「う、ん〜〜ん……」
大きく深呼吸し、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
「いいところですね、ジュンイチさん」
「そーだろそーだろ♪」
そう告げたフェイトの言葉に、ブイリュウを伴って後に続いてきたジュンイチは笑顔でうなずく。
彼のとなりのクロノやユーノも、額に汗を浮かべているがその表情はまんざらでもないようで――フェイトはそのさらに後方に向けて尋ねる。
「えっと……
大丈夫? なのは」
「う、うん……
ありがと、フェイトちゃん……」
アリサとすずかに支えられたなのはは半死半生だった。
番外編
「夏だ! 山だ! 星空だ!」
時間は数日ほどさかのぼり――
「…………そーいやさ」
「ん?」
唐突にジュンイチのかけてきた声にクロノが反応したのは、なのは達の模擬戦を見物していた最中のことだった。
「お前ら、いつもこーやって魔法戦闘の訓練してるけどさ」
「えぇ」
視線の先で、なのはのディバインバスターが火を吹いた。
「基礎訓練の方ってどーなってるんだ?」
「基本的には自主トレですね」
爆煙の中、飛び出したライカが全武装を展開。カイザースパルタンを放つ。
「ジュンイチさんもよく利用しているアースラ艦内のトレーニングルーム――大抵はあそこで済ましてます」
「ふーん……」
青木がスティンガーファングを振るう――間合いの外だがやりようはある。突き立てた拳が大地を砕き、大地が割れて牙をむく。
「けどそれ、あくまで屋内訓練でしかないだろう?」
「堕天使とジュエルシードの件がなければ、現地訓練も行きたいところなんですけど」
フェイトがサンダーレイジを発動。雷鳴が降り注いだ。
「まぁ、出動先で訓練を兼ねる、という手もあるんですけど……海鳴も府中も、周辺にそういうことに適した場はないですから」
「ちょっと遠出する必要はあるわな……」
アルフや鈴香も健闘している。攻撃力では数段譲る彼女達だが、“撃ちどころ”というものをよく心得ている。
「ジュンイチさん、どこかにいい場所はないですか?」
「今言った『ちょっと遠出する必要がある』って条件がクリアできるなら」
「そうですか。話を通してくれると助かります。
……ところで」
と、そこでクロノは話題を変えた。
「本当にここを模擬戦の場に使ってもよかったんですか?
すでにずいぶん地形が変わってきてる気がするんですけど」
「いい思い出がないんでな。いっそ跡形もなく吹き飛ばしてくれると助かる」
現場はかつて自分が異界に飛ばされた、あの柾木家所有の無人島――度重なる砲撃で深々と大地がえぐられている様を見ながら、ジュンイチはあっさりとクロノに答え――そんな二人を後ろから見ながら、すずかとアリサは確信していた。
(えっと……ジュンイチさん達、やっぱり気づいてるよね……?)
(さっきから……なのはの流れ弾をくらって気絶してるユーノが、地上で爆撃に巻き込まれてんだけど……)
そんな会話がきっかけとなり、現地訓練の話が持ち上がったのが数日前。
リンディの許可を取り付けるなり、ジュンイチは彼の行ったことがある中で訓練にちょうどよさそうなところをピックアップ。手際よく登山訓練としてスケジュールを組み立てた。
不在間のジュエルシードへの対応については青木達を動員。バックアップにはアースラクルーだけでなく魔法関係の現場アナライザーとしてアルフを残すことで話がまとまり、なのは達はさっそく現地訓練に出発した。
そして――
――冒頭の、撃沈されたなのはの姿に話がつながるワケである。
「…………やれやれ、魔法戦がすげぇから忘れそうになるが……つくづく運動がダメダメだよな、お前って」
「面目しだいもございませぇ〜ん……」
とりあえずは岩場を過ぎた中腹で休憩――苦笑するジュンイチの言葉に、なのはは手ごろな石の上に腰掛けてそう答える。
背後の大きな石に背中を預けて力なくうなだれ、極度の疲労から生気すらあまり感じられない。ポーズがポーズなだけになんだか燃え尽きてそうな錯覚を覚える。服装が彼女のイメージカラーに合わせた白一色であることも、そんなイメージをさらに助長させてくれる。
「やれやれ……こんなんで、自力でゴールできるのかねぇ……」
「って、後どれくらいなんですか?」
「まぁ……一番キッツいふもとの岩場は過ぎたし、後はまぁ、なんとでもなるんだが……」
尋ねるユーノに答えると、ジュンイチは息をつき、なのはへと視線を戻した。
「そんなワケだが……まだ動けそうにないか?」
「ま、まだちょっと辛いですけど……」
尋ねるジュンイチの言葉に、なのははフラフラと身を起こす。
「ち、ちょっと、なのは!
