそれでもなんとか立ち上がる。
「“力”の有る無しなんて、関係ないんだよ……!
美緒さんが狙われてて、オレしか戦えるヤツがいない――だったら、オレが戦うしかないだろうが!」
「なるほど……道理だな」
晶の言葉に、ベヒーモスはうなずき、
「では……正式に、我がジャマをする敵として、貴様を殺すとしよう」
そう宣告し――握りしめた拳に“力”を集める。
「リヴァイアサンと違って、エネルギー系攻撃は苦手でな……正直、手加減ができん。
すまんが、遺体は原型を留めないと思っておけ」
そして、ベヒーモスは“力”を集めた拳を放――
瞬間、“力”が巻き起こった。
渦を巻き、荒れ狂い、一直線に突き進む。
そして――飛び込んできた青木の繰り出したスティンガーファングが、直前で後退したベヒーモスの眼前を打ち貫いていた。
「貴様……っ!?」
「なんとか、間に合ったみたいだな」
うめくベヒーモスに対し、すでに着装を終えている青木はいつも通りの口調でそう告げながらスティンガーファングを向ける。
「お、お前……」
「いい加減、年上を『お前』呼ばわりするのはヤメロ」
うめく美緒に対しても態度は変わらない。青木は静かにそうたしなめる。
そして、最後に晶へと向き直り、
「よくこらえてくれたな。
おかげで間に合った。ぐっじょぶだ」
「は、はい……」
青木の言葉に、晶は緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込んでうなずく。
「で、晶ちゃんはまずムリとして……陣内、お前は動けるか?」
尋ねる青木に、美緒は身体を動かそうと身をよじり、
「まだ、ちょっとムリ……みたい……」
その答えに、青木はしばし考え、
「……ならしばし防戦一方か」
「え?
何でそうなるのだ? お前の強さなら、あんなヤツ……」
「その場合、ここを離れるのが前提になるんだが」
聞き返す美緒に、青木は自分の足元を指さしながら答えるが、それが意味するところを美緒は理解できない。しきりに首をかしげる。
「だからぁ……」
そんな彼女に、青木はベヒーモスの気配にも気を配りつつ、ため息をついて告げた。
「ここから離れたら、まだ動けないお前らをほったらかしにしちまうだろ。
オレは結界の遠隔展開なんてできないんだ。陣内が動けるようになってれば、晶ちゃんを抱えて離脱してもらうって手もあったが、それもムリとなると問題外。お前らを守ろうとしたらここで耐えるしかない」
何を今さら、とばかりに告げると、青木はいつでも防壁を展開できるよう“力”を高めていく。
だが、その青木の答えは美緒にとっては信じがたいものだった。
「ば、バカなのか、お前!?
さっさとアイツ倒しちゃえば――」
「で、流れ弾をもらってお前らは大ケガ、か?」
敵さえ倒してしまえば問題はないのではないか――反論する美緒だが、それを青木はあっさりと切り捨てる。
そして――美緒に告げた。
「悪いが、オレの仕事は堕天使を倒すことじゃない」
「え………………?」
彼らは堕天使と戦っているはずだ。堕天使であるベヒーモスを倒すのが彼の目的ではないのか――?
青木の意図がまったく読めず、美緒は困惑の度を深めていく。
そんな彼女に気づいているのかいないのか――青木は告げた。
「オレの『こっち』での仕事はお前らを守ることだ。
つまり今の現状じゃ、お前らの無事さえ確保できればそれでいい。結果アイツを取り逃がそうが知ったことか」
その口調に一切の迷いはない――青木の『本気』を感じ取り、美緒は自分の背筋を衝撃が走るのを感じた。
耕介とはまったく違う、だが彼と同じで不思議と不快感を感じることのない――そんな存在感を彼から感じる。
だから――尋ねた。
「名前」
「ん?」
「追い出すつもりだったから、ちゃんと聞いてなかった」
「なるほど」
美緒の言葉に青木が苦笑すると――
「いつまで、ダベってるつもりだ!」
先にベヒーモスがしびれを切らせた。ビーストモードとなり、全身からミサイルを放ち――
「甘い!」
スティンガーファングの鉤爪部に“力”を集中、青木はそれを大地に叩きつけ、隆起した地面が盾となる。
アスファルトの防壁にミサイルが命中、爆発するその音を聞きながら――青木は改めて美緒に名乗った。
「青木啓二だ」
「青木……啓二……」
その名を、美緒はまるで自分の中に刻み込むようにじっくりと反芻し――だが、安息にはまだ早かった。
「それなら――これならどうだ!」
再びベヒーモスからミサイルが放たれた。今度は広範囲に広がり、青木達に向けて全方位から襲いかかる!
