“それ”の心は、深い闇に満ちていた。

 なぜ自分だけ、こんなことに――そんな思いで満ちていた。

 自分がこんなことになったというのに、なぜ他の連中は――そんな妬みに満ちていた。
 

 そして――
 

「その望み……叶えてやろう」

 

 その想いに――

 

 

「このオレ――“地王”ベヒーモスがな」

 歪んだ形で応える者がいた。

 

 

「うーん……」
 ブレイカーベースの司令室――ジュンイチは不安げに室内をウロウロしていた。
「なのは達……大丈夫かな……?
 向こうは瘴魔はいないけど、代わりにベヒーモスが健在だし……
 アリサだってこないだリヴァイアサンに襲われたばっかりだし、もしベヒーモスが同じ手に出てきたら……!」
「って、少し落ち着いたらどうなんですか?」
 心配しているのはなのは達のこと――落ち着きなく司令室を歩き回る彼に告げるのはジーナだ。
「向こうには青木さん達もいるんですよ。今はファイちゃんも行っているんですし。
 聞けば、ジュエルシード探しはハズレ続きらしいですけど、ベヒーモスには連戦連勝みたいですし、任せても安心なんじゃないんですか?」
「いや、そりゃそうなんだが……」
 告げるジーナに、ジュンイチは息をつき――
「……やっぱ心配だ。オレも向こうに――」
「ぜんぜんわかってないじゃないの!」
 きびすを返しかけたジュンイチに告げ、ライカは手にした問題集をその後頭部に投げつける。
「まったく、あの子達に対してはとことん過保護なんだから……」
「そうか?」
「そうよ」
 無自覚だったのか、問題集を拾って意外そうに聞き返してくるジュンイチに対し、ライカはキッパリとそう答える。
「まぁ……実際、なのは達に対しては少し気を回しすぎなんじゃないですか?」
「うーん……ンなこと言われてもなぁ……」
 苦笑まじりに同意してみせるクロノの言葉に、ジュンイチは頭をかきながらそううめき、
「だってホラ、アイツら、魔導師としては優秀でも、身体自体はジーナ達と違ってひ弱なワケで……」

間。

「それは何ですか?
 私達がひ弱じゃないって言うんですか?」
「こんなカワイイ女の子達を捕まえて、いきなり何言い出すのよ?」
「…………物理攻撃で人外ひとり血の海に沈めておいて、説得力があるとでも思っとんのかい……!」
 返り血に染まった“装重甲メタル・ブレスト”をまとい、静かに告げるジーナとライカの言葉に――ジュンイチは真っ赤に染まって地に伏したままそううめいた。

 

「………………にゃ?」
 深夜の高町家――トイレに起きてきたファイは、部屋に戻ろうとしたところでそれに気づいた。
 人の気配がある。
 まだ幼いながら、ジュンイチ達と共に戦う中で身につけてきた感覚が、庭の方に人がいることを知らせてきた。
 誰か忍び込んだということなら、自分が気づくよりも早くすでに恭也が気づいて動いているだろう――なんとなく気になって縁側に回ってみると、そこにいたのは――
「恭也、お兄ちゃん……?」
「…………ん?
 なんだ、起こしてしまったか?」
 そんなファイに気づき、恭也は小太刀を両手に振り向いた。

 

 


 

第22話
「優しき疾風はやて純心ピュアハート

 


 

 

「こんな夜中に、剣の練習?」
「あぁ。
 美由希の指導をジュンイチに任せて、少しは時間が取れるようになったからな――今のうちに、自分も少しでもレベルを上げておこうと思ってね」
 尋ねるファイに、恭也は縁側に用意してあったタオルで汗を拭きながらそう答えた。
「ふーん……
 そういえば、ジュンイチお兄ちゃんも夜遅くとか朝早くによく練習してたっけ……」
「そうなのか。
 オレ達のような戦いをしていると、夜間の戦闘も多いからな……やはり、彼もその辺りは気にしているということか」
 つぶやくファイの言葉に納得する恭也だが――
「ううん。
 あたし達が起きてる間はみんなでアニメ見たりゲームであたし達いぢめるので忙しいから」
「……そう来たか…………」
「プラネルのみんなは夜は早く寝ちゃうから、深夜アニメとかは録画しておいて、夕飯の後にみんなそろって一気見しちゃうんだよねぇ……」
 そういう理由か――予想外の反応に苦笑する恭也に、ファイは「あたしも楽しみにしてるし」と笑顔で付け加える。
「まぁ、美由希お姉ちゃんにしてみれば結果的にいつもの時間に練習できるし、結果オーライなんじゃないの?」
「確かに、そういう考え方もあるな」
 そううなずく恭也の前で、ファイは軽くあくびをして眠たそうに目をこすっている。
「さぁ、子供が起きてるにはもう遅い時間だ。早く寝るといい」
「むーっ。それを言うなら恭也お兄ちゃんだって」
「オレはもう子供なんて歳でもないさ」
「未成年は子供だも〜ん」
 口を尖らせて答えるファイに、恭也は思わずため息をつき、
「わかったわかった。
 なら、オレももう休むから」
「そういうことなら♪
 じゃあ、行こう、恭也お兄ちゃん♪」
 そう言って、ファイは恭也の元にパタパタと駆け寄ってくると、その手を取って家の中へと引っ張っていく。
「おいおい、何のつもりだ?」
「お部屋まで連行しまーす♪
 だって、このままあたしだけ寝ちゃうと、恭也さん『休む』って約束破ってまた練習始めそうだし」
「む………………」
 図星だった。
 

