「そっか。無事『ハードル』は突破したか」
〈はい。なんとか〉
 声色から、受話器の向こうで苦笑する声が聞こえる――
 何のことはない、いつもの連絡――幸いまた晶が電話に出たため、青木達がその後どうなったのかを聞いた結果、先のやりとりとなった。
「ま、青木ちゃん達なら心配ないだろうし、無事に居座れればゴタゴタがあってもすぐに収まるだろ」
 そうジュンイチが告げた、その時――
「あぁぁぁぁぁっ!」
 ふと、リビングの方からなのはの叫び声が聞こえてきた。
〈今の……なのちゃんですか?〉
「っぽいな。
 悪い、ちょっと様子見てくる」
 言って、ジュンイチは受話器を置いてリビングをのぞき込む。
「……どうした?」
「あ、ジュンイチさん!」
 声をかけるジュンイチに、気づいたなのははあわててパタパタと駆け寄ってきた。
「ジュンイチさん、すぐ出かける用意してくれますか!?」
「ん? そりゃかまわんが……何事だ?」
 その問いに、なのははキッパリと答えた。
「登校日のこと忘れてました!」

 

 


 

第19話
「垣間見る“闇”」

 


 

 

「たぁぁぁぁぁっ!」
 咆哮と共に繰り出される無数の打撃を、橋本はあるいはかわし、あるいはさばき――1発のヒットも許さず流していく。
 明らかにそういう訓練を受けていない、だが経験と本能に裏打ちされた鋭い打撃だが――いかんせん、もっと速い打撃に彼は慣れていた。
 こちらとしてはあまり体力は使いたくない。向こうが怒涛の攻めを見せてくれるなら好都合。このまま消耗させ、カウンターを狙う――
 だが、彼のその思惑は次の瞬間崩れ去った。足元を狙った何かが彼の足を払い、橋本は仰向けに転倒する。
「もらったぁっ!」
 そのスキを逃さず、彼女は――尻尾で橋本の足を払った美緒は大きく跳躍、橋本へととどめの拳を繰り出し――
「――甘い!」
 橋本は力場の防壁を張ってそれを防ぎ、
「これで、詰みっ!」
 力場にめり込んで動きを止めた彼女の手をつかみ、そのまま極めて彼女を抑えつける。
「どうする? まだやる?」
「と、当然なのだぁっ!
 あたしの未来のためにも、こんなところで負けるワケにはいかないのだぁっ!」
 尋ねる橋本だが、美緒は必死の形相で言い返すと橋本の関節技を力任せに振りほどく。
「なめるな!
 負けられないのはこっちも同じだ!」
 すぐさま放たれた美緒の拳をかわし、橋本は言い返しながら腰の後ろのホルスターから多節棍を取り出すと美緒に向けて振るう。
「試合じゃないんだ――『卑怯』とか言わないよな!」
「望むところなのだ!」
 叫びと同時に両者が交錯、拳と棍がぶつかり合う。
「お互いの未来を賭けて――」
「この勝負、ただ全力を尽くす! のだ!」
 再び間合いが開き、両者が宣言し――
「あのさぁ……」
 そんな二人に、愛の車の整備を手伝っていた青木が声をかけた。
「余りのまんじゅうの取り合いで、そこまで深刻にバトるなよ」
「何を言うか、青木さん!」
「こーすけのまんじゅうは特別なのだ!」
 力いっぱい言い返してくる二人に、青木はスパナを片手にため息をつくと視線を二人の戦いを見守っている久遠、ファントム、ヴァイトの3名へと向けた。
 なんで彼らがそんなところにいるのかというと――
「とにかく、あまり時間はかけるなよ。
 そっちでチビ助3人が遊び場奪われて困ってるから」
「おぅっ!」
「わかったのだ!」
 久遠達の意図を正確に汲み取り、告げる青木に橋本と美緒がうなずき――
「あ、まんじゅう余ってんじゃん」
『あぁぁぁぁぁっ!』
 突然リビングから姿を現し、橋本と美緒が狙っていたまんじゅうを手にした真雪を前に、二人は思わず絶叫する。
 だが、そんな二人を一切気にすることなく、真雪は青木に声をかけた。
「にーちゃん、電話。
 恭也んトコの晶から」

