「はわぁ……」
 地下空洞にそびえ立つブレイカーベースの威容を前に、なのはは思わず声を上げた。
「ここが、ジュンイチさん達の基地なの?」
「まぁな」
 こちらもブレイカーベース初訪問となるフェイトの問いにジュンイチが答えると、
「みんな、中を案内してあげるね!」
 元気にそう言ってなのはの手を引くのは、なのはと同年代くらいの金髪の女の子――“風”のブレイカー、ファイ・エアルソウルである。
 すでに先日自己紹介をすませ、今ではすっかり仲良しさんだ。なのはやアリサ達はファイの後に続き、ブレイカーベースの中へと向かう。ファイのプラネル、ワシ型のソニックも一緒だ。
「やれやれ、元気なことで……」
 そんななのは達の様子を見て、ジュンイチが苦笑まじりにつぶやくと、
「そのセリフをアンタが言う? 体力の塊みたいなヤツが」
 ため息をついてジュンイチに言うのは、自身のパートナーである鳳凰型プラネル、鳳龍フォウロンを抱きかかえたライカだ。
「けど、誰かついていかなくていいんですか?
 ファイちゃんのペースに合わせてたら、なのはちゃん達の体力がもたないんじゃ……」
 そんなジュンイチ達に、ライオン型のパートナープラネル、ライムを従えたジーナが言うが、ジュンイチの態度は平然としたもので、
「あー、そりゃ大丈夫だろ」
「どうして?」
 尋ねる美由希に、ジュンイチは答えた。
「どーせ作業室あたりで足止めくらうに決まってる」
 その言葉に、意味するところに気づいたジーナとライカは苦笑し、美由希とアルフは首をかしげ――

「やっぱり……」
 ジュンイチの読みの通り、なのは達は作業室で足止めをくっていた。
 目の前で繰り広げているのはすずかが巫女装束を着た黒髪の少女――“水”のブレイカーにしてブレイカーズ随一のメカフェチ、水隠鈴香と交わす専門トーク。なのは達は鈴香のタカ型プラネル、ガルダーと共に完全に状況から置いてきぼりにされている。
「……ジュンイチさん、助けてぇ〜〜」
 飛び交う意味不明の単語に完全に音を上げ、助けを求めるなのはの言葉に、ジュンイチはため息をつき――告げた。
「あと2時間くらい耐えろ」
 つまりは彼にもムリらしい。
「こーなったら、話のネタが尽きるか瘴魔が出るかしないと鈴香さんは止まんねーよ。
 終わるまで付き合ってやるから――」
 言いかけ――ジュンイチは動きを止めた。
 見ると、止まっているのはジュンイチだけではない。ジーナやファイ、ライカ、さっきまでマシンガントークを放っていた鈴香もその動きを止めている。
 この5人が共通して動きを止める要因があるとすれば――
「もしかして……」
「あぁ」
 尋ねるフェイトに、ジュンイチは答えた。
「瘴魔だ」
 ジュンイチが告げると同時――ブレイカーベースを統括するメインAI“クロノス”が一同に告げた。
《市街区に瘴魔獣が出現。
 すでに巨大化を確認。ブレイカーロボでの出撃を提案します》