 そして翌朝――
「………………あれ?」
 朝食を作ろうと台所に顔を出し――晶はそこから見えるリビングに異変を発見した。
 毛布にくるまり、ソファで眠っているのは――
「師匠?」
「……あぁ、晶か……」
 どうやら眠りは浅かったらしい――晶のつぶやきに恭也はすぐに反応した。
「どうしたんですか? そんなところで寝て」
「いや……夕べ、ファイがな……」
「ファイちゃんが……?」
 聞き返す晶に恭也は『オレの部屋を見てくればわかる』と告げ――確認に向かった晶は何やら複雑な表情で戻ってきた。
「…………なんで……師匠の布団でファイちゃんが寝てるんでしょうか……?」
「深夜の鍛錬を見つかってな……
 『ちゃんと休むまで見張ってます!』とか言い出して、オレの部屋まで押しかけてきた挙句……」
「先に寝ちゃったワケですか……」
 恭也の言葉に状況を察し、晶は思わず苦笑する。
「そんなワケだ――朝食には眠気覚ましにいいものを頼む。
 なんだかんだで夜更かしさせてしまったからな――彼女には必要だろう」
「はい」
 一晩寝床を占拠されたのだ。普通なら怒ってもいいようなもの(実際ジュンイチだったら怒り爆発ものだろう)だが、それでもファイを気遣う恭也の言葉に苦笑し、晶は今度こそ朝食を用意すべく台所へと戻っていった。
 

「……とまぁ、そんなことが今朝」
「ハハハ、さすがの恭也くんもファイちゃんには形無しか」
「ま、確かに戦士としては恭也が先輩でも、能力戦に絞ればむしろファイの方が先輩だからな。
 なのはちゃん達とはそんなにキャリアも違わないし――ファイとしても、先輩風を吹かせる相手がほしいんだろ」
 翠屋で晶からその話を聞かされ、耕介と青木は笑いながらそう答える。
 ちなみに、その一件の当事者たる恭也といえば――
「むぅ……」
 彼らの前で、思いっきり顔をしかめていたりする。
 まぁ、自分が笑い話の肴にされているのだから当然の反応ではあるのだが。
 一瞬斬ってやろうかと不穏なことも考えるが――耕介はいろいろとお世話になっているから迷わず却下する。
 青木は――物理的な問題で不可能だ。ジュンイチの話によれば彼の力場はジュンイチとは正反対で、物理的な方面に鉄壁の防御力を発揮するらしい。
 しかも単に強固なのではなく、ある程度の軟質性を確保することで衝撃を和らげるようになっているらしい。挙句はその軟質性も本人の意志である程度コントロール可能と来ているから、もう非能力者による物理的な攻撃に対しては無敵だと言い切ってもいい。ジュンイチに言わせれば、かつてベヒーモスの力場を抜いた恭也の剣も、その力場に対しては相性はまさに最悪。得意の薙旋ですら『木刀で布団叩きに精を出すようなもの(ジュンイチ談)』だそうだ。
 まぁ、『斬る』とか『殴る』とかがムリなだけだから、たとえば力場の内側に飛び込んで『極める』とか『投げる』とか、非能力者でもやりよう次第でどうとでもなるんだけど――とジュンイチが言っていたのを恭也が思い出していると、
「そういえば……そのファイはどーしたんだ?」
「あぁ、彼女なら……」
 気を取り直し、尋ねる青木に恭也が口を開き――
「ここだよー♪」
 元気な答えはカウンターの方から返ってきた。何事かと青木は視線を向け――
「…………何のコスプレだ?」
「って、ただエプロンしただけじゃない。むー」
 尋ねるその言葉に、翠屋のマークの入ったエプロンを着用したファイは不本意だとばかりに口を尖らせる。
「ふふーん、聞いて驚けお兄ちゃん方!
 こっちにいる間は、あたしは翠屋の店員さんになったのです!」
「お前が…………?」
 ファイの言葉に、青木はしばし考え――振り向き、なのは達と共にこちらを見守っている桃子に尋ねた。
「もしかして……新しい客層の開拓でも狙ってる?」
「どういう意味!?」
 思わず声を上げるファイだったが――
「そんなことはないわ」
 対し、桃子は青木へとそう答えた。
「なのは達で間に合ってるもの」
「おかーさん!?」

 今度はなのはが声を上げた。
 

「いらっしゃいませー♪」
 初めてのアルバイト、大丈夫だろうか――思わず抱いた恭也のその予想に反して、ファイの手際はきわめて優れていた。ハタパタと店内を駆け回り、笑顔で注文をとるその姿は、なのは達や本職のウェイトレス陣に勝るとも劣らぬ好評振り。あっという間に店内の新たな人気者になってしまった。
「お疲れさま、ファイちゃん。
 桃子さん、助かっちゃった♪」
「えへへ……♪」
 おやつ時のラッシュを乗り切り、年少のお手伝い組は“あがり”となった。労い、ソフトドリンクをサービスしてくれた桃子の言葉に、ファイは少し照れながら頬をかく。
「ファイちゃん、張り切ってたもんねぇ」
「うん!
 いつもは家の手伝いもさせてもらえないから、結構楽しかったし♪」
 なのはの言葉にも満面の笑みで答えるファイの言葉に、アリサは柾木家での様子を思い出し、
「あー、そういえば、家事はほとんどジュンイチかジーナさんがやってたわね。
 つくづくわたし達って子供扱いよね、アイツ」
「んー、それもそうなんだけど……」
 だが、そんなアリサの言葉に、ファイはつまらなさそうに口を尖らせて、
「前に手伝おうとした時、タカ兄ちゃんに『仕事着だから』って言われたから――」

