“翠屋JFC”。なのはの父・士郎がオーナー兼監督を務める少年サッカーチームである。
 元々、御神の剣士として高い技量を持っていた士郎だ。身体を動かすことについての指導能力に文句のつけようもなく、海鳴においてかなり名の知れた強豪チームとして君臨している。
 そして、今日はその“翠屋JFC”の試合の日であり――
「なんでオレが監督代理をやらなきゃなんないんだよ……」
 “翠屋JFC”側のベンチで、青木はため息まじりにつぶやいていた。
「仕方ないでしょ。
 士郎さんがまだ戻ってきてないんだから」
「いやまぁ、代役が必要なのはわかるんだが……」
 恭也と共に応援に来ている忍の答えにうめき、青木は一番の疑問を口にした。
「そもそも、なんでそれがオレなんだよ? 『士郎さん』の息子の恭也くんでもいいだろうが。
 基準は何だよ、基準は」
「その1。今日オフな人。
 その2。年齢的に似合う人」
「基準から外せ『その2』を!」
 思い切り言い返し、青木はため息をつき、
「こーゆーのはオレより龍牙さんの方が適任なんだがなー」
「あー、そういえば『こっち』に来たがってたよな」
 青木の言葉にファントムがつぶやくが、
「龍牙さん、いない……」
 そう告げたのは、橋本のとなりに座るヴァイトだった。
 その言葉に首をかしげ――青木は橋本へと尋ねる。
「いない? どうしたんだよ?」
「知らないよ。『向こう』で国外出ちゃったんだから」
「はぁ?」
「なんか、瘴魔に堕天使とゴタついてきたから、『他にも協力してくれそうなヤツらを探すんだ!』とか言い出して」
「ったく、相変わらず行動力のカタマリみたいな人だなー……」
 橋本の言葉に青木は思わずうめき――
「ま、今回はもう青木くんが監督代理って先方にも伝えちゃってるし、がんばって♪」
「ってーか仕事はどうしたんスか!?」
 笑顔で自分の肩を叩く、本当なら翠屋にいる時間のはずの桃子に、青木は力いっぱいツッコんでいた。

 

 


 

第17話
「もうひとつの戦い」

 


 

 

 そんなことがなのはの世界で繰り広げられている頃、柾木家では――
「………………ん?」
 フェイトと共に柾木家のリビングに顔を出し――なのははジュンイチが何やら真剣な表情で紙面に目を通しているのに気づいた。
 その目はいつもの優しさの感じられる目ではない。暖かいが、絶対的な鋭さを持った――ブレイカーとしての『守るための戦士の目』だ。
「ジュンイチさん……?」
「どうした?」
 ジュンイチはとうに彼女達の存在に気づいていたようだ。紙面から顔を上げることもなく、しかし即座になのはへと聞き返す。
「何見てたんですか?」
「あぁ、これか?
 親父の“置き土産”――裏から回してもらった、瘴魔対策本部の捜査資料さ」
「瘴魔、って……確かジュンイチさん達の……」
「そ。オレ達の敵さ。
 怒りとか憎しみとか悲しみとか……人間の“負”の思念が凝縮して、手近な生物や思念体をモチーフに誕生する、言ってみれば『実体化した悪霊』ってところか」
 フェイトにそう答えると、ジュンイチは傍らのココアをすする。
「瘴魔神将――上位クラスのヤツらはここしばらくおとなしくしてるみたいだけど、こーゆー下っ端の起こす事件は相変わらずみたいでさ。
 しばらく相手してなかったし、久々にオシオキのひとつもしてやろうかと思ってな」
「へぇ……」
 ジュンイチの言葉に、なのはは興味深そうに彼の手元の資料へと視線を向ける。
 むろん、内容などはチンプンカンプンなのだが。
 そんな彼女にかまうことなく、ジュンイチは視線を動かし、
「ジーナ、ジュエルシードこっちは任せていいか?」
「え? 私達……ですか?
 まぁ、あのリヴァイアサンもこのところおとなしくしてるみたいですから、私達だけでも大丈夫だと思いますけど……」
 声をかけるジュンイチに、台所から顔を出したジーナは少し考えながらそう答え、彼のマグカップを手に取るとココアを注ぐ。
「なのはちゃんとフェイトちゃんは何か飲む?
 ココアか麦茶ならすぐ出せるけど」
「あ、おかまいなく」
 ジーナに答えると、なのははジュンイチへと視線を戻す。
「それで……どうするんですか?」
「とりあえず、もう少ししたらブイリュウ叩き起こして出るよ。
 この資料にある被害状況からするとたぶん小者だし……オレひとりでなんとかなるだろ。対瘴魔戦のカンを取り戻すには絶好の相手だ」
 尋ねるフェイトにそう答え――ジュンイチはふと眉をひそめた。
 なんとなく『そんな』予感がして――釘を刺しておくことにする。
「来るなよ」
「え………………?」
「なんか来たそーな目してるぞ。お前もなのはも」
「え? そ、そんなことは……」
 ジュンイチの言葉に、フェイトは思わず視線を宙に泳がせる。
 なんというか――図星なのがバレバレである。
 良くも悪くもウソのつけない二人だ――となりでなのはがそっくり同じ動作で視線をそらしているのも微笑ましさを助長し、ジュンイチは思わず苦笑する。
 だが、彼女達の同行を認めるつもりはジュンイチにはなかった。
「とにかくダメだ。
 現場はけっこう距離があるし……ジュエルシードのこともある以上、封印担当のお前らをここから離れさせるワケにはいかないさ。
 それに、お前らが来たらイモヅル式にアリサやすずかも来たがるだろ。
 だから今回は居残り。ガマンしとけ」
 まだ何か言いたそうにしていたが、そんなフェイトやなのはにそう告げるとジュンイチは会話を強制的に打ち切った。