「く、来るのだ!」
あわてて声を上げる美緒だが――
「心配ない」
言って、青木は立ち上がり、素早く呪文を詠唱する。
―― | 数多の牙の宿りし大地よ 獣を育みし力強き者よ 我が意に従いて我が敵を薙ぎ払え! |
そして――
「轟虎破錐撃!」
咆哮と共に術を解き放ち、周囲の大地が隆起、防壁となってミサイルを防ぐ。
「ちぃっ!」
次の手の防がれ、舌打ちするベヒーモスだが――すぐにその防御の弱点を見切った。
青木はミサイルを防ぐべく、全方位に防壁を展開した。
だが――その防壁は物理的なもの。こちらのミサイルを防ぐと同時、自分達の動きも封じてしまっている。
唯一脱出できるのは頭上しかない――しかし、それもこちらが封じてしまえば青木達は袋のネズミだ。
「だが、それで貴様らは逃げ場を失った!
唯一の抜け道には、オレがミサイルをお見舞いしてやる!」
告げると同時、ベヒーモスはミサイルの発射体勢に入り――
「させるもんか!」
その言葉と同時、ベヒーモスの背中に何かが飛びつき、ミサイルの発射を妨害する。
「くそっ、ジャマをするな!」
うめいて、ベヒーモスが引き剥がしたのは――
「貴様……あの男の使い魔か!」
「ぶー! 誰が使い魔だって!?
オレはプラネル! ケイジの相棒なの!」
告げるベヒーモスに対し、青木のプラネル、ファントムはムキになって言い返す。
「フンッ、使い魔だろうがプラネルとやらだろうが知ったことか!
貴様のようなチビに何が出来る!」
だが、ファントムが参戦したところで、戦局が変わるワケがない――余裕で告げるベヒーモスだったが、
「残念だったな」
その言葉は、大地の隆起した防壁の中から聞こえてきた。
同時に防壁が崩れ去り――青木達が姿を見せる。
「ファントム自身は確かに無力だ。
だが――オレと、“コイツ”があれば話は別だ」
言って、青木はそれを取り出した。
空色に輝く、宝石のような結晶体である。
「青木さん、それは……?」
「ま、見てろ」
晶に答えると、青木はその結晶体をかまえ、
「出番だぜ。
出て来い! キマイラ!」
その瞬間――ファントムの姿が変わった。
突然彼の周りで巻き起こった、渦巻くエネルギーの流れにその姿が一瞬隠れ――渦が膨らみ、弾け飛ぶ。
そこには――巨大な獣の姿があった。
獅子の頭に巨大なトカゲを思わせるウロコに覆われた身体。猛禽の翼を持ち、尻尾はそれ自体がヘビ――いくつもの獣の特徴をその身に見せている。
これぞ、ファントムを依代に顕現した、青木の従える“精霊獣”――
《我こそは――獣武神ダイナスト・オブ・キマイラなり!》
「ふ、ファントムくんが……」
「変身、した?」
巨大な姿に変身したファントム――正確にはファントムに宿り、顕現したダイナスト・オブ・キマイラを前に、晶と美緒が思わず声を上げる。
「な、何だ、貴様!?」
《話を聞いていなかったか?
我はすでに名乗ったはずだが》
同じく驚愕するベヒーモスの言葉に、キマイラは悠然と答えて歩を進める。
「……はい、オレのお仕事、難易度急低下、っと」
対して、キマイラの顕現で青木は余裕の態度がすっかり固定化されたようだ。もう見せ場は終わり、とばかりに軽く両手を挙げると美緒達へと振り向く。
「さて、もう大丈夫だし、お前さん達のケガでも診てやるか」
「って、アイツは大丈夫なのか!?」
「だから、人を『お前』だの『アイツ』だの、って……あ、アイツはいいか。オレの眷属だし」
橋本の心配をする美緒の言葉にも、青木はやはり余裕だ。そんな見当違いの返事を返してくる。
「ま、大丈夫だよ、アイツなら」
――否、忘れていなかった。美緒に対して本題の答えを返した。
「確かにアイツは特殊能力なんか持っちゃいない。できるのは直接戦闘とオレの“力”の増幅だけで、飛び道具すら持っちゃいない」
「ダメダメじゃないですか!」
思わず声を上げる晶だが――青木は告げた。
「けど――その二つだけなら、オレ達の精霊獣の中でも最強だ」
「なめるな!
いくらデカかろうが!」
だが、キマイラの巨体を前にしても、ベヒーモスは退かなかった。むしろここで退いてたまるかとばかりにキマイラへとミサイルを放つ。
しかし――
《喝ぁっ!》
気合一発。キマイラは咆哮だけでミサイルを吹き飛ばす。
《そんなもので、我に通じるとでも思ったか。
我を傷つけるには、その程度では力不足ぞ》
「うるさい!
それなら!」
言い返すと同時、ベヒーモスはキマイラに向けて突撃する。
遠距離戦がダメなら近距離で――その判断は決して間違ってはいないが――
《ぬるいわ!》
キマイラはいともたやすく対応した。勢いよく振り下ろした尾の一撃でベヒーモスを薙ぎ払う!