「メイド服で手伝おうとしたら全力で止められちゃって、それ以来手伝わせてくれないの」

『………………』
 時が止まった、というのはこんな感覚だろうか――すべてが静止したかのような翠屋の店内で、なのはの脳裏をふとそんな思いがよぎった。
「…………メイド……服……?」
「うん!」
 確認せずにはいられなかったフェイトの問いに、ファイは笑顔でうなずいてみせる。
「“再構成リメイク”で作ったんだけど、けっこうカワイくできたんだよ♪
 なのにジュンイチお兄ちゃん、『そんな格好で手伝うな!』って……」
「あー、えーっと……」
「確かに、仕事着ではあるんだけど……」
 思わずなのはとアリサがコメントに困る中、全員の視線が集まったのは――
「……ご推察の通りだよ」
 答えて、青木は軽く肩をすくめてみせる。
「橋本のヤツに担がれたんだよ、ファイは。
 もっとも――その後しっかり天罰オシオキは食らったけどな」
 その言葉に、全員が脳裏に思い描く――お得意の絶対防壁の内側に飛び込まれ、零距離からのギガフレアで宙を舞う橋本の姿を。
「良くも悪くも素直だからな、ファイは。自分の知識の外の話となると、多少ありえなさそうな話でもたいていあっさりだまされる。
 今まで誘拐とかそっち方面の犯罪に巻き込まれてないのが不思議なくらいだ」
「そ、それはまた……何というか……」
 青木の言葉に、家にメイドを二人も抱えるすずかはコメントに困り、思わずファイへと視線を向ける――が、ファイは別に気にする様子もなく、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。
「ま、“純真”の心を“力”の源にしているのはダテじゃない、ってところかな
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
 思わず耕介が青木にツッコむと――
「ファイちゃん」
 唐突に――桃子がファイの肩をガッシリとつかんだ。
 何事かと一同が注目する中、真剣な表情でファイに告げる。
「安心して。
 次手伝ってもらう時までには、カワイイメイド服を用意しておいてあげるから」
「ストップ。

 ウチをメイド喫茶にする気か、高町母よ」
 迷わず恭也が待ったをかけ――突然の電子音が彼らのやりとりをさえぎった。
 青木のブレイカーブレスからのコール音だ――すぐに携帯電話を取り出し、そちらに向けて話すフリをしながら応答する。
「はい、青木です」
〈あぁ、青木さん?〉
 エイミィだ――他の客の死角となる位置に展開されたウィンドウにその姿が映し出される。
「何かあったのか?」
〈うん……何かあった、って言うか……それを確かめに行ってもらいたいの〉
 青木にそう答えると、エイミィは新たなウィンドウにその画像を映し出した。
「天気図……ですか?」
〈南の方に台風、あるでしょ?〉
 なのはの問いにエイミィが答える――見れば、画面に描かれた日本の南側には台風を示す大型の低気圧が表示されている。
〈で、今までの進路をこの図に加えると……〉
 行って、エイミィは天気図に手を加え――その結果を前に、なのは達は思わず顔を見合わせた。
 一直線なのだ。
 回転の中心点の動きをたどったその線は、ほんのわずかのズレもなく、まっすぐ日本を目指しているのだ。
 しかも――
「これ……このまま北上を続けたらこの辺りを直撃しない?」
〈え…………?
 ちょっと待ってね……〉
 アリサの言葉にエイミィが進路を示すラインを延長し――予想されるその進路は、海鳴を的確に捉えていた。
「こんなの、普通の台風じゃまずありえませんよ……」
「わき目も振らず、海鳴めがけて一直線か……キナ臭いことこの上ないな」
 すずかのとなりでつぶやき、青木はしばし思考をめぐらせ、
「……よし、ファイ、確かめに行くぞ。
 オレのサウススパローやお前のスカイホークの航続距離なら、この台風のところまで余裕で行けるはずだ」
「はーい」
「じゃあ、わたし達も……」
「とりあえず留守番な」
 言いかけたフェイトに、青木はすかさず待ったをかけた。
「どうして止めるんだい?
 相手がジュエルシードがらみなら、彼女達がいた方が……」
「そのなのは達は何も感じてないんだ――違う可能性も視野に入れるべきだよ」
 思わず尋ねる耕介に答え、青木はフェイトとなのはを順に見て、
「それに、相手の正体が何であれ、今は台風の形を取っていることを忘れちゃダメだ。
 機動兵器で突撃できるオレ達と違って、生身のお前らじゃ突風に負けて吹っ飛ばされるのがオチだ」
「でも……」
「大丈夫だよ、なのはちゃん」
 こちらの身を案じ、不安げに声を上げるなのはに、ファイは安心させるかのように告げた。
「あたし達じゃ封印できないのはわかってるんだもん。相手がジュエルシードだったとしたら、ムリする気はないから。
 その時は素直に帰ってきて、なのはちゃんやフェイトちゃんにも手伝ってもらう――それならいいでしょ?」
「う、うん……」
 その言葉になのはがうなずくと、
「で……すずかちゃんとアリサちゃん、それからユーノくんには分析をお願いしたいからついて来てくれないかな?
 スカイホークもサウススパローも、あとひとりずつくらいなら乗れるから――あ、ユーノくんはフェレットに変身してね」
「あ、うん……」
「わかったよ」
「お安い御用よ」
 告げるファイの言葉に、すずか、ユーノ、アリサが順にうなずき――
「――って、ちょっと待って!」
 気づいたフェイトがあわてて待ったをかけた。
「そうだよ!
 二人のブレイカービーストに乗せてもらえば、わたし達も現場にいけるよ! ゴッドドラゴンに乗せてもらうみたいに!」
「あ、そうか!
 ファイちゃん、やっぱりわたし達が行くよ! それならジュエルシードだとしたらすぐに封印できるし!」
「え? え? え!?」
「……まとまりかけた話を、どうして再びややこしくしてくれるかな、お前は……」
 現場に向かう手立てを見つけ、再び同行を表明するフェイトやなのはとそれに圧されるファイ――3人の様子に、青木は思わずため息をついてうめいた。
 

 結局、同行者はアリサ、すずか、ユーノの3人で落ちついた。

 

