超能力。

 人間の脳も未使用領域に眠る力が、“超常の力”という形で発現したものをこう呼称する。
 昔はその発現の条件もわからず、自然に発現した者にしか使えない特別な力であったが――今は違う。
 科学技術の発展に伴い、脳の仕組みが解明されるにつれて、人為的にその力を引き出す技術や、それを制御するノウハウが生まれつつあった。
 そして――それらの技術を研究し、超能力者の育成に力を注ぐ機関が存在した。
 それが“学園都市”――何十もの大学や小中高校がひしめく、学校の街。
 東京都の3分の1もの広さに人口は230万。その8割が学生で、ほとんどが親元を離れ、都市内に住んでいる。
 常に最先端の技術が研究され、都市の内外でとその技術におよそ30年の差が開いているとすら言われている。
 そして――その“最先端の技術”の一部に挙げられている風力発電の研究のため、各所に風力発電用の巨大風車の設置されたこの都市は、その景観からこうも呼ばれている。


 “風”“都”。すなわち――





 ――“風都”と――



   ◇



「私のファン?」
「えぇ」
 それはとあるファミレスでの一コマ――御坂美琴の問いに、彼女のルームメイトである白井黒子は落ち着いた態度でうなずいてみせた。
風紀委員ジャッジメント第177支部で、わたくしのバックアップを担当してくれている子ですの。
 一度でいいからお姉さまにお会いしたい、とことあるごとに……」
「はぁ……」
 黒子の言葉に、美琴の口から思わずため息がもれる――だが、それもムリのない話というものだ。
 美琴は学園都市の中でも七人しかいない超能力者レベル5、その第三位。能力者達の頂点とも言える位置にいる彼女のことを憧れの目で見ている者は数え上げたらキリがないほど。
 しかし、そこまでの数になってくると、中には度を越えたファンも少なからず現れてくるワケで――
「お姉さまが常日頃から一部のファンの無礼な行いに閉口していらっしゃるのは存じておりますわ。
 けれど、初春ういはるは分別をわきまえたおとなしい子――それに何より、わたくしが認めた数少ない友人。
 ここは黒子の顔に免じてひとつ」
「はぁ…………」
 黒子の言葉に、美琴はもう一度ため息をついた。
(『一部のファンの無礼な行い』って……あんたがその筆頭株でしょうが……)
 目の前の黒子をにらみつけて、心の中でそう毒づく――そう。何を隠そう目の前の白井黒子。ルームメイトなのをいいことに“憧れのお姉さま”である美琴にセクハラ三昧。その度にカウンターをもらっているというのにまったくこりる様子がないから困ったものだ。
 とはいえ、決して悪い子ではないし――
「…………ま、黒子の友達じゃ、しょうがないか」
 “決して悪い子ではない”黒子を突き放せない程度には、美琴も友人には甘い性格の持ち主なのであった。



 しかし――
「な、何なんですか、あなた達!?」
 その“黒子の友達”は現在、大ピンチの真っ只中――初春ういはる飾利かざりは友人、佐天涙子るいこと共に、いかにも「ボクらは不良です」といった風体の学生達にからまれていた。
「おいおい、そんなに恐がらなくてもいいって」
「そうそう。オレ達はただ、キミ達とお友達になりたいだけなんだからさ」
 これまた“いかにも”なセリフと共に、不良達は楽しそうに笑い声を上げる――天下の往来でそんなことをしていれば当然他の通行人の目にも留まるが、みんな彼らのいでたちに恐れをなして関わってこようとは思わないようだ。
「初春……」
「大丈夫……大丈夫ですから……!」
 自分は頭脳労働専門。間違ってもこういった荒事には向いていない――だが、それでも自分が風紀委員ジャッジメントであるという自覚のもとに、初春は佐天を自らの後ろに下がらせる。
 素直に今は外している風紀委員ジャッジメントの腕章を見せようか。いや、逆に荒事の火種になってしまうか――そんなことを初春が考えていると、



「おいおい、そのくらいにしておけよ」



 突然、そんな彼らの間に割って入ってきた男がいた。
 年の頃は二十歳前後。頭にかぶったソフト帽の位置を直しながら、初春達を守るように不良達と対峙する。
「いけないなぁ。よってたかって、こんなか弱い女の子達を恐がらせちゃ。
 口説くなら、もっとスマートにやるもんだろ」
「ひ、左さん!?」
 どこか芝居がかった様子で、男が不良達に告げる――だが、初春はそんな彼のことを知っているようだ。驚きながらもその名を口にする。
「なんだよ、お前!?」
「どこのおせっかいだ!?」
 一方、不良達はあからさまに自分達のジャマをする男のことが気に食わない。口々に声を上げ――そんな彼らに答える形で、男は悠然と自らの名を名乗った。
「オレか?
 オレは、私立探偵――」


「左、翔太郎だ」

 

 


 

第1話

Wとの遭遇/出逢ったアイツは二人でひとり

 


 

 

「まったく……黒子のせいで私まで追い出されちゃったじゃない」
 ファミレスの店内だというのに、場所もわきまえずにセクハラに及んだ黒子のおかげで、二人そろって店からつまみ出されてしまった――かと言って、ここが待ち合わせ場所である以上動くワケにもいかない。ルームメイトの悪癖に、美琴はしみじみとため息をついた。
 しかし、当の“犯人”は罪悪感などみじんも感じていなかった。周囲の視線も何のその、ファミレスのド真ん中で美琴にじゃれついて満足したのか、現在は実に満ち足りた表情を見せていて――
「あ、白井さーん」
「あぁ、来たみたいですわ……って……」
 かけられた声に振り向いた黒子の動きが止まる――“友人”を出迎えるものとも思えないその反応に、美琴は黒子の視線を追って顔を向けた。
 こちらに向かってくるのは、頭に満開の花畑の如きカチューシャを着けた初春飾利。そして――
「ちょっ、待てよ。なんでオレまで……!」
「いいじゃないですか。お礼くらいさせてくださいよ!」
 佐天涙子と、彼女に連行されてきた左翔太郎――女の子に手荒なマネはできまいと、言葉での説得を試みているが、佐天がそれを聞き入れる様子はない。
「な、なななな……なんで探偵さんがいるんですの!?」
「げげっ、白井……」
 そして黒子を驚かせたのは翔太郎の存在――思わず上がった黒子の声に、翔太郎もイヤそうに顔をしかめる。
「初春、どういうことですの!?」
「あ、えっと……
 さっき、タチの悪いスキルアウトに絡まれていたところを助けていただいて……それで、佐天さんが『お礼がしたい』って……」
 答える初春の言葉に、黒子が鋭い視線を向けてくる――対し、翔太郎は肩をすくめることで同意を示した。どうやら彼女の証言の通りらしい。
「まぁ、いいですわ。
 だったらさっさと“お礼”をもらって帰ってくださいな。あなたに用はないんですの。
 こんなところで女の子に振り回されていて、ハードボイルドが聞いて呆れますわ」
「白井さん、左さんは私達を助けてくれたんですから、そんな言い方……」
 辛らつな物言いの黒子の言葉に、初春が思わず左をかばい――
「…………えっと……」
 不意に上がった声に、一同の視線が美琴に集まった。
「まーまーまー! ごめんなさいね、お姉様♪
 お姉様は今日の主役だというのに、放り出すようなマネをしてしまって」
「それはいいから……誰が誰なのか、教えてほしいんだけど」
「それはそうですわね」
 美琴の言葉にうなずくと、黒子はコホンッ、とせき払いし、まずは初春を示した。
「こちら、柵川中学1年、初春ういはる飾利かざりさんですの」
「は、初めまして。
 初春飾利です」
「それから……」
 続いてはこちらは黒子にとっても予定になかった佐天。翔太郎をこの場に連れてきた、ある意味で話の脱線の張本人である彼女だったが、気にすることもなく名を名乗る。
「初春のクラスメートの佐天涙子です。
 なんだか知らないけど、ついてきちゃいましたー。
 ちなみに、能力値はレベル0でーす」
「ちょっ、佐天さん!」
 自己紹介から唐突に自分のレベルを明かした佐天の言葉に、初春はあわてて声を上げる――