〈と、ゆーワケで、今日中になのちゃん達にお土産を買わせて、一度こっちに戻るそうです。
 日取りはまた後日連絡、っていう話ですけど……〉
「あー、そうなんだ。
 こっちはこっちで……まぁ、男手、しかも心得のあるヤツばっか3人もいれば家事なんてすぐ片付くし、出迎える時間なら取れるだろ。
 じゃ、詳しい時間が決まったらまた連絡してくれ」
 受話器の向こうの晶にそう答え、青木は電話を終えた。
「青木くん、晶ちゃんは何だって?」
「あぁ、ウチのリーダーからの伝言を晶ちゃんが。
 なんか、一旦こっちに戻ってくるそうで、その時には出迎えに行ってきます」
 耕介の問いに答えると、それに興味を抱いたのは真雪である。
「へぇ、お前さん達のリーダーか。
 確か、ぼーずとタメ年なんだって?」
「えぇ。
 学年としては晶ちゃんと美由希ちゃんの間、高1になりますか……」
 どうやら、自分は『にーちゃん』、橋本は『ぼーず』というのが彼女にとっての自分達の呼称らしい。だったらジュンイチが彼女と対面したら何て呼ばれるんだろう――そんなことを考えながら、青木は真雪の問いにそう答える。
「ふーむ……」
 対して、真雪はそんな青木の答えにしばし考え込み――やがて一言。
「……面白そうだな」
「………………」
 何やら猛烈にイヤな予感がするが、触らぬ神に何とやら――青木はため息をつき、車の整備に戻ることにした。

 時間にしてそれから数十分後。ジュンイチの世界、府中駅前のデパートの土産物屋にて――
「……で、だ……」
 自分の周囲のその状況に、ジュンイチはため息をついてなのはに声をかけた。
「確かに同行は快諾したが――何でオレまで土産買うのにつき合わされているのか、その理由を問いただしてもいいか?
 『荷物持ち』とか言うなら今すぐ帰るぞ、回れ右して」
「そういうんじゃないですけど……」
 ジュンイチの問いに、なのはは土産を物色しながらそう答え、
「やっぱり、お出かけってみんなで行った方が楽しいじゃないですか」
「………………本音は?」
「お小遣いピンチなのでスポンサーになってくれたらなー、とか思っちゃったりしてるんですけど……」
「素直でよろしい」
 なのはの答えにため息をつき、ジュンイチは財布を取り出し――
「あ、わたしじゃなくて……」
 そんな彼をなのはが止めた。
 そして、彼女の視線の先を見て――ジュンイチはなのはの意図に気づいた。
 なるほど、彼女らしいと思いながら、口を開く。
「フェイト、アリサ、すずか……それからアルフ。
 一品1500円以内ならおごってやる。それ以上でも金は出してやるが後日立替だ」
「いいの?」
「いいの」
 聞き返すフェイトに答え――ジュンイチはふと視線を動かし、
「ちなみに美由希ちゃんは所持金に余裕があるはずだから自腹ね」
「えー?」
「『えー?』じゃない。小学生やその使い魔と同等の扱いを望むな」
 口を尖らせる美由希にそう答えると、ジュンイチはついでにもうひとつ釘を刺しておくことにした。
「それから、アルフ」
「なんだい?」
「土産にドッグフードとか選ぶなよ。ンなの普通の土産物屋には置いてないし、もらって喜ぶのはそこにいるアリサくらいのもんだ」
「そ、そんなことあるワケないじゃないか! アハハハハっ!」
(やっぱり考えてやがったか……)

