ガンプラバトル・ネクサスオンライン。
 略して“GBN”の愛称で呼ばれる、今大人気のVRホビーゲームである。
 プレイヤーの意識を直接ゲームの中にリンクさせる、いわゆるフルダイブ型のゲームだが、他と一線を画すのが、“プレイヤーの意識だけでなく、各プレイヤーの作ったガンプラも、実機としてゲーム内に落とし込むことができる”という点だ。
 プレイヤーの腕前だけではない、作り上げたガンプラの出来もゲームの勝敗を左右する。その奥深さが好評を呼び、今やVRゲーム界隈を席巻するほどの隆盛を極めていた。

 

 


 

戦翼のビルドダイバーズ

 


 

 

 ――そんな、GBNのバーチャル空間の中。中華街をモチーフにしたダウンタウンの一角。
 その路地裏を、筋骨隆々の男のアバターが、ポンチョのような外套をまとった少年のアバターを引き連れて歩いていた。
「っかしいなぁ。
 この辺って話なんだけど……」
「何なんだ、いったい……」
「シークレットミッションだよ。
 この辺にエントリーの手がかりがあるって聞いたんだよ」
 だがどうやら、少年の方は不本意ながら男に無理矢理連れ回されているようだ。不満げに尋ねる少年、ヒロトのその問いに、男、カザミはそう答えた。
(……くだらない)
 しかし、その話はヒロトの興味を1ミリたりとも惹きはしなかった。
 何てことはない。人気ゲームによくある“眉唾物のウワサ話”というヤツだ。そんなものはたいてい、話の大元の語り手が目立ちたさから吹いたホラか、あるいはバグによる想定外の挙動の結果、なんてオチがせいぜいだ。
 というか、そもそもカザミはヒロトからすれば仲間どころか知り合いですらない。先日のイベント戦でヒロトの戦いぶりを見たカザミが、一方的に相棒気取りでつきまとってきているだけだ。
 なので、付き合わされる理由はないと迷うことなく判断する。今度こそカザミを振り切っておさらばしようと、メニューを呼び出しログアウトボタンを押s――
「何でも、まだ一般公開されてない隠しエリアが舞台らしくてな……」
「――――っ!?」
 しかし、カザミのその話に、ボタンに伸ばした指が止まった。
(未知のエリアの……)
 なぜなら、それはヒロトにとって重要な意味を持っていたから――
「で、何かドラゴンみたいなNPDが出てくるとか……」
「……ドラゴン?」
 ――と思ったら、また何やら話が胡散臭くなってきた。
 いったいこの話をどこまで信じてよいものか――