 ここで、能力値、すなわちレベルについて解説しておこう。
 超能力を研究、開発している学園都市において、能力者の能力の強さは定期的な測定によって6段階に分類される。
 すなわち、純粋に力の強さを示すレベル1からレベル5。そして、能力が未発現、またはレベル1にも満たないことを示すレベル0である。
 元々は学園側が能力開発の上での開発段階を明確にするために設けたものであったが、純粋に“力の強さ”を示すことから、レベルを序列、階級のように扱う風潮も存在するのであった。



 そんな中で佐天が名乗る片手間に自らのレベルを明かしたことに、レベルからくる序列意識や自分のレベルが0であることへの劣等感、そしてその“序列”の最高位、レベル5である美琴への反感がなかったと言えばウソになるが――
「初春さんと、佐天さん……」
 対し、当の美琴はまったく気にしていなかった。二人の名前を改めて反芻し、
「私は御坂美琴。よろしくね」
「よ、よろしく……」
「お願いします……」
 思いの他普通の対応だ。自分の能力を鼻にかけているふうには決して見えない友好的なあいさつに、佐天はもちろん、初春もとまどいまじりにうなずくしかなくて――
「で……左翔太郎。以上」
「おい、オレだけそれかよ!?」
 続いてサラッと紹介を流そうとした黒子に、翔太郎が思わず声を上げる。
「だったらご自分で名乗ったらどうですの?
 わたくし、あなたの紹介なんかしてあげる義理も理由もありませんの」
「はいはい。
 オレは左翔太郎。この学園都市のOBで、今は私立探偵をやってる」
「私立探偵……?
 あぁ、それで……」
 翔太郎の言葉に、美琴はどこか納得したように黒子へと視線を向けた。
 「学園都市の治安維持は“風紀委員ジャッジメント”のお仕事!」と常日頃から豪語してはばからない黒子のことだ。OBとはいえ一般市民の翔太郎が私立探偵などという仕事をしているのが気に入らないのだろう。
 と、黒子のことを思い出した流れで、美琴は先ほどの彼女の言葉を思い出した。翔太郎へと視線を戻し、尋ねる。
「ところで、さっき黒子がハードボイルドがどうの、って……」
「あぁ……」
 美琴のその言葉に、翔太郎は「待ってました」とばかりに芝居がかった仕草を見せ、
「いかなる時も心乱さぬ、男の中の男の生き様……
 それが……ハード、ボイルドだ」
「つまりはただのカッコつけってことね?」
((バッサリだぁーっ!?))

 一言で片づけてくれた美琴の言葉に、彼女と初対面である3名の心の声が唱和する。
「まぁ……うん、とりあえずウチの後輩の友達を助けてくれたみたいだし……礼は言っとくわ」
「あぁ、別にいいよ。
 別に見返り目当てで助けたワケじゃねぇし……初春も知らない顔じゃないからな。
 知り合いとその連れを助けるのに、理由なんかいらないだろ」
「それもハードボイルドってヤツ?」
 翔太郎の言葉に笑いながら返しつつ、美琴は黒子達を見渡し、
「さて、このままここにいてもしょうがないし……ゲーセンにでもいこっか?」
 お互い自己紹介は済んだところで、翔太郎への“お礼”も兼ねて遊びに行こうか――美琴がそう提案した、その時、
「…………って、アレ?」
 不意に、すぐ脇の車道を消防車がサイレンを鳴らしながら駆け抜けていった。火事でも起きたのだろうかと、美琴は消防車の走り去っていく方向へと視線を向けると、確かにその先のビルが黒煙に包まれている。
「ビル火災かぁ……」
「あれでは、わたくし達風紀委員ジャッジメントの出番はありませんわね」
 風紀委員ジャッジメントの仕事は学園都市の治安維持。火災は消防の仕事だ。
 それに、ここは防災技術も発達した学園都市だ。ビルの中の人間はとっくに避難は終えているだろう。
 自分達の出番はなさそうだ、と、黒子が初春の言葉に肩をすくめ――
「…………ん?」
 佐天が何かに気づいた。目を凝らして問題のビルを見つめ、尋ねる。
「あのビル……」



「少し、かたむいてませんか?」



   ◇



「なるほど……確かにかたむいてますわね」
 火災だけならともかく、ビルがかたむくなど尋常なことではない――問題のビルの地下駐車場へと駆けつけた黒子の目の前では、黒こげになったビルが土台から地中深く沈下し、地下だというのに地上階が目の前にあるという奇妙な光景をさらしていた。
 事態の異常性を感じたのか、周囲には自分達以外にも風紀委員ジャッジメントの姿がチラホラと見える。自分の所属する177支部の先輩の姿を発見し、黒子は声をかけようと口を開き――
「うっわー……すごいわね、これ……」
「ずいぶんと沈んでやがるな……
 それにかたむきもひどい……となりのビルに突っ込まなかっただけでも幸いだな」
「って、なんでお姉様や探偵さんまでいるんですの!?」
 ごく当然のように背後にいた二人へのツッコミが先だった。
 見れば、二人の後ろには便乗した佐天もいる――心なしか頭痛がしてきたが、それはきっと気のせいではあるまい。
「お姉様! いつも言っていますでしょう!?
 事件への対応はわたくし達風紀委員ジャッジメントのお仕事だと!
 って、探偵さん! 何当然のように現場写真撮ってるんですか!?」
「いや……だって、なぁ?」
「だってじゃありませんの!
 こんなの、私立探偵のあなたの扱うような事件じゃないでしょう!?」
 バツが悪そうに答える翔太郎の言葉に、黒子のテンションはますます上昇していき――
「はい、そこまで」
「あたっ!」
 そんな黒子の頭が書類を留めたバインダーではたかれた。
 はたいたのは、メガネをかけた風紀委員ジャッジメントの女子高生――177支部で黒子の先輩にあたる、固法このり美偉みいである。
「向こうの方まで聞こえてたわよ。
 まったく、翔太郎くんがからむといっつもそうなんだから……」
「でも……」
「デモもストもないわよ。
 ほら、向こうで警備員アンチスキルから状況の説明を受けてきなさい」
「…………わかりましたの」
 固法の言葉に肩を落とし――それでも一度翔太郎をギロリとにらみ、黒子は離れたところで現場検証をしている警備員アンチスキルの元へと向かい――固法は軽くため息をつき、
「相変わらずね、翔太郎くん。
 事件、かぎつけたの?」
「いや、残念ながら、今回はマジで通りすがりだ」
 固法の問いにそう答え――翔太郎は彼女に聞き返した。
「で……状況は?」
「うん……
 アレを見て」
 翔太郎に答え、固法が指さしたのは、道路をふさいでいるビルの一角に入っていた――
「銀行……?」
「シャッターが破られてる……強盗……?
 ビルを沈下させて、地下から襲ったってこと……?」
「えぇ。
 ただ……」
 ボロボロに破壊された銀行を前につぶやく佐天や美琴の言葉にうなずくと、固法はまた別の場所を指さし――
「って、4階!?」
「そうなの。
 元々、強盗の逃走対策のテストケースって名目で地上階じゃなくて上の階、4階に支店を入れていたらしいの――ほら、上の階なら、犯人が逃げた後にエレベータを止めて階段もシャッターを閉めるなりすれば、逃亡は防げるでしょう?
 だけど、それをここまで沈められて……地下の土台の鉄骨が完全に溶けでもしない限り、こんなことにはならないそうよ」
 そこに表示されていた階数表示を見て驚く佐天に、固法が説明する。
「こんなことができるのは……」
「……“ドーパント”か……」
「えぇ……」
「どーぱんと?」
 翔太郎と固法のやり取りに美琴が眉をひそめるが、二人は気にせず情報を整理していく。
「先週から数えて、似た事件が三件目。
 と言っても、ここまでハデじゃなかったんだけどね。ビルとかも沈められたりしなかったし……
 とりあえず、“鉄が溶けるほどの超高温を操る能力者によるもの”という点で一致しているわ」
 そう説明すると、固法は手にしていたデジカメをこっそりと翔太郎に差し出した。
「…………何だよ、これ?」
「え?
 調べてるんじゃないの?」
「いや……さっきも言ったけど今回、マジで通りがかりなんだけど……」
「じゃあ、ほっとくの? ドーパント」
「………………っ」
 うめく翔太郎だが、続く固法の言葉に痛いところをつかれ、黙り込んでしまう。
「でしょう? だから翔太郎くんは頼りになるわ♪
 何かわかったら、連絡してね。それとなく警備員アンチスキルに伝えるから」
「…………わかったよ」
 結局、こうなるのか――固法の言葉に軽くため息をつき、翔太郎はデジカメを受け取るのだった。