そんなザマじゃ危ないって! 足踏み外したらどうするのよ!
もうちょっと休まないと!」
「ううん。後は楽だって言うなら、休んで集中力を切らすよりも、気の抜けてない今のままで一気に行った方がいいかも……
というか……少しでも早くゴールして、心置きなく休みたい……」
あわてるアリサにさりげなく本音をもらしつつ、なのはは彼女の肩を借りて先へと進む。
すでに視界に映る山頂は目の前だ。すぐにでもたどりつけるだろう――だが、そんな二人の姿に、ブイリュウはとなりで「うんうん、微笑ましい友情だねー♪」などとうなずいているジュンイチへと視線を向けた。
「ジュンイチ……止めた方がよくない?」
「いいんじゃね?
滑落、転落については、後ろを行くオレ達が警戒してりゃ魔法なり精霊術なりでいくらでもフォローは利くし。
何より――どーせ“すぐにわかる”んだし」
「………………?」
そんなジュンイチの言葉に、すずかは不思議そうな顔で彼を見返し――
「にゃあぁぁぁぁぁっ!?」
「な、何よアレ!?」
「なのはちゃん!? アリサちゃん!?」
突然行く手で上がった声に、すずかはあわてて駆け出し、頂上に向かったなのは達のもとへと駆けつけ――彼女もまた、なのは達のとなりで驚愕の表情と共に動きを止めた。
「え、えっと……?」
「うんうん、この山に登るヤツが例外なくたどる道を進んだようだな」
一体何があったのか皆目見当もつかないが――少なくとも彼が落ち着いているということは、今起きている事態はまったく危険を伴うものではなく、そして彼にとっては予想の範疇にあったということだ。説明を求めるように視線を向けるクロノに対し、ジュンイチは肩をすくめてそんなことをつぶやく。
そして――クロノとユーノを前にして、尋ねた。
「お前ら……この山の頂上、どこだと思う?」
その言葉に、クロノとユーノは思わず顔を見合わせ、同時になのは達の立っている場所を指さす。
だが、そんな二人の反応も予想内だった。ジュンイチは笑いながら悠々となのは達の後を追い、
「そーだよな。ふもとから……っつーかここから見てもそう思えるよな。
けどさ……実際は死角になってるだけで――」
そして、ジュンイチはなのはのとなりに並び立ち、追いついてきたクロノとユーノはようやく事態を把握し――
「――実際は峰伝いにまだまだ先はあるワケだ。
ま、残りはほぼ水平移動だ。がんばれ、なのは」
頂上に建てられている、目印代わりの祠ははるか(と言うほど遠くでもないが)前方――稜線にそってまだまだ続く登山道を前に、なのははジュンイチの死刑宣告を受けてその場に崩れ落ちた。
「………………ウソつき」
空気が重い。
「…………詐欺師」
視線が冷たい。
「……人でなし」
沈黙が落ちる。
「悪魔」
「失礼な。
誰が悪魔だ」
そこでようやく動いた――息も絶え絶えといった様子で何とか山頂にたどり着くと同時に速攻でダウン。回復するなり涙声で抗議するなのはに対し、昼食の弁当(MADE
IN 晶)を食べる手を止めたジュンイチはため息まじりに答え――
「せめて『魔王』くらいには言ってもらわないと凶悪さに欠ける」
「って、ツッコむのはそこなんだ……」
ジュンイチの言葉に肩をコけさせ、アリサは思わず苦笑する。
「何言ってんだ。
オレとしては『魔“神”』くらいは言ってほしいのが本音だぞ。これでも遠慮してんだ」
「そういう遠慮の仕方もどうかと……」
「って、そうじゃなくて!」