「龍神合身! ゴォォォッド! ブレイカァァァァァッ!」
 合身を完了し、ゴッドブレイカーが大地に降り立つ。
 同様に、ライカもカイザーブレイカーに合身し、ジーナやファイ、鈴香もそれぞれのブレイカービーストで駆けつける。
 対峙するのは1体の巨大瘴魔獣。ベースとなった生物はまだわからないが、全身に無数の突起が生えている。
《ジュンイチさん、ホントに手伝わなくてもいいんですか?》
「いらねぇよ。
 元々オレ達ゃこっちが本職なんだ――お前らはジュエルシードの発動に備えて待機だ」
 念話で尋ねるなのはの問いに、ジュンイチはそう答えて巨大瘴魔獣へと向き直る。
「今さら巨大瘴魔獣1体ぐらいでどうにかなるもんか!
 一気に叩きつぶしてやる!」
 咆哮し、巨大瘴魔獣へと突っ込むジュンイチだが――次の瞬間、巨大瘴魔獣の全身の突起がミサイルとなって放たれる!
「どわぁぁぁぁぁっ!?」
 突然のカウンターに驚きながらも、ジュンイチはすぐに反応した。ゴッドセイバーを抜き放ち、ミサイルを叩き斬る。
「何だよ、コイツ!
 まるでどこぞのミサイル超獣じゃねぇか!」
「わかる人にしかわからないボケ方してんじゃないわよ!」
 後退し、うめくジュンイチにツッコむと、ライカは瘴魔獣をにらみ返す。
「とにかく、うかつに突撃するのは危険ってことだね……」
「だったら、遠くから狙撃してやるまでだ!」
 ブイリュウの言葉に答え、ジュンイチは再び瘴魔獣と対峙し、
「ウィング、ディバイダー!」
 ジュンイチが叫び、ゴッドブレイカーの背中のゴッドウィングがキャノン形態に変形、さらに両バレル内側の装甲が展開され、一対の反応エネルギー砲となる。
 そして、ジュンイチは銃口を瘴魔獣に向け、
「ウィングディバイダー、チャージ!」
 ジュンイチの叫びと同時、ウィングディバイダーの放熱デバイスがすべて開放、精霊力を攻撃エネルギーに変換、さらに高出力に収束していく。
 そして、ジュンイチは両キャノンの下部にセットされたトリガーを握り、
「ゼロブラック――Fire!」
 叫ぶと同時にトリガーを引き、放たれた閃光が、瘴魔獣を直撃する!
 そして、瘴魔獣の身体に“封魔の印”が浮かび――瘴魔獣は大爆発を起こし、四散した。

「やったぁ!」
 ジュエルシード絡みでなくても、ジュンイチに「手伝い無用」と言われても、それでもなのは達は現場の近くまで来ていた。近くのビルの屋上で戦いとも言うほどでもない戦いの様子を見物し、アリサが歓喜の声を上げる。
「もう、あのレベルの相手じゃジュンイチ達の敵じゃないね」
「そうだね」
 肩をすくめるアルフの言葉に美由希がうなずくと、
「………………あれ?」
 なのはがそれに気づいた。
「どうしたの、なの――」
 言いかけ――フェイトも気づいた。
 そして――二人は自然と、その名を口にした。

『ジュエルシード……?』

 四散し、散らばった瘴魔獣の破片を前に、ジュンイチが勝ち鬨の声を上げる。
「爆裂、究極! ゴォッドォッ! ブレイ――!」
 しかし、声を上げかけたジュンイチはその動きを止めた。
 目の前に現れたそれを見て。
 青く輝く結晶体。これは――
「ジュエルシード……!?
 発動、したってのか……!?」
 思わずジュンイチが声を上げたその瞬間、それは起こった。
 突然、四散した瘴魔獣の残骸が震え始め――それぞれに身体を再生、新たな巨大瘴魔獣となって蘇える!
 その数――10体。
「な、何ぃぃぃぃぃっ!?」
 ジュンイチの驚きの声が、全員の心境を代弁していた。

 

 


 

第18話
「1/10の標的ターゲット

 


 

 

「こ、これ、どうなってるんですか!?」
 散開し、自分達を包囲した巨大瘴魔獣を前に、ジーナはランドライガーのコックピットで声を上げた。
「ど、どうなってるって……
 ジュエルシードの影響なのは間違いないんだろうけど……!」
 ワケがわからないのはこちらも同じだ。ジュンイチもまた困惑しながら周囲を見回し――それでも、身体はすぐに反応した。右半身を大きく引き、握りしめた拳の周辺にエネルギーの渦が巻き起こる。
「いっ、けぇっ!
 クラッシャー、ナックル!」
 咆哮と同時に右腕を射出、荒れ狂うエネルギーの渦を導き、放たれた拳が巨大瘴魔獣の1体に突っ込んでいき――すり抜ける!
「――――――っ!?」
 驚愕しながらも、ジュンイチはすぐに他の1体に向けて炎を解き放つが、やはりその炎もすり抜け――
(………………ん?)
 その光景に、ジュンイチはわずかに違和感を覚えた。
 すり抜けたにしては、今の攻撃はどこかおかしかった。だが、それが一体何なのか――
 しかし、その答えを探る時間を相手は与えなかった。巨大瘴魔獣の1体が咆哮し――全身から放たれたミサイルがジュンイチ達に襲いかかる!
「フンッ! どうせそれも実体はないんでしょ!?」
 対して、幻と決めてかかって余裕のライカだが――
「バカ、かわせ!」
 そんなライカの肩をつかんでジュンイチは離脱し――ミサイルの一部が地面に着弾、爆発を巻き起こす!
「そんな!?
 あれ、幻じゃないの!?」
「いえ――幻もあります!
 あの幻の中に、本物のミサイルを紛れ込ませているんです!」
 ファイの言葉にジーナが答え、彼女達もまたミサイルをかわす。
「このっ!
 なめんじゃなわよ!」
 やりたい放題の瘴魔獣に対し、まず最初にライカがキレた。カイザーソードをかまえ、巨大瘴魔獣の1体に斬りかかるが、やはりその斬撃はすり抜け――逆に右腕の一撃がライカカイザーブレイカーを殴り倒す!
「どういうこと!?
 コイツら――幻じゃないの!?」