   ◇



「なるほど……
 “超高温を操る”って線は、あながち間違ってないな……」
 固法から渡されたデジカメには、1件目と2件目の現場写真が収められていた。銀行の大金庫の扉が“溶け落ちている”写真を見ながら、翔太郎は静かにつぶやいた。
 現在、風紀委員ジャッジメントとして正式に固法に合流した黒子や初春と別れ、近くの公園へ――人目を避け、地下道の入り口によりかかり、デジカメの写真の確認を行なっているところである。
「やれやれ、こんなところでもドーパントとはな……」
「ドーパントって……?」
 眉をひそめて聞き返す美琴に、翔太郎は一瞬だけ視線を向け――
「こいつはまた、オレ達の出番っていう……風向きかな?」
 放置することにしたらしい。再び自分の世界に浸る翔太郎に対し、美琴はため息まじりに彼の肩に手を置いて――
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」
「カッコつけてないで説明しなさいよ!
 ドーパントって何!?」
 思い切り電撃をお見舞いした。翔太郎の悲鳴が響く中、改めて説明を要求する。
「ぼ、暴力反対!
 こちとらレベル0の無能力者だぞ!」
「え?
 左さん、能力レベル0なんですか!?」
 なんとか美琴の手から逃れ、翔太郎が抗議の声を上げる――が、その言葉は初対面の面々からすれば意外なものだった。
 この学園都市で能力開発を受けた経験があり、その上で私立探偵などしているから、さぞ強い能力の持ち主なのだろうと思っていた佐天は、意外な翔太郎の『レベル0』宣言に驚き、目を見開く。
 と――突然翔太郎の懐から電子音が鳴り響いた。気づき、翔太郎が取り出したのは大型の携帯電話だ。
 しかし、それは美琴達にとっては見たことのない機種だった。疑問に思う美琴達にかまわず、電話を開き、応答する。
「オレだ、フィリップ」
「フィリップ……?」
「外国の人、でしょうか……?」
 新たな名前が挙がり、美琴や佐天が眉をひそめるが、その“フィリップ”との通話の真っ最中の翔太郎から説明が返ってくるはずもない。
「バットショットの送った画像、見たか?」
〈興味深い。
 ムラムラするねぇ〉
「犯人の能力が知りたい。
 ガイアメモリの正体を検索してk……」
 言いかけて――翔太郎は動きを止めた。
「…………あぁ、やっぱりいいわ」
〈なぜやめる?〉
 電話の向こうの“フィリップ”の声が尋ねる中、翔太郎は“そちら”を見た。
 つられるように、美琴や佐天も彼の視線の先、すぐ脇の地下道へと視線を向け――
『――――――っ!』
「“ご本人”がいらっしゃるからだよ――目の前に」
 そこにいたは、どう見ても“人間”とは定義できない、しかし人型の、まさに“怪人”と呼ぶに相応しい存在がいた。驚き、目を見開く美琴達のとなりで、翔太郎が“フィリップ”に告げる。
 怪人は炎を思わせる姿をしていて――いや、“思わせる”どころの騒ぎではない。炎をイメージした身体は真っ赤に赤熱し、足元のアスファルトは半ば熔解。本当に尋常ならざる熱量を有していることがわかる。
 瞬間――美琴の脳裏に先ほど聞いた固法の言葉がよみがえった。

『地下の土台の鉄骨が完全に溶けでもしない限り、こんなことには――』

「まさか……アイツがビルを!?」
「そういうことだ」
 声を上げる美琴に答え、翔太郎は相手を警戒、さりげなく彼女らを守るように前に出る。
〈メモリの正体は……〉
「あぁ……」
 “フィリップ”の言葉に翔太郎がうなずき――二人は同時に叫んだ。

「〈“MAGMAマグマ”だ!〉」

 その言葉と同時――“マグマ”の怪人のまとう熱がその勢いを増した。まさに小型の火砕流のような熱と破壊の嵐が、翔太郎や美琴達へと襲いかかる!
 が――
「何よ――やる気!?」
「バカ! 逃げるんだよ!」
 若干一名が思い切りケンカ腰だった。迷うことなく火砕流を迎撃しようとする美琴を、翔太郎があわてて制止する。
 しかし、そのせいで一瞬離脱が遅れてしまった。火砕流がすさまじい熱量と共に一同に襲いかかるが、
「このぉっ!」
 とっさに左手の腕時計からワイヤーを射出、翔太郎は佐天を抱えて頭上へと退避する。
 一瞬遅れて、破壊の渦は彼らの眼下を駆け抜けていく――今の攻撃でこちらの姿を見失ったのだろう。怪人はそのまま地下道の奥へと立ち去っていった。
「だ、大丈夫か……?」
「は、はい……」
 もう危険はなさそうだ。尋ねる翔太郎の問いに、佐天は彼の腕の中でうなずいて――
「って、御坂さんは!?」
「ここよ」
 そう答えた美琴は、すぐ脇のコンクリート壁に手足をはりつけるようにしてつかまっていた。
 電磁力を発生させ、自分の体内の鉄分とコンクリートの中の鉄筋とを引き合わせているのだ。
「ったく、何なのよ、アイツ……」
「『何なんだ』はこっちのセリフだぜ」
 さらに美琴は電磁場を制御し、自分の身体をすべらせると地面へとゆっくり降りていく――そんな彼女に、翔太郎はワイヤーを伸ばして地面に降下しながらうめくように応えた。
「ドーパント相手に、真っ向からケンカしようとしやがって……」
「何よ。売られたケンカ買っただけじゃない」
「そういう問題じゃ……」
「あぁっ!」
 あっさり応じる美琴に翔太郎がなおも反論しようと口を開き――しかし、それをさえぎったのは佐天の叫びだった。
「左さん、腕、腕!」
 見れば、今の攻撃によるものだろうか。翔太郎のシャツの腕がわずかに燃え、火傷しているのがわかる。
「早く手当てしないと!」
「大丈夫だって。
 ケガは軽いし、事務所もすぐそばだ。手当てもすぐできr
「じゃあ、その事務所に行きましょう!」
 心配ないとなだめようとする翔太郎だったが、それで収まる佐天ではなかった。彼の手をとり、引っぱりながら歩き出す。
「ほら、早く案内してくださいよ!」
「い、いや、だからいいって!」
 あくまで固辞しようとする翔太郎とそんな彼を引っぱって行く佐天、二人のやり取りに軽く肩をすくめる美琴だが――
「……まぁ、都合はいいか」
 事務所とやらの場所さえ押さえてしまえばいつでも押しかけられる。今回はぐらかされてもいずれドーパントとやらについての説明も聞けるだろうと踏んで、美琴はそのまま二人についていくことにした。



