第1話
「奇妙な依頼」

 


 

 

<Junichi's View>
 それまでですら『普通』とは無縁の生活を送っていたオレ、柾木ジュンイチは、突然の転機によってますます『普通』から縁遠くなることになった。
 精霊の“力”を受け継ぐ転生者“ブレイカー”への覚醒だ。
 『炎』のブレイカーとして覚醒したオレは、闇の種族ダーク・トライヴ“瘴魔”と戦うハメになった。
 とはいえ、ブレイカーも能力者ってだけで人間なことに変わりはない。生きていくためには金がいる。
 実家に頼る気0な以上、自分の食いぶちは自分で稼ぐのが筋ってもんだ。そんなワケで、バイトの宅配業の裏で始めた仕事がある。
 自分の持つ、傭兵業界最高のSSSランク――その肩書きをウリに始めた、探偵業の名を借りた何でも屋。護衛からスパイまがいの諜報活動まで何でもござれ、ってヤツだ。
 意外と、生活費くらいなら不自由しないんだよね、コレが♪

 ともかく、そんなオレだからスポーツには当然縁がない。選手になんてさらにない。
 だからかもしれない。オレに“アイツ”の護衛依頼が来たのは。
 “アイツ”の“あの性格”を知っていて、護衛を引き受けたがるヤツなんて、絶対にいやしないだろうからな――

「……フィギュア、スケーター……?」
 書類から視線を上げ、尋ねるオレに、目の前の女性は静かにうなずいた。
 名前は三代雪絵。フィギュアスケート連盟強化部長の総監督――だったっけか。どうも人の肩書きを覚えるのは苦手だ。名前とか住所とかなら一発なんだけど。
 ともかく、オレが疑問を抱いたのは依頼の内容だ。
 トリノ五輪まで、ひとりのフィギュアスケーターを護衛してほしい、というものだ。しかもその子は――
「……まだ、オレとタメ年の女子高生じゃんか。
 この子の護衛を、オレに?」
「そうなの」
 すごくあっさりとうなずいてくれた。ま、向こうは最初からそのつもりだったんだろうし、当然って言っちゃ当然なんだけど。
「あの子、この間の北京での大会で惨敗してね……そのせいかどうかはわからないけど、最近精神的に安定してないところがある、らしいことをあの子のコーチから聞いてね」
 そんなコトで護衛を?――と聞こうとしたオレだったけど、それは向こうの予想のうちだったらしい。視線で書類を見るように促す。
 それに従い、オレは書類の内容に目を通していく。
 そこには、護衛対象のプロフィールが記されていた。

桜野タズサ
 9月10日生、16歳
 出身地:東京
 聖トゥーランド女子学園1年
 身長:158cm
 所属リンク:東京クリスタルガーデン
 趣味:アニメ観賞、コミック収集
 過去の主な戦績――

 どこに問題があるのか――そう思いながら読み進めていく内、オレの視線は最後の項目でとまった。
 『留意事項』の欄である。

 ――マスコミとの仲、きわめて険悪――

 なんとなく、この一行にすべてが集約されているような気がした。
「つまり、成績不振を口実に彼女を叩きに来るであろうマスコミから、彼女を守れ、と?」
「それだけじゃないわ」
 確認するオレに、三代監督はそう答えた。
「彼女、けっこう言いたいことをハッキリ言っちゃうタイプでね。それがマスコミにも向くもんだから仲が悪くなってるんだけど……
 もし、今の精神状態の彼女がマスコミとぶつかって、ヘタに暴発したりすれば……」
「なんとなく、想像がつきますね……」
 監督の言葉に、オレはそう答えてため息をつく。
 つまりオレは、この桜野タズサという子をマスコミから守ると同時、マスコミも彼女から守らなきゃならない、ということだ。
 しかも両者の激突は通常の戦闘ではなく舌戦。それも口にかけては両者共に譲らぬ戦力の持ち主で、それが約3ヶ月先のトリノ五輪まで続くときた――今さら思い返すまでもなく、今までに経験のないレアケースの依頼だ。
 とはいえ、決してこなせないような内容でもない。その上報酬まで破格となれば受けない手はないだろう。いくら生活に支障のない収入が維持できているといっても、不測事態に備えての備蓄はあらゆる意味で必要だ。
 と、いうワケで――オレはあっさりと了承。スラスラと承認の署名欄に名前を記入しつつその旨を伝える。
「……ま、いいでしょう。
 引き受けましょう」
「ありがとう、助かるわ」
 オレの言葉に、監督はうなずくとその場から立ち上がり、オレに告げた。
「それなら、さっそく顔合わせをお願いできるかしら?
 マスコミは待ってなどくれませんからね」

