奥様の名前はなのは。
 だんな様の名前はジュンイチ。
 果てしなく物騒な出会いをした二人は、爆裂究極な恋愛をして、全力全開な結婚をしました。
 でも、ただひとつ――というか、一番違っていたのは――

 だんな様は“ブレイカーズの黒き暴君”で、奥様は“管理局の白い悪魔”だったのです。

 

 


 

番外編
「奥様はマジョ?」
〜もしくは「あるバカップルの日常」〜
(なのは×ジュンイチ編)

 


 

 

 ベーコンエッグにサラダ、味噌汁にたきたての米飯――
 目の前に並ぶ、典型的な朝食メニューを前に、ジュンイチはこれを作った人物に――7つほど歳の離れた自分の妻へと視線を向けた。
 ……すっげぇ目が輝いている。一刻も早く食べてもらいたいという期待感が全身に満ち溢れている。
 知り合った頃から変わらない、その純真な眼差しに内心で苦笑しつつ、ジュンイチは席に着き、二人で合掌して食べ始める。
 期待に満ちた視線を受けながら、おかずのひとつひとつを順に食べていく――彼女の求めに応じるべく、味をよく吟味しながら。
 …………美味い。
 ベーコンエッグの焼き具合や塩コショウの加減、サラダの野菜とドレッシングとのバランス、味噌汁の出汁の具合、米飯の炊き加減――その他、どれをとってもよくバランスが取れている。
 だが――
「なのは」
「は、はいっ!」
「……もっとがんばれ。以上」
 それは、裏を返せば『小ぎれいにまとまりすぎている』ということでもある。喫茶店の娘として育った彼女なら――あの家の料理を食べて舌の肥えた彼女なら、まだまだ伸びしろは残されているだろう。
 彼女ならばいつの日か自分よりも美味い料理を作れるようになるだろう。だが――たとえその時が来ても、向上心を忘れてほしくはない。
 厳しい評価に肩を落とすなのはの姿に苦笑し、ジュンイチはベーコンエッグを一かけら、口の中へと放り込んだ。
 

 『食堂料理長』兼『特殊遊撃分隊“ファイヤー分隊”分隊長』兼『同分隊人事管理官』兼『臨時教導官』。
 それが機動六課における現在のジュンイチの役職の全貌だ。
 平時は食堂で腕を振るい、なのはやヴィータが出払っている時などに彼女達に代わり新人達の教導を行い、有事となれば任務内容に即した人材をかき集め、特殊遊撃分隊“ファイヤー分隊”として大暴れ――そこに日々の申し送りや報告関係の事務仕事が加わったのが、ジュンイチの基本的な業務内容となる。
 幾つもの仕事を掛け持ちしている手前、やはり仕事量は膨大だが――すべてが一度に起きるワケではない。実際、周囲が思っているイメージに比べ、意外と時間の取れる立場だったりもする。食堂も四六時中詰めていなければならないワケではないのだし。
 なので、時間の空いた時はたいていファイヤー分隊のオフィスでのんびりさせてもらっていたりする――

 ちなみに、ファイヤー分隊のオフィスはスターズ、ライトニングのオフィスのある正規の隊員オフィスとは別に独立している。『後付された分隊だから』ということもあるが、基本的に状況に即した人員をその都度引き抜いて運用される、いわゆる『寄せ集め部隊』であるファイヤー分隊は人数が一定しておらず、最悪の場合、小隊規模の人数で運用されることもある。
 うかつに正規オフィスに居を構えると事後の報告業務の際などに席が足りなくなる可能性すらある、ということで、サブの隊員オフィスを丸ごとひとつあてがわれることとなったのである。