「そういえば……橋本さんは来てもらわなくって良かったの?
 ジュンイチや青木さんと同じマスター・ランクなんでしょ?」
「橋本が“そういう使い方”をしないだけで、本来シャドーグリフォンは後方から問答無用で吹っ飛ばす、砲撃戦を念頭に置いた機体だからなぁ……航続距離が短いんだよ。前線での運用を前提にしたオレ達の機体と違ってな。
 呼んだところで、ここまでついて来るのは不可能だろうね」
 ついさっきまで揺れに揺れていたサウススパローのコックピット――青木のパートナープラネル、ファントムを抱えて後ろの座席に座るアリサの問いに、青木は苦笑まじりにそう答えた。
 彼らの現在位置は雲の上――台風の上に出てきたばかりだ。雲の中では散々強風に振り回されたものだが、一度雲の上に出てしまえば楽なものだ。
 と――
〈もうすぐ、台風の中心の真上よ〉
 そんな彼らに、アースラからエイミィが通信してきた。
「ファイ、何か見えるか?」
「ちょっと待ってね……」
 尋ねる青木に答え、ファイはすずかとユーノを乗せたスカイホークのコックピットで台風の上空を飛行。その様子を撮影し――
「……おかしいよ、この台風」
 表示された台風の映像を見て、すずかが声を上げた。
「この台風……“目”がないよ」
「“目”……?」
「あれ、ユーノくん、台風知らないんですか?」
 フェレットモードですずかの肩の上に座るユーノにファイが聞き返すと、ファイのパートナープラネル、ソニックがすずかの腕の中からユーノに対して説明を始めた。
「台風っていうは、その回転の遠心力が強すぎるせいで、中心には風のない、無風に近いエリアが出来るんです」
「それが……“目”?」
「そう。
 回転に引っ張られて雲も流れていくから、地上から“目”を見上げると、そこだけ青空が見えるくらいなの。
 けど……」
 ユーノに答え、すずかは映像を拡大、台風の回転の中心――すなわち“目”の辺りを表示するが、
「……雲が、ある……?」
「うん……
 普通の台風じゃありえない状態なんだけど……」
 つぶやくファイに答え、すずかは映像をさらに分析しようとするが、
「…………ダメ。この映像からじゃ、これ以上は……
 ファイちゃん、ソニックくん、スカイホークのセンサーでスキャンできない?」
「この機体のセンサーじゃ、もっと接近しないと……!」
 尋ねるすずかにソニックが答えると、
「…………必要ないよ」
 そんな二人にファイが答え――ソニックもまた気づいた。
 台風の中心から“力”を感じる。これは――
「霊力、ですね……」
「これって、ひょっとして……!?」
「何かが、“力”を使ってこの台風を起こしてる、ってことか……!?」
 ソニックとファイの言葉にうめき、青木はサウススパローを上昇させ、
「ファイは下がってろ! 現状じゃ合身できないだろ!」
「青木さん!?」
「何かいるっつーなら……直接ブッ叩いて正体を確かめてやる!
 ファントム! セイントユニコーン達を!」
 声を上げるアリサに答え、青木はファントムにブレイカービースト召喚を指示し――
「待って!」
 そんな彼の前に、ファイはスカイホークを滑り込ませた。
「ファイ!?」
「ちょっと待って!
 あの“力”……何かおかしくない!?」
「おかしい……?」
 青木が眉をひそめるが、ファイはかまわず台風から放たれる“力”へと意識を集中し、
「あの“力”……なんだか、すごく悲しい感じがする……」
「悲しい……?
 ユーノくん、わかる?」
「“力”から……?
 いや、ボクにはただの、魔力に似た“力”としか……」
 すずかに答え――ユーノはすずかの肩の上からファイの肩へと飛び移り、
「けど……“力”の感じ取り方は人それぞれなんだ。
 ファイがそう感じたというのなら……そう感じただけの、根拠があるんだと思います」
「そっか……」
 ユーノの言葉に、青木は静かに息をつき――
「……そういうことなら、戻って少し調べてもらうか」
「いいの?」
「どうせ、台風の本土上陸にはまだ時間はある。
 少しくらいなら、調査してからでも問題ないだろ」
 尋ねるアリサに答え、青木は台風へと視線を向け、付け加えた。
「それに……相手が霊障となると、ただブッ叩けばすむ問題でもないからな……」
 

「へぇ……ファイがねぇ……」
〈うん……〉
 なんにせよ、これが“自然現象”ではなく“事件”であることはハッキリした。府中の面々にも、今回の件の知らせは届けられ――つぶやくジュンイチの言葉にエイミィがうなずく。
「“力”から、相手が悲しんでるって感じたの……?
 ジュンイチくん、そんなことってあるの?」
「少なくともオレはムリだね」
 となりで聞いていた美由希にあっさりと答え、ジュンイチは続ける。
「魔力なら、人の心の力だからなんとか感じ取ることはできるけど……それ以外の“力”はただ“力”としてしか感じ取れない。今回のファイみたいに、霊力から相手の感情を読み取るなんて、とてもとても。
 けど……ファイの能力を考えれば、ありえない話じゃない」
「どういうことですか?」
 尋ねるクロノの問いに、ジュンイチは息をついて説明した。
「オレが“勇気”を、青木ちゃんが“闘志”を、橋本が“友情”を“力”の源にしているように、ファイのヤツは“純真”を力の源にしてる。
 “純真”――すなわち、相手を疑わず、ありのままを信じる心だ。
 そのおかげで、案外簡単にだまされやすいんだけど……」
〈あー、そのせいで橋本くんにメイド服着せられちゃったのね〉
「…………聞いたのか? “メイド・イン・橋本事件”のこと」
 つぶやくエイミィに、ジュンイチは思わず聞き返す――エイミィがあっさりとうなずいたのを見て頭を抱えるが、気を取り直して続ける。
「あー、まぁ、そうやって素直すぎるのが災いすることもあるけど……それ以上に、アイツは純粋だからこそ、相手の気持ちに敏感に反応することができる。
 疑いの目を持たず、物事のありのままを見ることができる――だから、アイツはうわべや先入観に惑わされず、物事の本質を見ることができるんだ。
 アイツなら……放たれてる“力”から相手の感情を感じ取れたとしても不思議じゃない」
〈じゃあ……〉
「あぁ」
 エイミィの言葉に、ジュンイチはあっさりとうなずいた。
「オレは信じるぜ。アイツのそのカンを」
 言って――ジュンイチはニヤリと笑い、
「けど、そうなるとただブッ倒すよりも大変な話になりそうだな……
 なぁ、エイミィ――」
〈行かせないよ、海鳴には〉
 言いかけたジュンイチの言葉を、エイミィは笑顔で両断した。
「いや、だってさ……」
〈向こうには退魔士の耕介さん達や橋本くんだっているんだから大丈夫よ〉
「エイミィぃ〜〜っ!」
〈あー、もうっ! 泣きついたってダーメ!〉
 涙目でウィンドウに詰め寄るジュンイチに、エイミィは力いっぱい言い放つ。
〈まったく、未練がましいんだから……
 『マスター・ランクが全員不在になるワケには行かない』ってそっちに残ったのは自分の判断でしょう?〉
「そりゃ、そうだけどさぁ……」
 エイミィの言葉にうめき――ジュンイチは息をつき、
「じゃあさ……」
〈交換条件出したってダメ〉
「言われなくてもわかってるよ!
 どれだけ未練がましいヤツだと思われてんだよ、オレはっ!」
 即答するエイミィに言い返し、ジュンイチは告げた。
「“オレが行く”のがダメなんだろ?
 だったら――」
 そして――尋ねた。