迷うことなく告げるジュンイチに思わずうめくすずか――話の脱線し始めた現状を見逃さず、倒れ伏していたなのははガバッ、と身を起こして声を上げ――
「……ふぇえ〜〜…………」
「な、なのは、しっかり!」
そこで再び力尽きた。再び頭の落ちるなのはの姿に、フェイトはあわてて彼女をウチワで仰いでいた手の動きを速める。
幸い自分以外に登山客の姿はなく、となりではユーノも回復魔法をかけてくれている――そのおかげで幾分回復し、なのはは倒れたままではあったがジュンイチに向けて苦情を垂れ流す。
「ジュンイチさんのウソつきぃ……」
「失礼な。ウソなんて言ってないぞ。
『今までの道のりよりは楽だ』としか言ってないだろ」
確かにそれだけしか言っていない。
が――なのははそれでもジュンイチに尋ねた。
「本音は?」
「………………」
放たれた一言は真相をそのものズバリ射抜いていた。なのはの言葉に、ジュンイチは視線をそらし――
「やっぱり楽しんでましたね!? そうなんですね!?
“ホントの頂上”を前にして絶望してるわたしを見ながら、心の中でケタケタ笑ってたんですね!?」
「ハハハ、ナンノコトヤラサッパリデスナー」
「棒読み!? 棒読みですか!?」
「ムカシノエライヒトハイイマシタ。“ヒトノフコウハミツノアジ”ト」
「しかもなんだかひどい事言ってるし!?」
ジュンイチの言葉に、半ば悲鳴に近い勢いで声を上げるなのは――疲れていようと疲れていまいと、結局いつもどおりジュンイチに遊ばれてしまうその姿に思わずため息をつき、クロノはフェイト達に告げた。
「彼の保護の下で柾木家に滞在していられるキミ達をすごいと思うよ、ホント」
その言葉に、フェイト達は――ただ苦笑する以外どうすることもできなかった。
さすがのジュンイチも言動どおりの外道ではない。降りは転倒の危険を考え、フラフラのなのはを連れて下山してくれた。
ただし――小脇に抱えて。
『この体勢は恥ずかしい』と体勢の変更を求めるなのはだったが――そんな彼女に対してジュンイチは答えた。
「“お姫様抱っこ”よりはマシだろ?」
いろいろな意味で納得できて――しかし、いろいろな意味で納得できない一言だった。
ともあれ、下山した彼らが向かったのは本日の野営地――登山口から多少降ったところにあるオートキャンプ場である。
ここのオーナーは以前ジュンイチがとある事件に関わった際、彼に助けられたひとりとのことで、今回の訓練の話を(もちろん魔法関係はオフレコで)相談したジュンイチに対し、野営地として快く――どころか貸切にしてまで場を提供してくれたのである。
そんなワケで――
「まぁ……言わんでもわかると思うが、“来た時よりも美しく”ってのは全国共通の施設利用の心得だ。
だから使った後――明日の帰りには徹底的に掃除する。手間を増やしたくなかったら『どーせ転送で帰るんだし』とか考えずにあまり物を散らかさないように」
『はーい!』
告げるジュンイチの言葉に、なのは達から一斉に返事が返ってくる――その光景を前に、ユーノは「なんだか保父さんと園児みたいな絵だなぁ」と考えるが、口に出したが最後墓穴を掘りそうな気がするので黙っておく。
ともあれ、ジュンイチはテキパキと荷物の中から包丁とまな板を取り出し、下ごしらえの準備を進めていく。
「さて、と……
とりあえず、何から下ごしらえするか……」
つぶやき、食材を入れたクーラーボックスへと視線を向けるが、そちらはすでに調理の準備を終え、自分同様に食材を取りに来たなのは達でごった返している。