 だが――逆に言えば、誰も引き抜いていない平時においてはオフィス内は閑散としたものだ。ここを日頃から使うのはファイヤー分隊常勤者、分隊長であるジュンイチと――
「お疲れ様」
「はい、お疲れ様、と」
 彼くらいのものだ。出勤してきたファイヤー分隊副隊長、高町恭也教導官補佐に、ジュンイチは軽く手を挙げて答える。
「今日の業務内容は?」
「うーん……
 事件はねぇし、オレも今日は食堂のシフトは入ってねぇから、留守番を頼むようなこともない。
 なのはの教導も今日は通常メニューだけだって言ってたし……」
 尋ねる恭也の問いに、ジュンイチは端末で今日の予定を確認し――
「……うん、やっぱ何もないね。
 そんなワケで、本日ウチは開店休業。何もしてない以上申し送り書の提出もいらないし、日報はオレがやっとく――もう自宅待機でもかまわないっスよ。もちろん、連絡が取れる状態は維持しててほしいけどね」
 そう告げて――ふと思い出したジュンイチは恭也に対して付け加えた。
「……あ、そうそう。
 自主トレで訓練施設を使うなら、利用申請、忘れないでよ。
 こないだ黙って使ったでしょ――そのせいでオレがはやてから怒られたんだから」
「………………善処する」
 ジュンイチの言葉に肩をすくめ、恭也はオフィスを出ていき――突然、ジュンイチの手元の端末がコール音を立て始めた。
 業務連絡用に課内で使われているメールの着信だ。すぐさま内容を確認し――その表情がすぐにゲンナリしたものへと変わった。
 そして、一言。
「………………またですかい」
 

 それから小一時間後――
「ちぇすとぉぉぉぉぉっ!」
「やかまし」

 気合と共にデバイスで打ちかかってきた“敵”を、ジュンイチは迷わず“紅夜叉丸”で打ち据えた。
 すぐにその場を飛びのき、背後に迫っていた他の“敵”の打撃をかわし、そのまま一足飛びに包囲網から飛び出すと術式を編み上げ、
炎弾丸フレア・ブリッド!」
 放つのは、もはや詠唱の必要もないほどに使い込んできた愛用の精霊術。素早く炎の弾丸をばら撒き、敵陣の一角へと降り注がせる――

 機動六課において、実際に戦闘に参加するのはスターズ、ライトニング両分隊と、ファイヤー分隊のジュンイチ、恭也――そしてジュンイチがファイヤー分隊の要員として引っ張ってくる身内の戦闘要員一同に絞られる。
 だが、だからと言って他の職員が訓練をしなくてもいいワケではない。全員に課せられた訓練のノルマ――俗に言う“訓練規定”を一通りこなさなくてはならない。
 今繰り広げられているのも、そんな訓練の一環である模擬戦訓練だ。先ほどのメールは、この模擬戦についての連絡だったのだが――対戦カードが「参加者全員VSジュンイチ」とい点は六課ならではと言うべきか。
 ついでに――これがほぼ毎日恒例の行事となりつつあり、しかも参加者が全員男性で、さらに全員尋常ならざる殺気を放ち、なおかつデバイスの非殺傷設定がことごとくオフになっているのも六課ならでは、と言うべきだろう。
 むろん、そんな状況が平然とまかり通っているのも、それなりの動機というものがあるからなワケで――

「者ども、ひるむなぁーっ!」
「我らが女神を奪いし悪鬼に、今度こそ裁きの鉄槌をぉーっ!」
「ちくしょーっ! ヤツらばかりがなぜモテる!?」
「泣くな! 立て!
 涙は我らの道に一歩を記してからだ!」
「今日こそヤツを倒す!
 後に高町恭也だ! 六課の女性を独占し、ハーレムを謳歌するあの独裁者達を倒し、今こそ我らの手で“文化”を取り戻すのだ!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』