「ど、どうなってるのよ、アレ!?」
 ジュエルシードの力で突然増殖した、実体とも幻とも言えない巨大瘴魔獣――苦戦するジュンイチ達を前に、アリサが思わず声を上げる。
「すずかちゃん、何かわからないの!?」
「い、今サーチしてるけど……!」
 尋ねるなのはに、自身のデバイス“サウザンドアイ”を起動させて分析を開始するすずかだが、
「どうなってるの……!?」
 その結果に、彼女は目を見開いた。
「全部の瘴魔獣に実体反応……!?
 けど、だからって実体ってほど質量もなくて……!?」
 一体どういうことなのか――ワケがわからず、すずかはデータを目で追っていくことしかできない。
 と――
「き、来た!」
 自分達に向けて飛来してくる、多数のミサイルの流れ弾に気づき、ユーノが声を上げる。
「実体!?」
「それとも幻!?」
 戸惑いながらもデバイスを起動させるなのはとフェイトだが――
「――――――っ!?」
 分析結果を見たすずかの顔が凍りついた。
(――全部実体!)
 だとすれば、なのはやフェイト、二人がかりでも全員を守るのは不可能だ。警告を発する間もなく、ミサイルがなのは達に降り注ぎ――
「――危ない!」
 そんな彼女達をかばい、ジュンイチが盾となってミサイルを受け止める!
「ぅわぁっ!」
「ジュンイチさん!?」
 声を上げ、その場に倒れ込むジュンイチの姿になのはが声を上げ――突然、瘴魔獣達は姿を消していった。

「みぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
「ふみゃあぁぁぁぁぁっ!?」
「はいはい、じっとして」
「ブイリュウもよ。
 薬が塗れないじゃない」
 傷口を消毒され、思わず声を上げるジュンイチとブイリュウをたしなめ、美由希とライカは傷の手当てを続ける。
「ジュンイチさん……大丈夫なんですか?」
「ん? あぁ、ぜんぜん平気さ。余計な消毒さえなきゃな」
 尋ねるなのはに答えるジュンイチだが――
「どこが平気だってのよ、このバカは」
 そんなジュンイチの頭を、ライカは軽く引っぱたいた。
「アンタ、さっきなのはをかばった時、ロクに“力”も錬れないままに防壁張ったでしょ。
 おかげで、“力”を大きく消耗してる――たぶん、ブイリュウやゴッドドラゴンのサポートなしじゃ着装だってムリでしょうね」
 その言葉に、ジュンイチは憮然とした表情で視線を逸らす。
「いくらアンタの治癒能力が人間やめてても、“力”の回復速度についてはあたし達と変わらないんだから。
 少なくとも1両日中は安静にしてること。いいわね?」
「えー?」
「『えー?』じゃないっ!
 ほっとくとアンタすぐムチャするんだから、そーでも言っとかないと飛び出してっちゃうでしょうが!」
 不満の声を上げるジュンイチにライカが言い返すと、
「あの……」
 どこか気まずそうに、すずかが口を開いた。
「すみません。
 あの時、わたしがもっとしっかり分析してれば……」
 瘴魔獣のミサイルが迫ったあの時、自分がもっと早くあのミサイルが実弾だと気づけていたなら、きっと対処できた――ジュンイチがかばい、傷を負うこともなかった。“力”を消耗することもなかった。
 そう思うと、謝らずにはいられなかったすずかだが――
「気にするな」
 対して、そんな彼女にジュンイチはあっさりとそう告げた。
「表に出さなかっただけで――白状すれば、オレだってあの状況にはパニクってたんだ。
 この中で一番場慣れしてるオレでさえそうだったんだ。謝られるような立場じゃないよ、オレも」
「でも……」
 なおも告げようとするすずかだったが、ジュンイチはかまわず立ち上がり、
「じゃ、そーゆーことでオレはライカの言いつけどおり休ませてもらわぁ。逆らうと怖いしな。
 例の瘴魔獣の方は、見つけても絶対にムチャするんじゃねぇぞ」
 それだけ告げると、ジュンイチはそれ以上の反論を待たずにその場を後にした。
 そんなジュンイチの姿に、すずかもまた肩を落として司令室から出て行き――その姿を見送ったなのははユーノに声をかけた。
「ユーノくん……」
「うん……
 すずか、辛そうだった……」
 同様にすずかを見送り、ユーノが答えると、
「そりゃそうよね……」
 つぶやいたのはアリサだった。
「あの子の科学関係の頭の良さは二人も知ってるでしょ?
 その頭の良さで、なのは達の力になろうとがんばってきたのに……その知識が通用しない相手が出てきたんだから……」
「うん……」
 なんとかしてあげたいが、すずかに理解できない未知の敵が相手では、自分達の頭ではどうすることもできない――なのはは複雑な表情で、すずかの出て行ったドアを見つめることしかできなかった。