「ダメです」
 目の前で訴えるような視線を向けるファイや彼女達のプラネル一同を前に、ジーナはキッパリと答えた。
「ただでさえ今度ジュンイチさんが『向こうの世界』に行っちゃったらこっちのマスター・ランクのブレイカーがいなくなっちゃうんです。
 それなのに、自分達もついて行きたい、なんて何考えてるんですか」
「だってだって、いつもジュンイチお兄ちゃん達ばっかりで、あたし達って1回もなのはちゃん達の世界に行ってないんだよ。
 だから今回はあたしも行きたい!
 ね? ソニックもそう思うよね?」
 ジーナに答え、パートナープラネルのソニックに援護を求めるファイだったが、
「えーっと……
 ボクも、ジーナさんの言う通りだと思うな、うん」
「あー! 裏切り者ぉっ!」
 あっさりとジーナ側についたソニックにファイが声を上げると、
「そんなワガママ言わないの」
 そう言い出したのは、デスクで問題集と格闘していたライカである。
「ジュエルシードに堕天使、それに加えて瘴魔――ただでさえこっちの世界の方が厄介事抱えてるのに、そうそう向こうにばっかり戦力を割くワケにはいかないでしょ」
「だってぇ……」
「だいたいねぇ……」
 なおも何か言いかけたファイだったが、ライカはそれをさえぎって立ち上がり、
「あたしだって行きたいのガマンしてるんだから、自分ばっかりワガママ言うんじゃないわよ!
 アンタ行かせるくらいならあたしが行くわよ、あたしが!」

「そーゆー問題でもないんじゃ……」
 ライカの言葉に少々肩をコケつせながら、ジーナはライカの手元の問題集を見て、
「第一その問題集、夏休み中に片付けなきゃいけないんでしょ?
 まだ半分も終わってないじゃないですか」
「だからガマンしてるんでしょーが……」
 あまり触れられたくない話題に触れられ、ライカは泣き崩れながら再び机に向かったのだった。

 ――タンッ!
 音を立て、放たれた矢は的の中心へと正確に命中した。
 しばしその場を静寂が支配し――彼女は静かにかまえた弓を下ろした。
 鈴香である。
 と――そんな彼女に拍手が送られた。
 女子弓道部の部長だ。
「相変わらず見事な腕前ね、水隠さん」
「いえ、そんな……」
 部長に答え、鈴香は謙遜して微笑んで見せる。
「けど、いつもすみません、弓道場を使わせてもらって……」
「いいのよ。あなたがここで腕を振るってくれてるおかげで、ウチの子達も張り切ってるみたいだし」
 鈴香の言葉にそう答え――部長はふと真剣な表情で尋ねる。
「……やっぱり、ウチに入ってくれるつもりはないの?」
「えぇ……すいません。
 部活として本格的にやる時間は取れそうになくて……」
 告げて頭を下げると、鈴香はふと時計に目をやり、
「……あ、そろそろ部活の子達が来ちゃいますね。
 じゃあ、私はこれで」
「あぁ、それじゃあ」
 告げる部長の言葉を背に、鈴香は弓道場を後にした。
 と――
「………………あら?」
 ふと何かを感じ取った。
 異変と言うにはあまりにも小さな――しかし平時とは違う違和感――
 だが、それも少しの間のことで、すぐに消えてしまった。
「……何だったのかしら?」

 しかし、彼女は気づくべきだった。
 気配を消して頭上を飛翔する存在に。
 その向かう先は――商店街。

「〜〜♪〜〜♪♪〜〜」
 上機嫌で紙袋を抱え、アリサは商店街を歩く――
 お土産を買って帰宅したその後、アリサはひとりで買い物に出ていた。
 文化や科学レベルはほぼ同一で、なのは達の世界とは差異のあまり見られないこの世界だが――やはり、そこにいる人間が違う以上、作り出される作品は変わってくる。
 そしてそれは、少女マンガも例外ではなかった。こっちの世界でもお気に入りのマンガを見つけたアリサは、自分達の世界に戻る前にそれらのマンガを確保することにしたのである。
 その結果、思った以上の収穫にも恵まれ――今現在の有頂天状態に至る、というワケだ。
 だが――そういう時にこそ、そんな絶好調のテンションに水を差す事態が起きるものである。
《アリサちゃん!》
 突然、彼女のデバイス“ブレインウェブ”を通じなのはからの念話が届いた。
《ジュエルシードの反応があったの!
 ジュンイチさんにも知らせたし、アリサちゃんも早く来てね!》
《『ジュンイチさんも』って……ジュンイチさんも出かけてるの?》
《うん……帰る前にパトロールだ、って言って……
 とにかく、アリサちゃんも!》
《OK!》
 なのはに答え、念話を終えたアリサは走り出し――
「そうはいかねぇな」
「――――――っ!?」
 突然の声に思わず身構えると同時――空間が歪んだ。
 そして、首筋に衝撃が走り――彼女の意識は闇に沈んだ。

