「あちゃー……」
夕飯のための買い物を終え、スーパーから出てきたジュンイチは、目の前の光景に思わず頭を抱えたい衝動に駆られていた。
「ぅわー……」
後に続いていたなのはもまた声をもらす。
うらめしそうにジュンイチは天を――と言っても真上はスーパーの軒先だ――を仰ぎ、一言。
「夕立のバカヤロー……」
そのジュンイチのつぶやきは、どしゃぶりの雨の中ではまったくの無力だった。
番外編
「夕立の中で」
事の発端はとてつもなく単純で――とてつもなく珍しいことだった。
要するに――
「まさか……ジュンイチさんが天気を読み違えちゃうなんて……」
「やかまし。人を完璧超人みたいに言うな。
オレだって読み違うことぐらいあるわい」
つぶやくなのはに答え、ジュンイチは口を尖らせて降り続ける雨をにらみつけた。
「身ひとつで、オレひとりきりだったら迷わずぬれて帰るんだがなぁ……」
なのはがいてはそういうワケにもいかない――ため息をつき、ジュンイチは買い物袋をその場に下ろすと左手のブレイカーブレスを取り出した。
通信スイッチを入れ、待つことしばし――
〈はい、高町です〉
「あ、恭也さん?
実は……」
どうやら高町家に連絡したらしい。簡単に状況を説明し、迎えに来てもらえるように頼むとジュンイチはスイッチを切った。
「恭也さん、すぐ来てくれるってさ」
「うん!」
告げるジュンイチになのはがうなずき、二人はしばし雨音に耳を澄ます――
――――が。
「…………ヒマだ」
そんな情緒あふれる静寂を楽しむような感性を持ち合わせているジュンイチではなかった。沈黙に耐えかね、すぐに不満をもらし始めた。
「って、まだ5分も経ってないじゃないですか」
「それでもヒマなもんはヒマなんだ」
あっさりとなのはに答え、ジュンイチはイライラしながら上空を覆う雨雲を見上げた。
「……元はと言えば、この天気がすべての元凶なんだよな……」
「だからってゼロブラック撃っても解決しませんよ」
その声色になんとなく不穏なものを感じ、なのはは先手を打って釘を刺してくるが、
「はっはっはっ、そんなことはしないさ」
それに対し、ジュンイチは笑いながら答えた。
「もしやるんなら――熱エネルギーをバンバンまき散らして気圧ガンガン上げてやるさ」
「しないでくださいね」
加減を知らないジュンイチのことだ。実際にやらせようものなら真夏どころか赤道直下並の超酷暑を作り出すのは火を見るよりも明らかだ。
ともかく、あっさりとなのはからダメ出しを受け、ジュンイチは憮然として視線を逸らす。
買い物を終えたらしき車椅子の少女とその連れが、迎えに来た家族と思われる女性から傘を受け取っているのをボンヤリと眺めながら――
「……恭也さん、遅いな」
「八つ当たりの口実にはならないと思いますよ」
またしても釘を刺された。
このまま放っておくと何を言い出すかわからないジュンイチを鎮めるべく、なのはは近くの喫茶店に入ることを提案した。
自腹を条件にジュンイチは承諾した。小学生の財布には痛い出費だが、ジュンイチが暴走しだすリスクを考えれば、まぁ妥当な対価だろうと納得しておくことにする。
それぞれに注文を済ませ、出てきたオレンジジュースを飲みながら、なのははチラリとジュンイチに視線を向けた。
ふーふーと息を吹きかけ、まだ暑いホットココアをおっかなびっくりすすっているジュンイチの姿は歳不相応に微笑ましいものがある。こうしている分には傍若無人なジュンイチもずいぶんとおとなしいものだ。
いつもこうならいいのに――などとなのはが考えていると、
「オレさぁ」
「はっ、はいっ!?」
完全に不意を突かれた。突然口を開いたジュンイチに、思わず上ずった声を上げてしまった。
だが――気づいた。
当のジュンイチは驚くなのはに何の反応も示さなかった。ココアの方は自然に冷めるのを待つことにしたのか、何の気なしに窓の外の商店街を見つめている――
その姿がどこか物憂げに見え、彼らしくないものを感じ取ったなのはは思わず居住まいを正し、次の言葉を待った。
「……雨って嫌いなんだよね」
それは見ればわかります――思わず出かかったツッコミの言葉は何とか押しとどめることに成功する。
「特に出かける用事とかない時は、まぁ風情があっていいかなー、とか思ったりもするけどさ……こーやって出かけてる時とか、出かけようとしてる時に降られると、もうアウトだね」
なのはが聞いていようといまいと関係ないのか、ジュンイチは淡々と続ける。
「それがどうしてか――なんて聞かれても、理由なんて単純極まりないんだけどな。
何のこたぁねぇ――行動半径がどうしても狭まっちまうからな」
(………………?)