「やれやれ、今日はまた一段とテンションたけぇなぁ……
 っつーかオレはなのは一筋だ。誰がハーレム作ってんだよ、誰が」
 つまりは“そういうこと”だ――嫉妬の炎を原動力に限界を超えた魔力を発揮している独身男性職員一同を前に、ジュンイチはため息まじりにつぶやきながら“紅夜叉丸”をかまえる。
 毎度毎度、いくらブッ飛ばしても翌日には復活してきてキリがない。しかも誰ひとりとしてあきらめていない上に日々数が増えているのも問題だ。
 あげく、時には出勤時にまで待ちかまえているから迷惑この上ない。以前、彼らの相手のためについつい時間をかけてしまい、時間ギリギリとなってしまったことからあわてて蹴散らして出勤したことがあったのだが――『“ギガフレア三連”を撃つなんて何を考えてるんですか』となぜか自分がシャマルに怒られた。
 結婚前の話になるが――なのはに誘われ泊りがけで遊びに来たスバルとティアナを伴って出勤したら「浮気だ!」「ハーレムだ!」などと勝手にヒートアップしてくれた、なんてこともあった。
(そーいや、あの時はスバルとティアナも顔を真っ赤にして怒ってたっけ。まぁ、オレがたしなめたらすぐにうつむいておとなしくしてくれたけど)
 そんなことを思い出し、ジュンイチは思わずため息をつく。
 正直、相手にするのもバカらしいのだが――
(この模擬戦、なのはも見てるんだよなー……)
 そう。六課の訓練指導幹部であるなのはやその教え子であるスバル達は当然この模擬戦の様子をモニターしているはずだ。一緒に見学しているはずの他の面々はぶっちゃけどーでもいいとしても、妻の見ている前でブザマな姿はさらせない。
 退くワケにはいかない。ならばせめて――
(いつものように“遊んで終わる”か)
「っつーワケでそろそろフィニッシュ!
 ネタ技きます!」
 物騒な当て字と共に告げると同時――ジュンイチの放った炎が形を変えた。彼の周囲で固まり、3体のモンスターを形作る。
「つ、使い魔か!?」
「バカな、ヤツに使役系の術はないはずだぞ!」
「いや、隠し技の百貨店だぞ、ヤツは! 使えてもおかしくはない!」
「反則技の伏魔殿だもんなー、あの人」
 職員達の間に動揺が広がる――が、驚いている彼らには悪いが、このモンスター3体はただの張りぼて。炎の塊だ。これから放つ“ネタ技”のための前フリに過ぎない。
 だから――迷わず叫ぶ。
「オレのターン!」
『――――――っ!?』
 ジュンイチの言葉に――職員達は彼の“意図”を悟った。その表情が動揺から戦慄のそれへと変化する。
 3体のモンスター、そしてターン宣言――
「ま、まさか!?」
「またか? またなのか!?」
「そう!
 先日の、ゴッドドラゴンによる『ラーの翼神竜』ネタに続く、“神カードネタ”第2弾!
 前回は生贄ネタは省いたからな――今回はフルバージョンでいくぜ!」
 あわてる職員達にジュンイチが答え、彼の目の前で3体のモンスターは“力”の渦に飲まれて無に還る。
「モンスター3体を生贄に!
 そして!」
 告げて、ジュンイチはカードをドローする――代わりに、懐から携帯電話のようなデザインの端末ツールを取り出した。
 彼の持つ精霊石“スカーレット・フレア”が納められた、精霊獣とのコンタクトツール“ブレインストーラー”である。
「ククク……貴様らに“神”を見せてやる」
 どっかの社長の声マネをしながらブレインストーラーを頭上へ。そして――
オベリスクの巨神兵フレイム・オブ・オーガ!」
 咆哮と共に――炎があふれた。戦慄する職員達の目の前で、巨大な炎の鬼神がその姿を現す。
 媒介なしの顕現だ。“出て”いられる時間は限られているが――時間をかけるつもりはない。握りしめたオーガの拳に炎が収束し――
「ゴッドハンドぉっ! クラッシャぁぁぁぁぁっ!」
 ジュンイチの叫びと同時、オーガの解き放った炎が職員達をまとめて薙ぎ払う!
 そして――自分達以外に動く者のいなくなった模擬戦場で、オーガはジュンイチに告げた。
《主よ。
 いい加減、我らをネタ技で呼ぶのはやめにせぬか?》
「えー?
 次はお前に竜の姿になってもらって、ゴッドドラゴンと二人で八竜ネタをやろうと思ってたのに」
《………………
 ……我は烈神役だ。それ以外は認めん》
「攻撃能力ないんじゃなかったか? アイツ」
《長でなければ納得いかん》
 結局、いいカンジでジュンイチに染められているオーガであった。
 