「ぅわぁぁぁぁぁっ!?」



『――――っ!?』
 先ほど通り過ぎた脇道への分岐、その脇道の奥から悲鳴が聞こえてきたのは、ちょうどそんな時だった。
「何だ、今の声!?
 確か、こっちから……!」
 驚き、カザミはあわてて声のした方へ向かう。ヒロトも、さすがにただ事ではなさそうな悲鳴を聞いておいて無視するのも寝ざめが悪いとその後に続く。
 二人が悲鳴の聞こえた路地に駆けつけてくると、そこには悲鳴の主と思われるケモノ耳としっぽを生やした少年ダイバーがへたり込んでいた。
 その少年ダイバー、パルヴィーズの目の前、通路の突き当たりの壁の前にはウィンドウ画面が展開されていて、
〈んー? 何だぁ?〉
〈いつもと何か違うね?〉
〈何だ、アイツ?
 動物みたいな耳としっぽ!〉
 その映像の中には、三人の男の子が映し出されていた。
「おい、どうしたんだよ?」
「え? あ、その……
 あのウィンドウ、ボクがここに来る前から開いてて……
 ノイズまみれで、どうしたのかと思ってのぞき込んだら、いきなりつながっちゃって……」
「それで驚いて声を上げた、か……」
 カザミに声をかけられ、パルヴィーズがたどたどしく答える。それを聞いたヒロトが「人騒がせな」とため息をついて――
「――――ん?」
 そのヒロトが気づいた。
 見上げた頭上、建物の上から、ひとりの女性ダイバーが跳び下りてくる。
 彼女もまた、パルヴィーズの悲鳴を聞いてやってきたということか――
〈ちょっと、あなた達!〉
 と、ウィンドウの映像の中でも新たな人物が登場。叱るような声と共に、軍服らしき制服に身を包んだ女性が姿を現した。
〈警報が鳴ってるのに何してるの!
 それにここは遊び場にしていい場所じゃ……って、何よ、それ!?〉
 三人の子供達に説教を始めようとした軍服の女性が、画面に気づいたのか驚いて声を上げる。
〈空間に映像を投影してる……?
 立体映像……じゃないわね。面だわ……〉
「何だ、こりゃ……?
 何か向こうで勝手に話が進んでるぞ?」
「会話形式のエントリーのようだな」
 カザミのつぶやきに女性ダイバー、メイが答えて――不意に、映像の向こうが低い音と共に揺れた。
〈ぅわっ、何だ!?〉
〈地震!?〉
〈じゃないわよ!
 やっぱり警報が聞こえてなかったのね……〉
 『警報』――映像の中で度々挙がっていたその単語が、この話の流れの中で何を意味するかは容易にうかがい知れた。
 なので、ヒロトが映像の向こうの子供達や軍服の女性に声をかける。
「敵が来ているのか?」
〈え? これ映像じゃなくて通信!?
 ……え、えぇ。そうよ〉
「なるほど、読めたぜ!
 その敵を撃退するのが、ミッションの内容ってワケだな!」
 ヒロトの問いに対する女性の答えに、カザミが皆まで言うなと口を挟む――が、結果的にその仮説は正しかったようだ。通信ウィンドウの脇にミッションエントリー用の情報確認ウィンドウが展開された。
 会話から拾えた情報がまだまだ少ないせいで、そのウィンドウは空欄ばかり――なので、メイが確認を取る。
「バトルフィールドは?」
〈え?〉
「その場所だ」
〈えっと、館山基地の近くの遺跡だけど……〉
「館山……日本か。
 敵の数は?」
〈中型の“ターシャリ”が三。
 でも小型がどれだけ出てくるか……〉
「制限時間は?」
〈制限時間?……あぁ、活動限界……
 ごめんなさい。それはここからじゃちょっと……〉
「タイムアタックではなさそうだが……」
「かまうことぁねぇよ。
 要は全部ブッ倒しゃいいんだろ!」
 女性陣のやり取りによって、ウィンドウ内のミッション情報が次々に埋まっていく――その内容を慎重に検討するヒロトに対し、大雑把な結論を下したカザミは後ろへと振り向き、
「おい、お前も参加するんだろ!?」
「は、はいっ!」
「…………」
 カザミが尋ねたのはすっかりやり取りに置いていかれていたパルヴィーズだ。あわててコクコクとうなずく一方、メイの方もミッションの詳細を聞き出していただけあって乗り気のようで、迷うことなくコクリとうなずく。
「よぅし、そんじゃさっそく――」
「まっ、待て!」
 しかし、カザミが今まさに意気揚々とエントリー承認のボタンを押そうとしたところで、ヒロトがそれを止めた。
「敵の増援の可能性が排除されてない。
 時間制限だって、『ここからじゃわからない』なんて言い方をしてる……後からイベントが起きて時間制限が追加されてくるかもしれない」
「それがどうしたってんだよ?」
「『不明な点が多すぎる』って言ってるんだ。
 何の準備もない、それもたった四人の野良パーティーじゃ……」
「チッチッチッ。
 エントリーしたい時にエントリーできるとは限らねぇから、シークレットミッションなんじゃねぇか」
 説得を試みるヒロトだが、カザミは完全にどこ吹く風といった様子で、
「だーいじょーぶだって!
 仮に40機以上の高難度ミッションだったとしてもだ! そん時ゃオレが30機墜とす!
 後はお前らが3、3、3で何とかなんだろ」
「それだと合計39だ」
「一機足りませんよね……」
 すかさずメイとパルヴィーズからツッコまれた。
「こまけーことぁいいんだ……よっ!」
 だがカザミはひるまない。宣言と共にボタンを、指を叩きつけんばかりの勢いで押し込んで――