「ふぅ……」
 ブレイカーベースのある地下空洞から出て、青空を見上げてすずかは思わずため息をついた。
 何もできなかった――無力感が胸を締めつける。
 自分にできることでなのはの力になろうとがんばってきた。そのためにジュンイチから“サウザンドアイ”をもらったのだ。それなのに――
「すずかちゃん?」
 と、そんな彼女に声をかけてきた者がいた――振り向き、すずかはその名を呼ぶ。
「……鈴香、さん……?
 それに、ガルダーくんも……」
「同じ『スズカ』で、ちょっとややこしいですね」
 つぶやくすずかに、ガルダーを連れた鈴香は苦笑まじりに肩をすくめた。

「………………ふむ」
 ライカによって隔離された、ブレイカーベース・メディカルスペースの一室――クロノスに回してもらった先の戦闘の記録映像を前に、ジュンイチは息をついた。
「やっぱ、何か変だよな……」
 どうしても違和感をぬぐえない。自分やライカ、ジーナ達の攻撃が瘴魔獣の身体をすり抜ける瞬間――そのいくつかの映像に、何か引っかかるものを感じる。
《アースラに映像を送り、分析を依頼しますか?》
「そうだな……」
 クロノスの言葉にしばし考え――ジュンイチは告げた。
「……いや、いい。
 この映像から得られる分析データなんて、アースラもここもさして変わらないよ。何しろ分析対象が同じなんだから」
「じゃあ、どうするの?」
「アイツらに任すさ」
 あっさりとジュンイチはブイリュウに答える。
「アイツらはオレ達と同じで――リアルで見てた。
 オレじゃムリでも……あの二人なら、きっと答えにたどり着ける」
《『あの二人』……ですか?》
「そう、あの二人。
 鈴香さんと――」
 クロノスに答え、ジュンイチは笑顔で告げた。
「――すずかだ」

「なるほど……
 それで、今回役に立てなかったのが悔やまれる、と……」
「はい……」
 鈴香が下宿している親類の神社――水隠神社の社務所で、すずかはそう答えて出されたお茶をすする。
「わたし……なのはちゃんの役に立ててるって思ってました……
 ジュンイチさんにアリサちゃんが掛け合ってくれて、“サウザンドアイ”をもらって……一緒に戦ってるって、思ってました。
 けど……今度の瘴魔獣には、何もできなくて……!」
 告げるすずかの視線はずっと下を向いたままだ。
「わからないんです……!
 自分のできることで、なのはちゃんの力になりたいのに……それなのに、あの瘴魔獣がジュエルシードの力で得た能力が一体何なのか、ぜんぜんわからなくて……」
 そんなすずかの言葉を、鈴香は黙って聞いている。
 この子は自分と同じだ――そんな気がする。
 共に機械を扱う道を選び、同じ魔と戦う道に足を踏み入れ、そして今――ここにいる。
 だからこそ――鈴香は彼女に告げた。
「……なんとなく、わかります。
 私も……まぁ、元々退魔士ではあったけど、機械専門だったのがブレイカーになったとたんに科学分析担当になっちゃいましたからね……」
「鈴香さんも……?」
 ようやく顔を上げ、尋ねるすずかに笑顔でうなずき、続ける。
「ジュンイチさんと会った頃にはもう、ずいぶん慣れてましたけど……最初はとにかく大変でしたよ」
「そんなに大変だったんですか?」
 鈴香の答えは苦笑だった。
「どんな能力を見せるかわからない。どんなきっかけでどんな能力を得るかもわからない――それが、魔を相手にするということです。
 それを分析するとなると、科学面からの観点だけじゃすべては見えない――論理面にも、そして時には感情面にも目を向けて、全体を見なければならなかった……
 けど、退魔士としての仕事はその手間がありませんからね――今から考えると楽なものでしたよ。
 人霊なんて特にわかりやすかったですよ。あぁいう人達は、心残りがあってこの世に留まってる――そういう意味じゃ、むしろロジックの塊なんですから。行動原理なんて実に読みやすかったものですよ」
「そうなんですか」
 鈴香の話に思わず笑みをもらし――すずかは動きを止めた。
(『行動原理』……?)
 その一言に引っかかりを覚える。
「あの瘴魔獣の能力はわからない……」
 同時に鈴香も気づいたようだ。ポツリとつぶやく。
「けど、わかるものはある……」
 ガルダーもまたつぶやく。
 そして――顔を見合わせ、3人は同時に叫んだ。
『そうした理由!』