「はーい」
 呼び鈴を押すなり、すぐに返事が返ってくる――とりあえずの社交辞令で在室を確認し、ジュンイチは目の前のドアを開け――
「父サマぁ――っ!」
「ていっ」
 ぺしんっ。
「はぅっ!?」
 飛来した、文字通り“小さな”少女――“リイン”ことリインフォースUを、ジュンイチは絶妙なカウンターではたき落とした。
「いい加減、『父サマ』呼ばわりはやめんかい。
 確かに、オレはお前の製作に関わった中で唯一の男だが――だからって、別にお前の父親になった覚えはねぇ」
「きゅう……」
「聞こえてへんで、ジュンイチさん」
 墜落し、目を回しているリインに告げるジュンイチに対し、この部屋の主であるはやては肩をすくめてそう告げる。
「いい加減、リインの希望を聞いてくれてもえぇんちゃうかな?
 ウチは女所帯で男ゆーたらザフィーラしかおらへんし。父親っちゅうのは、けっこう憧れやったりするんよ」
「るせぇ。
 もうすでに義娘が二人もフェイトとヴィヴィオがいるんだぞ、オレは。もう義理の娘は間に合ってんだよ」
「けど、二人とも今は家におらへんやん」
「『だからこそ』なんだよ」
 はやてに答え、ジュンイチは胸を張り、
「フェイトが隊舎に入って、ヴィヴィオは桃子さんとウチのかーさんにお任せ(むしろ『孫ができた!』と満面の笑みで連れ去っていった)――せっかくの夫婦水入らずを、ジャマされてたまっかい。
 仮に今のオレんちに新たに子供がやってくるとしても――それはオレとなのはの子だ!」
「あー、はいはい。
 そない拳握りしめて力説せんでもえぇから」
 力強く咆哮するジュンイチに、はやては苦笑まじりにツッコミを入れる。まだ純粋なリインが目を回していて助かった、そう思いながら。
「せやけど、人間変われば変わるもんなんやなー。
 昔は恭也さんと肩を並べるフラグクラッシャーやったジュンイチさんが、こうものろけるようになるやなんて」
「ほっとけ。
 それとフラグクラッシャー言うな」
「一部では『恭也さん以上かも』ってことで“フラグジェノサイダー”とも言われとったんよ」
「皆殺しかよ」
「あながち否定できへんと思うけど」
「…………言うな」
 これ以上の反論は墓穴を掘るだけだと判断。ジュンイチはぶっきらぼうに答えると話を切り上げ、用件を済ませることにした。
「ほら、今日の日報」
「あぁ、ありがとうな。
 いつもながら早いなぁ」
「常勤者が二人しかいないんだ。当たり前だろ」
 そう答え、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせる。
「ま、報告内容が少ないのは、それすなわち『何もなかった』ってことだ。
 “便りがないのが良い便り”ってな」
「せやね」
 ジュンイチの言葉に答え、はやてはクスリと笑みをもらし、
「確かに、ファイヤー分隊は出番がない方がえぇかもしれんね」

「なのはちゃんに攻撃が行くと、ジュンイチさん迷わず山ひとつ地図から消すし」

「………………」
 はやての言葉に、ジュンイチは迷わず視線をそらす――
 

 結局、ジュンイチは最後まで気づかなかった。
 リインを娘として受け入れていたら――そのリンカーコア提供者ははおやであるはやてとのフラグが成立していたことに。

 ジュンイチの鈍感が、ひとつの危機を回避した瞬間であった。

 