    ◇



 一瞬の浮遊感と共に、光で視界が塗りつぶされる――気がつくと、彼らは洞窟の中、円形に広がる地下空洞の中にいた。
 彼らが立つのは、円形の、石造りの台座の上。四つあるそれのひとつずつにひとりずつ立っている。
 見上げてみると、天井のあちこちが崩れ、光が差し込んできている。どうやらそれが明かり取りの窓としての役割を果たしているようで、同時にこの地下空洞を包む岩盤はあまり厚くない、ちょっとした工事で簡単に地上に姿を現しそうな、その程度の深さの場所にあるということもわかった。
 台座からして明らかに人の手が入っているが、あの天井の有様を見る限り、今現在は手入れが行き届いているようには見えない。放置された遺跡、といったところか。
 そして――
「すげーっ!」
「ホントに出てきた!」
「どうなってんだ、これ!?」
 目の前には、最初に通信していた男の子達三人と、
「え、え? えぇっ!?
 この人達、今の通信の!? いきなり現れて、えぇっ!?」
 途中から通信に加わってきた軍服の女性が、驚きのあまり腰を抜かしてへたり込んでいた。
「あ、あなた達いっt
「兄ちゃん達、さっきの場所から来たんだよな!?」
「アレってどこなの!?」
「どうやって来たの!?」
「って、コラーっ!」
 しかし、そんな彼女の、ヒロト達の素性を尋ねようとした声は、割り込んできた男子トリオによってさえぎられてしまった。
「兄ちゃん達何ていうの!?
 オレマサル!」
「オレ烈!」
新太シンタ!」
「なんか、NPDの演出が過剰だなぁ……」
 元気に名乗る男の子達に対し、カザミは呆れまじりにつぶやいて、
「ホラ、大丈夫かよ?」
「あ、ありがと……」
 振り向いて、軍服の女性に手を差し伸べる――そんなカザミに礼を言い、女性がその手を取って立ち上がると、
「機体はどこだ?」
 メニュー画面を開き、確認していたメイが声をかけてきた。
「ステータスでは、フィールド上にあることになっているが……」
「機体……?
 あなた達も、“英霊機”を持ってるの?」
「えーれーき?
 ガンプラのことか?」
 メイに聞き返す女性のセリフにあった単語を聞きつけ、さらにカザミが問い返しを重ねる――そんなやり取りの一方で、ヒロトは自分のメニューで、パーティーメンバーのリストを呼び出していた。
 経緯はどうあれパーティーとしてこのミッションに参加したことで、カザミ、それに他の二人の名前もリストに載っている。
〈あっちが……メイ。
 向こうの子が、パルヴィーズ……
 あの軍服の女性は本庄・美智みさと……日本人だ。やはり舞台は日本か〉
 女性ダイバーの名はメイ。少年はパルヴィーズ――とヒロトがまだ名乗りを交わしていなかった二人の名前を、さらに会話ログから女性、すなわち美智の名前も確認している一方で、カザミ達のやり取りも進んでいた。
「あなた達の機体が英霊機だとしたら……」
「そうか! あそこかも!」
「みんな、ついて来て!」
「こっちこっち!」
「いや、だから!」
 だが、またしても美智の言葉が子供達によって遮られる――美智の抗議も何のその、カザミやメイの手を引き、パルヴィーズの背を押し、横穴のひとつへ導いて行く。
 ヒロトもまた、残された美智と共にその後に続く。どうやらこの遺跡は地下の洞窟を利用したようなものではなく、古代の建物が形を残したまま地中に埋まった類のようだ。その証拠に、壁一枚隔てたすぐ向こうに、より巨大な地下空洞が広がっていた。
 ……否、“地下”空洞ではない。完全に頭上の部分は崩落しており、青空が広がっている。
 そして目の前には、自分達の立っていたものと同じデザインの、ただし段違いに大きな台座が四つ――その上に一機ずつ、ヒロト達の愛機が並んでいた。
「な、何よ、これ……!?
 これが、あなた達の英霊機なの……!?
 今まで見てきた英霊機とは、ぜんぜん違う……」
「……さっきから言ってる、その“英霊機”っていうのは……」
 その威容に息を呑む美智にヒロトが尋ねる一方で、カザミは自らの愛機、騎士風のデザインのそれを自慢するかのように紹介する――否、紹介するように自慢する。
「へへんっ、どうだ!
 これがオレ様の愛機、ガンダムジャスティスナイト、だっ!」
『おぉぉぉぉぉっ!』
「で、相棒の機体が……」
 子供達の歓声に気を良くしながら、カザミはとなりの台座のヒロトの機体へと視線を向けて――
「…………え?」
 目がテンになった。
 なぜなら――