「見つからないね……」
「あの巨体だから、そうそう隠れられる場所なんてないと思うんだけど……」
 せめて敵の位置だけでもつかんでおきたい――街に出て瘴魔獣達の探索を開始したなのは達だが、陽が沈もうとしている現在もその姿を捉えられずにいた。
 先程から飛ばしているサーチャーにも、何の反応も確認できない。
《まぁ、『あの巨体』って言っても、相手は半分ユーレイみたいなものだからねぇ……》
《実体化を解いて隠れてる可能性は、十分にあるってコトだね……》
 別の場所で探索しているアリサとアルフが念話で告げると、
《でも――確実に現れるよ!》
 突然、回線に割り込みがあった。相手は――
「すずかちゃん!?」

 そのすずかは、現在なのは達と合流すべく、ガルダーと共に着装した鈴香の背に捕まって上空を飛行していた――背中のすずかに代わり、鈴香がユーノに尋ねた。
「ユーノくん!
 ジュエルシードの暴走体は、どうして暴れるんですか?」
《え………………?
 それは厳密に言うと暴れてるワケじゃなくて、持ち主を探して動き回る際の、その行動を阻もうとする障害に対する防御行動であって……》
「そう!
 ジュエルシードはただ単純に使ってくれる持ち主を探してるだけ! 暴走体はそのためのただの防御手段でしかありません。
 そして、それは今回の瘴魔獣も例外じゃない――私達に倒された瘴魔獣の残骸を、ジュエルシードが自らを守るための護衛として再利用しているだけなんです」
 鈴香がそう告げて――今度はすずかが一同に尋ねた。
「それを踏まえてみんなに聞くけど……
 今回のジュエルシードは、“どうしてわざわざ瘴魔獣を増やしたの”?」