「うーん……
 ここでスバルを正面に置けば、当然そっちを狙うから……」
「あー、ダメダメ。
 そんな見え見えの陽動に引っかかる相手じゃないわよ。むしろ引っかかったフリしてエリオとスバルの同士討ちを狙われるってば」
「………………ん?」
 オフィスに顔を出し、目に入ったのは真剣に顔を突き合わせる二人――首をかしげ、なのはは二人に声をかけた。
「ティア、ライカさん、何してるんですか?」
「あぁ、なのはさん。
 実は……」
「模擬戦用のジュンイチ対策会議よ」
 気づき、答えようとするティアナのとなりで、ライカはシミュレーション画面から視線をそらさず、ストレートにそう答える。
「後でスバル達も交えて詰めてもらうけど……とりあえず草案だけでも、ってコトで。
 チームメイトとしてはやっぱりジュンイチの味方をしたいところだけど、師匠のひとりとしては、やっぱりティア達にも花を持たせてあげたいからね」
「まぁ、それはそうですけど……」
 ティアナ達は自分にとっても教え子であるのだ。肩入れするライカの気持ちはわからないでもないが――懸念は別のところにあった。
「あの変幻自在を絵に描いたようなジュンイチさんを相手に、事前の作戦なんてあってないようなものだと思うんですけど」
「……言うな…………」
 ツッコむなのはの言葉に、ライカは思わず肩を落とす。
「そもそも、チームでジュンイチに挑む、って時点で不利なのよねぇ……
 ジュンイチってば、『自分対多数』のシチュが一番得意分野なワケで」
「なのはさん達との模擬戦を見ていても、相手のフォーメーションを切り崩すのに、もう生きがいすら感じてますしね……」
「毎回コテンパンにノされちゃってますし……
 1対1の時の方がまだもちこたえられる、っていうのは、我ながら自信なくしますよねぇ……」
 うめくライカの言葉に、ティアナとなのはが思わず同意して――
「そうだ。
 なのは、アンタは何か知らない? アイツのウィークポイント」
「わ、私ですか!?」
「そ。
 アイツの奥さんなんだし、何か知らない?」
 突然の問いに戸惑うなのはだったが、しばし考えた末に答える。
「うーん……やっぱり得意距離が近距離寄りなところかな?
 一応どの距離でも戦えるオールラウンダーだけど、射程が長いのはゼロブラックみたいにチャージ時間の長いものが主だから、ロングレンジで足を止めることができれば、まだ勝機はあるかも。
 まぁ、その『足を止める』っていうのがまた大仕事なんだけど……接近戦を許したら最後、零距離砲撃の“ギガフレア三連”が来ることを考えたら、他に手はないかも……」
 つぶやきながら、なのははさらにしばし考え、
「……あ、“オバケが苦手”っていうのも、けっこう攻め口になるかも。
 ティアのフェイクシルエットをうまく使えば……」
「あー、なるほど」
「って、そんなのが通じるんですか?」
 思わず納得するライカだが――当然ながらティアナは疑問の声を上げる。
 ジュンイチの戦いぶりは今までだって何度も目にしている。いかなる局面においてもその持ちうる技術と知略のすべてを駆使して猛威を振るい、中でも零距離戦においてはあの恭也をも抑えて六課最強の戦闘力を誇る。その彼が、たかがお化けごときで白旗を揚げるのだろうか――?
 しかし、
「通じるよ」
 うなずくなのはの表情はけっこう本気だ。
「ジュンイチさん、オバケ嫌いにからんでオバケを連想させるものも総じてダメだから、あまり追い込んで暴発させるようなことをしなければ大丈夫。
 なんたって……ホラー映画1本見せるだけで、半月はひとりで寝られなくなっちゃうくらいだし」
『………………は?』
 何かモノスゴイ発言があったような気が――ライカとティアナの目が点になっているのに気づかないまま、なのはは続ける。
「部屋の隅に縮こまって、頭抱えてプルプル震えて……イヌ耳と尻尾があったら絶対垂れてると思うよ、アレ。
 子犬系って言うのかなぁ……年上なのに、ものすごく守ってあげたくなるんだよねぇ……
 見せた当日なんて今にも泣きそうな顔でピッタリくっついて、ベッドに入ってからもぜんぜん離れないんだよ。もうカワイくてカワイくて……って、どうしたの? ティアもライカさんもそんなに顔を赤くして」
「あー、えーっと……」
「誰が『のろけろ』って言ったのよ、誰が……」
 首をかしげるなのはの言葉に、ライカは顔を赤くするティアナのとなりでそううめいた。
 