「ちっさ!?
 こんなミニサイズだったのかよ!?」
 標準サイズを下回る小型機だったから。
 サポートメカの大型戦闘機とセットになっているものの、本体の方はジャスティスナイトの胸の高さほど、単純な目測で三分の二程度の背丈しかない。
「で、で……アンタの機体が……」
 気を取り直し、他の面々の機体へも視線を向ける。メイの機体は――ボディに対し明らかにアンバランスに大きな足と、逆に小さすぎて目立たない、両サイドに取りつけられた火器がそれであるかのような錯覚を覚えてしまうほどに小さな両腕。
 まるで往年のSF小説『宇宙戦争』に登場するトライポッドを二本足にしたかのようなその機体――少なくともベース機は一目で察せられた。
「う、ウォドム……?」
「何か問題があるか?」
「い、いや……」
 思わずうめくカザミだったが、メイの鋭い視線に黙らされた。
「で、残る一機が……」
 後はパルヴィーズの機体だが、
「き、恐竜……?」
 もはやベース機の判別も難しい、恐竜かドラゴンかといったデザインの赤いガンプラ(?)であった。
「何だよ、お前ら! やる気あんのか!?
 まともな機体オレだけじゃねぇかぁっ!」
 そろいもそろって個性の強すぎる機体だらけ。思わずカザミが頭を抱えて絶叫し――まるでその叫びと入れ違いになるかのように、低く響く爆発音が外から聞こえてきた。
「何だ!?」
「兄ちゃん達、こっち!」
 驚くカザミに勝が答え、崩れた壁の一角から外に案内する。
 外に出ると、そこは山の中腹。麓には海と街、そして軍事基地らしき施設が広がっていて――問題はその上空。
 そこに、いた。
 三体の、巨大なクラゲのような怪物が。
「アレが、敵……か」
「何か、ガンダムの敵っぽくねぇな」
「『00』のELSのような、異生物系の敵なんでしょうか……?」
 ヒロトとカザミのつぶやきにパルヴィーズが自分なりに仮説を考えていると、
「あなた達……まさか“ピラー”を知らないの?」
「ピラー……“柱”、か?
 ぜんぜん柱のようには見えないが」
「……どうやら、本当に知らないみたいね」
 美智が口をはさんできた。聞き返すメイの言葉にため息まじりに納得すると、
「――っ。
 あれは……」
 ヒロトが気づいた――美智がピラーと呼んだ怪物と戦う、三機の機影に。
 ガンプラではない。戦闘機だ。しかも――
「レシプロ機……?」
「まるで『∀』のミリシャですね」
 その姿を確認したヒロトのつぶやきにパルヴィーズが答える。
「ミリシャよりは新しい時代の機体ですけど……」
「わかるのかよ?」
「はい……全部リアルに実在する機体です。
 赤い機体がキ44-U乙、黄色いのがHe100D……ううん、D-1だ、アレ……
 あと、ピンクの水上機がM.C.72R……って、レース用の機体ですよ、アレ! 強引に武装させてる!?」
「……すまん。聞いといて何だけどぜんっぜんわからん」
 思わず聞き返したら詳細に型名まで答えられ、カザミがパルヴィーズに白旗を揚げた。
「……だが、話はわかった!」
 しかし、すぐに気を取り直し、カザミは腕組みして声を上げる。
「要は、あの三機を助けて、あのバケモノどもをブッ倒せばいいんだな!?
 そうとわかれば、オレ様のジャスティスナイトで――」
 しかし、そんなカザミの言葉は突然の突風に遮られた。
 メイのウォドムだ――ヒロト達が分析している間にさっさと愛機に乗り込み、発進したそれが一同の頭上を駆け抜けていったのだ。
 脚部を折りたたんだ巡航形態で基地敷地内に進入、脚部を展開して着地するとクラゲの怪物に向けて左側のミサイルポッドからのミサイルで攻撃をかける。
「あぁぁぁぁぁっ!
 あの女、オレの先陣かっさらいやがってーっ!」
 その光景に、カザミは先を越されたと大慌て。急いでジャスティスナイトに乗り込むべくきびすを返す。
 それに引っぱられるようにパルヴィーズも動――こうとしたところで、唯ひとり、ヒロトだけがそんな素振りを一切見せずにいることに気づいた。
 行かないのかと困惑するも、初対面の相手に対して問い質す勇気もなく、パルヴィーズは結局何も言えないまま愛機のもとに向かう――そんな彼も抱いていた疑問を、代わって美智がヒロトにぶつけた。
「えっと……
 あなたは行かないの?」
「まだ敵の戦力もわからないのにか?」
 あっさりと返され、思わずムッとする――が、戦場から聞こえてくる轟音にカザミ達が参戦したと察し、美智は意識を戦場へと向けた。