「――――――ん?」
 ふと何かを感じ、なのはは顔を上げた。
「なのは……?」
「あ、ううん、何でもない。
 一瞬、どこかで“力”を感じたような気がしただけ」
 尋ねるユーノに答え、なのははすずかと共に目的地に向けて飛翔する。
 スピードに優れるフェイトはすでに先行している――高機動性に難のあるなのはにとっては正直ちょっとうらやましかったりするがそれはさておき。
 と――前方に目的の反応を探るフェイトの姿を見つけた。
「フェイトちゃん!
 ジュエルシードは!?」
「それが……この辺り一帯に“力”をまき散らしてるせいで、正確な場所までは……」
 尋ねるなのはにフェイトが答えると、
「……あれじゃないかな?」
 気づき、ユーノが指さした先では、確かに“力”の流れが緩やかな渦を描いている――よく見なければわからないほどゆっくりとした流れのため、フェイトも気づかなかったのだろう。
「じゃあ、リヴァイアサン達が来ないうちに早く封印しよう」
「うん」
 フェイトにうなずき、降下するなのはの後に続き――すずかはふと違和感を覚えた。
(そういえば……リヴァイアサン、まだ現れてないよね……?)
 その一点が引っかかる――すでになのはやフェイトがジュエルシードの反応を感知してからかなりの時間が経っている。正直リヴァイアサンとの交戦は覚悟していたのだが、未だにその姿を確認していない。

 すぐに来れないほど遠くにいるのだろうか――それならば転送魔法を使えばいい。

 この反応がハズレなのだろうか――確認もしていないのになぜわかる?

 あと考えられるのは――

「――――――っ!?
 みんな、離れて!」
「え――――――?」
 すずかの声になのはが振り向き――視界が光に包まれた。

 

 残る可能性、それは――

 

 ――――――罠。

 