「ゲぇイル、カぁムヒアぁっ!」
 最近はこの呼び方がマイブームだ。隊舎の正面でジュンイチが叫び、数秒――重低音が心地良いエンジン音と共に、無人のまま走ってきた愛車がジュンイチの前で停車した。
 フロントホイールに“また”真新しい血痕がついているのを見て――尋ねる。
「“戦果”は?」
《12人》
 ハンドルの中央の液晶ディスプレイに回答が表示される。
《リストアップも済んでるよ》
「さすがは我が愛車。いい仕事をしてくれる。
 直接攻撃を行わず裏工作で攻めようなんざ100年早い。明日の模擬戦で、そいつらにはそのことをタップリと教えてやろう」
 クックックッ、と邪悪な笑いがもれる。本日ゲイルに細工をし(ようとして返り討ちになっ)た者達は明日(再び)地獄を見ることがこうして決定した。
 裏工作云々はジュンイチこそ言えた義理ではないのだが――とゲイルが考えているのは秘密だ。AIを積んでいるとはいえ、ずいぶんと人間くさいバイクである。
 と――
「あ、ジュンイチさん」
 本来の待ち人が現れた。やってきたなのはがジュンイチに気づき、笑顔で声をかけてくる。
「待っててくれたの?」
「たりめーだ。ヒマ人ナメんな」
 尋ねるなのはに答えると、ジュンイチはゲイルにまたがり、なのはにヘルメットを投げ渡す。
「ホラ、さっさと行くぞ。
 今日は晩飯の買い出しだってあるんだからな」
「あ、そうだね」
 そのジュンイチの言葉にうなずき、なのははヘルメットをかぶり、そそくさとゲイルの後ろにまたがると振り落とされないようにジュンイチにしっかりとしがみつく。
「準備はいいな?
 んじゃ、いくぞ――いざ、タイムセールという名の戦場へ!」
 セリフだけ聞けばのん気なものだが――その実はけっこうマジだ。“この二人が”日ごろから懇意にしているスーパーだ。毎回のように安売りで猛威を振るえば、他の客も己の食卓を守るため必然的にレベルを上げてくるというものだ。
 となれば、自然となのは達の気合も入る。宣言と同時、ジュンイチはゲイルを勢いよく発進させる。
 当然、なのはその勢いに負けじとジュンイチに抱きつく腕に力を込めるワケで――

「いいよなぁ、あの高町教導官に思いっきり抱きついてもらえてさ……」
「くそっ、なんでヤツらばっかりオイシイ思いをするんだよ……!」
「そうだよなぁ……
 毎日毎日高町教導官に抱きつかれて、たまの休みはテスタロッサ捜査主任も交えての両手に花!」
「それに高町恭也の周りの女性とも結構縁が深いらしいしな」
「まさにとっかえひっかえかよ!?
 やはり許すまじ、柾木ジュンイチ!」
「明日こそ我らの手で裁きの鉄槌を!」
『おぉぉぉぉぉっ!』

 その光景を前に、ちっともこりていない女々しい野郎どもはさらなる闘志を燃やすのであった。

 

「ごちそうさまでした♪」
「おそまつさまでした、と♪」
 食べ終わり、合掌するなのはの言葉に、すでに食べ終わっていたジュンイチは笑顔で答えた。
 基本的に夕食はジュンイチの担当だ。むしろしっかりと食べなければならない朝食と違い、昼、夜はカロリー計算がかなりシビアだ。“美味しく作る”ことはできてもまだカロリーを意識できるまでには至っていないなのはは、二人で暮らし始めて数日で知恵熱を出した。
 そんなことがあったため、夕食(と休日の昼食)はカロリー計算に長けたジュンイチが担当し、なのはが朝食を担当するという現在の分担に落ちついたのである。