    ◇



「何だぁ!?」
 当然のことながら、メイが放った攻撃には先に怪物と戦っていた戦闘機のパイロット達も気づいた。その内の一機、He100D-1の操縦席で、パイロットの駒込・アズズが驚きの声を上げる。
「攻撃!? ピラーに!?
 ひょっとして援軍!?」
「でも、そんな話聞いてないよ!?」
 キ44-U乙のパイロット、六車・宮古やM.C.72Rのパイロット、渡来・園香もまた口々に声を上げる――そんな中、メイの放ったミサイルは近接信管によって至近で爆発、衝撃で怪物達の姿勢を大きく崩す。
 と、そんな彼女達のもとに基地の管制塔から通信が入る。
〈未確認物体が基地に侵入!
 今のミサイルはそいつよ!〉
「未確認物体だぁ!?」
「あ! アレだよ、アズ!」
 思わず声を上げたアズズに答え、宮古が指さした先――そこには、基地の施設内に降り立ったメイのウォドムの姿があった。
「何あれ……UFO?」
「飛んでないからUFOじゃないんじゃ……」
「UFOからFlyingのFを抜いて……UO? うお? お魚?」
「えぇいっ! ンなことはどーでもいいっ!」
 宮古と園香のやり取りにツッコむと、アズズは駄目で元々と無線で呼びかけてみることにした。
「おい! そこのUFOもどき!」
〈UFOもどきではない。ウォドムポッドだ〉
 試しにオープン回線で呼びかけてみるとすぐに応答があった。アズズの呼びかけに間髪入れずにメイが返してくる。
「ポッドもヤカンもない!
 そんなオモチャでピラーをどうにかできるワケないだろ! 下がってろ!」
〈そちらこそ、そんな旧型戦闘機で対抗できるのか?〉
「ハァ!?
 お前、英霊機も知らないのか!?」
〈英霊機……そういえばさっきの女性もそんな名前を……〉
 などとメイとアズズが怪物の周りを駆け回り、飛び回りながら言い合っている間に、カザミとパルヴィーズもそれぞれの機体で駆けつけてくる。
「ぅわっ、わわわっ!?」
「何ビビってんだ!――とぅっ!」
 おっかなびっくり斜面を下るパルヴィーズを叱咤すると、カザミは愛機ジャスティスナイトを大きくジャンプさせ、戦闘空域に飛び込んでくる。
「今度は人型ロボ!?」
「恐竜もいるよ!?」
「いくぜ!
 このオレ! スーパーヒーロー、ジャスティス・カザミの、ショータイムだぁっ!」
 気づいた宮古や園香の声にかまわず、名乗りを上げたカザミが突撃をしかけ――
「――って、何だぁ!?」
 対する怪物――ピラーの攻撃に思わず声を上げた。
 てっきり触腕で攻撃してくるかと思いきや、笠の下から小型の分身を多数生み出し、差し向けてきたのだ。
 とっさにシールドをかまえてガードするが、分身体は盾にぶつかるそばから次々に爆発。衝撃でジャスティスナイトを大きく吹き飛ばす。
「えっと、えっと……
 こうやって、こうで……」
 一方、パルヴィーズもまた戦闘開始。慣れていないのか覚束ない操作で何とか照準を合わせ、
「いっ、いっけぇっ!」
 恐竜型ガンプラが炎の弾丸を吐き放った。火炎弾は、カザミと戦うのとは別の個体に向けて飛んでいき――かわされた。
「か、かわされt――わぁっ!?」
 そして、返す刀で触腕による反撃。パルヴィーズの恐竜型ガンプラを張り飛ばす!



    ◇



「あぁっ!」
 苦戦するカザミやパルヴィーズの姿に、子供達が声を上げる――その一方で、美智がヒロトに視線を向けるが、
「……三機編隊……前衛二、後衛一……
 小型の分身は特攻兵器……いや、ファンネルミサイルのようなものか……?
 陸戦ができるようには見えない。叩き落として地上戦に持ち込めれば……」
 当のヒロトは、先行した面々の戦いの様子から相手の能力を分析していて、
「あぁっ! やった!」
「一匹叩き落とした!」
 戦場で動きが――今まさにヒロトが考えていた打開策の案をメイのウォドムポッドが実践したのを見て、勝や烈が歓声を上げた。



    ◇



「くっそぉっ!
 一旦距離を取って!」
 クラゲの放つ分身体に翻弄され、カザミはとっさにジャスティスナイトを後退させ――ようとしたその瞬間、その脚部に何かが巻きついた。
 クラゲ本体の触手だ。力任せに振り回し、ジャスティスナイトを投げ飛ばす。
 一方、メイのウォドムポッドは子供達が目撃した通り、別の一体を地面に蹴り落とし、左足でしっかりと押さえ込んでいた。
「もらった……っ!」
 思い切り重量をかけて動きを封じ、右側面のビームキャノンを突きつけたメイが言い放ち――
〈UFOもどき! 避けろ!〉
「何――?」
〈どわぁぁぁぁぁっ!?〉
 アラームと同時にアズズから通信――だが遅かった。投げ飛ばされ、宙を舞うジャスティスナイトがウォドムポッドに激突、二体まとめて大地に転がった。