「……ん…………」
 目が覚めた時、アリサは高速で渦を巻くエネルギーの流れの中に囚われていた。
 その周囲は薄暗くてよくわからないが――どうやら廃倉庫の中らしいということはなんとなくわかった。
「ここは……?」
 アリサがつぶやくと、
「目が覚めたみたいだな」
 そんな彼女に声をかけたのは、宙を泳ぐサメの怪物――
「あなた――堕天使!?」
「そうさ。
 お前さんのことはベヒーモスから聞いてる――初対面だから名乗らせてもらうぜ。
 “海王”の称号を持つサタン格の堕天使、リヴァイアサンだ」
 アリサに答えると、リヴァイアサンは人間形態に変身し、彼女の前で停止する。
「わたしを捕まえて、どうするつもり!?」
「そんなの簡単さ。
 悔しいが、てめぇらがガン首そろえるとこっちも勝ち目が薄いからな――分断して叩かせてもらうことにしたのさ」
 余裕の雰囲気を全身でかもし出し、告げるリヴァイアサンの言葉にアリサの頬を冷や汗が伝う。
 分断して叩く――その言葉を真実と仮定し、自分がその最初のターゲットだったとしたら、自分は気絶している間に殺されていたはずだ。
 その自分が生かされている意味――容易に想像がついた。
(人質にされたんだ、わたし……!)
 なのは達を誘い出し、各個撃破するためのエサ――そのために自分は囚われたのだ。
 それはつまり、自分ならば楽に捕らえられると判断されていたということで――実際に易々と敵の手に落ちたワケで――その現実に自分の無力を思い知らされる。
「ま、あの小娘どもも今頃は隔離結界の中。当分出てこれないだろ。
 これで思う存分、アイツを殺してやれるぜ」
「なのは達も!?」
 リヴァイアサンの言葉に思わず声を上げ――アリサは気づいた。
 今のリヴァイアサンの言葉からするなら、なのは達を捕らえたのはただの足止めだろう――と、いうことは、リヴァイアサンの狙いはその場に居合わせなかった人物だということだ。
 なのは達とは別個に現場に向かっていたはずの人物――
 自分達の中で、もっとも障害として認識されている人物――
 本人達によれば能力自体は劣っているらしいが、1対1になればなのは達すら瞬殺できるほどの猛者――
 逆に言えば、ソイツさえ倒してしまえばこちらの体勢を総崩れにできる人物――
 心当たりはひとりしかいない。
「あなた、まさか――」
 アリサが口を開くのと、それは同時だった――高さ4mはあろうかという鋼鉄製の頑丈な扉が、轟音と共に“斬り”飛ばされる。
 そして――
「ずいぶんと、姑息且つ効率的なマネしてくれてんじゃねぇか」
 片刃の太刀――斬撃力を追求した“セイバーモード”の爆天剣を肩にかつぎ、ジュンイチは倉庫の中に一歩を踏み出した。

「ジュンイチさん!」
「おー、とりあえず無事だったか」
 それまでの真剣な表情から一転、声を上げたアリサに対してジュンイチは気楽に手を挙げてそう応じる。
「いやー、心配したぞ。
 なのは達と合流しようと思ったらアイツらの気配は消えるしお前もリヴァイアサンの気配に連れてかれるし。
 とりあえず、なのは達の方はジーナ達に頼んだからなんとかなるとは思うけど」
 特に妨害を受けることもなかった――あっさりと歩み寄り、ジュンイチがアリサに告げると、
「はいはい、再会の時間はそこまでだ」
 そんな彼らに告げたのはリヴァイアサンだった。
「まずは、オレの相手をしてもらうぜ。
 おっと、お前に選択肢はないぜ――小娘を助けようと思ったら、オレをボコるなり効果の及ばないところまでブッ飛ばすなりして、その捕獲球を維持してるエネルギーを断つしかないんだ」
「あ、そ」
 リヴァイアサンの言葉に納得し、ジュンイチは爆天剣を基本のブレードモードに変形させ、
「それじゃ――」
 そう告げた時には、すでにジュンイチはリヴァイアサンに向けて跳躍していた。
「速攻で――斬られて寝てろ!」
 咆哮と共に刃を振るい――
「――――――っ!」
 とっさに斬撃を止め、後方に跳んだその眼前を、真っ白な閃光が駆け抜けた。
 同種のエネルギーを扱うジュンイチにはすぐにわかった。
 熱エネルギーの奔流――熱線だ。
 光球に囚われたアリサをかばう位置に戻るとその一撃の主へと視線を向ける。
 すぐに見つけた。が――
「な………………っ!?」
 その姿を前に、ジュンイチは大きく目を見開いた。
 人型だがトカゲを思わせる風貌、大きく盛り上がった両肩、そしてその両肩にて口を開ける、熱エネルギーの出所――
「ラヴァモス……!?」
 口をついて出るのは、かつて戦ったことのある異形の名。
 だが、ジュンイチはすぐに自らの仮説を否定した。
 瘴魔力を感じない。目の前のラヴァモスが、瘴魔獣だとは思えない。
 それに――ラヴァモスが肩から放ったのは火炎放射のはず。なのにコイツは熱線を放った。
 容姿は間違いなくラヴァモスだが、ラヴァモスではありえない違和感が目の前の異形からは満ちあふれていた。
 だが――ジュンイチには心当たりがあった。
 この『不自然』を『自然』にする、その手段を。
「ラヴァモスをコンセプトにした……“生物兵器”……!?」
「え………………?」
 後ろでアリサが声を上げるが完全に無視し、ジュンイチはリヴァイアサンへと視線を向けた。
 対するリヴァイアサンは余裕そのものだ。そんなジュンイチへと余裕で告げる。
「驚いたか?
 人間の骨格をベースに爬虫類の筋組織や生体装甲で武装させた、試験型の生体兵器――
 しかも生体熱線砲バイオ・ブラスターまで備えてるときた――そっち方面には詳しくないオレから見ても傑作だぜ」
 そう告げる間にも、異形は次々に現れ、その数を増やしている――異形は1体だけではなかったのだ。
「さて、お前はひとり。こっちは生体熱線砲バイオ・ブラスター搭載の生物兵器がこの通り。
 この状況、いくらお前でもひっくり返せねぇだろ!」
 自らの優位を確信し、高笑いするリヴァイアサンだったが、
「ひとつ……聞いておくことがある」
 当のジュンイチはまったく動じていない――そう前置きし、静かに尋ねる。
「こいつら……お前らが作ったのか?」
「はぁ? 何かと思えばそんなことかよ。
 いいぜ、冥土の土産ってヤツに教えてやる」
 そして――リヴァイアサンは告げた。
「こいつぁな、人間が作ったもんだよ」
「え………………?」
 その言葉に、アリサは思わず自分の耳を疑った。
 目の前の、どう見ても自然の存在とは思えないこの異形達を――人間が作った?
 だが、そんな彼女の疑念にかまわず、リヴァイアサンは悠々と告げる。
「ここからちっと離れた山奥に、何か変な施設があってな。
 なんか後ろ暗いことしてたみたいだから、ちょっとしたボランティア精神ってヤツでツブしてやったんだが……そこで見つけたんだ。
 で、調べてみたら遺伝子変換やら何やら、いろいろ使って作った人工生物、それも戦闘用ときた。
 となれば……せっかくの拾い物だ。使わない手はないだろう? ちょちょいと指揮系統を本能レベルで刷り込んで、後はご覧の通りさ」
 まるで自慢するように告げると、リヴァイアサンは上昇し、
「さぁ、話は終わりだ!
 全員で消し炭にしてやれ!」
 その言葉に一斉に動き出す異形。だが――
「……そうか」
 ジュンイチの反応は淡々としていた。
「なら、もう聞くことはない」
 ゆっくりと爆天剣を掲げ、
「遠慮なく――」