   ◇



 美琴達の暮らす学園都市“風都”・第7学区――その中でも比較的初期に整備された、今では少し古びた地区にある“かもめビリヤード場”。
 そこに間借りした“鳴海探偵事務所”――そこが、翔太郎の拠点である事務所である。
 そして――
「っつー……!」
「あー、もう、動かないでくださいよ……」
 そこで、翔太郎は現在佐天から傷の手当てを受けていた。
「でも、ホントに大したことなくてよかったです」
「最初からそう言ってただろうが……」
 安堵し、つぶやく佐天に翔太郎がうめくのを、美琴は事務所の中を見渡しながらボンヤリと聞いていた。
 全体的に“クラシック”と表現すればいいだろうか。事務所内のデザインは1950〜70年代調にまとめられ、置いてあるラジオやテレビも、わざわざ当時のデザインを踏襲したものが置かれている。もちろん、中身は学園都市の品に相応しい最新技術盛りだくさんなシロモノなワケだが。
 本棚の中は報告書など探偵業に関するものを除けば小説や映画の読本など、ハードボイルドものに関するものばかり。壁にかかっている帽子もハンクリー・ボガードばりのソフト帽ばかりで――
(………………あれ?)
 よく見ると、帽子がかけられているのは壁ではなく扉だ。なんとなく気になり、ドアノブに手をかけてみる。
 鍵はかかっていない――翔太郎が佐天に気を取られているのを確認すると、スルリと扉の向こうに身体をすべり込ませていった。



 そこは、一言で言えばガレージ“のような場所”だった。
 室内にはラジオからの音楽が流れていて、コンクリートがむき出しの壁にはホワイトボードが並べられ、美琴には半分も意味の理解できない化学式や覚え書きが所せましと記されている。
 そこかしこに点在する日本語の記述の内容からすると、どうやらマグマについての科学的知識が書き連ねられているようだが――と、美琴はそこで、ラジオの音楽に人の声がまぎれているのに気づいた。
 その声をたどっていくと、ガレージの奥でひとりの少年が本を手にホワイトボードに、ブツブツと何やらつぶやきながら書き込みをしているのが見えて――とりあえず声をかけてみる。
「……あのー……」
「ジャマしないでくれる?」
 一蹴された。
「“二酸化ケイ素”“玄武岩”で15万872件該当する。
 その内14万2650件が閲覧済み……」
「ねぇ……ひょっとして、“フィリップ”くん?
 あの探偵モドキの相棒の――」
「御坂美琴」
「え…………?」
 どうして自分の名前を知っているのか――突然名前を呼ばれて動揺する美琴だったが、
「キミについてはすべて閲覧し終えたよ。もう興味もわかない」
「………………は?」
 ここでこめかみに青筋を浮かべた彼女を、一体誰が責められるだろうか。何しろ、初対面の相手にいきなり「興味もわかない」などと全否定をぶちかまされたのだから。
 しかし――
「早く常盤台とか言う学校に戻って、大好きなゲコ太とやらの人形と戯れているといい」
「と、『常盤台“とか”』って……」
 続くフィリップの言葉に、美琴はかすかな引っかかりを覚えていた。
 常盤台中学と言えば学園都市でも知らぬ者はないとまで言われるほどの超有名校。それをつかまえて「とか」などと言われるとは思わなかった。
 あまり考えられない話だが、ひょっとして――
「まさか……“知らない”の? 常盤台」
「………………っ」
 止まった。
 それまでは美琴の言葉に淡白な反応しか示さなかったフィリップが、その言葉に対してピタリと動きを止めたのだ。
 しかし、美琴は気づいていない。
「それに……ゲコ太だって、人気はともかく知名度はけっこうなもんよ。
 それを“知らない”なんて……」
 自分が、とんでもない“地雷”を踏んづけてしまったことに――



「おい、御坂!」
 気づけば美琴の姿はなく、地下ガレージへの扉がわずかに開いていた――イヤな予感がして、翔太郎はあわててガレージへと飛び込んできた。
 そこには案の定、フィリップのとなりで乾いた笑いを浮かべている美琴の姿――佐天が後を追ってくるのにもかまわず、美琴に詰め寄り、声を上げる。
「なんでここにいるんだよ!?
 あんま人んちをウロチョロすんなよ!」
「し、仕方ないじゃないの! 気になったんだから!」
 翔太郎の言葉に美琴が反論した、その時――
「やぁ、翔太郎!」
 そんな彼に声をかけてきたのはフィリップだ――そのヤケにハイテンションな姿にイヤな予感がふくれ上がる。
「彼女は素晴らしいよ。
 ゾクゾクするねぇ。新しい検索体験だ!」
 とても楽しそうに告げながら、翔太郎へと向き直り――告げる。
「キミは知らないだろう?――」





















「ゲコ太というキャラクターを!」





















「………………は?」
 その言葉に思わず思考が停止し――やがて、翔太郎はゆっくりと周囲を見回した。
 マグマについての情報が書かれていたはずのホワイトボードには、カエルのキャラクターのイラストやそのグッズ展開情報、さらにはマスコットに使われている素材の使用傾向に至るまで、ハッキリ言ってどうでもいい知識がビッシリと書き込まれている。
 もうそれだけで、何が起きたのかは一目瞭然だった……イヤな予感、的中。
「やってくれたな、おい……!
 フィリップの気ぃ散らせやがって!」
「わ、私だってこんなことになるなんて思ってなかったわよ!
 何なのよ、この子!」
「こいつが調べてくんねぇと、ドーパントの事件が追えねぇんだよ!」
「あ、また“ドーパント”……」
 美琴に言い返した翔太郎の言葉に、今度はついて来ていた佐天が声を上げる――もはやいちいちスルーするのも面倒になってきて、翔太郎はあきらめて二人に説明してやることにした。壁際に置いてあったノートパソコンを立ち上げ、そこにあるものを映し出す。
「この街に今、こんなのをばらまいてるヤツらがいる」
 それは長さ10cmほどの、骨を思わせるデザインの――
「何よこれ?
 USBメモリじゃない」
「ただのメモリじゃねぇよ。
 “ガイアメモリ”ってんだ」
 若干拍子抜けした様子で肩を落とす美琴に対し、翔太郎はあくまで真剣だった。
「これが、手にした人間をものすごい超人に変えちまうんだよ」
「超能力者になる……ってことですか?」
「いや、違う。
 能力開発とは、まったく別の形での強化だ」
 聞き返す佐天に、翔太郎は首を左右に振りながら否定を示した。
「能力開発は対象者の脳をいじるけど、ガイアメモリは身体をいじる――ま、最終的には脳にまで影響がいくが、それはあくまで副次的なものだ。
 子供番組のヒーローものに出てくる、改造人間とかいるだろ……あっち方面と思ってくれればだいたい正解だ。
 とにかく、そうしてガイアメモリによって強化された超人が、お前らもさっき見た……」
「“ドーピングした者ドーパント”……
 でも、黒子はそんなこと一言も……」
警備員アンチスキルでも風紀委員ジャッジメントでも、ガイアメモリとドーパントはトップシークレットだ。オレ達やドーパントご本人みたいに直接縁がない限り、まずお目にかかることのないシロモノだな。
 だから白井もお前には話さなかった――お前のことが大好きなあのお嬢ちゃんにも、そのくらいの理性と職業意識はあった、ってことさ」
 美琴の言葉に答え、翔太郎は説明は終わりだとばかりに立ち上がり、“検索”を続けるフィリップへと視線を向けた。
「しっかし、まいったなぁ……
 こいつ、一度こうなるとてんで動かねぇんだよ」
「じゃあ、どうすんのよ?」
「終わるのを待つしかねぇよ」
 美琴の言葉にため息まじりにうなずき――翔太郎は彼女や佐天を交互に見つめ、
「とにかく、お前らはもう帰れ。
 この時間から“こう”なっちまったら、もう今日中には調べられねぇよ」
「あ、はい……」
「……わかったわよ」
「……で、だ」
 佐天が素直に、美琴がしぶしぶ――二人が納得したのを受け、翔太郎はもうひとつ提案した。
「門限的に早く帰らなきゃならない方から送ってやるけど……どっちから送ればいい?」