「オレじゃなきゃ、オッケーなんだな?」

 

「……大したもんだね。
 そこのおチビちゃんのカン、大当たりだよ」
 台風の接近によって荒れ模様の空の下――海鳴にいる“関係者”一同が集合したさざなみ寮のリビングで、リスティは調査結果の記されたA4用紙を片手にそう告げた。
「室池慎二、海鳴出身。しがない漁船の乗組員だね。
 去年、太平洋上で台風に巻き込まれて、その際に船は沈没、行方不明になってる。
 もう……とうの昔に捜索も打ち切られて、死亡扱いさ」
「なるほどね……」
 調査結果を読み上げるリスティの言葉に、橋本は腕組みしてうんうんとうなずき、
「これで、ヤツがまっすぐ海鳴を目指してる理由も説明がついたな」
「それって……故郷に帰りたがってる、ってことか?」
「もしくは、故郷に自分の存在を示したがってる……そんなところでしょうね」
 恭也に答え、橋本が愛の淹れてくれたコーヒーをすすると、
「…………橋本」
 青木が、そんな橋本に声をかけた。
「相手が霊障じゃ、物理破壊専門のオレじゃどうしようもない。
 またお前に頼ることになるけど……」
「いいよいいよ。それがオレのお仕事だし♪」
 橋本が手をパタパタと振りながら答えると、
「あ、あの……」
 そんな彼らに対し、声をかけた者がいた。
「霊障なら……私も行った方がいいと思うんですけど……」
 那美だ――おずおずと手を挙げ、橋本に提案する。
「那美ちゃんが……?」
「大丈夫なのか……?」
 思わず橋本と青木は顔を見合わせるが――それもムリはない。彼女が退魔士であることは聞いているが、二人にとって那美の印象といえば、まだ“ガシャドクロと悪天狗に負けた子”くらいしか思い当たらないからだ。
 しかし――
「まぁ、危険はあるだろうけど……力には、なれるんじゃないかな?」
 そんな二人に告げるのは耕介だ。
「那美ちゃんの戦いは、ただ霊を倒す、そういうものじゃない。
 霊と戦うための力はもちろん持ってるけど……それ以上に、霊の悲しみを、憎しみを、対話をもって昇華してあげる――それが那美ちゃんの戦い方なんだ。
 今回みたいなケースは、那美ちゃんの出番なんじゃないかな?」
「うーん……」
 耕介の言葉に、橋本はしばし考え――
「じゃあ、お願いしようかな。
 耕介さんや青木さんは、恭也さんと二人で……」
 言いながら、橋本はクルリと振り向き――

「うぅ、今回わたし達……」
「最初から最後まで役立たず……」
「だ、大丈夫だよ!
 あたしだって今回何の役にも立ってないんだから!」
「フォローになってないよ、アルフ……」

「向こうでいぢけてる面々のフォローをお願いします」
 自分達の魔法がまったく活用できない案件を前に無力を嘆くなのはとフェイト、フォローしようとしてむしろ悪化させるアルフとそれにツッコむユーノ――なかなかにカオスな場を作り出している面々を前に、橋本に指名された3名は思わず苦笑せずにはいられなかった。
 

「それで……崇徳くん。
 どうやって、あの台風の中心にいる霊と接触するの?」
 ファイと共に現場に向かう道中――台風接近のおかげで航続距離の短いシャドーグリフォンでも現場に向かえるようになったのは幸いだった――で、久遠を抱えた那美は橋本にそう尋ねた。
「んー、相手が実体を持ってるんなら、火力任せに砲撃、といきたいところだけど……今回は相手が実体かどうか、まではまだわからないからね。
 だから、別の攻め口でいくことにする」
「別の……?」
 那美が首をかしげる中、彼らは台風の上空へと到達し――
「ファイ!」
 シャドーグリフォンのとなりを飛翔するスカイホーク――そのコックピットに座るファイへと声をかけた。
「まずはこの台風の風を散らす!
 爆裂武装だ!」
「う、うん!」

「エヴォリューション、ブレイク!
 シャドー、ブレイカー!」

 橋本が叫び、シャドーグリフォンが飛翔する。
 そして、その後ろ足が折りたたまれるように収納され、後ろ半身全体が後方へスライド、左右に分かれるとつま先が起き上がり、人型の下半身となる。
 続いて、両前足をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、獣としてのつま先と入れ替わるように拳が現れ、力強く握りしめる。
 頭部が胸側に倒れ胸アーマーになり、ボディ内部から新たな頭部が飛び出すと人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
 最後にアンテナホーンが展開、額のくぼみに奥からBブレインがせり出してくる。
「シャドー、ユナイト!」
 橋本が叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
 システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが輝く。
「影獣合身! シャドー、ブレイカァァァァァッ!」