さらに、大地に叩きつけられたベヒーモスに尾を巻きつけ、締め上げると共に再び大地に叩きつける!
圧倒的な力でベヒーモスを叩きのめすキマイラの姿を前に――晶と美緒は思わずつぶやいた。
『……怪獣大決戦……』
「言ってやるな。
誰よりも当人がそう思ってる」
「ぐぅ………………っ!」
幾度目かの打撃の後、キマイラはようやくベヒーモスを解放した。痛みにうめき、ベヒーモスは一度キマイラから距離を取る。
対するキマイラは余裕そのものだ。かと言って油断する風でもなく、ベヒーモスの動きに対して気を配りながら告げる。
《撤退するならば追いはしない。
我とて、このまま主を一方的に叩き伏せて悪役にはなりたくないのでな》
「ぐ………………っ!」
その言葉に、ベヒーモスは思わず歯噛みした。
ジュンイチの終始ふざけた余裕振りとは違う、キマイラの堂々とした宣告――
一方的に叩き伏せて――それはつまり、『自分の挽回など万にひとつもありえない』ということだ。
明確に見下され、ベヒーモスは屈辱に震える。
だが――相手は未だ万全だ。それでなくても実力差が明白なのは、対峙した自分がよくわかっている。
ここで意地を張っても完全な敗北が待つのみ。ならば――
「――恥じて死ぬよりは、生きて雪辱を、か……!」
うめき、ベヒーモスはキマイラから視線を外し――彼を使役している青木に尋ねた。
「貴様、名は?」
「ダイナスト・オブ・キマイラの主――青木啓二」
「青木、啓二か。
今回は貴様の精霊獣に完敗だ。おそらく今後も幾度となくまみえ、敗れるだろう。
だが――いずれは貴様達を倒してみせる」
言うと同時、ベヒーモスは魔法陣を展開し――その中に溶け込むようにして消えていった。
「……今後の敗北まで宣言、か……
意外に謙虚なお方だね」
そんなベヒーモスの言葉に肩をすくめ――そんな青木に美緒と晶が告げた。
「とか言うけど……」
「青木さん、ほとんど何もしてないですよね、今回」
「………………言うな」
こうして、一件落着――したかに見えたのだが……
「ちょっと待った」
その事実を知らされ、橋本は青木に冷たい視線を向けた。
「そんな話、聞いてないけど」
「当たり前だ。言ってない」
橋本の言葉に、青木は平然と答えてコーヒーをすする。
そして、橋本は静かに視線を動かし――
「おかわりなのだぁっ!」
「美緒ちゃんもここぞとばかりにおかわりしないっ!」
注文をとっている恭也に告げる美緒に、力いっぱい抗議する。
そして、橋本は青木へと向き直り、
「だいたい、なんでオレがここの支払いしなくちゃならないんスか!」
「それはもちろん、時の勢いその場のノリ。
その場にいなかった己の不幸を呪うがいい」
橋本の抗議にも、青木はどこ吹く風である。知るかとばかりにコーヒーをすする。
「せめてもの良心でオレのコーヒーの支払いは自腹切ってやってるんだ。
美緒との親睦もかねて、ここは気前よくおごっておけ」
告げる青木だったが――その言葉に反応したのは意外な人物だった。
「え………………?」
美緒だった。食事の手を止め、青木へと視線を向ける。
「どうした?」
「今……あたしのこと『美緒』って呼んだ?」
「呼んだぞ」
「最初……『陣内』じゃなかったっけ?」
「そうだったか?」
美緒の言葉に青木はしばし考え――まぁ、いいか、と結論づけると美緒へと視線を戻した。
「イヤならやめるが?」
「え………………」
その言葉に、美緒はまたもや虚をつかれたように首をひねる。
確かに呼び捨てにされたことは気になったが――なぜか『やめる』と言われたとたんに寂しさを感じた。
原因は知る由もないが、やめられるのがイヤなのは確かなようだ。ならば――
「別に、いいのだ……」
「そうか」
答える美緒にうなずき、青木はコーヒーをすすり――
「何勝手になごんでるんですか……!」
すっかり忘れられていた橋本がうめいた。
その姿からは先程の勢いは消えている――かに見えたが、
「『時の勢いその場のノリ』って言いましたよね……」
どうやら迫力は内面に潜っただけらしい――橋本はうつむき、静かに告げた。
「なら……オレが『時の勢いその場のノリ』で戦闘体勢に入っても、それはお互い様ですね……」
告げるその言葉に合わせて、橋本の中で“力”がふくれ上がっていく。
なんとなく次の事態を予測すると、クロノは店内を見回し――事情を知る者以外誰もいないのを確認し、封時結界を展開した。
その後の『交渉』の結果――青木と橋本は夜まで翠屋の修理にたずさわるハメになり、さざなみ寮への帰宅が大いに遅くなったことだけは、この場で付け加えておくことにしよう。
(初版:2006/07/23)