 そして、オレが監督の案内でやってきたのは、桜野タズサの所属する都内のスケートリンク、東京クリスタルガーデン。
 監督の後に続く形で中に入ると、さっそくエントランスのところに出迎えがいた。
 高島優司。先の資料にもその名があった、タズサの専属コーチである。
 コーチの案内でリンクに入ると、独特の冷えた空気の中で何人かのスケーターが練習に励んでいる。
 書類に添付されていた写真を頼りに目的の人物を探し――発見した。
 リンクの中央でジャンプの練習をしている。スケートに関してはまったく無知のオレの目にも、他と一線を画しているのがわかる洗練された身のこなし――
(――――――?)
 だが、それよりもオレはある違和感を感じた。意識を視覚に集中し、それが気のせいでないことを確かめる。
 と、そんなことをしている間にコーチが彼女を呼んだ。オレもコーチに促され、いよいよご対面である。
「タズサ、こちらがしばらくの間お前の身辺警護を担当してくれる、柾木ジュンイチくんだ」
 紹介され、黙礼するオレを、彼女は怪訝な顔で見つめる。
 ま、気持ちはわからないでもない――この日本という国は言うまでもなく傭兵なんて職業とは縁が薄い。紛争地帯なんかの情報も希薄で、少年兵の実態について知っている人もそう多くはないだろう。そんな中で、オレの歳でボディーガードをしていると言われてもピンとくるワケがない。くるとすれば同業者くらいのものか。
 そんなオレにかけられる言葉はたいてい――
「……この子が?」
 ほらね。

<Tazusa's View>
 ………………黒い。
 それが第一印象だった。
 上下共に黒で統一された武道着に黒いブーツ、髪も茶色がかっているもののやはり黒く、しかもそれに黒いバンダナなんかしてるからよけいに黒く見える。
 しかも見た目には私とそう変わらない歳に見える。この子が私の護衛……?
「……この子が?」
 思わず口をついて出たのは正直な感想。
 だけど、目の前の少年は大して気にするような様子もなく、軽く肩をすくめて苦笑してみせる。どうやら向こうも今の私のようなリアクションには慣れてるみたいだ。
 と――私の頭の中から聞こえるもうひとつの声。
《ま、海外じゃ10歳にもならないうちから銃を持てる国だってあるんだ。
 この歳でボディガードをしてる子がいたっておかしくはないよ》
 私に取り憑いている幽霊ピート・パンプス。享年16歳のカナダ人だ。
 そして――このところの私の悩み、その大元の元凶でもある。
 何しろこの幽霊、人の身体に居座るだけならまだしも、感覚も共有しているらしい。おかげで恥ずかしくて風呂にも入れないわトイレにも行けないわ(結局耐え切れず行くハメになったけど)。とにかくそんなワケで、この幽霊を追い払うべく日々奮闘してきたワケだが、それが周りには溜め込んだストレスが爆発した末の奇行、と映ってしまったらしい。おかげでこうして護衛の名を借りたお目付け役をつけられるハメになってしまったワケで……
 とりあえず、これ以上おかしな印象を持たれてもマズい。努めて平静にあいさつする。
「えっと……桜野タズサです。
 よろしく」
「よろしく」
 笑顔で応じてくる。私の差し出した手を握り返してきて――

“もうひとり”にも、よろしく言っといてね」

「え――――――?」
 小声で告げられたその言葉に、私の思考は一瞬停止した。
 もしかして――ピートの事に気づいてる?
「……どうした?」
 多分、その時の私はそうとう間抜けな顔をしていたんだろう――怪訝な顔をしてコーチが私の顔をのぞき込んできた。
「な、なんでもないから。なんでも……」
 なんとかそう言ってごまかすと、私はジュンイチへと視線を戻した。
 はたして、コイツがピートのことに気づいているか否か――
 確かめなければ。

 練習が終わるなり、私はジュンイチを伴って自販機コーナーを訪れた。
 幸い、時間が遅いこともあって誰もいない。ここなら安心して話せそうだ。
 どうやって聞こうか悩んだりもしたけど――すでに結論は出ている。やはりストレート気味ながらもワンクッションくらいはおいた方が良いだろう。
「えっと、さ……
 いきなりこんなこと聞かれても、ワケわかんないと思うけど……」
「………………?」
 ジュンイチが眉をひそめるが、かまわず尋ねる。
「アンタって……幽霊って信じる?」
「お前さんに憑いてるヤツのことか?」
 さして気にする風でもなくあっさりストレートで返され、私は思わず面食らう。
「見てて気づいたよ。
 魂の波長が変な感じに重複してた――かなり波長が似通ってたんで、最初は自分の感覚がボケてんのかとも思ったんだけどな」
 そう告げるジュンイチだったが、そんなことはどうでもよかった。
 重要なのは、彼がピートのことに気づいている、ということで――
 気がつくと、私はジュンイチの両肩をしっかりと捕獲していた。
「お願いがあるんだけど」