 そんなやり取りからおよそ3時間後――
「この辺が現場か……」
 山道でゲイルを停車させ、ジュンイチはブイリュウを降ろしてやると周囲を見回し、そうつぶやいた。
 なぜ『ここ』ではなく『この辺』という言い方をしたのかというと――
「けっこう、出現地点がバラけてるなぁ……」
 地図を片手に、ジュンイチはため息まじりにつぶやく。
 そう。今回の瘴魔は頻繁に場所を変えて出没しているらしく、山中、かなりの広範囲に渡って目撃・被害情報が寄せられているのだ。
「どうするの?」
「うーん……地道に探索するしかないんだが……」
 尋ねるなのはにそう答え――

「――って、何ナチュラルに会話に参加してやがる!
 危うく何の疑問も持たずにスルーするところだったぞ、こっちわっ!」
 すかさず放った炎で思い切りツッコミを入れ、ジュンイチはそれを必死にかわして息を切らせているなのは達に言い放つ。
 いつの間にか合流していたのはなのは、フェイト、そしてユーノの3名。彼女達の行動だけでなく、気配を察せなかった自らの油断にも思わず頭を抱えたくなる。
 ともかく、ジュンイチは思わずため息をついて彼女達に告げる。
「ったく、ついて来るなっつっただろーが」
「だって……」
 ジュンイチの言葉に、フェイトはシュンとしながら上目遣いにジュンイチを見上げ、
「だって、心配だったから……
 ジュンイチさん、ひとりで行くって言ってたし……」
「それは気遣ってもらえることを喜べばいいのか、実力を信用されてないことを怒るべきなのか、どっちなんだろうな……」
 思わずそうごちて、ジュンイチは息をつき、
「ま、お前らはまだマシか。
 向こうに、ろくすっぽ気配消せてないままこっちをうかがってるバカどもが若干名いるみたいだし」
 そう告げたジュンイチの視線の先では、美由希とアルフ、そしてアリサとすずかがバツの悪そうな顔をしていた。

「あれ、結局行かせちゃったの?」
「えぇ」
 整理していたデータファイルを抱えたそのままで尋ねるライカに、ジーナはまだまとめ切れていなかったデータを分析しながらあっさりとそう答えた。
「マズくない?
 確かにあの子達の魔力はハンパないけど、瘴魔どころか対闇の種族ダーク・トライヴ戦自体、経験少ないんでしょ?」
「えぇ。
 あの子達にとって、対闇の種族ダーク・トライヴ戦としてはリヴァイアサンとの戦いが事実上のデビュー戦だったらしいですよ」
「だったら、むしろ行かせるべきじゃなかったんじゃないの?」
 尋ねるライカに、ジーナは迷うことなく答えた。
「未だにリーダーとしての自覚のないジュンイチさんにはいい薬です」
「……気持ちが痛いくらいによくわかるから、とりあえずノーコメントにしておくわ……」