「あ………………」
 すずかの指摘によって初めてそのことに思い至り、なのはは思わず声を上げた。
《私達は、敵の能力の正体にばかり意識が向いて、どうしてそうしたか――その行動理由を見落としていたんです。
 あのジュエルシードは、なぜわざわざ瘴魔獣を分身させて再生させたのか――なぜわざわざ、そんなコントロールも維持も大変な方法を選択したのか?
 その答えは明白です》
「自分を守るため……」
《そう!》
 鈴香に告げるフェイトの言葉に、すずかは力強くうなずいた。
《あのジュエルシードは、たぶん瘴魔獣の残骸の頭部に取りついて、そこから全体に指令を送ってる――そうして、他の残骸を媒介に、極めて低密度な分身体を作り出した……
 すべては、自分の宿っている頭部を隠すために……》
《そうか……あたし達の攻撃がすり抜けたのは、そこが媒介にしてる部分じゃなくて、分身として作られた非実体の部分だったから……
 そして、あたしが殴られた時は、実体であるボディの部分を使った――あたしが相手にしてたのは、右腕の残骸を媒介にした分身体だったのね!?》
 すずかの説明に納得し、ライカが思わず割り込んできて告げる。
「じゃあ、ジュエルシードの宿った頭部が本体!?」
「なら、そこを叩けば、ジュエルシードは分身体のコントロールができなくなる……」
 なのはとフェイトが顔を見合わせてつぶやくと、今度はファイが尋ねた。
《けど、いくら対策がわかっても、肝心の瘴魔獣が出てきてくれないとどうしようもないよ?》
《それなら大丈夫!》
 しかし、すずかはファイに自信タップリに答えた。
《ジュエルシードの暴走体の目的は、ただ自分を使ってくれる所有者を探し出すこと――
 だったら――自分を使えるかもしれない、“力”の強い人のところに現れる!》
「え………………?」
 その言葉に、なのはの顔が引きつった。
 今のすずかの理屈で言うと、次にジュエルシードが現れるのは、現在探索に出ているメンバーの中で、出力ランキングのワンツーフィニッシュを決めている――
『わたし達のところ!?』
 なのはとフェイトの声がハモり――それを待っていたかのように、彼女達を中心に瘴魔獣達が姿を現した。
「わわわわわっ!? 出たぁっ!」
「ユーノ、結界!」
「うん!」
 あわてるなのはに対し、フェイトとユーノは冷静だった。すぐに結界を張り、周囲の空間を隔絶する。
「なのは! 本体さえ叩いちゃえばこっちのものだ!」
「うん!」
 ユーノの言葉に、なのははようやく落ち着きを取り戻した。レイジングハートをかまえ、フライヤーフィンで上空へと飛び立つ。
「よぅし!」
 さっそく攻撃すべくレイジングハートを振りかぶり――なのはは気づいた。
「本体って……どれ?」
「え………………?」
 その言葉に、ようやくユーノはそのことに気づき――そんな彼女達に向けて、瘴魔獣達が一斉にミサイルを斉射する!
「わっ、ちょっ、待っ!?」
 自分達ではどれが幻でどれが実体かわからない――あわてて回避行動に出るなのはだが、重機動のなのはでは回避するだけで手一杯。とても本体を見つけ出して反撃、というワケにはいかない。
「――それなら!」
 対して、反撃に出たのがフェイトだった。ミサイルを回避しながら蓄え続けていた“力”を解き放つ。
 放つ魔法は――
「サンダー、レイジ!」
 もちろんこの魔法――彼女が非詠唱で撃てる中でも最大の威力、及び攻撃範囲を発揮できる雷撃魔法が、すべての瘴魔獣に向けて降り注ぐ!
 どれが本体かわからなくても、これはさすがに直撃したはずだ。案の定瘴魔獣達は動きを止めるが――すぐに復活。なのは達への攻撃を再開する!
「フェイトちゃん!」
「ダメだ……!
 サンダーレイジでも、わたしひとりだけの出力じゃ、相手が大きすぎてダメージにならない……!」
 なのはの言葉に、フェイトはミサイルをかわしながらうめくように答える。
「せめて、ジュンイチさんがいれば、バルディッシュフォームのゴッドブレイカーで撃てるのに……!」
 フェイトがつぶやくと、
「ううん――手はあるよ!」
 その声は念話ではなく、間違いなく肉声だった。
「――すずか!?」
 振り向いたフェイトの視線の先で、鈴香の背につかまったままのすずかは笑顔でうなずいてみせる。
「フェイトちゃん。
 今の魔法、まだ撃てる?」
「う、うん……」
「なら、お願い!」
 すずかのその言葉に、フェイトは再びサンダーレイジのためのチャージに入る。
「なのはちゃんはスターライトブレイカー……はまだ撃てるほど魔力放出してないから、ディバインバスターを準備してくれないかな?
 できるだけ高出力にチャージして」
「いいけど……どれが本体かわからないんじゃ……」
「大丈夫ですよ」
 チャージを始めながら告げるなのはに、鈴香は笑顔で答えた。
「本体は――“すぐにわかりますから”
「あ………………
 なるほど、そういうことですか!」
「え? 何? 何!?」
 納得し、声を上げるユーノだが、なのははなんのことはわからない。完全に会話から置き去りにされている。
 そうしている内に、フェイトはチャージを終え――
「みんな――巻き込まれないように気をつけて!
 サンダー、レイジ!」
 再び巻き起こった雷撃の渦が、瘴魔獣達を包み込み――すずかが声を上げた。
「なのはちゃん!
 “頭に攻撃を受けてる瘴魔獣を狙って”!」
「――――――っ!」
 ようやくなのはにも合点がいった。
 確かにサンダーレイジは相手にダメージを与えることはできなかった。
 だが――本体に当てることはできていたのだ。
 だからこそ、すずかはフェイトにもう一度撃ってもらい、本体を探し出すための布石としたのだ。
 そして、
「――――――そこっ!」
 ついに見つけた。頭部に雷撃を受け、自身の視界いっぱいに火花を散らしている瘴魔獣へとレイジングハートを向け、
「いっけぇっ!」
〈Divine Buster!〉
 放たれた桃色の閃光が、瘴魔獣の頭部を直撃する!
 とたん、瘴魔獣達に異変が起きた。一斉に苦しみ出し、実体でない部分の像が乱れ始める。
「やった、効いてる!」
「分身体の制御が、できなくなってる……!?」
 ユーノとフェイトがつぶやく目の前で、分身体は消滅。残った残骸が本体へと戻り、元通り1体の瘴魔獣へと再生する!
「あー、もうっ! 往生際が悪いんだから!」
 言って、なのはは再びレイジングハートをかまえ――
「後はお任せ!」
 そんな彼女の頭上を駆け抜け、飛来したのはファイの駆るスカイホーク――翼から竜巻を放ち瘴魔獣の動きを止め、
「いっけぇっ!」
 そこへジーナのランドライガーが突撃。前足から放たれた爪の一撃が瘴魔獣に叩きつけられる!
「ファイちゃん! ジーナさん!」
「瘴魔獣の戦いとなれば、あたし達ブレイカーズの仕事だもん!」
「なのはちゃん達は、瘴魔獣を倒した後のジュエルシードの封印に備えてください!」
 声を上げるなのはに答え、ファイとジーナは再び瘴魔獣と対峙する。
 そして――
「ガルダー!」
「オープン、ザ、ゲート!」
 鈴香の言葉に答え、ガルダーが上空にブレイカーゲートを展開。その奥からそれは姿を現した。
 鈴香の駆るタカ型ブレイカービースト、マリンガルーダである。