 

「皆殺しにできる」

 

『――――――っ!?』
 その言葉にリヴァイアサンが、そしてアリサが目を見張り――

 次の瞬間、ジュンイチの周囲の異形が一斉に“弾けた”。
 彼が無造作に振るった爆天剣によって。
 そしてまた――別の一角の異形達が弾けた。

「……ウ……ソ…………」
 その光景は、アリサにとって信じられないものだった。
 いや――信じることを脳が拒絶していた。
 数体単位で一斉に襲いかかる異形達を、手にした剣の一振りで薙ぎ払う。
 リヴァイアサンの言うところの生体熱線砲バイオ・ブラスターで一斉射撃をしかけても、ジュンイチにはかすりもしない。熱線の放射熱をも視野に入れ、すべてを紙一重でかわしている。
 だが――
(あれ………………?)
 その光景を前に、ふとアリサは気づいた。
(どうして、かわすの……?)
 エネルギー系の制御に特化したジュンイチの力場は、エネルギー系の攻撃に対しては絶対的とも言える防御力を持つ。
 なのはのディバインバスターなら軽々と、数枚重ねにすればスターライトブレイカーすら弾き飛ばす。スターライトブレイカー+なら破れるのだが、それも結界破壊効果に助けられてのことで、純粋な出力勝負ではそれすらジュンイチの防御を抜くには足りないのだ。
 それ故に、あの程度の熱線なら、ジュンイチの力場を抜くことなど絶対にありえない――だからこそ、ジュンイチもいつもなら回避でスキを作るようなマネはせず、素直に力場で止めるはずだ。
 なのにかわしている。なぜ――
 疑問を抱きながらも戦いを見つめ――気づいた。
 爆天剣の刃が赤く輝くエネルギーの渦に包まれている。
 何度か見たことのある、ジュンイチの精霊力特有の色――それも力場が視覚化された時によく見られる輝きである。
(じゃあ、アレはジュンイチさんの力場を剣に収束させて――)
 そこまで思考が至り――気づいた。
 なぜジュンイチが余裕で防げるはずの攻撃をかわしているのか。
(力場を剣に集中させているから――“防御の分の力場もなくなってる”!?)