   ◇



 明けて翌日――
「っん〜〜〜〜っ!
 今日もいい天気でよかったですね!」
「そうね。
 遊びに出るにはちょうどいい日和ね」
 突き抜けるような青空の下、大きく背伸びした初春に、美琴が笑顔でそう答え――
「で…………なんでオレまで連れ出されてるんだ?」
「そうですわ!
 どうして探偵さんがここにいるんですの!?」
「そんなの、昨日の仕切り直しだからに決まってるじゃないですか!」
 なぜ自分がここにいるのか、その理由がさっぱり思い当たらない――心の底から不思議そうに尋ねる翔太郎や思いっきり不満げな黒子には佐天が答える。
「結局、昨日のお礼もできずじまいだったこともありますし……あの後もまた助けてくれたじゃないですか。
 だから、今日は改めてそのお礼、ということで!」
「まぁ、たとえあのフィリップって子の調べがついても、すぐに動けるってワケじゃないんだし……問題ないでしょ?」
「…………まぁ、な」
 佐天や彼女を擁護する美琴の言葉に、翔太郎はため息まじりにそう答え、
「そりゃ……フィリップの“脱線”もまだ片づいてないし……確かに時間はあるんだけどさ」
「って、まだ調べてるの!? ゲコ太について!?」
 その翔太郎の言葉に、美琴は思わず驚きの声を上げた。
「す、すごい集中力ですね……」
「っつーか、オレはゲコ太にそこまでの情報があったってことの方が驚きだよ……なぁ、御坂美琴さん?」
「あ、あはははは……」
 佐天に答え、ジト目で視線を向けてくる翔太郎に対し、“脱線”の原因、ゲコ太の話題を振った張本人である美琴は乾いた笑いと共に視線をそらすしかなくて――そんな彼女に、道端でチラシ配りをしていたどこかの店員がチラシを差し出してきた。
 思わず反射的に受け取り、目を通し――
「………………っ」
 美琴の表情が変わった。真剣な表情で足を止める。
「…………御坂さん?」
「御坂……?」
 いったいどうしたのか――不思議に思い、佐天と翔太郎は美琴の背後から彼女の手の中のチラシをのぞき込む。
 クレープ屋台の新装開店の広告だ。クレープの種類や値段の他、開店記念キャンペーンとして――
「……先着で……」
「ゲコ太ストラップをプレゼント、か……」
 思わず二人が声に出してつぶやいて――
『………………あぁ』
「な、何よ、みんなそろって!?」
 美琴を見つめる四人の視線は――それはもう暖かいものだったという。



   ◇



「ぅわっ、もう並んじゃってますねー」
「というか……ずいぶんと子供が多いわね……」
 目的のクレープ屋台はメインストリートの大通り公園にいた。すでにけっこうな行列ができているその光景に声を上げる佐天のとなりで、美琴は公園のあちこちではしゃぎ回っている子供達を見ながらそう応じる。
「なんで、子供がこんなにも……?」
「あー、そりゃたぶんアレだ」
 困惑気味につぶやく黒子に答え、翔太郎が視線で示したのは、子供達にあまり遠くに行かないよう呼びかけるバスガイドさんの姿――どうやら学園都市入りを望む子供達やその保護者に対する見学ツアーのようだ。
「さすが探偵。よく気がつきますねー」
「こんなの大したことじゃねぇよ。
 それより……」
 感心する初春に答え、翔太郎は美琴達四人を一通り見渡し、
「お前ら……注文を教えろ。
 それが済んだら場所取りを頼む」
「買ってきてくれるんですか?」
「いいんですか? 並んでもらっちゃって」
「その代わりに場所を取っといてもらうんだ。フィフティフィフティだろ。
 こういう退屈な仕事は男で年長者のオレの仕事だよ」
 佐天と初春に答え、それぞれの注文を聞こうとする翔太郎だったが、
「私はいいわよ、別に」
 答えて、美琴は一足先に行列に向かう。
「男とか年長者とか、カッコつけてんじゃないわよ。
 だいたい、ひとりで五人分のクレープ運ぶのは大変でしょう?」
「っていうか……」
 振り向き、そう告げる美琴に対し、翔太郎はため息をついてつぶやいた。
「目当てはクレープよりもゲコ太ストラップのクセに」
「そ、そんなワケないでしょ!?
 私が並ぶのはあくまでアンタに貸しを作りたくないからであって……」
 必死にそう弁明する美琴に対し――本日二度目の“暖かい視線”が向けられた。



「はい、どうぞ」
 結局、美琴はついてきた――後ろで今か今かと楽しみにしている気配を感じつつ、翔太郎は店員からクレープを受け取り、
「あぁ、これも」
 さらに、特典のゲコ太ストラップも受け取った。
「これが最後のひとつですよ」
「へぇ…………
 ……って、『最後』!?」
 店員の言葉に、翔太郎は思わず声を上げ――

 ガクリ、と背後で何かが崩れ落ちる音がした。

 背後の光景がリアルすぎるくらいに想像できる。できることなら放置したいが――そういうワケにもいかないだろう。意を決して振り向き、翔太郎は力なく崩れ落ちている美琴へと視線を向けた。
 まるでこの世の終わりのように絶望している彼女の姿にため息をつき――
「………………ほらよ」
 自分のもらったゲコ太ストラップを差し出した。
「お前にやるよ」
「…………いいの?」
「あぁ。オレはいらないからな」
「ありがとう!」
 “天国から地獄”ならぬ“地獄から天国”。一転して感激の涙を流しながら、美琴は翔太郎の差し出した手を握り締めた。
「アンタ、思ってたよりもいいヤツじゃない!
 もう『センスが古臭い』とか『カッコつけ』とか『口先だけの三枚目』とか思わないから!」
「よーし、御坂。
 お前今すぐ表出ろ」
「ここ……表ですよ?」
 異変に気づいてやってきた佐天にツッコまれた。



「お姉様ぁ、食べ比べいたしましょうよぉ♪」
「いらないから!
 何よ、トッピングに納豆と生クリームって!?」
 自分のクレープと美琴のクレープの食べ比べを求めているが、美琴にご執心な彼女のこと。狙いは美琴との間接キスだろう。すり寄ってくる黒子に対し美琴が懸命に抵抗しているのを、翔太郎は自分のクレープ(無難に抹茶のシンプルトッピング)を食べながらボンヤリと眺めていた。
「…………なーにやってんだろうな、オレ……」
「何がですか?
 ……あ、クレープ、お嫌いでしたか?」
「いや、別に嫌いじゃねぇけどよぉ……」
 自分のつぶやきを聞きつけ、初春が心配そうに聞き返してくる――答えて、翔太郎は軽くため息をついた。改めてクレープにかじりつき、
「女の子連れでクレープ、って、絶対ハードボイルドじゃねぇだろ、これ……」
「確かに、渋い男、ってイメージとは真逆ですねぇ」
 あっさり肯定された。
「ねぇ、初春。
 左さんって、前々からこうなの?」
「そうなんですよ」
 そこへ脇から口を挟んでくるのは佐天だ。苦笑まじりに初春はうなずいてみせる。
「ことあるごとに『ハードボイルドがどうの』ってカッコつけたがるんですよね。
 まぁ、たいてい白井さんがかみついてきて台無しになるんですけど」
「わかってるんなら止めてくれよ、アイツをさぁ」
「言って止まるような白井さんじゃないですよ」
「いや、それは確かにそうだけど……」
 初春の言葉に翔太郎が答えかけた、その時――翔太郎の携帯が着信を告げた。
 すぐに応答すると、電話してきたのは――
〈ゲコ太について閲覧し終えたよ〉
「ようやくか……」
 フィリップだった。待ちに待った相棒の復帰に、翔太郎は笑みを浮かべて立ち上がり、
「じゃあ、早速入ってくれ、“地球ほしの本棚”に」