「エヴォリューション、ブレイク!」
 鈴香が叫び、マリンガルーダが上空高く舞い上がり、ランドライガーとスカイホークがその後を追う。
「マリン、ブレイカー!」
 鈴香の叫びを受け、マリンガルーダの両足が折りたたまれ、鷹の頭部が胸部に倒れる。
 続けて、スカイホークも変形を開始。翼が基部から分離し、頭部が胸部へと移動するとボディが腹側、背中側の二つに分離、腹側がスライド式に伸びると下部から拳が飛び出して左腕に、背中側も上部から大腿部が飛び出して左足に変形する。
 ランドライガーは四肢が折りたたまれるとボディの左右両側が分離、残った中央部はスカイホークと同様のプロセスで変形し、右腕と右足へと変形する。
 そして、変形したマリンガルーダの左右に分離していたランドライガーの左右両側のパーツが合体して人型ロボットのボディとなり、そこへ変形の完了した四肢が合体、さらにスカイホークの翼が二つに折りたたまれて左腕に合体、シールドとなる。
 最後に、ボディの内部から頭部が飛び出し、人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
「マリン、ユナイト!」
 鈴香が叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
 システムが起動し、カメラアイと額のクリスタル――Bブレインが輝く。
 すべての合身プロセスを完了し、鈴香が名乗りを上げる。
「水神合身! マリン、ブレイカー!」

「あれが……」
「鈴香さんの、合身……」
 合身を完了し、瘴魔獣と対峙するマリンブレイカーの姿に、なのはとすずかが思わず声を上げる。
「いきます!」
 なのは達の見守る中、先に動いたのは鈴香だった。後方に跳躍すると左手にシールドとして装着されたスカイホークの翼が展開され、その翼の両端が精霊力の光で作られた弦で結ばれ、弓に変化する。
 そのまま、鈴香は着地と同時に瘴魔獣に向けて弦を引き絞り――そこに精霊力が収束、光の矢を形作り、
「スカイ、アロー!」
 放たれた矢が、回避も許さず瘴魔獣の左肩に突き刺さる!
 対して、咆哮しながらミサイルを放つ瘴魔獣だが――距離が開きすぎている。鈴香はあっさりと軌道を見切り、そのすべてを回避、または撃墜する。
 しかもそれだけでは終わらない――爆炎に紛れ、鈴香は素早く呪文を詠唱する。

 ―― 全ての命を育みし
偉大な母なる大海よ
すべての子らを脅かす
邪悪な者を滅ぼすために
汝の刃を我に与えん!