「まぁ、ここからムリに追い返すのも酷だし、今回は同行を頼もうか」
 全身から『仕方ない』的なオーラを発散し、ジュンイチは改めて地図を広げる。
「どうやって探索するんだい?」
「うーん……」
 尋ねるアルフの問いに、ジュンイチは思わず考え込む。
「何か、問題でも?」
「いや、問題っつーか……」
 美由希に答え、ジュンイチは苦笑し――正直に白状した。
「実は……少なくとも対瘴魔戦に限った場合、オレ達ブレイカーズ全員、迎撃専門でこっちから攻める、ってコト、やったことないんだよね」
「……そんな有様で、『ちょっとオシオキ』とかカルいノリで言ってたんですか……?」
「ぐっ………………
 ま、まぁ、手が思いつかないワケじゃないから、なんとかなるかなー、って思ってたワケで……」
 フェイトの指摘に、ジュンイチは思わず後ずさりながら答える。
「と、とにかく、今言ったみたいに見つける手がないワケじゃないよ」
 それでもなんとか気を取り直すと、ジュンイチは息をつき、
「とりあえず、南米でゲリラ狩りした時の手みたく、監視端末大量に作って飛ばす手でいこうかなー、とか思ってるけど……」
「……今、何か不穏当極まりない発言が聞こえた気が……」
「気にしちゃダメだよ、お姉ちゃん。
 ジュンイチさんに限って言えば、常識の範疇でツッコミ入れ始めるとキリがないから」
「お前らにだけは言われたくないな。この魔少女どもが」
 つぶやく美由希へと答えるなのはの言葉に、ジュンイチは半眼でツッコミを入れると手元の地図へと視線を落とす。
「とにかく、ここまで目撃・被害現場が拡散してるとけっこう時間掛かりそうだよなぁ……
 とりあえずベースキャンプを張って、エリアを分けて探索するのが一番かな?」
 ジュンイチがそう告げるなり、動いたのはフェイトだった。
「じゃあ、さっそくキャンプを張ろう。
 テントはこれですか?」
「あぁ、フェイトちゃん、ストップ」
 ゲイルからジュンイチのテントと思しき包みを下ろそうとするフェイトだったが、そんな彼女を美由希が止めた。
「ここは獣道。動物が頻繁に通るからここでキャンプは張らない方がいいよ。
 ヘタをすれば縄張りを荒らされたと思った動物にちょっかいをかけられるから」
「確定形なところに経験が感じられるな」
 ジュンイチの言葉に視線をそらす美由希――どうやら図星だったらしい。
 そんな美由希に苦笑しつつ、ジュンイチは先走ってしまい赤面しているフェイトへと向き直り、
「ま、そういうことだ。
 第一、そのテントはひとり用――どっちみちお前らのはこれから再構成リメイクで作ってやらにゃならん。まずはそこからだ」

「さて、そんなこんなでいよいよ探索開始、かな」
 すでに手馴れているジュンイチと美由希でさっさとテント(ジュンイチ製)を設営すると、ジュンイチはそう言って肩をコキコキと鳴らす。
「けど……これだけの範囲を私達だけで、探索なんてできるのかい?」
「確かにね。
 “獣”のブレイカーな青木ちゃんがいれば、この山の動物達を使って探してもらう、っていうテもアリなんだけど……」
 地図を見ながら尋ねるアルフに答え、ジュンイチは笑みを浮かべて続けた。
「とはいえ、さっきも言ったが、オレにも広範囲の探索手段がないワケじゃない。
 昔はラジコン改造して監視用の端末作ってたんだが――今はもっと“イイモノ”があるしね」
「え――――――?」
 首をかしげるなのはにうなずき、ジュンイチは右手を振るい、周囲に精霊力を放出する。
「“再構成リメイク”は術者のイメージ通り、望み通りに物質を作り出す。
 だから――探索のためのアイテムを作り出せばいい」
 そう告げ終わった時には、彼の周囲には精霊力を物質に変換して作られた、多数の飛翔体が浮かんでいた。
「……“サーチャー”、ですか……?」
「あぁ。
 フェザーファンネルを探索用に再構成リメイクし直した“フェザーサーチャー”さ。
 フェイトを探した時にも使ったんだぜ」
 ユーノにそう答えると、ジュンイチはふとなのは達へと向き直り、
「確か……なのは達も似たようなの使えるんだっけ?」
「は、はい……」
 うなずくなのはに、ジュンイチは満足げにうなずき、
「なら、お前らも探索に協力してくれ。すずかも言うに及ばずだ。
 目撃情報だと大グモ系らしいから、そういうのを探してくれればいい」
 そう言うと、ジュンイチはフェザーサーチャーを飛翔させ、一足先に探索を始める。
 そんなジュンイチから視線を移し、なのはとフェイトは互いにうなずくとそれぞれのデバイスをかまえ、自分達のサーチャーを作り出して探索を始める。
 すずかも同様に探索をスタートし――すぐに見つかった。
「見つけました、ジュンイチさん!
 ここから北に……だいたい3kmくらいのところに大グモです!」
 そう報告するなのはだったが――
「ち、ちょっと待って!」
 そんななのはに待ったをかけたのはフェイトだった。
「こっちにもいる!
 東に5km地点!」
「西の方にもいるよ!」
「えぇっ!?」
 フェイトの、そしてそれに続いたすずかの言葉になのはが声を上げるが――ジュンイチは気づいた。
 今回の事件、どうして被害が広範囲に渡って発生していたのか――
「……お前らが来てくれたの、ラッキーだったと思っておくべきなんだろうな、コレ……」
 ジュンイチが探知した大グモの数は、ゆうに20を超えていた。