 その推測は正解だった。ジュンイチは爆天剣の刃に自らの出力しうるすべての“力”を込めていた。
 それゆえに、ただの一振りでそこまでの破壊力が生まれるのだが――問題は『すべての“力”をその刃に込めている』という点だった。
 すべての“力”、すなわち――通常ならば常に周囲に展開されているはずの、力場のエネルギーまでも。
 つまり彼の現時点での防御力はまったくの0。生体熱線砲バイオ・ブラスターどころかただの銃弾ですら十分に傷 を負う。
 仲間を守る盾として健在であり続けなくてはならない――そうした戦い方を常に心がけるジュンイチにしては、あまりにも“らしくない”選択である。

 そうしている間にも、ジュンイチによる攻撃は――いや、一方的な殺戮は続く。
 倉庫の中という狭い空間を、何の問題もないかのように飛翔し、間合いに捕らえた異形は一瞬にして細切れの肉片と変わる。
 異形の生体熱線砲バイオ・ブラスターなど何の気休めにもならない。たまに避けきれない直撃弾を撃つことに成功した者もいたが、それらはすべて、より強力な炎で放った熱線もろとも消し飛ばされた。
 刷り込まれた指揮系統を恐怖が勝り、逃げ出す者もいたが――逃げられない。素早く出口側に回り込み、突っ込んだジュンイチによって斬り裂かれる――

 それはすでに、アリサを救うための戦いではなかった。
 目の前の――敵を屠るための戦いだった。

「バカ、な……!?」
 信じられない現実を前に、リヴァイアサンはうめくように声を絞り出した。
 数10体はいた生物兵器が、わずか数分で全滅――すでにこの場で生きているのは自分とアリサ――そしてジュンイチしかいない。
 いや――眉ひとつ動かさず、機械的に目の前の敵を殲滅するジュンイチを、果たして「生きている」と定義すべきだろうか――生体メカであるリヴァイアサンですら、今のジュンイチを人間として見ることに抵抗を覚えていた。
 そんな中――飛び散った鮮血で真っ赤に染まった床に、ジュンイチは静かに一歩を踏み出す。
 また一歩。
 さらに――
 だが、リヴァイアサンとの距離は縮まらない。
 同じだけ、リヴァイアサンが後ずさっているからだ。
「……来るな……!」
 頭から返り血を浴びたその髪の隙間から、鋭い視線がリヴァイアサンを射抜く。
「来るな……!」
 全身から力が抜けている――だが“その時”が来たら、彼は渾身の力で自分を斬り裂くだろう。
「……来るなぁぁぁぁぁっ!」
 緊張に耐えかね、周囲に無数の光球を生み出すリヴァイアサン――対するジュンイチは静かに爆天剣をかざすのみ。
「死ねぇぇぇぇぇっ!」
 叫び、リヴァイアサンはジュンイチに向け、全力で“深淵なる暴風雨ディープ・ヴォーテックス”を放つ。
 無数の光球が渦を巻き、大地を抉りながらジュンイチへと迫り――

 瞬間――爆天剣が光を放った。
 とてつもないエネルギーが、一瞬にして刀身に宿る。
 瞬時に炎に包まれた爆天剣を振りかぶり、ジュンイチは――

 

一撃の下に、“深淵なる暴風雨ディープ・ヴォーテックス”を斬り裂いていた。

 