   ◇



「あぁ、わかった」
 鳴海探偵事務所の地下ガレージ――答えて、フィリップは手にしていた翔太郎のものと同じタイプの携帯を通話状態のまま、自分の声を拾えるようにすぐ脇の机に置いた。
 両手を広げた姿勢で目を閉じ――そんなフィリップの意識の中にとある光景が展開された。
 真っ白な空間に、無数の本棚が並べられた不思議な空間に自分がいるイメージ――自らの意識の中に自我を落とし込むと、フィリップは目を開き、告げた。
〔さぁ……検索を始めよう〕



「ドーパントが所属していると思われる強盗団が次に襲う場所が知りたい」
 突然真剣な表情で電話を始めた翔太郎に、佐天や美琴(黒子に対し現在進行形で抵抗中)は不思議そうに視線を向けている――そんな周りの視線も気にせず、翔太郎は電話越しにフィリップに告げる。



「キーワードは……“マグマ”」



 翔太郎の告げたキーワードは携帯電話を、現実のフィリップの耳を通じて“地球ほしの本棚”の中のフィリップに伝えられる――彼がそのキーワードを認識した瞬間、周囲の棚や本が突然動き始めた。突然本が弾かれ始め、残った本が新たな本棚に整理され、フィリップの前に並べられる。



「次は手口――“銀行強盗”」



 続いてのキーワードがさらに本を絞り込んでいく――二つめのキーワードによって、すでに本は本棚ひとつ分にまで絞り込まれていた。



「そして……“三人”。目撃された犯人の人数だ」



 そこに決定打を打ち込むのが三つめのキーワード。残りの本のほとんどが弾かれ、フィリップの前にはただ一冊の本だけが残されていた。
 その表紙に書かれた題名は――



 Place場所



   ◇



「ねぇ、初春。
 翔太郎さん、何やってるの?」
「あぁ、あれですか?」
 翔太郎は一体フィリップに何を指示しているのか――尋ねる佐天に対し、初春は答えを知っているのか、ごく普通に返してきた。
「あれは、フィリップさんに“検索”をお願いしてるんですよ」
「検索?」
「はい。
 実はですね……」
 会話に加わってくる美琴に答え、初春は振り向き――
「………………あれ?」
 美琴のさらに後方の“その光景”に気づき、声を上げた。
「どうしたの?」
「あそこの銀行なんですけど……」
 尋ねる佐天に答え、初春は問題の銀行を――すべてのシャッターを下ろし、静寂に包まれたそこを指さした。
「なんで昼間っから防犯シャッター下ろしてるんでしょうか……?」
「連続強盗対策に、改装でもしてるんじゃ……」
「………………」
 初春や答える佐天の言葉に気づき、翔太郎の視線が鋭くなる――同時、電話の向こうからフィリップの声が聞こえてきた。
〈特定できた。
 銀行内で三人組が立ち回りやすく、かつ逃走しやすい銀行は――〉
「――いそべ銀行の、第7学区・ふれあい広場前支店だろ?」
〈……すごいね。その通りだ。
 どうしてわかったんだい?〉
「ちょうど目の前にいるんだよ。
 でもって――」



「とっくに“お仕事”の真っ最中らしくってさ!」



 翔太郎のその言葉と同時――銀行のシャッターが内側から“ふくらんだ”。限界を超え、炎と衝撃をまき散らしながら吹き飛ばされる。
「な、何……!?」
 突然のことに耳をふさいで爆音をやりすごした佐天が声を上げるが、そうしている間にもすでに周りは動いていた。
「初春、警備員アンチスキルに連絡!
 状況の報告と、負傷者の有無の確認、急いでくださいな!」
 黒子だ。素早くクレープの残りを食い尽くすとベンチを足場に車道へと飛び出し、風紀委員ジャッジメントの腕章を取り出す。
「黒子――」
「お姉様」
 もちろん、飛び出しかけた美琴に釘を刺すのも忘れない。
「学園都市の治安維持は、風紀委員ジャッジメントのお仕事ですの。
 お姉様はそこで――」



「おい、お前ら!」



「探偵さぁ――――んっ!?」
 しかし、そんな黒子の意識の外にいた翔太郎がすでに動いていた。銀行の中から飛び出してきた強盗達の前に立ちふさがるその姿に、黒子が思わず声を上げる。
「何だ、てめぇは!?」
「左翔太郎――探偵さ。
 やい、連続銀行強盗団! お前らの悪事もここまでだ!」
 首尾よく金を奪い、あとは逃げるだけという段階で思わぬジャマが――尋ねるリーダー格らしき男の問いに対し、翔太郎は彼らをビシッ!と指さしてタンカを切って――
「何してるんですのぉぉぉぉぉっ!?」
「あだぁ――――っ!?」

 そこに黒子がドロップキックと共に飛び込んできた。腰が曲がってはいけない方向に曲がり、翔太郎の悲鳴が響き渡る。
「あ、あだだ……
 ……こら、白井! いきなり何しやがる!?」
「それはこっちのセリフですの!
 『学園都市の治安維持は風紀委員ジャッジメントのお仕事です』と何度言えばわかってくれるんですの!?」
「オレだって探偵を仕事にしてんだぞ!
 成り行きだろうと、受け持った事件に首突っ込むのは当然だろうが!」
 こちらの抗議に対し力いっぱい反論してくる黒子だが、こちらにも意地がある。譲るワケにはいかない――翔太郎もまた一歩も退かずに言い返し、二人は火花を散らしてにらみ合う。
「何漫才してやがる!
 ケガしたくなかったら、とっとと失せろ!」
 そんな二人に対し、強盗のひとりが殴りかかり――



「そういう三下のセリフは――」



 その手を翔太郎が払った。ついでに軽く力を加えて重心を崩し、



「死亡フラグですわよ」



 それを黒子が投げ飛ばした。背中をしたたかに打ちつける強盗に対し、興味なさげに言い放つ。
「へぇ……黒子はともかく、あっちもやるじゃん」
 仲が悪いのは明らかなのに、襲われたとたんに見事な連携。強盗を前に瞬時に共闘に切り替えた二人に美琴は素直に感嘆の声を上げて――
「だ、ダメですよ! 今広場から出たら!」
「でも……っ!」
 ふと、初春とバスガイドが押し問答しているのに気づいた。
「どうしたの?」
「あ、その……」
「男の子がひとり、足りないんです!」
 尋ねる美琴に対し、口ごもる初春に代わってバスガイドが答える。
「少し前に、『忘れ物をしたから』ってバスに戻って、それで……」
「わかったわ。
 じゃあ、私と初春さんとで……」
「私も行きます!」
 言いかけた美琴に口をはさんだのは――
「佐天さん……
 ……わかったわ。じゃあ、三人で手分けして探しましょう」
 佐天の決意をその視線から感じ、美琴はうなずき、提案した。



   ◇



「さて……もう来ないのか?」
「くそっ……!」
 早々にひとりを打ち倒し、尋ねる翔太郎に対し、強盗の残り二人、その内の一方がおもむろに右手をかざした。
 と、その手の中に光が――いや、炎が生まれた。野球ボール大の炎が、男の手の上、空中で燃え盛る。
「もう後悔しても遅いぞ!」
発火能力者パイロキネシスト……
 レベルはざっと見積もって、2……いや、3ってところか」
 だが、その炎を前にしても、翔太郎は別に動じはしない。冷静にその強さを推し測り、黒子に目配せする。
 そして、それを受けて、黒子が走り出す――男達に、ではなく、彼らの周りを走るように、大きく円を描きながら。
「逃がすかよ!」
 その黒子を狙い、発火能力者パイロキネシストが炎を放ち――黒子が消えた。
 炎が迫った瞬間、まるでその場に最初からいなかったかのように。
「何っ!?」
 その光景に発火能力者パイロキネシストが声を上げ――