「くそっ、楽な仕事かと思ってたら、とんだハズレクジだぜ……」
 うめいて、ジュンイチは手早く装備を点検していく。
「こうなったらこっちも人海戦術だ。
 みんなで片っ端からツブしていくぞ」
「はい」
「うん」
「任せときな!」
 ジュンイチの言葉になのは、フェイト、アルフが答え――美由希がおずおずと手を挙げた。
「あのー」
「何? 美由希ちゃん」
「私も……ですか?」
「とーぜん。
 ついて来たからには手伝ってもらうよ」
 思わず敬語で尋ねる美由希に、ジュンイチは残酷なまでにあっさりとうなずく。
「あの大グモなら力場の強度も大したことないよ。御神流の技でたとえるなら、そうだな……“虎切”くらいで破れるんじゃないかな?
 ま、そもそも力場もスキだらけだから、その隙間を狙えば攻撃なんて当て放題……あ、美由希ちゃんの場合“神速”が使えるんだし、力ずくで力場を破るより内側から攻めた方がいいか。
 装備としては……やっぱ小太刀と飛針で攻めるのがベストか……
 あ、鋼糸は使わない方がいいよ。パワーだけはあるヤツだから、絡めとっても逆に力任せに振り回されるのがオチ。オレも覚醒前にやり合ったけど、一撃でアバラ持ってかれたからねぇ……」
 スラスラと美由希に併せた戦法を提案していくジュンイチを、なのは達はポカンと呆気に取られながら見つめている。
「……何だ?」
「あ、えっと……」
 そんな視線に気づき、尋ねるジュンイチになのはが答えに困っていると、彼女に代わってフェイトが答えた。
「ジュンイチさん、美由希さんの戦い方、よくわかってるんですね……
 まだ知り合ってそんなに経ってないのに……」
「それを言うならお前らも大して変わらんと思うが……」
 そう答えると、ジュンイチは肩をすくめ、
「ま、美由希ちゃんにしぼって言うなら、ここ数日の間に稽古で何度も手合わせしてるからね。だいたい戦い方の特徴はつかんできてるよ。
 あと2、3戦すれば、技の先読みくらいはできるようになるんじゃないかな?」
「うぅっ、どんどん手の内知られてる……」
 あっさりと、しかも無意識にこちらの自信を粉砕してくれるジュンイチに、美由希はムダと思いつつも涙ながらにつぶやくのだった。

 そんなこんななやり取りの後、なのは達は散開して各々に大グモ瘴魔退治にとりかかった。
「いっけぇっ!」
 咆哮し、なのはの放ったディバインバスターは大グモの力場をまるで紙のように粉砕、一撃のもとに爆砕してみせた。
「思念が媒体の情報を読み取って実体化したもの、って話だったけど……やっぱり、気分よくないよね……」
《それは罪悪感? 爆砕の時のグロさ?》
「……コメントに困る質問の仕方しないでください」
 お互いの連絡はアリサによってネットワークが構築されている――念話通信で聞き返してくるジュンイチに、なのはは答えて思わず肩を落とす。
 彼とておちゃらけて言っているワケではないだろう。少なくとも見た目は明らかに生き物である相手の息の根を止めなければならない――その現実を前に、ともすれば沈みそうになる自分の気持ちを気遣ってのセリフなのだろうが、少なくとも彼の口の悪さを露呈しているだけのような気がする。
(口で励ますよりも行動で励ます方が、よっぽどジュンイチさんらしいと思うけどなぁ……)
 そんなことを考えているうち、なのははふと自分の口元に笑みが浮かんでいるのに気づいた。
 ツッコんでいるうちに気が楽になっていた――言い回しはどうあれ、少なくとも自分を励ますのには成功したらしい。
「……口ベタさえなんとかすれば、立派にカウンセラーできるんじゃないかな? ジュンイチさん」
 思わず尋ねるなのはに、ユーノはしばし考えた後に答えた。
「性格上絶対やりそうにないよ。どう考えても」
「だよね」
 ものすごく納得できた。