彼女達の分担が終わるのを待つことにして、ジュンイチは彼女達の姿をしばし見守り――その視線が彼女達の足元に。
そして――ふとつぶやく。
「………………大根は持ってきてないんだよな」
「あのー、スミマセン。
今のセリフ、誰のナニを見てつぶやいたか聞いてもいいですか?」
尋ねるなのはの声はとても冷たかった。
さて、本日夕食として作るのは、キャンプにおける夕食の定番、カレーライスである。
さすがと言うか、喫茶店育ちのなのははこの場においてもその経験を遺憾なく発揮した。テキパキと食材を準備し、炊飯のための飯ごうも手際よく用意していく。
次いで活躍しているのがフェイトだ。聞けば、修行時代に師にあたる人からある程度は手ほどきを受けていたらしい。
それを聞いたジュンイチは思わず一言。
「花嫁修業か」
真っ赤になったフェイトの眼前で、桃色の光弾と投げつけられたA4サイズの端末が降り注いだ。
失言を乱発するジュンイチをクロノ、ユーノと共に『テント設営』と称して追い出し、調理再開――先述の二人に対し、すずかも料理にかけては負けていなかった。どうやらノエルから教わっていたらしい――『ファリンから』でないのがものすごく納得できた。
さて、そんな中で問題となっているのが――
「わー、アリサちゃん、皮むき上手だねー」
「ふふん、ざっとこんな――いったぁっ!」
「あ、アリサちゃん!?」
「ダメだよ、なのは……アリサが集中してる時に横から声かけちゃ」
やればできるクセして、ほめられるたびにテングになってポカをやらかす若干1名だった。
『………………』
ジュンイチ、クロノ、ユーノ――テントの設営その他いろいろ、野営の準備を一通り済ませて戻ってきた彼らは、目の前のそれを見て眉をひそめた。
と言っても、別に特別な何かを見ているワケではない――彼らの前にあるのは、なのは達の手によって作られ、きれいに盛り付けられたカレーライスである。
見たところ特に問題はない。ごくごく普通のカレーライスだ。
だが――
「………………何よ?
特におかしなところなんてないでしょ?」
「いや……何というか……」
「何かあると思ってた、というか……」
尋ねるアリサの問いに、クロノとユーノは思わず顔を見合わせ――同時に視線を落とす。
絆創膏だらけの彼女の両手へと。
設営の間中、ずっと彼女の「痛ぁっ!」という悲鳴を聞かされ続けていたのだ。その上で彼女の手を見たならば、少なからず不安にもなるというものだ。
とはいえ、それをストレートに言葉に出すほど愚かではない。どう答えたものかと困窮し、クロノとユーノは言葉を濁す。
だが――この場にはヤツがいる。
場の空気を一切読まない大馬鹿野郎が。
周囲の人間の懸命のフォローを、わずか一言で台無しにする、揉め事の申し子が。
そして、今日何度目になるかもわからない――何もかもをぶち壊しにする“爆弾”が彼の手によって投下される。
「カレーの辛味よりも血の味がしたりしないだろうな?」
ジュンイチの顔面にカレー皿が叩きつけられた。
腹を立てたアリサによって『だったら食べるな!』と言い渡されたが――そこはジュンイチ。山に入って小一時間。そろそろなのは達が食べ終えようかと言う頃になって、山菜の山と新鮮な肉を抱えて戻ってきた。
そのまま焚き火を使って手馴れた様子で調理し、食べ始める――その光景を前に、なのは達はこう聞きたいのを懸命にこらえていた。
すなわち――
((それ、何の肉ですか?))