「誰が」



 その足を翔太郎が払い、



「逃げますの?」



 空中に“現れた”黒子が、体勢の崩れた男の後頭部にドロップキックを叩き込む。
 そして、倒れた男を前に、スカートの下、太ももに巻いたベルトに留めた複数の鉄矢の列を両手でなぞり――今度はその鉄矢が消えた。
 その出現先は倒れた発火能力者パイロキネシストのところ。彼の服を縫いとめるように地面に突き去る――いや、“最初から突き刺さっていたかのように出現する”
 その現象に、ようやく発火能力者パイロキネシストは自分の相手にしている少女の“能力”に気がついた。
「て、空間移動能力者テレポーター……!?」
「これ以上抵抗すると、次は鉄矢これを、直接体内に空間移動テレポートさせますわよ?」
 うめく発火能力者パイロキネシストに対し、黒子が手にした鉄矢を弄びながら告げる。
 そんなことをされればどうなるか、それは自分の動きを封じる、縫いとめられた衣服が証明している――さすがに発火能力者パイロキネシストも観念して、これで二人撃破。
「さて、残りは――」
 残る強盗はひとり。その姿を探して翔太郎が周囲を見回して――

「ダメぇっ!」

 声が、響いた。



   ◇



 それは、まったくの偶然だった。
 そして――気づいたのは彼女だけだった。
 不意に聞こえた話し声――振り向くと、強盗団の最後のひとりがそこにいた。
 ただし――“自分達が探している男の子を連れて”
「――――――っ!」
 きっと人質にするつもりだろう――しかし、その時の彼女の頭にはそんな考えはなかった。
 他のみんなは、他の場所を探すのに夢中でこちらには気づいていない。なら――
(あたしが、やるしか……っ!)
 そう思ったら――自然に飛び出していた。
 そして――

「ダメぇっ!」

 佐天は、男の子を連れ去ろうとしている強盗に飛びついていた。



   ◇



「あぁっ!? 何だ、てめぇっ!?」
 逃げ出そうとした矢先に突然目の前に飛び出してきた男の子――人質にちょうどいいと思い、連れ去ろうとしたところに、ひとりの女子中学生が飛び込んできた。
 もちろん佐天のことだ――しかし、強盗にとっては、そんな彼女の存在はジャマでしかない。
「放せよ!」
 言うと同時に、容赦のない蹴り――その一撃は、佐天の頬を捉えていた。
「きゃうっ!?」
 まともにくらい、佐天が吹っ飛ばされる――が、彼女もただ蹴り飛ばされはしなかった。
「ガキが……っ!?
 くそっ!」
 そう。男の子をしっかりと抱きかかえ、男の手から奪い返したのだ――人質を取り損ない、男はあわてて逃走用の車へと乗り込んでいく。
「佐天さん!」
「――――――っ!」
 一方、蹴り飛ばされた佐天の周りも黙っていない。初春の上げた悲鳴が響く中、黒子はとっさに鉄矢をかまえ――











「黒子ォッ!」











 咆哮のごとき呼びかけが、彼女の動きを封じ込めた。
 そして――
「こっからは、私の個人的なケンカだから……」
 言いながら、銀行から広がる黒煙の向こうからゆっくりと姿を現し、
「悪いけど……手、出させてもらうわよ」
 そう告げた美琴の“力”がふくれ上がった。“力”は電気に変換され、彼女の周囲でバチバチと火花を散らす。
「お、思い出した……」
 その光景に――黒子が地面に拘束した発火能力者パイロキネシストがうめく。
風紀委員ジャッジメントには、捕まったら最後、身も心も踏みにじって再起不能にする、最悪の空間移動能力者テレポーターがいて……っ!」
「誰のことですの?」
「いや、会話の流れからして、どう考えてもお前のことだろ」
 不思議そうに尋ねる黒子には翔太郎がツッコんだ――そうしている間に、強盗の車は発進。ただし、ジャマをされた意趣返しでもしたいのか、Uターンしてこちらへと向き直る。
 そして、発火能力者パイロキネシストのつぶやきは続く。
「さらには、その空間移動能力者テレポーターを身も心もとりこにする、最強の電撃使いエレクトロマスターが……っ!」
「……えぇ」
 そんなつぶやきに、黒子は満足げにうなずいた。
 美琴に向けて発進する強盗の車、そしてその車に対し、おもむろにスカートのポケットからメダルゲームのコインを取り出す美琴を、何の心配もせずに見守りながら、告げる。
「あの方こそが、学園都市230万人の頂点。
 七人の超能力者レベル5の第三位……」
 そして、美琴が真上に弾いたコインが、彼女のかまえた右手に落ちてきて――







 撃ち出された。







 彼女の電撃が作り出した磁場が、コインを弾丸のように弾き飛ばしたのだ――瞬時に音速を超えたコインは一筋の閃光を描く弾丸と化し、車の正面を直撃、車そのものを吹き飛ばす。
 車は、クルクルと回転しながら美琴の頭上を飛び越えて――
超電磁砲レールガン、御坂美琴お姉様。
 常盤台が誇る、最強無敵の電撃姫ですの」
 黒子の言葉と同時――美琴の吹っ飛ばした車が落下した。
「す……すごい……」
 自分と歳の変わらぬ少女が、コイン一枚で車を宙に吹っ飛ばした……信じがたい光景に佐天が呆然とつぶやくと、
「電気を操る能力によって強力な磁場を発生させ、それによって磁化させたコインを砲弾として撃ち出した……
 たかがコイン。大気との摩擦熱によって燃え尽きてしまうために射程距離こそ50メートルと短いが、もっと熱に強い素材の砲弾を用意すれば、射程はさらに伸びるだろうね」
 そう言って現れたのは――
「フィリップ……さん……?
 どうして……? 事務所にいたんじゃ……」
「『どうして』……?
 決まってる」
 つぶやく佐天に答え、フィリップは告げた。
「まだ……終わってないからさ」



「………………?」
 超電磁砲レールガンによって巻き起こった衝撃波で乱れた髪を美琴が直していると、車の方で動きがあった。
 扉が蹴り開けられ、乗っていた男がヨロヨロと出てくる。
「まだやられ足りない?
 だったら、今度は直接電撃を……!」
 見たところ、まだ投降の気配はない。今度こそ黙らせようと、美琴は右手に紫電を走らせ――
「できれば……こんな人目のつくところで使いたくぁなかったんだけどな……」
 言って、男は懐からそれを取り出した。
 それは、美琴にも見覚えのあるものだった。
 昨日、同じものの写真を見たばかりだ。あれは――
「ガイアメモリ!?」

【“MAGMA”!】

 驚く美琴の前で男がガイアメモリの起動スイッチを入れた。ガイアメモリから属性がコールされ、男の首筋に描かれた幾何学模様のタトゥーが光を放つ。
 男がそのタトゥーにスタンプするようにガイアメモリを押し当てて――メモリがそこから体内へと吸い込まれていった。
 同時、男の姿が変わる――強烈な熱エネルギーに全身を包まれ、マグマの怪人へと変貌を遂げる。
「出たわね、マグマ・ドーパント……!」
 てっきり、熱つながりで先ほどの発火能力者パイロキネシストがドーパントだと思っていたけれど――頭の片隅でそんなことを考えながら、美琴はマグマ・ドーパントへと向き直る。
「ちょうどいいわ。
 つかずじまいの昨日の決着……ここでつけてあげる!」
 言うなり、右手に再びコインをかまえる。
 今度はコインを弾くような予備動作はなし。すぐさま電磁場を生み出し、指弾の要領で超電磁砲レールガンを撃ち放ち――



「――――って!?」



 コインが――消えた。
 狙いは完璧にマグマ・ドーパントを捉えていた。しかし、撃ち出したコインが、相手に届く前に消え去ってしまったのだ。
超電磁砲レールガンが……効かない!?」
 発火能力者パイロキネシストを改めて拘束していた黒子がその光景に声を上げると、
「違う……」
 そこから少し離れた、初春に介抱される佐天のすぐとなりでそう否定したのはフィリップだった。
「効いてないんじゃない……
 言ったろ? 『彼女の超電磁砲レールガンは、大気との摩擦熱でコインが溶けてしまうために50メートルという射程が存在する』と」
「………………っ!
 そうか!」
 そのフィリップの言葉に、佐天は気づいた。
「あのマグマ・ドーパントの熱……あれで、御坂さんの撃ち出したコインが溶かされちゃったんだ……!」
「その通りだ。
 しかもそれだけじゃない。マグマは導電率が高く、彼女のそもそもの能力である電撃も抵抗なく流されてしまうから、効果は期待できない」
「それって……!?」
 佐天を介抱していた初春が、そのフィリップの説明に声を上げる――うなずき、フィリップは断言した。
「彼女の能力は……マグマ・ドーパントにはほぼ通用しない」