「シャドーブレイカー!」
「スカイホーク!」
『爆裂武装!』
 橋本とファイが叫び、シャドーブレイカーを追ってスカイホークが加速していく。
 そして、翼が根元からボディ下方――背中側から胸部側へとスライド、頭部が180度回転して後方に倒れ、バックパックユニットとなる。
 そのままバーニアで加速し、翼をたたみ、シャドーサーヴァントを分離させたシャドーブレイカーに追いつくとその背中に合体、しっかりと固定され、その背部にシャドーサーヴァントが再合体する。
「アーマード・ドライブ!」
 ファイが叫ぶと彼女の身体は光球に包まれ、橋本がユナイトしているため無人となっているシャドーブレイカーのコックピットへと転送される。
シャドーブレイカー、スカイウィングモード!』

「が、合体した……!?」
「あ、そっか。那美ちゃんは知らないんだっけ。
 オレ達マスター・ランクのブレイカーロボは、コマンダー、ノーマル、両ランクのブレイカービーストを武装として合体させることができるんだ」
 驚きの声を上げる那美に答え、シャドーブレイカーと一体化している橋本は眼下の台風へと向き直り、
「さて、と……
 それじゃ、当初の予定通り、吹き飛んでもらおうか!」

「いくぜ、ファイ!」
「うん!」
 橋本の言葉にファイが答え、シャドーブレイカーがスカイウィングを広げ、コックピットのファイの前にはターゲットスコープとトリガーがエネルギー形成される。
 そして、ファイはトリガーに手をかけ、
「ターゲット、ロック!
 ファイナルショット、スタンバイ!」
「おぅ!」
 ファイの合わせた照準に従い、橋本が狙いをつけ、スカイウィングの周囲に風が巻き起こり、それが激しさを増していく。
「ま、まさか……力任せに吹き飛ばすつもりですか!?
 ムチャですよ! 相手は台風なんですよ!」
「大丈夫!」
 橋本達の意図を読み取り、声を上げる那美だが、そんな彼女にファイはきっぱりと答える。
「覚えとこうね、那美ちゃん。
 大自然、ってのは、微妙なバランスの下に成り立ってる――台風だってそれは同じ。
 なら――」
 そう那美に告げると、橋本は竜巻をにらみつけ、
「そのバランスを崩してやれば、案外もろいものなんだよ!」
『スカイウィング、グランド、フィニッシュ!』
 二人が叫ぶと同時、ファイがトリガーを引き――スカイウィングから放たれた2本の竜巻が、台風めがけて襲いかかる!
 橋本とファイの放った竜巻は台風の強風と激突し――互いに互いの風を乱し合った。結果、台風の周囲の風は流れを乱され、弱まっていく。
「よっしゃ! 大成功!」
 ガッツポーズを決め、声を上げる橋本の眼下で、台風の雲はゆっくりと晴れていき――
「――――あれは!?」
 そこにいた“それ”を見て、那美は思わず声を上げた。
「…………クラゲ、か……?」
 橋本のつぶやいたとおり、それはまるでクラゲのような姿をしていた。普通のクラゲと違うのは、その大きさと――宙に浮かんでいることぐらいか。
 と――クラゲの真下の海面に動きがあった。渦を巻くと海水が空中に巻き上げられ――水竜巻となって橋本達に襲いかかる!
「那美ちゃん、しっかりつかまって!」
「え――――きゃあっ!?」
 橋本の言葉に聞き返す間もなく、那美の身体を急激なGが襲う――橋本の意志に従い、シャドーブレイカーが急加速と共に水竜巻を回避したのだ。
「大丈夫か!?」
「平気!」
「大丈夫です!」
「舌かみましたぁ……!」
 橋本の問いに三者三様の答えが返ってくる――とりあえず無事だと判断し、橋本は目の前のクラゲに意識を戻した。
 クラゲの周囲にはさらに数本の水竜巻が発生、その回転が周囲の空気を巻き込み、新たな竜巻を発生させている。
「なるほど……あぁやって発生させた竜巻を成長させて、本物の台風に変えていたのか……」
「水竜巻で風を起こして、制御する……?
 “水”属性か“風”属性か、どっちなんだか……」
 橋本の言葉にファイがつぶやき――そんな彼らに、クラゲはさらに多数の水竜巻を放ってくる。
「橋本さん、何とか接近できませんか!?
 あの霊の人とお話できれば、なんとか……!」
「って、そうは言うけどね、物事には順序ってもんがあるんだよ!」
 那美の言葉にそう答え、橋本は次々に襲いかかってくる水竜巻をかいくぐる。
「話し合おうにも、向こうは敵意マンマンだよ!
 まずはあのクラゲに近づかなきゃどうしようもないっつーの!」
 うめき、両肩のシャドースマッシャーで水竜巻を次々に粉砕するが、クラゲは新たな水竜巻を生み出して対抗してくる。
「くそっ、シャドーブレイカーの機動性じゃ、こいつを突破するのは骨だぞ……!」
 懸命に水竜巻をかわしながら、橋本がうめき――
「崇徳くん、後ろ!」
「――――――っ!」
 那美の言葉と同時、彼らの背後から水竜巻が迫り――

 打ち砕かれた。
 真上から飛び込んだ来た、獣のような“何か”が、その前足の一撃で水竜巻を粉砕したのだ。
 そのまま、乱入者の身体は宙に投げ出され――その真下に新たな影が飛来した。乱入者を受け止め、上空に舞い上がる。
「あれは……!?」
 その姿を視界に捉え、那美は思わず声を上げた。
 飛来したのは、スカイホークとほぼ同サイズの、ライオン型、ワシ型のブレイカービースト――ランドライガーとマリンガルーダだ。
「ジーナ!? 鈴香さん!?」
「ボク達もいるよー!」
「そうですよ!」
 思わず声を上げる橋本に抗議の声を上げるのは、ジーナと鈴香のパートナープラネル、ライムとガルダーだ。
「みんな、どうしてこっちに!?」
 しかし、なぜジーナ達がこっちに――ファイがジーナ達に対し疑問の声を上げると、
〈はいはーい♪ 私が説明してあげる♪〉
 アースラから連絡してきたエイミィがその疑問に答えた。
〈一言で言っちゃえば――“援軍”よ〉
「ホントに一言だな」
 すかさず橋本がツッコんだ。
〈そう言わないでよ。元々単純な話なんだから。
 ジュンイチくんが差し向けて、私達がそっちに転送した――それだけよ〉
「ジュンイチお兄ちゃんが……?」
 エイミィの言葉にファイがつぶやくと、
「ま、当たり前といえば当たり前なんですけどね」
「私達は、3人そろわないと合身できませんからね」
 そんな彼女達に告げるのは鈴香とジーナだ。
 そして、一同は改めて巨大クラゲへと向き直り、
「そういうワケですから……橋本くん」
「あぁ。
 ファイ、那美と一緒にスカイホークに戻れ! 分離するぞ!」
「はーい♪
 那美ちゃん、ちょっと失礼♪」
 ジーナに答える橋本の言葉に、ファイは那美にしがみつき――そのままの体勢でスカイホークへと転送、爆裂武装を解除して分離する。
「ふ、ファイちゃん、いきなり何!?」
「バトンタッチ♪」
 驚き、声を上げる那美に答え、ファイはコックピットシートに座り直し――
「タカ兄ちゃんの代わりに、あたし達で突撃するの♪」