ついさっき聞こえた、野太い獣の悲鳴(『咆哮』ではない)が気のせいだと思いたかった。
古今東西、疲れを取るには風呂と睡眠が何よりも効果的なものである。
当然、かなりの体力を消耗する山登りにおいてもそれは例外ではない。山でのレジャーを想定したこのオートキャンプ場にも、ちゃんと疲れを取るための入浴施設は用意されていた。
そんなワケで――
「疲れは取れたか?」
「少しは……」
男性陣が食後の片付けをしている間に女性陣には入浴を済ませてもらった。余った薪を束ねながら尋ねるジュンイチの問いに、戻ってきたなのははパタパタとウチワで涼風を味わいながらそう答える。
と――
「ほら」
自分の肩に何かがかけられた――少し遅れて、それが彼の上着の予備だとわかる。
顔を上げると、すぐに同じものが数着投げ渡された。
「湯冷めする前に着とけ。
夏だっつってもここは標高も高い。お前らの持ってきた服じゃ風邪をひくぞ」
「は、はい……」
おそらく、渡された予備の数着は『フェイト達に配って来い』という事なのだろう――ジュンイチの言葉にうなずき、なのはは上着を抱えてきびすを返し――止まった。振り向き、尋ねる。
「…………何でわたし達の持ってきた服を把握してるんですか?」
「美由希ちゃんに確認してもらった」
さすがに女の子の荷物をあさらないだけのデリカシーはあったらしい。こういう気遣いができるくせになんでいつも余計なことを言って話をややこしくしてしまうんだろうか――心の底から不思議に思わずにはいられないなのはだった。
片付けが終われば後は自由時間――皆思い思いに過ごすものの、やはり疲れがあるのかテントの中での談笑が主になっているようだ。ユーノやクロノ、ブイリュウも現在はテント内でなのは達の輪に加わっている。
――いや、時折誰かしらの悲鳴が聞こえるし、何か対戦系のゲームでもしているのだろう。主にクロノとユーノの悲鳴であることからトランプあたりだろうと見当をつける。良くも悪くも素直なあの二人が、腹の読み合いとなるカードゲーム系において強いとは思えない。それもゲームに関しては最強とも言えるなのはを敵に回してはなおのことだ。
無残な二人の姿を笑いにでも行こうか――テントの外でジュンイチがイヂメっ子的思考をめぐらせていると、
「ジュンイチさん…………?」
かけられた声に振り向くと、そこにはテントから出てきたなのはの姿があった。
「ん? どうした?」
「あ、いえ……
ちょっと出てきたら、ジュンイチさんがいたから……」
「おや珍しい。
ゲームの鬼なお前が途中で席を外すなんて……」
思わずつぶやき――何の気なしに、本当に何の気なしに思い至ったことを口にする。
「…………あぁ、トイレか」
「――――――っ!」
一瞬にしてなのはの顔が朱に染まる――今回のメンバーの中でも一番疲れているだろうに、その疲れをものともせずにジュンイチに駆け寄り、声を上げる。
「じ、じじじ、ジュンイチさんっ!
いい、いきなり何言い出すんですか!」
「ん? どうした?」
確認しておこう。ジュンイチに悪気は一切ない。本当にふと思ったことが口をついて出ただけなのだ。
だからこそ――なのはのこのリアクションが理解できず、心底首をかしげたりする。
「お、おお、女の子に対してそれは禁句です! タブーです! 言っちゃダメです!」
「そうなのか?」
「ジュンイチさんだっていちいち、その……“行く時”に指摘されたら恥ずかしくないですか!?」
「戦場じゃ立ちション野グソは当たり前だぞ?」
「だから、そーゆー発言はダメダメなんです!」
これも今までの人生の違いゆえか――羞恥心の物差しが根本から違うジュンイチの答えに、なのははふとそんな哲学的(?)なことを考えてしまいながら反論する。
「いいですか!? 女の子のハートというものはデリケートなんです! 繊細なんです!
だから大事に扱ってくれないと困るんです!」
「本当に繊細なヤツはそもそも自分で『繊細だ』なんて言わんと思うが」
「言ってもわかってくれないのは誰なんですかぁ……」
あっさりとカウンターをもらい、なのははその場に崩れ落ちる。確かにジュンイチの言うとおりだが、それを言うのが他ならぬ彼では説得力がないにもほどがある。このまままとめられてしまうのもなんだか理不尽だ。
一体どう言えばこの朴念仁はわかってくれるのだろうか――残酷な現実に涙しつつ、なのはは思わず天を仰ぎ――
「………………あ」
止まった。
視界いっぱいに広がる――
満天の星空を見渡して。
「すごい……」
「………………ん?