 振り下ろされた斬撃は巨大な“力”を解放した。炎の刃は“深淵なる暴風雨ディープ・ヴォーテックス”の残滓を吹き飛ばし、周囲の肉片を焼き尽くし、飛び散った血を蒸発させながらリヴァイアサンへと突き進む。
「く………………っ!」
 とっさに次の光弾を放つリヴァイアサンだが――必殺の“深淵なる暴風雨ディープ・ヴォーテックス”を易々と粉砕した一撃の前には何の役にも立たなかった。
「くっそぉぉぉぉぉっ!」
 リヴァイアサンの絶叫と共に――大爆発が巻き起こった。

 “力”が失われ、光球が消滅し――アリサを捕らえていた結界が消えた。
 すぐ下の地面に放り出され、アリサは周囲を見渡した。
 ひどい有様だ――その場にあったすべてのものが完全に炭化し、倉庫自体にもダメージが及んでいる。崩壊するほどではないが、取り壊しはまず避けられまい。
 リヴァイアサンの結界に守られていなければ、自分も――そんな可能性が脳裏をよぎり、思わず息を呑む。
 すべてが焼く尽くされ、惨劇の跡が見られないのが唯一の救いだろうか――アリサがそんなことを考えていると、
「アリサ」
 そんなアリサに背を向けたまま、突然ジュンイチが口を開いた。
 惨劇の直後なだけに、思わずビクリと身をすくませるアリサだが、ジュンイチはかまわず尋ねる。
「歩けるか?」
「う、うん……」
「悪い――オレはここの後始末しなきゃならんから、先になのは達の無事を確認しに行ってくれ」
「………………うん」
 ジュンイチの言葉にうなずき、アリサは立ち上がり、倉庫から出た。
「………………ふぅっ」
 息をつき、“ブレインウェブ”を起動するとなのは達の消えた位置を確認。そちらに向けて走り出す――

 一刻も早く、この場を離れたかった。
 惨劇に、それを作り出したジュンイチに恐れを抱いたから――ではない。
 たやすく捕らえられた自分の無力が情けなかったから――でもない。
 それ以上に、あの惨劇の中――ただ一瞬だけ見えたものが気にかかっていた。
 見間違いだったとは思えない――なぜかそれだけは確信できた。
 惨劇がすさまじかった分だけ、正反対の位置にあったその事実が一際強く印象に残っていたから。
 だが――聞けなかった。
 聞いてしまったら、すべてが変わってしまうようで――もう後戻りできなくなってしまいそうで――
 けど、あの場にいたら、聞いてしまいそうで――それが恐ろしかった。

「………………」
 思わず立ち止まり、倉庫の方へと振り返る。
 思い出されるのは先程の彼の姿――あれだけ情け容赦なく生物兵器をなます斬りにしていながら――

 

「なんで……泣いてたんだろ……」

 

「くっ、そぉ……!」
 全身から血を流し、リヴァイアサンはその場に倒れ伏した。
 とっさに転送魔法で脱出したが、その身に受けた傷は決して軽くはなかった。
「これでも、勝てねぇのか……!」
 息も絶え絶えにうめくが――ひとつだけ、気にかかることがあった。
 あのジュンイチの変貌だ。
 あの時感じた、ジュンイチの雰囲気――あれは――

 

「あの瞬間……ヤツは、人間じゃなくなっていた……!」

 

「くそっ!」
 うめいて、倉庫に残っていたジュンイチは近くの柱を思い切り殴りつけた。
 “力”を使いすぎていたのか――思ったほど衝撃は緩和されず、拳に血がにじむ。
 しかし、その痛みすら、彼の意識を紛らわせることはなかった。
 思い出されるのは、自らが虐殺した生物兵器のこと――
「間違いない。
 アイツらは……“ヤツら”が作ったものだ……!」
 自分にはわかる――“わかる理由”が彼にはあった。
「とうとう、始まった……!
 瘴魔とでも、堕天使とでもない――」

 

「オレ自身の、“罪”との戦いが……!」


 

(初版:2006/09/17)