《フェイト、そっちは?》
「7体倒したよ。
 わたしの担当エリアは当たりみたい。けっこう集中してる」
 アルフからの念話に答え、フェイトは息をついて少し呼吸を整える。
 目の前にはアークセイバーで両断され、身体を構成する“力”が霧散しつつある大グモの死骸。つい今さっき倒したものだ。
 だが――フェイトはこの死骸を見てあることに気づいていた。
「アルフの方は?」
《まだ3体。
 フェイトの方は当たりでも、あたしの方はハズレみたい。かなりバラけちゃってるね》
 その言葉に、フェイトはうなずき――尋ねた。
「ねぇ、アルフ……変だと思わない?」
《変って?》
「どの大グモも……なんだか元気ないみたい……」

「たぁぁぁぁぁっ!」
 “神速”を使うまでもない――素早く間合いを詰め、美由希は小太刀で大グモの首筋を斬り裂き、沈黙させる。
 これで4体目。能力者でない彼女にしてはかなりのハイペースだ。
 だが――彼女は今まで相対した大グモの中に、おかしな共通点を見出していた。
(なんだろ……
 どの大グモも、動きがぎこちないような……)
 フェイトと同じ疑問を彼女も抱いていた。彼女達が戦っている大グモはどれもジュンイチがかつて戦った時の個体に比べてはるかに弱い。
 いや――弱っている、といった方が適切だろうか。
 どういうことだろうか――美由希が疑問をぬぐえずに考え込んでいると、
「美由希ちゃん!」
 上空からの声に美由希が見上げると、ちょうど着装したジュンイチが舞い降りてきたところだった。
「どうしたの?」
「いや、上空から獲物を探してたんだけど、少し気になることがあってさ……」
 そう答え、その『気になること』を告げようとするジュンイチだったが――その内容に見当のついた美由希はちょっとしたイタズラ心から先手を打つことにした。
「『敵が不自然に弱ってる』でしょ?」
「なんだ、気づいてたのか」
「………………うん」
 たまには驚かせるのも悪くない――と思っていたのにあっさりと素で返され、美由希はなんだか寂しくなって肩を落とす。
 が――いつまでも落ち込んでいるワケにもいかない。ジュンイチが訝るよりも早く気を取り直すと本題に戻る。
「私もさっきの3体目で気づいて、今の4体目で確かめたんだけど……防壁もなんだか不安定で、簡単に破れちゃった。
 元々弱いっていうより……」
「あぁ。
 何らかの要因で、“力”を削がれてると思っていい」
 美由希に答えると、ジュンイチは彼女の仕留めた大グモの死骸を軽く蹴飛ばし、
「しかも、それがほとんどの大グモに共通してるときた。
 1体2体なら気にもならなかったけど、こうまでそろって弱ってるってのはいくらなんでも不自然だ。
 調べてみたけど、ヤツらの“負”属性の力を相殺するような要素もこの近辺にはない。他の要因があると思われるんだけど……その『要因』がわからない」
「手詰まり?」
「調べる時間が欲しい、って話。
 アリサ、みんなと連絡を取って、一度ベースキャンプに集合させて――」
 ベースキャンプに残っているアリサに告げかけたその時、二人の耳に爆発音が聞こえてきた。
「……なのはだな」
ジュンイチくん以外にあんなハデな爆音巻き起こすの、なのはの砲撃魔法以外ないと思うんだけど」
「戻ってからの稽古、覚悟しとけよコンチクショウ」
 美由希の言葉にジュンイチがうめいた、その時――
 ――――――
『――――――っ!?』
 ジュンイチはもちろん、能力者ではない美由希にもハッキリと感じ取れるほどの“力”が放たれた。
「じ、ジュンイチくん!?」
「なんだよ、このデタラメな瘴魔力!
 大グモみたいな下級瘴魔の出せるパワーじゃねぇぞ!」
 驚愕し、美由希と共に声を上げ――ジュンイチはさらにもうひとつ、ある事実に気づいた。
 周囲全体に放たれているためわかりづらかったが、その“力”の放出の中心は――
(――ここ!?
 いや、この感覚だと――)
「――跳べ、美由希ちゃん!」
「え――――――?」
「このバカ力の主は――真下だ!」
 ジュンイチが言うと同時――彼らの足元を砕き、今まで相手をしていたものよりも倍以上の巨体を持つ超大グモがその姿を現す!
「ち、ちょっと待て!
 何なんだよ、コイツ!?」
 対応が遅れ、空中に放り出された美由希をつかまえて素早く離脱、着地すると同時にジュンイチは思わず声を上げた。
「なんでこんなデタラメなパワーを蓄えて、瘴魔獣に進化しないんだ!?」
 そうだ――下級瘴魔のままこれほどのパワーを持つなど、通常の瘴魔獣の進化系統を考えればありえない。通常はここに至るまでに高まった“力”によって自我を発達させ、瘴魔獣へと進化する。
 なのにこいつは、下級瘴魔どころか瘴魔獣すら凌駕するパワーを得ていながら、未だに下級瘴魔としての形態と意識体を保ち続けている。
「どういうことだ……?」
 疑問が消えず、ジュンイチがつぶやき――
「ジュンイチくん……」
 そんな彼に、美由希が声をかけた。怪訝な顔をしてジュンイチは視線を落とし――
「……えっと……下ろしてほしいんだけど……」
「あ………………」
 いわゆる“お姫様抱っこ”の状態で抱えられ、顔を真っ赤に染めた美由希の言葉に、ジュンイチは思わずうめき、彼女を放す。
「悪い悪い、とっさのことだったから……」
 謝罪しようとするジュンイチだが――それは相手が許さなかった。巨大グモが前足を振り上げ――振り下ろす!
「危ねぇ!」
 だが――なんとか反応は間に合った。とっさに美由希の前に飛び出すとジュンイチはゴッドウィングを自分の目の前で形状変化。シールドに作り変えて巨大グモの一撃を受け止める。
「ジュンイチくん、ゴッドドラゴンを!」
「いらねぇよ!
 いくらデカくたって所詮は下級瘴魔! 思いっきりブッ飛ばしてやる――」
 美由希にそう答えかけ――ジュンイチの眼前にゴッドウィングのシールドを突き破った巨大グモの前足が突き刺さった。
『………………』
 自らの防御を突き破った巨大な足を前にして、ジュンイチと美由希は無言で顔を見合わせ――
「でぇぇぇぇぇっ!」
「ぅわわわっ!」
 続けて振り下ろされた別の足をかわし、あわててその場から逃げ出す。
 予想以上にパワーアップしている。こうなったらなりふりかまっていられない――ジュンイチはブレイカーブレスで通信回線を開き、
「ブイリュウ! 緊急事態!
 今すぐゴッドドラゴン連れてこいっ!」