その言葉に、なのははふと違和感を覚えた。
ジュンイチは別に自分が雨に濡れることを気にするタイプではない。先ほども自分がいなければひとりで濡れて帰っていたはずだ。買い物の荷物については、彼ならば対処法などダース単位で思いつくに違いないのだから。
そんな彼が雨などで行動半径を狭めるとは思えず――なのはは思わず眉をひそめる。
と、そんな彼女の様子に気づいたのか――相変わらず視線は窓の外を向いたままだったが――ジュンイチは告げた。
「オレは良くても……他のヤツらはそうもいかんからな」
「え………………?」
「みんなはオレと違って濡れるのを気にするからな――連れ回すことを考えたら行動半径はどうしても狭まる。
できることだって減る。外でやるようなイベントなんかは軒並み流れるし、お前らを濡らさないようにしようと思ったら移動手段すら限定される。
せっかく遊びに出ても、思いっきり楽しめないんじゃ意味ねぇし」
相変わらず視線は動いていない――だが、その表情は次第に憮然としたものへと変わっていく。
それは雨が止まないことに対する憂鬱さから来るものか、はたまた――
「あげくそれが平日だったりしたら最悪だね。
休日だったら予定の変更を考えるくらいの時間的余裕はあるだろうが、平日のアフターファイブはどうしようもねぇ。
家ン中でアレコレ遊ぶのもいいけど、それにしたって窓の外は晴れ晴れしてた方が気分もスッキリするワケで……
あー、くそっ、ボヤいてたらだんだん腹立ってきた」
つぶやいて、ため息をひとつ――だが、なのはの中の疑念はキレイサッパリ解消されていた。
ジュンイチが雨が嫌いなのは、別にジュンイチ自身に降りかかる問題が原因なのではなかった。
雨によって――自分達が不自由するのがガマンならなかったのだ。
ぶっきらぼうで、ワガママで、人の話を聞かなくて――だが、そんなものはジュンイチの一面でしかないことを、なのははすでに知っていた。
確かにぶっきらぼうで本心を明かすことはめったにない。
ワガママで自分の好きなようにしか行動しない。
人の話も――今さら言うまでもないことだろう。
だが――それでも、彼の中にはあるのだ。
『自分なりのやり方で』という前提条件があるだけで――
誰かを思いやるという心が、確かに。
『言ってて腹が立ってきた』というのは本当らしく、それっきりジュンイチは口を開かなかった。
だが、彼がこの雨が自分達を――正確にはなのはを――足止めしていることに腹を立てているのは明白だった。
高町家の車がやってきたのはそれからすぐのことだった。
ずっと外を見ていたジュンイチが真っ先に気づき、二人は店を出た――結局、なのはの分もジュンイチが払った――勢いは先程よりも弱まったが、それでも降り続ける雨の中、ジュンイチは車へと走ろうと一歩を踏み出し――
「ジュンイチさん」
そんな彼を、なのはは呼び止めた。
怪訝そうな顔で振り向くジュンイチに、笑顔で告げる。
「わたしは……雨の日も大好きですよ♪」
「…………そっか」
あとがき
『モリビト28号、夕立の被害にあう』記念の(爆笑)超短編です。
まったく、なんで夕立ってのはあぁもいきなり降ってくるんでしょうかねぇ……と愚痴るのはこのくらいにして。
さて、今回はなのはとジュンイチがメイン。
『雨』をお題にして、なのは視点でジュンイチなりの相手の気遣い方というものにスポットを当ててみました。
いろんなところで取り上げてるジュンイチの『不器用な優しさ』ですが、こういう日常の一幕で出てきたことはあまりないなー、ということでこんな感じに。日常シーンだとどうしてもワガママ大王な部分が前面に出てきちゃう子ですから。
そしてそんなジュンイチを優しく見守るなのは――って、なんかなのはの方が保護者っぽくないか?(笑)
あと、今回ゲストとしてどっかで見たような方々がチラリと登場してたりしますが――作者が血迷った結果です。気にしないように(爆笑)。
オマケ
「で…………どうしてノエルさんが運転してるんでしょうか?」
「何かあったのか? 恭也さん」
「母さんが……」
『………………?』
「『若葉マークが取れたばかりのアンタの運転でなのはとジュンイチくんをケガさせるワケにはいかない』とのことで私が呼ばれました」
「お、おかーさん……(汗)」
「気持ちはわかるが……」
「わからないでくれ」
(初版:2006/10/24)