<Junichi's View>
「お願いがあるんだけど」
 そう前置きし、タズサは自らの状況を説明してくれた。
 彼女に取りついている幽霊ピート・パンプスのこと。彼と感覚を共有しているおかげで日常の様々な部分で支障をきたしていること。
 一通り話を聞き、オレはうなずいて理解したことを伝える。
 だが――まだ対処を決めることはできない。現時点ではまだ一方の証言しか聞いていない。
「とりあえず……そのピートくんとやらからも話を聞いてみるか」
「どうやってよ?
 アイツの声は私にしか聞こえないんだけど」
「手ならある」
 そう答えると、オレは右の人差し指――その先端に“力”を集中させるとタズサの額を軽くつついた。
「何したの?」
「オレの“力”の塊を、お前さんの頭ン中に押し込んだ。
 言ってみればアンテナだ。それを介して、ピートはオレとも会話できる。
 もちろんお前も利用できるし、オレとまで感覚を共有する、なんてこともない。しかも任意で回線を接続できる親切設計だ」
 タズサに答えると、オレはピートに呼びかけた。
「えーっと、ピート・パンプス、聞こえるか?」
《バッチリだよ。
 あと、ボクのことはピートでいいから》
 うん。感度もバッチリ。
「よし。じゃあ、お前さんの視点からの証言も聞こうか」
《オーケーOK。
 じゃあ、ボクが死んだところから……》
 オレにそう答えると、ピートは自分の事情を話してくれた。
 話を聞いてビックリ。前の仕事の帰り道、北京からの帰路で足止めしてくれた、例の雷に打たれた黒コゲ死体――あれがピートだったというのだ。
 それがなんで日本にいるタズサに――とも思ったが、どうもあの時タズサも北京にいたらしいのだ。
 そう――三代監督の言っていた、グランプリシリーズの北京大会だ。
 ともかく、雷のエネルギーで魂の組成を乱されてしまったピートは成仏もままならず、波長の合う人間の中で安定するまでの間をすごさなければならなくなってしまった。
 その『波長の合う人間』というのが、他ならぬタズサだった、というワケだ。
 時折タズサからのツッコミとそれに対するピートの反論で脱線したが、これで大体の事情は把握した。
「で……どうにかなる?」
 尋ねるタズサの目は真剣そのものだ。
 よほど深刻なのだろう――男女の違いこそあれ、オレだって自分の感覚を誰かと共有するなんてことはゴメンだ。
 だから――オレは包み隠さず事実を告げた。
「ムリだな」
「なんで!?」
 案の定、突っかかってきたタズサを制し、オレは順を追って説明してやることにした。
「ピートの言う、雷による魂の亜分裂は、確かに希少だが確実に存在する事例だ。退魔士の知り合いがいるんだが――以前見せてもらったそいつの一門の記録にも、100年くらい前の辺りにその記述があった。
 でもって――対処法が待つしかない、ってのも事実だ。
 今ピートの魂はお前の魂と同化しているような状態だ。つまりは『お前の魂=ピートの魂』ってことだ。
 感覚を共有しているのも、そのせいなんだが……とにかく今のピートの魂を引きずり出そうとしたら、お前の魂まで引きずり出すことになっちまう――自殺したいなら止めはしないがな」
 だが、当然タズサも退かない。まぁ、切実に困ってるんだから当然なんだけど。
「だったらどうしろっていうのよ!
 コイツのおかげで風呂にも入れない、トイレにも行けない! もう地獄よ!」
《その地獄、ボクも体験してるんだけど……》
「誰のせいよ!?」
《少なくともボクのせいじゃないだろ!?》
「二人とも落ち着け」
 ヘタをすれば言い争いに発展しそうなタズサ、ピートの脳天に軽くチョップでツッコみを入れる。『ひとり分手間が減って楽だなー』とか考えたりするけど口には出さない。
 だが――止まらない。タズサは今度はこっちに矛先を向けてきた。
「だったらどうしろってのよ!
 まさか、このまま耐えろ、なんて言うつもりじゃないでしょうね!?」
「残念ながら……その『まさか』だ」
「何よソレ!
 『ボディーガードだ』なんてしゃしゃり出てきたクセして、何の役にも立たないじゃない!」
「ンだと!?」
 さすがにその一言には黙っていられなかった。オレは思わずタズサに言い返していた。
「オレが守るのはあくまで『マスコミから』だ! 他まで知るか!」
「あー! 開き直ったわね!?」
「能力者だからって何でもできると思ってんじゃねぇ!」
 こうなるとオレはもちろん、向こうだって退けまい。オレ達はしばしにらみ合い――
『――――――フンッ!』
 まったく同じタイミングでそっぽを向いた。
《……まったく、先が思いやられるね》
 聞こえてきたピートの声も無視――ただし、内心でオレは思わず同意していた。

 ともかく、これがオレとタズサ、そしてピートとの出会いだった。
 感想? 最悪だよ。


 

(初版:2006/01/29)