    ◇



「あぁ、もうっ!」
「せっかく倒せそうだったのに!」
「何やってるんだよ!」
 メイの好機がカザミがやられたのに巻き込まれる形でつぶされた、その光景に声が上がるのをよそに、ヒロトは敵の分析を続けている。
「敵の強さは……ハードモードってところか……」
「…………っ。
 キミ、まさか……」
 と、そこで美智が気づいた――ヒロトは、カザミ達を敵の戦力を測るための当て馬にした、と。
 当然、ヒロトへの視線が厳しくなるが、ヒロトはかまうことなくもう一度戦場を見渡した。



    ◇



「あーっ、くそっ!
 お前ら、手伝いに来たのか足引っ張りに来たのかどっちだ!?」
「アズ! 来てる!」
「っとぉっ!?」
 見たことのない珍妙な機体で乱入してきたと思ったら、互いに足を引っ張り合うばかり――何しに来たんだと苦情の声を上げるアズズだが、そんな彼女達のもとにもクラゲの小型分身の群れが飛来した。宮古の警告を受け、アズズはとっさに回避する。
 一方、パルヴィーズの恐竜型ガンプラも小型分身の群れに完全に動きを抑え込まれていた。包囲された彼に向けて、クラゲの本体が一体、ゆっくりと近づいていく。
「いけない!」
 そんなパルヴィーズに気づき、園香が救援に向かおうとするが、そんな彼女達のもとにも分身体が飛来し、パルヴィーズの元に近づけない。
「――――っ!」
 こちらを叩きつぶすつもりなのだろう。触手を振り上げ、振り下ろす。パルヴィーズが恐怖にすくんで目をつむり――











「…………?」
 来るはずだった衝撃が来ない。不思議に思ったパルヴィーズが目を開けると、
「――あぁっ!」
 そこにいたのは――ヒロトのあの小型のガンプラであった。
 自分を叩きつぶさんとしていた触手は、振り下ろされたヒロトのビームサーベルを受け止めている――超高温で対象を溶断するビームサーベルの光刃に、触手はしっかりと耐えている。
 いや、耐えているというより――
(焼かれるそばから再生している……)
 察すると同時、ヒロトは無理に押し合うことなく機体を後退させた。腰の後ろにマウントしていたビームスプレーガンを左手でかまえ、撃つ――命中するが、やはり効果は薄い。表面を削るばかりで、決定打には程遠い。
「やはりパワーが足りないか……」
 だが、相手の戦力を分析した上でこの場に臨んだヒロトからすればこの結果は予想の内だった。かまうことなく手元のコンソールを操作する。
「――――っ!
 おい! そこのちっこいの! もう一体行ったぞ!」
 そんなヒロトにアズズが声を上げる。彼女の言葉通り、クラゲの本体がもう一体、ヒロトの方に向かっている――と、そんな新手のクラゲに閃光が直撃した。
 ヒロトの機体の頭上を駆け抜けたビームだ。すぐにそのビームの主――ヒロトの機体と共にあった小型戦闘機が飛来する。
 そしてヒロトも動く。ビームサーベルを背中のラックに戻すと、戦闘機を追って自機も上昇させる。
 地上、そして敵から十分な距離を取り――