水流破斬刃ストリュウム・エッジ!」
 詠唱完了と同時に術を発動。鈴香マリンブレイカーの両腕に発生した水流が渦を巻き、巨大なチャクラムとなって瘴魔獣を襲い、その両腕を斬り落とす!
「とどめです!」

「マリントライデント!」
 鈴香が叫び、かまえたマリンブレイカーの右手に精霊力で操られた周囲の水分が飛来し収束、再構成され三又の矛――マリントライデントが作り出される。
 そして、鈴香はその矛先に残った水流をまとわせ、
「マリン、ホールド!」
 叫ぶと同時にトライデントを振るい、放たれた水流が精霊力を帯びて瘴魔獣を拘束、その動きを封じ込める。
 相手の動きを封じたのを確認すると鈴香は背中のバーニアを吹かし、一直線に瘴魔獣へと突っ込み、
「荒海――調伏!
 スプラッシュ、ポセイドン!」

 精霊力の光をまとったマリントライデントが、瘴魔獣を切り裂く!
 そして、マリンブレイカーが離脱すると瘴魔獣の身体を断ち切ったその切り口に“封魔の印”が現れ――大爆発を起こし、瘴魔獣は今度こそ消滅した。

「ま、今回のことはいい教訓になったな。
 ただ一点から物事を見るんじゃなくて、時には別の視点も必要だってことか」
 あの後、ジュエルシードも無事に封印された。帰ってきたなのは達のために夕食の準備を進めながら、ジュンイチは肩をすくめてそう告げる。
 夕食と言っても、回復しきっていないジュンイチは(ライカの独断によって)未だブレイカーベースからの外出を許されていない――結局ブレイカーベースに用意されたキッチンスペースでの食事である。
「それにしても……ジュンイチくん、今回はずいぶんと素直におとなしくしてたよね。
 いつもなら誰が何と言おうと現場に飛び出していくのに」
「あー……それはまぁ、アレだ」
 アルフと共に彼の手伝いで食器を用意していた美由希に答え、ジュンイチは告げた。
「さすがのオレも、消耗した状態でライカのオシオキ喰らったら死ぬって。マヂで」
「………………なるほど」
 その言葉に、実際にジュンイチがライカ(とジーナ)に半殺しにされる現場を見たことのある(第11話参照)美由希は思わず苦笑し――
「それに……」
 そんな彼女に対し、ジュンイチは付け加えた。
「すずか達には期待もしてたからな」
「期待……?」
「そ。期待」
 手を止めて聞き返すアルフに、ジュンイチはあっさりとうなずく。
「だってさ――オレの理解の及ばない部分をちゃんとフォローしてもらわないと、分析用のデバイスを与えた意味がないだろうが」
 その言葉に、美由希とアルフは思わず顔を見合わせた。
 何だかんだ言って参戦をしぶるのは相変わらずだが、結局彼もすずかや、なのは達をあてにしている――もっとも、彼にそれを指摘しても全力で否定するだけだろうが。
 素直じゃないジュンイチの姿に、美由希達は思わず苦笑し――
「それよりさぁ」
 そんな二人に、ジュンイチは尋ねた。
「なのは達はまだ“あそこ”か?」

「じゃあ、鈴香さん、ここは?」
「あぁ、そこは回路を並列にして負荷を減らしてあるんですよ。
 意外にそこはパワーを使いますから」
「だったら……」
 ブレイカーベースの作業室――そこでは、再び鈴香とすずかによる専門的マシンガントークが繰り広げられていた。
 なぜか当然のように同席させられたなのは達は、すでに1時間以上も置いてきぼりを喰らっている。
「……えーっと……ゴメンなさいね、なのはちゃん……」
「いえ……こちらこそ……」
 同じように同席させられ、謝罪するジーナの言葉になのはもまたため息まじりに謝り返す。
「なんでわたしまで……」
 呼ばれたはいいが完全にほったらかし――今回終始外野に終わってしまったこともあり、アリサは不満もあらわにつぶやき――
「……ごめん、ファイ……
 わたし、もう、限界……」
「って、フェイトちゃん!?
 あの二人をあたし達に押し付けないでよぉっ!」
 戦闘の疲れから睡魔に襲われ、意識を手放しかけているフェイトにファイはあわてて呼びかける。
(これで忍さんと出会ったら、どーなっちゃうんだろう……)
 すずか達二人だけでさえこうなのだ。さらにすずかの姉・忍まで加わったらどこまで暴走するのか――たぶんそう遠くない未来に実現するであろうその光景が脳裏に浮かび、なのはは先程よりも深くため息をつく――

 どうやら、今夜の食事は夕食ではなく夜食になりそうだった。


 

(初版:2006/09/03)