「今度は……こっちが燃やしてやるよ!」
 超電磁砲レールガンが通じず、動じる美琴に対してマグマ・ドーパントが踏み出す――その瞬間、その全身からマグマの弾丸が撃ち出され、美琴を狙う。
「ちょっ……!?」
 とっさに跳躍――瞬間、彼女の身体が真横に“飛んだ”
 先日、壁に張りついたのと同じ要領だ。磁場を起こし、自分の体内の鉄分と近くに止めてあったバスの外装とを引き合わせた――素早く宙を駆け、マグマの弾丸をかわす。
 とはいえ、相手の攻撃をしのいだだけで、状況は何ひとつ好転していない。
(どうする……?
 超電磁砲レールガンも、電撃も通じない……それに、あれだけの熱量を持ってるんじゃ、電撃の熱による攻撃も効かない。
 となると……!)
「あぁ、もうっ!
 能力の相性が悪すぎる!」
「オラ、さっきまでの威勢の良さはどうした!?」
 舌打ちする美琴に対し、マグマ・ドーパントが火砕流を放つ――射線を絞ったそれは、威嚇のつもりなのか美琴と黒子の間を駆け抜け、その先にあった車を一台、爆砕する。
「お姉様!」
「大丈夫!」
 視界をさえぎる煙越しに黒子に答える。
「アンタはその取り押さえた犯人、どっかに逃がしなさい! そのままそこに置いてたら巻き添えで消し炭よ!」
「わ、わかってますわ!」
 美琴に答え、黒子が発火能力者パイロキネシストをつかんで“跳”ぼうとする――が、
「…………っ! あぁ、もうっ!」
 突然の急展開に頭が混乱し、うまく空間移動テレポートのイメージがまとまらない。仕方なく、発火能力者パイロキネシスト(の足)をつかんで引きずり、その場からの離脱を試みる。
「とはいえ、さて、どうしたものかしらね……」
 まともに能力でぶつかったのでは勝ち目は薄い。うまく能力を使って立ち回り、有効な打撃を加えられる方法を探らなければ……
 自らに気合を入れ直し、美琴はマグマ・ドーパントをにらみつけ――







「あとは任せな――御坂」







 そう言って、彼女の前に進み出たのは――
「翔太郎……!?」
「……言おう言おうと思ってたが、年上相手に呼び捨てってどうなんだろうなぁ、えぇ、おい?」
 うめくようにその名をつぶやいた美琴に、翔太郎は軽くため息をついてそう返す。
「そんな悠長なコト言ってる場合じゃないでしょ!?
 あんなの、さっきみたいに技でどうにかなる相手じゃないでしょうが!
 レベルがどうとか、あんまり言いたくないけど、少なくとも能力なしでどうにかできる相手じゃないのよ! 無能力者レベル0のアンタが……」
「『あんまり言いたくない』んだろ? ただったらレベルがどうとか言うなよ」
 制止しようとする美琴の言葉に、翔太郎は笑いながらそう返す。
「レベルなんか関係ないさ。
 お前や白井だけじゃない、佐天だってがんばったんだからな……今度は、オレの番だ」
 そう美琴に告げると、翔太郎はマグマ・ドーパントへと向き直り、
「止めてやるさ。
 オレが……」
 そこで一度言葉を止める――苦笑し、訂正する。
「……いや、オレ達が。
 だよな、フィリップ?」
「あぁ」
「って、アンタまで!?」
 気づけば、フィリップもまた翔太郎のとなりに並び立っていた。美琴が声を上げるが、こちらも動じる様子はない。
 と、翔太郎がジャケットの下から取り出したのは、大掛かりなバックルのついた一本のベルトだった。それを腰に巻きつけるように装着して――それに伴い、フィリップの腰にも同様のベルトが出現する。
 そして、翔太郎とフィリップが続いて取り出したのは――
「それ……ガイアメモリ!?」
 そう。ガイアメモリだ――しかし、事務所で見た写真やマグマ・ドーパントの持っていた“MAGMA”のメモリのように骨をイメージしたゴツゴツしたデザインではなく、それこそ市販のUSBメモリのようにスマートなデザインをしている。
 フィリップが左手で、翔太郎が右手でそれぞれのメモリをかまえ、スイッチを入れる。







【“CYCLONE”!】
【“JOKER”!】




『変身!』







 それぞれのメモリが属性をコール。続いて二人がメモリをかまえて宣言――フィリップが自分のベルト、バックルの右側に備えられたスリットに自身の持つ“CYCLONE”のメモリをセットする。
 それをしっかりと押し込んで――フィリップは美琴に声をかけた。
「みこちゃん」
「み、みこちゃん!?」
「僕の身体……“よろしくね”」
「って、え……?」
 その呼び方に、そして突然の頼みに動揺する美琴の前で、フィリップのベルトから“CYCLONE”のメモリが消滅。どこに消えたのかと探してみると、翔太郎のベルトの右側のスリットに転送されているのがわかる。
 と――突然フィリップの身体が崩れ落ちた。あわてて美琴が支えるが、意識がないのかぐったりとしている。
「ちょっ、フィリップ!?
 どうしたってのよ!?」
 戸惑う美琴にかまわず、今度は翔太郎が自分のベルトに“JOKER”のメモリをセット。フィリップがしたようにしっかりと押し込む。
 そして、両手をクロスするように、メモリの差し込まれた二本のスリットを広げる。ベルトの装飾と開かれたメモリのスリット、それらが“W”の文字を描き出し――



【“CYCLONE”! “JOKER”!】



 ベルトからガイアメモリの属性がコールされ――翔太郎の姿が変わった。
 強盗がマグマ・ドーパントに変わったように、まったく違う姿に――ただし、マグマ・ドーパントのようにその属性を強調した姿ではなく、まるでライダースーツを着込んだバイク乗りのような、スマートなデザインの仮面の戦士へと。
 唯一奇抜と言えるのはその配色。二人の手にしていた“CYCLONE”と“JOKER”、二つのメモリの色――すなわち緑色と黒色、その二色に、身体の正中線を境に左右の半身がそれぞれ染め抜かれている。
 具体的には右半身が緑一色、左半身が黒一色だ。
「翔太郎、その姿……!?
 ……って、それどころじゃないわよ! フィリップが!」
 翔太郎の“変身”に驚きながらもフィリップの“異変”を伝える美琴だったが――
〔大丈夫だよ、みこちゃん〕
 そんな彼女にはフィリップ自身が答えた――ただし、“変身した翔太郎の身体から”
「って、フィリップ……!?
 え? でも、アンタは翔太郎で、えぇっ!?」
 混乱する美琴だったが、今は説明している時間も惜しい。ひとつの身体を共有する“翔太郎とフィリップ”は、マグマ・ドーパントへと向き直った。
 芝居がかった仕草で、マグマ・ドーパントを左手で指さし、告げる。



「〔さぁ……〕」











「〔お前の罪を数えろ!〕」


次回予告

 

「『半分こ』はねぇだろ。
 ありゃ……“Wダブル”だ」

 

「狙いは、高レベルの能力者、ってワケか……」

 

「御坂!?
 ったく……来るなって言っただろうが!」
「そんなワケにはいかないわよ!
 アイツには黒子がやられてんのよ!?」

 

「オレは……この街の誰にも泣いててほしかねぇんだ」

 

第2話「Wとの遭遇/学園都市まちを泣かせるもの」

 

「半分力貸せよ、相棒」

 

(初版:2012/03/31)