「オーケー!」
 ジュンイチの言葉に、ベースキャンプに残っていたブイリュウは外に出ると“力”を解き放ち、
「オープン、ザ、ゲート!」
 ブイリュウが上空へとその“力”を解き放ち、“力”は上空の空間に穴を開け、
「グァオォォォォォンッ!」
 その中から、咆哮と共にゴッドドラゴンが飛び出してくる。
 そして、ゴッドドラゴンはブイリュウを乗せ、そのまま巨大グモと交戦するジュンイチの元へと降り立つ。
「っしゃ、いくか!
 美由希ちゃん!」
「え? わ、わわっ!?」
 美由希の反応など待つつもりはない。ジュンイチは美由希の手を取って飛び立つと、そのコックピットに放り込み、
「んじゃま、合身するとしましょーか!」

「エヴォリューション、ブレイク!
 ゴッド、ブレイカー!」
 ジュンイチが叫び、ゴッドドラゴンが翔ぶ。
 まず、両足がまっすぐに正され、つま先の2本の爪が真ん中のアームに導かれる形で分離。アームはスネの中ほどを視点にヒザ側へと倒れ、自然と爪もヒザへと移動。そのままヒザに固定されてニーガードとなる。
 続いて、上腕部をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、内部にたたまれていた爪状のパーツが展開されて肩アーマーとなる。
 両手の爪がヒジの方へとたたまれると、続いて腕の中から拳が飛び出し、力強く握りしめる。
 頭部が分離すると胸に合体し直し胸アーマーになり、首部分は背中側へと倒れ、姿勢制御用のスタビライザーとなる。
 分離した尾が腰の後ろにラックされ、ロボットの頭部が飛び出すと人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
 最後にアンテナホーンが展開、額のくぼみに奥からBブレインがせり出してくる。
「ゴッド、ユナイト!」
 ジュンイチが叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
 システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが輝く。
「龍神合身! ゴォォォッド! ブレイカァァァァァッ!」