……あぁ、この空か」
思わずつぶやいた声が聞こえたか、立ち上がって夜空を見上げるなのはのとなりにジュンイチが並び立つ。
「すごいだろ?
標高が高いし、国定公園のそばで私有車の通行も規制されてるから空気もきれいだ。
その上周りには星明りをかき消すような強い明かりもない――結果、こうなるワケだ」
「はにゃぁ……」
説明するジュンイチだったが、なのはの耳には届いていない。海鳴の市街地ではめったに見られない――比較的郊外のさざなみ寮で見たとしてもここまでの星空は見られないだろう――圧倒的ともいえる一面の星空を前に、ただただ圧倒されるしかない。
と――
「なのはー? どうしたの?」
なかなか戻ってこないなのはを心配したのか、アリサもまたテントから顔を出して――
「――って、ぅわっ、すごっ!」
彼女もまた壮大な星空を前に驚きの声を上げた。その声を聞きつけ、他の面々もまたなのはやアリサと同じ運命をたどった。呆然と星空を見上げて圧倒される。
「すごい……
わたし、天の川なんて初めて見た……」
「アマノガワ?」
「あぁ、フェイトちゃんはわからないよね。
天の川っていうのは……」
「っていうか、北斗七星デカっ!?」
「あー、そうなんだよね。
確かに標高が高い分、街で見るよりもおっきく見える理屈はわかるんだけど……だからって、宇宙レベルで見たらたかだか高低差2000mなんて些細なものだろうし……不思議だよねぇ……」
首をかしげるフェイトにすずかが説明を始め、アリサの驚きの声にブイリュウが答える――そんな様子を、ジュンイチは微笑ましく見守っていたが、
「…………なんとなく……わかった気がします……」
ふと、なのはが彼に向けてそんなことを言い出した。
「何がだ?」
「ジュンイチさんが、ここを訓練先に選んだ理由が、ですよ」
聞き返すジュンイチに答えると、なのははジュンイチのとなりに並び立つとイタズラっぽく笑みを浮かべ、
「わたし達に、この星空を見せてくれるためじゃなかったんですか?」
「……別に、ンなワケねぇよ。
正直、この星空はすごいとは思うが好きにはなれねぇ」
告げるなのはに対し、ジュンイチはプイと視線をそらしてそう答え――
「コレ見てると、ガラにもないこと考えちまうからな」
小声でつぶやいたその言葉を聞き逃すことはなかった。口を尖らせるジュンイチの姿に、なのははクスリと笑みをもらす。
(確かに……ジュンイチさんのガラじゃないですよね。
『この星空を見られる、この世界を絶対に守りたい』なんて)
口に出しても絶対に否定するだろう――その考えは内心でつぶやくにとどめ、なのははジュンイチに告げた。
「ジュンイチさん」
「あん?」
「また……連れてきてくださいね♪」
「………………おぅ」
笑顔で告げるその言葉に、ジュンイチはうなずいて――付け加えた。
「次は自力で登山を果たすように」
「………………がんばります」
だが――なのはは気づいていなかった。
『次の登山』以前に、次なる試練はすでに待ちかまえていることに――
翌朝、なのはが全身筋肉痛でブッ倒れ、またもやジュンイチに“持ち運び”されてアースラに帰還することとなるのだが――その際の光景は語らぬが花、というヤツであろう。
とりあえず、了。
あとがき
と、いうワケで、夕立編に続く実体験ネタ第2弾。『モリビトの訓練登山』記念SSです。
舞台となったのはモリビトが今年、そして2年前と職場の訓練で登った乗鞍岳がモデルとなってます。
本編中でなのはが引っかかった『フェイクの頂上』は実際モリビトも1回目で体験しました。「頂上だーっ!」と思ってスパートかけたら実は死角になっていた本当の頂上が姿を現して愕然とした覚えが。
教訓。
登山道の順路案内に頼らず、少しは自分で地図を見ましょう(笑)。
しかし今回、場面転換のペースが早い早い。
しかも原因の大半がジュンイチの『失言』。作者に対してもロクなことしねぇな、コイツ(爆笑)。
(初版:2007/08/19)