「コアチェンジ――ドッキングGO」







 音声入力によって発せられたその命令を受け、小型戦闘機が――
「分解しちゃった!?」
「バカ! よく見ろ!
 ありゃ意図的な分離だ!」
 声を上げた宮古にアズズが返した通り、多数のパーツに分離した。それらが一斉にヒロトの機体のもとへ集合、合体していく。
 脚部を後方に逸らしたところへ新たな脚部パーツが合体、元々の足が、新たな脚部の後ろ側にぴったりはまるようくり抜かれたくぼみにはめ込まれてロック機構の役割を果たし、一回り大きくなった脚部が完成する。
 腕部にも肩アーマーが装着された一方でより大きな前腕部が合体、そこへ左腕にシールドが、右手にバレルが装着され大型化されたビームライフルが装備される。
 ボディにも細かく分割されたアーマーが次々に装着。ビームサーベルラックを下向きから上向きに反転させたバックパックも小型のウィングを備えたアーマーでカバーされる。
 最後に頭部に拡張アンテナを兼ねた兜飾りが装着され、すべての合体シークエンスを完了したヒロト機が大地に降り立った。
「何アレ!? カッコいい!」
「合体、しちゃった……!?」
「いや……合体っつーより、換装だな、ありゃ」
 巨大になっただけではない。白と黒を基調としていた元々の姿から青色のアーマーを装着してカラーリング面でも大きく印象が変わったヒロト機を見て宮古が目を輝かせる――その一方で、園香とアズズは何が起きたのかを分析し、口々につぶやく。
「おそらく、さっきまでのちっこいのは素体なんだろう。
 そこに目的に応じた装備を装着して、様々な状況に対応することを可能にする。
 パーツ換装による多目的汎用機……それがあの機体の正体だ」
 アズズが語る間にも戦闘は続いている。姿を変えたヒロト機を警戒したのか、クラゲの一体が分身体を補充し、差し向ける。
 だが、ヒロトは動じない。降り注ぐ分身体が周囲で起こす爆発にたじろぐこともなく、右手のビームライフルをかまえ、そこから放たれた先ほどよりも強力なビームがクラゲの半身を吹き飛ばす。
「やった!」
「いや待て!
 “なんでやれてるんだ”!?」
 思わず声を上げる園香だが、アズズはむしろその光景に疑問の声を上げた。
「ピラーにまともにダメージを与えられるのは、ウチら“ワルキューレ”と英霊機だけのはずだろ!?」
「そういえば……」
 アズズの指摘に園香も首をかしげて――
「それって逆なんじゃない?」
 そう口をはさんできたのは宮古だった。
「ピラーにまともにダメージを与えられるのはワルキューレと英霊機だけ。
 で、あのロボットはピラーにまともどころじゃないダメージを入れた。
 つまり――アレも英霊機で、乗ってるのはワルキューレ!」
「ンなワケあるかーっ!」
 全力でアズズがツッコんだ。
「アースリーガンダム――出る!」
 そんな頭上でのやり取りなど、ヒロトは知る由もない。宣言と同時、ヒロト機――アースリーガンダムはビームライフルを腰の後ろにマウント、ビームサーベルを抜き放って地を蹴った。
 背中のウィング――姿勢制御用のスタビライザーが機体を安定させてくれる。遠慮なくフルスロットル、最大戦速で距離を詰める。
 そのスピードに、文字通り半身を失い、身体が縦半分になっていたクラゲは対応できなかった。容赦なく光刃一閃。ヒロトの一撃で今度は上下に断ち切られ、真っ二つになった身体がそれぞれに光の粒子となって四散する。
「倒しちゃった……」
 自分達しか倒せないはずのピラーを本当に撃破してみせた、そんなヒロトの戦いぶりに園香がポツリ、とつぶやいた、その時、
〈ぬぉおぉぉぉぉぉっ!〉
 通信越しに聞こえてきたのは――
『あ、向こうのこと忘れてた』
 苦戦するカザミの悲鳴であった。
「ぅおぉぁあぁぁぁぁぁっ!」
 そのカザミは、先ほどメイのウォドムポッドに激突し、覆いかぶさった姿勢のまま、別のクラゲの分身体による爆撃を受けていた。
「くっそぉ……ん?」
 撃破されるほどではないが爆風で身動きが取れない。ジリ貧の状況にうめき、そこで気づく。
 愛機ジャスティスナイトの目の前に位置していた、メイのウォドムポッドの右側面に装備されたビーム砲――ちょうどジャスティスナイトの眼前に突きつける形になっていたそれの砲口内に光が生まれたことに。
 光はどんどんその輝きを増していき――
「ヤベぇっ!?」
 その意味に気づいて、あわてて動く。爆風の荒れ狂う中無理矢理機体を起こし――直後メイが発砲。直前までジャスティスナイトがブラインドになって気づかずにいたクラゲを撃ち抜き、撃破する。
「――って!
 ぅおぉいっ! あっぶねぇだろ!」
「あと一体……!」
 当然、危うく自分ごと撃ち抜かれるところだったカザミからは抗議の声が上がる――が、メイは一切気にしない。ウォドムポッドを起こすと次の、最後の一体の姿を探す。
 そのターゲット、クラゲ達の最後の一体は――
「あぁっ! 逃げる!?」
 パルヴィーズの言う通り、撤退を選択していた。彼らから逃げるようにすぐそばの海上へと進路を取っている。
「ピラーが逃げる……?」
「初めて見る……」
「だが都合がいい!
 このまま活動限界まで引っ張れば……!」
 それは戦闘機のパイロットの少女達にとっても想定外の動きだったようだ。園香、宮古が口々につぶやくのにアズズが答えるが、
「…………」
 一方で、ヒロトは傍らのディスプレイに表示させた情報を確認していた。
 それは、このミッションに関する情報で――
(……勝利条件は“敵の全滅”……)
 撤退を全滅に含めてもいいのか。もし取り逃がした結果ミッション失敗、ということになったら――
「……なら」
 ここは逃がさず撃墜するのが最善だろう――そう判断し、ヒロトは改めてビームライフルをかまえた。
 シールドに備えられたエネルギーパックを接続、ビームライフルにエネルギーをチャージする一方、遠ざかり、小さくなっていくクラゲに向けて照準を合わせ――
「――――っ」
 ロックオンしたその瞬間、トリガーを引いた。放たれた光の奔流が直下の海水を吹き飛ばしつつ宙を駆け抜け、クラゲの笠を一撃で消し飛ばした。
 と、次の瞬間、撃ち抜かれたクラゲの身体が突如として“爆ぜた”。
 内側からふくれ上がり、その身体が弾け飛び――その中から木の根のようなものが大量に発生する。
 いや、『木の根“のようなもの”』ではなく、それはまさに木そのものであった。クラゲの身体を内側から食い破るように根から生え出たそれはあっという間にそこそこの大きさの若木へと成長、眼下の海上に落下すると、まるでそこに根を下ろすかのように着水した。
「なっ、何だ、ありゃ……?」
「アイツ、ヴァンドランデ持ちだったのか……」
 その光景を目撃して困惑するカザミをよそに、アズズがつぶやく。その言葉の中にあった単語に眉をひそめ、メイが尋ねようと口を開きかけた、その時だった。
『すっげぇ!』
「こっ、こら、あなた達!」
 足元で上がる歓声――見れば、そこに勝、烈、新太の三人と美智の姿があった。自分達が飛び立った後、山を下りてきていたようだ。
「ホントにピラーをやっつけた!」
「すごく強い!」
「それにカッコイイ!」
「そ、そうか!
 お前ら、わかってるじゃねぇか!」
 子供達の歓声にカザミが調子に乗って――