「っしゃ! 反撃開始といこうか!」
 合身を完了し、巨大グモへと向き直ってジュンイチはそう告げ――
「待って!」
 そんなジュンイチに待ったをかけたのはブイリュウだった。
「何だよ、ブイリュウ!?」
「あー、美由希さんなんだけど……」
 尋ねるジュンイチに、ブイリュウはやや言いにくそうに答えた。
「ジュンイチ、美由希さんを放り込むなり合身しちゃったよね?
 だから美由希さん、シートベルトするのが間に合わなくて……」
「ならとっととさせろ!」
「それが……」
 ジュンイチの言葉に、ブイリュウは言いにくそうに告げた。
「合身の衝撃で、目、回しちゃってるんだけど……」
「だぁぁぁぁぁっ、もうっ! このドジっ子さんがぁぁぁぁぁっ!」
 思わず絶叫するジュンイチだが――事態は深刻だ。何しろ美由希の安全を考えるとあまり大きな衝撃は起こせない。素早い動きはほぼ完全に封じられたと思っていい。
(くそっ、どうする……!?
 このまま動かず戦おうと思ったら、まずは――)
「フェザーファンネル!」
 決断は素早かった。背中のゴッドウィングから羽毛状にゆらめく多数のエネルギー塊を放出、フェザーファンネルに作り変えるとオールレンジ攻撃で巨大グモを遠ざける。
「ブイリュウ、今のうちに――」
 美由希をなんとかしろ――そう言いかけたジュンイチだったが、状況はそんなに甘くはなかった。ジュンイチが意識をそらした一瞬のスキをつき、巨大グモは口から糸を吐き放ち、ゴッドブレイカーに巻きつける!
「ちょっ!? このっ!」
 あわてて振りほどこうとするジュンイチだが、自身のコックピットの中で目を回している美由希のことを思い出し動きが止まり――そんなジュンイチに、巨大グモはさらに糸を巻きつけていく!
「コイツ……調子に乗るなよ!」
 うめき、なんとか脱出しようとするジュンイチだが――異変に気づいた。
(機体の出力が低下……?
 何かトラブル――いや、違う……!)
 浮かびかけた仮説を、ジュンイチはすぐさま否定した。
(エネルギーを……吸われてる!?)
 おそらくそれが正解だろう――何らかの要因によって、ゴッドブレイカーのエネルギーが糸を介して巨大グモに吸収されているのだ。
「クソッ、いらんスキルを習得しやがって!」
 舌打ちするが――事態は深刻だ。こうしている間にもゴッドブレイカーのエネルギーはどんどん吸収されている上、この糸自体も強靭で、完全に動きを封じられたこの状態では引きちぎることもままならない。
「さて、どうするか……」
(エネルギーを吸収するってことは炎もたぶんダメだ……十分な熱量になる前に、燃焼させるそばから吸収されるのがオチだ。フェザーファンネルのビームも多分出力不足で吸われるだけだろうし……
 せめて、敵のエネルギーの吸収経路を断つことができれば……!)
 脳裏で打開策を検討するが、肝心のエネルギー吸収経路――巨大グモの糸を断ち切る手段がない。
 打つべき手を見出せず、それでもあがくジュンイチへと巨大グモが迫り――

 次の瞬間、巨大グモの背中で立て続けに爆発が巻き起こった。
 桃色に輝く閃光、そして金色に輝く多数の雷光の着弾によって。
(こいつぁ……!?)
 間違いない。スターライドブレイカーと、フォトンランサー・ファランクスシフトだ。
 ということは――
「ジュンイチさん!」
「大丈夫!?」
 聞こえた声は予想通りのものだった。ゴッドブレイカーのもとへと飛来し、なのはとフェイトが巨大グモに向けてかまえる。
「ここは任せて、早くその糸を!」
「そうしたいのはやまやまだが……」
 なのはの肩で告げるユーノに、ジュンイチは答えてため息をつき、
「しっかり縛り上げられて動くに動けん。
 オレを援護してくれるつもりがあるなら、まずはこっちを何とかしてくれると助かる」
「だったら、フェイトちゃんの出番だね!」
「うん!」
 なのはの言葉にうなずくと、フェイトはバルディッシュをサイズモードへと変形させ、
「バルディッシュ!」
〈Arc Saber!〉
 フェイトの指示でバルディッシュの放ったアークセイバーの光刃が巨大グモからゴッドブレイカーへと伸びる糸へと飛翔し――吸収された。
「え………………?」
「ウソ………………?」
「斬れて……ない……?」
 予想外の結果に、なのは達は目を丸くして――
「たりめーだ! バルディッシュフォームのゴッドブレイカーならともかく、生身のアークセイバー程度の出力でどうにかなるなら、とっくにオレがなんとかしとるわいっ!
 遠慮なんかしないで、二人まとめて大技行け、大技!」
『は、はいっ!』
 ジュンイチの剣幕に、二人はあわててそれぞれのデバイスをかまえ、
〈Divine――!〉
「バスター!」
〈Thunder――!〉
「レイジ!」
 放たれた二人の攻撃が、糸に向けて降り注ぐ!
 対し、糸は二人の攻撃のエネルギーをも吸収するが――それでも今回は吸い切れなかった。確実にダメージを受け、半分ほど断ち切られる。
 そして――彼にとってはその半分で十分だった。
「よっしゃ、ゆるんだ!」
 言うと同時、ジュンイチは四肢に力を込め、
「ふっ、かぁぁぁぁぁっつ!」
 咆哮と同時、一気に糸を引きちぎる!
「ブイリュウ!」
「美由希さんならOK!
 縛られてた間にしっかりシートベルトし直したから!」
「了解っ!」
 さすがはパートナー。やるべきことは心得ていたらしい――ブイリュウの返答にうなずくと、ジュンイチは再び放たれた糸をかわし、
「ガキども二人! 今のうちにしっかりチャージしとけ!」
 逆にその糸をつかむと、力任せに巨大グモを振り回す!
 そして――
「上に、参りまぁす!」
 咆哮すると同時に糸を放し――巨大グモは上空に放り投げられていく。
「今だ!」
「はい!」
「うん!」
 すかさず告げるジュンイチに答え、なのはとフェイトはチャージを完了し――
「スターライト、ブレイカー!」
「フォトンランサー、ファランクスシフト!」