「エヴォリューション、ブレイク!」
 ファイが叫び、スカイホークが上空高く舞い上がり、ランドライガーとマリンガルーダがその後を追う。
「スカイ、ブレイカー!」
 ファイの叫びを受け、スカイホークの両足が折りたたまれ、鷹の頭部が胸部に倒れる。
 続けて、マリンガルーダも変形を開始。翼が基部から分離し、頭部が胸部へと移動するとボディが腹側、背中側の二つに分離、腹側がスライド式に伸びると下部から拳が飛び出して左腕に、背中側も上部から大腿部が飛び出して左足に変形する。
 ランドライガーは四肢が折りたたまれるとボディの左右両側が分離、残った中央部はマリンガルーダと同様のプロセスで変形し、右腕と右足へと変形する。
 そして、変形したスカイホークの左右に分離していたランドライガーの左右両側のパーツが合体して人型ロボットのボディとなり、そこへ変形の完了した四肢が合体、さらにマリンガルーダの翼が二つに折りたたまれて左腕に合体、シールドとなる。
 最後に、ボディの内部から頭部が飛び出し、人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
「スカイ、ユナイト!」
 ファイが叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
 システムが起動し、カメラアイと額のクリスタル――Bブレインが輝く。
 すべての合身プロセスを完了し、ファイが名乗りを上げる。
「空神合身! スカイ、ブレイカー!」

「いっく、ぞぉぉぉぉぉっ!」
 合身を完了し、スカイブレイカーと一体になったファイはクラゲに向けて急加速。一気に距離を詰めにかかる。
 当然、水竜巻で迎撃に出るクラゲだが――
「そんなの!」
 ファイのその言葉と同時――

 スカイブレイカーは、クラゲの目の前に飛び出していた。
 一斉に襲いかかってきた水竜巻を、すべて回避して。
 すぐに触手を繰り出そうとするクラゲだが――ファイの方が速い。風を巻き起こし、その動きを封じ込める。
ブレイカーズウチ最高の機動性は、ダテじゃないんだから!
 那美さん!」
「はい!」
 スカイブレイカーの胸部ハッチを開け、告げるファイに答え、那美は巻き起こる風に思わず目を細めながら呼びかける。
「室池さん!
 室池、慎二さん!」
 その言葉に――風の拘束の中でもがいていたクラゲが動きを止めた。
 届いた――確信し、那美は呼びかけを続ける。
「聞こえますか!? 室池さん!
 私の声が……聞こえますか!?」
 那美のその言葉に、クラゲはなおも沈黙を続け――

《…………誰ダ……》

 応答があった。クラゲの中から、どこか非人間的な響きの声が彼女に尋ねる。
《おれノ声ガ……聞コエルノカ……》
「はい! 聞こえます!
 あなたのことも知ってます!」
《…………おれガ死ンダコトモカ》
「……はい……」
 クラゲからの“声”に、那美はうなずき――
《…………ナゼダ……》
 そんな彼女に、“声”が尋ねた。
《ナゼ、おれダケガコンナコトニ……!
 おれガ死ンデ……ナンデ、他ノやつラハ……!》
「室池さん……?」
 “声”の言葉に那美が声を上げ――
《ナゼ……他ノやつラハ生キテルンダ!》
 その言葉と同時――“声”の気配がふくれ上がった。
「――――――っ!」
 同時に、ファイが気づく。
《ナンデ――おれダケ、コンナメニ!》
 一気に憎悪の感情が大きくなり――
「――いけない!」
 刹那の判断でファイが後退――同時、クラゲの中からあふれ出した霊力の渦が、ファイの起こしていた風の拘束を打ち破る!
「何…………!?」
「あの人……もう、何も考えてない……!」
 いきなりの感情の爆発――思わず声を上げる那美に、ファイはそう答えた。
「自分が死んじゃった哀しみと、そのことに気づいてもらえなかったことへの怒り……
 もう、その二つしか、考えてない……!」
 そして――ファイは尋ねた。
「那美お姉ちゃん……
 あぁなっちゃった人って……」
「はい……」
 静かにうなずき、那美は告げた。
「もう……討つしか…………!」
「………………うん」
 那美の言葉に、ファイもまた同様にうなずいた。
「……那美さん。
 後は……任せて」
 言って、ファイは胸のハッチを閉じて那美を保護し、
「あの人は……あたしが、止めるから」
 決意を込めて、ファイは背中の翼を広げ――
「――行くよ!」
 その言葉と同時――ファイは翼の周囲に多数のエネルギー塊を作り出し、
「スカイ、ボンバー!」
 放たれたエネルギー弾の雨が、クラゲに降り注ぐ!
 迎撃すべく、クラゲもまた水竜巻を生み出して対抗するが――
「させるかよ!」
 橋本がそれを阻んだ。砲撃で水竜巻を粉砕――結果、ファイの攻撃は一切の妨害なしにクラゲに向けて降り注ぐ!
「ごめんね……室池さん……」
 告げて、ファイはクラゲから距離をとり、
「あなたはもう……こっちにいちゃいけないの!」
 一気に、“力”を解放する!