「そういえば……」
 ふとなのはが口を開いたのは、夫婦そろって食器を洗っていた時のことだった。
「ナンバーズのみんな、何とか減刑が通りそうだよ。
 『スカリエッティさんに利用された被害者』として、保護観察処分で落ちつきそう」
「そっか……
 それなら、オレもいろいろ尽力した甲斐があったってもんだ」
「ジュンイチさん、情状酌量に使えそうな証拠、“裏ワザ”全開で探し回ったもんね」
 話題に上ったのは、自分達機動六課が相対し、最終的に分かり合えた事件の操り人達の近況――安堵の息をつくジュンイチに、なのはは笑いながら応える。
「まー、本人達にその気があったのかどうかはともかく、“ヤツらがスカ公に利用された”っつーのは事実だしな。
 それで有罪くらったりしてたら、フツーに割に合わねぇよ」
 言って、肩をすくめるジュンイチだったが、どこかあきれたようなセリフとは裏腹にその表情は明るい。
 その笑顔に込められた思いに、なのははすぐに思い至る――十年来の付き合いの中で培った経験はダテではないのだ。
「よかったね。
 有罪で懲役刑とかになってたら、みんなバラバラに収監されてたと思うし」
「ナンバーズ全員、みんなまとめて――なんて絶対認められないもんな」
 なのはがそう振ってくることは予期していたか、あっさりとそう答えてくる。
「ヤツらの中にゃ、事実上生まれたばかりのヤツだっている。
 大事な時期を家族と離れて暮らすのはよくない――それが監獄となればなおさらだ」
「そういう“家族”に関すること、ジュンイチさんって人一倍うるさいもんね」
「るせぇ」
 なのはの言葉に、ジュンイチは頬を赤くしてそっぽを向く。
 そんなジュンイチの姿にクスリと笑みをもらし、なのはは口を開いた。
「…………いい“家族”になれるといいね、ナンバーズのみんな……」
「そうだな……
 あれだけの大家族になると、ただ暮らすだけでもいろいろとやかましそうだけどな」
 気を取り直し、ジュンイチはなのはの言葉に苦笑まじりでそう答え――
「それに……“私達も”、ね?♪」
「ぐぅ…………」
 気の緩んだ一瞬のスキをつかれた――どこか艶っぽさを感じさせるなのはの言葉に、意図を読み取ったジュンイチは耳まで真っ赤になって完全に沈黙するのだった。

 

 

 10数年後――時空管理局に“最強の助っ人”と呼ばれるひとりの少女魔導師が現れるようになる。
 

 父の強靭な身体と母親の強大な魔力、そしてその双方から受け継いだ技術のすべてを引っさげたその少女はいくつもの事件の解決に尽力し――自分にでき得るすべてをもって人々のために戦い続けた。

 両親から受け継いだ、もっとも大切なもの――

 

 

 “笑顔のために”という信念の元に。


あとがき

 大暴走パート2。

 以上、前回の“恭也×ライカ”編で賛否両論を巻き起こしたにもかかわらず、こりずにまたやってしまった『奥様はマジョ?』第2弾。今回は“なのは×ジュンイチ”の主人公カップリングです。
 いつぞや日誌でも語りましたが、「ジュンイチが“受”」というのはモリビト的には標準仕様です。こと「自分の色恋」についてはコイツが自分から動くことはまずないでしょう。放っておいたらいつまで経っても自分の恋心に気づかなさそうな気がします。
 きっと今回の話でもプロポーズはなのはからだったのでは――って言うか、この男の場合どのカップリングでやってもプロポーズはヒロインからだと思います。

 そんなことを言われながら、一方で今回なのはにラブラブ全開なジュンイチですが――彼の場合「想いに気づけない」のが問題なので、そこさえ乗り越えればこんなもんかと。一度決めたら一直線、なところがある子なので。
 それでも最後になのはに撃沈されている辺りは、鈍感ゆえの経験値のなさ、でしょうね。間違いなくなのはの方が恋愛については先輩です(苦笑)。

 ちなみにナンバーズについては「全員生存/逮捕」の方向性で扱ってます。
 ドゥーエについてもあちこちで死亡がにおわされてますが、一応明確な死亡描写がないようなので、日本の伝統「死体があがらない時は生存率100%」のお約束に従う、ということで。


 

(初版:2007/10/13)