 二人の放った必殺の攻撃が、戦闘の終了を告げた。

「大技連発、お疲れサマ」
「えへへ、さすがにちょっとお疲れです」
 合身したままねぎらうジュンイチに、なのはは少し苦笑しながら答える。
「けど……あのクモ、なんであんな強力に……?」
 しかし、あの巨大グモのパワーアップと大グモ達の弱体化の原因はわからぬまま――首をかしげるフェイトだったが、
「あ、その原因ならそろそろ“落ちてくる”と思うぞ」
「え?」
 あっさりと答えたジュンイチに、ユーノが首をかしげると――
「……ほら」
 ジュンイチが告げると同時、彼らの目の前にそれはゆっくりと降下してきた。
 彼の言うところの『原因』、その正体は――
「ジュエル、シード……?」
「だと思ったよ。
 瘴魔獣への進化もすっ飛ばすほどに急速な巨大化を遂げたんだ。原因として思い当たるのはこれしかない。
 それより――」
 つぶやくフェイトに答え、ジュンイチは告げた。
「どっちでもいいから、呆けてないで封印しろよ」

「へぇ、そんなことがあったんですか」
「あぁ。おかげで散々な目にあったよ」
 尋ねるジーナに、ジュンイチはため息まじりにそう答える。
 なのは達はと言えば、外でゴッドドラゴンの外装を洗ってあげている。ゴッドドラゴンもまんざらではないのか、今のところ彼女達の好きにやらせているようだ。
「ってゆーか、あれだけバカデカい“力”なら、出てきた時点でお前らも感知できたはずだろ。
 なのに、こっちをあっさり見捨てやがって……」
「あれ、勝てない相手だった?」
「そりゃ普通なら勝てる相手だったけどさ……」
 尋ねるライカに答えると、ジュンイチはため息をつき、
「若干1名、足引っ張ってくれたから」
「あぅ……ごめんなさい……」
 ジュンイチの言葉に、美由希は思わずシュンと縮こまって謝罪した。

「それにしても……」
 ゴッドドラゴンの外装を磨きながら、フェイトはふと口を開いた。
「なのは、今日のあの敵、なんだか変じゃなかった?」
「変って?」
 聞き返すなのはに、フェイトは少し考えながら答えた。
「だって……アイツ、私達の攻撃のエネルギーを吸収したんだよ。
 ジュンイチさんの話じゃ、ゴッドブレイカーのエネルギーもかなり吸われたらしいし……その話が本当なら、他のクモ達のエネルギーを吸い取っていたのも……
 瘴魔だった、ってことを差し引いても、今までとは違った……」
「そういえば……」
 つぶやき、なのはもまた今日戦ったあの巨大グモのことを思い返した。
 ジュンイチの話によればあの手のクモ型瘴魔にエネルギーの吸収能力はなかったという。つまりあの能力はジュエルシードによって与えられたものだということになる。
 だが、今までのパターンではどんな発動形態にしろジュエルシードが“力”を『与える』形で発動していた。
 特殊能力を得るケースも皆無ではなかったが、どれも強化や補助系ばかりで、『吸い取る』形での発動など、今までの前例にないケースだ。
「どういうこと? ユーノくん」
「わからない。けど……」
 なのはに答え、ユーノは付け加えた。
「あのジュエルシードに、何か異変が起きていたのかも……」
「異変……?」
 首をかしげるなのはだが――彼女達にそれ以上の答えを見出すことはできなかった。


 

(初版:2006/08/06)