『さすがビルドダイバーズ!』



『――――っ!?』
 それは、まさかこんな場所、こんな状況で聞くとは思ってもみなかった名前だった。パルヴィーズが、カザミが、メイが、そしてヒロトがそれぞれに驚いて――直後、彼らの前にメニュー画面が展開された。
 フォース名の入力画面のようだ。そしてそこには、デフォルトネームなのだろう、“BUILD DIVERS”とすでに入力された状態になっている。
「これは……」
「ビルド、ダイバーズ……!?」
 ヒロトとパルヴィーズが困惑していると、その一方でカザミが入力画面上部のカウントダウンに気づいた。
 状況から考えてそれはおそらく入力の時間制限。このままカウントが0になったら――
「お、おい、どーすんだよ、これ!?」
「で、でも、ボク達ビルドダイバーズじゃないし、同じ名前っていうのも……」
 カザミやパルヴィーズが騒いでいる間に、メイが動いた。『DIVERS』の『I』にカーソルを合わせると小文字の『i』に変換して――そこでタイムアップ。名前が決定された。
「これでいいだろう。
 『BUILD DIVERS』ではない。『BUILD DiVERS』――これなら違う名前だ」
「お、おぅ……」
 メイの言葉に、丸め込まれた形のカザミが半ば呆然とうなずいて、
「でっ、でもっ」
 一方で我に返ったヒロトが異を唱えようと口を開いたそのタイミングで、再びメニュー画面が開いた。
 そこには簡潔に一言。



 TIME UP



 瞬間、ヒロト達はエリア移動の、転送の光に包まれて――



    ◇



「…………」
 ログアウトして、現実に戻ってくる――呆然としたまま、ヒロトはヘッドギアを外した。
 意図して外したのではない。いつもの癖、習慣に基づいた、惰性での動きにすぎない。
 それどころか、タイムアウトでベース基地に戻った後、どう行動してログアウトに至ったのかもよく覚えていない。
 そのくらい、最後の“アレ”が、ヒロトにとって衝撃的だったから。
 そのくらい――



「オレが……」







「ビルド、ダイバーズ……!?」







 その名が、ヒロトにとって重大な意味を持つものだったから。


 

(初版:2021/05/09)