「スカイ、ハルバード!」
 ファイが叫ぶと、かまえたスカイブレイカーの右手の中に風が収束、そこに精霊力が注ぎ込まれ、戦斧型のツール“スカイハルバード”へと再構築される。
「サイクロン、ホールド!」
 叫んで、ファイがスカイハルバードをクラゲに向けて振るうと、そこから放たれた竜巻がクラゲを包み込み、その動きを完全に封じ込める。
「いっけぇっ!」
 動けなくなったクラゲに向けて、ファイが全速力で突っ込み――かまえたスカイハルバードの刃に精霊力が収束、輝きを放つ!
 そして、ファイの動きにあわせてスカイブレイカーがスカイハルバードを振りかぶり、
「疾風、怒涛――!
 
ブラストサイクロン!」

 そこから、サイクロンホールドのものとは比べ物にならないパワーの、そしてサイクロンホールド内を駆け抜けられるほどに引き絞られた竜巻が放たれ、クラゲを直撃する!
 圧倒的な圧力と精霊力を伴った竜巻をその身に受け、必死に耐えるクラゲだったが――それもムダな抵抗だった。強烈な竜巻によって生み出された無数の真空波が、クラゲを細切れに斬り刻む!
 そして、その切り口のひとつひとつに“封魔の印”が現れ――大爆発を起こし、クラゲは消滅した。
「……ごめんね、室池さん……」
 粉砕され、散っていくクラゲ――室池の霊魂に対し、ファイは静かにそう告げた。
「あたしは、霊のこととか良くわからないけど……
 今度生まれ変わる時は、いい人生送れるといいね……」
「……送れますよ、きっと」
 ファイのつぶやきに、那美は静かにそう応えた。
「きっと……次は安らかに生きられますよ」
「……そうだね」
 うなずき、ファイは雨雲が消え去り、晴れ渡った空を見上げた。
「じゃあね……室池さん♪」
 その声が届いたかどうかはわからない。
 だが――

 ファイも鈴香も、きっとこの声が届いたと感じていた。
 

「…………結局、あれは何だったの?
 室池さんの霊だ、っていうのはわかるけど……なんであんなクラゲっぽい姿に?」
 いくら結界の助けがあろうと海鳴上空をブレイカービーストで飛行するのは目立つ。臨海公園で降り、さざなみ寮へ――もう目の前まで戻ってきたところでふと思い立ち、尋ねるファイだが、
「さぁ……」
 那美にもその答えは未知だった。首をかしげるしかなかったが――
「おそらく……そいつぁベヒーモスの仕業だろうな」
 そう答えたのは、玄関先で待っていた青木だ。
「観測してたエイミィが、ベヒーモスの“力”の痕跡を捉えたそうだ。
 ヤツがしたのは、おそらく霊魂とクラゲとの融合。お前らの戦闘中、こっちでベヒーモスが動いた様子はないから――ヤツをオレ達にぶつけることだけが目的だったんだろう。
 差し詰め――オレ達に対抗するための戦力テストってところだろうな」
 そう告げる青木だったが――そんな彼に、那美達は顔を見合わせた。
「青木さん……?」
「待っててくれたんですか?」
「いや」
 那美とジーナの言葉に、青木はあっさりと否定の答えを返した。
「中に居づらくてさ……ここでヒマを持て余していたところだ」
「居づらい……?」
 鈴香が聞き返すと、青木は無言で庭の方を指さした。
 どういうことかと庭に向かおうとして――いや、向かう前に気づいた。
 庭の――いや、庭に面した、さざなみ寮のリビングから漂ってくる、鬱全開の気配に。
 数は二つ。それはおそらく――
「なのはちゃん達……?」
「…………まだ落ち込んでるんですか? あの二人」
「あぁ」
 尋ねるファイとソニックに、青木はため息まじりにそううなずく。
「けど、ちょっと意外ですね。
 出番がないとか、そういうのを気にする子じゃないと思ってたんですけど」
「まぁ……確かにそうでしょうけど……」
 思わずつぶやく鈴香に答え、ガルダーは告げた。
「それも回数が重なれば話は別でしょう」
「そういえば、府中でベロクロニアもどきを叩いて以来、まともに活躍できてないって話だからなー、アイツら」
「『今度こそ!』と思ってたところにこれじゃ、そりゃ凹むよなー」
「え、えっと……」
 思わず納得した青木と橋本がつぶやき、そんな彼らに那美が苦笑し――
「………………あれ?」
 ふと気づき、ファイは尋ねた。
「………………?
 そういえば、ジーナお姉ちゃんと鈴香お姉ちゃんがこっちに来たってことは……ライカお姉ちゃんは?」
「あぁ、ライカさんなら……」
 

美由希み゛ゆ゛ぎぢゃぁ〜〜んっ!
 ここはぁ!?」
「あぁ、ここは……」
 柾木家のリビング――もはや半泣き状態のライカの問いに、美由希は苦笑まじりに彼女が手を止めた問題の解き方を教えてあげる。
 先程からすべての問題でこの調子だ――ため息をつき、美由希はジュンイチに視線を向ける。
 当然、その視線は気づいているはずだが、ジュンイチは――

「さーて、今日の晩飯、何にするかなー?」

 棒読みのセリフと共に、そそくさとリビングから逃げていった。
 

「やれやれ……たまんないね……」
 喧騒から逃れて庭に出て、ジュンイチはようやく安堵の声をもらした。
 中から聞こえてくるライカの悲鳴を意識の外に締め出し、夜空を見上げる。
「…………『過保護』か……」
 ふと、先日のクロノ達との会話が脳裏によみがえる。
「……そりゃ、そうもなるだろ。
 特に……フェイトに対しては、な……」
 つぶやき、ジュンイチは自身の左手へと視線を落とした。
「フェイトと、オレと……」

 

 

「一体……どんな関係があるってんだ……?」

 そのジュンイチのつぶやきの意味が明らかになるのは、まだ先の話――


 

(初版:2007/11/23)